161: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 00:43:30.84 ID:VqwG9xH+0
彼はこのみの向かいに腰掛けてから、グラスの中身を一口含んだ。
少しだけ間を開けて、表情を引き締めてから、このみに尋ねた。
「それで……なにか収穫はありましたか?」
162: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:05:17.73 ID:VqwG9xH+0
「あ、念のためオーディションのことについて確認なんですが……。」
彼はスーツの内側から手帳を取り出して、しおり紐の挟まれたページからぱらぱらと何枚かめくる。
目的のページを見つけたところで、彼は顔を上げた。
163: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:10:00.82 ID:VqwG9xH+0
「プロデューサー。その……。」
このみは、自分の中にある気持ちを言い表す言葉を探すようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
164: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:11:20.82 ID:VqwG9xH+0
「そう、なのね。」
自身の意識の中へ潜りながら、このみはそう返事した。
それは、暗闇の中手探りで失せ物を探すかのようだった。
165: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:12:08.44 ID:VqwG9xH+0
このみは、彼が自身の声をいつだって受け止めてくれることを知っていた。
殆ど呟くような声だったが、それは未だに不安も迷いも抱えたままであることを物語っていた。
そしてこのみは一呼吸ほどの間の後、彼に尋ねた。
166: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:12:56.66 ID:VqwG9xH+0
このみはその言葉を聞いても、表情は変わらないままだった。
彼は手に持ったままのグラスに目を向け、続けて言う。
「もちろんギリギリまで並行してアイドルの仕事もする、ということが出来ないわけではないですが……。」
167: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:13:28.76 ID:VqwG9xH+0
かつて、このみは彼が言うところの「無茶」をしたことがあった。
大変だとは分かっていたが、自分にとってそれができないとは思わなかったし、
最後まで責任を持って結論を出すことが、自立した大人としてあるべき姿なのだと思っていた。
実際、いまもその考えは変わっていない。
168: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:14:10.81 ID:VqwG9xH+0
だからこそこのみは、自身のいまの素直な気持ちを彼に伝えたかった。
それを届けることが、互いの願いだと知っているのだから。
「ねえ、プロデューサー。」
169: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:15:12.43 ID:VqwG9xH+0
胸に手を当てながら、このみは自分の中から出てきた気持ちをそのまま言葉にした。
それが自分の中でこんなにも育っていたなんてと、このみ自身も驚いていた。
このみは自身のグラスに目を移して、そっと左手で触れた。
思いを綴るたびにこのみの胸の中にまた言葉が浮き上がっていく。
170: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:15:55.10 ID:VqwG9xH+0
互いが互いの眼を見ていた。
しかし、先に目線を切ったのはこのみだった。
「けど……。」
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