140:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:44:52.35 ID:tRJaplXx0
袖を引かれ、宙に浮いた右足が元へ戻った。視線をやると、杏が千夜のポケットをぱしぱし叩いた。
「はい?」
「スマホスマホ」
言われて取り出すと、軽く操作しても反応がない。電源が落ちていた。そのようにした覚えもなく驚いて、すぐに再起動を試みる。滞りもなく画面は光った。バッテリーの異常ではないようだ。
141:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:46:24.33 ID:tRJaplXx0
睨んでやった妖精は、しかしまったく態度を崩さなかった。
「《何もするな》は千夜には言ってないよ」
のんびりと言うか何なのか、鷹揚と言ってやってもいい、というのが千夜の意見だったが、とにかくマイペースに鎮座する杏の、その髪が揺れて甘い香りが鼻をうつ。
「確かに、私が言われたのではありませんでしたよ」
142:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:46:51.82 ID:tRJaplXx0
「いやあ、やっぱり一ノ瀬さんはいいなぁ。あんなに大勢の盗賊≠、カリスマというか、雰囲気でまとめあげてるんだよ。みんな自由なのに、どこか見えないロープで電車ごっこしてるみたいだ」
「ふふ、本当にすごい…… これなら志希さん、先生の舞台にもお声が掛かるかしら?」
「いやいや、手に余っちゃうよ。呼べたらそりゃ、いいんだけどね。でも今こうしてくれてるのも、魔法みたいなものでしょ」
「うーん、そうかも……」
「呼ぶならそうだね、古澤さんに…… ほら、」と振り返って千夜を指し、「白雪さん。君たちがいいな」
143:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:47:31.68 ID:tRJaplXx0
頼子が首を傾げて見せる。お淑やかな性格もその博識も、蒼い瞳も印象を似せるが、右の泣きぼくろが文香との違いだ。投げかける視線の、油断の無い鋭さも。千夜がモナリザなら、頼子にはあまり観に来て欲しくない。自信を問われ続けることになるだろう。
「いいえ」かぶりを振る。都とは会わなかった。「そちらでも、まだ見つかっていないのですか」
「そうかぁ、白雪さんと一緒かもと思ったんだけど」
「都ちゃん、お稽古に来た志希さんと何か話した後、何処かへ行ってしまったんです」
144:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:48:22.35 ID:tRJaplXx0
「いいえ」かぶりを振る。都とは会わなかった。「そちらでも、まだ見つかっていないのですか」
「そうかぁ、白雪さんと一緒かもと思ったんだけど」
「都ちゃん、お稽古に来た志希さんと何か話した後、何処かへ行ってしまったんです」
「連絡は?」
「スマホが私服に入っていて……」
145:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:49:02.52 ID:tRJaplXx0
塀に沿って歩く。物陰に注意しながら、耳もそばだてた。そしてすぐに、そう注意する必要はなかったと知った。
見えないロープを手繰ってきたように、殆ど分かっていたように、都の元へ辿り着いた。ピンクの花と黄緑の葉の花壇に、俯いてしゃがんでいた。
しかし、ちょっと人目から隠れる場所とはいえ、劇場の敷地内に居る彼女を、誰も見つけられなかったとは思えない。どうやら気を遣われたのだな、と先生や頼子、志希の顔を思い浮かべた。
146:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:49:48.41 ID:tRJaplXx0
「私で残念でしたね」
「あっはっは、千夜さんで良かったです! 探しましたよ!」
《探した》はこちらの台詞ですが――というのは飲み込んだ。実際のところ、先に消えたのは千夜だった。
「先程は、失礼な物言いでした」
147:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:50:42.18 ID:tRJaplXx0
「何を書いているのですか」
「よくぞ聞いてくれました! ジャジャーン、『探偵手帳』!」
はぁ、と相槌を打ったつもりだったが、溜め息に終わったかもしれない。散々に書き込まれたそれを開いて示しながら、少女は見ているものへと千夜を誘う。今更に機嫌を改めてやるのも癪だから、手帳に《千夜さんをよく見て、立ち位置に注意》と書いてあるのは見なかったことにした。
148:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:51:09.37 ID:tRJaplXx0
「ここに千夜さんのダイイングメッセージがあると聞いたので、行き先を示すのではないかと推理していたんです」
「成る程、私は死んだのですね」
倣ってしゃがむ。それは黒い糸…… 蟻の行列だった。その不自然な線は、巣から出てきたり戻ったりするものではなく、何か奇妙な形を成して蠢いていた。
――ああ、角砂糖でも持って来れば良かった。志希のあんまりな実験は結局、黒い働き者たちから正常な仕事の能力を奪ってしまったのだ。ちょっとの甘味を求めていただけだろうに……。
149:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:51:53.77 ID:tRJaplXx0
蟻たちは常に動きながら、歪んだ円のように並んでいる。その歪みは一定のパターンを繰り返して変化しているようだった。
「ここ! ここで、下部の変化が一旦止まるでしょう」
「はい」
「改行中なのだと思います! 私の見立てによれば、これは筆記体による、二つの文字列なのです!
はい、この手帳をご覧のように、w2l=Ar2c≠繰り返している」
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