21:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 17:59:08.18 ID:TXxgAIfuO
盗み聞きをするつもりはなかったと、その「つもり」はほとんど言い訳のようなものです。
「支払いはいつだったか」と神父様が訊ねました。
「一週間後ですね」とセイラムがこたえます。
22:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:00:01.72 ID:TXxgAIfuO
神父様とセイラムの普段の関係性を、私はまるであるカートゥーン・アニメに登場するネコとネズミのようだと、軽妙で調子の良いものだと考えていました。
けれど、そのときのふたりに横たわる空気はあまりにも重々しく、強張り、異常を響かせていたのです。
もう出会ってからずいぶん長いというのに、いまのいままで私が知らなかったふたりの顔。拍動する戸惑いと、静かに覚醒する恐怖に近い感情がありました。
23:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:00:38.01 ID:TXxgAIfuO
息詰まったような声が、セイラムののどから漏れました。
「お前、いつから」と言ったのは神父様です。
「……つい、さきほど。あの」
24:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:01:42.49 ID:TXxgAIfuO
私は午後の礼拝に参加する必要がなく、私室で気もそぞろに日暮れを待ちました。木造りの寝台に腰掛け、何を見るわけでもなく何かを見ているうち、虹彩が闇の訪れに反応を始めます。電灯をつけることさえ忘れていました。
少しののち、ノック音が響いて、扉の奥からオレンジ色の明かりが差し込んできました。
「……電気くらい点けようよ」
25:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:02:18.23 ID:TXxgAIfuO
「実はね。ここ、結構前から資金繰りに困ってるんだよ。ちょっと……っていうか、だいぶ?」
話はごく単純なものでした。
もともと、規模の小さなこの教会の運営は余裕のあるものではなかったそうです。
26:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:03:11.67 ID:TXxgAIfuO
「本当はね」
思索に沈みかかった私を、セイラムの申し訳なさそうな声が呼び戻します。
「貴女が十八になったら……正規に誓願を立てて、正式にシスターになる段が来たら。そこでちゃんと話すつもりだったんだ。どうしたって愉快な話じゃないから。こう言っちゃうと気を悪くするかもしれないけど、貴女はまだ、やっぱり子供だったから」
27:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:04:04.41 ID:TXxgAIfuO
「えっ。ちょ、ちょっと?」
慌てた声が聞こえて、私も慌てて目尻をぬぐいました。
「すみませんっ」
28:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:04:47.97 ID:TXxgAIfuO
なお慮るように顔を覗き込むセイラムに、私は努めて笑みを向けました。
「あの日。去年の聖誕祭に。言ったでしょう」
「……聖誕祭?」
「この居場所を一緒に守ろうと、貴女が。私は、はいとこたえたじゃないですか」
29:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:05:56.71 ID:TXxgAIfuO
私が神父様に意思を伝えると、彼はきわめてかしこまったふうに、「あらためてよろしくお願いするよ」とおっしゃいました。ほかのシスターたちも、私の選択を喜んでくれました。
心新たに、人心のためにさらに努めよう。私はそのように考えるようになりました。
――とはいったものの、私の生活が劇的に変わることはありませんでした。
30:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:06:31.20 ID:TXxgAIfuO
私も倣わなくてはと、そう考えました。
しかし、私が昼の休憩に求人のフリーペーパーをめくっていると、セイラムが有無を言ういとまもなくそれを取り上げたのです。
「貴女が働きに出る必要はないからね?」
31:名無しNIPPER[sage saga]
2018/07/14(土) 18:07:10.35 ID:TXxgAIfuO
私の顔を見て、セイラムの眉尻が下がります。
「こんな言い分を聞き容れてくれて、ありがとうね」
「……ずるいですわ」
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