810: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:20:49.88 ID:6D6vTS+OO
さきほど戸崎と会話したとき、永井は佐藤が今回の暗殺に不参加だった理由をたった一言で簡潔に述べた。うすうす予感していた嫌な可能性が実現してしまったときに出す、口ごもりと運命に対する呆れ果てた感情を交えた声音で永井は「あの人、飽きてる」と戸崎に言った。
佐藤はその本名をサミュエル・T・オーウェンといい、イングランド系の父親と中国系の母親とのあいだ生まれたアメリカ人であることがすでに戸崎たちには判明している。一九六九年、サンディエゴの新兵訓練場でサミュエル・T・オーウェンに出会った元海兵隊員カーター氏が語るところによると、ポーカーフェイスとの呼び名を持っていたサミュエルは徴兵された若者たちのなかでも際立って若く見えたとそうだ。
「アジア系の顔つきというのも理由だが、それ以前に彼は年齢を偽って入隊していた」とカーター氏は言った。つづけて彼は「身長一七三程度の小柄な男がココでやっていけるのか?」とサミュエルに対して最初に抱いた印象を戸崎に語った。
811: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:21:44.64 ID:6D6vTS+OO
カーター氏の次の回想はベトナム戦争終結後、米軍の完全撤退が完了してから一年が過ぎた、一九七六年のことだ。シアトルの自宅にいた彼に軍から一本の電話がかかってきた。アメリカ兵パイロット一名がいまだベトナム国内に捕虜として囚われているとの情報を入手した米軍は、とある理由からカーター氏をサミュエルが所属していた特殊部隊「チーム」に同行させ、ベトナムの奥地まで送り込んだ。そこは、戦争終結後も戦いはまだ続くと信じていた、ベトコンのなかでもとくに狂信的な集団百人ほどが潜伏している地域だった。危険極まりない地域だったが、そこへ侵入してゆく「チーム」の隠密行動は芸術的だった。身体の輪郭を暗闇に溶け込ませるすべを持ち、葉っぱひとつ揺らさずにジャングルを潜り抜けるすべを持ち、月明かりに立つ歩哨を音も無く暗闇に引きずり込み永遠に寝かせるすべを持っていた。「チーム」の技能をまの当たりにし、また自らも同様の行動(みずから技能をはるかに越えた行動をとれたのは、「チーム」の、とりわけサミュエルのおかげといってよかった。)をとったカーター氏は、得も言われぬ興奮と感動が胸に満ちていた。厳重な警備を瞬く間に抜け、サミュエルら「チーム」三名とカーター氏は捕虜を救出。カーター氏は捕虜となっていた弟を抱きしめると、弟もまたか細くなってしまった腕で兄を抱きしめた。これには「チーム」のメンバー二人も微笑みを浮かべた。あとはピックアップポイントまで後退すればそれで任務はおわる。
カーター氏は尊敬のまなざしを向けながら、サミュエルに脱出をうながした。カーター氏はにわかに興奮していた。またあの素晴らしい「チーム」の技能を眼にできる、その動きに加わり、弟とともに故郷に帰れる。
812: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:22:42.43 ID:6D6vTS+OO
サミュエルが、拳銃を抜き取り、銃口を地面に向けた。カーター氏は突然の行動にぽかんとし、「チーム」の二人も意味不明な行動に戸惑っている。二人はサミュエルの指が引き金にかかっているのを気にしていた。「チーム」のふたりと違って、カーター氏はサミュエルの表情を見ていた、いつものポーカーフェイスが、別の表情に変わるのをはじめて目撃した。
「プレイボール」
813: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:24:08.79 ID:6D6vTS+OO
本来ならそこで悪夢は終わるはずだった。あるいは、カーター氏の個人的な悪夢としてときおり思い出される程度のものとなるはずだった。
「だが、神は彼に……第二の戦場を与えてしまったのだ」カーター氏は消え去るような声でつぶやいた。
814: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:25:13.04 ID:6D6vTS+OO
中野「佐藤にはどんな作戦でいくんだ?」
中野がまた首を横にむけ訊いた。
815: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:26:43.84 ID:6D6vTS+OO
一階ではシャッターが開けられ、永井の作戦通りに多くの警察官がビル内に入ってきた。
戸崎はセキュリティ・サーバー室から田中の侵攻ルートを説明して、警官を各階に配置していった。
816: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:27:34.74 ID:6D6vTS+OO
アナスタシアは無線越しに永井の声を聞いていた。永井の口から無意識のうちに溢れ出た不安の感情はアナスタシアをむしろ納得の気持ちにさせた。それは永井のつぶやきがアナスタシアの内面の心情と一致するからだったが、それ以上に責任感と重圧の間隙から感情が垣間見えるという心理的葛藤のあり方に姉と弟とのつながりを見出したからだった。
アナスタシアはいまになってようやく、ここにいる明確な動機を掴んだ気がした。
817: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:28:26.96 ID:6D6vTS+OO
黒服たちはめいめい装備を点検し、ソファやキャビネットを応接室の入り口付近に縦に配置し身を隠す壁代わりにした。
準備が終わり、静かな待機の時間がまた戻ってきた。
818: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:29:16.34 ID:6D6vTS+OO
真鍋「今回の仕事が終わったら、この稼業から足を洗おうと思ってる」
黒服2「やめてどうする、真鍋」
819: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:30:08.46 ID:6D6vTS+OO
黒服2「平和なんてハリボテの上で暮らすなんざ、いまさら気乗りしねえからな。なあ?」
黒服1「金が貰えればなんでもいい」
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