39:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:21:15.24 ID:6NLLeJ5C0
ちとせは紅く目を細める。千夜は舌を巻いた――また変な遊びを。
大筋ではあるが、仕草だの二言三言からこうまで見透かされては敵わない。脱帽です、とお辞儀した。
「おっしゃる通りです」
「ね、千夜ちゃんのことなら何でもお見通しなんだから」
40:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:21:54.57 ID:6NLLeJ5C0
言いながら、ちとせの宝石のような瞳は、一点を注視していた。その表情に妖しいものが宿る。
視線が射る先、ベンチに腰掛け、鷺沢文香が本を読んでいた。青い装丁を両手一杯に開いている。ちとせは、すすす、と早足で寄って、
「文香ちゃん、こんにちは」
朗らかな挨拶を意にも介さないようで、文香は依然、活字へ目を落としたままだった。ちとせ嬢は焦ったそうにベンチの裏側まで回って、耳を喰むかという近さでまた「こんにちは」。餌食の首筋を、華美な五指で撫でながら。
41:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:28:35.29 ID:6NLLeJ5C0
「こんにちは」と再三ちとせ、ベンチの背もたれに両肘ついて。
「こ…… こんにちは」
「驚かせてすみませんでした。どうぞ」本を差し出す。
「いえ…… はい、ありがとうございます」受け取る。
「読書してたんだ? 推理はお好き?」
42:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:29:06.32 ID:6NLLeJ5C0
彼女は深い思索の視線と暫時の逡巡を表した後、
「マグカップ…… でしょうか。……プロデューサーさんの」
「あはっ、名探偵♪ なんでかな?」
「今の時間からの買い物…… というのは、急ぎの用を暗示するものです。買い求めるのは、明日にでも使う物…… 千夜さんの傷が傍証となるのなら、それは今日使う物でもあったかと。強引な帰納ですが、日常使う物、それが壊れ、早急に利便を回復しなければならないのだと、ひとまず仮定しました。
43:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:29:33.43 ID:6NLLeJ5C0
千夜は透徹した推理に瞠目したり狼狽しながら、どうもこいつは二枚舌らしい、と自分の左手を眺めまわした。文香が静かに語り終えるのを待ってから、ちとせは声を弾ませる。
「すごいすごい。うん、『千夜ちゃん学』は引き分けだね♪」
楽しそうな彼女の、そのなんだかよく分からない言葉に、千夜は思わず笑いをこぼした。
「そんなものについては、誰もお嬢様には敵いませんよ」
「『魔法使い学』はどうかな?」
44:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:30:10.74 ID:6NLLeJ5C0
あっけらかん、言い放ったちとせは、しかしその眼を油断なく光らせた。
対する文香も、また、あっけらかん、の体だった。
「仰ることが、よく……」
「誤魔化すのはだーめっ。それじゃあ私たち、楽しめない」
「お嬢様、私にも分かりませんよ」
45:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:30:47.52 ID:6NLLeJ5C0
「お嬢様、そろそろ」
「ああん、細かいのは嫌いだな。ねえ文香ちゃん。魔法使いさんが文香ちゃんのものになんかならなくたって、今の関係でさえいられれば、幸せだね。だけど、もしあの人が誰か他のヒトのものになったら? 私のものに? その誰かさんが、文香ちゃんの側にいられないよう、あの人を奪っていったら? 美しいものは永遠の喜びでも、人の想いは風なんだよ」
文香が顔を背けたり、逆に見つめ返そうとする度、ちとせは踊るように移動した。必ず彼女を隣から覗き込み、視線を惑わせる。
「お嬢様、もう行かないと暗くなります」
46:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:31:14.62 ID:6NLLeJ5C0
「文香さん、…… こういうお戯れなので、どうかお気に……」
「あはっ、心配ないか。魔法使いさんだもんね? きっとカリフみたいにハーレムを作るよね。あの子もこの子も侍らせて♪ うん、いいよ。あの人が相談して来たら、文香ちゃんを二号に認めてあ――」
「プロデューサーさんは……!」
47:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:31:47.80 ID:6NLLeJ5C0
千夜の驚いたことに、彼女はなかなか鋭い語気で挑発に乗った。ちとせもたじろいだ。
自分自身の怒りにさえ怯えるように、文香は微かに震えているらしかった。
「……プロデューサーさんは、そのような方ではありません。必ず、誠実に…… その、我々の知る誠実さというものに則って…… 一人を、お選びになります」
48:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:32:25.62 ID:6NLLeJ5C0
それはもう、気息奄々、祈りのように溶けていく声だった。千夜は真っ直ぐ見ていられなかった。この緊迫した状況を代わってさえもらえるなら、神谷氏と佐藤氏が直面したという九十七本の激辛ポテト地獄を自分が請け負ったのにと思った。
ちとせは満足したように文香を眺め回すと、今度は彼女の正面に立った。
「進化しなければ生き残れない。進歩しなければ今さえ守れない。《同じ場所に留まる為には》――」
「《全力で走り続けなければならない》」文香が受けた。「《どこかへ行くならその二倍》――成る程…… 確かに我々は、鏡の国に立っているのです。いわば時という盤の上に」
49:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:34:14.87 ID:6NLLeJ5C0
ちとせは「いいね」と享楽するように口を歪めた。ゆらり、立って前の彼女を見据える。
「白黒、…… ううん」細められた瞼の中には、皆既月食の血の色が満ち満ちた。「紅蒼つけちゃお?」
文香も伍した。困惑や躊躇の表情が、眦を決したそれへ変わりゆく様を千夜は見届けた。
「お望みならば、…… いえ」双の青天にちらと、だがありありと霹靂を閃かせ、「望むところです」
234Res/183.06 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20