46:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:46:37.76 ID:z07AMiQQO
「えー、CMとかだとあんなに美味しそうなのにー……」
「飲み方があるのかしら」
「あっ、そういえばそうかも! ビールは一気に飲み込むものだ、なんてお父さんも昔に言ってた気がする!」
「CMでもやたら喉越しが強調されているし、それがいいのかもしれないわね」
47:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:48:03.88 ID:z07AMiQQO
グラスにはまだビールがたくさん残っている。こうしてみると、泡だらけの日菜の方がまだマシだったかもしれないな。そう思いながら、再びグラスに口をつけて一口、今度は一息にビールを喉へ通す。
炭酸が喉を抜けて、少し熱く感じるアルコールが身体の中にすっと落ちていく。苦味は感じるけれど、少しクセになりそうな感覚だった。
48:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:49:05.12 ID:z07AMiQQO
ビールを飲み切って、各々目についたお酒をグラスに注ぐ。日菜は楽しそうな顔をして焼酎をジュースで割って飲み、私はウイスキーという響きにそこはかとない大人っぽさを感じて、それを炭酸で割って飲む。
確かこういうのはハイボールと呼ぶんだったかしら。うすしおとコンソメのポテチを開封しようとしている日菜を見ながら思う。口から鼻に抜けていく燻されたような風味と喉を通り抜ける炭酸の刺激が、なかなか好みだった。
49:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:50:01.93 ID:z07AMiQQO
「海」
「うん?」
「昔のことを思いだしたわ」
「それで海?」
50:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:51:03.27 ID:z07AMiQQO
その日を頭に思い浮かべる。
中学生という、純粋な子供から小賢しい子供への過渡。思春期真っただ中の自意識はやけに神経過敏で、特に劣等なんていう厄介なものを一つ屋根の下に感じ続けていた私は、毎日を面白くない顔で過ごしていたことだろう。
51:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:52:10.11 ID:z07AMiQQO
そして思いついたのが、ひとりで海に行くこと。お父さんやお母さんの手も借りず、友達の手も借りず、自分だけの力で特別を成し遂げるんだ――なんていう一世一代の決意を秘めた逃避行。
なんともまぁ、可愛らしい決起だ。
52:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:53:08.18 ID:z07AMiQQO
そうして私たちは、普段はあまり使わない電車に乗って、神奈川県の海を目指した。
心配性な両親に私たちはスマートフォンを持たされていたし、何かあった時のためにと交通ICカードのアプリにもある程度の金額がチャージされていた。だから移動手段の確保には苦労しなかった。
53:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:54:11.23 ID:z07AMiQQO
そんなものなんだろうな、と、十九歳の私は思う。
当時はそれが全てだと思っていた鬱屈も、時間が経てばちっぽけなことに感じてしまう。決意の逃避行だって子供が背伸びしてるだけの微笑ましいおでかけになる。それは、成長していく過程でもっと大きな問題に直面したから相対的に小さくなったのか、はたまた私自身がその鬱屈を解消できたからちっぽけなものだと思えるようになったのか。
54:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:55:04.84 ID:z07AMiQQO
「どうしたの?」
「んー、なんか……」
55:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:55:33.26 ID:z07AMiQQO
「どうぞ」
「ありがと。んふふ、なんかいいなぁ〜」
56:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 23:57:04.60 ID:z07AMiQQO
いつまでも甘えたがりで、良くも悪くも無邪気な女の子だった日菜が、こうして私とお酒を飲んでいる。自分の中に抱える日菜の想像と現実の日菜の実像が、酔いにかき回される。どこか懐かしくて、どこか寂しくなるような、決して悪くはない気持ちが胸をくすぐる。
「おねーちゃんはずっとおねーちゃんだもんね」
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