111:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:23:18.07 ID:tRJaplXx0
それだけ言って、またしゃがむと花壇に興味を戻した……と思いきや、蟻の行列に特別な意味を見出したらしい。
「結局それですか。逃げろと…… 貴女のように?」
「そ」
軽く挑発しても、千夜ではちとせがやるようにはいかなかった。志希は黒い帯を見つめたままだ。
112:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:23:46.53 ID:tRJaplXx0
暫時の間があり、
「嵐、…… みたいなモンだから」
ぽつり、志希がこぼした。
千夜は口を結んで次を待ったが、志希は当分、働き蟻の行軍パターンに自前の化学物質がもたらした乱れを観測しているつもりらしかった。彼女らの行く先に飴でもあればよいが、などと千夜なりの同情を寄せているばかりでは、どうやら《嵐》の先まで辿り着けそうもない。
113:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:24:18.03 ID:tRJaplXx0
「え、嵐……?」
「貴女が言ったのですよ」
空はまったく晴天だ。
114:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:24:49.16 ID:tRJaplXx0
彼女は、これもゆっくり、立ち上がった。
「こんな風に誰かと喋ったってさ、儚いものだと思わない?」
聞きたいのか、聞かせたいのか。祈っているのか、呪っているのか。判断に迷う声を、志希は零した。
「かつて嵐だった虹のようで、十二時に解ける魔法のよう。……イマなんてものは、手に入れようと思った瞬間からアタマにしかないんだ。
Can I get an Amen(キミもそう思うよね)?」
115:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:27:07.47 ID:tRJaplXx0
ぼうっと、思考が痺れていた。甘い頭痛に悩まされながら、不満足な呼吸を繰り返し、いくつかの道路を横断したかしなかったか、いくつかの歩道橋を渡ったか渡らなかったか、認識も目的地も曖昧なまま、ただ本能のようなものに従って、千夜は灰色の街を這いずった。
116:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:27:36.98 ID:tRJaplXx0
だから、
「外回りというのは――」
だから最後には、苛立ちというには刺のない、何か名前のないものを言葉に込めて投げつけた。
117:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:28:02.62 ID:tRJaplXx0
資料から目を上げると、プロデューサー室の椅子を軋ませ、彼は千夜に向き直った。まだ新しい、チェックのネクタイを整える。
「気に入ったか?」
「いいえ」
「そっか? 千夜はアイドルだからな」
けろりと返す。
118:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:28:29.99 ID:tRJaplXx0
そうして、彼は立ち上がった。机を回り込んでから、その上にある二つの小さな箱を示す。
「これ、千夜がくれたんだって?」
首肯して、
「あんな下らないことで私に貸しを作ったと思われては面倒なので。もうひとつは文香さんからで…… 心からの贈り物、というやつです」
「そっか。千夜、気にしてくれてたんだな。ありがとうな」
119:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:29:18.44 ID:tRJaplXx0
文香を連れてお台場の商業施設をうろついてはみたものの、結局元のカップに近いデザインのものは見当たらなかったので、やはり千夜なりに選ぶことにしたのだった。そうと決めた以上、外見に拘ることはない。真空断熱、蓋付き。機能性は文句なし、コーヒーをゆっくり楽しむにはまたとない逸品に違いなかった。千夜自身やちとせ用にも購入しようかと検討したぐらいだ、彼とお揃いになることを鑑みて忌避したが。
「おお、真っ黒だ」
彼はカップを持ち上げ、様々な角度から眺め回した。
「千夜みたいだな」
120:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:29:47.23 ID:tRJaplXx0
「気持ちの悪いことを言うな」
「気に入ったよ。美味しくコーヒーが飲めそうだ」
「……まあ、不味くはならないものを選びましたが」
「大事に使うよ。千夜、良いマグカップをありがとうな」
121:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:30:17.83 ID:tRJaplXx0
「これが文香の? うん……」
その中身は、ガラスタンブラー。透明な蒼の地に切ったような細工が施されている。その模様は幾つもの線が交差する、花々のようなもので、他の部分とは違う光を散りばめていた。
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