男「大将! 油マシマシのアチアチラーメン一丁」
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10:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:04:35.62 ID:sGoLw9kr0

 「ごちそうさまでした」

 大タヌキの声に、店主は思わず「えっ!?」と驚きの声をあげてしまった。大タヌキの食の進み具合を見定め、注文こそ受けていない者の既に替え玉をゆで始めてしまっていたからだ。それを察してか、大タヌキも申し訳なさそうな表情でカウンターに金を置き、そそくさと店を出て行ってしまった。あの大タヌキが、替え玉を頼みもしないなんてことは、いまだかつてなかった。いやしかし、ナナフシの異様な挙動がなければこんなことはなかったであろう。店主は、茹で上がった替え玉をしばし恨めしく見つめ、その責任を問うかのように視線をナナフシへと移した。

以下略 AAS



11:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:05:02.52 ID:sGoLw9kr0
??
 
 記憶を取り戻した店主は、ひどく戸惑っていた。ラーメンを残されただけで、自身がこれほどまでに正気を失ってしまうとは思いもしなかったのだ。店主は、人知れず自らの未成熟さを恥じ、落ち着いて思考をまわしはじめる。冷静に考えれば、あの日のラーメンに何ら非はなく、全てがナナフシに起因していることは明らかだ。ナナフシと大タヌキの間に、何が起こったのかはわからない。店主が知るのは、あくまで店内での出来事のみなのだ。ならば、どうするか。答えは一つしかあるまい。あの日以降も、この店に通い続けているナナフシに問いただせばよいのだ。

 突然、店のガラス戸が強く叩かれた。店主は、慌てて壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は、朝九時をわずかに過ぎたばかり。営業開始には、程遠い時刻だ。扉の向こうには、妙な青い色をした服を着た人の影が見える。店内側にしまってある暖簾のせいで、その表情は伺えない。人影は、「開けてくれ」と荒い声をあげながら扉を叩き続けている。かすれてくぐもってはいるが、明らかに男の声だった。店主は、用心に越したことはないと麺棒を片手に扉へと近づき暖簾の隙間から外を覗いた。


12:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:05:29.22 ID:sGoLw9kr0

 そこには、息を切らした背の高い男が一人。青く生地の薄い一枚布の妙な服だ。店主は、それが医療ドラマなどでよく見る手術衣であることに気づいた。短い袖に、短い裾。そこから伸びた細長い手足は常連のナナフシを思い起こされるが、対照的にポッコリと突き出た腹が別人であることを物語っている。しかしまあ、何というアンバランスな体形だろうか。仮に店主が名付けるとしたら、まんまるとした体に刺されているかのような手足、「リンゴ飴」であろう。しかし、りんご飴と呼ぶには肌は酷く黒ずんでいて如何にもまずそうだ。目の周りに至っては、その黒さはまるで墨を塗っているかのようであった。

 店主は、謎の来訪者の顔を見て驚いた。

以下略 AAS



13:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:05:55.36 ID:sGoLw9kr0
??

 大タヌキの手術衣はところどころ生地が裂けており、更には靴すら履いておらず、土にまみれた素足には赤黒いものすら見て取れた。顔面一杯の汗も、健康的にかかれたものではあるまい。俗にいう冷や汗というやつだ。「雷来軒」は、その発する強いとんこつ臭が故に山奥に構えられた店だ。大タヌキの様子を見るに、とても車でやってきたとは思えない。

 「大将、聞こえなかったのか?」
以下略 AAS



14:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:06:21.99 ID:sGoLw9kr0

 店主の脳内は、疑念に溢れ相変わらずの混乱状態だ。だが、厨房に入ると体に染みついた動作が自然と繰り出される。スープはいい具合に煮詰まってきている。白髪ねぎを細く刻み、瓶からメンマを取り出す。チャーシューは、薄すぎず熱すぎず。スープの熱で、中まで十分温まるぐらいがベストだ。そして、昨晩の内に燻しておいたゆで卵。こいつがあるのと無いのじゃ、段違い。さあ、机に並びますは来々軒が最高の一杯「こってりラーメン」だ。

 「へい、お待ち」

以下略 AAS



15:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:06:50.34 ID:sGoLw9kr0
??


 ナナフシの着た服は、色は同じであるものの大タヌキのそれに比べて生地が丈夫でかつ上下に分かれたものであった。そして、手にはめられたゴム手袋。顔を覆うマスクにゴーグル、頭にのった同色の帽子が示す答えは、大タヌキとの関係性だ。ナナフシは、医者であったのだ。ならば大タヌキは。当然、患者であろう。

以下略 AAS



16:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:07:18.96 ID:sGoLw9kr0

 検査の結果は、当然のごとく芳しいものではなかった。むしろ、最悪といっていい状況であった。ありとあらゆる成人病を身に宿した男を前に、ナナフシはラーメンか健康かを迫った。まさにデッドオアアライブ。大タヌキも、如何にラーメンが好きとはいえ自らの命と天秤にかけられれば他に選択の余地などない。ナナフシに言われるがまま、すぐさま入院することとなり様々な医療的処置を受けることとなった。大タヌキも、しばらくの間は大人しく体を労わった。

 しかし、それが3か月目にもなると我慢も限界だ。やせ細った身体が、あの油に満ちて香ばしい匂いを立ち上らせるラーメンに焦がれだしたのだ。あとは御覧の様である。病院を抜け出した大タヌキの素足は、来々軒を具えるこの山へと向いたというわけだ。

以下略 AAS



17:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:07:46.34 ID:sGoLw9kr0

 箸を振り上げた大タヌキに、ナナフシが組み付く。いくらやせ細ったといっても、大タヌキとナナフシでは決着は明らかだ。だが、ナナフシはその細い身体のどこに宿したものか、あらんかぎりの力で大タヌキの食事を阻止している。争う二人を前に、店主の思考はゆっくりと回り始めていた。

 大タヌキは言う「命をかけてラーメンを食う」と。対してナナフシは「命をかけて救う」と宣う。二人の人間が、それぞれの心情を前に命をかけてみせた。店主は、どちらに味方するでもなく二人の争いをただ見守ることしかできていなかった。二人のあまりの気迫に、自らがどこか場違いな人間であるかのように感じてしまっていたのだ。いや、大タヌキの目の前に置かれたラーメンは、それこそ店主がこの三か月の間、命を削って作り上げた新作なのである。ならば、この二人の物語に割って入る権利が俺にもあるはずだ。店主は、そう思いなおしこそすれ動けずにいた。

以下略 AAS



18:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:08:13.39 ID:sGoLw9kr0

 店主のハートがふと燃え上がった。

 「何人たりとも俺の店で好き勝手にされてたまるか。何が『命をかけてラーメンを食う』だ。俺の作った味には、如何なる者も手を加えちゃいけねえんだ。客の命なんてもん絶対にかけさせねえ。かけていいのは俺の命だけだ。それに、何が『私が代わりに食べてやる』だ。こいつは、朝九時一杯目のラーメンなんだ。食していいのは俺だけだ!」

以下略 AAS



19:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:08:40.38 ID:sGoLw9kr0
??

 とある昼下がり、店に暖簾は掲げられていない。カウンターには、三人の男。店主に、ナナフシ。そして、いまや大タヌキの名を返上した『細タヌキ』だ。

 「どうだい。来々軒新作の『あっさりラーメン』は」
以下略 AAS



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