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【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
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656 :
【100/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/22(金) 21:38:27.41 ID:8G7bUlWo0
赤城「提督! ハァ……ハァ、ハッ……。貴方に、会いに、来ました……。っ……!」
提督「赤城もここへ来たか。大儀であった。だがもう時間がない。ほんの少し遅かったな」
玉座を中心に床から光の円が浮かび上がる。円はやがて六芒星に変わり、玉座を取り囲むようにして回転する。
光とともに薄墨色の半透明な障壁が形成されていく。玉座の位置を頂点とした三角錐が出来上がる。
赤城「ッ! 待ってください!」
ピラミッドの形をした障壁めがけて弓を引いた赤城。しかしヒビが入るだけで破壊には至らない。
提督が玉座に座ると、赤城が二発目の矢を放つ前に障壁の内側にあったものが光に包まれ、彼女の視界から消失した。
・・・・
塔の最下層。青銅の壁に覆われた部屋に提督は居た。部屋中が激しく震動しているにも関わらず平然として室内の機材を弄っている。
提督「塔が崩壊を始めている。もう時間はないな……」
提督(まず隣室の冷凍保存シェルターをさっきと同じやり方でこの塔の外へと出力する。……? ……これは) ゴゴゴ……
背後に気配を感じる提督。悪寒が疾る。自分に明確な敵意を向ける存在が近くにいることを察し、振り返る。
提督「……! お前のような存在がいることも、理屈の上で予想はしていた。だが、よりにもよって俺のところに現れるか。艦娘ではなく、あくまで俺なのか」
提督が振り返った先に立っていたのは、骨肉と鉄や鉛が一緒くたにされてぐしゃぐしゃに押し潰されたような顔のない化物だった。
今まで映像や肉眼で見てきたどんな深海棲艦よりも歪でグロテスクな風貌のそれは、ゆっくりと提督に歩み寄る。
提督「気配こそかつてヲ級に見せられた幻覚に出てきたものに似ているが……以前のそれとは明確に違う。
こいつは救いを求めていない、ただ悪意と憎しみしかない……。何もかもを踏み躙って破壊したいという衝動しか感じられない……ッ」
提督「それにこいつ……妙だ。鬼や姫といった上位種やそれらに近いネ級やヲ級の類でもないのに真っ直ぐ二足歩行でこちらへ向かってくる。
哨戒魚雷艇の子鬼群とも似ているが、それとも違う! こんな見た目の奴は見たことがない」
ダァン! 炸裂音がすぐ近くで聴こえる。砲撃だ。化物の巨体が退いた隙に、砲が放たれた方向に走る提督。
足柄「やっぱりここに何かあると思ったわ! 入口から更に下に続いてる階段があってヘンだと思ったのよ!」
見つけてやったりと得意げな表情の足柄を無視して考えこむ提督。
足柄「で、あれは一体何かしら。深海棲艦はもう全部倒したはずじゃないの? っていうか、ヘンな臭いしない!?
磯の臭いとも、硝煙の臭いとも違う……深海棲艦の臭いじゃないわ。あの化物から漂うのは……死臭……?」 スンスン
提督「この塔は深海棲艦の想念を糧としている。救われたい、満たされたい、生まれ変わりたい……叶うことのない絶望を清算させるためにある。
だがその想念の中には、救済すらも望まず、闘争によって満たされることもない、純然たる悪意のような“澱み”もあることだろう」
提督「快楽のままに悪意を振り撒き、衝動のままに破壊し尽くす邪悪。深海棲艦にあって深海棲艦にあらず、人間の怨念であり悪意。
直感した……直感だが、確信に近い……。奴を新しい地平に連れて行くわけにはいかない!」
足柄に説明するというよりは自分の考えを整理しているような様子で話す提督。
提督「足柄! お前は階段を登って退避しろ。俺はこの階を塔から切り離して宇宙空間に捨てる! いいなッ」
足柄「ちょっと! 勝手に一人で話を進めてもらっては困るわ! よく分からないけど、要はアイツを倒せば良いってことでしょう!」
提督「よせェ足柄ッ! 下がっていろ!」
提督が静止の声が耳に届く前に怪物めがけて砲を撃ち放つ足柄。最大威力の射程距離で放たれた一撃は鋼鉄の肉体に当たって爆裂する。
足柄「きゃあっ!? こ、このォ〜……!」
甚大なダメージを受けたにも関わらず砲煙から飛び出してきた化物は、足柄に突進してそのまま押し倒す。
提督「まずい! うおおおおおおッ!!」
押し倒された足柄と化物の間に強引に割り込み、化物ではなく足柄の方を突き飛ばす提督。そのまま全身を覆いかぶさられ、やがて肉体の全てを呑み込まれてしまう。
足柄「嘘……何が起こってるの……? 提督、死んで……? ッ……グうッ!」
足柄(身体が変だわ……立っていられない。この塔に入ってからは収まっていたのに……艤装が……自分の意志で動かせない!?)
化物の内側から爆発が起こる。左手に手榴弾を握った血みどろの提督が、うずくまる足柄の手を強引に引いて走る。
提督「やはりか……。いいか、足柄。あれは深海棲艦じゃあない。似ているが……もっと性質の悪いものだ。あれは人間の悪意そのもの。
お前たち艦娘はあれに触れただけで瘴気にやられて深海棲艦になってしまうだろう」
階段前に辿り着くと足柄の手を投げ捨てるように放し、背を向ける。
提督「幸い、まだお前は助かる見込みがある。そのまま階段を駆け上がれ。その程度の力は残っているはずだ」
足柄「貴方はどうなるのよ!? 艦娘ですらない貴方が、たった一人でこんな奴に挑むなんて正気じゃないわ!」
提督「さっきので二度死んだ……が、あと2998回までなら死んでも問題ない。勝機はある。ここでお別れだ、足柄。……じゃあな」
足柄の方を振り返ることもなくそう言い捨てて、明かりのない廊下の方へ走り去っていく提督。やがて闇の中へ消えていき、その姿は見えなくなった。
657 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/01/22(金) 21:40:20.79 ID:8G7bUlWo0
100レスで終わりなのにどうしてこんなことしたのって怒られそうですが、まあまあもう少しお付き合いください……。
とりあえず23時あたりに投下出来そうだったら投下します。ダメそうだったら明日の昼12時頃ということで……。
最後までこんなバタバタしてて申し訳ありません。
658 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/01/22(金) 21:47:27.36 ID:LHIGHsYlo
一旦乙 これ後10レスくらいいるんじゃね?終わるのか?
続き期待
659 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/01/22(金) 23:06:09.11 ID:8G7bUlWo0
ごめんなさいやっぱり時間欲しいです。超ごめんなさい。あともう少々お待ちを……!
あまり焦らなくてもいいよと言ってくれる方もいるかもしれませんが、
>>1
の都合的に明日を逃すとまた間延びしちゃいそうですので……明日で決着つけます。
ちなみにあと5レスで終わる想定です、概ね書けてはいるので大丈夫です、終わります終わらせます大丈夫です大丈夫……たぶん
660 :
【ED-1】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 12:07:02.76 ID:xlyHE8aw0
提督「これでいい。切り離しは済んだ……。足柄のヤツ無事だといいが……」
提督(あとはヤツだけだ! 四回死んだだけで抑えられたのはなかなか悪くない…‥あと2994回も死ねるのだ。さて本題はここから)
提督(シェルターは健在か……。だが、あの化物がいる状況ではどうにもならんな。奴をどうにかする術を考えなければならないか)
壁伝いに腕の力を使って移動する提督。左足の頚骨より下の部分には本来あるべき足首が失われていて止めどなく血が流れている。
提督「物質転移装置のある部屋からはだいぶ離れた……これならひとまず安心して“死ねる”。この七回目の命も無駄ではないな……」
力尽きて倒れた提督の上に化物から伸びた触手が突き刺さる。
提督「ッ……(こいつ……学習しているのか……? 近寄って丸呑みにすることをやめ触手を……グッ。ダメだ、意識が……)」
・・・・
壁に叩きつけられ、頭から血を流しながらよろよろと立ち上がる提督。
提督「相当死にすぎたが、気づいたぞ……ようやく気がついた……。最初のうちは俺の全身を取り込もうとしていた……。
だが……途中から動きが変わった。触手で串刺しにしてみたり、こんな風に俺をいたぶって殺そうとしたり……だ」
提督「それは、俺の精神を屈服させるためでもある。だがもう一つ。お前は俺を取り込むと少しずつ弱っていく……そこに気がついた。
そう、人間に限らず生き物の多くは、食物を消化することに最もエネルギーを消費する。
お前が俺の肉体を消化しきった直後! 俺の肉体はお前の吸収したエネルギーを奪い取って再構築される……」
提督「最も、知性が猿以下の貴様では俺が何を言っているか、何に気づいたか理解できないだろうがな……。意志なくして知は意味をなさない。
自らの生さえも望まず、ただ全ての破滅を願っているだけの化物に……はたしてこの俺が殺しきれるかな」
身体の周囲に伸びてきた触手を掴み、手繰り寄せ、化物に自ら接近していく提督。そして腕を伸ばし、取り込まれていく。
提督「結局のところ、滅ぼすことすら貴様は“願う”だけなのだ。自らの手で成そうという気概がない。情熱がない!」
提督(だが……こいつもまた、人が生み出したもの……。
人の悪意が艦娘に伝わり、その艦娘が他の艦娘に悪意を伝え……そうして紡がれていった負の連鎖だ)
提督(これは……人間の戦いだ……。だからこいつは人の死臭を纏っている……。艦娘の想いでなく、人間の悪意を備えている……。
ここで俺が決着をつけなければならない……艦娘を巻き込むわけにはいかない……)
足柄(……ブラックホールのようだわ。自分のエネルギーが無くなるか、提督の生命の全てを奪い尽くすまで攻撃し続けるなんて)
死角から一撃、蹴りを見舞いする足柄。取り込まれつつある提督の身体を化物から強引に引き剥がし、彼を横抱きにして救い出す。
提督「バカな……足、柄……!? なぜ……? そうか、応急修理女神をくすねてきたか……」
足柄「轟沈もしていないのに深海棲艦になるなんてゴメンだわ! もっとも、女神の力でも完全に深海化を消し去ることは出来なかったようだけれど……。
アイツに触れずに倒せばいいんでしょ? そういうことは先に言って欲しいわね」
ターン、ターンとスキップのように華麗に飛び回りながら後方から伸びてくる触手をかわし続ける足柄。
提督「もういい足柄。降ろしてくれ、損傷部分は再生した……奴に俺の身体を取り込ませることで」
足柄「意識が戻ったのはついさっきだったけど……死にすぎたとか言ってたのは聞こえていたわ。貴方の肉体、不死身だけど限界はあると見たわ。
……提督に無理をされて本当に死なれたら、今度こそ勝ち筋がなくなるわ。私のためにも、もう少し自分の命を大切にしてよね」
提督「なにが勝ち筋だ。あの時逃げてさえいれば、こんなことにはならなかったものを……ばか者め」
足柄「私から言わせれば、あんな化物にたった一人で立ち向かっていくなんて貴方の方がよっぽどバカだと思うけどね。
でも……今の提督、カッコ良いわ。あれは自己犠牲じゃない、生き残る覚悟の上でああいう判断を下せるなんて驚いたわ」
足柄「だから私はここに残った。それだけの情熱と覚悟を持ったあなたが、一人ぼっちで死んでいくのは見逃せない」
足柄(それに……やっぱりあなた生き急ぎすぎだわ。抱きかかえていて感じた……生気が薄れている。
私の前では肉体の再生速度を早めてみせていたようだけど、本当はもう限界が近いって気がするわ)
提督「やれやれだな……一時の情に流されて命の危機を冒すとは愚かなやつだ」
足柄「あなたにだけは言われたくないわ、心外よ!」
提督「とまれこうまれ……もう、奴を倒す以外にお前に生き残る道はない。そして俺はお前の生命の保証をすることが出来ない。
だから覚悟を決めてくれ……俺より先に死ぬ覚悟を決めろ。俺はお前を足蹴にしてでも生き残ってみせる」
足柄(自分にそう言い聞かせてるつもりかしら? ……私が危なくなったら本当に限界が来ていたとしても捨身で助けようとするくせに)
足柄「あなたねぇ……私のことを邪魔だと思ってるでしょ。私がいなければ最悪死んでしまっても良かったなんて考えてない? 隠したってムダだわ」
ファサと髪を掻き揚げて、提督を見つめる足柄。
足柄「けれど……今だけでいいわ。今だけでいいから……私を信じて。私、足柄は絶対にあなたに勝利を導くわ」
提督「ならば……訂正しよう。そうだな……何と言うべきか……」
提督「覚悟を決めてくれ、足柄。俺と心中する覚悟を決めろ」
足柄(彼から出てくる言葉はみんな裏返しだわ。で、私がそれに気づいているって、分かっててこんなふうに言うんだもの……おかしな人ね)
足柄「いいわ……それでいい! 絶対勝って生き残るわよ? いいわね!?」
661 :
【ED-2】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 12:21:13.71 ID:xlyHE8aw0
鋼片や肉の屑を撒き散らしながら、悲鳴のような嗚咽のような音をあげて倒れる化物。
負傷しながらも怯むことなく、精悍な顔つきで砲を構えている足柄。
既に再生能力をほとんど失い、ところどころ液状になりかけながらも足柄の背負った艤装に掴まっている提督。
足柄「ハァ……ハァ……ハァ……ァァ……さぁまだやる? 何度でもぶっ飛ばしてあげるわ……!」
提督「ッ……ぐ……いや、もう……終わったようだ……。もうやつが立ち上がることはない」
提督「見ろ、あの化物の力が……変換されていく。どうやらあの塔と同じように、火星へ向かっているようだ……」
足柄「それじゃ……勝ったのね!? やったわね!!」
提督「ああ、やったな……ありがとう。足柄」
足柄の背中から離れて、ヨロヨロと隣の部屋へ向かっていく。
提督「置き土産か……。俺の身体はこの塔を離れると無限に崩壊を繰り返す。再生を上回って細胞が死んでいくので、やがて完全に消滅してしまう。
だから、かつて俺たちがワープした時のような方法を使って、肉体を冷凍保存するためのシェルターを用意しておいたのだが……」
足柄「それがこれ、ってわけ……」
小部屋一体に瓦礫が散らばっていて、床の一部が凍っている。
提督「塔の中にあったものは、目的地に到着した際に生命を除いて消滅してしまう。
このシェルターをワープさせ、次にシェルター内の座標に俺をワープさせるという計画だったのだ」
提督「ただ失敗したリスクも大きかった。残念だが、かえってこれで良かったのだと考えよう。……もう一つ方法はある。最終手段だがな」
・・・・
足柄に肩を借りながら、この階層にある最奥部の部屋へと辿り着く。機械から伸びる数本のケーブルを自分の身体を取りつける提督。
提督「良かった……壊されてはいないようだな」
提督「俺という存在を0と1とのデータに変換する。肉体の死はもう免れないが、何もかも消失してしまうよりはマシだ」
足柄「……死んでしまうの? 俺と心中しろなんて言ったじゃない」
提督「肉体が死ぬだけだよ。俺の精神そのものが滅びるわけじゃあない。データに変換しておけば俺は電脳空間上で行き続けることができる。
それに、いつかはデータから可逆的に肉体を復元できるようになるかもしれない。死ぬわけではないさ」
提督「精神や脳の情報をデータに変換して、あとは火星に着いたであろう雪風や磯風に回収してもらう。人工知能のようなものになる……というところだ」
・・・・
提督「……変換に存外時間がかかるな。幸い、火星へ向かうスピードもあの塔よりだいぶ緩やかなおかげで、どうにか間に合いそうではあるが」
ベッドのような装置の上で横たわる提督。提督の情報が画面に出力されていくさまを足柄はやや放心した様子で眺めている。
足柄「データに変換されると言うのに、あなたは全然平気なのね。なんだか不思議だわ」
提督「変換と言うのは語弊があるかもな。俺の脳を読み取って、読み取ったものをデータ化しているのであって、俺自身が特にどうというわけではない」
足柄「……そういう意味じゃないわ」
提督「そうか。それより、こうして何も考えずに横たわっているのは思いのほか暇なんだ。頭の体操がてら、少し話でも聞いてくれないか。取りとめもない話だが。
100万回生きた猫、って知ってるか。昔の絵本らしい。俺は金剛から話を聞いただけだから、内容を読んだわけじゃあないんだが」
足柄「知ってるわ。子供の頃に読んだ」
提督「輪廻転生を繰り返した猫の話だ。死んでは生まれ変わり、飼い主を転々としていた猫がある時、誰の飼い猫でもない野良猫に生まれ変わった。
猫は雌の白猫と出会って、結ばれて……やがて白猫は年老いて死んでしまった。百万回生きた猫はその時生まれて初めて悲しんだ」
提督「今まで飼い主が自分の死を悲しもうが何も思わなかった猫は、白猫が死んだ時に生まれて初めて悲しんだんだ。
猫は百万回泣き続けて……やがて泣き止んだ。白猫の隣で動かなくなり、もう二度と生き返ることはなかった。……」
提督「人から聞いた話を自分なりに想起しただけだから……少々うろ覚えだったのだが。いや……俺も、その猫と同じようなものなのかもしれないなと思ったんだ。
猫は、飼い主たちが嫌いだった。野良猫になった時だって、他の猫に自分の経歴を威張り散らしていた。だが、白猫が死んで、初めて悲しんだんだ」
提督「ただ……俺は、これを悲劇の話に思わない。むしろ、猫にとって幸せだったのではないかとすら思う。うまくは言えないのだが……」
提督「俺は、もうこの肉体で雪風や磯風、皐月、響、金剛……あいつらと会えなくなるのだと思うと、少し、哀しみの念を覚える。
思えば俺も、人生で初めて今悲しいという感情を体験しているのかもしれない。別れというのは、辛いものだ」
提督「だが……別れが悲しく思えるほどに、あいつらのことも、お前のことも、大切に思えるようになった自分が、少し誇らしいのだよ」
足柄「やめてよ。そういうしんみりした話されると……泣いちゃうじゃない」 そう言って上を向くが、既に目尻が潤んでいる
提督「すまないな、お前まで悲しませようとして言ったわけじゃあないんだ……少し自分の成長が感慨深かっただけだ。また一つ、真理に近づいたと思っただけだ」
提督「それに、さっきも言ったろう。俺は死ぬわけじゃない。また会える……またいつか、きっと」
それから数十分、提督と足柄は他愛もない話を続けた。話し飽きた提督が眠りに着くと、しばらくして部屋全体が光に包まれ……足柄は気を失った。
662 :
【ED-3】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 12:39:54.40 ID:xlyHE8aw0
夢を見ているかのようだ。まどろみの中にいる。ここは水の中……海、なのだろうか。
前にもこんなことがあったような気がする。前? いや、前は似ていたが違う。もっと暗く悲しい海だった。
ここも暗いことには変わりがないが、不思議と暗闇を感じさせない。何かに抱かれているような温かみと安心感がある。
何かが見える。見えると言っても、目に何かが映っているわけではない。そもそも自分には目というものがあるのかさえ分からない。
青い星から飛び立ったロケットのようなものが、赤い星に向かって飛んでいく。これは確かロケットじゃなく、塔だった気がする。
なんという名前だったかも知っていたはずだが、どうにも思い出すことができない。
そう、自分はこの塔の中にいたんだった。この塔で、おぞましい化物と対峙していた。
かつてあの青い星を支配していた存在が、感情というものを持った人間を警戒したのは、
心というのはあのような醜い姿にもなり得るということを危惧していたからじゃないかと思う。
けれど、感情そのものは、きっと素晴らしいものなのだと感じている。
自分はずっと、知性こそがこの世の全てだと思っていた。それは半分正解で、半分は間違いだ。
好悪や興味の感情が沸き起こらない時、知性は発生しない。知りたいとすら思わないから、知に辿り着くことがない。
真剣に自分の目的を果たそうと努めていない時、知性を発揮できない。真剣でないから、知を活かすことができない。
心というものに触れて、向き合って。今の自分は、前よりも完璧から離れた頼りない存在になってしまったかもしれない。
けれど、これでいいのだと思う。他人を受け止めたり、受け入れたりするということは傷つき痛みを伴う。
その痛みさえも今は愛おしいと思えるから……これでいいのだと思っている。
塔は赤い星に辿り着くと、強い光を放つ。光は星の表面を駆け巡って、海を、大地を、空を形成していく。心地よい風が吹き抜ける。
大地は緑で彩られ、海は生気に満ち溢れている。塔を動かすために糧となったものたちが、新たな生命に生まれ変わったのだろうか。
緑の上で、海の上で、なにやら楽しそうにしている子供たちがいる。すごく懐かしい気持ちがするのだが、今の自分には思い出すことができない。
・・・・
ここは誰かの夢なのだろうか。どこかで見たような光景が、断片的に繰り返されていく。
けれど、ほとんど何も思い出せなくなってきている。記憶が茫漠としている。時間が経てば経つほどに記憶が曖昧になっていく。
――ねえ。
声がする。どこから声がしているんだろう。そもそもどうやってこの音が聞こえているのだろう。耳なんてないはずなのだが。
――あなた……まだずっとこうしているつもりかしら。そろそろ限界みたいよ。
こうしているつもりと言われても、自分からこうなった覚えはない。ただ、どうにもこの状態も長くは続かないということらしい。
――思い出せないなら、私が話してあげるわ。
ああ、でもなんだかこの声は聞き覚えがある。そうだ……せっかくだし、なにか知っているようなら聞いておきたい。
まず、思い出せないことが多すぎる。どうしてこんなに記憶が薄れていくんだ? 自分の名前さえ思い出せない……。
――記憶が薄れるのは、あなたが少しずつ遠くへ向かっているからよ。あなたがこの世界にいたという証が薄れつつあるから。あなたの名前は哀。
アイ、か。生前は女性だったのか……? いや、違う気がするな。自分のことを俺と言っていたっけな……。まあそれはどうでもいい。
どうしてあんたは俺の名前を知っている……?
――そりゃあ当然よ。私はあなたが消滅する直前まで一緒にいたもの。『また会える』なんて言っていたのに、それも忘れちゃったのかしら?
そんな約束のようなことも言ったかもしれないが……すまない、まだ思い出せそうにない。
ただ、お陰で別のことを思い出した。俺には大切なものがあった。心の底から守りたいと、見守っていたいと思うものがあったんだ。
――たぶん、それは皆無事よ。あなたのおかげでね。でも……あなたがいなくて悲しんでいる人もいるわ。
そう、か。無事なら良かったが……悲しませているのか、それは残念だ。お前も、悲しいのか……?
――当たり前じゃない。もうあなたと会えないのは……悲しいわ。だからこうして話をしているの。
私の話を聞いて、思い出すのよ。自分が何者であったのかを思い出すの。思い出せば思い出すほどに、近づいてくるはずだから。
(近づいてくる?)思い出す、か。…………。そうだ、俺には大切なものの他に、憧れがあった。
知識を得ることが好きだった。知識を使うための知恵を学ぶことが好きだった。
だが……もう今となっては知識も知恵も、何も覚えてはいない。俺が今まで知ったことや経験したことは、全て無駄になってしまったのだろうか。
――そうじゃないわ。あなたの頭脳が、私や他の艦娘を救ったのよ。こうして今話を出来ているのも、あなたのおかげ。
艦娘……救う……? そうか、雪風や響は無事なんだな……。知性……そう、知性に憧れたのは、兄さんが、繋兄さんがいたからだ。
そうだ、俺の目的は、小手先の知識なんかじゃない。もっと大きな知のために動いていたんだ。今ここで全て忘れてしまってもなお、俺は真理へと向かいたい。
そう……。この世界の全てを知り尽くすまで、まだ終われないんだった。まだ、やり残したことがあったんだ。
おかげで思い出した……礼を言うぞ、足柄。
――思い出すのが遅いのよ。『死ぬわけではない』なんて言ってたくせに一人で死にかけてて。もう少しで本気であなたと心中するところだったわ。
思い出せなかったのは謝るが、意地の悪い冗談はよしてくれ。アレはだなあ……言葉通り捉えるもんじゃないぞ。
――分かってるわ。にしても……ふふふっ。初めてあなたと会った時のことを思い出したら、今こんな風に話していることがおかしいわね。
そういえば俺が初めて会って話をした艦娘はお前だったな。他のやつとも書類でのやり取りをしていたことはあったが……ああも強烈だとお前が一番印象深い。
最初に会ったのが足柄で、最後に別れたのも足柄だった……こういうやつを因縁、というのだろうか。
――運命、とかもうちょっとマシな言い方は無いのかしら。さて、もうお別れの時間だわ。私がやれることはこれでお終い。あとはあなたの意志次第。
視界が開けてきた。自分の目の前に、赤い糸が伸びている。さしずめ俺は蜘蛛の糸を差し伸べられたカンダタというところなのだろうか。
糸の先を掴んで引いてみる。ミシンのボビンのようにぐるぐると糸が俺の身体に絡みついていく。
663 :
【ED-4】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 12:53:10.38 ID:xlyHE8aw0
足柄「おはよう。目は覚めたかしら?」
提督「ん……」
雪風「しれーっ!!」
ムギュと雪風が抱きついてくる。しかし様子がおかしい。明らかにでかいのだ、物理的に。
これは雪風が成長したとかそういうことではない……俺の身体が、縮んでいる!?
皐月「良かったぁ……本当に、良かった……」
皐月が涙を流しているのだが、この状況を理解することが出来ず、俺は疑問を口にせずにはいられなかった。
提督「お、おい……どういうことだこれは……説明してくれ」
提督(声が……高い! 気持ち悪いなぁ!? 子供になってしまっている!?)
響「まあまあ……こっちは随分待たされたんだ。少しぐらい再会の余韻に浸らせてくれてもいいだろう」
すりすりと頬をこすりつけてくる響。分かった……しばらくの間説明は諦めることにする。この状況を受け入れるしかないということだけは理解した。
・・・・
提督「!?!?!?!? 何を言っているんだ!? 頭がイカれているのか!? それとも俺がイカれているのか!?」
磯風「いや、彼女の話は事実だ。データに変換された君は、繋と同様に打ち捨てられた人工衛星を介してこの火星に辿り着いた。
そこまでは良かったのだが……。存在全てが電脳空間で生み出された繋と違って君は人間だ。記憶の情報や知識の情報は保存することが出来ても、肉体と魂がなかった」
繋「かつての君の肉体は……死んだ回数分魂を複製しているものと思ったが、どうにも違うらしい。数個の魂でローテーションし、死ぬたびに循環していたようだ。
というより、一つの魂を複数個に分割していたという方が近いかな。けれど、君の肉体が完全に消失してそれぞれの魂は本当に離散してしまった。
こうしてこのように君を再び蘇らせるためには、純粋な記憶だけじゃなく魂の記憶も必要だった」
繋「その、君の記憶をプライバシーの侵害にならない程度に読ませてもらったんだけれど。そう、地球上に存在する物質全てが地球の重力に導かれているのに近い。
そこの足柄さんが、最も君の魂を引き寄せやすい波長を持っていた。彼女は、行き場をなくして消滅しつつあった君の魂を自分のもとへ強引に手繰り寄せた」
足柄「そういうことよ。私に感謝なさい?」
提督「待て、精神や知識をデータに出力しただけでは足りなかったということは理解した。足柄が俺の魂を引き寄せたということも理解し難いが納得することにする。
だがこの俺の身体は一体どうしたんだ? 産んだって……どういうことだ?」
足柄「そのままの意味だけど? 写真が見たいのかしら。全部バッチリ撮ってあるわよ」
雪風「しれぇの赤ちゃんの頃、すっごく可愛かったんですよ〜。今も可愛いですけどね!」
磯風「少しも泣かないから呼吸させるのに大変だったんだぞ」
提督「冗談だろ……誰か嘘だと言ってくれ……。そんなことが出来るはずがない」
ヲ級「いいや、この足柄という艦娘にはそれが出来た。恐ろしいことに彼女は私が数千年の時間をかけて体得した力の片鱗を身につけてしまった。
魂の記憶をもとに君の肉体を胎内で再構築していったのだ。壮絶な意志の炎を燃やさなければ出来ないようなことだが……彼女はやりおおせた」
提督「いや、いや、いや、いや……分からない……。とにかくこうしてお前たちと再会を果たせたのは、喜ばしいことだ。心から嬉しいと思う。
それはそうなのではあるが……。う、嘘だろう……こいつが……母親? 足柄、が……? ダメだ……脳が理解を拒んでいる……」
足柄「受け止めるのは難しいでしょうから、無理に考えなくてもいいわよ。最後に必要だったのはあなたの生きたいという意志だった。
だから……またこうして会えて、良かったわ。また生きようと思ってくれて、良かったわ」
・・・・
皐月「しれーかーん! 遊ぼっ! ポーカーはどうかな」グイグイ
文月「ダメだよぉ、司令官はこれから文月とクリオネの鑑賞会が予定があるんだからー」グイーッ
提督「おい、俺の手で綱引きするのはやめろ……。(駆逐艦の連中といると身が持たんな……)」
金剛「HEY! 提督ゥー! ちょっとこれについて聞きたいことがあるんですケド〜」
提督「あぁ、例の件か。それはだな……ああっ、ちょっ……お前ら、腕が千切れる……!」
ヲ級曰く、この身体は数週間でもとの俺の体形に戻るらしい。それまではこの子供の姿で過ごさないとならないわけだが……。
この金剛のように、俺がかつて提督だった頃と同様の関係を続けている者が多いが、
見た目のせいでこのようにしばしば皐月らの遊び相手という名の玩具にされなければならなくなったのである。それもまた楽しいのではあるが。
皐月「例の件?」
提督「肉の味がする作物を作っているのだよ。まだ試作段階だが……結構イイところまで来ている。
今はまだ平和かもしれないが、俺たちがこうしてこの星で暮らしていけば、やがては地球に居た頃と同じ問題に直面することになる」
皐月「司令官はやっぱり司令官だなあ。そんな先まで見通しているなんて……。でも! それはそれ、これはこれ。今はボクたちを遊ぶのが先約だからね!」
金剛「モテモテですネー? テートクゥ? じゃ、またあとで呼びに来ますネ〜♪」
提督「お、おい……待て! 金剛……俺を見捨てるのか!? く、くそぅ……分かった二人とも。ポーカーもクリオネも承った! まず引っ張るのをやめろ」
皐月「ふふ、やったね。じゃあボクが先だ!」
664 :
【ED-5】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 13:14:41.33 ID:xlyHE8aw0
磯風「ご苦労だったな。なかなか君も大変だな……」
提督「ああ。ドックの建設は順調か? ヲ級や泊地水鬼みたいな生き残りは例外として、深海棲艦と戦う必要はないから工廠は必要ない。
だが……お前たち艦娘は定期的に艤装のメンテナンスを行ってやらなければならないからな。
それだけで半永久的に生き続けることが出来るというのは俺のような人間からすれば羨ましい話だが」
響「ドックの方なら順調さ。ところで司令官にはもう再生能力が無いんだったね。じゃあいつかは……」
提督「時が来れば……いずれはな。だから、この身体の寿命が来る前に、今度は本当に俺の全てを電脳空間上に出力する術を考えないとな。
お前たちだけ生きているのに、俺だけは先に死んでしまうなんて不平等だからな。まだ俺にはやりたいことがたくさんある」
響「“真理の箱庭”、か。この世の全てを再現して全知へと至ろうだなんて……全く大した御仁だよ。畏れ入る」
提督「そうだな。それもあるが……今は。お前たちの成長を見守っていたい。肉体的な成長じゃなく……お前たち艦娘の、魂の煌きに惹かれている」
響「そうかい。お、雪風……気が利くね」
雪風から手渡されたウォッカの瓶をラッパ飲みする響。提督にはオレンジジュースの入ったコップが渡される。
暁「あら、司令官はいつもコーヒーを飲んでいたと思ったけれど……」
提督「ああ。残念なことに、味覚まで子供のそれになってしまっているのだよ……トホホ」
雪風「でも、今の司令……なんだか弟みたいで面白いです」
提督「お、弟だと……。この状態でも辛うじてお前よりは背が高いのにも関わらず、弟と申すか……」
響「大差ないんじゃないか。艤装の差で雪風の方が少し高いぐらいだから、ほぼ同じだろう」
泊地水鬼「ショゲナイノ……提督……」 膝を折り畳んで提督の目線までしゃがむ
提督「気遣っているふりして遠回しにバカにするとは、やはり深海棲艦とは人類の敵だな。
そうやってわざと俺の目線に合わせて頭を撫でて……完全に子供のお守りではないか……!」
・・・・
天城「やっぱり人が集まったら鍋が一番ですね〜」
飛龍「空母戦もお鍋も先手必勝! このお肉は私がもらいます!」
蒼龍「ちょっと! 後輩がいる手前でがっつかないでよ、みっともないったらぁ」
雲龍「」ゴッ バキャアッ
葛城「ああっ!? どうしてそんなに卵を割るのが絶望的に下手なのよ! 私拭くもの取ってくるわ!」
瑞鶴「提督さん、お肉ほとんど食べないで野菜ばっかり食べてるけど、平気なんですか?」
提督「いや、俺はこれでいいのだ。……やはり概ね実験は成功といったところか。食べ比べてみて、食肉と遜色ないということが分かる……」
翔鶴「提督、お豆腐がいい塩梅ですよ。どうぞ」
熱々の豆腐を箸で掴んで提督の口にそのままねじ込む翔鶴。
提督「お゛ぉッ!? あ゛っ、あひゅ……。おま、お前……あ゛っつ……あひゃぎ、赤城……水をくれ……」
赤城「ああっ、いけないわ! 提督……お水です。しっかり」
翔鶴「あら、ごめんなさい。ちょっと熱すぎましたね」
加賀「翔鶴あなた……。戦闘のことは一通り教えたつもりだったけれど、その前にまず常識を教えておくべきだったわね……」
提督「翔鶴……お前の殺意、しかと受け止めた……大したやつだよ」
翔鶴「えっ、加賀さん? 提督? ……お豆腐が美味しそうだったから食べてもらいたくて、それだけなんですって! あっ、やめっ、熱ッ!!」
・・・・
朝霜「えーっ!? まーたバイオカツかよ! たまにゃあ普通の肉がいいんだけどなー」
清霜「味はおんなじなんだけどね。やっぱり私たちカツ評論家からするとバイオカツはまだまだって感じかな」
提督「あのなぁ……バイオカツとかいう呼び方はやめろ。食い気が失せるだろう。しかし、ここの連中は本当にカツが好きだな……」
霞「あら、あなたもこのヴェアヴォルフの一門なのだからカツの舌利きぐらい出来るようになってもらわないとダメよ」
提督「いつから一門に加えられたんだよ……」
足柄「私たちは常に勝ちに貪欲なのよ! いついかなる時でも戦いに勝つ! ってね」
大淀「でも、今日のカツはなんだか優しい味ですね。美味しいです」
足柄「ふふふ……いつもの二倍増しで愛情込めて作ったから当然よ」
提督(俺はまだこいつらの領域についていけそうにない……)
665 :
【ED-6】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 13:17:51.26 ID:xlyHE8aw0
かつての鎮守府を模した建物の屋上に提督は立っていた。一仕事終えた疲れを癒すため休憩していると、足柄がやってきた。空は夕焼けに包まれていた。
提督「本当に数週間したらもとに戻ったな。あのまま一生子供だったらどうしようかと肝を冷やしたが……」
足柄「それでも良かったんじゃないかしら。あれはあれで可愛げがあってよかったわよ」
提督「俺が良くないのだよ。……しかし、世話を焼かせたな。相当苦労したと聞いたよ。
本当に、こうしてお前たちと再会できたのは幸運に思っている。お前にも、感謝してもしきれないぐらい感謝している……」
提督「何か、そう、……礼を返したい。望みはあるか? なんでも叶えてやる」
足柄「いいのよ。私がそうしたかったから、あなたに会いたいと思ったからやったことだから、恩なんて感じなくていいわ」
提督「別に俺も恩情を感じて、それに報いるために礼を返したいと言っているわけではない。
そんな義務感じゃなく、……俺がしたいからさせてくれと言っているのだ」
足柄「そう。じゃあ……」
パンッ!
両手を叩くと、彼女の掌が光り輝く。光が収まると、彼女の手の中には銀の指輪が二つ。
足柄「これ、受け取ってもらえるかしら。……い、一応確認しておくけど。意味は分かるわよね?」
目を丸くしている提督。
提督「意味は分かる。分かるが……それより気になることがある。手品か、これは……? いや、違う……」
足柄「あのヲ級がやっていたような大掛かりなことは出来ないけれど……このぐらいなら容易いわ。
これも、あなたが居たから気づくことのできた、私の能力……」
足柄「もっとも、ヲ級のとも厳密には違うらしいけれど。あいつは燃料や鋼材といった資源を消費する必要がある。
けれど私にはその必要もない。よりエコというわけね。その分、強い感情を必要とするけれど」
足柄「こ、これで、分かるわよね……? あなたへ、これを渡したいと思ったから成功したのよ!?」
指輪を手に取り、自分の指ではなく足柄の薬指に嵌める提督。
足柄「えっ? あなたが嵌めるんじゃないの?」
提督「いや、何も間違っていないと思うのだが……お前の申し出を受け入れるという意味で、こうしたつもりなのだが」
微妙な沈黙が流れたあと、提督が顔を赤らめて言葉を発する。
提督「ン……いわゆるカッコカリなのか? そうか、だったら交換なんてしなくていいのか。俺が自分で嵌めて、お前も自分で嵌めればよかったのか」
足柄「んにゃ……!? あ、いや、そうじゃないです! そこまで本気なんですよね! ほ、ほら、えいっ」
気まずい空気を強引に押し込めるように提督の薬指に指輪を嵌める。
二人の左手の薬指に、おそろいの銀の指輪が淡く輝いている。
足柄「じゃ……じゃあ……。続き、よね……」
提督「儀礼的にはそうなるな」
足柄「ま、待ってね! ちょっと心の準備が……スー、ハー! スゥー……ハァー」
提督「俺も心の準備というか、確認したい。どうして俺なんだ? 俺で良かったのか……?」
足柄「え……指輪まで渡しておいて、今更そんなことを聞くの? あなた以外いるわけないじゃない」
足柄「私の力をこんなに引き出せるのも、私が……結ばれたいと思うのも……あなた以外、いるわけないじゃない。
そうでなかったら、こんなことしていないわ」
足柄「あなたのことを、心の底から愛しく思うわ。あなたのことが誰よりも素敵に見える。……惚れたのよ」
提督「そう、か。……いや。そうか」
頬を紅潮させ目を潤ませている足柄。不意に抱き締められて、唇を塞がれる。
提督「はっはっ……こういうのは普通、俺の側から言うべきだったな。言わせてすまない。少し不安だった……生まれて初めて、緊張をしていた」
提督「俺も……お前に惚れている。お前のことを、もっと知りたいと思う。こんな気持ちにさせてくれたのは……お前だけだ」
強く抱き締めあうことで、お互いの身体の震えが収まっていく。二つだった影は沈みゆく夕焼けの中で一つの大きな影へと姿を変わっていく。
提督「さて! お楽しみはこれからだ、な……俺にはまだまだやるべきことがある! こんなに嬉しいことはない。お前と共にいられるなら、なおさらだ」
足柄「お楽しみってつまり……このあとの夜のこと?」
提督「下世話なやつだな……断じてそういう意味ではないからな! 行くぞ足柄。ほら、下から雪風たちが見ているぞ。祝福されてるんだ、行ってやらないとな」
足柄「見られてたの!? 急に恥ずかしくなってきたわ。でも……こうなったら開き直って見せつけてやるしかないわね! これからよろしく! 旦那様」
666 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/01/23(土) 13:25:42.86 ID:xlyHE8aw0
これにて完結です。6レスになってしまいましたが。
まず、投下がグダグダになってしまって申し訳ありません。
今回に限らず投稿が延び延びになることが多々あり……大変申し訳なく思っております。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
めっちゃくちゃエネルギーを消耗しますが、書いてて本当に楽しかったです。完結させることが出来てよかったです。
次の100レスは……リアルがリアルなのでやらないかもです。
また今回とはテイストの違うネタはあるにはあるのですが、ちとリアルの方が時間的に微妙……。
書けそうだと確信できる環境を得たらやるかもしれませんが、そうでない限りはこのまま2か月ルールでサヨウナラということで。
何はともあれ、ご愛読ありがとうございました。愛はないかもしれませんが、とにかく読んでくれてありがとうございました! 長かった……
667 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/01/23(土) 13:35:47.60 ID:eLbSRlCAO
乙 たしかに長かったな もっともここでの猛者は二年以上かかって完結した事もあったから長すぎるって事はないかと
母親から恋人というと真女神転生Uを思い出したわ
また別な話書くときあったら読ませてもらうわ
668 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/01/23(土) 17:59:45.91 ID:Alz3pzzZo
乙 足柄さん大勝利ィ!未来に向かってレディゴー!
実際のところ雪風が逆転した時点で勝負あったと思うたがまさかのコンマ
提督が真理の箱庭に到達するのか分からないが時間はあるからな
また機会があれば読みたいところ 体に気を付けてな
669 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/02/21(日) 19:35:37.17 ID:jEB85UdX0
お久しぶりです。
みなさま勝利チョコや最新鋭チョコ、世界水準を軽く超えたチョコ、ゴーヤチョコを日々もらっていることかと思います。
多くの人は冬イベも完走しちゃったんではないでしょうか。掘りの方は頑張ってください。
あとはAndroid版がリリースされるとかVita版が発売されたりとか……最近は話題に事欠かないですね。
自分はiPhone使いでVitaも持ってないのでわりと縁遠い話ではあるのですけれども。
とまあ挨拶はこのへんで本題へ。
どうにもまたやるらしいです。懲りずにまたやるみたいです。今回はまた違った趣向で行こうかなあと。
次の部はオムニバス形式でやってみようと思います。1章あたり16レス〜17レスの全6章構成になります。
なので、毎回違った艦娘やら提督やらが出てきます。前回みたく6人のヒロインの中から1人ではなく、6人それぞれとのEDがある感じですハイ。
で、前回は5レス区切りだったり、その前もたまに安価とか挟んでたりしましたが。
今回は最初にキャラを決めたら1章分そのまま始まりから終わりまで書いてしまいます。
かなり前は隔週ペースで投下とかしてたりしたんですが現状の
>>1
のリアルを鑑みるに無理そうなんで、だったら一月に一度ぐらいのペースでまるっと書いてしまおうかと。
ヒロインは最初に決まった時点で固定、そのため今回は好感度的な概念もありません。
またエクストラなんちゃらみたいな感じでレス数が伸びることもなく、十数レス単位で区切りながら淡々と進んでいきます。
安価が絡む要素は最初の決定段階のみ、シンプルでいいですね。ええ、シンプル。
これなら前みたくカオスなことにはならなさそうですね。イヤーソウダトイイナァ。
あの、5W1Hというのはご存知でしょうか。ご存知だと思うので説明は省きます。
"複数人がWho・What・When・Where・Why・How(必ずしもその全てではない)の部分だけを書き、
一斉に出して(あるいはそれをあらかじめ混ぜておいてランダムに引き)出来上がった文章のナンセンスさを楽しむ言葉遊び"があるんですよ。
そんな遊びはない? いやあるんですよ。Wikipediaにそう書いてあるんだからあるんです(えぇ……)。
冗談はさておき。最初の安価で舞台設定やテーマを決めてみようかなとか思いまして。
とは言っても、Why(なぜするか≒行動理由)・How(どのようにするか≒目的を果たすための手段)を安価で投げるのは難しいのでやりません。
ただ、What(何を)・When(いつ)・Where(どこで)の部分だったらわりと無茶振りが飛んできてもどうにかなるんじゃないかなと思い至りまして。
>>1
は物語というものは以下の四つの軸で分類できると考えています。
・傾向
Whatにあたる部分です。その物語で行われる事象や描かれる描写の傾向。
例)アクション/バトル/恋愛/コメディ/ギャグ/ホラー/サスペンス/日常 など。
・舞台
Whereにあたる部分です。その物語が繰り広げられる場所や舞台、世界観。
例)都市/地方/異国/宇宙/SF/ファンタジー/異世界/学園/家庭 など。
・時代
Whenにあたる部分です。その物語における(読者である我々から見た時の)時代、世界観。
例)現代(近未来,遥かその先)/未来/過去(戦中,近代,中世,古代,原始) など。
・人物
Whoにあたる部分です。その物語に登場する人物や集団およびその関係。ラノベやギャルゲ的には俗に言うヒロインの属性とかもここに区分される。
例)少年少女/学生/青年/老人/貧民/王/マフィア/ヒーロー/スパイ/探偵/吸血鬼/ツンデレ/ヤンデレ など。
※ この四分類は私が適当に考えたものであって権威あるソースとか皆無です。あんま鵜呑みにはしないでください。
詳しくは次のレスで補足します。
670 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/02/21(日) 19:36:17.78 ID:jEB85UdX0
さっきの四分類……ですね。自分で書いてていまいち要領を得ない感じで恐縮なのですが(じゃあ何で書いた)。
えと、もちろんこれらはそれぞれを単純に切り分けられるようなものではありません。
たとえば『スペースオペラ』なら未来の宇宙が舞台となるでしょう(その世界が我々のいる世界の未来やこの地球のある宇宙であるかどうかはさておき)。
『学園ラブコメ』だったら学園を舞台にしたラブコメでしょう。時代も恐らく現代かそれに近い、“学校”という概念のある世界での物語になりそうです。
学園だったら登場人物も自然と学生、あるいは教師に絞られるでしょう。
世界観によっては突然テロリストが乗り込んできたりするかもしれませんが普通はなさそうです。
そんな感じです。とりあえずなんかお題をくれればそれに沿ってみるよという提案であります。
『学園もの』とレスがつけば学園生活になりますし、『SF』とレスがつけば前の部で書いた100レスみたいな感じになるかもしれません。
(多分あそこまで風呂敷は広げませんし、似たようなものは書かないと思いますが)
『異世界ファンタジー』とかレスがついたら……異世界……だと……? まあどんなジャンルでも多分なんとかします。
『漁業系ラブコメ』とか全く専門外のレスが来ても漁業について勉強して書ける範囲で書きますよ……たぶん。
ただ、注意して欲しいのはあくまでそれっぽい感じになるだけってことです。
『ハードボイルド』と書いて必ずしもハードボイルドな内容になるかと言われたらそうでもなく、そういう雰囲気になる、ぐらいの認識でお願いします。
過度に期待されても裏切ることになってしまうと思うので、予めそこは予防線貼っておきます。あくまでナンチャッテです。
また、よく分かんないorどうでもいいやって場合は省略も可です。
Who(誰が)の部分は何気にいつもやってもらってることだったりします。
毎回安価でヒロインの艦娘を決めて、コンマの値で提督のスペックが決まってますからね。
(例によってコンマで提督のスペックが決定するのは変わりませんが、シリアス度の判定は今回なしです)
今回はそれに加えてなんかこう一味違うデレデレなヒロインが見たいとかだったらそういうのも対応するですって感じですね。
決定方法は前回までと変わるのでそこだけが大きな違いとなります。
前回まではスレが始まる直前に対象ヒロイン6名を一気に決めていました。今回は1章1人という形式を取るため、一度に全てのヒロインを決めません。
各章が始まる前に安価を募集し、その募集レスから>>+1-5の間についたレスの中で、多く名前が挙がった艦娘がヒロインになるようにしようかなと。
名前の重複が無かったり、同率一位だった場合はついたレスの中で最もコンマの値が大きかったキャラで決定とします。
コンマも被ったら? ……その時はその時で考えます。
とはいえ、いきなりそんなことを言われても結局どうすればいいんだと思うことでしょう。
次のレスでサンプルを載せときますのでふわっと、なんとなく理解していただければ幸いです。
671 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/02/21(日) 19:37:40.31 ID:jEB85UdX0
----------------------------------------------------------------------
671 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/02/21(日) 23:00:00.00 ID:SureNusio
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
↑『また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。』について補足です。
基本なんでもありですが以下のような例があります。
一般的な例:
アクション(バトル系,異能力,戦隊・ヒーロー,変身ヒロイン,スパイ,ヤンキー,能力バトル,吸血鬼など)/
ファンタジー(ハイファンタジー≒異世界もの,ローファンタジー≒現実寄り,ゲームファンタジー,魔法など)/
SF(スペースオペラ,サイバーパンク,ディストピア,タイムリープ,パラレルワールド,ロボットなど)/
学園(恋愛,スポーツ,学級,生徒会,部活,教師,学生など)などなど……。
ラノベや娯楽小説にありそうな要素をまとめてみましたが、
>>1
はほとんどラノベというものを読んだことがない人なのでちゃんとしたものが書けるかどうかは怪しいです。
あくまで上記は一例なので好きに書いてもらって構いませんし、よく分かんなかったら省略してもいいです。
また、これは艦これの二次創作であるため、安価の内容には従いつつも極力艦これの世界観に合わせていくつもりです。
(
>>1
の予測すらも凌駕するぶっ飛んだオーダーが来なければの話……まあそうなったらそうなったで面白いのでなんとかしますが)
672 : 以下、名無し(ry [sage]:2016/02/21(日) 23:10:00.12 ID:sn0wst0rm
多摩
[When]未来
[Where]都市
[What]サイバーパンク
↑
こんな感じでやる想定ですが、必ずしも[When]とかやる必要はないです(先述の通り切り離しが難しいジャンルもありますし)。
分かりやすいようにこうしているだけで、フォーマットとかはありません。自由な発想にお任せします。
673 : 以下(ry [sage]:2016/02/21(日) 23:20:00.50 ID:3werewolf
榛名
674 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:30:00.84 ID:xPHOENIXx
阿賀野
[What]能力バトル
↑
上のレスみたく全部指定する必要はなく、舞台だけとか時代だけとか作品の傾向だけとか、そういう感じでもオッケーです。
675 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:40:00.11 ID:burnLove1
山雲
676 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:50:00.63 ID:May/46497
Z3
[Where]南国(リゾート地)
----------------------------------------------------------------------
たとえば上記の例だと
コンマの値が最も高かった阿賀野がメインヒロインになります。
で、未来都市の南国のリゾート地でサイバーパンク的能力バトルのお話になるわけです。
???
まあ、ものの例えなんで……だいたいこういう感じになるよというイメージです。
なんとなく伝わってもらえれば幸いですし、例によってキャラ名だけ書いてもOKです。
気負わずゆる〜い感じで適当に書いてしまえばいいと思います。
※ 上記のキャラ・お題の例は
>>1
が自作したおみくじ的アイテムによって決定したものなんで、
こういう流れになることを期待して書いたものではありませんと注釈しておきます。
672 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/02/21(日) 19:38:10.90 ID:jEB85UdX0
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
673 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:40:21.25 ID:PFxP7FaDO
瑞鶴
674 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:40:29.41 ID:vBh0j5NEO
秋月
675 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:40:44.61 ID:PpsOJPSqO
瑞鳳
676 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:40:56.38 ID:f8SfaYu+O
大鳳
677 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:41:11.46 ID:2XNG5+1WO
春雨
678 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/02/21(日) 19:46:25.56 ID:jEB85UdX0
お、揃いましたね。ホッとしました。
特に設定周りの指定はないんで普通に艦これの設定準拠でいきます(と言っても
>>1
の主観というノイズが混ざるのでアテにはなりませんが)。
>>675
より瑞鳳が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:25(ヘタレ)
知性:41(中の下〜中)
魅力:61(やや魅力的)
仁徳:38(あまりない)
幸運:46(人並み)
まだ何も書いてないのであれですが、一ヶ月後ぐらいには16レス分投下されてると思います(願望)。
ではしばしお待ちくだされ・・・。
679 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:49:59.76 ID:zQ49yMpAO
おお再開したか期待
ずほの提督あまり優秀ではないから内助の功的な感じかしらん
680 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/03/21(月) 19:41:50.24 ID:QNW/9c5G0
セルフ保守兼予告です
3/27(日)に投稿できたらと思っていますが、ダメだったらごめんなさい
(ダメでもダメなりに3/27に出来てる範囲まで投下しようかなと考えてます)
//// チラシの裏 ////
世間一般では卒業シーズンですが、自分の場合は年度末の諸々な案件に追われてましてね……いやまあそんな話しても面白くないのでそれはそれとして。
艦これやる時間もあまり取れず遠征しか回せてなくて資源がモリモリ貯まってます。鋼材以外の資源が10万超えたのひょっとして初めてかも。
今後の安価に影響しちゃうんであんまりこういうの書くのよくないかなと思いつつもちょっとだけ艦これに関する私見を書いてしまうと……。
バレンタインの追加ボイスといいホワイトデーといい初雪アツくないすか?
あれだけボイス追加されてる中でのバレンタインデーの初雪のいじらしさといい、それを踏まえてのホワイトデーもアツいですよね。
今一番艦これでキてるんじゃないかな、甲勲章5個持ってる私が言うんで間違いないかと(え
ごめんなさい余計なことを書きました。チラシの裏なので忘れてください
681 :
【1/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:31:54.80 ID:Ogtl1Ak10
柱島は狭い。面積はおよそ3.12平方キロメートルで、一時間も歩けば島の外れまで辿り着いてしまう。
島の外れに島尻の浜という砂浜があり、そこで和服を着た見知らぬ男が一人。
すまし顔で夕陽を眺めながら金管楽器を吹いている。緑がかった黒髪の若い青年だ。
瑞鳳は草葉の陰から彼を観察していた。
瑞鳳「……? あの人、何者……?」
当然、艦娘瑞鳳はこの男のことが気になった。漁船すらほとんど近寄らないこの島に、客人が来ることなど考えにくい。
ここ柱島は今や海軍関係者しか立ち寄ることのない島であり、艦娘を含めても総人口は百人に満たない。
そんな柱島に、舞鶴の温泉宿からそのまま抜け出してきたような格好の男がいれば目立つのも無理はない。
ゆえに、彼を最初に見た瑞鳳から出た一言は『誰?』でなく『何者?』という言葉であった。
??「僻地と聞いていたが……海も清んでいるし、何より人が少ない。良いところだね」
瑞鳳の存在に気づいた男は演奏をやめ、防波堤の傍に置いていた荷物の方へ歩み寄る。
トロンボーンをケースへしまおうとしているようだ。
??「きみ、中学生かな? 僕に何か用かい」
楽器の手入れをしながら、瑞鳳に話しかける男。
瑞鳳「ちゅ、中学生!? 違います! 私は……ず」
艦娘である自分の名を、目の前の見ず知らずの男性に名乗っていいか躊躇い言葉に詰まる瑞鳳。
手入れを終え荷物をまとめると、男は握手しようと瑞鳳に手を差し出す。
??「僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。ちょっとワケあってこの島に世話になることになったんだ。よろしくね」
瑞鳳「はい、よろしく……って」
彼の手を取る瑞鳳、その名前を聞いて目を丸くする。
瑞鳳「!? じゃあ、あなたが新しく来たっていう提督……?」
提督「おや。艦娘だったのか、きみ。名前は?」
瑞鳳「瑞鳳です。って……輸送船が着港した昼からずっと探してたんですよ!? どこに居たんですか今まで!?」
提督「瑞鳳か。聞いたことあるなぁ……何年か前の観艦式で見かけたことがあるかもしれないな……」
彼女の名前を聞いた途端顎に手を当てて考える仕草をする提督。『瑞鳳です』から先は聞き流したようだった。
提督「まあいいや、艦娘なんだっけ。よろしくね。そろそろ散歩も飽きてきたし、案内頼むよ」
瑞鳳(マイペースな人だな……こんな人が提督で大丈夫かなあ)
・・・・
柱島泊地――柱島から続く海底トンネルを経由して車で十数分の位置にある、海上に建てられた小規模な日本海軍の拠点だ。
規模からして海軍要港部と呼んだ方が相応しい小さな施設だが、通俗的に鎮守府と呼ばれている。
瑞鳳に急かされて、柱島港に停めてあったワゴン車に半ば無理矢理乗せられる提督。
提督「鎮守府ってこの島の中にあるもんじゃないんだね。どおりでこじんまりしてるなと思ったよ。あ、僕運転できないから」
運転席に座りハンドルを握っておいてこの一言。呆れる瑞鳳。
瑞鳳「え、え〜……先に言ってくださいよ!」
提督「君が運転すればいいじゃないのさ」
瑞鳳「私も出来ないから困ってるんですよっ! あっ、もうこんな時間!」
ポケットから取り出した懐中時計を見やると、何やら慌て始める瑞鳳。
バタンと運転席の扉を開け、小さくジャンプして提督に抱きかかり、腰に手を回してそのまま持ち上げる。
提督「!?」
神輿のように担ぎ上げられる提督。体格差からしてかなり無理のある絵面なのだが、瑞鳳はまるで負担に感じていない様子だった。
提督を持ち上げる労力などよりも、時間が押していることを気にしているらしい。
瑞鳳「走って間に合うかなぁ……急がなきゃ!」
提督「急がなきゃ……じゃ、なく、て……アッ……」
担ぎ上げた状態で走り続けるのは難しいようで、じょじょに提督を固定する腕の位置が彼の首元と腹部に移動していく。
プロレスで使用される技の一つ、バックブリーカーに近い体勢で運搬される提督。
華奢な体格の提督がこの無自覚な暴力に耐えられるはずもなく、わずか数分で意識を飛ばしてしまう。
682 :
【2/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:32:41.76 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「軽空母! 瑞鳳! 戻りました!」
瑞鶴「お疲れー、随分遅かったわね。おっ、誰その男の人。彼氏でもできたんですか?」
瑞鳳「なわけないでしょ」
ソファに腰かけて足を組んでいる、ややだらしない彼女は瑞鶴。その隣で手を両膝の上に置いてちょこんと座っているのが秋月だ。
瑞鶴の呑気な問いかけを無視し、ぐったりしている提督を椅子の上に座らせる。
秋月「この人が乙川司令……?」
瑞鳳「そうそう、島の外れまで散歩してたんですって! せっかく色々教えてあげるつもりだったのに……今日はもう時間ないわね」
提督(うぅ……艦娘というのはおっかないな。いきなり殺されかけるとは……)
提督「ところで、やけに急いでいたけれど。これから何かあるのかい?」
瑞鳳「鍵閉めですよ。各施設の見回りをして、それぞれの部屋の戸締まりと点検をします」
提督「でも、ここって軍の施設だよね。閉鎖してるなんてことがあっていいのかい?」
瑞鳳「遠征部隊が長旅から帰ってくる時とか作戦発令時とかは夜に人が居ることもありますけど……普段は9時5時ですねー」
提督(17時になったら業務終了って随分と緩いんだな……)
秋月「24時間体制で警備し続けるための人員が足りてないんです」
瑞鶴「ま、そこまでする必要がないぐらい後衛だからお役所仕事でも問題ないってことだけどね」
提督「そう……あ、自己紹介。ぼくは乙川奏。ちょっとワケあって島流しの憂き目に遭ってしまってね。
半年間の刑期が終わるまではここで暮らさせてもらうよ。まあよろしく」
瑞鶴「刑期って……面白い冗談ね。私は瑞鶴、こっちは秋月です。よろしくね、提督さん」
秋月「よろしくお願いします!」
瑞鳳(この島に来たのって、左遷だったりするのかな……?)
・・・・
秋月が運転する車の後部座席で対話する提督と瑞鳳。
秋月の趣味か、車内のスピーカーからはテンポの速いユーロビートが流れている。
彼女たちの乗る車の先には瑞鶴の車が走っている。
提督「しかし……瑞鳳といい秋月といい、見た目だけなら義務教育さえ終えてなさそうなもんだけどねぇ……。
車が運転できるなんて大人の僕よりすごいじゃない、関心したよ」
瑞鳳(あれ……別の鎮守府で提督をやっていたならいちいちそんなことで驚いたりはしないはずよね。ってことは新人か)
秋月「艦娘は人間と違って肉体的な歳を取らないんですよ、艦ですからね。練度を上げて改造すれば見た目が変わることもありますけど……」
提督「練度ってのはつまり……レベルが上がると進化する、みたいな概念なのかな? ゲームみたいだね」
瑞鳳「演習や出撃で戦闘を経験すると、少しずつ艦娘は強くなっていくの。戦闘で傷ついた艦娘は入渠して回復するのよ」
提督「ふむふむ。そういえば意外と設備はしっかりしていたよねあの鎮守府。小さいとはいえ工廠や船渠なんかもあったし」
瑞鳳「鎮守府の中では一番新しく出来たところだから、規模が小さいだけで機材自体は最新鋭なのよ!」
やや自慢げに話す瑞鳳。
・・・・
柱島港の駐車場で秋月と別れる提督と瑞鳳。
先ほど乗ろうとしていたワゴン車から自分の荷物を取り出し、ガラガラとスーツケースを引く提督。
瑞鳳「提督のおうちまで案内しますね」
提督「うーん、よく知らないけど普通さ……寮とかあるもんじゃないの? 秋月や瑞鶴も自分の家があるって言ってたけど……」
瑞鳳「昔、深海棲艦の攻勢が今よりも激しかった頃に住民の半数は本島に避難したんですけど……幸いこの島は被害を受けなかったんです。
それからしばらくして柱島に拠点を作ろうって話が挙がって、その流れで島にあった空き家はほとんど軍が買い取ったんですよ」
瑞鳳「それを私たち艦娘や妖精たちがせっせとリフォームして今に至るってわけです」
提督「あ。それじゃあ、外食とかも当然無いってことだよね……? コンビニも?」
瑞鳳「個人経営の商店はあるけど、そのぐらいかなー。一通りの食材は売ってますよ」
提督「僕はどうやらこの島で飢え死する運命にあるらしいな……料理、できないんだよ」
瑞鳳「うーん……困りましたね。じゃあ今日は私の家に来ませんか? 晩ご飯、ご馳走しますよ?」
提督「ありがとう、頼むよ(今日に限らず出来れば毎日作ってもらいたいのだけど……)」
683 :
【3/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:33:13.56 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「いつも通りの献立で悪いんだけど……めしあがれっ」
卓上に並べられたのは玉子焼き、親子丼、玉子とじの味噌汁、温泉卵を混ぜたポテトサラダ。
提督「(妙に玉子を推すんだな……)いただきまーす」
玉子焼きに箸を伸ばし、口の中へ運ぶ提督。咀嚼し、舌で味わい、飲み込む。
笑みを浮かべ、瑞鳳の方を見やる。
提督「おいしい! すごくおいしいよ」
瑞鳳「本当!? 良かったです〜。個人的には玉子焼きは甘い方が好みなんですよね〜。提督のおうちでもそうだったんですか?」
提督「いや……なんと言ったらいいか。子供の頃から出来合いのものばかり食べていたから、家庭の味という感覚がないんだよね」
瑞鳳「(なんかあまり触れちゃいけない感じだったかな……?)あっ、そうだ。テレビでも見ましょう」
リモコンに手を伸ばす瑞鳳を見て何か言いたげな提督だったが、口を開くことはなかった。
30インチほどの、平均的な大きさの液晶テレビにバラエティ番組が映し出される。
瑞鳳は番組の合間合間にあははと小さな笑い声を上げていたが、提督は終始白けた表情をしていた。
・・・・
空になった食器を台所まで運ぶ提督。瑞鳳はまだ食事中で、テレビに夢中な様子だ。
瑞鳳の座る椅子の背もたれに肘かけて話しかける提督。
提督「ごちそうさま、美味しかったよ。本当に美味しかった」
瑞鳳「えへへ、そんなに何度も褒められたら照れますよ」
提督「それで、君からしたら迷惑な話なんだろうけど……明日から毎日、僕のために料理を作って欲しいんだ」
テレビから注目をこちらへ向けるように、瑞鳳の耳元で囁く提督。
数秒固まり、頭上に!マークを浮かべる瑞鳳。頬が赤らむ。
瑞鳳「ええ!? それってつまり……プロポーズ!?」
提督「? きみ……どうして今のでそう解釈できるんだい? よく知らないけど、テレビの中での“お約束”ってやつ?」
提督「僕、料理出来ないからさ。もし君が良かったらお願い出来ないかなって話。嫌だったかな?」
瑞鳳「え? え? いや、良いですよ……」
瑞鳳(なんだ、早とちりか……。でも、無防備だったから、少し、ドキドキしてるかも……)
提督「それからさ。食事中にテレビ見るの、やめにしない?
僕あんまりテレビ見ないから流行とかよく分かんないし、それに、たぶん君と話してる方が楽しいと思うんだ」
・・・・
提督と別れた後、瑞鳳は風呂に入ることにした。
脱衣所へ向かい、手早く服を脱ぎ、脱いだ服を畳んでシャワーを浴びる。
瑞鳳「はぁ〜、今日はなんだか疲れたなー」
瑞鳳(提督……変わった人だったけど、ちょっとカッコ良かったかも? ……私、ヘンな子に思われてないかなあ)
瑞鳳(でも、料理喜んでくれてたし、そんなに悪くは思われてないはずよね)
メレンゲのように泡立てたシャンプーで髪の地肌を優しく包んでいく。
シャボン玉がふわふわと宙を舞う。目の前に浮かび上がる泡にふうと息を吐きかけ、遠くへ飛ばす。
瑞鳳(テレビ見ないとか、子供の頃から一人でご飯を食べていたとか、だいぶ変わった人だよね。なんかワケありなのかな……)
・・・・
提督「おはよう。今日も一日よろしくね」
自宅に訪れた提督の応対をする瑞鳳。
正方形の木製テーブルの上に皿を並べていく瑞鳳と、彼女の姿を見よう見まねで箸や小皿の用意をする提督。
紅鮭の塩焼きに白米、それから落とし卵の味噌汁、炒り玉子を混ぜたほうれん草のおひたし、目玉焼き。
席に着いて、机上に並ぶ椀や皿を眺め満足げに頷く提督。
提督「美味しそうだね。いただきまーす」
瑞鳳「いただきまーす。……提督? その格好どうしたんですか。軍服はありませんでしたか?」
箸を進めながら、提督の衣装について訊ねる瑞鳳。彼は濃紫色の着物姿だった。
着物といっても瑞鳳が知るような晴れ着ではなく、羽織って胴体部分を帯で締めただけの簡単な着つけで、袖丈も裾も短めの動きやすそうな格好だ。
カジュアルだがこじゃれている、飄々とした彼に似つかわしい衣装だったが、その格好はどう見てもこれから鎮守府へ向かう衣装とは思えなかった。
提督「軍服? 家には無かったから普段着を着ているよ」
瑞鳳「あれれ……用意し忘れてましたか。鎮守府にはあるはずなので、着いたら着替えましょうね」
684 :
【4/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:34:07.73 ID:Ogtl1Ak10
提督「わざわざ着替えなおすのは手間だなぁ……。このままじゃダメかい?」
瑞鳳「ダメダメ、そんなんじゃ部下に示しがつきませんよ」
提督「部下に示し、かぁ〜……。でも、僕がここにいるのは半年間だけだよ?
むしろ『あんなダメな奴が提督だった』ってなる方が次に来た提督にとって好条件じゃないかなー」
提督「事実、僕はこの鎮守府に来る際に提督としての一切の義務を果たさない良いって言われてるんだ。つまり任務も何もこなさなくてもいいってこと。
全ては僕の自由意志に任されているということで、そういう取り決めのもと僕はここに来た」
瑞鳳「それってどういうことですか……? 仕事しなくてもいいって……そんなことあるの?」
提督「さあてね。上のお偉いサンがどういう考えなのかは分からないけれど……。
そういうわけだから僕も余計なことはせず、平和な日常を享受させてもらおうかなと」
瑞鳳(どういうこと……? いきなり提督を任されるなんて、士官学校で首席だったとかなのかな?
でもあんまりやる気はなさそう……。ひょっとしてすごく偉い人のご子息だったりするのかな!?)
瑞鳳(で、でも、それとこれとは別よね。生まれが偉いからって仕事しなくていいなんて、そんなのおかしいわ)
考え込む瑞鳳を見て、一体何を思案しているのだろうと疑問に思う提督。突然身を乗り出してガシッと提督の両手を掴む瑞鳳。頭の中で結論が出たらしい。
瑞鳳(つまり! この人を一人前の提督に仕立て上げろというのが私たちに課せられたミッションなのね……!?)
瑞鳳「分かりました! 提督、一緒に頑張りましょ?」
提督「……?」
・・・・
瑞鶴の車で鎮守府に着いた二人。施設の開錠作業を終え、執務室で瑞鳳から手ほどきを受けている提督。
提督(色々説明されても正直よく分かんないなあ……ま、なんか張り切ってるみたいだし適当に話を合わせておこうか)
提督「それじゃあまず、どうすればいい? 言われた通りにすればいいんだろう」
何かを閃いたのか、部屋の端に置いてあるホワイトボードを取り出して、キュッキュッと絵を描き始める瑞鳳。
提督「これは、ドラム缶と延べ棒と……石……? よく知らないけど、これが噂の詫び石とかいう」
瑞鳳「違います! えっと、これが燃料で、これが弾薬、こっちが鋼材・ボーキサイトのつもりで描きました。
艦娘を運用するには、資材が必要です。戦闘や入渠の際にこれらを消費します!」
提督「えっーと、出撃で負ったダメージは入渠させることで回復できるって話だよね」
瑞鳳「そうです! まず、深海棲艦を倒すために、海を進む必要があります(当たり前ですけど)。ここで燃料を消費します。
で、深海棲艦との戦闘で弾薬を消費します。帰ってきて入渠するために、燃料と鋼材を消費します。再び出撃するために燃料と弾薬を補給します」
『出撃』→『戦闘』→『入渠』→『補給』→『出撃』→……というループを意味する円形の図を描く瑞鳳。
提督「深海棲艦と戦うために弾薬が必要、入渠で回復するために鋼材が必要、燃料はどの工程でも基本必要……って感じなんだねー」
瑞鳳「そう。で、このボーキサイトは……戦闘で消耗した艦載機の補充を行うために必要なの。艦載機っていうのは空母のメインウェポンです!
制空権を確保して戦闘を有利に運ぶためには、私たち空母が繰り出す艦載機が必須となるんです! 制空権というのは〜……。って……」
艦載機の絵を描いて説明を進める瑞鳳を尻目に、そっぽ向いて秋晴れの空に浮かぶいわし雲の流れを目で追っている提督。
提督「ええ? ああ、聞いてる聞いてる。なんだっけ? 前・下・斜め前にレバーを倒すやつみたいなのがあるんだってね。
えと……セイクーケン? それをマスターするととにかく良い感じとかそういう話だよね」
黙り込んでじとーっとした目で提督を見つめる瑞鳳。はにかみながら見つめ返す提督。
提督「ごめんごめん。少しボーッとしててね……すぐ完璧にこなせるようになれるほど優秀な人間じゃないけどさ。瑞鳳と一緒に一つ一つ勉強していきたいんだ」
瑞鳳(ちょ……そんなに真っ直ぐな眼で見られたら……)キュン
数秒硬直し、ブンブンと頭を振って我に返ろうとする瑞鳳。
瑞鳳「そ、そうかもね。あんまり一度に詰め込んでも大変か……。じゃあ、そうねえ……」
瑞鳳「さっきも言った通り、資材の管理は私たち艦娘を運用する提督にとって重要な仕事の一つと言えるの。
何度も艦娘を出撃させたり、無理な建造を行ったりしなければある程度は資材が補充されていくんだけど……」
瑞鳳「それだけじゃ艦隊を補強していったり、大規模な作戦に立ち向かうためには全然足りないの」
提督(どうして艦隊を強化したり大規模作戦に挑んだりする前提で話が進んでいるんだ……?)
瑞鳳「資材を得る方法は大きく分けて二つ! 艦娘を遠征に出すか、遠征や作戦などをこなして任務を消化するか、ね。
もっとも、出撃中に獲得できることもあるから、補給に必要な資材が少なくて済む潜水艦を酷使して資材を拾ってこさせるなんて裏技もあるけど……」
提督(サラッとえげつないこと言ってない……?)
瑞鳳「まずは任務を一つやってみましょうか。簡単な任務です」
ビシッと右手の人差し指を立てて提督を先導する瑞鳳。別室に案内するつもりのようだ。
685 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/03/27(日) 23:41:12.44 ID:Ogtl1Ak10
えと……今回は体験版ということでこの辺で区切らせていただけないでしょうか。
もちろんこの先も書けてはいるのですが、完結まではどうにもあと1〜2週間ほどかかりそうでして……。
大変申し訳ないのですがもう少々お待ちいただきたく……。
//// 第一章雑記 ////
残りは11レスなんで、今日投下した分は起承転結でいう起ってとこですかね。
なんか承が膨れ上がっててガッツリ削らないといけなかったり結が出来てなかったりと待たせておいて色々あれな有様なんですが……。
そもそも書く時間が……まあそれは言い訳にしかならないか。
チャラい主人公(?)とチョロいヒロインのやや甘めな感じになるかもしれないし、
そういう風に見せておきながらいきなり裏切ったりするかもしれませんが、まあ大体そんな感じです(どういうことだ)。
前の部とはテイストが違ってこういうのもなかなか書いてて楽しいですね……遅筆なのをなんとかしたいところですが。
686 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 19:01:12.77 ID:Ah500GsfO
乙 新シリーズ開始か 期待して待ってる
687 :
◆XsVxKts4oQ
[sage saga]:2016/04/13(水) 12:44:44.44 ID:PmifM8ryO
お待たせしました。4/16(土)の夜頃投下予定です。
次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
それまでに次に一押しのキャラとか読みたいネタとか考えておくのも戦略かもしれません。
////雑記////
二週間ぐらい待ってと言っておきながらさらにかかってしまってこのザマです。
いちおー、遅れた分も取り返せるぐらい面白い作品にすることで償おうと思ってますがー……(思ってるだけです)。
これでも頑張って書いてるつもりなんで……もう少々お待ちいただけると幸いです。
ほら、年度末とか新年度の始めとかは色々とね……(泣
いやー、それはそれとして前回の物量感覚でやってて尺配分完全に間違えたよね。15レスって長いようで短いよね。
あと今更ながら6-4ってめっちゃ難しいっすよね。いやスレに全然話関係ないですけど。
戦艦水鬼,戦艦棲姫,空母棲姫,ツ級elite*2みたいな編成で来られるのとどっちが難しいんだろうかとか一瞬考えてしまう程度にはヤバいっすね。
もちろん資源消費とか考慮するとそういう編成で来られるよりは6-4の方が数段易しいんでしょうけど。
ただ、体感的にはそのぐらいに今までにないヤバさを感じております。支援艦隊出せないですしねー。
まあ難しいとはいえ別に期間限定海域やEOというわけでもないので焦らずゆるゆる攻略していきます。
688 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/13(水) 22:17:18.97 ID:r6aDIS7T0
出先からの投稿だったんでトリップ間違えてますが本人です。
なにげに投稿時間がゾロ目ですね。だから何って話でもないですが
689 :
【5/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:11:58.93 ID:IV8+CupH0
提督「任務……だよね。引越屋のバイトじゃなくて。ベルトコンベアとかないの?」
提督と瑞鳳は両腕に抱えた山積みのダンボール箱を運んでいる。
瑞鳳「横須賀とか呉とか大きい鎮守府ならベルトコンベアで楽々運べるんですけどね……。でもほら、職人の技ってあるじゃないですか」
提督「この運んでくる工程もまた職人の技か〜」 あえてつっこまない提督
物陰から薄緑色の髪をしたヘルメット帽の妖精がぴょこりと飛び出てくる。
その身に不釣合いな怪力を発揮して弾薬の束やボーキサイトの塊をダンボールごと溶鉱炉にぶん投げていく。
炉の中からてれれれ〜んと気の抜けた音が鳴ると、取り出し口からペンギンめいた生き物とリボンをつけたわたあめのような生き物が這い出てくる。
瑞鳳「失敗しちゃいましたね……」
提督「色々言いたいことはあるけども……なにこれ」
モゾモゾと蠢くわたあめ(?)とペンギンを空のダンボール箱の中に詰め込むと、妖精はどこかへ立ち去ってしまった。
瑞鳳「謎です」
提督「謎」
瑞鳳「今回は失敗しちゃいましたけど……これで任務『新装備「開発」指令』達成です! おめでとうございます!
これで燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトが各40単位支給されます」
提督「待てよ……さっき20/60/10/110消費して、得たのが各40だと弾薬やボーキサイトは赤字じゃないか……?」
瑞鳳「一回で得られる任務の報酬はこんなものですよ。もし消費する資材を浮かしたかったら10/10/10/10の最低値で回すのもアリかもね。
まあ、その分出てくる装備もしょぼいですけど……では気を取り直して、次は建造です!」
・・・・
建造を一回、開発を三回行った後、瑞鳳は用があると言って工廠を離れていった。
提督は瑞鳳が居なくなると安堵して休憩、これ幸いと楽器を取り出し、工廠で一人トロンボーンを吹いていた。
秋月「あ、あの……提督? 瑞鳳さんから頼まれて来ました。建造の任務に付き添うようにって」
提督が一曲演奏し終わったであろうタイミングで声をかける秋月。
提督「今の演奏……どうだった? ユーロビートとか聴いてるイマドキの子にはちょっとテンポが遅かったかな?」
秋月「(ユーロビートはイマドキというには古すぎるような……?)途中からしか聴けなかったんですけど、とても良かったです!
まるで嵐の中に居るかのように力強く荒々しく、でもそれが落ち着くと希望に満ちた明るい展開になって……素敵な演奏でした」
提督「おっ、良い感性してるね。さっきのはノアの方舟という曲名でね。ベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントが1998年に作った曲なんだ。
君が聞いてたのは第三楽章の嵐、そして第四楽章の希望の歌という部分だね。つまり音だけ聴いて副題を言い当てたわけだ。これはすごいことだよ」
秋月「いえ、この曲そのものの出来や提督の演奏の腕前がそれを想起させたというだけで、私は別に……」
提督「またまたご謙遜を。じゃ、せっかく人がいるんだしちょいと趣向を変えてこういうのはどうかな? 知ってるかどうか分からないけど」
とある曲のイントロの一部分を吹いてみせる提督。
秋月「源氏の鎧盗むために結構リセットしましたね」
提督「むごい……ま、知ってるみたいならこれで行こうかな。さすがに最初のアルペジオ地帯は勘弁して欲しいけれども」
秋月「アルペジオ……?」
提督「ああ、和音……うーん、まあ、イイカンジの音をこうやってだね」
提督がトロンボーンを吹くと、奏でられるメロディが階段状に波打つように遷移していく。
提督「ふぅ……順番に鳴らしていく技法をアルペジオって言うんだよ。ユーロビートにもあるだろう? テレレレレ……みたいな」
秋月「ああ、あれですね。でも、勘弁して欲しいって言っておきながら出来てるじゃないですか」
提督「いやいやいやいや……速い音楽に慣れてる君はそう思うかもしれないけど、トロンボーンであの速さを吹くのは人間業じゃあないよ。
ちょっとテンポを落としてアレンジするんだよ。こんな風にね」
ゲーム音楽である原曲の要素を引き継ぎつつも、ジャズを彷彿とさせるリズムや響きに変えながら即興で演奏を始める提督。
彼の表情は、平時に見せる昼行灯からは想像もつかないほど生き生きしていて、天真爛漫な子供のようだと秋月は思った。
演奏に合わせて自然に身体が動いている様子の秋月を見て、一つ提案をする提督。
提督「ん、そうだ。ちょっとリズムを叩いてみない? カホンっていう楽器があるんだけどね。こんな風に跨って、叩いて音を鳴らすんだよ」
誰かが片付け忘れたのか、付近に都合良く置いてあった木箱を持ち出して秋月に座らせる。
秋月「こう……ですか? でも、私楽器なんかやったこと……」
提督「音楽でも人生でも、最も大事なことは楽しむことさ。君には音を楽しむセンスがある。
ジャズのリズムは慣れない人には難しいかもだから、最初のうちは手数で攻めるといい。
思うがままに叩きまくってればその内イロハが分かってくるさ」
結局二人は瑞鳳が戻ってくるまで任務のことを忘れて演奏にふけっていたのであった。
690 :
【6/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:23:15.16 ID:IV8+CupH0
提督と会話していた時の緩んだ表情とは一転、凛とした顔つきの瑞鳳。
瑞鳳の視線の先には、その小柄な身に不釣合いな大弓を構える少女、大鳳であった。
ここは鎮守府内の射場である。瑞鳳はここで訓練を行うのが日課であったが、今日は自己鍛錬のために訪れたのではなかった。
長い長い深呼吸の後、十分に引かれた弦からするりと放たれていく矢。
シュッと空を切る音。三十三間離れた先の的の中央に突き刺さる。
また深く息を吸い込む大鳳。そして吐き出す。足を戻して構えを解き、一秒間沈黙する。
瑞鳳「見事な腕前ね。噂に違わぬ正確さと集中力。ひょっとしたら私の方が教わることは多いかもしれないわね……」
装甲空母である彼女の堅固さを体現したかのような、鋭く精密な一射を称賛する瑞鳳。
瑞鳳「安定して必殺の一撃が狙えることは大事なことだわ。窮地を切り抜けるのに必要な力だし、何より全ての基本よ」
大鳳「えへへ……褒めすぎですよ。今見ていただいた通り、私の一射には時間がかかり過ぎですもの」
正規空母や軽空母のほとんどは弓を武器としている。弓を使って艦載機を勢いよく射出するのだ。
弓を用いる艦娘の戦闘スタイルは二種類に大別される。一つは『質』に特化した精度重視の戦い方だ。
空戦戦力が拮抗している場合、つまり、量が同程度である場合に戦いの趨勢を決定付けるのは質だからである。
主に艦載機の搭載数が少ない艦娘が用いる戦法で、守勢に強いという特長を持っている。
大鳳「うーん、空母戦は先手必勝ですからね……。私はどうにも物量で押す戦い方が苦手なようで」
大鳳が実戦で求められている役割は、彼女が得意とする戦い方とは逆であった。それは、質ではなく『数』をもって敵を圧倒する戦法。
速射による手数で空を支配し、敵艦隊めがけて奇襲を仕掛けることができるのが特長だ。
大鳳は艦載機の搭載数が多いわりに攻めに転じた際の戦果が乏しく、そのことで悩んでいた。
瑞鳳「でも、だったら瑞鶴に稽古をつけて貰えば良いんじゃないの? わざわざ私に教えを乞うこともないような……」
瑞鶴は速射の達人であった。また、彼女が得意とするアウトレンジ戦法――敵の射程外から一方的に猛攻を仕掛ける戦い方とも相性が良かった。
もちろん、この手数を重視した戦い方は前者の戦い方よりも艦載機の損耗が激しく、また命中率や精度も下がるため、常に最良の戦術であるとは言えない。
しかし、物量によって制空権を確保し機先を制するという思想が多くの提督や艦娘が考える海戦の基本にあった。
大鳳「自分なりに色々思うところがありまして……。そう、空母の使命は艦載機の物量によって制空権を確保すること。
砲戦でも敵の攻撃を受けることなく味方艦隊を補助し、粛々と敵艦の掃討に当たるべき……でもそれは理想論」
大鳳「敵の艦載機の性能はこちらよりも勝っています。制空権を確保できるよう策を練るのが常道ですが、時には物量で負けることもありましょう。
まぁ……私は軍の中では希少な装甲空母なので、基本的に勝ち戦や作戦の後詰めでしか駆り出されないのですけれども。
それでも、万事が想定通りというようには行きません。不測の事態に備えた戦い方も意識しておくべきだと思うのです」
瑞鳳(うーん、大規模作戦の緒戦や敗戦処理にしかお呼ばれしない私からすると羨ましいもんだわね……)
大鳳「で。そういう話を瑞鶴さんにしたら、瑞鳳さんを紹介してもらいまして。
なんでも『自分が最も尊敬する艦娘の一人』『空母のうちでも最も攻守の均衡が取れている』だそうで……」
瑞鳳「うえぇ……あの子そんなこと言う子だったっけ……やたらハードル上げてくるわね……」
・・・・
大鳳「すごい……弓術と陰陽術を組み合わせた戦い方なんて……!」
鎮守府近海。海面をスキップするように小さくジャンプしながら演習用の的を次々打ち落としていく瑞鳳。
弓から放たれる精密射撃と、式神から具現化された艦載機による援護攻撃の組み合わせで的をあっという間に全滅させてしまう。
瑞鳳「陰陽術と言っても、エセだけどね。龍驤とか飛鷹とか、あの辺の本家の技には敵わないわ。ホントは巻物とか勾玉とか要るし……」
瑞鳳の言う龍驤・飛鷹とは、かつて彼女と戦場を共にした軽空母の名である。
軽空母の中では珍しく、両名とも弓術ではなく陰陽術によって艦載機を繰り出して戦う形態を取っている。
大鳳「でも……こんなに戦い方をする空母が居るなんて聞いたことがありませんでした。技巧もさることながら、こんなに軽快に動き回るなんて……」
瑞鳳「あなたと入れ替わりで舞鶴に行った私の姉妹艦、祥鳳も式神をサブウェポンとして戦うわ。まあ祥鳳は祥鳳で私とは得意不得意が違うけど……」
瑞鳳「軽空母の脆い装甲で、空の脅威から味方を守りつつ、敵を攻める……となるとこうならざるを得なかったってだけで。
まあ適応進化みたいなもんよねぇ……他の空母からはよく器用貧乏だなんて言われるけど」
大鳳「いえ、器用貧乏だなんてそんな! 『自分の身を守る』『敵艦載機を撃墜する』『敵艦を攻撃する』……瑞鶴さんが貴方を紹介した理由が分かりました。
これこそ私の理想とする戦い方です! 私もあんな風に身軽に立ち回れたらいいな……!」
瑞鳳「言っておくけど、これはどんな時でも通用する無敵の戦い方じゃないわ。本当に大事なのはその時その時に会った戦況に応じた戦法を取ること。
オールラウンダーにはオールラウンダー特有の欠点があるから、そこは理解しておいてね」
瑞鳳「定石や自分の得意な戦い方だけに頼っていてはいつか足元を掬われる。強みを伸ばして、弱点や苦手な部分を一つ一つ克服していきましょう」
・・・・
こらー! という瑞鳳の怒声が工廠内に響き渡る。演奏は中断され、提督は興醒めした様子でそそくさと楽器を片付け始める。
提督「むむ、帰ってくる前にやめようと思ったけど……バレてしまっては仕方ない」
瑞鳳「さっき式神を使ったついでに工廠の方に飛ばしておいたら……案の定ね。まさか秋月まで懐柔するなんて……」
瑞鳳が来るとばつが悪そうな様子の秋月。秋月とは対照的にけろりとしている提督。
提督「あははは。ごめんごめん、そうだね。今度からはちゃんとやるよ。秋月も付き合わせちゃってごめんね」
691 :
【7/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:33:11.40 ID:IV8+CupH0
執務室で昼食を摂る提督・瑞鳳・秋月・大鳳の四名。一人分の机を部屋の中央で四つ繋げて、その上にテーブルクロスを敷く。
提督「なんだか給食みたいで微笑ましいな……はは、学生時代を思い出すよ」
秋月「そうですねぇ。照月や初月ともこうしてお昼食べてたなあ」
提督「あれ、二人とも反応悪くない? なんか嫌な思い出でもあったのかな」 瑞鳳と大鳳の方を見て
瑞鳳「艦娘といっても、その経歴は色々あるのよ。秋月は舞鶴の艦娘養成学校を出てるけどね」
大鳳「私はタウイタウイ泊地という場所で建造されてそのまま実戦登用。瑞鳳さんはサーモン海域で発見されたんでしたっけ」
提督「発見!? ……どういうこと?」
瑞鳳「深海棲艦を倒すと、時折艦娘の艤装が見つかることがあるの。で、艤装だけじゃなく艦娘そのものが発見されることも稀にあるそうだわ。
私はそのレアケース。発見されて横須賀の鎮守府に保護されるより前のことは自分でも分からないわ」
提督「怖い話だなー。実は深海棲艦は艦娘でしたみたいな? ン、逆か? いや、どうなんだ……?」 やや混乱気味の提督
瑞鳳「まあ、ふつう、艦娘のほとんどは建造によって生み出されるわ。
生まれた場所が舞鶴や横須賀みたいに教育施設のある大規模な鎮守府だと、人間でいう学校に該当する施設に通うことになるけど……。
私が生まれた頃にそういうのは無かったから、叩き上げで育てられたって感じね」
提督(この子ら、一体何歳なんだ……? 横須賀の艦娘用の学校が出来たのって確か40年ぐらい前じゃなかったか……?)
提督「うーん、艦娘っていうのは、結局なんなんだい? 人間ではないのかい?」
大鳳「人の見た目をしているというだけで、人ではないでしょうねえ……」
提督「さっき工廠で艤装を解体することも出来るって言ってたよね、瑞鳳。したら、『普通の少女に戻る』って。
でも、艦娘は生まれた時から艦娘なんだよね。つまり、人でないものから人になるっていうのは、どういうこと……?」
瑞鳳「えっと、艦娘が艦娘たる所以は、艤装によって力を得ているということ。艤装を解体すると艦娘としての力、そして記憶が失われる。
そうなってしまえばただの人と変わりないってこと。厳密に言えば、成長したり老いたりする“人に限りなく近い少女”になるってわけね」
提督(それって、提督の僕がその気になれば……ってことだよな。まあ、これ以上は触れないでおこう。なんだか楽しい話題じゃなさそうだ)
提督「あー、じゃあさ。瑞鳳は横須賀から来て、秋月は舞鶴、大鳳はタウイタウイ……みんなどうしてこの島に来たの?」
瑞鳳「私は柱島に鎮守府を建てる計画を実現するために配属されたの。で、ここに来る前の秋月と大鳳、瑞鶴は三人とも舞鶴鎮守府で働いてたのよね」
秋月「ええ。次の大規模作戦から異動になるみたいで……着任先が決まるまでの間はここで過ごすことになったんです。
だから、ここに来たのは司令と少ししか変わらないんですよ」
瑞鳳「というか、提督こそどういう経緯でここに来たんですか? ずっと気になってたんですけど」
提督「え? 僕? あーいや、そうか。説明してなかったっけ。元々僕は舞鶴の軍楽隊に在籍してたんだよ。
まあ……なんていうの? 四面四角のオーケストラは性に合わなくってね。いやオーケストラ音楽そのものは好きなんだけども」
提督「でね、今年から軍楽隊が再編されたんだ。その再編されたいくつかの楽団のうち、僕の名前はどこにも無かったの。
どこに配属されたのか聞いてみたらここだった。柱島楽団ソロオーケストラのトロンボーン担当乙川奏でござい、というワケさ」
大鳳「くすくす……なんだかお茶目な人ね」
瑞鳳「いや、お茶目というか……え、本当に提督なのよね?」
提督「一応、少佐の位をいただいてるわけだし名目上はそうなんじゃないかな。
もっとも、提督としての働きを期待されてないし、僕も秋月や大鳳と同じで次の配属先待ちだよ。
次があるかどうかさえ怪しいけれど。少佐の地位を手向けの花にハイサヨナラという話みたいだね」
瑞鳳「……軍楽隊を追い出されるなんて聞いたことないんだけど、本当なの?」
提督「そうだねー、『君のような演奏家はうちに必要ない』なんて言われた人はそうそういないんじゃないかな。
まあ嫌われちゃったものは仕方ないし、それはそれとして割り切っていくしかないさ」
秋月「そんな……あんなに楽しくて素敵な演奏をするのにもったいないですよ」
提督「そう言ってもらえると励みになるよ。まあ退職金で四〜五年は働かないで済むだろうし、その間にどっかで再就職かなあ」
瑞鳳(うーん……なんか、刹那的な生き方をしてるなぁ。結構ちゃらんぽらんな人なのね……)
大鳳「楽器が得意なら、音楽で食べていこうとは思わないんですか?」
提督「まあ、そういう才能があったら軍楽隊になんて所属してないよネーっていう。僕より上手な演奏する人はたくさん居るよ。
食うに困って、でもキツイ仕事はやりたくなくて……って現実逃避に金管吹いてたら声がかかったってだけさ」
提督「ただ、音楽は好きだよ。音を聞くのも、演奏するのもどっちも好きだ。これは本心。楽しいからやってるのさ。
演奏している時は全てを忘れられる。音の流れに身を任せて、感じるままに楽しむのさ」
提督「はは……軍楽隊でこういう話すると『また乙川の吟遊詩人が始まった』ってバカにされるんだけどね。
でも、酒に酔ってもすぐ醒めてしまうなら、自分に酔い痴れるしかないじゃない? 溺れない程度にね」
お酒に酔うのも好きだけど、と付け足してふふっと鼻息を鳴らす提督。
瑞鳳(お世辞にも明るい先行きとは言えないのに、どうしてこんなに無邪気に笑うんだろう……。不安とかないのかな)
692 :
【8/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:55:06.34 ID:IV8+CupH0
提督が着任してから一月後。瑞鳳の予想に反して、提督は意外にも諸々の執務を支障なくスムーズにこなしていた。
もちろんそれは瑞鳳の監視の目が届く範囲での話であり、彼女が居なくなるとあの手この手で仕事を放棄しようとしていたが。
瑞鳳「では乙川くん、これらの艦載機はそれぞれどういう特徴を持っているでしょーか?」
ホワイトボードにカリカリと艦載機の絵を描いていく瑞鳳。
提督「緑色のやつが艦上戦闘機で、制空戦で最も力を発揮して敵艦載機を撃墜する役割を持つ。
青色のは艦上攻撃機、赤色は艦上爆撃機でいずれも航空戦と砲撃戦にて敵艦への被害を与える。
艦攻が攻撃重視、艦爆は命中重視の性能なんだよね」
提督「橙色の艦上偵察機は索敵性能に優れていて、また、触接率の向上によって艦攻や艦爆でのダメージ拡大に貢献することがある。
で艦上偵察機のうち、彩雲という艦載機を装備させておくと敵艦隊遭遇時のT字不利を回避することが出来る……大体こんな感じでしょ?」
瑞鳳「正解です! 細かい話をすると艦攻や艦爆でも制空戦で少し力を発揮するタイプの艦載機があったり、艦攻も触接に作用したりするんだけど……。
まさかこんなに飲み込みが早いとは思わなかったわ。提督、やる気がないだけで要領は良いんですね」
提督「これも瑞鳳の教育の賜物だよ」
瑞鳳(なんだかんだ言っても、私の言ったことはちゃんと聞いてくれてるのよね……)
提督「僕は勉強とかあんまり苦手なんだけどね。瑞鳳となら楽しいし、頑張れるよ」
相変わらず万事に消極的ではあるものの、着任した当初から比べると提督の知識や思考の深さは段違いになっていた。
彼のこの成長ぶりは、ひとえに瑞鳳の尽力が実を結んだものであったと言えよう。
・・・・
しばらく前に時を遡る。
夕陽が差し込む執務室には瑞鳳一人だけ。提督はいない。鎮守府のどこにもいない。
『僕は確かに名目上は提督だけれど、実質パソナルーム行き扱いの人間だからね。
え? パソナルームが何かって? まあそれはそれとして……ちょっと失望させちゃったかな?』
数日前の晩にした提督との会話を思い出していた。
乙川奏が将来有望な人材でも軍上層部の子息でもなく、ただの軍楽隊の隊員でしかないことを知った瑞鳳は悩んでいた。
『そうなんだ、勘違いさせちゃってたんだね。僕は偉くもないし、賢くもないんだ。だから、期待されていない人間なんだ。僕はね。
君が頑張ってあれこれ教えてくれるのは嬉しいけれど、結局は無駄になってしまうんだよね。騙したつもりはないんだけど……がっかりした? ごめんね』
瑞鳳(提督として立派に育てなきゃと思って色々教えてたけど……本当は彼にとって押し付けがましい、迷惑なことをしていたのかもしれない。
そう思って、あれこれ言うのはやめた。そしたら昨日から提督は鎮守府に来すらしなくなった。夜に顔を合わせて、私の家でご飯を食べるだけ)
『僕が行かなくたって何も変わりはしないだろう。君は自分の仕事や大鳳の稽古をしなきゃいけないわけで、だったら僕の世話で手間をかけさせるのも悪いよ』
屈託なく微笑むを向ける提督の表情を思い出し、余計に胸が苦しくなる。
自分が誰からも必要とされていない人間であることを自覚していながら、どうしてそんなに笑っていられるんだろう。瑞鳳は考えていた。
瑞鶴「おっ、今日はあの不良提督来てないんですね」
瑞鳳「不良? ……どちらかと言えばもやしっ子って感じするけど」
瑞鶴「いや、そう自称してたのよ。不良といってもヤンキーじゃなくて、社会不適合のごくつぶしだってね。
一昨日なんか昼間からお酒飲んでたわよ(……私も便乗して一杯頂いたけど)」
瑞鳳「う……呆れた。放っておくとロクなことないわねあの提督……」
瑞鶴「そう? 結構あの人は身の程を弁えてると思うわよ。酔っ払っても紳士的だったし、話も面白いし。
海軍の男の人って、いかにも軍人! ってタイプのお堅い人かゴロツキ上がりみたいなガラの悪い人ばっかりじゃない」
瑞鳳「(それは瑞鶴の居た鎮守府に限った話じゃないかしら……)秋月といいあなたといい、やけにあの提督を買ってるのね。
あんなに不真面目でだらしない人なのに……甘やかしたらもっとダメになりそうな気がするわ」
瑞鶴「甘やかしているというか……別にあの人、提督でありたいわけでもないし、提督としての義務を果たさなくてもいいんでしょ。
だったら無理に強制したりあーだこーだ言ったり必要ないんじゃない?」
瑞鳳「そうだけど……なんだか、やぶれかぶれって感じがするじゃない。半年後のこととか何も考えてなさそうだし……」
瑞鶴「なんとかなると思ってるから何も考えてないんじゃないかしら。あるいは、考えても仕方ないと思ってるか。
何もかも諦めた人って感じよね。過去に何があったのかは知らないけど……物事に執着がないんでしょ」
瑞鳳「うーん……放っておけないわ……」
瑞鶴「本当の意味であの提督に甘いのは瑞鳳の方なんじゃない? だって、放っておくことが出来ないぐらい心配ってことなんでしょ」
礼儀正しい秋月ですらノックすることなく入ってくる執務室の扉を律儀に叩くのは、この鎮守府には大鳳しかいない。瑞鳳に招かれて部屋に入る。
大鳳「ふー……大鳳、戻りました。瑞鳳さんいますか?」
瑞鶴「おっ、調子はどう大鳳? 私の言ってた通りでしょ」
大鳳「はい、瑞鳳さんからは学ばされることがたくさんあります……おかげで次の作戦までには新しい戦い方が確立できそうです。
敵の艦載機の物量にも負けず、かつ、敵艦めがけて大打撃を与えられるような戦法が。目に見えて強くなっていくのが分かってなんだか楽しいです」
693 :
【9/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:13:27.53 ID:vtnBMafL0
大鳳「って……瑞鳳さん、なんだか悩ましげですね。どうしましたか?」
瑞鶴「いやー、乙川提督のことで悩んでるみたいなのよね。放っておけないんだって」
瑞鳳「なんだか、現実逃避してその場その場で気を紛らわしているようで……お節介かもしれないけど、私は提督のことが心配だわ」
瑞鶴「それ、本人に直接言ってやったら? 言葉で伝えたら何かあの人の中で変わるものもあるかもしれないし」
瑞鳳「そう、かな……? でも、ただ心配だって伝えられても提督の方だって困っちゃうわよね。どうしたらいいかな……」
瑞鶴「こーゆーのはウジウジ悩んでても仕方ないわよ。結局瑞鳳は提督に何を望んでるの?
戦いと同じで、ドカンと行ったらあとはなるようになるって。どうせ何言われても怒ったり傷ついたりするような人じゃないでしょ」
瑞鳳「そう、なのかなぁ……。んー……。提督に、頑張ってもらうにはどうしたらいいのかな。
(ううん、頑張らなくてもいいの……向き合って欲しいのよね。毎日つまらなさそうにふらふらしてる印象しかないもの)」
大鳳「何か理由を作ればいいんじゃないでしょうか。提督をその気にさせればいいのでしょう?」
瑞鳳「理由?」
大鳳「ええ。あの提督、あれで結構子供っぽいところがあるというか……。
昔の話とかはあんまり話したがらないみたいですけど、遊びの話とかは結構好きみたいですよ」
大鳳「私は詳しくないのであんまり分からないんですけど、秋月さんとよくゲームの話とかしてるのを見かけますね。
何か提督が楽しめるような工夫をしてあげればいいんじゃないかしら?」
瑞鳳(提督が楽しめるような工夫……そっか……!)
瑞鳳「なるほど。ちょっと閃いたかも……! 二人ともありがとねっ!」
パタパタと足音鳴らして部屋を出て行く瑞鳳。
大鳳「あー……私、用があったんですけど……」
・・・・
その晩。いつも通り卓上に料理を並べて、いつも通り二人でそれを囲む。今日の献立はオムハヤシだ。
瑞鳳「あのね、提督。今日はどうしてたの……?」
提督「ん? 今日はね〜、前々から気になってた廃校の方に行ってたんだ。閉鎖されていたけどすんなり入れたんでね」
柱島には小中学校が建っている。深海棲艦の侵攻が進む以前に利用されていた、島の学校だ。
鎮守府が建って軍の関係者が移住した後も取り壊されることなく、丘の上から集落を見守るように佇んでいる。
提督「人がいないから埃は溜まってたけど、掃除すればまたすぐ使えそうな良い施設だったよ。
島に立地する学校って台風で窓ガラスが割れちゃったりすることも多いみたいなんだけど、幸い今のところは目立った破損はなかったかな」
提督「でね! そこにあった本とかも興味本位にちょろっと読んでみたんだ。
そしたら、この島では旧暦の10月3日に宮ごもりっていう行事をやるみたいなんだよね。スマホで調べてみたらなんと今日でさ」
ニコニコと嬉しそうに話す提督。
瑞鳳「みやごもり?(っていうかこの人スマホとか持ってたんだ……あとで連絡先教えてもらおう)」
提督「港やこの辺の集落から南に神社があるのは知ってるでしょ? あそこで家内安全や豊作を祈るお祭りみたいなものさ。
もうこれは行くしかないと思ってね。フフ……お酒もいくつかいただいてきちゃった」
瑞鳳「そうなんだ……この島で暮らしてたけど、そんな行事があるなんて知らなかったわ」
提督「うん。かつての島民はほとんど本島に移住しちゃったみたいだけど、それでもおじいちゃんおばあちゃんが十人ぐらいは居たかなぁ。
色んな話も聞かせてもらって楽しかったよ。何から話そうかなぁ……あ、そうだ。この島の名前の由来って知ってる?」
提督「神社の社殿には大きな柱が使われるよね。で、柱島には賀茂神社をはじめに、いくつも神とその社(やしろ)が祀られているでしょ。
多くの社のある島、つまりたくさん柱がある島……だから『柱島』ってさ」
上機嫌な提督を前に、自分が切り出そうとしていた話をいつしたらいいものか躊躇している瑞鳳。そわそわしている。
提督「先祖とか神様とかに敬いの念があるみたいだね。だからこそ、こんな本島から離れた場所なのに学校を建てたり書籍を残したりするんだろうなあ。
そして新しい世代に何かを伝えていこうとする……良い文化だよ。人が居なくなればそれも絶たれてしまうけどね。このまま廃れてしまうのは残念なことだよなあ」
瑞鳳(私がいなくても、提督は楽しいのかな。やっぱり、迷惑かな……)
提督「おっと、夢中になってついつい僕ばかり話をしてしまったね。さ、次は瑞鳳の番だよ。話を聞かせて?」
瑞鳳「あの、ね……本気で嫌だったら、いいんだけど。やっぱり、鎮守府に戻る気はない?
めんどくさいかもしれないけど、お仕事だし、ね……? やらなきゃだめだよ……」
瑞鳳「えっと、それでね……。提督が分からないことで困らないように、こういうの作ってみたの。どう、かな……?」
提督へバインダーを手渡す瑞鳳。プラスチック製の外観のバインダーには、数十枚ものルーズリーフが挟まれている。
ページをめくる提督。蛍光ペンで線が引かれていたり所々にイラストが描いてあったりと、見飽きないような工夫がなされている。
ページ内の情報は簡潔にまとめられていて、軍事用語も分かりやすい平易な表現での言い換えが補足されている。
提督「これ……瑞鳳が作ったの? わざわざ……?」
694 :
【10/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:39:05.59 ID:vtnBMafL0
提督「ふ、んふふふっ。あははっ、あはっ」
笑い出す提督。想定外の反応に当惑する瑞鳳。
瑞鳳「ちょっと!? どうして笑うのよ!?」
提督「いや、瑞鳳がかわいいなと思ったんだよ。健気で可愛いくて……良い子なんだなってね」
瑞鳳「かわ、いい……?(真面目な話をしてるのに……からかわないでくださいよ、も〜!)」
ほおずきのように顔を赤く染める瑞鳳。しかし照れに負けることなく、提督から目を逸らさない。
提督「これ作るの大変だったろう? 分かりやすそうだし、すごくよく出来てるけど」
瑞鳳「それ、元々は私が自分用に作ったものだったんです。着任した頃から勉強したことや気づいたことをずっとまとめてて……。
その中から提督にとって役に立ちそうなものだけを抜粋してみたんです」
瑞鳳「私も、はじめは提督みたいに何も分からなかったんです。だけど、少しずつ成長していったの。
提督は半年でこの島を離れちゃうけど……無駄になることなんて、きっと何もないと思うわ」
瑞鳳「……改めて、一緒に頑張りましょ? 提督が優秀じゃなくても、誰からも期待されてなくても、そんなの関係ないわ。
だってあなたは私の提督だもの。私もがんばるから……提督も一緒に、ね?」
提督「ありがとう、瑞鳳。そこまで言われたら断れないよ」
瑞鳳(良かった……) ホッと胸を撫で下ろす
提督「率直な話、意外だったよ。君にとって僕の世話は面倒だったろう? やる気がないし、根気もない。
賢いわけでも偉いわけでもない。将来性もない。だから愛想を尽かされたのだろうと思ってた」
提督「それでも瑞鳳は変わらず毎晩料理は作ってくれるわけだし、態度も変えずに話してくれるし、僕にとってはそれで十分だった。
けれど……瑞鳳がそうまで言うのなら、僕も応えたい。瑞鳳や鎮守府のみんなと居るのは、なんだかんだ楽しいしね」
・・・・
提督「ふふふ……こういうところが瑞鳳らしいよね」
瑞鳳「? どうかした?」
瑞鳳に葉書よりもやや大きいぐらいの、A6サイズの厚紙を渡す提督。
それを受け取りペタリと『大変よくできました』と書かれたシールを貼る瑞鳳。
縦横に罫線が引かれた紙の上には、一マスごとにハートやひよこなど色々なシールが貼られている。
提督「いや、ちょっと前のことを思い出しててね。これが瑞鳳なりに考えた僕を楽しませるための工夫なんでしょ?
考えに考えた結果、この夏休みのラジオ体操カードのようなものになったと……うんうん」
嬉しそうにニコニコしながらカードに貼られたシールを見つめる提督。
瑞鳳「子供っぽすぎたかなぁ……嫌だったらやめるね(自分では良いアイデアだと思ったんだけどな)」
提督「嫌だなんてそんな。僕は好きだよこういうの。飽きっぽい僕のためにあの手この手で支えようとしてくれてるんだろう?
もうそれだけで嬉しくなっちゃうよ。瑞鳳のおかげで最近は仕事も楽しく感じるんだ」
瑞鳳「本当!? 良かったぁ。……ね? 一生懸命お仕事をやるのは、大変だけど楽しいでしょ? やりがいあるでしょ?」
瑞鳳「毎日精一杯働いて、ほどよく休んで、また働く。これが人生を楽しく生きる秘訣だと瑞鳳は思います!
だから、私の考えを提督に押し付けちゃってるんだけど……でも、なんだか前の提督は悲しそうに見えたから」
提督「悲しい?」
瑞鳳「ううん。悲しいっていうのも私の主観かな。誰からも必要とされてないなんて、自分でそう思いながら生きるのは私だったら悲しいと感じると思う」
瑞鳳「提督は、楽しく生きていたいっていつも言ってるよね。でも、刹那的に楽しいことだけを追い求めていても、虚しいわ。
いつも何事も楽しそうに笑ってる提督は素敵だけど……本当は何も考えないようにしているんでしょ」
提督「どうしてそう思うのかな」 瑞鳳に向けていた微笑みが無表情に変わる
瑞鳳「分からない、直感。でも……一緒に過ごしていて、提督が実は問題児でも劣等生でもないように思えてきたの。
本当は優秀な人なんだけど、過去に何かあって……その過去を私は知ることは出来ないんだろうけど、何かあって。自分の心を隠すようになったんだと思う」
提督「それは瑞鳳の妄想だし、買いかぶりすぎだよ。過去なんてどうってことない、僕は生まれつき怠惰で不真面目な快楽主義者さ」
瑞鳳「ううん、違うと思う。確かに最初は、目を離した隙にサボろうとするし、不誠実なだけの人なんだと思った。
でも、仕事に対しては不真面目だけど、提督は瑞鳳にいつも優しくて、大切に思ってくれていて……他の皆に対してもそうなのかもしれないけど」
瑞鳳「他人のことをこんなに大切にできる人が、提督として無能なはずがないから……って、艦娘としての本能でそう思うのかな。
自信あるの。提督、なんだかんだ私が教えたことは全部覚えてるじゃない。それに、サボり癖はあるけど、私の前ではちゃんとやろうとするでしょ?」
瑞鳳「そういうところが良いなって。今の提督は……頑張ってるわ。たまにミスもするけど、そういうところも含めて、カッコいいですよ?
なんだか、提督が段々私の好みに近づいていってるような気がするんです。他人のために汗を流してる提督の姿が、素敵です」
提督「……」
提督はそれから口を開こうとせず、何かを考え込むように宙を見つめていた。
695 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:46:35.21 ID:vtnBMafL0
一旦寝落ちさせてください。ごめんなさい。
何を手間取っているんだという話なんですが、6000バイトに抑える作業が思いのほか手間でして……。
起きたら続きを投下します。
696 :
【11/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 10:51:50.66 ID:vtnBMafL0
瑞鳳たちが暮らす集落から少し離れた高台にある、柱島の賀茂神社。
艦娘にも流石に正月は休むものという認識があるらしく、提督と瑞鳳はこの神社に初詣に訪れていた。
紅赤色の晴れ着姿に身を包んだ瑞鳳と、普段通りに簡素な和服をややだらしなく着ている提督。
草履をカラコロと鳴らしながら二人並んで石段を歩く。
提督「しかし似合ってるねぇ、和服。正月らしく吉祥文様というわけだね」
瑞鳳「きっしょーもんよー?」
提督「ほら、着物に松竹梅が描かれてるだろう? こういうのは縁起がいいとされていて、正月みたいなハレの日にはもってこいなのさ」
瑞鳳「えへへ……そうなんですね。可愛いからっていう理由で選んだだけなんですけど」
神社の前は島民総出で集まっているのか小さな列が出来ている。よく見ると列の先には大鳳や瑞鶴など艦娘の姿も混じっている。
秋月「あっ、乙川司令! 瑞鳳さん! 明けましておめでとうございます!」
提督「あけおめー。秋月もこれから参拝?」 提督に合わせて瑞鳳も挨拶する
秋月「いえ。私はもう済ませて、これから帰るところです。それにしても司令、島の人たちからずいぶん好かれてるんですね。
みんな感謝してましたよ? 艦隊指揮で忙しいだろうに、島の行事に参加して曲を演奏してくれたり、仕事を手伝ってくれたりって」
気恥ずかしそうに頭をかく提督。
提督「サボって島をうろついてるだけなんだけどなあ。……それはそうと、秋月はこの後どうするの?」
秋月「島の人たちから宴会に誘われたんですけど……私が出てしまっていいものかなぁと悩んでます」
瑞鳳「気まずいかしら?」
秋月「いえ、誘われたことは嬉しいんですけど……一応軍属である私たちがそういうのに出ても良いものなのかって思っちゃって……」
提督「秋月くん。人生の先輩として……いや、後輩かもしれないけどアドバイスだ。
物事は考え過ぎない方がいい。音楽と同じで、楽しいと思う方へ向かっていけばいいんだよ」
提督「ま、島の人たちはここで暮らしてるだけあって艦娘のことだってなんとなく分かってるでしょ。
その上で誘ってくれたんだから断る理由はないんじゃない? 僕らも後でその宴会に出るから、先に待っててよ」
秋月「……はい! 分かりました」
提督たちと別れて石段を降りていく秋月。
瑞鳳「なんだかますます提督らしくなっちゃいましたね(ふふ……カッコいいなあ)」
提督「どっ、どこかだい? 舞鶴軍楽隊の不良を押してる僕としてはあんまり真面目とか褒められると心外なんだけどな……」
瑞鳳「島の人たちにも艦娘にも頼りにされて、慕われてて。立派なことじゃないですか」
提督「君に褒められるとなんだか調子が狂うからいつもみたいに叱ってくれないかな」
瑞鳳「提督……マゾ?」
提督「そうじゃあない。……さておき、宴会に出るならトロンボーンを持ってくれば良かったなあ。初詣が終わったら一旦取りに帰ろう。
せっかくだから瑞鳳のピアノも引っ張ってきちゃおっか?」
提督と秋月が不定期的にセッションをしているのを見て羨ましがっていた瑞鳳。
彼女のために提督はクリスマスプレゼントとしてピアノを本島から取り寄せたのだった。
平然とグランドピアノを持ち出そうと提案できるのも艦娘相手だから出来る話である。
瑞鳳「え、え〜……まだ人前で披露できるほどじゃないし……」
提督「でも、ピアノ買う前にピアニカで練習してたじゃない。ドの位置にシール貼ってさ。ははは、小学生みたいで可愛かったな」
鎮守府でなぜか発見された未使用のピアニカ。持ち主が見つからなかったため瑞鳳が引き取ったのである。
瑞鳳「い、今は『ド』がどこにあるかぐらいは分かってますよ! もう!」
提督「なら心配いらないさ。お金をもらって演奏するわけじゃないんだから上手いか下手かは重要じゃない、楽しむことが一番大事さ。
僕は金をもらってても自分の楽しさを優先するけどね」
瑞鳳「そうですけどぉ……」
提督「じゃあ、瑞鳳にとっては簡単めな曲をやろう。ピアノの繰り返しのフレーズが多い曲とかさ。で、僕が起伏をつける。
あ、折角秋月がいるならついでにドラマーとして働いてもらおうかな。即席ジャズバンドとしてはなかなかいいじゃない。ギターもベースもいないけど」
提督と瑞鳳が話していると人の列も減っていき、ようやく二人の番になった。
賽銭を入れて二人で鈴緒を握り、揺する。シャカシャカと小気味のよい鈴の音。
二度深くお辞儀をして、パンパンと音を立てて二回拍手する。
拍手した後すぐに再びお辞儀を済ませ引き返そうとする提督。しかし隣の瑞鳳を見るとまだ手を合わせたままだった。
瑞鳳(鎮守府のみんなと私が毎日無事で暮らせますように。戦場で臆したり怯んだりすることがありませんように。
提督が本島に帰っても幸せになれますように。後輩の大鳳が次の作戦で活躍できますように)
瑞鳳(欲を張るのであれば……もし叶うのであれば、提督とずっと一緒に居られたらいいのにな……)
697 :
【12/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 11:26:33.93 ID:vtnBMafL0
神社からの帰路。宴会なり神社なり、皆どこかしらに集まっているようで道行く人は誰もいない。
提督「僕一人だけ先に終わっちゃってびっくりしたよ。ずいぶんたくさんお祈りごとがあったみたいだね」
苦笑いを浮かべる提督。
瑞鳳「うん、そうかもね。でも提督は何をお祈りしたの? すぐ終わらせちゃったけど」
提督「なにも。わざわざ神様にお祈りするようなことなんて無いからね。……」
何も期待してなどいないと言いたげな、アンニュイな表情を浮かべる提督。
瑞鳳「瑞鳳はね……」
瑞鳳「提督と、ずっと一緒に居たいなってお祈りしたの」
前を向いて歩いていた提督が、隣の瑞鳳に顔を向ける。
提督「そう。……そっか」
特に何を言うでもなく、再び前を向いて歩いていく。表情が変わることはない。
瑞鳳「……提督は、どう?」
提督「同意はするけど、もうしばらくすればここを離れることになる。無茶は言うもんじゃないよ」
普段瑞鳳に向けているトーンの高い優しい声色とは異なる、わずかに低い沈んだ声。
寂しそうな提督の声を聞いて、彼の左手をギュッと握り締める瑞鳳。雪の降らない柱島でも、冬は冷える。
熱を奪われたかのように冷たい手。そっと指を絡める瑞鳳の小さな右手。
氷さえも溶かしてしまいそうな暖かさで、提督の手から伝わる冷気さえも愛おしむ。
瑞鳳「瑞鳳は、ね。提督のこと……大好き。大好きです……えへへ、なんだか、恥ずかしいね」
瑞鳳「提督も……おんなじ気持ちだったら良いなあって。これはお祈りしたわけじゃないんだけどね」
瑞鳳の顔を見つめる提督。普段提督が瑞鳳に向けるのと同じように優しい笑みを送る瑞鳳。
提督は瑞鳳と目を合わせることが出来ず、なんと言ったらいいか分からない様子だった。
提督(僕も……瑞鳳に恋しているのだろう。見た目で言えば、中学生やそこらと大差ない。こんな子に惹かれるなんて、どうかしてる。
だが……。見た目のことなんか気にならなくなるぐらいに僕は……彼女という存在に心を奪われているようだ)
提督(そうであっても、だ。彼女は艦娘で、僕はしがない軍楽隊の隊員だ。
何の因果か一時的にこうして提督になっただけで、本来なら彼女の隣に居るべきは別の人間だ。ああ、くそ……!)
瑞鳳「ごめん、混乱させちゃったかな。でも、私は提督のこと好きだから、好きって気持ちが抑えられないから……」
着物と同じぐらい顔を赤くしてはにかむ。
提督「い、いや……。突然言われたもので、驚いちゃっただけ、かな……」 気まずそうに顔を逸らす
提督(舞鶴に居た頃だって、こういうことは何度もあった。女の人に言い寄られたことなんてさして珍しいわけでもない。だのに……)
提督(どうして、こんなにたじろいでしまうんだろう。どうして彼女の目を見て話が出来ないんだろう。
軽くあしらうことが出来ないんだろう。今までだってそうして来たじゃあないか。
孤独を埋めるために近づいて、一時的に繋がって、また飽きて離れる。そうだろう。何を動揺しているんだ、僕は……)
提督(瑞鳳を……彼女への気持ちを、認めてしまったら、それは彼女を不幸にすることになる。僕では釣り合わない、これは僕の役目ではない)
提督(なにが『物事は考え過ぎない方がいい。楽しいと思う方へ向かっていけばいい』だよ……秋月にそう言っておいて自分はこの体たらくか。
不安で仕方がない。考えずにはいられない。僕はこれからどうなるんだ? 瑞鳳と離れても、平気でいられるのか? いつかは忘れるのか?)
提督(今すぐに、抱き締めて唇を奪ってしまいたい。……だからこそ)
瑞鳳の手が絡みついた五本の指を開き、腕を引いて離してしまう。行き場をなくした瑞鳳の右手ががくん落ちる。
提督「瑞鳳、どうして僕のことが好きなんだい? 僕のどこが好きか言ってみせてよ」
瑞鳳「え? だって……提督は、いつも優しいから」
驚きながらも照れ混じりに答える瑞鳳。
その瑞鳳の照れを、浮ついた気持ちを、自分への好意を踏み躙るように、悪意を込めた冷笑を浮かべる提督。
提督「予想通りの答えをありがとう。僕に惚れた人はいつだってそう言うんだ。優しいものかよ、そんなはずあるわけないだろう」
提督「勘違いしてるみたいだから教えてあげる。僕は優しいフリをするのが得意なだけだ。いつだって自分が一番可愛いのさ。
前も言ったろう? 自分に酔ってるんだ、優しいフリが好きなだけ……それに騙される君のような女の子を見ているのが愉快なだけさ」
提督「けど……さすがに瑞鳳みたいなちんちくりんに好かれるとは思わなかったよ。僕はもっとスタイルの良い美人さんの方が好みなんだよね」
宝石のように薄紅色に輝いていた瑞鳳の瞳が暗く曇っていく。
瑞鳳「そ。……ちょっとショック、かな。……」
提督は自己嫌悪で、瑞鳳は落胆で。二人はどちらともなくお互いにそっぽを向き、俯いた。
それから言葉を交わすことはなく、とぼとぼと家路へ向かっていった。提督はその後秋月の参加する宴会に出席したが、瑞鳳の姿は見られなかった。
698 :
【13/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 11:38:04.09 ID:vtnBMafL0
自宅で荷物をまとめている提督。彼の手伝いをする瑞鳳。
提督(これでお別れか……呆気ないもんだな。今日で提督としての仕事はおしまい。明日には本島へ帰ることになる)
瑞鳳「ねえ提督。勲章はどこにやったの? 見つからないけど」
正月からあっという間に一ヶ月。提督はこの間、珍しく軍務に励んでいた。
瑞鳳に言われずとも進んで仕事をするようになり、その働きぶりから勲章を授与されることもあった。
だが彼はこれを取るに足らないものと思い、執務室の机にしまいっぱなしにしていた。
提督「あー。まああれのためだけに鎮守府に戻るのも面倒だし、いいよ、要らない」
瑞鳳「え、え〜……せっかく貰ったのに……。よその鎮守府でも、提督のこと評価してるって噂ですよ。遠征の子から聞きました」
正月のあの出来事の後、瑞鳳はしばらく落ち込んで塞ぎこんでしまうのだろう、と提督は考えていた。
しかし彼の予想に反して瑞鳳は気丈だった。提督の前でも他の艦娘の前でも特に変わらぬ様子を見せていた。
提督「どうだっていいさ。……褒められるためにやったわけじゃない」
瑞鳳「そうですか……」
瑞鳳「でも、じゃあどうして今月は頑張ってたんですか? 何か良いことでもあったんですか〜? らしくないですよ?」
瑞鳳の想いを台無しにしてしまったことに対する償い、とは口が裂けても言えず生返事をする提督。
提督「気まぐれさ」
瑞鳳「えへへ……なるほどなるほど。そうですか」
なんだか今日は瑞鳳の距離感が近い。いつにも増してニコニコしている。
そうまで明るくされると、かえってこちらがしょげてしまう。
意外と彼女は切り替えが早くて、自分のことなどもう気にしていないのかもしれない。
それはそれで虚しい気持ちになるが、悲しみに沈んでいるよりは何百倍もマシか。――そんなことを提督は考えていた。
要るものと要らないものとを仕分けして、スーツケースに荷物をしまう。
瑞鳳「あっ、軍服と軍帽が出てきましたね。そういえば結局一度も着ませんでしたね……。
っていうか、途中から存在を忘れちゃってましたよね皆。ここの提督は和服なんだみたいな認識になってませんでしたか?」
上機嫌な声で同意を求める瑞鳳に対して、複雑そうな表情を浮かべる提督。
提督「ま、僕は堅苦しい格好するのが好きじゃないからね。自堕落な人間だから服装にもルーズなのさ」
瑞鳳「けど、提督の服装って洒落てますよね。本当に自堕落な人だったら、そういう細かいところに美意識は持てないんじゃないかなあ」
瑞鳳「提督の演奏もそうよね。提督は楽しむことを一番大事にしてるって言ってるけど、ちゃんと聴く人のことを考えてる。
だから鎮守府や島のみんなの心に響く音が奏でられるんだと思うわ」
提督「やめてよ、照れるってば。前も言ったろう? 君に褒められすぎると調子が狂うんだよ」
自分の軽口に後悔する提督。“前”とはすなわち正月のことであり、提督が瑞鳳の告白を退けた日のことである。
瑞鳳が想いを打ち明け、それを提督は拒んでも、その日から二人の関係が大きく変わるということはなかった。
だが、提督にとっても瑞鳳にとってもこの日の出来事は暗黙のタブーと化していて、互いに言及しようとはしなかった。
瑞鳳「今もね……提督のことは好き。……大好き」
正座して提督の衣服を畳みながら感情の籠もった声でそう呟く瑞鳳。
提督「……」
予想だにしていなかった瑞鳳の言葉に絶句する提督。
提督「な、何を藪から棒に……」
瑞鳳「たしかに、ショックだった……今でも、悲しいけど。でも、気づいたの。提督は私のことを好きじゃないかもしれないけど……。
私はたぶん、これから先もずっと提督のことが好きなんだろうなって。提督が本島へ行ってしまっても、提督じゃなくなってしまっても、忘れられないんだろうって」
瑞鳳「ね。明日の朝で帰っちゃうんでしょ? だったら、わだかまったままサヨナラをするのは悲しすぎるわ。
てーとく、いつも言ってたじゃない。人生は楽しむことが大事だって! 明るい気持ちで、晴れがましい気持ちで別れましょう?」
提督「は、はは……そう、だね……。瑞鳳は、僕のことをよく分かってるなぁ……」
力なく笑う提督。この一ヶ月間、恐らく彼女は自分に出来うる最良の気遣いをしようとしていたことに感謝し、余計に辛い気持ちがこみ上げてくる。
ははと笑いながら、感情を悟られないように背を向ける提督。彼の肩が震えている後ろ姿を見て、畳んでいた服を投げ出して立ち上がり、後ろから抱き締める。
瑞鳳「泣かないでくださいよ……男の子なんですから……」
そう言いながら瑞鳳もつられて泣き出してしまう。提督の腰にぴたりと頭をくっつけて、縋るように強くすり寄せる。
瑞鳳「っ……提督が悲しそうにしてたら……私まで、悲しく、なっちゃいますから」
提督「あはは……ごめん、目にごみが入ってしまってね」
瑞鳳が泣き出すと、提督はすぐに泣き止んだ。振り向いてしゃがみ、瑞鳳の背丈の高さに目線を合わせる。彼女の目から零れる涙を手ぬぐいで拭き取ってやる提督。
拭いても拭いても瑞鳳の涙はぽろぽろと止まらない。この時、涙を流しながらもなぜ瑞鳳の口元が幸せそうに緩んでいるのか、提督には分からなかった。
699 :
【14/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:05:03.91 ID:vtnBMafL0
島の人々への挨拶も早々に、輸送船に向かおうとする提督。
荷物はもう船に乗せ終えているため、腰に下げた巾着袋以外は何も持ち合わせていない。
人気のない通りを歩いていたところを、瑞鳳に呼び止められる。
ここは正月の初詣から帰ってきた時と同じ道だった。
瑞鳳「昨日はなんだかごめんね……。それでね。これ、作ったの……受け取って」
ハートの形をした箱を差し出される提督。
提督「君は……僕がこれを返すことが出来ないと知ってるのに、それでも渡すのかい?」
2月14日は世間では愛する者にチョコレートを贈る日、バレンタインデーとして認知されていた。
瑞鳳「いいの。提督にとって私はただのちんちくりんに見えるのかもしれないけど……私にとっては、瑞鳳にとっては!
世界で一番、大切な人だから……。精一杯の気持ちを込めて、作りました。……」
箱を受け取り、両腕で包み込むように瑞鳳を抱く提督。
瑞鳳「えっ……?」
瑞鳳の顎に手を添えてそっと持ち上げる提督。
引き寄せ合うかのようにそのまま唇が重なる。
瑞鳳の心拍数が跳ね上がる。
とくん、と胸が高鳴っているのが自覚できるほどに。
唇を離して、見つめ合う。
提督の真剣な眼差しで、全てを察する瑞鳳。
瑞鳳「提督ぅ……。奏、提督……」
それを踏まえた上で、気持ちを確かめるように名前を呼ぶ。
目を閉じ、せがむように唇を向ける瑞鳳。
提督は、何度でも瑞鳳の要望に応えてやった。
・・・・
綻びに綻んだ顔つきの瑞鳳と、冬の空を照らす太陽を見つめる提督。
二人は桟橋の上に立っていた。船は提督の隣に浮かんでおり、彼が乗れば間もなく出航するだろう。
提督「しかし君は……これでお別れだというのに、どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだい?
別れ際に悲しまれるのは僕としても辛いが、まさか喜ばれるとまでは思っていなかったよ」
皮肉気味に笑う提督。もちろん提督は瑞鳳は自分が離れるのを望んでいないことなど知っている。
瑞鳳「今日は、提督が私のことを想ってくれているって分かったから、幸せな日なんです。
離れ離れになるのは悲しいけれど……それが分かっただけで、瑞鳳は幸せです」
提督(どうせ別れるならと思って、彼女をわざと傷つけるようなことを言ってしまったのに……。
こんな顛末になるなら、最初から僕も瑞鳳を好きだと伝えていれば良かったんだろうなあ……不用意に彼女に辛い思いをさせてしまった)
提督「そう……」
視点を天上から水平線へゆっくりと降ろし、目の前の瑞鳳を見据える提督。
いつになく摯実な面持ちで、自分自身に言い聞かせて決意するかのように一言。
提督「……必ず、瑞鳳に会いに来るよ。またいつか」
瑞鳳「約束ですよ?」
提督「ああ。約束」
勇ましい表情はすぐに打ち解けて、また平生のように目を細めて小さく微笑む提督。
彼を乗せた船は柱島を発った。
・・・・
乙川奏という男が去ってから二ヶ月経っても、新たに提督が配属されることはなかった。
どうにも諸般の事情により着任が遅れているようだ。その諸般の事情が何であるか、瑞鳳の耳に届くことはなかったが。
本島の桜はとっくに咲き終えて散ってしまったらしい。スマートフォンを介して提督が伝えてくる情報は、大概ロクなものではない。
その日の天気や食事、散歩の記録に薀蓄ばかりで、重要なことは何一つ教えてくれない。
今何をしていて、どういう人に囲まれていているのか。提督はそういう話を自分からしたがらない。
かといって、訊いたところでのらりくらりとはぐらかされてしまう。
だが、相変わらず飄々と立ち回っているようで失職はしていないらしかった。
三月に瑞鶴や大鳳は別の鎮守府に離れてしまい、つい先日秋月にも異動の命が届いた。
もちろん鎮守府には他にも艦娘がいるが、他は遠征に出ていたり哨戒の任務で出ずっぱりで、鎮守府に常駐する艦娘は瑞鳳だけとなってしまった。
それでも瑞鳳は孤独を感じることが無かった。提督が来た時に入れ違いで本島に行ってしまったが、瑞鳳には姉妹艦である祥鳳がいる。
瑞鶴や大鳳だって大事な友人だ。離れていても想いが変わることはない。それに、提督は今でも自分のことを好いていてくれる。
それでも寂しさを感じてしまう時は、チャットで提督に構ってもらったり、電話をかけたりすればいい。
瑞鳳は一人でも変わりなく過ごしていた。
700 :
【15/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:45:53.14 ID:vtnBMafL0
対深海棲艦の戦線は常に進退を繰り返している。昨日まで平穏だった海が主戦場となることも少なくはなかった。
そしてその風雲急を告げる戦況の動きは、この柱島にも迫っていた。
瑞鳳「嘘でしょ……!? 近海に深海棲艦……! この島に向かっているなんて……」
哨戒任務に当たっていた駆逐艦、春雨から伝達。
敵艦隊には戦艦や正規空母も含まれているようで、瑞鶴や大鳳が居た時ならまだしも、今の柱島の戦力では到底勝ち目がない。
おまけにこの島には指揮官がいない。
このままでは統率が取れないまま艦娘を確固撃破されてしまい、朝日が昇る頃には鎮守府のみならず柱島も焦土と化すことだろう。
瑞鳳が代理で提督の真似事をすることも出来なくはない。
だが現状の柱島泊地では瑞鳳が最大戦力であり、彼女が戦場に出なければ全艦轟沈という事態だって起こり得る。
こうなることを覚悟していた。平和な柱島であっても、こういうことが起こる可能性はあった。
それがたまたま備えの足りない今日に起こったというだけのこと。瑞鳳は鉢巻を巻いて覚悟をする。
命を賭してこの難局を凌ごうという覚悟ではなく、生きて生きて生き抜いて、必ず提督との再会を果たそうという覚悟であった。
・・・・
ザアザアと雨が降っている。こんな天候だろうと、四の五の言っている場合ではない。
敵の艦載機は空を埋め尽くしているのだ。少しでも減らさなければならない。
力強く、それでいて繊細な一射一射。矢から飛び出て行く艦載機は粛々と敵機を撃ち落し、敵艦めがけて特攻していく。
しかし多勢に無勢。いかに善戦しようとも大局は覆らない。
依然として敵の砲火は止まず、こちらは反撃すらままならない。大破した艦娘から撤退するよう指示を出す瑞鳳。
しかしそうすれば一人当たりに集中する敵の攻撃密度を上がる一方だ。じりじりと追い詰められていく。
・・・・
他の駆逐艦は、どうやらみな撤退を果たしたらしい。大破状態でも、鎮守府まで逃げ延びれば入渠して回復することが出来る。
そうなれば一日分ぐらい延命にはなるだろう。それでもたった一日だ。それっぽっちしか守ることが出来なかった。
戦場に残ったのは自分一人。もう逃げ出す力も残っていない。
敵の手にかかるくらいなら、ここで終わりにしよう。
なんとなく、こうなる予感はしていた。
ちょうど提督と出会った頃あたりから、何かを直感していた。
いつかこうなるのだという風に思っていた。まさかここまで間近に迫っているとは思わなかったが。
瑞鳳(ついぞ提督には会えなかったわね……)
瑞鳳(でも、提督と両想いになれただけ、良かったかな……そこで運を使い果たしちゃったんだから、仕方ないよね)
最後の矢を放って、鉢巻を外す瑞鳳。もう後は次に来る一撃を待つのみである。
大鳳「瑞鳳さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
バチバチと艦載機が競り合う音。次々に敵の機体が海に叩き落されていく。
瑞鳳から離れた位置から探照灯の光が輝く。砲火は瑞鳳から光の方へと向けられる。
秋月「はぁ……はぁ……間に合ってよかった! 本当に良かった……! 退避しましょう。私が護衛しますッ!」
・・・・
執務室の隣にある仮眠室。ベッドの上に横たえている瑞鳳。
瑞鳳「生きて……るの……?」
目が覚めて最初に映ったのは、提督の姿だった。
瑞鳳「嘘……? 提督……! どうしてここに……」
提督「また会おうって約束したじゃないか。忘れたのかい?」
瑞鳳「嬉しい……! ね、提督……ぎゅってして?」
甘える瑞鳳をぎゅっと抱き締める提督。
提督「ちょっと色々あってね……これでも最短で来たつもりだったんだが。あと少し遅れていたらと思うとゾッとするよ」
提督「細かい経緯は後で説明するけど、柱島泊地に深海棲艦の新たな拠点が出現した。
次の大規模作戦ではここが守衛の要となる……で、僕はここの提督として正式に採用されたんだ」
提督「改めて、これからよろしくね。瑞鳳。……あー、それと」
薔薇の花束を渡して、小箱から指輪を取り出す提督。
提督「チョコレート、美味しかったよ。間に合わなかったけどお返し。
なんか、艦娘の中に眠る本来の力を超えた何かを引き出してくれる優れものらしいよ」
提督「というのは建前。これが僕の気持ち。受け取って」
提督から指輪を受け取って、瑞鳳はそれを自分の薬指に嵌める。
瑞鳳「……はい! これからも、末永く、よろしくお願いします!」
701 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:50:10.80 ID:vtnBMafL0
まずごめんなさい。
>次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
>次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
とか書いておきながらもう全然ダメやんけっていう。超すみません!
どんだけ1レス投下するのに苦戦してるねんっていう話ですよね本当申し訳ない……。
大幅に遅れてしまいましたが安価ですです。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
702 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:38:38.74 ID:gr61aVv7O
朝潮
時間遡行もの
703 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:42:20.22 ID:BtyzgP2MO
不知火
704 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:49:47.26 ID:mAToirdTO
如月
705 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:59:32.34 ID:E439WTLUO
大和 ディストピア
706 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 17:01:20.11 ID:tttkVRpdO
五月雨
舞台 世紀末世界
707 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 19:02:01.85 ID:vtnBMafL0
>>702
より朝潮が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:74(勇猛)
知性:22(魯鈍)
魅力:26(やや近寄りがたい)
仁徳:34(あるとは言えない)
幸運:11(不幸だわ…)
世紀末なディストピアで朝潮と時間遡行したりしなかったりするお話になるかもしれません(ならないかもしれません)。
大丈夫かこれ……? あんまり明るいお話にはならなさそうな予感がしますね。
でも提督ダメそうだしかえってそうでもないかもしれない。
また1〜2ヶ月ぐらいはかかると思いますので気長にお待ちいただけると幸いです。
////第一章小ネタ////
第一章(今回投下したやつ)では結構甘ったるい感じにしようと思いました。なったかどうかはわかりません。
ちょっと凝りすぎて懲りる羽目になりました。15レスって思いのほか短い(でも長い)ですね。
ウダウダと書いてたらかなりエピソードを省略することになってしまったので、もうちょっとあっさりしたものにすればよかったと反省。
特に5W1Hとか何にも指定がなかったのでなんとなく艦これっぽい感じで書きました。
お前の艦これ観はどうなってんじゃいと言われれば閉口してしまいますが……自分の中ではオーソドックスに書いたつもりです。
柱島を舞台にしてるので、Google マップ上でぐりぐり動かしてみたり、インターネットアーカイブから柱島小中学校のサイトを覗いてたりしてました。
(作中では廃校とされていますが、現在は生徒がいないため休校になっているだけみたいです。サイトはもうリンク切れになってましたが)
取材に行って書くのが本筋なんでしょうが……さすがに厳しいんで……。
キャラに関しては……瑞鳳も自分の中のベーシックな瑞鳳観に基づいて描いたつもりです。
瑞鳳に「食べりゅ?」って台詞を言わせてなかったり、格納庫弄ってなかったりするんで、読む人が読めば私のことをモグリ認定されるかもしれません(笑)
個人的には(脳内鎮守府では)瑞鳳は卵生ということになってるんですが、作中での瑞鳳はもちろん普通に普通ですのでご安心を。
たぶん玉子料理が好きなだけとかそんな理由だと思う。
提督はなんかこうチャラい奴書きたいな〜とか思ってあんな風にしました。
瑞鳳は比較的ガードが甘そうだったのでこういう奴をぶつけてみたら面白いのかなあと。最終的にはなんか普通に丸まっちゃいましたが。
あとは、モチーフとして艦これはやってたけど3-2とか5-3あたりで半引退してるみたいなイメージで描いてます。
イメージを汲んで描いたってだけで実像からは多分めちゃくちゃ離れてますし、作中の提督は艦隊指揮に関してズブの素人ですが。
たった半年でなんかそれっぽい感じに調教してしまう瑞鳳すごいねという感じですな……。
708 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 19:26:34.07 ID:aFynKRBiO
乙
709 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/11(水) 17:47:58.89 ID:2pIEpYRwO
ほ
710 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/05/18(水) 22:08:08.31 ID:Cc/KSRA80
保守感謝です。残念ながらまだ全然書けていません……。
一応目安ということで6/4(土)あたりに投下すると予告いたします。
あんまり忙しいわけでもないんですが……わりと今までで一番苦戦しているかもしれません。
時間かけちゃってる分期待値を超えられるよう頑張りたいと思います。
そもそも期待してない? それならそれでプレッシャーがかからないので良し。
どうあれ書き進めて完成させないことには何も始まらないので、予告日までには投下できるように努めます。
//// また余計なことを書くコーナー ////
春イベはE5甲が終わってE6を攻略中です。終わったらE7甲に挑戦する前に丙堀りですかね〜。
大規模作戦ではありますが『歴代最高難易度を用意したので死ぬがよい』的コールが無かったので本丸はまた夏に来るんじゃないかなーとか勝手な予想。
WG42がもう2〜3個欲しくなりますね〜……。
まだ書き途中なのでべらべら喋ってしまうとまずいんですが、一ヶ月放置していたわけですし少しくらいはなんか書いておきます。
読んだところで大した内容ではないので、暇な人向けです。
いやー……主役が朝潮で時間遡行っていうとあれですかね。奇跡も魔法もあるような気がしてきましたね。
まあ見当違いの察しなのかもしれませんが、個人的にはああそういう感じなのかなーと解釈しました。
えと、先に書いておきますが魔法的概念は出てこないと思います。奇跡はあるかもしれません、いや無いかな。
朝潮が時間を巻き戻したり巻き戻さなかったりするお話になる予定です。たぶん。
ただわりと鬱いものを書く勇気はないので、例によってご都合主義で行きます。あくまでお気楽お気軽なインスタント娯楽作品ですしね。
とか言いつつ実はドス黒なやつも挑戦してみたいなという気持ちはちょっとあったりもしますが(どっちだよ)。
二次創作という性質上よそ様のキャラクターを借りて陰鬱なことやるのもなあ……という抵抗があり、ある程度自重するよう心がけています。
なので、そういうオーダーが来ない限りは基本的にハッピーエンドっぽい終わり方をするんじゃあないかなあ。
とか書いてしまうとネタバレになってしまうんでしょうか、興を削いでしまうんでしょうか。
じゃあ撤回しておきます。油断させといてめっちゃエグい感じで攻めるかもしれないとか書いておきます。
実際にテキストが投下されるまでは何も信じてはいけない(ぇ
んまぁー、時間遡行っていうと(遡行するキャラクターにとっては)かなりの長期戦ですからね。
ループに巻き込まれて抜け出せないタイプにせよ変えたい未来があって自発的に巻き戻し続けるタイプにせよ、
気が狂うほど長い時の中で戦い続けようとする意志は生半可なものではないはず。
そうまでしても貫きたい信念や回避したい現実があるわけでして、そうでなければどこかで妥協すると思います。
そんなわけで朝潮が時を巻き戻し続けるのにもそれ相応に何かしら理由があるよねー……ってな感じですねはい。
安価が安価なのでわりと不穏当な世界観になりそうですが、そんな中でも何某かの想いを突き通していく情熱的なお話になればなーとか企んでます。
企んでるだけなんでひょっとするとアテにはならないかもしれません。
前情報はここまで。現段階ではそんなに書けてないのでぼやかした話しかできませんし、あとは内緒ということで……。
711 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/18(水) 22:16:16.83 ID:kwwn1MpzO
了解
712 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga ]:2016/05/19(木) 13:10:31.27 ID:ft6LnLW4O
乙 ドラえもんみたいなギャグもあると思うの時間ネタだと
713 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/06/04(土) 22:15:58.32 ID:hDtwsDLI0
ごめんなさいまだ時間かかりそうです。正直いつ投下出来るか見通しが立たないかも……。
書き終えたタイミングで投稿しますが、一ヶ月間音沙汰がなければこのスレはこれにて終了ということで……。
なるべく早く書き終えて投下できるよう努めます。
////見苦しい言い訳が読みたい方だけどうぞ////
春イベお疲れ様です(取ってつけたような季節の挨拶)。
お待たせしている以上何かしら説明責任があるような気がするのですが、それが実は今回はなんと言い訳できる要素すらなくですね……。
なんでこんなに時間がかかっているのか自分でも分からない始末であります。お題がキツいとかそういうわけでもないんですが。
そんなにカオスなオーダーでもないですし、実際お題周りの設定が原因で筆が進んでないというわけではないんです。
執筆に割ける時間だって前回と比べたらわりとあるはずなんですが……まーったく進まないんすよね。
わりと長くスレを続けてきましたが今回はわりと初めて「エターナルかもしんねえ……」ぐらいの覚悟をしています。
いやそんな覚悟決めんなとっとと書けって話なんですけども。。。
これがスランプってやつなんでしょうかね……でもスランプって言葉言い訳めいててあんま好きじゃないんすよね。
まぁここまで書いといてアレですがわりと毎回締め切り超過してる気がするので、今回もいつも通りの延長線上なのかも。
勿論それじゃダメなんですけども。毎回ヘラヘラしながら謝罪してるようですがこれでも申し訳ないという反省の念や忍びなさはあるんすよ……。
あってこのザマなんだよなあ情けない! ハアアァァァン!! 自分自身を変えたい!(突然駄々っ子のようなことを言い始める)
いや〜……んー……ま〜、冗談はさておきリアルは比較的落ち着いてるので、スローペースでもなんとか進めてこうと思います。
楽しみにしてる方ほんと申し訳ないです。そんなに楽しみにしてない方も申し訳ないです。どんな非難や罵倒の言葉も受け止める所存です。
頑張ってなんとかするつもりなので、あと一ヶ月ぐらいは希望を捨てずにお待ちください。
714 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/05(日) 01:31:42.07 ID:etzNKyzJO
了解
待ってる
715 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/22(水) 12:31:30.05 ID:wh3/tTiXO
716 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[age]:2016/07/01(金) 21:01:51.07 ID:sga4INwx0
age
717 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/07/07(木) 19:22:48.36 ID:efOKEk130
朝潮改二が実装されました。めでたい! そんなめでたさに便乗して投下しようと企てていたのですが間に合いませんでした。
っていうか危うくスレッドが消滅しているところでしたね……ホントすみません。毎度すみません。
いや今回は本当難産でしてね……でしてっていうか現時点でまだ書ききれてないですし(泣)。
まだ待たせんのかよって話ですが、さすがにもう待つのも限界ですよね? ってなわけで
次回の投下は
7/10(日)22:00を予定しています。
投下が終わり次第、次の安価もやってしまおうかなと思うので、推しのキャラとか考えておくといいかもしれません。
((心の声:10日時点で完成まで書ききれてない可能性も……ぶっちゃけあります。恐ろしいことに40%ぐらいあります……。
それでもどうにかお見せ出来るかなという所までは進んでいるので、どうあれ投下は行ってしまいます。
遅筆に磨きがかかっており、わりと心折れそうですが、未だに100レス完走するつもりではいるので一応次の安価も併せて行ってしまおうかなと思います))
718 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/07(木) 20:14:59.86 ID:E3w5ojNsO
了解
719 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/07(木) 20:43:53.85 ID:w/Ti3xc0o
待ってる
720 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/07/07(木) 21:44:58.10 ID:MRcnLJMVO
まってる
721 :
【16/100】
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/07/10(日) 22:05:09.40 ID:stR28eGh0
気を失っていた。ここがどこだか皆目検討がつかない。どうにも身体の様子がおかしい。
いいえ、おかしいのは体調ではない。体そのもの……? 信じられないことだけれど……身体が宙に浮いている!?
無重力空間だとでもいうの? 呼吸が出来るのは私が艦娘だからなのか、酸素自体は供給されているのか、どちらかは分からない。比喩ではなく、浮いている……。
手すりに掴まり、腕の力だけを使って前に進んでいく。プールの中にいるような感覚だ。
しかし、これなら地面を蹴って跳ねながら進んだ方が速いのでは……? 地面に着地、跳躍……ッ! おおっ……?
これはいい、かなり楽に前に進むことができる(そして、少し楽しい)。
・・・・
しばらく跳ねていると、窓のある大部屋に辿り着く。窓から見える景色は大宇宙であった。
宙に浮いている時点でなんとなくそうなのかもしれないとは思っていたものの……実際に目の当たりにすると圧巻だわ。
ふよふよと岩塊が漂っている。遠くで大小さまざまな星が煌きを放っている。
一体どうなっているのだろう。どうして私はこんな場所にいるのでしょうか。
ここに来た経緯を振り返ってみましょう。
・・・・
艤装の力で海の上を浮上することができる、これが私たち艦娘が持つ特長である。
しかしながら、司令官――芯玄 心紅(シンクロ シンク)は普通の人間だ。そのため彼の乗るボートごと綱で引き摺って海原を進んでいた。
私たちは“奇妙な噂”を聞いて、その真偽を確かめるべくある場所を目指していたのだった。
朝潮「司令官御自ら出張るほどのことではなかったのでは……? 報告通り敵の気配は全くないようですが」
梅雨明けの日照りから逃れる術はなく、司令官は暑さに耐えかねてボートの上でうつ伏せに倒れていた。呻き声に似た気だるそうな声。
提督「そうかもしれねえが……オレらのナワバリで妙なことが起こったってんなら見過ごすわけにはいかねえ。
深海棲艦にやられたわけでもねえってのは一安心だが……だとしたらなおさら謎だ。自然現象にしたっておかしいだろうが」
司令官と私は、私たちの拠点とするラバウル泊地の近くに突如現れたブルーホールの調査に訪れていた。
ブルーホールとは、陸地が海没して浅瀬に穴が空いたような地形のことである。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビー近海に発生した深い藍色の窪みは、前々からあったものではない。
それまで無かったはずのものが先日発見されたのだ。司令官のご指摘通り、自然現象で起こったにしては不自然だろう。
ああでもないこうでもないとブルーホールの原因について二人と話し込んでいると、四隻の艦娘がこちらに近づいてくる。
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四名だ、これから輸送任務遂行のため遠征に出向くのであろう。
提督「不知火か。ご苦労……遠征だな」
旗艦の不知火に声をかける司令官。不知火は無言で頷いた。
陽炎「そういう司令は休日デート中だったかしら〜? 邪魔しちゃってゴメンね」
司令官はこの日休暇を取っていた。春に発令された大規模作戦が一段落着いたため、一週間有給を取っていたのである。
結局休まることもなくこうして調査に出向いてしまっているのだけれど……。
提督「サービス出勤ってとこだ。例のブルーホールについて気になっててな。ほら、あそこにあるだろ?」
陽炎のからかいを軽く受け流し、少し遠くにある青黒い海面を指さす。
陽炎「? なあにブルーホールって」
提督「おいおいおいおい……昨日鎮守府中で噂になってただろが。海に穴が空いたみたいだってみんな騒いでたじゃないか。アレだよ、見えるだろう?」
その通りだ、昨日の話題はその話で持ちきりだったと私も記憶している。司令官の指の先には周囲の海面の色とは異なる紺碧が広がっている。
黒潮「しれぇ〜は〜ん、暑さで頭やられたん……?」
不知火「お言葉ですが、私の目には何も……。電探にも敵の反応はありません、特に問題ないでしょう」
陽炎「ま〜、お話したいのは山々なんだけど……私たち見ての通りあんまり暇じゃないのよね。その都市伝説は今度聞かせて頂戴ね、司令」
不知火たちが去った後、私と司令官は顔を見合わせて困惑していた。
提督「なあ朝潮……あいつらにはアレが見えてねえってことだよな。一体どういうことなんだ……?」
分からない。しかし、現に私たちの目にはきちんと映っているのだ。どうしてあの四人は口を揃えて見えないと言っていたのか……。
謎を明かすには近づいて調べてみるほかない。そうすることで何かが分かるかもしれない。
――残念ながらそれから先のことはよく思い出せない。
ブルーホールに足を踏み入れるやいなや、渦潮のような強い力に引き寄せられて気がつけば意識を失っていたからだ。
・・・・
それが一体、この宇宙空間となんの関係があるというのだろう。ワープ? テレポーテーション?
理屈は分からないけれど、現実として目の前にある光景が銀河の星々である以上そういったものを信じざるを得ないでしょう。
まずは私と一緒にここに来たであろう司令官を捜すのが先決か。元の世界に帰る方法はそれから考えましょう。
部屋の出口へ向かって進んでいると、突然部屋中に明かりが灯り、猛烈な重圧が押し寄せる。
宙に浮いていた私の身体は地面に叩きつけられ大きな音を立てる。
提督「迎えに来た……ぜ」
722 :
【18/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:08:55.92 ID:stR28eGh0
部屋に入ってきたのは司令官だった。普段とどこか様子が違うように見えるのは、服装が違うからだろうか。
そういえばさっきまでアロハシャツを着ていたはずだが……泊地での礼服に近い黒い衣装をしている。着替えたのだろうか。
司令官のもとへ駆け寄ろうとするも、急な重力の変化に対応出来ないのかうまく立ち上がれない。
もたもたしている私の様子を見て、司令官は私の艤装と膝を抱えて運ぶ。そしてそのまま部屋を出た。状況が飲み込めない……。
・・・・
何度かエレベーターを経由して施設の最下層まで到達、ここは宇宙飛行機の出入り口らしい。
司令官と共に艦上戦闘機に似た形をした小型機のコクピットに乗り込む。
本来一人乗りの乗り物なようで、私は司令官の膝の上に座せられた。
提督「時間切れか? いいや……ここは強引にでも通らせてもらうぜ」
警報機が作動したのか施設内の電灯が赤く点滅しサイレン音が鳴り響く。
機体の前方にあるシャッターが閉ざされ始める。構わず操縦桿を握り前方に押し倒す。
司令官の心音が背中から伝わってくる(狭いコクピットの中で艤装は邪魔になるので、この時は背中から外していた)。
シャッターが降下するよりも速く、機体は前へ前へとすり抜けていく!
難なく全てのシャッターを掻い潜り、施設の外へと脱出した。
先程の施設から見ていた景色と異なり、機体から見える宇宙の景色は思いのほか暗かった。
どこまでも広がる無限の闇の中に光を放つ星々がまばらに配置されているようだった。
提督「フゥ! 続いてこうか。追手を潰して完全勝利だ」
旋回してこちらの機体を追尾していた石塊に向けてレーザーを撃ち放つ。
朝潮「あの……よく見たらあの石、こっちに攻撃してきていませんか……?」
石塊がこちら目掛けて球状の光弾を放っているように見える。
……よく見ると顔がついている? モアイだ。モアイが口から光の弾を撃ってきている。
提督「その通り。岩に擬態してるがイオン砲という兵器を搭載した哨戒機だ。ゲームじゃないからな、喰らっちまったらそれでゲームオーバーだ」
右手の親指を下に突き立てて首元に持っていき、掻っ切るようなハンドサインをする。
提督「ま、やられる前にやる……これがオレの流儀ってな」
機体は次々にモアイを爆散させていきながら先刻の施設(スペースコロニーのような場所なのだろう)から距離を離していく。
・・・・
戦闘を終えてしばらくすると、白と黄色が混ざったような色の雲に覆われた星に着いた。
幼い頃に図鑑で見た金星とそっくりだった。商業星アルジャンという場所らしい。
この世界における宇宙は、その全域が統一国家に管理されていて、星の一つ一つが都市として扱われているのだという。
宇宙の全てが一つの国に統治されている……深海棲艦との戦いで国を守ることさえ必死な私たちからすれば想像もつかない話である。
司令官も私に説明しながら「パラレルワールドの一言で片付いてしまうのかもしれないが、オレたちの世界の未来ではこうならんだろう」と不思議がっていた。
提督「さ、何はともあれメシだメシ」
パンパンと両手を鳴らして上機嫌な様子の司令官。
高さの異なる直方体の建物が等間隔で立ち並んでいる。建物の色は全て白く、遠くから見ると紙で出来た建築模型のようだった。
白い壁面にはそれぞれ光が照射されていて、近くで見るとそれらの光によって煉瓦や木などの色合い・模様を再現していることが分かった。
この世界で何と言うのかは分からないが、私たちの世界にあるプロジェクションマッピングという技術に近いのかもしれない。
私と司令官は街の外れにある定食屋を訪れた。
提督「来てやったぜ、違法音楽家」
乙川「相変わらず君は口が悪いな……僕は遵法意識に満ち溢れた市民の鑑さ、もっとも僕の楽器から出る音もそうだとは限らないがね。
おっとそっちは見慣れない子だね。僕の名は乙川。よろしく」
瑞鳳「私は瑞鳳。今日のお昼は何にする?」
提督「おまかせでいい。……そこの二人はこの世界で出来た友人だ。表向きは定食屋、されど本質はこの世界に反旗を翻すアナーキストだ。
この世界は徹底した管理世界……音楽や絵画などの芸術でさえもその例外に漏れない。規定に満たない音楽は演奏してはいけないそうだ」
乙川「風営法が厳しいんですヨ。まあそういうのは関係なく芸術分野全般にうるさいんだけれども。
我々市民は必要以上に物を知ってはならないのです。それがこの国の掟! だそうでね」
乙川「僕みたいに音大卒じゃないと楽器を演奏してはいけない、歌を歌ってはいけない。それどころか聴く音楽にだって制限をかけられているんだ。
こんなふざけたことがこの国では罷り通ってしまうのだよ……ま、僕なんかは色々抜け道を使って誤魔化しているけどね」
提督「ほう、それは初耳だな。そんなに酷かったのか」
乙川「そうさ。情報統制・教育の偏向・歴史の歪曲……そういうごまかしや嘘の上塗りが数百年単位で続くと、もう誰も本当のことなんて分からなくなる。
今やこんなルール何のため・誰のためにあるかさえ分からない。誰も得をしていない。それでもルールだけが残っている。そしてそのことに誰も疑問を持たない……」
司令官と乙川さんが話を続けていると、少し経って瑞鳳が私と司令官の席に天津飯を運んできた。
乙川という名の和服を着た男性の話も気になるが、それ以上に気になっていたのは、さっきの女性が『瑞鳳』と名乗っていたことだ。
聞き覚えがある。確かどこかの泊地か鎮守府に在籍していた艦娘だった。見たところ艤装はつけていないように見えるが……。
瑞鳳「どうかしました? 私の顔、なんかついてるかな」
提督「朝潮、お前の言いたいことは分かる。瑞鳳というのは艦娘の名だ。乙川ってのも柱島で最近名を上げている提督の名前だった。
だが、俺らとは違う。俺らのように“やってきた”わけじゃない。どうにも元からこの世界の住人なようだ。この世界の瑞鳳は艦娘でもない普通の人間だ」 ひそひそと耳打ちする
723 :
【19/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:15:43.86 ID:stR28eGh0
司令官の蓮華を持つ手は止まらず、黙々と食べ続けている。私もこの天津飯は気に入った。おいしいと思う。
私と司令官が料理を食べている間、乙川さんはトロンボーンを演奏していた。
私には音楽の心得がないので詳しいことは分からないが、自由奔放という言葉がよく似合っているような気がした。
自由ではあるものの、無秩序ではない。軽快だがそれでいて洗練された深みのある響きだ。
瑞鳳「二人はどういう仲なの? 恋人同士とかかしら」
朝潮「こ、恋人ですか!?」
提督「おいおい、お前さんとこの亭主と一緒にしてくれるな。こいつはちょっとした因縁深いツレさ」
にこにこと笑みを浮かべながら私たちに話しかけてきた瑞鳳。
演奏の音が生み出すリズムに合わせて小刻みに体を揺らしている。なんだかとても幸せそうに見える。
しかし、私はいったい司令官にどういう認識で見られているのだろう……。
乙川「人をただのロリコンみたいに言うもんじゃないよ。これから大輪の花を咲かせようとしている蕾の価値に気づけない、そんな奴らに瑞鳳は譲れない。
そう、つまり僕は義賊なんですよ。誇り高い理想と崇高ないしゅ、意志のもと……あーごめんもう一回言わせて」
和服の男は演奏をやめると私たちの席に寄ってきた。
提督「思ってもないことを口に出すから噛むんだよ。お前さんの変態性をバカにするつもりはないさ。
奴隷商から生娘を買って、立派なおべべを着させて全うな教育を受けさせる……なかなかの数奇者じゃねーの?」
朝潮「え……そういう人なんですか……」
提督「って言うとさすがに悪く言いすぎか。要は身分違いの恋ってことさ。さっきの演奏を聴けばわかる通り相当な変態ではあるけどな」
乙川「艶やかとか色っぽいだとかもっとマシな褒め方があるだろう。さておき、奴隷という言い方は悪いが……分かりやすさを尊重するとそういう言葉になってしまうね。
この世に生を受けた時点で市民か奴隷か選別されているんだよ。僕は市民で、瑞鳳は奴隷の側だった。本来ならお互いの存在を知ることだってなかったんだろう」
瑞鳳「奴隷といってもこき使われたりするわけじゃないの。機械化出来ないような作業をするだけ。
市民としての権利を持っていない、労働の義務が課せられている立場といえば聞こえは悪いけど……」
朝潮(そういう意味では艦娘と似たようなものなのかしら。艦娘に生まれた時点で、艦娘としての生を全うする役目を担う。
私はそれを悪いことだとは考えていない。……私が艦娘に生まれたからそう思うだけなのかもしれないけれど)
瑞鳳「毎日決まった時間に決まった仕事をこなせばある程度の自由が許されているわ。私は自分の置かれている立場に何も疑問を覚えていなかった」
乙川「一方、市民というのは働く必要がない。何かを望めば、全て国が満たしてくれる。お金はよほど散財でもしない限り無くならない、無くなってもまた与えてくれる。
音楽を聴きたいと頼めば電子化された音楽ファイルを無尽蔵に寄越してくれる。孤独を埋めたいと願えばいくらでも同じ思いを抱えた人間を紹介してくれる」
乙川「全てが供給される。全ては満たされるように出来ているはずだった。だけど僕は何も満たされなかった。
人と会って話しても、誰もかれもみな同じに思えた。中身がないように思えた。刹那的な快楽に身を委ねても、虚しさには勝てないことが分かった。
他の人間はその空虚さを感じていないようだった。空虚であることに気づいてすらいないようだった、それはそれで幸せそうだった」
乙川「誰も彼もみんな陳腐で滑稽な存在に思えてね。少し病んでいたんだ。
そんな時期に偶然瑞鳳と知り合ってそこから勢いで……まあ、恋は盲目というやつだね」
気恥ずかしそうに頭をかく乙川さん。よく見ると乙川さんと瑞鳳の薬指には同じ指輪が嵌めてある。
提督「勢いだけで国を欺けるなら大したもんじゃねえか。飄々としててもやる時はやる男ってことさ、お前さんもな」
乙川「いやいや……危うく終身刑になるところだったからね。君のおかげで今もこうしていられるわけで」
瑞鳳「その節はお世話になりました」
司令官にぺこりと頭を下げる瑞鳳。背丈で言えば私よりも少し高いぐらいだろうか。
……私にもいつか、瑞鳳のように誰かとこういう関係になる日が来るのでしょうか。私が艦娘じゃなかったら、こういう未来もあったのでしょうか。
いいえ、仮定の話に意味はない。
・・・・
この国の情報統制は厳しく、乙川さんと瑞鳳との関係が国に知れた際に二人とも投獄されることになったらしい。
全ての国民の体のどこかに不可視のバーコードが刻まれているようで、政府はその情報をもとに国民を管理しているようだ。
社会保障や福祉はこのバーコードを介して行われる。そのため、一度指名手配されてしまうと逃げ延びることはかなり難しいらしい。
提督「電子化電子化で機械に頼りすぎるとオレのようなイレギュラー相手には対応出来なくなるということだ。
驚いたことにこの国では司法も立法も行政も治安維持もぜーんぶ人工知能が行っているらしい。まあそこいら辺の欠陥を突いてオレがうまく誤魔化したわけだな」
提督「二人を助けた代わりにしばらくあそこでヒモさせてもらって、朝潮が来るのを待っていたんだ」
朝潮(待っていた……? 私と司令官はほぼ同じタイミングでこの世界に来たはずじゃないのかしら……)
二人と別れた後に、私を迎えに来た時とは異なる、外装がルビーのように紅く輝いている機体に乗り込んだ。
ファム・ファタールと名づけた特注品だそうで、司令官はこの宇宙飛行機を愛機だと自慢していた。コクピットもきちんと二人乗りだ。
提督「さて、これで元の世界に戻るための算段は整った。この世界の“時の終点”に辿り着く。それがオレたちの目的だ……」
そういえば元の世界に戻る方法を何も聞いていなかった。そこに辿り着ければ元の世界へ帰れるというの?
朝潮「“時の終点”……?」
提督「そう、この世界の因果律を破壊するんだ。そうすることで時の終点に到達できる」
724 :
【20/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:27:27.03 ID:stR28eGh0
進めば進むほどに目に見える星の光は減っていき、しばらくして窓には宇宙の暗闇以外に何も映らなくなった。レーダーを頼りに進んでいる。
司令官の話によると……この世界の中枢を担うオーロージュという星に、“時の歯車”なるアイテムがあるそうだ。
“時の歯車”には、任意の時間に巻き戻せる……つまり、時間を過去に戻す力があるらしい。
提督「時間を巻き戻して出来事や行動を変えたとしてもある程度は辻褄が合うように働くようだ、歴史の修正力とでも言うべきか。
だが、この世界に本来起こるはずだった重大な事象なんかを改変すると話は変わってくる」
提督「本来あるはずだった事象がなかったことになる。あるいは本来起こるはずのなかった異変がもたらされる。
過去改変によって歴史の根幹を揺るがすようなことをしでかすと、因果律の崩壊が起こって“時の終点”へと辿り着く」
朝潮「そ、そんなことをしてしまっていいのでしょうか……」
提督「さあな、良い悪いはオレには分からん。だがこの世界に留まるわけにもいかないだろ。さっきも言ったがここはパラレルワールドだ。
この世界がどうなろうと本来の世界へと戻ることが先決なんじゃあないのか? ……さっきのあいつらには悪いがな」
確かにそうだ、私たちは元の世界に戻らなくてはならない。私たちが居ない間も元の世界の時間は流れ続けていることだろう。
朝潮「分かりました……司令官のご判断に従います」
提督「……」
それから私たちは、しばらく無言のままでいた。司令官は私と二人きりの時に世間話をほとんどしない。
彼の秘書艦として泊地で働いている間も、作戦の話や任務の話ばかりだった。秘書艦とは、提督の補佐として雑務をこなす役である。
明確にそういう役職が定められているわけではないのだが、大抵の鎮守府や泊地には秘書役を担う艦娘がいるものだ。
顔を合わせる頻度で言えば、艦娘の中で私が一番多いはずなのだが……このように、無言の時間だけが積み重なっていく。
私は、司令官にこの場に居ない者として認識されているのではないか。そんな疎外感を覚えることが少なくなかった。今もそうだった。
自動操縦に切り替えていて、司令官は手持ち無沙汰らしかった。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。
ギラギラとした赤色の瞳は、じっと宇宙の闇を見据えていた。前方の景色には何も映っていないはずだが、司令官には何かが見えているようだった。
ふと、視線が合った。気恥ずかしさから目を逸らしたくなったが、私から逸らすのは失礼に当たるような気がして、そのまま成り行きに任せることにした。
見つめられている。司令官とこんなに長い時間目を合わせているのは初めてだ。彼はあまり人と目を合わせようとしない。珍しいことだ。
二度、三度瞬きをすると、私から視線を外して再び前を向いた。表情に変化はなく、特に何を思うことも無かったようである。
私の方を向くことはなく、独り言のようにぼそりと呟く。
提督「なぁ……朝潮には元の世界に戻りたい理由があるか?」
戻りたい明確な理由があるわけではないが、ここに残りたい理由など当然ない。そう思ったが私が口を開く前に司令官は言葉を続けた。
提督「オレは戻りたい。オレにはまだ果たせていない夢があるから。やり残したことがあるから」
声量こそ小さいが、熱の籠もった力強い意志のある声。
提督「……恐らくだが、ここから先は今までみたいになんでも予定通りという風にはいかねえ。朝潮にも辛い思いをさせることになる」
提督「だから聞いておきたかった。オレにはお前の力が必要だ。けど、今のお前にとってはそうでもない、かもしれねえ。
お前が元の世界に執着がねえってんなら、無理に付き合わすことになるような気がしててな。
オレの都合でお前だけが苦しむことになるのかもしれないと、そう思ったんだ」
朝潮「お心遣いには感謝しますが……心配はご無用です。この朝潮、必ずや司令官のお役に立ってみせます!」
提督「……そうだな、お前はそういうヤツだった」
え……? 肩透かしを食らったようだった。見透かしていたかのような呆気ない態度。
自分なりの意気込みを伝えたつもりだったのだが、どうにも上手く伝わらなかったらしい。言葉足らずだったのでしょうか……。
またも沈黙。モヤモヤとした言葉に出来ない感情が膨れ上がってもどかしい。ただ、言葉の意味を知りたかった。
ああ、そうだ。『元の世界に戻りたい理由』の回答を求められていたんだった。司令官からの質問に答えられなかったから、か。
元の世界に戻りたい理由……。挙げようと思えばいくらでもある。泊地に仲間がいる、そこでの生活もある。
深海棲艦から人々を守らなければならないという使命もある。何から言おうか、何から言うべきか悩んでいた。
朝潮「! ……? どう、しましたか……?」
身体をこちらに向けた司令官。彼の手が私の顎をくいと持ち上げる。そして私の顔を覗き込む。再び視線が合わさる。
提督「なあ朝潮。お前は、オレの役に立ちたいと、本心からそう言っているのか……? お前にとって、それは本当に大切なことなのか?
オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい」
言葉の意図が分からない。司令官は私に何を求めている? さっき視線が合った時とは違う、何かを物語り訴えかけるような鋭い眼光。
朝潮「私、は……」
言葉が出てこない。司令官は、私を威圧するつもりはないのだろう。しかし……。
この人が怖いと思ってしまった。どうして今そんなことを言うのだろうと、思った。こんな感情は初めてだ。心がざわつく。
提督「……悪い。脅すつもりは、なかった。……そういうつもりでは、なかった」
私の顎から手を離し、正面を向き、帽子を目元まで深く被り直す司令官。
こんな感情は初めてだった。理由も分からないまま泪が零れそうだった。司令官を、普段から恐れているわけではない。むしろ尊敬すらしている。
けれど……底知れない重みのある語気や振る舞い、今まで私に向けることのなかった感情の籠もった表情や言葉。今までとは違う……不安になる。
気づかぬ間に司令官の失望を買うようなことをしてしまったのだろうか……ひどく落ち着かない気分だ。
司令官の前で泣くところなど見せたくはない。そんな情けない真似はしたくなかった。私はじっとこらえていた。
725 :
【21/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:40:18.65 ID:stR28eGh0
提督「フゥ……。ようやく……、着いたな……。悪いな、ちょっと休憩させてくれ」 座り込んでいる
……後になって気づいたことだが、あの時の司令官はかなり集中していて、精神状態も極限に近かったのだと思う。
だから、言動や様子が少し普段と違っていたとしてもそれは無理のないことなのだ。そんなことにも気づけなかった私が悪かったのだ。
動揺するほどのことではなかった。考えれば分かることだった。
たった単機で数百もの哨戒機と数隻の空母(否、宙母と言うべきか。宇宙に浮かぶ巨大な艦のことだ)を相手にすることが、どれだけ困難か。
それでも司令官は不安や恐れを態度に出すことはしなかった。呼吸も乱れていなかった。震えてもいなかった。
一言も言葉を発することはなく、瞬きをほとんどしていなかった。赤い瞳はギラギラと静かに燃えているかのようだった。
圧倒的な敵の数を前にしてもただ淡々と前へ進んでいった。進む先に何が待っていようと動じることなく光の束を撃ち続けた。
曲がることなく、揺らぐことなく、ただ自分のやり方を貫き通していく。この機体そのものが司令官のあり方を体現しているようだった。
オーロージュの地に降り立った。宇宙から見たこの星の外観は環に覆われていて土星のようだった。
ガスに覆われた星の内部を進み、今は星の中央にある小さなコロニーの内部に潜入している。
提督「星の外見とは裏腹に小さな星だ……ほとんどはガスで出来ていて中央にコロニーが建ってるのか。
しかし内装は殺風景だな。朝潮のいた収容所に似たようなものか。何もない」
この星そのものが一つの巨大な人工知能で出来ていて、他の星から送られてくる全ての情報を管理・統合しているとのことだった。
・・・・
無機質な鋼の壁。壁と同じ色の天井と床。延々続く廊下を歩き続けた。やがて広間に辿り着く。ここで行き止まりのようだ。
部屋の中央には筒型の装置が置かれている。装置の内部は黄緑色の液体で満たされていて、歯車の形をした青色の物体が浮かんでいた。
提督「ここが最深部のはずだが……正面から堂々と侵入しても警備ロボットが出てくる気配もない。かえって不安になるな……」
??「ここに警備は必要ないもの。ここに辿り着ける“人間”はもう、この世界には存在しないのよ」
一つ多い足音。私に似た声質だが、私のものではない。異常に気づく。艤装を展開して戦いに備え、振り返る。
??「見事ねイレギュラー。最初はバグ以外の可能性を疑わなかったわ。いえ……ある意味あなたたちの存在そのものがバグなのかもしれないわね」
司令官の背後に声の主は居た、もう遅かった。その場に倒れ込む司令官。首に注射針を突き刺されていた。
目の前に現れる私と全く同じ姿をした存在。深海棲艦ではないようだが、敵であることに変わりはない。
??「私の名前はグランギニョール・システム。GSと略されて呼ばれることの方が多かったかしら。この世界の管理者……神様のようなものね。
時の歯車は渡さないし、この世界も壊させないわ。ここで諦めてもらうことになるけれど……」
GS「一つ不可解なのはあなた……細胞の動きが人間のそれではない。電光刀でも光線銃でもあなたにダメージを与えることは出来ないみたいね。
この世界ではかつて存在を否定された理論上・仮説上の物質で肉体が構成されているとはね……世界線が変わるとこうも違うものなのかしら。
私の常識が通用しない存在としてあなたを認識したわ」
GS「あなたをシミュレートしてこの身体を生成してみたけれど、真似できるのは見た目だけのようね。不思議だわ」
私は女に飛びかかり、首を締め上げる。
朝潮「司令官に何をした!? 私たちの邪魔をするな……!」
GS「バカね……言ったでしょう。この身体は作り物、私の本体ではない。ゆえに傷つけたところで意味がない。
どちらの立場が上なのか理解した方がいいわ、大事な“司令官”様を人質に取られているのよ? あなたは」
首から手を離し、女を解放する。攻撃してくる気配は見られない。何が目的だ……?
GS「ひとつ、提案をしてあげましょう。あなたに時の歯車は渡せない。元の世界へ帰してやることもできない。
けれど……あなたの望みは叶えてあげられるわ。あなたが心に抱いていた、本当の望みを叶えてあげる」
・・・・
頭の中で声がする。
GS「あなたの肉体を真似ることは出来ずとも、あなたの脳内を見透かすことぐらいはできる。私があなたの本心を暴いてあげるわ」
忌々しい声、憎むべき敵の、声、の、はずなのだが……少しずつ怒りや苛立ちが収まっていく。意識がぼうっとする。
『太陽はなぜか透明であたたかく、退屈な午後は妙に私にやわらかい』……。そう、かつて、どこかであったような、そんな記憶。
ここはどこなのだろう、心地よい気だるさと眠気に襲われる。シロツメクサの咲く丘だった。
私を優しく撫でる、大きな手。私は寝転がっているのだろうか、後頭部に枕のような感触がある。
どうやら人の膝のようだ。目を開くと、見覚えのある顔。照れくさそうに微笑んでいる。
朝潮「しれー……かん?」
私の身体を起こしてぎゅっと胸元に抱き寄せてくれる。両腕から伝わる、確かな温もり。
提督「泣いているじゃないか。怖い夢でも見てたのか? 心配するなって」
私も両腕を司令官の腰に回して、抱きつく。
さっきこらえていたはずの、さっき収まったはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れてくる。
提督「オレがずっと、一緒にいてやるから」
司令官の言葉が染み渡るように、私の心にある不安を消し去ってくれる。
幸せな気持ちがこみ上げてくる。愛しい気持ちが止め処なく溢れて、どうしようもなくなる。
726 :
【22/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:53:14.75 ID:stR28eGh0
……ああ。分かっているはずなのに。気づかないフリを、していたはずなのに。
傍に居られるだけで、十分だった。尊敬していたからだ。
それ以上のことは望もうとはしていなかったはずだったのに。
それ以上のことは望んではいけなかったはずだったのに。
司令官に、こんなふうに愛されたかった……。これまでずっと抑えてきた感情が、目の端から流れていく。
強く、力強く、自らの意志で司令官を抱き寄せる。傍に居たかった、役に立ちたかった、それだけじゃなかった……!
本当は愛されたかった。愛したかった。恋人のように手を繋ぎあって、並んで歩きたかった。
娘のように甘えたかった、頭を撫でてもらいたかった。幸せになりたかった。司令官と、結ばれたかった。
ひとたび解き放たれた渇望は際限なく膨れ上がり、膨れ上がった分だけ目の前の司令官が、私の餓えを満たしてくれる。
・・・・
残酷なことに、これは虚構だ。こんな記憶など、ありはしない。
幸せな幻想だった、願わくば永遠に醒めないで欲しい夢だった。
しかし……これはしょせん絵空事なのだ。そう強く念じることで、現実へと意識を戻す。
目の前は無機質な鋼の壁。倒れたまま起き上がらない司令官。
こんな空想をしている場合ではない! グランギニョール・システムと自称する私と同じ姿の女を突き飛ばし、司令官に駆け寄る。
指で無理矢理閉じた瞼を開く。部屋の明かりに反応して瞳孔が収縮する。心音も聞こえる。呼吸もしている。
命の心配はないと判断していいのだろうが……私の呼びかけには答えようとしない、揺さぶっても起きる気配が見られない。
朝潮「司令官を元に戻しなさいッ! あなたの目的は何なの!?」
GS「ふふっ……この情動こそが『感情的』というものだったわね。随分久し振りに見せてもらったわ。彼は幸せな夢を見て眠っているだけだから安心して頂戴」
GS「私はこの宇宙で生きる人間の全ての記憶を保有している。といっても、短期的・日常的な表層の記憶じゃないわ。
子供の頃の幸せだった思い出。大切な人と交わした約束。そういう、人間の性質を決定づける重要な記憶……」
GS「知識を規制し、感情に上限を設け、意志を削いでしまえば……人は思い出をなぞらえるだけの影法師になる……。
クスクス……模造品なのよ。人工子宮で生まれた肉体に偽りの記憶を植えつけて、さも当然のように自分が自分であるかのように振舞う人形。
だから、そういう意味ではもうこの世界にはオリジナルの“人間”など存在していないの。滑稽でしょう?」
背筋に悪寒が走る。目の前の敵は、今まで対峙したどんな深海棲艦よりもおぞましい邪悪さを抱えていると感じた。
GS「全ては過去の歴史の繰り返し……あなたがさっき会っていた二人も、どこかであったラブロマンスの再放送なのでしょう」
朝潮「なんてことを……。まさか、司令官にも何か……!?」
GS「“まだ”何もしていないわ。けれど……あなたにとってはそっちの方が都合が良いんじゃないかしら」
朝潮(どういうこと? 自信ありげに何を言っている……?)
GS「さっき見せた光景は、あなたが自覚している通り、もちろん現実ではない……あなたの持つ願望を見せただけだもの。
そして未来に実現することもないでしょう。あなた自身で無意識のうちに諦め、捨て去ってしまった望みだもの」
GS「私ならあなたの悲願を叶えてあげられるわ。あなたの世界でなら実現し得ないかもしれない。
自分の心の中に封じ込めてしまわなければならないような、禁忌だったかもしれない。けれどこの世界ならそれも許される」
身振り手振りを交え、大袈裟な口ぶりで、感情を込めて私を説得しようとする。説得しようとする意図が露骨に透けて見えてかえって不気味だ。
GS「ふふ……そんなに怖い顔をしてはいけないわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。もう一度さっきの幻想を見て幸せになりなさいな。一度と言わず何度でも」
やめて、それだけは……! 声は届かず、また、あの景色に戻る。
・・・・
白昼夢の中では不思議と嫌なことを全て忘れる。しばらくして冷静になると、また現実に引き戻される。それを何度か繰り返す。
もう、自分の意志で現実に戻れているのか、幸せな気持ちになったところであいつに現実を戻されているのか、判断がつかない。
回を増すごとに多幸感や中毒性は高まっていき、意識が現実に戻った時の絶望感や喪失感も増していく。気が狂いそうになる。
朝潮「もう、やめて……やめてください……。これ以上は、やめて……」
精神の疲弊が凄まじく、もう自分の意志で立ち上がることすら出来そうにない。幸せという毒で蹂躙されて、私が私でなくなっていくのを強く感じる。
私と同じ姿の存在に、情けなくもしがみついて、やめてくれと懇願する。もはや意地も矜持もあったものではない。この場から逃れたかった。
GS「あの人の記憶を書き換えてしまえばいいのよ。人格を改変してしまえばいいの。そうすればあなたの見る幻想は、現実のものとなる……!」
悪魔の囁き。きっと、私の人生の中では二度と訪れることはない、千載一遇の機会。司令官と愛し合う、この上なく幸せな未来。
心が傾いている。欲望の充足を求めている。何を迷うことがある、何を躊躇うことがある。祈りはもう届いている。一歩踏み出せば、願いは実現する。
『オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい』
司令官の言葉が頭を過ぎり、逡巡する。私の言葉……私なりの言葉……。
そう、司令官を私の思い通りに、私の意のままの存在にしてしまうのは……あるべき形じゃない。
そんなことをしたら、私の想いを司令官に伝える機会は永遠に失われる。
たとえ届かなかったとしても、叶わなかったとしても……!
眠っている司令官の手を握る。微かな熱量。抱き締めてもらった時のあたたかさに比べたら、僅かな温もりだった。それでもいい。今はそれでいい。
はっきり言ってやるんだ。たとえ未来永劫、司令官に愛されることはなくとも……そうだったとしても。打ち砕いてやる!
朝潮(司令官……ほんの少しだけ、私に勇気をください!)
――違うッ!
私は声高に叫んだ。全霊の力を込めて、砲を撃ち放す!
727 :
【23/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:16:18.81 ID:stR28eGh0
GS「莫迦な真似を……! おのれ……」
硝煙が部屋を覆い尽くす。破壊した装置から時の歯車を取り出そうとしたその時。
GS「ぐぐぐッ……ダメよ……。それを許すわけにはいかない! 私は、この世界を維持しなければならない! それが私に与えられた使命……」
艦娘の私が、力負けしている……? 猛烈な力で腕を掴まれている。振り払うことさえできない……ッ!
GS「なぜなの? あなたには寿命が存在しない。永遠に自分の意志で動くことができる、人間を超越した存在なのよ? 永遠の支配者になる資格がある。
そこの男だけじゃない……私はあなたにこの世界の全てを手に入れる力を与えてやると言っているの。全てを満たしてあげると言っているの!」
バキッと骨が軋む音。私の骨じゃない。女の指の骨だ。肉が裂けて骨が折れてもなお私を食い止めようとしている。鬼のような形相で私を睨みつける。
朝潮「そんなものに興味はない……私は私の正しいと信じたものにのみ従う。あなたは間違っている!」
GS「分かり合えないようね。なら仕方ない……彼には死んでもらう」
朝潮(無駄な足掻きを……時間を巻き戻せば司令官の死を無効化できる。このまま力で押し切って、時の歯車を手に入れさえすれば……!)
刹那、視界が暗転する。こいつ……血で目潰しを……! 理解した時には二手遅れていた。
GS「さようなら。そこの男はもう息を吹き返すことはないでしょう。本質的に人工知能である私にこの歯車の力を運用することは出来ない……」
女が部屋の外に時の歯車を投げると、投げた先にはもう一体の私と同じ姿をした女がいた。歯車を受け取って走り去る。
GS「ふふ……破壊もできない、利用もできない。けれど危険な力を持っている。そんなものは宇宙の果てに捨ててしまえばいい。
そうすればもう回収する術はないでしょう? 私の勝ちね……朝潮……」
女は口から血を吹き出してニヤリと笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。肉体の力を使い果たしたのだろう。
朝潮「まずい、もう一体のあいつを追わなくては……!」
提督「その必要はないぜ……」
部屋の隅に倒れていたはずの司令官。しかし、どういうわけか部屋の入口に立っていた。手には時の歯車が握られていた。
朝潮「しれい、かん……?」
提督「迷惑かけちまったな。よくやってくれたよ……お前はな……」
ゆっくりと私に歩み寄る司令官。時の歯車を中心に、景色が変わっていく。無機質な白銀の景色が光に包まれていく。
・・・・
白い光の中に私と司令官は居た。天と地の境はなく、垂直に立っているはずなのにお互いの身体が浮いているように見える。
さっきの施設に居た時のような閉塞感や息苦しさは感じられない。幻想の世界で味わったような、心地よい感覚。
しかしこの時私の胸中は困惑と疑念でいっぱいだった。“また”無理矢理幸福感を味わうことになるのか、と内心恐怖していた。
提督「ようこそ、“時の終点”へ。朝潮の奮闘がなければ、ここまで辿り着けなかった……よく頑張ってくれたな」
提督「そして……オレがやってきたことも、間違いではなかったことが証明されたんだ……やっと」
状況がうまく掴めていないけれど、どうやら上手くいったのかしら……?
けれど、どうして時の歯車を司令官が持っていたのだろう。いつどうやって奪い取ったというの?
そもそも司令官は倒れていたはずだし、女は『もう息を吹き返すことはない』と言っていた……どういうこと?
提督「オレが生きてるのが不思議かって? 時の歯車は二つあった。これがトリックさ。二回の賭けに勝ったから生きている」
司令官が右手に持っている青色の“時の歯車”とは異なる、赤色の歯車をポケットから取り出す。
提督「さっきの世界の“青い”時の歯車は、過去への時間遡行ができる。一方この“赤い”歯車は時間を先送りすることができる」
提督「時間を加速させてさっきの世界を終焉へと向かわせ、この“時の終点”へ辿り着いたってことだ。
そして、時間の先送りってのは、ただ単に時間を加速させるだけじゃない。任意の事象をスキップして無かったことにもできる」
提督「二つの賭けの内容はこうだ。あの施設に入った時点で、オレたちの記憶がスキャンされようとしていることに気がついた。
スキャンそのものを防ぐのは無理そうだった。だからこの“赤い”歯車に関する記憶情報のスキャンの時だけをスキップした」
提督「次に、グランギニョール・システムによって眠らされていたオレは、朝潮の『違うッ!』の声で目が覚めた。
奴がオレの身体に埋め込んだマイクロチップで脳に死を命令しようとした、だから奴は勝ったつもりでいたというわけだ。けどそいつはカットさせてもらった。
そこから先は自分の身体の時間だけを加速させて青い歯車を奪い返し、世界全体の時を加速させて時の終点へ到達したという顛末さ」
朝潮「最初から全部司令官の掌の上だった……ということですか。なんにせよ、これで元の世界に戻れるようで安心です」
提督「いーや……そのことなんだが……このままではまだ問題がある。かなり朝潮に迷惑かけることになるが……先に謝っておくぜ」
私の背後に、赤い扉が現れる。バタンと音を立てて開き、中から無数の手が伸びる。私の身体を引きずって行く。
朝潮「司令官ッ!!」
提督「説明している時間はないか……これを受け取ってくれ。簡潔にだがそっちの世界の説明を書いておいた。
あとは頼んだぜ。……またここで会おう、約束だ」
青い歯車と一通の手紙の渡される。扉の向こうへと私を引きずる力が強まる。
ブルーホールの時と同じだ、強い力に引き寄せられている。やがて私の意識は途切れた。
728 :
【24/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:37:12.72 ID:stR28eGh0
どうやら生きているらしい。気分は最悪だが。
ええと……あれだ。オレはある噂が気になって直接出向くことにしたんだ。そう、ブルーホールだ。
洞窟や鍾乳洞みたいな地形が海没すると、そこだけ周りの海の色よりも暗い色になるんだと。
だが、そんな自然現象がたった一日で起こるはずはねえ。そもそもブルーホールが確認された位置には元々陸地自体なかったし、浅瀬だったってわけでもない。
あの場所にかつて海蝕洞みたいなもんがあったなんて話も聞いたことがないしな。
だから秘書艦の朝潮にボートを曳航してもらって、それに乗って確認しに行ったんだ。
で、朝潮はそのブルーホールに呑まれて消えた。オレも巻き込まれて気がついたらここにいた。
体中砂まみれで、おまけにボートの下敷きになってた。なんだってこんなことになってる。
提督「ペェッ、オフェッフッ。ガハッ」
口の中の入り込んだ少量の砂を吐き捨て、立ち上がる。着ているアロハシャツについた砂を払いながら周りを見渡す。
倒壊したビル郡、ひび割れたアスファルト、打ち捨てられたガラクタの山。太陽はオレをあざ笑うかのようにギラギラと輝いている。
わけわかんねえことが起きてるってのは理解できた。つまり何も理解できてねぇ。せっかくの休みが台無しだ。
とりあえずツレの朝潮を探さねえと。
・・・・
この近くに朝潮も居ることだろうとは思ったが、ジッとしているのは性に合わねえ。
とりあえずその辺をうろついてみるが、ビーチサンダルで歩き回るのは結構しんどい。足元から地平線の果てまで砂と瓦礫とゴミで満ち満ちている。
ゴミ山をよく見ると生ゴミから金属片、果ては注射針に壊れた機銃……なんでもありのひどい有様だ。
もっとひどいのは、そのゴミ山の上をよじ登って何かを探してる子供が何人もいることだ。見覚えがある光景だ、こいつらは高く売れる貴金属を探してるんだろう。
提督「おいガキども。お前らぐらいの背丈の女を見なかったか? 黒くて長い髪をしてる女の子だ」
子供たちにギロリと睨まれる。餓鬼相手にガン飛ばされてもなんとも思わねーが、揃いも揃って餓えた目をしてんな。猿みてえだ。
提督「っと……」
背後に気配。咄嗟に身をかわして相手の腕を掴む。感触から察するにこれも子供の腕か。
提督「おいおい……そいつは玩具じゃねえんだ。没収するぜ」
か細い腕を捻って、手に掴んでいたナイフを奪い取る。薄汚れたタンクトップに半ズボン、みすぼらしい格好のガキだ。
少年の膝はガクガク震えていて、その場にへたり込む。俺を恐れているのか? だったら最初からこんなことをするなと言いたいが……。
顛末を見守っていたゴミ山の子供たちは、オレがナイフを奪い取った瞬間に目を離してまた自分の作業に向かうようになっていた。
こいつを助けようと加勢したりするつもりはないらしい。薄情だが貧困ってのはそういうもんだよな。
オレがこのガキに刺されて死んだら機会に乗じて遺品の剥ぎ取りでもしてやろうと企んでいたんだろう。
提督「取って食うわけじゃねえから安心しな。まあこれは返してやらんがな。質問1、オレがさっき言ってた女の子を見かけなかったか? 朝潮って名前だ」
少年1「いいや……見かけてねえ……」
提督「質問2、ここはどこだ? 言葉が通じるあたり日本であることは確かなようだが……。
オレは海の上にあったブルーホールに呑まれてここに来たんだ、何か分かるか?」
少年1「ブルーホール? わからない。ここは昔、渋谷っていう名前の街だった。けど、このザマだ……戦争の後はどこもこんなだ……」
提督(戦争、かあ……? 深海棲艦との戦いでどこの国もそんなことやれるほどの余裕は絶対ねえ。
それに、渋谷といえば都会の繁華街だろ? こんなに荒れ果ててるはずもない……パラレルワールドってやつなのか?)
どこの国といつ戦争したのかを尋ねようとしたのだが、突然少年が震え出したため質問を中断する。
濁った呻き声をあげてうずくまり、ぶるぶると震えている。少年の身体から汗が吹き出る。
提督「おい、大丈夫か?」
……とてもじゃないが大丈夫そうには見えねえ。
提督「なあお前たち! 誰か病院を知ってるか!? 教えてくれ!」
大声で叫ぶと、山の上の子供たちはこちらの方を振り向いたが、何かを教えてくれそうな気配は見せない。
一人だけ声を返す子供がいた。が、よく聞き取れない。しばらくすると山から降りてオレらの方に歩いてきた。
少年2「こんなところに病院なんてあるわけねえ。それぐらい分かるだろ……こいつはもうだめだ」
よれた半袖のTシャツを着て、傷ついて穴が空いているジーンズを履いている裸足の少年。
うずくまっているタンクトップの少年ほどではないが、彼もひどく痩せ細っている。
少年2「見覚えがあるんだ。こうなったやつはもう、そう長くは持たない。震えが止まらなくなって、最後には寝たきりになって死んじまうんだ」
提督「なら、日の光を避けられて、砂埃の入ってこなさそうな場所はないか? ここじゃ余計な体力を消耗しちまう。せめてもっとマシな場所に連れてってやりてえ」
少年2「おれの住処へ案内するよ。こいつはおれの古い友達だったんだ……こんな場所で死なせるのは忍びねえ」
・・・・
地面や壁面に描かれたペンキ跡から、ここはかつて地下駐車場だったのだろうと推測できる。天井はひび割れていて、ところどころ崩落してしまっている。
硬いアスファルトの床の上に砂まみれの布を敷き、タンクトップの少年を寝かせる。もう一人の少年は用事があると言ってすぐに去って行った。
タンクトップの少年が、ぼそぼそと口を動かしている。よく聞き取れない。
何かをオレに伝えようとしているのか? じっと耳を澄ます。
729 :
【25/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:53:35.30 ID:stR28eGh0
少年1「ヒ……ハッ、ハハッ……戦争があったのは、八年前、ヒッ……。どこの国がやったのかは、分からない……。
そこら中でテロが起こって、国としての機能が果たせなくなった……テレビで見てた、関係ないと思ってた出来事だった」
少年1「あいつらは……何もかも滅茶苦茶にしていった。ハァーッ、ハァ……もっと早く、手を打っておく必要があったんだ……ィヒッ……」
提督「まさか、深海棲艦か!? しかし、テロだと……?」
返事することもできず、少年は力尽きて気を失ってしまった。
提督「身体の震え、もう一人の子供が言っていた“寝たきり”、そして異常な笑い……。オレの思い違いであって欲しいが……」
この奇妙な症状に一つだけ思い当たる節がある。ニューギニア島の風土病……クールー病だ。またの名をクロイツフェルト・ヤコブ病、その症状と一致している。
実際に目にするのは始めてだが……オレの前にラバウルに着任してた提督が書き残してた手記にあった。
ニューギニア東部高地のワネビンチ山、その北にある降雨林に住んでる少数民族であるフォレ族に伝播した病のことだ。
その原因は……食人。人が人の肉を喰らうことだ。フォレ族には、かつて死亡した者をばらばらにして食する習慣があった。
前の提督が着任した頃にその風習は既に廃れて行われなくなっていたそうだが……病の潜伏期間は五年から二十年。
さっきの子供は言っていた、戦争があったのは八年前だと。……その可能性はある。
・・・・
オレは鼓動を抑えながら、地下の建物内を歩き回っていた。Tシャツの少年がここを拠点にしていると言うのなら、どこかに食糧を保管しているはず。
ん……? 火が灯っているのか、妙に明るい個室を見つける。いや個室じゃない、エレベーターだ。扉は壊れていた。明かりが気になって覗いてみた。
天井が壊れていて、空からは太陽の光が差し込んでいる。そして、一つ下の階から煙が立ち上っていた。やはり火が灯っている。肉の焼ける臭いがする。
下の階には、Tシャツの少年。焼けた肉を食っている。オレは疑問を投げかけずにはいられなかった。
提督「おい……お前……それは、“何の肉”だ? そこに転がってる骨は、“何の動物の骨”だ……?」
少年2「……人の肉だよ。見るからに健康そうなアンタには分からないかもしれないが、これしか食うものがないんだ。
土壌は汚染されきって作物は育たない。動物も死に絶えてる。山奥や海沿いももう人で溢れかえってて何も食えやしない。
ここで廃品に紛れ込んだ貴金属を集めて、水や食べ物を買う。子供のおれたちにはそれしかできない。それすらまともにできないんだ」
少年は躊躇いなく答えた。倫理的な葛藤などとうに忘れた様子だった。そんなことを考えていては生きていけないのだろうが。
提督「…………」
言葉が出てこなかった。ここで綺麗ごとを言うのは簡単だ。人は何のために生きているのか、お前は他人の肉を食ってまで生き永らえたいのかと。
そうは思った、だが。オレが同じ立場になった時、自制できるだろうか。他に生き残る術がなかった時、どうするだろうか。
オレは、まだ死ぬわけにはいかない。誇りと自分の命を天秤にかけたら、恐らく後者を取る。
極限まで餓えに苦しんでいたら……同じことをするかもしれない。
提督「わかった。もう、それを食うのは……やめろ。オレが、お前に協力する。もう、そういうことはしなくていいように、オレが助けてやる。
一緒に生き延びる方法を考えよう。オレがどうにかする……」
少年2「アンタ、変わってるな……今までそんなこと言うやつに会った事がなかった。けど、無理だ……もう何も変わらない。
きっと、戦争が始まる前から……おれらが生まれる前からずっと手遅れだったんだ。おれらの親やその前の世代からずっと手遅れだったんだろう」
提督「何言ってんだ。お前、人の肉を食ってでも生き永らえてるじゃないか。それでも生きていたいんだろ、執着があるんだろ?
だったら、大丈夫だ。オレだってお前と同じだ。生き残るために、自分の望みを叶えるために生きてる。悲観的になるなよ、現状を変えたいんだろう。
その意志があるから死ねないでいるんだろ? 苦しくても諦めきれないんだろ? 違うか?」
真っ直ぐな瞳で、こちらを見上げる少年。
少年2「分かった。あんたを信じるよ……。これを片付けたら、そっちに行くよ。アンタの考えを聞かせて欲しい、先にあいつのところへ戻っていてくれ」
促されたとおりに、オレはタンクトップの少年のところへ戻った。
少年2「アンタみたいなやつにもっと早く会えてたら、おれの人生は変わっていたのかな……」
・・・・
戻ると朝潮が立っていた。悲しそうな顔つきでこちらを見ていた。
朝潮「司令官……気の毒ですが、この子はもう……」
タンクトップの少年は何も語らない。さっきまで苦しみ呻き声をあげていたとは思えないほど安らかな表情をしている。
朝潮「衰弱しきってしまって……自分の力ではもう呼吸することも、心臓を動かすこともできないようです。何か機材があれば、助かったのかもしれないのですが……」
提督「……。そうか……」
オレは、不思議と悲しみの念が湧いてくることはなかった。というよりも、見ず知らずのオレが勝手に悲しんだところで、こいつが救われるはずもない。
だから、出来事として受け入れるしかない。それ以上の感情を抱くことは、こいつの命に対して失礼なような気がしていた。
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! 鈍い落下音が何度か聞こえる。地上から何かが落とされているらしい。さっきのエレベーターの方からの音だ。
落下音とともに悲鳴が聞こえた。Tシャツの少年の声だ。慌ててエレベーターへ駆け寄り、下の階を覗いた。上から落とされたゴミで満たされていて何も様子が分からない。
穴の開いた天井を見上げると、トラックが去っていく姿が一瞬見えた。叫んでもTシャツの少年の声が返ってくることはなかった。
・・・・
下の階に行って探したが、結局Tシャツの少年の姿は見つからないままだった。ゴミの下敷きになってしまった可能性が高い。
見つけたところで、これだけ時間が経過したらもう助からないだろう……。
提督「この世界は……オレたちの居る世界とは違うみたいだな。どうしてこんなことになってるんだ……? どうしたってこいつらがこんな目に遭わなきゃならねえ!」
730 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 00:05:27.79 ID:fXJC48ZzO
ヤコブ病か
似たような病気で牛も肉骨粉で共食いさせると狂牛病になるんだよな
厳密には共食い云々が原因というよりも何万分の1の確率で起こる異常プリオンってタンパク質が原因なんだが
本来ならそのタンパク質が生まれたところでその一頭が[
ピーーー
]ば伝染せずにそれでお終いだが共食いで他の異常のない動物が食らうと伝染してこの有様よ
つまり狂牛病の人間バージョンがヤコブ病って言われてるな
原因も両方とも異常プリオンだし
まあ共食いじゃなくて他の動物が食べても狂牛病が人間に感染るように普通に伝染するんだがな
731 :
【26/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:10:24.68 ID:du8xjrVn0
朝潮「司令官……」
提督「悪い……朝潮の前で言っても仕方ないことだよな。声を荒げて驚かせちまった。元の世界へ帰る方法を考えなきゃあな……」
朝潮「司令官……この世界を、救いましょう。私の手を握ってください」
何を言ってるんだ……? 手をこちらに差し出す朝潮。わけもわからず、言われた通りに手を握る。
ブン! と風を切るような音がした。目の前の景色が一瞬灰色に歪んだ。すると、ゴミだらけだった廃墟の景色から一変、車が並ぶ駐車場に一瞬で移動した。
提督「一体お前、何をした……? ここが元の世界、なのか?」
朝潮「いいえ。“この世界の”時間を八年前に巻き戻しました。この世界でこれから起こる悲劇を食い止めることが出来れば、元の世界へ帰ることができるでしょう」
時間を戻した? 八年前に? これから起こる悲劇……ってのはタンクトップの少年が言ってた戦争ってやつか。しかし状況が飲み込めねえ。
提督「朝潮……お前、何か知っているな? 一体全体何がどうなってやがんだ、お前は何を知っているんだ?」
朝潮「順を追って説明しますね。私たちの居た世界を“基本世界”……つまり基準となる世界線としましょう。この世界はその基準となる世界線から外れた、異なる世界線。
ここでは“異世界A”と呼びます。ここ異世界Aから基本世界に戻るのが私たちの目的となります」
朝潮「基本世界に戻るためには、既存の因果律を破壊することによって発生する“時の終点”に到達する必要があります。
既存の因果律を破壊するということは即ち、過去を改変して歴史的な重大事件の顛末を変えるなど大規模な過去改変を行うこと……あるいは。
世界に流れる時間を極限まで加速して、この世界で起こるであろう全ての因子と結果を収束させてしまえば、“時の終点”へ辿り着くことが出来ます」
提督「時間を巻き戻して本来あるべき未来と矛盾を起こすか、時間をひたすら早送りすることで“時の終点”へ辿り着けるのか。そうすれば元の“基本世界”へ戻れる、と。
だがちょっと待て……オレたちはブルーホールに呑まれてここに来た、そうだよな? どうしてお前はそんなことを知っている? どうやって時間を巻き戻す能力を手に入れた?」
朝潮「ここが“異世界A”だったとして……ブルーホールに呑まれて私が最初に辿り着いた世界は“異世界B”でした。つまりこの世界線とも異なる世界。
異世界Bの中で私はこの青色の“時の歯車”を入手し、時間を巻き戻す能力を手に入れました。異世界Bから時の終点を経てこの異世界Aにやって来たのです」
青色の歯車を見せる朝潮。朝潮の掌でふよふよと浮いている。
提督「? えっと……朝潮は“異世界B”から“時の終点”へ辿り着いた。だったらどうして“基本世界”にそのまま帰らずに、わざわざこの“異世界A”に来たんだ……?
オレを捜すためか? そんなことをするなら基本世界に戻ってから時間を戻せばよかったんじゃないか? ブルーホールに足を踏み入れる前にな」
朝潮「私が“異世界B”からこの“異世界A”に来たように、司令官も私が居た“異世界B”へと行くことになるんです。未来の話ですが。
この“異世界A”での全ての顛末を経験した司令官と、基本世界からやってきた直後の私が邂逅したのです」
提督「? 未来のオレが最初のお前と会って、それからオレと会ってきたお前が今の何も知らないオレとこうして会っている。
これからオレは“時の終点”に辿り着いて何も知らない過去の朝潮と会う……。なんとなく、理屈の上では分かったがような気がするが……」
??「陛下!? やはり陛下は生きておられた!」
へいか……? 何のことだ? 駐車場に響き渡る女の大声。背の高い、黒いスーツを着た女がこちらへ駆け寄ってくる。
提督「あれは……大和じゃないか!? 大和型戦艦一番艦、大和! 艦隊決戦の切り札であり、オレらの世界における最重要戦力の艦娘。なんで奴がこんなところに……」
大和「大和をご存知ですか、光栄です。ですが今はそれどころではありません……一刻も早く陛下のご無事を報せなければ」
大和は慌てた様子でオレと朝潮を高級そうな車に乗せると、とんでもないスピードで車道を駆け抜けていく。隣に座る朝潮がオレに耳打ちをする。
朝潮曰く、この大和はオレらの知る戦艦大和という艦娘によく似た普通の人間らしい。どうにもこの世界には艦娘や深海棲艦というものが存在していないようだ。
・・・・
巨大なビルの最上階まで連れられた。ビルの中で会った人々はオレにひれ伏して頭を下げていた。アロハシャツ姿のオレを相手に。
提督「なんだってこんなに厚遇されてるんだオレは……? それに、陛下って……?」
朝潮「私も詳しいことは分かりません。ただ、この世界での司令官は、“やんごとない血筋の”人に似た見た目をしているそうですが……」
提督「オレたちの世界で言う菊の御紋の一族として扱われてるってことか……? しかし、この畏れられ方はどちらかと言えば“将軍様”だ。
第二次世界大戦の再現って具合か? なんだかよく分からねぇが……」
あれよあれよという間に勝手に話は進んでいき、オレは華美で派手な衣装を着せられた。大和は壁掛けのモニターの電源をつけ、映像を見せた。
大和「陛下……よくぞご無事で。国民もみな陛下の存命を心から喜んでおります」
モニターに移る映像は、渋谷のスクランブル交差点で熱狂する人々の姿だった。
提督(ワールドカップでもあったのかよ……)
しかし映像内の人々が食い入るように見つめているのは、オレの姿だった。建物に設置された巨大な液晶に映る今のオレの姿だった。どうやら放映されているらしい。
大和「陛下がおられる限り、この国が滅ぶことはありません! 我が国を襲う悪鬼を討ち払い、勝利を掴むのです!」
・・・・
迂闊に口を出せないなと思い、黙っていた。放映が終わり大和が部屋から出て行った後、オレは朝潮に相談しようとした。
しかし、いつの間にか姿を消していた。一緒に最上階までは来ていた、大和に退室を命じられた様子もなかった。
となると、自分の意思でどこかへ行ってしまったのだろうが……一体どこへ? 何かアテがあるというのか?
一人取り残されたオレは、部屋にあった本棚を片っ端から飛ばし読みすることにした。この世界はどういう経緯でこういう状態になったのかを調べようと考えていた。
朝潮の言っていることも大和の言っていることも分からねえ。だが、人間の肉を食わなきゃ子供が生き残れないような未来になるってんなら、食い止めるしかねえ。
事態はまるで把握できていないが、それでもオレなりに出来る最善を尽くそうと思った。
732 :
【27/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:41:23.58 ID:du8xjrVn0
世界恐慌レベルの経済不況が起こり、戦争が起こった。これが第二次世界大戦。ここまではオレたちの生きていた世界の歴史と同じ。けどそこからが違う。
オレたちの世界では、それからしばらくして深海棲艦という人類に危機を及ぼす明確な敵となる存在が襲来してきた。
どうやって奴らが生まれたのかは分からない。けれど今も深海の底で増え続けていることは確かだ。
その深海棲艦の登場と同時期に現れた艦娘という人型兵器を運用することで奴らに対抗しているものの……戦況は芳しくない。国同士で戦っている余裕など当然ない。
今でこそ各地に鎮守府や泊地などの拠点が建っていてある程度の戦果も上がっているが、今日に至るまでの犠牲者の数は計り知れない。
一方で、この世界……“異世界A”は違っていた。深海棲艦など現れることはなかった。
平和が長い間続いていた。社会保障が充実し、国民一人一人の権利が守られている民主主義国家……だった。
しかしある時、先の大戦と同じ流れが起こった。それから戦争へと突入してしまった。恐ろしいことに、今回の戦争は敵国が存在しない。
引き鉄となる出来事は中南米で発達したマフィアが起こしたとも、自らの影響力の低下を恐れた石油財閥がけしかけたとも言われている。
いや、この際どこの誰がきっかけはどうでもいい。問題なのは、この戦争によって誰が得をしているかだ。
大和「残念なことに、この国にも反政府組織と内通している者が紛れ込んでいるようです。検閲を強化して、通信を傍受することにしました。
秘密警察も各地に配属しています。既に幾つかの大国では暴動やテロ、侵略が横行して国家としての機能が破綻しているとのこと……。
陛下が居なくなれば、我が国も同じ末路を辿ることになるでしょう。それだけ陛下はこの国にとって大切なお方なのです、必ずお守りします」
提督(まるで警察国家だな……民主主義が聞いて呆れる。しかし……)
こうなったのもまた民主主義のせいなのだ。政治家は己の腹を肥やすことしか考えない、声の大きい扇動家が不安だけを煽り、国民も国家への希望を失う。
不況とテロリズムの脅威がその恐怖感を後押しして、絶対的な権威者を擁立させようとする運動が盛んになった。結果として今のようにオレが祭り上げられている。
もっとも、オレは異世界から来た人間なのだが。全く無関係な人間が、容姿が似ているというだけこうなるとは奇妙な話だ。まあこれにはどうにも事情があるらしい。
大和「陛下がテロリストに刺殺されたと聞いた時は、この国の落日かと思いました。不謹慎ですが、影武者で良かったと安心しています」
恐らく、オレがこの世界にやって来ずとも、代わりの陛下ってやつが無理矢理擁立されていたのだろう。
どうあれオレはその陛下というやつに成り代わってこの状況を打開する必要があるが、疑問なのは……。
提督(一体オレに何が出来るというのだろう。不満を持った人間たちが各々暴動を起こしている。そしてその者たちの不満を全て解消してやることは不可能だ。
だから、警察国家のように監視網を敷いて力づくで従わせ、国家としての結束を保つ。……理には適っているが)
提督(これじゃまるで全体主義国家だ。ヒトラーの独裁政治、そしてその末路と同じことを辿るか? バカ言え……)
提督「不安や対立を煽っているやつがいるはずだ……と言っても、単に恐怖心で行動している連中じゃない。人々の恐怖を煽ることで利益を得ている奴らだ。
それを知りたい。たぶん……情報統制に意味はない。テロリズムという過激な形で発露されるもの以外の不満は放っておけ」
提督(未来の様子から、貨幣経済は一応残っていると考えられる。金のためにやる戦争なら、全世界でテロを起こす理由が分からない。
なんだってそんなことをする? どこかの国と国を競わせて代理戦争でもさせれば良いんじゃないのか?)
・・・・
三日が経った。未だに朝潮の姿は見つからない、艦娘だから人間が束になったところで傷つけられるようなものではないはずだが……一体どこへ行ったんだあいつは。
朝、反政府組織のアジトの殲滅に成功したと大和が報告してきた。テレビのニュースでも大々的に報道されていた。
提督「どこの報道局も、まるで巨悪を討ち滅ぼしたかのような口振りだ。こんなものは氷山の一角だというのに」
大和「ええ。母体となる組織が存在しているようです。調査を続けています」
提督(そんなことは分かりきっている……誰が得をしているんだ? 国家がわやくちゃになって、人々の暮らしが成り立たなくなる。
既得権益にしがみついてその勢力を伸ばすか、それを打ち破って新たな権益を得ようとするにしても、全世界を滅茶苦茶にしようって考えには至らねえはずだ……)
提督(テロってのが厄介だ……敵として倒そうにも実体がない。和解しようにも姿が見えない相手とどうやって協調すればいい。
永遠に後手後手の対応を迫られ続ける……。国家転覆を企むにしても、国家そのものが瓦解しちゃあ意味がない。そのぐらいのことは相手だって分かるはずだろう)
窓から地上を見遣ると、街宣車とそれに続いて行進する人々が見える。人々は単一の服の色を着ている。
『陛下万歳』……なるほど、マスゲームか。上空から見て文字に見えるように行進しているようだ。
提督「大和……あれ、近くで見れるか」
大和「いえ、陛下の身に何かあったら危険です。映像でよろしければ構いませんが……」
提督「(事実上の軟禁だなこれは……)だったらそれでいい、見せてくれ」
五分ほどして、壁掛けのモニターから映像が中継された。行進の様子を見に来た道路脇の人々は、陛下万歳! と口々に叫んでいる。
また、「テロリストを殺せ!」「異邦人を殺せ!」などと、聞きたくもないような幼稚な音声も紛れていた。
提督(狂信。盲従。排斥。こいつら揃いも揃って異常者だ……オレを唯一神かなんかだと思ってるに違いねえ)
提督「悪い……もういい、映像を止めてくれ。ハァー……」
大和「テロを恐れるあまり行き過ぎた差別主義に走る者も居るようでして……お気を悪くさせてしまいましたか。すみません」
慌てて映像を消し、気まずそうに頭を深く下げる大和。
提督「いや、オレから頼んだことだからお前が謝る必要はない。だが……」
提督(この世界に来てからというもの、日に日に嫌悪感が増していく。早く元の世界に戻らないと頭がおかしくなりそうだ)
提督「それでも……中途半端で逃げ出すわけにはいかねぇ。あんな未来は起こさせねえ……」
結局オレはここに座って、大和が伝える情報を受け取ってるだけだ。「調査するように」と指示してるだけで、何も成果を上げてねえ。
あのガキ共に……正しい未来ってもんを用意してやりてえ。こんな狂った世界でも、オレは絶対投げ出したりなんかしたくねえ。
733 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 00:55:34.10 ID:du8xjrVn0
番組(?)の途中ですが、安価待機勢に連絡です。
ご覧の通り全部投下しきるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、安価は本日の22:00からにします。
明日は月曜……というかもう今日が月曜なんで、早く寝なければという方も多いでしょう。安心してお休みくださいませ。というか私も一旦寝ます。ゴメンナサイ。
なんでこんなに投下が時間がかかるかって……? 行数&バイト数制限で引っかかりまくって削りながら投下してるからっす……。
あとヤコブ病のくだりは
>>730
さんが補足してくれた通りで、作中では触れてませんがプリオンってやつを経口摂取したりすると起こりますです。
必ずしも食人で起こる病気とは限らないのでクロイツフェルト・ヤコブ病の人を見てもカニバだー!とか思っちゃダメです。
身近にそういう人は滅多にいないと思いますが。
734 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 01:02:44.68 ID:dO6DcvSJO
乙
せっかく長めの文章書いたのに削るなんて勿体無いのな
735 :
【28/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 20:48:56.57 ID:du8xjrVn0
一ヶ月が経った。その間、オレはずっとビルから外へ出ることが出来なかった。抜け出そうとしても必ず誰かが護衛についている。
一人になれるのは自分の部屋だけだった。耳に入ってくるのは気分を悪くするようなニュースばかり。
状況を改善したいと心では思っていても、抜本的にどうにかする方法などまるで浮かんでこない。
タンクトップの少年の話が本当なら、今年中にこの国は焦土と化す。そうなってからじゃもう手遅れだ。焦りだけが募っていく。
ノックの音。誰も部屋に入れたい気分ではなかったが、拒む理由はない。招き入れる。
朝潮「司令官! お久しぶりです!」
ボロボロの格好で敬礼を向ける朝潮。中破状態といったところだろうか。服やスカートが破けてしまっている……。
鎮守府的にはよくある光景だが、この姿のままここに来たのだとしたら……ちょっとまずいんじゃないか。
あとで服は用意してやるとして……詳しい話を聞くべきだろう。この一ヶ月間、何をしていたのかを。
朝潮「申し訳ありません……本当はもっと早く突き止めるつもりだったのですが……。これを手に入れるのに、少々時間がかかってしまいました」
提督「錠前付き鉄製の小箱……? 中に何が入っているんだ?」
朝潮「“時の歯車”です。私が持っている、時間を過去に巻き戻す“青い”時の歯車とは異なり、時間を未来へと早送りする力を持つ“赤色の”時の歯車です。
ですが……このままでは使えません。この箱の鍵を開けないといけませんから」
提督「箱を手に入れた状態でそれより前に時間だけを巻き戻せばいいんじゃないのか? それは出来ないのか?」
朝潮「そうすると箱は私の手の中から消えて、元の場所へ戻ってしまいます。一ヶ月前に司令官とこの八年前の時代に来ましたよね。
手を繋いだ人間の意識や状態を引き継いだまま時間を戻すことは出来るのですが……物はその限りではないようで。意識の有無によって差があるようです」
提督「あまりよくわからんが……そうか。……ま、なにより、無事で良かった、安心したぜ。次離れる時はちゃんと伝えてくれ、心配するだろ」
・・・・
朝潮のために用意されている部屋はなかった(どころか、朝潮の存在自体オレの近侍またはメイドとして周囲に認識されているようだ)。
だから自分の部屋に朝潮を泊めることにした。とりあえず服は着せた。
提督「情勢は最悪だ……いや、最悪の度合いを日に日に更新していく。街じゃ魔女狩りならぬテロリスト狩りが流行ってる。
勝手な言いがかりで罪のない人を逆賊に仕立て上げて集団リンチを行う……。情報統制のためでなく、テロリスト狩り対策のために秘密警察を配備しなきゃならない始末だ」
提督「オレは、一ヶ月間ずっと何も出来ないでいる……ただ座して話を聞いているだけの盆暗だ」
うっかり漏れ出た弱音。聞き逃してくれれば良いのものを、朝潮にしっかり拾われてしまう。
朝潮「それは間違いです。『卒に将たるは易く、将に将たるは難し』……故事からの引用ですが。卒とは兵士のこと。
兵を束ねる将官は、人より突出した才覚を持つ者がなるべきです。ですが、諸将を束ねる将に求められる資質は、技術や才能ではありません」
朝潮「確かに今、司令官一人のお力でこの状況を覆すのは不可能でしょう。ですが、ご自分を責めるべきではありません。
司令官は将の将になればよいのです。才気や智謀はなくとも……司令官には、人を引き寄せる何かがあると私は思っています」
朝潮「少なくとも私は……朝潮は、司令官のお陰で成長することが出来ました」
晴れがましい笑顔で微笑みを向ける朝潮。今まで彼女がこんな風に微笑みかけたことがあっただろうか?
提督(オレは朝潮に何かしてやったことがあったか? 普段は仕事の話しかしていた覚えがないぞ……。それに、朝潮はこんなことを言うやつだったか?)
オレは、正直のところ……朝潮のことを自分にとって都合の良い存在だとしか思っていなかった。
嫌な顔一つ見せずオレの指示に従う。干渉もしてこない。まるで道具のように便利だった。しかし、そんなことはもちろん口には出来ない。
朝潮「朝潮は、司令官にとって道具のように便利だったでしょう。私もそうあり続けることを望んでいました」
背筋に寒気が走る。こいつは何を言ってるんだ。今考えていることを未来のオレが打ち明けでもしたのか? いやそんなことはするはずがない。
そんなことをする意味がない。朝潮は何を考えているんだ? 何をオレに伝えたい?
朝潮「でも……もう、司令官の道具ではいられません。私は、自らの意志で司令官に従うのです。司令官の意志と信念に共鳴して、お傍に居たいと思うのです」
澄み切った迷いのない眼差し。こいつは、こんなに綺麗な目をしていたのか……。
その目は口よりも力強く彼女の想念の大きさを物語る。オレの知る朝潮とは何かが違う。今までの朝潮とはどこかが違っている。
朝潮「司令官には、朝潮がついています。……どんな時でも、どこに居ても。心は司令官と共にあります」
朝潮の、絶対的な信頼。妄信しているわけでもないらしい。オレという存在を理解した上で、心から信頼している。
だがその信頼の発生源がオレには分からなくて……誰にも言うまいとしていたことを話し出してしまう。
自白剤でも打たれたかのように、打ち明けずにはいられない気持ちになった。
提督「オレの年齢は、今年で24歳になる。オレの両親が今のオレと同い年の頃に、オレは朝潮と同じぐらいの背丈をしていた。
今のオレに、朝潮と同じぐらいの子供が居るようなもんだぜ? 笑っちゃうだろ? ……」
提督「両親は祖父母や親戚から見放され、とにかく金がなかった。母親は毎日風俗で働いてた。父親は仕事のストレスから酒に溺れてアルコール中毒になった。
望まれずに生まれたオレは毎晩のように虐待を受けてた。ランドセルだって買ってもらえなかった。
手提げ袋で学校に通うオレは変わり者だって皆に笑われて、クラスメイトに石を投げられながら家に帰った」
提督「生まれてきたくて生まれてきたわけじゃない、こんな苦しいなら死んだ方がマシだと何度も呪った。けど、オレはまだ生きることを諦め切れなかった。
だから誓った。絶対に復讐してやるってな。誰よりも上に立ってやるって、底辺からでも這い上がれることを証明してやるって誓ったんだ」
歯を食いしばり、息を吐き出す。今でも恨みは忘れねえ。憎しみを抱えながらここまでずっと歩いてきた。
提督「海軍少将の地位まで上り詰めて、誰もオレを馬鹿にする奴は居なくなった。そして気づいたんだ……オレには才能がないってな。
結局、まともな教育も受けずロクな仲間も持てず、一人で突っ走ってきたオレには、自分が持ってる小さな脳味噌の中で物を考えることしか出来なかった」
736 :
【29/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:10:22.18 ID:du8xjrVn0
ベッドの上に座っているオレの肩に寄り添うように身を寄せる朝潮。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、余計に自分が情けなく思えてくる。
提督「だからここから上には昇れない。最近になって自分で気づいたのさ……一週間の休暇も、実は退役する相談をしに本土へ向かうつもりだった」
朝潮は何も言わず、ただオレを抱き締めた。オレは振りほどくこともなく、何を言うこともなく、そのままでいた。そしていつしか眠りに落ちていた。
・・・・
翌朝、朝潮が異変に気づく。
朝潮「司令官! 敵襲です! 東の空からやってきたあの武装ヘリ……十数機はありますね。撃ち落すことも可能ですが……」
朝潮「あのヘリの中に“時の歯車”が入っているこの箱の鍵を持っている人間が居ます。鍵の破壊は避けなければなりません……。
しかし、裏を返せば奴らも迂闊に地上を爆撃したりすることは出来ないということ。地上戦になるでしょう。敵は恐らくこのビルに向かってくるはずです」
提督「(まるでこうなることが分かっていたみたいだな……)大和に言って、他の者を退避させよう。朝潮一人で十分か?」
朝潮「戦車の砲弾でも中破で済んだので、問題ないかと!」
提督(その箱を手に入れるためにどんな戦いをしてきたんだ……?)
・・・・
最上階。朝潮によって気絶させられた屈強な男たちが次々と山のように積み上げられていく。
最後に入ってきた男は、それまでの男たちと比べると小柄な体格だった。そいつは、この国で“陛下”と呼ばれている人間と同じ顔をしていた。
謎の男「おぉ……オレの影武者か。道理でこの国がしぶとく続いてると思ったよ。一度壊れてくれた方が都合が良かったんだが」
提督「オレはオレだぜ。国を捨てた陛下様の影武者なんかじゃねえ。お前の方こそオレと同じ顔しやがって……気持ち悪ぃ」
オレと全く同じ体形・顔つきをした男。まさか、ドッペルゲンガー……? 大和たちが誤解するのも頷けるぐらいこいつとオレは似ている。いや、こいつにオレが似てるのか。
謎の男「一端の口を叩くんじゃねえ、偽者。お前、知ってるんだろ? “時の歯車”ってやつが入ってる箱の在り処を」
男はオレに銃をつきつけた。オレも銃をつきつける。
提督「まあそう慌てるなよ……自分が死んだらボカン! 鍵や箱も巻き添えなんて仕込みをしていたらお互い面倒だろ。勝った方が総取りのルールで行こう。
一旦銃をしまえ。3・2・1・0の合図でお互いの目当ての品を机に置く。次の3カウントで銃を引き抜いて撃つ。簡単なゲームだろ? お前は鍵を出せ」
男は頷き、銃をしまった。オレも銃をしまって、カウントをする。
提督「3・2・1……」
提督「ゼロ」
オレは机の上に箱を置いた。男も机の上に鍵を置いた。と、同時に銃声。しかし弾丸は放たれない。朝潮が時間を戻して細工しているのだ、当然そうなる。
机の上に飛び乗って男に飛び掛り、鍵を奪い取る。反撃しようと殴りかかってきたが、身をかわして跳び退る。
男は朝潮に拘束され身動きが取れないでいる。オレは鍵を開けて歯車を取り出した。
男「チッ……謀られたか……。歯車さえ手に入れればどうにでもなると思っていたが、考えが甘かった……」
提督「違ぇな。確かに“時の歯車”を手に入れれば、都合が悪い出来事の起こる時間だけを取り除けばいい。
だが、お前が自らここに来た理由はそうじゃねえ。お前は誰も信用できなかった。信用できる味方がいなかった。だから最後の最後で自分で決着をつけようとした」
男「何が言いたい? オレにはもう反撃する手段が残ってない。お前に敗れたんだ、そのピストルで心臓を撃ち抜いて殺せよ。
“時の歯車”を手に入れた今、お前はこの世界の全てを牛耳る力を手に入れたんだ。お前がオレに代わって支配するといい」
提督「どうせ死ぬって覚悟決めてんだったら……一つ教えてくれねえか。なんだってこんなふうに世界中でテロを起こしてる?」
男「オレ一人が黒幕ってのは勘違いだな。人口を減らそうって企んでるヤツらが居る。事実、このまま行けばこの星の資源はもう百年持たないと言われている。
だから自分たち以外は旧石器時代のおサルに戻しちまおうなんて考えてる奴らがいるのさ。これが第三次世界大戦の答え」
男「だが……その“時の歯車”があれば、時間と資源の消費という過程をすっ飛ばして成果物だけを手に入れることが出来る。それが無限に行える。
もはや永久機関だ、そいつがあれば全ての問題は解消する。オレはその歯車を手に入れて……新たな国を作ろうとしていた」
提督「悪いが……こいつは渡せない。お前がこいつを手に入れたところで、未来はお前の理想通りにはならないことをオレは知っているからだ。
けどな……オレはお前を殺さない。お前の今の話を聞いて、お前を信じたくなった。だから生かしておく。お前がこの国の本物の陛下ってヤツなんだろ?」
朝潮とオレの体が光に包まれていく。景色が変わっていく。これが“時の終点”……?
提督「だったら国は捨てんな。未来に生まれた子供が悲しまねえような世界にしてくれ……じゃあな」
・・・・
朝潮「司令官……ようこそ、“時の終点”へ。因果律の改変が起きたようです」
提督「あれで良かったのか……? オレは本当にちゃんとあの世界を救えたのか? 最初にあったガキ共が、惨めな思いをしてないと良いんだが……」
朝潮「きっと、あの世界は変わりました。……未来は変わったのでしょう。だからここに辿り着けた」
提督「あー……これからまだ、オレは……最初の朝潮がいた世界に行かなきゃなんねえんだよな? 大丈夫だったか、オレは。上手くやれてたか?」
朝潮「はい! 司令官の言葉のおかげで、私は自分なりの気持ちに向き合うことが出来ました。もう、迷いはありません……」
青色の扉が目の前に現れた。朝潮から赤い歯車と手紙を手渡される。二つを受け取ると扉が開き、開いた扉から伸びてきた無数の手がオレを中に引きずり込んでいった。
737 :
【30/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:35:22.87 ID:du8xjrVn0
扉が消えるのを見送った二人は、すぐに再会することになった。
朝潮「終わったのですね……」
提督「そっちもな。お疲れさん」
提督「手紙……読んだか? 読んだよな、でなきゃ先に起こることが分からなかったはずだしな」
朝潮「司令官も……大変でしたよね……。読み取られてしまうと大変だから、断片的にしか書けなくて……」
提督「手紙では褒めてもらってたが、オレは戦闘機なんて操縦したことが無かったんでな。手紙読んだ後必死こいて練習したけど付け焼刃だなありゃあ。
朝潮の前ではカッコいいとこ見せるつもりで気張ってたけど、実はちょくちょく被弾したタイミングで時間を飛ばしてたんだぜ。だせぇよな」
朝潮「それを言うなら、私も一ヶ月連絡もなく司令官をすっぽかしたままにしてしまいました。心配かけてすみません……」
二人は笑い合って、向き合った。お互いに伝えたいことがあるようで、神妙な顔をしている。
提督「手紙……の話なんだけどな。最後の行……」
朝潮「読みました……」
提督「これは、命令じゃない。お前の気持ちに委ねたいと思ってるから、強制はしない。オレは、お前の言っていた通り、『将の将』を目指す。
……けど、そうなるためには朝潮の力が必要だと思ってる。だから……オレの傍に居てくれよ、オレと一緒に居るって約束してくれよ」
提督「大の男が、こんなところで震えてら……みっともねえ。けど、朝潮みたいに、オレを心から認めてくれる存在は初めてだったんだ。
だから……少しだけビビッてんだ。ハッハッハッ。オレ、やっぱよえーな。無頼気取ってるだけで、ホントはビビリなんだ」
提督「けど……やっぱりオレはまだ諦めきれねえ。未だに上を目指したいと思ってる。そのために、朝潮が必要なんだ」
朝潮「司令官は……強い人ですよ。憎しみや苦しみに苛まれながら、それでも上昇志向を貫き通してきたじゃないですか。
そして今……閉ざしていた心を開いて、人と向き合おうとしている。そんな立派な人のお願いを、断れるはずないじゃないですか」
朝潮「司令官のお傍に居ますよ。約束します」
提督「ありがとう。お前は最高の相棒だよ……いや、最高の相棒として頼るのはこれからだな。よろしく」
朝潮「あの、司令官……? それで、私の手紙の最後の行なんですが……」
提督「言ったよな? オレと朝潮は……その、見るからに外見年齢が釣り合ってないって」
朝潮「はい。それでも……私の本心です。伝わらなくても、及ばなかったとしてもいいんです。それでも、言葉にせずには居られなかったんです」
朝潮「司令官とケッコンしたいんです。あわよくば……法が許すなら、正式な婚姻関係も結びたいと思っています」
提督は、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからしゃがみ込んで朝潮と目線を合わせ、彼女の右手を両手で握る提督。
提督「分かった……覚悟は、した。いいぜ……オレも誓おう」
提督「しかしだな……朝潮、お前も案外考えなしなやつだな。オレと違って朝潮には将来ってもんがあるだろう。
艦娘だから艤装を解体でもしない限り老化したりするわけじゃねえ。かたやオレの時間は……」
提督から手を離してポケットから“青い”時の歯車を取り出し、それを真っ二つにする朝潮。
提督「は!? 何やってんだお前……。二つに割った歯車を、身体に……?」
朝潮は、青い歯車を提督の胸元に押し付けた。歯車は溶けていくかのように彼の身体に染み込んでいく。
朝潮もまた半分になった青い歯車の片方を自分の心臓部の上に押し当てた。
朝潮「一ヶ月間、時間を戻しては繰り返してを続けていて……こういう使い方も出来ると知ったんです。私と司令官の時間を共有しました」
朝潮「艦娘と人間とでは、轟沈する可能性を考慮しなければ寿命のある人間の方が短命でしょう。
だから健やかなる時も病める時も共に……というわけにはいきません。そこで……」
朝潮「私が生きている間中ずっと、司令官も老化しないという魔法をかけました。
身体に危機が及ぶと肉体の時間が巻き戻って再生するので、溶鉱炉に飛び込みでもしない限り死ぬこともないでしょう」
ニコニコ顔の朝潮を見て、頭を抱える提督。
提督「んぁ〜……それは嬉しいんだが……。予想以上にぶっ飛んだ愛情表現で、脳が混乱してるぜ。結婚指輪よりも断然強烈だなこれは……」
朝潮「ええ。これだけ強い想いを抱いてしまったのは司令官のせいなんですから、責任は取ってもらいます」
提督「やれやれ……これじゃ乙川のやつを笑えんな。しかし……どうやったら“基本世界”に戻れるんだ?」
提督が疑問を口にした瞬間に、彼の持っていた赤色だった歯車は七色に輝き始め、色とりどりの光を放つ。
・・・・
執務室のソファの上で提督と朝潮は目覚めた。ソファから立ち上がり、眠気覚ましにストレッチをする朝潮。
ソファに寝転がったまま拳を上に掲げ、無意味にグーとパーを繰り返している提督。
朝潮「結局あれは夢だったのでしょうか……。ようやく普段の泊地に戻ってきましたが……」
提督「赤い歯車は無くなった。オレたち二人を元の世界に戻すための動力となって消えたのか? けど青い歯車はオレたちの身体に残ったままだ」
陽炎「司令ったらこんなところで居眠りして! よりによってこんな大事な日に……ずいぶん図太い神経してるわね」
738 :
【31/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 22:27:55.66 ID:du8xjrVn0
如月「むしろ、それだけ肝が据わっているから元帥に任命されたんじゃない? でも、ちょっと出てってもらうわね」
提督「元帥……?」
如月「ほらほら〜、花嫁の着替えが気になるのは分かるけど……我慢我慢」
朝潮「はな、よめ……?」
部屋に入ってきた陽炎と、その同期の艦娘である如月に部屋を追い出される提督。頭上に?マークが浮かんだまま廊下に立っていた。
・・・・
ラバウル泊地の中庭で、提督と朝潮の二人を多くの艦娘たちが囲んでいた。タキシードを着ている提督とウェディングドレスに身を包んだ朝潮。
二人の薬指にはきらりと光る銀色の指輪が嵌められていた。既に一渡りの儀礼は済ませた後だったため、くつろいでいた。
華燭灯る席に着く二人の前に艦娘の一人、五月雨がてけてけと駆け寄ってくる。
五月雨「二人とも素敵でしたよ〜! 緊張しなかったんですか? 随分堂々としてましたね」
提督「全くしなかったな。というか、いまいち現実感がなくってな……(指輪よりえげつないもん貰った後だしな……まさかカッコカリより先にこうなるとは思わなんだが)」
朝潮「そうですね……私にとってもまるで夢のようです(司令官に……キス、される日が来るなんて……)」
五月雨「さすがですね〜……。元帥を任される提督とその秘書艦ともなると、振る舞いもなんだか洗練されているように見えます!」
提督「いやァー、んなことねぇだろうよ……オレには荷が重過ぎるほどの大層な肩書きだ。この地位は実力で勝ち取ったもんじゃない、偶然みたいなもんさ。
オレ自身まだまだ至らないところだらけだ……だが、いつかはこの地位に真に相応しい提督になってみせる。だから、これからもよろしく頼むぜ、五月雨」
五月雨「うわぁ〜……やっぱり提督は立派ですね。憧れちゃいます。私も一生懸命頑張ります!」
五月雨が離れていくと、朝潮は机の下で不安そうに提督の手を握る。
朝潮「そうですよね……司令官はみんなに尊敬されて、慕われています。私は、本当にこんなことをしてしまっていいんでしょうか……。
大好きな司令官との正式な婚約を、艦隊の皆さんにも認めてもらって……この上なく幸せですが……。幸せすぎて、なんだか、少し怖いです……」
提督「幸せの“幸”って漢字、あるだろ? あれは象形文字なんだ、山や川みたいなもんだな。で、“幸”は手枷をかたどったものなんだ。
手枷って言えばどちらかといえばありがたくない物のはずだろう? なんで手枷で“幸せ”になるかっていうと、死刑ではないからなんだ」
提督「つまりな、“幸せ”ってやつの本質は、人と比べることにある。『死刑のあいつに比べたら、手枷のおれは運がいい』ってこと。
お前は確かに今、愛しているオレと結ばれて“幸せ”かもしれない。オレも“幸せ”だよ、こんなにオレのことを想ってくれるお前が隣にいるんだからな」
提督「けど、オレたちは幸せになるために結ばれたのか? 幸せになることが目的か? オレは違うと思う。
朝潮となら、どんな不幸も苦境も乗り越えて行けるような気がする。だからオレは朝潮と結婚してもいいって言ったんだ」
朝潮「しれぇ、かぁん……」
提督の胸元でぶわっと泣き出す朝潮。困惑しながらも朝潮の頭を撫でる提督。
・・・・
夜になって、提督と朝潮は泊地の屋上から星を見ていた。これまでのことを話し合っていた。
朝潮「昼は急に泣きついてすみませんでした……。けれど、ようやく私も“手枷”から解き放たれたような気がします。
司令官となら“幸せ”以上に価値のある何かを見つけられるような、そんな予感がしています」
提督「未来を恐れても仕方がないからな。前向きに行かないと……って。あの異世界で、心が折れかけてた時の夜に、朝潮に抱き締められて思ったのさ。
こんなにオレを想ってくれる人がいるなら、オレはまだ止まっちゃいられねえなって。オレも朝潮のお陰で成長してるみたいだ」
朝潮「なんだか、照れくさいですね……あっ」
朝潮の指差す方角は、ブルーホールがあった海の方だった。夜にも関わらず大きな虹がかかっている。
朝潮「そういえば……ブルーホールとは一体なんだったのでしょう。あの虹がかかっている場所にあったはずですが……。
こうして元の世界の泊地に戻ってきたのはいいけれど、私は司令官と結ばれて、そして司令官は今日から元帥になって……」
朝潮「結婚式が終わった後に司令官は元帥の就任式があったでしょう。その間にブルーホールのことを調べてみましたが……やはり記録にはありませんでした。
他の艦娘に聞いてもみな知らないそうで……でも、やっぱりこの世界は私たちの居た元の世界だって感覚があるんですよね……」
提督「これは、オカルトな妄想話だが……聞いてくれ。このパプアニューギニア一帯にはかつて、食人や魔女狩りといった風習が存在していた。
呪術によって人を支配する、なんてものもあったそうだ。そういう怨念や恐怖が、ああいう異世界へと繋がるブルーホールへとオレらを誘ったんじゃねえかな。
そして今、祝福の象徴として知られる虹が輝いている。祝福ってやつは、呪いと対になるものだが……。
オレたちが異世界の中で、悩み、苦しみ、葛藤し……そうして解決へと導いた。それは、この土地に渦巻いていた呪いに向き合うことだったのかもしれない」
提督「つまりあの異世界はほんとは異世界なんかじゃなくて、この世界の中で見た幻覚に近い何かだったんじゃないかなとか勝手に思ってる。
呪いを克服したから祝福へと転じ、オレにとっての願いであった“頂点へと上り詰めること”、朝潮にとっての願いであった“オレと結婚すること”が叶ったんじゃないか」
提督「まっ、全然辻褄合ってないけどな! けど、どうにもあのブルーホールは消滅しちまったようで多分もう調べようもない。オレはこんな感じの適当な解釈で片付けることにした」
朝潮「なんだか神話や伝承みたいですね……でも、ちょっとその説でいいかなって思いました。あの、ところで、司令官……」
虹を背に立つ朝潮、髪が煌いている。提督の目を見つめ、ぴょんと跳躍する。互いの唇が触れる。
朝潮「ふふふっ……」
提督「脈絡ねえな……けど、それでもいい。ムードや流れなんて気にするもんでもないな。お互いがお互いを愛しくなった時に、それを伝え合えるような関係がいい。こんな風に」
しゃがんで朝潮の唇を奪う提督。二人は抱き合い、夜を照らす虹の明かりに包まれていた。
739 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 22:29:46.54 ID:du8xjrVn0
なんだかんだで30分遅刻してしまった……これでおしまいです。
後語り的なことはとりあえず置いといて、安価をば。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
740 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:31:45.48 ID:Y0rh3rKDo
青葉
741 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:32:16.17 ID:MAtC8jlaO
五十鈴
742 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:32:46.15 ID:/lJFVmKFo
利根
743 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:33:49.94 ID:ZxhaE6lAO
山城
744 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:33:51.24 ID:eh/cZv79O
秋月
745 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 23:28:03.04 ID:du8xjrVn0
>>743
より山城が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:48(人並み)
知性:17(低い)
魅力:15(低い)
仁徳:94(聖人)
幸運:24(やや不運)
おー……これはどういう話になるでしょうかね。まだ何も考えていませんが。
お題はないので自由にやらせてもらえると解釈しますが、それでも今回ほど暴走することはないかと。
あと今回みたいに投下まで2〜3ヶ月ぐらいかけるみたいなことはやらかさないように気をつけたいと思います。
////今回の章について 雑記////
なんかー……そのぉー……大迷走でしたね。投稿めっちゃ遅れてすみませんでした。
物書き始めてたぶん1年以上経ってるわけですが、いや〜これほど書けねえと思ったのは初めてですね。
苦し紛れの末今回のような形になりました。結果的に16レスでどこまでカオスな展開にできるかみたいなチキンレースになってしまいました。
もはや艦これのSSじゃないっすねこれ……。
えーと……遥か昔に時間遡行がテーマになるとか言ったくせにほとんど時間巻き戻してませんね。
これには浅い事情がありまして。いや〜、具体的な作品名出しちゃいますけど、シュタゲとかまどマギとかって時間遡行が出てくるじゃないですか。
あれパク……オマージュすればなんかそれっぽいもの出来るんじゃないかな〜とか思ってたんすよね。いや、そう簡単にプロが書いたものを真似れるわけないだろと。
小手先でそれっぽいものが出来たとしても、オマージュするってんならリスペクトに欠いたようなショボいものは書けないし……。そんなわけで挫折しました。
あと魔法、出てきましたね(比喩表現ですが)……というか、ご都合アイテムという意味では時の歯車とかいうのも広義的に魔法ですな。
時間戻したり加速したり吹っ飛ばしたりするのはあのなんというか……好きな漫画がバレるようなあれですが……。
普通にチートアイテムだったので結構扱いに困りました。
それから、時間遡行とは直接の関係はないんですが、結構過去作っぽいニュアンスを含んでたりしています。
まあ前の章の乙川提督と瑞鳳はスターシステム的な形で普通に登場してますしね。
いやでも、ディストピアで世紀末で時間遡行とかバカ正直に要素全部拾って書いた頭悪かったっすね。
お題に対してもうちょい賢い逃げ方あったよな〜とか反省。ただお題自体は面白かったです。期待に沿えるものが書けたかは別として。
視点が7レス(朝潮視点)→7レス(提督視点)→2レス(三人称視点)で変わってるのはちょっとした実験です。
ぶっちゃけ特に意味はないです。いや、世界線=舞台の違いを視点の違いによって表現してみたとか難しい言葉を使うとそんな感じですがしょせん実験です。
こういう妙な趣向を凝らしたせいで余計筆が遅れたのかもしれません。あれですね……あんま要らんとこに凝って時間かけてるようではダメですな。
キャラについて少し語ると……。
朝潮の魅力は、一言で言うとズバリ! 『忠犬かわいい』だと思います。あくまで私個人の感想ですが。
なので今回は敢えてその(個人的)定石から外して、忠犬の首輪を取ってみました。なかなか暴れていたため皆さんの考える朝潮像からは外れていたと思います。
まあ……その、「てるてる坊主生産任務に入りましょうか!?」とか言う子をヒロインにするってのはその……率直に言って犯罪と言いますか〜……。
そんなわけで朝潮の持つ幼い部分はちょいカットして(そこも魅力ではあるのですが)、ある程度ヒロインとしての補正をかけました。
ストーリー展開の激しさも相まって作品自体には馴染むキャラ付けになったかなーとか思ってます。
提督に関しては前回が軟派な男だったので今回はわりと荒っぽいテイストにしました。つってもまだ甘々ですが。
私の書く提督はみんな卑屈なやつばかりなので次回はもうちょいさっぱりした奴にしたいですね。ヒロインやストーリー全体との兼ね合いもありますが。
あんままとまってないですが大体こんな感じですかね。特筆するようなことはないかな……。
保守してくれてた方々、ホントありがとうございます。危うくスレが消滅するところでした。
このスレが今も続いているのは皆様のご協力あってこそです。毎度ありがとうございます。
746 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 23:33:40.58 ID:9HiVMq/RO
乙
面白かったよ朝潮も可愛かった
747 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:18.36 ID:maCL1P3j0
セルフ保守。あと二週間ぐらいあれば投下出来そうな兆しです。たぶん……。
祝日を利用してガンガン書き進めたいところですが結構予定が入ってしまっているんで微妙ですね。
遅くとも次の夏イベが終了するまでには投下できるかなーと。前回よりは幾分か書きやすいんでね……。
それと、またいつもみたいにチラ裏的話は書いたのですが長くなりすぎたので次のレスへ分割。
748 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:46.88 ID:maCL1P3j0
////小ネタ////
知っていても知らなくても良い程度の裏設定話ですが。
タロット占いというものがありまして……って、このスレをリアルタイムで追ってる層相手には説明不要ですかね。中二病患者なら大抵通る道ですし。
いやいやいやいや艦これのスレなのにタロット周りが前提知識扱いっておかしいでしょう(セルフツッコミ)。ちょっとだけ説明します。
タロットカードには22種類のカード(※1)がありまして。それぞれに0から21の番号と名前が割り振られています。
0は『愚者』、1なら『魔術師』、2の『女教皇』……と続いていって21の『世界』で一まとまり、という具合でございます。
それぞれのカードは意味を持っていて、たとえば『愚者』なら自由・無邪気・純粋などの意味合いになります(※2)。
タロット占いというのは、簡単に言うとこれらのカードの意味合いを読み取って吉凶を占う! というものであります。
※1
分かりやすさ重視で22枚と書きましたが、本当は全部で78枚1組となっています。
前述の22枚を大アルカナ、残りの56枚の方は小アルカナと呼びます。
小アルカナは、棒・剣・聖杯・硬貨の四組に分かれていて、それぞれ1〜10の数札と4枚の人物が描かれた札で構成されています。
トランプカードに近いものを想像していただければわかりやすいかもしれません。
小アルカナにもカードの1枚1枚に意味合いはありますが、大アルカナのように固有の名前はありません。
※2
これも分かりやすさ重視で正位置(カードが正しい向きで置かれた時の解釈)の話だけ書きましたが、実は逆位置というものがあります。
正位置に対してカードが上下逆さまに置かれた場合は逆位置と呼び、意味合いが変わります。
大抵は正位置と逆の意味合いで解釈されますが、カードの種類によってはそうでなかったりもします。
愚者の場合は
正位置:自由・無邪気・純粋・可能性
逆位置:軽率・我儘・無責任・落ちこぼれ
などの意味合いとなります。どっちにしても宙ぶらりんで未来があまり決まっていない、って感じですかね。
あと、ついでに書いておくと『愚者』のカードは番号無表示だったりすることもあります。
で、だからどうしたという話ですよね。
実はそれぞれの章のストーリーは多少タロットカードを意識して書いてました。
たとえば
1章(瑞鳳の話、
>>681
〜
>>700
)では13番のカード『死神』
2章(朝潮の話、
>>721
〜
>>738
)だったら6番のカード『恋人』
そして現在執筆中の3章は0番のカード『愚者』
みたいな意味合いをちょっとだけ加味して書いてたりします。加味といっても頭の片隅に留めて書いているかな、という程度ですが。
ちなみに死神のカードは
正位置:死・終焉・清算・転換
逆位置:再生・復活・中止・停滞
プラスがゼロになることは破滅であり挫折を意味しますが、マイナスがゼロになったらそれは再生への一歩となるわけで。
『死神』というおっかない名前のわりには案外ポジティブな意味を持つこともありますが、占いで出てきて手放しで喜べるカードって感じではなさそうですね。
1章振り返ってみてもあんま死神要素は薄いかなって感じですが。せいぜい「再スタート」を意識して書いたってとこぐらいですかねー。
出だしから失脚の話とか面白くないっていうか暗いじゃないですか。今回の部の導入に当たる章でもあるので、重い話にならないようにフワッとした感じで書きました。
恋人のカードは
正位置:恋愛・魅力・情熱・絆
逆位置:別離・嫉妬・誘惑・優柔不断
これはネットスラングでよく使われるリア充or非リアみたいな分かりやすい解釈を持つカードですね。
世間一般では会いたくて会いたくて震えることに共感を覚える人が多いようですが、恋愛というのもさまざまな種類があり、良し悪しありますからね。
恋をしていれば幸せか、愛されれば幸せか、というとそういうもんでもないでしょう。逆位置の場合はそういうニュアンスっぽいですね。
2章は……その、言わずもがなというか。最終的に運命の赤い糸どころか鎖でぐるぐる巻きみたいな関係になってしまいました。
で、1章なら『死神』、2章なら『恋人』、って何を基準に決めたのかって話になりますよね。
先に断っておきますが私が占いで決めたわけではありません。そもそも自分その手の道具持ってませんしね。
実はこっそり安価で決めていました。「安価レスでついたコンマ下2桁の合計値」を(タロットカードの枚数である)22で割った時の剰余の数で決定しています。
たとえば1章なら、それぞれ安価でついたコンマ値が25,41,61,38,46だったので、
25+41+61+38+46=211 → 211÷22=9あまり13
この剰余の値である13で決まりました。もっと簡単に書くと
(25+41+61+38+46)%22=13
って感じですね。この%記号は剰余演算子ってやつでその名の通り22で割った時の剰余の数だけを表すという記号です。
主にプログラミング言語とかで使われれるものなんで、実際は%じゃなく別の記号などが使われたりすることもあります。
で、2章なんですが……。
(74+22+26+34+11)%22=13
……。また『死神』じゃないですか。なんでこれが『恋人』になったのかと言いますと。
……………………その。あの、あれです。超恥ずかしいんですけど。コンマの値を打ち間違えたまま計算していました。
そして後になっても気づけず、大部分を書き終えた後になって間違いが発覚。
こういうこと思いつくわりにはしょうもないミスやらかしてるのがヒドイっすね。まぁ……運命の悪戯ってことで誤魔化させてください。
3章の場合は、
(48+17+15+94+24)%22=0
0番のカードと言えば『愚者』。なのでどういうお話になるのかというと……? というプチ予告です。
ちょっと予測を立てづらいカードかな? 手の内明かしたってことは、敢えて裏をかいたりするかもしれませんがね。ふっふっふっ……。
ここまで書いといてアレですが、せいぜい「裏」設定みたいなもんなんで、カードの暗示に沿って物語が進むかというとわりとそうでもないです。
1章みたいにスルーしたり、2章みたいに安価でついた設定が絡んできたりもするので、あくまで指針となる要素の一つってぐらいですね。
また、作中の設定に直接タロット的要素を組み込んだりすることも多分ないと思います(安価次第ではどうなるか分かりませんが)。
タロットカードの、それも大アルカナとか手垢つきまくりのネタじゃないですかー。1章あたり15〜16レスであることを考慮すると尺的にも厳しそうですし。
この裏設定はやっぱりあくまで「裏」の設定であり、知っていても知らなくてもいい程度の情報なため、あえて2章終わってから小ネタという形でお披露目しました。
749 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/11(木) 22:41:37.32 ID:tSThMRgeo
三行でまとめてどうぞ
750 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 07:36:56.71 ID:Bb6Vsx4bO
乙です
相当凝って出来てるのな
751 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/23(火) 04:27:19.32 ID:4Kcf7tOI0
前のレスですが「こんな感じの要素も若干ストーリーの決定材料として使ってます」という程度の小ネタなんであんま気にしなくて大丈夫です。
そんなん良いから早く次の章を書けって話ですね。次回の投下は8/28(日)を予定しています。
前回夜に投下開始したら日を跨ぐことになってしまったんで、(できれば)夕方頃に始めましょうか。
////近況とか////
イベの方はAquila掘りで燃料8万ぐらいぶっ飛んでしまって肝を冷やしましたがなんとかゲットしました。
E4は未着手なんでこれからって感じですね。あと伊26もまだ出てないや……。残り時間を考えると結構忙しいっすね。
イベントは完遂する、SSも完成させる。両方やらなきゃならないのがどうたら……って、どっちも計画性持って進めてたらこうなってなかったんやで。
全然SSとも艦これとも関係ない話ですが最近フリースタイルダンジョンという番組にハマっています。本当に関係ねえな。
音楽に合わせた即興ラップでお互いをdisり合って(罵倒し合って)勝敗を競うという大変教育上よろしくない番組です。
しかしただ単に相手の悪口を言うだけでなく、フロウ(歌い回し)やライミング(韻の踏み方)、
相手の言ったことに的確かつユーモラスに返すアンサー力など、様々なスキルや高度なコミュニケーション能力が要求されるようです。
私の作品ではボロカスに貶し合う描写とかないんでアレですが、わりと物書き的にも参考になる面があるな〜と感心させられます。
ボキャブラリーに満ちた罵倒語がわずか数分間でボンボコ出てくるのも凄いし、どんなことを言われても相手の言ったことに+αの毒舌で返すのも凄いなと。
あ、言及したからって次の話ではやたら切れ味の強いdisが飛んでくるとか妙に韻を踏んでる文章になってるとかそういうことは無いと思います。
752 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/28(日) 20:17:39.38 ID:RSN9vd2A0
私用により本日の投下が出来ない状況になってしまいました。個人的な理由で申し訳ありませんがご了承ください。
また、明日も投下のための時間が確保できないため、明後日8/30(火)20時から投下開始という形を取らせていただきます。大変申し訳ありません。
753 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/30(火) 20:20:17.95 ID:2q5puXyB0
いきます。えと、体力的に23時とかその辺で燃え尽きて全部投下しきれないと思うんで、本日は前半・明日に後半を投下するという形でやってきます。
明日の夜、投稿作業が全て完了したら次の安価を募集……と考えていたのですが、
それだと(安価を取るために)深夜までスレに貼り付いていないといけないという状況が生じてしまう可能性があるので、安価日は別途設けます。
次回の安価は9月1日(木)20時に行おうと思っているので、興味がある方はその辺の時間帯にスレ覗いていただければなと。
754 :
【32/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:21:02.98 ID:2q5puXyB0
鈍く、暗く、重々しい鉛色の空。間もなく雨が降るのだろう、部屋中に漂う湿った空気が予感を確信へと変える。
??「こんな天気では、雨はおろか雲ごと地上に降ってきそうだね」
私が目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。白いシーツの敷かれたベッドの上。鎮守府にこんな部屋があったかしら。記憶にないわね……。
窓から見える建物や庭の意匠もなんだか見覚えがない。自分の知っている場所に似ているようで違う、という違和感を覚える。
??「キミがここに来てから急にクーラーが壊れてしまって……今日の天気が雨なのは不幸中の幸いだね。ジメジメはするけど」
中性的な声。おそらく男性……だと思うのだけれど、部屋のどこにも姿が見つからない。声の位置は近いから、すぐそばに居るはずなのだけれど。
??「初めまして。ボクの名前は窓位 聖人(マドイ アキヒト)。横須賀鎮守府へようこそ」
ベッドの脇からぴょんと顔を出したのは少年だった。背は駆逐艦と同じくらいだったから、足元の死角にいて見えなかったのだわ。
彼は……ここの提督の親族かしら。制帽を被って制服を着ているけど、さすがにこんな子供が提督なはずもないでしょうし……。
提督「こんなナリではありますが、一応提督なんですよ。ちょっと今は色々な事情が重なっちゃってどこの鎮守府にも所属してないんだけどね。
快復するまでキミの様子を見るように頼まれてるんで、今だけはキミの提督って形になるかな。よろしくねっ、山城」
気がかりなことが二点。なぜ私は横須賀鎮守府にいるのか。私は呉鎮守府に在籍していて、異動の命令も出ていないはずだった。
そして、この少年は何者なのか。年端のいかない人間の子供が国防の要である鎮守府に出入りできるはずはないし、まして提督になるなどあり得ない。
山城「ええっと……どうして私は横須賀の鎮守府にいるのかしら? 私はもともと呉の鎮守府にいたはずだわ」
提督「ボクもあんまり詳しい事情は知らないんだけどね。人間でいうところの風邪に近い症状を患っているみたい。力が衰えているんだよ。
呉の方は春ごろ大変だったんだろう? たしか……柱島泊地の近くに深海棲艦の拠点が出来たそうで。呉鎮守府は空襲も受けたんだってね」
山城「ええ……どうにか収束はしたけれど、復興に手間取っているわ。艦が沈んだり施設が倒壊したりする被害は受けなかったけど、資材の消費が甚大だったようね」
提督「度重なる戦闘とその後の復興作業、その矢先にラバウルから来た新元帥の着任でしょ? あそこも忙しい鎮守府だよねえ……」
少年はポケットから板状のガムを取り出し、三枚ほどまとめて口に入れる。時折風船のようにガムを膨らませている。
提督「艦娘というのは人間みたいに病気を患ったりしないし、戦闘にでも出なければ大概の怪我は一瞬で治る。
中破・大破時は例外として、肉体的な不調ってのは原則的に起こらないんだけど……裏を返せばひとえに精神的なコンディションに左右されるってわけ。
精神の疲労やストレスが溜まることによって身体能力が著しく低下するそうだよ。だから過労でぶっ倒れてた山城はここで療養することになったのさ」
山城(……姉様に負担をかけまいと働き詰めていたのが仇となったのかしら。まさか私が倒れるなんて)
山城「そうですか、打たれ強さだけには自信があったんですけどね。……生まれてこの方ロクな目に遭っていないもんで」
提督「無理は禁物さ。しばらくはここでまったり過ごすといい。ガム噛むかい?」
銀紙に包装されたガムを渡される。別に欲しくはないけれど……せっかくだからもらっておこうかしら。
山城「ありがとうございます。それより、提督……なんでしたよね? 失礼ながらどう見ても子供にしか見えないのですが……」
提督「あー……それか! 普通に答えてもいいんだけど、もう喋りすぎて飽き気味なんだよね。というわけでここでクイズです! デデン!
どうしてボクは子供の見た目をしているのに提督なんでしょーか?」
1.IQ200の天才児で、特例的に軍務を任されているから
2.犯罪組織に飲まされた毒薬によって若返ってしまったから
3.身体的に年をとらない病気を患っているから
提督「それではお手持ちのフリップに答えをお書きください!」
よく見るとベッド隣の棚の上にフリップとペン、そして赤色の押しボタンが。え、これ答えなきゃダメなやつなの? っていうかわざわざ用意してたの?
山城(形式にこだわるこの国の海軍が特例を許すことなんてなさそうよね……自分で天才児と自称するのもいけ好かないわ。2番目も漫画じゃあるまいし非現実的だわ)
ボタンを押すと、ピンポン! と軽快な電子音が鳴る。
提督「はい山城さん早かった」
山城「(クイズなの? 大喜利なの?)答えは……3番ね」
提督「そう思う理由は? あとちゃんとフリップひっくり返してね」
山城「たしか……若くして老化が著しく進行してしまう早老症という病気があったはず。だったらその逆だってあるはずじゃないかしら」
提督「ファイナルアンサー?」
山城「(くどいわね……)ファイナルアンサー」
提督「……ざんっねん!」
山城「嘘!? なら、どっちなの?」
提督「正解は、『外見を構成する皮膚の大部分が合成繊維で出来ていて、内臓や脳は歳を取るが外見上の成長は小学生相当のままで止まっている』でした!
『実はヒューマノイドだった』とかでも大目に見て正解にしようと考えてたんだけどね〜。いやぁ残念」
山城「はぁ? 何よそれ、インチキ問題じゃないの……。というかそれ、本当の話なの? にわかには信じられないわ」
提督「答えが三択の中にあるとは言ってないじゃない、常識に囚われちゃいけませんよ。フリップはヒントのつもりだったんだけどね〜」
755 :
【33/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:47:12.39 ID:2q5puXyB0
提督「実際には人造人間なんかじゃないよ? 列記とした人間さ。脳ミソや心臓は全部自前なんだから。畸形嚢腫(きけいのうしゅ)って言うんだけども」
山城「何かしら? 聞きなれない言葉だけど」
提督「双生児の片方が奇形として生まれて、それがもう一方の体内に腫瘍として取り込まれてしまう症状をそう呼ぶんだ。
ボクの兄に出来た腫瘍の中に、ボクを形成するための脳や内臓が奇跡的に揃っていたんだ。
摘出されるまでボクは兄の体内で成長して、それから培養液の中で何年か過ごして今に至るってことさ」
山城「そんなことってあるのかしら……? 素直に驚きだわ」
提督「そうは言うけれど、ボクから言わせれば艦娘の存在だって相当ぶっ飛んでると思うよ。人が海の上を歩けるはずがないじゃないのさ。
……でも、普通の人間よりはボクもキミたちに近いのかもね。この体はキミたち艦娘のように定期的にメンテナンスしてやる必要があるんだ」
提督「たぶんボクが生まれるまでに、というより、こういう体を与えられるまでにすごく色々なことがあったと思うんだけど……。
両親がボクのことを人間として認めてくれなければ、ボクはこんな風にキミとおしゃべりすることも出来なかったわけで。
ボクが提督になったのは、両親、そしてボクが生まれるために尽くしてくれた人たちへの恩返しでもあるんだ。ボクはみんなを愛してる、みんなを守りたいんだ」
眩し過ぎる笑顔に思わず目を逸らす。私なら素面でそんなことは言えない。
山城(なんというか……育ちの違いを感じるわね。良い子、いや、良い人ではあるんだろうけど……なんだかこっちが後ろめたい気持ちになってくるわ)
気を紛らわそうと、口の中の風船ガムを膨らませる。そのまま破裂する。
山城「不幸だわ……」
提督「あははっ、おもしろ。手鏡とティッシュを持ってくるね」
私の顔や髪にガムがこびりついている様子を見て、キャッキャッと手を叩いて喜んでいる。少しは見直したけど、やっぱどこかガキっぽいわね……。
・・・・
体調が優れなかったので……いいえ、艦娘に体調不良はない。体調が優れない気分だったので、提督と会ってから二日ほどはベッドの上で寝込んでいた。
他の艦娘が働いているにも関わらず私だけ何もしないでいるのは言いようのない罪悪感があったが、提督と話している間だけは少し気が紛れた。
とはいえ、さすがに横になっているだけの生活にも飽きてきたので、提督に鎮守府内を案内してもらっていた。
提督「まみやーっ! かき氷二つお願い。宇治抹茶といちごミルクで!」
案内が終わると、甘味処に連れられた。店の外からでも聞こえるザアザア振りの雨。私がここに来てからずっと雨だ。風が窓を叩く。雷鳴も時折聞こえてくる。
窓の外を眺めていると、いつの間にか机の上には大きなかき氷が二つ置かれていた。
提督「ボクはいちごの方ね。山城は抹茶でいい?」
山城「えぇ……構いませんが」
一気に食べると頭痛を起こすので、少しずつ氷を口に運ぶ。……! 美味しい。
ただ単純に氷を削っただけでこの舌触りは再現できないはず。口の中で雪のように溶けていく。
シロップの味もスーパーで売っているような粗悪品と違って上品な味わいがする。
舌に嫌味ったらしい甘味が残らない、抹茶の香りや風味を活かした甘さだ。
山城「……おいしいわ」
提督「ふふっ、そうでしょ。ここに来てから初めて笑ったね。笑ってると気持ちもなんだか楽しくなってくるでしょ?」
ニコニコ顔でこちらを見つめてくる。やはり笑顔が眩しく、目を逸らしてしまう。
この人と居るとなんか調子狂うわ……自分のペースが乱れるっていうか……。
パシャリ。カメラのシャッター音。薄い紅紫色の髪をした女性が立っていた。
提督「やあ青葉。こんにちは。山城、彼女は重巡の青葉だ。ここ横須賀の艦隊新聞の編集長で、自らもこうして取材にあちこち駆け回っているんだよ」
青葉「ども〜、こんにちは。次の作戦に関する会議で呼ばれてましたよ。ヒトゴーマルマルからだそうです。ついでに取材いいですか!?
そちらは山城さんですよね! 確かお姉さんの方が前衛的と聞いていましたが、なるほどこちらも興味深い……」
山城(失礼ね……艤装の艦橋を物珍しがられるのは慣れっこだからいいけど。顔も知らない艦娘から『違法建築』だのバカにされる始末だし)
青葉と名乗る艦娘は、首に提げているデジタル一眼レフカメラのシャッターボタンを何度か押した後、うんうんと頷いて満足気な顔をしている。
提督「山城は呉の鎮守府から来ていて、ここで療養してるんだ。ボクは彼女の案内役ってところかな」
青葉「お〜、呉ですか! 青葉も昔あちらの鎮守府でお世話になっていたんですよ。前元帥がまだ大将だった頃でしたが。
最近勇退なされたんですよね〜……うー、艦娘と人間との時間の流れの違いを感じちゃいますよねぇ」
提督「曰く『寄る年波には勝てない』だそうだけど、せめて資材の復旧や艦娘たちの修理のような復興作業が済んでからでも良かったと思うんだけどね。
これじゃ次に就く元帥へのキラーパスだよな〜。それをどうにかするのも元帥に求められる資質なのかもしれないけどさ」
青葉「おや、事情通ですね。窓位さんも前元帥と面識があるんですか?」
提督「面識もなにも……母親だからねぇ。そりゃ大体のことは分かるよ。ま〜、立場的に軍の機密みたいなことはお互い話せないけども。
あれ? 青葉ったら驚いた顔してどしたの? 言ってなかったっけ。ボクの母親は呉の前元帥、窓位 聖(マドイ ヒジリ)だよ」
聞き覚えのある苗字だからひょっとしたらとは思っていたけれど……驚いたわ。
窓位聖――女性初の元帥になった人物で、数々の作戦で成功を収めた名将。春の大規模作戦でも柱島泊地と連携していち早く敵の動きに対応、これを掃討した。
作戦を完遂すると突然勇退を申し出て、後任はラバウルの提督であった芯玄 心紅(シンクロ シンク)に決めると言い出した。
ここ最近は彼や彼に着いて来た艦娘の受け入れ作業、および、呉からラバウルへ向かう艦娘たちの諸処理に追われてかなり忙しかったことをふと思い出した。
756 :
【34/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:09:08.63 ID:2q5puXyB0
朝潮「司令官。こちら、横須賀鎮守府からの電文です。……」
芯玄「どうも。どうした朝潮? 何か気がかりか?」
朝潮「呉に着任してから課題は尽きません。忙しいのも分かりますが……特にここ数日、働き詰めではありませんか? 少しお休みになられてはどうでしょうか」
芯玄「そうは言ってもここが正念場だ。前元帥がどういう意図でオレを推薦したのかは分からん、常識的に考えれば別のやつをあてがうべきだろ?
オレ自身がそう思ってくるぐらいだからな、選ばれなかった他の連中からすりゃあ羨望や嫉妬を抱いても無理はない。引きずり降ろされないためにもやるしかねえ」
朝潮「……少なくとも朝潮は、司令官は元帥になっても立派に能力を発揮できると思っています。
ですから、着実に歩みを進めていけばよいのです。急いたところですぐに結果は出せません」
芯玄「そうか……じゃあ、三十分ほど休憩としようか(朝潮も休みたいんだろうな)」
・・・・
呉鎮守府領内の外れにある、古びて既に使われなくなった桟橋。二人は橋の上に座って潮騒の音を聞いていた。
芯玄「すまんな、オレに付き合わせて無理させてないか? 辛くはないか?」
朝潮「いいえ。あなたと居られるのなら辛くはありません。ですが……最近は二人っきりになれていないので。
こういう時間が欲しいなとは思っていました。少しだけ……甘えたいと思っていました」
芯玄提督に体の重みを預けてもたれかかる朝潮。気恥ずかしそうに頬を掻く提督。
芯玄「ま、執務室でイチャイチャするわけにもいかねえからな……」
朝潮「? 朝潮は執務室でもかまいませんが」
芯玄「オレがかまうんだっつの」
朝潮「冗談ですよ。ですが、こうも忙しいとどさくさに紛れて手を繋いだりしても案外気づかれないかもしれませんね。こうやって」 指を絡める朝潮
芯玄「去年の冬頃だったか? トラック泊地が強襲された時もこんな感じだったな。まだ指揮に不慣れだったオレと、練度の低い艦隊。防衛と援護で右往左往の日々……」
朝潮「あの頃から私はあなたのことを見ていましたよ。司令官として……ですが。覚悟を宿した瞳と、立派な背中。近寄りがたかったけれど、憧れていました。
今は憧れという感情からはだいぶ遠のいてしまいましたが……代わりに、こんなにあなたと近くに居られる。心と心で繋がっていられる」
芯玄(そうだよな。今は、朝潮がいる。……未熟だったあの頃よりも、もっと遠くに行けるはず、か)
・・・・
執務室(総司令室)に戻ると、机の上に艦娘の名簿と海図を置いて、凸型の駒を並べて思案する芯玄提督。
芯玄「望むと望まざるとに関わらず敵はやってくる……たとえこちらの迎え撃つ備えが不十分であってもだ」
朝潮「修理や療養で戦闘不能状態にある艦娘が多いのが厳しいところですね……。他の鎮守府からの援助は期待出来ないのでしょうか?」
芯玄「呉と佐世保でフル稼働、鹿屋や柱島を巻き添えにしてもまだ戦力不足という具合だな。舞鶴からは支援してもらえそうだが、他は望み薄だ。
横須賀や大湊はマレー沖での海戦の方に忙しく参加出来んそうだ。英・伊との共同作戦だそうで、向こうも海外から遠路遥々戦艦級の艦娘を遣わしてくるらしい」
芯玄「一方こちらは先の大戦では因縁の地、レイテ沖での海戦となる。敵艦隊の規模は当然最大級……恐らく、歴史の教科書に載る一戦になるだろうな。
しくじれば大戦犯として名を残すことになるかもしれない……そんな大役を担っていると思うと、なんだかおかしくて笑っちまうな。
先月までオレは海軍を辞めるつもりでいたってのに。ハッ」
朝潮「もちろん……負けるつもりはない、ですよね?」
芯玄「当然」
芯玄「幸いにして、呉や柱島の艦娘らはみな精強を誇る高い練度だ。本土への最終防衛ラインまで到達される可能性はかなり低い。
戦術レベルでのミスが一つも起こらなければ……艦娘が一隻も轟沈せずに済むかもしれない」
芯玄「もっとも……。鎮守府への直接の攻撃は免れる・艦娘の轟沈を避けられる望みはある、というだけだ。完全勝利はまず望めねぇ。
せめて敵の侵攻を足止めできる程度に被害を与えることが出来ればいいんだがな……」
朝潮「作戦が開始されるまでは再起に努める必要がありますね。前回作戦での資材消費が甚大なようです。
遠征隊に頑張ってもらってはいるものの、まだまだ不足しています……」
芯玄(完璧な戦略と完璧な戦術を用意出来た、そしてそれを完璧に遂行出来る力があったと仮定する。
それでも兵糧の多寡は覆らない。戦闘中に起こる幸不幸までは左右できない。……)
芯玄「勝つためには『完璧』のその先を用意する必要がある、か。もう一手、希望が持てる要素があると助かるんだがな……。
現状だと奮闘しても引き分けに持ち込むことしか狙えねえ。だがそれじゃまたここの鎮守府の連中に負担をかけることになる」
芯玄「朝潮の言っていた通り、焦っても仕方はねぇがな。今は備えるしかない」
朝潮「横須賀からの手紙に書いてあった人物はどうでしょうか? わざわざこちらへ向けてくるということは、何か策を持っているということなのでしょうか」
芯玄「詳しくはオレも分からないが、横須賀の元帥殿に“虎の子”と言わしめるぐらいだから役に立ってはくれるだろう。
とはいえ、人が一人来たところでこの状況を打破できる、というわけでもねぇ……」
朝潮(元帥という立場上、司令官が直接艦隊を指揮するというわけではないのが難しいところですね。
兵站や補給線を考慮してどれだけ高度な戦略を練れたとしても、戦略を成すための戦術を練るのは彼の配下の大将たちであって、司令官ではない。
そして戦術面での勝利を収めることが出来るかは、四人の大将それぞれが直轄する艦娘たちに委ねられる……)
757 :
【35/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:23:26.16 ID:2q5puXyB0
山城「なんだかんだで二週間ぐらい過ぎてしまったかしら。姉様が心配だわ」
海を経由して呉へ向かえば燃料を消費してしまう。かといって、艤装を背負ったまま神奈川県から広島県まで移動するのはさすがに無理がある。
艤装だけ別途鎮守府へ送ってもらい、彼女自身は交通機関を利用して呉の鎮守府へ向かうこととなった。
横須賀鎮守府に背を向け歩いている山城の後ろをトテトテと足音が続く。
提督「待って、ボクもついてく」
体型に不釣り合いな大きいリュックサックを背負っている窓位提督。しかし中身はほとんど入っていないようで軽そうだ。
山城「え……あなたは横須賀の提督じゃないの。異動の指示でも出たの?」
提督「うん」
山城「うん、って……随分あっさりね。そんな話してなかったじゃない……」
やや呆れた様子で溜息をつく山城。
提督「最近決まったからね。折角の外出なわけだし、行きたい所あるんだ。付き合ってよ」
・・・・
山城「駄菓子屋じゃないのよ……」
横須賀市郊外、駅近くの駄菓子屋。提督にとっては見慣れたこの店も、艦娘である山城にとっては未知の場所だ。
きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回す山城。店内に飾られた玩具や色とりどりの駄菓子を見て訝しげな表情を浮かべている。
山城「店の雰囲気からしてなんだか胡散臭い感じだわ……というか、衛生面は大丈夫なのかしら……」
提督「とりあえずこれ全部で! あとはまだ選んでるから、その間に例のブツをお願い!」
籠の中に大量に入っているのは、カツを模した駄菓子。『ソースカツ』と書かれている。
提督の『例のブツ』という単語に反応して、番台にいた老爺は店の奥に引っ込んだ。
山城「なにこれ……ハムカツみたいな見た目をしているけど」
提督「あれ? ご存知ない? そうだね、味もハムカツに近いかな。魚のすり身にカツみたいな衣をつけた駄菓子さ。ボクの中では定番アイテム」
老爺が店の奥に引っ込んでいる間に、提督は両手いっぱいに『ミルクケーキ』という名前の白い板状の駄菓子を抱えて運び、籠に入れた。
山城「ミルク……ケーキ? これもケーキの味がするの?」
提督「いや……こっちはケーキの味はしない。加糖練乳にカルシウムを加えて板状にしたお菓子だよ。
山形県発祥の駄菓子なんだけど、最近はコンビニなんかでも流通してるそうだね。ボクはこれを『神の食べ物』と呼んでいる。
古代メキシコ人は、チョコレートの原料であるカカオをテオブロマと呼んでいた。これは日本語で神の食べ物を意味する、それだけ重宝していたというわけさ。
でもボクにとってのテオブロマはこれなんだ。最近ストックを切らしていて、絶対ここで補充してから呉に行くと決めていたんだ」
今までにないぐらい饒舌にミルクケーキについて語り始める提督。提督が籠に入れていく袋の量に呆然とする山城。
提督「まあボクはチョコも好きなんで買っておくんだけどね」
立ち尽くす山城を尻目にスイ、と籠に入れたのは『業務用 麦チョコ』と書かれた大きな袋。
しばらくすると老爺が戻ってきた。戻ってくる頃には籠の中身が駄菓子で山積みになっていた。
老爺が持ってきたのは、提督の足先から胸元ほどの高さがある、とても長い麩菓子が十数本入った箱だった。
山城「ちょっと……それも全部買うの? 正気?」
提督「モチロンさ! これは日本一長い麩菓子で、95cmほどあるそうだよ。本当は埼玉県川越市の菓子屋横丁っていう商店街でしか手に入らないレアモノなんだ。
この店では裏ルートを経由して入荷してるらしいけどね」
山城(駄菓子の裏ルートってなによ……)
老爺「あ〜〜〜〜……全部でざっと三万円ぐらいかのぉ。会計するのがめんどくせえなあ……」
提督「うーん、いつもと違って今日は時間がないんだよね。とりあえず五万円出しとくよ。お釣りは次会う時に返してくれればいいや!」
老爺「ほほー、とっちゃん坊やも最近は忙しいのかい?」
提督「しばらくこの街を離れることになってね。また来るから、その時まで元気でいてね!」
老爺「カッカッカッ、小僧に労われるほど年老いてはないわい。しかし、そうか。なるほどなるほど。
そこの別嬪さんは嫁さんかの? こんなナリだが中々気骨のある若者じゃ、大事にしてやってくれよ」
老爺「いや、大事にするのはお前さんの方か。しっかりやれよ小童! 儂のように愛想尽かされたらイカンぞ!」
・・・・
提督「今なら山城に勝てる気がする……!」
菓子の詰まったリュックサック。リュックからはみ出た麩菓子は彼の身体を中心に、後光のように半円状に広がっている。
その物々しさは艤装を展開した時の山城にどことなく似ていた。
山城「何をバカなことを」
758 :
【36/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:40:46.06 ID:2q5puXyB0
新幹線の車内。ハムスターのように無心で麩菓子を貪り続ける提督。
山城「飽きないんですか……?」
提督「飽きるぐらいならこんなに買わないよね。さすがに麩菓子でお腹いっぱいだから今日は晩ご飯要らなそうだけど」
山城(麩菓子でお腹が膨れるのは、私だったら嫌だわ……)
山城「そういえば、なぜ提督は異動になったんですか? 艦娘の皆にも慕われていたでしょうに。
四大将の評価だって高かったんでしょう。厳密には横須賀に配属されている提督じゃないのに作戦会議に招かれるぐらいですもの」
横須賀や呉などの大規模な鎮守府では、第一艦隊から第四艦隊までが常設されていて、四人の大将がそれぞれの指揮を執る。
これを四大将と呼び、各艦隊の大将が陣形や戦法など戦術レベルでの策を練るのに対し、
元帥は資材状況や艦隊全体の戦力を加味して戦略レベルでの作戦計画を立てるのであった。
提督「うん、良くしてもらってたよ。元帥も自分で命令出しておいて『本当は行かせたくない』とか言ってたぐらいだからなぁ。
それだけ大事に思ってくれてるのは、本当に嬉しいよ。でも、次の作戦は結構ヤバめなようだからね……」
山城「(そういえば横須賀では休んでばかりでほとんど作戦の話を聞いていなかったわね)作戦、ですか?」
提督「レイテ沖にて四段階の大規模作戦を行うといえばキミでも分かるだろう。レイテと言えば深海棲艦ひしめく地獄だよ?
あんなとこの攻略作戦を命じられるなんて本当おっかないよねぇ……って、キミもこれから戦いに行くことになるわけか」
レイテ沖海戦……第二次世界大戦において、日本海軍が壊滅的な被害を受けた戦い。神風特別攻撃隊による攻撃が行われるようになった初めての戦いでもある。
艦娘である山城と、かつてレイテ沖に沈んだ戦艦山城……直接の因果関係は無い。だが、それでも山城の胸中はざわつきが拭えなかった。
山城「そうですか。姉様が心配ですね……」
提督「たまにお姉ちゃんの話するけどさ、どんな人なのかな? 確か、名前は扶桑だったよね」
山城「ええ、扶桑姉様……直接の血縁は無いけれど、私にとっては実の姉に等しいわ。
お淑やかで思慮深く、美しくて気高く、どんな時も前向きで、いつも私のことを気にかけてくれて……はぁ。私なんかとは大違いだわ」
提督「別に比べて落ち込むことはないじゃないか。立派なお姉さんで憧れてるなら、その憧れに自分も近づいて行けば良いんじゃないかな」
山城「無理よ……私は他人に優しくなんて出来ないし、優しくしたところで気味悪がられるもの。私が動けばいつだって不幸が起こるのよ」
提督「いや……少なくともボクはキミと一緒にいて不幸だなんて思ったことは一度もない。確かにキミはびっくりするほど不幸体質だ。
廊下を歩けば落ちているバナナの皮を踏みつけて転ぶ。窓から景色を眺めていれば野球のボールが飛んでくる。魚を食べれば小骨が喉に刺さる」
提督(その起こった不幸の一つ一つに対する山城のリアクションがボクからしたらめっちゃ面白いんだけど、これ言ったら拗ねるからやめとこ……)
提督「考え方を変えてみてはどうかな? 山城が動くと不幸が起きるんじゃなくて、山城が周囲の不幸を吸収しているのだと。
キミが不幸をおっかぶるおかけで皆は無病息災に暮らせる。つまり、守護神なんだよ。キミの存在が皆を守ってる、だから、そのことを誇ったらいいんじゃない?」
山城「それもそれで癪だわ……どうして私が他人の不幸まで背負って生きなきゃならないのよ。
ま……あなたの言う通りかもしれないわね。私は不幸の化身なんだわ、私が不幸になることで、姉様の不幸を肩代わりすることが出来るなら……」
提督「卑屈になれって言ってるんじゃないの! もう! これでも食らえ! えいっ」
山城の口の中にミルクケーキを無理矢理ねじ込む提督。
山城「あがっ……(歯茎に当たって痛いんですが)。バリッ、なんですか急に……ボリボリ……」
提督「噛むという行為にはストレス解消の効果があるんだ。不幸そのものを取り除くことは出来なくても、気分を変えることは出来るじゃないのさ」
山城「ポリ……ポリ……(確かに、噛んでいたら不幸とかなんかどうでも良くなってきたわ)」
提督「山城さ、趣味とかないの? 仕事の無い日にやってることとかさ」
山城「特に無いわね……。姉様とお喋りしているぐらいかしら」
提督「ふーむ、わかったぞ! キミが横須賀に運ばれてきた理由が。ストレスを溜め込みやすいんだ。
周りに上手に発露する術を知らず、自分を責めたり境遇を呪ったり……それじゃあ倒れもするわけだ。
何か興味のあることとか無いかな? 本とか音楽とか、スポーツとかさ」
山城「えー……まったく。私、寝てたりボーッとしてるの結構好きだし、今の生活が続いていればそれでいいかしら」
提督「さっき不幸だって嘆いていたじゃんかキミさぁ〜! しかしこれは手厳しいなあ。取りつく島もないぞ……」
山城「私のことなんて別にどうでもいいでしょう? 気にかけるほどの理由はないように思えますが……」
提督「いいや、あるとも。ボクは人の役に立つために生きてる。お節介だとしてもボクはそれを生き甲斐にしてる。ボクは紳士になりたいんだ。
マナーや着飾りみたいな見てくれの部分じゃなく、精神的な意味でね。教養深くて篤実な人になりたいと思ってる」
提督「誰にでも優しいのは、甘い人だと思われるかもしれない。軟派で芯のない人だと思われるかもしれない。
でもボクは逆だと思う! 他人に優しく出来る心を持ってるってことが一番カッコいいのさ! これがボクの信条!」
右手でVサインを作りはにかむ提督。彼にとってはこれが最大限恰好をつけたポーズなようだ。
山城(……姉様は、自分の考えをあまり口に出したりしない人だけれど。彼は少し姉様と似てるところがあるのかもしれないわね)
提督「よし! 決めた。ボクは山城のことを幸せにしてみせる。もう不幸だなんて言わせないようにしてやるぞ、覚悟しててねっ」
山城「? はぁ……(一体どういうつもりなのかしら……なんだか妙に息巻いているけれど)」
759 :
【37/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:22:12.02 ID:2q5puXyB0
呉鎮守府に着いた提督は山城と別れ、鎮守府内の客室に案内されていた。
提督(扶桑と会った時の山城、今まで聞いたことがないぐらい明るい声をしていたな〜。……それに、あの屈託のない笑顔。あんな表情もするんだなあ)
芯玄「わざわざ横須賀からご苦労。……んん?」
提督「初めまして、芯玄元帥。窓位です、横須賀より参上しました。……えと、これでも戸籍の上では成人ですよ?」
芯玄「あぁ……横須賀の元帥からの電文でお前さんの出生に関する話は聞き及んでるが……。いやなんでもない、気にせんでくれ」
提督(なんだろう、どこかで会ったことがあるような……初対面のはずなんだけど)
・・・・
窓位提督が横須賀から呉に送られてきた理由は、呉に着任して間もない芯玄元帥を補佐するためだった。
芯玄元帥は窓位提督に作戦の草案を打ち明け、意見を求めた。
芯玄「困難だが……この作戦で引き分けにまでなら持ち込めると踏んでいる。だがそれではジリ貧だ、次の戦いがもっと厳しくなる。
勝つためにはもう一手必要だ。そのために、横須賀で元帥や四大将にも評価されているというお前の知恵を借りたい。考えを聞かせてくれないか」
提督「あー……いや、その、期待してもらってて申し訳ないんですが。ボク、すごく小規模な作戦での立案とかしかやったことないんですよ。
横須賀では正式な提督ではなかったので、艦隊を直接指揮する権限とかなくって。正直のところ今の元帥の策よりも優れた案は浮かびません」
提督「ボクの仕事は専ら内政担当でして。鎮守府内でのトラブルの調停役とか、装備管理とか、そういう業務をメインにやっていたんですよ。
あとは、鎮守府内の清掃に洗濯、食事当番などの雑用全般ですね。裏方のことばかりやってたせいで、あんまり作戦とか自信ないです……」
提督「あ。でも! でもでも! そういう部分でならバッチリお役に立ってみせますよ! サポートなら任せてください!」
芯玄(これは予想外だな。結局のところ、やはり作戦はオレが考えるしかないというわけか……しかし、折角来てもらったからにはそっち方面で働いてもらおう)
・・・・
窓位提督と別れた後、朝潮と廊下を歩いている芯玄元帥。
朝潮「どうでしたか? 窓位少佐……でしたっけ。だいぶ話が弾んでおられたようですが」
芯玄「横須賀では裏方に徹していたらしく、作戦指揮なんかはからっきしらしい。だが……やはり評価されているだけはある。
執務室に戻ったら詳しい説明をするが、装備流用システムや艦隊編成のプリセットなどの導入を提案してきた」
朝潮「装備流用……? プリセット……?」
芯玄「前者は……そうだな。たとえば朝潮が12.7cm連装砲を装備していたとする。これを別の艦娘に装備させることとなった。
従来ならまず朝潮から装備を外させ、また別の艦娘に装備させる。だがこれでは少々手間だ。
朝潮から装備を外したと同時に別の艦娘に装備させる、これが可能らしい」
芯玄「後者は……出撃の際に、港に隣接した基地から加速器に乗って出撃するだろ?
(あいつは『ロボットアニメみたいに台座に乗って飛び出すやつ』とかよく分からん表現をしてたが……)
あれは艦娘一人一人に合わせて調整が必要で、編成を変えるたび一回一回設定し直さなきゃならねえ。
けど、機械に編成情報を予め記録しておけば、記録済みの編成はすぐに出撃可能になる……だってよ」
朝潮「なるほど……しかし、実現可能なのですか?」
芯玄「装備の件は『誰々から誰々に装備を付け替える』と、妖精向きにマニュアルを用意してやれば意図を汲んでその通りにしてくれるらしい。
艦隊編成プリセットの件も設備のプログラムを書き換えればすぐに出来るそうだ(プリセット数には限りがあるそうだが……)。
どちらも直接作戦の役には立たないが、導入コストが低く有用性の高い案だったんで採用することにした」
朝潮「だから途中からあれだけ話が盛り上がっていたのですね。司令官の話に窓位さんがうんうんと頷いて、司令官もまた彼の話を吟味していて。
その……親子のような打ち解けた様子でしたので羨ましいなと」
芯玄「親子だとォ? あのなあ……見た目で言えばオレとお前だってそう見えるって話だろ?」
朝潮「いえ、私と司令官は夫婦でしょう。並んで歩くのと背中を追うのは違いますから……あっ。そういう意味では子弟と言った方が近かったですね」
芯玄(子弟っていうか……オレ的には先輩として後輩の話を聞いてた感覚なんだけどな。ま……朝潮から見てそういう風に感じられるのも仕方ないかもな。
うちの四大将はオレと距離置いてるかオレのこと嫌ってるかでほとんど打ち解けた態度で話出来ねえからな……)
芯玄(そういやあいつ確か前元帥の息子……だったか。横須賀がこっちに窓位少佐を寄越して来たのは、そこら辺の政治的な部分も汲んでくれたのかね。
四大将はオレに対しては疑念を向けてるが、前元帥に対しては尊敬してる様子だったしな……)
朝潮「でも……子供、ですか。良いですね。司令官もそう思いませんか?」
芯玄「え? なんだって? 悪いな、考え事しててよく聞こえなかったぜ」
朝潮「いえ、なんでもありません。ふふっ」
芯玄「そうか。さて……仕事するぜ、仕事!」
パンと両手で頬を強めに叩き、気合を入れる芯玄元帥。傍らで朝潮は微笑んでいた。
・・・・
元帥との会談の翌朝、窓位提督は自室周辺の清掃作業に取り掛かっていた。
提督(うーん……あんまり掃除が行き届いてないのかなあ。窓や床がちょっと汚れてるぞ。でも、それはそれで綺麗にしがいがあるかな!)
760 :
【38/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:35:41.86 ID:2q5puXyB0
提督「てってけてってってってー♪ てけてけてけてってってー♪(♪母港のテーマ)」
??「ぴっぴぴぴっぴっぴっぴー♪ ぴぴピピピピぴっぴっぴー♪ ……ぴぴぴーぴぴぴーぴぴぴー♪」
提督「てれれーてれれーてれれー♪ のわっ」
廊下を雑巾がけしていた窓位提督は、彼に呼応して口笛を吹いていた和服の男性にぶつかる。
??「うわっ、びっくりした。おや……ずいぶんボーイッシュな艦娘もいるんだね」
男はしゃがみ込んで窓位提督に目線を合わせて、優しく語りかける。
提督「いや……ボク提督ですよ。階級は少佐で……これ身分証です。特注サイズではありますが、きちんと海軍の制服も着てますよ」
乙川「おっと……これは失礼した。僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。柱島泊地の提督さ。ここの元帥殿にお呼ばれして来てんだ」
提督「立場上提督ではあるものの、着任先が決まっていないので、今はこの鎮守府で補佐役をすることになってるんです」
乙川「窓位っていうと……ひょっとして聖さんのお子さんか。その体型にも合点がいった。君の話は聞いたことがある」
ポンと手を打ってひとりごつ乙川提督。
乙川「ふんふん……なるほどね。そうか、そいつはすまないね。本来は君が柱島に着任するはずの提督だったというわけか。恨めしかったらすまない」
提督「いえ……恨みなんてとんでもない。むしろ尊敬していますよ。新米のボクでは乙川少将……じゃない、昇進して中将になったんでしたっけ。
あなたのように深海棲艦を迎え撃つことは出来なかったでしょう。それに、おかげでボクも横須賀で色々な経験と研鑽が積めましたから」
乙川「ま〜、対深海棲艦の件は……聖前元帥におんぶに抱っこでようやく撃退できたって感じかな。もちろん柱島も頑張ったけどね。
でも、それは僕に付き従ってくれてる艦娘が力を尽くしてくれたってだけで、僕自身はそれほど大したことはしていない。
提督がサボっていても艦娘が優秀だから勝手にまとまってくれる、これが柱島スタイルさ」
提督「おぉーなんかスゴイ……! 勉強になります」
乙川「ふっふっふっ、殊勝な心がけだね。やれ統率力だリーダーシップだなんて言われるけどね。
リーダーなんて居なくても事が円滑に回る組織になってしまえばこっちのもんなのだよ」
瑞鳳「こら! 後輩に変なこと吹き込まないの! 提督は少しはここの大将や元帥を見習ったらどうですか! 放任主義が過ぎるんですよ!」
乙川中将の着物の帯を引っ張り無理矢理運んでいくのは、彼の秘書艦である瑞鳳。
瑞鳳「それに……これから芯玄元帥に会うのにまた制服脱いで!
呉の元帥と柱島の中将じゃ、本来なら話せる機会だって滅多にないんですからね! それだけ大事な作戦会議なのに……」
乙川「芯玄サンとは前回の会議の後友達になったから大丈夫だよ。なんか意気投合しちゃってさ。
『お前はオレのことを知らないかもしれないが、オレはお前のことを友達だと思って接してる』とか謎に気に入られてたし大丈夫じゃない?」
瑞鳳「ダーメーでーすー! 仮に元帥は許してくれたとしても、他の大将の人たちの目もあるんですから!」
乙川「ぐえぇー……ま、アレだ。自分のスタイルを貫きつつ、艦娘を活かせる方法を考えるといいよ。
無理して頑張ってもしょうがない。けど周りにエゴを押しつけちゃダメだ。そんな感じで……痛いってば、歩けるから引きずらないでー」
瑞鳳に引きずられて退場していく乙川中将。
・・・・
『作戦指揮の経験が少なくてどういう風に考えたらいいか分からない? ……そうだなあ、やっぱり実際の戦闘を見てみるのが一番じゃないかな。
今度柱島対呉で演習をやるんだ。“僕ならこういう風にやる”っていうのが見れると思うし、参考にしてみたら?』
乙川中将が会議を終えた後、彼のアドバイスを受けた窓位提督。数日後、彼はミルクケーキを齧りながら演習海域の映像を見ていた。
提督「呉の大将と乙川中将とだと、どっちを応援していいのか分からないな……って! スポーツ観戦じゃないんだからそんな視点で見てちゃダメだね。分析分析!」
提督「呉側の艦隊は六隻なのに対して柱島の艦隊は四隻……どういうことだろう。
呉の方は山城に巡洋艦の利根・筑摩・五十鈴といった重めの編成で固めているのに対し、あっちは駆逐艦だけ……?」
・・・・
山城(姉様と同じ艦隊に配属されなかったのは残念だけれど、久しぶりの戦闘……! 腕が鳴るわ!)
利根「げげ……久方ぶりの演習と聞いて昂ぶっておったのに、ま〜たあの柱島の連中か。あやつら、敵に回すとなかなか手厳しいからのう。厄介な相手じゃ」
五十鈴「あら、猪武者の利根にそうまで言わしめるなんて結構強敵みたいね。見たところ旗艦の秋月って駆逐艦以外は二軍みたいだけど」
利根「二軍かどうかはあまり関係ないのじゃ。柱島のらくら提督の配下の艦娘はみな警戒してかからなければならん。……山城? どうして笑っておるんじゃ」
山城「ふ……強敵そうで何よりじゃない。最近出撃の機会が無くってだいぶフラストレーションが溜まっていたの。ここで爆発させてもらおうと思ってね!」
五十鈴(普段は陰気なのに、戦闘の時だけ生き生きしてるわよね……。ま、戦闘の時に気合が入るのは私や利根も同じことだけど!)
山城「水上機を発艦させます! 爆撃機は敵駆逐艦を狙って!」
秋月「敵の爆撃機が接近しています。司令、作戦命令はありますか?」 無線越しに乙川中将と通信する秋月
乙川「えっと……あのいかめしい戦艦は夜戦まで放置しとこう、あれだけ見るからに殺気が違うからね。あとはお任せで」
761 :
【39/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:54:46.41 ID:2q5puXyB0
秋月「対空射撃用意! 徹底的に撃ち落とします!」
山城(あれだけ放った爆撃機がほとんど迎撃されてしまうなんて……駆逐艦の集まりにしてはやるじゃない)
利根「提督からの指示通り、このまま砲撃戦に移行するぞ!」
五十鈴「いや、まだよ。敵艦隊に潜水艦がいるわ。位置は捉えた……そこよッ!」
五十鈴が爆雷を放り投げると、水柱が吹き上がる。浮上し、白旗を振っている潜水艦伊26。五十鈴の放った爆雷が大破の損害を与えたようだ。
五十鈴「フフン、どうかしら? 夜戦で撃ち合うだけが軽巡洋艦じゃないわ! 対空も対潜も五十鈴にお任せっ!」
・・・・
伊26「うぅ……何にも出来ずにやられたー! 秋月ちゃんごめ〜ん!」
秋月「いいえ、敵のこの攻撃も想定済みです。ニムさんは役に立ってくれました」
伊19(ニムちゃんの仇はイクが討つの! 倍返しなの〜!)
伊19の放った雷撃が猛然と五十鈴へ向かっていく。炸裂音とともに炎に包まれる五十鈴。
五十鈴「きゃああッ!? ッ……! 敵の潜水艦が二隻いるのは分かっていた、けど、もう一隻もこんな近くにいたなんて……不覚だわ」
五十鈴「……大破しました。戦線から離脱します……悔しいわ」
白旗を掲げて撤退していく五十鈴。
山城「調子こいてるからそうなるのよ」
利根「毒づいとる場合か! 対潜警戒じゃ! 敵潜水艦を野放しにしておくわけにはいかん」
伊19(えへへ、良い気味なのね。ざま〜みろなの〜♪)
山城「(チッ……せっかく気持ちよく蹂躙できる砲撃戦の機会なのに……)潜水艦の相手はあなたたちがやりなさい。私は水上艦を叩くわ」
利根「こらっ! 隊列を崩すでない! 旗艦は我輩じゃぞ!? ぐぬぬ……提督から出過ぎぬよう言われておるというのに……」
利根(小規模な水雷戦隊の前に戦艦が迫ってくる。敵からすれば脅威でしかない……普通の相手なら、相手がただの弱卒の群れなら恐らく山城の突出は正解じゃ。
じゃが……正攻法が通じるような相手ではない。提督からの次の指示を仰がねばな)
・・・・
棒状のこんにゃくゼリー(弾力に富むゲル状の駄菓子)をチュルチュルと吸いながら、食い入るように映像を見つめる窓位提督。
提督「山城が前進したのも含めて作戦なのかな? にしては他の艦娘と足並みが揃ってないように見えるけれど。
柱島艦隊の方は山城を避けるように後退しつつ二手に分かれている……か」
提督(柱島の艦隊の奇妙な点は、さっきから一度も提督である乙川中将と連絡を取っていないところだ。全部艦娘同士のアイコンタクトや身振りで動いてる。
提督からの指示が無くて戦えるのかな……? しかし、そうだとしても駆逐艦の集まりが戦艦を含む巡洋艦主体の艦隊をどうやって切り抜ける?)
・・・・
伊19「いたた……夜戦まで耐えられなかったのね……」
春雨「イクさん! ご苦労様です。あとは私たちが!」
秋月(こちらの被害は潜水艦二隻が大破して戦線離脱、駆逐艦が二隻中破。残る私と春雨は無傷。
敵は軽巡と駆逐艦が一隻ずつ撤退、残りが小破した駆逐艦が一隻、無傷の戦艦一隻に航巡二隻か……いける!)
筑摩「日没に乗じて敵駆逐隊が接近してきます。警戒しつつ迎撃します!
(駆逐艦といえど夜戦なら十分脅威足りえるわ。艦が四隻も残っているのならなおさら! 姉さんを守らなくては)」
利根(雷撃戦でこちらが二隻大破したのは痛いのう。この状態で夜戦になればこちらも敵も無事では済まん……だが、勝つのは我輩たちじゃ)
山城「この私が……砲撃戦で駆逐艦を二隻中破……。その程度の戦果しか上げられなかったというの……? 許せないわ……!」
初月「秋月……なんかあの戦艦、よく分からない理由で殺気立ってないか?」
・・・・
提督(山城、人格変わってない……? 戦いの時だけああいう風になるタイプなの?)
提督「さておき……柱島の艦娘たちが呉艦隊めがけてぐぐっと距離を詰めてきた。いよいよ夜戦だね!
砲撃戦の限りでは呉が押しているように見えたけど、雷撃戦で一気に柱島がイーブンの状況へ持ち込んだ! どうなる……?」
提督「……ん? なにやら音が聴こえてきたな……。戦場で音楽が流れている……?」
・・・・
窓位提督が呉鎮守府の通信室から演習の様子を眺めている同時刻、柱島泊地の執務室。
乙川「よし、準備オッケー。いつもの演ろうか。今日の一曲目は、かの有名な“ワルキューレの騎行”から行ってみようかなと。ワーグナー作曲のやつね」
瑞鳳「うーん。ワルキューレの騎行は夜戦っていうより航空戦って感じしないかなあ? 『全機爆装! 準備出来次第発艦!』って感じしない?」
762 :
【40/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 23:21:35.41 ID:2q5puXyB0
乙川「言われてみたらそんな気がしてきたけど……気分? 結構お気に入りの曲なんだよね。あと折角大鳳が頑張って練習してた曲だからね」
大鳳「うぇ!? 見られてたんですか……? 恥ずかしい……」
瑞鳳「たぶん鎮守府中の皆が知ってると思うけど……って、大鳳? 緊張してるの?」
大鳳「はい。人前で演奏するの慣れてなくて……。皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です……」
フルートを両手で握りながら、小刻みに震えている大鳳。ガチガチに緊張しているようだ。
乙川「ははは。大丈夫大丈夫、肩の力を抜いて。あれだけ練習してたじゃないの、基本はしっかり出来てるから心配要らないさ。それに!」
大鳳の頭をぽんぽんと優しく撫でる乙川中将。
乙川「音を楽しむと書いて音楽と読む。まずは自分が楽しむことさ、大鳳が楽しい気持ちで演奏することが大事なんだ。
もっと上達すれば、人のことを気遣えるようになる。でもそれは自分を殺して他人に合わせるんじゃない、他人と楽しさを分かち合えるってこと!」
乙川「大鳳の思うがままにやってごらん? ミスっても関係ない、ミスした恥ずかしさよりも楽しんでやればいいんだ。それが第一歩」
瑞鳳「……良いことを言ってることは分かる。大鳳のためを想って提督が言っているのも分かるわ。
で・も! お触りは禁止です! さりげなくボディタッチしようとするのもダメ!」
乙川中将の腕の根元をガッと掴んで大鳳の頭から離させる瑞鳳。
乙川「最近瑞鳳手厳しいなー! これぐらいは自然なやり取りでしょうに。嫉妬してるのかな?」
瑞鳳「もう! ふざけてばっかりいると伴奏弾いてあげませんよ!」
乙川「拗ねてるところも可愛いけど機嫌直して欲しいなー」 ぷにぷにと瑞鳳の頬をつつく
瑞鶴「あの……いつになったら始めるんですか?」
チェロを持った瑞鶴が呆れた様子で二人に投げかける。
乙川「よし! とりあえず始めよう! 行こうか!」
急いでピアノの前に座る瑞鳳。
瑞鳳「まだ許したわけじゃないんだけど!? もう……しょうがない!」
・・・・
秋月が艤装を展開すると、スピーカーから乙川中将たちが奏でる勇壮な音楽が流れ始める。
秋月「さあ……始めましょう! 夜戦開始です!」
山城「なんなのあれ? オーディオオタク?」
利根「山城、あれを侮ってはいかん……艦娘の強さは、精神に依るところがある。あやつらはあれで戦意を高揚させてこちらに向かって来るのじゃ!」
秋月「肉薄します! 演習と言えど容赦はしません……お覚悟をッ!」
筑摩「姉さんっ! 危ない……!」
利根を庇って負傷する筑摩。
筑摩「ッ……! 姉さん、あとは……ッ」 あばらを抑えて撤退していく
利根(こうなった時点で敵を全て倒すことは困難か……。残ったのは吾輩と山城、駆逐艦の満潮の三隻……心許ないのう)
利根「筑摩! 任しておけッ!」
春雨「やらせはしません! 秋月さん、ここは私がッ!」
利根の放つ雷撃から秋月を守る春雨。なおも中破で持ちこたえている。
利根「クッ……直撃させることが出来なかった! 耐えられたかッ!」
山城「ふっふっふっふっふっふっふっふっ……ハッ。ハッ……ええと、艦娘の強さは精神に依る、だったかしら?」
妖しい笑みを浮かべる山城。その不気味さに、敵も味方も思わず後ずさりをしてしまう。
山城「あなたたち、もう下がっていて良いわ。あとは私は一人で十分。今宵は悪夢を見せてあげる」
艤装の主砲を全方位に向け、次々に撃ち放ちつつ跳躍し身を捻じりながら敵の駆逐艦めがけ突進していく。
満潮「あぁ……せっかくの演習なのに……。ああなってしまってはもう作戦も何も意味を成さないわ。逃げるわよ!」
利根「逃げるじゃと!? 敵を眼前にして逃げろというのか?」
満潮「私、前に山城の居る隊に組まれたことあるんだけど。ああなったらもう敵味方の区別がつかないバーサーカーよ。流れ弾を食らう前に退くしかないわ」
旗艦の秋月に割って入る駆逐艦を殴り飛ばしながら突進していく山城。さすがの利根も血の気が引いた。
利根(吾輩、勇猛果敢を自負してこれまで戦ってきたが……ああいう本物の化け物にはなれんな。満潮の言う通り大人しく撤退するか……)
763 :
【41/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/31(水) 00:00:57.20 ID:Z8oWbKG20
コンコン、と扉を叩く音。ノックの主は窓位提督だった。
提督「ボクだよ山城。開けて」
山城「姉様以外の声は今聞きたくない気分なの……帰ってくれるかしら」
提督「そういうわけにもいかない。ボクはまたキミ専属の提督になったんだ。上官の命令ならさすがに開けざるを得ないでしょ?」
・・・・
ひとしきり山城の口から零れる愚痴を聞き終えた窓位提督。部屋に招かれてから一時間。ようやく彼は相槌以外の言葉を発した。
提督「いやね、分かるよ。久しぶりの戦闘で張り切りすぎちゃったんだろう? 敵が強ければ強いほど燃えるタイプなのかもしれない、キミは。
実戦だったらあれでも結果的に勝ちは勝ちだろうし、許されるのかもしれない。でもさ……演習じゃないか。作戦とか連携とかさ……あるじゃん」
呉と柱島の演習の結果は、呉艦隊の勝利に終わった。だが、それは山城の暴走によってもたらされた勝利だった。
帰投後、山城は直轄の大将から大目玉を食らい謹慎処分を受けていた。その間、窓位提督が彼女の監視役を任されることとなった。
提督「命令を聞かなかったり、味方の負傷さえ厭わない戦い方をしたのはよくないよね。そのことは大将に怒られて反省していると思うからボクは言わない。
けど、もっとボクはキミに気づいて欲しいことがある。あんな戦い方をしていては、いつかキミは命を落とすことになる」
提督「キミはひょっとしたらそれでもいいと思って戦ってるかもしれない。けど、ボクはキミが轟沈したら涙を流す。きっと。
涙を流して帰ってくるはずもないキミを待ち続ける。そして恐らく……キミのお姉さんである扶桑はボクと同じか、それ以上に悲しむだろうね」
扶桑の名を出した瞬間に、不満と憤りに満ちていた山城の顔つきが悲愴を含んだ苦々しい表情に変わっていく。
山城「……私は最低だわ。武人としても人としても底辺のイモムシだわ……いや、イモムシにも失礼ね……」
提督「いやいやいやいや! 落ち込めって言ってるわけじゃないでしょ?」 慌ててフォローする
山城「そうは言われても……。でも、そうね……姉様に、申し訳が立たないわね。自分を省みない戦いをして謹慎処分だなんて、姉様に申し訳ないわ」
提督「ボクは? まあいいや。けど、ほんとにお姉ちゃんのこと好きなんだね。並々ならぬ情念を感じるというか……」
山城「……。姉様は……私以上に不幸な目に遭って生きてきた。けど、それでも気持ちが折れることなく前を向いている。
早々にこの世の全てを諦めた私とは違う。挫折を受け入れた私とは違う。そんな弱い、私みたいな腑抜け相手にも明るく接してくれている」
山城「姉様みたいな人が幸せに生きれない世の中なんて間違ってるわ。私が不幸な目に遭うのは構わない。
私は確かにいつだって後ろ向きで、ドジで、のろまで、性格だって悪いから、業を背負ったって仕方ない。……けど姉様は違うはずよ」
山城「姉様は…………ぐすっ」
鼻声になる山城。提督は、二人の間にある関係を知らなかった。だから、触れてしまった。彼女の持つ逆鱗に。触れてはならない心の琴線に。
提督「山城は……扶桑のことを心から愛しているんだね。それは、恋人同士がお互いを慕う気持ちであり、親子がお互いを想うような絆でもあり……。
いや、それ以上に深い気持ちを抱いているのかな。本当に大切に思っているんだね。なんだか妬けちゃうな……」
はにかむ提督の顔。その顔が彼女の視界に入った時、山城は提督の体を押し倒していた。
山城「やめなさい……私と姉様の領域に入ってこようとしないで……! あなたは人付き合いが得意で、他人の気持ちが人一倍分かるのかもしれない。
なればこそ! 私のことは放っておいて。これは警告よ……私は必ずあなたを不幸にする。これ以上私のことを詮索しようとするな……!」
山城の形相に、提督は生まれて初めての恐怖を感じた。それは演習で見た山城の姿よりも数段恐ろしいものだった。
今にも自分の心の臓を締め上げられんばかりの憎しみが、押し倒してきた彼女の手を通じて伝わってくる。
目の前の存在が放つ猛烈な敵意に、提督の脳は全身に向けて警鐘を鳴らす。
提督(『なんで?』とか『どうして?』とか、そういう感情すらすっ飛ばして、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。そう思っている自分がいる。
事実、とてつもなく恐ろしい。彼女が殺気立つ理由さえもどうでもよくなるぐらいに、ボクは今恐怖を感じている)
山城「……分かったでしょう? 私が動けばいつだって不幸が起こる。身に染みたでしょう?」
蛇に睨まれた蛙が取るべき行動は二つに一つ。逃げるか、諦めるか。その二つ。提督の首筋に山城の両手が伸びる。
艦娘は、提督に危害を加えることができない。そういうふうに出来ているはずだった。
だが、窓位提督は山城の正式な提督ではない。山城もまた彼の直属の配下ではない。
しかし仮に……窓位提督が本当に彼女の提督だったとしても。そうだったとしても山城のこの行動は変わらなかったのかもしれない。
山城の手が、提督の首筋に触れる。迷いのない確かな意志が、首の皮膚から感じられる。
提督の皮膚は大部分が合成樹脂で出来ているため、触覚や痛覚などはほとんど感じられないはずだった。
それでもこの時ばかりは「山城に首を絞められているのだ」と、視覚ではなく体で感じ取っていた。
提督「最後に、意識のなくなる前に……一言。言わせて欲しいな……」
提督は、山城が首を捻り潰したところで微塵も痛みは感じない。呼吸ができない苦しみを味わうだけだ。
だが、痛みはなくとも、まだ脳に酸素が行き届いていて苦しみの少ない状態だったとしても、恐怖は感じる。背筋が凍るほどの恐怖は感じている。
それでも、勇気と吐息と振り絞って声を発する。目から不意に止まらなくなった涙をぽろぽろと零しながら、言葉を紡ぐ。
提督「ボクは……山城と、お姉さんとの間に、何があったのかは分からない……。出会った経緯も、山城が怒る理由も、分からない……けど」
提督「ボクは……。山城のことが、好きだよ。殺されても……いいよ……。殺しても……いいんだ……。
ボクは、それでも……不幸だとは、思わない……。後悔は、ない……」
彼が最後に選んだのは、諦めることだった。自分の運命を受け入れることにした。
恐怖に怯えていた表情は晴れて、無意識のうちに微笑みを浮かべていた。そして彼の瞳には何も映らなくなった。
764 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/08/31(水) 00:02:57.35 ID:Z8oWbKG20
どこで切ろうかわりと悩んだんですがいったんここで中断します。残りは明日投稿します。
え……って感じですが。
765 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 19:59:30.61 ID:tre1gbsN0
本日20時より次の章の安価開始と予告していたので、予定通り行ってしまいます。
ん? まだ今回分の章が完結していない? はい。
そもそも昨日投下するはずじゃなかったのか? はい、ゴメンナサイ。
昨晩急用が入ってしまいまして……。風呂入ってる間に会社の上司から7件不在着信が来ていて……とても投稿作業をやれるような状況にありませんでした(泣)。
今日は大丈夫(だと思うので)、本日投下しきってしまうつもりですが先に安価を募集しようと思います。
現行章の完結前に次の章の安価を行うという、ちょっと変則的な形になってしまい申し訳ありませんが……。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
766 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:23:05.64 ID:pcLzRdIWO
秋月
767 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:24:36.27 ID:LDsHYK57O
阿武隈
768 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:25:41.14 ID:Iy/EL4b3O
吹雪
769 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:19.39 ID:XyEXNlJ1O
舞風
770 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:47.26 ID:w8aaq/ehO
五月雨
771 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 21:59:39.29 ID:tre1gbsN0
>>766
より秋月が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:64(度胸あり)
知性:27(やや低い)
魅力:14(低い)
仁徳:39(あるとは言えない)
幸運:26(やや不運)
……とりあえず何某かのコメントは今回の章の投下分が終わってからにします。
772 :
【42/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 22:48:24.59 ID:tre1gbsN0
淡い色彩の花束をそっと窓位提督が眠るベッドの隣に置いて医務室を去る山城。部屋を出ると扶桑が待っていた。
扶桑「今は眠っているけれど、もう意識を取り戻したそうよ」
山城「そうですか……良かった……」
扶桑「どうしてあんなことをしたの? 私は彼のことをほとんど知らないわ。けれど、山城と一緒に居たあの人はとても幸せそうだった。
山城だってそうだったはずよね。あなただって、こんなことはしたくなかったはずよね……?」
敬愛する姉から向けられる疑念。山城は扶桑の問いかけに答えられるはずもなかった。自分でもなぜあんなことをしたのか分からない。
扶桑の話をされて、自分が抱いている感情を見透かされたようでひどく動揺した。いてもたってもいられなくなって、気がついたらこうなっていた。
扶桑を納得させることの出来るような理由が山城には見つからなかった。それでも扶桑は彼女の無言を許さない。
扶桑「ここでは話しづらいでしょう。私の部屋に来てもらえるかしら」
・・・・
雑然と物が散らかった山城の部屋とは違い、扶桑の部屋は隅々まで入念に掃除されているようだった。畳のある和室で、い草の匂いがほのかに香る。
扶桑とこうして一対一で話すことは少なくなかった。だが、扶桑からこうして畏まった態度を取られるのは山城にとって初めてのことだった。
机を挟んで向き合う二人。山城は見るからに心に余裕がなく、憔悴しきった様子だった。泣き腫らした赤い目。
山城「決して彼が憎かったわけではないんです……。むしろ……私みたいなのを気にかけてくれていて、感謝しています……。
だから、自分でもどうしてあんなことをしたのか分からなくて。気が動転していて……姉様の話を出された時、自分の中で何かが抑えきれなくなって……」
途切れ途切れに不器用な言葉を吐いていく山城。山城からすれば自分なりの言葉を一つ一つ伝えているつもりだったが、扶桑にとっては容量を得ない返答に感じられた。
扶桑「……山城。私と最初に出会った時のことを覚えているかしら。あなたはつっけんどんの跳ねっかえり娘で、とてもささくれていたわよね。
人から向けられた好意を素直に受け入られないどころか、好意を向けられれば向けられるほど心を閉ざしてしまうような難儀な子だったわよね」
扶桑「でも、『私の妹になりたい』と申し出てからのあなたは……少なくとも私の前でのあなたは、優しくて心の温かい子。どうして私に接するように彼と向き合えないの?」
山城「ごめんなさい。分かりません……。けれど、彼と姉様は違います……うまく言えないけれど、違う。姉様に命を助けてもらったご恩で……今の私がいるんです。
身を呈して守ってもらっていなければ私は海の底に沈んでいた。あの姿を見て姉様みたいになりたいと、心からそう思った。けれど……なれなかった……」
山城「未だに心は弱いままで、身近にいる大切な人さえも傷つけてしまう。姉様に近づけば、姉様の妹になれば、自分の中で何かを変えられると信じていた。
少なくとも最初はそうだった。けれど……何も変えられなかった。深みにはまるように姉様に依存していくだけだった。……」
突っ伏して握り拳を机の上に小さく振り下ろす。歯ぎしりながら言葉を続ける。
山城「私は……ッ! 山城は。扶桑姉様のことをお慕いしておりました。そして今も……。私の世界は……気づけば姉様だけになっていたんです」
伏せていた顔を上げて扶桑を見つめる山城。その視界は涙で歪んでいて、目の前の扶桑でさえも遥か遠くの蜃気楼のように見えた。
山城「女が女に惚れるなど……道理に反しているのでしょう。気色悪いと思うでしょう。なおも……私は姉様への感情を殺しきれなかった……!」
山城は、兼ねてから同性愛に対する侮蔑を抱いていた。だがそれは、そう思うことで自分自身を抑圧して律するためだった。
山城「本当のことを言ったら、扶桑姉様に嫌われてしまうから! ……隠し通したかった。誰にも知られたくなかった」
扶桑(こうなったのは、私の責任でもあるのかもしれないわね。山城の心に抱えた孤独の深さに気づいてあげられなかったから……)
山城「彼は優しいから……つい気を許してしまったの。それで、姉様のことを話しすぎてしまったのだわ。
私が姉様を愛していたことも、私が持つ残虐な一面も、隠していたことは全て知られてしまった。彼には私の醜い本性など、知られたくはなかった」
山城「でも知られてしまった。軽蔑されると思った……きっと見放されると思ったから。……そうなる前に、無かったことにしたかった」
山城「提督も姉様も、人として出来すぎているから……私は、本当の自分を隠していないと傍にいることも出来なかった。
たとえそれが自分を偽った姿だったとしても幸せでいられた! でももう……おしまいだわ。提督とも……姉様とも……!」
扶桑「山城。たしかにあなたの告白には驚いたわ。今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。辛かったわよね」
扶桑「私は同性を好きになったことがないから、あなたのことを恋愛的な意味で好きになるためには少し時間を要するかもしれないわ。
扶桑「けれど、山城が私を愛してくれるというのなら……私も愛情で返したいと思います」
山城「姉様……うそ……!?」
扶桑「よく聞いて山城……あなたは一つ勘違いしている。人が人を愛する、そのことに性別なんて関係ないの」
扶桑「窓位提督と話したことはわずかだけれど、彼だって、山城が私を好いていることを知ったぐらいで態度を変えるような人じゃないわ。
山城が自分のことを間違っていると思い込んでいるだけ。彼に嫌われてしまうと思い込んでいるだけだわ」
扶桑「あなたはもっと視野を広く持ちなさい。傷つくことが怖いのは私も一緒。恥をかくことが怖いのは私だって一緒。私も愚痴や不満を言いたくなることもあるわ。
でも、周りの人たちが支えてくれるから。落ち込んでいても仕方ないって、私なりに頑張ろうって思えるの」
山城「姉様……私は、どうすれば……。山城は……」
扶桑に自分の愛情が好意的に受け入れられた喜び、窓位提督を傷つけてしまった罪悪感、自分の惨めさへの自戒と自嘲。
様々な種類の心情が綯交ぜになり混乱し、山城は不意に涙を零していた。彼女に身を寄せて優しく抱きとめ、なだめる扶桑。
扶桑「あなたを支えてくれる人の存在に気づきなさい。身近にいる人の大切さに気づきなさい」
扶桑「今は気が済むまで泣いていいわ。でも……落ち着いたら。再び前を向こうという気持ちが戻ったら、彼に会って話をするのよ。出来るわよね?」
773 :
【43/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:17:19.41 ID:tre1gbsN0
呉鎮守府の医務室。大将や元帥らが見舞いに来てくれたようで、菓子類がベッド周りに積み上げられている。
窓位提督はその量からして三日ほど寝込んでいたのだろうと推測した。
戸が開く。のそ……と重い足取り。その最初の一歩で誰か分かった提督は、にこりと笑みを浮かべた。
山城「……ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのは、分かっているけれど。償いきれないことだとは、分かっているけれど」
提督の横たえるベッド近くの窓から、低気圧が過ぎ去った後の晩夏の風が流れ込む。
白いカーテンが風にそよいでいる。窓から入る日差しの烈しさも少しずつ和らいできたようだった。
提督「許すよ。後悔ないって言ったでしょ。償いなんていらないさ。山城がいつも通りに笑っていてくれれば、それでいい」
山城「どうして……? あなたの命を絶とうとしたのよ? 許されるようなことじゃないわ」
提督「許すさ。謝られるほどのことじゃないんだよ。山城が触れられたくない痛みに、無神経にもボクは触れてしまった。だからキミから制裁を受けた。これでおあいこ」
山城「あなたに落ち度なんてないわ。……そう、私は、姉様のことを愛している。あなたの言う通りだった。けれど私は、同姓を好きになるなんて異常だって考えていたの。
男の人を好きにならなければいけないものだと思っていたから。それが当たり前だと信じて疑わなかった。自分の頭がおかしくなったんだと感じて気持ちを抑えてきた」
山城「でも……あなたに指摘された時。押し殺してきたはずの想いを目の前に突き付けられたように感じて、耐えられなくなった」
提督「お姉さんはなんて言ってた?」
山城「女同士で愛し合ったとしても、おかしなことじゃないって。互いに愛し合っているのなら、性別なんて関係ないと言っていました。
予想外でその時は驚きましたが……姉様が言っていること、今は正しいと思います。私の秘めていた想いも、受け止めてくれました」
提督「うん、そうだよ。性別も国籍も、生まれや育ちも、肌の色や体型だって関係ないはずなんだ」
提督「山城……少し真面目な話をさせて? ボクの自分語りだけど、キミに伝えたい。ボクの触れられたくない、心の痛みの話をする」
固唾を呑んで頷く山城。提督は真剣な面持ちで口を開いた。
提督「ボクは、見かけの上では大人になれない。そして人に体を触られて温もりを感じることができない。ここまでは山城も知ってるよね」
提督「子孫を残すことだけが生命の目的だと言うのなら、ボクはその使命を果たせない。ボクは……男でなければ女でもない。
ひょっとすると人間ですらないのかもしれない。昔子供の頃、作り物の人形や化け物と同じだって、そう言われたことがあるよ。今でも忘れない」
提督「ボクはずっと前に、女性として生きていたんだ。便宜上のね。長い髪を生やして、お洒落をして。
ボクは“人形のよう”だったから、可愛く着飾ればすぐに男の子が寄ってきたよ。女の子からもちやほやされた。悪い気はしなかった」
提督「だけど……忘れない。ボクを“人形のよう”に扱った人たちのことを。ボクを“人形のよう”に壊した人たちのことを。今でも、許せるか分からない。
ボクはそれからずっとずっと悩んでいたんだ。命を遺せないボクは、何もこの世界に生きた証を残すことができないボクは……本当に人形なんじゃないかって」
提督「両親や、当時のボクを支えたくれた人たちのおかげだ……再びボクが人を愛せるようになったのは」
提督「『人に優しくできる人間が一番カッコいい』。これはボクの信条であり……亡くなったボクの父から受け継いだ信念だ。ボクの父も提督だった。
戦いで命を落とした父に代わって、この呉鎮守府の元帥を母は以前務めていた。母も口にこそ出さないものの、父と同じ意志を持って戦ってきた人だ。
兄は提督ではないけれど、やはり優しくてカッコいい人だ。いつだって親身に相談に乗ってくれた。一時は恋慕を抱くこともあった」
提督「ボクは生きた証を残せない。愛を育んだところで、形にすることは出来ない。けど今は……ボクはそれすらも自分自身の運命として受け入れている。
たとえ仮に人形だったとしても……ボクは父や母の精神を受け継いで生きるんだ。これがボクの存在証明。これがボクの今を生きる理由」
提督「こうやって男性の姿をしているのも、ボクなりの覚悟の現れ。名前も一度変えている。父と母から一文字ずつ貰った名前。
『人に優しく生きる』、それを貫き通すために生きてるんだ。だから。キミから向けられた殺意すらもボクは温情で返すんだ。それに……」
提督「キミもきっと本当は優しい人だから。ボクのことを殺してしまう前に、どこかで踏み止まってくれると読んでいた。その通りになったよ」
提督「ボクとキミとは、合わせ鏡のような存在なのかもしれない。キミの痛みは、ボクにも分かるところがある。
ボクの痛みも、優しいキミならきっと分かってくれると思った。だから話した。……これはボクと山城だけの秘密にしてね」
山城「提督は……私よりもずっと辛い人生を生きてきたのですね。ただ周りに恵まれているだけの人だと思っていました。本当にごめんなさい……」
提督「不幸や苦しみの度合いなんて比べるものじゃないさ。ボクはボクなりに辛かった、けど今は克服した。キミもキミなりに辛いことがあった。
それでも今、キミは乗り越えようとしている。前を向いて歩き出そうとしている。罪の意識を感じたり気後れしたり……そんなのはしなくていいんだよ」
提督は、山城の両手を包み込むように握りしめる。
提督「怖くないから……もう、独りぼっちじゃないから。依存するんじゃなく、手を取り合って生きよう? 今のキミなら出来るはずだよ」
・・・・
山城への処遇は、艦娘への処罰の中では最も重い解体処分になることと相成った。もちろん、その決定を受け入れるわけにはいかない。
窓位提督と山城は、芯玄元帥や他の大将にひたすら頭を下げ、どうにか謹慎期間が三倍に延びるだけで事を済ませたのだった。
山城の処分の一件が収束し、彼女の部屋の前で顛末を報告する提督。胸を撫で下ろしている。
提督「作戦開始直前の忙しい時期なのに邪魔しちゃったのは元帥がたに申し訳なかったけど、頼んで回った甲斐があったよ! 山城が解体されないでよかった。
さすがに数ヶ月の謹慎ともなると暇でしょ? その間ずっと出撃も演習も出来ないからね……山城が退屈にならないように、ちょくちょく遊びに来るよ」
山城「あの……提督は毎日色んなお仕事をしていて、立派、ですよね。みんなの役に立っていて……掃除とか、洗濯とか……。
私も一緒にやっていいですか? 謹慎中はどうせ暇……ですし。邪魔にならなければで良いんですけど」
提督は二つ返事で快諾した。
774 :
【44/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:42:18.91 ID:tre1gbsN0
山城がボクの仕事を手伝ってくれるようになってから、すごく助かっている。
ボク一人じゃ踏み台や脚立を用意しなければいけないような作業も、長身の山城がいればあっという間に終わる。
艦娘だけあってボクにとっては重労働に思えるような、体力を使うハードな作業もなんのそのだ。
給料が支払われているわけでもないのに嫌な顔一つせずボクに付き合ってくれている。
提督「うーん、働き詰めだと時間が過ぎるのも早く感じるね。つかれたつかれた、とりあえず今日は一段落だ」
山城「提督。もしよかったら晩ご飯ご一緒しませんか? ちょっと食材を買いすぎちゃって……」
提督「いいね、お言葉に甘えようかな。さては扶桑が今日から出撃なのに普段と同じ量を買ってきちゃったんだな〜?」
山城「……バレましたか」
普段山城は扶桑と夕食を共にしている。二人の仲は順調なようで、時たま散歩という名目でデートしているのを見かける。
そういえば、最初に山城の部屋に入った時は物が結構散らかってたような……下着とかも落ちてた気がする。
さすがに最近は扶桑も出入りするせいか、かなり綺麗にしているみたいだけど。
あの時は謹慎を言い渡された直後で、掃除する気力も無かったのかもなあ。
・・・・
エプロン姿で台所に立っている山城。ボクも手伝おうとしたが、自分でやるからいいと止められてしまった。
窓から差し込む夕陽、その穏やかな薄紅色の明かりに照らされている山城の横顔。
……鍋からグツグツと小さな音が聞こえる。カレーの匂いだ。ボクは特にすることもなく頬杖をついていた。
提督「攻略作戦が始まって、やっぱり皆ピリピリしているね。艦娘たちも少し余裕がなさそうだ。
普段だったら掃除とか手伝ってくれるんだけど……今日はみんな忙しそうだったよ」
山城「レイテ沖攻略……ですか。姉様は大丈夫かしら……」
山城「いいえ、姉様はきっと無事に帰ってくるわ! 私が信じないでどうするんですか!」
不安げに呟いた後、打ち消すように小さくガッツポーズしている山城。
提督「山城……変わったね。前より明るくなったよ。それに、最近はボクや扶桑以外の艦娘たちともちゃんと話せてるよね。立派立派」
山城「あの……私が他人と会話する能力がないように言わないでもらえませんか? 私だって世間話ぐらいはできますよ」
提督「失敬! けど、前と違って親しみやすいっていうかさ。『近寄りがたい人だと思っていたけど、話してみると案外面白い人だった』って評判みたいだよ」
山城「何をもって面白いと思われてるのかは分からないけど……提督のお手伝いをするようになってから、他の子たちと喋る機会は増えましたね。
向こうから話しかけてくるものだから最初のうちは戸惑ったけど。でも、慣れてみると悪い人たちじゃないって思ったわ」
山城「って……提督と会う前からずっとここにいたはずなのに『慣れてみると』って言うのはヘンね。でも、なんだか新鮮な感じするの。
前は他人と話すことなんて時間の無駄だと思っていたから。提督や姉様のおかげかもしれないわ。少しだけ成長できました」
提督「成長といえば……。最近は『不幸だわ』も減ってきたよね。ツキが回ってきたんじゃない?」
山城「自分では気づかなかったけど、言われてみればそうかも……。いえ、相変わらず酷い目に遭うこともあるのだけれど。
でも……確かにそうね。結局あれも私の不注意や不用心のせいで引き起こされてた節もあったから」
山城「艦娘の強さは精神的なコンディションに依るのでしょう?
私が自分で自分を不幸だと思い込むことで、注意力や判断力も低下してしまったんじゃないかしら」
提督「そうかもしれないね。……」
ふと思ったことは、山城はもうボクが居なくても平気だろうということだ。ここまで過去の自分を客観的に分析できている。
自分で自分に課していた呪いを、最後には乗り越えることができた。そして、最愛の姉である扶桑とも結ばれた。
ボクもいつか、また誰かに恋心を抱いたりするのだろうか。特別な感情を抱いて、仲睦まじく手を繋いだりする時が来るのだろうか。
提督になることを決意した時から、『人に優しく生きるんだ』と決心した時から、忘れていたそわそわした感覚を思い出した。
……思い出したところで、どうにかなるわけでもないけど。
山城「提督? どうしました。眠いんですか?」
気が付くと目の前にはカレーの乗った皿が置かれていた。ああ、せめて配膳ぐらい手伝ってあげればよかったな。ボーッとしてた。
・・・・
ボクは珍しく一人になりたい気分になって、なんとなく鎮守府内を散歩していた。古びた桟橋が海に伸びている。
夜の帳に満月と星。海面を照らす大小の光。ちょうどいい、ここにしよう。ほっと一息ついて腰かけ、空を眺める。
提督「……あー」
キラリと星が流れていく。参ったな、願い事なんて考えてなかったよ。ザンネン。しょんぼりだ。
提督(でも、ま……いいか。満天の星空に美しい満月。それが見れただけでも幸運だ)
山城「提督……? どうしたんですかこんなところで」
提督「たそがれてるんだ。山城こそどうしたの?」
山城「姉様がいないからなんだか人恋しくて……提督に話し相手になってもらおうと探してたんです。迷惑でした?」
提督「いいや……むしろ光栄さ。暇だったからほっつき歩いてただけだからね」
775 :
【45/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 00:03:50.24 ID:FvHZuL/t0
本当は一人になりたかったけれど、だからと言って拒むほどでもない。それに、山城と話しているのは楽しいから、これはこれでいいんだ。
山城「提督は、何か山城にして欲しいことはありますか?」
提督「? 急にどうしたのさ。どういう風の吹き回し?」
山城「提督の夢はなんだろうって、ふと考えたんです。でも、想像つかなくて……。
今の提督がいるのが、かつて提督を支えてくれた人たちのお陰であるように。今の私がいるのも提督のお陰」
山城「だから……あなたの望みを叶えてあげられたら、って思ったの。山城が力になれることであれば……ですけど」
空を見上げれば金色の月が宵闇を照らし、水面は星々の光が揺らめいている。
美しくも幻想的な空間。その幻想の中で、唯一絶対的な存在としてボクの瞳に映るのは、目の前の山城だった。
山城の頬は、先刻の夕陽から少しだけ紅色を分けてもらったのか、仄かに赤らんでいる。
じっと背の低いボクのことを見つめている。ボクの言葉を待っている。
提督「ボクの望みは……。ボクが欲しいのは」
提督(山城の心、なのかもしれない)
提督「ボクが欲しいのは、生きた証。不確かなボクを、より確かにしてくれる根拠」
提督「それは知性であり、品性であり、紳士性……なのかな。言ったでしょ? ボクは『人に優しくする』、その信念を体現するために生きている」
山城「何かこう……具体化できるものはないかしら? 私にも理解できるようなスケールのもので」
提督「そうだなぁ……。歴史のページに名前を残すような人になれれば、生きた証を残せると言えるのかもしれないな。
あ……これも具体性ないなあ。う〜ん……保留でいい? なんか、パッと浮かばないや」
山城「そう、ですか……なら仕方ない」
・・・・
窓位提督と山城はレイテ沖の攻略作戦が佳境に差し掛かってもお構いなしで、地道かつ誠実に雑用を行い続けた。
清掃・衣類の洗濯・食事当番・水回りの掃除のみにその活動は留まらず、エアコン修理に大将らの書類整理、疲労した艦娘のマッサージ、果ては猫の世話まで。
二人の働きぶりは呉の鎮守府内でちょっとした評判となり、凸凹コンビならぬ凹凹(ボコボコ)コンビと呼ばれ親しまれている。
災難な目に遭うことが少なくなく、傍目からは厄介で面倒な仕事ばかりを引き受けているように見えるからである。
もっとも提督も山城も自発的に行っているのであり、それらの仕事や奉仕活動を災難だとは思っていない様子だった。むしろやりがいを感じているらしかった。
そんな折、窓位提督は芯玄元帥から相談を受けていた。
芯玄「朝早くから悪いな。お前が居てくれるお陰でオレも朝潮も楽が出来ている。
それから、大将連中との仲を取り持ってくれてありがとうな。助かってるぜ。
お陰で、最近は少しだけ認めてもらえてるらしい。もっとも、まだまだ結果は伴なっちゃいないがな」
提督「いやいや。元帥が頑張ってることを大将の方々に伝えてるだけですから、元帥のお力で信頼を勝ち取ったようなものですって」
芯玄「はは。世辞がうまいなお前は。いや……相談というのはな。これを見てくれ」
元帥に海域図を見せられる。図にはところどころペンで書き込んだ跡がある。
芯玄「佐世保や柱島と連携して、ようやく今ここまで来てるんだ。一見優勢に見えるが、そろそろ戦場にいる艦娘たちを撤退させなければ身が持たねえ。
そして勝つためには最後の一押しが足りない。ここで退いたら、恐らくまたやり直し。艦娘たちにも更に苦しい負担を強いることになっちまう」
芯玄「一回きり、使えるのは一回きりの荒業だが……試してみたいことがある」
・・・・
突然工廠へと呼び出された山城。わけもわからないまま艤装を弄られていた。
山城「ちょっ、ちょっと何かしら!? 説明してちょうだい!」
提督「行くよ山城。出撃だ!」
山城「ていと……えっ? 今なんて!? 私まだ謹慎期間中じゃない。無断出撃なんてやらかしたら今度こそ解体されちゃうわ」
提督「特例が出た、元帥直々のお達しさ。これはボクと山城しか遂行できない。行こう、ボクも一緒さ!」
いつの間にか山城の背中の艤装に、大きめの段ボール箱一つ分ぐらいの金庫に似た鉄塊が取りつけられている。
そのことに彼女が驚いている隙に鉄塊の蓋を開けて中に入る提督。
提督「計算上、山城の艤装とボクの体型でならぎりぎり実現可能らしい。目的地はもちろんレイテ沖……! いざ出撃だ!」
・・・・
芯玄元帥の話によると、戦場の艦娘を大破状態から全快まで回復させ、かつ、燃料や弾薬まで補給できるという切り札があるという。
“応急修理女神”と名づけられた、艦を救う妖精の存在だ。一度女神がその力を発揮すると、二度とその力は使えなくなってしまうため『一回きり』とのことである。
女神は基本的に艦娘に対して(なぜか)冷淡であり、装備品と一緒に括りつけて出撃でもしなければ力を発揮してくれない。
一方で人間には比較的素直に応じてくれるらしく、指示さえすれば無関係な艦娘の修理までついでにやってくれるらしい。
山城の補強増設内は窓位提督と彼の腕の中や服の中にひしめき合う女神たちですし詰め状態ではあったものの、彼女たちが不満げな様子を見せることはない。
窓位提督と山城に与えられた任務は、この女神をありったけ引き連れて主戦場まで向かうことだった。
776 :
【46/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 01:08:28.51 ID:FvHZuL/t0
スリガオ海峡 深海中枢泊地沖。硝煙が立ち込める。砲火の応酬がやまない。
瑞鳳(昼はなんとか被害を抑えたもの……やはり夜戦になると大破の艦は出てしまうわね)
利根「撤退命令! 撤退命令はまだか! このままでは轟沈の被害が出てもおかしくないぞ……!」
瑞鳳(一部の艦隊が撤退を始めているわね。うちはまだ大破の艦が出ていないからもう少し持ちこたえられるでしょうけど……)
秋月「この秋月、艦隊を守る盾となる覚悟です! 大破艦は航行可能な限り遠くへ!」
探照灯を敵戦艦の群れに照射して挑発する秋月。弾幕にかすりながらも直撃弾だけは見事に避けている。
扶桑「山城が……待っているもの……! ここで倒れるわけにはいかないわ……」
額から血を流しながら敵を睨み続ける扶桑。既に大破の状態であり、敵の砲か魚雷を一撃でも食らえば沈んでしまうだろう。
彼女の速力では戦場から逃げることもかなわない。敵の艦隊全てを討ち取るまで戦い続けるしかなかった。
提督「間に合ったか……!? みんなを助けてあげて。行ってきて!」
補強増設の中から次々に応急修理女神を開放していく提督。
山城「各艦は私を顧みず前進! 大破艦も転進して迎撃態勢へ。敵を撃滅してくださァーい!」
咆哮とともに、祝砲と言わんばかりに前方の敵艦隊めがけ砲撃を放つ山城。
五十鈴「これで戦える! 敵を掃討しますッ!」
朝雲「あ、噂のボコボコの二人ね。恩に着るわ!」
山城「ボコボコ……?」
提督「……ボクたち、凹凹コンビって呼ばれているらしいよ。なんでだろ」
山城「フッ……上等じゃないの。確かにその通りだわ。目の前の敵を“ボコボコ”に叩きのめすのが今日の私の仕事なのでしょう?」
提督(女神を戦場に届けたら帰って来いって元帥から言われてるんだけどナァ……)
・・・・
芯玄元帥の奇策が功を奏して、連合艦隊は破竹の勢いで猛進し敵を打ち破った。レイテ沖海戦は無事に終結した。
策に貢献した窓位提督には大将の地位が与えられ、舞鶴鎮守府に正式着任することになった。
山城もまた戦場での活躍が認められ、恩赦に近い形で謹慎を解かれ今では方々の戦場に引っ張りだこな様子だ。
窓位提督が呉を離れなければならない最後の日が訪れた。彼は山城の部屋を訪れていた。
提督「キミとは長い付き合いだったから、最後に会っておこうと思ってね。ボクが居なくても平気かい?」
山城「寂しくはなりますが……今は一人じゃありませんから。いいえ……今も、ですかね。気づけたのは提督のお陰ですが」
提督「そっか! ……良かった良かった。安心だよ」
山城「あの戦いまでは、私は敵に対して殺意を高めることで力を発揮していました。
ですが……提督と駆け抜けたあの戦い以降、守りたい人のことを強く想うことで殺意を凌ぐ力が出せるようになりました」
提督「物騒だなあ、目を輝かせて言うようなことかよぉ……。イキイキしてるようで何よりだけどさ」
提督(事実……あの作戦での山城は相変わらず荒々しかったけれど、前の演習みたいに形振り構わず敵を倒すという感じではなかった。
全力全開ではあるもののどこか冷静で、周囲を気遣っているような精神的余裕を感じた)
山城「深海棲艦を倒すのが艦娘の仕事ですから。あ。提督は艦娘と違って貧弱なんですから、お体に気をつけてくださいね。お菓子ばっかり食べてちゃダメですよ?」
提督「うん……そうだね、気をつける。(話すことなくなっちゃったな……それに、時計を見たところもうここまでかな。ははは)」
くるりと身を翻し、帽子を目深に被り、一歩踏み出す提督。
提督「短いけど、もう時間なんだ。……また会おう。またいつか」
窓から差し込む夕焼けの灯りが時を報せる。
提督(結局のところ、ボクは山城に気持ちを伝えられずじまいだった。……今更になって惚れてることを自覚するんだから遅いよね。
いや、自覚したところで変わりはないか。ボクは『優しい』男だからな。要らんことをして彼女の気を乱すような真似はしない、紳士だもの)
山城の返事もなかったので、提督は部屋の扉をそっと閉じようとした。しかしドアノブに手をかけ扉を開ける山城。
提督を部屋に引き寄せて再び扉を閉める。彼の小さな背丈を体全体で包み込むように抱き締める山城。提督には彼女の意図が読めなかった。
山城「最後まで……あなたは優しい人なのね」
提督「……?」
山城「また会いましょう。また、いつか。提督の傍にいられる日を、待ってますから」
山城はそう言って提督の頬に口づけし、すぐに身体を開放した。扉を開け、退室を促す。
提督は困ったような微笑みを山城に返し、急ぎ足で部屋を去っていった。
夕焼けに消えていく提督の姿を山城は見送った。窓から入り込む秋の風は、夏の終わりを静かに告げた。
777 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/02(金) 01:52:01.08 ID:FvHZuL/t0
3章はこれでおわりです。4章に関する情報は
>>771
を参照ください。
相変わらず投稿予告日からズレたりしてすみませんでした。結局「最悪でも夏イベ終わるまで〜」とか言ってたのに夏イベ終わってるじゃんという。
いちおう甲クリアして掘りも済みましたが、今夏はめっちゃ忙しくてあんま艦これやる時間取れなかったっすね。まるゆ掘りしたかった……。
今回の章の雑記いきます。
(例によって深夜のテンションで書いてるものなので色々ご容赦ください)
ストーリーなど:
まず、前の章でスターシステム的な扱いで前作主人公ズを出してましたね。パラレルだから許されるよってな感じでした。
ところがどっこい今回の章では繋げてしまいました。シェアワールドってやつですかね。
前の主人公とか出てくると途端に話がややこしくなるのですが、今回はお題レスもないしそういう縛りを敢えて加えてみてもいけるかなーとか考えてました。
認識甘かったです、やっぱりカオスになった。まあ実験に近いところもあるんで……。
前章前々章の提督の姿を通じて何かしら学ぶ描写とか書こうとしたけど尺不足でカットとか没とかになってます。
だったら最初から出さない方向で書いた方が良かったのかも。
次も(お題レスとの矛盾や不都合が生じなければ)繋がった世界線でやっていきますが、今回ほど密接な感じにはなりません。
前章以前のキャラが一人か二人出てくるかもなって感じです。基本はそういう感じでやってきたいです(めんどくさいから)。
次章以降のレス数を考慮して15レスで終わらせるか、普通に16レスで終わらせるか、わりと最後の方まで悩んだ挙句15レスで終わってます。
終盤詰まり過ぎたのは、1レス削る都合で構成変えなきゃだったりとか、単純に執筆時間がなかったとか、そんな感じの事情です。
「艦これの二次創作なのに戦闘描写やってないなー」「なんのために戦ってんだ」と思い、わりとしっかり書くつもりだったんですが、書けず。
尺がねー……。扱うテーマが重すぎたんだよ!! ……あくまで娯楽作品だしなあ。どうなんだろうとか書き終えてる今更になって思います。
提督について:
ちょっと設定を凝り過ぎましたね。ぶっちゃけあんなに要らないはず。オリキャラの設定過剰とか誰得なんじゃって話ですよ。
だいたい作中で語り尽くしちゃったようなキャラなので言うべきことはありません。
良い子ちゃんキャラってわりと扱いに困るんですが……まあ別にそんな良い子ってわけでもないか。
山城について:
「不幸」「シスコン」「プライド高い」の三本柱で出来てるキャラだと私は思います。
じゃあ絶対姉の話は避けられないだろうなーと思い、扶桑は登場させてます。
あと、オコトワリ勢なので、最後までくっつかないラストにしてやろうとは当初から企んでいました。
キャラ付けが過剰すぎたかなあ、みたいな反省がいくつかあります(提督の方もそうですが)。
ツンデレっぽい感じでやや甘酸っぱめ、みたいな塩梅でやるのが正解だったのかもしれんなあ……。
すぐ前の章で幸⇔不幸問題(?)みたいなのはやった後なんで、不幸についてどうのこうのはあんまり掘り下げて書いてません。
彼女特有の負けん気の強さとか、不幸だろうがなんだろうが立ち上がる芯の強さはみたいな要素はもうちょっと書きたかったかも。
次の章について:
なんにも考えてないです。また1〜2ヶ月お待ちください。
778 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/02(金) 20:20:13.25 ID:id4RBwrvO
乙
779 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/10/03(月) 19:35:47.73 ID:A9cBv+QJ0
ども。ども……ええっと、どうも。セルフ保守です。
いやー、その、一ヶ月経ったんですけどね……なんにも書けてないんですよ。
前回の章を投稿した前後からありとあらゆる出来事が襲い掛かってきて執筆できる状況にありませんでした。
今は忙しさのピークも過ぎてちょっと落ち着いてきたので、一ヶ月後ぐらいには投稿したいです。願望ですが。
////いつものやつ////
作品外で作品のことをウダウダと書くのもどうなのかな、といつも悩むのですが。何度同じ話するんだっていう感じですがいつも悩んでます。
いちおーファンサービスというか次の投下までの繋ぎとして書いているという意図があります(ファンっていうと大袈裟ですけども)。
前回の章についてちょいと思うところがあったので少し書こうかなと思ったのと、次の章について触れようかなと。
まだ何も書けていない以上あまり大した話は出来ませんし、例によって読み飛ばしてもらっても構いません。
前の章はですね〜……投稿直後もなんか言い訳がましいことを書いてましたが、反省すべき点が多いですね。
あくまで作者目線でそう思うというだけですが。何もかもダメだったってわけじゃないんです。
全体の展開構成はさておき、自分なりに納得の行っているところもあるんで。
元々それぞれの章で独立していて他の章と関わることもなく完結するオムニバス形式でやろうと考えていたものを、
途中から無理矢理一つの世界設定に押し込めようとしたらそりゃ尺も足りなくなるし諸々の整合性も崩れるよねっていう。
でも、やるにしてももっとそれぞれのエピソードを上手くまとめられたなー、もっと執筆に時間をかけられれば良かったなー、とか悔やむところは多いです。
えー……そこいら辺は私の技量不足によるものなので、次は頑張ります。
で、ですよ。迂闊にもセルフクロスオーバー的なことをやってしまったわけですが。
これからどうすべきか色々と悩みましたが……(一つ前のレスではわりと弱気なこと書いてたりしますし)。
このままごった煮な感じで突っ走ろうかなと思います。えと、必要に応じて過去のキャラが出てくる感じでやっていこうかなと。
というのも、こうなった以上もう過去のキャラクターは存在ごと封殺して以降全く新しいお話……ってのは筋が通らないかなと。
前章は安易に過去キャラを引っ張り出しすぎたので、やりようはもっと考えたいと思ってますが。
さて、それぞれの世界が一つに繋がってしまうと、それはそれで問題が発生します。
あー……たとえば次に投下する章では秋月がメインになるわけですが。
この秋月も第一章以降に登場した秋月と同一固体にすべきか、全く別の秋月にすべきか、ってとこで悩みどころですよね。
これって多分正解はなくて、前者のこれまで登場していた秋月を期待している人もいれば、
それとは違う切り口の、ヒロインとしての役割を与えられた秋月を求めてる人もいると思うんですよ。
悩みはしましたが……前者の秋月で行こうと思っています。今回“は”登場済みの秋月でやろうかなと。
今後の安価で前章以前に登場したキャラの指名が入った場合は……またどうするか分かんないですけど。
出来るだけ安価の意向を汲みたいと思ってはいます。
前言ってたタロットのやつは、今回の章だと『塔』になります。
正位置では崩壊・転落・悲劇・破滅・喪失などを暗示し、
逆位置でも正位置ほど酷くはありませんが不幸・アクシデント・障害・中断、なんてマイナスな意味合いです。
(逆位置の場合、解釈によっては死神の逆位置に近い「再生・再建」みたいなニュアンスを含むこともあります。
正位置でも古い価値観の崩壊≒革命、なんて解釈もあるにはあります。まあ基本的には良い意味を持ちませんが……)
正位置逆位置にともに最も不幸に直結するカードでございます。
あー、それ引いちゃうか〜っていう感じですが。
こういう引きをした時こそ作者の腕の見せ所……だと思うんで、面白い話になるように頑張ります。
ゲームの方の話ですが、基地航空隊実装前に6-4突破しました(なぜそんな意味のないことを)。どんなイベント海域よりもキツかったですね。
イベントと違っていついつまでに攻略できなければアウトみたいなのはないんで気は楽でしたが、難易度はやばかったすね。誇張抜きに100回ぐらい出撃しました。
一応自分今まで甲勲章全部ゲットしてきてるんですが、あれがイベントで来たら丙にするって厳しさでした。それゆえにゲージ破壊時は達成感もありましたけどね。
780 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/04(火) 13:39:52.35 ID:ngH0GzUzO
了解です
781 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/26(水) 21:58:50.00 ID:sCrjDYKwO
ほ
782 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/11/13(日) 00:36:12.46 ID:7OxarujE0
お待たせしてすみませんでした。わりとエターナりそうでした。
次回の投下は11/23(木)を予定しています。
////一言////
秋刀魚イベでしたね。任務報酬はWG42と最新鋭な旗を選びました。大型探照灯は既に作ってたんで……。
783 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/13(日) 01:40:24.73 ID:wmvlifTNO
待ってる
784 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/11/23(水) 21:08:44.22 ID:pg4EdwmZ0
11/23って水曜日でしたね(予告のレス書いてる時先月のカレンダー見てました)。
では行きます……と言いたいところなんですがやんごとなき私情のため延期とさせていただきます。
11/26(土)昼頃までお待ちいただけないでしょうか。すみません……。
うぅ……お待たせして申し訳ない……。
785 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/23(水) 21:09:54.83 ID:gHX0ZusaO
了解
786 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/11/26(土) 14:44:26.66 ID:yuF9orGi0
前回の投稿から約三ヶ月が経とうとしています。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
浦波が実装されたり、秋刀魚を獲ったり、加賀さんがローソンで働いていたり、
秋イベが始まったり、劇場版が公開がされたりと艦これ的には色々動いているようです。
ポイ-ポンポン砲-ナンチャラ-ポイみたいなのが流行ったり、海の向こうでは大統領選挙があったり、
11月なのに初雪が降ってきたり(not 艦)と話題の大小に関わらず世の中的にもあれやこれや起きているようです。
時間が止まっているのはこのスレだけなのですが……。もうちょっと、もう少しだけ待って欲しいです……ごめんなさい……!
どうやっても執筆時間を捻出するのが困難なため、イベントも手付かずでSSを書くためだけに有給を使うなど、
わりとリアルをかなぐり捨てる生活スタイルを取りつつあるのですが、なおも筆半ばで止まっている状態です。
そう、まだ書き切れてすらいないのです……情けない話ではありますが。
なんとか気合で近いうちに、今週とか来週とか……確約は出来ませんがなる早で頑張ります。
ここでエターナルのは多分一生引きずるぐらい後悔すると思うので、
延期に次ぐ延期で恥の上塗りに上塗りを重ねている状態ですが、それでも次の投稿は必ず果たします。
えっと、気合はそのぐらい込めて書いてるつもりなので、もう少々、もう少しだけ……何卒。よろしくお願いします。
787 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/26(土) 23:30:23.87 ID:a06wrUgMo
了解でーす
期限に間に合わせる為にいい加減な内容になったら本末転倒だし嫌だから
エタらなければいつまで期限が伸びても構わないよ
クオリティ高いのを期待してる
788 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/26(土) 23:44:56.36 ID:aFN/M5CoO
了解
789 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/12/21(水) 22:58:13.82 ID:51r/hk3y0
お久し振りです、結局こんなに伸び伸びになってしまいました。ごめんなさい。
待った甲斐があるものを書けたかどうかは分かりませんが、頑張りました。
先週か来週の土日に投稿を行うつもりだったのですが、どうにもスケジュール的に詰みっぽかったので無理矢理今日投下してしまいます。
今回は文字数を削る作業もほぼほぼ終わっている状態からの投稿作業なので、うまくいけば日付を跨がないで済みそうです。
それでは行きます。
790 :
【47/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 22:59:03.25 ID:51r/hk3y0
吐く息は煙のように浮かんでは消える。空に浮かぶ満月が水面を白く照らしている。
秋月「旧鎮守府と現鎮守府を繋ぐ架け橋……恐らくここのことですよね」
舞鶴鎮守府は巨大な人工島の上に建てられた軍事施設だ。そこから本土へ行き来するためには、三本の橋のいずれかを経由する必要がある。
かつて第二次世界大戦で利用されていた鎮守府は旧鎮守府と呼ばれ、施設の一部は現在も残り記念館などに転用されているようだ。
この人工島から旧鎮守府の方角に繋がる橋は一本しかない。秋月はこの橋の上を歩いていた。
秋月(ここから先は艦娘が許可なく立ち入ることのできない場所。この関門の前で待っていましょうか……)
??「……初めまして、になるか」
関所から鼠色のパーカーを着た男が現れる。男はフードを被っていて、その下に更に帽子を被っている。この姿から素顔を想像することは難しい。
服の上からでも分かるアスリートのように引き締まった筋肉質な体躯から、かなり鍛えていることが伺える。
秋月「(この帽子は軍帽ですよね……。軍の関係者ではあるようですが、口元しか見えないから誰だか分かりませんね……)
私を呼んだのはあなたですか? あの奇妙な映像の目的について聞きたいのですが」
??「そう、私だ。……あの映像が視える者を探していた」
・・・・
一週間前の深夜。この日秋月は眠れなかったため、暇つぶしにテレビをつけた。
しかしこの日・この時間帯はどこの放送局も番組放映を終了していて、テレビにはカラーバーが映っているだけだった。
(カラーバーとは深夜や早朝のテレビ放送終了後に表示される、テレビ受像機などの色調整を行なうために使われる色帯画像のことである)
時計を見ると、時刻は午前2時30分頃。道理で何も放送されていないはずだ、と思いリモコンに手をかけた秋月。
――NNN鎮守府放送です。
秋月「!」
電子音が止まり、突然カラーバーから別の映像に切り替わる。部屋の天窓から月明りが差し込む、暗い部屋の映像なようだ。
窓からスポットライトのように差し込む明かりの先に、執務室にあるような立派な椅子が置いてある。
秋月は硬直していた。心臓が爆発するかのように鼓動する。恐怖で鳥肌立つ。
リモコンの電源ボタン上に親指は乗っている。押すべきか、押さぬべきか……その二択で逡巡する。
――満月まではあと 七日 です。当日同刻、旧鎮守府と現鎮守府とを繋ぐ橋の上でお待ちしています。おやすみなさい。
音声合成ソフトで作られたような、人間のものではない無機質な声。アナウンスが終わると再びカラーバーの映像に戻った。
・・・・
わずか一分に満たない程度の短い映像だったが、秋月の記憶には強く印象づけられていた。
秋月「あの放送を最初に見た次の日も同じような内容のものが流れていて……でも、映像が見えていたのは私だけだったんです。
後日他の艦娘と一緒に見ても『何も見えない、カラーバーのままだ』って。色々な方に訊ねてみましたが、みな知らない様子でした」
??「…………」
男はポケットからB6サイズほどの小さなノートを取り出し、紙の上にさらさらと文字を書いて秋月に渡した。
秋月「『涼金 凛斗(スズガネ リント)』……あなたの名前ですか?(どこかで聞いたことのある名前だったような……)」
男はこくりと頷きながら、別の紙に次の文章を書いていた。
提督「例の映像は選別だ。あれが視える者が必要だった」
男の渡す二枚目の紙には、図が書かれていた。空母と思しき艦娘・艦載機・妖精の絵が描かれている。
秋月(ええっと……『空母の艦娘が艦載機を繰り出す際に、式神や弓を駆使して発艦させる』。
『発艦後の空戦にて、事前に想定していた作戦から逸脱するイレギュラーな状況が起こった時……』)
秋月「『戦闘による摩耗を抑えるべく艦載機に搭乗している妖精と空母たる艦娘との間で念が交わされる』……。
この念というは、テレパシーのようなものですか?」
提督「ああ。原理はそれの応用。映像自体にはあまり意味がない。……」
秋月(着任した後では映像を編集するための機材がなかった。そして、映像を作った段階ではどの鎮守府に着任するか分からなかった。
『満月の晩』の『旧鎮守府と現鎮守府の架け橋』という曖昧な指示も、その段階では日付や場所を確定出来なかったからだ、と。
タネが分かればなるほどと思えるけれど……。真夜中にあんな映像を流されて怖がるなという方が無理がありますよね……)
三枚目の紙にボールペンを走らせようとした時、秋月が制止する。一枚目と二枚目の紙を男に返却する。
秋月「あっ、そんなに紙を使ったら勿体ないですよ! 紙を裏返して使えばまだ書けます。はい」
秋月(というより……口で説明した方が早いような気がしますが……)
提督「…………」 無言でノートに文字を書き連ねる
秋月(あれだけ早く文字を書いているのに、かなり字が綺麗ですね。さっきの絵も結構上手だったし……。
硬派なようで案外繊細な人だったりするのかも?)
提督「紙での説明は、これでいい。……分からなかったら質問してもいいが答えるかどうかは別問題だ」
791 :
【48/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:03:40.17 ID:51r/hk3y0
知っていると知っていないとで、物事の見え方が変わることがある。
+という記号の持つ意味を知らない幼稚園児に1+1の答えを聞いても2と返してはくれないだろう。
人間の一生は、知識の積み重ねだ。経験を通じて物事のありようを学び蓄積していく。
しかし……何事にも禁忌というものが存在する。
知ってはいけない、見てはいけない、聞いてはいけない、口にしてはいけない……。そういった存在、いや概念だ。
私は“あいつ”を認識してしまった。次に“あいつ”と接触すれば、私はこの世からいなくなるのだろう。
死ぬのではない。もっと恐ろしいことだ。
あの映像を視ることが出来た君には、“あいつ”を認識・知覚できる才能がある。
ということは私と同じ目に遭う危険があるということだが、何のことはない。知らなければいいだけのことだ。
知らないまま私の指示通りに動いてくれれば、“あいつ”に対抗できる。
知ってしまうとまずいが……全く察知できないのもまた問題があるのだ。だからこそ君でなければならない。
“あいつ”のことを知らないまま、“あいつ”から私を守って欲しい。その依頼がしたくて君をここに呼んだ。
秋月(一枚目の紙はここで終わっている……。“あいつ”とは一体……?)
“あいつ”に名前をつけるとしたら……いや、それはやめておこう。名前をつけるという行為自体が存在を認めるということと同義だ。
とにかく……“あいつ”は君にとっては存在しない。私にとっては存在する。そういうものだと思っておいてくれ。
君にとって、私は幻覚や妄想に囚われた病人に見えるかもしれない。
それでいい、決して私が見ているものは視ようとするな。知ろうとはするな。
君はこれから約三十日間、毎晩私を連れ出してなるべく遠くへ逃げる。それだけでいい。
君にとっては狂言めいた茶番に思えるかもしれないが、私にとってはかなり危急な事態なのだ。
次の満月が昇る頃に“あいつ”はいなくなる。それまでは付き合って欲しい。
秋月(一体彼は何に恐れているのか……? 気にはなるものの、その恐れの対象を知ってはいけないという。
敵を知らないままどうやって守れというのでしょうか。普通に考えれば荒唐無稽な話に思えますが……)
秋月「つまり……なにか、奇妙なものに追われていて、“それ”から貴方の身を守って欲しいということですね」
秋月(これだけ身体を鍛えている人が何かを恐怖するとすれば、恐らく相手は人間ではない。
“あいつ”という言葉から察するに、何らかの組織に追われているというわけでもないはず。
深海棲艦か、それとももっと別の何か、でしょうか……)
提督「……そうだ。引き受けてもらえるか? いいや、首を横に振られようと応じてもらう。
こちらも後には引けんのだ。全てが終わり次第、相応の報酬は与える。無事終わりさえすればな」
秋月「分かりました。いえ、ほとんど分かりませんが……大丈夫です。秋月がお守りします!」
秋月は、心のどこかで非日常を期待していたのかもしれない。この時の彼女の内心は、不安よりも好奇心が勝っていた。
・・・・
翌朝。舞鶴鎮守府第四執務室。軍服を着た白髪の男性は、この鎮守府を取り仕切る大将の一人である涼金凛斗であった。
提督(しくじったな……名を聞きそびれた。艦隊名簿の顔写真を見ればすぐに分かると思ったが……。
どこの艦隊にも所属していない艦娘だったとは。可能性として考えられるのは……)
提督「……吹雪。軍学校に所属している艦娘の顔と名前を確認したい」
吹雪「また突然ですね。『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』ってこの間他の司令官に言ってたじゃないですか」
わざとらしく涼金提督の低い声を真似する吹雪。吹雪は彼の秘書艦で、行動を共にすることが多かった。
提督「……とにかく。今はその情報が必要になったのだ。それ以上は詮索するな」
吹雪「出た! 司令官の秘匿主義! そうやってまた何かを隠そうとするー」
提督「……必要のないことを話したくないだけだ」
吹雪(うぅー、秘書艦なんだからもうちょっと頼ってくれてもいいのにぃ……)
軍学校所属の艦娘の名簿を提督に渡す吹雪。提督がめくったページの先を興味深そうに覗き込んでいる。
吹雪「ふむふむ……秋月型一番艦、秋月。あっ! この子知ってますよ! 軍学校で一番有名な子ですよ。
防空射撃演習では歴代一位の高成績。筆記試験でもトップ3常連だそうで」
提督「よく知ってるな。詳しいじゃないか」
吹雪「司令官が興味無さすぎるだけですよ。優秀そうな子は予め囲い込んでおかないと! 次のドラフトで他の提督に獲られちゃいますよ?」
軍学校を卒業した艦娘の配属は、涼金提督含む他提督とのドラフト会議によって決定される。
また、在学中の艦娘であっても(実戦登用に耐えうると提督に判断され)指名されれば次年度以降艦隊所属となれるのだった。
提督「いや、あくまで卒業まで秋月を指名する気はない。他の提督に獲られるならそれはそれでよい。彼女には別の要件がある」
吹雪「え、なんですかそれ。何か作戦でも……?」
提督「いや、軍務とは関係ないごく個人的な依頼だ。君が気にすることではない」
吹雪「そんなこと言われたら余計気になっちゃうじゃないですかー」
提督(一番地味で当たり障りのなさそうな者を秘書艦に選んだつもりだったのだが……案外要らん干渉をしてくるのよな。
良くいえば察しのいい、気が利くタイプなのだが……今回ばかりは首を突っ込まれると困る)
792 :
【49/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:07:14.67 ID:51r/hk3y0
提督(学校側への手続きに手間取ってもうこんな時間だ。秋月か……成績は優秀らしいが、実戦経験がないのは少し不安だな。
とはいえ今更選り好みしてもいられない。前評判の良さに期待するとしよう)
秋月(……涼金凛斗、確かに聞いたことある名前だなとは思っていましたが……。まさかこの鎮守府の大将だったとは。
そう考えたらなんだか急にプレッシャーを感じてきました。秋月に務まるでしょうか……)
黄昏の空。橋から見える海の色は赤い絵の具を零したかのようだった。昨日と同じ橋の上で提督は待っていた。
秋月「お待たせしました。涼金司令!」
提督「行く前に一つ質問だ。あの海の色、何色に見える?」
秋月「え……? 赤色、ですよね。綺麗な夕焼けの海……」
提督「その感覚を忘れるな……心の動きを忘れるな」
秋月「は、はい(昨日もそうでしたが、話の流れが汲めませんね……)」
・・・・
鎮守府から離れ、舞鶴港近くの繁華街を歩く提督と秋月。
秋月「なんだかじろじろ見られているような……」
提督「それは……何にだ? 他人にか?」
秋月「ええ。なんだか私たち怪しまれてるのかなって」
提督は私服を着ているし、秋月もリュックの中に艤装を隠しているため軍の関係者だとは思われていないだろう。
しかし、総白髪のオールバック、首筋には古傷。薔薇柄の長袖を着た背の高い男。
その男の隣を(発育がいいとはいえ)せいぜい中学生程度の年端もいかない女子が歩いているのだ。
二人きりで夜の街を散策するには不自然すぎる組み合わせである。だが提督は他人の目を微塵も気にしていない様子だった。
提督「ああ、人の方か。なら問題ない。来い」
提督に促され、人気の少ない裏通りにある小さな店に入る秋月。
秋月「すし、わり……てい?」
提督「割烹(かっぽう)、だ。……鎮守府の中にいると見慣れない漢字かもな。和風料理を出す飲食店のことを一般にそう呼ぶ。寿司は食えるか?」
秋月「大丈夫です(お寿司、食べたことないんですよね。とはいえ将来直接の配下になるかもしれない司令の手前! 食わず嫌いをするわけにもいきません)」
提督「大将、鯖と秋刀魚。こっちには特上のサビ抜き」
秋月「あの方も大将なんですか?」
提督「……?」
・・・・
秋月「わぁ〜……! すごいです! 初めて見ました。なんだか壮観ですね! 美味しそう……どれから食べようか迷っちゃいます!」
寿司げた(寿司を置くための木製の食器のことである)の上に並べられたネタに、食べる前から興奮する秋月。
提督「味が淡白な白身魚を最初に食べ、次にマグロやトロといった赤身の魚を食べるのが定石と言われているが……。
かくいう私も光り物から注文しているしな、好きなものを食べるといい。どれも味は保証する」
おずおずと中トロに手を伸ばし、口に運ぶ秋月。
秋月「いただきま〜す……。……!! 美味しい! 旨みが口の中でとろけて……すごいです。これ、本当にすごい……」
舌を通じて脳に送られる快楽に、思わず身震いする。恍惚の表情を浮かべており、提督の依頼のことなどすっかり忘れて悦に入っている。
秋月「はぁぁ〜……幸せです」
・・・・
食事を終え店を後にした二人。食事中は語彙力を失いかけていた秋月であったが、退店後はさすがに普段通りの様子である。
秋月「ごちそうさまでした! あんなに美味しい料理を食べたのは初めてです! ありがとうございました!」
提督「礼には及ばない、前払いのようなものだ。それに……」
秋月「それに?」
提督「いや、なんでもない(……生きているうちに美味いものを食っておかなければな)」
秋月「そういえば司令、最初の二貫しか食べていませんでしたよね。あんなに美味しかったのに……お腹減ってなかったんですか?」
提督「(相当感激していたからこちらのことなど気づいていないと思ったが……)……そんなところだ」
秋月「それにしても……あの大将はどこの鎮守府の大将なんですかね!? 司令はご存知ですか?」
提督「……くくっ」 秋月と会ってから終始無表情だった提督が、この時初めて口元を少し歪ませる
793 :
【50/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:13:27.66 ID:51r/hk3y0
舞鶴の港から離れた海の上。秋月の背に固着された艤装に負ぶさる提督。
秋月「結局こうして海に出るのなら、鎮守府から直接向かった方がよかったんじゃないですか?」
提督「……周囲に人や物のない環境が好ましい、その最適解が海というだけだ。
深海棲艦が出没するような遠くの海へ赴こうというわけではないのだが……鎮守府の哨戒範囲内や他の艦娘と出くわすような場所に居るのもまずい」
提督「そうなると陸路を経由してから海に出るのが最も都合がいい。さてそろそろ日付が変わる……」
提督はそう言うと、秋月の艤装を足場にしてしゃがみ込んだ。彼女から背を向けるようにして海面を見つめている。
提督「道すがら説明した通りだ。私は後ろを見る。だが、私の指示はあまり鵜呑みにはするな。あくまで自分の感覚を優先しろ」
秋月(今から日の出まで、“物”に囲まれなければ良いそうですが……一概に“物”と言われても……。それに囲まれるってどういうことでしょう)
・・・・
提督「……秋月」
提督「一瞬で良いが、空を見てくれ。渡り鳥が飛んでいないか?」
空を見上げる秋月。ほとんど曇り空で何も見えないが、どこにも鳥の姿は見つからない。
秋月「いえ、見えませんね。どこに居ますか?」
提督「いや……見えないならいい。気にするな」
秋月(司令には幻覚が見えているのだという。私に見えないおぞましい何かを察知しているそうです。
私にはそうした類のものを感じ取ることは出来ませんが……妙にぞわぞわする、嫌な感覚がありますね)
提督「秋月。トビウオが……いや、いい。これも違う。忘れてくれ」
秋月(日本にトビウオが回遊してくるのは、たしか春先から夏にかけて……この秋の終わりにやってくるはずはない、か)
提督「……念のため、確認して欲しい。七時の方向に難破船が見える。ライトを一瞬だけつけて、真偽を確認して欲しい」
秋月は振り返り、探照灯の明かりを向ける。
秋月「! 転覆した小型船があります……。引き上げようにも、あの壊れようだと手遅れでしょうね……深海棲艦に襲われた後、か……」
合掌して黙祷を捧げる秋月に対し、提督はさらに問いかける。
提督「見えているのはそれだけか? 他にも何か“視える”か?」
秋月「いいえ……船体が大きく破損した船以外には……」
提督「分かった。……あの船からは離れるぞ。逆の方向へ進んでくれ」
・・・・
提督のつけている腕時計の針は四時四十分頃を示していた。
しきりに秋月に対して「見えるか?」「聞こえるか?」の問答を投げかけていた提督であったが、もう一時間も言葉を発していない。
その態度の変わりようが、秋月にとってはかえって不安だった。実戦経験のない秋月にとって夜の海は未知の領域だったからだ。
秋月(少し心細くなってきました。海の上で迷子になってしまったような気分です……)
提督「……闇が深くなるのは夜明け前だ。日が昇るその直前が最も暗くなる」
秋月「……?」
提督「しんどくなるのはここからだ」
秋月(励ましてくれた、というわけでもないみたいですね……ん? あれ……)
秋月「前方の岩礁に、何か見えませんか? ほら」
探照灯を点灯し、海面から飛び出している岩へ向けて光を照射する。黒い、小人のような形をした何かが蠢いている。
秋月「黒色の人形……? みたいな」
提督「分かったもういい。明かりを消せ、ここからなるべく遠くへ離れろ。……あれらを決して見失うな、しかし見過ぎるな」
突然饒舌になる提督。いきなり無茶苦茶な指示を受けたため混乱しつつも、提督の言われた通り速力を上げて岩場から離れる秋月。
秋月「追ってきますね。深海棲艦でいうところの魚雷艇の小鬼群に似ていますが、あんな種類は見たことも聞いたことも……」
黒い人影の群れは両手を広げて海の上を飛翔し、秋月たちの方へ向かっていく。
秋月(距離が離れているから黒色に見えると思っていたけれど……どうやら違うみたいですね。
この夜の中でもはっきり“黒”だと認識できるぐらい黒い色をしている)
提督「深く考えるな、雑念を捨てろ。ただ言われた通りに対処しろ。余計なことを考えるな」
秋月の思考を遮るように、強い言い切りの口調で命令する提督。
794 :
【51/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:17:04.51 ID:51r/hk3y0
提督「秋月、見失うなと言ったが……あれらの見張りは私がやる。秋月はただここから離れることだけを考えるようにしてくれ」
秋月「これ以上先へ進むと深海棲艦と接触する恐れがありますが……」
提督「構いやしない。あれにやられるぐらいなら、まだ深海棲艦に襲われて命を落とす方が幾らかマシだ。
あれは……そう、とにかく忌避すべきものだ。囲まれるな、触れるな、認識するな……」
・・・・
提督「五時五十分……日の出は間もなくだ。このまま振り切るぞ」
秋月「!! レーダーに敵艦隊四隻! 前方です! このままじゃまずい……まともな装備もないのに……。どうしよう、どうしよう……」
提督「たかが深海棲艦ごときでうろたえるな。このまま突き進むぞ」
秋月「司令!? 冷静にお考えください! 装備も不十分、練度もなく、おまけに燃料も消耗している駆逐艦一隻が敵の艦隊に突っ込めばどうなるか……」
これまで提督の無茶ぶりに付き従っていた秋月だったが、この時ばかりは反論する。
提督「分かっている、が……敵が砲撃をしてこないということは先に気づいたのはこちらの方。気づかれる前に通過してやり過ごす」
秋月「でも、通り過ぎた後に背後を追われる形になりますよ。そうなれば……」
提督「その点は問題ないだろう。奴らが私たちの変わりに“あいつ”の餌食になってくれさえすればな」
秋月「……っ。未だに不安は残りますが……策があるということですね。信じますよ、司令っ!」
ギュッと握り拳を固めて歯を食いしばり、最大出力で駆け抜ける秋月。
・・・・
秋月「……敵艦隊、反転して迫ってきます! こっちには機銃ぐらいしかありませんよ!? どうしましょう、司令!」
提督「沈んだ時は私を恨め。君の業まで背負ってやろう」
秋月「答えになってませんって! うわあ! 砲弾が飛んできました!」
秋月には、提督がこの緊急事態でなぜにやけ顔を浮かべているのか理解できなかった。
提督「戦場だからな。……この際いちいち動じていても仕方がないだろう。運命を受け入れろ。
やられたのならそれまでだったということ、私も君もな。死のうは一定。遅いか早いかの違いだ」
秋月(うぅ……やっぱりまともじゃないですこの人……)
一分ほどして、砲音が鳴り止んだ。なおも振り返ることなく突き進んでいた秋月だったが、提督の言葉を聞いて立ち止まる。
提督「もういい、ご苦労。後は帰るだけだ……日が昇りつつある」
うっすらと空の端が白んでいく。太陽の頂点が水平線から顔を出す。
秋月「夜が明けたんですね。綺麗……」
払暁を告げる強い煌めきを前に、思わず言葉を漏らす秋月。
秋月「ハッ! 敵艦隊は!? あの黒い追手は? ……いない!」
秋月が後方を振り返ると、深海棲艦の姿も黒い人影の姿も消えていた。
提督「……終わったのだ。鎮守府に帰るぞ」
・・・・
昼前の執務室。提督は相変わらず吹雪と他愛もない世間話をしていた。
吹雪「司令官……? なんか今日寝不足じゃないですか? いつもより目つきが悪いですよ」
提督「クマが出来ている、というのなら推論として成り立つが……。目つきの悪さは生まれつきだ」
吹雪「えへへ、すみません。けど、なんだかいつもよりオーラがありますよね。危険っていうか、アウトローっていうか……」
提督(勘づかれたか? 軍務が終わった後のことだぞ……? 私か秋月の後をつけていない限りは外出したことさえ把握できないはずだが)
吹雪「いつもよりカッコいいですよね……! なんかこう、『やってやる!』って気概を感じます!」
提督(なるほど杞憂だ……)
吹雪「……よし! 司令官の顔を見ていたら私も気合が入ってきました! 今日も一日頑張りましょう。手始めに……」
吹雪が退室した後、部屋の奥に設置されているロッカーに向かって声をかける提督。
提督「出てきていいぞ」
秋月(早速バレた……!? 完璧に身を隠せていると思ったのに……)
秋月は数時間の仮眠を取った後、提督と吹雪が部屋から離れた隙を狙って室内に潜入していたのだが、あえなく気づかれてしまう。
795 :
【52/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:19:16.06 ID:51r/hk3y0
提督「そこに隠れて何がしたかったんだ? 軍学校への休学願なら受理されているだろうに。日中は夜に備えて寝ておくべきだと思うが」
秋月「うぅ……ごめんなさい。こそこそ隠れるような真似をしてすみませんでした。
司令の素行を調べようと思って……あっ、いえ! (お寿司の)ご恩があるので、悪い人だと疑っているわけではないんですが!」
提督(たかが一度夕飯を奢られたぐらいで疑念を払拭してしまうのは不用心すぎるのではないだろうか……)
秋月「司令についての謎が多すぎて……この先も昨日のように二人で夜を過明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと思いまして。
そうすれば、昨日よりももっと司令の理想とする動きに近づけるのかなって……」
秋月(本当は忽然と消えた深海棲艦の行方や黒い人影の話も聞きたいですが、答えてくれるか分かりませんし……。
けれど、そういう部分を抜きに……私は司令から学ばなければいけない部分がある。司令は変わった人ではあるけれど……とにかく肝が据わっている。覚悟が違う)
提督「……お互いのこと、か。自分語りはあまり好きではないが、私と君の関係は少々特別なものだしな。構わんが……」
秋月(司令が昨日仰っていた通り、戦場に赴く度にあんなおっかなびっくりの立ち回りをしているようではいけません……。
実戦で活躍するためには、窮地に立たされても彼並みの度胸や冷静さが発揮できなければいけない……司令から学べる部分は吸収したい)
提督「時間を割くことが難しいな。夜、(鎮守府の敷地から)外で話すのは誰が聞いているか分からないから避けたい。
とはいえ執務中に休めるのは昼の休憩時間のみ……。これも先客がいるんでな、どうしたものか」
舞風「呼ばれて飛び出て……じゃじゃーん! 舞風参上でぇーす!」
扉を開けて入ってきたのは舞風であった。彼女も吹雪と同様、涼金提督の管轄する艦隊に所属する艦娘の一人である。
秋月(あっ、無表情だった司令が露骨に渋い顔をしている。『心底めんどうなやつが来た』って表情ですね……)
提督「君……盗み聞きしていただろう。先客というのは彼女のことだ。昼食を誘われているのだよ」
舞風「一人よりも二人! 二人よりもたくさん! 数は多ければ多い方がいい! これが戦の基本です。
そんなわけでっ。一緒にランチ、どうです? 提督だって一遍に相手した方が手間がなくて良くないですか? 良くなくなくなくなく……あれっ?」
ジェスチャー交じりに提案する舞風。ダメ押しと言わんばかりにビシッと指を突き出して、ニヤリと笑みを浮かべる。
舞風「それにぃ〜〜〜〜……『昨日のように二人で夜を明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと』とか。
『私と君の関係は少々特別なものだしな』とかとか! こ・れ・は〜? 是非ともお話伺いたいですねぇ〜」
秋月からの引用を高い声で、提督からの引用をわざとらしい低い声で表現する舞風。舞風たちの艦隊では、涼金提督の声真似をするのがプチブームらしい。
アとウを足して二で割ってから濁音をつけたような苦悶の唸り声をあげた後、提督は承諾した。
・・・・
ピークの時間を過ぎていたのか、食堂はかなり空いていた。
秋月(鎮守府の食堂でご飯を食べるのは初めてですね……普段の給食と違ってちょっと量が多いかも)
舞風「あーあ、遅い時間に来ちゃったからCランチしか残ってなかったよ〜。また秋刀魚の塩焼きか……美味しいけどちょっと飽き気味だな〜」
提督「旬の時期に旬の物を食べる。それが食の最適解だ、この鎮守府にはその理を解する者が少ないようだな」
舞風「そうでしょうけどぉ。日替わりランチなのに毎日秋刀魚定食が出されるんですよ〜。
これじゃ日替わらずランチですってー! 今日の舞風の気分はカツレツなんです〜!」
提督(いくつかの漁場は、深海棲艦による深刻な被害を受けていると聞く。秋刀魚をこうやって日常的に頂けるのも、この先数年限りになるかもしれないな……)
提督「贅沢を言うんじゃない、目の前の命に感謝しろ。そうやって文句と唾を垂らしていると味が落ちるぞ」
舞風「ツバなんか垂らしてまーせーんー! 提督ったらデリカシーないんだからぁ」
秋月「お二人って、仲が良いんですか?」
提督「仲が良いというわけではないが……軽薄そうに見えて弁えるべきところは弁えてるからな。信用はしている」
舞風「そこは仲良しって言って欲しかったな……。司令はご飯のことになると結構喋るよ。そんなに量食べないくせに、やれ味がどうだ食感がどうだうるさいんだな〜」
提督「昔はよく食べてたんだよ。胃下垂でな……大食いしても痩せない体質だったもんだからなんでもバカ食いしてたんだが。
食い過ぎて病院の世話になったことがあってな……以降満腹まで食べることが少々トラウマになってしまった」
秋月(敵に背を向けた状態で笑みを浮かべていられるような人にもトラウマってあるんですね……)
舞風「おっ、意外なエピソード。そうそう、司令はガードが堅いように見えて喋り出すと案外ボロが出るタイプだからじゃんじゃん話しかけるといいよ」
秋月「なるほど……」
提督「なるほどではない(だからあまり人と話したくないのだ)」
舞風「けど、秋月も結構司令と似てるね。考えてから話すタイプでしょ? 司令みたいな人には何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといいよ」
提督「考えなしに話しかけないでくれ」
舞風「こんな風にツッコミを入れてくれるからね! これが舞風流の提督攻略法です」
秋月「なるほど……」
提督「なるほどではない(この場を設けたことの失敗を痛感させられるな……)」
796 :
【53/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:30:55.38 ID:51r/hk3y0
秋月「……あの。一つ気になってたことがあるんですけど。司令っておいくつですか? 髪は真っ白……ですけど、皺がほとんどないですよね」
提督「28だ。白髪は過去にあった出来事が原因だが……このことについては話すことが出来ない」
舞風「タブーの話ってやつですね。才能がない子には教えてくれないんだってさ、ちぇーっ。
秋月もそのことで夜な夜な呼ばれてるんでしょ? それとも……ホントのホントにお楽しみ的な……?」
秋月(やっぱり……司令が意味もなく誰かと昼食の約束をするとは思っていませんでした。舞風さんも司令と何らかの協力関係にあるようですね)
提督「舞風……秋月に探りをかけるな。それに、そう卑下をすることもない……君は君で私の役に立ってくれている」
提督「……才能というやつは、なまじ持ち合わせてしまうとかえってその力に苦しめられることになる。
己の才気を過信して身を滅ぼす者の方が、無能さゆえに身を滅ぼす者よりも多いのだ」
舞風「ううーん。って言われてもなあ〜。羨ましいよなぁ〜……才能人はさぁ〜……ラララ〜」
突然立ち上がると、歌いながら踊り始める舞風。くるんと体を回転させ、トレーを片手で運びつつ厨房へ向かう。
やるせない口調で歌詞を口ずさんでいるわりにはキレのいい動作をしている。
秋月(司令の言っていることも、舞風さんの気持ちも……どっちも分かる気がする。
私が司令に呼ばれた理由は、私が視える人だったからで。でも、そうであるがゆえに昨日、すごく怖い思いをして……)
秋月(同じ目に遭っていたはずなのに、司令は全然平気だった。私にはない勇敢さや大胆さがある。
……戦場で怯えたりパニックになるのは、私が弱いからだ。もっと精神的に強くならなくては)
昼食が終わると、舞風は二言三言提督に耳打ちしてどこかへ行ってしまった。秋月も夜に備えて再び床に就いた。
提督(そうか、かなりギリギリになるな……だがあれが無ければ勝負にもならない)
・・・・
秋月が涼金提督と出会ってから数十日。再び満月の夜が訪れる。二人はいつも通り夕食を済ませた後、海の上で日付が変わるのを待っていた。
秋月は直立で、提督は秋月の艤装の上に立て膝で座りながら、背中合わせに月を眺めている。
提督曰く、この日は地球から見た月の円盤が最も大きく見える夜だそうだ。
提督「今日で最後か。ふと思い出したんだが……何日か前に私に憧れていると言ったな。どうしてだ?」
秋月「はい。最初の夜、敵艦隊に遭遇したじゃないですか。……司令が居てくれたからあの時は動けましたが。
私一人だったら深海棲艦を前に竦んでしまって何も出来なかったな、って後から思うんです」
秋月「幸いにしてあれから深海棲艦との接触はありませんが……今もちょっと怖いです」
提督「深海棲艦がか? 確かにあの時も危なかったが……数日前の方が危険度で言えば高かっただろう。本当に間一髪だった」
提督「それに、私が居たから上手くいった……ではない。よしんば君が一人で深海棲艦と相対した時に手も足も出なかったとしよう。
しかし、単艦で敵の群れへと艦娘を送り出す提督がこの世のどこにいる? あの状況は私のせいで起こったのだ。本来の戦闘では起こりえない。
君は私に一方的に利用され、窮地に陥った。そして見事切り抜けた。むしろ誇るべきことなのだよ」
秋月「……。違うんです。違う……。私……なんて言ったらいいんだろう……」
提督「いつだったか舞風が言っていたな。私のようなやつには『何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといい』と。
最終日だしな、わだかまりがあるなら全て受け止めるぞ? 恨み言でも呪詛でもいくらでも買い取ろう」
秋月「……司令が悪いんじゃないんです。ただ、司令と会ってから今日までずっと……思うようにいかなくて。
司令に、守ってくれって頼まれているのに……危険な目にばかり遭わせてしまっていて、申し訳ないんです」
提督「……? 私が一度でも君を叱責したことがあったか? 十二分に上手くやっていたと思うぞ。
確かに君は不測の事態に陥るとパニックになってしまう傾向はあったが……それを気にしているのか? 些細なことだろう」
提督「こうして二人でここにいるという結果が君の働きの全てを物語っている。……私は君が憧れるほど立派な人間ではないさ」
提督(無垢な君とは違う。私は罪業に汚れきっているのだからな)
秋月(司令は……秋月のことを、どう思っているのでしょうか……。秋月……司令と離れたくないんです。なんて無茶、言えないもんなぁ……)
この時、提督はこれまでの過去のことを、秋月はこの先の未来のことを思い描いていた。
同じ宵闇の空を見つめる二人の姿が、月明りに照らされた水面に揺れている。
秋月「司令……今日が終わったら、もうこうして会うことはないんですよね……」
提督「そうなるな。……今日を無事越せればの話だが」
提督(不安にさせるだろうから言わないでおくが……これまで“あいつ”に関わった人間は全員、その対処に失敗してきている。
二十年前のあの日……八歳だった私は――私以外の全てを犠牲にして生き残った。そうするしかなかった。だが……)
提督(先人や過去の私と同じ轍は踏まん。今日で因縁に決着をつける)
秋月(ここで私が怯えていたら、本当に司令と離れ離れになってしまう……)
秋月(……今日で決着をつけなきゃ、ダメですよね)
秋月「じゃあ……少しだけ聞いて欲しいんです。秋月の話」
提督「構わんさ、話してみるといい」
797 :
【54/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:36:27.62 ID:51r/hk3y0
秋月「秋月は……軍学校ではみんなに持て囃されて、期待されていて……。
今まではそれに応え続けてきて。褒められるのが嬉しくてずっと頑張ってきたつもりでした……」
秋月「でも……最近はその期待に応えるのが辛くて……なんでもこなすのが当たり前になっていて。
失敗したら失望されてしまうんじゃないか、笑い者にされてしまうんじゃないかって不安だったんです」
秋月「だから、司令みたいに、強い人にならなきゃいけないって思ったんです。私も、敵を恐れない強い精神力が欲しい。
時折昼間に司令に会いに行ったりしたのも……勇気が欲しかったんです」
提督「……私が勇敢に見えるのか? 違う、破れかぶれになっているだけだ。憧れを抱くならもっと真っ当な奴にするんだな」
提督(“あいつ”に復讐する……それだけが私の人生の目的だ。それ以外にない)
提督「そういえば……軍学校の教師が、君のことをとても評価していた。成績ではなく人格をな。
人間関係でのトラブルもなく、自分の力量に驕ることもなく、ストイックに訓練を続けていると」
提督「勇気や知性は、後からでも手に入る。才能がなくとも、努力次第で人並みにはなれる。
だが心は……壊れてしまったらもう元には戻らない。戻せない……。君はその清い心を失うな、私のようにはなるな」
秋月「いいえ……勇気なんてどうだっていい。どうだってよくないけど、どうだっていいんです……建前で。
私に必要なのは……司令なんです。司令がいれば、どれだけ臆病な気持ちになっても、どれだけ怖くても、超えていけそうな気がするから」
秋月「ずっと、秋月の傍にいて欲しいんです。他の誰かじゃダメなんです……。
本当は臆病で、見栄っ張りで、弱い私を許してくれるのは……そんな秋月に勇気をくれるのは、司令だけだから」
提督「私はこれまで……口に出したことは曲げずに生きてきた。かつて君を含めた幾人かの艦娘の話題になったことがあってな……。
他提督の前で『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』と公言している。能力面もそうだが、何より精神的に未熟だからだ」
提督「君のその感情は……雛鳥が生まれて最初に見たものを親だと錯覚するようなものだ。
ガラス玉のように曇りのない美しい感情だが、そうであるがゆえに分別がついていない」
秋月「確かに秋月は司令の言う通りかもしれません。……だから、まだ出会って一ヶ月しか経っていないような相手に、自分の全てを曝け出してしまう。
自分の内側に閉じ込めておきたかった弱さも、認めたくない不完全さも……あなたの前ではいとも容易く口から零れてしまう」
秋月の口から漏れ出る言葉が、涙声で揺れる。それでも提督は聞き逃さないように耳を澄ませていた。
秋月「あなたのことを考えると……胸が張り裂けそうになるほど苦しくなってしまうんです。こんな感情になったのは、初めてなんです。
壊れた心が元に戻らないのなら……私は……。私は、あなたを喪った時に壊れてしまう」
提督「……生まれて初めて、ポリシーを曲げてもいいと思ったよ。軽薄な男だな、私は」
秋月「え……?」
提督「バカなやつだ、君は本当に。そして私も」
提督「……この夜が明けたら、君を傍に置いてやる。私の言う“あいつ”のことも、私の過去のことも、全て打ち明けてやろう。
……分別がついていないのは私の方だな。情に絆されるなど愚かしい……愚かしいことなのだがな」
提督が自嘲の意を込めた高笑いをすると、秋月もなんだかおかしくなってつられて笑い出してしまう。笑い声は重なって水の上の波紋に変わる。
提督「さあ。日付が変わる……これが最後の夜だ」
・・・・
黒い人影が遠く離れた陸地から無数に追いかけてくる。
秋月「最初の頃とは比べ物にならないほど多い……!」
提督「月が満ちれば満ちるほどに増えていく傾向があったが……今宵はさながら百鬼夜行だ」
歌が聞こえてくる。歌詞を口ずさむ幼子の声。提督にとっては聞き慣れた歌だった。秋月にとっては聞こえないはずの歌だった。
秋月「籠の中の鳥はー……」
提督「秋月……まさか、聴こえているのか? 視えてしまっているのか?」
秋月「やっと司令と同じところまで来ました。はっきりと聞き取れる。はっきりと視える……!」
提督「まずいことになった……あいつらの数の多さにも合点がいった。秋月。あれらに囲まれたのなら、私を海に放り出して逃げろ。
そうすれば君だけは助かるかもしれない。艤装の力で海を走れる君なら、まだ生き残れる可能性はある」
秋月「大丈夫です。司令……数日前に何度か実証済みです。攻略法を編み出してきましたから」
これまで提督が共に過ごしてきたような、どこか頼りない様子とは異なる自信に満ち溢れた返事。
秋月「的が小さいだけ……! 接近して撃ち落とせば退けられる。一昨日、あの黒い影と肉薄したのは仮説を試すため……!
司令の言葉がヒントになりました。私に知覚させないよう、ぼかすために言った『幻覚のようなもの』……つまり」
秋月「あれを“認識”してしまうといけないのなら……襲い来る全てを、私の“妄想”に置き換えてしまえばいい……。
視覚に入ってくるものは妄想上の幻覚であり、実体は機銃で撃ち落とせる蚊トンボに近い存在だと……そう思考を欺きました」
秋月「“認識”したものを追ってくるのなら……その“認識”自体を欺けば『視ている』が『見てはいない』状況が成り立つ。
『聴こえる』歌は全てが妄想……私の五感は今、一切この場に存在していない。秋月の世界には、司令しか存在していない……!」
提督(賭けに出たか。しかし……)
798 :
【55/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:41:52.16 ID:51r/hk3y0
舞風は本当に良い仕事をしてくれた。欲を言えば、もう少し早くこの歯車を寄越してくれれば昨日以前の夜も楽に過ごせたんだがな。
それから……吹雪にはまた迷惑をかけてしまうな。きっとあいつにとっての面倒が起きるに違いない。
秋月は目を見開いたまま硬直している。……無我の境地に到達し、認識による浸食を防ぐか。私には不可能な芸当だな。
惜しむらくは攻撃手段を武器に設定してしまったことだろうか。念力の類ならば夜明けまで退けることが出来たかもしれないのだが……。
その場合は精神力が尽きた時に同じ結末を辿るか。結局のところ、もう対抗手段はない。弾は尽き、囲まれつつある。
秋月の“攻略法”は、夜を超え朝を迎えるには至らなかった。だが……私の復讐には大きく貢献してくれた。
これだけ多くの“バグ”を引き寄せることが出来たのだ。あの時の数倍以上の量……恐らく、ほぼ全てがここに集結しつつある。
よくぞここまで膨れ上がったものだ……私の攻略法がなければ、未来にこの国は地図から消えているかもしれないな。
さて……感傷に浸るのもこれまでだ。残るミッションは二つ。
艦娘の記憶を消す薬か……。恐ろしい代物だが、これも需要があるから生み出されたものなのだろう。
恐らくこれで君は生き延びるだろうが……救えなかったのならばすまない。さようなら、秋月。
さあ。最後だ。忍び草には何をしよぞ……、もはや出来ることなど残されてはいないが。
復讐に生きた私の末路には相応しい。時は再び刻み始める。
・・・・
秋月は、毎年ドラフトで指名され続けたものの「なんとなく卒業までは学校に残りたい」と拒否を続けた。
涼金提督と出会ってから五年後に軍学校を卒業し、ようやく舞鶴鎮守府に着任。
期待通りの活躍ぶりで名を轟かせていたものの、秋月はそうした評価にはほとんど関心を示さなかった。
地位や名誉といったものに執着が薄れたようである。
「自分にとって大切なものが他にあるはずだ」という彼女なりの心境の変化があったらしい。
代わりに、他者との交流を積極的に取るようになり、いくつかの趣味を持つようになった。
十年間舞鶴鎮守府に務めた後、柱島泊地に異動を言い渡される。
十年も過ごしただけあって別れを名残惜しむ者が多かったが、秋月はこの異動をポジティブに捉えていた。
この時の彼女には、どんな環境に移ろうとも上手くやっていけるという自信とそれを裏打ちするだけの能力があったからである。
事実、柱島泊地に着任してから一年が経過しているが、彼女に対し好感を抱いていないものなどいなかった。
公明正大にして冷静沈着。どんな危機にも動じない判断力や決断力を持つ、私人としても武人としても優秀な人材に成長していたのだった。
・・・・
任務を終え、施設内の戸締りをしていた秋月は瑞鳳に呼び止められる。
瑞鳳「あら秋月。ここに居たのね。これ、郵送で届いてたの。舞鶴鎮守府からだって。
……柱島泊地の秋月さんに〜、って書いてあるのは良いんだけれど、差出人の名前がないのよね」
秋月(舞鶴からの小包ですか……。ここに異動になる前はずっとあちらに在籍していたから、不自然というわけではないけれど……誰からでしょう)
小さなダンボール箱を秋月に手渡す瑞鳳。箱の中に何が入っているのかは分からなかったが、それなりに重みがあるように秋月は感じた。
瑞鳳「一応検査は通っているから危ない物ではないみたいだけど。説明書きも無いし、何かワケありな物が入っているのかしら……?」
秋月「うーん……私にも何か検討つかないですね。ここで開けて中身を確かめてみましょうか?」
箱を開けると、入っていたのはダイヤル式の黒電話だった。
瑞鳳「このご時世に黒電話……? こんなものを送りつけてきて何がしたいのかしら」
秋月「ダイヤル部分が壊れていて全然回りませんね……。なんでしょう、これは」
瑞鳳「イタズラ? 嫌がらせ? どっちにしてもなんだか不気味よね。壊れていて使えないみたいだし、要らなかったらこっちで処分しとくわよ?」
秋月「いえ……無意味にガラクタを送りつけてくるような知り合いはいないと思うので、少し自宅で調べてみます」
・・・・
弦月が浮かんでいる。夜霧が立ち込めていて、窓から見える星の光は滲んでいた。
秋月「結局……なんなんでしょうかこれは。ケーブルとその変換器があれば受信だけは出来るかもしれませんが……そんなものはありませんし」
瑞鳳から渡された例の黒電話は、分解して中身を確かめた結果内部に破損はなくダイヤル部分を直せばまだ電話として使えることが判明した。
……分かったことはそれだけで、意味深な紙切れが隠されていたり盗聴器が仕掛けられていたりということはなかった。
秋月「明日、乙川司令に言って差出人について調べてもらった方が良さそうですね。……」
秋月が床に就こうとした矢先、ジリリリ……と音が鳴り響く。秋月はすぐさま電気を点け、音がどこから鳴っているのか確認する。
秋月「……! これは、黒電話の呼び出しベルの音に違いありませんが……」
電力が供給されておらず、電話線も繋がっていない。
ベルは確かに内臓されていたが、ひとりでに音が鳴りだすような機構など当然なかった。
物理的に起こり得ない現象が生じている。このような心霊的な恐ろしさは彼女にとって未体験のことだった、はずなのだが……。
秋月(不思議……不思議なぐらい気持ちが落ち着いている……)
秋月(前にもこんなことがあったような……? いや、そんなはずはない……でも。
ずっとこういうことが起こるのを期待していたような……不思議な気持ちがします)
おそるおそる、受話器に手をかける秋月。
799 :
【56/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:49:53.98 ID:51r/hk3y0
??「……初めまして、になるな」
朴訥さを感じさせる低めの男声。秋月にとって聞き覚えのないものだった。
秋月「あの……どちら様ですか? というより……どうやって話しかけてきているんですか?」
??「……電話に取り憑いた未練がましい悪霊さ。名前ももうない」
秋月「幽霊……ですか? 確かに、この現象はそうとしか説明がつかないけれど……」
秋月(悪霊と自称してるわりには、敵意や害意を全く感じませんね……。怖さを感じない、というより、むしろ話をしていて心が落ち着くような感覚が……)
??「一つだけ望みがある、協力願いたい。今や褒美を与えることさえ能わないゆえ、強制力を持たないただのお願いだが。
君にとって利のない依頼だ。嫌なら今すぐこの電話を海にでも投げ捨ててくれればいいが……」
秋月「良いですよ。お引き受けしましょう」
??「! まだ、内容も話もしていないのにな……。まあいい」
秋月(彼が本当に幽霊なのかどうか、真偽のほどはさておき……ポルターガイストじみた怪現象を起こしてでも叶えたいことがあるのでしょう?
見捨てるなんて出来るわけがない。わざわざ面識のない私に頼むのも、何か理由あってのことでしょう)
??「舞鶴湾のとある入り江に、私の遺体がある。君にそれを見つけて欲しい。舞鶴の鎮守府には窓位大将という提督がいる。見つけたなら彼に引き渡してくれ」
・・・・
翌朝の柱島泊地執務室。この泊地を統括している乙川提督とその秘書艦である瑞鳳は、秋月に関する話をしていた。
瑞鳳「提督。舞鎮から書状ですって。昨日秋月に届いてた荷物と関係があるのかしら……?」
乙川「ああ、昨日の夕飯で話してた壊れた黒電話ってやつか。どうだろう。ん〜、どれどれ……」
※乙川提督が作れる料理といえば、せいぜいカップラーメンかレトルトのカレーぐらいである。
このため、彼は毎晩瑞鳳の家に通い自分の分の夕飯を作ってもらっている。
また、最近は自分の家から瑞鳳の家に移動する手間さえ億劫になってきたためか同棲生活をしている。
乙川「うちの秘蔵っ子を舞鶴に貸して欲しいってさ〜……どうしましょうかねえ」
書面に目を通し、困り顔を浮かべる乙川提督。
瑞鳳「そんな嫌なことが書いてあったの? 秋月を舞鶴に引き抜きたい、みたいな話かしら?」
乙川「いや、悪い話ではないんだけどね……こんな感じ」
乙川提督が机の上に置いた書類を読む瑞鳳。
瑞鳳「なんだ、たった数日舞鶴に行かせるだけじゃない。依頼の内容も港に寄る漁船の護衛なんて簡単そうな内容だし……。
たったそれだけのことで貴重な改修用の資材なんかを提供してくれるって言うんだから、むしろ美味しい話じゃない?」
乙川「日付が宮ごもりと被っちゃうんだよ。せっかく秋月の分の浴衣まで用意したのにさ……経費で」
※乙川提督や瑞鳳たちが暮らす柱島は、ここ柱島泊地から6kmほど離れた位置に浮かぶ島である。
柱島泊地在籍の海軍関係者からは本島と呼ばれるこの島では、毎年この時期に『宮ごもり』という名の秋祭りが行われている。
かつて艦娘含む軍人と島民との間に交流は無く、祭りも限界集落で行われる町内会程度の規模であったが、
乙川提督が着任して以来これを大々的に祝うようになった。
瑞鳳「けいひ……今なんて? 最後の方にボソッと呟いた言葉がちょっとよく聞こえなかったんだけど〜?」
乙川提督に笑顔で詰め寄る瑞鳳。こめかみには青筋を浮かべている。
・・・・
舞鶴湾は、氷河期後の海面上昇によって山や谷が海に沈み込んだ結果生じたリアス海岸である。
湾の四方が山に囲まれていることから強風や荒天を避けることができるため、港を設置するには最適な場所だ。
秋月(今日で遺体を見つけることが出来れば宮ごもりの前日には柱島に帰れるはず……日没までにサクッと終わらせたいところですが)
秋月「こんな港の近くにある遺体なんて、私が探すまでもなく引き上げられているはずでは……?
沖に流されたのならそれはそれで見つからなさそうですし……」
受話器片手に質問する秋月。
??「今も残ってるさ、必ず。……そして見つけられるのは蓋し君だけだ」
秋月「? それってどういう……あっ!? これが……」
白い髪をした男の遺体が浮かんでいる。右手は手の平を広げた状態で空へ向けていて、左手は銃を握ったまま半分ほど海に浸けている。
こめかみに穴が開いていることから察するに、自殺したのだろう。にも関わらずに遺体はにやけた笑みを浮かべている。
??「私には視覚がないから判別つかないが……恐らく君の見ているそれが生前の私だよ。……さあ、回収してくれ」
秋月(……? この遺体、まるで石膏像のように堅い。指の関節ですら全く折れ曲がらない……死後硬直にしてもこれはありえません。
気になることが多いですね……後で訊いてみましょうか。協力しているのだからそのぐらいの権利はあるはずでしょう)
800 :
【57/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/21(水) 23:54:34.84 ID:51r/hk3y0
舞鶴鎮守府に着くと、秋月の知己である阿武隈という艦娘に案内され、第四執務室という部屋に招かれる。
阿武隈「窓位提督〜? この木炭みたいに黒い、人の形をした物体はなんですか? 推理モノの犯人みたいに黒づくめですけど……」
窓位「人間の遺体、らしいよ。ボクにもそうは見えないけどね」
阿武隈「ええっ!? なんてものを運ばせてきてるんですか!? 怖……」
秋月(私が今背負っているものは、どうにも他の人には遺体に見えていないらしい……。奇妙な話ですが)
窓位「おっと……そっちのけで話しちゃってごめんね。初めまして、窓位です。ここの鎮守府の提督の一人だよ」
背は秋月よりも少し低い、少年のような見た目をしている男性。彼が窓位大将らしい。
秋月「秋月です、初めまして。その……この遺体のどこが黒いんですか? 血色も失われていないし……死後間もないように見えますが」
窓位「なんだか変な黒電話が届いただろう? おかしなことばかり言うもんだから最初は悪戯か何かだと思ったんだけどね……。
彼の言うことが正しいとするならば、その遺体が遺体に視えるのは君だけのはずなんだよ。ボクらには人の形をした真っ黒な物体にしか見えないんだ」
秋月「なんですって……?」
窓位「十六年前に自殺した涼金凛斗という人間の遺体らしい。当時ここ舞鶴鎮守府の提督だったそうだから、調べてみたんだけど……。
何一つ手がかりがないんだ。ボクが着任する何年も前に資料室で小火騒ぎがあったようで、彼の名前が載っていたであろう書類だけが焼失」
窓位「ネット上のデータベースにアクセスして十六年前の情報を探っても、彼が指揮していた艦隊に関する情報は出てくるのに、肝心の彼の名前がない。
涼金提督に該当するであろう情報を調べようとすると全部エラー扱いだ。当時舞鶴の提督だった他の人に話を聞いても覚えがないとのことでね」
窓位「君以外にはその遺体をそもそも遺体だと認識することさえ出来ないようだし。これはやっぱり……」
秋月「……この世界から強制的に抹消された、というぐらいに不自然な消失の仕方ですよね」
窓位「直接そう説明されたわけじゃないから推測だけど、ボクもそういうことだと思う。
彼は十六年前に自殺し……何らかの強制力によってこの世界にいた痕跡ごと失われた。たぶん、人為的な力ではないと思う」
秋月「私が軍学校に在籍していた頃の話ですね……十六年前」
刹那、水面に揺れる満月の映像が秋月の脳裏を掠める。
秋月(私ともう一人……背中合わせで月を見上げている光景。私の後ろにいる人は誰? ……思い出せない。十六年前、何があった?)
窓位「彼の要望は、君の持ってきたその遺体を富士山頂に埋葬して欲しいんだって。理由を明かしてはくれなかったけど……。
すごく深刻そうな口ぶりだったから、そうしない限りは成仏出来ないんだろうね。……どうかした?」
秋月「あっ、いえ! 大丈夫です。十六年前に何があったかなって、記憶を想起しようとしていました」
窓位「君は彼と過去に面識があるんじゃないかな。ほら……お金や名誉はあの世に持って行けないだろう?
記憶もまた同じなんだ。お金と違って完全に引き継げないわけじゃないけど……よほどの思い入れがない限り薄れやすい」
窓位「十何年も現世に残っているって時点で相当な未練があるのは間違いないんだけど……。
ただの後悔や憎しみの感情だけなら、彼のように明確に記憶を保っていられるとも思えないんだよね」
阿武隈「窓位提督って……そんな霊能者みたいなこと言う人でしたっけ? よく死後の世界のことなんて知ってますね」
窓位「いやいや……死後の世界のことは分からないし、霊視もできないよ。ただ、大昔……この人工樹脂で出来た肉体に移し替えるための手術を受けた時にね。
その時にボクは女神と……神様と会ったんだ。臨死体験ってやつになるかな。……漠然とだけどその時された話を今も覚えてるんだ」
秋月(この方も結構ワケありみたいですね……)
窓位「あー……二人ともポカンとしてるね。この話はやめようか。なんていうかそうだなあ……彼は、とても孤独だと思うんだ。
ボクが電話に気づくまでは誰に知られることもなく、ずっと電話の中でこういう時が来るのを待ち続けていたみたいでさ……」
思案するように黙り込んだ後、決心したのか目をぱっちりと見開いて秋月に言葉を向ける窓位提督。
窓位「ボクは、彼に言われた通り遺体を山頂に埋めようと思う。どうして彼がそれを望むのか理由は分からないけど……。
もう亡くなってしまった彼のためにボクがしてあげられることはそれぐらいしかないだろうから……そうするつもりだ」
窓位「けど、君なら彼のことを救ってあげられるのかなって、不意にそんなことを思ったんだ。
一人ぼっちの暗闇の中で十年以上過ごしていても君の名前を忘れなかったってことは、君は彼にとってそれだけ大切な人なんだろうから」
・・・・
舞鶴鎮守府の寮内にある空き部屋。秋月はここで一晩過ごすことになった。柱島へ戻るための支度を終え、パジャマ姿で布団を敷く秋月。
窓位提督に遺体を渡して以降、秋月は涼金に何一つ話を聞くことが出来ないままであった。黒電話のベルが一度も鳴らなかったからである。
秋月「向こうから呼び出すことは出来ても、こっちから発信することは出来ないんですよね。この電話……」
秋月(でも……窓位司令に存在を気づかれるまで前もずっとこの電話の中に魂を宿し続けていたようだから……。
つまり、ベルが鳴っていない状態だろうと彼はこの電話に憑依しているってことですよね。きっと今も……)
秋月「あっ! 閃きました。こういうのはどうでしょうか」
毛布と布団の間に潜り込み、背を曲げて丸まる秋月。懐にギュッと黒電話を抱え、耳元に受話器を寄せる。
秋月「そちらに話をする気がないというのなら、実力行使しかありませんね。
私の体温がプラスチック越しに貴方へ届くまで、私の声が受話器の向こうの貴方に届くまでずっと話しかけ続けますから」
801 :
【58/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:01:20.25 ID:OEF6BDPZ0
秋月「……秋月、十六年前のこと思い出そうとしているんです。軍学校時代のこと。きっと、その時秋月は貴方と一緒に居たんですよね」
秋月「波のない静かな海の上をクラゲのように漂って……私と貴方で、背中合わせに満ちた月を見上げている。
二人の影を、月明かりが照らしていたんです。そんな光景を……記憶にはないはずなのに、思い出してしまうんです」
秋月「……素敵な思い出のはずなのに。思い出そうとすると不思議と涙が出そうになるんです。
悲しいのか、切ないのか、自分でも分からないんですけど……どうしてなのかな……」
秋月が黙ると部屋は静寂に包まれる。普段の寝室よりもずっと広い、何もない部屋。
秋月「……なにかお話してくださいよ。さびしいじゃないですか……司令」
秋月(あれ……私、どうして『司令』って……? 十六年前はまだどこの艦隊にも所属していなかったはずなのに。
それなのに、すごく自然に言葉が出てくる……想いを伝えたいって気持ちが、とめどなく溢れてくる)
提督「……私のことなど忘れたままでいれば良かったのにな。もう私が君にしてやれることはないんだ。思い出したところで、何の意味もない」
秋月「それでも……私は嬉しいです。もう一度司令と話がしたかったから」
受話器越しに弾む声で喜びを伝える秋月。
秋月「残念ながら、未だに全部は思い出せないんです。でも、少しずつ思い出してきた。司令の声を聴いて、また一つ思い出しました。
私は、秋月は……司令のことをお慕いしていたんだってことを。そして今も……」
秋月「ずっと忘れていたのに、十六年も経って今更好きだなんて虫がよすぎますよね。ごめんなさい。でも、今の秋月の本心です」
秋月「司令と普通に出会って、普通に別れていたらこうはならなかったはずなんです。私の中から強制的に司令が失われたから……。
喪われたことにすら今まで気づけなかったから……悲しくて、やるせなくて……。でもこうしてまた会えたから、たまらなく嬉しくて、愛しくて」
提督「分かっていた。君が私のことを思い出して喜ぶことも、悲しむことも……だから隠していたかった。黙っていたかった」
秋月「司令が生きていたのなら……抱き締めて、ありったけの好きだって気持ちを伝えたかったのに……! どうして司令は……」
彼のかつての器であった肉体は既にその機能を停止していて、魂が再び宿ることは永遠にない。
・・・・
提督「あの後の経緯を話そうか。最後の夜、無数の黒い影のようなものに追われていただろう。覚えているか?」
提督「私は個人的にあれらを“バグ”と呼んでいる。先人は“認識の小人”なんて呼んでいたが……今回は便宜上バグと呼ぶ、その性質は五つ」
第一:バグは満月が最も地球に接近する日から約三十日前に出現・活性化する(おおよそ二十年に一度の周期)。
活性化していない状態では無害であり、月の接近期間内でも日中は活性化しない。
第二:バグに能動的に触れた者をこの世に居た痕跡ごと消失させる。
第三:バグは他のバグを引き寄せる。バグは他のバグの集まる場所へと向かう。
第四:バグが疎らに存在している場合は、その存在を認知している生物を優先的に対象として狙いに来る。
第五:複数のバグが対象を取り囲んだ際、囲まれた範囲内に存在する全てのものを消失させる(生物・無生物問わず)。
提督「尤も、これらは先人と私で発見した法則のようなものだ。君が攻略法を編み出せたように、対策もあるのかもしれない」
秋月(黒い小人……? 覚えているような、覚えていないような)
提督「……最終日、私と君はバグに囲まれつつあった。もはやあの状況を切り抜けることが不可能だと当時の私は判断した。
そこで、“時の歯車”という道具を使った。簡単に言うと時間を停止させることができる道具だ」
秋月「時間を止める……? じゃあ、秋月は司令と一緒に海上にいたはずなのに、次に意識を取り戻した時鎮守府に居たのは……」
提督「そう、時間を止めて君を鎮守府まで引き戻した。そして私と過ごした約一ヶ月間の記憶を消す注射を打った」
秋月「そんなものがあったなら、司令もその場から逃げ出せば助かったのでは……?」
提督「……あの時のような大群に追われていては、海の上のどこに逃げようと振り切ることが出来ない。
まして陸地に逃げればその被害たるや計り知れない。それに……あの時は」
提督「あの時はもう、死んでしまっても良かったんだ。私はバグを無効化させることが出来ればそれで良かった。当時の私はな」
提督「止まった時間の中では自ら許可しない限りバグに触れようとも消失することはない。
一方で、自分の肉体と銃だけは通常通り動けるように許可すれば、止まった時間の中でも自殺は可能だ。
私が死んだ瞬間に時は再び動き出し、しかし私の遺体の時間だけは止まり続けるよう、時限設定をした」
提督「私の遺体は永遠にバグを集め続けるだろうが、時間が止まっているからバグが活性化しようと消失することはない。
その後肉体から抜け出した私の魂はこの黒電話を器として選んだ。これがあの夜の後のいきさつだ」
・・・・
秋月「司令はあの夜……ずっと一緒に居てくれると言ってませんでしたか? 秋月のことをずっと傍に置いてくれるって」
提督「約束、果たせなかったな。……すまなかった」
秋月「いいえ、お詫びの言葉なんていいんです。謝って欲しくなんかないんです。過ぎてしまった時間は取り戻せないから。
でも、この先の時間なら変えられるはず。……十六年の空白さえも埋め尽くしてしまうぐらい、二人で未来を彩っていけばいい」
秋月「だから……今度こそ。私と一緒に居てくれませんか? 私と一緒に未来を歩みませんか」
提督「突き放しても、記憶を消しても、君はどこまでも追いかけてくるんだな……」
802 :
【59/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:04:06.91 ID:OEF6BDPZ0
秋月「当たり前じゃないですか。それだけ大切な人なんですもの」
提督「死人が生者を縛るようなことは言うべきではないんだろうが……君がそう言ってくれるのは、実のところ嬉しい」
秋月「良かった……司令も、秋月と同じ気持ちだったんですね」
秋月の背中が温もりでいっぱいなのは、毛布の暖かさだけではなかった。込み上げる感情が彼女の体温をゆっくりと高めていく。
提督「……もう、寝た方がいい。明日は柱島に帰るのだろう? ゆっくりとお休み」
秋月「はい。ふふ……また明日。明日も、いっぱいお話しましょうね。もっと司令のことを思い出させてください。おやすみなさい」
触れることも出来ず見つめることも出来ないからこそ、その声に、その言葉に、秋月はありったけの愛情を込める。
それが苦しいほど伝わってくるからこそ、提督は何も言えず押し黙っていた。
・・・・
ススキが風に揺れている。鈴虫の音が遠くから聞こえてくる。朝焼けの光が差して茜色に染まる原野。
煙のように白い髪の子供が岩の上に腰掛けていた。もの憂げな瞳は、焼け焦げた跡だけが残る何もない地面を映している。
秋月も彼の横に座り、同じ目線で同じ景色を眺める。空間ごと切り取られたかのように何もない、土が露出したまっさらな地面が広がっている。
提督「この姿は、八歳の頃の私だ。三十六年前の思い出さ。地図にも載っていないような山間の隠れ里で私は生まれ育った。
外界から隔離されていたこの場所にも、人の営みがあったんだ。私の家族もここで暮らしていた」
提督「この集落には、仏教や基督教のような宗教らしい信仰体系があったわけではないが……。
無生物の中にも精霊が宿っているという伝承を信じていたんだ。命を持たない物にも思念や意志が宿るのだと」
提督「だから……壊れてしまった道具や家具を弔う風習があったんだ。壊れた家財道具をわざわざ富士の山まで運んで、死者と同じように弔っていた。
あの山のなるべく高い場所に埋めることで、御霊が早く天へと昇れるようにと祈っていたんだ。今の時代に同じことをすれば不法投棄で捕まるのだろうが」
提督が遠方の景色を指し示す。藍色と茜色が混じり合う東雲の空に、いわし雲がたなびいている。
空の色にも雲の色にも染まらない、紅色の輝き。燃えるように赤く染まった富士の山が聳えていた。
提督「ここを離れる時、最後に見た景色だ」
秋月「綺麗な赤富士……こんな鮮やかな赤い色は初めて見ました。……」
提督「消失した故郷のことを覚えているのは、当時生き残った私しかいない。そしてその私も今やこの有様。だが……ここには命があった。
この先も続いていくはずのささやかな未来があった。これまで人が積み重ねてきた過去の証があった。あったはずなんだ」
提督「生まれ故郷があったことを、そのことをこの世に残したい。無かったことにしたくないんだ。これが私の今の願いだよ。
私の遺体をあの山に埋めれば弔いになる。今や私の肉体だけが故郷がこの世界にあったことの証明なのだから……」
秋月「司令がこうして夢に出てきたのは、秋月にさよならを言うためにですか? ……やはり、別れなければなりませんか」
提督「ああ。死んだ後まで君を巻き込んでしまってすまないな。十六年も経って昔のことを蒸し返す形になってしまった。
しかし……復讐を果たした後もなお成仏できないぐらいには想い入れがあるんだ。君のおかげで、ようやく私は役を終えることができる」
提督「本当は何も言わずに消えてしまうつもりだった。こうして感情を分かち合えば分かち合うほど別れの痛みは増すのだろうから。
だが、君のひたむきさに惹かれてしまったんだ。君の抱いてくれた想いを踏みにじりたくない……だからこうして直接別れを告げに来た」
隣に座る提督の右手を両手で握り、訴えかけるような上目づかいで彼を見つめる秋月。
秋月の方へ振り向いて、喜びとも悲しみともつかない複雑な表情をする提督。
秋月「どんな理由であれ……司令とまた会えて、心の底から良かったと思っています。たとえそれが夢の中であっても」
秋月「……もし。今まで、未練があって成仏出来なかったというのなら……それが理由でこの世界に留まり続けることが出来るというのなら。
これからは秋月がその理由になりませんか? 秋月は……司令にとっての未練にはなれませんか?」
提督「分かっているだろう。死んだ人間がいつまでもこの世界に干渉し続けてはいけない。死んだ人間のことを引きずり続けてはいけない。
私のように過去に囚われてはいけないんだ。私の時間はあの日から……この景色から止まったままなのだから」
秋月「秋月は過去に囚われてなどいません。ずっと司令との未来に臨んでいます、今だってそう。
あの赤富士も司令にとっては過去の心象風景でも、秋月にとっては初めて見る景色。司令はいつだって……秋月にないものを与えてくれる」
まばたきすることもなく、秋月の澄んだ墨色の瞳はただ目の前の提督だけを捉え続ける。
秋月「分かったんです。私が一人だけ司令の遺体を識別できた理由が。
確かに司令に関する記憶は失っていた……でも、司令はずっと秋月の心の中にいたんです」
秋月「仮に人間が太陽という天体の名前を忘れたところで、その光は変わらず天から地へと降り注ぐ。
司令の想いは、ずっと秋月に届いていたんです。秋月の司令への想いは、ずっと残っていたんです。記憶を失ってしまってもなお」
秋月「司令は……秋月にとっての太陽なんです。司令という光が秋月の道を照らしてくれる。だから、この先の未来も……!」
提督「君の望みは叶えられない。もう限界が来ているんだ。全ての命に終わりがあるのと同じ。
その霊魂にも現世に留まり続けていられるタイムリミットがある。私はもう時間を使い果たしつつある」
提督「私のような陰気な男に、太陽など似つかわしくないのだろうが。君がそう言ってくれるのなら……。
私にとって君は、夜の闇のように限りない孤独すらも優しく照らしてくれる、満ち足りた月なのだろう」
提督「この景色を見た時に、隣に君がいれば良かったと強く想う。君が傍に居たならこうはならなかったのだろうから。
それでも……最後に君に会えて良かった。私の中で止まっていた時計の針が、君のおかげで再び動き出したんだ。ありがとう」
提督が立ち上がると、陽光が彼の背中を包み込むように照りつける。富士山は穏やかな空色を取り戻していく。
803 :
【60/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:19:19.58 ID:OEF6BDPZ0
朝、秋月が目を覚まして黒電話を確認すると、受話器と本体とを繋ぐケーブルが断線していた。
もう黒電話から提督の声がすることはない、その暗示なのだろうと秋月は解釈した。
秋月はそれから、予定通り柱島に帰ることにした。涼金提督の埋葬は数日後に行われるらしい。
深夜にヘリコプターで山頂上空を目指し、そこから複数名の艦娘が棺を持って飛び降り、秘密裡に地中へ埋めるのだそうだ。
十一月末の富士山といえば、豪雪荒れ狂う極めて危険な山である。常識で考えれば実現不可能な自殺行為に等しい。
……もっともそれは人間にとっての常識であり、艦娘にとっては深海棲艦との戦いに比べればお茶の子さいさいな様子だった。
秋月(乙川司令に頼めば、涼金司令の遺体を埋める作業に同行するのを許してくれるかもしれませんが……他の艦娘もいますし。
あの人も多分、秋月に別れを引きずって欲しくはないんでしょうから……涼金司令のご遺体の安息と、彼の冥福をここから祈りましょう)
秋月「秋月、ただいま戻りました」
執務室の扉を開け、乙川提督に舞鶴で果たした任務の報告を済ませる秋月。
乙川「ふむ。やはり秋月にとっては簡単な依頼だったようだね。これで明日の宮ごもりも誰一人欠けることなく祝える。良きかな良きかな。
……って秋月? ちょっと元気なさげだね。舞鶴で何かあったかい? 言いたくないようであればすごく回りくどい形で聞いていくけど」
瑞鳳「気遣うような口ぶりしておいて、結局何があったか聞こうとするのはやめないのね……。
ま、辛いことは一人で抱え込んじゃいけないわ。私たちいつも秋月に助けてもらってばかりだからね、たまには頼ってくれてもいいのよ?」
瑞鳳「いつも元気に前向きでいられたら良いけれど、そういうものでもないじゃない? 無理して明るく振舞ってもしょうがないしね。
それに、人って色んな一面を持って生きてるから。いつもと違う表情を見せたぐらいで秋月のことを嫌いになる私たちじゃないわ」
普段は痴話喧嘩にも似た漫談を繰り返している二人が、この時はいつになく頼もしく見えた。
秋月(私……やっぱり恵まれてるんだな。こうして気にかけてくれる人たちが居るんですもの)
秋月「あ……いえ、言いたくないわけじゃないんですけど……。昔を思い出す、懐かしいことがありまして。
ちょっぴり切ないんですけど、素敵な、大切な思い出なんです。私自身整理がついてないから、何をどう説明したらいいか……」
乙川「ん〜、そうだねえ。じゃ、前夜祭と洒落込もうか。瑞鳳の家に美味しいお酒がたくさんあるんだよ。
なんでかっていうとせっかく僕が通販で買ったお酒を全部瑞鳳が没収しちゃったからなんだけど……」
瑞鳳「お酒を飲みながら仕事しようとするのが悪いのよ、もう。でも……みんなで集まって飲む分には構わないわよ。
楽しく嗜むならお酒もいいじゃない? じゃあ……今日の仕事ももう終わりだし、宴会の準備をしなきゃね」
・・・・
乙川提督と瑞鳳、秋月のほか、たまたま場に居合わせた照月の四人が卓を囲んで話し合っている。
秋月にとって舞鶴であったことや十六年前の出来事をそのまま説明することは難しかったため、
「軍学校時代に好きだった人と再会して、投合したがやむを得ない理由でまた離れ離れになってしまった」と話した。
瑞鳳「なるほどね……初恋の人との十六年ぶりの再会かぁ〜。ロマンチックねえ」
照月「秋月姉ぇ、軍学校時代にそんな人が居たんだ……浮いた話とか全然聞かなかったからビックリしちゃった」
乙川「十六年も経ったらだいぶお互い変わってそうな気がするけどねえ。それでもやっぱり惹かれ合うものがあったんだね」
秋月(まあ……艦娘である私は老いることがありませんし、涼金司令も十六年前に亡くなった時のままですからね……)
秋月「ええ。もうこの先会えることはないだろうから、ちょっぴり寂しいですけど……でも。
お互い伝えたいことは伝えられたし、それでも別れざるを得ないなら仕方ないのかなって思うんです」
乙川「ふぅむ……相手方の事情はよく分からないけど、こんな一途で純情な子を悲しませるなんて紳士のやることじゃないな」
瑞鳳「自分のこと棚に上げて何言ってるんだか。提督だって大概じゃない」
乙川「いや、そんなことは……あるけども。ま、僕だって何のリスクも冒さずにここの提督になったわけじゃないんですよ」
乙川「正味な話……惚れた女の子を泣かせるぐらいなら、奇跡の一つや二つ起こしてでも傍に居てやるべきだって僕は思うけどね」
秋月(そういえば……乙川司令が柱島を離れた後、瑞鳳さんに再会するために『一生分の勤勉さを使い果たすぐらい頑張った』って言ってましたもんね。
瑞鳳さんには『偉い人相手にハッタリで誤魔化しおおせた』なんて話してるからバラさないで欲しいって言われましたが……)
秋月「奇跡、か……」
・・・・
翌朝になり他の面々は鎮守府へ向かったが、秋月はこの日非番だった。
自宅に帰って遅い朝飯を済ませた後、早く出しすぎたコタツに入って窓越しに空を眺めていた。
このところ冬の始まりを感じさせるような寒い日が続いていたが、今日は気温も暖かく秋晴れの空に太陽が輝いていた。
秋月(司令は……そっちから見てくれていますか? 秋月もいつか、そちらへ向かいます……その時まで待っていてくれますか?)
秋月「……なんて。やっぱり思えないんですよね!! 諦めきれませんもの、司令のことを」
秋月(乙川司令だって、本当は瑞鳳さんと離れ離れになるはずだったところを無理矢理手繰り寄せたんだもの。
太陽と月ぐらい離れていようと、此岸と彼岸で隔たれていようと……いつか必ず)
秋月「必ず、会えるはず……! だって、奇跡を起こしてでもまた会いたい人なんですもの」
無意識のうちに秋月はコタツを抜け出して家の外を歩いていた。
とにかく行動を起こしたいという気持ちが思考に先行して彼女の体を突き動かしていたのだった。
804 :
【61/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:23:06.85 ID:OEF6BDPZ0
秋月(……試せることは全部試しておきたいんですよね)
秋月は全くの考えなしに家を飛び出したわけではなかった。
愛車に乗り込んでアクセルを踏みしめ、テンポの速い音楽をスピーカーから流す。向かった先は鎮守府だった。
駐車場に車を停めて鎮守府内の工廠に入ると、前掛けをかけて半田ごての電源を入れる。
秋月(壊れているなら、直せばいい。断線した部分は半田ごてで溶接して、あとはガワに付いたダイヤル部分を回るようにしてあげればいい。
そんなことをしたってまた司令と話せるかどうかは分からない、声が聞けたところで何を話したらいいかは分からないけど……)
・・・・
秋月「修理完了です! ……で、案の定何も起きませんね。でも、これで普通に電話としては使えるようにはなったみたいですし、自宅に置いてみましょうか。
電話線などを取り寄せる必要はありますが……ん、長10cm砲ちゃん。どうしたの? 今日の出撃はないですよ」
円柱状のボディに直方体の頭部、触覚のように伸びた二本の円筒。秋月の脛程度の体長。
この生き物ともロボットともつかない銀色の奇妙な物体は、秋月に『長10cm砲ちゃん』と呼ばれていた。
秋月の装備の一種でありながら彼女の動きをサポートするように自律稼働するという、変わった立ち位置の兵装である。
積載する必要のない武装であるから艦娘の負荷にはならないものの、コストが高いためごく一部の艦娘にしか与えられていない装備であった。
秋月(そういえば……長10cm砲ちゃんを私に与えてくれたのは涼金司令だったのかも……? 長10cm砲ちゃんと最初に会ったのも、たしか十六年前だった。
そう、突然何の説明もなく鎮守府からハイエンドな装備を渡されてビックリしたのを覚えてます)
秋月「長10cm砲ちゃん! 何か覚えていない!? 涼金司令のことっ」
秋月が長10cm砲ちゃんに問いかけると、頷いてウインクする。
秋月(長10cm砲ちゃんは装備の一つではあるけど、どちらかといえば扱いは艤装に近い。いうなれば自律意志を持った艤装……私の半身ともいえる。
私が涼金司令のことを思い出したのに呼応して、長10cm砲ちゃんも何かを思い出したというの……?)
ガション! ガション! ガション! 突然その場に飛び跳ねる長10cm砲ちゃん。
秋月「長10cm砲ちゃん!? 急にどうしたの? あんまり暴れないでぇ! 」
その身体から強い光を放ち、秋月の視界を眩ませる。再び瞼を開けると、秋月の眼の前に黄色い歯車がふよふよと浮遊していた。
秋月「これは、司令の言っていた時の歯車……? 時間を止めることが出来るそうですが……」
長10cm砲ちゃんは首を振った。どうやらこれは時間を操ることの出来る道具ではないらしい。
秋月「黒電話に使ってみて……ですか? 使うって、どうやって……」
歯車を黒電話に近づけると、物理法則を無視してそのままめり込んでいってしまう。
長10cm砲ちゃんの時と同じように光を放った後、歯車は電話から抜け出して秋月の手元へ戻ってくる。
秋月(物から物へと入り込むんですかね……? えっ、次は秋月の手に……何がどうなってるんでしょう)
今度は秋月の手の中に溶けていくように潜り込んでいく。秋月の脳内に、光が駆け巡っていくイメージが浮かび上がる。
秋月「……司令が、長10cm砲ちゃんにこれを持たせていた理由が分かりました。
この歯車は、空間――ひいてはその空間上に存在する物体や概念を再生させるための物」
秋月「ぼやけていた十六年前の記憶を……涼金司令との記憶を、今完全に思い出しました!
奇妙な映像のことも、一緒に見た夕焼け空が赤かったことも、美味しいお寿司を奢ってもらったことも……」
秋月(司令と昨日電話や夢の中で話していた時に思い出したのは、司令に対する思慕の感情と、その感情から連想された記憶だけだったんですね。
『愛していた』という想念そのものの記憶と、その感情から描き出された風景の記憶。……月が照らす美しい海原の思い出)
再び自分の前に浮かび上がった歯車を掴んでポケットにしまい、黒電話の受話器を手に取る。
秋月「司令! 秋月です。聴こえてますか? 全部思い出したんです。全部思い出せたんです! ……」
秋月(返事がない……当たり前といえば当たり前なのですが。でも、あの歯車は黒電話にも作用していたはずなのに、司令が居る“気配”を感じない。
司令の放つ気のようなものを感じない……ここに司令はいないというのでしょうか。……)
秋月「失った記憶は蘇ったとしても、遠くに離れてしまった魂は戻らない、か。……でも、腑に落ちないですね」
秋月が疑問に思ったのは、期間の短さである。涼金凛斗に別れを告げられたのは一昨日の晩だ。
そして彼の遺体は恐らくまだ舞鶴鎮守府に残っている。彼は目的を果たせていないのである。
秋月(十六年間もその時が来るのをじっと待ち続けたというのに、望みの顛末を確認出来ないまま成仏など出来るのでしょうか。
確かに現世に留まり続けていられるタイムリミットがあり、その限界が来ているとは言ってましたが……)
秋月(思い違いかもしれませんが……この歯車には死んだ人間すらも生き返らせてしまうほどの力があるような気がする。
司令の遺体に内臓されているのが“時の歯車”だとするのならば……これはまさしく“空間の歯車”)
秋月(時間を支配できる道具に比肩するほどの、物事の道理すらも捻じ曲げてしまうほどの強いエネルギーをその身で体感しました)
秋月「司令がこれを託していたこと……きっと意味があるはず。奇跡だって起こせるはず」
・・・・
工廠内で様々な調査を繰り返した結果、秋月の直感通り、この黄色の歯車には壊れたものや失ったものを再生する力があるようだ。
物質に限らず、コンピュータ上で削除したデータや破棄した紙に書かれていた情報までも復元できることが判明した。
(動物の蘇生まで出来るかどうかは分からないが、)完全に枯れてしまった植物に力を与えたところ再び活力を取り戻していった。
実験を繰り返しているうちにいつの間にか日が沈んでいたため、秋月は秋祭りに参加すべく鎮守府から本島へ帰ることにした。
805 :
【62/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:30:39.80 ID:OEF6BDPZ0
自宅に戻り、浴衣に着替えている秋月。
秋月(それにしても……とんでもないものを入手してしまった。艤装の損傷を修復材なしで完全回復できる。
消耗した燃料や弾薬をノーコストで補填できる。失われた情報媒体や消されたデータまで全て復元できる。
枯れた植物すらも蘇らせてしまう……こんなものの存在が世に知れ渡ったらとんでもないことになっちゃいますよね)
秋月(ただ、あくまで用途はその場にあったものの再生であって、一つのものを二つに増やすようなことは出来ないみたいですね。
壊れたり失われたりしていないもの相手には何の効力も発揮しない、この世のどこにあるものでも無尽蔵に直せるわけではない、と……)
秋月(にしたって危なすぎますよね……私利私欲で気安く使っていいような代物じゃない。けど……)
別室のコタツの上に置いていた、黒電話のベルの音が鳴り響く。着替え途中ではあったが、中断して躊躇うことなく秋月は受話器を手に取る。
??「……よく、……たな。これで……きと、……」
異常に音質が悪い。内容が全く聞き取れない。それでも秋月は再び声が聞けたことに興奮している。
秋月「司令! 司令? 聴こえていますか、秋月の声が。ん……?」
黒電話の本体をよく見ると、本来は電話線のケーブルを挿し込むための部分と思しき箇所から赤い毛糸が伸びている。
試しに糸を引き寄せてみると、隣の部屋のクローゼットから物音がする。ゴン、と何かがぶつかった音だ。
秋月「司令! ……十六年ぶりですね」
クローゼットの中に入っていたのは、夢で会った時と同じ、八歳の頃の姿をした涼金凛斗だった。
手に持った紙コップから赤い糸が伸びている。ニヤリと笑みを浮かべ、白い髪をかき上げる。
提督「一昨日ぶりだな。こうなったら良いと思っていたよ。こうなることを願っていた。……」
ひしと抱き締めて、その確かな体温を感じ取る秋月。されるがまま秋月を受け入れる涼金。
提督「分の悪すぎる賭けだった。仮説と希望的観測の積み重ね、期待もできないような薄い望み。
それでも……たとえ報われなかったとしても。救いがなかったとしても。私は秋月のことを諦めきれなかった」
提督「……情に絆されるのも、悪くはない。最後の最後、もう終わるかというところで……奇跡は起きた」
提督(なぜこの姿で蘇ったのかだけは分からないが……。ま、もう一度やり直してみろという天の思し召しなのかもしれないな)
・・・・
二人以外には誰もいない砂浜の上。浴衣の秋月に手を引かれて歩く涼金。
傍から見れば子供が仲睦まじくじゃれ合っているような光景。
しかし、その繋いだ手から伝わるお互いの温もりは、十六年間分の熱量を含んでいた。
秋月「ここ、すごく夜空が綺麗に見えるんです。ほら、手を伸ばせばお月様に届きそう」
防波堤に腰かけて夜空を見上げる二人。満月にはあと三日ほど足りないであろう、少し歪な形をした月が二つ。空と海原の上に浮かんでいる。
秋月「夜中に一人で砂浜を出歩く理由なんて無いから、普段は訪れないんですけど……ここから見た夜景はすごく好きなんです。
夢の世界でも時折ここの景色が出てくるんです。月が昇って、沈んで、日が昇って、沈んで、また月が出て……そんな繰り返しの夢」
秋月「でも……司令が隣に居るのは夢じゃないんだなあって。なんだか現実と夢がごっちゃになったみたいで不思議な気分です」
提督「ふ、私はもう提督じゃあないだろう。そうだな……凛斗と、名前で呼んでくれたら嬉しい。親からしかそう呼ばれたことはないから」
提督「私は昔、あの黄色い歯車で両親を蘇らせようとしたんだ。だが……この世から消失してしまった、存在していないものは再生させようがない。
秋月には私のように孤独に打ちひしがれて欲しくなかったから……あの黄色い歯車は、君がいつか愛した人を亡くした時に使って欲しいと思って託したんだ」
提督「……それがまさか、本当にこうなるとは願えども予想はしていなかった。私の本来の遺体は、今もまだ時間が止まったままのはずだ。
だからこうして私がここにいられる理由は分からない。あの黒電話に憑依していたからなのか、バグに侵されていようと一応遺体は存在しているからなのか、何なのか……」
提督「ま……理由なんて今はどうでもいいんだ。今度は背中合わせじゃない。向かい合わせでこうして隣にいる。ここに私と君がいる」
小さく笑みを浮かべて秋月の方へ振り返る涼金。秋月は彼の肩に体重を預けてもたれかかる。
秋月「凛斗さん……何度も言っていますが、改めて言わせてください。凛斗さんのことが大好きです。大好きで、大好きで……どうしようもないぐらい好きなんです。
秋月の未来を、あなたと。あなたの未来を、秋月と……そうやって二人で、この先の人生を分かち合いたいんです。ううん、もう首を横に振られたって添い遂げますから」
秋月「だから……末永くよろしくお願いします……ん」
甘えるようなうっとりとした声で誘い、鼻と鼻とがぶつかってしまいそうなぐらいに顔を近づけて、瞼を閉じる。
提督(一生添うとは男の習い、なんて諺があるが……これじゃあまるで立場が逆だ。秋月には敵わないな)
提督「君のおかげなんだ。私が人を信じられるようになったのは。未来を信じられるようになったのは。
君と出会えて良かった……私にも生きる理由が出来たんだ。ありがとう」
涼金が秋月の要望を満たしてやると、秋月は彼の背中に手を這わせて蕩けるように身を寄せる。
・・・・
その後二人は、秋祭りの縁日を楽しんだ。神社の前には屋台が立ち並んでいて活気があった。
居合わせた乙川提督と瑞鳳に、隣にいる男性との関係を尋ねられる秋月。
なんと答えていいか分からず赤面している様子から察して、彼らは二人を祝福するように微笑んで去ってしまった。
月が満ち欠けを繰り返すように、太陽が黎明と落日を続けるように、これからも涼金と秋月の未来は続いていくのだろう。
806 :
【62/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/22(木) 00:52:00.72 ID:OEF6BDPZ0
もはや延期し過ぎててスレを追っている人もそう居ないのかもしれませんが……。
次回の安価募集は11/23(木)21時頃を予定しています。
推したい艦娘がいる場合はそこら辺のタイミングを見計らってこのスレをチェックすると吉です。
////後書き的な////
“実るほど頭を垂れる稲穂かな”なんて言葉がありますが、稲穂が実らずに頭を抱えたようなここ数ヶ月間でした。
っていうか現在進行形でわりと厳しい感じの状況に晒されているんですが。私は果たして無事2017年を迎えられるのだろうか……。
さておき。例によって今回投下した内容についてのお話をします。
・キャラクターについて
秋月は(作中で)過去に登場していた人物だったので、その過去を掘り下げていく形でスタートしようと考えました。
ゲーム内での彼女の性能も性格も、(他の駆逐艦の艦娘と比べれば)どちらも優等生と言って差し支えないでしょう。
癖がなく、前向きで利発。リアルでは誰からも好かれるようなタイプのキャラクターだと解釈しています。
ただ、人格に欠点がないというのは創作上ではむしろ描き辛くなってしまう罠があるのです。
そんなわけで、彼女の傍らに歪な人間を一人用意しておきました。
それも、篤実で困っている人を放っておけないような性格の彼女を事あるごとに刺激するダメ男です。
一人で全てを抱え込むことしか出来ないような不器用な人間ですね。そうなった経緯に関しては作中で描写していますが。
実際問題、現実での十六年という歳月は非常に長いので、見かけ上老いることのない秋月や
享年28歳(精神年齢8歳?)のままで止まっている彼だからこそこのお話は成り立ったのでしょう。
柱島の人たちも窓位提督もわりと相変わらずな感じでしたね。
安価で名前が挙がってたのに五月雨を登場させらなくてすみませんでした。
ついでに小ネタを書いとくと、秋月は作中ラストのあれがファーストキスです。
・設定について
前の章ではわりとオーソドックスな艦これ観に回帰しようとしたのですが、
一方で過去の章も引っ張り出してきて部全体としての構成もまとめようとしました。
結果としてあんま上手く行ってなかったので今回の章では後者に特化させました。
敵であるはずの深海棲艦がチョイ役ってどういうことだよみたいな話ですが。
作中に登場する黒いやつはもちろんモデルがありまして。「no data 艦これ」とかで調べたら出てくるやつです。
“バグ”とか呼ばれてますけど……元ネタ的にはダミーデータなだけなんですよね。
そのダミーデータが表に見えることがあったらまあそれもそれでバグっちゃバグとは言えるんですけど。
さてこのバグの存在や時の歯車、そして新たに登場した空間の歯車がこの先の展開を動かしていくキーアイテムになるのか!?
と思いきやですよ。作者視点だとぶっちゃけどうでもいいです(後述)。ネタの再利用をしたってだけですね……。
まあ〜……絶対世界にあるだけでヤバイ道具なので、なんか悶着が起こりはそうな気はしますけど。
・ストーリーについて
今回もごちゃっとしてますねー。何遍別れと再会を繰り返すんだって話ですが。
まあ別れのカタルシスってなかなか大きいですからね。安易に頼ってはいけないと思いつつも毎回そんな感じですね……。
遥か昔にタロットカードの番号かなんかでこっそりお話の雰囲気を決めているという話をしたと思いましたが、
今回は「塔」のカードでした。このカードは、一般的にはバベルの塔のような人間の積み重ねてきたものが崩壊する解釈がなされます。
そんなわけで、最初から最後までわりと一貫して「見込みのないことに賭け続ける」感じのお話でした。
最後の最後はご都合主義ですけどね。いんだよこれで!(ぇ
秋月と提督の二人を隔てる障壁の役は深海棲艦でも良かったのですが、
轟沈よりもより救いの可能性が低いものを用意したいと思いこうなりました。
(あとは……轟沈はわりと扱いの難しいセンシティブな領域なので……。艦娘が酷い目に遭うよりオリキャラが酷い目に遭った方がいいでしょうしね)
提督が過去しか見ていないのに対して秋月は常に未来を見据えているのが対象的ですね。
太陽と月も象徴的な存在としてよく出てきますね。あれは……メタファーっていうかなんていうか。
元始女性は太陽であった的なそういうアレではないです。どちらかといえば性差ではなく立場の違いでしょうか。
提督という存在は一人であり、艦娘を導いていかなければならない。欠けることは許されず、常に平等に光を放ち続ける必要がある。
月の明かりというのは、太陽と違って植物の成長など生命に影響を与えるほどの大きな恵みはありません(たぶん……)。
ですが、その月の美しさに感動して人間は「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」なんて詠ったりするのです。
これは人間が月に価値を見出しているからなんですね。涼金提督は、秋月の存在が自分の孤独を満たしてくれるのだと“見出したのです”。
数ある艦娘の中から一人を選ぶのは、そういうことだと思います(何
807 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/22(木) 00:54:46.98 ID:DumQKvWrO
おつおつ
808 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/12/22(木) 01:07:29.21 ID:OEF6BDPZ0
あっ、手が滑って途中で送信を……名前欄にレス数が入っちゃってますが今回の投下はこれで終わりです。
////後書き続き////
(後述)って書いたのに述べてなかったのでそこだけ補足します。後書きという本旨からは逸れますが。
創作者、とくに物書きは「表現したいテーマがあってそれを表現するために物語を書く」と思われがちじゃないですか。
いや実際普通はそうなんでしょうしそうあるべきなんでしょうけど。自分の場合は特にないんですねー。
極論、艦娘カワイイヤッターな話が書ければそれでいいぐらいにしか考えてなくて。
だからその……いくら設定とかをゴリゴリに練ってみたり、ハイドラマっぽいテーマを提示したりしようとも、
それが書きたくて書いてるってわけでもないんですよね。副次的に、面白くなるならとりあえず書いとけみたいな(笑)。
死生観とかそういう哲学っぽい部分も出てきたりしますが、それそのものを表現するために書いてるわけではないのです。
作者の意図! とか作者の思想! みたいなのはないです。全部成り行きでやってます。
809 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/22(木) 01:17:24.52 ID:xnnpykItO
乙
810 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/12/23(金) 21:00:57.00 ID:PqNbvdXI0
うえっ!? 11月23日とか書いてますがウソです。しかも木曜ですらないし。打ち間違えなんで信じないでください。
今日です今日。イブイブの日ですね。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
811 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 21:03:24.25 ID:FR7hCtKFO
五月雨
812 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 21:03:46.83 ID:PJN0JFstO
春雨
813 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 21:04:06.26 ID:OJp2VW4OO
神風
記憶喪失もの
814 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 21:04:33.32 ID:Pp3g+8y6O
ビスマルク
815 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 21:06:52.37 ID:mQj7wO2dO
衣笠
816 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/12/23(金) 21:33:06.62 ID:dR9LfwQQO
(出先からなので)IDたぶん変わってると思いますが本人です。
>>812
より春雨が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:25(ヘタレ)
知性:83(秀才)
魅力:26(低め)
仁徳:32(人並み以下)
幸運:37(やや不運)
お題を回収して記憶に関するネタはやるつもりです。喪失するかは分かりませんが。
前の章は62レスで終わってますが、途中からペースが狂ってちゃってますね。あ、内容の話ではなくレス数の割り当ての話です。
確かだいたい16レスぐらいで終わるようにしてたつもりなんですけど……数え間違えか配分間違えか。
たぶん後者ですねー。書いてるうちに残りがどのぐらいか段々よく分かんなくなってくるんですよね。
残りのレス数は38なので、今回安価でキャラを募集した章とその次の章は19レスのお話にする予定です。
次回は早くても多分1月頃の投稿になっちゃうと思うんで、来年もよろしくお願いします。
817 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/23(金) 23:44:22.22 ID:sx+jzqqAO
おつ
期待
818 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/29(木) 22:10:59.53 ID:81ery2qEO
乙
亀レスだけどお寿司食べる秋月ちゃん可愛かった
それと
>>795
の大食いしても痩せないの部分は太らないの間違えだよね多分
819 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/02/04(土) 18:08:15.71 ID:Uj6y5esK0
>>818
ご指摘いただいた通り表記ミスです。ゴメンナサイ
明けまして……はもう遅いですね。書き終えるまではお付き合いよろしくお願いします。
進捗芳しくないためまだかかりそうですね。今月末から来月頭ぐらいに投下できたらと考えています。
(どんどん執筆速度が遅くなっててすみません……)
////いつもの小話////
次の章までの間に合わせってことでまたにょろっと解説などします。
サクサク書けりゃあ苦労はないんですが、環境的要因もあって難しいですね。
なんて弱音はさておき。前回の章を絡めた次回の話を少しだけ書きます。
2章(朝潮の話)で出したチートアイテムである時の歯車ですが、
正直手に負えないなと思って3章(山城の話)ではあえてスルーする方向で話を進めてました。
が、4章(秋月の話)ではまた引っ張り出してきてあれやこれやしています。
原作に登場しないようなものをこれ以上掘り下げたところで……という抵抗の念があったのですが、
その一方で一度出してしまった以上無かったことにして進めるのも不自然だと考えたためです。
よって次回もこれにまつわる話が出てきます。
となると時間やら空間やらの概念的な話が出てくるため複雑な内容になりそうですが、
読み手の負担にならないよう説明がましい描写はなるべく抑えたいと思っています。
次回のタロットカードは教皇ですね。
法王とも呼ばれたり。ジョジョやペルソナではそっちの呼び名ですね。
正位置:慈悲・協調・包容・親切
逆位置:保守・躊躇・束縛・怠惰
倫理や道徳的な意味合いを持つカードらしいですね。
皇帝のカードが物質世界の王だとするなら、法王は精神世界での王とでも言うべきでしょうか。
物語の裏テーマにするには扱いづらいカードなので次の提督のキャラクター像になりそうかな?
仁徳32の教皇ってどうなんだって話ですが。
(今回の部ではパラメーターとかあんま意識してませんが)
とか書いといておいてアレなんですが。前の章までの話とか仕込みのネタがどうこうとかよりも、
春雨のキャラ的には甘々にイチャつく話の方がいいのかなあ……とか思ったりもします。
今んとこ微妙にそういう流れになりそうにないんですけど……19レスもあるしなんとかなるか。
820 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/04(土) 23:04:05.86 ID:IJffyySZO
了解です
821 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/27(月) 11:12:40.15 ID:M+9lVk6GO
ほ
822 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/03/06(月) 21:18:04.10 ID:UTmhKolP0
冬イベお疲れ様でしたー。
ゲーム内の提督が勝利チョコを貰っていたり(足柄のバレンタインデーボイス)、
チョコのお返しをしたら感謝の気持ちを一生忘れないと言われていたり(朝潮のホワイトデーボイス)、
そんな様子を見て「ああ、去年も一昨年もこうやってSSを書いてたんだなあ……」などと感慨に浸ってしまいました。
つまりそれだけ私の執筆速度がノロマってことなんであんまり良いことではないのですが……まあ今年も懲りずに書いてます。
筆の速い人が同じことやったら1年で300レス分ぐらい余裕? なのかなあ。
前置きはさておき。えー、2月末または3月初頭と言っていましたが……正直厳しいです。
投下するための時間が確保出来なさそうでして。年度末って忙しいもんじゃないですか。
プレミアムなフライデーとか言ってられないじゃないですか。毎日が13日の金曜日ばりにサバイバルじゃないですか(?)
例によって言い訳なんですけども。すみません。
ええと……3月31日の23時59分59秒までにはなんとか投下できるように頑張ります。
期待に応えられるものを用意したいと思っているのでもう少々お待ちください……。
823 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/03/06(月) 22:18:39.30 ID:zKkuVD6nO
了解
824 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/03/24(金) 23:42:07.90 ID:A4Hp/NUWO
ほ
825 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/04/01(土) 00:00:13.34 ID:gUbg9WFV0
ここらでバックナンバーを貼っておきます。
一章(瑞鳳の話)
>>681-700
二章(朝潮の話)
>>721-738
三章(山城の話)
>>754-776
四章(秋月の話)
>>790-805
五章(春雨の話) お待ちを…
大昔に書いたやつはこれです。
>>16-331
(電とかの話),
>>360-665
(足柄とかの話)
で、肝心の投下予定だったはずの五章なんですが……。
結論から書きますと……まだかかり、ます……すみません。
////ここからいつもの言い訳タイムです////
言い訳の前に、本当にすみません。これだけ待たせておいてなんたる体たらく……。
ええと、リアルが忙しかったっていうのがまずありまして……ただ、その話はしても意味がないので置いときます。
なんていうか……書けない、というよりは、書いても全く納得がいかないものしか出来上がらない状態でした。
このように伸び伸びになってしまったのも全て自分のせいであり、他の何かを理由にしても結局言い訳にしかなりません。
ただ、早く提供したいと思っていようが出来ないものは出来ないので、それを挽回しようと質を高めることに拘泥していました。
結果として……ここ数ヶ月間の創作活動は、書いては消してを繰り返す実りのないものでした。
そんなことを繰り返してばかりいると、どうにも気が滅入るというか、情熱も次第に薄れていくというか……。
で。まあそこからウジウジとした葛藤も色々したわけですが、それを文章化すると暗くて重い話になるのでやめます!
もうこの時点でけっこう辛気臭いですしね。んな作者の内面の話なんかどうでもいいっちゅうことで。
えーっと、気負うのはやめます。あれこれ頑張ろうとしても私のヘボスペックではどうにもならんと諦めました。
期待に応えよう応えようと自分なりに必死でしたが、やめます。……あ、書くことはやめません。
自分の脳内で膨れ上がったプレッシャーという名の被害妄想に勝てないので、もう好きなものを好き勝手書くことにします!
今までも結局そうでしたね。なんか偉そうに気取ったこと書いててもなんだかんだ最終的にはわりと手癖でゴリ押しですし。
そんなわけで……期待しないでお待ちください。読み手のことを顧みない身勝手な作品になるかもですが、楽しんでもらえたら幸いです。
楽しんでもらえなかったら……他の楽しいことを見つけてください。そんな感じでよろしくお願いします!
(エイプリル何某に合わせてスゲー出鱈目を書きましたが、まだかかりますマジすんませんって事とエターナらないって事だけは確かです)
826 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/01(土) 00:04:20.30 ID:/LxTLYEAO
了解
827 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/20(木) 23:20:12.11 ID:PkEwPz+2O
ほ
828 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/13(土) 14:38:53.17 ID:+dbdroivO
ほ
829 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/05/28(日) 23:15:34.60 ID:TDxJX8BA0
保守感謝です、めっちゃありがたいです。あと春イベお疲れ様でした。
確かそろそろ自分で書き込まないと消えちゃうみたいなのがあったので思うので(うろ覚えですが)、セルフ保守。
2月〜4月あたり私生活で色々あって、無茶が祟ったのか病院のお世話になったりしてました。
(鳩尾に鈍痛が走ったり下血起こしたりして焦ったんですが、胆石ではないようだったので一安心)
ひとまず治ったんで、進みは遅いですがこの期に及んで未だ懲りずに(?)書き続けています。
半年も何もなしってどういう了見だって話ですが、こちらとしても本当は桜が咲くシーズンには投下してるつもりだったんすよねえ……
なんでこんなことになってしまったのか。ま、ま、まあお金もらって書いてるわけじゃないんで勘弁してくださいと言い訳しておきます(開き直るな)。
えと、毎回こんなこと書いてるような気はしますが、待たせてる分気持ちとか情熱とかもろもろ込めて書いてはいます。
アテにならないですけど、7月頃にはいけるんじゃないかな〜……って感じです。
現時点で相当待たせてるんでもうちょい早めたい気持ちはありますが、なかなか厳しいっすね〜……。
830 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 23:21:55.46 ID:CzGiN+TfO
了解です
これから暑くなってくるのでお体にお気を付けくださいね
831 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/01(木) 18:02:01.28 ID:kSt4mGYuo
♥
832 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/25(日) 12:39:14.92 ID:xBoZ8Ku+O
ほ
833 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/11(火) 07:59:20.66 ID:fglj/xByO
ほ
834 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/22(土) 22:57:57.60 ID:zAVeHhD0O
ほ
835 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/07/28(金) 21:49:11.80 ID:2aD4tH0c0
お待たせしました。7月頃って言ってたのに7月中音沙汰なしかって話ですが、やっとこさ、どうにかこうにかという具合です……。
ほんと頭が上がらないですね。未だに愛想尽かさず(尽きたかもしれませんが)待ってもらってて申し訳なさと感謝しかないです。保守もありがとうございます。
早速……と言いたいところですが、今週は時間を取れそうにないので来週に投下しようと思います(結局8月になってるし……)。
8月5日(土)午後:投下
8月6日(日)21時:次の安価
というスケジュールでいこうと思います。
時間かかった分、まあ〜……どうだろうなあ(なんで弱気なんだ)、万感の思いで書いたつもりです。頑張った、頑張ったと自分では思います。
作品と向き合った時間は間違いなく今までで一番長いです。ええと……とにかく、積もる話は投稿が終わってからにしましょうか(そんなに話すこともないですけど)。
ではまた来週……(´∀`)ノシ
836 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/29(土) 14:01:35.90 ID:RZjpuDW7O
期待
837 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/08/05(土) 22:53:36.15 ID:XlQ6oFdJ0
外食したりウダウダやってたらこんな時間に……。
変なタイミングで寝落ちしてるかもですが投下いきます。
838 :
【63/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/05(土) 23:05:38.67 ID:XlQ6oFdJ0
陽が沈んでも鳴り止まない歓声。この日は記念すべき歴史的な一日だった。
人類と艦娘は深海棲艦の脅威に打ち勝ち、ついに世界に平和を取り戻したのだ。
青年と少女は、執務室の窓から夜の帳に浮かぶ花火を眺めていた。
春雨「とうとう成し遂げたんですよね。誰もが諦めていたのに。こんな日が本当に訪れるなんて……そう驚いているのに。
それでも……司令官はずっとこうなる未来を思い描いていたんですよね。春雨も……司令官なら、司令官とならきっと出来ると思っていました」
紅いペンネント(鉢巻)が巻かれた白い水兵帽を被る、桃色の髪をした少女。
名は春雨という。かつてありふれた艦娘の一人に過ぎなかった彼女も、今やその名を知らぬ者はいない。
少女の隣に立つ銀縁眼鏡の青年は、うねった前髪の癖毛を掻きあげて小さく微笑む。
提督「ふっ、そうですね。忌憚なく言えば……揺るがない自信がありました。本来なら別の誰かが担う役目だったのでしょうが。
皆まごついていたものですから、小生が奪ってしまいました。他の方でも出来るようなことしかしていないつもりなのですが……」
春雨(他の方に蒔絵司令官と同等の働きを期待するのは無理があると思いますよ……)
青年の名前は蒔絵 現(マキエ ウツツ)。ここ横須賀鎮守府の元帥である。
妙計奇策を巡らせ数多の作戦を成功に導いた経歴を持ち、今回の熾烈極まる最終作戦に於いても最たる功労者だった。
人々からは神算鬼謀の名将と称えられ、艦娘たちからも他に代わりなどいない理想的な指導者として認められていた。
提督「なんにせよ……疲れました。少し本気を出してしまいましたから。ですので……」
身を屈めて春雨の胸元に顔を埋める青年改め蒔絵提督。スリスリと頭を動かして縋りつく。
提督「春雨に甘えるとします」
彼のこうしたプライベートな一面を知っているのは、公私共に最も彼に近い立場にある春雨だけだった。
春雨「え……またこれですか」
やんわりと拒否する素振りを見せながらも満更でもない表情の春雨。軍帽の上から提督の頭を慈しむように撫でている。
提督「クンクン……仄かにいい香りがします。香水ですかね。紅茶……そう、ジャスミンの茶葉に近い。
柑橘系の成分も混ざっているのでしょうか。かぐわしいですね……癖になる」
春雨「あの〜……そんなに嗅がれると恥ずかしいですよぅ(でも、やっぱり司令官はなんでも気づいちゃうんですね。春雨のこと)」
提督「普段の春雨の汗のにおいも嫌いではありませんが……こういうのも悪くありません」
春雨「へっ、ヘンタイです! 日頃からそんなことを考えていたんですかっ」
胸元から提督の頭を無理矢理引き離す春雨。しかし全く動じない提督は春雨の両腕を押さえて窓際までそっと追い詰める。
眼鏡越しに映る春雨の真紅の瞳をまじまじと見つめて、吐息がかかりそうになるぐらい顔を近づけて囁く。
提督「もちろん。いつも春雨のことを考えていますよ。春雨の全てを肯定していますから。小生がここまで来れたのも春雨のお陰です。
……それだけ春雨は小生にとってかけがえのない、大きな存在なんです」
伏し目がちに頬を赤く染める春雨。生唾を飲み干して深呼吸すると、提督の目を見つめ返し、照れくさそうに笑みを浮かべる。
春雨「春雨も……。司令官のこと、……です。世界で一番……愛してます」
春雨を強く抱き締める提督。心臓の鼓動が皮膚越しに伝わってくるほどに短い距離。
春雨「司令官……すき、です。大好き」
お互いの肩の力が抜けて緊張が安らぎに変わっていく。溶けるように絡み合い、そうして時を過ごす。
何本もの花火が二人を色とりどりの明かりで照らしては消えていく。
提督「これまで……本当に長かった。本当に……っ、すみません。気が緩んでしまいました」
春雨を離すと眼鏡のつる(耳にかける部分)を左手で抑えながら俯き、右手の掌で目元を覆い隠す提督。
提督「男のくせに情けないですね。……人生でこんなにも報われたことはなかったもので、感極まってしまって」
春雨「情けないなんて、そんなことないですよ。涙が零れてしまうぐらいに春雨のことを想ってくれているんですよね。嬉しいです。
顔を上げて下さい。……春雨も、その。司令官のどんな表情も、どんな一面も愛していますから」
人々に“氷の視線”と評される提督の眼は、空に打ち上がる花火の熱に溶かされてしまったかのように潤んだ温かみを帯びていた。
その有様に、不意に震えがこみ上げてくるほど胸が疼いてしまい、今度は春雨の方から提督を抱擁する。
春雨「前からずっと……司令官のことが好きでした。でも……今が一番司令官を好きなんです。
今までの好きを飛び越えて、今が一番好き。きっと、これからももっと司令官のことを好きになっていくんだろうな……」
春雨「そうやって、好きって気持ちが大きくなり続けたら、終いにはどうにかなってしまいそうですね。なぁんて♪」
頬に手を這わせて涙の輪郭をなぞる春雨。提督は朗らかに微笑んで春雨を見つめた。
春雨「司令官……春雨がお傍にいます。これからもずっと」
視線を重ね、肌を重ね、唇を重ね、三十六度の熱を分かち合う二人。
空に浮かぶ大輪の花もいつの間にか咲き終わり、その煌めきの軌跡にも似た星屑が空を埋め尽くしていた。
提督「今度こそ……全てが終わったのだと願いたいですね。これ以上続いたのなら、擦り切れてしまうかもしれない。小生の精神も、春雨の記憶も……。
神でも仏でも、悪魔でもなんでもいい。次が来ないことを祈ります。……何も起こらない、平穏な明日が訪れることを」
839 :
【64/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/05(土) 23:21:59.30 ID:XlQ6oFdJ0
カコン。露天風呂に設置された添水(そうず)の軽やかな音色が浴場中に響き渡る。
一般に「鹿威し(ししおどし)」と呼ばれることが多いこの装置は、呼び名の通り鹿や猪といった田畑を荒らす鳥獣を避けるために生まれたものだ。
後にその音が風流として楽しまれるようになり、日本庭園などの装飾として利用されるようになった。
春雨(ハッ! ……? 今の光景は一体……? 夢というには妙に鮮明な感覚で、でも、現実ではなくて……。幻覚? まさか)
横須賀の海を一望できる、鎮守府敷地内に建てられた大浴場。春雨は頭上に置いたタオルがずり落ちないようにその位置を調整する。
彼女の浸かる湯は地下の源泉からくみ上げた天然温泉で、塩化ナトリウムが含まれているため舐めるとやや塩辛い味がする。
筋肉痛や神経痛、冷え性などに効能がある(と、壁面に設置された看板には書かれている)。
??「春雨。貴方、少し逆上せたんじゃないの? さっきまで上の空だったわよ」
バスタオルに身をくるんだ、白金色に輝くストレートロングヘアの女性が春雨の隣にやってきた。
彼女の名はビスマルク。春雨と同じ第二艦隊のメンバーの一人であり、その旗艦だ。
春雨(あっ、ビスマルクさん。帽子がないから一瞬誰かと思っちゃった……)
春雨「逆上せてた……そうかもしれません。そろそろ上がりましょうか……」
カコーン。カコン。
竹製の筒に水が流れ込み、満杯まで溜まると重みで筒(の水の流入部となる側)が倒れて内部の水が零れる。空になると再び元の状態に戻り、同様の動作を繰り返す。
水が流れ出て軽くなった竹筒が元に戻る過程で、竹筒の底部が(鹿威しから流れ出る水を受け止めるための)台を軽く叩く。
この時にコーンと弾むような音が鳴り渡るのである。これが鹿威しの原理だ。
春雨「?」
カコン。カコン。コン。コン。――気のせいではない。音の鳴る感覚が不自然に短い。
どうやら露天風呂の方からではなく、高い壁で仕切られた隣の浴場、つまり男湯から音がしているらしい。
しばらくして爆竹が鳴るような破裂音が浴場内に響く。
??「フッ、どうですか。……思い知ったでしょう? 『スーパー鹿おどしマシーン 鹿おどし君2号』の力を」
男声の、自慢げな笑い声が聞こえてくる。
??「変形して空を飛ぶのは卑怯? これも勝つための戦術ですよ。ルール違反ではないでしょう?」
ビス「また何かバカなことをやってるみたいね……マキエ!! 提督ともあろう者がみっともないわ、静かになさい!」
提督「やや……その声はビスマルク! 仕方ありません。再戦の機会を与えてあげましょう。また日と場を改めて鹿四駆(ししよんく)の王者を決めようでは……」
ビス「アトミラールッ! 後で話があるわ!!」
提督「ややっ! うぅ……この場は潔く黙っているとしましょう」
立ち上がって叫び、“マキエ”を黙らせると、深く溜息をついて再び湯船に浸かるビスマルク。
ビス「やれやれ……呆れたわ。あれでよくこの横須賀鎮守府の大将になれたものね」
春雨「あはは……(さっきの幻覚で見た蒔絵司令官は、現実に存在する蒔絵司令官とでは人格も雰囲気もどこか違うんですよね……。
私の振る舞いもなんだか私らしくないというか……そもそも、出会って間もない蒔絵司令官に対してそんな恋愛的な感情を抱きようがありませんし)」
春雨(というか……。アリかナシかで言えば……あの人は、うーん。クセが強すぎるというか……司令官としてはとても優秀な方なんですけどね)
ビス「そういえば……この大浴場を作ったのもマキエなのよね。春雨は知っていたかしら?」
春雨「えっ、そうなんですか。初耳です」
ビス「着任した時に案内されたとは思うけど、艦娘の損傷を修復するためのドックは浴場とは別に鎮守府内にあるでしょう?
湯治なんて言葉も確かにあるけれど、私たち艦娘にとってはお湯よりも修復剤の方がよっぽど効き目が強いじゃない」
春雨「言われてみれば……。だから有料なんですかね」
ビス「ええ。娯楽施設のようなものだし、国費でこんなものを建てるわけにはいかないでしょう。
建設時は反対の声も多かったようだけど、最終的には猫も杓子も味方につけて実現しちゃうんだから驚きよね。
結果論で言えば、今はみんな満足しているみたいだし……本当に食えない人よ」
春雨「(ビスマルクさんの口から“猫も杓子も”なんてフレーズが出るのはちょっと面白いですね)……そういえば。
ここって埋立地ですよね。そんなところに温泉作って大丈夫なんでしょうか……?」
ビス「鎮守府が海没しかけたわ」
春雨(ものすごくダメじゃないですか)
ビス「ま、それも計算づくだったそうね。もちろん首が飛びかけるほどの大目玉を食らったそうだけれど。
各施設に大損害を及ぼしたけれど、そうした被害を逆手に取ってスクラップアンドビルドを推し進め、施設の増補や改修を推し進めたわ。
これが功を奏して、旧式の機材や設備で不便だった鎮守府が生まれ変わり、最新鋭の整備が行き届いた最上級の堅牢さを誇る鎮守府となったの」
ビス「破天荒な行いが目立つわりには、最終的にいつも美味しいところを頂いていく……さっきも言ったけれど食えない御仁よ。
指輪を貰ってなお、私は彼の器を測りあぐねているわ。時代に名を刻む傑物か……はたまたとんでもないペテン師のどちらかね」
目を細めて笑うビスマルクを不思議そうな顔で見つめる春雨。
春雨(指輪……練度が最大まで高まった艦娘が、限界を超えた力を手にするための道具。
これを受け渡す儀式を“ケッコンカッコカリ”、と呼ぶ……んですけれど。実際どうなんでしょうね、この呼び名は。
私にも、いつか素敵な旦那様と結婚したいという願望はありますが……。それは戦いとは無縁の、愛情による結びつきでありたいなと思いますね)
840 :
【65/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/05(土) 23:41:08.82 ID:XlQ6oFdJ0
薪のくべられた暖炉は勢いよく燃え盛り、パチパチと音を立てている。暖炉の上にはZ旗と日本刀が飾られていた。
窓の外は大荒れの雪模様で、到底出撃などできるような天候ではない。こんな日に限って書類仕事も片付いてしまっていて会議もない。
多忙な蒔絵提督だが、このように年に数回は何もすることのない一日が訪れることがある。そんな日に彼がすることは決まって一つだった。
衣笠「時たま提督はこんな風に執務室でバーを開いているのよ。同じ艦隊のよしみで教えてあげようと思ってね」
春雨「執務室がこんなに様変わりするなんて……随分と大胆に模様替えしましたね。なんだか本格的です」
昨日まで置かれていた執務机はいつの間にか片づけられ、代わりにカウンターバーが設置されていた。カウンター前の椅子に座る春雨と衣笠。
提督「明日にはまた元の執務室に戻っていますからご安心を。春雨は確かここに来る前は柱島泊地に在籍していたと聞いています。
その時の出来事で質問があるのですが……その前に、注文を聞きましょうかね」
衣笠「衣笠さんはこないだのアレがいいな! ハンディー・カム……だっけ?」
提督「言葉の響きはほぼ正解なんですが……恐らくそれはシャンディ・ガフでしょう。承知仕りました」
春雨「あの……私お酒とか全然飲めなくて……」
衣笠「あらら。ゴメンゴメン、誘っちゃって悪かったわね。ノンアルコールのカクテル……なんてないか。オレンジジュースを一つ」
提督「いえ、用意できますよ。もし良ければどうです? あ、お金は取らないので心配しなくて良いですよ。あくまで退屈凌ぎですから」
春雨「じゃあそれでお願いします。けど……司令官にこんな一面があったなんて驚きました」
シェイカー(カクテルを作るための器材。水筒に似た形状をしている)に液体と氷を入れ、それをシャカシャカとテンポよく振っている提督。
衣笠「そういえば私も気になっていたわ。エリート街道まっしぐらのキャリアを歩んできた蒔絵提督がどこでこんな特技を身につけたのか……興味深いわね」
提督「エリート、ですか……はは。傍から見ればそうかもしれませんね、なんといっても天才ですから。
ただ……そんな天才にも悩みを抱えていた時期がありましてね。自分の才能が本当に自分のものなのか疑わしくなったのです」
春雨「……?」
提督「本当は軍人ではなく絵描きになりたかったんです。それで、何をトチ狂ったか軍学校を卒業した後に親の反対を押し切って都会へ飛び出した。
石の上にも三年なんて言葉がありますが、二年と持ちませんでしたよ。成績優秀でもしょせんはボンボン育ち……金銭感覚など皆無、貧乏まっしぐらですよ」
提督「相当な社会不適合者だったようで、バイトをやってもまるで役立たず。でくの坊扱いされて初日でクビになることがほとんどでした。
唯一バーテンダーだけはまともにこなせた業種でしてね……プロのライセンスこそ持っていませんが自信があるんです」
春雨(ハンドスピナーに熱中してその日の仕事が手につかなくなる子供っぽい一面があるかと思えば、会議や作戦指揮では人が変わったように理知的で雄弁になる。
そして今はそのどちらとも違う表情を見せている。ビスマルクさんが言っていたのもなんだか頷けるような気がする……掴みどころのない、不思議な人ですね)
提督「当時は辛くても後から振り返ればこうして笑い話の一つになるんだから人生面白いですよね。さて、どうぞ」
ゴクゴクと喉を鳴らしてジョッキに注がれた液体を飲む衣笠。その横で恐る恐るカクテルグラスに口づける春雨。
衣笠「んふふ、美味しい。衣笠さんこれ気に入っちゃったな〜、普通にビールを飲むよりも好きかも。青葉にも教えてあげたいな」
提督「ジンジャーエールとビールを1:1で割るだけのお手軽レシピなので、自分で作ってみるのもいいでしょう」
春雨「……! これ、甘くて美味しいです」
提督「シンデレラという名前で、オレンジジュース・パイナップルジュース・レモンジュースをそれぞれ1:1でシェイクしたカクテルです。
ああ、そういえばさっきしようとしていた質問ですが……。柱島泊地に妙な歯車を持った人はいませんでしたか? こういう物なんですけど」
ポケットから赤色の歯車を取り出すと、穴に手を突っ込んで人差し指でクルクルと回してみせる。
春雨「いえ……特には。その歯車がどうかしたんですか? 見たところ赤いだけの何の変哲もない歯車のようですが」
提督「そうでしたか。窓位くんから柱島は面白い鎮守府だと伺っていたので、ひょっとしたらと思っていたのですが……やはり無関係でしたか。
実はこれ、アンティキティラ島の機械も裸足で逃げ出すレベルのオーパーツなのですが」
衣笠「? なになに? その含みのある言い方は」
提督「調べたところ、どうにも奇怪な力を持つ道具なようでして。エキゾチックマターの結晶体……とでも言うべきでしょう」
衣笠「エキゾチックバターの結晶? 何それ……って、え?」
衣笠と春雨の前に何の前触れもなく突然じゃがバター(熱したジャガイモにバターを添えた料理)が用意されていた。
提督「かいつまんで言うなれば、現代科学では未解明のエネルギーを持っているということです。詳しいことは謎ですね。
ですが、この力を使えば、衣笠の“バター”という単語を聞いた瞬間にこうして作りたてのじゃがバターを用意することが出来てしまうのです」
提督「この歯車には時間の速さを制御する能力があります。それも任意に、使用者の望むままに時間を支配できてしまうようで。
その力を使った、仕掛けなしのタネあり手品になりますかね。まあとりあえずお食べ」
衣笠「ほぇ〜……美味しそう! いただきまーす」
春雨(だいぶ突拍子もないことを言っている気がしますが……衣笠さんがサラッと聞き流してる様子を見るに、あまりこの鎮守府では驚くようなことじゃないのでしょうか?
柱島も結構独特の雰囲気でしたけど、ここもここでなんだか変わってますね……。それぞれの司令官のキャラクターが鎮守府内の雰囲気にも影響してるんでしょうか)
提督「そうそう、二人のうちどちらか一方で構わないのですが……来週末にちょっと鎮守府の外に出る用事がありまして。
衣笠は別艦隊との合同演習がありましたし……春雨、同行お願いできますか? この国で一番有名なイタリアンレストランに連れて行ってあげましょう」
841 :
【66/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 00:04:12.56 ID:ft0X4ers0
冬晴れの日の昼過ぎ。春雨は提督と共にファミリーレストランに来ていた。
卓上には(店側がミラノ風と自称する)ターメリックライスのドリアや茸の乗ったピザ、ペペロンチーノが並んでいた。
春雨(ここが有名なイタリアンレストラン……! って、ファミレスじゃないですか!)
イタリア料理を提供する、低価格メニューが特長のファミリーレストラン。二人が座る座席から近い壁にはルネッサンス期に描かれた絵画のレプリカが飾られている。
提督「だいぶこちらでの生活も慣れてきた様子ですね。ビスマルクや衣笠が愚痴一つ言わず真面目にやっていると褒めていましたよ」
春雨「いえ、褒められるようなことはしていませんよ……戦闘は苦手ですし」
提督「そう謙遜することもありませんよ。輸送作戦においては敵を撃滅するよりも生き残ることの方が重要ですからね。
人それぞれ得意不得意はありますし、そういった個々の能力を加味して配置を行うのが我々提督の仕事です。殴り合いはビス子にでも任せておけばよいのです」
春雨「ビス子って……怒られますよ。あ、でも、ケッコンなされてたんでしたっけ。じゃあいいのかな……。
司令官はどうしてビスマルクさんとケッコンしたんですか? 馴れ初めを聞いてみたいです」
提督「いや、ビス子って本人の前で言うと普通に怒られますよ。馴れ初め、って〜……ケッコンと言ってもカッコカリですからね。
というか……名前が名前なだけで要は能力上昇アイテムですし。個人的な感情を込めて渡したものではありませんし、向こうもそのつもりで受け取っていますよ」
春雨「えぇ!? そんな……(柱島の乙川司令官と瑞鳳さんはあれだけ熱々だったのに……)」
フォークで麺を絡めながら目を丸くしている春雨。提督はドリアを口に運んだものの、まだ熱かったのか一口目でスプーンを置いてピザを切り分ける。
提督「そんなに露骨にガッカリした反応することありますかね。彼女の働きは素晴らしい、更なる活躍を期待したい。それだけの理由ですよ。
小生に見事と言わしめるほどの戦果を上げれば、春雨にだってそのチャンスがありますよ。まあ、その前にもっと練度を高める必要があるでしょうが……」
春雨「随分ビジネスライクな感じなんですね……」
提督「はい。恋愛的感情と仕事での評価は切って分けるべきでしょう。指輪を渡したからといって婚約者の真似事なんてしたりはしませんよ。
うちの鎮守府は自由恋愛ですからね。彼女も彼女で、良い男性を見つけたらその方と付き合うのが良いと思います」
春雨「じゃあ……司令官は艦娘とのお付き合いは考えてないんですね。結構他の鎮守府だと多いみたいですけど」
提督「艦娘〜……は、そうですねえ。上司と部下という関係を抜きにしてもちょっと無いかなあって感じがしますね。
皆良い子なんですけどね。なんというか……良い子過ぎるんですよ。であるがゆえに、手を出す気にはあまりなれないんですよね」
提督「うーん、好みを言うなれば……人妻とか? 恋愛というのはインモラルな関係ぐらいが丁度いい塩梅だと思うんです。どうせならスリルを味わいたいじゃないですか」
春雨(うわ、最っ低ですね……。人として見損ないました……)
提督「あ! そんな軽蔑の眼差しを向けないでくださいってば。実際に手を出したわけじゃないんですから。あくまで嗜好の話ですよ。
しかし、純真無垢な駆逐艦の子の前でこんな話をするのは失敗の巻でしたね……話題を変えましょう」
提督「こうして執務をサボってまで外に出ているのは、もちろん理由がありましてね。お、そろそろでしょうか……」
レストラン前の駐車場に一台のリムジンが停まる。店のグレードと不釣り合いな来客に店内が少しざわつく。
提督はお構いなしの様子でピザを平らげると、ドリアを食べ進めている。
春雨(私一切れもピザ食べてないのに……)
店内に入ってくるなり二人の隣に座ってきたのは、芯玄元帥と朝潮だった。
提督「ご足労頂きどうも。食事はお先に頂いております」
芯玄「(何もこんなところに呼び出す必要はねえだろうに……)待たせてすまなかったな。オレは……って自己紹介する必要はないか。
ご存知、呉の芯玄とその秘書艦朝潮だ。んで……話を聞きに来たぜ。アンタの考えはどうだ」
春雨(!? 呉の元帥と昼食? そんな重要な話し合いをするつもりだったんですか!? よりにもよってここで?)
提督「春雨に説明しましょう。彼の記憶には、事実との矛盾があるんですよ。小生にとって彼と会うのは二回目なのですが彼にとってはそうではないようです」
芯玄「それだけじゃない。アンタはオレの着任前にラバウル基地で指揮を執っていたはずだ。数回、直接会ったりもしている。
近海の情報を記したノートなんかも渡されてるしな。……というのが、“オレと朝潮の記憶”」
提督「ところがどっこい、小生が横須賀に着任する前は、舞鶴の鎮守府に在籍していました。これは記憶の話ではなく事実です。
……ですが、二人揃ってまことしやかに事実と食い違う話をするものですから、これは妙だと思いましてね」
春雨「あるはずのない記憶……、ですか」
提督「で……これは小生の見解ですが。どちらか一方が間違っているのではなく(というか、小生の言っていることは紛れもない真実なのですが)、
二つの事実が存在しているのではないかと考えています。というのもですね……」
提督「お二方がご結婚なされた日の前後に差出人不明の荷物が届きましてね……それがまあ不思議なもので。見かけの上では歯車の形をした赤色の鉄器なんですが〜」
歯車という単語が出た瞬間、芯玄元帥と朝潮はピクリと反応を示す。
提督「調べてみたところ、どうにも隕石に似た性質をしているのです。この地球上では生成されたとは思えない奇妙な成分が含まれていましてね。
まあ物質としての特徴はそんなもので大したことはなかったんですが……」
芯玄「時間を加速させる能力がある……だろう?」
提督「おや、ご存知でしたか。加速というよりは時間の流れを制御するという方が正しいのですが」
春雨(大事な話をしているのは理解できますが、どうにも蚊帳の外って感じが……。なんで春雨はここにいるんでしょう……)
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◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 00:24:11.66 ID:ft0X4ers0
提督「話を戻しますが……どうにもその歯車というのはこの時代に作られたとは考えられないのですよ。
そもそも本当にこの地球で生まれたものなのかさえ疑わしい。別の世界から持ち込まれた、と考える方が自然なぐらいのマジックアイテムでして」
提督「そう! 失礼ながら……貴方がたお二人も、何かの拍子で元々いた世界からこの世界にやってきてしまったのではないかと推測しています。
確たる証拠は提示出来ませんが……芯玄元帥、特に貴方からは妙な違和感を覚えるのですよ。貴方の経歴を少し調べさせてもらいましたが……」
提督「貴方が提督になった後のことはある程度調べがついたのですが……それより前の、提督になる前のことは全く情報が得られませんでした。
その不自然さに、急ごしらえの後付けで経歴が用意されたような違和感があったのです。とはいえ論拠になるほどのことではないですが」
芯玄「多分アンタの読みで正しい。信じられんだろうが、オレと朝潮はかつて異世界を旅する羽目になったんだ。歯車のことを知ったのもそこでの出来事がきっかけだ。
紆余曲折あってどうにか元の世界に戻ってこれたつもりでいたんだが……そうじゃねえ可能性もある。元の世界によく似た世界……並行世界ってやつかもな」
朝潮(元の世界には異世界へと通じるブルーホールがあって、この世界にはそれがない……だから五月雨や陽炎にブルーホールにまつわる噂のことを聞いても知らなかった。
確かに、戻ってきてからのこの世界で起こる出来事は、私たち二人にとって都合が良すぎると感じることはありました。司令官は元帥に昇進し、私は司令官と結ばれ……)
提督「なんと……なるほど、興味深いですね。その時の話を詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
・・・・
しばらくの間会話が続いていた。春雨は自分に関係ないと思いながらも、時折相槌を打ちながら話を聞いていた。
春雨(ご飯を食べた後って眠くなっちゃいますよね……なんだか欠伸が出そうです)
掌で口元を覆って小さく口を開ける春雨。眠気からか瞼が降りてきてしまう。
春雨(はっ……いけない。場所が場所とはいえ、司令官同士の会合で居眠りなんてしちゃだめですよね)
ハッとして瞼を開く。いつの間にか会話の声は途絶えていた。というより、三者の動きが止まっていた。目を開けたまま何秒も静止している。
春雨は奇妙に思い店内を見回す。椅子から立ち上がる姿勢のままの客、トレーを持ったまま棒立ちする店員。みな凍りついたようにその場から動こうとしない。
春雨「時間が、止まっている……? そんなことって……」
それは、普段なら気にも留めないような小さな足音だった。
だがそれが無音の世界で唯一の音となると、注意を払わずにはいられない。
足音の主は店の入口方面から近づいてきているらしい。
??「おや……まさかこんな所に来ていたなんて。驚きましたよ」
春雨「蒔絵司令官が……二人……?」
こちらに向かって歩いてくる男性は、春雨と向かい合うようにして座っている蒔絵提督の姿に瓜二つだった。
提督?「ええ、春雨に逢いに来たんです。ふむ……この世界の自分を見るのは初めてですね。まあ次に会うことはないでしょうが」
春雨の知る蒔絵提督のものと同じ声質であるにも関わらず、どこか穏やかで感情の籠った声。
春雨「(一体何がどうなって……?)貴方は何者なんですか?」
提督?「今はまだ不審に思われても仕方がありません。小生は此処とは異なる世界の蒔絵現……自己紹介するならば、それが相応しいでしょうか。
そして春雨も本来この世界の住人ではないのです。“この世界の”春雨は、海の底で喪われてしまったのですから」
春雨(私が、この世界に生まれていない? 本来の春雨は轟沈してしまっている?)
並行世界の蒔絵と名乗る男は、いつの間にか左手に青色の歯車を持っていた。春雨に近づくと右手を差し伸べる。
提督?「今……春雨が元々いた世界とこちらの世界とで、正史が二つ存在している状態になっています。そして……世界はどちらか一方しか残らない。
今から春雨をもう一方の世界に連れて行きます。かつての記憶も取り戻せることでしょう。その上で選んでもらいます。どちらを残すかは貴方に委ねます」
春雨「え……どういうことですか……」
男は左手で青色の歯車をポケットにしまい、水色の歯車を取り出す。混乱しながらも促されるまま男の手を取る春雨。
歯車が光り出した刹那、彼の左手首めがけてフォークが浅く突き刺さる。水色の歯車は男の手から離れて宙に舞い、床に落ちる。
提督「喧嘩はからっきしですが……ダーツは得意でしてね!」
ソファから飛び上がって春雨の手を男から無理矢理引き離すと、地面に落ちた歯車を拾う“止まっていたはずの”蒔絵提督。二人は間もなくしてその場から消失してしまう。
・・・・
提督「ふ〜……自分と同じ姿をした人間に会うというのはなんだか気味が悪い感じがしますね。で、ここはどこでしょうかね」
辺り一面に雪原が広がっている。粉雪がはらはらと舞い降りる、低気圧の昼下がり。
春雨「さぁ……ぜんぜん検討がつきません。並行世界? の蒔絵司令官の話を信じるなら、私が元々いた世界……らしいですけど。
ところで、どうして時間が止まっていたのに動けたんですか? 赤い歯車の力を使ったんでしょうか」
提督「ええ。あまり考えたくはないですが……芯玄元帥と歯車を巡って争いになる可能性も考えていました。
だから歯車の能力で、自分自身に“いかなる干渉も受けず正常に時間が流れ続ける”ようにしていたのです。芯玄元帥や朝潮さんと一緒に止まっているように見えたのは演技でした」
提督「場所を人目の多いファミレスに指定したり、春雨に同行を頼んだのもそういう理由でしたが……まさか異世界の自分と対峙することになるとは思いませんでした。
『世界はどちらか一方しか残らない』――彼の言葉から察するに、小生は近いうちに彼に始末されるのでしょう。まあ、そう易々とやられるつもりもありませんがね」
春雨(自分と同じ姿をしている相手なのに……。今からでも仲良くは出来ないんでしょうか)
提督「お、良い所に人が。そこの少年少女諸君! ちょっと良いかな?」子供の群れに向かって提督が手を振ると、それに気づいた子供たちが駆け寄ってくる
843 :
【68/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 00:45:25.40 ID:ft0X4ers0
少女A「お姉ちゃんと……メガネのおじさん? どうしたの?」
提督「(おじ……まあいいでしょう)ここからどこへ向かえば街へ行けるか教えてくれませんか? 道に迷ってしまいまして」
少年A「一緒に雪合戦で遊んでくれるならいいよ。どう? お姉ちゃん。と……おじさんもやる?」
提督「いや、おじさんは見ているだけにしましょう。春雨、遊んであげてくれますか?」
春雨「(そんなことしている場合じゃないはずなんですけど……。でも、キラキラした目で見つめられると断りづらい……)わ、分かりました」
雪玉をぶつけ合う子供たちの様子を顎に手を当てながら見守る提督。子供たちは雪まみれになって全力で楽しんでいる様子だったが、春雨は終始困り顔でいた。
また、春雨の着るピンクのカーディガンにはせいぜい降り積もる粉雪が少し付着している程度で、全く雪をぶつけられた形跡が見られなかった。
春雨「ひゃん! ええっ!? 今のどこから……」
春雨の首筋に突然襲い掛かる冷気。服の内側に入り込む、より相手に寒さを感じさせるよう計算された角度からの一撃であった。
艦娘の動体視力と察知能力の高さであれば子供が投げる雪玉など当たりようもない。一体誰がどこから……? 視界の外からの攻撃に驚く春雨。
提督「春雨、一つ提案があります。これでは見ていて何も面白くありません。ですから……勝ち負けのある競技にしましょう。
これは横須賀の艦娘たちと実際に雪合戦をやる際に行うルールなのですが……少し改変を加えまして」
遠方から春雨に向けられる声。いつの間にか雪面に線が引かれていて、コートとなる長方形のフィールドが用意されていた。
両陣に玉を避ける防壁となる雪山(これをシェルターと呼ぶ)が二つ、センターライン上にもシェルターが一基設置されている。
センターラインから最も離れた位置にあるシェルターの脇には太い木の枝が刺さっている。
提督「今回は旗が用意できないので、あの枝をフラッグとみなしましょう。敵陣に配置されたフラッグを奪い取るか、相手チーム全員に雪玉を当てれば勝利。
雪玉を当てられた選手は失格となり退場……これが基本ルールです。ドッチボールとビーチフラッグを混ぜたようなものと思ってもらえればいいでしょうか」
提督「本当は他にも色々あるんですが……春雨個人の戦力が強大すぎるので、今回はシンプルに春雨対子供たち7人での勝負とします。
それに伴い、春雨は7回雪玉を当てられるかフラッグを取られたら敗北という条件に設定しましょう。あ、小生は子供チームの監督をしますのでよろしく」
※補足(日本雪合戦連盟で定められた国際ルールより)
3セット勝負で2セット先取したチームが勝利(1セットにつき3分の制限時間あり)・
1セットに使用できる雪玉の数は予め用意された90個まで(その場で雪を丸めて相手にぶつけるのは不可)
などのルールが競技における雪合戦には存在しているが、今回は変則的な非公式戦のためそういったルールは設けられていない。
・・・・
ラーメンを啜る妖精。たまたま提督の着ている外套のポケットに潜り込んでいた彼女(?)が審判となり、試合は始まった。
春雨(7回まで当たっても平気なら……多少の被弾は覚悟の上で敵サイドに突撃すればいいのでは?)
第二シェルター(後方のシェルター)から雪玉片手に飛び出し、颯爽とセンターシェルター(コート中央に設置されたシェルター)背面まで走り抜ける春雨。
春雨「このまま一気に距離を詰め……なっ! いけない……えいっ!」
春雨の動きと同時に、相手サイドの第一シェルター(前方のシェルター)に隠れていた子供がセンターシェルターを二分するように駆け出してくる。
雪玉を当てて片方の子供を退けたものの、もう一方の子供には回避されてしまう。自陣(春雨の方)の第一シェルターを盾にして雪から身を守っている。
春雨(このままだとフラッグを取られてしまう……まず私の後ろにいるあの子から先に処理しないと……)
センターシェルター上での戦線を放棄し、後方の子供を討ち取ろうと自陣の第一シェルター背面へ回り込もうとする春雨。
またしても春雨の移動に合わせてシェルターに隠れていた子供は動き出し、フラッグへ向かっていく。
春雨「させませんッ! てやっ!」
フラッグへ走る子供に雪玉を命中させる春雨。ほっと息を撫で下ろすが安堵もつかの間、提督の次の一手が襲いかかる。
提督「頃合いでしょう、今です」 手を正面に掲げ、宣誓するように指示する
提督の合図とともにセンターラインを超えて四人の子供たちが突き進んでくる。春雨はこれに応戦して雪玉を当てて二人撃墜したものの、多勢に無勢。
総攻撃によって五発の雪玉を被弾してしまった。これ以上の被弾は危険と判断し、自陣の第二シェルター背面にまで引き下がる。
フラッグを狙いに来た子供を迎撃して返り討ちにするという戦法に切り替えたためだ。じっとフラッグとその周囲を見張る春雨。
春雨(敵は残り三人。あと二回雪玉に当たれば負けとはいえ、ここなら被弾の心配はありません……確固撃破して決着をつけます)
しばらく膠着状態が続いていた戦場だったが、相手サイドの第一シェルター背面に隠れていた一人の子供が姿を現した。
子供は春雨のいるシェルター正面に疾走するが、どういうわけかフラッグのある側と逆方向に近寄ってくる。
春雨(あの子、一体何を……? っ、ここからではシェルターがかえって邪魔になって当てられません……!)
壁越しの子供を仕留めるべく、フラッグ側から身を乗り出して雪玉を当てる春雨。
しかし、春雨もまたこの至近距離では身をかわすことが出来ず、相手の放った雪玉を一発食らってしまい相打ちとなる。
間髪入れずに春雨側の第一シェルターに潜伏していた二人の子供が駆け寄ってくる。一方は今の子供と同じようにフラッグの逆側へ、もう一方の子供はフラッグ側へ。
春雨「挟み撃ちですか、いいでしょう!(意識を集中させれば、逆側の子供の攻撃はかわせるはず。フラッグ側の子供から処理すれば勝つ……!)」
春雨はフラッグ側に走り込んできた子供がフラッグを狙い、逆側の子供はそこに意識を向けた春雨を攻撃しようとしているのだろうと考えた。
しかし結果は予想とは異なった。フラッグ傍まで寄ってきた子供の投げた玉をスレスレで避ける。敵の先制攻撃に動揺しつつも、フラッグ寄りの子供に雪玉を当て反撃。
続けざまに逆側の子供が取った行動は、春雨の背中に雪玉を当てることではなく……。
春雨「(!! 狙いは背後からの奇襲ではなく、フラッグの方……!)……」
春雨の足元からヘッドスライディングしてフラッグを掴もうとする子供。フラッグに触れる寸前、春雨の放った雪玉が子供の手に当たる。
844 :
【69/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 00:58:16.39 ID:ft0X4ers0
子供たちと別れ、最寄りのホテルに泊まった提督と春雨。夜になると雪は溶けて雨に変わっていた。
雪合戦のせいでぐしょ濡れになってしまった春雨はバスルームでシャワーを浴びている。
提督(いや〜……昼間はいいものを見せてもらいましたねぇ、思いの外白熱した試合になって満足です。負けるつもりはなかったんですが……流石は艦娘。
本気を出した時の瞬発力は人間のそれとは比べ物にはならないほど高い、ということですか)
ソファに寝そべりながら本を読む提督。シャワーの音が止むと、しばらくして寝巻姿の春雨がバスルームから出てくる。
提督「髪を下ろしているせいでしょうか。少し大人びた雰囲気がしますね」また本へと視線を戻す
春雨「……司令官は、こんな状況でも全然平気なんですね」
提督「はい、思い悩んでいても仕方ないでしょう。物事はポジティブに考えるのが吉です。異世界への旅なんてそうそう出来るものではありませんから」
能天気な提督の返しに、うんざりしたように首を横に振って深く溜息を吐く春雨。
春雨「司令官は自分勝手です。わけも分からないまま付き合わされて、巻き込まれて……。春雨……なんだか、ちょっと疲れちゃいました」
相当不満が溜まっていたのか、春雨らしからぬストレートな心情の吐露に慌てる提督。ソファから立ち上がると身振りを交えて、自らの見解を早口で伝える。
提督「気に障ったのならすみません。ええと……並行世界の小生から奪った水色の歯車で、元の世界に戻ることは出来るようです。
昼の間に色々実験して分かったことで、雪合戦のコート設営も歯車の能力を試したものだったんです。というわけで、とにかく帰るための算段は立っています。
ただ、向こうの世界の蒔絵現は春雨にこの世界を見せたがっていましたから、元の世界に戻るのはその理由を知ってからでもいいと考えています」
春雨「そういうことじゃないんです。理屈の話なんて、今はどうでもよくて……」
そこまで言いかけて口をつぐむ春雨。提督は沈黙を読み解くべく思考する。
提督(巻き込まれた春雨の立場からすれば言い分はもっともです。しかし、彼女が不満を口にすることなんて滅多にないはずなんですよね……。
そこまで嫌われるようなことしましたっけ。思い当たる節が……)
想起する。ファミレスに連れてきた時のがっかりとした表情を。人妻が好みだと答えた時、この上ない軽蔑の視線を向けられたことを。
芯玄元帥との会話中に終始退屈そうにしていたことを。雪合戦で寄ってたかって雪玉をぶつけられていたためか半泣きになっていたことを。
提督(ありすぎますね……今日一日でこれだけ不興を買っていたとなると、それ以前の恨みも積もり積もって……というわけですか)
提督「春雨が小生のことを嫌いになっても、それは仕方ないと思います。気づかぬうちに春雨を傷つけていたことは謝ります。
元の世界に帰りたいというのであれば、春雨だけ元の世界に戻してあげましょう。小生の顔も見たくないというのなら、別艦隊に転属するよう都合しましょう」
春雨「そんなつもりじゃ……そこまでは言ってないです」
提督「春雨に不満があるというのなら、その意に沿うのもまた上官の役目ですから。よりストレスのない環境に……」
春雨「司令官はどうしてすぐに1か0かで割り切ろうとするんですか。そりゃ……不満は、正直言ってありますよ。
司令官はいつも自分の理屈で動いていて、何も説明してくれなくて、おまけに倫理観もちょっと欠けてるところがありますけど……」
春雨「でも、だからって、顔も見たくないなんて言ってないじゃないですか。好きとか嫌いとかの話はしていないんです。
勝手に決めつけないでください……私の言葉を聞いて欲しかっただけです」
提督「そうでしたか。……」
提督は返すべき言葉が見つからず、それ以上は何も答えることが出来なかった。
・・・・
夕食を済ませた後、提督もシャワーを浴びてパジャマに着替える。その間二人は会話らしい会話をせず、やり取りは一言二言交わす程度の淡白なものだった。
提督が照明のスイッチを切ると、二人はそれぞれのベッドに寝転んだ。並んで置かれた二人のベッドの間には窓があり、雪明かりの仄かな光が差し込んでいる。
提督「今から話すのは、独り言です。眠れないから喋っているだけなので軽く聞き流してください。迷惑だったら黙りますから、言ってください」
春雨から背を向けるようにして布団に包まっている提督。
提督「……本当は、小生は提督にはなりたくなかったんです。前も話したように、絵描きを志していて。
百年後の未来に残るような、人の心を揺さぶる作品を残したかった。今になってみれば青臭い夢です」
提督「結局のところ、挫折して絵筆を折ってしまいましたがね。四角四面の、お手本通りの空虚な作品にしかならなくて……。
貧しくて続けられなかったのもありますが、それ以上に、無価値な自分の作品と向き合うのが辛くて耐えられませんでした」
提督「それでも後悔はしていないんです。挫折して絵筆を折りはしました。さりとて……キャンバスを用意することはできる。
人と人とが紡ぐ色とりどりの輝きをこの目で見ていたい。それが今の小生の望みなんです」
雪溶けの雨が降り止んだのか、提督の言葉が止むと穏やかな夜の静謐で満ちる。窓の外では俄かに冬空の星が輝いていた。
提督「……提督という立場は、人のことがよく見えるんです。人が何に悲しみ、何に怒り、何に喜ぶか。
そしてそうした感情をどのように表現するか。小生の立場からはそれがよく見えるのです」
提督「人の数だけ感情があり、人の数だけ思考があり、人の数だけ表現があるのだと、常々思い知らされます。今もそう。
小生一人で生きていては、見ることの出来ない視点を与えてくれる。それが小生にとっての学びであり、生きる糧でもあるんです」
提督「春雨が正直に思っていることを伝えてくれたのは、参考になりました。春雨の言葉を解釈して、自分なりに思ったことを口にしてみたんですが……。
なんというか……うまく伝えられたのかは分かりません。理屈じゃない話は不慣れで難しくて……不器用ですみません」
提督「って……もう寝てますか。まあいいでしょう、独り言ですし……」
春雨「起きてますよ。……ねえ、司令官」
845 :
【70/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 01:17:47.89 ID:ft0X4ers0
春雨「今から話すのは、独り言です。だから、寝たふりをして聞いていてください」
ふふ、と悪戯っぽく笑って、提督の方を向くように寝返りを打つ春雨。
春雨「司令官の気持ち、とってもよく伝わりました。春雨が欲しかったのは、説明でも説得でもなかったんです。
司令官の感情の乗った言葉が……春雨の胸にきちんと届きました。春雨に心を開いてくれているんですよね……」
春雨「さっきは司令官に自分勝手だなんて言いましたけど、春雨の方も、不安で少し気が立っていました。ごめんなさい。
今も、これからどうなるのかは何も分からないままですけど……それでも、少し気持ちが落ち着きました」
春雨「春雨は……起こる全てのことには意味があると信じてます。今の自分がやっていることが無駄だなんて思いたくないんです。
だから……こうして別の世界にいることも、そこに司令官と一緒にいることも……意味はあるんです」
言い切る春雨。背を向いていた提督だったが、仰向けになって天井を見つめながら呟く。
提督「意味、ですか。……そうですね」
眠気からか思考が鈍り、ふわふわした具体性のない言葉のやり取りが続く。時に饒舌に、時に寡黙に、とっ散らかった考えと想いをぶつける。
意識が遠退いて夢心地から深い眠りに落ちるまでの間、二人は取り留めのない独り言――もとい、ふたりごとを交わして過ごした。
・・・・
朝がおぼろに明けると、朝食をコンビニのサンドイッチで済ませてホテルを出る二人。
春雨「ここがこの世界のラバウル基地ですか。えっと、とにかく暑いですね……」
水色の歯車には、物質を瞬時に転送する能力がある。昨日雪合戦の合間に行っていた実験で提督が導き出した結論だった。
二人は水色の歯車の力を使ってテレポートし、赤道付近に位置するラバウル基地までやってきたのだった。
提督「瞬間移動でやってきたのは良いとして、この格好で来たのは間違いでしたねぇ……」
熱々のホットコーヒーが入った紙コップを片手に外套を着込んでいる提督と、手袋にマフラーの春雨。
東の空に浮かぶ太陽は熱を帯びた光を放っている。二人は汗を流しながら基地領内の施設を訪れた。
提督「建物の中は涼しいですね。しかし、この設備の充実具合は横須賀に匹敵するのでは……」
施設の分析を交えながら廊下を歩く二人。執務室の前で鮮やかな水色をした長髪の少女と鉢合わせする。
五月雨「蒔絵提督! 遠路遥々ご苦労様。ご無沙汰してます、五月雨です。あっ、春雨! 久しぶり!」
ぎゅむと春雨に抱きつく五月雨。春雨に耳打ちする提督。
提督「春雨、知り合いですか?」
提督にだけ伝わるように首を横に振る春雨。
五月雨「お二人とも、どうしてそんなに暑そうな格好しているんですか? 我慢大会の練習ですか?」
春雨「そ、そんなところです……」
提督「それより芯玄心紅という人物を知っていますか? 彼についての話を聞きたいのですが」
注意を逸らすように話に割り込む提督。芯玄という名前が出た途端、五月雨は少し気落ちしたような態度を見せる。
五月雨「芯玄少将……ですか。以前この鎮守府を管轄していた提督で、とても尊敬していました。
二年前……近海調査の際に行方不明になられて、それっきりです。居なくなる直前に、陽炎や不知火たちと会っていたそうなんですが……」
提督「(昨日芯玄提督と話した内容と合致している。やはり……ここは芯玄元帥が本来居た世界でしょう)そうですか。
では、蒔絵現が現在管轄している鎮守府はどこだか分かりますか? あ、申し遅れました。小生の名は蒔絵 空(マキエ ソラ)。彼の双子の弟なのです」
双子の弟というのは口から出まかせのハッタリだったが、五月雨はこれを信じた。
五月雨「へぇ〜! そうだったんですか。とってもよく似てるから全然気づきませんでした! 現さんは横須賀鎮守府のトップとして活躍しているそうですよ」
提督「そうですか、ありがとうございます。ではお礼に……」
提督「芯玄提督は生きていますよ」 五月雨の耳元で囁く
驚き目を丸くしている五月雨をよそに、春雨を連れて足早に立ち去ろうとする提督。しかし邪魔が入り、呼び止められる。
??「フン……蒔絵元帥か……。此処で出くわすとは驚いた。久しいナ」
執務室の扉を内側から開ける真っ白な腕。不健康という言葉が似つかわしい、尋常でない白さだ。
提督と春雨の二人は少し違和感を覚えながらも、五月雨とともに招き入れられて部屋の中に入る。
??「ドウシタァ……? 集積のやつみたいな恰好をして。マァゆっくりしていくといい。茶でも出そうカ」
執務机に座る白いパーカーに黒いインナーを着た女性。プラスチック容器に入ったアイスコーヒー……と呼ぶには黒すぎる液体をストローから啜っている。
これだけなら(鬼のような黒色の角が生えている点を除けば)艦娘と大差ないが、腹部から飛び出している異形はどう足掻いても言い訳ができない。
白色の蛇のようにうねる口のついたグロテスクな怪物。春雨ぐらいなら一息で呑み込んでしまいそうなほどの大きさだ。間違いなく彼女は深海棲艦だった。
提督(……何度か戦ったことがある。彼女は重巡棲姫。数ある深海棲艦の中でも上位クラスの脅威……のはずなのですが、何故ここに?)
二人の様子を不思議そうにじーっと見つめる重巡棲姫。視線に恐怖したのか、春雨は無意識のうちに蒔絵提督の手をかたく握る。
蒔絵提督はポーカーフェイスを貫いていたが、滝のように流れる冷や汗を止めることは出来なかった。戦慄、いわゆる蛇に睨まれた蛙だ。
846 :
【71/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 01:35:53.73 ID:ft0X4ers0
五月雨「あっ。じゃあ私お茶汲みますね。それと、彼は蒔絵元帥じゃなくて、その双子の弟だそうです」
手早く室内に置かれたミニ冷蔵庫から2リットルサイズのポットを取り出し、コップに注いで提督と春雨に手渡す五月雨。
汗で流れた水を補うために勢いよく飲み干した提督だが、どうにも様子がおかしい。春雨が見たことのない、カエルのようなギョッとした表情をしている。
提督「めんつゆじゃないかー! ……ゴホン、失敬。あまりにも、その、麦茶にしては独創的な味をしていたもので」
重巡姫「五月雨……こないだ流しそうめんをやっただろう。アレの残りダナ。容器に移しておけとは言ったものの……」
五月雨「ああっ!? ごめんなさい!! 麦茶はこっちでした!」 提督と春雨に再度麦茶を注いだ別のコップを渡す
春雨(さっきの飲まなくてよかった……じゃなくて! 艦娘と深海棲艦がこんな親しげにやり取りをしてるなんて……。どういうことでしょう?)
重巡姫「そういえば、蒔絵元帥の弟……だそうだガ。何用だ? わざわざここに来る理由があったのだろう」
提督「……ええ。芯玄提督という人物について尋ねようと思っていたのです。以前ここに在籍していたそうなので」喉を鳴らして麦茶を飲む
重巡姫「名前は聞いた覚えがある。……二年前に行方不明になった提督だったカ。彼には悪いことをしてしまったな……謝るつもりはないが。
あの時の我らにとっては、正しい行いだった。人艦全てを滅ぼすことが、あの時の我々にとっては正義だったのだからナ」
提督(……? 少なくとも二年前は深海棲艦と対立していたが、その後は交友関係を築けるようになった……ということでしょうか。
あくまでこの世界では、の話ですが……。しかし、どういうカラクリでこうなったのかを知れば、元の世界に戻った時も役立つかもしれません)
重巡姫「しかしダ、あれだけ近海で深海棲艦に襲われることはそうないはず……どうにも不可解な点が残る失踪だったとは思うガ」
五月雨「……」少し考えるような素振りを見せるものの、黙っている
提督「軍の仕事に就いてからまだ日が浅いものでして……、貴方がた深海棲艦と和解に至った経緯を教えてもらっていいでしょうか」
重巡姫「まだ一年程度しか経っていないしなァ……事情を知らぬ者が居ても不思議ではないカ。確かに、深海棲艦は艦娘――ひいては人類と敵対していた。
人間の精神を構成するのは知性・意志・感情の三要素……かつての深海棲艦には、それらの要素が部分的に欠落していたためだ」
重巡姫「艦娘らに痛撃を与えるための知識はあっても、艦娘と人類を滅ぼした後の世界で何かを築こうという先見性を持った知恵はない。
救いを求める者、破壊を望む者、復讐を果たそうとする者……それぞれ、妄執のような動機には突き動かされているものの、それは自由意志とは言えない。
苦しみはあれど喜びはなく、焦燥はあれど安堵はなく、憎しみはあれど愛はない……深海棲艦は、その精神性において人類に劣っていた」
提督「随分はっきりと言い切りましたね……」
重巡姫「だが今は違う。呪いが解けた、とでも言うべきか。いつそうなったのか、なぜそうなったのか、原因は分からないガ……深海棲艦は進歩したのダ。
人間らしい比喩表現を用いるなら、蓮が泥の中から花を咲かせた、というところカ。……闘争に虚しさを覚える者が現れた。
復讐や破壊よりも価値のあるものを見つけた者が現れた。人間と友好を築こうという者が現れた」
提督(しかし何がきっかけかは分からない、というわけですか……残念ですね)
重巡姫「……無論、深海棲艦と人類との間には未だ因縁が存在するがナ。“自らの意志で”人類に相対する深海棲艦も少数ながらいる。
私のように人類に従うフリをして取って代わる機会を伺っている者もいる。一方艦娘や人間の側も、こちらのことを快く思っていない者はいるだろう」
提督「人類に従うフリって……そんなこと話してしまって良いんですか? だいぶフレンドリーにあれこれ教えてくれていますが」
重巡姫「そうダナ。蒔絵元帥には恩がある。仮に深海棲艦の時代が来たとして、少なくとも彼と彼に縁のある人間が苦しむような真似はしない。
それに……侵略というのも建前だ、今は案外この暮らしも気に入っている。受け入れてくれたここの連中には報いてやりたいと考えていてナ」
春雨(この世界の蒔絵司令官は、艦娘や人間と深海棲艦との関係改善に努めていたのでしょうか。そうだとするなら……案外話が通じる人なのかもしれません)
提督「報いる……とは? 人類と迎合せず戦い続ける道を選んだ深海棲艦の数は少ないのでしょう。技術提供などでしょうか?」
重巡姫「我々深海棲艦の目覚めとともに、新たなる敵が現れた。美談を抜きにして語るなら……深海棲艦が人の側に与しているのはそのためだ。
艦娘や人間よりも脅威となる存在が現れた。三つ巴で殴り合っていては奴らが独り勝ちしてしまう。だから手を貸している、敵の敵は味方というわけダナ」
重巡姫「名称は正式には決まっていないが……軍内では“反存在”などと呼ばれている。可視ながら非実体の、人の形をした悪意を持った何かだ。
奴らは人や艦娘、深海棲艦が“存在していたという事実ごと”消失させてしまう。忌まわしき存在ダ……」
重巡姫「奴らには砲雷撃や空爆といった従来の攻撃が通用しない。もちろん肉弾戦もだ。ただし……精神的な念を込めた攻撃に限っては効果がある。
裏を返せば、奴らに存在を打ち消されないほどの強い想念さえあれば、堅牢な装甲を貫く巨砲も、空を埋めつくすほどの艦載機も必要ないのだがナ……」
提督(実に興味深い……詳しく話を聞いておきましょうか。……深海棲艦を凌ぐ敵、か)
・・・・
長い間照りつけていた太陽もようやく沈み、提督は浜辺で夕涼みをしていた。膝を抱えて座り、波の揺らぎを眺めていた。
春雨が近づいてきたことに気づくと、少し疲れたような声で話しかける。着替えを誰かから借りたのか、春雨はTシャツ姿だった。
提督「また春雨を置いてけぼりにして話し込んでいましたね……申し訳ない」
春雨「あれは仕方ないですよ。それより、混ざらなくて良いんですか?」
火をつける前の手持ち花火を両手に握る春雨。少し離れた場所から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
提督「ええ、小生は遠慮しておきます。楽しんでいらっしゃい」
春雨が離れていくのを確認し、提督は深く溜息を吐く。
提督(艦娘と深海棲艦との調和が成された世界、ですか。……あくまで“この世界での”事象とはいえ、そんな未来が起こり得るなんて予想もしていなかった。
だが、それ以上に驚いたのは……その深海棲艦をも超える敵が居るということ。……)
847 :
【72/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 01:56:56.34 ID:ft0X4ers0
提督(あの“反存在”というのは……結局のところ深海棲艦と代わりない。それが艦娘および艦の念ではなく、万物普遍の念に代わったというだけのこと。
黒色無地の小人のような形態が一般的なようですが……深海棲艦でいうところの重巡棲姫のような、いわゆる“ネームド”の存在はより個性を持った姿をしている)
提督(それらは、生物や静物……ひいては概念が擬人化されたものだった。戦車や戦闘機のような兵器を模した個体、剣などの武器を模した個体、獣を模した個体……。
果てには信仰を失い忘れ去られたかつての神を思わせるものや、草木や風雨といった自然そのものを体現しているような個体まで……)
提督(人が生み出した万物に魂が宿るというのなら。人が認識したもの全てに何某かの念が宿るというのならば……。
そしてそれらが、怨念となって人に仇なすというのなら……畢竟、人が滅び文明が潰えるまで戦いは終わらないのではないでしょうか)
遠くで聞こえる声も、波の音も気にならなくなるぐらいに深く思考する。考えていたのは、もう一人の自分についてだった。
提督(この世界の蒔絵現の目的とは? 小生のいた世界にちょっかいをかけに来た理由が分からない。『春雨に逢いに来た』、そう言っていましたか。
……春雨が何かしら特異点的な役割をしているのでしょうか? 芯玄元帥と朝潮さんから欠けた青色の歯車を奪っていたのをみるに、歯車の回収も理由の一つでしょうか)
提督(自分と同じ姿をしていようと、どうにか出し抜いて利用してやるつもりでいましたが……重巡棲姫から話を聞いて、それが難しいことを思い知らされましたね。
彼の根城であるこの世界の横須賀鎮守府まで行って調べるまでもない。戦略や指揮の的確さにおいて……彼は小生の数十手先を行っている。智謀においても、恐らく)
提督(勝てない相手に挑んだところで意味がない。彼の要望に沿う形で“オリる”のが正しいのかもしれません。
……歯車と春雨を差し出せば、どうあれ命乞いぐらいにはなるでしょうか。しかし……そこまでして生に執着して何の意味がある?)
提督(絵描きの夢を諦めた時点で、既に死んだも同然の人生だった。それが、たまたま提督になれて少し豊かな暮らしを出来ていただけのこと。
……今更命を惜しむ理由もないでしょう。優先すべきなのは納得の行く答えだ。彼が正しいのなら、道を譲ればいい。そうでなければ、退けるだけ)
ちょんちょん、と提督の背中をつつく小さな指。振り返ると春雨がいた。
春雨「小さく震えていたから、泣いていたのかと思っちゃいました」
提督「泣いていた……? 悲しくないのに涙なんて出ませんよ。これは……そう、武者震いですよ」
春雨「そうですか……。重巡棲姫さんと話をしている間、最初の方は興味津々な様子だったのに、終わりの方では時折悩ましげな表情を浮かべていたので……。
ちょっと司令官のことが心配だったんです。でも、そんな気配りは不要でしたね……杞憂で良かったです」
提督「ええ。それと、そのことなんですが……。これから先、元の世界に戻って一段落着くまでは、空(ソラ)と呼んでもらっていいですか。
蒔絵空……そう呼んでくれませんか。その、あちらの世界に居るであろうの蒔絵現と紛らわしいので、差別化の意味でね」
提督「空というのはかつての雅号だったんです。画家として大成したわけでもないのに雅号なんて、見栄っ張りも良いところですけどね」
アハハと乾いた笑いを浮かべた後、ズボンについた砂を払い、海原を背にして立ち上がり春雨の方を振り返る提督。
昇りゆく白い月は仄暗い水面を照らし、空を藍色に染めていた。
提督「小生は、現よりも空と名乗りたい。一度は捨てた名前でしたが……それでも、蒔絵空でありたい。蒔絵空として生きていたい。
そう思ったから、震えていたんですよ。……って、春雨に話しても何のことだか分からないでしょうがね」
春雨「そう呼んで欲しいならそうしますけど……春雨の司令官は、司令官だけですから。それに変わりはありませんよ」
提督に火のついていない手持ち花火を差し出す春雨。
春雨「『人と人とが紡ぐ色とりどりの輝きをこの目で見ていたい』でしたっけ。司令官のその言葉が、ずっと胸に残っていて。
私たちのいた世界とは違えど、この世界の中でも……春雨はその輝きを見ました。艦娘と深海棲艦の間に、新しい可能性を見出しました」
春雨「だから、司令官にもそれを見て欲しいなって思いました。その……」
差し出された花火を受け取る提督。フフ、とにやけ交じりの笑みを浮かべて、眼鏡越しに春雨を見つめる。澄んだ瞳をしていた。
提督「なぜ、春雨が特別な存在なのでしょうね……。分かるような、分からないような……不思議な感じがします」
春雨「えっ、それはどういう……?」
提督「ああいや。そうだと決まったわけではないんですがね。せっかくの春雨の誘いを無碍にするわけにも行きませんし、では混ざるとしましょう」
戸惑った表情を浮かべる春雨を置き去りに、花火をしている集団の方へ歩いていく提督。
・・・・
翌日。提督と春雨はこの世界の蒔絵現の意図を探るべく、横須賀鎮守府に潜入していた。
提督「真冬の雪原から常夏の島へ、そしてまた氷点下の港へ……体調を崩してしまいそうですね。
時差ボケするほど離れた場所でなかったのは幸いですが。今日で元の世界に戻りますよ、大体情報は出揃いましたからね」
春雨「時間にすると2泊3日、ですか……。長かったようで短かったですね」
提督「まあ鎮守府では失踪騒ぎで大変なことになってると思いますけどね。芯玄元帥にも迷惑をかけているでしょうし。
ただ、小生一人が欠けて機能しなくなるほど横須賀はヤワではありません……またメチャクチャ叱られた後に平謝りの連発で済むでしょう」
春雨「今回は仕方ないとはいえ……相変わらず悪びれない態度ですね。そういう所も嫌いじゃありませんが」
提督「おや……春雨に褒められるとは、なんだか新鮮な感じがしますね。ありがとうございます」
春雨「ち、ちがっ……。そのふてぶてしさが、一周回って逞しいなと思っただけです。……」
褒めるつもりが無かったのに無意識のうちに出た言葉に、気恥ずかしさを覚える春雨。
提督「さてと……春雨? 春雨……?」
提督の呼びかけに応じず、その場に棒立ちする春雨。彼女の澄んだ瞳の中に、小さな映像のようなものが高速で駆け巡っている。
848 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 02:03:15.38 ID:ft0X4ers0
(あとまだ10レスあるんですけども……さすがに眠気がきつくなってきたので寝ます。昼頃には復活してると思います……)
849 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 08:38:38.00 ID:8c7bjoetO
一旦乙
850 :
【73/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 12:59:44.52 ID:ft0X4ers0
提督「一体、彼女の身に何が……? 声をかけても揺さぶっても反応がない……」
??「お疲れ様でーす。噂の春雨さんを連れて来たとなると、万事片付いたということでしょうかね」
提督(……どう答えるべきでしょうか? この世界の蒔絵現に近しい立場の人物ではあるようですが……)
背後からの呼びかけに対し、振り返らずに名前を尋ねる提督。
??「やだなあ。声で分かりませんでした? 窓位ですよ。窓位聖人ですってば」
提督(窓位くん……? 確か舞鶴に配属されたそうですが。この世界ではそうならず横須賀に着任した、ということでしょうか)
名前を聞いて反転する蒔絵提督。綿飴を咥えた、長身痩躯で栗色の髪をした美男子が立っていた。隣にはこれまた背の高い黒髪の艦娘が立っている。
窓位「ん? どうかしました? きょとんとしちゃってらしくないですね。ひょっとして……実はボクの知ってる蒔絵元帥じゃなくて、向こう側の蒔絵提督だったり?」
提督「……そうだと言ったらどうなりますかね? 命ぐらいは見逃してくれますか」
春雨と手を繋いでポケットの中にある水色の歯車に手をかけ、いつでも逃げ出せるよう備える蒔絵提督。
窓位「命? ハハ、まさか。歓迎しますよ! こっそり赤い歯車を渡した甲斐がありました。ここに来るまでにどんな物語があったのか……お話を聞きたいです」
提督(赤い歯車を小生に渡したのは、この世界の窓位提督だったのでしょうか? ということは……敵ではない、と解釈していいのでしょうかね)
・・・・
鱗雲が遠くに浮かぶ秋の空。潤った地面に乾いた風が吹き抜ける。色づいた落葉樹が頭上を鮮やかに彩る。黄色と赤の世界。
紅が濃くなった落ち葉から順に、はらはらと地へ落ちていく。あと二週間もすれば冬が訪れるのだろう、そう感じさせる秋の終わりの景色だった。
五月雨「綺麗ですね……。ラバウルに行く前に良いものが見れました、ありがとうございます。素敵な思い出になりそうです」
鎮守府敷地内の森。普段は誰も訪れないようなこの場所が、今日は艦娘で賑わっている。
レジャーシートを複数枚敷いて、いくつかの集まりに分かれて談笑していた。
提督「お礼なら春雨に言ってください。彼女の提案なんですから」
春雨「お花見とはまた違った雰囲気でいいですね。なんだか気持ちが落ち着きます」
提督「心が穏やかな気持ちになるでしょう。気のせいではありません。あ、木のせいではあるんですが」
由良「提督さんがダジャレを言うなんて……珍しいこともあるんですね」 ステンレス製の水筒を持って紙コップに緑茶を注ぐ
提督「ダジャレを言ったつもりはないのですが……樹木が発する化学物質をフィトンチッドと呼び、これは人間に安らぎを与える効果があると考えられているのです。
有害な微生物や害虫から身を守るために発する自己防衛の物質だそうですが……不思議なもので、人間にとっては森の香りとして心地よく感じられるのです」
提督「マイナスイオンと一緒で、きな臭い部分もありますがね。ビジネスが絡むと途端に話に尾ひれがついてしまうものです」
由良から紙コップを受け取って茶を啜る提督。うっすら見える白い湯気が東雲へと昇っていく。
五月雨「でも……やっぱり落ち着くのは木のせいだけじゃないですよ。こんなに穏やかな表情の提督は初めて見ました」
由良「ですね。普段のクールな態度も頼もしくてカッコいいですけど……オフの日はこんな感じなんですね。なんだか意外です」
提督「小生とて常に気を張り詰めているわけではありません。ただ、鎮守府にいるとどうしても義務や責任と向き合わなければなりませんからね」
春雨「司令官は……自分を曝け出そうとしないだけで、本当はとっても心の優しい人なんです。今日ピクニックを提案したのは、それを皆に伝えたかったのもあるんです」
五月雨「春雨は提督といつもつきっきりでしたもんね! 蒔絵提督のことを一番よく知ってるんじゃないですか」
提督「そうかもしれませんね。春雨はとても優秀ですよ。小生の隣は彼女にしか勤まりませんから」
無意識のうちに立ち上がる春雨。耳の先を紅葉のように赤く染めている。
春雨「そ、そんな……褒め過ぎですよ。本当はいつも不安で……司令官のお役に立てているかずっと不安だったんです。
春雨が司令官に相応しい艦娘なのか、ずっと不安だったんです。……他にも良い人がいるんじゃないかって」
提督もまた立ち上がり、春雨の小さな体を包み込むように抱擁する。身を寄せる春雨。
提督「春雨の代わりはいませんよ。小生にとって特別な存在なのですからね」
色とりどりの落ち葉が風に舞って夕空に浮かぶ。暖かな幻想の景色。縋りつくように提督を抱き返す春雨。
提督「と……ここで伝えるには少々大胆過ぎましたね。みんな驚いた顔しちゃってますし」
提督の言うように、周囲の艦娘らは皆ぽかんと口を開けていた。
浮ついた話の一切ない淡泊な蒔絵提督と、鎮守府内ではこれといって名が知れているわけではない春雨との組み合わせであるから無理もない。
春雨は提督を抱き締めていた腕を解き、頬を染めて俯いている。
由良「なんというか……バッチリ見せつけられちゃいましたね。日頃とのギャップがすごいですが……まあ、良いんじゃないでしょうか。こういうのも」
五月雨「うんっ、たしかにお似合いだと思いますよ」
妙な祝福ムードのまま観楓会(かんぷうかい:楓など紅葉を鑑賞する集まりのこと)兼宴会は続いたが、やがて、一人また一人と人が離れていく。
片付けが終わった後の夜更けに、春雨は提督を先ほどの森へと呼び出していた。とうに虫のさざめきも途絶えた秋の暮れ。
ライトアップされていた紅葉も、明かりが消えてしまえば宵闇に紛れて何色か分からなくなる。春雨は一人、森の中で提督のことを待っていた。
851 :
【74/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 13:27:41.31 ID:ft0X4ers0
森閑を自らの足音で掻き消すような急ぎ足で春雨に駆け寄る提督。
提督「もう夜も遅いじゃないですか。どうしました? 宴なら終わったでしょう。じきに雨が降る……」
天を仰ぎ見る。月を覆う銀の雲が薄墨の空を駆ける。風の流れは速く、長雨の気配が漂いだす。
春雨「さっきの言葉に……偽りはありませんか。春雨が特別だって言ってくれましたよね」
提督「嘘偽りのない本心の言葉ですよ。それでも、まだ不安ですか?」
春雨「司令官が春雨を特別だって言ってくれて、嬉しかったです。本当に嬉しかった……抱き締められた時、とても幸せな気持ちになりました。でも……」
ぽつり、ぽつり、と楓が零す涙のように滴る露の音。音に気づいた提督は持っていた番傘を開いて春雨を招き入れる。
傘の中で向かい合う二人。背筋を伸ばして顔を上げ、提督を潤んだ瞳で見つめる春雨。
春雨「司令官が春雨のことを想ってくれているのは、前から分かっていたんです。これだけ長い間二人で一緒に居るんですもの……伝わりますよ。
でも……司令官が見ているのは、本当に春雨のことなのかな、って怖くなってしまうんです……。こんなに司令官に愛してもらっているのに、それでも……」
春雨「春雨が、春雨じゃなかったら、司令官はどう思うんだろうって……あはは。ヘン、ですよね……どうしてこんなことを考えてしまうんでしょう」
黒いシルクの手袋で目元の雫を拭う春雨。怯えるように小さく震えていた。
春雨「司令官はいつも、春雨のことを大事に想ってくれるはずなのに……時折、春雨の向こうにあるものを見ているような目をしていて……。
それは、春雨だけど、春雨じゃないんです。私のことじゃない……そんな風に思ってしまう時があるんです……」
提督「……。ごめんなさい……春雨」
持っていた傘を放して、泥に塗れることすら厭わずに膝を折り、春雨と背の高さを合わせるようにして両腕で力強く抱き締める。肘が冷たい雨に濡れる。
春雨「嬉しいんです。とても嬉しくて、胸が暖かい気持ちで溢れて、想いでいっぱいになるんです……だから、いいんです。これは春雨のわがままなんです。
永遠なんてないですから……。いつかは司令官と別れてしまう……そのことが恐ろしくて、離れたくなくて。だからせめて、今の春雨を見て欲しいんです」
提督「永遠さえも……この手に掴んでみせましょう。春雨と、共に在るためなら……」
春雨「……?」
提督「春雨と共に在り続けるための、“永遠の王国”を創ってみせましょう。……そこで共に生きましょう」
・・・・
執務室に案内された蒔絵提督。棒立ちのまま動かなくなった春雨は隣の仮眠室で横になっている。
窓位「……蒔絵元帥の目的は“永遠の王国”を創ること。誰もが王となる世界――そこでは、万人が各々の望みを叶えられる……理想が世界に先んじて現実化する世界。
簡単に言うと意志が具現化する世界の創造……ってところかな? それがあの人の最終目的。全てはそのための行動」
提督「先刻経緯を説明した通り、小生は君の言うあの人ではありません。蒔絵現であって蒔絵現ではない……だからこその蒔絵空。
“永遠の王国”なんてもの、生まれてこの方思いついたこともありませんでしたよ。で、質問なのですが。なぜ小生にこの話を?」
提督「いいえ……理由なんてものはこの際どうでもいいでしょう。その“永遠の王国”とやらのために、蒔絵現は何をしようとしているんですか?」
窓位「キミがこの世界に来る時に使った水色の歯車や……今は向こうの世界にあるであろう青色の歯車。ボクが今持っている紫色の歯車。
これらの“理(ことわり)の歯車”を集めて、全ての世界から“反存在”を消し去ること。これがあの人の計画の第一弾ってところだね」
窓位「歯車にはそれぞれ世界を揺るがしかねないほどの大きな力が備わっている。だけどそれは一つの世界に限定された話なんだ。
使用者が現存する世界にのみ影響する。だから、強力な道具ではあるけれど、異世界からやってくる反存在に立ち向かうには不十分なものなんだよね」
窓位「でも……全ての歯車を集めることが出来れば、どんな世界の時空も制御できる。反存在を消し去ることだって可能になる。
だから芯玄提督を異世界に飛ばして赤と青の歯車を集めさせた。ここで事件が起こったんだけど……その前に。まずはこれを見て」 机の引き出しからノートを取り出す
≪時間を司る歯車≫
【赤色の歯車】制御:対象の時間の流れる速さを制御する(加速や減速)
【緑色の歯車】停止:対象の時間を停止させる
【青色の歯車】遡行:対象の時間を巻き戻す
≪空間を司る歯車≫
【水色の歯車】転移:対象を任意の場所へ瞬時に移動させる
【紫色の歯車】改変:対象となる事実や情報を書き換える
【黄色の歯車】修復:対象から失われたものを復元させる・状態を再生する
提督(小生が持っているのは赤と水色の歯車。蒔絵現が持っているのは青と緑。紫は目の前の彼が持っていて、黄色は不明……ですか)
窓位「これが理の歯車の一覧。いずれにしても使用者の意志に応じて任意の働きをする、とっても都合のいい道具だね。
ま、当然使い方を誤ると大変なことが起こるわけで……」 ページをめくる
【時の終点】
時間を司る歯車の能力で世界を著しく改変すると発生(本来起こるはずだった歴史的事象を改竄するなど)。
時間の流れなくなった世界であり、空間およびその中の物質が不可視無形のエネルギーとなった状態で存在している。
やがて異なる時間軸を迎え入れて、新たな運命の用意された世界が生成される。
【空間の終点】
空間を司る歯車の能力で世界を著しく改変すると発生(社会や文明が機能不全になるほどの物理的破壊をもたらすなど)。
物質の存在しない虚無の世界であり、存在を保ったままここに辿り着くことは出来ないため、あくまで仮想のものである。
反存在はここから生じていると考えられる。
窓位「あの人――この世界の蒔絵元帥は、芯玄提督を水色の歯車の力で赤・青の歯車がある別の世界へ飛ばした。
で、芯玄提督は時の終点を経由して、その二つの歯車を手にすることに見事成功した。そのままこっちの世界へと戻すはずだったんだけど……」
852 :
【75/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 13:58:30.70 ID:ft0X4ers0
窓位「突然だけど……赤色の絵の具と青色の絵の具を混ぜたらどうなるでしょうか?」
提督「“紫”ですね。芯玄提督が手に入れた歯車は“赤”と“青”。……!」
窓位「ご明察。芯玄提督と彼に同行していた朝潮、この二人の願望に呼応した歯車は、あちらの世界を彼らにとって理想となる世界に作り変えてしまった。
この世界を模してはいるものの、根本的には彼ら二人のために生まれた世界……それがキミの生まれた世界になるってことだね。
それでどうして二人の手から赤い歯車が離れたのかは分からないけど……まあ彼と朝潮には必要ないものだったからかもしれないね」
窓位「で……彼らにとって理想の世界とは言ったけれど、紫色の歯車と同様に、自分たちから離れれば離れるほどに影響力は弱まる。
直接自分に関係しない出来事に干渉したりするのは難しいんだ。だから、この世界でも争いや奪い合いは起こってしまうんだ。
ボクが紫色の歯車を持っていたとしてもね。……大体の説明は終わり。扶桑! あれを」
扶桑が持ってきたのは、黒い漆塗りの小箱だった。
窓位「元の世界に帰るまで、これを決して開けてはいけないよ。……っていうのはウソウソ! まあこの世界で使うのは極力辞めて欲しいけどね。
入れ物が入れ物なだけに家具コインが入ってそうだけど、中身は紫の歯車だよ。これであの人にも対抗できるはずだ」
提督「なぜこれを……? 『赤い歯車を渡した』とも言っていましたが、君は小生に何を望んでいるのですか? 随分手助けをしてくれているようですが」
窓位「キミに何かを望んでいるわけじゃないよ。あの人の理想には、賛同できる部分もある。だから協力していたし、今もしている。
けれど……あの人はこの世界で生まれた人じゃない。便宜上“この世界の蒔絵元帥”と言っていたけど、更に異なる世界からやってきた人なんだ」
窓位「そこであの人が何を見てきたか、何を経験してきたかは想像でしか窺い知ることは出来ない。
小の虫を殺して大の虫を助けるという言葉もあるし、あの人にとってキミはやむを得ない犠牲の一つなのかもしれない。でもボクはそうは思わない」
窓位「世界から消え去ってしまっていいものなんて何一つ無いはずなのさ。ボクはそう信じてる。
だから、あの人に手を貸す一方で、隙を見てキミを助けたりもする。これがボクなりのスタンスだ」
提督「ありがとう。君がいなければ、小生は何も知らずに消えていくところでした。お礼がしたいのですが」
窓位「そうだなあ。じゃあ、向こうの世界の窓位聖人が喜びそうなことをしてもらおうかな。
キミに託したその紫の歯車のおかげで、ボクはこれまで十分幸せで居られたからね」
提督「分かりました。必ず果たしましょう(しかし……窓位くんがもし成長したのなら、こんな容貌になっていたのでしょうかね。
妬けるぐらいに美男子でしたね……。中身はそっくりそのまま向こうの窓位くんと同じだった、というのがまた面白いところですが)」
・・・・
ベッドから身を起こす春雨。時計の針の進み具合と外の景色から、自分は半日ほど眠っていたのだと推測する。
窓の外の銀世界は、斜陽に照らされて枯れた菊の花のように昏い黄色に染まっていた。
提督「目を覚ましましたね。お待たせしました。早速元の世界へ戻りましょう」
春雨「司令官……じゃない、ええっと。……私の司令官、って……?」
提督「何やら混乱気味な様子ですね。まだ調子が優れませんか?」
窓位提督から貰った飴玉を口に放ると、ベッド脇の椅子に座る提督。顎に手を当てて不思議そうな様子で春雨を見つめる。
春雨「夢……じゃない、あれはきっと。幻覚でもなくて……。記憶が戻ったんです。今までの記憶が……映像のように流れてきて。
この世界での出来事も。それよりずっと前の世界のことも……。あぁ……えっと、春雨は。私は」
胸に手を当てて、自分の中での思考を整理するようにゆっくりと話す春雨。
ふと床に視線を落とすと、彼女は自分の黒い影法師がとても長く伸びていることに気づいた。
春雨「この世界で“私”は生まれ育ちました。でも、記憶はもっと前の世界の“春雨”から引き継いだものだったんです。
この世界での記憶やそれより前の世界での記憶は、あちらの世界に行った時に喪失してしまいましたが……今、全てを思い出しました」
提督(蒔絵現が春雨に対して執着のあるような口ぶりだったのは、記憶を継ぎ接ぎしながらも自身の傍に居続けたから、というところでしょうか。
それほど彼にとって重要な存在である春雨が、なぜこの世界のコピーであるあちら側の世界に居たのかが疑問ですね)
春雨「春雨は、最初は一人の春雨だったんです。人格と記憶で、二つに分かれて……私はその記憶の方で。司令官……あ、いえ。現さんでしたね」
提督「変に気を遣わなくていいですよ。記憶の戻った春雨からしてみれば、彼が本当の意味での“司令官”ということなのでしょう。
(少し寂しいような気はしますけど、ね)……それより、その先の話を聞きたいですね」
春雨「時系列を追って説明します。この世界に春雨が生まれました。でも、それはまだ“私”と呼ぶには不完全で。
司令官と一緒に過ごしながら、少しずつこの世界に生まれる前の記憶を呼び覚ましていったんです」
春雨「ですが……こちらの世界の“私”の記憶が不完全なまま私のコピーが生まれた結果、“私のコピー”の方が記憶を取り戻していくようになったんです。
一方で、“私”の記憶は不完全な状態のままで回復が止まってしまいました。私は、司令官の知る“春雨”になり損ねてしまったんです……」
提督(蒔絵現の表現を借りるなら……あちらの世界の春雨が基本となる『正史の』春雨に成り代わってしまった、ということでしょうか)
春雨「私の記憶が戻らなくなったことを、司令官に知られたくありませんでした。もしそのことで司令官から見放されたら、きっと私は壊れてしまうから。
向こうの世界の春雨が“春雨”でなくなれば、また“私”に記憶が戻るようになると考えた私は……」
春雨「司令官の目を盗んで向こうの世界の春雨に手をかけました。“春雨”を沈めたのは、私自身だったんです」
提督は、彼女の真っ直ぐな瞳が綺麗だと常々思っていた。何者にも染まらない薔薇色の煌めきが美しいと感じていた。
彼を視界に捉えながらも彼を映してはくれないその紅玉に気高さを感じていた。提督は今になってようやく理解した。
彼女の持つ曇りの無さすぎる澄み切った光の正体は、純粋すぎるが故の狂気そのものだったのだと。
春雨「そして、思惑通り全ての記憶を取り戻しました。幻滅しましたか? ……でも、真実です。これが“春雨”になりきれなかった“私”の本性なんです」
853 :
【76/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 14:20:07.04 ID:ft0X4ers0
春雨「そう……“私”は記憶を手に入れても、“春雨”にはなれませんでした。だって、私が本物の“春雨”だったら……そんなことはしなかったでしょうから。
事が終わってから、我に返って気づいたことです。“私”は、司令官の愛情を失うことを怖かっただけの、ただの艦娘に過ぎなかった……」
春雨「私は司令官に全てを打ち明けました。それから、あちら側の世界で過ごすことにしたんです。全ての記憶を消して、“春雨”としての人格を獲得するために……。
私から“私”を消して自分を“春雨”で塗り潰せば……私は“春雨”になれる。そう考えたんです」
春雨「でも、染みついた“私”は消えなかった。記憶が戻った今、それをようやく悟りました」
この時になって、それまで顔色一つ変えずに淡々と喋っていた春雨の表情が変わった。悲愴と諦めの混ざった沈鬱な面持ちだった。
しかし、提督はこれをただ悲しみに沈んでいるだけの表情だとは思わなかった。悔しさを押し殺しているようにも見えたからだ。
提督「小生は貴方のやったことを否定も肯定もしません。ですが……あちらの世界の春雨を犠牲にしてでも、貴方は“春雨”に成り代わろうとしたのでしょう?」
経緯がどうであれ、貴方は“春雨”として生きることを背負ったんです。そうすることを選んだのは“貴方”でしょう。
今更になって自己憐憫などくだらない。それで“貴方”のために犠牲になったあちらの春雨が浮かばれるのですかね」
春雨の感情を焚きつけるように冷ややかな言葉を投げかける提督。彼女の心を傷つけてしまう自覚はあったが、それも承知の上だった。
彼らしからぬ、苛立ちを露わにした態度で春雨を詰る。
提督「自分という人格を打ち消してでも蒔絵現という人間に愛されたかった、その愛を失うことが怖かった、さしずめそんなところでしょうが。
……くだらない。自分で矛盾に気づいていたではありませんか。『春雨だったらそんなことはしなかった』って。貴方は“貴方”でしかない」
提督「蒔絵現の記憶の中にいたかつての“春雨”と、この世界で生まれた“貴方”とで、違いが生まれるのは当たり前の話。時代や環境で人は変わるものです。
そうであったとしても……貴方が“春雨”であろうとなかろうと、蒔絵現を愛していることに変わりなんてないのでしょう?」
提督「蒔絵現が、貴方を“貴方”として見ているか“春雨”として見ているかは知りません。貴方が“春雨”と違うと知るやいなや、失望するかもしれません。
ですが……本当に彼を愛しているというのなら、それでも貴方自身の愛情が揺らぐことはないはずです。貴方は“貴方”として自分の愛を貫けばいい」
沈黙。言葉を何も返そうとしない春雨。泣いているわけではないようだったが、その表情は見るからに苦悶しているようだった。
提督は深呼吸をした後に小さくのびをして、椅子から立ち上がる。春雨に背を向けると、ハンガーにかけていた黒い外套を羽織って、軍帽を深めに被る。
提督「らしくないですね。いつになく熱くなってしまいました。ま、これは自分自身に投げかけている節もあります。ブーメランなんですよ、吐いた言葉は自分に帰ってくる。
小生は今、自分が一度捨てた名前である“蒔絵空”と向き合っているんです。あのまま絵描きとしての人生を真っ当して野垂れ死にしていた方が良かったんじゃないか、とね」
提督「ただ……『起こる全てのことに意味がある』でしたか。小生も今はそう信じたいと思います。あの時の貴方の言葉から、少し勇気を貰えたんです」
夕陽が沈みかけ、部屋は薄暗くなっていた。提督は春雨の方を向くことなく、水色の歯車を作動させた。
提督「では、これでお別れです。言いたいことも言えましたし。もう次に逢うことはないでしょう」
春雨「え……どうして、ですか……?」 俯いていた顔を上げて訊ねる
提督「蒔絵現は問いかけるはずです。この世界と、あちらの世界と、……貴方ならどちらを選ぶか。聞くまでもないですよね。
春雨にとってこの世界には彼との思い出があるわけですから。なら、貴方はこの世界に残っているべきです」
歯車が光り出し、空間に歪みが走る。
提督「たとい小生の生まれた世界が貴方や彼にとってはこの世界の模造品だったとしても、小生にはあの世界を守る使命があります。
だから……決着をつけに行くんです。貴方と一緒に居られて楽しかったですよ。さようなら」
振り返って春雨の方を向き、笑顔で手を振る提督。
・・・・
数日前に訪れたファミレス前。尻餅をついている提督。
提督「あたた……。とりあえず戻れましたが……なんで着いてきちゃったんですか」
提督が消えていく刹那、春雨は彼に飛びついたのだった。春雨が離れると、身を起こして服に着いた雪を払う提督。
春雨「自分でも分かりません……」
うぅーん、と困ったように小さく唸ったが、それ以上は訊ねようとしない提督。ポケットから紫色の歯車を取り出し、水色の歯車とともに再度強く握りしめる。
二つの歯車が呼応して光を放つ。振っていた粉雪が逆流するように天へと昇っていく。雲の切れ間に隠れていた太陽は天頂から顔を覗かせると東の空へ沈んでいった。
提督(やはり……ですか。赤色と青色の絵の具が交われば、紫色になる。これが窓位提督から教わったこと。
一方で……“水色”の光と“紫色”の光が重なれば、“青色”の光となる……!)
提督(赤と水色のような、時間の歯車と空間の歯車との組み合わせでは何も起こらないようですが……。
赤・緑・青色の時の歯車が二つあれば、対応する空間の歯車の能力を。
水色・紫・黄色の空間の歯車が二つあれば、対応する時間の歯車の能力を補うことが可能……)
提督(春雨が着いて来てしまったのは予想外でしたが……時間を巻き戻して、この場所を訪れる蒔絵現と対峙します。
時間を遡行することで、恐らくこの水色の歯車は蒔絵現の下に戻ってしまうでしょうが……それでも問題ない)
晴れた冬の日。冷たく乾いた風が吹き抜ける。雪に埋もれた枯草が小さく揺れている。
建物の陰に隠れてもう一人の自分がここに来るのをじっと待つ。
・・・・
止まった時間の中で蒔絵現と邂逅を果たすと、正面から歩み寄る空。
現「ふむ……この世界の自分を見るのは初めてですね。まあ次に会うことはないでしょうが」
空「フフ……“前”もそう言っていましたけどね。おっと、貴方と争うつもりはありません。交渉をしに来たのです」
854 :
【77/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 14:53:20.71 ID:ft0X4ers0
現「止まった時間の中で動けるということは何かしら歯車を持っているということ。
真っ向からやり合えば、こちらにもリスクはあるか……話は聞いてあげましょう。どうするかはその上で判断します」
空「この世界と、貴方や春雨の居る世界……二つは似すぎている。であるがゆえに今、正史が二つ存在している状態になっている。
だから、歯車を揃えて全ての時空から反存在を消し去っても……もう片方の世界ではそれが行われなかったことになってしまう。
反存在を消失させても“失敗した側の”正史を経由して反存在が残存してしまう、ということでよろしかったでしょうか」
空「彼我の世界、どちらかが邪魔になる。だから春雨に残す方を選ばせる……これが貴方の考え、ですよね」
現「……何も知らないと思っていたのですが、流石は小生の映し鏡。並行世界のコピーと侮っていましたが……よくそこまで辿り着けましたね。
では話が早い。貴方がそこまで知っているということは……春雨も記憶を取り戻したのでしょう? この場で春雨から答えを聞くことが出来そうですね」
春雨は黙ったままで、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
空「いいえ、その必要はありません。どちらの世界も滅びずに済む方法があります。全ての理の歯車が必要になることは変わりませんが……」
空「反存在が存在を打ち消そうとする働きを持つなら……反存在を打ち消そうとする意志を持った概念が生まれればいいのです。
小生が全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になります。どうでしょうか? そちらにとっても不利益のない提案だと思うのですが」
現「ふむ……確実性に欠けるという問題はありますが、提案自体は悪くありません。貴方にそれだけの強い意志があるというのが前提条件ですが。
口先だけならどうとでも言える。小生を欺こうとしている可能性もある……貴方の言葉が本物かどうかを試させてください」
・・・・
現が水色の歯車を掲げると、空間の裂け目に吸い込まれて二人はその場から消えてしまった。
その場に取り残された春雨は、ファミレス前にリムジンが停車していることに気づき、芯玄元帥と朝潮の二人が店に入る前に呼び止めた。
芯玄「……艦娘のようだが、一体どうした? 蒔絵提督の配下なんだろう。奴はどこにいる?」
春雨「……その、蒔絵司令官なんですが、今はどこかに行ってしまっていて。戻ってくると、思います……」
春雨(二人がどこかに消えてしまいました……。空さんは司令官と争う意志が無くても、司令官はそうではないかもしれない。お互い無事だといいのですが)
芯玄「なんだ? どうにも不明瞭だな。まあいい……店の中に居ないということは分かった。ここで待つとしよう」
道路沿いに設置されたベンチで座る朝潮と春雨。芯玄提督はベンチから少し離れた位置で腕組みしながら直立し、周囲の様子を気にかけていた。
春雨(空さんが言っていた『全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になる』って、つまり……世界を守るために自分が犠牲になるってことですよね。
空さんという存在は失われて、私の記憶からもこの世界からも永遠に居なくなってしまうってことですよね……。そんなの、嫌です……)
朝潮「どうしましたか? 怯えているような表情をしていましたが」
春雨「怯えている? 私が、ですか……?」
朝潮「貴方の背景も、蒔絵大将についても何も知りませんが……佇まいでなんとなくそう思ったんです。違うようでしたらすみません。
ただ……私はかつて、自分が自分でなくなってしまうような錯覚を感じるほどの、強い不安に駆られたことがあるんです」
朝潮「……今の貴方もまた、そういう不安の中にあるのかもしれない、なんて思ったんです。ただの勘ですが」
朝潮の直感どおり、春雨の胸中には様々な不安が渦巻いていた。どうすればいいか分からない、という途方に暮れた気持ちを抱えていたのだった。
春雨「失うことが怖い気持ちを……どうやって乗り越えましたか? どうすれば乗り越えられますか?」
朝潮「幸いなことに、朝潮には司令官が居てくれました。司令官の存在が励みとなって勇気を貰えたんです。
私も自分一人の力で乗り越えられたわけではありませんから、アドバイスが難しいのですが……」
朝潮「貴方に何か大事な心の拠り所があるのなら、それを強く想い、信じ抜けばいいと思います。
自分の中にある想いを信じることが出来れば、自分自身だって信じられるはずです。恐れすらも超えていける……そう思います」 照れくさそうに微笑する
春雨(……今、この瞬間、一番強く想うことは)
春雨(たとえそれがこの世界を守るためだったとしても……空さんには居なくなって欲しくない。犠牲になんてなって欲しくない……!)
パン! と思い切り自分の頬を叩く春雨。隣にいる朝潮が驚いて心配するほどの勢いだった。
春雨「私が……全部守ります。空さんのことも、この世界も、私たちの世界も……。何一つ犠牲になんてさせませんから」
・・・・
現と空がいる場所は、反存在に立ち向かうための訓練場のようだった。ここでは、精神のエネルギーがそのまま実体となって出力される。
空の肩や腕からは真っ赤な血が噴き出していた。ただし、実際に空の肉体が損傷したわけではなく、この血は彼が負った精神的消耗が可視化されたものだった。
意志と意志がぶつかり合えば、その分互いの精神は磨耗する。この空間で戦っている間は、精神の苦痛がそのまま肉体の痛みに変換されるのだ。
現「貴方が反存在を食い止めるための人柱になる……という話も、貴方があちらの世界に生まれた自分自身でなければ信用できたのですが。
小生が逆の立場であったなら、自己犠牲などという選択は取りません。命あっての物種、物語は生きてこそ続く……死ねばそれまで」
手の中から剣を生成し、空に斬りかかる現。跳び退って距離を置き、空もまた生成した数本のナイフを投擲して牽制する。
空「フ、それが貴方の哲学ですか。そうだったとしても……小生は蒔絵現であって蒔絵現ではない。貴方とは違う」
現は迫りくるナイフを次々に弾き飛ばしながら接近し、剣を振り下ろした。
空はこれをナイフで防ぎ鍔迫り合いに持ち込んだ。刃がじりじりと空の身に近づいてくる。
現「もう終わりですか? この程度でへばっているようでは、反存在に一人で立ち向かうことも難しいと思いますが」
855 :
【78/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 15:22:22.96 ID:ft0X4ers0
現「止まった時間の中で動けるということは何かしら歯車を持っているということ。
真っ向からやり合えば、こちらにもリスクはあるか……話は聞いてあげましょう。どうするかはその上で判断します」
空「この世界と、貴方や春雨の居る世界……二つは似すぎている。であるがゆえに今、正史が二つ存在している状態になっている。
だから、歯車を揃えて全ての時空から反存在を消し去っても……もう片方の世界ではそれが行われなかったことになってしまう。
反存在を消失させても“失敗した側の”正史を経由して反存在が残存してしまう、ということでよろしかったでしょうか」
空「彼我の世界、どちらかが邪魔になる。だから春雨に残す方を選ばせる……これが貴方の考え、ですよね」
現「……何も知らないと思っていたのですが、流石は小生の映し鏡。並行世界のコピーと侮っていましたが……よくそこまで辿り着けましたね。
では話が早い。貴方がそこまで知っているということは……春雨も記憶を取り戻したのでしょう? この場で春雨から答えを聞くことが出来そうですね」
春雨は黙ったままで、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
空「いいえ、その必要はありません。どちらの世界も滅びずに済む方法があります。全ての理の歯車が必要になることは変わりませんが……」
空「反存在が存在を打ち消そうとする働きを持つなら……反存在を打ち消そうとする意志を持った概念が生まれればいいのです。
小生が全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になります。どうでしょうか? そちらにとっても不利益のない提案だと思うのですが」
現「ふむ……確実性に欠けるという問題はありますが、提案自体は悪くありません。貴方にそれだけの強い意志があるというのが前提条件ですが。
口先だけならどうとでも言える。小生を欺こうとしている可能性もある……貴方の言葉が本物かどうかを試させてください」
・・・・
現が水色の歯車を掲げると、空間の裂け目に吸い込まれて二人はその場から消えてしまった。
その場に取り残された春雨は、ファミレス前にリムジンが停車していることに気づき、芯玄元帥と朝潮の二人が店に入る前に呼び止めた。
芯玄「……艦娘のようだが、一体どうした? 蒔絵提督の配下なんだろう。奴はどこにいる?」
春雨「……その、蒔絵司令官なんですが、今はどこかに行ってしまっていて。戻ってくると、思います……」
春雨(二人がどこかに消えてしまいました……。空さんは司令官と争う意志が無くても、司令官はそうではないかもしれない。お互い無事だといいのですが)
芯玄「なんだ? どうにも不明瞭だな。まあいい……店の中に居ないということは分かった。ここで待つとしよう」
道路沿いに設置されたベンチで座る朝潮と春雨。芯玄提督はベンチから少し離れた位置で腕組みしながら直立し、周囲の様子を気にかけていた。
春雨(空さんが言っていた『全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になる』って、つまり……世界を守るために自分が犠牲になるってことですよね。
空さんという存在は失われて、私の記憶からもこの世界からも永遠に居なくなってしまうってことですよね……。そんなの、嫌です……)
朝潮「どうしましたか? 怯えているような表情をしていましたが」
春雨「怯えている? 私が、ですか……?」
朝潮「貴方の背景も、蒔絵大将についても何も知りませんが……佇まいでなんとなくそう思ったんです。違うようでしたらすみません。
ただ……私はかつて、自分が自分でなくなってしまうような錯覚を感じるほどの、強い不安に駆られたことがあるんです」
朝潮「……今の貴方もまた、そういう不安の中にあるのかもしれない、なんて思ったんです。ただの勘ですが」
朝潮の直感どおり、春雨の胸中には様々な不安が渦巻いていた。どうすればいいか分からない、という途方に暮れた気持ちを抱えていたのだった。
春雨「失うことが怖い気持ちを……どうやって乗り越えましたか? どうすれば乗り越えられますか?」
朝潮「幸いなことに、朝潮には司令官が居てくれました。司令官の存在が励みとなって勇気を貰えたんです。
私も自分一人の力で乗り越えられたわけではありませんから、アドバイスが難しいのですが……」
朝潮「貴方に何か大事な心の拠り所があるのなら、それを強く想い、信じ抜けばいいと思います。
自分の中にある想いを信じることが出来れば、自分自身だって信じられるはずです。恐れすらも超えていける……そう思います」 照れくさそうに微笑する
春雨(……今、この瞬間、一番強く想うことは)
春雨(たとえそれがこの世界を守るためだったとしても……空さんには居なくなって欲しくない。犠牲になんてなって欲しくない……!)
パン! と思い切り自分の頬を叩く春雨。隣にいる朝潮が驚いて心配するほどの勢いだった。
春雨「私が……全部守ります。空さんのことも、この世界も、私たちの世界も……。何一つ犠牲になんてさせませんから」
・・・・
現と空がいる場所は、反存在に立ち向かうための訓練場のようだった。ここでは、精神のエネルギーがそのまま実体となって出力される。
空の肩や腕からは真っ赤な血が噴き出していた。ただし、実際に空の肉体が損傷したわけではなく、この血は彼が負った精神的消耗が可視化されたものだった。
意志と意志がぶつかり合えば、その分互いの精神は磨耗する。この空間で戦っている間は、精神の苦痛がそのまま肉体の痛みに変換されるのだ。
現「貴方が反存在を食い止めるための人柱になる……という話も、貴方があちらの世界に生まれた自分自身でなければ信用できたのですが。
小生が逆の立場であったなら、自己犠牲などという選択は取りません。命あっての物種、物語は生きてこそ続く……死ねばそれまで」
手の中から剣を生成し、空に斬りかかる現。跳び退って距離を置き、空もまた生成した数本のナイフを投擲して牽制する。
空「フ、それが貴方の哲学ですか。そうだったとしても……小生は蒔絵現であって蒔絵現ではない。貴方とは違う」
現は迫りくるナイフを次々に弾き飛ばしながら接近し、剣を振り下ろした。
空はこれをナイフで防ぎ鍔迫り合いに持ち込んだ。刃がじりじりと空の身に近づいてくる。
現「もう終わりですか? この程度でへばっているようでは、反存在に一人で立ち向かうことも難しいと思いますが」
856 :
【78/100】>>855はミスですすみません
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 15:28:57.19 ID:ft0X4ers0
ナイフを剣から離すと、剣は真っ直ぐ空に向けて振り下ろされる。しかし、その斬撃には怯まず現の腹にナイフを突き刺す。思わず一歩後方に退く現。
現実であれば双方ともに致命傷となりかねないほどの傷を負っていたが、ここではどちらかの精神が折れるまで戦いが終わらない。
空「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げましょう。この程度の威力しか出せない信念で、貴方の志す“永遠の王国”とやらに辿り着けるとでも?」
痛みを意に介さず場内を駆け回り、次々にナイフを生成しながら一定の距離を保ちつつ現を攻撃する空。
現「艦娘と人類の未来……そこに希望はないという結末を、小生はあらゆる世界で観測し続けてきました。
深海棲艦に敗れた結末、艦娘が排斥され人類と対立するようになった結末、艦娘が必要とされなくなり奴隷として扱われるようになっ結末……」
現「救いのある未来が続くであろう世界に辿り着いたと思っても……そんな世界の存在ごとなかったことにされてしまった。
それでも、理想の世界を小生は求め続ける。今度こそ全てを終わらせる……その一心で今も戦い続けている。ここで捨て鉢になっている貴方とは違う!」
現が剣を振り上げると、眼前にあった大量のナイフが一瞬で消し飛んだ。すさまじい速さで振り上げられた剣の衝撃が風を生み、全てを弾き飛ばしたのだ。
空がそのことに気づいた瞬間にはもう現の刃が自分の身体に刻まれていた。さすがに応えたのか、喀血しながらその場にへたり込む空。
空「ぐ……。ハァ……そうでしょうね。……勝てないことなど、分かっていましたよ。
貴方が小生より優秀で強い人間だということも……こうなる前から知っていたことです」
剣についた血を振り払う現。レンズの割れた眼鏡越しに現を見上げる空。
現「確かに、貴方が反存在を滅ぼす者に成り代わるという提案をしていなければ、小生はどちらかの世界を滅ぼすつもりでした。
そして……場合によっては貴方のことも始末していたでしょう。貴方が小生に提案したこと自体は間違いではなかった、むしろ賢明だと評価しています」
現「ですが、反存在を抑止するための人柱……何もわざわざ自らそれになる必要はなかったのではありませんか?
その役目は別の誰かでも良かったはずです。貴方の智謀であれば他の誰かを犠牲にして生き残ることが出来たでしょうし、小生であればそうしています」
血の混じった唾、というよりは唾の混じった血を吐き捨てて、脇腹の傷を抑える空。
空「貴方とは違う……そう言ったでしょう? 小生は蒔絵、空……。今この瞬間に生の充足を感じられている。その実感さえあればいい。
小生にはもはや、失うものなど何もない。捨て鉢になっていると言われれば、その通りかもしれませんが……でも、これでいいんです。
こうなるために生まれてきたのだ……そう考えれば納得できるのですよ。死ぬには十分過ぎるほど生きた、とね……。これは損得や理屈の話ではないのです」
現「分かりました……貴方の覚悟と信念を認めましょう。ならば、貴方が世界を救う存在となるべきなのでしょう……」
・・・・
芯玄「おい、誰かがこっちに向かってきてる。……何者かは分からんが、明確な意志を持ってこっちに向かってるようだ。偶然ではねえ」
朝潮と春雨の座るベンチに戻ってきて状況を報告する芯玄元帥。二人は立ち上がって武装を展開したが、すぐに解除することになった。
涼金「何度か時間が止まったような感覚を察知したが……“まだ”何も起こっていないようだな。なんとか間に合ったというわけか。おや……?」
秋月「蒔絵元帥、護衛に推参致しました! 秋月です! ……って、春雨がなんでここに!?」
春雨「え? どうして秋月さんと涼金さんが……?(『なんでここに!?』はこっちの台詞なんですが……)」
秋月と、涼金さんと呼ばれる白髪の少年――二人は春雨にとって見覚えのある人物だった。
春雨(秋月さんは、柱島時代に私がとてもお世話になった人で……戦場では何度も助けられました。涼金さんはあまり素性は分からないけれど……秋月さんの恋人だそうで。
見た目は少年のようですが、とても物知りで大人びている方だったと記憶しています。なぜ柱島から二人がここに……?)
秋月「……こういう、色のついている歯車に心当たりはありますか?」
秋月が黄色い歯車を見せつけると、反応を示す一同。
涼金「聞くまでもないような態度だな。経緯は省くが……数日前、時間を止める能力を持つ緑色の歯車が奪われたことを察知した。
そして、その時間を止める能力を持った者はこの近くにいる。目的は分からないが恐らく元帥を狙っているのだろう。まずはこの場から一刻も早く離れ……」
涼金を静止するジェスチャーをし、春雨の方を見遣る芯玄元帥。
春雨「待ってください、春雨が全てを説明します。信じられないかもしれませんが……聞いてください」
春雨「この世界とよく似た並行世界があるんです。私はそこで生まれました。
その世界では今、深海棲艦ではなく“反存在”という敵が脅威となっています。
この“反存在”というのは、この世界に存在していたという事実ごと抹消してしまう、恐ろしいものです」
秋月「まさか……! いえ、……とにかく話を続けてください。詳しく聞きたいです」 涼金と顔を見合わせる
春雨「この“反存在”に対抗する手段は、意志や信念といった強い念の籠った攻撃で退けることが出来ますが……根絶やしにすることが出来ません。
なぜなら、反存在はこの世界や並行世界とも別の異世界からやってくるものだからです。……最悪の場合、並行世界は反存在に呑まれて消えてしまうでしょう。
そしてそれはこちらの世界にとっても無縁ではない話。この世界での反存在の被害はまだ少ないようですが……それは並行世界が被害を受けているからです」
春雨「ですが……それももう猶予はありません。この世界にも、もうすぐ本格的に反存在が侵攻してくるようになることでしょう」
涼金「一つ聞きたい。それだけ知っているのなら……なぜ柱島に居た間、誰かにそのことを伝えなかった?」
春雨「ごめんなさい。事情があって並行世界からこの世界に移り住んでいたのですが……その間は並行世界での記憶を失っていたんです。
この世界が反存在に侵されるようになるまでのタイムリミットが来たら元の記憶を取り戻すよう、艤装の情報に設定されていたんです」
春雨「でも……反存在を消し去る方法もあります。秋月さんや朝潮さんの持っている歯車のことを“理の歯車”というのですが。
単体では自分の居る世界にしか変化を及ぼすことが出来ませんが……複数あれば影響力は強まります。
六つある歯車を揃えたなら……全ての世界から反存在を消滅させることが出来るでしょう」
857 :
【79/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 15:54:40.69 ID:ft0X4ers0
ナイフを剣から離すと、剣は真っ直ぐ空に向けて振り下ろされる。しかし、その斬撃には怯まず現の腹にナイフを突き刺す。思わず一歩後方に退く現。
現実であれば双方ともに致命傷となりかねないほどの傷を負っていたが、ここではどちらかの精神が折れるまで戦いが終わらない。
空「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げましょう。この程度の威力しか出せない信念で、貴方の志す“永遠の王国”とやらに辿り着けるとでも?」
痛みを意に介さず場内を駆け回り、次々にナイフを生成しながら一定の距離を保ちつつ現を攻撃する空。
現「艦娘と人類の未来……そこに希望はないという結末を、小生はあらゆる世界で観測し続けてきました。
深海棲艦に敗れた結末、艦娘が排斥され人類と対立するようになった結末、艦娘が必要とされなくなり奴隷として扱われるようになっ結末……」
現「救いのある未来が続くであろう世界に辿り着いたと思っても……そんな世界の存在ごとなかったことにされてしまった。
それでも、理想の世界を小生は求め続ける。今度こそ全てを終わらせる……その一心で今も戦い続けている。ここで捨て鉢になっている貴方とは違う!」
現が剣を振り上げると、眼前にあった大量のナイフが一瞬で消し飛んだ。すさまじい速さで振り上げられた剣の衝撃が風を生み、全てを弾き飛ばしたのだ。
空がそのことに気づいた瞬間にはもう現の刃が自分の身体に刻まれていた。さすがに応えたのか、喀血しながらその場にへたり込む空。
空「ぐ……。ハァ……そうでしょうね。……勝てないことなど、分かっていましたよ。
貴方が小生より優秀で強い人間だということも……こうなる前から知っていたことです」
剣についた血を振り払う現。レンズの割れた眼鏡越しに現を見上げる空。
現「確かに、貴方が反存在を滅ぼす者に成り代わるという提案をしていなければ、小生はどちらかの世界を滅ぼすつもりでした。
そして……場合によっては貴方のことも始末していたでしょう。貴方が小生に提案したこと自体は間違いではなかった、むしろ賢明だと評価しています」
現「ですが、反存在を抑止するための人柱……何もわざわざ自らそれになる必要はなかったのではありませんか?
その役目は別の誰かでも良かったはずです。貴方の智謀であれば他の誰かを犠牲にして生き残ることが出来たでしょうし、小生であればそうしています」
血の混じった唾、というよりは唾の混じった血を吐き捨てて、脇腹の傷を抑える空。
空「貴方とは違う……そう言ったでしょう? 小生は蒔絵、空……。今この瞬間に生の充足を感じられている。その実感さえあればいい。
小生にはもはや、失うものなど何もない。捨て鉢になっていると言われれば、その通りかもしれませんが……でも、これでいいんです。
こうなるために生まれてきたのだ……そう考えれば納得できるのですよ。死ぬには十分過ぎるほど生きた、とね……。これは損得や理屈の話ではないのです」
現「分かりました……貴方の覚悟と信念を認めましょう。ならば、貴方が世界を救う存在となるべきなのでしょう……」
・・・・
芯玄「おい、誰かがこっちに向かってきてる。……何者かは分からんが、明確な意志を持ってこっちに向かってるようだ。偶然ではねえ」
朝潮と春雨の座るベンチに戻ってきて状況を報告する芯玄元帥。二人は立ち上がって武装を展開したが、すぐに解除することになった。
涼金「何度か時間が止まったような感覚を察知したが……“まだ”何も起こっていないようだな。なんとか間に合ったというわけか。おや……?」
秋月「蒔絵元帥、護衛に推参致しました! 秋月です! ……って、春雨がなんでここに!?」
春雨「え? どうして秋月さんと涼金さんが……?(『なんでここに!?』はこっちの台詞なんですが……)」
秋月と、涼金さんと呼ばれる白髪の少年――二人は春雨にとって見覚えのある人物だった。
春雨(秋月さんは、柱島時代に私がとてもお世話になった人で……戦場では何度も助けられました。涼金さんはあまり素性は分からないけれど……秋月さんの恋人だそうで。
見た目は少年のようですが、とても物知りで大人びている方だったと記憶しています。なぜ柱島から二人がここに……?)
秋月「……こういう、色のついている歯車に心当たりはありますか?」
秋月が黄色い歯車を見せつけると、反応を示す一同。
涼金「聞くまでもないような態度だな。経緯は省くが……数日前、時間を止める能力を持つ緑色の歯車が奪われたことを察知した。
そして、その時間を止める能力を持った者はこの近くにいる。目的は分からないが恐らく元帥を狙っているのだろう。まずはこの場から一刻も早く離れ……」
涼金を静止するジェスチャーをし、春雨の方を見遣る芯玄元帥。
春雨「待ってください、春雨が全てを説明します。信じられないかもしれませんが……聞いてください」
春雨「この世界とよく似た並行世界があるんです。私はそこで生まれました。
その世界では今、深海棲艦ではなく“反存在”という敵が脅威となっています。
この“反存在”というのは、この世界に存在していたという事実ごと抹消してしまう、恐ろしいものです」
秋月「まさか……! いえ、……とにかく話を続けてください。詳しく聞きたいです」 涼金と顔を見合わせる
春雨「この“反存在”に対抗する手段は、意志や信念といった強い念の籠った攻撃で退けることが出来ますが……根絶やしにすることが出来ません。
なぜなら、反存在はこの世界や並行世界とも別の異世界からやってくるものだからです。……最悪の場合、並行世界は反存在に呑まれて消えてしまうでしょう。
そしてそれはこちらの世界にとっても無縁ではない話。この世界での反存在の被害はまだ少ないようですが……それは並行世界が被害を受けているからです」
春雨「ですが……それももう猶予はありません。この世界にも、もうすぐ本格的に反存在が侵攻してくるようになることでしょう」
涼金「一つ聞きたい。それだけ知っているのなら……なぜ柱島に居た間、誰かにそのことを伝えなかった?」
春雨「ごめんなさい。事情があって並行世界からこの世界に移り住んでいたのですが……その間は並行世界での記憶を失っていたんです。
この世界が反存在に侵されるようになるまでのタイムリミットが来たら元の記憶を取り戻すよう、艤装の情報に設定されていたんです」
春雨「でも……反存在を消し去る方法もあります。秋月さんや朝潮さんの持っている歯車のことを“理の歯車”というのですが。
単体では自分の居る世界にしか変化を及ぼすことが出来ませんが……複数あれば影響力は強まります。
六つある歯車を揃えたなら……全ての世界から反存在を消滅させることが出来るでしょう」
858 :
【79/100】 >>857も同様のミスです本当ごめんなさい
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 15:55:44.64 ID:ft0X4ers0
芯玄「つまり……その反存在とやらに対抗するために、全ての歯車を集める協力をして欲しいということか?」
春雨「はい。そうなんですが……そう簡単に解決する話でもないんです。この世界と並行世界は、あまりにも似すぎているんです。
一つの世界が二つ存在していると言ってもいいぐらいに……。だから、この世界での結末と並行世界での結末が異なっていてはいけないんです」
春雨「こちらの世界で歯車を集めて反存在を消し去ったとしても、並行世界ではそれが行われなかった。
そうなると……“行われなかった”という並行世界側の真実を介して、反存在は結局無くならないんです」
朝潮「では、どちらかの世界を滅ぼさなければならない……ということでしょうか?」
春雨「そうです。あるいは、自分自身が反存在を滅ぼし続ける意志を持った概念となって、歯車の力で全ての世界に拡散されるか、……。
こっちの世界には居た人が並行世界には居ない、という差異はありますから、この方法ならどちらの世界も失わず反存在を食い止めることができます」
春雨「ですが……これも結局最低一人の犠牲が必要となってしまいます。それで……ここからは春雨のお願いです」
深く息を吸ってから吐き、真っ直ぐな目で一同に語りかける春雨。雲の切れ間から太陽が差し込む。
春雨「この世界も並行世界も滅びることなく、かつ、誰一人として犠牲にならない方法を実現するために……春雨に協力してくれませんか?」
・・・・
提督「……う。蒔絵現との戦いの後、気を失っていたようですね。ええと、小生の持っている赤・紫の歯車。
蒔絵現の持っている水色・緑色の歯車。芯玄元帥の持つ青色の歯車。黄色の歯車はどこにあるか不明、と……」
横須賀鎮守府の、自室のベッドで目を覚ます提督。室内のデジタル時計には21:35と表示されていた。
提督「とにかく……黄色の歯車がどこにあるかを調べねばなりませんね。ああ、芯玄元帥にも謝罪しないと……うぅーむ」
精神的に打ちのめされた後の起床だけあって倦怠感が強かったが、そうも言っていられないので無理矢理身体を叩き起こす空。
執務室ではエプロン姿の春雨がソファに座っていた。提督の頭上に?が浮かぶ。
提督「こんな時間に一体何をしているんです? それも、そんな恰好で……」
春雨「もうちょっと早く起きていたら、出来立てのを食べさせてあげられたんですけどね。今お夕飯をレンジで温めてきますから、ちょっと待ってて下さいね」
春雨はソファ傍のテーブルの上に食器の乗ったトレーを配んできた。
味噌汁と白飯、青椒肉絲(チンジャオロース)に麻婆春雨がテーブルに置かれる。
春雨「お腹空きましたよね? めしあがれ」
提督「? 確かに空腹ではありますが……。とりあえず、いただきます」 当惑しつつも春雨から箸を受け取る
春雨「どうですか。お口に合うと良いんですけど……」
提督「! この麻婆春雨……美味しいですね。かなり好みの味です」
春雨「ふふ、喜んでもらえて良かったです。胡麻油と五香粉が秘伝なんです」
春雨がなぜ突然手料理を振る舞ってくれたのかは提督にとって疑問だったが、とにかく料理の出来栄えは素晴らしかった。
舌が求めるままに勢いよく食べ進め、気がついたら完食していた。
・・・・
提督が料理を食べ終えると、春雨が今度は杏仁豆腐の入ったボウルを持ってきた。小皿に分けて提督に渡す春雨。
提督「ありがとう。……これも美味しいですね! 食べながらの質問で悪いんですが……蒔絵現はどこに?」
春雨「元の世界に戻って行きました。……司令官もまた、自分の世界で“反存在”と戦わなきゃですから」
提督「(彼がなぜそんなにすんなりと引き下がったのでしょう……?)全ての歯車を集めなくてはならないのでは……?」
春雨「はい。全部ここにありますよ」
ポケットから六色の歯車を取り出す春雨。提督は驚いて不思議がる。
提督「ややや……!? 小生が眠っている間に何が起こっていたというのですか?」
春雨「春雨は……空さんに犠牲になって欲しくなかったんです。だから考えました。誰も犠牲にならない方法を。
って……方法を思いついたのは、春雨じゃなくて涼金さんという方なんですけどね」
提督(誰です……?)
春雨「“反存在”というのは、人間の認識を餌に襲ってくる敵です。現(うつつ)司令官が言っていた、正史が二つあると都合が悪いというのはそういうこと。
でも……こちらの世界とあちらの世界とで、それぞれ独立したものとして扱われるようになったなら、反存在が解釈によって存在状態が変わるということは起こらない」
春雨「だから……反存在を直接滅ぼそうとするのではなく、反存在が世界と世界の間を移動できないようにしてしまえばいいんです。
歯車の力で、全ての世界を分断します。こうすることでそれぞれの世界に反存在は残留しますが、それでも……異世界から無限に出現し続けることは無くなります」
春雨「……あ! ちょうど映像通信が届きました。衣笠さーん!」
室内の大画面モニターに艦娘たちの姿が映し出される。満ちた月に照らされる彼女たちの姿は、提督の胸を揺さぶるほどに凛々しく美しかった。
提督「なんと壮麗な……ではなく! 貴方たち、勝手に出撃などしてどうしたというのです?」
859 :
全治全能の未来を予言するイケメン金髪須賀京太郎様に純潔を捧げる
[sage saga]:2017/08/06(日) 16:05:23.05 ID:nxoMlVsA0
イケメン金髪王子須賀京太郎に処女膜捧げる不細工と三次元BBAとホモと在日は全員刑務所か牢獄で死亡
860 :
【80/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 16:12:01.38 ID:ft0X4ers0
衣笠「おっ! 提督。おそようございまーす! 今日はカッコいいところばっちり見せちゃうから、期待しててよね?
青葉にも見せてあげたいところだけど……そういうわけにもいかないからなぁ」
画面越しにピースサインを送る衣笠。ビデオカメラのような装置から映像を送っているようで、提督の配下である第二艦隊メンバーを映して回っていく。
神風「ふふ……夜の戦いは怖いけれど、今日はなんだかいつもより漲るわね。
司令官が見てくれているし……それに、スペック抜きでの気持ちの勝負なら負ける道理なんてないわ」
ビス「なっ! 私は撮らなくていいわよ。いつも通りの活躍を期待してくれていたら、それでいいんだから。
戦う相手が何者であれ……私は戦艦ビスマルク! アトミラールの期待に応えるだけよ」
提督「なぜ、第二艦隊の皆が勝手に海へ……?」
説明を求めるような視線を春雨に向ける提督。
春雨「春雨が皆にお願いしたんです。夜が明けて戦いが終わったら、歯車の力でそれぞれの世界を分断させますが……。
どのみち、今夜までに顕現した“反存在”はこの世界に残留してしまうんです。今からそれを一網打尽にやっつけるんです」
春雨「その……春雨はあんまり戦闘に自信がないから、ここで空さんと一緒に応援しているんですが……。
麻婆春雨は、これからあそこで戦うみんなのために作ったんです。得意料理だったので!」
提督(小生が寝ている僅かな間にそこまで考え、皆を説得し、行動に移させたというのですか……)
映像には横須賀鎮守府に所属していない艦娘の姿も少数ながら混ざっていた。
艤装の上に乗る白髪の少年を乗せた艦娘が、彼に語りかける。
秋月「まさか……“また”戦うことになるとは思いませんでしたね。けれど……あの時とは違いますね」
涼金「違いない。幾度となく手を焼いてきたが……今度こそ本当に決着だ。リベンジマッチといこう」
海の風に吹かれて長い黒髪を揺らす少女は、自分用の発信機越しに誰かと会話していた。
朝潮「ええ、大丈夫です。……司令官と朝潮の世界を蝕む者は、誰であろうと容赦はしません」
・・・・
暗夜の海原に眩い光が昇る。黎明が戦いに終わりを告げた瞬間だった。
戦い抜いて役目を果たした艦娘たちは疲れ切った様子だったが、どこか晴れがましい満足気な表情をしていた。
涼金「これで安心して柱島に帰れるな。……」
秋月「ですね。……後のことは春雨に任せましょう」
通信が途絶えると、提督は安堵の溜息を漏らす。
春雨もまた、倒れるようにしてソファにもたれかかる。緊張の糸が切れたのだろう。
春雨「一人の犠牲も出なくて良かったです。……本当に良かった」
提督「指揮を出すような戦術的なぶつかり合いのない、なんとも大味な殴り合いでしたが……。それ故にかえってハラハラさせられましたね」
それから、二人は母港の岸辺で帰投した艦娘たちを待っていた。冬が終わる寒さの中で吐いた息は白い色に染められる。
朝方の薄暗さを払うかのように、昇り行く太陽の光芒が水平線上をあまねく照らしていた。
提督「ありがとうございます。……結局、全部春雨に頼りっきりで全てが終わってしまいましたね」
春雨「……私だって色んな人に頼っただけですよ。自分では何もしていませんから、お礼なら皆に言ってあげてください」
提督「昨日……というより、こっちの世界に戻ってくる前に、貴方にだいぶ酷いことを言ってしまいましたよね。
貴方の存在意義や人格を疑うような、冷淡な態度を取りました。本心から言ったことなので、謝りはしませんが……。
完全に嫌われたと思っていましたよ。……だから、こっちの世界に着いて来てくれたことも、ここまでの働きをしてくれたことも、驚きでした」
春雨「傷ついたのは事実です。空さんの言葉は……今まで生きてきて、一番心に刺さりました。
悲しいとか、苦しいとかを通り越して……どうしていいのかも分からなくなりました」
提督の両手を、包み込むように優しく握る春雨。僅かに赤面する提督。
春雨「けれど……空さんの言葉があったから、春雨は自分自身と向き合えたんです。
空さんは……私のことを初めて本当に見つめてくれた人で……だから、その……、消えて欲しくなかったんです」
素直な気持ちを伝えるのが照れくさくて恥ずかしいのか、少しドギマギした様子の春雨。
提督「小生は……。この先も隣に春雨が居てくれたら……なんて思うのですが」
春雨「ごめんなさい、それは出来ないんです。春雨は……皆のお迎えが終わったら、元の世界に戻ります」
一瞬、提督の表情が面食らったような顔つきになったが、すぐさま冷静さと落ち着きを取り戻す。
提督「そうか……そうですよね。世界を分断するということは、もう世界を行き来することも出来なくなるってことですからね。
じゃあ、選ぶのはやっぱりあちらですよね……ハハ」
残念そうな顔で首を横に振る春雨を見て、思わずアイロニカルな笑いを浮かべる提督。
提督「淡い妄想を少し描いていたのですが……ま、花に嵐のたとえもありますか。ここでお別れするからこそ美しい思い出になるのかもしれません」
それから二人は、帰ってきた艦娘たちと共に盛大な祝勝会を開いた。会が終わると、春雨は歯車を持って元の世界へ戻っていた。
861 :
【81/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 16:24:59.44 ID:ft0X4ers0
春。長かった冬が終わると、俄かに麗らかな陽気が訪れる。桜の花もちらほら咲き始めていた。
衣笠「おーい。まだ時間かかりそうなの? もうお花見の集合時間になっちゃうよ? フラれて傷心気味なのは分かるけどさ〜。
あんまり根詰め過ぎても毒だって。パーッと騒ぐのも案外悪くないもんだよ」
提督「ハハ、振られたとか言うんじゃないですよ。事実ですけども。でも……ちょっと今日は創作意欲がノってるんですよねー」
執務室の入口前で提督を急かす、普段着の衣笠と神風。提督はキャンバスの前から動こうとしない。
神風「それにしても綺麗な絵ね……。これ、冬の間に描き始めた絵で、実際には桜を見ながら描いたわけじゃないんでしょう?
頭の中での想像だけでこんなに色彩豊かで鮮やかな絵が描けるなんて……凄いわね」
春雨が元の世界に帰った後、提督は執務の合間に絵を描くようになった。
誰かに見せて評価されるためでもなく、売れるためでもなく、ただの自己満足だった。
提督「春雨と見たかった景色を形にしたかったんです。あ! ……とかいうと、本当に傷心してるみたいですが。
喪失とか、別れの淋しさとか、そういうネガティブな意味合いじゃないんです。人と人とが出会えば、別れが訪れるのは仕方ないことですから」
提督「そうではなくて、純粋に……前向きな幻想なんです。悪く言えば妄想かもしれませんけど」
彼の絵画は、売りに出しても恐らく二束三文の価値がつかないだろう。
それは、彼の技巧や能力が劣っているというわけではなく、目新しさのないありふれた風景画だったからだ。
表現としては優れていても、商品価値のない作品だった。……それでも彼は、色とりどりの景色を夢中で描き続けた。
衣笠「他の艦隊の提督も居るんだから、遅れると本当は良くないんだけどなあ……。うーん……しょうがない!
設営とかもやらなきゃいけないから、私と神風と先に待ってるわね。遅刻するって説明はしておくから好きなだけ描いていていいけれど……。
でも、ちゃんと後で来てよね! 皆待ってるんだから」
提督「恩に着るよ。ビス子にも怒らないように言っておいてもらえるかい?」
神風「一応伝えてはおくけれど……それは無理だと思うわ」
笑いながら部屋を去っていった衣笠と神風。一人、部屋に取り残された提督。
提督は、絵を描きながら春雨と過ごした日々のことを思い出していた。
キャンバスの中に自らの空想や理想を映し出す。春雨との幻想の日々を思い浮かべる。
それが叶うことはなくとも、不思議と虚しさは感じなかった。
・・・・
提督「さて……ようやく完成です。図らずも大作になってしまいましたね。出来が、というよりは、かかった時間が……という意味でですが」
皮肉っぽく制作にかかった時間を自嘲していたが、彼にとってはここ最近の中では一番満足の行く出来栄えだった。
その作品は、風に吹かれた桜の花が茜色の空に舞う絵だった。遠景にはどこか春雨を思わせる少女のシルエットが小さく描かれている。
画材を片づけながら花見に出かける支度をする提督。外の景色は夕焼けの穏やかなオレンジに包まれていた。
提督「熱中していたから、外のことなんて気づきませんでしたが……奇しくも今描いた絵と同じような景色をしていますね。
けれど、現実と同じような景色を描くのなら、写真や動画でも同じことなのかもしれません。はは……」 自嘲が部屋に木霊する
提督「まあ。意味なんてなくたっていいでしょう。小生の絵は、自己表現でも芸術でもなんでもない……ただの理想の原風景なのだから」
独り言を呟きながら片づけの作業を進めていると、提督はどこか懐かしいような香りに気づく。
紅茶のような、香り高い匂いだった。不思議と落ち着く匂いだった。
春雨「お久しぶりです。少し時間がかかってしまいましたが……戻ってきました」
目を疑うように何度も瞬きする提督。満面の笑みを浮かべる春雨。
提督「あちらの世界に行ったきり、戻ってこれないという話ではありませんでしたか? なぜここに……?」
春雨「現(うつつ)司令官が……、こちらの世界の春雨だった駆逐棲姫を、あちらの世界で保護していたことを知って。
二人が仲睦まじそうにしていたのを見たんです。ショックだったわけでも、現さんに失望したわけでもないんですが……。
ただ、二人の方が相応しいように見えたんです。それで……春雨の司令官は、空さんなんだなって思ったんです」
春雨「司令官は……いつでも春雨と真正面から向き合ってくれて。司令官の言葉には、良くも悪くも心が揺さぶられてしまうんです。
春雨の心が傷つくような厳しい言葉でも……その厳しさの中に愛情があって。愛されてるって分かるから、司令官のことを嫌いになれないんです」
真っ直ぐな紅色の瞳で提督を捉える春雨。彼女の澄んだ瞳に映っているのは、もちろん提督の姿だった。
春雨「だから、片道切符になっちゃいましたけど……全ての歯車の力を使ってここに来たんです。
司令官に逢いたいなって思って、逢いに来たんです。ダメ……でしたか?」
提督「ダメではありませんけど、ね……なんというか、奇妙なものです」
春雨が部屋に入ると、キャンバスに描かれた桜並木の絵に気づく。春雨は思わず、綺麗……、と呟いた。
その絵は、彼が春雨と共に見たいと思って描いた絵だったが、春雨にとっても同じ気持ちを引き起こさせる絵だった。
提督「……他にも色々な絵を描いたんです。春雨と一緒に見たいと思った、幻想の景色を。
春の木漏れ日も、夏の霖雨も、秋の渓谷も、冬の雪原も……春雨と共に分かち合いと思って、描いていたんです。
でもこれからは。空想じゃなく、二人で共に過ごした日常の風景を描いていきたいですね」
春雨「春雨も……司令官と過ごすこれからの未来が楽しみで仕方ないんです。
いつか別れる日が来ても、今はもう怖くありません。司令官が春雨を想って絵に気持ちを託していたように。
離れ離れになったとしても、寂しくなったとしても……私の心の中には、いつでも空さんがいてくれるから」
二人は、花吹雪に包まれながら夕晴れの並木道を歩き出した。桜の花が風に舞って、二人の頭上に降り注いでいた。
862 :
【81/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 16:26:38.55 ID:ft0X4ers0
ってな感じで5章終わりです。
うげえー。投稿作業グダってすみませんでした。
本日21:00に次の安価を行うのでよろしくお願いします。
////チラシ////
やっとこさ5章も終わって次の章で今度こそこのスレも終わりです。まあ心境的には今回でラストの気持ちぐらいで書きましたが……。
なんかこう、1〜4章までに雪だるま式に積もってったゴチャゴチャと全部向き合った結果こんなになりました。
箱に入ってたレゴブロックを全部取り出した片っ端からくっつけていったらよくわからないけど巨大な何かが出来ました……的な。
まあ裏話みたいなのは……あんまないというか、盛り込んだ要素も没になった要素も多すぎてすごいのでなんかもう作者でもよく把握しきれてないです。
次の安価が決まった後にでも適当に書こうと思いますが。ってなわけでまた21時頃にお会いしましょう。
863 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 17:24:46.14 ID:zonvGwfUO
乙
864 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2017/08/06(日) 21:00:49.29 ID:ft0X4ers0
10日からイベっすね〜。久しぶりの大規模作戦なんでどのぐらいの難しさになるか気になるところですね。
ここ最近だとレベルキャップが165になったのが艦これプレイヤー的には一番でかいニュースです。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
865 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:00:59.05 ID:yn2YdcLmo
五月雨
866 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:01:10.16 ID:OJh3YxKYo
五月雨
867 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:01:28.46 ID:e7IgxUnvO
夕張
868 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:01:59.99 ID:bu0KhEgRO
イムヤ
869 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:02:11.11 ID:R6G9XzvhO
弥生
870 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:02:49.57 ID:4PBQkPuPo
大淀
871 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:03:39.08 ID:yJ6UQG72O
天津風 ホラー
872 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:07:19.82 ID:yn2YdcLmo
人徳が99とかこれは聖人提督ですね間違いない
873 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 21:13:01.15 ID:ft0X4ers0
>>868
より伊168が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:05(無)
知性:16(お察し)
魅力:46(人並み)
仁徳:99(!?)
幸運:11(かなり不運)
決まるの早かったですね。瞬きしたら終わっていました。
かなり尖ったステータス配分になってますが……。スペックは例によって適当なんであんまり気にするもんじゃないです。
////今作についてあれこれ////
所感として……今回はあんまり狙いに来てない感じのお話になったと思います。
「半年待たせてこんなもんか!」って思った人もいるかもしれませんが、まあ頑張って書いたつもりです。半年ないと書けないよこれは……。
別にハイドラマめいた内容を書くつもりなんてなかったし、書きたいわけでもなかったんですけどね……いつだって娯楽作品のつもりで書いてるんですが。
今回は禅問答に衣をつけて揚げた天ぷらみたいな話になってしまいました。カロリー高いっすねー。え? 言い訳はいい? そうですか。
<ストーリー周りの話>
「えぇ〜……もうこれ以上何書く!?」みたいな状態から始まりまして。で、ある種の禁じ手みたいな書き出しから始まることになりました。
イチャラブに向かってカタルシスを溜めていくのが常道ですし、今まではそうやって来たんですけど……まさかの1レス目からぶん投げてみるっていう。
結果として、これまでと違う作品にはなったんかなあと思います。ただ、それが良かったのか悪かったのかは……。まあ、あれです、意欲作というやつです。
なんというか……これまでは艱難辛苦を越えた末に結ばれてゴールだったわけですが。
それを真っ向からぶっ壊していく今回のカオスな流れに、どれだけの読み手がついていけるのか正直分かりません。
「愛とはなんぞや」とか「どこまでが自分でどこからが自分じゃないのか」とか。やたら哲学的な領域に踏み込んでしまったので、人によって見え方も違うと思います。
“この作品ではこうなった”というだけで、何が正しいか/何が良いか/何が本物なのかなんてのは決めるつもりで書いてません。
それと、歯車のくだりや“反存在”(4章で言うところの“バグ”)みたいなとこは全回収して締めようと思っていました。
その……拾うことによって作品のテンポが悪くなるんで、あんま要らんっちゃ要らんのですけども(作者の脳内でさえ賛否両論)。
それはそれで1章から4章の続きである必要もなくなってしまうので。続いてる話なら拾わないと腑に落ちないな、と。
最終的には「これまで話を続けてきたからこそ書ける」っていう内容に落ち着いたので、まあ意味があったかなと。
学園スタートじゃないから厳密な定義からは外れますが、ま〜相当すさまじいセカイ系になってしまったなあと思っています。
完全にバニラな気持ちで、新しい作品と向き合うような感じでやってもよかったんですけど……。
それは次の章でやろうと思ってたんで、今回はこんな感じです。
<キャラクター周りの話>
春雨について:
なんか……難しかったです。いえ、決して。決して! 春雨というキャラクターには魅力がないという話ではありません。
というか艦これに魅力的でないキャラクターなんて居ませんよ! そんなことを言う人はお仕置きです。
そうではなく! 彼女をメインで出すなら、絶対に甘々な話をやるのが向いているんですよ。ただ、別にそれはこのスレじゃなくても読める話なんすよ。
というわけで……メインストリームと真っ向から反するようなキャラ付けになりました。
※脱線※
そもそも、艦これ世界の話でNL恋愛モノをやるならば、基本的には提督対艦娘が一対一のクローズドなイチャラブを展開していくのが良いんですよ。
数ある艦娘の中からなんかしら特別でなくてはならない理由付けをしてやって、後は二人の世界でよろしくやっていくのが王道中の王道で。
艦娘にとって恋愛的感情を抱く対象が二人もいちゃ本当はダメなんですよ! まして春雨なんて純情なキャラでそれをやりやがって……という。
※脱線ここまで※
……まさかヤンデレ的な要素もちょっと混ざるとは、って感じですけど(まあ相手も自分なのでヤンデレともまた違うような……)。
純粋であるがゆえに不安や思考に流されやすく、だからこそ危ういというか。彼女の世界には蒔絵現しか居なかったから彼を愛していたのでしょうね。
そっから蒔絵空と出会って、少しずつ価値観が変わっていくのが見所かな〜と。
最終的には、少女から確固たる人格を持った一人の人間に成長したんだと思いますけど(あくまで作者がそう思うだけですけど)。
提督(蒔絵空)について:
こっちに関してはむしろもっと尖らせてもいいかなぐらいに思ってたんですけど、最終的にはまあ普段通りな感じに落ち着いたかなと。
あの、作中でもあるように艦娘ってみんな良い子すぎると思うんですよ。
(ただし「作中の提督こと蒔絵現がそう思う」と「作品内とは直接関係のない作者がそう思う」は切って分けて考えてください)
だから……あんまり極端にダメ人間には出来ないんすよね。ある程度艦娘から愛される資格のある人格でないとダメで。
一人称が“小生”なのがヘンに思ったかもしれませんが、わりと世間の感覚とはズレた環境で育ったから、という設定です。
まあ……というのは建前で、これまでの章に登場した提督との差別化のためです。
変な一人称とか語尾でキャラ付けするのって、物書き的にはすごい悪手なんですけどね。
ステレオタイプなイメージを与えるのには役立つんですけど、逆に言えばそれに縛られてしまうんで、主要キャラで使っちゃダメなんです。
というわけでホントに“小生”でいいのかは結構悩んだんですけど……。
最終的には「なんかコイツは自分をそう名乗っててもおかしくないかな」ってなったんでそのようになりました。
実際書き終わってから見返したらむしろ「もう小生以外ありえんな」と。
他はまああれこれありますが……書くと長くなるのでこんなところで。本当もっとこの章ゴチャゴチャする予定だったんですけどね。
アニミズムとか、唯識とか、ミーム汚染とか、観測者問題とか、記憶の遺伝とか、エクトプラズムとか……。
危うく脳味噌が沸騰しかけたのでそこまで盛り込みませんでしたが(本当に全部ぶっ込んだら尺が足りないですし)。
この半年間は現実生活が結構荒んでたのも相まって、執筆作業はかなり大変でした。
次の章も19レスと長いんで、2〜3ヶ月かかっちゃうかもしれませんけど、今回よりは早く仕上げます。で、今回よりは単純明快な話にするつもりです。
874 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:18:58.25 ID:OJh3YxKYo
>>670
で名前が多く挙がった艦娘がヒロインって書いてあるけど今回の場合は五月雨じゃない?
875 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2017/08/06(日) 21:41:47.07 ID:ft0X4ers0
>>874
指摘ありがとうございます。
自分で設けたルールも忘れてるようではいけませんね。
(
>>868
さんごめんなさい!)改めまして……。
>>865
,
>>866
より五月雨が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:05(無)
知性:16(お察し)
魅力:46(人並み)
仁徳:99(!?)
幸運:11(かなり不運)
とりあえず次が最後の章になるので、これで安価もおしまいになります。
(次スレ? いやいや流石にもう無理ですわ……)
これまで手を変え品を変えで安価を投げ続けてきたましたが、それもこれで最後になります。
大変ではありましたが、人のオーダーを聞いて文章を書くというのは、やりがいのあるものでした。
今まで本当にご協力ありがとうございました。では、また数ヶ月後にお会いしましょう。
876 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 21:43:47.82 ID:dwrgPoe0O
乙
877 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/24(木) 22:31:42.99 ID:CGuuRRv7O
ほ
878 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/14(木) 11:07:40.13 ID:JNI+PSYTO
ほ
879 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/10/03(火) 00:26:24.37 ID:8w2k1I+J0
夏イベが終わってまた秋刀魚漁のシーズンですね。北方任務が捗っていいですね。
え?今年は海防艦掘りに3-5と6-1を周回するんですって?ガチ勢こわ・・・。
茶番はこんなもんでお久しぶりです。
2ヶ月経ったわけですが、進捗なのですが。進捗なのですが…………。
……年内には!年内には完結させますんでどうかお待ちください。
つまりそのぐらいにヘボなペースでしか進んでいないということですね。
その〜……あんまリアルがそれどころじゃなかったんですよね。すいませェん。
////チラシの裏////
まだ時間かかりますという話だけでは味気ないので、なんかまたダラダラ書くことにします。
例によっておまけみたいなもんなんで暇すぎる方だけお読みください。
んー、とはいえもう自分の書いた話について語ることもないというか。
もはやこれ以上自分は何を描けばいいのだろうとさえ思ったり思わなかったりしています。
いや好きに書いたらいいんでしょうし結局は好きなようにやらせてもらいますけど……。
出来の良し悪しや巧拙はさておき、どうにもやり尽くしちゃったな〜という感じがありまして。
とか言うとやる気を失くしたみたいに捉えられそうですが、そういう訳でもなく。
次はどういう感じで行くべきか攻めあぐねているといった具合ですね。
当初はオムニバス形式で完全に独立した形でやるつもりだったはずが、こんな感じで結局一つにまとめてしまったってのも一因ですかね。
正味な話、焼き増しに次ぐ焼き増しを続けてきたので雪だるま式に執筆難易度が上がっているという……しかしそれもこれで最後!
それはそれで意味があるというか、次の最終章でなんだかんだこれで良かったなと思わせる感じに持って行きたい、ですね(願望かい)。
終わりよければ全てよしってことで、上手くまとめられればな〜とゆるい感じに考えています。
そんな前置きもしつつ、次の章についての話。
これまでは投稿前にあんまネタを明かさないようにしてきたのですが、今回はもう手の内を明かしてしまおうかなと。
ドラマやアニメの最終回スペシャルみたいな感じで、それぞれの鎮守府の艦娘・提督たちのその後をクローズアップしようと思ってます。
そればっかりに尺も割けないので、五月雨と次の章の提督も絡めつつってな感じになると思いますが。
どうなんでしょうね?「そういうの本当に需要あんのか?」とか内心不安なんすけども。
前の章とかも結構反省点多いしさぁ……とかネガティブな振り返りはさておき、まあそういう感じで行こうと思っています。
うーんと、内容についてはまだまだブレてるところがあり、最終的にどういう形になるかは分からんのですが。
全体的にファンタジーな雰囲気になると思います。いや、剣とか魔法は出てきませんが。
これまでの章みたく時空や世界がどうこうみたいなスゴイことも起きませんが。
ファンタジーという言葉を使うと誤解が生じるので、幻想とでも表現しておきましょうか(意味同じなんすけどね)。
そんな大仰なもんじゃないです。なんていうかその……郷愁とかそういう感じの安直にエモいテーマで行こうかなーと。
子供の頃に見たなんてことはない風景とか、大人になって思い返すとやけに美化されてるアレです。
もうね……あの、身の上話を深くは書くつもりはないですけど、もう色々人生疲れたっす。
そんなわけで、現実逃避に妄想ぐらいは夢みたいな話を描こうかなと。
キラキラしたものが書きたい欲が高まりつつあるのでそうしたムーブメントが生じています(?)。
五月雨のキャラを考慮してもそういう話が似合いそうですしね。
一章(瑞鳳のやつ)に近いテイストになるかもしれませんね。
あんまりイチャラブする予定はないですけど。ふわっとした感じで。
やべえ……あんまりまとまりがない文章になってしまった。えー、あれです。
次はもっと頭がちゃんとしてる時に書きます。ゆる〜く頑張りますんで、温かい目でお願いします。
880 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/03(火) 00:41:52.99 ID:V6vVeLFTO
了解です
881 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/23(月) 06:01:50.48 ID:8lXJg5YuO
ほ
882 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/10(金) 11:23:23.39 ID:r3jBpKN7O
ほ
883 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/28(火) 01:25:27.89 ID:kqk35mLNO
ほ
884 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/12/03(日) 16:54:54.71 ID:6gC2S1p30
イベですね〜。甲で完走した人はボーキやバケツがやべ〜ことになったのではないでしょうか。
ギミックに次ぐギミック、三本ゲージからのまたギミックと、ボスが比較的有情(最終海域除く)な代わりにかなりややこしい感じでした。
E4はボスよりZ6マスS勝利の方が沼ったかもしれません……。あと期間限定ボイスの山城がメッチャ勇ましくて良いですね。
と前置きはさておき。次回の投稿の件なんですが、……んん。
クリスマス以降新年以内のどこかで行きたいと思います(時間が取れそうだったらもうちょっと前倒ししますが)。
その辺のタイミングだとリアルの諸々も片付いてそうなんで……というわけで今月末にはやっちまいたいと思ってます。
もうこれ以上伸びることは流石にない、はず。だいぶグダグダになってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございました。
……ぶっちゃけますとまだ完成してはないんですけどね。まあ、多分、恐らく、きっと、大丈夫です!
ではまた何週間後かにお会いしましょう。
885 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/04(月) 11:58:31.41 ID:TnX6IVAEO
了解
886 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/23(土) 11:29:06.16 ID:dP8OFZ1Mo
/ .\\ ./ / ∧ ∧ \ \ \ | /
\ \\ ./ .(´・ω・) / \ \ \ | /
\ \\ ∪ ノ '. \ \ \ | /| /
o .\ \\ ⊂ノ/ \ \ \ | / | ./
"⌒ヽ . \\ / \ \ \| / | /
i i \\ ○ _\ \/|/ | ./
○ ヽ _.ノ .\ \\ _,. - ''",, -  ̄ _.| /
\ \\_,. - ''",. - '' o  ̄ |/
\ \\ ''  ̄ヘ _ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
○ \ \\//。 \ 今年ももう終わりだな
゚ o 。 .\ \/ |
。  ̄ ̄ ̄ \______________
887 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/12/30(土) 18:38:24.01 ID:qtlQSSFG0
>>886
すまぬ……
そろそろいい加減にしろと張り倒されそうですが、年内の投稿は無理そうです……。
次回の投稿は1/6(土)にします。これはさすがにマジのマジです。マジ、マジです。
ほんっとにすみません。心底申し訳ない……。
自分としても年内にケリつけたかったんですけどね……。
(自業自得ですが、)自分にとっては負い目を感じる一年となってしまいました。
その、6000バイトの字数制限があるゆえ、はみ出た文字数分削ったりしなければならんのですが、
それを19レス分やっている時間はどうにも年末年始なさそうな状況でして……。
とはいえ、もはや何を言っても言い訳にしかならないですね……弁解の余地なしです。
1/6(土)の夜になるでしょうか。長い付き合いでしたが待たせるのはこれが最後です。
よいお年を。そして来年もどうか一週間だけお付き合いよろしくお願いします。
その後はもう全て忘却の彼方に消し去ってもらって構いませんので(?)。
888 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/01(月) 13:39:11.59 ID:D9/VnkQwO
了解です
最後だしレス削らなくて超過してもいいのよ
100レスぐらい余る計算だし
889 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2018/01/06(土) 22:20:29.70 ID:Xe5A72i70
ぼちぼちやっていきます
890 :
【82/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 22:35:19.13 ID:Xe5A72i70
パプアニューギニアはビスマルク諸島北部、その洋上に浮かぶ軍事拠点が私たちのラバウル基地です。
赤道付近に位置するだけあって気候は高温多湿です。一年の間に最高気温が30度を下回る月はまずありません。
毎日Tシャツと半ズボンで過ごせるので、お洋服に悩まなくていいかもしれませんね。
暑そうで嫌だなあって思いませんでしたか? 心配はご無用です!
ここラバウルには、大きく分けて雨季・乾季と呼ばれる二つの季節があるんですが……。
五月雨「えっと……なんでしたっけ。原稿どこに置いたっけな……」
陽炎「ちょっと……もう録画始まってるんだからしっかりしてよね」 見かねて画面外から五月雨にこっそり台本を渡す
五月雨「どこまで話しましたっけ……あ、そうそう」
どうしてこうした二つの季節があるのかというと、それは風が関係してるんです。
乾季には南東から吹く貿易風(赤道付近に向かって恒常的に吹く風のこと)が乾いた空気を運んできて、
雨季には北西から吹くモンスーン(夏は海から陸へ、冬はその逆向きに吹く風のこと)の影響で湿った空気が流れ込みます。
つまり! 一年を通じて爽やかな涼しい風が吹いているので、実は結構快適に過ごせるんですよ。
五月雨「12月から4月は雨季で、5月から11月は乾季です。乾季はダイビングに訪れた観光客を見かけることもあって……くすっ、ふふふふ」
陽炎「? 急に笑い出してどうしたの。っ……ふふ。ちょっとぉ!」
五月雨の前に画用紙を持った舞風が割り込んでくる。
紙面にはでかでかと『雨季にウキウキ、乾季に歓喜!』と書かれている。
陽炎「アンタねえ……。録ってるって言ってるでしょ」
パコン、とメガホンで舞風の頭を小突く陽炎。
舞風「ぶーぶー。真面目に紹介してもつまんないじゃん。ユーモアが足りないよユーモアが」
分かってないなあと言いたげな表情で、人差し指を立てて左右に振る舞風。
陽炎「ユーモアって……あっ! こんなの撮らなくていいのよ! なんでカメラこっち向けてるのっ」
肩にビデオカメラを担いでいる如月は、いつの間にか五月雨の方ではなく陽炎と舞風の方を向いていた。
・・・・
如月「撮影データは夕張さんに渡しておいたから、ひとまず私たちの作業は終わりね。お疲れ様」
五月雨「『新しく着任する提督のために紹介映像を作りたい』、なんて無茶振りに付き合ってもらって……どうもありがとうございます」
座ったままぺこりとお辞儀をする五月雨。ここは基地領内の小さな食堂。
昼時を過ぎているためか、座っているのは五月雨たちだけだった。
陽炎「やれやれ……本当にあんなんで良かったのかしら。最後の方なんてだいぶ内輪ネタみたいな感じになっちゃってたけど……」
舞風「取り繕って無難な紹介映像流しても面白くないって。せっかくの自主制作なんだから、後から見返して自分たちで笑える内容じゃないと」
五月雨「はい。ああいうゆるい感じの方がむしろ良いんじゃないかなって。うちの鎮守府らしくて」
陽炎「ま、言い出しっぺがそう言うんなら間違いはない、か。次に来る司令官がお堅い人じゃないといいんだけど」
如月「そういえば……話は変わるんだけど、最近あの夢はどうなってるのかしら。五月雨ちゃん」
ランチプレートの上に盛りつけられたチキン南蛮を口に運び、よく噛んでから飲み込む如月。
陽炎「あの夢……? あの夢って、どの夢? 寝てる時見る方?」
舞風「そっかー。かげろっちゃんは別の遠征隊だからこの話聞いたことないんだっけか」
陽炎「かげろっちゃん、て……」
コップに注がれたサイダーをストローで飲み干してから、自ら思い返すように喋りだす五月雨。
五月雨「去年の夏ぐらいからなんですけど……似たような内容の夢を定期的に見るんです。
一週間に一度ぐらいの頻度かな。最初は偶然かなと思ったんですけど、今もずっと続いていて」
如月「ちょっと周りとズレてる感じの、変わり者の男の子が毎回出てくるのよね。
一人の男の子が成長していく過程を描いた夢を見続けるだなんて、なんだか運命的じゃない? 憧れちゃうわ〜」
五月雨「あはは、そんなにロマンチックな感じじゃないんですけどね。その男の子の……あ、もう男の子って歳じゃないんですけど。
彼の日常のワンシーンを切り取ったような夢を見るんですよね。楽しい出来事とか、悲しい出来事とか、その時々で違うんですけど」
五月雨「でも最近は……。特に、彼が大人になってから見る夢は……どうにも味気ない内容ばかりなんですよね。
ずっと昔のことを思い返してばかりいるっていうか、なんか黄昏ちゃってて元気がないんですよ」
舞風「そっか〜……まあ、誰しもそういう時ってあると思うんだよね。スランプ、っていうのかな」
首を捻って少し考え込むような素振りを見せた後、ポンと手を叩いて提案する舞風。
舞風「じゃあさ、夢を通じてその人に干渉することは出来ないのかな? 『クヨクヨすんな〜! 私がついてるぞっ』って言ってあげたらいいんじゃない?」
五月雨「ああ〜っ! それっ、いいアイデアですね! 今度試してみようっと!」
891 :
【83/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 22:55:04.74 ID:Xe5A72i70
失業保険が尽きて三ヶ月が経つ。外に出るのは最小限、食事は一日一食。それ以外は寝て過ごす。
この暮らしなら後一年ぐらいは生きていけそうだ。……その後どうなるのかは自分には分からないが。
仕事を辞めてから一度も切っていない髪は伸びに伸びて、北欧のメタルバンドみたいになってしまっている。
もちろん、いつか切るさ。仕事にもいつかは就く。今はその時じゃないってだけだ。
台所の棚から割箸とカップラーメンを取り出して、電気ケトルに水を入れる。これが今日の食事になるだろう。
……雨戸を締めきっていて外の様子が分からないから、昼食になるのか夕食になるのかは分からないけれど。
「みゃおう」「みゃああ」
……野良猫の喧嘩だろうか。ということは今は夜らしい。
猫の鳴き声は夜の街によく響くからな。
猫、か。
そういえば子供の頃は家で猫を飼っていた。毛並みが綺麗な黒猫だった。
ユーゼンという名前で、その名の通り物怖じしない落ち着いた性格だった(今になってみれば、メスにつける名前ではないなと思うが……)。
田舎の一軒家にしては珍しく、うちの実家には地下室があって、そこでよく遊んでたんだ。
溺愛していたわけではなく、むしろつかず離れずな距離感ではあったが、魔法使いとその相棒みたいでそれがかえって良かったように思える。
……ユーゼンは、俺が中学生になってすぐに死んでしまった。一緒に過ごした実家も売っ払われてしまって今は更地だ。
「ピャォ、……ハゥ」
……? いや、気のせいか。にしては似すぎているような気もするが……。
ユーゼンは決して「にゃーお」とか「みゃーう」と鳴くことがなかった。
生まれつき鳴くのが下手だったようで、そもそも鳴くこと自体が稀だった。ちょうどこんな声だった。
「ヘァ……ヒャゥ」
鳴き声は自分のすぐ近くから聞こえるようだ。不思議に思ったので後ろを振り返ることにする。
・・・・
五月雨「ピ……初めまして、天道(タカミチ)さん」
神乃 天道(カンノ タカミチ)、それが男の名前だった。
五月雨の声に驚いた男は腰を抜かして尻餅をつく。
手に持っていたカップラーメンは宙に舞い、男の頭上に落下する。
神乃「!? ユーゼン!? ユーゼンの霊、なのか……? うわああっちゃ、熱ッ!」
五月雨「熱っ……。あの、大丈夫ですか?」
ケトルから注いだばかりの熱湯を浴びる二人。もろに被ったのは男の方で、髪の上にナルトが乗っている。
五月雨は咄嗟にその場にあったタオルを拾って渡し、男を気遣った。
神乃「ああ、ありがとう。……。やっぱり、幽霊なのか……?」
タオルを受け取って、スープの汁を拭いながら問いかける。男には五月雨の姿が視えておらず、タオルだけが宙に浮いているように見えていた。
(恐らく五月雨の体があるであろう)タオルのあった方向に男が手を伸ばしても触れることは出来ず、ただ空を掴むだけだった。
五月雨「いいえ、幽霊じゃないんです。わたし、五月雨って言います。わたし! えっと……あなたのことをずっと夢で見守っていたんですけど……。
ああっ、もう時間が! えっと……早く伝えなきゃ! その……」
五月雨の背後に扉が現れ、徐々に開いていく。
五月雨「ううっ……いざ気づいてもらえたものはいいものの、咄嗟に言葉が出てこない……えいっ!」
焦った五月雨は男の腕を掴んで引きずり込み、扉の中に入っていった。
・・・・
五月雨の寝室。窓から朝日が差し込むベッドの上。
なぜか彼女の隣で横になっていた神乃はガバッと起き上がると、ぐるりと首を回して困惑している。
伸びをしてふわぁ〜と大きな欠伸を一つすると、ベッドから降りてぺこりと挨拶する五月雨。
五月雨「い、勢いで連れてきちゃったのはいいものの……どうしよう。あ! 一応、おはようございます。えっと、説明しなきゃですよね……」
暖簾のように眼前まで垂れ下がった髪をかき上げて五月雨を視界に捉える神乃。
五月雨の姿を確認すると、珍獣でも見たかのように目を丸くしている。
五月雨「はい。天道さんが物心ついてから今に至るまでの様子を、ずっと夢に見ていたんです。ただ、最近はなんだか塞ぎ込んでいるように見えて……。
その……うまく言えないんですけど、もっと自分の思うがままに生きてもいいと思うんです。それを一言伝えたかったんです」
神乃「えっと……そう、だね。まあ、確かに……。俺自身、自分のあり方に迷っていたところではある」
神乃「経緯こそぶっ飛んでるけれど、俺はこんな風に何かが起こることを無意識のうちに望んでいたのかもしれない。
だから、考えるきっかけを与えてくれた君には礼を言いたい。まあこの歳になって自分探しってのも青臭くてカッコ悪い話だけどさ。無職だし。引き籠もりだし」
ノックの音とほぼ同時にドアが開く。
大淀「提督! こんなところに居たんですか? 初日から遅刻なんて示しがつかないですよ。
あら、五月雨さん……でしたよね。初めまして、大淀です。少し提督を借りていきますね」
大淀は神乃の手を引いてそのまま退室してしまう。
892 :
【84/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 23:25:46.27 ID:Xe5A72i70
それから何時間か経って、ようやく神乃は五月雨と再会を果たした。
服は新品の制服に変わっていて、帽子もピカピカだ。ボサボサだった髪は整えられて前髪の部分はピンで留められていた。
彼の見違えた姿を前に、五月雨は少し不思議な胸の高鳴りを覚えたが、それを口にすることはなく尋ねた。
五月雨「あの……ひょっとして、この鎮守府の新しい提督に?」
神乃改め提督「そういうことみたいだね。……話を少し整理しようか」
執務机から立ち上がり、応接用に置かれた簡素なソファに座る提督。五月雨も向かい合うようにして座る。
提督「俺の人生を夢で見ていた、だったっけか。実を言うと……俺も君のことは会う前から知っていたんだ。大淀のこともそうだし、他の艦娘のこともね」
五月雨「ええっ!? それって、どういうことですか? どうして私たちのことを知っていたんですか?」 ガコンッ
驚きのあまり起立し、膝をローテーブルにぶつけてしまう。
提督「大丈夫? えっと。……そう、君たちはあるゲームの中に登場していたキャラクターだったんだ。俺のいる世界ではね。
俺がちょうど大学に通っていた時分に流行ったゲームで……もうサービス終了しちゃったから、今では忘れたなんて人もいるのかもしれないけど」
提督「五月雨からすれば俺は夢の中で生きてる人間で、俺からすれば五月雨はゲームの中のキャラクター……ということになるか。
まあそれこそ文字通り夢みたいな突拍子もない話だが……これはどうにも現実みたいだからね。さて、どうしたものか」
五月雨(そういえば……朝潮と芯玄元帥が呉鎮守府に栄転する直前に、『世界線の違いがどうこう』……みたいな話をしていたような。
私が天道さんの夢を見るようになったのも、ちょうどその少し後だったし……)
五月雨「ええと……それって、元いた世界から天道さんを私が連れ出しちゃったってことですよね。ごめんなさい」
提督「今朝も言ったけど、詫びるようなことじゃない。君の行動に俺は感謝してるよ、こんなに不思議な体験が出来ているわけだからね」
提督「それと、世界ってのは俺の解釈では微妙に異なるかな。パラレルワールドとかじゃなくて、同一世界の別次元だと解釈している。
次元の壁で隔たれた別の世界という意味では異世界なんだけれども」
頭上にクエスチョンマークを浮かべる五月雨。
提督「あー、なんというか。俺の目からしたら君が、君の目からしたら俺が、互いにそれぞれ異なる次元で生きるドラマの一演者に過ぎなかったはずで。
それが今、第四の壁を越えてどういうわけかこうして相対している……というのが、元厨二病患者の見立てさ」
小学校高学年の頃から高校時代の半ばあたりまで、彼は世間一般で言うところの中二病であった。
神話や伝承、錬金術に黒魔術、都市伝説・陰謀論といった題材のオカルティズムに傾倒していて、しばしば周囲の人間を惑わせる言動をするようなことがあった。
五月雨ももちろんそれは知っていて、当時彼が言っていた内容こそ理解できなかったものの、彼の闊達に語るさまを見て愉快に思っていた。
提督「なんて言っても難しいか。あはは、人前でこんな子供みたいな与太話をするのも久しぶりで、つい興奮してしまったよ。
で……気になることは。どうやったら俺が元の次元に戻れるかってことと、なんでこうして提督になっているのかってことなんだけども……」
五月雨「うーん……ごめんなさい。どっちも分かんないです……」
提督「だよねえ……。ま、家賃とかは全部口座から自動引き落としだし、空き巣にでも入られない限りは半年ぐらい留守にしていても問題ないか。
折角だしね。この面白体験を楽しむことにするよ。ゲームと現実は違うとはいえ、なんとなく勝手は理解できた。つまるところ盆栽のようなものだろう」
五月雨(盆栽……?)
・・・・
深夜2時の執務室。提督と五月雨・天津風・弥生の艦娘三人でソファに腰かけてテレビを眺めていた。
机の上には人数分の紙コップと2リットルサイズのペットボトル、食べかけのピザとポップコーンが置かれている。
提督と五月雨はパジャマ姿で、普段以上に気の抜けた様子だった。
提督(五月雨の夢がきっかけでこの次元にやって来れたなら、夢を通じて元の時空に戻れると考えていたが……何夜過ごせど兆しは見えず。
こうして俺と直接出会ってしまったことで、俺にとっての現実であった世界にリンクする術が無くなってしまったんだろうか)
五月雨「流石に眠いですね。……意図的に夜更かしするっていうのも案外難しいのかもしれませんね」
提督「やはり、無意味なのかもしれないね……もう寝てもいいよ」
本来とっくに寝ているはずの時間であるにも関わらず五月雨が起きているのは、提督が元の時空に戻るための方法を調べるためだった。
(天津風と弥生は西方への遠征によって体内時計が乱れ、時差ボケして眠れないため付き合っていた)
五月雨「いえ。せっかく公然と夜更かしできるチャンスなのに寝てしまうのは勿体ないですから! そうだ、トランプでもしませんか? 七並べとか!」
雑誌やブルーレイディスクボックスなどが乱雑に詰め込まれた、テレビ脇の収納ケースを物色する五月雨。
弥生「いいですね……新しい司令官とお話出来るいい機会だし……」
冷蔵庫からワインボトルを取り出し、紙コップに注いで提督に渡す弥生。
提督「冷蔵庫になぜそんなものが……。風情もへったくれもないけど、まあそっちの方がいいか。
与えられた地位や名誉に応じて諂ったり見下したり、そんなのにはうんざりしてたんだ」
五月雨「相当疲れてたんですね。……」
提督「まあ過ぎたことさ。理想と現実のバランスが噛み合ってなかっただけ。期待しなければ上手くやれてたのに、しくじったのは俺の方だよ。
……って、景気の悪い話ばっかりしてちゃいけないな。暗い思い出のバランスは、刹那的な陽気さで補うもんだね。さ、勝負に興じようか」
グイッとワインを飲み干す提督。
893 :
【85/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 23:50:26.53 ID:Xe5A72i70
天津風「うぅ〜……あそこで五月雨がずっとハートの8で止めてなければ……」
五月雨(自分の手札にハートのKがあったことに気づかなかっただけなのに、運良く勝っちゃいました)
自分の苦手なものや嫌いなものを明かし、敢えてそれに挑戦するというのが罰ゲームの内容だった。
天津風「仕方ない、負けは負けね。じゃあ、私の苦手なものは……ホラー映画よ。怖いのとか、残酷な話とか、嫌いなのよ」
提督「じゃあ今から見ようか。幸い、そういう作品のDVDもあるみたいだ」 収納ケースを漁りながら
五月雨「ええっ!? 辞めときましょうよ……」
弥生「司令官……弥生もそういうの、良くないと思う」
提督「あらら、みんなダメなのかい? ホラー映画って、一番元気を貰えると思うんだけどね。だってアレ見た後って絶対『死にたくない』って思うでしょ?
どんな自殺志願者でも、あれを見た後は何がなんでも生きていたいって思えるわけ。非日常の恐怖が代わり映えのない日常を刺激で彩ってくれるのさ」
突然やや早口になる提督に対し、少し引き気味の一同。
天津風「あなた……結構病んでるのね。勝負に負けた以上はあんまり強く言えないけど、私はそんなの見たくないわ。
情けない話だけど……本当に怖くて夜寝れなくなっちゃうのよ。って、まあ今も時差ボケで寝れないから起きてるんだけど……」
五月雨「天津風もこう言ってることですし辞めましょうよ。それよりほら! ラブコメなんてどうですか?」
弥生「弥生もそれがいい、です……。ハッピーエンドで終わる話がいい……」
提督「さっきの勝負の意味は……、まあいいや。わかったわかった、みんな反対なら仕方ない。じゃあそれを見ようか」
・・・・
映画の途中で五月雨と弥生は眠ってしまい、天津風も映画を見終えると眠る弥生を連れて寮へ戻っていった。
提督は五月雨を背中に負ぶって彼女の部屋へ向かった。ベッドの上に彼女の身をそっと置くと、小さく溜息を吐いて部屋を出ようとする。
提督「……俺は、何のためにこの虚構の世界に呼ばれたのだろう。ここは現実じゃない。少なくとも俺にとっては」
自問するように独り言を吐く。ドアノブに手をかけた刹那、背後に異質な気配を感じて振り返る。
扉が出現していた。それは、五月雨に手を引かれてこの架空の世界にやって来た時にくぐった扉と同じものだった。
提督は扉に手をかける。
提督(押せば開きそうな気がするな……これで現実に戻れるのかもしれない。この機会を逃したら、次はいつ戻れるようになるかは分からないしな……)
・・・・
扉を押そうとした瞬間に、記憶がフラッシュバックする。それはまだ彼が働いていた時期のものだった。
居酒屋の喧噪は騒々しく、酔った客が暴れているのか隣の個室からは怒号も聞こえる。
「――神乃。それでさ、お前、大学の時にあのゲームやってたよな。なんだっけ。そう、これこれ」
同期の見せるスマートフォン画面に映っていたのは、艦艇を擬人化したゲームのキャラクターだった。
吹雪、大井、最上、伊勢、赤城……サービス終了した今でも彼女たちの名前を彼は覚えていた。
「一時期はすごい人気だったのに、バブルが弾けたらあっという間だったな。でも、オワコンオワコン言われてたわりには長く持った方か。
後続のゲーム……なんだっけ、名前は忘れたけど似たようなゲームがあってさ。あっちの方がまだ面白かったわ。あれも飽きて辞めたけど」
茶化して、その場にいる上司や後輩への笑い者にするような口ぶり。こうした嘲笑を受けるのは、彼のいる環境ではさして珍しいことではない。
「結局のとこさあ、ああいうのってキャバクラだよな。時間と金を費やさせて、徐々に深みにハマらせていくんだろ?
うまいビジネスだよ、ハハハ。で、いい“上客”だったお前はなんであんなのずっと続けてたの? そんなんだからノルマも未達なんじゃねえのかなあ」
出世のために“誰が上で誰が下か”を白黒はっきりさせようとする、そのためなら旧友を蹴落とすことすら厭わない。
世間的には好待遇の優良企業の一つとして知られているこの会社は、高給ではあるもののとにかく競争の激しい社内環境だった。
神乃「言っても理解できないかもしれないが……盆栽のようなものだよ。それか、筋トレか。日課があると精神が安定するんだ」
罵声も批判も彼は慣れ切っていた。しかし、彼なりに思う所があったのか、普段だったら流していたであろう挑発に対してこの時は受け答えしてしまう。
「誤魔化してんじゃねえよ。なあ、俺はお前のためを思って言ってやってるんだぜ? お前には才能があるよ。その片鱗がある。
だが、その甘さが全てを台無しにしちまってるんだ。お前はもっと非情になるべきなんだ」
「俺たちの売った商材で客が困ろうと、それは俺たちの人生には関係ない。他人を騙せなきゃこうしてお前自身が袋叩きに遭う。
これは戦争だ、やるしかないんだよ。奪い、踏み躙らなければ生き残れない。お前は戦いの中で敵に情けをかける甘ったれだっつってんだ」
同期の手は震えていた。それは自分自身への訓戒でもあるようだった。
「俺は、俺に残された数少ない良心でお前に言ってるんだぞ。悪魔に魂を捧げろ。全ては搾取されないためだ。
こんなことは言いたくないが、俺もギリギリの所で戦っている。お前まで居なくなったら、俺は……」
言いかけて、隣の上司の表情が険しくなるのを見て同期は口を噤んだ。神乃はこのやり取りの後、すぐに会社を辞めた。
・・・・
提督は、扉から手を放すと踵を返して部屋を後にした。
提督(……まだ、その時ではないのだろう)
894 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/07(日) 00:14:27.98 ID:C8XSSjcQO
待ってた
895 :
【86/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 00:15:43.62 ID:EGTLO2bo0
大淀「提督! お昼時で眠いのは分かりますけど、寝ちゃだめですよ」
執務机に突っ伏して眠る提督を軽く揺さぶって起こす大淀。
提督「ん……ああ。ごめん、寝てたか。昨日徹夜したのがまずかったかな」
大淀「それで、以前お伝えしていた視察の件ですが……同行させる艦娘は如何なさいましょうか」
提督「? そんな話してたっけ……ごめん、覚えてない」
大淀「海域攻略作戦が一時収束した今こそ、各鎮守府から情報を集めてノウハウを得るべき……って、前回の会議で提案しませんでしたっけ。
その時に承認してくださったはずですし、もう他の鎮守府の提督方からも許諾済みのはずですよね?」 じとっとした目で提督を見つめる
提督「ギクッ……ああ! それね、大丈夫です忘れてないです。そっか……十二月に二週間ぐらい弾丸ツアーするんだよね。
そうだなあ……誰でもいいんだけど、行きたいっていう意志のある艦娘がいいかな。嫌がってるのに無理矢理連れて行くのもよくないしね」
大淀「では、鎮守府内の各艦娘にアンケートを取っておきますね」
提督「ああ、助かるよ。それでさ……大淀、全然関係ないヘンなこと聞くんだけどさ。大淀は出世したい?」
大淀「? ……質問の意図が分かりかねますけど、したいしたくないで言えばしたいですね」
提督「いや、大淀っていつも積極的だなって思ってね。いつもしっかりしてるし、仕事が好きなんだなって思ったのさ」
えへへ、と屈託のない笑顔を見せる大淀。
大淀「そうですね。戦場に出て直接戦うより、こうして鎮守府内の環境を整えたり戦略を考えたりする方が好きなんです。
戦いに勝つことも大事ですが、他の艦娘や鎮守府内の作業員さんに『大淀で良かった』って褒められるのが嬉しくて」
提督「……そっか。妙な質問して悪かった。俺も大淀のような艦娘がいて良かったと思うよ」
退室する大淀の姿を見て、提督は頬杖を付きながら考え込む。
舞風「偉大なる将軍様〜! 栄光ある我らの精鋭艦隊が無事母港に戻り果せましたぞ〜!」
提督「ははっ……帰投するたびに面白い口上言うのやめてよ。笑っちゃうじゃない」
舞風「提督がなんだかアンニュイな顔してるから、舞風なりに気遣ってるんですよ? スマイル、スマイル〜♪」
提督「そっか……ありがとね。心配かけたかな」
舞風「なーんて! 髪と帽子で隠れてて全然表情分かんないのに適当に言ってみただけですけど。
でもさ、分かるよ。分からないけど、分かる、みたいな……。もう十数年前の話だけど、私も……ってそんな話しに来たんじゃなーい!」
舞風「出撃結果の報告でした。こちらの書類をどうぞ。作戦は大成功、首尾通りです。
あと、五月雨が大破してて、如月がドックまで連れてってまーす。半日もすれば治ると思うけど」
提督「了解。今日はもう出撃しないからゆっくりしてていいよ。補給だけ忘れないようにね」
舞風「はーい」
提督(しかし……そうだよな。ゲームとは違うもんな。近海での簡単な任務とはいえ、さっきの作戦で俺が判断を誤っていたら……。
五月雨が轟沈していた可能性もあったんだ。にもかかわらず、自分は安全な場所で昼寝だなんて最低だな。意識が甘かった。……『甘ったれ』、か)
提督(まあ、過度に自分を責めても仕方ないか。舞風が言っていたように……不安や恐れは艦娘たちに伝わる。
けれど……俺のような取るに足らない人間の感情の機微まで推し量ってくれるような人と、どれだけ出会えただろうか。これまでの人生の中で……)
提督(これから先の未来に何が起こるのかは分からないが……ここでの出会いは大切にしたいもんだな)
提督「舞風。改めてありがとう。少し前向きな気持ちになった」
舞風「ふふっ。どーいたしまして♪」
・・・・
昼の仕事が終わると船渠に向かった提督。しかし五月雨の姿は見つからず、波止場にて傷の癒えた彼女と鉢合わせする。
五月雨「あっ、天道さ……じゃない、提督。お疲れ様です」
提督「ああ。傷は治ったかい」
五月雨「はいっ。ちょっと不覚を取っちゃいましたけど、今はもう大丈夫です。予定より治りが早くて」
自分の顔が隠れないように前髪をかき上げてから帽子を被り直して、少し屈んで五月雨と目線を合わせる提督。
提督「それは良かった。いやその、謝りに来たんだよね……。もう本当顔向けできないぐらい酷い話なんだけど、君が出撃してる間に昼寝しちゃっててさ。
成り行きでこうなったとはいえ、俺は君の命に対して責任がある。だから……許してくれとは言わないが、謝りに来たんだ。すまない」
提督から帽子を取り上げて、頭を撫でる五月雨。提督は困惑する。
五月雨「許さないなんて言うわけないじゃないですか。昨日は夜遅くまで起きていたんだし、仕方ないですよ」
夕焼けの光が水面に反射してキラキラと輝く。黄玉(トパーズ)のように、赤みがかった黄色い光だった。
ワシャワシャと頭を撫で続ける五月雨に対し、説明を求めるような視線を向ける提督。
896 :
【87/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 00:41:33.33 ID:EGTLO2bo0
五月雨「これからは……『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』でいっぱいの人生になるといいですね。ううん……そうなるようにしましょう」
『ありがとう、なんて誰かに言えるような人生じゃない。俺が言えるのは、生まれてきてごめんなさいってぐらいだな』
五月雨の言葉は、高校時代に彼が言い放った台詞を改変したものだった。当時の彼はニヒリズムに傾倒していて、全ての物事に希望を見出せなくなっていた。
虚無感から脱して、稚拙で偏狭な自分の考えに囚われていただけに過ぎなかったのだ、と反省できるようになるまでには数年の歳月を要した。
提督「〜〜〜〜っ。うっ、まあ、うん。そうだね」
何にせよ、大人になった今の彼にとっては、当時の自分を思い出させてくれるおぞましい呪文であった。
屈んでいた姿勢を戻して五月雨から離れると、耳を赤くして照れくさそうに帽子を深く被る。
提督「そっか……いや〜、過去が見られてるっていうのは恐ろしい話だね。非情にイタいね」
五月雨「天道さんが高校生の頃は、突然選民思想みたいなのに凝り固まるようになったり、かと思えば急に自分は無力だって落ち込んだり……。
あの時は今とは別の方向で心配してたんですけど、友人やご両親が居ましたからね」
提督「いやー……まあその節は色んな人に迷惑かけたけどね。……今になって振り返ってみると、未だにその心境から脱せてないのかもなあ。
人に対してもうちょっと素直にはなれたけどね。なんというかこう、いつまでも経っても大人になりきれないなあと思うよ」
五月雨「大人になんてならなくていいんじゃないですか? 責任とか義務とか……それももちろん大事ですけど。
そういう重圧だけを背中に背負って生きるのって、息苦しいし窮屈ですよ」
海へと吹き抜ける風とともに、群れを成して夕焼け空を飛ぶカモメが頭上を通り過ぎる。
提督「そう、そうなんだよね。だけどやっぱり子供のままでは居られないんだ。これは言うなれば業のようなもので。
……そう。ここの世界観や設定のことは分からないが、深海棲艦と君たち艦娘との戦いもそういうもんなんだろうと思う」
提督「これはカルマだ。前時代の負債は、若い世代の負担によって支払われる。憎しみや悪意は、弱者から更に弱い者に対して向けられる。
自分以外の誰かに苦しみをおっ被せて逃げ回っていればそりゃ自分は楽なんだろうけど……それが人の在り方だと俺は思いたくない」
強い潮風の流れに身を任せるように、海に沈む太陽を見つめる五月雨。
五月雨「……そうですね。この戦いが何で始まってどうすれば終わるのかは分からないですけど。ひょっとしたら終わることなんて無いのかもしれませんけど。
それでも、今戦ってる私たちが投げ出したりしちゃいけないですもんね。なんか……大事なことを気づかされちゃいましたね」
提督「五月雨の言っていることも一つの真理だとは思うよ。童心とか好奇心とか、そういう純粋な感情を失くしたら人は機械のようになるしかなくなる。
働いていた頃の俺の姿を見ていたからこそ、そう言いたかったんだろう? 気遣ってくれてありがとう。嬉しいよ」
提督「ここの人たちは誰も彼もみんな、優しくて温かい心を持っているんだね。五月雨が俺をここに連れて来た理由が分かった気がするよ。良い所だ」
夕陽から背を向けて施設に戻ろうと歩き出す提督。その動きにつられるように五月雨も並んで歩く。
五月雨「そうですね、私もこの鎮守府が大好きです。あ……そういえば、鎮守府の紹介動画は見てもらえました?
うちの鎮守府の個性がギュッと詰まった、PVっていうのかな……。でもプロモーションってわけじゃないから違うか」
提督「おや? そんなのがあるんだね。知らなかった」
五月雨「あらら……作っただけで満足しちゃって見せるのを忘れてました。今度お見せしますね! 絶対面白いと思うので、期待しておいてください」
ふふんと鼻を鳴らして得意げな五月雨。
提督「へ〜、それは楽しみだな。どんな内容か気になるね」
・・・・
五月雨「お天道様がカンカン照りですね〜。雲一つない青空!」
麦わら帽子を被る五月雨に、普段通りアロハシャツ姿の提督。
数ヶ月前との違いは、一時は腰のあたりまで届くほど伸びていた彼の長髪が無くなっていたことだった。
顔を覆い隠すように伸びていた前髪も今では整えられてさっぱりとしている。
提督「本当だねー。しかし、鎮守府の近くにこんなプライベートビーチがあったなんて」
五月雨「出撃や遠征のない日はここで過ごすことも少なくないですね。来週から視察で鎮守府を離れちゃうじゃないですか。
やり残したことがないように、折角だから遊び抜いておこうかなって思いまして」
提督「なるほど、そいつは殊勝な心がけだ。存分に遊んでくるといい」
ビーチパラソルの下で陣取る提督に対して、不満げな五月雨。
五月雨「え? 提督も一緒に、でしょう?」
提督「いやほら俺はあれだ。保護者っていうかライフセーバーっていうか……五月雨が沖に流されないように見ていないと」
露骨に嫌そうな反応をする提督に疑問を覚えた五月雨だったが、提督が泳げないことを思い出してすぐに納得する。
提督の臆病にはお構いなしで無理矢理手を引いて歩く。
五月雨「私、艦娘ですよ? 沖に流されるって……いくら私がドジでも、自分ちの庭で迷子になる人はいないでしょう?
泳げなくても大丈夫です。近くに物置小屋があって、そこに浮き輪もありますし……提督の分の水着もばっちり用意してますから!」
提督「強引だなあ……何から何まで用意されてたってわけか。まあ、五月雨となら悪くないんだけどさ」
五月雨「お仕事以外で提督と遊べる機会って、中々ないですから。楽しみにしてたんですよ?」
897 :
【88/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 01:09:54.72 ID:EGTLO2bo0
提督「最後に水着を着たのももう10年以上前だなあ……。俺さ、実は泳げなくはないんだよね。得意ではないけど、完全なカナヅチではないんだ」
浮き輪に乗ってプカプカと波間を漂う提督と五月雨。
五月雨「え〜っ、そうだったんですね。泳いでる所を見たことがないから知らなかったです」
提督「学生時代は自分の体にコンプレックスを持ってたんだよ。ほら、俺さ。試験官の培養液の中で生まれたような貧相な肉体をしてるじゃない。
当時は自分の体を人に見られるのが嫌だったんだよ。今もまあ……好きではないけど。さすがにこの歳になると羞恥心も鳴りを潜めるようになるもんだ」
彼の腕や脚はかなり細く、シルエットだけなら女性のそれと区別がつかないほどだった。
五月雨「だから中学時代に怪我してないのに包帯を巻いてたりしてたんですね! 納得しました」
提督「俺から言い出しておいてアレだけど、昔の話はやめようか。その、中々古傷がね……」 苦笑いする提督
陽炎「危なっ……ごめん避けれない! ぶつかるわ、そっちでかわして!!」
押し寄せる波とともに提督たちの方へ突っ込んできたのは、陽炎だった。
陽炎はビート板のようなものに腹這いになる形で乗っていて、板越しに提督と激突してしまう。
顔面を手の平で叩かれるような衝撃とともに浮き輪から転覆する提督。
陽炎「ビーチの近くに人が居るなんて思ってなくて……司令、ごめんね?」
提督「うげ……鼻血は出てないようで良かった。いいよいいよ、吃驚しただけだ。
しかし……何をしていたの? サーフィンとも違うみたいだけど」
五月雨「ボディボードですよ。専用のボードを使って、波の上を滑るように乗るんです」
陽炎「そそ。発祥はハワイ島で、サーフィンよりもカジュアルに楽しめるのが特徴ね。
ほら、重くてでかいサーフボードを持ち運ばなくていいじゃない。あっちにサーフィンをやってるのもいるけどね」
陽炎が指さす先には、波の上で跳ねる人影があった。髪の色や体型から、恐らく黒潮だろうと推測できる。
提督「黒潮にあんな一面があったなんて意外だな、様になってて結構カッコいいじゃないか。ところで、あれは……?」
絶叫とともにセイルボード(帆のついたボード。ボードの形状はサーフボードに近い)に乗った金髪の少女が上空に打ち上げられている。
陽炎「ウィンドサーフィン、もとい、凧揚げかな……」
舞風「ごめんってば〜!! 許してぬいぬい〜〜!」
・・・・
長袖の冬服の上にダウンコートを着込んだ五月雨と、毛皮の帽子(ロシア帽)を被った提督が、桟橋から船内の艦娘たちを先導する。
提督に続いて舞風・如月・夕張と列を成して船を降りていく。
提督「あの後ボディボードもサーフィンもやっちゃったせいで筋肉痛が今も治らないよ。楽しかったから後悔はしてないけどさ。
おや、出迎えてくれるなんてありがたい。初めまして、視察に来た神乃です。ラバウルの」
瑞鳳は神乃提督たちがここに来るのを待っていたようだった。神乃提督がお辞儀をすると、瑞鳳もお辞儀で返す。
瑞鳳「初めまして、瑞鳳です。柱島泊地へようこそ。今提督を呼んできますね」
乙川「その必要はないさ。あ、敬礼とか形式ばったのはいいからね。いらっしゃい、遠洋遥々よく来たね」
物陰からニュッと姿を現したのは和服姿の男で、彼がこの柱島泊地を取り仕切る乙川中将だった。
提督の毛皮帽子や冬服の上にモコモコのコートを着こんだ艦娘たちを物珍しそうにジロジロと眺めている。
乙川「で……みんな、アレかな。幌筵泊地とかから来たんだっけ?」
普段Tシャツと半ズボンで過ごせるラバウルでは、作戦のために用意された寒冷地仕様の防寒具はあれど、冬用の普段着の類はほぼ無いに等しかった。
このため、提督たちの衣装は本土やその周辺地域に住む人間からしてみれば過剰な恰好に見えるのだった。
提督「暑い地域から来たもんで、寒さに弱いんですよ」
乙川「なるほどなるほど。ま、ウチの鎮守府なんか見てもあんま意味ない感は強いと思うんだけどね」
瑞鳳「もう、そういうこと言わないの。折角の後輩なんだから、ちゃんと面倒見てあげないと」
・・・・
瑞鳳の家で乙川中将と瑞鳳が話している。瑞鳳はエプロン姿で台所に立っている。
瑞鳳「もうすっかりこの家で過ごすの当たり前になっちゃったわね」
乙川「そりゃあ……料理が出来て器量もよくて世界一可愛いお嫁さんがいる家なんだから、当たり前でしょ。……なんてノロけてみたり」
瑞鳳「もう、調子いいんだから。一応、来る前に掃除しておいたけど大丈夫かしら」
神乃提督一行は、柱島にいる期間中は乙川の家を借りることになっていた。
乙川「修学旅行生みたいで微笑ましかったね。鎮守府を案内してる間も、妙にソワソワしたりして楽しそうだったよ。
なんでもないようなことに驚いたりしてさ。自分が着任したての頃を思い出しちゃったよ。まあ僕はもっと不真面目だったけど」
瑞鳳「最初の頃はほんとに世話焼いたわよね……。あ、お皿用意してもらえる?」
898 :
【89/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 01:47:44.51 ID:EGTLO2bo0
席に着いて向かい合い、「いただきます」と両手を合わせる二人。
瑞鳳「今日はちょっと挑戦しちゃいました! フラメンカ・エッグ・ドリアです!」
乙川「? フラメンカ……?」
瑞鳳「パプリカや玉ねぎ、ベーコンを炒めてからトマトソースで味付けして半熟卵を乗せた料理みたいね。
今回はドリアにしたからお米も入ってるけど。“フラメンカ”って名前から察しがつくように、スペインの郷土料理らしいわ」
乙川「ナスとか入れても合いそうな感じだね。美味しいよ」
瑞鳳「それで、今までさ……色んなことあったよね。もう三年近くになるのかな」
乙川「うん。僕の記憶が正しければ一昨年の春にはここに着任して、去年のバレンタインデーで一旦舞鶴に飛ばされて……。
それからはずっと一緒じゃないかな。来年の春に三年目ってとこか。逆に言うと、時間に直すとそのぐらいなんだね」
瑞鳳「そうね。なんだか何十年もずっと昔から一緒に過ごして来たんだって錯覚しちゃうわ」
乙川「何十……まではいかないかな、さすがに。とはいえ、おかげさまで濃い一日を過ごさせてもらってるよ。
すっかりこの仕事も板についたもんだ」
徳利に入った熱燗をお猪口に注ぎ、口に運んでほっと一息つく乙川。
瑞鳳「あら、手酌は出世しないって知ってるかしら?」
乙川「じゃあ瑞鳳に僕の分まで働いてもらおうかな。目指せヒモ暮らし」
そう言って瑞鳳にも熱燗の入ったお猪口を渡す乙川。
瑞鳳「ばかなこと言わないでよ、もう。私を酔わせてどうする気?」 口ではそう言いながらもぐいっと飲み干してしまう
乙川「ご想像にお任せするよ。……それはそれとして、さ。瑞鳳はやっぱり、僕に偉くなって欲しい? 必要なのはお金かな? 地位? 安定?
瑞鳳が望むのなら、多少は頑張ってみようかなー……とも思わなくはないんだけど。三年もやってると自信もついてくるっていうか」
瑞鳳「ううん。……本当はね。提督にいつもちゃんとしなさいとか、立派になって欲しいとか言ってるけどね。
それも本心なんだけど……その一方で、提督がどこか遠い所へ行ってしまうんじゃないかって怖いの。そのぐらい、今の提督は優秀だから」
瑞鳳「今はこんな風に幸せに過ごせているけど、提督が……私とお話できる時間が段々なくなっていったりしたらどうしようって思うの。
他にもほら、提督って顔が良いから他の可愛い子に言い寄られたらちゃんと断ってくれるかな……とか」
突然椅子から立ち上がって瑞鳳の唇を塞ぐ乙川。
乙川「……ふう、ごちそうさま。洗い物は後で僕がやっておくからさ、星でも見に行かないかい。ううん、行こう。
……こんなにキザったらしい一面を見せるのは瑞鳳にだけ、ってことを嫌というほど教えてあげるからさ」
乙川「自分でも歯の浮くような甘ったるい台詞でも、瑞鳳相手になら言えるからさ。照れくさいけどね」
乙川の手を取って立ち上がる瑞鳳。
・・・・
柱島の船着き場。桟橋の前で乙川中将ら柱島の面々に別れを告げる神乃提督一行。
提督「お世話になりました。ゆるい雰囲気の中でも不思議な一体感のある、良い組織ですね。
上司と部下の関係を越えた、家族のような繋がりを感じさせるというか。
鎮守府の内に留まらず、本島の住民とまで親交があるなんて驚きました」
乙川「無駄足だったと言われなくて良かったよ。で、次はどこの鎮守府に行くんだい?」
提督「呉に行って、舞鶴、横須賀……の順で巡りますね。何か意図があるわけじゃなく、たまたま予定が取れた鎮守府がそこだったってだけなんですけど」
乙川「なるほど。大きい鎮守府だと結構客人が来てももてなす余裕がありそうだもんね。ウチは単に暇なだけだけども。
舞鶴に行く用事があるなら、秋月と涼金くんによろしく言っておいてくれないかな。あ、秋月っていう艦娘と、涼金凛斗っていう学生なんだけど。
ああそうだ、横須賀の春雨っていう艦娘にも挨拶しておいてくれたら嬉しいかな。柱島は相変わらずだって」
そう言って酒瓶や菓子類といった土産物をあれやこれや渡す乙川中将。
渡された荷物を両腕で抱えながら船に戻って行く神乃提督。
五月雨「お持ちしましょうか? 重くないですか」
提督「いや……気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ」
夕張「まあ、前科があるもんね……昨日だって突然提督を海に巴投げしてたじゃない」
五月雨「違いますよぉ……。砂浜に男女の幽霊がいてですね……急に隣から提督に話しかけられてビックリしちゃっただけなんです」
如月「きっと情死した男女の霊なのね。島を隔てた身分違いの恋、結ばれざる浮世への未練。ああ、運命とはなんて残酷なのでしょう」
提督「いや、確かに人の少ない島ではあるけど、幽霊と決めつけるのは早計なんじゃないかな……」
船に入っていくラバウルの艦娘たちを、苦笑を浮かべながら見送る乙川中将。瑞鳳も少し頬を赤く染めている。
瑞鶴「? どうしたの」 不思議そうな様子で乙川を見つめる
乙川「いやその……心当たりのある話をしているなと思って(お外でイチャつくのも考え物だねぇ……)」
899 :
【90/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 02:15:13.62 ID:EGTLO2bo0
呉鎮守府総司令室。神乃提督らが訪れる頃にはもう夜の帳が下りていた。
芯玄「……と、ここの説明はこんなもんだな。あとは演習とかで直接見てもらった方が分かりやすいかもしれん。技術の説明とかも長くなるから後日だな。
で……本来こんな話は直々にするもんじゃないんだ、オレも一応暇ではないしな。が、ラバウルの面々とその提督ってなると話は別だ」
五月雨「お久しぶりです。芯玄元帥!」
提督(推測するに、俺が着任する前のラバウル基地の提督だったのか?)
芯玄「元気そうで何よりだ。まああの頃はちっとまだ未熟だったが、オレもようやく丸くなったかな。
根っこの部分は変わっちゃいないが……前よりはぶっきらぼうじゃなくなっただろ? これでも大人になったつもりだぜ」
如月「そうね。でも、昔のギラついたような目で何かに飢えていた芯玄司令官も嫌いじゃなかったわよ」
夕張「にしても、呉の兵装データがタダで貰えるなんて願ってもないことだわ。あんなことやこんなことに、うふふふ……」
朝潮「なんというか……皆さん相変わらずですね。元気そうで何よりです」
・・・・
夜も遅いため他の艦娘は各々用意された部屋に向かったが、神乃提督だけは執務室に残っていた。
芯玄「残ってもらって悪ぃが。スケジュール的に直接話が出来そうなのも今日ぐらいしかないもんでな」
提督(元帥というだけあって多忙なんだろう)
芯玄「本題なんだが……お前は、本当にこの世界で生まれ育った人間なのか?」
提督「! ……それは、その。どういう意味でしょうか(なんと答えたらいいものか……)」
芯玄「ああいや、突拍子もないことを言って悪いな、お前のことを勘繰ったりしてるわけじゃねえ。
あいつらの懐きようを見てれば信用に足る奴だってのは解ってんだ。あいつらは皆お人よしで抜けてるところもあるが、人のことはしっかりと見てるからな」
芯玄「オレと朝潮はパラレルワールドで生まれたんだ。こことよく似た別の世界でな。だから……実を言うと“この世界の”五月雨や如月とはほとんど面識がない。
オレらがこの世界に居たという物的な証拠はないのに、他人の記憶や認識上ではオレ達が居ることがさも当たり前のようになっているんだ。都合良く、な」
芯玄「で、全く見覚えのない名前だったもんだから、つい気になってお前のことを調べてみたんだが……どうにもオレらと似たパターンらしいんでな。
出自不明、経歴も謎、どこかの軍学校を卒業してつい最近着任してきたってことらしいが、どこの卒業生名簿にもデータなしときた」
提督「お察しの通り、俺もここの人間ではありません。……ただ『別の世界から来た』というのも違うかもしれないと思っていて。
あの……これは話半分で聞いてもらって構いません。専門の知識もない半可通が考えた仮説ですから」
靴紐を解いて見せびらかす神乃提督。
提督「この紐の繊維が一つ一つがそれぞれの三次元空間。全てに時間が存在していて、過去から未来へ一方向に進んでいく。
この紐の繊維どれか一つに俺が生まれ育った場所があり、他方我々がいるこの場所も存在していると考えていただきたいのですが……」
提督「こうした紐繊維が束ねられて一本の紐が形成されています。これが世界の一単位。
ところで、もう一本の紐を用意しました。こちらを貴方がたが本来いた世界としましょう。
こちらとさっきの紐とで、一本一本の繊維の性質も、その束である紐としての性質も同じと言って差し支えないでしょう」
提督「紐であることは同じでも、限りなく似ているだけで同一の存在ではありませんね。さて。この紐の先端をつまみ上げて、水で濡らしてしまいます。
すると紐の下部までじょじょに水が浸透していくのですが……この説明は今は省きます。で、実際には靴の紐というのはこのようになっているのであって……」
革靴に乾いた紐と濡れた紐の二本を通す神乃提督。微妙にもたついている。
提督「えーっと、段取りが悪くてすみません。……このように、結び目で紐と紐とが接触しているでしょう。
すると、濡れた紐から乾いた紐の方にも水分が伝わっていき、湿ります。この、紐から紐へと移った水分子が貴方がただったのではないか?
……などという妄想です。根拠はありませんが」
提督「で、俺がここに来たのは、ある紐繊維から別の紐繊維への移動だったのかなと。その原理とかも謎ですけどね。
これならとりあえず辻褄は合うのかなと。紐というのは物の例えで、実際は前後左右上下に広がるセル郡とセル郡、って考えてますけども」
芯玄「ほう? 面白い解釈だな。真実がどうかはさておき、お前さんのいきさつはなんとなく理解できた。
どうにも別経由ってことらしいな。んじゃ、オレらの話も少ししようかな。オレと朝潮がこの世界にやってくるまでの話。……」
・・・・
提督「こんなところに居たんだ。もうすぐ昼餉だから探していたんだよ」
五月雨「ああ、ごめんなさい。なんだか不思議な景色で……ずっと眺めていたんです」
五月雨の視線の先には、枯れた向日葵が辺り一面に広がっていた。
呉鎮守府内のはずれにあるこの場所は、何にも使われていない土地を花畑として再利用したものだった。
見栄えのしない殺風景な眺めだったが、提督はその光景にどこか懐かしさを覚えていた。
提督「夏は燦燦と降り注ぐ太陽の日差しを浴びて咲き乱れていたのだろうが、今じゃ見る影もないね。
焼け焦げたように黒ずんで、俯いたままもう空を見上げることはない。……季節が過ぎれば詮無きことで」
五月雨「子供の頃のことを思い出していたんですか? まだユーゼンちゃんも居た頃の」
提督「うん。通学路の途中にあった向日葵畑がふと頭を過ぎったんだ。背の高い向日葵の花畑は、学校をサボった俺が隠れるのに最適でさ。
携帯ゲーム機を持って行って電池が切れるまで遊んでさ、その後は川や森に探検に出かけたり。……褒められたものじゃないけれど」
提督「楽しかったんだ、すごく。……それだけ」
900 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2018/01/07(日) 02:15:59.51 ID:EGTLO2bo0
一旦ねます・・・
901 :
【91/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 14:54:56.82 ID:EGTLO2bo0
五月雨「いつか……元の場所に戻らないといけなかったとしても」
提督「?」
胸に両手を当てて上目遣いで提督を見つめる五月雨。
五月雨「ここに居る間は、いっぱい楽しい思い出を残しましょうね」
済んだ冬晴れの青空と太陽の温もりを背に、無邪気にほほ笑む五月雨の姿が妙に印象に残ってしまって、言葉に詰まる提督。
そうだね、とだけ素っ気なく返して、五月雨を連れて施設に戻ろうとする。
提督(ここにずっと居るのも悪くないのかも、なんて……。それでもいいと思えてしまうなんて、どうかしてるな)
五月雨「本当は、ずっと一緒にここに居てくれたら良いんですけどね。……なんて♪ これは私のわがままです」
・・・・
朝潮「あら? 五月雨、どうしましたか。元帥に用件があるなら、お伝えしておきますが」
呉鎮守府にやって来て数日が経ったある日の夕方、五月雨は一人で総司令室を訪れた。
部屋では朝潮が椅子に座って書類の整理をしていた。
五月雨「いいえ。お夕飯までにちょっと暇な時間が出来ちゃったから、お話ししようと思って。邪魔でしたか?」
朝潮「そう。私も今日の仕事は済んでいるから、いいわ。紅茶でいいかしら?」
頷く五月雨。朝潮は給湯室へ向かうと、すぐに戻ってきてお盆を客人用テーブルの上に置く。
カステラの乗った皿と紅茶の入ったティーカップが二人分用意されていた。
五月雨「どうもこっちに来てからは暖かい飲み物が恋しくなりますね〜」
カップに口づけし、しみじみと安堵する五月雨。
朝潮「ラバウルから来たんじゃ無理もないわ。まだ冬の初めのはずなんだけど、寒い日が続くわね」
五月雨「実は朝潮には前から聞きそびれてたことがあったんですよね。芯玄元帥とどうやって親密になったのか、気になってまして。
提督と秘書艦って関係だし接点の多さで考えれば不思議というほどではないんですけど……。何の前触れもなく電撃結婚だったんで、すごいなあって」
朝潮「結婚したらすぐラバウルを離れちゃったから、確かにあまり話す機会は無かったわね。なんて説明したらいいのかしら……」
五月雨「元帥とのご結婚が決まった時、『突如現れたブルーホールに、異世界への入口が!』……みたいな話をしてませんでしたっけ。
ひょっとしてそれが関係しているのでしょうか。あの時は噂話だと思ってたんですけど、今になってみると本当にそういうのもあるかもって思えてきたんです」
五月雨の問いかけに少し驚いて、持ち上げかけたティーカップをソーサーに戻す朝潮。
朝潮「あれが夢だったのか、現実だったのか……今はもう本当のところは分かりませんが。そう。
あまり混乱させるようなこと言いたくはないんですが、私と司令官は別の世界を彷徨っていたんです」
五月雨「それは……なんだか素敵ですね。違う世界にトリップして、そこで二人だけの時間を過ごしたんですね」
朝潮「一言で説明するなら、運命? というものなんでしょうか……」
自分で言って恥ずかしくなったのか赤くなった顔を手で覆う朝潮。
覆い隠す左手の薬指には銀の指輪が煌めいていた。
五月雨「お似合いだと思いますよ。すごく。……運命、かあ」
五月雨は宙を見つめてぼんやりと呟いた。
五月雨「なんだか重たい言葉だなあ……って。私もロマンスとか好きで、運命や奇跡を信じたいって思うんです。
でもその一方で、幸せになれる人とそうはなれない人がいて……。そういうのが全部運命で決まっていたら嫌だなあとも思うんです」
窓から見える夕焼けの空を眺める朝潮。
朝潮「五月雨は……自分の幸せ、ひいては自分にとって大切な人たちの幸せのために、それ以外の人間を犠牲に出来ますか? 例えば、そうね。
自分や自分の周りの人たちだけは救われて幸せになるけれど、そうでない人たちは不幸になるとしたら……五月雨はそれでも幸せになりたいと思いますか?」
五月雨「……そういう幸せの在り方って、間違っていませんか。人から奪った幸せなんてきっと虚しいと思うもの。
少なくとも私は、誰かが悲しむ方法で自分の望みを叶えようとは思わないですね」
朝潮「五月雨ならそう言うと思いましたよ。そうでしょうね……。証明する術がないので信じてくれなくても構いませんが。
私、不老不死だったことがあるんです。以前の話で、今はもうその力を失ったんですけど。
自分と……あの人が永遠の命を持ち続ける代償として、他の全ては消え去ってしまう。そんな選択を迫られたことがありまして」
朝潮「私は……手放したくありませんでした。私にとっては、他の全てに勝って司令官が一番大切な存在ですから。
だけど。司令官は五月雨と同じ考えでした。その時に司令官が言ってくれた言葉が、私の胸の中にずっと残ってるんです」
『永遠に二人で時を過ごすことが出来れば、確かに幸せかもしれない。ここでこいつらの言う通りにすれば、オレはやがて老いさらばえて死ぬ。
だけど、それでもいいんだ。不幸も、いつか来る別れも、全部受け止めた上で、それでもオレは朝潮と一緒に居たい』
朝潮「人は幸せだけを追い求めてしまいがちだけれど、きっとそれだけじゃ心は満たされなくて。
不幸せにも意味があるのかなって……今はそう感じます。痛みを通じて糧になるなら、きっとそれも大事な経験だと思うんです」
朝潮「これが私なりの運命に対する解釈です。確かに重みのある言葉かもしれませんけど、恐れることはないんです。
それがプラスのものだったにせよ、マイナスだったにせよ、振り返って価値のあるものになるならそれでいいんだと思います」
902 :
【92/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 15:15:03.94 ID:EGTLO2bo0
大型ワゴン車に乗って舞鶴へと向かう神乃提督たち。「到着までに今から5時間弱かかる」と提督が告げると、みな観念したようにすぐ眠りに落ちてしまった。
提督「運転手を用意してもらうべきだったなぁ……。最後にハンドル握ってから何ヶ月ぶりになるだろう」
助手席の五月雨が、提督のこぼした独り言に反応する。
五月雨「代わってあげられたらいいんですけど、あいにく車の運転は苦手で……。こないだなんて海に突っ込んじゃったんですよ!
艦娘じゃなかったら危なかったなあ……。車はもうダメそうだったので、泣く泣く廃車しました。とほほ……」
提督「サラッととんでもないエピソードが飛び出してきたね……」
片手で缶コーヒー(微糖)をグイッと飲み干して、そのままハンドルに手を戻す提督。
提督「そういえば、五月雨は眠くないの? 他の皆は寝てるみたいだけど」
五月雨「到着するのが朝方だから、寝ておいた方がいいのは分かってるんですけど……なんだか眠れなくて。
そうだ、目を閉じて羊を数えてみましょうか。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、……羊が二十五匹、羊が二十六匹」
提督「ところで今、何時だっけ。確認してもらえるかな」
目を開けて車のナビに表示された時刻を確認する五月雨。
五月雨「えっと、ちょうど午前四時ですね。うぅーん……羊が四匹、羊が五匹……あれっ」
ふっふっふ、とほくそ笑む提督。
五月雨「もうっ、撹乱しないでくださいよ。……あの、提督?」
提督「なんだい?」
五月雨「提督にとっては、あんまり思い出したくないことだと思うんですけど……。働いてた時期は、今から振り返ってみてどう思いますか?」
提督「ンー、ヤな思い出ではあるね。憧れの会社だったんだけど、実際入ってみたらあんまり良い所ではなかったし。
でも、それも含めて自業自得だったかなって思うよ。あんまり内情知らないまま入社しちゃったのは俺の方だしね。
お金が稼げればなんでもいいやって投げやりな気持ちでエントリーしたらそのまま通っちゃって」
提督「まあ、働く環境が大事だってのは一つの大きな学びだね。俺には自分の人間性を切り売りする生き方は向いてないんだなあって思ったよ。
そういう意味では勉強になることも多かったし、全部が全部失敗だったってわけでもないかな。二度とやりたくはないけど」
五月雨「……本当に、ここにずっと残るつもりはありませんか?」
提督「ないね。第一に、俺に人の命は背負えない。戦争のことは歴史の授業で習ったよ。俺のひい爺ちゃんは戦争で死んだって話も聞かされた。
けど、それを踏まえても俺にとっちゃ実感がないんだ。だから背負えない。ここはゲームの中の世界で、俺にとっての現実じゃない」
提督「戦争の惨禍も、俺にとっては現実感のないファンタジーと一緒で、三国志のような遠い昔の出来事に感じるんだ。そんな奴は人の上に立つべきじゃない。
今は真似事のごっこ遊びをしているだけで……それがたまたま上手くいっているだけで、その重みに耐え切れなくなったらきっと逃げ出すさ」
小雨が降り始める。フロントガラス越しに届く街灯の明かりは水滴で滲んでふやけていく。
五月雨「ううん。……提督は、他人の痛みが分かる人です。人の辛さや苦しみが分かるからこそ、そうやって葛藤するんでしょう?
でも、それがきっと一番大切な資質だと思うんです。私は……いいえ、他の皆もそう。優秀な人の下に就きたいんじゃなくて、思い遣ってくれる人のために戦いたいんです」
五月雨「命を預けても後悔しない人が良いんです。私が沈んでしまっても、私の命は無駄じゃなかったって言ってくれる人と運命を共にしたいんです。
私との思い出を、大切にしてくれる人と一緒に居たいんです。……なんて言ったら、困りますか?」
提督はこの時、自分が人生の岐路に立たされていることを直感する。ハンドルを握る手に無意識のうちに力が入る。
提督(普段はまるで子供のようだが……やはり艦娘なんだな。兵器である以上、戦いの運命からは逃げられない。
だからこそ……自分の存在を肯定してくれる人間を求めるのか。使い捨ての道具としてではなく、生きた実存として認めてくれる人間を)
提督(だとしても……俺には荷が重過ぎる)
五月雨「なんだか急に暗い話になっちゃってごめんなさい。重い、ですよね……。私も普段は、もし自分が沈んだらなんて考えないようにしてるんですけど……。
運命とか、因果とか、よく分からないですけど……。そういう人には抗えない力があるとするなら、私は後悔しないように自分の気持ちを伝えたいって思うんです」
五月雨「天道さんがどういう道を選んでも、自分の意思で決めたのならそれが正しいんです。だから、私にはあまりとやかく言えないんですけど……。
でも、私は……天道さんには資格があるって感じるんです。私たちを導いていく、その資格が」
五月雨の耳に聞こえないように、提督はぼそりと呟いた。
提督「買いかぶりだよ」
・・・・
舞鶴鎮守府第四執務室。山城の肩に跨ってクリスマスツリーの飾りつけをしている窓位大将。
窓位「クッーリスマスがフフンフホニャラホホ〜♪」
山城「なんですかそのボヤけた歌詞は……」
窓位「いや、権利ある関係各所への配慮のためにね。……っていうわけじゃなくてうろ覚えなだけなんだけど」
山城「なに訳の分からないことを言ってるんですか」
扶桑「提督、山城。お客様がお見えになりました。いかがしましょう」 扉を開けて部屋に入る扶桑
903 :
【93/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 15:52:23.81 ID:EGTLO2bo0
山城「ねえさま〜!!」
扶桑の声を聞くやいなや目を輝かせて勢いよく反転する山城。
窓位「あっ! ちょっと、急に振り向くと……」
窓位大将の静止は山城の耳に入らず、山城の艤装がツリーの幹部分にぶつかる。ツリーはバランスを崩してそのまま二人めがけて倒れてしまう。
窓位「むぎゃっ!! いたたた……でも、この感じさえもはや懐かしいよ。都合してくれた蒔絵大将には感謝しないと」
扶桑「あら……なんてこと。今ツリーを退かしますから、少し辛抱していてくださいね。……って、ああっ!?」
扶桑がツリーを持ち上げようと力を入れると、ツリーの先端部分が蛍光灯に当たって割れてしまい、驚いてまたツリーを二人の上に落としてしまう。
窓位「ぐえー」
扶桑「ああっ、ごめんなさい! ええっと……暗くてよく見えないわね」
提督「なんかすごい音がしてたけど……失礼しまーす」
神乃提督がおそるおそる扉を開けると、そこには暗い部屋の中でツリーに押し潰されている二人と扶桑の姿があった。
提督「これは……謀反でも起きたんですかね」
・・・・
窓位「あたた……すまないね。いきなりこんな情けない姿を見せてしまうとは。ボクは窓位。さっき倒れてたのが山城で、こっちが扶桑。よろしくね」
提督「神乃です。お世話になります(子供の提督? そういうのもあるのか)」
背伸びしてツリーの天辺に腕を伸ばす扶桑。手には星型の飾りが握られている。
扶桑「ううん……もうちょっとで届きそうなんだけど」
山城「姉さま! 頑張って。あと少しです!」
窓位「……挨拶したばかりで済まないんだけど、ちょっと作戦会議に出なきゃいけなくてね。悪いんだけど、部屋で過ごしていてもらえると助かるな。
えっと……今非番なのは吹雪がいるか。あっ、ちょうど良い所に。おーい。お客さんに部屋の案内を頼みたいんだけど、いいかな」
開いたままの扉から偶然吹雪が通りかかるのを見かけた窓位大将は、彼女に声をかけて呼び止めた。
吹雪「はい。お任せください……って、舞風?」
舞風「んにゃ。おおっ! ブッキー、久しぶりじゃーん」
提督「知り合い? 随分仲良さそうだけど」
舞風「ノンノン! そんなドライな関係じゃなくて、マブのダチですよ。えーっと、十四年? 十五? そのぐらい前に私もここ舞鶴鎮守府に所属してまして。
なんでかあの頃のことを思い出そうとすると、何かを忘れてるような感じがするんだけどね〜……。物忘れなんて滅多にしないはずなんだけどなあ」
提督「大丈夫だよ。俺も小学校の頃の担任の名前とか覚えてないしね」
五月雨(それはロクに通ってなかったから覚えてないだけなのでは……)
吹雪「こんな形で会うなんて、奇遇ですね! 元気にしてましたか? って、あ……そうだ。部屋の案内を頼まれていたんでした。えっと、場所は一階なんですけど……」
吹雪は神乃提督たちを連れて執務室を出ていった。
窓位「さて! ボクたちもそろそろ行こうか? ……って、一体全体どうしたの?」
ツリーにモールで括りつけられている山城。直立のまま両手を広げていて磔にされているようだった。
山城「うう……どうして……? 私はただツリーを飾りつけしようとしただけなのに……」
窓位「今解くから、ちょっと待って。あ、いや、動かないで。そう、そう、落ち着いて……腕をゆっくり! ゆっくり降ろして……。
艤装があるからね、注意して。そう、いいよ。それでいい……」
獰猛な獣を宥めるように、ジェスチャー混じりに少しずつ山城を誘導する窓位大将。
窓位「ほらっ! よく出来ました。行こっ」
山城「手なんて握らなくても、自分で歩けますから。……もう」
口ではそう言いながらも、差し出された手を拒まずに優しく握る山城。
山城の頬がうっすらと赤く染まっている様子を見て、扶桑は静かに微笑んでいた。
・・・・
吹雪からの案内を受けてそれぞれの部屋に荷物を置いた後、客間で寛ぎながら談笑する一同。
五月雨「クリスマスかあ……。ラバウルに帰ったら、私たちもツリーを飾ってみましょうか」
如月「いいわね〜。ケーキをお腹いっぱい食べて、キャンドルを灯して、まだ見ぬ素敵なダーリンと夜が明けるまでお話して、手を繋いで一緒に眠るの……」
夕張「いやいや、皆で過ごす話だからこれ。妄想し過ぎだから」
904 :
【94/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 16:21:23.85 ID:EGTLO2bo0
五月雨「そういえば、さっき扶桑さんと山城さんが取りつけてた、ツリーのてっぺんにあるお星さまってなんて名前なんでしょうね」
提督「一般的に星のあれとして知られてるやつは、特にこれといった名前はないんだけど……強いて言うなら星型の飾りかな。
ただ、元ネタはあってね。“ベツレヘムの星”って言うんだけど。クリスマスがキリストの誕生を祝う日、っていうのは知ってるよね?」
問いかけに対し意外と反応が悪いことに困惑する提督を、夕張がフォローする。
夕張「私は知ってるけど……(漫画から得た知識)、他の子は知らないかもね」
提督「うーん、そうだな。お釈迦様みたいな? ……とか、本当は簡単な言葉で説明すべきでもないんだけどな、ん〜。
いやでも、クリスマスって本来キリスト教の祭りだからなあ。原義を知らずに祝うのも間違っているのではないだろうか。
そうなると……一から教えることになってしまうが、俺も信仰しているわけではないからなあ。どうしたもんか」
夕張「まあ、アレよね。すっごく昔に生まれた偉い人、みたいな」
提督「ものすご〜くざっくり説明するとそうなるね。偉いっていうより……まあここでは省くけど、興味があったら今度教えるよ。
クリスマスってのは本来、そのキリストさんが生まれたことをお祝いする日なんだよ。で、ツリーの星についての話に戻るんだけど」
提督「キリストさんが誕生した直後、西の空に誰も見たことないようなお星様が輝いていたんだってさ。
それを見た“東方の三賢者”なんていう大層な肩書きの三人組は、お星様に導かれてキリストさんの所まで辿り着き、生まれたことを祝福したんだって。
で、その生まれ故郷の名前がベツレヘム。ツリーの頂上に飾る星はこれに因んだものなんだよ」
紙芝居を読み聞かせるような調子で説明する提督。
夕張「へぇ〜……。提督、あなた妙なところで博識なのね」
提督「ふっふ。趣味さ」
・・・・
その日の打ち合わせが全て終わってしまい、暇を潰すべく散歩していた提督。
朝は比較的太陽が照っていたが、昼を過ぎる頃には曇り空に変わっていて、乾いた風が吹いている。
提督は両手をコートのポケットに突っ込んだまま歩き、五月雨はそれを見て行儀が悪いと思いながらも指摘はせずに並んで歩く。
提督「なんだ……ここは」
五月雨「一見すると公園、のようですが……」
仮にも軍の私有地にも関わらずブランコやシーソー、雲梯や砂場のある公園を二人は発見する。
提督「なるほど。敷地が広いとこういう使い方もありなんだな。ちょっと遊んでいこうか」
五月雨「いいですね。私、公園で遊ぶのって初めてなんです! どれから遊ぼうかな〜……あ、この遊具ってなんですか?」
提督「これは回転式のジャングルジムだね。登ったりぶら下がったりして遊ぶんだ。ほら、掴んで登ってごらん」
スイスイと金属のパイプを掴んでよじ登り、すぐに頂上まで辿り着く五月雨。
五月雨「おぉ〜……言われてみれば、そこはかとなくジャングルな感じがします」
提督「で、こんな風に回して遊ぶ」
五月雨「へっ? ……きゃ〜!」
五月雨が悲鳴のような声を上げているが、これはどちらかと言えば歓喜の興奮によるものだった。
ジャングルジムはグルングルンと勢いよく回転し、動きが止まれば「もう一回! もう一回!」と五月雨が提督にせがむ。
提督「もういいかな……回すの疲れちゃった」
五月雨「え〜! そんなぁ……。じゃあ、今度は私が提督のことを回してあげますね♪」
提督「(経験上なんとなく嫌な予感がするな……)う〜ん、遠慮しておこうかな」 音を立てず後ずさりする
五月雨「まあまあそう言わず。ほら、入って入って。行きますよ〜……」
半ば強引に提督をジャングルジムに押し込めると、五月雨は金属パイプが千切れんばかりの怪力で高速回転を起こす。
提督「うおおおおっ!? 予想してたけどぉぉぉおおお!!」
回転が止まった後、提督は床を這うようにしてジャングルジムから脱出し、そのまま土の上で仰向けに倒れてしまう。
五月雨「楽しかったですか? 思いっきり回してみたんですけど」
提督「死……死……しぬ……」
陸の上に打ち上げられた小魚のように小さく震えている提督。どうにも失神一歩手前だったらしい。
・・・・
五月雨「さっきは本っ当にごめんなさい! 初めての体験ではしゃいじゃって……」
提督「いや、いいよ。楽しんでもらえたなら何よりだ」
二人はベンチに座っていた。遊具で遊んでいた時は体が温まっていたから平気だったものの、この日は風が強く冷え込む日だった。
急に寒さを感じた二人は身を寄せ合ってなるべく熱が逃げないようにしている。
905 :
【95/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 16:52:59.17 ID:EGTLO2bo0
提督「そろそろ帰ろうか。寒いしね」
ふと五月雨が空を見上げると、白く柔らかな雪が降り始める。
五月雨「あ……雪、ですね。もうちょっとだけこうしていて良いですか?」
提督「いいよ。雪を生で見たのも初めてなんだろう」
五月雨「はい。あの……寒いでしょう? これ、一緒に巻いたらあったかいですよ」
自分が巻いているベージュのマフラーを、二人で巻けるように提督の首に回す。
提督「なんだか照れくさいなあ。でも、ありがとう。温かいよ」
風の勢いが少し弱まって、はらはらと落ちていく粉雪。二人の白い吐息がふわふわと空を漂う。
五月雨「なんとなく皆には内緒にしておこうと思ったんですけど……。前に提督が言ってた、ベツレヘムの星を……見たことがあるかもしれないんです」
ぽつりと前触れもなく五月雨がこぼす。知的好奇心をそそられたのか、興味ありげな様子の提督。
提督「へぇ〜! 諸説あるみたいで、星の正体が何かは今でも分かってないそうだけど……どんな星を見たの?」
五月雨「その日はたまたま一人で過ごしていたんですけど……夜なのに虹が出ていて、とっても素敵な景色だったんです。
こんな偶然滅多にないからってずっと眺めていたら、西の空に昇ったお月様の傍を、かするようにして流れ星が通り過ぎるのを見たんです」
五月雨「私、お願い事をすることすら忘れちゃって、見惚れていたんです」
珍しくおずおずとした喋り口調の五月雨に違和感を覚えながらも質問する提督。
提督「その流れ星は、白い尾を引いていたものではなかったのかい? それか、火の玉のように明るいものだった? 他に特徴はあるかな」
五月雨「彗星ではなかったです。火の玉ってほどじゃなかったですけど……月の次ぐらいに明るかったですね。形も不思議で。バッテンと十字を重ねたみたいな……」
提督「おお……それ、ひょっとすると本物かもしれないね。ベツレヘムの星っていうのは八芒星なんだ。
普通は星がそんな見え方をすることはないはずなんだけどね。それに、そんなに明るい流れ星があったらニュースにもなってそうだけど……」
五月雨「夜に虹を見たなんて話も、米印の流れ星を見たっていう話も、誰からも聞いたことないんですよね。現地のニュースにもなっていなかったと思います。
……この星を見た後に、私は提督のことを夢で見るようになったんです。だから、私はこれを予兆だったんだなって思って」
提督「予兆?」
五月雨の方を見つめて不思議そうに尋ねる提督。五月雨は提督の方に振り向くことはなく、ただ雪の降る空をじっと見ていた。
五月雨「夢の中で提督をずっと見ていて……ダメな所とかカッコ悪い所もあるけれど、それを踏まえても尊敬できる人だなって感じたんです。
宗教の話とかはよく分かんないですけど……。前も言ったみたいに、提督みたいな人にだったら……自分の運命を委ねてもいいと思えたんです」
空を切るような歯擦音混じりの溜息を吐き、湿っていく地面を見下ろす提督。吐いた息は雪に紛れるようにすぐに消えてしまった。
提督「自分の運命なんて大事なものを他人に委ねるもんじゃないさ。……それじゃあまるで、俺は悪魔みたいな存在じゃないか。
いいかい。俺は俺で、君は君だ。俺は……例えそれが人間社会の正しいあり方だったとしても、人から何かを奪う人間にはなりたくないんだ」
寒さのせいなのか本心の言葉だったからなのか、声が震える理由は提督自身にも分からなかった。
ただ、意図せず五月雨のことを突き放すような言葉が口から零れたことに、心臓が冷たくなるような感覚がした。
五月雨「ううん、提督は悪魔なんかじゃないですよ。だって……」
凍りついたように冷たくなった提督の手を取って、包み込むように自分の両手で温める五月雨。
五月雨「提督といると……胸の内が熱くなって、こんなに体がぽかぽかするんですもの」
赤ら顔で微笑みを向ける五月雨を見つめ返そうとした提督だが、数秒と持たず俯いてしまう。
表情を五月雨の側からは伺うことは出来なかったが、頬が薄い紅色に変わっていくのが分かった。
五月雨「おかしいですよね。最初は憧れや興味だけで会ってみたいって気持ちだけだったのに……。
いざこうして一緒に時間を過ごしていたら、それ以外の気持ちで心がいっぱいになっちゃったんです」
提督「五月雨、俺は……。……ずっとここには残れないよ」
五月雨「ええ。無理矢理連れ出した私に『行かないで』なんて言えませんから。提督がどういう選択を取ってもいいんです。
その時が来たら、お別れでも……。残念ですけど、仕方ないって納得できます。ただ、私はそれでも伝えたかったんです」
それは、五月雨自身この時になるまで自覚していなかった感情だった。
心臓の鼓動が高まって、息が詰まりそうになる。
寒さなんて気にならなくなるほどに、身体中から熱を感じる。
五月雨「提督のことが……大好きです、って」
不思議と熱は収まらず、それどころか更に高まっていくような錯覚を覚える。
ただ、緊張から解放されたのか胸の鼓動は少しだけ落ち着いていく。
安らぎと高揚が入り混じった不思議な心境だったが、それすらも五月雨には心地よいものに感じられた。
五月雨「えへへ……ついに、言っちゃいました。伝えられてよかったです。部屋に帰りましょうか。もし良かったら……手を繋いで」
ベンチから立ち上がった五月雨は、提督に向かって手を差し伸べる。
提督はその手を取り並んで歩き出した。
906 :
【96/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:20:40.36 ID:EGTLO2bo0
舞鶴鎮守府を発つ日が間近に迫ったある日、提督は荷支度をしていたが、ある問題に直面していた。
提督「荷物が多すぎるんだよねこれ……。設計図とか資料とかだけ予め鎮守府に送っちゃいたいんだよなあ。
俺が居ない間に執務をやってもらってる大淀の助けにもなるだろうし……」
五月雨「そうですね……。役に立ちそうなものをなんでもかんでも貰って回ってたら収集つかなくなっちゃいましたね」
二人が顔を見合わせてどうしようかと考え込んでいると、バタンと扉が開く音とともに、とてとてと裸足の艦娘たちが乱入してくる。
伊401「段ボールだらけですね〜……これは確かに窓位提督の言っていた通りかも」
伊168「これからラバウル方面に出撃するの。ついでだから運んでいっちゃおうと思って。
あ、私たちは潜水艦なんだけど……荷物まではびしょ濡れにならないから安心してね」
伊14「よぉーし。じゃんじゃん持って行っちゃお? あ、他に持っていって欲しい資料とかあったら今のうちに用意しちゃいなよ?
資料室には結構参考になる本とかあると思うし、見てきたら? それも一緒に持ってってあげるから」
ドタドタと部屋を歩き回る潜水艦たちに追い出される形で提督は資料室を訪れた。
提督(資料といっても辞典や図鑑よりも分厚いからね。持って行ってくれるのは助かるんだけど……なんていうかその。
スク水を着た少女が部屋を歩き回ってるってのはなかなか異様な光景になるんだなあ)
部屋のどこからか話し声がするようだ。
??「私が思うに……“後ろの正面”とは、自分自身を指しているのだろう。ここも解釈が複数取れる箇所ではあるが……。
自身の肉体から離脱した魂は、己という存在と真に同一なのか……と。まあこれも今となっては真実を知る術はないんだろうが」
若い少年の声だった。ただ、窓位提督のものとも声質が微妙に違っていた。
??「我々が世界と思い込んでいるものは、人間の認識によって成り立っている。だが、実際は異なる。
人間の認識の上では、不可視非実体だったとしても……完全な無であるとは言い切れない」
??「月は人を狂わせる……その俗説を信じるならば。
己の存在を自分自身で認識できなくなり、消滅するという災厄を告げているのかもしれないな。
あの歌と例の一件との相関は、こんなところだと思っている」
??「色は空、空は色……畢竟個々人の認識次第で世界は形を変えるのだろう。……おや、初めまして」
神乃提督の気配に気づくと、少年はパタンと本を閉じて立ち上がり、恭しく敬礼する。
見た目は十歳以下といったところだが、白煙のような髪の色と落ち着き払った態度はとても子供のものとは思えなかった。
彼の隣の席には秋月という艦娘が座っていた。
涼金「私の名は涼金凛斗。窓位提督と違って見た目通りの年齢だ。少しわけありで鎮守府内をうろついているが、あまり気にせんでくれ」
提督(気にしないでくれって言われても、厨二センサーにビンビン引っかかる話題だったからすごい気になるんだよな〜……)
涼金という名前を聞いて、思い出したように口を開く提督。
提督「涼金……そうだ。柱島泊地の乙川中将って方から言伝をもらっていて。
『便りのないのはよい便りと言うけれど、たまには遊びに帰っておいで』だそうで。あ、俺の名前は神乃っていうんだけど」
秋月「乙川中将が? わざわざ伝えてくれてありがとうございます。
凛斗さん。冬休みはいつぐらいから始まるんでしたっけ。年末年始は柱島に帰って過ごしませんか?」
涼金「うろ覚えだが、遅くとも二十三だか四だかには。そうだな。半年ほど過ごして感じたが、あそこはとても居心地がいい」
秋月「秋月にとって、あそこは故郷のようなものですから。ここも過ごしやすくはあるんですけどね」
涼金「にしても……便宜上それが必要なのは理解しているが、この歳で小学校に通うというのはどうにも不服だな。
……っと、話し込んでしまって済まない。他に何か用件か?」
提督「さっき話してたことが気にな……」
舞風「おーい、て〜とくぅ! 明日の出発について聞きたいんだけど〜……って、おろ」
部屋に入ってきた舞風の声で提督の発言は掻き消されてしまう。
舞風「お? 秋月発見! これまた懐かしい顔に会ったねえ〜……どう? 元気してた?」
秋月「はい! お久しぶりですね。また会えて嬉しいです」
少年と目が合って不思議そうな顔をする舞風。
涼金(まさか吹雪だけでなく舞風にも会えるとはな……。秋月のことは覚えていても私のことは忘れたようだが、元気そうで良かったな)
舞風「んにゃ。そこの少年……さてはどっかで会ったことある? なわけないか。けど、その見た目で白髪なんてどうしたの?
意外と苦労人さんなのかな〜? どれ、お姉さんがナデナデしてしんぜよう」
強引に少年の頭を撫でる舞風。
涼金「う〜……鬱陶しい、やめないか。秋月もニコニコ笑っていないで止めたらどうだ」
提督(うーん、さっきの話が気になるんだけどなあ……)
結局、神乃提督は涼金少年から話を聞き出すことが出来ないまま横須賀へ向かうこととなった。
907 :
【97/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:48:59.49 ID:EGTLO2bo0
神乃提督たちが横須賀に着いた日は、大気が激しく冷え込んだ大雪の日だった。
外に出ることはおろか廊下を出歩くことさえ憚られるほど寒い気温の中、一行は第二執務室に案内された。
蒔絵「ようこそ。こんなに寒い日に働くなんて馬鹿げていますからね。今日の仕事はお休みです。
代わりと言ってはなんですが……一杯どうでしょう? お代は貰いませんからご安心を。趣味の一環です」
提督、五月雨、夕張、舞風、如月の順でバーカウンター前の椅子に横並びで座っている。
暖炉からパチパチと薪の燃える音がする。壁面には絵画がいくつか飾られていた。
どれも写実的ながらどこか幻想的な雰囲気を醸し出している風景画で、神乃提督たちの目を惹いた。
提督「人数が人数なんで、お任せで。飲めない人は居ないからその点は大丈夫です」
蒔絵「畏まりました。随分遠くから来たそうですね。ラバウルから来て、柱島・呉・舞鶴……で、ここと。長旅で疲れたでしょう」
舞風「正直ここが最後でほっとしたよね……。これ以上はもう回れそうもないかも……」
蒔絵「もしよかったら、温泉で旅の疲れを取ると良いでしょう。岩盤をぶち抜いて無理矢理作った大浴場がありましてね」
夕張「随分物騒なやり方なのね……。壁に掛かっている絵は誰が描いたものなのかしら? どれもすごく綺麗だけど」
五月雨「私はあの絵が好きですね。夕焼け空に桜の花が舞っているあの絵です」 絵を指さす
蒔絵「ああ……全部自分が描いたものです。現実の景色でありながら、どこか現実離れした感覚にさせられる……。
そんな虚実皮膜の色彩や情景を描くのが好きでして。これも趣味の一つなんですけど」
如月「趣味にしておくのは勿体ないぐらい良い絵だと思うんですけどね……。個展とかは開かれないんですか?」
蒔絵「今のところはないですね。鎮守府の内輪ノリでちょこちょこやってはいますが……まあ、気になるようでしたらアトリエの部屋も明日紹介しましょうか」
提督「是非お願いしたいですね。視察そっちのけになっちゃいそうですが」
蒔絵「ははは。……さて、春雨。用意を」
蒔絵大将が呼びかけると、メイド服を着た春雨がトレイに乗ったカクテルを配って回る。
・・・・
提督「うーん、俺以外みんな寝落ちしてしまうとは……。俺ももう一杯貰ったら寝よう。ボヘミアン・ドリームを」
カウンター前には提督と五月雨だけが座っていて、五月雨はくぅくぅと寝息を立てている。
蒔絵「随分飲まれますね。お酒は得意な方で?」
提督「ああいや……そうでもないんだけど、ちょっと悩み事があって。……って、いけない。上官相手にタメ口を……」
蒔絵「いいですよ。今は気にしないでください。それより、悩みとは?」
提督「森鴎外の『舞姫』はご存知ですか? まあ……概ねあれと同じです。一時の感情と、現実との狭間で揺れていまして。
元のあるべき場所へ帰るか、あるいは……といったところで。自分でも情けない男だと思いますよ、俺は」
提督「親父の保険金で経済的には困ってないんだろうが……お袋は脚が不自由で買い物にも難儀してるんだ。
いずれはボケて入院もするかもしれない。そう考えたら、ここに残るのは無責任なのかもな……って。
向こうに居た時はろくすっぽ相手にしていなかったのにな。人でなしが今更何を……とは自分でも思うが」
蒔絵大将は、敢えて口を挟まずにどこまで吐き出すか経過を観察していることにした。
提督「あの……酔っ払いの戯言だと思ってもらって構わないんですけど。
ここは俺にとって、すごく居心地がよくて、何不自由なく生きていける場所なんです。でも……ここはあくまで幻想の中。
俺にとっての現実は……外で吹雪いている大雪よりも寒く、孤独で、息苦しい」
提督「誰一人として、本当の心で人間と向き合うことが出来ない。前提に疑念があって……それを持たない人間は騙される。
建前・虚飾・お為ごかし……そんなことばかりだ。耳触りの良い言葉は全部嘘で、口汚い罵声や憎悪の中で生まれる言葉だけが真実。
何のためかも分からずに金を稼いで、何も成せずに時が過ぎる……地獄の底だ。それでも俺は……あちら側の人間だ」
神乃提督の目は既に虚ろで、視点が定まっていなかった。だが、その眼にはどことなく力が宿っているようにも見られた。
普段の声のトーンよりも低めの、少し擦れたハスキーな声で語る神乃提督。
提督「普通に考えればここに残った方がいい。そんなことは分かっているんだ。ただ……。
俺の生まれた側に、隣にいる五月雨のような人間が生まれていたら……きっと踏み躙られていたんだろうと思うよ。
その事を考えると無性に腹が立って許せなくなる。だからせめて……」
提督「少しでも……少しでも良い世の中にしたい。未来に生まれてきた世代に、業を背負わせないように。
もうこれ以上醜いものと対峙しなくても済むように。だから帰るんだ。俺に何が出来るのかは分からないが……それでも」
それからしばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、突っ伏して眠りに落ちてしまう。
蒔絵「……抱えている闇が深いようですねぇ。他人事だからどうとも言えませんが。後で二人を寝室に運んであげましょう。今日は店じまいですね」
二人にブランケットをかける蒔絵大将。
春雨「私は……自分の心に正直になった方が良いと思うんですけどね。理想や使命感で押し固めても、結局のところ本心には勝てませんから。
……にしても、不思議な感じがしますね。向こうの世界の五月雨とは面識があるのに、こっちの世界の五月雨とは面識がないから」
蒔絵「春雨は……いいえ、聞くのは野暮ですね。選んだ結果、ここに居るんでしょうから」
908 :
【98/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:12:04.32 ID:EGTLO2bo0
春雨「どっちが真実で、どっちが嘘かなんて関係なくて……自分の心が信じる道を進めばいいと思うんです。
それが後から振り返って間違っていたとしても、自分の決めた選択なら後悔はしないと思うんです」
春雨「春雨にとっては……最終的に、司令官の居る場所が正解だったんです。間違いだらけの道だったかもしれないですけど……。
最後に辿り着いたのが、司令官の隣だったんだと思います。迷ったり間違ったりしたからこそ、今の幸せがあるのかな、って」
蒔絵「振った自分が悪いとは思いますが、重たい話はやめましょうか。辛気臭いですからねぇ。
いや〜……それにしても春雨のメイド衣装は似合ってますねぇ。眼福ですよ。お酒のつまみにちょうどいい」
神乃提督が飲み残したボヘミアン・ドリームを一気飲みすると、春雨が自分の方を観察するように見ていたことに気づく蒔絵大将。
蒔絵「ん? どうしたんでしょう」
春雨「他の子には内緒にしておいて欲しいんですけど……。実は私、喉仏フェチなんですよね。出っ張ってるのがイイ、っていうか……」
蒔絵「んー……それはちょっと分かんないな。まあ気に入ってもらえてるようなら良いんですけども」
喋りながら片づけを進める二人。阿吽の呼吸で作業は進んでいき、十分もすると洗い物や掃除も終わってしまった。
・・・・
明朝。辺り一面雪まみれで、鎮守府内のどこに向かおうとしても雪に足を取られてしまう。
提督「昨日は酔った勢いで管を巻いてしまって……申し訳ありません。どうにも少し度が過ぎたなと……」
蒔絵「いえいえ、全然平気ですって。それより、雪かきを手伝ってもらえませんか?
工廠やドッグへの道が雪で埋もれてしまいまして、案内しようにも出来ないのですよ」
提督「あ、はい。もちろん」
蒔絵「じゃあ、我々はこっちの方をやるので……夕張さん、如月さん、舞風さんのお三方にはあちらを。
神乃提督と五月雨さんにはあの辺をやってもらいましょうか。お願いしますね」
・・・・
提督「いや〜……本当に寒いね。夜になったら温泉があるって考えたら頑張る気になれるけど。
ハハ……たった二週間弱の出来事で、もうすぐ慣れ親しんだラバウルに帰れるはずなのにさ。なんだかすごく長い間旅をしていた気分だよ」
提督「帰ったらすぐにクリスマスかな。灼熱の太陽の下でクリスマスなんて全然想像つかないけど。皆とお祝い出来たら楽しいだろうなあって思うよ」
和やかな提督の語調に対して、少し陰りのある顔つきの五月雨。
五月雨「提督……あの。……もうすぐ、タイムリミットだって言ったらどうしますか?」
提督「え……? それってどういうことかな? 戻る方法はまだ見つかってないんじゃなかったっけ」
五月雨「提督は一度、帰れるチャンスがあったはずですよね? でも……そうはしなかった。それだけ現実の世界に戻るのが嫌だったんですよね」
提督「黙っていたけど……そうだよ。あの時はそうだ」
五月雨「あの晩の後も、何度か扉は用意されていたんです。扉の現れる晩の兆しは、なんとなく事前に感じるんです。
これまでは帰って欲しくないから言わなかったんですけど。けれど……そういうわけにも行かなくなってしまいました」
五月雨「五日後です。ちょうどラバウルに戻って一日目の夜になるでしょうか。……それが最後のチャンスです。
それを逃したらもう戻ることは出来ないし、戻ったら最後、もうここには来れなくなってしまうでしょう」
提督「そう……。……本当に、選ぶしかないんだね」
五月雨「やっぱり、提督を連れてきたのは無理があったみたいで……二つに一つ、しかないんです」
スコップをその場に突き刺すと、退かした雪山の上に座ってうなだれる提督。
提督「そっか……そうだよな。気づかないフリをしていただけで、俺自身そんな予感がしていたよ。
いつまでもこうしちゃいられないってな。楽しい夢も、いつかは醒める……」
提督「分かっていたよ。分かっていた……」
深く、深く、大きな溜息を一度吐いてから、意を決したように姿勢よく腰を上げて、五月雨と向かい合う。
提督「五月雨が……現実から連れ出してくれて、本当に良かった。こんなに楽しい数ヶ月間は今まで無かった。
五月雨と出会えて良かった。……ラバウルの皆や、他の鎮守府の人たちと会えて良かった。ありがとう……。本当に、ありがとう」
提督「それでも……やっぱり俺は戻るよ。ここよりは綺麗な世界じゃないかもしれないけれど。
人の心は汚れているかもしれないけれど。……それでも、何もかも悪いことばかりじゃないからさ」
提督「ここで過ごした思い出があれば、頑張れそうな気がするから。少しずつ心に種を撒くんだ……それが実るように。
利益とか、評判とか、そういうもののためじゃなく……人の心を絶やさないために」
五月雨「そう、ですよね……。うん! 提督がそうなら、それでいいんです。
提督の気持ちが聞けて良かったです。五月雨も、応援してます。提督のこと……ずっと」
提督のことを真っすぐ見つめて、にこっと笑う五月雨。いつもと同じ明るい笑顔。
笑顔の裏で悲しんでいるんだろうとは思いながらも、提督はそれに気づかないフリをして「ありがとう」と言った。
909 :
【99/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:38:07.36 ID:EGTLO2bo0
ラバウルに着いた提督は、旅の荷物の整理を終えると、自分が居なかった間の鎮守府の様子を大淀から聞いていた。
執務室はクリスマス支度の最中なようで、壁や置物にところどころ布が被されていた。
提督「そっか。問題なさそうで良かったよ」
大淀「ええ。敵の強襲なども特になく、穏当に過ごすことが出来ました」
提督(帰って早々、今夜でお別れなんだよな〜……) やや落ち着かない様子で聞いている
大淀「で、報告は終わりなのですが……」
大淀がパッと布を引っ張ると、豪華な飾りつけのツリーや料理の乗ったテーブルが露わになった。
扉の前で待機していた艦娘たちが執務室に入ってきた。
天津風「お帰りなさい。少し早いけど、退職祝いってとこかしら。五月雨から話は聞いてるわ」
クラッカーの音とともに紙吹雪が部屋中に舞い散った。
如月「クリスマスを一緒に過ごせないのは残念だけど……ここでまとめてお祝いしてしまえばいいわよね? ってね」
弥生「五月雨から話を聞いて……提督に感謝の気持ちを伝えたい、って私たちに何が出来るか考えてみたんです」
提督「ありがとう。あー……ちょっと、嬉しすぎて泣きそう。ところで、五月雨は?」
廊下を駆ける音がする。五月雨の足音のようだった。
五月雨「お待たせしましたぁ〜! なんとか間に合ったみたいで良かったです」
息を切らせているエプロン姿の五月雨。エプロンにはクリームや果汁の跡がついていて、ついさっきまで格闘していたことが伺える。
彼女が両手に持っているトレイの上には、ホールのショートケーキが乗っていた。
夕張「まさか当日に即席で用意することになるとは思わなかったけど……。横須賀で間宮さんから借りたレシピが役立ったわね。
スポンジのふわふわ感からクリームの甘味に至るまで、何から何まで計算ずくのショートケーキよ」
五月雨「五月雨、頑張って作りました。ふにゃっ!?」
提督にケーキを見せようと近づいた拍子に、足元に置かれたプレゼント箱につまづいてしまう五月雨。
当然の物理法則かのようにケーキは宙を舞い、提督の顔面に直撃する。
咄嗟の出来事に驚いた提督だったが、「美味しい」の意を込めて親指を立てた。
・・・・
酒を呑み、食事を楽しみ、語らい、……どんちゃん騒ぎの夜を終えて。提督は五月雨の寝室を訪れた。
提督の後に続いて五月雨が部屋に入る。五月雨は思い出したかのようにケースに入ったDVDを提督に手渡した。
五月雨「まさかお別れの日にこれを渡すことになるとは思いませんでしたけど……帰ったら観てください」
五月雨はベッドの上で横になると布団を被った。提督はベッドに座ると外から見える夜空を眺めていた。
提督「ああ、ありがとう。それにしても……すごい恰好になってしまったな」
提督の恰好はスポーツキャップにサングラス、ネックレスに指輪と奇抜なものになっていた。
これらは「かさばる物や食べ物は持っていくのに難儀するだろうから」という艦娘たちの配慮によってプレゼントされたものだった。
五月雨「提督。……提督と一緒に過ごせて、楽しかったですよ」
提督「俺もだ」
五月雨「五月雨は……提督のこと。大好きですよ」
長旅の疲れが溜まっている中、ラバウルに着いたら朝からケーキ作りをし、そこから夜までパーティーを楽しんでいた五月雨。
出来るだけ長く提督とこの時間を一緒に過ごしたいとは思うものの、睡魔には抗えず五分と持たず眠りに落ちてしまう。
提督(『俺もだよ』……なんて、言うわけにもいかないしなあ)
提督「さようなら。ありがとう」
提督は、眠る五月雨の頬にそっとキスをすると、現れた扉を押し開けて中に消えて行った。
・・・・
神乃「はぁ〜あ。帰ってきてしまったな」
侘びしさの漂う静かな部屋。一人暮らし用の、執務室よりもはるかに狭い部屋であるにも関わらず、神乃にはひどく広い空間に感じられた。
スマートフォンを充電して日付を確認すると、五月雨たちと過ごしていた数ヶ月分の時間が経過していたらしかった。
その間に着信があった履歴はなく、メールの類も届いていないようだ。
神乃「とりあえず掃除だな。それから、お袋に会いに行って、親父の墓参り。他のことはそれから考えよう」
五月雨と最初に会った時にこぼしたカップラーメンはそのまま放置されていて、乾いた麺のカスやスープのシミは床と一体化しているようだった。
神乃(こりゃ引っ越したら敷金は帰ってこないな……)
雑巾を濡らして床拭きをする。
引き籠もっている時はそんなことは微塵も思わなかったはずなのに、埃っぽい部屋だなあと神乃は感じていた。
910 :
【100/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:56:54.44 ID:EGTLO2bo0
上着をハンガーにかけて、ソファに腰かける神乃。就職面接の帰りだった。
電気ケトルのスイッチを入れ、コンビニで買ってきたカップラーメンを袋から取り出す。
神乃「まさかその場で採用されるなんてなぁ。ま……実際にこの目で見ても良いと環境だとは思った。ツイてる、と考えていいのかな」
神乃が受けた企業はコンシューマーゲームを作っている会社で、前職に比べれば給料は雀の涙に等しかった。
曰く「大コケしてソーシャルから撤退した」だそうで、ゲーム事業の規模は年々縮小していっているようだ。
神乃「思えば子供の頃からゲームっ子だったもんなあ。これも何かの因果というもんなのか」
面接では「田園風景や山村よりもむしろ16色のドット絵に懐かしさを感じる」「義務教育よりもゲームや漫画から学んだことの方が多い」
「ゲームに限らず遊びというのは現実逃避のための手段ではなく、こんなご時世でも希望や理想を描く意志を育むための救い」
と、常人からすれば社会不適合者の烙印を押されかねない問題発言を連発していた神乃であったが、それが逆に響いたのかその場で採用と相成った。
神乃「はあ。お袋も案外元気そうだったし……ようやくこっちでもなんとかやっていけそうだな」
カップラーメンを啜りながら、五月雨から渡されたDVDケースを手に取る神乃。観ようと思えばいつでも観れたのだが、なんとなく放置したまま一ヶ月が経過していた。
神乃「これ見たら絶対色々思い出すよな〜……。未練がましいけど、そう簡単に割り切れるもんでもないんだよなあ」
カップラーメンを置いて、アルコール度数の高い缶チューハイを冷蔵庫から取り出す。それをグビッと一口飲んでから、ディスクを再生機器に挿入した。
・・・・
観た。
映像の内容は、五月雨たちが鎮守府について自ら説明するというものだった。
ところどころ内輪ネタと思しき箇所があったり、原稿を読み上げながら自分で笑ってしまったりと、映像作品としては失格の出来なのだろう。
だが……それが愉快で面白くもあり、懐かしくもある。そして、もう決して手の届かない場所なのだと思うと、涙を堪えずにはいられなかった。
自分の選択に後悔はない。覚悟の上だった。しかし……もう一度彼女たちに会えたのなら、どれだけ心が満たされるだろう。
分かっていても、再会を願わずには居られなかった。それが何への祈りなのかは自分でも分からないが、祈らずには居られなかった。
・・・・
神乃が働き始めてから何ヶ月が経つ。途中参加ではあったものの、懸命に働いてプロジェクトに貢献していった。
人間関係も前職よりは円滑で、神乃自身、働き甲斐を感じていたようだった。
神乃「デバッグして欲しい? もうバグはあまり残ってないって言ってませんでしたっけ」
プログラマーの報告を聞きながらメモを取る神乃。
神乃「ふんふん。プログラム上設定していない位置に、存在しないはずの扉が見つかったと。で、その扉は決して開かず意図が分からない。
デバッガーからの報告を聞いてもあったり無かったりまちまちで出現条件が分からない……か。なるほど、演出周りの設定が何か悪さしてるんですかね」
神乃「なんにせよ、本当にそんなバグがあるのかどうかさえ疑問ですね。ちょっとオカルトめいてるし。分かった、調べてみます」
VRヘッドマウントディスプレイを装着して、開発中ソフトのデバッグを始める神乃。
このゲームは、異なる時代・舞台で展開するシナリオをそれぞれのキャラクターでロールプレイするという(どこかで聞いたことのある)内容のもので、
作中のアイデアは少なからず神乃が発案したものも含まれていた。
神乃「これは……」
見覚えのある扉だった。神乃が近づくと、扉が開いてそのまま中に吸い込まれてしまう。
・・・・
それは夢にまで見た景色だった。暑い太陽の熱気が身を包んで、それを和らげるように涼しい風が吹き抜けていく。
常夏の青い空に伸びる白い入道雲。ダイヤモンドのようにキラキラと光る海。澄んだ空気。そして……何より記憶に残っているのはこの執務室だった。
五月雨「提督! お帰りなさい……」
駆け寄って強く提督を抱き締める五月雨。戸惑いながら、その感触を確かめるように身を寄せる提督。
五月雨の、陽だまりのようなぽかぽかした温もりが伝わってくる。触れ合える。確かな実感がそこにあった。
五月雨「色んな人に協力してもらって……やっと完成したんです。提督が、私たちと会うための……。
そして私が、提督に会いにいくための扉です。次元の壁を超えるんです」
提督がやってきた扉は、消えることなく室内に残っていた。
提督「ずっと、望み続けてはいたけれど。まさか本当に会える日が来るなんて……。嬉しいよ、すごく」
五月雨「これからは、ずっと一緒にいられるんですよ。大丈夫です。まだ提督としての籍は残ってますから」
壁にかかっていた制帽を提督に渡す五月雨。提督はそれを受け取って被った。
提督「そっか。ああ、じゃあ……俺の気持ちを言ったことがなかったね」
五月雨は緊張とともに唾を飲み込んだ。なんだかいつになく真面目な表情をして提督をじっと見つめている。
提督「……もう躊躇わない。好きだよ、五月雨。ありがとう」
小さな体を抱き締める。五月雨の安堵した笑い声が聞こえる。何気ない、しかしそれでいてかけがえのない日々の記憶が蘇る。
現実も架空も関係なく、今まで五月雨と過ごしてきた日常は、自分の中で紛れもない真実だった。
提督は、この時になってようやくそれを悟ったのだった。
911 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2018/01/07(日) 18:58:02.24 ID:EGTLO2bo0
以上でございます。お付き合いありがとうございました。
最後なんで頑張ったつもりです。楽しんでもらえたなら幸いです。
めっちゃ時間がかかってしまってすみませんが、なんとか完結させることが出来てよかったです。
例によって下のやつはおまけです。
////チラシの裏////
あんまりイチャイチャしねえっすとかほざいてましたがウソになりましたすんません。
まあ最後だしこのぐらいはね……(?)
あえてタロットの話を書いてなかったんで最初にそれから入りますか。おまけ要素なんですけどね。
正位置:才能・可能性・創造性・スタート
逆位置:無気力・スランプ・非現実的・無計画
そんな意味合いを持つ魔術師のカードなのでした。
バックボーンとしては頷ける感じの話になりましたね。
【キャラなど】
・五月雨
五月雨提督って……偏見なんすけど、愛が深すぎるやばい人みたいなの多いじゃないですか
(馬鹿にしているのではなくリスペクトの意味で「やばい」と表記しています)。
そのお眼鏡にかなう出来のものが描けるのかな〜……みたいな不安があったんすけれども。
キャラ像的に、あんまり恋愛的な方向にグイグイ行く感じじゃないんでどうしようかとは思ったんですけど。
ただ、提督の手を引っ張って楽しそうな方向へあっちゃこっちゃ行くイメージは強かったので結構アグレッシブな感じになっています。
思ったことをストレートに伝えられる、子供の無邪気さみたいなとこが根幹にありますね。
・提督
尖ってますね。いろいろな厨二病患者をモデルにして生まれたキメラ的存在です。
単体だとこれまでで一番どうかしてるやつなんですけど、五月雨やラバウルの面々によって中和されている感じですね。
なんちゅうかこう……難儀な性格してますね。気難しい厨二病小僧が大人になるとこんなんなるんかなーみたいなイメージで書きました。
・ほか
ラバウルの艦娘たちはいい感じに南国に適応したような大らかなキャラにしています。アローラの姿……じゃないか。
舞風だけ過去のあるキャラなのでちょっと掘り下げましたがまだ尺が足りてないですね。
他の鎮守府のキャラはあっさり目に書きましたが、これも終盤は単に尺が足りなくなってるだけすね。
まあ尺があったとしても、やっぱり五月雨と提督がメインの話なんでこんなもんでいいかなーと。配分はもうちょい平等に割り振るべきでしたが。
【ストーリーなど】
一つ言っておきたいのですが、筆者は営業職でもなければゲーム業界のゲの字もない業界・業種で働いてますからね。
あと別にリアルもそこまで荒んでないです。そこら辺はあくまでフィクションの表現なのであしからず。
架空と現実を対比するみたいな描写が多いですけど、まあこれは現実は現実でも“作中での”現実なんで、あれです。
そんなに世の中めちゃくちゃなサバイバル世界なわけじゃないですからね。そりゃ二次元の方がハッピーかもしれんけども。
ただ、ラバウルの面々とか他の鎮守府の人たちとか、全体を通じて人間の中にある陽の一面をメインに描いているので、
作中での現実ではそこから離れた人間の……んー、形容しがたい何某かの負の部分をやってみました。
あとは、敵とか出てこない話にしようと思ってたのでこのようになりました。それはそれで不安だったんですけど、まあなんとかなりましたかね。
その……なんか軍記物っぽくゴリゴリした感じで頑張って動かすのはそれ用の世界観が必要っていうか。
増設に次ぐ増設を遂げた今になってバトルをメインにやるとかも展開的にしんどいのでこんな運びです。
お題にホラーって来てたけど同様の理由で難しそうだったのでやめときました。
それから、今作は結構ノリで書きました。ノリでっていうと適当かよみたいに思うかもしんないですけど、そうではなく。
「このキャラだったらこう言うかな」「このキャラがこう言うならこうだな」みたいな連想を無限に繋げてって、
切った貼ったして出来上がった感じですかね。カタい言葉で表現するなら蓋然性のある流れを心がけた、ってとこでしょうか。
ラストはご都合エンドなんですけども、……逆に聞くけど最後の最後で後味悪いの読みたい? 嫌じゃない?
毎回書いてることではありますが艦これ要素ゼロでしたね。
でもこういうの書く人がいてもいいんじゃないかな、二次創作だし。
ってことで4年間ありがとうござ……4年間!? 正気か??
そんなに書いてたんですねー……(厳密には3年と半年程度)。
こんだけ長く続いてると追っかけるのも一苦労だったと思います。
本当にお付き合い頂きありがとうございました!
912 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/08(月) 00:19:47.23 ID:B5K4HNgKO
乙です
913 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/12(金) 18:01:42.87 ID:L5Qzu2qAO
乙
長い間お疲れ様
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