他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
Check
Tweet
754 :
【32/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:21:02.98 ID:2q5puXyB0
鈍く、暗く、重々しい鉛色の空。間もなく雨が降るのだろう、部屋中に漂う湿った空気が予感を確信へと変える。
??「こんな天気では、雨はおろか雲ごと地上に降ってきそうだね」
私が目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。白いシーツの敷かれたベッドの上。鎮守府にこんな部屋があったかしら。記憶にないわね……。
窓から見える建物や庭の意匠もなんだか見覚えがない。自分の知っている場所に似ているようで違う、という違和感を覚える。
??「キミがここに来てから急にクーラーが壊れてしまって……今日の天気が雨なのは不幸中の幸いだね。ジメジメはするけど」
中性的な声。おそらく男性……だと思うのだけれど、部屋のどこにも姿が見つからない。声の位置は近いから、すぐそばに居るはずなのだけれど。
??「初めまして。ボクの名前は窓位 聖人(マドイ アキヒト)。横須賀鎮守府へようこそ」
ベッドの脇からぴょんと顔を出したのは少年だった。背は駆逐艦と同じくらいだったから、足元の死角にいて見えなかったのだわ。
彼は……ここの提督の親族かしら。制帽を被って制服を着ているけど、さすがにこんな子供が提督なはずもないでしょうし……。
提督「こんなナリではありますが、一応提督なんですよ。ちょっと今は色々な事情が重なっちゃってどこの鎮守府にも所属してないんだけどね。
快復するまでキミの様子を見るように頼まれてるんで、今だけはキミの提督って形になるかな。よろしくねっ、山城」
気がかりなことが二点。なぜ私は横須賀鎮守府にいるのか。私は呉鎮守府に在籍していて、異動の命令も出ていないはずだった。
そして、この少年は何者なのか。年端のいかない人間の子供が国防の要である鎮守府に出入りできるはずはないし、まして提督になるなどあり得ない。
山城「ええっと……どうして私は横須賀の鎮守府にいるのかしら? 私はもともと呉の鎮守府にいたはずだわ」
提督「ボクもあんまり詳しい事情は知らないんだけどね。人間でいうところの風邪に近い症状を患っているみたい。力が衰えているんだよ。
呉の方は春ごろ大変だったんだろう? たしか……柱島泊地の近くに深海棲艦の拠点が出来たそうで。呉鎮守府は空襲も受けたんだってね」
山城「ええ……どうにか収束はしたけれど、復興に手間取っているわ。艦が沈んだり施設が倒壊したりする被害は受けなかったけど、資材の消費が甚大だったようね」
提督「度重なる戦闘とその後の復興作業、その矢先にラバウルから来た新元帥の着任でしょ? あそこも忙しい鎮守府だよねえ……」
少年はポケットから板状のガムを取り出し、三枚ほどまとめて口に入れる。時折風船のようにガムを膨らませている。
提督「艦娘というのは人間みたいに病気を患ったりしないし、戦闘にでも出なければ大概の怪我は一瞬で治る。
中破・大破時は例外として、肉体的な不調ってのは原則的に起こらないんだけど……裏を返せばひとえに精神的なコンディションに左右されるってわけ。
精神の疲労やストレスが溜まることによって身体能力が著しく低下するそうだよ。だから過労でぶっ倒れてた山城はここで療養することになったのさ」
山城(……姉様に負担をかけまいと働き詰めていたのが仇となったのかしら。まさか私が倒れるなんて)
山城「そうですか、打たれ強さだけには自信があったんですけどね。……生まれてこの方ロクな目に遭っていないもんで」
提督「無理は禁物さ。しばらくはここでまったり過ごすといい。ガム噛むかい?」
銀紙に包装されたガムを渡される。別に欲しくはないけれど……せっかくだからもらっておこうかしら。
山城「ありがとうございます。それより、提督……なんでしたよね? 失礼ながらどう見ても子供にしか見えないのですが……」
提督「あー……それか! 普通に答えてもいいんだけど、もう喋りすぎて飽き気味なんだよね。というわけでここでクイズです! デデン!
どうしてボクは子供の見た目をしているのに提督なんでしょーか?」
1.IQ200の天才児で、特例的に軍務を任されているから
2.犯罪組織に飲まされた毒薬によって若返ってしまったから
3.身体的に年をとらない病気を患っているから
提督「それではお手持ちのフリップに答えをお書きください!」
よく見るとベッド隣の棚の上にフリップとペン、そして赤色の押しボタンが。え、これ答えなきゃダメなやつなの? っていうかわざわざ用意してたの?
山城(形式にこだわるこの国の海軍が特例を許すことなんてなさそうよね……自分で天才児と自称するのもいけ好かないわ。2番目も漫画じゃあるまいし非現実的だわ)
ボタンを押すと、ピンポン! と軽快な電子音が鳴る。
提督「はい山城さん早かった」
山城「(クイズなの? 大喜利なの?)答えは……3番ね」
提督「そう思う理由は? あとちゃんとフリップひっくり返してね」
山城「たしか……若くして老化が著しく進行してしまう早老症という病気があったはず。だったらその逆だってあるはずじゃないかしら」
提督「ファイナルアンサー?」
山城「(くどいわね……)ファイナルアンサー」
提督「……ざんっねん!」
山城「嘘!? なら、どっちなの?」
提督「正解は、『外見を構成する皮膚の大部分が合成繊維で出来ていて、内臓や脳は歳を取るが外見上の成長は小学生相当のままで止まっている』でした!
『実はヒューマノイドだった』とかでも大目に見て正解にしようと考えてたんだけどね〜。いやぁ残念」
山城「はぁ? 何よそれ、インチキ問題じゃないの……。というかそれ、本当の話なの? にわかには信じられないわ」
提督「答えが三択の中にあるとは言ってないじゃない、常識に囚われちゃいけませんよ。フリップはヒントのつもりだったんだけどね〜」
755 :
【33/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:47:12.39 ID:2q5puXyB0
提督「実際には人造人間なんかじゃないよ? 列記とした人間さ。脳ミソや心臓は全部自前なんだから。畸形嚢腫(きけいのうしゅ)って言うんだけども」
山城「何かしら? 聞きなれない言葉だけど」
提督「双生児の片方が奇形として生まれて、それがもう一方の体内に腫瘍として取り込まれてしまう症状をそう呼ぶんだ。
ボクの兄に出来た腫瘍の中に、ボクを形成するための脳や内臓が奇跡的に揃っていたんだ。
摘出されるまでボクは兄の体内で成長して、それから培養液の中で何年か過ごして今に至るってことさ」
山城「そんなことってあるのかしら……? 素直に驚きだわ」
提督「そうは言うけれど、ボクから言わせれば艦娘の存在だって相当ぶっ飛んでると思うよ。人が海の上を歩けるはずがないじゃないのさ。
……でも、普通の人間よりはボクもキミたちに近いのかもね。この体はキミたち艦娘のように定期的にメンテナンスしてやる必要があるんだ」
提督「たぶんボクが生まれるまでに、というより、こういう体を与えられるまでにすごく色々なことがあったと思うんだけど……。
両親がボクのことを人間として認めてくれなければ、ボクはこんな風にキミとおしゃべりすることも出来なかったわけで。
ボクが提督になったのは、両親、そしてボクが生まれるために尽くしてくれた人たちへの恩返しでもあるんだ。ボクはみんなを愛してる、みんなを守りたいんだ」
眩し過ぎる笑顔に思わず目を逸らす。私なら素面でそんなことは言えない。
山城(なんというか……育ちの違いを感じるわね。良い子、いや、良い人ではあるんだろうけど……なんだかこっちが後ろめたい気持ちになってくるわ)
気を紛らわそうと、口の中の風船ガムを膨らませる。そのまま破裂する。
山城「不幸だわ……」
提督「あははっ、おもしろ。手鏡とティッシュを持ってくるね」
私の顔や髪にガムがこびりついている様子を見て、キャッキャッと手を叩いて喜んでいる。少しは見直したけど、やっぱどこかガキっぽいわね……。
・・・・
体調が優れなかったので……いいえ、艦娘に体調不良はない。体調が優れない気分だったので、提督と会ってから二日ほどはベッドの上で寝込んでいた。
他の艦娘が働いているにも関わらず私だけ何もしないでいるのは言いようのない罪悪感があったが、提督と話している間だけは少し気が紛れた。
とはいえ、さすがに横になっているだけの生活にも飽きてきたので、提督に鎮守府内を案内してもらっていた。
提督「まみやーっ! かき氷二つお願い。宇治抹茶といちごミルクで!」
案内が終わると、甘味処に連れられた。店の外からでも聞こえるザアザア振りの雨。私がここに来てからずっと雨だ。風が窓を叩く。雷鳴も時折聞こえてくる。
窓の外を眺めていると、いつの間にか机の上には大きなかき氷が二つ置かれていた。
提督「ボクはいちごの方ね。山城は抹茶でいい?」
山城「えぇ……構いませんが」
一気に食べると頭痛を起こすので、少しずつ氷を口に運ぶ。……! 美味しい。
ただ単純に氷を削っただけでこの舌触りは再現できないはず。口の中で雪のように溶けていく。
シロップの味もスーパーで売っているような粗悪品と違って上品な味わいがする。
舌に嫌味ったらしい甘味が残らない、抹茶の香りや風味を活かした甘さだ。
山城「……おいしいわ」
提督「ふふっ、そうでしょ。ここに来てから初めて笑ったね。笑ってると気持ちもなんだか楽しくなってくるでしょ?」
ニコニコ顔でこちらを見つめてくる。やはり笑顔が眩しく、目を逸らしてしまう。
この人と居るとなんか調子狂うわ……自分のペースが乱れるっていうか……。
パシャリ。カメラのシャッター音。薄い紅紫色の髪をした女性が立っていた。
提督「やあ青葉。こんにちは。山城、彼女は重巡の青葉だ。ここ横須賀の艦隊新聞の編集長で、自らもこうして取材にあちこち駆け回っているんだよ」
青葉「ども〜、こんにちは。次の作戦に関する会議で呼ばれてましたよ。ヒトゴーマルマルからだそうです。ついでに取材いいですか!?
そちらは山城さんですよね! 確かお姉さんの方が前衛的と聞いていましたが、なるほどこちらも興味深い……」
山城(失礼ね……艤装の艦橋を物珍しがられるのは慣れっこだからいいけど。顔も知らない艦娘から『違法建築』だのバカにされる始末だし)
青葉と名乗る艦娘は、首に提げているデジタル一眼レフカメラのシャッターボタンを何度か押した後、うんうんと頷いて満足気な顔をしている。
提督「山城は呉の鎮守府から来ていて、ここで療養してるんだ。ボクは彼女の案内役ってところかな」
青葉「お〜、呉ですか! 青葉も昔あちらの鎮守府でお世話になっていたんですよ。前元帥がまだ大将だった頃でしたが。
最近勇退なされたんですよね〜……うー、艦娘と人間との時間の流れの違いを感じちゃいますよねぇ」
提督「曰く『寄る年波には勝てない』だそうだけど、せめて資材の復旧や艦娘たちの修理のような復興作業が済んでからでも良かったと思うんだけどね。
これじゃ次に就く元帥へのキラーパスだよな〜。それをどうにかするのも元帥に求められる資質なのかもしれないけどさ」
青葉「おや、事情通ですね。窓位さんも前元帥と面識があるんですか?」
提督「面識もなにも……母親だからねぇ。そりゃ大体のことは分かるよ。ま〜、立場的に軍の機密みたいなことはお互い話せないけども。
あれ? 青葉ったら驚いた顔してどしたの? 言ってなかったっけ。ボクの母親は呉の前元帥、窓位 聖(マドイ ヒジリ)だよ」
聞き覚えのある苗字だからひょっとしたらとは思っていたけれど……驚いたわ。
窓位聖――女性初の元帥になった人物で、数々の作戦で成功を収めた名将。春の大規模作戦でも柱島泊地と連携していち早く敵の動きに対応、これを掃討した。
作戦を完遂すると突然勇退を申し出て、後任はラバウルの提督であった芯玄 心紅(シンクロ シンク)に決めると言い出した。
ここ最近は彼や彼に着いて来た艦娘の受け入れ作業、および、呉からラバウルへ向かう艦娘たちの諸処理に追われてかなり忙しかったことをふと思い出した。
756 :
【34/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:09:08.63 ID:2q5puXyB0
朝潮「司令官。こちら、横須賀鎮守府からの電文です。……」
芯玄「どうも。どうした朝潮? 何か気がかりか?」
朝潮「呉に着任してから課題は尽きません。忙しいのも分かりますが……特にここ数日、働き詰めではありませんか? 少しお休みになられてはどうでしょうか」
芯玄「そうは言ってもここが正念場だ。前元帥がどういう意図でオレを推薦したのかは分からん、常識的に考えれば別のやつをあてがうべきだろ?
オレ自身がそう思ってくるぐらいだからな、選ばれなかった他の連中からすりゃあ羨望や嫉妬を抱いても無理はない。引きずり降ろされないためにもやるしかねえ」
朝潮「……少なくとも朝潮は、司令官は元帥になっても立派に能力を発揮できると思っています。
ですから、着実に歩みを進めていけばよいのです。急いたところですぐに結果は出せません」
芯玄「そうか……じゃあ、三十分ほど休憩としようか(朝潮も休みたいんだろうな)」
・・・・
呉鎮守府領内の外れにある、古びて既に使われなくなった桟橋。二人は橋の上に座って潮騒の音を聞いていた。
芯玄「すまんな、オレに付き合わせて無理させてないか? 辛くはないか?」
朝潮「いいえ。あなたと居られるのなら辛くはありません。ですが……最近は二人っきりになれていないので。
こういう時間が欲しいなとは思っていました。少しだけ……甘えたいと思っていました」
芯玄提督に体の重みを預けてもたれかかる朝潮。気恥ずかしそうに頬を掻く提督。
芯玄「ま、執務室でイチャイチャするわけにもいかねえからな……」
朝潮「? 朝潮は執務室でもかまいませんが」
芯玄「オレがかまうんだっつの」
朝潮「冗談ですよ。ですが、こうも忙しいとどさくさに紛れて手を繋いだりしても案外気づかれないかもしれませんね。こうやって」 指を絡める朝潮
芯玄「去年の冬頃だったか? トラック泊地が強襲された時もこんな感じだったな。まだ指揮に不慣れだったオレと、練度の低い艦隊。防衛と援護で右往左往の日々……」
朝潮「あの頃から私はあなたのことを見ていましたよ。司令官として……ですが。覚悟を宿した瞳と、立派な背中。近寄りがたかったけれど、憧れていました。
今は憧れという感情からはだいぶ遠のいてしまいましたが……代わりに、こんなにあなたと近くに居られる。心と心で繋がっていられる」
芯玄(そうだよな。今は、朝潮がいる。……未熟だったあの頃よりも、もっと遠くに行けるはず、か)
・・・・
執務室(総司令室)に戻ると、机の上に艦娘の名簿と海図を置いて、凸型の駒を並べて思案する芯玄提督。
芯玄「望むと望まざるとに関わらず敵はやってくる……たとえこちらの迎え撃つ備えが不十分であってもだ」
朝潮「修理や療養で戦闘不能状態にある艦娘が多いのが厳しいところですね……。他の鎮守府からの援助は期待出来ないのでしょうか?」
芯玄「呉と佐世保でフル稼働、鹿屋や柱島を巻き添えにしてもまだ戦力不足という具合だな。舞鶴からは支援してもらえそうだが、他は望み薄だ。
横須賀や大湊はマレー沖での海戦の方に忙しく参加出来んそうだ。英・伊との共同作戦だそうで、向こうも海外から遠路遥々戦艦級の艦娘を遣わしてくるらしい」
芯玄「一方こちらは先の大戦では因縁の地、レイテ沖での海戦となる。敵艦隊の規模は当然最大級……恐らく、歴史の教科書に載る一戦になるだろうな。
しくじれば大戦犯として名を残すことになるかもしれない……そんな大役を担っていると思うと、なんだかおかしくて笑っちまうな。
先月までオレは海軍を辞めるつもりでいたってのに。ハッ」
朝潮「もちろん……負けるつもりはない、ですよね?」
芯玄「当然」
芯玄「幸いにして、呉や柱島の艦娘らはみな精強を誇る高い練度だ。本土への最終防衛ラインまで到達される可能性はかなり低い。
戦術レベルでのミスが一つも起こらなければ……艦娘が一隻も轟沈せずに済むかもしれない」
芯玄「もっとも……。鎮守府への直接の攻撃は免れる・艦娘の轟沈を避けられる望みはある、というだけだ。完全勝利はまず望めねぇ。
せめて敵の侵攻を足止めできる程度に被害を与えることが出来ればいいんだがな……」
朝潮「作戦が開始されるまでは再起に努める必要がありますね。前回作戦での資材消費が甚大なようです。
遠征隊に頑張ってもらってはいるものの、まだまだ不足しています……」
芯玄(完璧な戦略と完璧な戦術を用意出来た、そしてそれを完璧に遂行出来る力があったと仮定する。
それでも兵糧の多寡は覆らない。戦闘中に起こる幸不幸までは左右できない。……)
芯玄「勝つためには『完璧』のその先を用意する必要がある、か。もう一手、希望が持てる要素があると助かるんだがな……。
現状だと奮闘しても引き分けに持ち込むことしか狙えねえ。だがそれじゃまたここの鎮守府の連中に負担をかけることになる」
芯玄「朝潮の言っていた通り、焦っても仕方はねぇがな。今は備えるしかない」
朝潮「横須賀からの手紙に書いてあった人物はどうでしょうか? わざわざこちらへ向けてくるということは、何か策を持っているということなのでしょうか」
芯玄「詳しくはオレも分からないが、横須賀の元帥殿に“虎の子”と言わしめるぐらいだから役に立ってはくれるだろう。
とはいえ、人が一人来たところでこの状況を打破できる、というわけでもねぇ……」
朝潮(元帥という立場上、司令官が直接艦隊を指揮するというわけではないのが難しいところですね。
兵站や補給線を考慮してどれだけ高度な戦略を練れたとしても、戦略を成すための戦術を練るのは彼の配下の大将たちであって、司令官ではない。
そして戦術面での勝利を収めることが出来るかは、四人の大将それぞれが直轄する艦娘たちに委ねられる……)
757 :
【35/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:23:26.16 ID:2q5puXyB0
山城「なんだかんだで二週間ぐらい過ぎてしまったかしら。姉様が心配だわ」
海を経由して呉へ向かえば燃料を消費してしまう。かといって、艤装を背負ったまま神奈川県から広島県まで移動するのはさすがに無理がある。
艤装だけ別途鎮守府へ送ってもらい、彼女自身は交通機関を利用して呉の鎮守府へ向かうこととなった。
横須賀鎮守府に背を向け歩いている山城の後ろをトテトテと足音が続く。
提督「待って、ボクもついてく」
体型に不釣り合いな大きいリュックサックを背負っている窓位提督。しかし中身はほとんど入っていないようで軽そうだ。
山城「え……あなたは横須賀の提督じゃないの。異動の指示でも出たの?」
提督「うん」
山城「うん、って……随分あっさりね。そんな話してなかったじゃない……」
やや呆れた様子で溜息をつく山城。
提督「最近決まったからね。折角の外出なわけだし、行きたい所あるんだ。付き合ってよ」
・・・・
山城「駄菓子屋じゃないのよ……」
横須賀市郊外、駅近くの駄菓子屋。提督にとっては見慣れたこの店も、艦娘である山城にとっては未知の場所だ。
きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回す山城。店内に飾られた玩具や色とりどりの駄菓子を見て訝しげな表情を浮かべている。
山城「店の雰囲気からしてなんだか胡散臭い感じだわ……というか、衛生面は大丈夫なのかしら……」
提督「とりあえずこれ全部で! あとはまだ選んでるから、その間に例のブツをお願い!」
籠の中に大量に入っているのは、カツを模した駄菓子。『ソースカツ』と書かれている。
提督の『例のブツ』という単語に反応して、番台にいた老爺は店の奥に引っ込んだ。
山城「なにこれ……ハムカツみたいな見た目をしているけど」
提督「あれ? ご存知ない? そうだね、味もハムカツに近いかな。魚のすり身にカツみたいな衣をつけた駄菓子さ。ボクの中では定番アイテム」
老爺が店の奥に引っ込んでいる間に、提督は両手いっぱいに『ミルクケーキ』という名前の白い板状の駄菓子を抱えて運び、籠に入れた。
山城「ミルク……ケーキ? これもケーキの味がするの?」
提督「いや……こっちはケーキの味はしない。加糖練乳にカルシウムを加えて板状にしたお菓子だよ。
山形県発祥の駄菓子なんだけど、最近はコンビニなんかでも流通してるそうだね。ボクはこれを『神の食べ物』と呼んでいる。
古代メキシコ人は、チョコレートの原料であるカカオをテオブロマと呼んでいた。これは日本語で神の食べ物を意味する、それだけ重宝していたというわけさ。
でもボクにとってのテオブロマはこれなんだ。最近ストックを切らしていて、絶対ここで補充してから呉に行くと決めていたんだ」
今までにないぐらい饒舌にミルクケーキについて語り始める提督。提督が籠に入れていく袋の量に呆然とする山城。
提督「まあボクはチョコも好きなんで買っておくんだけどね」
立ち尽くす山城を尻目にスイ、と籠に入れたのは『業務用 麦チョコ』と書かれた大きな袋。
しばらくすると老爺が戻ってきた。戻ってくる頃には籠の中身が駄菓子で山積みになっていた。
老爺が持ってきたのは、提督の足先から胸元ほどの高さがある、とても長い麩菓子が十数本入った箱だった。
山城「ちょっと……それも全部買うの? 正気?」
提督「モチロンさ! これは日本一長い麩菓子で、95cmほどあるそうだよ。本当は埼玉県川越市の菓子屋横丁っていう商店街でしか手に入らないレアモノなんだ。
この店では裏ルートを経由して入荷してるらしいけどね」
山城(駄菓子の裏ルートってなによ……)
老爺「あ〜〜〜〜……全部でざっと三万円ぐらいかのぉ。会計するのがめんどくせえなあ……」
提督「うーん、いつもと違って今日は時間がないんだよね。とりあえず五万円出しとくよ。お釣りは次会う時に返してくれればいいや!」
老爺「ほほー、とっちゃん坊やも最近は忙しいのかい?」
提督「しばらくこの街を離れることになってね。また来るから、その時まで元気でいてね!」
老爺「カッカッカッ、小僧に労われるほど年老いてはないわい。しかし、そうか。なるほどなるほど。
そこの別嬪さんは嫁さんかの? こんなナリだが中々気骨のある若者じゃ、大事にしてやってくれよ」
老爺「いや、大事にするのはお前さんの方か。しっかりやれよ小童! 儂のように愛想尽かされたらイカンぞ!」
・・・・
提督「今なら山城に勝てる気がする……!」
菓子の詰まったリュックサック。リュックからはみ出た麩菓子は彼の身体を中心に、後光のように半円状に広がっている。
その物々しさは艤装を展開した時の山城にどことなく似ていた。
山城「何をバカなことを」
758 :
【36/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:40:46.06 ID:2q5puXyB0
新幹線の車内。ハムスターのように無心で麩菓子を貪り続ける提督。
山城「飽きないんですか……?」
提督「飽きるぐらいならこんなに買わないよね。さすがに麩菓子でお腹いっぱいだから今日は晩ご飯要らなそうだけど」
山城(麩菓子でお腹が膨れるのは、私だったら嫌だわ……)
山城「そういえば、なぜ提督は異動になったんですか? 艦娘の皆にも慕われていたでしょうに。
四大将の評価だって高かったんでしょう。厳密には横須賀に配属されている提督じゃないのに作戦会議に招かれるぐらいですもの」
横須賀や呉などの大規模な鎮守府では、第一艦隊から第四艦隊までが常設されていて、四人の大将がそれぞれの指揮を執る。
これを四大将と呼び、各艦隊の大将が陣形や戦法など戦術レベルでの策を練るのに対し、
元帥は資材状況や艦隊全体の戦力を加味して戦略レベルでの作戦計画を立てるのであった。
提督「うん、良くしてもらってたよ。元帥も自分で命令出しておいて『本当は行かせたくない』とか言ってたぐらいだからなぁ。
それだけ大事に思ってくれてるのは、本当に嬉しいよ。でも、次の作戦は結構ヤバめなようだからね……」
山城「(そういえば横須賀では休んでばかりでほとんど作戦の話を聞いていなかったわね)作戦、ですか?」
提督「レイテ沖にて四段階の大規模作戦を行うといえばキミでも分かるだろう。レイテと言えば深海棲艦ひしめく地獄だよ?
あんなとこの攻略作戦を命じられるなんて本当おっかないよねぇ……って、キミもこれから戦いに行くことになるわけか」
レイテ沖海戦……第二次世界大戦において、日本海軍が壊滅的な被害を受けた戦い。神風特別攻撃隊による攻撃が行われるようになった初めての戦いでもある。
艦娘である山城と、かつてレイテ沖に沈んだ戦艦山城……直接の因果関係は無い。だが、それでも山城の胸中はざわつきが拭えなかった。
山城「そうですか。姉様が心配ですね……」
提督「たまにお姉ちゃんの話するけどさ、どんな人なのかな? 確か、名前は扶桑だったよね」
山城「ええ、扶桑姉様……直接の血縁は無いけれど、私にとっては実の姉に等しいわ。
お淑やかで思慮深く、美しくて気高く、どんな時も前向きで、いつも私のことを気にかけてくれて……はぁ。私なんかとは大違いだわ」
提督「別に比べて落ち込むことはないじゃないか。立派なお姉さんで憧れてるなら、その憧れに自分も近づいて行けば良いんじゃないかな」
山城「無理よ……私は他人に優しくなんて出来ないし、優しくしたところで気味悪がられるもの。私が動けばいつだって不幸が起こるのよ」
提督「いや……少なくともボクはキミと一緒にいて不幸だなんて思ったことは一度もない。確かにキミはびっくりするほど不幸体質だ。
廊下を歩けば落ちているバナナの皮を踏みつけて転ぶ。窓から景色を眺めていれば野球のボールが飛んでくる。魚を食べれば小骨が喉に刺さる」
提督(その起こった不幸の一つ一つに対する山城のリアクションがボクからしたらめっちゃ面白いんだけど、これ言ったら拗ねるからやめとこ……)
提督「考え方を変えてみてはどうかな? 山城が動くと不幸が起きるんじゃなくて、山城が周囲の不幸を吸収しているのだと。
キミが不幸をおっかぶるおかけで皆は無病息災に暮らせる。つまり、守護神なんだよ。キミの存在が皆を守ってる、だから、そのことを誇ったらいいんじゃない?」
山城「それもそれで癪だわ……どうして私が他人の不幸まで背負って生きなきゃならないのよ。
ま……あなたの言う通りかもしれないわね。私は不幸の化身なんだわ、私が不幸になることで、姉様の不幸を肩代わりすることが出来るなら……」
提督「卑屈になれって言ってるんじゃないの! もう! これでも食らえ! えいっ」
山城の口の中にミルクケーキを無理矢理ねじ込む提督。
山城「あがっ……(歯茎に当たって痛いんですが)。バリッ、なんですか急に……ボリボリ……」
提督「噛むという行為にはストレス解消の効果があるんだ。不幸そのものを取り除くことは出来なくても、気分を変えることは出来るじゃないのさ」
山城「ポリ……ポリ……(確かに、噛んでいたら不幸とかなんかどうでも良くなってきたわ)」
提督「山城さ、趣味とかないの? 仕事の無い日にやってることとかさ」
山城「特に無いわね……。姉様とお喋りしているぐらいかしら」
提督「ふーむ、わかったぞ! キミが横須賀に運ばれてきた理由が。ストレスを溜め込みやすいんだ。
周りに上手に発露する術を知らず、自分を責めたり境遇を呪ったり……それじゃあ倒れもするわけだ。
何か興味のあることとか無いかな? 本とか音楽とか、スポーツとかさ」
山城「えー……まったく。私、寝てたりボーッとしてるの結構好きだし、今の生活が続いていればそれでいいかしら」
提督「さっき不幸だって嘆いていたじゃんかキミさぁ〜! しかしこれは手厳しいなあ。取りつく島もないぞ……」
山城「私のことなんて別にどうでもいいでしょう? 気にかけるほどの理由はないように思えますが……」
提督「いいや、あるとも。ボクは人の役に立つために生きてる。お節介だとしてもボクはそれを生き甲斐にしてる。ボクは紳士になりたいんだ。
マナーや着飾りみたいな見てくれの部分じゃなく、精神的な意味でね。教養深くて篤実な人になりたいと思ってる」
提督「誰にでも優しいのは、甘い人だと思われるかもしれない。軟派で芯のない人だと思われるかもしれない。
でもボクは逆だと思う! 他人に優しく出来る心を持ってるってことが一番カッコいいのさ! これがボクの信条!」
右手でVサインを作りはにかむ提督。彼にとってはこれが最大限恰好をつけたポーズなようだ。
山城(……姉様は、自分の考えをあまり口に出したりしない人だけれど。彼は少し姉様と似てるところがあるのかもしれないわね)
提督「よし! 決めた。ボクは山城のことを幸せにしてみせる。もう不幸だなんて言わせないようにしてやるぞ、覚悟しててねっ」
山城「? はぁ……(一体どういうつもりなのかしら……なんだか妙に息巻いているけれど)」
759 :
【37/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:22:12.02 ID:2q5puXyB0
呉鎮守府に着いた提督は山城と別れ、鎮守府内の客室に案内されていた。
提督(扶桑と会った時の山城、今まで聞いたことがないぐらい明るい声をしていたな〜。……それに、あの屈託のない笑顔。あんな表情もするんだなあ)
芯玄「わざわざ横須賀からご苦労。……んん?」
提督「初めまして、芯玄元帥。窓位です、横須賀より参上しました。……えと、これでも戸籍の上では成人ですよ?」
芯玄「あぁ……横須賀の元帥からの電文でお前さんの出生に関する話は聞き及んでるが……。いやなんでもない、気にせんでくれ」
提督(なんだろう、どこかで会ったことがあるような……初対面のはずなんだけど)
・・・・
窓位提督が横須賀から呉に送られてきた理由は、呉に着任して間もない芯玄元帥を補佐するためだった。
芯玄元帥は窓位提督に作戦の草案を打ち明け、意見を求めた。
芯玄「困難だが……この作戦で引き分けにまでなら持ち込めると踏んでいる。だがそれではジリ貧だ、次の戦いがもっと厳しくなる。
勝つためにはもう一手必要だ。そのために、横須賀で元帥や四大将にも評価されているというお前の知恵を借りたい。考えを聞かせてくれないか」
提督「あー……いや、その、期待してもらってて申し訳ないんですが。ボク、すごく小規模な作戦での立案とかしかやったことないんですよ。
横須賀では正式な提督ではなかったので、艦隊を直接指揮する権限とかなくって。正直のところ今の元帥の策よりも優れた案は浮かびません」
提督「ボクの仕事は専ら内政担当でして。鎮守府内でのトラブルの調停役とか、装備管理とか、そういう業務をメインにやっていたんですよ。
あとは、鎮守府内の清掃に洗濯、食事当番などの雑用全般ですね。裏方のことばかりやってたせいで、あんまり作戦とか自信ないです……」
提督「あ。でも! でもでも! そういう部分でならバッチリお役に立ってみせますよ! サポートなら任せてください!」
芯玄(これは予想外だな。結局のところ、やはり作戦はオレが考えるしかないというわけか……しかし、折角来てもらったからにはそっち方面で働いてもらおう)
・・・・
窓位提督と別れた後、朝潮と廊下を歩いている芯玄元帥。
朝潮「どうでしたか? 窓位少佐……でしたっけ。だいぶ話が弾んでおられたようですが」
芯玄「横須賀では裏方に徹していたらしく、作戦指揮なんかはからっきしらしい。だが……やはり評価されているだけはある。
執務室に戻ったら詳しい説明をするが、装備流用システムや艦隊編成のプリセットなどの導入を提案してきた」
朝潮「装備流用……? プリセット……?」
芯玄「前者は……そうだな。たとえば朝潮が12.7cm連装砲を装備していたとする。これを別の艦娘に装備させることとなった。
従来ならまず朝潮から装備を外させ、また別の艦娘に装備させる。だがこれでは少々手間だ。
朝潮から装備を外したと同時に別の艦娘に装備させる、これが可能らしい」
芯玄「後者は……出撃の際に、港に隣接した基地から加速器に乗って出撃するだろ?
(あいつは『ロボットアニメみたいに台座に乗って飛び出すやつ』とかよく分からん表現をしてたが……)
あれは艦娘一人一人に合わせて調整が必要で、編成を変えるたび一回一回設定し直さなきゃならねえ。
けど、機械に編成情報を予め記録しておけば、記録済みの編成はすぐに出撃可能になる……だってよ」
朝潮「なるほど……しかし、実現可能なのですか?」
芯玄「装備の件は『誰々から誰々に装備を付け替える』と、妖精向きにマニュアルを用意してやれば意図を汲んでその通りにしてくれるらしい。
艦隊編成プリセットの件も設備のプログラムを書き換えればすぐに出来るそうだ(プリセット数には限りがあるそうだが……)。
どちらも直接作戦の役には立たないが、導入コストが低く有用性の高い案だったんで採用することにした」
朝潮「だから途中からあれだけ話が盛り上がっていたのですね。司令官の話に窓位さんがうんうんと頷いて、司令官もまた彼の話を吟味していて。
その……親子のような打ち解けた様子でしたので羨ましいなと」
芯玄「親子だとォ? あのなあ……見た目で言えばオレとお前だってそう見えるって話だろ?」
朝潮「いえ、私と司令官は夫婦でしょう。並んで歩くのと背中を追うのは違いますから……あっ。そういう意味では子弟と言った方が近かったですね」
芯玄(子弟っていうか……オレ的には先輩として後輩の話を聞いてた感覚なんだけどな。ま……朝潮から見てそういう風に感じられるのも仕方ないかもな。
うちの四大将はオレと距離置いてるかオレのこと嫌ってるかでほとんど打ち解けた態度で話出来ねえからな……)
芯玄(そういやあいつ確か前元帥の息子……だったか。横須賀がこっちに窓位少佐を寄越して来たのは、そこら辺の政治的な部分も汲んでくれたのかね。
四大将はオレに対しては疑念を向けてるが、前元帥に対しては尊敬してる様子だったしな……)
朝潮「でも……子供、ですか。良いですね。司令官もそう思いませんか?」
芯玄「え? なんだって? 悪いな、考え事しててよく聞こえなかったぜ」
朝潮「いえ、なんでもありません。ふふっ」
芯玄「そうか。さて……仕事するぜ、仕事!」
パンと両手で頬を強めに叩き、気合を入れる芯玄元帥。傍らで朝潮は微笑んでいた。
・・・・
元帥との会談の翌朝、窓位提督は自室周辺の清掃作業に取り掛かっていた。
提督(うーん……あんまり掃除が行き届いてないのかなあ。窓や床がちょっと汚れてるぞ。でも、それはそれで綺麗にしがいがあるかな!)
760 :
【38/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:35:41.86 ID:2q5puXyB0
提督「てってけてってってってー♪ てけてけてけてってってー♪(♪母港のテーマ)」
??「ぴっぴぴぴっぴっぴっぴー♪ ぴぴピピピピぴっぴっぴー♪ ……ぴぴぴーぴぴぴーぴぴぴー♪」
提督「てれれーてれれーてれれー♪ のわっ」
廊下を雑巾がけしていた窓位提督は、彼に呼応して口笛を吹いていた和服の男性にぶつかる。
??「うわっ、びっくりした。おや……ずいぶんボーイッシュな艦娘もいるんだね」
男はしゃがみ込んで窓位提督に目線を合わせて、優しく語りかける。
提督「いや……ボク提督ですよ。階級は少佐で……これ身分証です。特注サイズではありますが、きちんと海軍の制服も着てますよ」
乙川「おっと……これは失礼した。僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。柱島泊地の提督さ。ここの元帥殿にお呼ばれして来てんだ」
提督「立場上提督ではあるものの、着任先が決まっていないので、今はこの鎮守府で補佐役をすることになってるんです」
乙川「窓位っていうと……ひょっとして聖さんのお子さんか。その体型にも合点がいった。君の話は聞いたことがある」
ポンと手を打ってひとりごつ乙川提督。
乙川「ふんふん……なるほどね。そうか、そいつはすまないね。本来は君が柱島に着任するはずの提督だったというわけか。恨めしかったらすまない」
提督「いえ……恨みなんてとんでもない。むしろ尊敬していますよ。新米のボクでは乙川少将……じゃない、昇進して中将になったんでしたっけ。
あなたのように深海棲艦を迎え撃つことは出来なかったでしょう。それに、おかげでボクも横須賀で色々な経験と研鑽が積めましたから」
乙川「ま〜、対深海棲艦の件は……聖前元帥におんぶに抱っこでようやく撃退できたって感じかな。もちろん柱島も頑張ったけどね。
でも、それは僕に付き従ってくれてる艦娘が力を尽くしてくれたってだけで、僕自身はそれほど大したことはしていない。
提督がサボっていても艦娘が優秀だから勝手にまとまってくれる、これが柱島スタイルさ」
提督「おぉーなんかスゴイ……! 勉強になります」
乙川「ふっふっふっ、殊勝な心がけだね。やれ統率力だリーダーシップだなんて言われるけどね。
リーダーなんて居なくても事が円滑に回る組織になってしまえばこっちのもんなのだよ」
瑞鳳「こら! 後輩に変なこと吹き込まないの! 提督は少しはここの大将や元帥を見習ったらどうですか! 放任主義が過ぎるんですよ!」
乙川中将の着物の帯を引っ張り無理矢理運んでいくのは、彼の秘書艦である瑞鳳。
瑞鳳「それに……これから芯玄元帥に会うのにまた制服脱いで!
呉の元帥と柱島の中将じゃ、本来なら話せる機会だって滅多にないんですからね! それだけ大事な作戦会議なのに……」
乙川「芯玄サンとは前回の会議の後友達になったから大丈夫だよ。なんか意気投合しちゃってさ。
『お前はオレのことを知らないかもしれないが、オレはお前のことを友達だと思って接してる』とか謎に気に入られてたし大丈夫じゃない?」
瑞鳳「ダーメーでーすー! 仮に元帥は許してくれたとしても、他の大将の人たちの目もあるんですから!」
乙川「ぐえぇー……ま、アレだ。自分のスタイルを貫きつつ、艦娘を活かせる方法を考えるといいよ。
無理して頑張ってもしょうがない。けど周りにエゴを押しつけちゃダメだ。そんな感じで……痛いってば、歩けるから引きずらないでー」
瑞鳳に引きずられて退場していく乙川中将。
・・・・
『作戦指揮の経験が少なくてどういう風に考えたらいいか分からない? ……そうだなあ、やっぱり実際の戦闘を見てみるのが一番じゃないかな。
今度柱島対呉で演習をやるんだ。“僕ならこういう風にやる”っていうのが見れると思うし、参考にしてみたら?』
乙川中将が会議を終えた後、彼のアドバイスを受けた窓位提督。数日後、彼はミルクケーキを齧りながら演習海域の映像を見ていた。
提督「呉の大将と乙川中将とだと、どっちを応援していいのか分からないな……って! スポーツ観戦じゃないんだからそんな視点で見てちゃダメだね。分析分析!」
提督「呉側の艦隊は六隻なのに対して柱島の艦隊は四隻……どういうことだろう。
呉の方は山城に巡洋艦の利根・筑摩・五十鈴といった重めの編成で固めているのに対し、あっちは駆逐艦だけ……?」
・・・・
山城(姉様と同じ艦隊に配属されなかったのは残念だけれど、久しぶりの戦闘……! 腕が鳴るわ!)
利根「げげ……久方ぶりの演習と聞いて昂ぶっておったのに、ま〜たあの柱島の連中か。あやつら、敵に回すとなかなか手厳しいからのう。厄介な相手じゃ」
五十鈴「あら、猪武者の利根にそうまで言わしめるなんて結構強敵みたいね。見たところ旗艦の秋月って駆逐艦以外は二軍みたいだけど」
利根「二軍かどうかはあまり関係ないのじゃ。柱島のらくら提督の配下の艦娘はみな警戒してかからなければならん。……山城? どうして笑っておるんじゃ」
山城「ふ……強敵そうで何よりじゃない。最近出撃の機会が無くってだいぶフラストレーションが溜まっていたの。ここで爆発させてもらおうと思ってね!」
五十鈴(普段は陰気なのに、戦闘の時だけ生き生きしてるわよね……。ま、戦闘の時に気合が入るのは私や利根も同じことだけど!)
山城「水上機を発艦させます! 爆撃機は敵駆逐艦を狙って!」
秋月「敵の爆撃機が接近しています。司令、作戦命令はありますか?」 無線越しに乙川中将と通信する秋月
乙川「えっと……あのいかめしい戦艦は夜戦まで放置しとこう、あれだけ見るからに殺気が違うからね。あとはお任せで」
761 :
【39/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:54:46.41 ID:2q5puXyB0
秋月「対空射撃用意! 徹底的に撃ち落とします!」
山城(あれだけ放った爆撃機がほとんど迎撃されてしまうなんて……駆逐艦の集まりにしてはやるじゃない)
利根「提督からの指示通り、このまま砲撃戦に移行するぞ!」
五十鈴「いや、まだよ。敵艦隊に潜水艦がいるわ。位置は捉えた……そこよッ!」
五十鈴が爆雷を放り投げると、水柱が吹き上がる。浮上し、白旗を振っている潜水艦伊26。五十鈴の放った爆雷が大破の損害を与えたようだ。
五十鈴「フフン、どうかしら? 夜戦で撃ち合うだけが軽巡洋艦じゃないわ! 対空も対潜も五十鈴にお任せっ!」
・・・・
伊26「うぅ……何にも出来ずにやられたー! 秋月ちゃんごめ〜ん!」
秋月「いいえ、敵のこの攻撃も想定済みです。ニムさんは役に立ってくれました」
伊19(ニムちゃんの仇はイクが討つの! 倍返しなの〜!)
伊19の放った雷撃が猛然と五十鈴へ向かっていく。炸裂音とともに炎に包まれる五十鈴。
五十鈴「きゃああッ!? ッ……! 敵の潜水艦が二隻いるのは分かっていた、けど、もう一隻もこんな近くにいたなんて……不覚だわ」
五十鈴「……大破しました。戦線から離脱します……悔しいわ」
白旗を掲げて撤退していく五十鈴。
山城「調子こいてるからそうなるのよ」
利根「毒づいとる場合か! 対潜警戒じゃ! 敵潜水艦を野放しにしておくわけにはいかん」
伊19(えへへ、良い気味なのね。ざま〜みろなの〜♪)
山城「(チッ……せっかく気持ちよく蹂躙できる砲撃戦の機会なのに……)潜水艦の相手はあなたたちがやりなさい。私は水上艦を叩くわ」
利根「こらっ! 隊列を崩すでない! 旗艦は我輩じゃぞ!? ぐぬぬ……提督から出過ぎぬよう言われておるというのに……」
利根(小規模な水雷戦隊の前に戦艦が迫ってくる。敵からすれば脅威でしかない……普通の相手なら、相手がただの弱卒の群れなら恐らく山城の突出は正解じゃ。
じゃが……正攻法が通じるような相手ではない。提督からの次の指示を仰がねばな)
・・・・
棒状のこんにゃくゼリー(弾力に富むゲル状の駄菓子)をチュルチュルと吸いながら、食い入るように映像を見つめる窓位提督。
提督「山城が前進したのも含めて作戦なのかな? にしては他の艦娘と足並みが揃ってないように見えるけれど。
柱島艦隊の方は山城を避けるように後退しつつ二手に分かれている……か」
提督(柱島の艦隊の奇妙な点は、さっきから一度も提督である乙川中将と連絡を取っていないところだ。全部艦娘同士のアイコンタクトや身振りで動いてる。
提督からの指示が無くて戦えるのかな……? しかし、そうだとしても駆逐艦の集まりが戦艦を含む巡洋艦主体の艦隊をどうやって切り抜ける?)
・・・・
伊19「いたた……夜戦まで耐えられなかったのね……」
春雨「イクさん! ご苦労様です。あとは私たちが!」
秋月(こちらの被害は潜水艦二隻が大破して戦線離脱、駆逐艦が二隻中破。残る私と春雨は無傷。
敵は軽巡と駆逐艦が一隻ずつ撤退、残りが小破した駆逐艦が一隻、無傷の戦艦一隻に航巡二隻か……いける!)
筑摩「日没に乗じて敵駆逐隊が接近してきます。警戒しつつ迎撃します!
(駆逐艦といえど夜戦なら十分脅威足りえるわ。艦が四隻も残っているのならなおさら! 姉さんを守らなくては)」
利根(雷撃戦でこちらが二隻大破したのは痛いのう。この状態で夜戦になればこちらも敵も無事では済まん……だが、勝つのは我輩たちじゃ)
山城「この私が……砲撃戦で駆逐艦を二隻中破……。その程度の戦果しか上げられなかったというの……? 許せないわ……!」
初月「秋月……なんかあの戦艦、よく分からない理由で殺気立ってないか?」
・・・・
提督(山城、人格変わってない……? 戦いの時だけああいう風になるタイプなの?)
提督「さておき……柱島の艦娘たちが呉艦隊めがけてぐぐっと距離を詰めてきた。いよいよ夜戦だね!
砲撃戦の限りでは呉が押しているように見えたけど、雷撃戦で一気に柱島がイーブンの状況へ持ち込んだ! どうなる……?」
提督「……ん? なにやら音が聴こえてきたな……。戦場で音楽が流れている……?」
・・・・
窓位提督が呉鎮守府の通信室から演習の様子を眺めている同時刻、柱島泊地の執務室。
乙川「よし、準備オッケー。いつもの演ろうか。今日の一曲目は、かの有名な“ワルキューレの騎行”から行ってみようかなと。ワーグナー作曲のやつね」
瑞鳳「うーん。ワルキューレの騎行は夜戦っていうより航空戦って感じしないかなあ? 『全機爆装! 準備出来次第発艦!』って感じしない?」
762 :
【40/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 23:21:35.41 ID:2q5puXyB0
乙川「言われてみたらそんな気がしてきたけど……気分? 結構お気に入りの曲なんだよね。あと折角大鳳が頑張って練習してた曲だからね」
大鳳「うぇ!? 見られてたんですか……? 恥ずかしい……」
瑞鳳「たぶん鎮守府中の皆が知ってると思うけど……って、大鳳? 緊張してるの?」
大鳳「はい。人前で演奏するの慣れてなくて……。皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です……」
フルートを両手で握りながら、小刻みに震えている大鳳。ガチガチに緊張しているようだ。
乙川「ははは。大丈夫大丈夫、肩の力を抜いて。あれだけ練習してたじゃないの、基本はしっかり出来てるから心配要らないさ。それに!」
大鳳の頭をぽんぽんと優しく撫でる乙川中将。
乙川「音を楽しむと書いて音楽と読む。まずは自分が楽しむことさ、大鳳が楽しい気持ちで演奏することが大事なんだ。
もっと上達すれば、人のことを気遣えるようになる。でもそれは自分を殺して他人に合わせるんじゃない、他人と楽しさを分かち合えるってこと!」
乙川「大鳳の思うがままにやってごらん? ミスっても関係ない、ミスした恥ずかしさよりも楽しんでやればいいんだ。それが第一歩」
瑞鳳「……良いことを言ってることは分かる。大鳳のためを想って提督が言っているのも分かるわ。
で・も! お触りは禁止です! さりげなくボディタッチしようとするのもダメ!」
乙川中将の腕の根元をガッと掴んで大鳳の頭から離させる瑞鳳。
乙川「最近瑞鳳手厳しいなー! これぐらいは自然なやり取りでしょうに。嫉妬してるのかな?」
瑞鳳「もう! ふざけてばっかりいると伴奏弾いてあげませんよ!」
乙川「拗ねてるところも可愛いけど機嫌直して欲しいなー」 ぷにぷにと瑞鳳の頬をつつく
瑞鶴「あの……いつになったら始めるんですか?」
チェロを持った瑞鶴が呆れた様子で二人に投げかける。
乙川「よし! とりあえず始めよう! 行こうか!」
急いでピアノの前に座る瑞鳳。
瑞鳳「まだ許したわけじゃないんだけど!? もう……しょうがない!」
・・・・
秋月が艤装を展開すると、スピーカーから乙川中将たちが奏でる勇壮な音楽が流れ始める。
秋月「さあ……始めましょう! 夜戦開始です!」
山城「なんなのあれ? オーディオオタク?」
利根「山城、あれを侮ってはいかん……艦娘の強さは、精神に依るところがある。あやつらはあれで戦意を高揚させてこちらに向かって来るのじゃ!」
秋月「肉薄します! 演習と言えど容赦はしません……お覚悟をッ!」
筑摩「姉さんっ! 危ない……!」
利根を庇って負傷する筑摩。
筑摩「ッ……! 姉さん、あとは……ッ」 あばらを抑えて撤退していく
利根(こうなった時点で敵を全て倒すことは困難か……。残ったのは吾輩と山城、駆逐艦の満潮の三隻……心許ないのう)
利根「筑摩! 任しておけッ!」
春雨「やらせはしません! 秋月さん、ここは私がッ!」
利根の放つ雷撃から秋月を守る春雨。なおも中破で持ちこたえている。
利根「クッ……直撃させることが出来なかった! 耐えられたかッ!」
山城「ふっふっふっふっふっふっふっふっ……ハッ。ハッ……ええと、艦娘の強さは精神に依る、だったかしら?」
妖しい笑みを浮かべる山城。その不気味さに、敵も味方も思わず後ずさりをしてしまう。
山城「あなたたち、もう下がっていて良いわ。あとは私は一人で十分。今宵は悪夢を見せてあげる」
艤装の主砲を全方位に向け、次々に撃ち放ちつつ跳躍し身を捻じりながら敵の駆逐艦めがけ突進していく。
満潮「あぁ……せっかくの演習なのに……。ああなってしまってはもう作戦も何も意味を成さないわ。逃げるわよ!」
利根「逃げるじゃと!? 敵を眼前にして逃げろというのか?」
満潮「私、前に山城の居る隊に組まれたことあるんだけど。ああなったらもう敵味方の区別がつかないバーサーカーよ。流れ弾を食らう前に退くしかないわ」
旗艦の秋月に割って入る駆逐艦を殴り飛ばしながら突進していく山城。さすがの利根も血の気が引いた。
利根(吾輩、勇猛果敢を自負してこれまで戦ってきたが……ああいう本物の化け物にはなれんな。満潮の言う通り大人しく撤退するか……)
763 :
【41/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/31(水) 00:00:57.20 ID:Z8oWbKG20
コンコン、と扉を叩く音。ノックの主は窓位提督だった。
提督「ボクだよ山城。開けて」
山城「姉様以外の声は今聞きたくない気分なの……帰ってくれるかしら」
提督「そういうわけにもいかない。ボクはまたキミ専属の提督になったんだ。上官の命令ならさすがに開けざるを得ないでしょ?」
・・・・
ひとしきり山城の口から零れる愚痴を聞き終えた窓位提督。部屋に招かれてから一時間。ようやく彼は相槌以外の言葉を発した。
提督「いやね、分かるよ。久しぶりの戦闘で張り切りすぎちゃったんだろう? 敵が強ければ強いほど燃えるタイプなのかもしれない、キミは。
実戦だったらあれでも結果的に勝ちは勝ちだろうし、許されるのかもしれない。でもさ……演習じゃないか。作戦とか連携とかさ……あるじゃん」
呉と柱島の演習の結果は、呉艦隊の勝利に終わった。だが、それは山城の暴走によってもたらされた勝利だった。
帰投後、山城は直轄の大将から大目玉を食らい謹慎処分を受けていた。その間、窓位提督が彼女の監視役を任されることとなった。
提督「命令を聞かなかったり、味方の負傷さえ厭わない戦い方をしたのはよくないよね。そのことは大将に怒られて反省していると思うからボクは言わない。
けど、もっとボクはキミに気づいて欲しいことがある。あんな戦い方をしていては、いつかキミは命を落とすことになる」
提督「キミはひょっとしたらそれでもいいと思って戦ってるかもしれない。けど、ボクはキミが轟沈したら涙を流す。きっと。
涙を流して帰ってくるはずもないキミを待ち続ける。そして恐らく……キミのお姉さんである扶桑はボクと同じか、それ以上に悲しむだろうね」
扶桑の名を出した瞬間に、不満と憤りに満ちていた山城の顔つきが悲愴を含んだ苦々しい表情に変わっていく。
山城「……私は最低だわ。武人としても人としても底辺のイモムシだわ……いや、イモムシにも失礼ね……」
提督「いやいやいやいや! 落ち込めって言ってるわけじゃないでしょ?」 慌ててフォローする
山城「そうは言われても……。でも、そうね……姉様に、申し訳が立たないわね。自分を省みない戦いをして謹慎処分だなんて、姉様に申し訳ないわ」
提督「ボクは? まあいいや。けど、ほんとにお姉ちゃんのこと好きなんだね。並々ならぬ情念を感じるというか……」
山城「……。姉様は……私以上に不幸な目に遭って生きてきた。けど、それでも気持ちが折れることなく前を向いている。
早々にこの世の全てを諦めた私とは違う。挫折を受け入れた私とは違う。そんな弱い、私みたいな腑抜け相手にも明るく接してくれている」
山城「姉様みたいな人が幸せに生きれない世の中なんて間違ってるわ。私が不幸な目に遭うのは構わない。
私は確かにいつだって後ろ向きで、ドジで、のろまで、性格だって悪いから、業を背負ったって仕方ない。……けど姉様は違うはずよ」
山城「姉様は…………ぐすっ」
鼻声になる山城。提督は、二人の間にある関係を知らなかった。だから、触れてしまった。彼女の持つ逆鱗に。触れてはならない心の琴線に。
提督「山城は……扶桑のことを心から愛しているんだね。それは、恋人同士がお互いを慕う気持ちであり、親子がお互いを想うような絆でもあり……。
いや、それ以上に深い気持ちを抱いているのかな。本当に大切に思っているんだね。なんだか妬けちゃうな……」
はにかむ提督の顔。その顔が彼女の視界に入った時、山城は提督の体を押し倒していた。
山城「やめなさい……私と姉様の領域に入ってこようとしないで……! あなたは人付き合いが得意で、他人の気持ちが人一倍分かるのかもしれない。
なればこそ! 私のことは放っておいて。これは警告よ……私は必ずあなたを不幸にする。これ以上私のことを詮索しようとするな……!」
山城の形相に、提督は生まれて初めての恐怖を感じた。それは演習で見た山城の姿よりも数段恐ろしいものだった。
今にも自分の心の臓を締め上げられんばかりの憎しみが、押し倒してきた彼女の手を通じて伝わってくる。
目の前の存在が放つ猛烈な敵意に、提督の脳は全身に向けて警鐘を鳴らす。
提督(『なんで?』とか『どうして?』とか、そういう感情すらすっ飛ばして、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。そう思っている自分がいる。
事実、とてつもなく恐ろしい。彼女が殺気立つ理由さえもどうでもよくなるぐらいに、ボクは今恐怖を感じている)
山城「……分かったでしょう? 私が動けばいつだって不幸が起こる。身に染みたでしょう?」
蛇に睨まれた蛙が取るべき行動は二つに一つ。逃げるか、諦めるか。その二つ。提督の首筋に山城の両手が伸びる。
艦娘は、提督に危害を加えることができない。そういうふうに出来ているはずだった。
だが、窓位提督は山城の正式な提督ではない。山城もまた彼の直属の配下ではない。
しかし仮に……窓位提督が本当に彼女の提督だったとしても。そうだったとしても山城のこの行動は変わらなかったのかもしれない。
山城の手が、提督の首筋に触れる。迷いのない確かな意志が、首の皮膚から感じられる。
提督の皮膚は大部分が合成樹脂で出来ているため、触覚や痛覚などはほとんど感じられないはずだった。
それでもこの時ばかりは「山城に首を絞められているのだ」と、視覚ではなく体で感じ取っていた。
提督「最後に、意識のなくなる前に……一言。言わせて欲しいな……」
提督は、山城が首を捻り潰したところで微塵も痛みは感じない。呼吸ができない苦しみを味わうだけだ。
だが、痛みはなくとも、まだ脳に酸素が行き届いていて苦しみの少ない状態だったとしても、恐怖は感じる。背筋が凍るほどの恐怖は感じている。
それでも、勇気と吐息と振り絞って声を発する。目から不意に止まらなくなった涙をぽろぽろと零しながら、言葉を紡ぐ。
提督「ボクは……山城と、お姉さんとの間に、何があったのかは分からない……。出会った経緯も、山城が怒る理由も、分からない……けど」
提督「ボクは……。山城のことが、好きだよ。殺されても……いいよ……。殺しても……いいんだ……。
ボクは、それでも……不幸だとは、思わない……。後悔は、ない……」
彼が最後に選んだのは、諦めることだった。自分の運命を受け入れることにした。
恐怖に怯えていた表情は晴れて、無意識のうちに微笑みを浮かべていた。そして彼の瞳には何も映らなくなった。
764 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/08/31(水) 00:02:57.35 ID:Z8oWbKG20
どこで切ろうかわりと悩んだんですがいったんここで中断します。残りは明日投稿します。
え……って感じですが。
765 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 19:59:30.61 ID:tre1gbsN0
本日20時より次の章の安価開始と予告していたので、予定通り行ってしまいます。
ん? まだ今回分の章が完結していない? はい。
そもそも昨日投下するはずじゃなかったのか? はい、ゴメンナサイ。
昨晩急用が入ってしまいまして……。風呂入ってる間に会社の上司から7件不在着信が来ていて……とても投稿作業をやれるような状況にありませんでした(泣)。
今日は大丈夫(だと思うので)、本日投下しきってしまうつもりですが先に安価を募集しようと思います。
現行章の完結前に次の章の安価を行うという、ちょっと変則的な形になってしまい申し訳ありませんが……。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
766 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:23:05.64 ID:pcLzRdIWO
秋月
767 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:24:36.27 ID:LDsHYK57O
阿武隈
768 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:25:41.14 ID:Iy/EL4b3O
吹雪
769 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:19.39 ID:XyEXNlJ1O
舞風
770 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:47.26 ID:w8aaq/ehO
五月雨
771 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 21:59:39.29 ID:tre1gbsN0
>>766
より秋月が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:64(度胸あり)
知性:27(やや低い)
魅力:14(低い)
仁徳:39(あるとは言えない)
幸運:26(やや不運)
……とりあえず何某かのコメントは今回の章の投下分が終わってからにします。
772 :
【42/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 22:48:24.59 ID:tre1gbsN0
淡い色彩の花束をそっと窓位提督が眠るベッドの隣に置いて医務室を去る山城。部屋を出ると扶桑が待っていた。
扶桑「今は眠っているけれど、もう意識を取り戻したそうよ」
山城「そうですか……良かった……」
扶桑「どうしてあんなことをしたの? 私は彼のことをほとんど知らないわ。けれど、山城と一緒に居たあの人はとても幸せそうだった。
山城だってそうだったはずよね。あなただって、こんなことはしたくなかったはずよね……?」
敬愛する姉から向けられる疑念。山城は扶桑の問いかけに答えられるはずもなかった。自分でもなぜあんなことをしたのか分からない。
扶桑の話をされて、自分が抱いている感情を見透かされたようでひどく動揺した。いてもたってもいられなくなって、気がついたらこうなっていた。
扶桑を納得させることの出来るような理由が山城には見つからなかった。それでも扶桑は彼女の無言を許さない。
扶桑「ここでは話しづらいでしょう。私の部屋に来てもらえるかしら」
・・・・
雑然と物が散らかった山城の部屋とは違い、扶桑の部屋は隅々まで入念に掃除されているようだった。畳のある和室で、い草の匂いがほのかに香る。
扶桑とこうして一対一で話すことは少なくなかった。だが、扶桑からこうして畏まった態度を取られるのは山城にとって初めてのことだった。
机を挟んで向き合う二人。山城は見るからに心に余裕がなく、憔悴しきった様子だった。泣き腫らした赤い目。
山城「決して彼が憎かったわけではないんです……。むしろ……私みたいなのを気にかけてくれていて、感謝しています……。
だから、自分でもどうしてあんなことをしたのか分からなくて。気が動転していて……姉様の話を出された時、自分の中で何かが抑えきれなくなって……」
途切れ途切れに不器用な言葉を吐いていく山城。山城からすれば自分なりの言葉を一つ一つ伝えているつもりだったが、扶桑にとっては容量を得ない返答に感じられた。
扶桑「……山城。私と最初に出会った時のことを覚えているかしら。あなたはつっけんどんの跳ねっかえり娘で、とてもささくれていたわよね。
人から向けられた好意を素直に受け入られないどころか、好意を向けられれば向けられるほど心を閉ざしてしまうような難儀な子だったわよね」
扶桑「でも、『私の妹になりたい』と申し出てからのあなたは……少なくとも私の前でのあなたは、優しくて心の温かい子。どうして私に接するように彼と向き合えないの?」
山城「ごめんなさい。分かりません……。けれど、彼と姉様は違います……うまく言えないけれど、違う。姉様に命を助けてもらったご恩で……今の私がいるんです。
身を呈して守ってもらっていなければ私は海の底に沈んでいた。あの姿を見て姉様みたいになりたいと、心からそう思った。けれど……なれなかった……」
山城「未だに心は弱いままで、身近にいる大切な人さえも傷つけてしまう。姉様に近づけば、姉様の妹になれば、自分の中で何かを変えられると信じていた。
少なくとも最初はそうだった。けれど……何も変えられなかった。深みにはまるように姉様に依存していくだけだった。……」
突っ伏して握り拳を机の上に小さく振り下ろす。歯ぎしりながら言葉を続ける。
山城「私は……ッ! 山城は。扶桑姉様のことをお慕いしておりました。そして今も……。私の世界は……気づけば姉様だけになっていたんです」
伏せていた顔を上げて扶桑を見つめる山城。その視界は涙で歪んでいて、目の前の扶桑でさえも遥か遠くの蜃気楼のように見えた。
山城「女が女に惚れるなど……道理に反しているのでしょう。気色悪いと思うでしょう。なおも……私は姉様への感情を殺しきれなかった……!」
山城は、兼ねてから同性愛に対する侮蔑を抱いていた。だがそれは、そう思うことで自分自身を抑圧して律するためだった。
山城「本当のことを言ったら、扶桑姉様に嫌われてしまうから! ……隠し通したかった。誰にも知られたくなかった」
扶桑(こうなったのは、私の責任でもあるのかもしれないわね。山城の心に抱えた孤独の深さに気づいてあげられなかったから……)
山城「彼は優しいから……つい気を許してしまったの。それで、姉様のことを話しすぎてしまったのだわ。
私が姉様を愛していたことも、私が持つ残虐な一面も、隠していたことは全て知られてしまった。彼には私の醜い本性など、知られたくはなかった」
山城「でも知られてしまった。軽蔑されると思った……きっと見放されると思ったから。……そうなる前に、無かったことにしたかった」
山城「提督も姉様も、人として出来すぎているから……私は、本当の自分を隠していないと傍にいることも出来なかった。
たとえそれが自分を偽った姿だったとしても幸せでいられた! でももう……おしまいだわ。提督とも……姉様とも……!」
扶桑「山城。たしかにあなたの告白には驚いたわ。今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。辛かったわよね」
扶桑「私は同性を好きになったことがないから、あなたのことを恋愛的な意味で好きになるためには少し時間を要するかもしれないわ。
扶桑「けれど、山城が私を愛してくれるというのなら……私も愛情で返したいと思います」
山城「姉様……うそ……!?」
扶桑「よく聞いて山城……あなたは一つ勘違いしている。人が人を愛する、そのことに性別なんて関係ないの」
扶桑「窓位提督と話したことはわずかだけれど、彼だって、山城が私を好いていることを知ったぐらいで態度を変えるような人じゃないわ。
山城が自分のことを間違っていると思い込んでいるだけ。彼に嫌われてしまうと思い込んでいるだけだわ」
扶桑「あなたはもっと視野を広く持ちなさい。傷つくことが怖いのは私も一緒。恥をかくことが怖いのは私だって一緒。私も愚痴や不満を言いたくなることもあるわ。
でも、周りの人たちが支えてくれるから。落ち込んでいても仕方ないって、私なりに頑張ろうって思えるの」
山城「姉様……私は、どうすれば……。山城は……」
扶桑に自分の愛情が好意的に受け入れられた喜び、窓位提督を傷つけてしまった罪悪感、自分の惨めさへの自戒と自嘲。
様々な種類の心情が綯交ぜになり混乱し、山城は不意に涙を零していた。彼女に身を寄せて優しく抱きとめ、なだめる扶桑。
扶桑「あなたを支えてくれる人の存在に気づきなさい。身近にいる人の大切さに気づきなさい」
扶桑「今は気が済むまで泣いていいわ。でも……落ち着いたら。再び前を向こうという気持ちが戻ったら、彼に会って話をするのよ。出来るわよね?」
773 :
【43/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:17:19.41 ID:tre1gbsN0
呉鎮守府の医務室。大将や元帥らが見舞いに来てくれたようで、菓子類がベッド周りに積み上げられている。
窓位提督はその量からして三日ほど寝込んでいたのだろうと推測した。
戸が開く。のそ……と重い足取り。その最初の一歩で誰か分かった提督は、にこりと笑みを浮かべた。
山城「……ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのは、分かっているけれど。償いきれないことだとは、分かっているけれど」
提督の横たえるベッド近くの窓から、低気圧が過ぎ去った後の晩夏の風が流れ込む。
白いカーテンが風にそよいでいる。窓から入る日差しの烈しさも少しずつ和らいできたようだった。
提督「許すよ。後悔ないって言ったでしょ。償いなんていらないさ。山城がいつも通りに笑っていてくれれば、それでいい」
山城「どうして……? あなたの命を絶とうとしたのよ? 許されるようなことじゃないわ」
提督「許すさ。謝られるほどのことじゃないんだよ。山城が触れられたくない痛みに、無神経にもボクは触れてしまった。だからキミから制裁を受けた。これでおあいこ」
山城「あなたに落ち度なんてないわ。……そう、私は、姉様のことを愛している。あなたの言う通りだった。けれど私は、同姓を好きになるなんて異常だって考えていたの。
男の人を好きにならなければいけないものだと思っていたから。それが当たり前だと信じて疑わなかった。自分の頭がおかしくなったんだと感じて気持ちを抑えてきた」
山城「でも……あなたに指摘された時。押し殺してきたはずの想いを目の前に突き付けられたように感じて、耐えられなくなった」
提督「お姉さんはなんて言ってた?」
山城「女同士で愛し合ったとしても、おかしなことじゃないって。互いに愛し合っているのなら、性別なんて関係ないと言っていました。
予想外でその時は驚きましたが……姉様が言っていること、今は正しいと思います。私の秘めていた想いも、受け止めてくれました」
提督「うん、そうだよ。性別も国籍も、生まれや育ちも、肌の色や体型だって関係ないはずなんだ」
提督「山城……少し真面目な話をさせて? ボクの自分語りだけど、キミに伝えたい。ボクの触れられたくない、心の痛みの話をする」
固唾を呑んで頷く山城。提督は真剣な面持ちで口を開いた。
提督「ボクは、見かけの上では大人になれない。そして人に体を触られて温もりを感じることができない。ここまでは山城も知ってるよね」
提督「子孫を残すことだけが生命の目的だと言うのなら、ボクはその使命を果たせない。ボクは……男でなければ女でもない。
ひょっとすると人間ですらないのかもしれない。昔子供の頃、作り物の人形や化け物と同じだって、そう言われたことがあるよ。今でも忘れない」
提督「ボクはずっと前に、女性として生きていたんだ。便宜上のね。長い髪を生やして、お洒落をして。
ボクは“人形のよう”だったから、可愛く着飾ればすぐに男の子が寄ってきたよ。女の子からもちやほやされた。悪い気はしなかった」
提督「だけど……忘れない。ボクを“人形のよう”に扱った人たちのことを。ボクを“人形のよう”に壊した人たちのことを。今でも、許せるか分からない。
ボクはそれからずっとずっと悩んでいたんだ。命を遺せないボクは、何もこの世界に生きた証を残すことができないボクは……本当に人形なんじゃないかって」
提督「両親や、当時のボクを支えたくれた人たちのおかげだ……再びボクが人を愛せるようになったのは」
提督「『人に優しくできる人間が一番カッコいい』。これはボクの信条であり……亡くなったボクの父から受け継いだ信念だ。ボクの父も提督だった。
戦いで命を落とした父に代わって、この呉鎮守府の元帥を母は以前務めていた。母も口にこそ出さないものの、父と同じ意志を持って戦ってきた人だ。
兄は提督ではないけれど、やはり優しくてカッコいい人だ。いつだって親身に相談に乗ってくれた。一時は恋慕を抱くこともあった」
提督「ボクは生きた証を残せない。愛を育んだところで、形にすることは出来ない。けど今は……ボクはそれすらも自分自身の運命として受け入れている。
たとえ仮に人形だったとしても……ボクは父や母の精神を受け継いで生きるんだ。これがボクの存在証明。これがボクの今を生きる理由」
提督「こうやって男性の姿をしているのも、ボクなりの覚悟の現れ。名前も一度変えている。父と母から一文字ずつ貰った名前。
『人に優しく生きる』、それを貫き通すために生きてるんだ。だから。キミから向けられた殺意すらもボクは温情で返すんだ。それに……」
提督「キミもきっと本当は優しい人だから。ボクのことを殺してしまう前に、どこかで踏み止まってくれると読んでいた。その通りになったよ」
提督「ボクとキミとは、合わせ鏡のような存在なのかもしれない。キミの痛みは、ボクにも分かるところがある。
ボクの痛みも、優しいキミならきっと分かってくれると思った。だから話した。……これはボクと山城だけの秘密にしてね」
山城「提督は……私よりもずっと辛い人生を生きてきたのですね。ただ周りに恵まれているだけの人だと思っていました。本当にごめんなさい……」
提督「不幸や苦しみの度合いなんて比べるものじゃないさ。ボクはボクなりに辛かった、けど今は克服した。キミもキミなりに辛いことがあった。
それでも今、キミは乗り越えようとしている。前を向いて歩き出そうとしている。罪の意識を感じたり気後れしたり……そんなのはしなくていいんだよ」
提督は、山城の両手を包み込むように握りしめる。
提督「怖くないから……もう、独りぼっちじゃないから。依存するんじゃなく、手を取り合って生きよう? 今のキミなら出来るはずだよ」
・・・・
山城への処遇は、艦娘への処罰の中では最も重い解体処分になることと相成った。もちろん、その決定を受け入れるわけにはいかない。
窓位提督と山城は、芯玄元帥や他の大将にひたすら頭を下げ、どうにか謹慎期間が三倍に延びるだけで事を済ませたのだった。
山城の処分の一件が収束し、彼女の部屋の前で顛末を報告する提督。胸を撫で下ろしている。
提督「作戦開始直前の忙しい時期なのに邪魔しちゃったのは元帥がたに申し訳なかったけど、頼んで回った甲斐があったよ! 山城が解体されないでよかった。
さすがに数ヶ月の謹慎ともなると暇でしょ? その間ずっと出撃も演習も出来ないからね……山城が退屈にならないように、ちょくちょく遊びに来るよ」
山城「あの……提督は毎日色んなお仕事をしていて、立派、ですよね。みんなの役に立っていて……掃除とか、洗濯とか……。
私も一緒にやっていいですか? 謹慎中はどうせ暇……ですし。邪魔にならなければで良いんですけど」
提督は二つ返事で快諾した。
774 :
【44/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:42:18.91 ID:tre1gbsN0
山城がボクの仕事を手伝ってくれるようになってから、すごく助かっている。
ボク一人じゃ踏み台や脚立を用意しなければいけないような作業も、長身の山城がいればあっという間に終わる。
艦娘だけあってボクにとっては重労働に思えるような、体力を使うハードな作業もなんのそのだ。
給料が支払われているわけでもないのに嫌な顔一つせずボクに付き合ってくれている。
提督「うーん、働き詰めだと時間が過ぎるのも早く感じるね。つかれたつかれた、とりあえず今日は一段落だ」
山城「提督。もしよかったら晩ご飯ご一緒しませんか? ちょっと食材を買いすぎちゃって……」
提督「いいね、お言葉に甘えようかな。さては扶桑が今日から出撃なのに普段と同じ量を買ってきちゃったんだな〜?」
山城「……バレましたか」
普段山城は扶桑と夕食を共にしている。二人の仲は順調なようで、時たま散歩という名目でデートしているのを見かける。
そういえば、最初に山城の部屋に入った時は物が結構散らかってたような……下着とかも落ちてた気がする。
さすがに最近は扶桑も出入りするせいか、かなり綺麗にしているみたいだけど。
あの時は謹慎を言い渡された直後で、掃除する気力も無かったのかもなあ。
・・・・
エプロン姿で台所に立っている山城。ボクも手伝おうとしたが、自分でやるからいいと止められてしまった。
窓から差し込む夕陽、その穏やかな薄紅色の明かりに照らされている山城の横顔。
……鍋からグツグツと小さな音が聞こえる。カレーの匂いだ。ボクは特にすることもなく頬杖をついていた。
提督「攻略作戦が始まって、やっぱり皆ピリピリしているね。艦娘たちも少し余裕がなさそうだ。
普段だったら掃除とか手伝ってくれるんだけど……今日はみんな忙しそうだったよ」
山城「レイテ沖攻略……ですか。姉様は大丈夫かしら……」
山城「いいえ、姉様はきっと無事に帰ってくるわ! 私が信じないでどうするんですか!」
不安げに呟いた後、打ち消すように小さくガッツポーズしている山城。
提督「山城……変わったね。前より明るくなったよ。それに、最近はボクや扶桑以外の艦娘たちともちゃんと話せてるよね。立派立派」
山城「あの……私が他人と会話する能力がないように言わないでもらえませんか? 私だって世間話ぐらいはできますよ」
提督「失敬! けど、前と違って親しみやすいっていうかさ。『近寄りがたい人だと思っていたけど、話してみると案外面白い人だった』って評判みたいだよ」
山城「何をもって面白いと思われてるのかは分からないけど……提督のお手伝いをするようになってから、他の子たちと喋る機会は増えましたね。
向こうから話しかけてくるものだから最初のうちは戸惑ったけど。でも、慣れてみると悪い人たちじゃないって思ったわ」
山城「って……提督と会う前からずっとここにいたはずなのに『慣れてみると』って言うのはヘンね。でも、なんだか新鮮な感じするの。
前は他人と話すことなんて時間の無駄だと思っていたから。提督や姉様のおかげかもしれないわ。少しだけ成長できました」
提督「成長といえば……。最近は『不幸だわ』も減ってきたよね。ツキが回ってきたんじゃない?」
山城「自分では気づかなかったけど、言われてみればそうかも……。いえ、相変わらず酷い目に遭うこともあるのだけれど。
でも……確かにそうね。結局あれも私の不注意や不用心のせいで引き起こされてた節もあったから」
山城「艦娘の強さは精神的なコンディションに依るのでしょう?
私が自分で自分を不幸だと思い込むことで、注意力や判断力も低下してしまったんじゃないかしら」
提督「そうかもしれないね。……」
ふと思ったことは、山城はもうボクが居なくても平気だろうということだ。ここまで過去の自分を客観的に分析できている。
自分で自分に課していた呪いを、最後には乗り越えることができた。そして、最愛の姉である扶桑とも結ばれた。
ボクもいつか、また誰かに恋心を抱いたりするのだろうか。特別な感情を抱いて、仲睦まじく手を繋いだりする時が来るのだろうか。
提督になることを決意した時から、『人に優しく生きるんだ』と決心した時から、忘れていたそわそわした感覚を思い出した。
……思い出したところで、どうにかなるわけでもないけど。
山城「提督? どうしました。眠いんですか?」
気が付くと目の前にはカレーの乗った皿が置かれていた。ああ、せめて配膳ぐらい手伝ってあげればよかったな。ボーッとしてた。
・・・・
ボクは珍しく一人になりたい気分になって、なんとなく鎮守府内を散歩していた。古びた桟橋が海に伸びている。
夜の帳に満月と星。海面を照らす大小の光。ちょうどいい、ここにしよう。ほっと一息ついて腰かけ、空を眺める。
提督「……あー」
キラリと星が流れていく。参ったな、願い事なんて考えてなかったよ。ザンネン。しょんぼりだ。
提督(でも、ま……いいか。満天の星空に美しい満月。それが見れただけでも幸運だ)
山城「提督……? どうしたんですかこんなところで」
提督「たそがれてるんだ。山城こそどうしたの?」
山城「姉様がいないからなんだか人恋しくて……提督に話し相手になってもらおうと探してたんです。迷惑でした?」
提督「いいや……むしろ光栄さ。暇だったからほっつき歩いてただけだからね」
775 :
【45/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 00:03:50.24 ID:FvHZuL/t0
本当は一人になりたかったけれど、だからと言って拒むほどでもない。それに、山城と話しているのは楽しいから、これはこれでいいんだ。
山城「提督は、何か山城にして欲しいことはありますか?」
提督「? 急にどうしたのさ。どういう風の吹き回し?」
山城「提督の夢はなんだろうって、ふと考えたんです。でも、想像つかなくて……。
今の提督がいるのが、かつて提督を支えてくれた人たちのお陰であるように。今の私がいるのも提督のお陰」
山城「だから……あなたの望みを叶えてあげられたら、って思ったの。山城が力になれることであれば……ですけど」
空を見上げれば金色の月が宵闇を照らし、水面は星々の光が揺らめいている。
美しくも幻想的な空間。その幻想の中で、唯一絶対的な存在としてボクの瞳に映るのは、目の前の山城だった。
山城の頬は、先刻の夕陽から少しだけ紅色を分けてもらったのか、仄かに赤らんでいる。
じっと背の低いボクのことを見つめている。ボクの言葉を待っている。
提督「ボクの望みは……。ボクが欲しいのは」
提督(山城の心、なのかもしれない)
提督「ボクが欲しいのは、生きた証。不確かなボクを、より確かにしてくれる根拠」
提督「それは知性であり、品性であり、紳士性……なのかな。言ったでしょ? ボクは『人に優しくする』、その信念を体現するために生きている」
山城「何かこう……具体化できるものはないかしら? 私にも理解できるようなスケールのもので」
提督「そうだなぁ……。歴史のページに名前を残すような人になれれば、生きた証を残せると言えるのかもしれないな。
あ……これも具体性ないなあ。う〜ん……保留でいい? なんか、パッと浮かばないや」
山城「そう、ですか……なら仕方ない」
・・・・
窓位提督と山城はレイテ沖の攻略作戦が佳境に差し掛かってもお構いなしで、地道かつ誠実に雑用を行い続けた。
清掃・衣類の洗濯・食事当番・水回りの掃除のみにその活動は留まらず、エアコン修理に大将らの書類整理、疲労した艦娘のマッサージ、果ては猫の世話まで。
二人の働きぶりは呉の鎮守府内でちょっとした評判となり、凸凹コンビならぬ凹凹(ボコボコ)コンビと呼ばれ親しまれている。
災難な目に遭うことが少なくなく、傍目からは厄介で面倒な仕事ばかりを引き受けているように見えるからである。
もっとも提督も山城も自発的に行っているのであり、それらの仕事や奉仕活動を災難だとは思っていない様子だった。むしろやりがいを感じているらしかった。
そんな折、窓位提督は芯玄元帥から相談を受けていた。
芯玄「朝早くから悪いな。お前が居てくれるお陰でオレも朝潮も楽が出来ている。
それから、大将連中との仲を取り持ってくれてありがとうな。助かってるぜ。
お陰で、最近は少しだけ認めてもらえてるらしい。もっとも、まだまだ結果は伴なっちゃいないがな」
提督「いやいや。元帥が頑張ってることを大将の方々に伝えてるだけですから、元帥のお力で信頼を勝ち取ったようなものですって」
芯玄「はは。世辞がうまいなお前は。いや……相談というのはな。これを見てくれ」
元帥に海域図を見せられる。図にはところどころペンで書き込んだ跡がある。
芯玄「佐世保や柱島と連携して、ようやく今ここまで来てるんだ。一見優勢に見えるが、そろそろ戦場にいる艦娘たちを撤退させなければ身が持たねえ。
そして勝つためには最後の一押しが足りない。ここで退いたら、恐らくまたやり直し。艦娘たちにも更に苦しい負担を強いることになっちまう」
芯玄「一回きり、使えるのは一回きりの荒業だが……試してみたいことがある」
・・・・
突然工廠へと呼び出された山城。わけもわからないまま艤装を弄られていた。
山城「ちょっ、ちょっと何かしら!? 説明してちょうだい!」
提督「行くよ山城。出撃だ!」
山城「ていと……えっ? 今なんて!? 私まだ謹慎期間中じゃない。無断出撃なんてやらかしたら今度こそ解体されちゃうわ」
提督「特例が出た、元帥直々のお達しさ。これはボクと山城しか遂行できない。行こう、ボクも一緒さ!」
いつの間にか山城の背中の艤装に、大きめの段ボール箱一つ分ぐらいの金庫に似た鉄塊が取りつけられている。
そのことに彼女が驚いている隙に鉄塊の蓋を開けて中に入る提督。
提督「計算上、山城の艤装とボクの体型でならぎりぎり実現可能らしい。目的地はもちろんレイテ沖……! いざ出撃だ!」
・・・・
芯玄元帥の話によると、戦場の艦娘を大破状態から全快まで回復させ、かつ、燃料や弾薬まで補給できるという切り札があるという。
“応急修理女神”と名づけられた、艦を救う妖精の存在だ。一度女神がその力を発揮すると、二度とその力は使えなくなってしまうため『一回きり』とのことである。
女神は基本的に艦娘に対して(なぜか)冷淡であり、装備品と一緒に括りつけて出撃でもしなければ力を発揮してくれない。
一方で人間には比較的素直に応じてくれるらしく、指示さえすれば無関係な艦娘の修理までついでにやってくれるらしい。
山城の補強増設内は窓位提督と彼の腕の中や服の中にひしめき合う女神たちですし詰め状態ではあったものの、彼女たちが不満げな様子を見せることはない。
窓位提督と山城に与えられた任務は、この女神をありったけ引き連れて主戦場まで向かうことだった。
776 :
【46/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 01:08:28.51 ID:FvHZuL/t0
スリガオ海峡 深海中枢泊地沖。硝煙が立ち込める。砲火の応酬がやまない。
瑞鳳(昼はなんとか被害を抑えたもの……やはり夜戦になると大破の艦は出てしまうわね)
利根「撤退命令! 撤退命令はまだか! このままでは轟沈の被害が出てもおかしくないぞ……!」
瑞鳳(一部の艦隊が撤退を始めているわね。うちはまだ大破の艦が出ていないからもう少し持ちこたえられるでしょうけど……)
秋月「この秋月、艦隊を守る盾となる覚悟です! 大破艦は航行可能な限り遠くへ!」
探照灯を敵戦艦の群れに照射して挑発する秋月。弾幕にかすりながらも直撃弾だけは見事に避けている。
扶桑「山城が……待っているもの……! ここで倒れるわけにはいかないわ……」
額から血を流しながら敵を睨み続ける扶桑。既に大破の状態であり、敵の砲か魚雷を一撃でも食らえば沈んでしまうだろう。
彼女の速力では戦場から逃げることもかなわない。敵の艦隊全てを討ち取るまで戦い続けるしかなかった。
提督「間に合ったか……!? みんなを助けてあげて。行ってきて!」
補強増設の中から次々に応急修理女神を開放していく提督。
山城「各艦は私を顧みず前進! 大破艦も転進して迎撃態勢へ。敵を撃滅してくださァーい!」
咆哮とともに、祝砲と言わんばかりに前方の敵艦隊めがけ砲撃を放つ山城。
五十鈴「これで戦える! 敵を掃討しますッ!」
朝雲「あ、噂のボコボコの二人ね。恩に着るわ!」
山城「ボコボコ……?」
提督「……ボクたち、凹凹コンビって呼ばれているらしいよ。なんでだろ」
山城「フッ……上等じゃないの。確かにその通りだわ。目の前の敵を“ボコボコ”に叩きのめすのが今日の私の仕事なのでしょう?」
提督(女神を戦場に届けたら帰って来いって元帥から言われてるんだけどナァ……)
・・・・
芯玄元帥の奇策が功を奏して、連合艦隊は破竹の勢いで猛進し敵を打ち破った。レイテ沖海戦は無事に終結した。
策に貢献した窓位提督には大将の地位が与えられ、舞鶴鎮守府に正式着任することになった。
山城もまた戦場での活躍が認められ、恩赦に近い形で謹慎を解かれ今では方々の戦場に引っ張りだこな様子だ。
窓位提督が呉を離れなければならない最後の日が訪れた。彼は山城の部屋を訪れていた。
提督「キミとは長い付き合いだったから、最後に会っておこうと思ってね。ボクが居なくても平気かい?」
山城「寂しくはなりますが……今は一人じゃありませんから。いいえ……今も、ですかね。気づけたのは提督のお陰ですが」
提督「そっか! ……良かった良かった。安心だよ」
山城「あの戦いまでは、私は敵に対して殺意を高めることで力を発揮していました。
ですが……提督と駆け抜けたあの戦い以降、守りたい人のことを強く想うことで殺意を凌ぐ力が出せるようになりました」
提督「物騒だなあ、目を輝かせて言うようなことかよぉ……。イキイキしてるようで何よりだけどさ」
提督(事実……あの作戦での山城は相変わらず荒々しかったけれど、前の演習みたいに形振り構わず敵を倒すという感じではなかった。
全力全開ではあるもののどこか冷静で、周囲を気遣っているような精神的余裕を感じた)
山城「深海棲艦を倒すのが艦娘の仕事ですから。あ。提督は艦娘と違って貧弱なんですから、お体に気をつけてくださいね。お菓子ばっかり食べてちゃダメですよ?」
提督「うん……そうだね、気をつける。(話すことなくなっちゃったな……それに、時計を見たところもうここまでかな。ははは)」
くるりと身を翻し、帽子を目深に被り、一歩踏み出す提督。
提督「短いけど、もう時間なんだ。……また会おう。またいつか」
窓から差し込む夕焼けの灯りが時を報せる。
提督(結局のところ、ボクは山城に気持ちを伝えられずじまいだった。……今更になって惚れてることを自覚するんだから遅いよね。
いや、自覚したところで変わりはないか。ボクは『優しい』男だからな。要らんことをして彼女の気を乱すような真似はしない、紳士だもの)
山城の返事もなかったので、提督は部屋の扉をそっと閉じようとした。しかしドアノブに手をかけ扉を開ける山城。
提督を部屋に引き寄せて再び扉を閉める。彼の小さな背丈を体全体で包み込むように抱き締める山城。提督には彼女の意図が読めなかった。
山城「最後まで……あなたは優しい人なのね」
提督「……?」
山城「また会いましょう。また、いつか。提督の傍にいられる日を、待ってますから」
山城はそう言って提督の頬に口づけし、すぐに身体を開放した。扉を開け、退室を促す。
提督は困ったような微笑みを山城に返し、急ぎ足で部屋を去っていった。
夕焼けに消えていく提督の姿を山城は見送った。窓から入り込む秋の風は、夏の終わりを静かに告げた。
1766.36 KB
Speed:0.2
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)