294: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:00:51.87 ID:8mPTevMeO
黒服の一人が中野のほうを向きながら、懐に手を入れる。中野は怒鳴ったり、怯えたり、あるいは繕ったりすることはしなかった。ほとんど本能的に部屋から飛び出し、通路を駆け抜け、逃走する。黒服たちもすぐに追走する。彼らは言葉を交わすこともなく、自然に二組に分かれ、一方は中野の追走、もう一方は階下へ向かい反対側へとまわる。
下村はマンションの前に停めた車の中で、黒服たちが待機している仲間に放つ大声を聞いた。
295: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:01:42.61 ID:8mPTevMeO
中野「あ!」
通路を疾走している中野の正面、通路の曲がり角から先回りしていた黒服が現れ、麻酔銃を中野めがけて撃つ。中野は咄嗟に手すりを掴み、滑り込むように体勢を低くする。靴の裏が通路を滑り、中野はあやうく仰向けになって倒れてしまいそうになる。中野にむかって発射された麻酔ダートが追手のひとりに刺さる。
296: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:03:19.26 ID:8mPTevMeO
黒服1「押さえておけ! 近距離で撃ち込む!」
中野を追ってきた黒服が、麻酔銃を引き抜きながら叫ぶ。
297: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:05:37.79 ID:8mPTevMeO
マンションのすぐ近くに電柱があった。電柱に張り渡された電線は、手すりのすぐ下を通っている。なぜと思う間もなく、黒服は瞬時に手を離した。 落下する中野が電線に引っかかる。当然、細い電線では落下する人体を受け止められない。電線を固定しているアンカーが耐え切れず、弾けとぶ。
真鍋「おいおい」
298: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:06:52.84 ID:8mPTevMeO
下村「え」
突然の命令に、下村はハンドルも持たずに聞き返すことしかできない。
299: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:07:57.84 ID:8mPTevMeO
戸崎は麻酔銃を隠した。中野は突然現れた救急車に呆然としながら、ストレッチャーを出す救急隊員にされるがままになっている。
救急隊員1「出血しているとの通報があったが、こんなに重傷とは……」
300: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:09:43.22 ID:8mPTevMeO
救急救命室に運び込まれた多発外傷の患者の心臓が停止する。
看護師「バイタルなし」
301: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:12:16.57 ID:8mPTevMeO
医師は亡くなったばかりの少年が横たわるベッドに背を向けて言う。話を聞く看護師も医師と同様の感情を持っている。看護師は、指示を出す立場と指示を遂行する立場では、前者のほうが自責に悩むのだろうと考えている。看護師は医師に向き合う位置にいたので、ベッドとその横にあるモニターの様子が目に入っていた。彼女は生物と機械が同時に再活動するのを目撃する。心電図が驚いたように飛び跳ね、死んでいたはずの少年がベッドから飛び起きる。
中野「くそっ!」
302: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:13:09.45 ID:8mPTevMeO
その直後、ベッドまで駆けつけた医師が中野のすぐ側で叫ぶ。
医師「続行だ! 必ず救うぞ」
303: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:14:44.61 ID:8mPTevMeO
アナスタシアが五歳のころ、不幸な出きごとがふたつもあった。ひとつは、アナスタシア自身が死んでしまったことである。このこと自体はたしかに不幸なできごとだったが、しかし結果を振り返れば、それほど悲しみにくれる必要のないできことでもあった。アナスタシアは奇しくもその名前の通り(この名前の原義はギリシャ語で復活を意味する)、復活した。アナスタシアは亜人だったのだ。
さて、アナスタシアが死に至るきっかけは、ナラードナヤ山の写真であった。ナラードナヤ山はチュメル州にあるウラル山脈の最高峰で、その名は「人民の山」を意味する。珪岩と変形した粘板岩からなっており、いくつかの氷河をいただいている標高一八九四メートルの山だ。山嶺にある谷にはカラマツやカバノキの疎林があり、斜面は高地性のツンドラに覆われている。
アナスタシアが見ていたナラードナヤ山の写真は春の訪れを感じさせるもので、これは向こう側の山から撮影されたものだった。空にはコーヒーに溶かしたミルクのような薄い雲が広がり、穏やかな青色が黒く見える山肌と対照的に映る。山にはまだ雪が残っている。山肌を縦に走る雪の線が何本もあり、遠くから見ると滝みたいだ。この写真は父親の友人のアルパインクライマーが撮影したもので、彼は医師でありスポーツ医学にも詳しいアナスタシアの父親に登山前にはかならず相談と検診を頼んでいた。こんど、彼はコーカサス山脈の最高峰、標高五六四二メートルを誇るエルブルス山への登頂に挑戦するらしい。
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