52: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:46:28.60 ID:BHjCA0Mo0
目蓋を開けると、真っ白な天井が見えた。消毒液の匂いがツーンと鼻を刺激し、ここが病院なのだと気がついた。ぼやけた頭が徐々に覚めていき、右手がさっきまでみていた夢のように温かいことに気がついた。
53: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:47:39.41 ID:BHjCA0Mo0
それから医者と看護師さんが駆けつけて、病状を説明してくれた。恐らく疲れと睡眠不足で一時的に自律神経系のバランスが崩れただけで、明日には問題なく退院できるようだ。
「今日は早く上がれたから、家で晩ご飯作ってたの。そしたら店長さんから電話が来てね。病院まで付き添ってくれたのも店長さんみたい。とっても心配してくれて、私が病院に着いたら必死に謝ってくれたわ。」
54: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:49:06.46 ID:BHjCA0Mo0
あれはいつだったろう?俺と母さんは、あるテレビ番組の密着取材を受けたことがある。番組のタイトルは『北沢志保 悲劇のアイドルの奮闘』。
よくあるドキュメンタリー風のバラエティだ。芸能人の過去の悲劇を勝手に掘り起こして、こんな境遇でも頑張りましたと締めるあの手の番組。
55: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:50:36.03 ID:BHjCA0Mo0
だから、俺は強くなろうと決めた。姉さんみたいに強くなって、一人でも大丈夫になって、もう姉さんを不幸にしないと決めた。
でも、俺には何も出来なかった。今手元にあるのは、意味のない意地とちっぽけのバイト代、そんなもの何もないのと同じだ。
56: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:51:43.29 ID:BHjCA0Mo0
深々と頭を下げる頭上から、姉さんの優しい声が聞こえる。
「話してくれてありがとう。頭を上げて。」
57: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:52:59.35 ID:BHjCA0Mo0
そこまで姉さんは話して、すーっと息を吸う。気持ちを込めるように、ゆっくりと。そしてその気持ちを言葉にして形にする。
「たしかに辛いことはたくさんあったけど、でも、私は一度も自分が不幸だなんて思ったことなんてない。ずっと幸せだよ。だって、私にはお母さんと陸がいる。」
58: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:53:52.18 ID:BHjCA0Mo0
姉さんは始めから幸せで、ずっと幸せで、今も幸せだ。姉さんの心の中を聞いて、ようやく気がついた。俺は最初から間違っていて、その間違いに気がつかないまま、間違い続けていたのだと。
一人で自分には罪があると思い込んで、一人でその贖罪のために空回って、そして周りに心配をかけた。とても間抜けで、恥ずかしい話だ。
59: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:55:11.90 ID:BHjCA0Mo0
「じゃあ、隅子さんにコーヒー1つよろしくね。」
60: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:56:22.79 ID:BHjCA0Mo0
姉さんのテーブルに珈琲を置き、約束通り2割増し笑顔で言葉をかける。
「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください。」
61: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:57:11.36 ID:BHjCA0Mo0
そこに至った時点で、俺は考えるのをやめた。増量した分の笑顔を差し引いて、姉さんに言葉を返す。
「いえ、仕事中ですので、申し訳ございません。」
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