1: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:31:45.43 ID:6jKTh3xi0
その日の空は、少し曇っていました。
傘を学校へ持っていかなかった私は、授業を終え、雨が降らないことを祈りながら事務所へ向かいます。
電車の乗り換えを済ませ、駅を出た時には今にも雨が降りそうで。
結局、事務所まであと数十メートルといったところで、手の甲に、冷たい雫が触れる感覚を認めることになってしまいました。
急いで事務所に駆け込み、玄関ホールで息を整えます。
SSWiki : ss.vip2ch.com
2: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:32:08.89 ID:6jKTh3xi0
(あまり濡れてないですし……まぁ、ラッキーだったかもしれません)
服やカバンについた水滴を手で払い、ふぅと息を吐いたところで、気がつきました。
玄関ホールの端、昨日までは何もなかったはずの場所に、数人が。自分とほとんど変わらぬ歳の、恐らく向こうも学校を終えて事務所へ来たのだろうな、と思わせる数人が、何かを囲っていました。
3: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:33:33.69 ID:6jKTh3xi0
私たちの身長の半分くらいでしょうか。その顔の、体の、妙なリアリティに、少し、胸騒ぎを感じながら。
「これは……?」
4: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:34:11.20 ID:6jKTh3xi0
……ああ、なるほど、最初に感じた嫌なモノの正体はそれだったんだ。
状態の悪さ故にすぐには気がつきませんでしたが、この服はまさに。
自分がかねてより嫌いだった、大嫌いだった、おとぎ話の中の女の子。
5: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:34:51.80 ID:6jKTh3xi0
〜〜〜〜〜
(こんな気分でレコーディングをしなければいけないとは……)
6: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:35:42.68 ID:6jKTh3xi0
「どーもー、お願いしまーす……って、あれ? ありすちゃん、顔こわいよー?」
「本当ですね……。何か……気分が優れないなどでしたら、無理はしない方が……」
7: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:36:28.11 ID:6jKTh3xi0
収録を終えた周子さんと入れ違いに、レコーディング室へ足を踏み入れます。
スタッフさんとの会話は1つ2つ。ヘッドホンを装着し、前を向くと、周子さんのために上がっていたマイクが、私のために下がってきてくれます。
「お願いします」
8: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:37:10.64 ID:6jKTh3xi0
反射的にヘッドホンを外し、床にうずくまります。何が起きたのか理解するためには、頭が全く回ってくれなくて。
「うぅ……」
9: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:37:44.13 ID:6jKTh3xi0
まだ多少、朦朧とした意識で、音の出所を探ると、手に持ったヘッドホンへ辿り着きました。
本来なら耳に当てないと聞こえないはずの音が。こんなに離れた場所からは届くはずのない音が。
その部屋にいる全員の耳へ運ばれていました。
10: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:38:13.29 ID:6jKTh3xi0
「ちょっと! なんであんなに上がってるん!? 危ないでしょ!?」
周子さんがスタッフに詰めよりますが、当のスタッフも当惑した表情を隠せない様子です。
それもそうでしょう。人によって差はあるものの、1人目が収録した時の音量をリセットするなんて非効率的です。
11: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:39:11.81 ID:6jKTh3xi0
〜〜〜〜〜
翌日。気を取り直して……というわけではありませんが、なるべく昨日のことは気にしないように、事務所へ入りました。
すると、人形の前に1つ、人影が。
12: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:39:58.72 ID:6jKTh3xi0
普段なら一声、挨拶を掛けてから、通り過ぎて奥へと向かうところではあるのですが、今日、それは2つの理由によってできませんでした。
1つ目、この後のお仕事がフレデリカさんと一緒であるということ。
いくら人形の傍にいたくないからといって、ここでフレデリカさんと会話をしないのはあまりにも不自然です。
そして2つ目、これがどちらかといえば大きな理由なのですが。
13: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:40:39.86 ID:6jKTh3xi0
フレデリカさんが言った"この娘"が誰を指しているのかなんて、考えるまでもありません。
"見たくない"という恐怖心は、少しの怖いもの見たさという好奇心と、"確かめなければ"という表現しがたい義務感によって敗れ去りました。
返事をしながら人形の、その目に視線を移すと、その色は。
14: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:41:17.93 ID:6jKTh3xi0
〜〜〜〜〜
「フンフンフフーン♪」
15: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:41:46.85 ID:6jKTh3xi0
「あれー? あのスタジオ、どっちだっけ?」
「そこを左です。……フレデリカさん、私よりも行ってる回数多いですよね?」
16: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:42:28.49 ID:6jKTh3xi0
煙草だ。
ふと浮かんだのは、「煙草を持つ手は、子供の顔の高さだ」なんてどこかのポスターの言葉。
17: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:43:08.09 ID:6jKTh3xi0
「ってうわ! 高い! ナニコレ!?」
そんな私を正気に戻してくれた声は、いつもの調子で、言葉を放り投げています。
18: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:44:03.76 ID:6jKTh3xi0
パッと手が離れた時には、フレデリカさんはもう、前を向いていました。
その後の撮影のことなんて覚えていません。
指示なんて全然聞こえませんでした。足どりも表情も、きっと困らせるくらいに重くて。
19: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:44:32.75 ID:6jKTh3xi0
〜〜〜〜〜
事務所へ向かう足がどんどん鈍いものになっているという自覚はあります。
思わず立ち止まってしまうことがあります。
20: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:45:15.66 ID:6jKTh3xi0
取れた耳。
赤く染まった目。
21: ◆i/Ay6sgovU[saga]
2017/06/14(水) 22:45:45.84 ID:6jKTh3xi0
「さてさて〜! こっちから順に、親指〜、人差し指〜、中指〜、薬指〜、小指!」
「1つ1つは無臭なんだけど、全部に塗ったらそれはそれはハッピーで、思わずトリップしちゃう香りに!」
47Res/23.35 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20