9: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:01:02.23 ID:86/EQe0g0
「このお花、おいくらですか〜?」
「え?」
「いただいてまいりますね〜」
「あ、ありがとう……ございます」
代金を渡すと、少女は笑顔で花束を抱いた。
10: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:01:48.37 ID:86/EQe0g0
「ほう、そんなことがあったのか」
「うん。大変だったよ」
夕食の席で、私は今日の顛末を話したのだが、鷹揚なお父さんと違いお母さんが厳しい声を上げる。
「だからもっとちゃんとお花のことを勉強しなさい、っていつも言っているでしょ」
11: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:02:30.09 ID:86/EQe0g0
「いいとも。ま、しかし凛も若いんだ。青春を……人生を賭けられるようななにかが見つかったら店のことはいいからな」
これはお父さんの口癖みたいなものだ。
お父さんは、自分が花に人生を賭けたように、私にも何かを見つけて欲しいらしい。
「そうね……でも、それまではしっかりお店のこと、頼むわよ」
この点ではお母さんも同じ思いらしい。
12: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:03:12.80 ID:86/EQe0g0
「あなた……」
「うん……凛、その娘はたぶん、華道の家元とかそういう家のお嬢さんだな」
「えっ?」
確かにあの娘、なんとはない気品というか風格みたいなものがあった。
同世代とはいえ、初対面の自分とも物怖じせずに話すような娘だ。
13: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:03:50.87 ID:86/EQe0g0
「だが華道では四という数字は、し……つまり死を連想させるとして忌避されていた」
「あ、それであの娘、ちょっと不満そうに四種いけ、ってつぶやいたんだ」
「ええ。けれどね凛、それは古いというか厳格な、ルールとも呼べないような考え方なのよ」
少し慰めるように、お母さんが言う。
「今現代の華道というか生け花で、そんなことを言い出す者はいない。母さんも言っていたが、それは古い考えだ。けれど格式とか伝統を重んじる、それこそ家元のような人たちはまだそれを重んじている」
14: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:04:30.81 ID:86/EQe0g0
「初対面でその人が華道の家元だとかその縁者だなんて、わかるはずもない。そもそも華道でも四種いけは今、普通に受け入れられている。なによりその娘は凛の作った花束を気に入って買っていってくれた。それでいいんだ」
お母さんの温かさとお父さんの言葉に、私はちょっと救われた。
「それにしてもその娘、家元の縁者の娘ならお得意さんになって欲しいわね」
「そうだな。よいお客さんになってくれそうだ」
両親の思惑とは別に、私もまたあの娘に会いたい。
15: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:05:15.44 ID:86/EQe0g0
再会は意外に早かった。
翌日、学校で休憩時間に窓の外を見ていると、なにやら人だかりができている。
「なんだろう?」
「んー? ああ、あれだよJ組の聖母サマ」
16: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:06:29.22 ID:86/EQe0g0
「もっとすごいのはさ、自分の取り巻きのそのファンのこと『子豚ちゃん』って呼んでるトコ」
「子豚ちゃん?」
「聖母だから導くのは迷える子羊……だけど、子羊よりも子豚ちゃんの方がかわいいからそう呼んでるんだって」
すぐには理解できない思考だ。いや、よく考えてもいまひとつわからない。
聖母さま……か。そう思ってその人だかりの中心を見た時、そこにいたのは……
17: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:07:16.58 ID:86/EQe0g0
「えっと、あの……せ、聖母さま!」
名前がわからないので仕方なくそう叫ぶと、あの娘はこちらを振り返った。
「おや〜これはこれは、A組の渋谷凛さんではありませんか〜」
「え?」
なんと、向こうは私のことを知っていたらしい。
18: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2021/12/20(月) 13:08:04.15 ID:86/EQe0g0
「私は凛さんのことを知っていたのに、凛さんは私のことをご存じなかったのですね〜」
「あ、ほら、わ、私はA組であなたはJ組で……つまり、1番遠いクラスだから」
「J組の私はA組の凛さんのことを知っていたのに、A組の凛さんはJ組の私をご存じなかったのですね〜」
これはだめだ。
そう言えば昨日も「口げんかでは誰にも負けない自信がある」と彼女も言っていた。
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