147: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:16:23.70 ID:ZRhpxi3E0
この時、客席にいた、765プロのアイドルとその関係者だけがこの紗代子の起こした、最初の奇蹟の目撃者だった。
誰にも見いだされず、誰にも選ばれなかった少女が、1人のプロデューサーと共に実力をつけ、磨き、あきらめずにセンターという大役を掴んだこの瞬間の。
少女は仲間達からの祝福を受け、少しだけ流れようとする涙をこらえた。
紗代子「まだ……まだ泣いちゃだめだよね。これから……なんだもの」
148: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:16:50.09 ID:ZRhpxi3E0
『ついに2人は出会った』
149: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:20:20.56 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「事務所内オーディション、合格でした。ありがとうございました……っと」
スマホでプロデューサーにメールを打つと、ものの数秒で返信がくる。
メールでのプロデュースを受けるようになって三ヶ月が過ぎようとしていた。こうしたやり取りに慣れてはきたが、それでも海外で忙しくしているプロデューサーの手を煩わせているのではないかと、時々不安に駆られる。
150: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:22:25.61 ID:ZRhpxi3E0
『一朝一夕に効果のある手法など、ありはしない。少なくとも俺はそんな方法は知らない。ダンスやメイク・着こなし等と同じく、日々の積み重ね以外に歌が上手くなる道などあろうはずがない』
それは当然そうだろう。紗代子もそう思ったところで、画面をスクロールさせると、意外な言葉をプロデューサーは綴っていた。
『だが』
151: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:25:05.77 ID:ZRhpxi3E0
『これは伝聞だが、山で遭難した人が助けを呼んでいた。山岳救助ボランティアの人がその声を聞きつけ、声のする方へ急いで向かった。果たしてその声の聞こえた方角に、遭難者はいた。だが』
紗代子「? なんだろう」
『遭難者がいたのは、数キロも先の場所だった。常識的に考えて、声など届くはずもない。だが、救助者は確かにその声を聞き、遭難者を見つけた。俺も経験があるが、山というのは不思議な場所だ。だが、それを差し引いても思うのは、必死な人間の懸命な声は、物理的な事柄を飛び越えて人の心……魂というものに届くのではないだろうか』
152: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:29:57.89 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「あ!」
『関係ない。今のも、そういう話を聞いたことがある、というだけのことだ。ではまた』
返信があったことで、紗代子は少しホッとした。
153: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:31:15.32 ID:ZRhpxi3E0
ディスプレイだけが明かりを放つ室内で、紗代子のプロデューサーである彼はキーボードを叩いていた。
昨日は、自分らしくもなく雑談などに興じてしまった。
最後の紗代子からの、名前が高山だから山好きの自分は選んだのか、との問いには思わず笑い転げてしまった。誰かと会話……ではないが、言葉のやり取りで笑ったのなどいつ以来だっただろう。
だがそれはともかくとして、それによって肝心な指示を出し忘れていては、野望……いや、復讐など果たせないではないか。
154: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:32:35.50 ID:ZRhpxi3E0
小鳥「ふう……わかりました。ちょっと紗代子ちゃんのお家に電話してみますね」
『おねがいします』
またしても気の遠くなるような時間が過ぎる。
155: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:33:48.62 ID:ZRhpxi3E0
なんという無謀なことを!
プロデューサーは、部屋を飛び出していた。
自分が余計な話などしたから!!
素直で、そしてなんでも全力でいつも要求に応えてくれる彼女を、埒も根拠もない話で危機に追いやってしまった!!!
息を切らしながら走り、飛び込むように帰宅した彼は、押入にしまってあった登山用具を引っ張り出すと、車に飛び乗った。
156: ◆VHvaOH2b6w[saga]
2019/12/29(日) 14:34:39.84 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「意外とあっという間でしたね。男体山の頂上って」
北上麗花「うーん。今日は初心者の紗代子ちゃんと登るんだし、御幸ヶ原の筑波山頂駅までケーブルカーで来たからね」
紗代子「ありがとうございます。急に山に行きたいなんてお願いして、申し訳ありませんでした」
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