1: ◆7UnYqOvxvE[sage]
2019/06/03(月) 01:56:12.38 ID:LzMqkbY70
「……」
俺は額を抑えた。抑えずにはいられなかった。
様々な言いたいことが瞬時に浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでいく。万事において手順は最も重要だ。誤るわけにはいかない。
「同人誌か」
「はい!」
自信満々な返事。
「このあいだのコミケか」
「提督違います、コミティアです」
……俺には違いはわからない。しかしその差は些末で、あくまで枝葉末節に過ぎない。適当な謝罪をして、続ける。
「あー、とりあえず聞くぞ。道具が必要じゃないのか?」
「通販で一揃えしました!」
「部屋は? まさか基地でとか言うなよ」
「ホテルの一室を予約してあります!」
「……いつ」
「四日後です! 木曜日ですね。研修で横須賀鎮首府に出張だとお聞きしましたので、私も非番を申請しました」
SSWiki : ss.vip2ch.com
2: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 01:57:52.82 ID:LzMqkbY70
なるほど、手回しは完璧というわけだ。俺の予定もきっちりと把握している――されている、が正しいのかもしれないけれど。
俺が頷く前提のスケジュールだった。相談など一言もなかった。だのに、ハチのこのたっぷりな自信は、まるで謎である。ポジティブ感情の生産工場が張り切りすぎている。
にしても、ローションプレイ。どんな同人誌を買ったのだか。
3: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 01:58:36.07 ID:LzMqkbY70
嫌な予感はしていたのだ。先週はまるっとハチが秘書艦だった。その時に俺の予定を把握したのだろうという納得はさておいて、あまり金遣いの荒くないこいつが、一体どうして急に秘書艦にシフトに入っていたのか、やっとわかった。
道具代とホテル代か。同人誌代の補填もあったのかもしれないが。
我が泊地において、秘書艦は特に定まっていない。しかし基本的に、年長で、かつデスクワークな得意なやつらを俺は率先して指名している。
4: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 01:59:14.12 ID:LzMqkbY70
「――ってなことが先週にあってだな」
「ははぁ」
5: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 02:00:09.11 ID:LzMqkbY70
「結局断らないのなら、ただの惚気なのね」
辟易した様子でイク。
いや、違うのだ。不躾を承知で、イクを勢いよく指さし、注目を促す。
6: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 02:01:04.83 ID:LzMqkbY70
あれにはのっぴきならない事情があったのだ。いや、情事も確かにあったのだが。
映画を観終わって、飯を喰って、さぁ帰ろうとなったとき、ハチが俺を暗がりに連れ込んで、スカートをめくってみせて……。
下着を身に着けてなかったんだもんなぁ……。
7: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 02:02:11.75 ID:LzMqkbY70
机に突っ伏するしかない。肺腑から全ての空気が出ていきそうなくらいに深いため息。たっぷり五秒はかかったろう。
「……わかってるよ」
8: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 02:02:57.98 ID:LzMqkbY70
だがな? ちょっと考えてみてくれよ。
まったく参ってしまったことを隠しもしない声音で、俺はイクに言う。助けを乞う。
「あいつハタチだぞ。俺は三十四だ。おっさんにあんまり自信を求められても困る。自意識過剰は若者の特権なんだ。
9: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/06/03(月) 02:03:28.10 ID:LzMqkbY70
「好きな気持ちに見返りを求める時点で間違ってるの。誰かに『好き』って伝えることは、それ以上の意味を持たないのね。本質的には、好きだから好きって言う、違うの?」
違わない。違わなかった。それでも、イクの言葉は、俺にとっては眩しすぎる。
16Res/10.93 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20