8: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:07:25.07 ID:YjhaJr8i0
扉の先、黒い暗幕を潜り抜けると、そこは舞台袖だった。
演出用の機材や大道具が所狭しと並べられていて、その奥には袖幕の隙間からステージが見えた。
ステージの上は、小さな蛍光灯でまばらに照らされているだけだった。
9: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:07:54.49 ID:YjhaJr8i0
だけど、破局はすぐそこで待っていたんだ。
私は、私のことをもっと知りたいと願った。
ただ、それだけだったのに……ううん、きっと知りたいと願ってしまったからなんだ。
10: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:09:28.45 ID:YjhaJr8i0
私は、劇場の控室で、一冊のアルバムを見つけた。
とても分厚くて、棚から取り出すのも一苦労だった。
『劇場の日々』――そう名前のつけられたアルバムの表紙は、カラフルな色ペンとシールで、隅まで綺麗にデコレーションされていた。
両手に感じるこの重さの分だけ、今の私がまだ知らない、この劇場で積み重ねられてきた時間がある――そう思うと胸が落ち着かなかった。
11: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:10:14.08 ID:YjhaJr8i0
……もし何も知らないままでいられたのなら、どれだけ幸せだったのかな。
劇場のみんなと一緒に過ごして、隣で同じ景色を見て、同じ未来へと進んでいく――それだけで私は良かった。
それなのに、私が欲しかったものは、私がどれだけ手を伸ばしたって、もう叶わない。
12: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:10:57.92 ID:YjhaJr8i0
新緑に染まった木々たちが海風で揺れて、さらさらと音を立てている。
窓辺に寄ると、音のざわめきに合わせたみたいに湿った潮のにおいがした。
13: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:11:51.57 ID:YjhaJr8i0
お昼の時間を少し過ぎた頃、劇場のみんなはエントランスに集まっていた。
今日劇場にいた子たちは全員いるみたい。だいたい二十人くらい、かな。
これだけの人数が集まると、広いエントランスも少し手狭に感じた。
14: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:12:29.92 ID:YjhaJr8i0
もしも私がアイドルだったのなら、こんな想いは知らないままで居られたのに。
もしも私がプロデューサーだったのなら、みんなの隣で、みんなをずっと支えることが出来るのに。
私の心に、嫌な感情が蛇のように纏わりついて離れなかった。
15: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:13:19.76 ID:YjhaJr8i0
三人を見送ったあと、私は劇場の屋上にいた。
この場所だと、一人になれるから。
建物の壁際に据え付けられた腰掛けに、私は腰を下ろした。
16: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:14:19.24 ID:YjhaJr8i0
「げき子さん。……良かった、ここにいたんですね」
壁の影から顔を出したのは――箱崎星梨花ちゃんだった。
17: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/11/25(金) 00:14:55.34 ID:YjhaJr8i0
「……ありがとう、星梨花ちゃん。私のことを心配してくれて」
私は、少しだけ深く息を吐いた。
22Res/17.17 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20