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【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
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721 :
【16/100】
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/07/10(日) 22:05:09.40 ID:stR28eGh0
気を失っていた。ここがどこだか皆目検討がつかない。どうにも身体の様子がおかしい。
いいえ、おかしいのは体調ではない。体そのもの……? 信じられないことだけれど……身体が宙に浮いている!?
無重力空間だとでもいうの? 呼吸が出来るのは私が艦娘だからなのか、酸素自体は供給されているのか、どちらかは分からない。比喩ではなく、浮いている……。
手すりに掴まり、腕の力だけを使って前に進んでいく。プールの中にいるような感覚だ。
しかし、これなら地面を蹴って跳ねながら進んだ方が速いのでは……? 地面に着地、跳躍……ッ! おおっ……?
これはいい、かなり楽に前に進むことができる(そして、少し楽しい)。
・・・・
しばらく跳ねていると、窓のある大部屋に辿り着く。窓から見える景色は大宇宙であった。
宙に浮いている時点でなんとなくそうなのかもしれないとは思っていたものの……実際に目の当たりにすると圧巻だわ。
ふよふよと岩塊が漂っている。遠くで大小さまざまな星が煌きを放っている。
一体どうなっているのだろう。どうして私はこんな場所にいるのでしょうか。
ここに来た経緯を振り返ってみましょう。
・・・・
艤装の力で海の上を浮上することができる、これが私たち艦娘が持つ特長である。
しかしながら、司令官――芯玄 心紅(シンクロ シンク)は普通の人間だ。そのため彼の乗るボートごと綱で引き摺って海原を進んでいた。
私たちは“奇妙な噂”を聞いて、その真偽を確かめるべくある場所を目指していたのだった。
朝潮「司令官御自ら出張るほどのことではなかったのでは……? 報告通り敵の気配は全くないようですが」
梅雨明けの日照りから逃れる術はなく、司令官は暑さに耐えかねてボートの上でうつ伏せに倒れていた。呻き声に似た気だるそうな声。
提督「そうかもしれねえが……オレらのナワバリで妙なことが起こったってんなら見過ごすわけにはいかねえ。
深海棲艦にやられたわけでもねえってのは一安心だが……だとしたらなおさら謎だ。自然現象にしたっておかしいだろうが」
司令官と私は、私たちの拠点とするラバウル泊地の近くに突如現れたブルーホールの調査に訪れていた。
ブルーホールとは、陸地が海没して浅瀬に穴が空いたような地形のことである。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビー近海に発生した深い藍色の窪みは、前々からあったものではない。
それまで無かったはずのものが先日発見されたのだ。司令官のご指摘通り、自然現象で起こったにしては不自然だろう。
ああでもないこうでもないとブルーホールの原因について二人と話し込んでいると、四隻の艦娘がこちらに近づいてくる。
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四名だ、これから輸送任務遂行のため遠征に出向くのであろう。
提督「不知火か。ご苦労……遠征だな」
旗艦の不知火に声をかける司令官。不知火は無言で頷いた。
陽炎「そういう司令は休日デート中だったかしら〜? 邪魔しちゃってゴメンね」
司令官はこの日休暇を取っていた。春に発令された大規模作戦が一段落着いたため、一週間有給を取っていたのである。
結局休まることもなくこうして調査に出向いてしまっているのだけれど……。
提督「サービス出勤ってとこだ。例のブルーホールについて気になっててな。ほら、あそこにあるだろ?」
陽炎のからかいを軽く受け流し、少し遠くにある青黒い海面を指さす。
陽炎「? なあにブルーホールって」
提督「おいおいおいおい……昨日鎮守府中で噂になってただろが。海に穴が空いたみたいだってみんな騒いでたじゃないか。アレだよ、見えるだろう?」
その通りだ、昨日の話題はその話で持ちきりだったと私も記憶している。司令官の指の先には周囲の海面の色とは異なる紺碧が広がっている。
黒潮「しれぇ〜は〜ん、暑さで頭やられたん……?」
不知火「お言葉ですが、私の目には何も……。電探にも敵の反応はありません、特に問題ないでしょう」
陽炎「ま〜、お話したいのは山々なんだけど……私たち見ての通りあんまり暇じゃないのよね。その都市伝説は今度聞かせて頂戴ね、司令」
不知火たちが去った後、私と司令官は顔を見合わせて困惑していた。
提督「なあ朝潮……あいつらにはアレが見えてねえってことだよな。一体どういうことなんだ……?」
分からない。しかし、現に私たちの目にはきちんと映っているのだ。どうしてあの四人は口を揃えて見えないと言っていたのか……。
謎を明かすには近づいて調べてみるほかない。そうすることで何かが分かるかもしれない。
――残念ながらそれから先のことはよく思い出せない。
ブルーホールに足を踏み入れるやいなや、渦潮のような強い力に引き寄せられて気がつけば意識を失っていたからだ。
・・・・
それが一体、この宇宙空間となんの関係があるというのだろう。ワープ? テレポーテーション?
理屈は分からないけれど、現実として目の前にある光景が銀河の星々である以上そういったものを信じざるを得ないでしょう。
まずは私と一緒にここに来たであろう司令官を捜すのが先決か。元の世界に帰る方法はそれから考えましょう。
部屋の出口へ向かって進んでいると、突然部屋中に明かりが灯り、猛烈な重圧が押し寄せる。
宙に浮いていた私の身体は地面に叩きつけられ大きな音を立てる。
提督「迎えに来た……ぜ」
722 :
【18/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:08:55.92 ID:stR28eGh0
部屋に入ってきたのは司令官だった。普段とどこか様子が違うように見えるのは、服装が違うからだろうか。
そういえばさっきまでアロハシャツを着ていたはずだが……泊地での礼服に近い黒い衣装をしている。着替えたのだろうか。
司令官のもとへ駆け寄ろうとするも、急な重力の変化に対応出来ないのかうまく立ち上がれない。
もたもたしている私の様子を見て、司令官は私の艤装と膝を抱えて運ぶ。そしてそのまま部屋を出た。状況が飲み込めない……。
・・・・
何度かエレベーターを経由して施設の最下層まで到達、ここは宇宙飛行機の出入り口らしい。
司令官と共に艦上戦闘機に似た形をした小型機のコクピットに乗り込む。
本来一人乗りの乗り物なようで、私は司令官の膝の上に座せられた。
提督「時間切れか? いいや……ここは強引にでも通らせてもらうぜ」
警報機が作動したのか施設内の電灯が赤く点滅しサイレン音が鳴り響く。
機体の前方にあるシャッターが閉ざされ始める。構わず操縦桿を握り前方に押し倒す。
司令官の心音が背中から伝わってくる(狭いコクピットの中で艤装は邪魔になるので、この時は背中から外していた)。
シャッターが降下するよりも速く、機体は前へ前へとすり抜けていく!
難なく全てのシャッターを掻い潜り、施設の外へと脱出した。
先程の施設から見ていた景色と異なり、機体から見える宇宙の景色は思いのほか暗かった。
どこまでも広がる無限の闇の中に光を放つ星々がまばらに配置されているようだった。
提督「フゥ! 続いてこうか。追手を潰して完全勝利だ」
旋回してこちらの機体を追尾していた石塊に向けてレーザーを撃ち放つ。
朝潮「あの……よく見たらあの石、こっちに攻撃してきていませんか……?」
石塊がこちら目掛けて球状の光弾を放っているように見える。
……よく見ると顔がついている? モアイだ。モアイが口から光の弾を撃ってきている。
提督「その通り。岩に擬態してるがイオン砲という兵器を搭載した哨戒機だ。ゲームじゃないからな、喰らっちまったらそれでゲームオーバーだ」
右手の親指を下に突き立てて首元に持っていき、掻っ切るようなハンドサインをする。
提督「ま、やられる前にやる……これがオレの流儀ってな」
機体は次々にモアイを爆散させていきながら先刻の施設(スペースコロニーのような場所なのだろう)から距離を離していく。
・・・・
戦闘を終えてしばらくすると、白と黄色が混ざったような色の雲に覆われた星に着いた。
幼い頃に図鑑で見た金星とそっくりだった。商業星アルジャンという場所らしい。
この世界における宇宙は、その全域が統一国家に管理されていて、星の一つ一つが都市として扱われているのだという。
宇宙の全てが一つの国に統治されている……深海棲艦との戦いで国を守ることさえ必死な私たちからすれば想像もつかない話である。
司令官も私に説明しながら「パラレルワールドの一言で片付いてしまうのかもしれないが、オレたちの世界の未来ではこうならんだろう」と不思議がっていた。
提督「さ、何はともあれメシだメシ」
パンパンと両手を鳴らして上機嫌な様子の司令官。
高さの異なる直方体の建物が等間隔で立ち並んでいる。建物の色は全て白く、遠くから見ると紙で出来た建築模型のようだった。
白い壁面にはそれぞれ光が照射されていて、近くで見るとそれらの光によって煉瓦や木などの色合い・模様を再現していることが分かった。
この世界で何と言うのかは分からないが、私たちの世界にあるプロジェクションマッピングという技術に近いのかもしれない。
私と司令官は街の外れにある定食屋を訪れた。
提督「来てやったぜ、違法音楽家」
乙川「相変わらず君は口が悪いな……僕は遵法意識に満ち溢れた市民の鑑さ、もっとも僕の楽器から出る音もそうだとは限らないがね。
おっとそっちは見慣れない子だね。僕の名は乙川。よろしく」
瑞鳳「私は瑞鳳。今日のお昼は何にする?」
提督「おまかせでいい。……そこの二人はこの世界で出来た友人だ。表向きは定食屋、されど本質はこの世界に反旗を翻すアナーキストだ。
この世界は徹底した管理世界……音楽や絵画などの芸術でさえもその例外に漏れない。規定に満たない音楽は演奏してはいけないそうだ」
乙川「風営法が厳しいんですヨ。まあそういうのは関係なく芸術分野全般にうるさいんだけれども。
我々市民は必要以上に物を知ってはならないのです。それがこの国の掟! だそうでね」
乙川「僕みたいに音大卒じゃないと楽器を演奏してはいけない、歌を歌ってはいけない。それどころか聴く音楽にだって制限をかけられているんだ。
こんなふざけたことがこの国では罷り通ってしまうのだよ……ま、僕なんかは色々抜け道を使って誤魔化しているけどね」
提督「ほう、それは初耳だな。そんなに酷かったのか」
乙川「そうさ。情報統制・教育の偏向・歴史の歪曲……そういうごまかしや嘘の上塗りが数百年単位で続くと、もう誰も本当のことなんて分からなくなる。
今やこんなルール何のため・誰のためにあるかさえ分からない。誰も得をしていない。それでもルールだけが残っている。そしてそのことに誰も疑問を持たない……」
司令官と乙川さんが話を続けていると、少し経って瑞鳳が私と司令官の席に天津飯を運んできた。
乙川という名の和服を着た男性の話も気になるが、それ以上に気になっていたのは、さっきの女性が『瑞鳳』と名乗っていたことだ。
聞き覚えがある。確かどこかの泊地か鎮守府に在籍していた艦娘だった。見たところ艤装はつけていないように見えるが……。
瑞鳳「どうかしました? 私の顔、なんかついてるかな」
提督「朝潮、お前の言いたいことは分かる。瑞鳳というのは艦娘の名だ。乙川ってのも柱島で最近名を上げている提督の名前だった。
だが、俺らとは違う。俺らのように“やってきた”わけじゃない。どうにも元からこの世界の住人なようだ。この世界の瑞鳳は艦娘でもない普通の人間だ」 ひそひそと耳打ちする
723 :
【19/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:15:43.86 ID:stR28eGh0
司令官の蓮華を持つ手は止まらず、黙々と食べ続けている。私もこの天津飯は気に入った。おいしいと思う。
私と司令官が料理を食べている間、乙川さんはトロンボーンを演奏していた。
私には音楽の心得がないので詳しいことは分からないが、自由奔放という言葉がよく似合っているような気がした。
自由ではあるものの、無秩序ではない。軽快だがそれでいて洗練された深みのある響きだ。
瑞鳳「二人はどういう仲なの? 恋人同士とかかしら」
朝潮「こ、恋人ですか!?」
提督「おいおい、お前さんとこの亭主と一緒にしてくれるな。こいつはちょっとした因縁深いツレさ」
にこにこと笑みを浮かべながら私たちに話しかけてきた瑞鳳。
演奏の音が生み出すリズムに合わせて小刻みに体を揺らしている。なんだかとても幸せそうに見える。
しかし、私はいったい司令官にどういう認識で見られているのだろう……。
乙川「人をただのロリコンみたいに言うもんじゃないよ。これから大輪の花を咲かせようとしている蕾の価値に気づけない、そんな奴らに瑞鳳は譲れない。
そう、つまり僕は義賊なんですよ。誇り高い理想と崇高ないしゅ、意志のもと……あーごめんもう一回言わせて」
和服の男は演奏をやめると私たちの席に寄ってきた。
提督「思ってもないことを口に出すから噛むんだよ。お前さんの変態性をバカにするつもりはないさ。
奴隷商から生娘を買って、立派なおべべを着させて全うな教育を受けさせる……なかなかの数奇者じゃねーの?」
朝潮「え……そういう人なんですか……」
提督「って言うとさすがに悪く言いすぎか。要は身分違いの恋ってことさ。さっきの演奏を聴けばわかる通り相当な変態ではあるけどな」
乙川「艶やかとか色っぽいだとかもっとマシな褒め方があるだろう。さておき、奴隷という言い方は悪いが……分かりやすさを尊重するとそういう言葉になってしまうね。
この世に生を受けた時点で市民か奴隷か選別されているんだよ。僕は市民で、瑞鳳は奴隷の側だった。本来ならお互いの存在を知ることだってなかったんだろう」
瑞鳳「奴隷といってもこき使われたりするわけじゃないの。機械化出来ないような作業をするだけ。
市民としての権利を持っていない、労働の義務が課せられている立場といえば聞こえは悪いけど……」
朝潮(そういう意味では艦娘と似たようなものなのかしら。艦娘に生まれた時点で、艦娘としての生を全うする役目を担う。
私はそれを悪いことだとは考えていない。……私が艦娘に生まれたからそう思うだけなのかもしれないけれど)
瑞鳳「毎日決まった時間に決まった仕事をこなせばある程度の自由が許されているわ。私は自分の置かれている立場に何も疑問を覚えていなかった」
乙川「一方、市民というのは働く必要がない。何かを望めば、全て国が満たしてくれる。お金はよほど散財でもしない限り無くならない、無くなってもまた与えてくれる。
音楽を聴きたいと頼めば電子化された音楽ファイルを無尽蔵に寄越してくれる。孤独を埋めたいと願えばいくらでも同じ思いを抱えた人間を紹介してくれる」
乙川「全てが供給される。全ては満たされるように出来ているはずだった。だけど僕は何も満たされなかった。
人と会って話しても、誰もかれもみな同じに思えた。中身がないように思えた。刹那的な快楽に身を委ねても、虚しさには勝てないことが分かった。
他の人間はその空虚さを感じていないようだった。空虚であることに気づいてすらいないようだった、それはそれで幸せそうだった」
乙川「誰も彼もみんな陳腐で滑稽な存在に思えてね。少し病んでいたんだ。
そんな時期に偶然瑞鳳と知り合ってそこから勢いで……まあ、恋は盲目というやつだね」
気恥ずかしそうに頭をかく乙川さん。よく見ると乙川さんと瑞鳳の薬指には同じ指輪が嵌めてある。
提督「勢いだけで国を欺けるなら大したもんじゃねえか。飄々としててもやる時はやる男ってことさ、お前さんもな」
乙川「いやいや……危うく終身刑になるところだったからね。君のおかげで今もこうしていられるわけで」
瑞鳳「その節はお世話になりました」
司令官にぺこりと頭を下げる瑞鳳。背丈で言えば私よりも少し高いぐらいだろうか。
……私にもいつか、瑞鳳のように誰かとこういう関係になる日が来るのでしょうか。私が艦娘じゃなかったら、こういう未来もあったのでしょうか。
いいえ、仮定の話に意味はない。
・・・・
この国の情報統制は厳しく、乙川さんと瑞鳳との関係が国に知れた際に二人とも投獄されることになったらしい。
全ての国民の体のどこかに不可視のバーコードが刻まれているようで、政府はその情報をもとに国民を管理しているようだ。
社会保障や福祉はこのバーコードを介して行われる。そのため、一度指名手配されてしまうと逃げ延びることはかなり難しいらしい。
提督「電子化電子化で機械に頼りすぎるとオレのようなイレギュラー相手には対応出来なくなるということだ。
驚いたことにこの国では司法も立法も行政も治安維持もぜーんぶ人工知能が行っているらしい。まあそこいら辺の欠陥を突いてオレがうまく誤魔化したわけだな」
提督「二人を助けた代わりにしばらくあそこでヒモさせてもらって、朝潮が来るのを待っていたんだ」
朝潮(待っていた……? 私と司令官はほぼ同じタイミングでこの世界に来たはずじゃないのかしら……)
二人と別れた後に、私を迎えに来た時とは異なる、外装がルビーのように紅く輝いている機体に乗り込んだ。
ファム・ファタールと名づけた特注品だそうで、司令官はこの宇宙飛行機を愛機だと自慢していた。コクピットもきちんと二人乗りだ。
提督「さて、これで元の世界に戻るための算段は整った。この世界の“時の終点”に辿り着く。それがオレたちの目的だ……」
そういえば元の世界に戻る方法を何も聞いていなかった。そこに辿り着ければ元の世界へ帰れるというの?
朝潮「“時の終点”……?」
提督「そう、この世界の因果律を破壊するんだ。そうすることで時の終点に到達できる」
724 :
【20/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:27:27.03 ID:stR28eGh0
進めば進むほどに目に見える星の光は減っていき、しばらくして窓には宇宙の暗闇以外に何も映らなくなった。レーダーを頼りに進んでいる。
司令官の話によると……この世界の中枢を担うオーロージュという星に、“時の歯車”なるアイテムがあるそうだ。
“時の歯車”には、任意の時間に巻き戻せる……つまり、時間を過去に戻す力があるらしい。
提督「時間を巻き戻して出来事や行動を変えたとしてもある程度は辻褄が合うように働くようだ、歴史の修正力とでも言うべきか。
だが、この世界に本来起こるはずだった重大な事象なんかを改変すると話は変わってくる」
提督「本来あるはずだった事象がなかったことになる。あるいは本来起こるはずのなかった異変がもたらされる。
過去改変によって歴史の根幹を揺るがすようなことをしでかすと、因果律の崩壊が起こって“時の終点”へと辿り着く」
朝潮「そ、そんなことをしてしまっていいのでしょうか……」
提督「さあな、良い悪いはオレには分からん。だがこの世界に留まるわけにもいかないだろ。さっきも言ったがここはパラレルワールドだ。
この世界がどうなろうと本来の世界へと戻ることが先決なんじゃあないのか? ……さっきのあいつらには悪いがな」
確かにそうだ、私たちは元の世界に戻らなくてはならない。私たちが居ない間も元の世界の時間は流れ続けていることだろう。
朝潮「分かりました……司令官のご判断に従います」
提督「……」
それから私たちは、しばらく無言のままでいた。司令官は私と二人きりの時に世間話をほとんどしない。
彼の秘書艦として泊地で働いている間も、作戦の話や任務の話ばかりだった。秘書艦とは、提督の補佐として雑務をこなす役である。
明確にそういう役職が定められているわけではないのだが、大抵の鎮守府や泊地には秘書役を担う艦娘がいるものだ。
顔を合わせる頻度で言えば、艦娘の中で私が一番多いはずなのだが……このように、無言の時間だけが積み重なっていく。
私は、司令官にこの場に居ない者として認識されているのではないか。そんな疎外感を覚えることが少なくなかった。今もそうだった。
自動操縦に切り替えていて、司令官は手持ち無沙汰らしかった。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。
ギラギラとした赤色の瞳は、じっと宇宙の闇を見据えていた。前方の景色には何も映っていないはずだが、司令官には何かが見えているようだった。
ふと、視線が合った。気恥ずかしさから目を逸らしたくなったが、私から逸らすのは失礼に当たるような気がして、そのまま成り行きに任せることにした。
見つめられている。司令官とこんなに長い時間目を合わせているのは初めてだ。彼はあまり人と目を合わせようとしない。珍しいことだ。
二度、三度瞬きをすると、私から視線を外して再び前を向いた。表情に変化はなく、特に何を思うことも無かったようである。
私の方を向くことはなく、独り言のようにぼそりと呟く。
提督「なぁ……朝潮には元の世界に戻りたい理由があるか?」
戻りたい明確な理由があるわけではないが、ここに残りたい理由など当然ない。そう思ったが私が口を開く前に司令官は言葉を続けた。
提督「オレは戻りたい。オレにはまだ果たせていない夢があるから。やり残したことがあるから」
声量こそ小さいが、熱の籠もった力強い意志のある声。
提督「……恐らくだが、ここから先は今までみたいになんでも予定通りという風にはいかねえ。朝潮にも辛い思いをさせることになる」
提督「だから聞いておきたかった。オレにはお前の力が必要だ。けど、今のお前にとってはそうでもない、かもしれねえ。
お前が元の世界に執着がねえってんなら、無理に付き合わすことになるような気がしててな。
オレの都合でお前だけが苦しむことになるのかもしれないと、そう思ったんだ」
朝潮「お心遣いには感謝しますが……心配はご無用です。この朝潮、必ずや司令官のお役に立ってみせます!」
提督「……そうだな、お前はそういうヤツだった」
え……? 肩透かしを食らったようだった。見透かしていたかのような呆気ない態度。
自分なりの意気込みを伝えたつもりだったのだが、どうにも上手く伝わらなかったらしい。言葉足らずだったのでしょうか……。
またも沈黙。モヤモヤとした言葉に出来ない感情が膨れ上がってもどかしい。ただ、言葉の意味を知りたかった。
ああ、そうだ。『元の世界に戻りたい理由』の回答を求められていたんだった。司令官からの質問に答えられなかったから、か。
元の世界に戻りたい理由……。挙げようと思えばいくらでもある。泊地に仲間がいる、そこでの生活もある。
深海棲艦から人々を守らなければならないという使命もある。何から言おうか、何から言うべきか悩んでいた。
朝潮「! ……? どう、しましたか……?」
身体をこちらに向けた司令官。彼の手が私の顎をくいと持ち上げる。そして私の顔を覗き込む。再び視線が合わさる。
提督「なあ朝潮。お前は、オレの役に立ちたいと、本心からそう言っているのか……? お前にとって、それは本当に大切なことなのか?
オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい」
言葉の意図が分からない。司令官は私に何を求めている? さっき視線が合った時とは違う、何かを物語り訴えかけるような鋭い眼光。
朝潮「私、は……」
言葉が出てこない。司令官は、私を威圧するつもりはないのだろう。しかし……。
この人が怖いと思ってしまった。どうして今そんなことを言うのだろうと、思った。こんな感情は初めてだ。心がざわつく。
提督「……悪い。脅すつもりは、なかった。……そういうつもりでは、なかった」
私の顎から手を離し、正面を向き、帽子を目元まで深く被り直す司令官。
こんな感情は初めてだった。理由も分からないまま泪が零れそうだった。司令官を、普段から恐れているわけではない。むしろ尊敬すらしている。
けれど……底知れない重みのある語気や振る舞い、今まで私に向けることのなかった感情の籠もった表情や言葉。今までとは違う……不安になる。
気づかぬ間に司令官の失望を買うようなことをしてしまったのだろうか……ひどく落ち着かない気分だ。
司令官の前で泣くところなど見せたくはない。そんな情けない真似はしたくなかった。私はじっとこらえていた。
725 :
【21/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:40:18.65 ID:stR28eGh0
提督「フゥ……。ようやく……、着いたな……。悪いな、ちょっと休憩させてくれ」 座り込んでいる
……後になって気づいたことだが、あの時の司令官はかなり集中していて、精神状態も極限に近かったのだと思う。
だから、言動や様子が少し普段と違っていたとしてもそれは無理のないことなのだ。そんなことにも気づけなかった私が悪かったのだ。
動揺するほどのことではなかった。考えれば分かることだった。
たった単機で数百もの哨戒機と数隻の空母(否、宙母と言うべきか。宇宙に浮かぶ巨大な艦のことだ)を相手にすることが、どれだけ困難か。
それでも司令官は不安や恐れを態度に出すことはしなかった。呼吸も乱れていなかった。震えてもいなかった。
一言も言葉を発することはなく、瞬きをほとんどしていなかった。赤い瞳はギラギラと静かに燃えているかのようだった。
圧倒的な敵の数を前にしてもただ淡々と前へ進んでいった。進む先に何が待っていようと動じることなく光の束を撃ち続けた。
曲がることなく、揺らぐことなく、ただ自分のやり方を貫き通していく。この機体そのものが司令官のあり方を体現しているようだった。
オーロージュの地に降り立った。宇宙から見たこの星の外観は環に覆われていて土星のようだった。
ガスに覆われた星の内部を進み、今は星の中央にある小さなコロニーの内部に潜入している。
提督「星の外見とは裏腹に小さな星だ……ほとんどはガスで出来ていて中央にコロニーが建ってるのか。
しかし内装は殺風景だな。朝潮のいた収容所に似たようなものか。何もない」
この星そのものが一つの巨大な人工知能で出来ていて、他の星から送られてくる全ての情報を管理・統合しているとのことだった。
・・・・
無機質な鋼の壁。壁と同じ色の天井と床。延々続く廊下を歩き続けた。やがて広間に辿り着く。ここで行き止まりのようだ。
部屋の中央には筒型の装置が置かれている。装置の内部は黄緑色の液体で満たされていて、歯車の形をした青色の物体が浮かんでいた。
提督「ここが最深部のはずだが……正面から堂々と侵入しても警備ロボットが出てくる気配もない。かえって不安になるな……」
??「ここに警備は必要ないもの。ここに辿り着ける“人間”はもう、この世界には存在しないのよ」
一つ多い足音。私に似た声質だが、私のものではない。異常に気づく。艤装を展開して戦いに備え、振り返る。
??「見事ねイレギュラー。最初はバグ以外の可能性を疑わなかったわ。いえ……ある意味あなたたちの存在そのものがバグなのかもしれないわね」
司令官の背後に声の主は居た、もう遅かった。その場に倒れ込む司令官。首に注射針を突き刺されていた。
目の前に現れる私と全く同じ姿をした存在。深海棲艦ではないようだが、敵であることに変わりはない。
??「私の名前はグランギニョール・システム。GSと略されて呼ばれることの方が多かったかしら。この世界の管理者……神様のようなものね。
時の歯車は渡さないし、この世界も壊させないわ。ここで諦めてもらうことになるけれど……」
GS「一つ不可解なのはあなた……細胞の動きが人間のそれではない。電光刀でも光線銃でもあなたにダメージを与えることは出来ないみたいね。
この世界ではかつて存在を否定された理論上・仮説上の物質で肉体が構成されているとはね……世界線が変わるとこうも違うものなのかしら。
私の常識が通用しない存在としてあなたを認識したわ」
GS「あなたをシミュレートしてこの身体を生成してみたけれど、真似できるのは見た目だけのようね。不思議だわ」
私は女に飛びかかり、首を締め上げる。
朝潮「司令官に何をした!? 私たちの邪魔をするな……!」
GS「バカね……言ったでしょう。この身体は作り物、私の本体ではない。ゆえに傷つけたところで意味がない。
どちらの立場が上なのか理解した方がいいわ、大事な“司令官”様を人質に取られているのよ? あなたは」
首から手を離し、女を解放する。攻撃してくる気配は見られない。何が目的だ……?
GS「ひとつ、提案をしてあげましょう。あなたに時の歯車は渡せない。元の世界へ帰してやることもできない。
けれど……あなたの望みは叶えてあげられるわ。あなたが心に抱いていた、本当の望みを叶えてあげる」
・・・・
頭の中で声がする。
GS「あなたの肉体を真似ることは出来ずとも、あなたの脳内を見透かすことぐらいはできる。私があなたの本心を暴いてあげるわ」
忌々しい声、憎むべき敵の、声、の、はずなのだが……少しずつ怒りや苛立ちが収まっていく。意識がぼうっとする。
『太陽はなぜか透明であたたかく、退屈な午後は妙に私にやわらかい』……。そう、かつて、どこかであったような、そんな記憶。
ここはどこなのだろう、心地よい気だるさと眠気に襲われる。シロツメクサの咲く丘だった。
私を優しく撫でる、大きな手。私は寝転がっているのだろうか、後頭部に枕のような感触がある。
どうやら人の膝のようだ。目を開くと、見覚えのある顔。照れくさそうに微笑んでいる。
朝潮「しれー……かん?」
私の身体を起こしてぎゅっと胸元に抱き寄せてくれる。両腕から伝わる、確かな温もり。
提督「泣いているじゃないか。怖い夢でも見てたのか? 心配するなって」
私も両腕を司令官の腰に回して、抱きつく。
さっきこらえていたはずの、さっき収まったはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れてくる。
提督「オレがずっと、一緒にいてやるから」
司令官の言葉が染み渡るように、私の心にある不安を消し去ってくれる。
幸せな気持ちがこみ上げてくる。愛しい気持ちが止め処なく溢れて、どうしようもなくなる。
726 :
【22/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:53:14.75 ID:stR28eGh0
……ああ。分かっているはずなのに。気づかないフリを、していたはずなのに。
傍に居られるだけで、十分だった。尊敬していたからだ。
それ以上のことは望もうとはしていなかったはずだったのに。
それ以上のことは望んではいけなかったはずだったのに。
司令官に、こんなふうに愛されたかった……。これまでずっと抑えてきた感情が、目の端から流れていく。
強く、力強く、自らの意志で司令官を抱き寄せる。傍に居たかった、役に立ちたかった、それだけじゃなかった……!
本当は愛されたかった。愛したかった。恋人のように手を繋ぎあって、並んで歩きたかった。
娘のように甘えたかった、頭を撫でてもらいたかった。幸せになりたかった。司令官と、結ばれたかった。
ひとたび解き放たれた渇望は際限なく膨れ上がり、膨れ上がった分だけ目の前の司令官が、私の餓えを満たしてくれる。
・・・・
残酷なことに、これは虚構だ。こんな記憶など、ありはしない。
幸せな幻想だった、願わくば永遠に醒めないで欲しい夢だった。
しかし……これはしょせん絵空事なのだ。そう強く念じることで、現実へと意識を戻す。
目の前は無機質な鋼の壁。倒れたまま起き上がらない司令官。
こんな空想をしている場合ではない! グランギニョール・システムと自称する私と同じ姿の女を突き飛ばし、司令官に駆け寄る。
指で無理矢理閉じた瞼を開く。部屋の明かりに反応して瞳孔が収縮する。心音も聞こえる。呼吸もしている。
命の心配はないと判断していいのだろうが……私の呼びかけには答えようとしない、揺さぶっても起きる気配が見られない。
朝潮「司令官を元に戻しなさいッ! あなたの目的は何なの!?」
GS「ふふっ……この情動こそが『感情的』というものだったわね。随分久し振りに見せてもらったわ。彼は幸せな夢を見て眠っているだけだから安心して頂戴」
GS「私はこの宇宙で生きる人間の全ての記憶を保有している。といっても、短期的・日常的な表層の記憶じゃないわ。
子供の頃の幸せだった思い出。大切な人と交わした約束。そういう、人間の性質を決定づける重要な記憶……」
GS「知識を規制し、感情に上限を設け、意志を削いでしまえば……人は思い出をなぞらえるだけの影法師になる……。
クスクス……模造品なのよ。人工子宮で生まれた肉体に偽りの記憶を植えつけて、さも当然のように自分が自分であるかのように振舞う人形。
だから、そういう意味ではもうこの世界にはオリジナルの“人間”など存在していないの。滑稽でしょう?」
背筋に悪寒が走る。目の前の敵は、今まで対峙したどんな深海棲艦よりもおぞましい邪悪さを抱えていると感じた。
GS「全ては過去の歴史の繰り返し……あなたがさっき会っていた二人も、どこかであったラブロマンスの再放送なのでしょう」
朝潮「なんてことを……。まさか、司令官にも何か……!?」
GS「“まだ”何もしていないわ。けれど……あなたにとってはそっちの方が都合が良いんじゃないかしら」
朝潮(どういうこと? 自信ありげに何を言っている……?)
GS「さっき見せた光景は、あなたが自覚している通り、もちろん現実ではない……あなたの持つ願望を見せただけだもの。
そして未来に実現することもないでしょう。あなた自身で無意識のうちに諦め、捨て去ってしまった望みだもの」
GS「私ならあなたの悲願を叶えてあげられるわ。あなたの世界でなら実現し得ないかもしれない。
自分の心の中に封じ込めてしまわなければならないような、禁忌だったかもしれない。けれどこの世界ならそれも許される」
身振り手振りを交え、大袈裟な口ぶりで、感情を込めて私を説得しようとする。説得しようとする意図が露骨に透けて見えてかえって不気味だ。
GS「ふふ……そんなに怖い顔をしてはいけないわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。もう一度さっきの幻想を見て幸せになりなさいな。一度と言わず何度でも」
やめて、それだけは……! 声は届かず、また、あの景色に戻る。
・・・・
白昼夢の中では不思議と嫌なことを全て忘れる。しばらくして冷静になると、また現実に引き戻される。それを何度か繰り返す。
もう、自分の意志で現実に戻れているのか、幸せな気持ちになったところであいつに現実を戻されているのか、判断がつかない。
回を増すごとに多幸感や中毒性は高まっていき、意識が現実に戻った時の絶望感や喪失感も増していく。気が狂いそうになる。
朝潮「もう、やめて……やめてください……。これ以上は、やめて……」
精神の疲弊が凄まじく、もう自分の意志で立ち上がることすら出来そうにない。幸せという毒で蹂躙されて、私が私でなくなっていくのを強く感じる。
私と同じ姿の存在に、情けなくもしがみついて、やめてくれと懇願する。もはや意地も矜持もあったものではない。この場から逃れたかった。
GS「あの人の記憶を書き換えてしまえばいいのよ。人格を改変してしまえばいいの。そうすればあなたの見る幻想は、現実のものとなる……!」
悪魔の囁き。きっと、私の人生の中では二度と訪れることはない、千載一遇の機会。司令官と愛し合う、この上なく幸せな未来。
心が傾いている。欲望の充足を求めている。何を迷うことがある、何を躊躇うことがある。祈りはもう届いている。一歩踏み出せば、願いは実現する。
『オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい』
司令官の言葉が頭を過ぎり、逡巡する。私の言葉……私なりの言葉……。
そう、司令官を私の思い通りに、私の意のままの存在にしてしまうのは……あるべき形じゃない。
そんなことをしたら、私の想いを司令官に伝える機会は永遠に失われる。
たとえ届かなかったとしても、叶わなかったとしても……!
眠っている司令官の手を握る。微かな熱量。抱き締めてもらった時のあたたかさに比べたら、僅かな温もりだった。それでもいい。今はそれでいい。
はっきり言ってやるんだ。たとえ未来永劫、司令官に愛されることはなくとも……そうだったとしても。打ち砕いてやる!
朝潮(司令官……ほんの少しだけ、私に勇気をください!)
――違うッ!
私は声高に叫んだ。全霊の力を込めて、砲を撃ち放す!
727 :
【23/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:16:18.81 ID:stR28eGh0
GS「莫迦な真似を……! おのれ……」
硝煙が部屋を覆い尽くす。破壊した装置から時の歯車を取り出そうとしたその時。
GS「ぐぐぐッ……ダメよ……。それを許すわけにはいかない! 私は、この世界を維持しなければならない! それが私に与えられた使命……」
艦娘の私が、力負けしている……? 猛烈な力で腕を掴まれている。振り払うことさえできない……ッ!
GS「なぜなの? あなたには寿命が存在しない。永遠に自分の意志で動くことができる、人間を超越した存在なのよ? 永遠の支配者になる資格がある。
そこの男だけじゃない……私はあなたにこの世界の全てを手に入れる力を与えてやると言っているの。全てを満たしてあげると言っているの!」
バキッと骨が軋む音。私の骨じゃない。女の指の骨だ。肉が裂けて骨が折れてもなお私を食い止めようとしている。鬼のような形相で私を睨みつける。
朝潮「そんなものに興味はない……私は私の正しいと信じたものにのみ従う。あなたは間違っている!」
GS「分かり合えないようね。なら仕方ない……彼には死んでもらう」
朝潮(無駄な足掻きを……時間を巻き戻せば司令官の死を無効化できる。このまま力で押し切って、時の歯車を手に入れさえすれば……!)
刹那、視界が暗転する。こいつ……血で目潰しを……! 理解した時には二手遅れていた。
GS「さようなら。そこの男はもう息を吹き返すことはないでしょう。本質的に人工知能である私にこの歯車の力を運用することは出来ない……」
女が部屋の外に時の歯車を投げると、投げた先にはもう一体の私と同じ姿をした女がいた。歯車を受け取って走り去る。
GS「ふふ……破壊もできない、利用もできない。けれど危険な力を持っている。そんなものは宇宙の果てに捨ててしまえばいい。
そうすればもう回収する術はないでしょう? 私の勝ちね……朝潮……」
女は口から血を吹き出してニヤリと笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。肉体の力を使い果たしたのだろう。
朝潮「まずい、もう一体のあいつを追わなくては……!」
提督「その必要はないぜ……」
部屋の隅に倒れていたはずの司令官。しかし、どういうわけか部屋の入口に立っていた。手には時の歯車が握られていた。
朝潮「しれい、かん……?」
提督「迷惑かけちまったな。よくやってくれたよ……お前はな……」
ゆっくりと私に歩み寄る司令官。時の歯車を中心に、景色が変わっていく。無機質な白銀の景色が光に包まれていく。
・・・・
白い光の中に私と司令官は居た。天と地の境はなく、垂直に立っているはずなのにお互いの身体が浮いているように見える。
さっきの施設に居た時のような閉塞感や息苦しさは感じられない。幻想の世界で味わったような、心地よい感覚。
しかしこの時私の胸中は困惑と疑念でいっぱいだった。“また”無理矢理幸福感を味わうことになるのか、と内心恐怖していた。
提督「ようこそ、“時の終点”へ。朝潮の奮闘がなければ、ここまで辿り着けなかった……よく頑張ってくれたな」
提督「そして……オレがやってきたことも、間違いではなかったことが証明されたんだ……やっと」
状況がうまく掴めていないけれど、どうやら上手くいったのかしら……?
けれど、どうして時の歯車を司令官が持っていたのだろう。いつどうやって奪い取ったというの?
そもそも司令官は倒れていたはずだし、女は『もう息を吹き返すことはない』と言っていた……どういうこと?
提督「オレが生きてるのが不思議かって? 時の歯車は二つあった。これがトリックさ。二回の賭けに勝ったから生きている」
司令官が右手に持っている青色の“時の歯車”とは異なる、赤色の歯車をポケットから取り出す。
提督「さっきの世界の“青い”時の歯車は、過去への時間遡行ができる。一方この“赤い”歯車は時間を先送りすることができる」
提督「時間を加速させてさっきの世界を終焉へと向かわせ、この“時の終点”へ辿り着いたってことだ。
そして、時間の先送りってのは、ただ単に時間を加速させるだけじゃない。任意の事象をスキップして無かったことにもできる」
提督「二つの賭けの内容はこうだ。あの施設に入った時点で、オレたちの記憶がスキャンされようとしていることに気がついた。
スキャンそのものを防ぐのは無理そうだった。だからこの“赤い”歯車に関する記憶情報のスキャンの時だけをスキップした」
提督「次に、グランギニョール・システムによって眠らされていたオレは、朝潮の『違うッ!』の声で目が覚めた。
奴がオレの身体に埋め込んだマイクロチップで脳に死を命令しようとした、だから奴は勝ったつもりでいたというわけだ。けどそいつはカットさせてもらった。
そこから先は自分の身体の時間だけを加速させて青い歯車を奪い返し、世界全体の時を加速させて時の終点へ到達したという顛末さ」
朝潮「最初から全部司令官の掌の上だった……ということですか。なんにせよ、これで元の世界に戻れるようで安心です」
提督「いーや……そのことなんだが……このままではまだ問題がある。かなり朝潮に迷惑かけることになるが……先に謝っておくぜ」
私の背後に、赤い扉が現れる。バタンと音を立てて開き、中から無数の手が伸びる。私の身体を引きずって行く。
朝潮「司令官ッ!!」
提督「説明している時間はないか……これを受け取ってくれ。簡潔にだがそっちの世界の説明を書いておいた。
あとは頼んだぜ。……またここで会おう、約束だ」
青い歯車と一通の手紙の渡される。扉の向こうへと私を引きずる力が強まる。
ブルーホールの時と同じだ、強い力に引き寄せられている。やがて私の意識は途切れた。
728 :
【24/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:37:12.72 ID:stR28eGh0
どうやら生きているらしい。気分は最悪だが。
ええと……あれだ。オレはある噂が気になって直接出向くことにしたんだ。そう、ブルーホールだ。
洞窟や鍾乳洞みたいな地形が海没すると、そこだけ周りの海の色よりも暗い色になるんだと。
だが、そんな自然現象がたった一日で起こるはずはねえ。そもそもブルーホールが確認された位置には元々陸地自体なかったし、浅瀬だったってわけでもない。
あの場所にかつて海蝕洞みたいなもんがあったなんて話も聞いたことがないしな。
だから秘書艦の朝潮にボートを曳航してもらって、それに乗って確認しに行ったんだ。
で、朝潮はそのブルーホールに呑まれて消えた。オレも巻き込まれて気がついたらここにいた。
体中砂まみれで、おまけにボートの下敷きになってた。なんだってこんなことになってる。
提督「ペェッ、オフェッフッ。ガハッ」
口の中の入り込んだ少量の砂を吐き捨て、立ち上がる。着ているアロハシャツについた砂を払いながら周りを見渡す。
倒壊したビル郡、ひび割れたアスファルト、打ち捨てられたガラクタの山。太陽はオレをあざ笑うかのようにギラギラと輝いている。
わけわかんねえことが起きてるってのは理解できた。つまり何も理解できてねぇ。せっかくの休みが台無しだ。
とりあえずツレの朝潮を探さねえと。
・・・・
この近くに朝潮も居ることだろうとは思ったが、ジッとしているのは性に合わねえ。
とりあえずその辺をうろついてみるが、ビーチサンダルで歩き回るのは結構しんどい。足元から地平線の果てまで砂と瓦礫とゴミで満ち満ちている。
ゴミ山をよく見ると生ゴミから金属片、果ては注射針に壊れた機銃……なんでもありのひどい有様だ。
もっとひどいのは、そのゴミ山の上をよじ登って何かを探してる子供が何人もいることだ。見覚えがある光景だ、こいつらは高く売れる貴金属を探してるんだろう。
提督「おいガキども。お前らぐらいの背丈の女を見なかったか? 黒くて長い髪をしてる女の子だ」
子供たちにギロリと睨まれる。餓鬼相手にガン飛ばされてもなんとも思わねーが、揃いも揃って餓えた目をしてんな。猿みてえだ。
提督「っと……」
背後に気配。咄嗟に身をかわして相手の腕を掴む。感触から察するにこれも子供の腕か。
提督「おいおい……そいつは玩具じゃねえんだ。没収するぜ」
か細い腕を捻って、手に掴んでいたナイフを奪い取る。薄汚れたタンクトップに半ズボン、みすぼらしい格好のガキだ。
少年の膝はガクガク震えていて、その場にへたり込む。俺を恐れているのか? だったら最初からこんなことをするなと言いたいが……。
顛末を見守っていたゴミ山の子供たちは、オレがナイフを奪い取った瞬間に目を離してまた自分の作業に向かうようになっていた。
こいつを助けようと加勢したりするつもりはないらしい。薄情だが貧困ってのはそういうもんだよな。
オレがこのガキに刺されて死んだら機会に乗じて遺品の剥ぎ取りでもしてやろうと企んでいたんだろう。
提督「取って食うわけじゃねえから安心しな。まあこれは返してやらんがな。質問1、オレがさっき言ってた女の子を見かけなかったか? 朝潮って名前だ」
少年1「いいや……見かけてねえ……」
提督「質問2、ここはどこだ? 言葉が通じるあたり日本であることは確かなようだが……。
オレは海の上にあったブルーホールに呑まれてここに来たんだ、何か分かるか?」
少年1「ブルーホール? わからない。ここは昔、渋谷っていう名前の街だった。けど、このザマだ……戦争の後はどこもこんなだ……」
提督(戦争、かあ……? 深海棲艦との戦いでどこの国もそんなことやれるほどの余裕は絶対ねえ。
それに、渋谷といえば都会の繁華街だろ? こんなに荒れ果ててるはずもない……パラレルワールドってやつなのか?)
どこの国といつ戦争したのかを尋ねようとしたのだが、突然少年が震え出したため質問を中断する。
濁った呻き声をあげてうずくまり、ぶるぶると震えている。少年の身体から汗が吹き出る。
提督「おい、大丈夫か?」
……とてもじゃないが大丈夫そうには見えねえ。
提督「なあお前たち! 誰か病院を知ってるか!? 教えてくれ!」
大声で叫ぶと、山の上の子供たちはこちらの方を振り向いたが、何かを教えてくれそうな気配は見せない。
一人だけ声を返す子供がいた。が、よく聞き取れない。しばらくすると山から降りてオレらの方に歩いてきた。
少年2「こんなところに病院なんてあるわけねえ。それぐらい分かるだろ……こいつはもうだめだ」
よれた半袖のTシャツを着て、傷ついて穴が空いているジーンズを履いている裸足の少年。
うずくまっているタンクトップの少年ほどではないが、彼もひどく痩せ細っている。
少年2「見覚えがあるんだ。こうなったやつはもう、そう長くは持たない。震えが止まらなくなって、最後には寝たきりになって死んじまうんだ」
提督「なら、日の光を避けられて、砂埃の入ってこなさそうな場所はないか? ここじゃ余計な体力を消耗しちまう。せめてもっとマシな場所に連れてってやりてえ」
少年2「おれの住処へ案内するよ。こいつはおれの古い友達だったんだ……こんな場所で死なせるのは忍びねえ」
・・・・
地面や壁面に描かれたペンキ跡から、ここはかつて地下駐車場だったのだろうと推測できる。天井はひび割れていて、ところどころ崩落してしまっている。
硬いアスファルトの床の上に砂まみれの布を敷き、タンクトップの少年を寝かせる。もう一人の少年は用事があると言ってすぐに去って行った。
タンクトップの少年が、ぼそぼそと口を動かしている。よく聞き取れない。
何かをオレに伝えようとしているのか? じっと耳を澄ます。
729 :
【25/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:53:35.30 ID:stR28eGh0
少年1「ヒ……ハッ、ハハッ……戦争があったのは、八年前、ヒッ……。どこの国がやったのかは、分からない……。
そこら中でテロが起こって、国としての機能が果たせなくなった……テレビで見てた、関係ないと思ってた出来事だった」
少年1「あいつらは……何もかも滅茶苦茶にしていった。ハァーッ、ハァ……もっと早く、手を打っておく必要があったんだ……ィヒッ……」
提督「まさか、深海棲艦か!? しかし、テロだと……?」
返事することもできず、少年は力尽きて気を失ってしまった。
提督「身体の震え、もう一人の子供が言っていた“寝たきり”、そして異常な笑い……。オレの思い違いであって欲しいが……」
この奇妙な症状に一つだけ思い当たる節がある。ニューギニア島の風土病……クールー病だ。またの名をクロイツフェルト・ヤコブ病、その症状と一致している。
実際に目にするのは始めてだが……オレの前にラバウルに着任してた提督が書き残してた手記にあった。
ニューギニア東部高地のワネビンチ山、その北にある降雨林に住んでる少数民族であるフォレ族に伝播した病のことだ。
その原因は……食人。人が人の肉を喰らうことだ。フォレ族には、かつて死亡した者をばらばらにして食する習慣があった。
前の提督が着任した頃にその風習は既に廃れて行われなくなっていたそうだが……病の潜伏期間は五年から二十年。
さっきの子供は言っていた、戦争があったのは八年前だと。……その可能性はある。
・・・・
オレは鼓動を抑えながら、地下の建物内を歩き回っていた。Tシャツの少年がここを拠点にしていると言うのなら、どこかに食糧を保管しているはず。
ん……? 火が灯っているのか、妙に明るい個室を見つける。いや個室じゃない、エレベーターだ。扉は壊れていた。明かりが気になって覗いてみた。
天井が壊れていて、空からは太陽の光が差し込んでいる。そして、一つ下の階から煙が立ち上っていた。やはり火が灯っている。肉の焼ける臭いがする。
下の階には、Tシャツの少年。焼けた肉を食っている。オレは疑問を投げかけずにはいられなかった。
提督「おい……お前……それは、“何の肉”だ? そこに転がってる骨は、“何の動物の骨”だ……?」
少年2「……人の肉だよ。見るからに健康そうなアンタには分からないかもしれないが、これしか食うものがないんだ。
土壌は汚染されきって作物は育たない。動物も死に絶えてる。山奥や海沿いももう人で溢れかえってて何も食えやしない。
ここで廃品に紛れ込んだ貴金属を集めて、水や食べ物を買う。子供のおれたちにはそれしかできない。それすらまともにできないんだ」
少年は躊躇いなく答えた。倫理的な葛藤などとうに忘れた様子だった。そんなことを考えていては生きていけないのだろうが。
提督「…………」
言葉が出てこなかった。ここで綺麗ごとを言うのは簡単だ。人は何のために生きているのか、お前は他人の肉を食ってまで生き永らえたいのかと。
そうは思った、だが。オレが同じ立場になった時、自制できるだろうか。他に生き残る術がなかった時、どうするだろうか。
オレは、まだ死ぬわけにはいかない。誇りと自分の命を天秤にかけたら、恐らく後者を取る。
極限まで餓えに苦しんでいたら……同じことをするかもしれない。
提督「わかった。もう、それを食うのは……やめろ。オレが、お前に協力する。もう、そういうことはしなくていいように、オレが助けてやる。
一緒に生き延びる方法を考えよう。オレがどうにかする……」
少年2「アンタ、変わってるな……今までそんなこと言うやつに会った事がなかった。けど、無理だ……もう何も変わらない。
きっと、戦争が始まる前から……おれらが生まれる前からずっと手遅れだったんだ。おれらの親やその前の世代からずっと手遅れだったんだろう」
提督「何言ってんだ。お前、人の肉を食ってでも生き永らえてるじゃないか。それでも生きていたいんだろ、執着があるんだろ?
だったら、大丈夫だ。オレだってお前と同じだ。生き残るために、自分の望みを叶えるために生きてる。悲観的になるなよ、現状を変えたいんだろう。
その意志があるから死ねないでいるんだろ? 苦しくても諦めきれないんだろ? 違うか?」
真っ直ぐな瞳で、こちらを見上げる少年。
少年2「分かった。あんたを信じるよ……。これを片付けたら、そっちに行くよ。アンタの考えを聞かせて欲しい、先にあいつのところへ戻っていてくれ」
促されたとおりに、オレはタンクトップの少年のところへ戻った。
少年2「アンタみたいなやつにもっと早く会えてたら、おれの人生は変わっていたのかな……」
・・・・
戻ると朝潮が立っていた。悲しそうな顔つきでこちらを見ていた。
朝潮「司令官……気の毒ですが、この子はもう……」
タンクトップの少年は何も語らない。さっきまで苦しみ呻き声をあげていたとは思えないほど安らかな表情をしている。
朝潮「衰弱しきってしまって……自分の力ではもう呼吸することも、心臓を動かすこともできないようです。何か機材があれば、助かったのかもしれないのですが……」
提督「……。そうか……」
オレは、不思議と悲しみの念が湧いてくることはなかった。というよりも、見ず知らずのオレが勝手に悲しんだところで、こいつが救われるはずもない。
だから、出来事として受け入れるしかない。それ以上の感情を抱くことは、こいつの命に対して失礼なような気がしていた。
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! 鈍い落下音が何度か聞こえる。地上から何かが落とされているらしい。さっきのエレベーターの方からの音だ。
落下音とともに悲鳴が聞こえた。Tシャツの少年の声だ。慌ててエレベーターへ駆け寄り、下の階を覗いた。上から落とされたゴミで満たされていて何も様子が分からない。
穴の開いた天井を見上げると、トラックが去っていく姿が一瞬見えた。叫んでもTシャツの少年の声が返ってくることはなかった。
・・・・
下の階に行って探したが、結局Tシャツの少年の姿は見つからないままだった。ゴミの下敷きになってしまった可能性が高い。
見つけたところで、これだけ時間が経過したらもう助からないだろう……。
提督「この世界は……オレたちの居る世界とは違うみたいだな。どうしてこんなことになってるんだ……? どうしたってこいつらがこんな目に遭わなきゃならねえ!」
730 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 00:05:27.79 ID:fXJC48ZzO
ヤコブ病か
似たような病気で牛も肉骨粉で共食いさせると狂牛病になるんだよな
厳密には共食い云々が原因というよりも何万分の1の確率で起こる異常プリオンってタンパク質が原因なんだが
本来ならそのタンパク質が生まれたところでその一頭が[
ピーーー
]ば伝染せずにそれでお終いだが共食いで他の異常のない動物が食らうと伝染してこの有様よ
つまり狂牛病の人間バージョンがヤコブ病って言われてるな
原因も両方とも異常プリオンだし
まあ共食いじゃなくて他の動物が食べても狂牛病が人間に感染るように普通に伝染するんだがな
731 :
【26/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:10:24.68 ID:du8xjrVn0
朝潮「司令官……」
提督「悪い……朝潮の前で言っても仕方ないことだよな。声を荒げて驚かせちまった。元の世界へ帰る方法を考えなきゃあな……」
朝潮「司令官……この世界を、救いましょう。私の手を握ってください」
何を言ってるんだ……? 手をこちらに差し出す朝潮。わけもわからず、言われた通りに手を握る。
ブン! と風を切るような音がした。目の前の景色が一瞬灰色に歪んだ。すると、ゴミだらけだった廃墟の景色から一変、車が並ぶ駐車場に一瞬で移動した。
提督「一体お前、何をした……? ここが元の世界、なのか?」
朝潮「いいえ。“この世界の”時間を八年前に巻き戻しました。この世界でこれから起こる悲劇を食い止めることが出来れば、元の世界へ帰ることができるでしょう」
時間を戻した? 八年前に? これから起こる悲劇……ってのはタンクトップの少年が言ってた戦争ってやつか。しかし状況が飲み込めねえ。
提督「朝潮……お前、何か知っているな? 一体全体何がどうなってやがんだ、お前は何を知っているんだ?」
朝潮「順を追って説明しますね。私たちの居た世界を“基本世界”……つまり基準となる世界線としましょう。この世界はその基準となる世界線から外れた、異なる世界線。
ここでは“異世界A”と呼びます。ここ異世界Aから基本世界に戻るのが私たちの目的となります」
朝潮「基本世界に戻るためには、既存の因果律を破壊することによって発生する“時の終点”に到達する必要があります。
既存の因果律を破壊するということは即ち、過去を改変して歴史的な重大事件の顛末を変えるなど大規模な過去改変を行うこと……あるいは。
世界に流れる時間を極限まで加速して、この世界で起こるであろう全ての因子と結果を収束させてしまえば、“時の終点”へ辿り着くことが出来ます」
提督「時間を巻き戻して本来あるべき未来と矛盾を起こすか、時間をひたすら早送りすることで“時の終点”へ辿り着けるのか。そうすれば元の“基本世界”へ戻れる、と。
だがちょっと待て……オレたちはブルーホールに呑まれてここに来た、そうだよな? どうしてお前はそんなことを知っている? どうやって時間を巻き戻す能力を手に入れた?」
朝潮「ここが“異世界A”だったとして……ブルーホールに呑まれて私が最初に辿り着いた世界は“異世界B”でした。つまりこの世界線とも異なる世界。
異世界Bの中で私はこの青色の“時の歯車”を入手し、時間を巻き戻す能力を手に入れました。異世界Bから時の終点を経てこの異世界Aにやって来たのです」
青色の歯車を見せる朝潮。朝潮の掌でふよふよと浮いている。
提督「? えっと……朝潮は“異世界B”から“時の終点”へ辿り着いた。だったらどうして“基本世界”にそのまま帰らずに、わざわざこの“異世界A”に来たんだ……?
オレを捜すためか? そんなことをするなら基本世界に戻ってから時間を戻せばよかったんじゃないか? ブルーホールに足を踏み入れる前にな」
朝潮「私が“異世界B”からこの“異世界A”に来たように、司令官も私が居た“異世界B”へと行くことになるんです。未来の話ですが。
この“異世界A”での全ての顛末を経験した司令官と、基本世界からやってきた直後の私が邂逅したのです」
提督「? 未来のオレが最初のお前と会って、それからオレと会ってきたお前が今の何も知らないオレとこうして会っている。
これからオレは“時の終点”に辿り着いて何も知らない過去の朝潮と会う……。なんとなく、理屈の上では分かったがような気がするが……」
??「陛下!? やはり陛下は生きておられた!」
へいか……? 何のことだ? 駐車場に響き渡る女の大声。背の高い、黒いスーツを着た女がこちらへ駆け寄ってくる。
提督「あれは……大和じゃないか!? 大和型戦艦一番艦、大和! 艦隊決戦の切り札であり、オレらの世界における最重要戦力の艦娘。なんで奴がこんなところに……」
大和「大和をご存知ですか、光栄です。ですが今はそれどころではありません……一刻も早く陛下のご無事を報せなければ」
大和は慌てた様子でオレと朝潮を高級そうな車に乗せると、とんでもないスピードで車道を駆け抜けていく。隣に座る朝潮がオレに耳打ちをする。
朝潮曰く、この大和はオレらの知る戦艦大和という艦娘によく似た普通の人間らしい。どうにもこの世界には艦娘や深海棲艦というものが存在していないようだ。
・・・・
巨大なビルの最上階まで連れられた。ビルの中で会った人々はオレにひれ伏して頭を下げていた。アロハシャツ姿のオレを相手に。
提督「なんだってこんなに厚遇されてるんだオレは……? それに、陛下って……?」
朝潮「私も詳しいことは分かりません。ただ、この世界での司令官は、“やんごとない血筋の”人に似た見た目をしているそうですが……」
提督「オレたちの世界で言う菊の御紋の一族として扱われてるってことか……? しかし、この畏れられ方はどちらかと言えば“将軍様”だ。
第二次世界大戦の再現って具合か? なんだかよく分からねぇが……」
あれよあれよという間に勝手に話は進んでいき、オレは華美で派手な衣装を着せられた。大和は壁掛けのモニターの電源をつけ、映像を見せた。
大和「陛下……よくぞご無事で。国民もみな陛下の存命を心から喜んでおります」
モニターに移る映像は、渋谷のスクランブル交差点で熱狂する人々の姿だった。
提督(ワールドカップでもあったのかよ……)
しかし映像内の人々が食い入るように見つめているのは、オレの姿だった。建物に設置された巨大な液晶に映る今のオレの姿だった。どうやら放映されているらしい。
大和「陛下がおられる限り、この国が滅ぶことはありません! 我が国を襲う悪鬼を討ち払い、勝利を掴むのです!」
・・・・
迂闊に口を出せないなと思い、黙っていた。放映が終わり大和が部屋から出て行った後、オレは朝潮に相談しようとした。
しかし、いつの間にか姿を消していた。一緒に最上階までは来ていた、大和に退室を命じられた様子もなかった。
となると、自分の意思でどこかへ行ってしまったのだろうが……一体どこへ? 何かアテがあるというのか?
一人取り残されたオレは、部屋にあった本棚を片っ端から飛ばし読みすることにした。この世界はどういう経緯でこういう状態になったのかを調べようと考えていた。
朝潮の言っていることも大和の言っていることも分からねえ。だが、人間の肉を食わなきゃ子供が生き残れないような未来になるってんなら、食い止めるしかねえ。
事態はまるで把握できていないが、それでもオレなりに出来る最善を尽くそうと思った。
732 :
【27/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:41:23.58 ID:du8xjrVn0
世界恐慌レベルの経済不況が起こり、戦争が起こった。これが第二次世界大戦。ここまではオレたちの生きていた世界の歴史と同じ。けどそこからが違う。
オレたちの世界では、それからしばらくして深海棲艦という人類に危機を及ぼす明確な敵となる存在が襲来してきた。
どうやって奴らが生まれたのかは分からない。けれど今も深海の底で増え続けていることは確かだ。
その深海棲艦の登場と同時期に現れた艦娘という人型兵器を運用することで奴らに対抗しているものの……戦況は芳しくない。国同士で戦っている余裕など当然ない。
今でこそ各地に鎮守府や泊地などの拠点が建っていてある程度の戦果も上がっているが、今日に至るまでの犠牲者の数は計り知れない。
一方で、この世界……“異世界A”は違っていた。深海棲艦など現れることはなかった。
平和が長い間続いていた。社会保障が充実し、国民一人一人の権利が守られている民主主義国家……だった。
しかしある時、先の大戦と同じ流れが起こった。それから戦争へと突入してしまった。恐ろしいことに、今回の戦争は敵国が存在しない。
引き鉄となる出来事は中南米で発達したマフィアが起こしたとも、自らの影響力の低下を恐れた石油財閥がけしかけたとも言われている。
いや、この際どこの誰がきっかけはどうでもいい。問題なのは、この戦争によって誰が得をしているかだ。
大和「残念なことに、この国にも反政府組織と内通している者が紛れ込んでいるようです。検閲を強化して、通信を傍受することにしました。
秘密警察も各地に配属しています。既に幾つかの大国では暴動やテロ、侵略が横行して国家としての機能が破綻しているとのこと……。
陛下が居なくなれば、我が国も同じ末路を辿ることになるでしょう。それだけ陛下はこの国にとって大切なお方なのです、必ずお守りします」
提督(まるで警察国家だな……民主主義が聞いて呆れる。しかし……)
こうなったのもまた民主主義のせいなのだ。政治家は己の腹を肥やすことしか考えない、声の大きい扇動家が不安だけを煽り、国民も国家への希望を失う。
不況とテロリズムの脅威がその恐怖感を後押しして、絶対的な権威者を擁立させようとする運動が盛んになった。結果として今のようにオレが祭り上げられている。
もっとも、オレは異世界から来た人間なのだが。全く無関係な人間が、容姿が似ているというだけこうなるとは奇妙な話だ。まあこれにはどうにも事情があるらしい。
大和「陛下がテロリストに刺殺されたと聞いた時は、この国の落日かと思いました。不謹慎ですが、影武者で良かったと安心しています」
恐らく、オレがこの世界にやって来ずとも、代わりの陛下ってやつが無理矢理擁立されていたのだろう。
どうあれオレはその陛下というやつに成り代わってこの状況を打開する必要があるが、疑問なのは……。
提督(一体オレに何が出来るというのだろう。不満を持った人間たちが各々暴動を起こしている。そしてその者たちの不満を全て解消してやることは不可能だ。
だから、警察国家のように監視網を敷いて力づくで従わせ、国家としての結束を保つ。……理には適っているが)
提督(これじゃまるで全体主義国家だ。ヒトラーの独裁政治、そしてその末路と同じことを辿るか? バカ言え……)
提督「不安や対立を煽っているやつがいるはずだ……と言っても、単に恐怖心で行動している連中じゃない。人々の恐怖を煽ることで利益を得ている奴らだ。
それを知りたい。たぶん……情報統制に意味はない。テロリズムという過激な形で発露されるもの以外の不満は放っておけ」
提督(未来の様子から、貨幣経済は一応残っていると考えられる。金のためにやる戦争なら、全世界でテロを起こす理由が分からない。
なんだってそんなことをする? どこかの国と国を競わせて代理戦争でもさせれば良いんじゃないのか?)
・・・・
三日が経った。未だに朝潮の姿は見つからない、艦娘だから人間が束になったところで傷つけられるようなものではないはずだが……一体どこへ行ったんだあいつは。
朝、反政府組織のアジトの殲滅に成功したと大和が報告してきた。テレビのニュースでも大々的に報道されていた。
提督「どこの報道局も、まるで巨悪を討ち滅ぼしたかのような口振りだ。こんなものは氷山の一角だというのに」
大和「ええ。母体となる組織が存在しているようです。調査を続けています」
提督(そんなことは分かりきっている……誰が得をしているんだ? 国家がわやくちゃになって、人々の暮らしが成り立たなくなる。
既得権益にしがみついてその勢力を伸ばすか、それを打ち破って新たな権益を得ようとするにしても、全世界を滅茶苦茶にしようって考えには至らねえはずだ……)
提督(テロってのが厄介だ……敵として倒そうにも実体がない。和解しようにも姿が見えない相手とどうやって協調すればいい。
永遠に後手後手の対応を迫られ続ける……。国家転覆を企むにしても、国家そのものが瓦解しちゃあ意味がない。そのぐらいのことは相手だって分かるはずだろう)
窓から地上を見遣ると、街宣車とそれに続いて行進する人々が見える。人々は単一の服の色を着ている。
『陛下万歳』……なるほど、マスゲームか。上空から見て文字に見えるように行進しているようだ。
提督「大和……あれ、近くで見れるか」
大和「いえ、陛下の身に何かあったら危険です。映像でよろしければ構いませんが……」
提督「(事実上の軟禁だなこれは……)だったらそれでいい、見せてくれ」
五分ほどして、壁掛けのモニターから映像が中継された。行進の様子を見に来た道路脇の人々は、陛下万歳! と口々に叫んでいる。
また、「テロリストを殺せ!」「異邦人を殺せ!」などと、聞きたくもないような幼稚な音声も紛れていた。
提督(狂信。盲従。排斥。こいつら揃いも揃って異常者だ……オレを唯一神かなんかだと思ってるに違いねえ)
提督「悪い……もういい、映像を止めてくれ。ハァー……」
大和「テロを恐れるあまり行き過ぎた差別主義に走る者も居るようでして……お気を悪くさせてしまいましたか。すみません」
慌てて映像を消し、気まずそうに頭を深く下げる大和。
提督「いや、オレから頼んだことだからお前が謝る必要はない。だが……」
提督(この世界に来てからというもの、日に日に嫌悪感が増していく。早く元の世界に戻らないと頭がおかしくなりそうだ)
提督「それでも……中途半端で逃げ出すわけにはいかねぇ。あんな未来は起こさせねえ……」
結局オレはここに座って、大和が伝える情報を受け取ってるだけだ。「調査するように」と指示してるだけで、何も成果を上げてねえ。
あのガキ共に……正しい未来ってもんを用意してやりてえ。こんな狂った世界でも、オレは絶対投げ出したりなんかしたくねえ。
733 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 00:55:34.10 ID:du8xjrVn0
番組(?)の途中ですが、安価待機勢に連絡です。
ご覧の通り全部投下しきるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、安価は本日の22:00からにします。
明日は月曜……というかもう今日が月曜なんで、早く寝なければという方も多いでしょう。安心してお休みくださいませ。というか私も一旦寝ます。ゴメンナサイ。
なんでこんなに投下が時間がかかるかって……? 行数&バイト数制限で引っかかりまくって削りながら投下してるからっす……。
あとヤコブ病のくだりは
>>730
さんが補足してくれた通りで、作中では触れてませんがプリオンってやつを経口摂取したりすると起こりますです。
必ずしも食人で起こる病気とは限らないのでクロイツフェルト・ヤコブ病の人を見てもカニバだー!とか思っちゃダメです。
身近にそういう人は滅多にいないと思いますが。
734 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 01:02:44.68 ID:dO6DcvSJO
乙
せっかく長めの文章書いたのに削るなんて勿体無いのな
735 :
【28/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 20:48:56.57 ID:du8xjrVn0
一ヶ月が経った。その間、オレはずっとビルから外へ出ることが出来なかった。抜け出そうとしても必ず誰かが護衛についている。
一人になれるのは自分の部屋だけだった。耳に入ってくるのは気分を悪くするようなニュースばかり。
状況を改善したいと心では思っていても、抜本的にどうにかする方法などまるで浮かんでこない。
タンクトップの少年の話が本当なら、今年中にこの国は焦土と化す。そうなってからじゃもう手遅れだ。焦りだけが募っていく。
ノックの音。誰も部屋に入れたい気分ではなかったが、拒む理由はない。招き入れる。
朝潮「司令官! お久しぶりです!」
ボロボロの格好で敬礼を向ける朝潮。中破状態といったところだろうか。服やスカートが破けてしまっている……。
鎮守府的にはよくある光景だが、この姿のままここに来たのだとしたら……ちょっとまずいんじゃないか。
あとで服は用意してやるとして……詳しい話を聞くべきだろう。この一ヶ月間、何をしていたのかを。
朝潮「申し訳ありません……本当はもっと早く突き止めるつもりだったのですが……。これを手に入れるのに、少々時間がかかってしまいました」
提督「錠前付き鉄製の小箱……? 中に何が入っているんだ?」
朝潮「“時の歯車”です。私が持っている、時間を過去に巻き戻す“青い”時の歯車とは異なり、時間を未来へと早送りする力を持つ“赤色の”時の歯車です。
ですが……このままでは使えません。この箱の鍵を開けないといけませんから」
提督「箱を手に入れた状態でそれより前に時間だけを巻き戻せばいいんじゃないのか? それは出来ないのか?」
朝潮「そうすると箱は私の手の中から消えて、元の場所へ戻ってしまいます。一ヶ月前に司令官とこの八年前の時代に来ましたよね。
手を繋いだ人間の意識や状態を引き継いだまま時間を戻すことは出来るのですが……物はその限りではないようで。意識の有無によって差があるようです」
提督「あまりよくわからんが……そうか。……ま、なにより、無事で良かった、安心したぜ。次離れる時はちゃんと伝えてくれ、心配するだろ」
・・・・
朝潮のために用意されている部屋はなかった(どころか、朝潮の存在自体オレの近侍またはメイドとして周囲に認識されているようだ)。
だから自分の部屋に朝潮を泊めることにした。とりあえず服は着せた。
提督「情勢は最悪だ……いや、最悪の度合いを日に日に更新していく。街じゃ魔女狩りならぬテロリスト狩りが流行ってる。
勝手な言いがかりで罪のない人を逆賊に仕立て上げて集団リンチを行う……。情報統制のためでなく、テロリスト狩り対策のために秘密警察を配備しなきゃならない始末だ」
提督「オレは、一ヶ月間ずっと何も出来ないでいる……ただ座して話を聞いているだけの盆暗だ」
うっかり漏れ出た弱音。聞き逃してくれれば良いのものを、朝潮にしっかり拾われてしまう。
朝潮「それは間違いです。『卒に将たるは易く、将に将たるは難し』……故事からの引用ですが。卒とは兵士のこと。
兵を束ねる将官は、人より突出した才覚を持つ者がなるべきです。ですが、諸将を束ねる将に求められる資質は、技術や才能ではありません」
朝潮「確かに今、司令官一人のお力でこの状況を覆すのは不可能でしょう。ですが、ご自分を責めるべきではありません。
司令官は将の将になればよいのです。才気や智謀はなくとも……司令官には、人を引き寄せる何かがあると私は思っています」
朝潮「少なくとも私は……朝潮は、司令官のお陰で成長することが出来ました」
晴れがましい笑顔で微笑みを向ける朝潮。今まで彼女がこんな風に微笑みかけたことがあっただろうか?
提督(オレは朝潮に何かしてやったことがあったか? 普段は仕事の話しかしていた覚えがないぞ……。それに、朝潮はこんなことを言うやつだったか?)
オレは、正直のところ……朝潮のことを自分にとって都合の良い存在だとしか思っていなかった。
嫌な顔一つ見せずオレの指示に従う。干渉もしてこない。まるで道具のように便利だった。しかし、そんなことはもちろん口には出来ない。
朝潮「朝潮は、司令官にとって道具のように便利だったでしょう。私もそうあり続けることを望んでいました」
背筋に寒気が走る。こいつは何を言ってるんだ。今考えていることを未来のオレが打ち明けでもしたのか? いやそんなことはするはずがない。
そんなことをする意味がない。朝潮は何を考えているんだ? 何をオレに伝えたい?
朝潮「でも……もう、司令官の道具ではいられません。私は、自らの意志で司令官に従うのです。司令官の意志と信念に共鳴して、お傍に居たいと思うのです」
澄み切った迷いのない眼差し。こいつは、こんなに綺麗な目をしていたのか……。
その目は口よりも力強く彼女の想念の大きさを物語る。オレの知る朝潮とは何かが違う。今までの朝潮とはどこかが違っている。
朝潮「司令官には、朝潮がついています。……どんな時でも、どこに居ても。心は司令官と共にあります」
朝潮の、絶対的な信頼。妄信しているわけでもないらしい。オレという存在を理解した上で、心から信頼している。
だがその信頼の発生源がオレには分からなくて……誰にも言うまいとしていたことを話し出してしまう。
自白剤でも打たれたかのように、打ち明けずにはいられない気持ちになった。
提督「オレの年齢は、今年で24歳になる。オレの両親が今のオレと同い年の頃に、オレは朝潮と同じぐらいの背丈をしていた。
今のオレに、朝潮と同じぐらいの子供が居るようなもんだぜ? 笑っちゃうだろ? ……」
提督「両親は祖父母や親戚から見放され、とにかく金がなかった。母親は毎日風俗で働いてた。父親は仕事のストレスから酒に溺れてアルコール中毒になった。
望まれずに生まれたオレは毎晩のように虐待を受けてた。ランドセルだって買ってもらえなかった。
手提げ袋で学校に通うオレは変わり者だって皆に笑われて、クラスメイトに石を投げられながら家に帰った」
提督「生まれてきたくて生まれてきたわけじゃない、こんな苦しいなら死んだ方がマシだと何度も呪った。けど、オレはまだ生きることを諦め切れなかった。
だから誓った。絶対に復讐してやるってな。誰よりも上に立ってやるって、底辺からでも這い上がれることを証明してやるって誓ったんだ」
歯を食いしばり、息を吐き出す。今でも恨みは忘れねえ。憎しみを抱えながらここまでずっと歩いてきた。
提督「海軍少将の地位まで上り詰めて、誰もオレを馬鹿にする奴は居なくなった。そして気づいたんだ……オレには才能がないってな。
結局、まともな教育も受けずロクな仲間も持てず、一人で突っ走ってきたオレには、自分が持ってる小さな脳味噌の中で物を考えることしか出来なかった」
736 :
【29/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:10:22.18 ID:du8xjrVn0
ベッドの上に座っているオレの肩に寄り添うように身を寄せる朝潮。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、余計に自分が情けなく思えてくる。
提督「だからここから上には昇れない。最近になって自分で気づいたのさ……一週間の休暇も、実は退役する相談をしに本土へ向かうつもりだった」
朝潮は何も言わず、ただオレを抱き締めた。オレは振りほどくこともなく、何を言うこともなく、そのままでいた。そしていつしか眠りに落ちていた。
・・・・
翌朝、朝潮が異変に気づく。
朝潮「司令官! 敵襲です! 東の空からやってきたあの武装ヘリ……十数機はありますね。撃ち落すことも可能ですが……」
朝潮「あのヘリの中に“時の歯車”が入っているこの箱の鍵を持っている人間が居ます。鍵の破壊は避けなければなりません……。
しかし、裏を返せば奴らも迂闊に地上を爆撃したりすることは出来ないということ。地上戦になるでしょう。敵は恐らくこのビルに向かってくるはずです」
提督「(まるでこうなることが分かっていたみたいだな……)大和に言って、他の者を退避させよう。朝潮一人で十分か?」
朝潮「戦車の砲弾でも中破で済んだので、問題ないかと!」
提督(その箱を手に入れるためにどんな戦いをしてきたんだ……?)
・・・・
最上階。朝潮によって気絶させられた屈強な男たちが次々と山のように積み上げられていく。
最後に入ってきた男は、それまでの男たちと比べると小柄な体格だった。そいつは、この国で“陛下”と呼ばれている人間と同じ顔をしていた。
謎の男「おぉ……オレの影武者か。道理でこの国がしぶとく続いてると思ったよ。一度壊れてくれた方が都合が良かったんだが」
提督「オレはオレだぜ。国を捨てた陛下様の影武者なんかじゃねえ。お前の方こそオレと同じ顔しやがって……気持ち悪ぃ」
オレと全く同じ体形・顔つきをした男。まさか、ドッペルゲンガー……? 大和たちが誤解するのも頷けるぐらいこいつとオレは似ている。いや、こいつにオレが似てるのか。
謎の男「一端の口を叩くんじゃねえ、偽者。お前、知ってるんだろ? “時の歯車”ってやつが入ってる箱の在り処を」
男はオレに銃をつきつけた。オレも銃をつきつける。
提督「まあそう慌てるなよ……自分が死んだらボカン! 鍵や箱も巻き添えなんて仕込みをしていたらお互い面倒だろ。勝った方が総取りのルールで行こう。
一旦銃をしまえ。3・2・1・0の合図でお互いの目当ての品を机に置く。次の3カウントで銃を引き抜いて撃つ。簡単なゲームだろ? お前は鍵を出せ」
男は頷き、銃をしまった。オレも銃をしまって、カウントをする。
提督「3・2・1……」
提督「ゼロ」
オレは机の上に箱を置いた。男も机の上に鍵を置いた。と、同時に銃声。しかし弾丸は放たれない。朝潮が時間を戻して細工しているのだ、当然そうなる。
机の上に飛び乗って男に飛び掛り、鍵を奪い取る。反撃しようと殴りかかってきたが、身をかわして跳び退る。
男は朝潮に拘束され身動きが取れないでいる。オレは鍵を開けて歯車を取り出した。
男「チッ……謀られたか……。歯車さえ手に入れればどうにでもなると思っていたが、考えが甘かった……」
提督「違ぇな。確かに“時の歯車”を手に入れれば、都合が悪い出来事の起こる時間だけを取り除けばいい。
だが、お前が自らここに来た理由はそうじゃねえ。お前は誰も信用できなかった。信用できる味方がいなかった。だから最後の最後で自分で決着をつけようとした」
男「何が言いたい? オレにはもう反撃する手段が残ってない。お前に敗れたんだ、そのピストルで心臓を撃ち抜いて殺せよ。
“時の歯車”を手に入れた今、お前はこの世界の全てを牛耳る力を手に入れたんだ。お前がオレに代わって支配するといい」
提督「どうせ死ぬって覚悟決めてんだったら……一つ教えてくれねえか。なんだってこんなふうに世界中でテロを起こしてる?」
男「オレ一人が黒幕ってのは勘違いだな。人口を減らそうって企んでるヤツらが居る。事実、このまま行けばこの星の資源はもう百年持たないと言われている。
だから自分たち以外は旧石器時代のおサルに戻しちまおうなんて考えてる奴らがいるのさ。これが第三次世界大戦の答え」
男「だが……その“時の歯車”があれば、時間と資源の消費という過程をすっ飛ばして成果物だけを手に入れることが出来る。それが無限に行える。
もはや永久機関だ、そいつがあれば全ての問題は解消する。オレはその歯車を手に入れて……新たな国を作ろうとしていた」
提督「悪いが……こいつは渡せない。お前がこいつを手に入れたところで、未来はお前の理想通りにはならないことをオレは知っているからだ。
けどな……オレはお前を殺さない。お前の今の話を聞いて、お前を信じたくなった。だから生かしておく。お前がこの国の本物の陛下ってヤツなんだろ?」
朝潮とオレの体が光に包まれていく。景色が変わっていく。これが“時の終点”……?
提督「だったら国は捨てんな。未来に生まれた子供が悲しまねえような世界にしてくれ……じゃあな」
・・・・
朝潮「司令官……ようこそ、“時の終点”へ。因果律の改変が起きたようです」
提督「あれで良かったのか……? オレは本当にちゃんとあの世界を救えたのか? 最初にあったガキ共が、惨めな思いをしてないと良いんだが……」
朝潮「きっと、あの世界は変わりました。……未来は変わったのでしょう。だからここに辿り着けた」
提督「あー……これからまだ、オレは……最初の朝潮がいた世界に行かなきゃなんねえんだよな? 大丈夫だったか、オレは。上手くやれてたか?」
朝潮「はい! 司令官の言葉のおかげで、私は自分なりの気持ちに向き合うことが出来ました。もう、迷いはありません……」
青色の扉が目の前に現れた。朝潮から赤い歯車と手紙を手渡される。二つを受け取ると扉が開き、開いた扉から伸びてきた無数の手がオレを中に引きずり込んでいった。
737 :
【30/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:35:22.87 ID:du8xjrVn0
扉が消えるのを見送った二人は、すぐに再会することになった。
朝潮「終わったのですね……」
提督「そっちもな。お疲れさん」
提督「手紙……読んだか? 読んだよな、でなきゃ先に起こることが分からなかったはずだしな」
朝潮「司令官も……大変でしたよね……。読み取られてしまうと大変だから、断片的にしか書けなくて……」
提督「手紙では褒めてもらってたが、オレは戦闘機なんて操縦したことが無かったんでな。手紙読んだ後必死こいて練習したけど付け焼刃だなありゃあ。
朝潮の前ではカッコいいとこ見せるつもりで気張ってたけど、実はちょくちょく被弾したタイミングで時間を飛ばしてたんだぜ。だせぇよな」
朝潮「それを言うなら、私も一ヶ月連絡もなく司令官をすっぽかしたままにしてしまいました。心配かけてすみません……」
二人は笑い合って、向き合った。お互いに伝えたいことがあるようで、神妙な顔をしている。
提督「手紙……の話なんだけどな。最後の行……」
朝潮「読みました……」
提督「これは、命令じゃない。お前の気持ちに委ねたいと思ってるから、強制はしない。オレは、お前の言っていた通り、『将の将』を目指す。
……けど、そうなるためには朝潮の力が必要だと思ってる。だから……オレの傍に居てくれよ、オレと一緒に居るって約束してくれよ」
提督「大の男が、こんなところで震えてら……みっともねえ。けど、朝潮みたいに、オレを心から認めてくれる存在は初めてだったんだ。
だから……少しだけビビッてんだ。ハッハッハッ。オレ、やっぱよえーな。無頼気取ってるだけで、ホントはビビリなんだ」
提督「けど……やっぱりオレはまだ諦めきれねえ。未だに上を目指したいと思ってる。そのために、朝潮が必要なんだ」
朝潮「司令官は……強い人ですよ。憎しみや苦しみに苛まれながら、それでも上昇志向を貫き通してきたじゃないですか。
そして今……閉ざしていた心を開いて、人と向き合おうとしている。そんな立派な人のお願いを、断れるはずないじゃないですか」
朝潮「司令官のお傍に居ますよ。約束します」
提督「ありがとう。お前は最高の相棒だよ……いや、最高の相棒として頼るのはこれからだな。よろしく」
朝潮「あの、司令官……? それで、私の手紙の最後の行なんですが……」
提督「言ったよな? オレと朝潮は……その、見るからに外見年齢が釣り合ってないって」
朝潮「はい。それでも……私の本心です。伝わらなくても、及ばなかったとしてもいいんです。それでも、言葉にせずには居られなかったんです」
朝潮「司令官とケッコンしたいんです。あわよくば……法が許すなら、正式な婚姻関係も結びたいと思っています」
提督は、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからしゃがみ込んで朝潮と目線を合わせ、彼女の右手を両手で握る提督。
提督「分かった……覚悟は、した。いいぜ……オレも誓おう」
提督「しかしだな……朝潮、お前も案外考えなしなやつだな。オレと違って朝潮には将来ってもんがあるだろう。
艦娘だから艤装を解体でもしない限り老化したりするわけじゃねえ。かたやオレの時間は……」
提督から手を離してポケットから“青い”時の歯車を取り出し、それを真っ二つにする朝潮。
提督「は!? 何やってんだお前……。二つに割った歯車を、身体に……?」
朝潮は、青い歯車を提督の胸元に押し付けた。歯車は溶けていくかのように彼の身体に染み込んでいく。
朝潮もまた半分になった青い歯車の片方を自分の心臓部の上に押し当てた。
朝潮「一ヶ月間、時間を戻しては繰り返してを続けていて……こういう使い方も出来ると知ったんです。私と司令官の時間を共有しました」
朝潮「艦娘と人間とでは、轟沈する可能性を考慮しなければ寿命のある人間の方が短命でしょう。
だから健やかなる時も病める時も共に……というわけにはいきません。そこで……」
朝潮「私が生きている間中ずっと、司令官も老化しないという魔法をかけました。
身体に危機が及ぶと肉体の時間が巻き戻って再生するので、溶鉱炉に飛び込みでもしない限り死ぬこともないでしょう」
ニコニコ顔の朝潮を見て、頭を抱える提督。
提督「んぁ〜……それは嬉しいんだが……。予想以上にぶっ飛んだ愛情表現で、脳が混乱してるぜ。結婚指輪よりも断然強烈だなこれは……」
朝潮「ええ。これだけ強い想いを抱いてしまったのは司令官のせいなんですから、責任は取ってもらいます」
提督「やれやれ……これじゃ乙川のやつを笑えんな。しかし……どうやったら“基本世界”に戻れるんだ?」
提督が疑問を口にした瞬間に、彼の持っていた赤色だった歯車は七色に輝き始め、色とりどりの光を放つ。
・・・・
執務室のソファの上で提督と朝潮は目覚めた。ソファから立ち上がり、眠気覚ましにストレッチをする朝潮。
ソファに寝転がったまま拳を上に掲げ、無意味にグーとパーを繰り返している提督。
朝潮「結局あれは夢だったのでしょうか……。ようやく普段の泊地に戻ってきましたが……」
提督「赤い歯車は無くなった。オレたち二人を元の世界に戻すための動力となって消えたのか? けど青い歯車はオレたちの身体に残ったままだ」
陽炎「司令ったらこんなところで居眠りして! よりによってこんな大事な日に……ずいぶん図太い神経してるわね」
738 :
【31/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 22:27:55.66 ID:du8xjrVn0
如月「むしろ、それだけ肝が据わっているから元帥に任命されたんじゃない? でも、ちょっと出てってもらうわね」
提督「元帥……?」
如月「ほらほら〜、花嫁の着替えが気になるのは分かるけど……我慢我慢」
朝潮「はな、よめ……?」
部屋に入ってきた陽炎と、その同期の艦娘である如月に部屋を追い出される提督。頭上に?マークが浮かんだまま廊下に立っていた。
・・・・
ラバウル泊地の中庭で、提督と朝潮の二人を多くの艦娘たちが囲んでいた。タキシードを着ている提督とウェディングドレスに身を包んだ朝潮。
二人の薬指にはきらりと光る銀色の指輪が嵌められていた。既に一渡りの儀礼は済ませた後だったため、くつろいでいた。
華燭灯る席に着く二人の前に艦娘の一人、五月雨がてけてけと駆け寄ってくる。
五月雨「二人とも素敵でしたよ〜! 緊張しなかったんですか? 随分堂々としてましたね」
提督「全くしなかったな。というか、いまいち現実感がなくってな……(指輪よりえげつないもん貰った後だしな……まさかカッコカリより先にこうなるとは思わなんだが)」
朝潮「そうですね……私にとってもまるで夢のようです(司令官に……キス、される日が来るなんて……)」
五月雨「さすがですね〜……。元帥を任される提督とその秘書艦ともなると、振る舞いもなんだか洗練されているように見えます!」
提督「いやァー、んなことねぇだろうよ……オレには荷が重過ぎるほどの大層な肩書きだ。この地位は実力で勝ち取ったもんじゃない、偶然みたいなもんさ。
オレ自身まだまだ至らないところだらけだ……だが、いつかはこの地位に真に相応しい提督になってみせる。だから、これからもよろしく頼むぜ、五月雨」
五月雨「うわぁ〜……やっぱり提督は立派ですね。憧れちゃいます。私も一生懸命頑張ります!」
五月雨が離れていくと、朝潮は机の下で不安そうに提督の手を握る。
朝潮「そうですよね……司令官はみんなに尊敬されて、慕われています。私は、本当にこんなことをしてしまっていいんでしょうか……。
大好きな司令官との正式な婚約を、艦隊の皆さんにも認めてもらって……この上なく幸せですが……。幸せすぎて、なんだか、少し怖いです……」
提督「幸せの“幸”って漢字、あるだろ? あれは象形文字なんだ、山や川みたいなもんだな。で、“幸”は手枷をかたどったものなんだ。
手枷って言えばどちらかといえばありがたくない物のはずだろう? なんで手枷で“幸せ”になるかっていうと、死刑ではないからなんだ」
提督「つまりな、“幸せ”ってやつの本質は、人と比べることにある。『死刑のあいつに比べたら、手枷のおれは運がいい』ってこと。
お前は確かに今、愛しているオレと結ばれて“幸せ”かもしれない。オレも“幸せ”だよ、こんなにオレのことを想ってくれるお前が隣にいるんだからな」
提督「けど、オレたちは幸せになるために結ばれたのか? 幸せになることが目的か? オレは違うと思う。
朝潮となら、どんな不幸も苦境も乗り越えて行けるような気がする。だからオレは朝潮と結婚してもいいって言ったんだ」
朝潮「しれぇ、かぁん……」
提督の胸元でぶわっと泣き出す朝潮。困惑しながらも朝潮の頭を撫でる提督。
・・・・
夜になって、提督と朝潮は泊地の屋上から星を見ていた。これまでのことを話し合っていた。
朝潮「昼は急に泣きついてすみませんでした……。けれど、ようやく私も“手枷”から解き放たれたような気がします。
司令官となら“幸せ”以上に価値のある何かを見つけられるような、そんな予感がしています」
提督「未来を恐れても仕方がないからな。前向きに行かないと……って。あの異世界で、心が折れかけてた時の夜に、朝潮に抱き締められて思ったのさ。
こんなにオレを想ってくれる人がいるなら、オレはまだ止まっちゃいられねえなって。オレも朝潮のお陰で成長してるみたいだ」
朝潮「なんだか、照れくさいですね……あっ」
朝潮の指差す方角は、ブルーホールがあった海の方だった。夜にも関わらず大きな虹がかかっている。
朝潮「そういえば……ブルーホールとは一体なんだったのでしょう。あの虹がかかっている場所にあったはずですが……。
こうして元の世界の泊地に戻ってきたのはいいけれど、私は司令官と結ばれて、そして司令官は今日から元帥になって……」
朝潮「結婚式が終わった後に司令官は元帥の就任式があったでしょう。その間にブルーホールのことを調べてみましたが……やはり記録にはありませんでした。
他の艦娘に聞いてもみな知らないそうで……でも、やっぱりこの世界は私たちの居た元の世界だって感覚があるんですよね……」
提督「これは、オカルトな妄想話だが……聞いてくれ。このパプアニューギニア一帯にはかつて、食人や魔女狩りといった風習が存在していた。
呪術によって人を支配する、なんてものもあったそうだ。そういう怨念や恐怖が、ああいう異世界へと繋がるブルーホールへとオレらを誘ったんじゃねえかな。
そして今、祝福の象徴として知られる虹が輝いている。祝福ってやつは、呪いと対になるものだが……。
オレたちが異世界の中で、悩み、苦しみ、葛藤し……そうして解決へと導いた。それは、この土地に渦巻いていた呪いに向き合うことだったのかもしれない」
提督「つまりあの異世界はほんとは異世界なんかじゃなくて、この世界の中で見た幻覚に近い何かだったんじゃないかなとか勝手に思ってる。
呪いを克服したから祝福へと転じ、オレにとっての願いであった“頂点へと上り詰めること”、朝潮にとっての願いであった“オレと結婚すること”が叶ったんじゃないか」
提督「まっ、全然辻褄合ってないけどな! けど、どうにもあのブルーホールは消滅しちまったようで多分もう調べようもない。オレはこんな感じの適当な解釈で片付けることにした」
朝潮「なんだか神話や伝承みたいですね……でも、ちょっとその説でいいかなって思いました。あの、ところで、司令官……」
虹を背に立つ朝潮、髪が煌いている。提督の目を見つめ、ぴょんと跳躍する。互いの唇が触れる。
朝潮「ふふふっ……」
提督「脈絡ねえな……けど、それでもいい。ムードや流れなんて気にするもんでもないな。お互いがお互いを愛しくなった時に、それを伝え合えるような関係がいい。こんな風に」
しゃがんで朝潮の唇を奪う提督。二人は抱き合い、夜を照らす虹の明かりに包まれていた。
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