104:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:17:39.83 ID:tRJaplXx0
志希はそうして千夜を刺激し、反応を観測すべくか身体を傾け、其方此方から視線を投げるのだった。時折鼻を動かし、蠱惑的な笑みを浮かべながら。なんとも落ち着かない。
「ちょっと休憩を頂いたのですよ。それだけです。あの、いくら私の表情が乏しいとしても、そんな風にじろじろ見られるのは心外なのですが」
「にゃは? ウソついたね」
「嘘? 嘘など」
105:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:19:30.79 ID:tRJaplXx0
「ばれてないって? 成る程つまり」志希は大仰な身振りを交えて、「あたしという人間を知らないなー? オーケイ、じゃあもう一度だけ説明しよう! あたしの名前は一ノ瀬志希。こう見えて――つまり可憐にして高貴、蝶よ花よの箱入りお嬢様に見えて」――見えますね、まさしく!「――その実はアメリカ留学のギフテッド、更に飛び級のジーニアス! のみならず四十人の盗賊を束ねる決死部隊の長にして天使のカオした破滅愛好家、遠からん者には喜劇、近く寄り見ば悲劇、否認を受け持つ守護聖人、イワテの聖シキー!
あたしはたった今、キミという背徳の仔羊に与えられた森厳なる恩恵を奪うのだ――汝、鶏が鳴く前も鳴いた後も否認する能わざるものなり。呪文もいっとこっか?
《イフタフ・ヤー・シムシム》♪」
106:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:20:00.15 ID:tRJaplXx0
……
――何がなんだか分からない! 千夜は困惑しつつ、ある瞬間、志希の眼に妖しいものを見つけた。ああいう類のカオには覚えがある――戯れ≠セ! ほとんど狼狽え、後退りして距離をとった、が、志希はお見通しというように回り込むと、弾こうとする手も退け、背後から抱き付くように千夜を捕らえた。ぎょっとして、振り払おうと試み、腕を振り回したり身体を屈めてみたり、踵や脛も使ったが、彼女は反射的以上の速さで巧みに受け流してみせると、ついには千夜の両腕をぐいと掴み上げ、抵抗を諦めさせた。
磷にされたような間抜けなポーズもそうだったが、より屈辱的な気持ちをもたらしたのは、志希が千夜の右の首筋に顔を寄せ、小刻みに鼻を動かしているらしい、その呼吸音を間近に聞かされる事だった。千夜は再度応戦を試み、首に無理を利かせ、顎の骨で志希を押し返そうとしたが、これもすぐ諦めざるを得なかった。じゃれあい以上の効果が現れなかったうえ、傍目から見た自分をより滑稽な存在に仕立てあげているに違いなかったのだ。短い争いが巻き上げたか、土の匂いが少しした。陽光に当てられ、身体が火照りを覚えていた。
107:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:20:28.19 ID:tRJaplXx0
千夜の様子を分かってか、志希は口を開く。
「ハスハス…… ん? にゃはは、無駄な降伏はやめて抵抗しなよ」
「離して頂けませんか。こういう過度な接触は、ちとせお嬢様にだけ仕方なく許しているのです」
「話して欲しい? はーい。あたしには、匂いで千夜ちゃんが嘘ついているのが分かるんだー。キミの否認を、あたしも認めない♪」
「離せと言いました。アイドルに怪我をさせてはと思っていましたが、この際本気を出してもいいのですよ」
108:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:21:04.82 ID:tRJaplXx0
淡々と彼女が語る程、千夜は身の毛がよだつようだった。ハッタリだ、バーナム効果だのショットガンニングだのいうやつだ、と自分に言い聞かせようとしたが、きっともう心で諦めていた。それこそ恐ろしいぐらい、志希は千夜の内面を暴き立つつある。
今一度、強く拒むと、意外に手応えもなく解放された。振り返り、相対する形になる。
「知ったことではありません、匂いがどうだろうと。そろそろ稽古に戻らなければなりませんから、失礼します」
「何故?」
109:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:21:36.95 ID:tRJaplXx0
言おうとする千夜を、彼女は目で制止した。憐むような、蔑むような、失望するような目で。
「正義感? 義務感? それとも恐怖感? 望んだ正しい自分でいなきゃならないの? 自分が役に立たない存在だなんて認められないの? ……はあ、理想だの責任だの高潔さだの、ナイフみたいに刺すだけ刺してさ。つまらないとは言わないけど、ツマンナイ。そんなオトナびた理由で足が竦むんなら、あたしがコドモスウィーティーな翼をあげる。否認を奪って、堕落をあげる。そしたら後は跳ぶだけだ。だってさー、疲れたでしょ? 呪文はそうだな、《バウチカバウワウ・ギチギチグー》♪ はいオーケイ。千夜ちゃん、頑張ったね。よくやったね。今までありがとうね、ちゃんと見てたからね。もう大丈夫、どこへでも逃げていいんだよ」
110:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:22:50.02 ID:tRJaplXx0
耳鳴りがする。畳み掛ける言葉が飽和する。
「馬鹿な。……馬鹿な」
「そりゃそーだ。あたしは自分もジャンキーの麻取にして、聖歌隊に説教する痴れたヤツなのだ」
「、…… はあ。……それ、増えるのですね。その、肩書き、というか」
「カタガキ、…… カエデ?」
111:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:23:18.07 ID:tRJaplXx0
それだけ言って、またしゃがむと花壇に興味を戻した……と思いきや、蟻の行列に特別な意味を見出したらしい。
「結局それですか。逃げろと…… 貴女のように?」
「そ」
軽く挑発しても、千夜ではちとせがやるようにはいかなかった。志希は黒い帯を見つめたままだ。
112:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:23:46.53 ID:tRJaplXx0
暫時の間があり、
「嵐、…… みたいなモンだから」
ぽつり、志希がこぼした。
千夜は口を結んで次を待ったが、志希は当分、働き蟻の行軍パターンに自前の化学物質がもたらした乱れを観測しているつもりらしかった。彼女らの行く先に飴でもあればよいが、などと千夜なりの同情を寄せているばかりでは、どうやら《嵐》の先まで辿り着けそうもない。
113:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:24:18.03 ID:tRJaplXx0
「え、嵐……?」
「貴女が言ったのですよ」
空はまったく晴天だ。
114:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:24:49.16 ID:tRJaplXx0
彼女は、これもゆっくり、立ち上がった。
「こんな風に誰かと喋ったってさ、儚いものだと思わない?」
聞きたいのか、聞かせたいのか。祈っているのか、呪っているのか。判断に迷う声を、志希は零した。
「かつて嵐だった虹のようで、十二時に解ける魔法のよう。……イマなんてものは、手に入れようと思った瞬間からアタマにしかないんだ。
Can I get an Amen(キミもそう思うよね)?」
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