107: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:04:34.33 ID:NJ9NkxEDO
卯月「美波ちゃんの弟さん、どうなっちゃうでしょう?」
どうすればいいのかわからない気持ちのまま、島村卯月が不安げに言った。
108: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:08:47.89 ID:NJ9NkxEDO
こういうことは度々起こる。思考を一定の方向に進めていると、道を外れ溝に落ちるかのように思考は別の事柄に入り込む。でもそれが解決の糸口となったり思考を別の発展的な方向に導くかといえばそうことはなく、落ち込んでしまったことでそこから集中し直して態勢を立て直すと、前後方向に進んでいたときの限られた視界が運動にともなうブレが消えたことで風景を横方向、というか上下左右、眼球の丸みが光を受容できる範囲いっぱいまで視界が広がりそれまで見えていなかったことが見えるようになる。
アナスタシアは停止したままだった。アナスタシアの表情は垂れかかる銀髪に隠れて見えなかった。無言で固まっている姿は、まるで凍らせた水だった。唇も視線も固まったままで、ペットボトルに入れてあった水が凍らせたことによって体積が増えて飲み口から出てこれないように、アナスタシアは外界に内面を放っていなかった。どんな感情や考えが内面に渦巻いているのか外から伺い知ることできなかったし、それとも心の中は氷の張った湖面のようになっていて渦巻くことすら不可能なのかすら確認のしようがなかった。陽射しはどんどん強くなっていくなか、アナスタシアに向かって降り注ぐ光は当たるというより通り過ぎているといった感じで、このまま光を浴び続ければ、氷のように溶けてなくなってしまうように思えたが、アナスタシアは消去されていくのを受け入れているようにも見えた。
109: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:12:53.86 ID:NJ9NkxEDO
武内P「現在美城プロダクションでは、事態への対応に部署の内外を問わずにあたっている状況ですが、混乱を収める目処は立っていません。私や千川さんや部長のように個人的感情を伴って行動する者も、そうでない者も終わりの見えない作業に疲労しています。しかし、それは組織に属する者の義務であり、新田さんの力になることが私たちの責任であるのです。
今回のこの事態に対して、皆さんにはいかなる責任も義務もありません。皆さんはまだ未成年で、亜人が世界で初めて発見された十七年前といえば、皆さんはまだ生まれていなかった方がほとんどでしょう。なのに、このようなことに直面せざるをえなくなった。その不安や不条理に戸惑ったままでいるのは大変なことです。私たちもそうなのですから。
私は皆さんに、自分の心を見つめ直してくださいとしか言えません。私たちはあなたたち一人ひとりのあらゆる決断を全力で支持します。あなたたちがしたいと思っていることの中には、現状では困難なこともあるかもしれません。もしそのときは私や千川さんや部長、あるいは他の信頼できる方でも構いません、話してみてください。もしよければ困難なことは、私たちにまるごと託してくれてもかまいません。私はこの混乱の中にあなたたちまでが孤立し、飲み込まれたままなのはつらいのです」
110: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:14:21.17 ID:NJ9NkxEDO
智絵里「わ、わたしも……!」
緒方智絵里がおずおずと、しかし他の誰よりもはやく杏に続いた。それがきっかけとなって次々に同意が波のように広がった。李衣菜は躊躇っていた。声や手があがる部屋のなかで、半分開いた手が宙吊りになったみたいに身体の前にあった。
111: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:17:47.24 ID:NJ9NkxEDO
アナスタシアがプロデューサーと話したのは一同が解散した後のことで、彼のデスクがある個室でプロデューサーが面談の時間を設けようとする前にアナスタシアの方から部屋にやってきた
アナスタシア「プロデューサー、捕まった亜人は……ミナミはもう弟と会えないのですか?」
112: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:21:18.27 ID:NJ9NkxEDO
ーー榎総合病院
慧理子はいらいらしていた。
113: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:22:35.50 ID:NJ9NkxEDO
下村「それは、あなたが永井圭の妹だからです。慧理子さん」
誰に向けられたわけでもない慧理子のつぶやきを下村は聞き取っていた。聴取の理由をはっきりと突きつけられた慧理子はばつが悪そうに押し黙った。美波は唇を結ぶ慧理子にすこし顔を寄せて語りかけた。
114: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:23:57.49 ID:NJ9NkxEDO
会見が終わり、下村とともに車で病院へ向かっているあいだ、美波のスマートフォンに義母からの着信がはいった。美波は画面の表示を見ると、すぐに通話ボタンをタッチしスマートフォンを耳にあてた。
律『会見見たわよ。なかなか様になってたわね』
115: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:25:27.77 ID:NJ9NkxEDO
律『そもそも私が政府が信用ならないと考える理由も、証拠というほど確固したものではないから。あなたは亜人管理委員会の言いなりなったわけじゃなくて、自分で考えて行動したんでしょう?』
美波はすこし迷ってから「うん」、と答えた。
116: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:28:56.65 ID:NJ9NkxEDO
赤信号になり、車は信号待ちに入った。反対車線では病院前のバス停からバスが出発するところだった。
律『慧理子のこと、頼むわね。今日はそっちに行けそうにないから』
117: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:29:56.35 ID:NJ9NkxEDO
慧理子は眼を下村から自分の手に戻した。さっきの感情の昂りの潮がまだ引ききっていないのか、慧理子の手の甲はうすいピンク色をしていた。その手の上をなにかが通り過ぎる感触がして、慧理子は窓の方を見た。レースカーテンが風に持ち上げられ、ふわふわ揺れていた。いちどカーテンは元の位置まで戻ったが、ふたたび風で浮き上がった。窓からの差し込んでくる光量が増え、壁やシーツの白さがより目立つようになった。慧理子の手がまたなでられた。やさしさを示すような感触で、シーツを握る指がすこしゆるむ。 今度は慧理子は両眼で下村を見た。
慧理子「……ほんとにどーでもいいよーな、話ならあるけど……それをいったら帰ってくれる?」
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