【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】

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681 :【1/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:31:54.80 ID:Ogtl1Ak10
柱島は狭い。面積はおよそ3.12平方キロメートルで、一時間も歩けば島の外れまで辿り着いてしまう。
島の外れに島尻の浜という砂浜があり、そこで和服を着た見知らぬ男が一人。
すまし顔で夕陽を眺めながら金管楽器を吹いている。緑がかった黒髪の若い青年だ。
瑞鳳は草葉の陰から彼を観察していた。

瑞鳳「……? あの人、何者……?」

当然、艦娘瑞鳳はこの男のことが気になった。漁船すらほとんど近寄らないこの島に、客人が来ることなど考えにくい。
ここ柱島は今や海軍関係者しか立ち寄ることのない島であり、艦娘を含めても総人口は百人に満たない。

そんな柱島に、舞鶴の温泉宿からそのまま抜け出してきたような格好の男がいれば目立つのも無理はない。
ゆえに、彼を最初に見た瑞鳳から出た一言は『誰?』でなく『何者?』という言葉であった。

??「僻地と聞いていたが……海も清んでいるし、何より人が少ない。良いところだね」

瑞鳳の存在に気づいた男は演奏をやめ、防波堤の傍に置いていた荷物の方へ歩み寄る。
トロンボーンをケースへしまおうとしているようだ。

??「きみ、中学生かな? 僕に何か用かい」

楽器の手入れをしながら、瑞鳳に話しかける男。

瑞鳳「ちゅ、中学生!? 違います! 私は……ず」

艦娘である自分の名を、目の前の見ず知らずの男性に名乗っていいか躊躇い言葉に詰まる瑞鳳。
手入れを終え荷物をまとめると、男は握手しようと瑞鳳に手を差し出す。

??「僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。ちょっとワケあってこの島に世話になることになったんだ。よろしくね」

瑞鳳「はい、よろしく……って」

彼の手を取る瑞鳳、その名前を聞いて目を丸くする。

瑞鳳「!? じゃあ、あなたが新しく来たっていう提督……?」

提督「おや。艦娘だったのか、きみ。名前は?」

瑞鳳「瑞鳳です。って……輸送船が着港した昼からずっと探してたんですよ!? どこに居たんですか今まで!?」

提督「瑞鳳か。聞いたことあるなぁ……何年か前の観艦式で見かけたことがあるかもしれないな……」

彼女の名前を聞いた途端顎に手を当てて考える仕草をする提督。『瑞鳳です』から先は聞き流したようだった。

提督「まあいいや、艦娘なんだっけ。よろしくね。そろそろ散歩も飽きてきたし、案内頼むよ」

瑞鳳(マイペースな人だな……こんな人が提督で大丈夫かなあ)

・・・・

柱島泊地――柱島から続く海底トンネルを経由して車で十数分の位置にある、海上に建てられた小規模な日本海軍の拠点だ。
規模からして海軍要港部と呼んだ方が相応しい小さな施設だが、通俗的に鎮守府と呼ばれている。
瑞鳳に急かされて、柱島港に停めてあったワゴン車に半ば無理矢理乗せられる提督。

提督「鎮守府ってこの島の中にあるもんじゃないんだね。どおりでこじんまりしてるなと思ったよ。あ、僕運転できないから」

運転席に座りハンドルを握っておいてこの一言。呆れる瑞鳳。

瑞鳳「え、え〜……先に言ってくださいよ!」

提督「君が運転すればいいじゃないのさ」

瑞鳳「私も出来ないから困ってるんですよっ! あっ、もうこんな時間!」

ポケットから取り出した懐中時計を見やると、何やら慌て始める瑞鳳。
バタンと運転席の扉を開け、小さくジャンプして提督に抱きかかり、腰に手を回してそのまま持ち上げる。

提督「!?」

神輿のように担ぎ上げられる提督。体格差からしてかなり無理のある絵面なのだが、瑞鳳はまるで負担に感じていない様子だった。
提督を持ち上げる労力などよりも、時間が押していることを気にしているらしい。

瑞鳳「走って間に合うかなぁ……急がなきゃ!」

提督「急がなきゃ……じゃ、なく、て……アッ……」

担ぎ上げた状態で走り続けるのは難しいようで、じょじょに提督を固定する腕の位置が彼の首元と腹部に移動していく。
プロレスで使用される技の一つ、バックブリーカーに近い体勢で運搬される提督。
華奢な体格の提督がこの無自覚な暴力に耐えられるはずもなく、わずか数分で意識を飛ばしてしまう。
682 :【2/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:32:41.76 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「軽空母! 瑞鳳! 戻りました!」

瑞鶴「お疲れー、随分遅かったわね。おっ、誰その男の人。彼氏でもできたんですか?」

瑞鳳「なわけないでしょ」

ソファに腰かけて足を組んでいる、ややだらしない彼女は瑞鶴。その隣で手を両膝の上に置いてちょこんと座っているのが秋月だ。
瑞鶴の呑気な問いかけを無視し、ぐったりしている提督を椅子の上に座らせる。

秋月「この人が乙川司令……?」

瑞鳳「そうそう、島の外れまで散歩してたんですって! せっかく色々教えてあげるつもりだったのに……今日はもう時間ないわね」

提督(うぅ……艦娘というのはおっかないな。いきなり殺されかけるとは……)

提督「ところで、やけに急いでいたけれど。これから何かあるのかい?」

瑞鳳「鍵閉めですよ。各施設の見回りをして、それぞれの部屋の戸締まりと点検をします」

提督「でも、ここって軍の施設だよね。閉鎖してるなんてことがあっていいのかい?」

瑞鳳「遠征部隊が長旅から帰ってくる時とか作戦発令時とかは夜に人が居ることもありますけど……普段は9時5時ですねー」

提督(17時になったら業務終了って随分と緩いんだな……)

秋月「24時間体制で警備し続けるための人員が足りてないんです」

瑞鶴「ま、そこまでする必要がないぐらい後衛だからお役所仕事でも問題ないってことだけどね」

提督「そう……あ、自己紹介。ぼくは乙川奏。ちょっとワケあって島流しの憂き目に遭ってしまってね。
半年間の刑期が終わるまではここで暮らさせてもらうよ。まあよろしく」

瑞鶴「刑期って……面白い冗談ね。私は瑞鶴、こっちは秋月です。よろしくね、提督さん」

秋月「よろしくお願いします!」

瑞鳳(この島に来たのって、左遷だったりするのかな……?)

・・・・

秋月が運転する車の後部座席で対話する提督と瑞鳳。
秋月の趣味か、車内のスピーカーからはテンポの速いユーロビートが流れている。
彼女たちの乗る車の先には瑞鶴の車が走っている。

提督「しかし……瑞鳳といい秋月といい、見た目だけなら義務教育さえ終えてなさそうなもんだけどねぇ……。
車が運転できるなんて大人の僕よりすごいじゃない、関心したよ」

瑞鳳(あれ……別の鎮守府で提督をやっていたならいちいちそんなことで驚いたりはしないはずよね。ってことは新人か)

秋月「艦娘は人間と違って肉体的な歳を取らないんですよ、艦ですからね。練度を上げて改造すれば見た目が変わることもありますけど……」

提督「練度ってのはつまり……レベルが上がると進化する、みたいな概念なのかな? ゲームみたいだね」

瑞鳳「演習や出撃で戦闘を経験すると、少しずつ艦娘は強くなっていくの。戦闘で傷ついた艦娘は入渠して回復するのよ」

提督「ふむふむ。そういえば意外と設備はしっかりしていたよねあの鎮守府。小さいとはいえ工廠や船渠なんかもあったし」

瑞鳳「鎮守府の中では一番新しく出来たところだから、規模が小さいだけで機材自体は最新鋭なのよ!」

やや自慢げに話す瑞鳳。

・・・・

柱島港の駐車場で秋月と別れる提督と瑞鳳。
先ほど乗ろうとしていたワゴン車から自分の荷物を取り出し、ガラガラとスーツケースを引く提督。

瑞鳳「提督のおうちまで案内しますね」

提督「うーん、よく知らないけど普通さ……寮とかあるもんじゃないの? 秋月や瑞鶴も自分の家があるって言ってたけど……」

瑞鳳「昔、深海棲艦の攻勢が今よりも激しかった頃に住民の半数は本島に避難したんですけど……幸いこの島は被害を受けなかったんです。
それからしばらくして柱島に拠点を作ろうって話が挙がって、その流れで島にあった空き家はほとんど軍が買い取ったんですよ」

瑞鳳「それを私たち艦娘や妖精たちがせっせとリフォームして今に至るってわけです」

提督「あ。それじゃあ、外食とかも当然無いってことだよね……? コンビニも?」

瑞鳳「個人経営の商店はあるけど、そのぐらいかなー。一通りの食材は売ってますよ」

提督「僕はどうやらこの島で飢え死する運命にあるらしいな……料理、できないんだよ」

瑞鳳「うーん……困りましたね。じゃあ今日は私の家に来ませんか? 晩ご飯、ご馳走しますよ?」

提督「ありがとう、頼むよ(今日に限らず出来れば毎日作ってもらいたいのだけど……)」
683 :【3/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:33:13.56 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「いつも通りの献立で悪いんだけど……めしあがれっ」

卓上に並べられたのは玉子焼き、親子丼、玉子とじの味噌汁、温泉卵を混ぜたポテトサラダ。

提督「(妙に玉子を推すんだな……)いただきまーす」

玉子焼きに箸を伸ばし、口の中へ運ぶ提督。咀嚼し、舌で味わい、飲み込む。
笑みを浮かべ、瑞鳳の方を見やる。

提督「おいしい! すごくおいしいよ」

瑞鳳「本当!? 良かったです〜。個人的には玉子焼きは甘い方が好みなんですよね〜。提督のおうちでもそうだったんですか?」

提督「いや……なんと言ったらいいか。子供の頃から出来合いのものばかり食べていたから、家庭の味という感覚がないんだよね」

瑞鳳「(なんかあまり触れちゃいけない感じだったかな……?)あっ、そうだ。テレビでも見ましょう」

リモコンに手を伸ばす瑞鳳を見て何か言いたげな提督だったが、口を開くことはなかった。
30インチほどの、平均的な大きさの液晶テレビにバラエティ番組が映し出される。
瑞鳳は番組の合間合間にあははと小さな笑い声を上げていたが、提督は終始白けた表情をしていた。

・・・・

空になった食器を台所まで運ぶ提督。瑞鳳はまだ食事中で、テレビに夢中な様子だ。
瑞鳳の座る椅子の背もたれに肘かけて話しかける提督。

提督「ごちそうさま、美味しかったよ。本当に美味しかった」

瑞鳳「えへへ、そんなに何度も褒められたら照れますよ」

提督「それで、君からしたら迷惑な話なんだろうけど……明日から毎日、僕のために料理を作って欲しいんだ」

テレビから注目をこちらへ向けるように、瑞鳳の耳元で囁く提督。
数秒固まり、頭上に!マークを浮かべる瑞鳳。頬が赤らむ。

瑞鳳「ええ!? それってつまり……プロポーズ!?」

提督「? きみ……どうして今のでそう解釈できるんだい? よく知らないけど、テレビの中での“お約束”ってやつ?」

提督「僕、料理出来ないからさ。もし君が良かったらお願い出来ないかなって話。嫌だったかな?」

瑞鳳「え? え? いや、良いですよ……」

瑞鳳(なんだ、早とちりか……。でも、無防備だったから、少し、ドキドキしてるかも……)

提督「それからさ。食事中にテレビ見るの、やめにしない?
僕あんまりテレビ見ないから流行とかよく分かんないし、それに、たぶん君と話してる方が楽しいと思うんだ」

・・・・

提督と別れた後、瑞鳳は風呂に入ることにした。
脱衣所へ向かい、手早く服を脱ぎ、脱いだ服を畳んでシャワーを浴びる。

瑞鳳「はぁ〜、今日はなんだか疲れたなー」

瑞鳳(提督……変わった人だったけど、ちょっとカッコ良かったかも? ……私、ヘンな子に思われてないかなあ)

瑞鳳(でも、料理喜んでくれてたし、そんなに悪くは思われてないはずよね)

メレンゲのように泡立てたシャンプーで髪の地肌を優しく包んでいく。
シャボン玉がふわふわと宙を舞う。目の前に浮かび上がる泡にふうと息を吐きかけ、遠くへ飛ばす。

瑞鳳(テレビ見ないとか、子供の頃から一人でご飯を食べていたとか、だいぶ変わった人だよね。なんかワケありなのかな……)

・・・・

提督「おはよう。今日も一日よろしくね」

自宅に訪れた提督の応対をする瑞鳳。
正方形の木製テーブルの上に皿を並べていく瑞鳳と、彼女の姿を見よう見まねで箸や小皿の用意をする提督。

紅鮭の塩焼きに白米、それから落とし卵の味噌汁、炒り玉子を混ぜたほうれん草のおひたし、目玉焼き。
席に着いて、机上に並ぶ椀や皿を眺め満足げに頷く提督。

提督「美味しそうだね。いただきまーす」

瑞鳳「いただきまーす。……提督? その格好どうしたんですか。軍服はありませんでしたか?」

箸を進めながら、提督の衣装について訊ねる瑞鳳。彼は濃紫色の着物姿だった。
着物といっても瑞鳳が知るような晴れ着ではなく、羽織って胴体部分を帯で締めただけの簡単な着つけで、袖丈も裾も短めの動きやすそうな格好だ。
カジュアルだがこじゃれている、飄々とした彼に似つかわしい衣装だったが、その格好はどう見てもこれから鎮守府へ向かう衣装とは思えなかった。

提督「軍服? 家には無かったから普段着を着ているよ」

瑞鳳「あれれ……用意し忘れてましたか。鎮守府にはあるはずなので、着いたら着替えましょうね」
684 :【4/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:34:07.73 ID:Ogtl1Ak10
提督「わざわざ着替えなおすのは手間だなぁ……。このままじゃダメかい?」

瑞鳳「ダメダメ、そんなんじゃ部下に示しがつきませんよ」

提督「部下に示し、かぁ〜……。でも、僕がここにいるのは半年間だけだよ?
むしろ『あんなダメな奴が提督だった』ってなる方が次に来た提督にとって好条件じゃないかなー」

提督「事実、僕はこの鎮守府に来る際に提督としての一切の義務を果たさない良いって言われてるんだ。つまり任務も何もこなさなくてもいいってこと。
全ては僕の自由意志に任されているということで、そういう取り決めのもと僕はここに来た」

瑞鳳「それってどういうことですか……? 仕事しなくてもいいって……そんなことあるの?」

提督「さあてね。上のお偉いサンがどういう考えなのかは分からないけれど……。
そういうわけだから僕も余計なことはせず、平和な日常を享受させてもらおうかなと」

瑞鳳(どういうこと……? いきなり提督を任されるなんて、士官学校で首席だったとかなのかな?
でもあんまりやる気はなさそう……。ひょっとしてすごく偉い人のご子息だったりするのかな!?)

瑞鳳(で、でも、それとこれとは別よね。生まれが偉いからって仕事しなくていいなんて、そんなのおかしいわ)

考え込む瑞鳳を見て、一体何を思案しているのだろうと疑問に思う提督。突然身を乗り出してガシッと提督の両手を掴む瑞鳳。頭の中で結論が出たらしい。

瑞鳳(つまり! この人を一人前の提督に仕立て上げろというのが私たちに課せられたミッションなのね……!?)

瑞鳳「分かりました! 提督、一緒に頑張りましょ?」

提督「……?」

・・・・

瑞鶴の車で鎮守府に着いた二人。施設の開錠作業を終え、執務室で瑞鳳から手ほどきを受けている提督。

提督(色々説明されても正直よく分かんないなあ……ま、なんか張り切ってるみたいだし適当に話を合わせておこうか)

提督「それじゃあまず、どうすればいい? 言われた通りにすればいいんだろう」

何かを閃いたのか、部屋の端に置いてあるホワイトボードを取り出して、キュッキュッと絵を描き始める瑞鳳。

提督「これは、ドラム缶と延べ棒と……石……? よく知らないけど、これが噂の詫び石とかいう」

瑞鳳「違います! えっと、これが燃料で、これが弾薬、こっちが鋼材・ボーキサイトのつもりで描きました。
艦娘を運用するには、資材が必要です。戦闘や入渠の際にこれらを消費します!」

提督「えっーと、出撃で負ったダメージは入渠させることで回復できるって話だよね」

瑞鳳「そうです! まず、深海棲艦を倒すために、海を進む必要があります(当たり前ですけど)。ここで燃料を消費します。
で、深海棲艦との戦闘で弾薬を消費します。帰ってきて入渠するために、燃料と鋼材を消費します。再び出撃するために燃料と弾薬を補給します」

『出撃』→『戦闘』→『入渠』→『補給』→『出撃』→……というループを意味する円形の図を描く瑞鳳。

提督「深海棲艦と戦うために弾薬が必要、入渠で回復するために鋼材が必要、燃料はどの工程でも基本必要……って感じなんだねー」

瑞鳳「そう。で、このボーキサイトは……戦闘で消耗した艦載機の補充を行うために必要なの。艦載機っていうのは空母のメインウェポンです!
制空権を確保して戦闘を有利に運ぶためには、私たち空母が繰り出す艦載機が必須となるんです! 制空権というのは〜……。って……」

艦載機の絵を描いて説明を進める瑞鳳を尻目に、そっぽ向いて秋晴れの空に浮かぶいわし雲の流れを目で追っている提督。

提督「ええ? ああ、聞いてる聞いてる。なんだっけ? 前・下・斜め前にレバーを倒すやつみたいなのがあるんだってね。
えと……セイクーケン? それをマスターするととにかく良い感じとかそういう話だよね」

黙り込んでじとーっとした目で提督を見つめる瑞鳳。はにかみながら見つめ返す提督。

提督「ごめんごめん。少しボーッとしててね……すぐ完璧にこなせるようになれるほど優秀な人間じゃないけどさ。瑞鳳と一緒に一つ一つ勉強していきたいんだ」

瑞鳳(ちょ……そんなに真っ直ぐな眼で見られたら……)キュン

数秒硬直し、ブンブンと頭を振って我に返ろうとする瑞鳳。

瑞鳳「そ、そうかもね。あんまり一度に詰め込んでも大変か……。じゃあ、そうねえ……」

瑞鳳「さっきも言った通り、資材の管理は私たち艦娘を運用する提督にとって重要な仕事の一つと言えるの。
何度も艦娘を出撃させたり、無理な建造を行ったりしなければある程度は資材が補充されていくんだけど……」

瑞鳳「それだけじゃ艦隊を補強していったり、大規模な作戦に立ち向かうためには全然足りないの」

提督(どうして艦隊を強化したり大規模作戦に挑んだりする前提で話が進んでいるんだ……?)

瑞鳳「資材を得る方法は大きく分けて二つ! 艦娘を遠征に出すか、遠征や作戦などをこなして任務を消化するか、ね。
もっとも、出撃中に獲得できることもあるから、補給に必要な資材が少なくて済む潜水艦を酷使して資材を拾ってこさせるなんて裏技もあるけど……」

提督(サラッとえげつないこと言ってない……?)

瑞鳳「まずは任務を一つやってみましょうか。簡単な任務です」

ビシッと右手の人差し指を立てて提督を先導する瑞鳳。別室に案内するつもりのようだ。
685 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/03/27(日) 23:41:12.44 ID:Ogtl1Ak10
えと……今回は体験版ということでこの辺で区切らせていただけないでしょうか。
もちろんこの先も書けてはいるのですが、完結まではどうにもあと1〜2週間ほどかかりそうでして……。
大変申し訳ないのですがもう少々お待ちいただきたく……。



//// 第一章雑記 ////
残りは11レスなんで、今日投下した分は起承転結でいう起ってとこですかね。
なんか承が膨れ上がっててガッツリ削らないといけなかったり結が出来てなかったりと待たせておいて色々あれな有様なんですが……。
そもそも書く時間が……まあそれは言い訳にしかならないか。

チャラい主人公(?)とチョロいヒロインのやや甘めな感じになるかもしれないし、
そういう風に見せておきながらいきなり裏切ったりするかもしれませんが、まあ大体そんな感じです(どういうことだ)。
前の部とはテイストが違ってこういうのもなかなか書いてて楽しいですね……遅筆なのをなんとかしたいところですが。
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 19:01:12.77 ID:Ah500GsfO
乙 新シリーズ開始か 期待して待ってる
687 : ◆XsVxKts4oQ [sage saga]:2016/04/13(水) 12:44:44.44 ID:PmifM8ryO
お待たせしました。4/16(土)の夜頃投下予定です。
次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
それまでに次に一押しのキャラとか読みたいネタとか考えておくのも戦略かもしれません。



////雑記////
二週間ぐらい待ってと言っておきながらさらにかかってしまってこのザマです。
いちおー、遅れた分も取り返せるぐらい面白い作品にすることで償おうと思ってますがー……(思ってるだけです)。
これでも頑張って書いてるつもりなんで……もう少々お待ちいただけると幸いです。
ほら、年度末とか新年度の始めとかは色々とね……(泣

いやー、それはそれとして前回の物量感覚でやってて尺配分完全に間違えたよね。15レスって長いようで短いよね。
あと今更ながら6-4ってめっちゃ難しいっすよね。いやスレに全然話関係ないですけど。
戦艦水鬼,戦艦棲姫,空母棲姫,ツ級elite*2みたいな編成で来られるのとどっちが難しいんだろうかとか一瞬考えてしまう程度にはヤバいっすね。
もちろん資源消費とか考慮するとそういう編成で来られるよりは6-4の方が数段易しいんでしょうけど。
ただ、体感的にはそのぐらいに今までにないヤバさを感じております。支援艦隊出せないですしねー。
まあ難しいとはいえ別に期間限定海域やEOというわけでもないので焦らずゆるゆる攻略していきます。
688 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/13(水) 22:17:18.97 ID:r6aDIS7T0
出先からの投稿だったんでトリップ間違えてますが本人です。
なにげに投稿時間がゾロ目ですね。だから何って話でもないですが
689 :【5/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:11:58.93 ID:IV8+CupH0
提督「任務……だよね。引越屋のバイトじゃなくて。ベルトコンベアとかないの?」

提督と瑞鳳は両腕に抱えた山積みのダンボール箱を運んでいる。

瑞鳳「横須賀とか呉とか大きい鎮守府ならベルトコンベアで楽々運べるんですけどね……。でもほら、職人の技ってあるじゃないですか」

提督「この運んでくる工程もまた職人の技か〜」 あえてつっこまない提督

物陰から薄緑色の髪をしたヘルメット帽の妖精がぴょこりと飛び出てくる。
その身に不釣合いな怪力を発揮して弾薬の束やボーキサイトの塊をダンボールごと溶鉱炉にぶん投げていく。
炉の中からてれれれ〜んと気の抜けた音が鳴ると、取り出し口からペンギンめいた生き物とリボンをつけたわたあめのような生き物が這い出てくる。

瑞鳳「失敗しちゃいましたね……」

提督「色々言いたいことはあるけども……なにこれ」

モゾモゾと蠢くわたあめ(?)とペンギンを空のダンボール箱の中に詰め込むと、妖精はどこかへ立ち去ってしまった。

瑞鳳「謎です」

提督「謎」

瑞鳳「今回は失敗しちゃいましたけど……これで任務『新装備「開発」指令』達成です! おめでとうございます!
これで燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトが各40単位支給されます」

提督「待てよ……さっき20/60/10/110消費して、得たのが各40だと弾薬やボーキサイトは赤字じゃないか……?」

瑞鳳「一回で得られる任務の報酬はこんなものですよ。もし消費する資材を浮かしたかったら10/10/10/10の最低値で回すのもアリかもね。
まあ、その分出てくる装備もしょぼいですけど……では気を取り直して、次は建造です!」

・・・・

建造を一回、開発を三回行った後、瑞鳳は用があると言って工廠を離れていった。
提督は瑞鳳が居なくなると安堵して休憩、これ幸いと楽器を取り出し、工廠で一人トロンボーンを吹いていた。

秋月「あ、あの……提督? 瑞鳳さんから頼まれて来ました。建造の任務に付き添うようにって」

提督が一曲演奏し終わったであろうタイミングで声をかける秋月。

提督「今の演奏……どうだった? ユーロビートとか聴いてるイマドキの子にはちょっとテンポが遅かったかな?」

秋月「(ユーロビートはイマドキというには古すぎるような……?)途中からしか聴けなかったんですけど、とても良かったです!
まるで嵐の中に居るかのように力強く荒々しく、でもそれが落ち着くと希望に満ちた明るい展開になって……素敵な演奏でした」

提督「おっ、良い感性してるね。さっきのはノアの方舟という曲名でね。ベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントが1998年に作った曲なんだ。
君が聞いてたのは第三楽章の嵐、そして第四楽章の希望の歌という部分だね。つまり音だけ聴いて副題を言い当てたわけだ。これはすごいことだよ」

秋月「いえ、この曲そのものの出来や提督の演奏の腕前がそれを想起させたというだけで、私は別に……」

提督「またまたご謙遜を。じゃ、せっかく人がいるんだしちょいと趣向を変えてこういうのはどうかな? 知ってるかどうか分からないけど」

とある曲のイントロの一部分を吹いてみせる提督。

秋月「源氏の鎧盗むために結構リセットしましたね」

提督「むごい……ま、知ってるみたいならこれで行こうかな。さすがに最初のアルペジオ地帯は勘弁して欲しいけれども」

秋月「アルペジオ……?」

提督「ああ、和音……うーん、まあ、イイカンジの音をこうやってだね」

提督がトロンボーンを吹くと、奏でられるメロディが階段状に波打つように遷移していく。

提督「ふぅ……順番に鳴らしていく技法をアルペジオって言うんだよ。ユーロビートにもあるだろう? テレレレレ……みたいな」

秋月「ああ、あれですね。でも、勘弁して欲しいって言っておきながら出来てるじゃないですか」

提督「いやいやいやいや……速い音楽に慣れてる君はそう思うかもしれないけど、トロンボーンであの速さを吹くのは人間業じゃあないよ。
ちょっとテンポを落としてアレンジするんだよ。こんな風にね」

ゲーム音楽である原曲の要素を引き継ぎつつも、ジャズを彷彿とさせるリズムや響きに変えながら即興で演奏を始める提督。
彼の表情は、平時に見せる昼行灯からは想像もつかないほど生き生きしていて、天真爛漫な子供のようだと秋月は思った。
演奏に合わせて自然に身体が動いている様子の秋月を見て、一つ提案をする提督。

提督「ん、そうだ。ちょっとリズムを叩いてみない? カホンっていう楽器があるんだけどね。こんな風に跨って、叩いて音を鳴らすんだよ」

誰かが片付け忘れたのか、付近に都合良く置いてあった木箱を持ち出して秋月に座らせる。

秋月「こう……ですか? でも、私楽器なんかやったこと……」

提督「音楽でも人生でも、最も大事なことは楽しむことさ。君には音を楽しむセンスがある。
ジャズのリズムは慣れない人には難しいかもだから、最初のうちは手数で攻めるといい。
思うがままに叩きまくってればその内イロハが分かってくるさ」

結局二人は瑞鳳が戻ってくるまで任務のことを忘れて演奏にふけっていたのであった。
690 :【6/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:23:15.16 ID:IV8+CupH0
提督と会話していた時の緩んだ表情とは一転、凛とした顔つきの瑞鳳。
瑞鳳の視線の先には、その小柄な身に不釣合いな大弓を構える少女、大鳳であった。
ここは鎮守府内の射場である。瑞鳳はここで訓練を行うのが日課であったが、今日は自己鍛錬のために訪れたのではなかった。

長い長い深呼吸の後、十分に引かれた弦からするりと放たれていく矢。
シュッと空を切る音。三十三間離れた先の的の中央に突き刺さる。
また深く息を吸い込む大鳳。そして吐き出す。足を戻して構えを解き、一秒間沈黙する。

瑞鳳「見事な腕前ね。噂に違わぬ正確さと集中力。ひょっとしたら私の方が教わることは多いかもしれないわね……」

装甲空母である彼女の堅固さを体現したかのような、鋭く精密な一射を称賛する瑞鳳。

瑞鳳「安定して必殺の一撃が狙えることは大事なことだわ。窮地を切り抜けるのに必要な力だし、何より全ての基本よ」

大鳳「えへへ……褒めすぎですよ。今見ていただいた通り、私の一射には時間がかかり過ぎですもの」

正規空母や軽空母のほとんどは弓を武器としている。弓を使って艦載機を勢いよく射出するのだ。
弓を用いる艦娘の戦闘スタイルは二種類に大別される。一つは『質』に特化した精度重視の戦い方だ。
空戦戦力が拮抗している場合、つまり、量が同程度である場合に戦いの趨勢を決定付けるのは質だからである。
主に艦載機の搭載数が少ない艦娘が用いる戦法で、守勢に強いという特長を持っている。

大鳳「うーん、空母戦は先手必勝ですからね……。私はどうにも物量で押す戦い方が苦手なようで」

大鳳が実戦で求められている役割は、彼女が得意とする戦い方とは逆であった。それは、質ではなく『数』をもって敵を圧倒する戦法。
速射による手数で空を支配し、敵艦隊めがけて奇襲を仕掛けることができるのが特長だ。
大鳳は艦載機の搭載数が多いわりに攻めに転じた際の戦果が乏しく、そのことで悩んでいた。

瑞鳳「でも、だったら瑞鶴に稽古をつけて貰えば良いんじゃないの? わざわざ私に教えを乞うこともないような……」

瑞鶴は速射の達人であった。また、彼女が得意とするアウトレンジ戦法――敵の射程外から一方的に猛攻を仕掛ける戦い方とも相性が良かった。
もちろん、この手数を重視した戦い方は前者の戦い方よりも艦載機の損耗が激しく、また命中率や精度も下がるため、常に最良の戦術であるとは言えない。
しかし、物量によって制空権を確保し機先を制するという思想が多くの提督や艦娘が考える海戦の基本にあった。

大鳳「自分なりに色々思うところがありまして……。そう、空母の使命は艦載機の物量によって制空権を確保すること。
砲戦でも敵の攻撃を受けることなく味方艦隊を補助し、粛々と敵艦の掃討に当たるべき……でもそれは理想論」

大鳳「敵の艦載機の性能はこちらよりも勝っています。制空権を確保できるよう策を練るのが常道ですが、時には物量で負けることもありましょう。
まぁ……私は軍の中では希少な装甲空母なので、基本的に勝ち戦や作戦の後詰めでしか駆り出されないのですけれども。
それでも、万事が想定通りというようには行きません。不測の事態に備えた戦い方も意識しておくべきだと思うのです」

瑞鳳(うーん、大規模作戦の緒戦や敗戦処理にしかお呼ばれしない私からすると羨ましいもんだわね……)

大鳳「で。そういう話を瑞鶴さんにしたら、瑞鳳さんを紹介してもらいまして。
なんでも『自分が最も尊敬する艦娘の一人』『空母のうちでも最も攻守の均衡が取れている』だそうで……」

瑞鳳「うえぇ……あの子そんなこと言う子だったっけ……やたらハードル上げてくるわね……」

・・・・

大鳳「すごい……弓術と陰陽術を組み合わせた戦い方なんて……!」

鎮守府近海。海面をスキップするように小さくジャンプしながら演習用の的を次々打ち落としていく瑞鳳。
弓から放たれる精密射撃と、式神から具現化された艦載機による援護攻撃の組み合わせで的をあっという間に全滅させてしまう。

瑞鳳「陰陽術と言っても、エセだけどね。龍驤とか飛鷹とか、あの辺の本家の技には敵わないわ。ホントは巻物とか勾玉とか要るし……」

瑞鳳の言う龍驤・飛鷹とは、かつて彼女と戦場を共にした軽空母の名である。
軽空母の中では珍しく、両名とも弓術ではなく陰陽術によって艦載機を繰り出して戦う形態を取っている。

大鳳「でも……こんなに戦い方をする空母が居るなんて聞いたことがありませんでした。技巧もさることながら、こんなに軽快に動き回るなんて……」

瑞鳳「あなたと入れ替わりで舞鶴に行った私の姉妹艦、祥鳳も式神をサブウェポンとして戦うわ。まあ祥鳳は祥鳳で私とは得意不得意が違うけど……」

瑞鳳「軽空母の脆い装甲で、空の脅威から味方を守りつつ、敵を攻める……となるとこうならざるを得なかったってだけで。
まあ適応進化みたいなもんよねぇ……他の空母からはよく器用貧乏だなんて言われるけど」

大鳳「いえ、器用貧乏だなんてそんな! 『自分の身を守る』『敵艦載機を撃墜する』『敵艦を攻撃する』……瑞鶴さんが貴方を紹介した理由が分かりました。
これこそ私の理想とする戦い方です! 私もあんな風に身軽に立ち回れたらいいな……!」

瑞鳳「言っておくけど、これはどんな時でも通用する無敵の戦い方じゃないわ。本当に大事なのはその時その時に会った戦況に応じた戦法を取ること。
オールラウンダーにはオールラウンダー特有の欠点があるから、そこは理解しておいてね」

瑞鳳「定石や自分の得意な戦い方だけに頼っていてはいつか足元を掬われる。強みを伸ばして、弱点や苦手な部分を一つ一つ克服していきましょう」

・・・・

こらー! という瑞鳳の怒声が工廠内に響き渡る。演奏は中断され、提督は興醒めした様子でそそくさと楽器を片付け始める。

提督「むむ、帰ってくる前にやめようと思ったけど……バレてしまっては仕方ない」

瑞鳳「さっき式神を使ったついでに工廠の方に飛ばしておいたら……案の定ね。まさか秋月まで懐柔するなんて……」

瑞鳳が来るとばつが悪そうな様子の秋月。秋月とは対照的にけろりとしている提督。

提督「あははは。ごめんごめん、そうだね。今度からはちゃんとやるよ。秋月も付き合わせちゃってごめんね」
691 :【7/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:33:11.40 ID:IV8+CupH0
執務室で昼食を摂る提督・瑞鳳・秋月・大鳳の四名。一人分の机を部屋の中央で四つ繋げて、その上にテーブルクロスを敷く。

提督「なんだか給食みたいで微笑ましいな……はは、学生時代を思い出すよ」

秋月「そうですねぇ。照月や初月ともこうしてお昼食べてたなあ」

提督「あれ、二人とも反応悪くない? なんか嫌な思い出でもあったのかな」 瑞鳳と大鳳の方を見て

瑞鳳「艦娘といっても、その経歴は色々あるのよ。秋月は舞鶴の艦娘養成学校を出てるけどね」

大鳳「私はタウイタウイ泊地という場所で建造されてそのまま実戦登用。瑞鳳さんはサーモン海域で発見されたんでしたっけ」

提督「発見!? ……どういうこと?」

瑞鳳「深海棲艦を倒すと、時折艦娘の艤装が見つかることがあるの。で、艤装だけじゃなく艦娘そのものが発見されることも稀にあるそうだわ。
私はそのレアケース。発見されて横須賀の鎮守府に保護されるより前のことは自分でも分からないわ」

提督「怖い話だなー。実は深海棲艦は艦娘でしたみたいな? ン、逆か? いや、どうなんだ……?」 やや混乱気味の提督

瑞鳳「まあ、ふつう、艦娘のほとんどは建造によって生み出されるわ。
生まれた場所が舞鶴や横須賀みたいに教育施設のある大規模な鎮守府だと、人間でいう学校に該当する施設に通うことになるけど……。
私が生まれた頃にそういうのは無かったから、叩き上げで育てられたって感じね」

提督(この子ら、一体何歳なんだ……? 横須賀の艦娘用の学校が出来たのって確か40年ぐらい前じゃなかったか……?)

提督「うーん、艦娘っていうのは、結局なんなんだい? 人間ではないのかい?」

大鳳「人の見た目をしているというだけで、人ではないでしょうねえ……」

提督「さっき工廠で艤装を解体することも出来るって言ってたよね、瑞鳳。したら、『普通の少女に戻る』って。
でも、艦娘は生まれた時から艦娘なんだよね。つまり、人でないものから人になるっていうのは、どういうこと……?」

瑞鳳「えっと、艦娘が艦娘たる所以は、艤装によって力を得ているということ。艤装を解体すると艦娘としての力、そして記憶が失われる。
そうなってしまえばただの人と変わりないってこと。厳密に言えば、成長したり老いたりする“人に限りなく近い少女”になるってわけね」

提督(それって、提督の僕がその気になれば……ってことだよな。まあ、これ以上は触れないでおこう。なんだか楽しい話題じゃなさそうだ)

提督「あー、じゃあさ。瑞鳳は横須賀から来て、秋月は舞鶴、大鳳はタウイタウイ……みんなどうしてこの島に来たの?」

瑞鳳「私は柱島に鎮守府を建てる計画を実現するために配属されたの。で、ここに来る前の秋月と大鳳、瑞鶴は三人とも舞鶴鎮守府で働いてたのよね」

秋月「ええ。次の大規模作戦から異動になるみたいで……着任先が決まるまでの間はここで過ごすことになったんです。
だから、ここに来たのは司令と少ししか変わらないんですよ」

瑞鳳「というか、提督こそどういう経緯でここに来たんですか? ずっと気になってたんですけど」

提督「え? 僕? あーいや、そうか。説明してなかったっけ。元々僕は舞鶴の軍楽隊に在籍してたんだよ。
まあ……なんていうの? 四面四角のオーケストラは性に合わなくってね。いやオーケストラ音楽そのものは好きなんだけども」

提督「でね、今年から軍楽隊が再編されたんだ。その再編されたいくつかの楽団のうち、僕の名前はどこにも無かったの。
どこに配属されたのか聞いてみたらここだった。柱島楽団ソロオーケストラのトロンボーン担当乙川奏でござい、というワケさ」

大鳳「くすくす……なんだかお茶目な人ね」

瑞鳳「いや、お茶目というか……え、本当に提督なのよね?」

提督「一応、少佐の位をいただいてるわけだし名目上はそうなんじゃないかな。
もっとも、提督としての働きを期待されてないし、僕も秋月や大鳳と同じで次の配属先待ちだよ。
次があるかどうかさえ怪しいけれど。少佐の地位を手向けの花にハイサヨナラという話みたいだね」

瑞鳳「……軍楽隊を追い出されるなんて聞いたことないんだけど、本当なの?」

提督「そうだねー、『君のような演奏家はうちに必要ない』なんて言われた人はそうそういないんじゃないかな。
まあ嫌われちゃったものは仕方ないし、それはそれとして割り切っていくしかないさ」

秋月「そんな……あんなに楽しくて素敵な演奏をするのにもったいないですよ」

提督「そう言ってもらえると励みになるよ。まあ退職金で四〜五年は働かないで済むだろうし、その間にどっかで再就職かなあ」

瑞鳳(うーん……なんか、刹那的な生き方をしてるなぁ。結構ちゃらんぽらんな人なのね……)

大鳳「楽器が得意なら、音楽で食べていこうとは思わないんですか?」

提督「まあ、そういう才能があったら軍楽隊になんて所属してないよネーっていう。僕より上手な演奏する人はたくさん居るよ。
食うに困って、でもキツイ仕事はやりたくなくて……って現実逃避に金管吹いてたら声がかかったってだけさ」

提督「ただ、音楽は好きだよ。音を聞くのも、演奏するのもどっちも好きだ。これは本心。楽しいからやってるのさ。
演奏している時は全てを忘れられる。音の流れに身を任せて、感じるままに楽しむのさ」

提督「はは……軍楽隊でこういう話すると『また乙川の吟遊詩人が始まった』ってバカにされるんだけどね。
でも、酒に酔ってもすぐ醒めてしまうなら、自分に酔い痴れるしかないじゃない? 溺れない程度にね」

お酒に酔うのも好きだけど、と付け足してふふっと鼻息を鳴らす提督。

瑞鳳(お世辞にも明るい先行きとは言えないのに、どうしてこんなに無邪気に笑うんだろう……。不安とかないのかな)
692 :【8/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:55:06.34 ID:IV8+CupH0
提督が着任してから一月後。瑞鳳の予想に反して、提督は意外にも諸々の執務を支障なくスムーズにこなしていた。
もちろんそれは瑞鳳の監視の目が届く範囲での話であり、彼女が居なくなるとあの手この手で仕事を放棄しようとしていたが。

瑞鳳「では乙川くん、これらの艦載機はそれぞれどういう特徴を持っているでしょーか?」

ホワイトボードにカリカリと艦載機の絵を描いていく瑞鳳。

提督「緑色のやつが艦上戦闘機で、制空戦で最も力を発揮して敵艦載機を撃墜する役割を持つ。
青色のは艦上攻撃機、赤色は艦上爆撃機でいずれも航空戦と砲撃戦にて敵艦への被害を与える。
艦攻が攻撃重視、艦爆は命中重視の性能なんだよね」

提督「橙色の艦上偵察機は索敵性能に優れていて、また、触接率の向上によって艦攻や艦爆でのダメージ拡大に貢献することがある。
で艦上偵察機のうち、彩雲という艦載機を装備させておくと敵艦隊遭遇時のT字不利を回避することが出来る……大体こんな感じでしょ?」

瑞鳳「正解です! 細かい話をすると艦攻や艦爆でも制空戦で少し力を発揮するタイプの艦載機があったり、艦攻も触接に作用したりするんだけど……。
まさかこんなに飲み込みが早いとは思わなかったわ。提督、やる気がないだけで要領は良いんですね」

提督「これも瑞鳳の教育の賜物だよ」

瑞鳳(なんだかんだ言っても、私の言ったことはちゃんと聞いてくれてるのよね……)

提督「僕は勉強とかあんまり苦手なんだけどね。瑞鳳となら楽しいし、頑張れるよ」

相変わらず万事に消極的ではあるものの、着任した当初から比べると提督の知識や思考の深さは段違いになっていた。
彼のこの成長ぶりは、ひとえに瑞鳳の尽力が実を結んだものであったと言えよう。

・・・・

しばらく前に時を遡る。
夕陽が差し込む執務室には瑞鳳一人だけ。提督はいない。鎮守府のどこにもいない。

『僕は確かに名目上は提督だけれど、実質パソナルーム行き扱いの人間だからね。
え? パソナルームが何かって? まあそれはそれとして……ちょっと失望させちゃったかな?』

数日前の晩にした提督との会話を思い出していた。
乙川奏が将来有望な人材でも軍上層部の子息でもなく、ただの軍楽隊の隊員でしかないことを知った瑞鳳は悩んでいた。

『そうなんだ、勘違いさせちゃってたんだね。僕は偉くもないし、賢くもないんだ。だから、期待されていない人間なんだ。僕はね。
君が頑張ってあれこれ教えてくれるのは嬉しいけれど、結局は無駄になってしまうんだよね。騙したつもりはないんだけど……がっかりした? ごめんね』

瑞鳳(提督として立派に育てなきゃと思って色々教えてたけど……本当は彼にとって押し付けがましい、迷惑なことをしていたのかもしれない。
そう思って、あれこれ言うのはやめた。そしたら昨日から提督は鎮守府に来すらしなくなった。夜に顔を合わせて、私の家でご飯を食べるだけ)

『僕が行かなくたって何も変わりはしないだろう。君は自分の仕事や大鳳の稽古をしなきゃいけないわけで、だったら僕の世話で手間をかけさせるのも悪いよ』

屈託なく微笑むを向ける提督の表情を思い出し、余計に胸が苦しくなる。
自分が誰からも必要とされていない人間であることを自覚していながら、どうしてそんなに笑っていられるんだろう。瑞鳳は考えていた。

瑞鶴「おっ、今日はあの不良提督来てないんですね」

瑞鳳「不良? ……どちらかと言えばもやしっ子って感じするけど」

瑞鶴「いや、そう自称してたのよ。不良といってもヤンキーじゃなくて、社会不適合のごくつぶしだってね。
一昨日なんか昼間からお酒飲んでたわよ(……私も便乗して一杯頂いたけど)」

瑞鳳「う……呆れた。放っておくとロクなことないわねあの提督……」

瑞鶴「そう? 結構あの人は身の程を弁えてると思うわよ。酔っ払っても紳士的だったし、話も面白いし。
海軍の男の人って、いかにも軍人! ってタイプのお堅い人かゴロツキ上がりみたいなガラの悪い人ばっかりじゃない」

瑞鳳「(それは瑞鶴の居た鎮守府に限った話じゃないかしら……)秋月といいあなたといい、やけにあの提督を買ってるのね。
あんなに不真面目でだらしない人なのに……甘やかしたらもっとダメになりそうな気がするわ」

瑞鶴「甘やかしているというか……別にあの人、提督でありたいわけでもないし、提督としての義務を果たさなくてもいいんでしょ。
だったら無理に強制したりあーだこーだ言ったり必要ないんじゃない?」

瑞鳳「そうだけど……なんだか、やぶれかぶれって感じがするじゃない。半年後のこととか何も考えてなさそうだし……」

瑞鶴「なんとかなると思ってるから何も考えてないんじゃないかしら。あるいは、考えても仕方ないと思ってるか。
何もかも諦めた人って感じよね。過去に何があったのかは知らないけど……物事に執着がないんでしょ」

瑞鳳「うーん……放っておけないわ……」

瑞鶴「本当の意味であの提督に甘いのは瑞鳳の方なんじゃない? だって、放っておくことが出来ないぐらい心配ってことなんでしょ」

礼儀正しい秋月ですらノックすることなく入ってくる執務室の扉を律儀に叩くのは、この鎮守府には大鳳しかいない。瑞鳳に招かれて部屋に入る。

大鳳「ふー……大鳳、戻りました。瑞鳳さんいますか?」

瑞鶴「おっ、調子はどう大鳳? 私の言ってた通りでしょ」

大鳳「はい、瑞鳳さんからは学ばされることがたくさんあります……おかげで次の作戦までには新しい戦い方が確立できそうです。
敵の艦載機の物量にも負けず、かつ、敵艦めがけて大打撃を与えられるような戦法が。目に見えて強くなっていくのが分かってなんだか楽しいです」
693 :【9/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:13:27.53 ID:vtnBMafL0
大鳳「って……瑞鳳さん、なんだか悩ましげですね。どうしましたか?」

瑞鶴「いやー、乙川提督のことで悩んでるみたいなのよね。放っておけないんだって」

瑞鳳「なんだか、現実逃避してその場その場で気を紛らわしているようで……お節介かもしれないけど、私は提督のことが心配だわ」

瑞鶴「それ、本人に直接言ってやったら? 言葉で伝えたら何かあの人の中で変わるものもあるかもしれないし」

瑞鳳「そう、かな……? でも、ただ心配だって伝えられても提督の方だって困っちゃうわよね。どうしたらいいかな……」

瑞鶴「こーゆーのはウジウジ悩んでても仕方ないわよ。結局瑞鳳は提督に何を望んでるの?
戦いと同じで、ドカンと行ったらあとはなるようになるって。どうせ何言われても怒ったり傷ついたりするような人じゃないでしょ」

瑞鳳「そう、なのかなぁ……。んー……。提督に、頑張ってもらうにはどうしたらいいのかな。
(ううん、頑張らなくてもいいの……向き合って欲しいのよね。毎日つまらなさそうにふらふらしてる印象しかないもの)」

大鳳「何か理由を作ればいいんじゃないでしょうか。提督をその気にさせればいいのでしょう?」

瑞鳳「理由?」

大鳳「ええ。あの提督、あれで結構子供っぽいところがあるというか……。
昔の話とかはあんまり話したがらないみたいですけど、遊びの話とかは結構好きみたいですよ」

大鳳「私は詳しくないのであんまり分からないんですけど、秋月さんとよくゲームの話とかしてるのを見かけますね。
何か提督が楽しめるような工夫をしてあげればいいんじゃないかしら?」

瑞鳳(提督が楽しめるような工夫……そっか……!)

瑞鳳「なるほど。ちょっと閃いたかも……! 二人ともありがとねっ!」

パタパタと足音鳴らして部屋を出て行く瑞鳳。

大鳳「あー……私、用があったんですけど……」

・・・・

その晩。いつも通り卓上に料理を並べて、いつも通り二人でそれを囲む。今日の献立はオムハヤシだ。

瑞鳳「あのね、提督。今日はどうしてたの……?」

提督「ん? 今日はね〜、前々から気になってた廃校の方に行ってたんだ。閉鎖されていたけどすんなり入れたんでね」

柱島には小中学校が建っている。深海棲艦の侵攻が進む以前に利用されていた、島の学校だ。
鎮守府が建って軍の関係者が移住した後も取り壊されることなく、丘の上から集落を見守るように佇んでいる。

提督「人がいないから埃は溜まってたけど、掃除すればまたすぐ使えそうな良い施設だったよ。
島に立地する学校って台風で窓ガラスが割れちゃったりすることも多いみたいなんだけど、幸い今のところは目立った破損はなかったかな」

提督「でね! そこにあった本とかも興味本位にちょろっと読んでみたんだ。
そしたら、この島では旧暦の10月3日に宮ごもりっていう行事をやるみたいなんだよね。スマホで調べてみたらなんと今日でさ」

ニコニコと嬉しそうに話す提督。

瑞鳳「みやごもり?(っていうかこの人スマホとか持ってたんだ……あとで連絡先教えてもらおう)」

提督「港やこの辺の集落から南に神社があるのは知ってるでしょ? あそこで家内安全や豊作を祈るお祭りみたいなものさ。
もうこれは行くしかないと思ってね。フフ……お酒もいくつかいただいてきちゃった」

瑞鳳「そうなんだ……この島で暮らしてたけど、そんな行事があるなんて知らなかったわ」

提督「うん。かつての島民はほとんど本島に移住しちゃったみたいだけど、それでもおじいちゃんおばあちゃんが十人ぐらいは居たかなぁ。
色んな話も聞かせてもらって楽しかったよ。何から話そうかなぁ……あ、そうだ。この島の名前の由来って知ってる?」

提督「神社の社殿には大きな柱が使われるよね。で、柱島には賀茂神社をはじめに、いくつも神とその社(やしろ)が祀られているでしょ。
多くの社のある島、つまりたくさん柱がある島……だから『柱島』ってさ」

上機嫌な提督を前に、自分が切り出そうとしていた話をいつしたらいいものか躊躇している瑞鳳。そわそわしている。

提督「先祖とか神様とかに敬いの念があるみたいだね。だからこそ、こんな本島から離れた場所なのに学校を建てたり書籍を残したりするんだろうなあ。
そして新しい世代に何かを伝えていこうとする……良い文化だよ。人が居なくなればそれも絶たれてしまうけどね。このまま廃れてしまうのは残念なことだよなあ」

瑞鳳(私がいなくても、提督は楽しいのかな。やっぱり、迷惑かな……)

提督「おっと、夢中になってついつい僕ばかり話をしてしまったね。さ、次は瑞鳳の番だよ。話を聞かせて?」

瑞鳳「あの、ね……本気で嫌だったら、いいんだけど。やっぱり、鎮守府に戻る気はない?
めんどくさいかもしれないけど、お仕事だし、ね……? やらなきゃだめだよ……」

瑞鳳「えっと、それでね……。提督が分からないことで困らないように、こういうの作ってみたの。どう、かな……?」

提督へバインダーを手渡す瑞鳳。プラスチック製の外観のバインダーには、数十枚ものルーズリーフが挟まれている。
ページをめくる提督。蛍光ペンで線が引かれていたり所々にイラストが描いてあったりと、見飽きないような工夫がなされている。
ページ内の情報は簡潔にまとめられていて、軍事用語も分かりやすい平易な表現での言い換えが補足されている。

提督「これ……瑞鳳が作ったの? わざわざ……?」
694 :【10/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:39:05.59 ID:vtnBMafL0
提督「ふ、んふふふっ。あははっ、あはっ」

笑い出す提督。想定外の反応に当惑する瑞鳳。

瑞鳳「ちょっと!? どうして笑うのよ!?」

提督「いや、瑞鳳がかわいいなと思ったんだよ。健気で可愛いくて……良い子なんだなってね」

瑞鳳「かわ、いい……?(真面目な話をしてるのに……からかわないでくださいよ、も〜!)」

ほおずきのように顔を赤く染める瑞鳳。しかし照れに負けることなく、提督から目を逸らさない。

提督「これ作るの大変だったろう? 分かりやすそうだし、すごくよく出来てるけど」

瑞鳳「それ、元々は私が自分用に作ったものだったんです。着任した頃から勉強したことや気づいたことをずっとまとめてて……。
その中から提督にとって役に立ちそうなものだけを抜粋してみたんです」

瑞鳳「私も、はじめは提督みたいに何も分からなかったんです。だけど、少しずつ成長していったの。
提督は半年でこの島を離れちゃうけど……無駄になることなんて、きっと何もないと思うわ」

瑞鳳「……改めて、一緒に頑張りましょ? 提督が優秀じゃなくても、誰からも期待されてなくても、そんなの関係ないわ。
だってあなたは私の提督だもの。私もがんばるから……提督も一緒に、ね?」

提督「ありがとう、瑞鳳。そこまで言われたら断れないよ」

瑞鳳(良かった……) ホッと胸を撫で下ろす

提督「率直な話、意外だったよ。君にとって僕の世話は面倒だったろう? やる気がないし、根気もない。
賢いわけでも偉いわけでもない。将来性もない。だから愛想を尽かされたのだろうと思ってた」

提督「それでも瑞鳳は変わらず毎晩料理は作ってくれるわけだし、態度も変えずに話してくれるし、僕にとってはそれで十分だった。
けれど……瑞鳳がそうまで言うのなら、僕も応えたい。瑞鳳や鎮守府のみんなと居るのは、なんだかんだ楽しいしね」

・・・・

提督「ふふふ……こういうところが瑞鳳らしいよね」

瑞鳳「? どうかした?」

瑞鳳に葉書よりもやや大きいぐらいの、A6サイズの厚紙を渡す提督。
それを受け取りペタリと『大変よくできました』と書かれたシールを貼る瑞鳳。
縦横に罫線が引かれた紙の上には、一マスごとにハートやひよこなど色々なシールが貼られている。

提督「いや、ちょっと前のことを思い出しててね。これが瑞鳳なりに考えた僕を楽しませるための工夫なんでしょ?
考えに考えた結果、この夏休みのラジオ体操カードのようなものになったと……うんうん」

嬉しそうにニコニコしながらカードに貼られたシールを見つめる提督。

瑞鳳「子供っぽすぎたかなぁ……嫌だったらやめるね(自分では良いアイデアだと思ったんだけどな)」

提督「嫌だなんてそんな。僕は好きだよこういうの。飽きっぽい僕のためにあの手この手で支えようとしてくれてるんだろう?
もうそれだけで嬉しくなっちゃうよ。瑞鳳のおかげで最近は仕事も楽しく感じるんだ」

瑞鳳「本当!? 良かったぁ。……ね? 一生懸命お仕事をやるのは、大変だけど楽しいでしょ? やりがいあるでしょ?」

瑞鳳「毎日精一杯働いて、ほどよく休んで、また働く。これが人生を楽しく生きる秘訣だと瑞鳳は思います!
だから、私の考えを提督に押し付けちゃってるんだけど……でも、なんだか前の提督は悲しそうに見えたから」

提督「悲しい?」

瑞鳳「ううん。悲しいっていうのも私の主観かな。誰からも必要とされてないなんて、自分でそう思いながら生きるのは私だったら悲しいと感じると思う」

瑞鳳「提督は、楽しく生きていたいっていつも言ってるよね。でも、刹那的に楽しいことだけを追い求めていても、虚しいわ。
いつも何事も楽しそうに笑ってる提督は素敵だけど……本当は何も考えないようにしているんでしょ」

提督「どうしてそう思うのかな」 瑞鳳に向けていた微笑みが無表情に変わる

瑞鳳「分からない、直感。でも……一緒に過ごしていて、提督が実は問題児でも劣等生でもないように思えてきたの。
本当は優秀な人なんだけど、過去に何かあって……その過去を私は知ることは出来ないんだろうけど、何かあって。自分の心を隠すようになったんだと思う」

提督「それは瑞鳳の妄想だし、買いかぶりすぎだよ。過去なんてどうってことない、僕は生まれつき怠惰で不真面目な快楽主義者さ」

瑞鳳「ううん、違うと思う。確かに最初は、目を離した隙にサボろうとするし、不誠実なだけの人なんだと思った。
でも、仕事に対しては不真面目だけど、提督は瑞鳳にいつも優しくて、大切に思ってくれていて……他の皆に対してもそうなのかもしれないけど」

瑞鳳「他人のことをこんなに大切にできる人が、提督として無能なはずがないから……って、艦娘としての本能でそう思うのかな。
自信あるの。提督、なんだかんだ私が教えたことは全部覚えてるじゃない。それに、サボり癖はあるけど、私の前ではちゃんとやろうとするでしょ?」

瑞鳳「そういうところが良いなって。今の提督は……頑張ってるわ。たまにミスもするけど、そういうところも含めて、カッコいいですよ?
なんだか、提督が段々私の好みに近づいていってるような気がするんです。他人のために汗を流してる提督の姿が、素敵です」

提督「……」

提督はそれから口を開こうとせず、何かを考え込むように宙を見つめていた。
695 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:46:35.21 ID:vtnBMafL0
一旦寝落ちさせてください。ごめんなさい。
何を手間取っているんだという話なんですが、6000バイトに抑える作業が思いのほか手間でして……。
起きたら続きを投下します。
696 :【11/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 10:51:50.66 ID:vtnBMafL0
瑞鳳たちが暮らす集落から少し離れた高台にある、柱島の賀茂神社。
艦娘にも流石に正月は休むものという認識があるらしく、提督と瑞鳳はこの神社に初詣に訪れていた。
紅赤色の晴れ着姿に身を包んだ瑞鳳と、普段通りに簡素な和服をややだらしなく着ている提督。
草履をカラコロと鳴らしながら二人並んで石段を歩く。

提督「しかし似合ってるねぇ、和服。正月らしく吉祥文様というわけだね」

瑞鳳「きっしょーもんよー?」

提督「ほら、着物に松竹梅が描かれてるだろう? こういうのは縁起がいいとされていて、正月みたいなハレの日にはもってこいなのさ」

瑞鳳「えへへ……そうなんですね。可愛いからっていう理由で選んだだけなんですけど」

神社の前は島民総出で集まっているのか小さな列が出来ている。よく見ると列の先には大鳳や瑞鶴など艦娘の姿も混じっている。

秋月「あっ、乙川司令! 瑞鳳さん! 明けましておめでとうございます!」

提督「あけおめー。秋月もこれから参拝?」 提督に合わせて瑞鳳も挨拶する

秋月「いえ。私はもう済ませて、これから帰るところです。それにしても司令、島の人たちからずいぶん好かれてるんですね。
みんな感謝してましたよ? 艦隊指揮で忙しいだろうに、島の行事に参加して曲を演奏してくれたり、仕事を手伝ってくれたりって」

気恥ずかしそうに頭をかく提督。

提督「サボって島をうろついてるだけなんだけどなあ。……それはそうと、秋月はこの後どうするの?」

秋月「島の人たちから宴会に誘われたんですけど……私が出てしまっていいものかなぁと悩んでます」

瑞鳳「気まずいかしら?」

秋月「いえ、誘われたことは嬉しいんですけど……一応軍属である私たちがそういうのに出ても良いものなのかって思っちゃって……」

提督「秋月くん。人生の先輩として……いや、後輩かもしれないけどアドバイスだ。
物事は考え過ぎない方がいい。音楽と同じで、楽しいと思う方へ向かっていけばいいんだよ」

提督「ま、島の人たちはここで暮らしてるだけあって艦娘のことだってなんとなく分かってるでしょ。
その上で誘ってくれたんだから断る理由はないんじゃない? 僕らも後でその宴会に出るから、先に待っててよ」

秋月「……はい! 分かりました」

提督たちと別れて石段を降りていく秋月。

瑞鳳「なんだかますます提督らしくなっちゃいましたね(ふふ……カッコいいなあ)」

提督「どっ、どこかだい? 舞鶴軍楽隊の不良を押してる僕としてはあんまり真面目とか褒められると心外なんだけどな……」

瑞鳳「島の人たちにも艦娘にも頼りにされて、慕われてて。立派なことじゃないですか」

提督「君に褒められるとなんだか調子が狂うからいつもみたいに叱ってくれないかな」

瑞鳳「提督……マゾ?」

提督「そうじゃあない。……さておき、宴会に出るならトロンボーンを持ってくれば良かったなあ。初詣が終わったら一旦取りに帰ろう。
せっかくだから瑞鳳のピアノも引っ張ってきちゃおっか?」

提督と秋月が不定期的にセッションをしているのを見て羨ましがっていた瑞鳳。
彼女のために提督はクリスマスプレゼントとしてピアノを本島から取り寄せたのだった。
平然とグランドピアノを持ち出そうと提案できるのも艦娘相手だから出来る話である。

瑞鳳「え、え〜……まだ人前で披露できるほどじゃないし……」

提督「でも、ピアノ買う前にピアニカで練習してたじゃない。ドの位置にシール貼ってさ。ははは、小学生みたいで可愛かったな」

鎮守府でなぜか発見された未使用のピアニカ。持ち主が見つからなかったため瑞鳳が引き取ったのである。

瑞鳳「い、今は『ド』がどこにあるかぐらいは分かってますよ! もう!」

提督「なら心配いらないさ。お金をもらって演奏するわけじゃないんだから上手いか下手かは重要じゃない、楽しむことが一番大事さ。
僕は金をもらってても自分の楽しさを優先するけどね」

瑞鳳「そうですけどぉ……」

提督「じゃあ、瑞鳳にとっては簡単めな曲をやろう。ピアノの繰り返しのフレーズが多い曲とかさ。で、僕が起伏をつける。
あ、折角秋月がいるならついでにドラマーとして働いてもらおうかな。即席ジャズバンドとしてはなかなかいいじゃない。ギターもベースもいないけど」

提督と瑞鳳が話していると人の列も減っていき、ようやく二人の番になった。
賽銭を入れて二人で鈴緒を握り、揺する。シャカシャカと小気味のよい鈴の音。
二度深くお辞儀をして、パンパンと音を立てて二回拍手する。
拍手した後すぐに再びお辞儀を済ませ引き返そうとする提督。しかし隣の瑞鳳を見るとまだ手を合わせたままだった。

瑞鳳(鎮守府のみんなと私が毎日無事で暮らせますように。戦場で臆したり怯んだりすることがありませんように。
提督が本島に帰っても幸せになれますように。後輩の大鳳が次の作戦で活躍できますように)

瑞鳳(欲を張るのであれば……もし叶うのであれば、提督とずっと一緒に居られたらいいのにな……)
697 :【12/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 11:26:33.93 ID:vtnBMafL0
神社からの帰路。宴会なり神社なり、皆どこかしらに集まっているようで道行く人は誰もいない。

提督「僕一人だけ先に終わっちゃってびっくりしたよ。ずいぶんたくさんお祈りごとがあったみたいだね」

苦笑いを浮かべる提督。

瑞鳳「うん、そうかもね。でも提督は何をお祈りしたの? すぐ終わらせちゃったけど」

提督「なにも。わざわざ神様にお祈りするようなことなんて無いからね。……」

何も期待してなどいないと言いたげな、アンニュイな表情を浮かべる提督。

瑞鳳「瑞鳳はね……」

瑞鳳「提督と、ずっと一緒に居たいなってお祈りしたの」

前を向いて歩いていた提督が、隣の瑞鳳に顔を向ける。

提督「そう。……そっか」

特に何を言うでもなく、再び前を向いて歩いていく。表情が変わることはない。

瑞鳳「……提督は、どう?」

提督「同意はするけど、もうしばらくすればここを離れることになる。無茶は言うもんじゃないよ」

普段瑞鳳に向けているトーンの高い優しい声色とは異なる、わずかに低い沈んだ声。
寂しそうな提督の声を聞いて、彼の左手をギュッと握り締める瑞鳳。雪の降らない柱島でも、冬は冷える。
熱を奪われたかのように冷たい手。そっと指を絡める瑞鳳の小さな右手。
氷さえも溶かしてしまいそうな暖かさで、提督の手から伝わる冷気さえも愛おしむ。

瑞鳳「瑞鳳は、ね。提督のこと……大好き。大好きです……えへへ、なんだか、恥ずかしいね」

瑞鳳「提督も……おんなじ気持ちだったら良いなあって。これはお祈りしたわけじゃないんだけどね」

瑞鳳の顔を見つめる提督。普段提督が瑞鳳に向けるのと同じように優しい笑みを送る瑞鳳。
提督は瑞鳳と目を合わせることが出来ず、なんと言ったらいいか分からない様子だった。

提督(僕も……瑞鳳に恋しているのだろう。見た目で言えば、中学生やそこらと大差ない。こんな子に惹かれるなんて、どうかしてる。
だが……。見た目のことなんか気にならなくなるぐらいに僕は……彼女という存在に心を奪われているようだ)

提督(そうであっても、だ。彼女は艦娘で、僕はしがない軍楽隊の隊員だ。
何の因果か一時的にこうして提督になっただけで、本来なら彼女の隣に居るべきは別の人間だ。ああ、くそ……!)

瑞鳳「ごめん、混乱させちゃったかな。でも、私は提督のこと好きだから、好きって気持ちが抑えられないから……」

着物と同じぐらい顔を赤くしてはにかむ。

提督「い、いや……。突然言われたもので、驚いちゃっただけ、かな……」 気まずそうに顔を逸らす

提督(舞鶴に居た頃だって、こういうことは何度もあった。女の人に言い寄られたことなんてさして珍しいわけでもない。だのに……)

提督(どうして、こんなにたじろいでしまうんだろう。どうして彼女の目を見て話が出来ないんだろう。
軽くあしらうことが出来ないんだろう。今までだってそうして来たじゃあないか。
孤独を埋めるために近づいて、一時的に繋がって、また飽きて離れる。そうだろう。何を動揺しているんだ、僕は……)

提督(瑞鳳を……彼女への気持ちを、認めてしまったら、それは彼女を不幸にすることになる。僕では釣り合わない、これは僕の役目ではない)

提督(なにが『物事は考え過ぎない方がいい。楽しいと思う方へ向かっていけばいい』だよ……秋月にそう言っておいて自分はこの体たらくか。
不安で仕方がない。考えずにはいられない。僕はこれからどうなるんだ? 瑞鳳と離れても、平気でいられるのか? いつかは忘れるのか?)

提督(今すぐに、抱き締めて唇を奪ってしまいたい。……だからこそ)

瑞鳳の手が絡みついた五本の指を開き、腕を引いて離してしまう。行き場をなくした瑞鳳の右手ががくん落ちる。

提督「瑞鳳、どうして僕のことが好きなんだい? 僕のどこが好きか言ってみせてよ」

瑞鳳「え? だって……提督は、いつも優しいから」

驚きながらも照れ混じりに答える瑞鳳。
その瑞鳳の照れを、浮ついた気持ちを、自分への好意を踏み躙るように、悪意を込めた冷笑を浮かべる提督。

提督「予想通りの答えをありがとう。僕に惚れた人はいつだってそう言うんだ。優しいものかよ、そんなはずあるわけないだろう」

提督「勘違いしてるみたいだから教えてあげる。僕は優しいフリをするのが得意なだけだ。いつだって自分が一番可愛いのさ。
前も言ったろう? 自分に酔ってるんだ、優しいフリが好きなだけ……それに騙される君のような女の子を見ているのが愉快なだけさ」

提督「けど……さすがに瑞鳳みたいなちんちくりんに好かれるとは思わなかったよ。僕はもっとスタイルの良い美人さんの方が好みなんだよね」

宝石のように薄紅色に輝いていた瑞鳳の瞳が暗く曇っていく。

瑞鳳「そ。……ちょっとショック、かな。……」

提督は自己嫌悪で、瑞鳳は落胆で。二人はどちらともなくお互いにそっぽを向き、俯いた。
それから言葉を交わすことはなく、とぼとぼと家路へ向かっていった。提督はその後秋月の参加する宴会に出席したが、瑞鳳の姿は見られなかった。
698 :【13/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 11:38:04.09 ID:vtnBMafL0
自宅で荷物をまとめている提督。彼の手伝いをする瑞鳳。

提督(これでお別れか……呆気ないもんだな。今日で提督としての仕事はおしまい。明日には本島へ帰ることになる)

瑞鳳「ねえ提督。勲章はどこにやったの? 見つからないけど」

正月からあっという間に一ヶ月。提督はこの間、珍しく軍務に励んでいた。
瑞鳳に言われずとも進んで仕事をするようになり、その働きぶりから勲章を授与されることもあった。
だが彼はこれを取るに足らないものと思い、執務室の机にしまいっぱなしにしていた。

提督「あー。まああれのためだけに鎮守府に戻るのも面倒だし、いいよ、要らない」

瑞鳳「え、え〜……せっかく貰ったのに……。よその鎮守府でも、提督のこと評価してるって噂ですよ。遠征の子から聞きました」

正月のあの出来事の後、瑞鳳はしばらく落ち込んで塞ぎこんでしまうのだろう、と提督は考えていた。
しかし彼の予想に反して瑞鳳は気丈だった。提督の前でも他の艦娘の前でも特に変わらぬ様子を見せていた。

提督「どうだっていいさ。……褒められるためにやったわけじゃない」

瑞鳳「そうですか……」

瑞鳳「でも、じゃあどうして今月は頑張ってたんですか? 何か良いことでもあったんですか〜? らしくないですよ?」

瑞鳳の想いを台無しにしてしまったことに対する償い、とは口が裂けても言えず生返事をする提督。

提督「気まぐれさ」

瑞鳳「えへへ……なるほどなるほど。そうですか」

なんだか今日は瑞鳳の距離感が近い。いつにも増してニコニコしている。
そうまで明るくされると、かえってこちらがしょげてしまう。
意外と彼女は切り替えが早くて、自分のことなどもう気にしていないのかもしれない。
それはそれで虚しい気持ちになるが、悲しみに沈んでいるよりは何百倍もマシか。――そんなことを提督は考えていた。

要るものと要らないものとを仕分けして、スーツケースに荷物をしまう。

瑞鳳「あっ、軍服と軍帽が出てきましたね。そういえば結局一度も着ませんでしたね……。
っていうか、途中から存在を忘れちゃってましたよね皆。ここの提督は和服なんだみたいな認識になってませんでしたか?」

上機嫌な声で同意を求める瑞鳳に対して、複雑そうな表情を浮かべる提督。

提督「ま、僕は堅苦しい格好するのが好きじゃないからね。自堕落な人間だから服装にもルーズなのさ」

瑞鳳「けど、提督の服装って洒落てますよね。本当に自堕落な人だったら、そういう細かいところに美意識は持てないんじゃないかなあ」

瑞鳳「提督の演奏もそうよね。提督は楽しむことを一番大事にしてるって言ってるけど、ちゃんと聴く人のことを考えてる。
だから鎮守府や島のみんなの心に響く音が奏でられるんだと思うわ」

提督「やめてよ、照れるってば。前も言ったろう? 君に褒められすぎると調子が狂うんだよ」

自分の軽口に後悔する提督。“前”とはすなわち正月のことであり、提督が瑞鳳の告白を退けた日のことである。
瑞鳳が想いを打ち明け、それを提督は拒んでも、その日から二人の関係が大きく変わるということはなかった。
だが、提督にとっても瑞鳳にとってもこの日の出来事は暗黙のタブーと化していて、互いに言及しようとはしなかった。

瑞鳳「今もね……提督のことは好き。……大好き」

正座して提督の衣服を畳みながら感情の籠もった声でそう呟く瑞鳳。

提督「……」

予想だにしていなかった瑞鳳の言葉に絶句する提督。

提督「な、何を藪から棒に……」

瑞鳳「たしかに、ショックだった……今でも、悲しいけど。でも、気づいたの。提督は私のことを好きじゃないかもしれないけど……。
私はたぶん、これから先もずっと提督のことが好きなんだろうなって。提督が本島へ行ってしまっても、提督じゃなくなってしまっても、忘れられないんだろうって」

瑞鳳「ね。明日の朝で帰っちゃうんでしょ? だったら、わだかまったままサヨナラをするのは悲しすぎるわ。
てーとく、いつも言ってたじゃない。人生は楽しむことが大事だって! 明るい気持ちで、晴れがましい気持ちで別れましょう?」

提督「は、はは……そう、だね……。瑞鳳は、僕のことをよく分かってるなぁ……」

力なく笑う提督。この一ヶ月間、恐らく彼女は自分に出来うる最良の気遣いをしようとしていたことに感謝し、余計に辛い気持ちがこみ上げてくる。
ははと笑いながら、感情を悟られないように背を向ける提督。彼の肩が震えている後ろ姿を見て、畳んでいた服を投げ出して立ち上がり、後ろから抱き締める。

瑞鳳「泣かないでくださいよ……男の子なんですから……」

そう言いながら瑞鳳もつられて泣き出してしまう。提督の腰にぴたりと頭をくっつけて、縋るように強くすり寄せる。

瑞鳳「っ……提督が悲しそうにしてたら……私まで、悲しく、なっちゃいますから」

提督「あはは……ごめん、目にごみが入ってしまってね」

瑞鳳が泣き出すと、提督はすぐに泣き止んだ。振り向いてしゃがみ、瑞鳳の背丈の高さに目線を合わせる。彼女の目から零れる涙を手ぬぐいで拭き取ってやる提督。
拭いても拭いても瑞鳳の涙はぽろぽろと止まらない。この時、涙を流しながらもなぜ瑞鳳の口元が幸せそうに緩んでいるのか、提督には分からなかった。
699 :【14/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 12:05:03.91 ID:vtnBMafL0
島の人々への挨拶も早々に、輸送船に向かおうとする提督。
荷物はもう船に乗せ終えているため、腰に下げた巾着袋以外は何も持ち合わせていない。

人気のない通りを歩いていたところを、瑞鳳に呼び止められる。
ここは正月の初詣から帰ってきた時と同じ道だった。

瑞鳳「昨日はなんだかごめんね……。それでね。これ、作ったの……受け取って」

ハートの形をした箱を差し出される提督。

提督「君は……僕がこれを返すことが出来ないと知ってるのに、それでも渡すのかい?」

2月14日は世間では愛する者にチョコレートを贈る日、バレンタインデーとして認知されていた。

瑞鳳「いいの。提督にとって私はただのちんちくりんに見えるのかもしれないけど……私にとっては、瑞鳳にとっては!
世界で一番、大切な人だから……。精一杯の気持ちを込めて、作りました。……」

箱を受け取り、両腕で包み込むように瑞鳳を抱く提督。

瑞鳳「えっ……?」

瑞鳳の顎に手を添えてそっと持ち上げる提督。
引き寄せ合うかのようにそのまま唇が重なる。

瑞鳳の心拍数が跳ね上がる。
とくん、と胸が高鳴っているのが自覚できるほどに。

唇を離して、見つめ合う。
提督の真剣な眼差しで、全てを察する瑞鳳。

瑞鳳「提督ぅ……。奏、提督……」

それを踏まえた上で、気持ちを確かめるように名前を呼ぶ。
目を閉じ、せがむように唇を向ける瑞鳳。

提督は、何度でも瑞鳳の要望に応えてやった。

・・・・

綻びに綻んだ顔つきの瑞鳳と、冬の空を照らす太陽を見つめる提督。
二人は桟橋の上に立っていた。船は提督の隣に浮かんでおり、彼が乗れば間もなく出航するだろう。

提督「しかし君は……これでお別れだというのに、どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだい?
別れ際に悲しまれるのは僕としても辛いが、まさか喜ばれるとまでは思っていなかったよ」

皮肉気味に笑う提督。もちろん提督は瑞鳳は自分が離れるのを望んでいないことなど知っている。

瑞鳳「今日は、提督が私のことを想ってくれているって分かったから、幸せな日なんです。
離れ離れになるのは悲しいけれど……それが分かっただけで、瑞鳳は幸せです」

提督(どうせ別れるならと思って、彼女をわざと傷つけるようなことを言ってしまったのに……。
こんな顛末になるなら、最初から僕も瑞鳳を好きだと伝えていれば良かったんだろうなあ……不用意に彼女に辛い思いをさせてしまった)

提督「そう……」

視点を天上から水平線へゆっくりと降ろし、目の前の瑞鳳を見据える提督。
いつになく摯実な面持ちで、自分自身に言い聞かせて決意するかのように一言。

提督「……必ず、瑞鳳に会いに来るよ。またいつか」

瑞鳳「約束ですよ?」

提督「ああ。約束」

勇ましい表情はすぐに打ち解けて、また平生のように目を細めて小さく微笑む提督。
彼を乗せた船は柱島を発った。

・・・・

乙川奏という男が去ってから二ヶ月経っても、新たに提督が配属されることはなかった。
どうにも諸般の事情により着任が遅れているようだ。その諸般の事情が何であるか、瑞鳳の耳に届くことはなかったが。
本島の桜はとっくに咲き終えて散ってしまったらしい。スマートフォンを介して提督が伝えてくる情報は、大概ロクなものではない。
その日の天気や食事、散歩の記録に薀蓄ばかりで、重要なことは何一つ教えてくれない。

今何をしていて、どういう人に囲まれていているのか。提督はそういう話を自分からしたがらない。
かといって、訊いたところでのらりくらりとはぐらかされてしまう。
だが、相変わらず飄々と立ち回っているようで失職はしていないらしかった。

三月に瑞鶴や大鳳は別の鎮守府に離れてしまい、つい先日秋月にも異動の命が届いた。
もちろん鎮守府には他にも艦娘がいるが、他は遠征に出ていたり哨戒の任務で出ずっぱりで、鎮守府に常駐する艦娘は瑞鳳だけとなってしまった。

それでも瑞鳳は孤独を感じることが無かった。提督が来た時に入れ違いで本島に行ってしまったが、瑞鳳には姉妹艦である祥鳳がいる。
瑞鶴や大鳳だって大事な友人だ。離れていても想いが変わることはない。それに、提督は今でも自分のことを好いていてくれる。
それでも寂しさを感じてしまう時は、チャットで提督に構ってもらったり、電話をかけたりすればいい。
瑞鳳は一人でも変わりなく過ごしていた。
700 :【15/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 12:45:53.14 ID:vtnBMafL0
対深海棲艦の戦線は常に進退を繰り返している。昨日まで平穏だった海が主戦場となることも少なくはなかった。
そしてその風雲急を告げる戦況の動きは、この柱島にも迫っていた。

瑞鳳「嘘でしょ……!? 近海に深海棲艦……! この島に向かっているなんて……」

哨戒任務に当たっていた駆逐艦、春雨から伝達。
敵艦隊には戦艦や正規空母も含まれているようで、瑞鶴や大鳳が居た時ならまだしも、今の柱島の戦力では到底勝ち目がない。
おまけにこの島には指揮官がいない。
このままでは統率が取れないまま艦娘を確固撃破されてしまい、朝日が昇る頃には鎮守府のみならず柱島も焦土と化すことだろう。

瑞鳳が代理で提督の真似事をすることも出来なくはない。
だが現状の柱島泊地では瑞鳳が最大戦力であり、彼女が戦場に出なければ全艦轟沈という事態だって起こり得る。

こうなることを覚悟していた。平和な柱島であっても、こういうことが起こる可能性はあった。
それがたまたま備えの足りない今日に起こったというだけのこと。瑞鳳は鉢巻を巻いて覚悟をする。
命を賭してこの難局を凌ごうという覚悟ではなく、生きて生きて生き抜いて、必ず提督との再会を果たそうという覚悟であった。

・・・・

ザアザアと雨が降っている。こんな天候だろうと、四の五の言っている場合ではない。
敵の艦載機は空を埋め尽くしているのだ。少しでも減らさなければならない。
力強く、それでいて繊細な一射一射。矢から飛び出て行く艦載機は粛々と敵機を撃ち落し、敵艦めがけて特攻していく。
しかし多勢に無勢。いかに善戦しようとも大局は覆らない。

依然として敵の砲火は止まず、こちらは反撃すらままならない。大破した艦娘から撤退するよう指示を出す瑞鳳。
しかしそうすれば一人当たりに集中する敵の攻撃密度を上がる一方だ。じりじりと追い詰められていく。

・・・・

他の駆逐艦は、どうやらみな撤退を果たしたらしい。大破状態でも、鎮守府まで逃げ延びれば入渠して回復することが出来る。
そうなれば一日分ぐらい延命にはなるだろう。それでもたった一日だ。それっぽっちしか守ることが出来なかった。

戦場に残ったのは自分一人。もう逃げ出す力も残っていない。
敵の手にかかるくらいなら、ここで終わりにしよう。
なんとなく、こうなる予感はしていた。
ちょうど提督と出会った頃あたりから、何かを直感していた。
いつかこうなるのだという風に思っていた。まさかここまで間近に迫っているとは思わなかったが。

瑞鳳(ついぞ提督には会えなかったわね……)

瑞鳳(でも、提督と両想いになれただけ、良かったかな……そこで運を使い果たしちゃったんだから、仕方ないよね)

最後の矢を放って、鉢巻を外す瑞鳳。もう後は次に来る一撃を待つのみである。

大鳳「瑞鳳さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

バチバチと艦載機が競り合う音。次々に敵の機体が海に叩き落されていく。
瑞鳳から離れた位置から探照灯の光が輝く。砲火は瑞鳳から光の方へと向けられる。

秋月「はぁ……はぁ……間に合ってよかった! 本当に良かった……! 退避しましょう。私が護衛しますッ!」

・・・・

執務室の隣にある仮眠室。ベッドの上に横たえている瑞鳳。

瑞鳳「生きて……るの……?」

目が覚めて最初に映ったのは、提督の姿だった。

瑞鳳「嘘……? 提督……! どうしてここに……」

提督「また会おうって約束したじゃないか。忘れたのかい?」

瑞鳳「嬉しい……! ね、提督……ぎゅってして?」

甘える瑞鳳をぎゅっと抱き締める提督。

提督「ちょっと色々あってね……これでも最短で来たつもりだったんだが。あと少し遅れていたらと思うとゾッとするよ」

提督「細かい経緯は後で説明するけど、柱島泊地に深海棲艦の新たな拠点が出現した。
次の大規模作戦ではここが守衛の要となる……で、僕はここの提督として正式に採用されたんだ」

提督「改めて、これからよろしくね。瑞鳳。……あー、それと」

薔薇の花束を渡して、小箱から指輪を取り出す提督。

提督「チョコレート、美味しかったよ。間に合わなかったけどお返し。
なんか、艦娘の中に眠る本来の力を超えた何かを引き出してくれる優れものらしいよ」

提督「というのは建前。これが僕の気持ち。受け取って」

提督から指輪を受け取って、瑞鳳はそれを自分の薬指に嵌める。

瑞鳳「……はい! これからも、末永く、よろしくお願いします!」
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