164:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:04:27.61 ID:tRJaplXx0
頃合いを見、頷いて合図を出す。三人が目を合わせ、一斉に啜った。
「うん、美味しい……」
頼子は目を閉じ、神経を集中させた風に言った。
「いいカンジ」と杏。
165:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:05:04.09 ID:tRJaplXx0
「武装錬金だ」杏が声を上げた。
「さあ、それは寡聞にして存じ上げませんが……
ナポレオン体制の外務大臣などで活躍した、シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールが、よいコーヒーについて語ったとされる言葉です」
「悪魔なのに天使ね。矛盾というか、文学的だな」
166:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:05:32.33 ID:tRJaplXx0
「悪魔で、地獄ね……」
千夜は零して、カップを覗き込んだ。黒いのは、確かだ。表面の凹凸は泡や粉で出来ている、トルコ式ならではの見た目。しかし、これがもし十八世紀頃のエスプレッソだとして、タレーランには地獄の窯に見えたのだろうか? フランスの激動を生きた者ならではだろうか、感じ方というのは人それぞれであるものだ。
「これが悪魔だなんて。のんびり出来るのにな?」
「ほんとほんと。のんびり出来るのにね」
167:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:06:01.43 ID:tRJaplXx0
カップを傾けると――ちょっと傾け過ぎた――ざらざらした舌触りと共に、飲める分は終わりになった。底に残った粉の模様で占いを、というわけにはいかない。ちとせのように上手く未来を見ることも、見えたものを説明することも千夜には出来ない。
「きっといいものになるな。楽しみだよ」
代わりに見通したような言葉。
168:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:07:43.61 ID:tRJaplXx0
彼の静止に、立ち上がったまま顔を向ける。
「千夜にちょっと羽織る衣装を試してもらいたいんだ。あんま時間は取らないけど」
「そうですか。ではもう少しゆっくりしていますね」
「いえ、待つには及びません。頼子さんは先に行っていて下さい」
「そう? それでは、美味しいコーヒータイムをご馳走様でした」
169:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:08:12.45 ID:tRJaplXx0
「ちょっとギラギラし過ぎやしませんか。アラビアンとはこういうものなのか」
「はは、キラキラだろ。アイドルだからいいんじゃないの」
着せようとする彼の手から奪い取り、ブラウスの上に袖を通す。変に引っ掛けて痛めないよう気を遣った。真紅を彩る金の模様に、千夜はなにか気圧される思いがして、これがどうと呼ばれる形なのかは知らなかったが、何にせよ台無しにしてはと神経を擦り減らす。やっとの思いで、それぞれの袖四秒程ずつの戦いを終える。
170:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:08:41.68 ID:tRJaplXx0
ふざけて返され、千夜は睨んだ。強い言葉で攻撃を仕掛けようと思い、しかし取り止めた。
というのも、
「なにそっぽ向いている。失礼でしょう」
「はいはい」
171:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:10:00.11 ID:tRJaplXx0
「うん、やっぱり似合うよ。千夜に紅、いいな」
企画書のファイルが突っ込まれた棚を見遣りながら、紅と聞いて、似合う筈がない、と思う。身を焦がすもの、悪夢の色。焦がれるもの、慕う瞳。『Unlock Starbeat』でだって、着こなせていた自信はない。似合う筈がない。少なくとも、まだ。
これが本当に似合うようになったら。ショールへ目を落とす。それもひとつの望みなのか。
172:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:10:27.90 ID:tRJaplXx0
「いや、蒼も捨てがたいんだが。白と蒼、いいよな」
彼が言添えたので、思考が遮られ、白紙に戻る。呆れて、
「まったく…… 紅とか蒼とか、食傷なのですが」
千夜は吐き捨てた。彼は目を丸くした。
173:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:11:26.00 ID:tRJaplXx0
「ああ……」と頷き、「色々いるよな」
「い過ぎます」
「はは」と笑って、「ほかには?」
「三分もレッスン出来ない天才」
174:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:11:57.79 ID:tRJaplXx0
「僕も? ほー、エセ芸術家ねえ、……」
「私の世界は白黒でさえあれば充分だった。それをお前は、――よくもまあ、ブカレストの壁にスプレーでもするように」
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