719: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:17:38.18 ID:jiMS7eDVO
そう言って、佐藤は頭ひとつ投げてよこした。ごろごろ転がってきた。完全な球じゃないから、ときどきぽんと跳ねたりした。眼の前にやってきたそれは長い亜麻色の髪をなびかせ、ぴたりと止まると、その顔を見せた。
美波の顔をしていた。
720: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:19:28.54 ID:jiMS7eDVO
アナスタシアは眼を覚ました、汗びっしょり、三十秒してようやく眼が自分の部屋の天井を認める、あまりの悪夢に泣きたくなる、息を吐く、ベッドから這い出ようとする、パジャマがべっとりしている、冷たい感触に嫌な予感をおぼえる、掛け布団をめくる、人型の染み、地図にはなってない、安堵ともに気が抜ける、落ちるようにベッドから出る、しゃがみこみベッドの縁に頭を預ける、が二度と眠れそうな気がしない。
頭を沈み込ませていると、頸椎に押され皮膚が伸びてゆく感じがした。アナスタシアは額にマットレスの反発を感じつつ、頭のことを考えた。額から後頭部にかけての丸み、そこから首の付け根までを頭のかたちとして意識する。首の後ろの皮膚を張り出している首の骨、ここを絶たれると亜人も死ぬ。正確には断頭され、その頭部を回収範囲外に置かれたまま復活すると新たに頭部が作られる。そのとき、断頭された方の頭部、生まれたときから存続してきた意識は死をむかえる。
721: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:20:45.91 ID:jiMS7eDVO
永井は宗教的な意味での魂とかスワンプマンの思考実験などといった方向から説明するのを一瞬であきらめ、中野とアナスタシアのスマートフォンを頭に見立てて説明することにした。
永井「これをもともとのおまえらの頭部だと思え」
722: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:22:04.22 ID:jiMS7eDVO
中野「おれのケータイ投げたの?」
永井「そうだけど」
723: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:23:33.66 ID:jiMS7eDVO
中野「おい、ケータイ見つかんねえぞ」
中野が助手席の側に寄ってきて、永井に話しかけてきた。
724: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:26:02.27 ID:jiMS7eDVO
中野「手伝ってくれ、永井」
永井「指が擦りむける」
725: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:27:22.78 ID:jiMS7eDVO
中野は膝まづいて側溝にぽっかり空いた暗闇に眼を凝らした。眼が形を判別すると、手を伸ばし闇のなかを探る。指がスマートフォンに触れる。
側溝から取り出し、おそるおそる起動させる。パッと画面が明るくなる。傷ひとつない。中野とアナスタシアは安心と感嘆が入り交じった声をあげる。
726: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:28:56.61 ID:jiMS7eDVO
九月になり、すこしずつ日の出の時刻は遅れ始め、カーテンを開けてみてもまだどこか薄暗い。アナスタシアはぼおっと窓の外を眺めていると、だんだんと風景に光の量が増えていく様子が眼に映った。
外を見ながら、アナスタシアは友だちはもうすぐ学校に行くのだろうと考えた。でも、わたしは別の場所に行く。
727: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:31:40.47 ID:jiMS7eDVO
「来いよ。佐藤」
永井は佐藤に宣戦した。ミニガン・ターレットが獰猛に吼え、ヘリポートが剥がれ散り、ビルの上部が喰い千切られる。永井の身体もばらばらに吹き飛ばされる。だがその直前に走馬灯、またも時間の分割、痙攣、細かな震動の刹那の合間に存在する停止、そこに佐藤の“表情”が見えた。
728: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/11/04(日) 21:33:09.73 ID:jiMS7eDVO
だれか私にこう言った者がありますよ──それがだれだったかはもうおもいだせまんけれどね──、朝目がさめて、少なくとも大体のところで、すべてのものが動かされずに、ゆうべ置いてあったとおりの同じ場所に置いてあるのを見つけるのは、なんといってもすばらしいことだ、とね。なぜといって、睡眠中と夢のなかでは、人は少なくとも見かけたところ、起きているときとはまったく違う状態にいたわけですからね。まったくその男が言ったとおりなんですが、目をあけると同時にその目ですべてのものを、いわばゆうべ置きはなしにしておいたのとおなじ場所にとらえるというためには、無限の沈着さがいることですし、沈着さというよりは、むしろ機敏さのいることなんです。ですから目のさめる瞬間というのも、一日のうちでいちばん危険な瞬間なのだ、自分のいた場所からどこかへ連れ去られて行ったりはしないで、その危険な瞬間が克服されてしまえば、人は一日じゅう自信を持っていられる、というわけなんです。
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