79: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:12:17.86 ID:/aq2I7elo
「ありす!」
私の声は薄暗い廊下に響いて、ありすの足をやっと止めた。
彼女の後ろ姿は蛍光灯のわざとらしい白と、窓から射す青い夕闇が混ざり合って、消えかかったように見えた。
80: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:13:05.27 ID:/aq2I7elo
「大嫌い」
私は胸にしまいこむように、その言葉を繰り返した。
「大っ嫌い、大っ嫌い……」
81: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:14:27.32 ID:/aq2I7elo
朝――、出勤してすぐ、ありすの母親から電話がかかってきた。
体調を崩したので、ありすは学校を休む、ということだった。
「あ、……お忙しい中、連絡ありがとうございます。承知いたしました」
82: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:15:36.39 ID:/aq2I7elo
「なんでしょう?」と、私は言った。
「大変でしたよね、先生……」
ありすの母親はどことなく、躊躇いがちな口調で言った。
83: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:16:30.56 ID:/aq2I7elo
電話を切ったあと、なんだか涙があふれた。
箱ティッシュを使い切るほどの勢いで鼻をかむ私を、先生方が不思議そうに見ていた。
「いやあ、あの子たちも、もうすぐ卒業なんだなぁ、と思うと……」
84: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:17:44.82 ID:/aq2I7elo
――――
卒業式当日。
古くなった空の層が剥がれかかっているような曇天で、ひどく冷え込んでいた。
体育館には大きなジェットヒーターがいくつも置かれ、轟々と絶え間なく騒音が続いた。
85: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:21:05.53 ID:/aq2I7elo
ピアノの前に座って、鍵盤に手をかける。
キリリと冷えたその感触に、私は思わず身震いした。
緊張すると、私は脇汗がよく出る。パッドを入れておけばよかった。
86: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:24:36.39 ID:/aq2I7elo
生徒たちの声はひとつひとつ混ざり合って、まるで大きな川のように流れていく。
そして、私も、その川の一部になる。没入していく。
私は、いい先生でいられたかなぁ……。
87: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:26:06.46 ID:/aq2I7elo
教員にとっては、式後が長い。
体育館内や、その周りで、皆思い思いに談笑したり、写真を撮ったり。
私もすでに何枚も写真を頼まれた。
88: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:27:23.88 ID:/aq2I7elo
「先生!」
声のする方向を見ると、やはり、ありすだった。
泣くまい、と思った。
89: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/10(金) 17:28:38.13 ID:/aq2I7elo
「おめでとう」
「ありがとうございます。先生……」
「うん」
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