43:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:29:33.43 ID:6NLLeJ5C0
千夜は透徹した推理に瞠目したり狼狽しながら、どうもこいつは二枚舌らしい、と自分の左手を眺めまわした。文香が静かに語り終えるのを待ってから、ちとせは声を弾ませる。
「すごいすごい。うん、『千夜ちゃん学』は引き分けだね♪」
楽しそうな彼女の、そのなんだかよく分からない言葉に、千夜は思わず笑いをこぼした。
「そんなものについては、誰もお嬢様には敵いませんよ」
「『魔法使い学』はどうかな?」
44:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:30:10.74 ID:6NLLeJ5C0
あっけらかん、言い放ったちとせは、しかしその眼を油断なく光らせた。
対する文香も、また、あっけらかん、の体だった。
「仰ることが、よく……」
「誤魔化すのはだーめっ。それじゃあ私たち、楽しめない」
「お嬢様、私にも分かりませんよ」
45:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:30:47.52 ID:6NLLeJ5C0
「お嬢様、そろそろ」
「ああん、細かいのは嫌いだな。ねえ文香ちゃん。魔法使いさんが文香ちゃんのものになんかならなくたって、今の関係でさえいられれば、幸せだね。だけど、もしあの人が誰か他のヒトのものになったら? 私のものに? その誰かさんが、文香ちゃんの側にいられないよう、あの人を奪っていったら? 美しいものは永遠の喜びでも、人の想いは風なんだよ」
文香が顔を背けたり、逆に見つめ返そうとする度、ちとせは踊るように移動した。必ず彼女を隣から覗き込み、視線を惑わせる。
「お嬢様、もう行かないと暗くなります」
46:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:31:14.62 ID:6NLLeJ5C0
「文香さん、…… こういうお戯れなので、どうかお気に……」
「あはっ、心配ないか。魔法使いさんだもんね? きっとカリフみたいにハーレムを作るよね。あの子もこの子も侍らせて♪ うん、いいよ。あの人が相談して来たら、文香ちゃんを二号に認めてあ――」
「プロデューサーさんは……!」
47:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:31:47.80 ID:6NLLeJ5C0
千夜の驚いたことに、彼女はなかなか鋭い語気で挑発に乗った。ちとせもたじろいだ。
自分自身の怒りにさえ怯えるように、文香は微かに震えているらしかった。
「……プロデューサーさんは、そのような方ではありません。必ず、誠実に…… その、我々の知る誠実さというものに則って…… 一人を、お選びになります」
48:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:32:25.62 ID:6NLLeJ5C0
それはもう、気息奄々、祈りのように溶けていく声だった。千夜は真っ直ぐ見ていられなかった。この緊迫した状況を代わってさえもらえるなら、神谷氏と佐藤氏が直面したという九十七本の激辛ポテト地獄を自分が請け負ったのにと思った。
ちとせは満足したように文香を眺め回すと、今度は彼女の正面に立った。
「進化しなければ生き残れない。進歩しなければ今さえ守れない。《同じ場所に留まる為には》――」
「《全力で走り続けなければならない》」文香が受けた。「《どこかへ行くならその二倍》――成る程…… 確かに我々は、鏡の国に立っているのです。いわば時という盤の上に」
49:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:34:14.87 ID:6NLLeJ5C0
ちとせは「いいね」と享楽するように口を歪めた。ゆらり、立って前の彼女を見据える。
「白黒、…… ううん」細められた瞼の中には、皆既月食の血の色が満ち満ちた。「紅蒼つけちゃお?」
文香も伍した。困惑や躊躇の表情が、眦を決したそれへ変わりゆく様を千夜は見届けた。
「お望みならば、…… いえ」双の青天にちらと、だがありありと霹靂を閃かせ、「望むところです」
50:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:38:11.48 ID:6NLLeJ5C0
東京テレポートとは大それた名前だ、とつまらない冗談のようなことを思った。きっと都内の何処へでも瞬時に移動出来る、もの凄い駅なのだ。
こんな考えを文香に打ち明けて馬鹿を晒したくはないな、とちょっと調べてみたら、テレポート≠ノは高度に情報化された地域、といった具合の意味があるようだった。
スマートフォンから目を上げると、文香はようやく券売機との格闘を終えようとしていた。千夜の方は左手の携帯端末をピ、とかざせば改札を通れるが、彼女は普段の通勤通学に使う定期券しか持っていないらしい。車を回してもらえないようなロケだの営業だのも少ないわけではないだろうに、きっと路線図との睨めっこが楽しいのだろう。
51:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:38:41.55 ID:6NLLeJ5C0
艱難の果てに獲得した切符を、宝物ですとばかりに両手で握り、世間知らずのシェヘラザードはトコトコ戻って来た。目立たぬように、と急遽借りた(千夜が借りさせた)、腰にベルトの付いたグレーのキャスケット帽が上々の調和を見せている。彼女は恐縮するように言った。
「すみません…… お待たせしました」
「いいえ。行きましょうか」
返すと、文香は薄く笑んだ。息が浅くなるほど蒼色だ。もっと堂々としていればいいのに、とやはり思う――貴女がそれでは、灰色の立場がないでしょう。
52:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:39:12.86 ID:6NLLeJ5C0
二人=Aだ。あれだけ人を挑発しておきながら、去るには《千夜ちゃんが私の僕だから♪》と一言なのだから、ちとせはすごい、千夜には出来ない。彼女が気侭に並べだした手合いの盤面は、今や文香と千夜を彼我に対置しているのだった。その為か、文香が千夜を見る態度がどうも落ち着かないのが居たたまれなかった。
――分かりました、負けてあげますから――とは、言えないけれど。
「そういえば」
53:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:40:01.11 ID:6NLLeJ5C0
「はい」
文香は首を傾げ、その為に大きな瞳が露わになった。《そう≠「えば》とは、どう≠ィっしゃったのでしたっけ――というような表情だ。
「ん…… 《ところで》と言うべきでした」言葉の女神に釈明してから、「読書のお邪魔をしましたね。すみませんでした」
「いえ…… 只今のこうした機会にこそ、代え難いものは、ありますから。読書ならば、また時間を作ればよいのです」
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