36: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:17:27.17 ID:ihyj2nok0
この世は不幸に満ち満ちていて、姉さまはいつも力なく笑っていた。どんなに辛いことも苦しいことも、いずれ慣れる時が来る。受け流してしまえばどうにでもなる。それに、山城、あなたさえいれば。
不幸な私たちに与えられた唯一の幸運が、最愛の姉妹の存在なのか、あるいは、最愛の姉妹という幸運によって、これほどまでの不幸が与えられているのかは、一生わかることはないのだろう。
相も変わらずにこの世は――というより、私たちの人生は不幸に満ちていた。それでも徐々に、遅々としてではあるが、上向いてきてもいた。仲間ができたのだ。同じ鎮首府で、背中を預けられる大事な戦友。
37: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:17:54.70 ID:ihyj2nok0
極秘任務になど手を上げなければよかった。六人ならば作戦は成功させられるなんて思いあがらなければよかった。提督のため、鎮首府のために挑戦しようと考えなければよかった。
そうしなければ誰も死ななかったのに。
胸が苦しい。痛い。内臓ではない。心が。心臓ではなく。心。心なんて空想なのに、ひとが生み出した幻なのに、どうしてこんなにも痛いのだろう。
38: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:18:22.22 ID:ihyj2nok0
彼らは、こうなることを知っていたに違いない。私が、という話ではない。要救助者を全員助けられないことのほうが圧倒的に多くて、眼を覚ました者はみな第一声に他者の安否を尋ね、そして……絶望する。
激痛に苛まれる体であってさえ、死よりは遥か遠くにある。それでも喜びの感情はない。かといって自分が誰かの代わりに死ねたらいいのにとも思えない。姉さまも、他のみんなも、嬉しくはないだろうから。
この世はとかく不幸に満ち満ちている。
39: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:18:51.00 ID:ihyj2nok0
いっそ死んでしまおうか。海に飛び込んでも浮くばかりだから、どこか高い、いい景色のところから、真っ逆さまに。
いや、それこそ姉不幸者だ。姉さまを悲しませることは、私には到底出来そうもない。
後藤田提督は私に療養の時間をくれたが、あぁ、そんなものは不必要。暖かいベッドに横たわっていると、一際死の冷たさと静寂の輪郭が際立つ気がして、足元の崩れていく錯覚に陥る。
40: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:19:24.73 ID:ihyj2nok0
こんな不幸に満ちた世の中なんて、一人では生きていられない。
私は一人になってしまった。
姉さま。姉さま。山城は、恐ろしいのです。なにがと尋ねられても、答えに窮してしまいますが、なにかが、目に見えないなにかが、姿かたちの無いなにかが、まったき暗闇の色をもって、どこかから私を狙っているように思えてしょうがないのです。
41: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/22(木) 00:21:38.37 ID:ihyj2nok0
――――――――――
ここまで
一回ぶんの文字数を半分にして、投稿ペースを倍にする試み。
42:名無しNIPPER[sage]
2019/08/22(木) 02:01:57.21 ID:xM19Qutq0
乙
まさか翌日に来るとはビックリだ 姉不幸者のところはあえてかな?うまい言い回しだ
43:名無しNIPPER[sage]
2019/08/22(木) 13:05:43.46 ID:K2dpUcYm0
×鎮首府
○鎮守府
山城の独白はどうしても太宰治な調子になるよな
44: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/23(金) 00:17:24.68 ID:2euMv+sS0
美少女だった。
美少女が、立っていた。
45: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/23(金) 00:17:52.97 ID:2euMv+sS0
「痛そぉ、ですねー」
私の手を握るその手のひらの温度は高い。僅かに目元は濡れていて、少しだけ物憂げな気配があった。
なぜだかわからないけれど、背徳的な雰囲気。
46: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/08/23(金) 00:18:20.73 ID:2euMv+sS0
いや、変な勘繰りはやめよう。非番だ、そうに違いない。私は嗜む程度にしかお酒を呑まないけれど、この世に酒豪はいくらでもいる。昼間から呑んだっていいじゃないか。
それよりも今は彼女の提案に伸るか反るかである。体の痛みは慢性的だが、数日間ベッドで眠りっぱなしだったものだから、体の節々が固まってしまっているように思う。
日常生活に戻るのですら二週間程度を要するとは大淀の弁。しかし、歩けないことには何もかもが始まらない。それにずっと部屋の中にいては参ってしまう――体よりも精神が。海風が心の澱を吹き飛ばしてはくれやしないかと期待してしまう程度には。
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