2: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:18:31.36 ID:3cTkaN/s0
世の中に、教え子がアイドルになった経験を持つ教師はいったいどれだけいるのだろう。
きっとそういうコミュニティが存在するわけではないだろうが、僕もつい最近、その仲間入りをすることになった。
もちろん、アイドルだろうと政治家のご子息だろうと、教え子の一人であることに変わりはない。仕事の関係で休むことは増えたが、高校にいる間はウチのクラスの一員だ。
とはいえ。
3: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:19:39.05 ID:3cTkaN/s0
「……なんだよ」
「いや。不思議なものだなと思ってね」
アイドルとしてデビューしたのが神谷奈緒というのは、僕としては正直なところ意外だった。
4: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:20:28.97 ID:3cTkaN/s0
「もしかしたら教え子がアイドルに……なんて想像したこともなかったし、神谷が芸能界に興味があるなんて知らなかったからね。こうして補習してるのは、なんか、変な感じだ」
「ああもう、悪かったよ、それっぽくなくて!」
「いや、随分さまになってきたんじゃないかい? この間も男子連中が昼休みに、神谷のグラビアが載った漫画雑誌回し読みしてたし」
5: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:21:33.42 ID:3cTkaN/s0
「ああもう、なんでみんなアタシをからかうんだ……ほら、テキスト終わったから採点してよ」
「どれどれ……うん、ちゃんと理解できてるみたいだね」
「うっし!」
6: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:22:21.11 ID:3cTkaN/s0
コンビニに寄ってアパートに帰り、母からのメールを確認してテレビをつける。
「え……えー……今ナナは、高度何千メートルかの飛行機の中にいます! あれ、何百メートル……? もう、よくわかりませんけども!」
おそらくは、バラエティの企画なのだろう。テレビ画面では、自称宇宙人が飛行機の中で浮いていた。
7: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:23:29.20 ID:3cTkaN/s0
姉さんのことを、嫌っていたわけではない。ただ、少しずつ疎遠になっていってしまっただけ。
お互いに進学し社会人になると、忙しくなったこともあり頻繁に連絡を取り合うこともなくなっていった。両親に連絡を取る時に、姉さんの近況を母さんから聞かされるくらい……「夢に向かって頑張ってるらしいわよ」と。
姉の夢。幼い頃からずっと変わっていない……アイドルになること。
母さんはずっと応援し、小まめに連絡をしていたというけれど、心配していただろうことは想像に難くない。僕にだって孫の話が飛んでくるのだから、姉さんのところにだって見合い話の一つや二つは持っていっているはずだ。
僕も、おそらく父さんも。きっと適当なところで諦めがついて、就職なり結婚なりをするのだろうと想像していた。壁にぶち当たって限界に気づくのは、時間の問題だろう、と。
8: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:24:26.83 ID:3cTkaN/s0
外ではお酒が飲めないから、という理由で、会う場所はあっさりと僕の自宅に決まった。今日もアニメの収録があるのだという姉さんを、最寄り駅前のロータリーで待つ。
最後に会ったのは、確かいとこの結婚式だっただろうか。「菜々ちゃんは今をしているの?」という親戚からの質問に、父さんが答えに窮していたのが印象に残っている。
あの時姉さんは、なんと答えたのだったか。少なくとも、アイドル志望とかではなかった。なにか取り繕った嘘をついて、少し寂しそうに笑っていたはずだ。
後ろめたさからくるのだろう、姉さんが嘘をつくときの癖。両親に怒られる僕を庇う時も、先輩に他に好きな人がいると言った時も、姉さんは同じように曖昧な笑みを浮かべていた。それが痛々しく思えて、僕は嘘をつくまいと思いながら成長していった。
嘘をつくのが下手だった姉さん。それでも、ウサミン星人、なんてわかりやすい嘘を公言してテレビに出ている辺り、嘘をごまかすのは多少うまくなったのかもしれない。
9: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:24:59.89 ID:3cTkaN/s0
進行方向を指さし、道中スーパーに立ち寄る。自炊はするとはいえ大したものは作れないから、今日の夕飯は姉さんに一任することにした。カートにカゴを置きキャベツの葉の密度を見比べるその姿は、十七歳のアイドルだと言われてもあまり実感が湧かない。
「普段からちゃんと食べてますか? 半額のお惣菜ばっかり買ってません?」
「心配しなくても食べてるよ。米も買ってるし野菜ジュースも飲んでるし」
10: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:25:49.12 ID:3cTkaN/s0
自分の部屋の掃除はできないくせに、職場や他人の部屋の掃除はやたらとしたがる姉さんの性格を完全に忘れていた僕は。結局母さんがアパートを訪ねてきた時のように、姉さんに小言を言われながら部屋の大掃除をすることになった。
食事を終え、姉さんを送るためにアパートを出る頃には、夜はどっぷりと更けていた。
「えへへー、お姉さんの料理はおいしかったですかあ?」
11: ◆ANRdHn0Tts[saga]
2018/04/17(火) 08:26:52.50 ID:3cTkaN/s0
「母さんたちは、もう覚えてないかもしれないけどね。ウサミンは、子どもの頃にアニメを見てた生み出した、私の初めてのオリジナルアイドルなの。ずーっと憧れていた、十七歳の魔法少女……だからアイドルになろうって思ったときに、ウサミンになるって決めたんだ」
それが、ウサミン星から来た宇宙人を名乗る理由。永遠の十七歳を、自称する理由。
「もう後戻りできない。何をしたって後悔することになるなら……やりたいことを、やりたいだけやっちゃおう、って。ウサミンのことを笑う人がたくさんいたとしても……私と一緒に同じ景色を見て、楽しんでくれる人がいたら。ファンがウサミンを見て楽しんでくれたら、きっとすごく幸せだから」
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