【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】

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772 :【42/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 22:48:24.59 ID:tre1gbsN0
淡い色彩の花束をそっと窓位提督が眠るベッドの隣に置いて医務室を去る山城。部屋を出ると扶桑が待っていた。

扶桑「今は眠っているけれど、もう意識を取り戻したそうよ」

山城「そうですか……良かった……」

扶桑「どうしてあんなことをしたの? 私は彼のことをほとんど知らないわ。けれど、山城と一緒に居たあの人はとても幸せそうだった。
山城だってそうだったはずよね。あなただって、こんなことはしたくなかったはずよね……?」

敬愛する姉から向けられる疑念。山城は扶桑の問いかけに答えられるはずもなかった。自分でもなぜあんなことをしたのか分からない。
扶桑の話をされて、自分が抱いている感情を見透かされたようでひどく動揺した。いてもたってもいられなくなって、気がついたらこうなっていた。
扶桑を納得させることの出来るような理由が山城には見つからなかった。それでも扶桑は彼女の無言を許さない。

扶桑「ここでは話しづらいでしょう。私の部屋に来てもらえるかしら」

・・・・

雑然と物が散らかった山城の部屋とは違い、扶桑の部屋は隅々まで入念に掃除されているようだった。畳のある和室で、い草の匂いがほのかに香る。

扶桑とこうして一対一で話すことは少なくなかった。だが、扶桑からこうして畏まった態度を取られるのは山城にとって初めてのことだった。
机を挟んで向き合う二人。山城は見るからに心に余裕がなく、憔悴しきった様子だった。泣き腫らした赤い目。

山城「決して彼が憎かったわけではないんです……。むしろ……私みたいなのを気にかけてくれていて、感謝しています……。
だから、自分でもどうしてあんなことをしたのか分からなくて。気が動転していて……姉様の話を出された時、自分の中で何かが抑えきれなくなって……」

途切れ途切れに不器用な言葉を吐いていく山城。山城からすれば自分なりの言葉を一つ一つ伝えているつもりだったが、扶桑にとっては容量を得ない返答に感じられた。

扶桑「……山城。私と最初に出会った時のことを覚えているかしら。あなたはつっけんどんの跳ねっかえり娘で、とてもささくれていたわよね。
人から向けられた好意を素直に受け入られないどころか、好意を向けられれば向けられるほど心を閉ざしてしまうような難儀な子だったわよね」

扶桑「でも、『私の妹になりたい』と申し出てからのあなたは……少なくとも私の前でのあなたは、優しくて心の温かい子。どうして私に接するように彼と向き合えないの?」

山城「ごめんなさい。分かりません……。けれど、彼と姉様は違います……うまく言えないけれど、違う。姉様に命を助けてもらったご恩で……今の私がいるんです。
身を呈して守ってもらっていなければ私は海の底に沈んでいた。あの姿を見て姉様みたいになりたいと、心からそう思った。けれど……なれなかった……」

山城「未だに心は弱いままで、身近にいる大切な人さえも傷つけてしまう。姉様に近づけば、姉様の妹になれば、自分の中で何かを変えられると信じていた。
少なくとも最初はそうだった。けれど……何も変えられなかった。深みにはまるように姉様に依存していくだけだった。……」

突っ伏して握り拳を机の上に小さく振り下ろす。歯ぎしりながら言葉を続ける。

山城「私は……ッ! 山城は。扶桑姉様のことをお慕いしておりました。そして今も……。私の世界は……気づけば姉様だけになっていたんです」

伏せていた顔を上げて扶桑を見つめる山城。その視界は涙で歪んでいて、目の前の扶桑でさえも遥か遠くの蜃気楼のように見えた。

山城「女が女に惚れるなど……道理に反しているのでしょう。気色悪いと思うでしょう。なおも……私は姉様への感情を殺しきれなかった……!」

山城は、兼ねてから同性愛に対する侮蔑を抱いていた。だがそれは、そう思うことで自分自身を抑圧して律するためだった。

山城「本当のことを言ったら、扶桑姉様に嫌われてしまうから! ……隠し通したかった。誰にも知られたくなかった」

扶桑(こうなったのは、私の責任でもあるのかもしれないわね。山城の心に抱えた孤独の深さに気づいてあげられなかったから……)

山城「彼は優しいから……つい気を許してしまったの。それで、姉様のことを話しすぎてしまったのだわ。
私が姉様を愛していたことも、私が持つ残虐な一面も、隠していたことは全て知られてしまった。彼には私の醜い本性など、知られたくはなかった」

山城「でも知られてしまった。軽蔑されると思った……きっと見放されると思ったから。……そうなる前に、無かったことにしたかった」

山城「提督も姉様も、人として出来すぎているから……私は、本当の自分を隠していないと傍にいることも出来なかった。
たとえそれが自分を偽った姿だったとしても幸せでいられた! でももう……おしまいだわ。提督とも……姉様とも……!」

扶桑「山城。たしかにあなたの告白には驚いたわ。今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。辛かったわよね」

扶桑「私は同性を好きになったことがないから、あなたのことを恋愛的な意味で好きになるためには少し時間を要するかもしれないわ。

扶桑「けれど、山城が私を愛してくれるというのなら……私も愛情で返したいと思います」

山城「姉様……うそ……!?」

扶桑「よく聞いて山城……あなたは一つ勘違いしている。人が人を愛する、そのことに性別なんて関係ないの」

扶桑「窓位提督と話したことはわずかだけれど、彼だって、山城が私を好いていることを知ったぐらいで態度を変えるような人じゃないわ。
山城が自分のことを間違っていると思い込んでいるだけ。彼に嫌われてしまうと思い込んでいるだけだわ」

扶桑「あなたはもっと視野を広く持ちなさい。傷つくことが怖いのは私も一緒。恥をかくことが怖いのは私だって一緒。私も愚痴や不満を言いたくなることもあるわ。
でも、周りの人たちが支えてくれるから。落ち込んでいても仕方ないって、私なりに頑張ろうって思えるの」

山城「姉様……私は、どうすれば……。山城は……」

扶桑に自分の愛情が好意的に受け入れられた喜び、窓位提督を傷つけてしまった罪悪感、自分の惨めさへの自戒と自嘲。
様々な種類の心情が綯交ぜになり混乱し、山城は不意に涙を零していた。彼女に身を寄せて優しく抱きとめ、なだめる扶桑。

扶桑「あなたを支えてくれる人の存在に気づきなさい。身近にいる人の大切さに気づきなさい」

扶桑「今は気が済むまで泣いていいわ。でも……落ち着いたら。再び前を向こうという気持ちが戻ったら、彼に会って話をするのよ。出来るわよね?」
773 :【43/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 23:17:19.41 ID:tre1gbsN0
呉鎮守府の医務室。大将や元帥らが見舞いに来てくれたようで、菓子類がベッド周りに積み上げられている。
窓位提督はその量からして三日ほど寝込んでいたのだろうと推測した。

戸が開く。のそ……と重い足取り。その最初の一歩で誰か分かった提督は、にこりと笑みを浮かべた。

山城「……ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのは、分かっているけれど。償いきれないことだとは、分かっているけれど」

提督の横たえるベッド近くの窓から、低気圧が過ぎ去った後の晩夏の風が流れ込む。
白いカーテンが風にそよいでいる。窓から入る日差しの烈しさも少しずつ和らいできたようだった。

提督「許すよ。後悔ないって言ったでしょ。償いなんていらないさ。山城がいつも通りに笑っていてくれれば、それでいい」

山城「どうして……? あなたの命を絶とうとしたのよ? 許されるようなことじゃないわ」

提督「許すさ。謝られるほどのことじゃないんだよ。山城が触れられたくない痛みに、無神経にもボクは触れてしまった。だからキミから制裁を受けた。これでおあいこ」

山城「あなたに落ち度なんてないわ。……そう、私は、姉様のことを愛している。あなたの言う通りだった。けれど私は、同姓を好きになるなんて異常だって考えていたの。
男の人を好きにならなければいけないものだと思っていたから。それが当たり前だと信じて疑わなかった。自分の頭がおかしくなったんだと感じて気持ちを抑えてきた」

山城「でも……あなたに指摘された時。押し殺してきたはずの想いを目の前に突き付けられたように感じて、耐えられなくなった」

提督「お姉さんはなんて言ってた?」

山城「女同士で愛し合ったとしても、おかしなことじゃないって。互いに愛し合っているのなら、性別なんて関係ないと言っていました。
予想外でその時は驚きましたが……姉様が言っていること、今は正しいと思います。私の秘めていた想いも、受け止めてくれました」

提督「うん、そうだよ。性別も国籍も、生まれや育ちも、肌の色や体型だって関係ないはずなんだ」

提督「山城……少し真面目な話をさせて? ボクの自分語りだけど、キミに伝えたい。ボクの触れられたくない、心の痛みの話をする」

固唾を呑んで頷く山城。提督は真剣な面持ちで口を開いた。

提督「ボクは、見かけの上では大人になれない。そして人に体を触られて温もりを感じることができない。ここまでは山城も知ってるよね」

提督「子孫を残すことだけが生命の目的だと言うのなら、ボクはその使命を果たせない。ボクは……男でなければ女でもない。
ひょっとすると人間ですらないのかもしれない。昔子供の頃、作り物の人形や化け物と同じだって、そう言われたことがあるよ。今でも忘れない」

提督「ボクはずっと前に、女性として生きていたんだ。便宜上のね。長い髪を生やして、お洒落をして。
ボクは“人形のよう”だったから、可愛く着飾ればすぐに男の子が寄ってきたよ。女の子からもちやほやされた。悪い気はしなかった」

提督「だけど……忘れない。ボクを“人形のよう”に扱った人たちのことを。ボクを“人形のよう”に壊した人たちのことを。今でも、許せるか分からない。
ボクはそれからずっとずっと悩んでいたんだ。命を遺せないボクは、何もこの世界に生きた証を残すことができないボクは……本当に人形なんじゃないかって」

提督「両親や、当時のボクを支えたくれた人たちのおかげだ……再びボクが人を愛せるようになったのは」

提督「『人に優しくできる人間が一番カッコいい』。これはボクの信条であり……亡くなったボクの父から受け継いだ信念だ。ボクの父も提督だった。
戦いで命を落とした父に代わって、この呉鎮守府の元帥を母は以前務めていた。母も口にこそ出さないものの、父と同じ意志を持って戦ってきた人だ。
兄は提督ではないけれど、やはり優しくてカッコいい人だ。いつだって親身に相談に乗ってくれた。一時は恋慕を抱くこともあった」

提督「ボクは生きた証を残せない。愛を育んだところで、形にすることは出来ない。けど今は……ボクはそれすらも自分自身の運命として受け入れている。
たとえ仮に人形だったとしても……ボクは父や母の精神を受け継いで生きるんだ。これがボクの存在証明。これがボクの今を生きる理由」

提督「こうやって男性の姿をしているのも、ボクなりの覚悟の現れ。名前も一度変えている。父と母から一文字ずつ貰った名前。
『人に優しく生きる』、それを貫き通すために生きてるんだ。だから。キミから向けられた殺意すらもボクは温情で返すんだ。それに……」

提督「キミもきっと本当は優しい人だから。ボクのことを殺してしまう前に、どこかで踏み止まってくれると読んでいた。その通りになったよ」

提督「ボクとキミとは、合わせ鏡のような存在なのかもしれない。キミの痛みは、ボクにも分かるところがある。
ボクの痛みも、優しいキミならきっと分かってくれると思った。だから話した。……これはボクと山城だけの秘密にしてね」

山城「提督は……私よりもずっと辛い人生を生きてきたのですね。ただ周りに恵まれているだけの人だと思っていました。本当にごめんなさい……」

提督「不幸や苦しみの度合いなんて比べるものじゃないさ。ボクはボクなりに辛かった、けど今は克服した。キミもキミなりに辛いことがあった。
それでも今、キミは乗り越えようとしている。前を向いて歩き出そうとしている。罪の意識を感じたり気後れしたり……そんなのはしなくていいんだよ」

提督は、山城の両手を包み込むように握りしめる。

提督「怖くないから……もう、独りぼっちじゃないから。依存するんじゃなく、手を取り合って生きよう? 今のキミなら出来るはずだよ」

・・・・

山城への処遇は、艦娘への処罰の中では最も重い解体処分になることと相成った。もちろん、その決定を受け入れるわけにはいかない。
窓位提督と山城は、芯玄元帥や他の大将にひたすら頭を下げ、どうにか謹慎期間が三倍に延びるだけで事を済ませたのだった。
山城の処分の一件が収束し、彼女の部屋の前で顛末を報告する提督。胸を撫で下ろしている。

提督「作戦開始直前の忙しい時期なのに邪魔しちゃったのは元帥がたに申し訳なかったけど、頼んで回った甲斐があったよ! 山城が解体されないでよかった。
さすがに数ヶ月の謹慎ともなると暇でしょ? その間ずっと出撃も演習も出来ないからね……山城が退屈にならないように、ちょくちょく遊びに来るよ」

山城「あの……提督は毎日色んなお仕事をしていて、立派、ですよね。みんなの役に立っていて……掃除とか、洗濯とか……。
私も一緒にやっていいですか? 謹慎中はどうせ暇……ですし。邪魔にならなければで良いんですけど」

提督は二つ返事で快諾した。
774 :【44/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 23:42:18.91 ID:tre1gbsN0
山城がボクの仕事を手伝ってくれるようになってから、すごく助かっている。
ボク一人じゃ踏み台や脚立を用意しなければいけないような作業も、長身の山城がいればあっという間に終わる。
艦娘だけあってボクにとっては重労働に思えるような、体力を使うハードな作業もなんのそのだ。
給料が支払われているわけでもないのに嫌な顔一つせずボクに付き合ってくれている。

提督「うーん、働き詰めだと時間が過ぎるのも早く感じるね。つかれたつかれた、とりあえず今日は一段落だ」

山城「提督。もしよかったら晩ご飯ご一緒しませんか? ちょっと食材を買いすぎちゃって……」

提督「いいね、お言葉に甘えようかな。さては扶桑が今日から出撃なのに普段と同じ量を買ってきちゃったんだな〜?」

山城「……バレましたか」

普段山城は扶桑と夕食を共にしている。二人の仲は順調なようで、時たま散歩という名目でデートしているのを見かける。
そういえば、最初に山城の部屋に入った時は物が結構散らかってたような……下着とかも落ちてた気がする。
さすがに最近は扶桑も出入りするせいか、かなり綺麗にしているみたいだけど。
あの時は謹慎を言い渡された直後で、掃除する気力も無かったのかもなあ。

・・・・

エプロン姿で台所に立っている山城。ボクも手伝おうとしたが、自分でやるからいいと止められてしまった。
窓から差し込む夕陽、その穏やかな薄紅色の明かりに照らされている山城の横顔。

……鍋からグツグツと小さな音が聞こえる。カレーの匂いだ。ボクは特にすることもなく頬杖をついていた。

提督「攻略作戦が始まって、やっぱり皆ピリピリしているね。艦娘たちも少し余裕がなさそうだ。
普段だったら掃除とか手伝ってくれるんだけど……今日はみんな忙しそうだったよ」

山城「レイテ沖攻略……ですか。姉様は大丈夫かしら……」

山城「いいえ、姉様はきっと無事に帰ってくるわ! 私が信じないでどうするんですか!」

不安げに呟いた後、打ち消すように小さくガッツポーズしている山城。

提督「山城……変わったね。前より明るくなったよ。それに、最近はボクや扶桑以外の艦娘たちともちゃんと話せてるよね。立派立派」

山城「あの……私が他人と会話する能力がないように言わないでもらえませんか? 私だって世間話ぐらいはできますよ」

提督「失敬! けど、前と違って親しみやすいっていうかさ。『近寄りがたい人だと思っていたけど、話してみると案外面白い人だった』って評判みたいだよ」

山城「何をもって面白いと思われてるのかは分からないけど……提督のお手伝いをするようになってから、他の子たちと喋る機会は増えましたね。
向こうから話しかけてくるものだから最初のうちは戸惑ったけど。でも、慣れてみると悪い人たちじゃないって思ったわ」

山城「って……提督と会う前からずっとここにいたはずなのに『慣れてみると』って言うのはヘンね。でも、なんだか新鮮な感じするの。
前は他人と話すことなんて時間の無駄だと思っていたから。提督や姉様のおかげかもしれないわ。少しだけ成長できました」

提督「成長といえば……。最近は『不幸だわ』も減ってきたよね。ツキが回ってきたんじゃない?」

山城「自分では気づかなかったけど、言われてみればそうかも……。いえ、相変わらず酷い目に遭うこともあるのだけれど。
でも……確かにそうね。結局あれも私の不注意や不用心のせいで引き起こされてた節もあったから」

山城「艦娘の強さは精神的なコンディションに依るのでしょう?
私が自分で自分を不幸だと思い込むことで、注意力や判断力も低下してしまったんじゃないかしら」

提督「そうかもしれないね。……」

ふと思ったことは、山城はもうボクが居なくても平気だろうということだ。ここまで過去の自分を客観的に分析できている。
自分で自分に課していた呪いを、最後には乗り越えることができた。そして、最愛の姉である扶桑とも結ばれた。

ボクもいつか、また誰かに恋心を抱いたりするのだろうか。特別な感情を抱いて、仲睦まじく手を繋いだりする時が来るのだろうか。
提督になることを決意した時から、『人に優しく生きるんだ』と決心した時から、忘れていたそわそわした感覚を思い出した。
……思い出したところで、どうにかなるわけでもないけど。

山城「提督? どうしました。眠いんですか?」

気が付くと目の前にはカレーの乗った皿が置かれていた。ああ、せめて配膳ぐらい手伝ってあげればよかったな。ボーッとしてた。

・・・・

ボクは珍しく一人になりたい気分になって、なんとなく鎮守府内を散歩していた。古びた桟橋が海に伸びている。
夜の帳に満月と星。海面を照らす大小の光。ちょうどいい、ここにしよう。ほっと一息ついて腰かけ、空を眺める。

提督「……あー」

キラリと星が流れていく。参ったな、願い事なんて考えてなかったよ。ザンネン。しょんぼりだ。

提督(でも、ま……いいか。満天の星空に美しい満月。それが見れただけでも幸運だ)

山城「提督……? どうしたんですかこんなところで」

提督「たそがれてるんだ。山城こそどうしたの?」

山城「姉様がいないからなんだか人恋しくて……提督に話し相手になってもらおうと探してたんです。迷惑でした?」

提督「いいや……むしろ光栄さ。暇だったからほっつき歩いてただけだからね」
775 :【45/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/02(金) 00:03:50.24 ID:FvHZuL/t0
本当は一人になりたかったけれど、だからと言って拒むほどでもない。それに、山城と話しているのは楽しいから、これはこれでいいんだ。

山城「提督は、何か山城にして欲しいことはありますか?」

提督「? 急にどうしたのさ。どういう風の吹き回し?」

山城「提督の夢はなんだろうって、ふと考えたんです。でも、想像つかなくて……。
今の提督がいるのが、かつて提督を支えてくれた人たちのお陰であるように。今の私がいるのも提督のお陰」

山城「だから……あなたの望みを叶えてあげられたら、って思ったの。山城が力になれることであれば……ですけど」

空を見上げれば金色の月が宵闇を照らし、水面は星々の光が揺らめいている。
美しくも幻想的な空間。その幻想の中で、唯一絶対的な存在としてボクの瞳に映るのは、目の前の山城だった。

山城の頬は、先刻の夕陽から少しだけ紅色を分けてもらったのか、仄かに赤らんでいる。
じっと背の低いボクのことを見つめている。ボクの言葉を待っている。

提督「ボクの望みは……。ボクが欲しいのは」

提督(山城の心、なのかもしれない)

提督「ボクが欲しいのは、生きた証。不確かなボクを、より確かにしてくれる根拠」

提督「それは知性であり、品性であり、紳士性……なのかな。言ったでしょ? ボクは『人に優しくする』、その信念を体現するために生きている」

山城「何かこう……具体化できるものはないかしら? 私にも理解できるようなスケールのもので」

提督「そうだなぁ……。歴史のページに名前を残すような人になれれば、生きた証を残せると言えるのかもしれないな。
あ……これも具体性ないなあ。う〜ん……保留でいい? なんか、パッと浮かばないや」

山城「そう、ですか……なら仕方ない」

・・・・

窓位提督と山城はレイテ沖の攻略作戦が佳境に差し掛かってもお構いなしで、地道かつ誠実に雑用を行い続けた。
清掃・衣類の洗濯・食事当番・水回りの掃除のみにその活動は留まらず、エアコン修理に大将らの書類整理、疲労した艦娘のマッサージ、果ては猫の世話まで。
二人の働きぶりは呉の鎮守府内でちょっとした評判となり、凸凹コンビならぬ凹凹(ボコボコ)コンビと呼ばれ親しまれている。
災難な目に遭うことが少なくなく、傍目からは厄介で面倒な仕事ばかりを引き受けているように見えるからである。
もっとも提督も山城も自発的に行っているのであり、それらの仕事や奉仕活動を災難だとは思っていない様子だった。むしろやりがいを感じているらしかった。

そんな折、窓位提督は芯玄元帥から相談を受けていた。

芯玄「朝早くから悪いな。お前が居てくれるお陰でオレも朝潮も楽が出来ている。
それから、大将連中との仲を取り持ってくれてありがとうな。助かってるぜ。
お陰で、最近は少しだけ認めてもらえてるらしい。もっとも、まだまだ結果は伴なっちゃいないがな」

提督「いやいや。元帥が頑張ってることを大将の方々に伝えてるだけですから、元帥のお力で信頼を勝ち取ったようなものですって」

芯玄「はは。世辞がうまいなお前は。いや……相談というのはな。これを見てくれ」

元帥に海域図を見せられる。図にはところどころペンで書き込んだ跡がある。

芯玄「佐世保や柱島と連携して、ようやく今ここまで来てるんだ。一見優勢に見えるが、そろそろ戦場にいる艦娘たちを撤退させなければ身が持たねえ。
そして勝つためには最後の一押しが足りない。ここで退いたら、恐らくまたやり直し。艦娘たちにも更に苦しい負担を強いることになっちまう」

芯玄「一回きり、使えるのは一回きりの荒業だが……試してみたいことがある」

・・・・

突然工廠へと呼び出された山城。わけもわからないまま艤装を弄られていた。

山城「ちょっ、ちょっと何かしら!? 説明してちょうだい!」

提督「行くよ山城。出撃だ!」

山城「ていと……えっ? 今なんて!? 私まだ謹慎期間中じゃない。無断出撃なんてやらかしたら今度こそ解体されちゃうわ」

提督「特例が出た、元帥直々のお達しさ。これはボクと山城しか遂行できない。行こう、ボクも一緒さ!」

いつの間にか山城の背中の艤装に、大きめの段ボール箱一つ分ぐらいの金庫に似た鉄塊が取りつけられている。
そのことに彼女が驚いている隙に鉄塊の蓋を開けて中に入る提督。

提督「計算上、山城の艤装とボクの体型でならぎりぎり実現可能らしい。目的地はもちろんレイテ沖……! いざ出撃だ!」

・・・・

芯玄元帥の話によると、戦場の艦娘を大破状態から全快まで回復させ、かつ、燃料や弾薬まで補給できるという切り札があるという。
“応急修理女神”と名づけられた、艦を救う妖精の存在だ。一度女神がその力を発揮すると、二度とその力は使えなくなってしまうため『一回きり』とのことである。

女神は基本的に艦娘に対して(なぜか)冷淡であり、装備品と一緒に括りつけて出撃でもしなければ力を発揮してくれない。
一方で人間には比較的素直に応じてくれるらしく、指示さえすれば無関係な艦娘の修理までついでにやってくれるらしい。
山城の補強増設内は窓位提督と彼の腕の中や服の中にひしめき合う女神たちですし詰め状態ではあったものの、彼女たちが不満げな様子を見せることはない。

窓位提督と山城に与えられた任務は、この女神をありったけ引き連れて主戦場まで向かうことだった。
776 :【46/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/02(金) 01:08:28.51 ID:FvHZuL/t0
スリガオ海峡 深海中枢泊地沖。硝煙が立ち込める。砲火の応酬がやまない。

瑞鳳(昼はなんとか被害を抑えたもの……やはり夜戦になると大破の艦は出てしまうわね)

利根「撤退命令! 撤退命令はまだか! このままでは轟沈の被害が出てもおかしくないぞ……!」

瑞鳳(一部の艦隊が撤退を始めているわね。うちはまだ大破の艦が出ていないからもう少し持ちこたえられるでしょうけど……)

秋月「この秋月、艦隊を守る盾となる覚悟です! 大破艦は航行可能な限り遠くへ!」

探照灯を敵戦艦の群れに照射して挑発する秋月。弾幕にかすりながらも直撃弾だけは見事に避けている。

扶桑「山城が……待っているもの……! ここで倒れるわけにはいかないわ……」

額から血を流しながら敵を睨み続ける扶桑。既に大破の状態であり、敵の砲か魚雷を一撃でも食らえば沈んでしまうだろう。
彼女の速力では戦場から逃げることもかなわない。敵の艦隊全てを討ち取るまで戦い続けるしかなかった。

提督「間に合ったか……!? みんなを助けてあげて。行ってきて!」

補強増設の中から次々に応急修理女神を開放していく提督。

山城「各艦は私を顧みず前進! 大破艦も転進して迎撃態勢へ。敵を撃滅してくださァーい!」

咆哮とともに、祝砲と言わんばかりに前方の敵艦隊めがけ砲撃を放つ山城。

五十鈴「これで戦える! 敵を掃討しますッ!」

朝雲「あ、噂のボコボコの二人ね。恩に着るわ!」

山城「ボコボコ……?」

提督「……ボクたち、凹凹コンビって呼ばれているらしいよ。なんでだろ」

山城「フッ……上等じゃないの。確かにその通りだわ。目の前の敵を“ボコボコ”に叩きのめすのが今日の私の仕事なのでしょう?」

提督(女神を戦場に届けたら帰って来いって元帥から言われてるんだけどナァ……)

・・・・

芯玄元帥の奇策が功を奏して、連合艦隊は破竹の勢いで猛進し敵を打ち破った。レイテ沖海戦は無事に終結した。
策に貢献した窓位提督には大将の地位が与えられ、舞鶴鎮守府に正式着任することになった。
山城もまた戦場での活躍が認められ、恩赦に近い形で謹慎を解かれ今では方々の戦場に引っ張りだこな様子だ。

窓位提督が呉を離れなければならない最後の日が訪れた。彼は山城の部屋を訪れていた。

提督「キミとは長い付き合いだったから、最後に会っておこうと思ってね。ボクが居なくても平気かい?」

山城「寂しくはなりますが……今は一人じゃありませんから。いいえ……今も、ですかね。気づけたのは提督のお陰ですが」

提督「そっか! ……良かった良かった。安心だよ」

山城「あの戦いまでは、私は敵に対して殺意を高めることで力を発揮していました。
ですが……提督と駆け抜けたあの戦い以降、守りたい人のことを強く想うことで殺意を凌ぐ力が出せるようになりました」

提督「物騒だなあ、目を輝かせて言うようなことかよぉ……。イキイキしてるようで何よりだけどさ」

提督(事実……あの作戦での山城は相変わらず荒々しかったけれど、前の演習みたいに形振り構わず敵を倒すという感じではなかった。
全力全開ではあるもののどこか冷静で、周囲を気遣っているような精神的余裕を感じた)

山城「深海棲艦を倒すのが艦娘の仕事ですから。あ。提督は艦娘と違って貧弱なんですから、お体に気をつけてくださいね。お菓子ばっかり食べてちゃダメですよ?」

提督「うん……そうだね、気をつける。(話すことなくなっちゃったな……それに、時計を見たところもうここまでかな。ははは)」

くるりと身を翻し、帽子を目深に被り、一歩踏み出す提督。

提督「短いけど、もう時間なんだ。……また会おう。またいつか」

窓から差し込む夕焼けの灯りが時を報せる。

提督(結局のところ、ボクは山城に気持ちを伝えられずじまいだった。……今更になって惚れてることを自覚するんだから遅いよね。
いや、自覚したところで変わりはないか。ボクは『優しい』男だからな。要らんことをして彼女の気を乱すような真似はしない、紳士だもの)

山城の返事もなかったので、提督は部屋の扉をそっと閉じようとした。しかしドアノブに手をかけ扉を開ける山城。
提督を部屋に引き寄せて再び扉を閉める。彼の小さな背丈を体全体で包み込むように抱き締める山城。提督には彼女の意図が読めなかった。

山城「最後まで……あなたは優しい人なのね」

提督「……?」

山城「また会いましょう。また、いつか。提督の傍にいられる日を、待ってますから」

山城はそう言って提督の頬に口づけし、すぐに身体を開放した。扉を開け、退室を促す。
提督は困ったような微笑みを山城に返し、急ぎ足で部屋を去っていった。
夕焼けに消えていく提督の姿を山城は見送った。窓から入り込む秋の風は、夏の終わりを静かに告げた。
777 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/09/02(金) 01:52:01.08 ID:FvHZuL/t0
3章はこれでおわりです。4章に関する情報は>>771を参照ください。

相変わらず投稿予告日からズレたりしてすみませんでした。結局「最悪でも夏イベ終わるまで〜」とか言ってたのに夏イベ終わってるじゃんという。
いちおう甲クリアして掘りも済みましたが、今夏はめっちゃ忙しくてあんま艦これやる時間取れなかったっすね。まるゆ掘りしたかった……。

今回の章の雑記いきます。
(例によって深夜のテンションで書いてるものなので色々ご容赦ください)



ストーリーなど:
まず、前の章でスターシステム的な扱いで前作主人公ズを出してましたね。パラレルだから許されるよってな感じでした。
ところがどっこい今回の章では繋げてしまいました。シェアワールドってやつですかね。
前の主人公とか出てくると途端に話がややこしくなるのですが、今回はお題レスもないしそういう縛りを敢えて加えてみてもいけるかなーとか考えてました。
認識甘かったです、やっぱりカオスになった。まあ実験に近いところもあるんで……。

前章前々章の提督の姿を通じて何かしら学ぶ描写とか書こうとしたけど尺不足でカットとか没とかになってます。
だったら最初から出さない方向で書いた方が良かったのかも。
次も(お題レスとの矛盾や不都合が生じなければ)繋がった世界線でやっていきますが、今回ほど密接な感じにはなりません。
前章以前のキャラが一人か二人出てくるかもなって感じです。基本はそういう感じでやってきたいです(めんどくさいから)。

次章以降のレス数を考慮して15レスで終わらせるか、普通に16レスで終わらせるか、わりと最後の方まで悩んだ挙句15レスで終わってます。
終盤詰まり過ぎたのは、1レス削る都合で構成変えなきゃだったりとか、単純に執筆時間がなかったとか、そんな感じの事情です。
「艦これの二次創作なのに戦闘描写やってないなー」「なんのために戦ってんだ」と思い、わりとしっかり書くつもりだったんですが、書けず。
尺がねー……。扱うテーマが重すぎたんだよ!! ……あくまで娯楽作品だしなあ。どうなんだろうとか書き終えてる今更になって思います。



提督について:
ちょっと設定を凝り過ぎましたね。ぶっちゃけあんなに要らないはず。オリキャラの設定過剰とか誰得なんじゃって話ですよ。
だいたい作中で語り尽くしちゃったようなキャラなので言うべきことはありません。
良い子ちゃんキャラってわりと扱いに困るんですが……まあ別にそんな良い子ってわけでもないか。

山城について:
「不幸」「シスコン」「プライド高い」の三本柱で出来てるキャラだと私は思います。
じゃあ絶対姉の話は避けられないだろうなーと思い、扶桑は登場させてます。
あと、オコトワリ勢なので、最後までくっつかないラストにしてやろうとは当初から企んでいました。
キャラ付けが過剰すぎたかなあ、みたいな反省がいくつかあります(提督の方もそうですが)。
ツンデレっぽい感じでやや甘酸っぱめ、みたいな塩梅でやるのが正解だったのかもしれんなあ……。

すぐ前の章で幸⇔不幸問題(?)みたいなのはやった後なんで、不幸についてどうのこうのはあんまり掘り下げて書いてません。
彼女特有の負けん気の強さとか、不幸だろうがなんだろうが立ち上がる芯の強さはみたいな要素はもうちょっと書きたかったかも。



次の章について:
なんにも考えてないです。また1〜2ヶ月お待ちください。
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/02(金) 20:20:13.25 ID:id4RBwrvO
779 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/10/03(月) 19:35:47.73 ID:A9cBv+QJ0
ども。ども……ええっと、どうも。セルフ保守です。
いやー、その、一ヶ月経ったんですけどね……なんにも書けてないんですよ。
前回の章を投稿した前後からありとあらゆる出来事が襲い掛かってきて執筆できる状況にありませんでした。
今は忙しさのピークも過ぎてちょっと落ち着いてきたので、一ヶ月後ぐらいには投稿したいです。願望ですが。



////いつものやつ////
作品外で作品のことをウダウダと書くのもどうなのかな、といつも悩むのですが。何度同じ話するんだっていう感じですがいつも悩んでます。
いちおーファンサービスというか次の投下までの繋ぎとして書いているという意図があります(ファンっていうと大袈裟ですけども)。
前回の章についてちょいと思うところがあったので少し書こうかなと思ったのと、次の章について触れようかなと。
まだ何も書けていない以上あまり大した話は出来ませんし、例によって読み飛ばしてもらっても構いません。



前の章はですね〜……投稿直後もなんか言い訳がましいことを書いてましたが、反省すべき点が多いですね。
あくまで作者目線でそう思うというだけですが。何もかもダメだったってわけじゃないんです。
全体の展開構成はさておき、自分なりに納得の行っているところもあるんで。

元々それぞれの章で独立していて他の章と関わることもなく完結するオムニバス形式でやろうと考えていたものを、
途中から無理矢理一つの世界設定に押し込めようとしたらそりゃ尺も足りなくなるし諸々の整合性も崩れるよねっていう。
でも、やるにしてももっとそれぞれのエピソードを上手くまとめられたなー、もっと執筆に時間をかけられれば良かったなー、とか悔やむところは多いです。
えー……そこいら辺は私の技量不足によるものなので、次は頑張ります。

で、ですよ。迂闊にもセルフクロスオーバー的なことをやってしまったわけですが。
これからどうすべきか色々と悩みましたが……(一つ前のレスではわりと弱気なこと書いてたりしますし)。
このままごった煮な感じで突っ走ろうかなと思います。えと、必要に応じて過去のキャラが出てくる感じでやっていこうかなと。
というのも、こうなった以上もう過去のキャラクターは存在ごと封殺して以降全く新しいお話……ってのは筋が通らないかなと。
前章は安易に過去キャラを引っ張り出しすぎたので、やりようはもっと考えたいと思ってますが。

さて、それぞれの世界が一つに繋がってしまうと、それはそれで問題が発生します。
あー……たとえば次に投下する章では秋月がメインになるわけですが。
この秋月も第一章以降に登場した秋月と同一固体にすべきか、全く別の秋月にすべきか、ってとこで悩みどころですよね。
これって多分正解はなくて、前者のこれまで登場していた秋月を期待している人もいれば、
それとは違う切り口の、ヒロインとしての役割を与えられた秋月を求めてる人もいると思うんですよ。
悩みはしましたが……前者の秋月で行こうと思っています。今回“は”登場済みの秋月でやろうかなと。
今後の安価で前章以前に登場したキャラの指名が入った場合は……またどうするか分かんないですけど。
出来るだけ安価の意向を汲みたいと思ってはいます。



前言ってたタロットのやつは、今回の章だと『塔』になります。
正位置では崩壊・転落・悲劇・破滅・喪失などを暗示し、
逆位置でも正位置ほど酷くはありませんが不幸・アクシデント・障害・中断、なんてマイナスな意味合いです。
(逆位置の場合、解釈によっては死神の逆位置に近い「再生・再建」みたいなニュアンスを含むこともあります。
正位置でも古い価値観の崩壊≒革命、なんて解釈もあるにはあります。まあ基本的には良い意味を持ちませんが……)
正位置逆位置にともに最も不幸に直結するカードでございます。
あー、それ引いちゃうか〜っていう感じですが。
こういう引きをした時こそ作者の腕の見せ所……だと思うんで、面白い話になるように頑張ります。



ゲームの方の話ですが、基地航空隊実装前に6-4突破しました(なぜそんな意味のないことを)。どんなイベント海域よりもキツかったですね。
イベントと違っていついつまでに攻略できなければアウトみたいなのはないんで気は楽でしたが、難易度はやばかったすね。誇張抜きに100回ぐらい出撃しました。
一応自分今まで甲勲章全部ゲットしてきてるんですが、あれがイベントで来たら丙にするって厳しさでした。それゆえにゲージ破壊時は達成感もありましたけどね。
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 13:39:52.35 ID:ngH0GzUzO
了解です
781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/26(水) 21:58:50.00 ID:sCrjDYKwO
782 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/13(日) 00:36:12.46 ID:7OxarujE0
お待たせしてすみませんでした。わりとエターナりそうでした。
次回の投下は11/23(木)を予定しています。

////一言////
秋刀魚イベでしたね。任務報酬はWG42と最新鋭な旗を選びました。大型探照灯は既に作ってたんで……。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/13(日) 01:40:24.73 ID:wmvlifTNO
待ってる
784 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/23(水) 21:08:44.22 ID:pg4EdwmZ0
11/23って水曜日でしたね(予告のレス書いてる時先月のカレンダー見てました)。
では行きます……と言いたいところなんですがやんごとなき私情のため延期とさせていただきます。
11/26(土)昼頃までお待ちいただけないでしょうか。すみません……。
うぅ……お待たせして申し訳ない……。
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/23(水) 21:09:54.83 ID:gHX0ZusaO
了解
786 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/26(土) 14:44:26.66 ID:yuF9orGi0
前回の投稿から約三ヶ月が経とうとしています。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

浦波が実装されたり、秋刀魚を獲ったり、加賀さんがローソンで働いていたり、
秋イベが始まったり、劇場版が公開がされたりと艦これ的には色々動いているようです。
ポイ-ポンポン砲-ナンチャラ-ポイみたいなのが流行ったり、海の向こうでは大統領選挙があったり、
11月なのに初雪が降ってきたり(not 艦)と話題の大小に関わらず世の中的にもあれやこれや起きているようです。

時間が止まっているのはこのスレだけなのですが……。もうちょっと、もう少しだけ待って欲しいです……ごめんなさい……!
どうやっても執筆時間を捻出するのが困難なため、イベントも手付かずでSSを書くためだけに有給を使うなど、
わりとリアルをかなぐり捨てる生活スタイルを取りつつあるのですが、なおも筆半ばで止まっている状態です。
そう、まだ書き切れてすらいないのです……情けない話ではありますが。

なんとか気合で近いうちに、今週とか来週とか……確約は出来ませんがなる早で頑張ります。
ここでエターナルのは多分一生引きずるぐらい後悔すると思うので、
延期に次ぐ延期で恥の上塗りに上塗りを重ねている状態ですが、それでも次の投稿は必ず果たします。
えっと、気合はそのぐらい込めて書いてるつもりなので、もう少々、もう少しだけ……何卒。よろしくお願いします。
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/26(土) 23:30:23.87 ID:a06wrUgMo
了解でーす
期限に間に合わせる為にいい加減な内容になったら本末転倒だし嫌だから
エタらなければいつまで期限が伸びても構わないよ
クオリティ高いのを期待してる
788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/26(土) 23:44:56.36 ID:aFN/M5CoO
了解
789 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/12/21(水) 22:58:13.82 ID:51r/hk3y0
お久し振りです、結局こんなに伸び伸びになってしまいました。ごめんなさい。
待った甲斐があるものを書けたかどうかは分かりませんが、頑張りました。

先週か来週の土日に投稿を行うつもりだったのですが、どうにもスケジュール的に詰みっぽかったので無理矢理今日投下してしまいます。
今回は文字数を削る作業もほぼほぼ終わっている状態からの投稿作業なので、うまくいけば日付を跨がないで済みそうです。
それでは行きます。
790 :【47/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 22:59:03.25 ID:51r/hk3y0
吐く息は煙のように浮かんでは消える。空に浮かぶ満月が水面を白く照らしている。

秋月「旧鎮守府と現鎮守府を繋ぐ架け橋……恐らくここのことですよね」

舞鶴鎮守府は巨大な人工島の上に建てられた軍事施設だ。そこから本土へ行き来するためには、三本の橋のいずれかを経由する必要がある。
かつて第二次世界大戦で利用されていた鎮守府は旧鎮守府と呼ばれ、施設の一部は現在も残り記念館などに転用されているようだ。
この人工島から旧鎮守府の方角に繋がる橋は一本しかない。秋月はこの橋の上を歩いていた。

秋月(ここから先は艦娘が許可なく立ち入ることのできない場所。この関門の前で待っていましょうか……)

??「……初めまして、になるか」

関所から鼠色のパーカーを着た男が現れる。男はフードを被っていて、その下に更に帽子を被っている。この姿から素顔を想像することは難しい。
服の上からでも分かるアスリートのように引き締まった筋肉質な体躯から、かなり鍛えていることが伺える。

秋月「(この帽子は軍帽ですよね……。軍の関係者ではあるようですが、口元しか見えないから誰だか分かりませんね……)
私を呼んだのはあなたですか? あの奇妙な映像の目的について聞きたいのですが」

??「そう、私だ。……あの映像が視える者を探していた」

・・・・

一週間前の深夜。この日秋月は眠れなかったため、暇つぶしにテレビをつけた。
しかしこの日・この時間帯はどこの放送局も番組放映を終了していて、テレビにはカラーバーが映っているだけだった。
(カラーバーとは深夜や早朝のテレビ放送終了後に表示される、テレビ受像機などの色調整を行なうために使われる色帯画像のことである)
時計を見ると、時刻は午前2時30分頃。道理で何も放送されていないはずだ、と思いリモコンに手をかけた秋月。

――NNN鎮守府放送です。

秋月「!」

電子音が止まり、突然カラーバーから別の映像に切り替わる。部屋の天窓から月明りが差し込む、暗い部屋の映像なようだ。
窓からスポットライトのように差し込む明かりの先に、執務室にあるような立派な椅子が置いてある。

秋月は硬直していた。心臓が爆発するかのように鼓動する。恐怖で鳥肌立つ。
リモコンの電源ボタン上に親指は乗っている。押すべきか、押さぬべきか……その二択で逡巡する。

――満月まではあと 七日 です。当日同刻、旧鎮守府と現鎮守府とを繋ぐ橋の上でお待ちしています。おやすみなさい。

音声合成ソフトで作られたような、人間のものではない無機質な声。アナウンスが終わると再びカラーバーの映像に戻った。

・・・・

わずか一分に満たない程度の短い映像だったが、秋月の記憶には強く印象づけられていた。

秋月「あの放送を最初に見た次の日も同じような内容のものが流れていて……でも、映像が見えていたのは私だけだったんです。
後日他の艦娘と一緒に見ても『何も見えない、カラーバーのままだ』って。色々な方に訊ねてみましたが、みな知らない様子でした」

??「…………」

男はポケットからB6サイズほどの小さなノートを取り出し、紙の上にさらさらと文字を書いて秋月に渡した。

秋月「『涼金 凛斗(スズガネ リント)』……あなたの名前ですか?(どこかで聞いたことのある名前だったような……)」

男はこくりと頷きながら、別の紙に次の文章を書いていた。

提督「例の映像は選別だ。あれが視える者が必要だった」

男の渡す二枚目の紙には、図が書かれていた。空母と思しき艦娘・艦載機・妖精の絵が描かれている。

秋月(ええっと……『空母の艦娘が艦載機を繰り出す際に、式神や弓を駆使して発艦させる』。
『発艦後の空戦にて、事前に想定していた作戦から逸脱するイレギュラーな状況が起こった時……』)

秋月「『戦闘による摩耗を抑えるべく艦載機に搭乗している妖精と空母たる艦娘との間で念が交わされる』……。
この念というは、テレパシーのようなものですか?」

提督「ああ。原理はそれの応用。映像自体にはあまり意味がない。……」

秋月(着任した後では映像を編集するための機材がなかった。そして、映像を作った段階ではどの鎮守府に着任するか分からなかった。
『満月の晩』の『旧鎮守府と現鎮守府の架け橋』という曖昧な指示も、その段階では日付や場所を確定出来なかったからだ、と。
タネが分かればなるほどと思えるけれど……。真夜中にあんな映像を流されて怖がるなという方が無理がありますよね……)

三枚目の紙にボールペンを走らせようとした時、秋月が制止する。一枚目と二枚目の紙を男に返却する。

秋月「あっ、そんなに紙を使ったら勿体ないですよ! 紙を裏返して使えばまだ書けます。はい」

秋月(というより……口で説明した方が早いような気がしますが……)

提督「…………」 無言でノートに文字を書き連ねる

秋月(あれだけ早く文字を書いているのに、かなり字が綺麗ですね。さっきの絵も結構上手だったし……。
硬派なようで案外繊細な人だったりするのかも?)

提督「紙での説明は、これでいい。……分からなかったら質問してもいいが答えるかどうかは別問題だ」
791 :【48/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:03:40.17 ID:51r/hk3y0
知っていると知っていないとで、物事の見え方が変わることがある。
+という記号の持つ意味を知らない幼稚園児に1+1の答えを聞いても2と返してはくれないだろう。
人間の一生は、知識の積み重ねだ。経験を通じて物事のありようを学び蓄積していく。

しかし……何事にも禁忌というものが存在する。
知ってはいけない、見てはいけない、聞いてはいけない、口にしてはいけない……。そういった存在、いや概念だ。
私は“あいつ”を認識してしまった。次に“あいつ”と接触すれば、私はこの世からいなくなるのだろう。
死ぬのではない。もっと恐ろしいことだ。

あの映像を視ることが出来た君には、“あいつ”を認識・知覚できる才能がある。
ということは私と同じ目に遭う危険があるということだが、何のことはない。知らなければいいだけのことだ。
知らないまま私の指示通りに動いてくれれば、“あいつ”に対抗できる。
知ってしまうとまずいが……全く察知できないのもまた問題があるのだ。だからこそ君でなければならない。
“あいつ”のことを知らないまま、“あいつ”から私を守って欲しい。その依頼がしたくて君をここに呼んだ。

秋月(一枚目の紙はここで終わっている……。“あいつ”とは一体……?)

“あいつ”に名前をつけるとしたら……いや、それはやめておこう。名前をつけるという行為自体が存在を認めるということと同義だ。
とにかく……“あいつ”は君にとっては存在しない。私にとっては存在する。そういうものだと思っておいてくれ。
君にとって、私は幻覚や妄想に囚われた病人に見えるかもしれない。
それでいい、決して私が見ているものは視ようとするな。知ろうとはするな。

君はこれから約三十日間、毎晩私を連れ出してなるべく遠くへ逃げる。それだけでいい。
君にとっては狂言めいた茶番に思えるかもしれないが、私にとってはかなり危急な事態なのだ。
次の満月が昇る頃に“あいつ”はいなくなる。それまでは付き合って欲しい。

秋月(一体彼は何に恐れているのか……? 気にはなるものの、その恐れの対象を知ってはいけないという。
敵を知らないままどうやって守れというのでしょうか。普通に考えれば荒唐無稽な話に思えますが……)

秋月「つまり……なにか、奇妙なものに追われていて、“それ”から貴方の身を守って欲しいということですね」

秋月(これだけ身体を鍛えている人が何かを恐怖するとすれば、恐らく相手は人間ではない。
“あいつ”という言葉から察するに、何らかの組織に追われているというわけでもないはず。
深海棲艦か、それとももっと別の何か、でしょうか……)

提督「……そうだ。引き受けてもらえるか? いいや、首を横に振られようと応じてもらう。
こちらも後には引けんのだ。全てが終わり次第、相応の報酬は与える。無事終わりさえすればな」

秋月「分かりました。いえ、ほとんど分かりませんが……大丈夫です。秋月がお守りします!」

秋月は、心のどこかで非日常を期待していたのかもしれない。この時の彼女の内心は、不安よりも好奇心が勝っていた。

・・・・

翌朝。舞鶴鎮守府第四執務室。軍服を着た白髪の男性は、この鎮守府を取り仕切る大将の一人である涼金凛斗であった。

提督(しくじったな……名を聞きそびれた。艦隊名簿の顔写真を見ればすぐに分かると思ったが……。
どこの艦隊にも所属していない艦娘だったとは。可能性として考えられるのは……)

提督「……吹雪。軍学校に所属している艦娘の顔と名前を確認したい」

吹雪「また突然ですね。『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』ってこの間他の司令官に言ってたじゃないですか」

わざとらしく涼金提督の低い声を真似する吹雪。吹雪は彼の秘書艦で、行動を共にすることが多かった。

提督「……とにかく。今はその情報が必要になったのだ。それ以上は詮索するな」

吹雪「出た! 司令官の秘匿主義! そうやってまた何かを隠そうとするー」

提督「……必要のないことを話したくないだけだ」

吹雪(うぅー、秘書艦なんだからもうちょっと頼ってくれてもいいのにぃ……)

軍学校所属の艦娘の名簿を提督に渡す吹雪。提督がめくったページの先を興味深そうに覗き込んでいる。

吹雪「ふむふむ……秋月型一番艦、秋月。あっ! この子知ってますよ! 軍学校で一番有名な子ですよ。
防空射撃演習では歴代一位の高成績。筆記試験でもトップ3常連だそうで」

提督「よく知ってるな。詳しいじゃないか」

吹雪「司令官が興味無さすぎるだけですよ。優秀そうな子は予め囲い込んでおかないと! 次のドラフトで他の提督に獲られちゃいますよ?」

軍学校を卒業した艦娘の配属は、涼金提督含む他提督とのドラフト会議によって決定される。
また、在学中の艦娘であっても(実戦登用に耐えうると提督に判断され)指名されれば次年度以降艦隊所属となれるのだった。

提督「いや、あくまで卒業まで秋月を指名する気はない。他の提督に獲られるならそれはそれでよい。彼女には別の要件がある」

吹雪「え、なんですかそれ。何か作戦でも……?」

提督「いや、軍務とは関係ないごく個人的な依頼だ。君が気にすることではない」

吹雪「そんなこと言われたら余計気になっちゃうじゃないですかー」

提督(一番地味で当たり障りのなさそうな者を秘書艦に選んだつもりだったのだが……案外要らん干渉をしてくるのよな。
良くいえば察しのいい、気が利くタイプなのだが……今回ばかりは首を突っ込まれると困る)
792 :【49/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:07:14.67 ID:51r/hk3y0
提督(学校側への手続きに手間取ってもうこんな時間だ。秋月か……成績は優秀らしいが、実戦経験がないのは少し不安だな。
とはいえ今更選り好みしてもいられない。前評判の良さに期待するとしよう)

秋月(……涼金凛斗、確かに聞いたことある名前だなとは思っていましたが……。まさかこの鎮守府の大将だったとは。
そう考えたらなんだか急にプレッシャーを感じてきました。秋月に務まるでしょうか……)

黄昏の空。橋から見える海の色は赤い絵の具を零したかのようだった。昨日と同じ橋の上で提督は待っていた。

秋月「お待たせしました。涼金司令!」

提督「行く前に一つ質問だ。あの海の色、何色に見える?」

秋月「え……? 赤色、ですよね。綺麗な夕焼けの海……」

提督「その感覚を忘れるな……心の動きを忘れるな」

秋月「は、はい(昨日もそうでしたが、話の流れが汲めませんね……)」

・・・・

鎮守府から離れ、舞鶴港近くの繁華街を歩く提督と秋月。

秋月「なんだかじろじろ見られているような……」

提督「それは……何にだ? 他人にか?」

秋月「ええ。なんだか私たち怪しまれてるのかなって」

提督は私服を着ているし、秋月もリュックの中に艤装を隠しているため軍の関係者だとは思われていないだろう。
しかし、総白髪のオールバック、首筋には古傷。薔薇柄の長袖を着た背の高い男。
その男の隣を(発育がいいとはいえ)せいぜい中学生程度の年端もいかない女子が歩いているのだ。
二人きりで夜の街を散策するには不自然すぎる組み合わせである。だが提督は他人の目を微塵も気にしていない様子だった。

提督「ああ、人の方か。なら問題ない。来い」

提督に促され、人気の少ない裏通りにある小さな店に入る秋月。

秋月「すし、わり……てい?」

提督「割烹(かっぽう)、だ。……鎮守府の中にいると見慣れない漢字かもな。和風料理を出す飲食店のことを一般にそう呼ぶ。寿司は食えるか?」

秋月「大丈夫です(お寿司、食べたことないんですよね。とはいえ将来直接の配下になるかもしれない司令の手前! 食わず嫌いをするわけにもいきません)」

提督「大将、鯖と秋刀魚。こっちには特上のサビ抜き」

秋月「あの方も大将なんですか?」

提督「……?」

・・・・

秋月「わぁ〜……! すごいです! 初めて見ました。なんだか壮観ですね! 美味しそう……どれから食べようか迷っちゃいます!」

寿司げた(寿司を置くための木製の食器のことである)の上に並べられたネタに、食べる前から興奮する秋月。

提督「味が淡白な白身魚を最初に食べ、次にマグロやトロといった赤身の魚を食べるのが定石と言われているが……。
かくいう私も光り物から注文しているしな、好きなものを食べるといい。どれも味は保証する」

おずおずと中トロに手を伸ばし、口に運ぶ秋月。

秋月「いただきま〜す……。……!! 美味しい! 旨みが口の中でとろけて……すごいです。これ、本当にすごい……」

舌を通じて脳に送られる快楽に、思わず身震いする。恍惚の表情を浮かべており、提督の依頼のことなどすっかり忘れて悦に入っている。

秋月「はぁぁ〜……幸せです」

・・・・

食事を終え店を後にした二人。食事中は語彙力を失いかけていた秋月であったが、退店後はさすがに普段通りの様子である。

秋月「ごちそうさまでした! あんなに美味しい料理を食べたのは初めてです! ありがとうございました!」

提督「礼には及ばない、前払いのようなものだ。それに……」

秋月「それに?」

提督「いや、なんでもない(……生きているうちに美味いものを食っておかなければな)」

秋月「そういえば司令、最初の二貫しか食べていませんでしたよね。あんなに美味しかったのに……お腹減ってなかったんですか?」

提督「(相当感激していたからこちらのことなど気づいていないと思ったが……)……そんなところだ」

秋月「それにしても……あの大将はどこの鎮守府の大将なんですかね!? 司令はご存知ですか?」

提督「……くくっ」 秋月と会ってから終始無表情だった提督が、この時初めて口元を少し歪ませる
793 :【50/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:13:27.66 ID:51r/hk3y0
舞鶴の港から離れた海の上。秋月の背に固着された艤装に負ぶさる提督。

秋月「結局こうして海に出るのなら、鎮守府から直接向かった方がよかったんじゃないですか?」

提督「……周囲に人や物のない環境が好ましい、その最適解が海というだけだ。
深海棲艦が出没するような遠くの海へ赴こうというわけではないのだが……鎮守府の哨戒範囲内や他の艦娘と出くわすような場所に居るのもまずい」

提督「そうなると陸路を経由してから海に出るのが最も都合がいい。さてそろそろ日付が変わる……」

提督はそう言うと、秋月の艤装を足場にしてしゃがみ込んだ。彼女から背を向けるようにして海面を見つめている。

提督「道すがら説明した通りだ。私は後ろを見る。だが、私の指示はあまり鵜呑みにはするな。あくまで自分の感覚を優先しろ」

秋月(今から日の出まで、“物”に囲まれなければ良いそうですが……一概に“物”と言われても……。それに囲まれるってどういうことでしょう)

・・・・

提督「……秋月」

提督「一瞬で良いが、空を見てくれ。渡り鳥が飛んでいないか?」

空を見上げる秋月。ほとんど曇り空で何も見えないが、どこにも鳥の姿は見つからない。

秋月「いえ、見えませんね。どこに居ますか?」

提督「いや……見えないならいい。気にするな」

秋月(司令には幻覚が見えているのだという。私に見えないおぞましい何かを察知しているそうです。
私にはそうした類のものを感じ取ることは出来ませんが……妙にぞわぞわする、嫌な感覚がありますね)

提督「秋月。トビウオが……いや、いい。これも違う。忘れてくれ」

秋月(日本にトビウオが回遊してくるのは、たしか春先から夏にかけて……この秋の終わりにやってくるはずはない、か)

提督「……念のため、確認して欲しい。七時の方向に難破船が見える。ライトを一瞬だけつけて、真偽を確認して欲しい」

秋月は振り返り、探照灯の明かりを向ける。

秋月「! 転覆した小型船があります……。引き上げようにも、あの壊れようだと手遅れでしょうね……深海棲艦に襲われた後、か……」

合掌して黙祷を捧げる秋月に対し、提督はさらに問いかける。

提督「見えているのはそれだけか? 他にも何か“視える”か?」

秋月「いいえ……船体が大きく破損した船以外には……」

提督「分かった。……あの船からは離れるぞ。逆の方向へ進んでくれ」

・・・・

提督のつけている腕時計の針は四時四十分頃を示していた。
しきりに秋月に対して「見えるか?」「聞こえるか?」の問答を投げかけていた提督であったが、もう一時間も言葉を発していない。
その態度の変わりようが、秋月にとってはかえって不安だった。実戦経験のない秋月にとって夜の海は未知の領域だったからだ。

秋月(少し心細くなってきました。海の上で迷子になってしまったような気分です……)

提督「……闇が深くなるのは夜明け前だ。日が昇るその直前が最も暗くなる」

秋月「……?」

提督「しんどくなるのはここからだ」

秋月(励ましてくれた、というわけでもないみたいですね……ん? あれ……)

秋月「前方の岩礁に、何か見えませんか? ほら」

探照灯を点灯し、海面から飛び出している岩へ向けて光を照射する。黒い、小人のような形をした何かが蠢いている。

秋月「黒色の人形……? みたいな」

提督「分かったもういい。明かりを消せ、ここからなるべく遠くへ離れろ。……あれらを決して見失うな、しかし見過ぎるな」

突然饒舌になる提督。いきなり無茶苦茶な指示を受けたため混乱しつつも、提督の言われた通り速力を上げて岩場から離れる秋月。

秋月「追ってきますね。深海棲艦でいうところの魚雷艇の小鬼群に似ていますが、あんな種類は見たことも聞いたことも……」

黒い人影の群れは両手を広げて海の上を飛翔し、秋月たちの方へ向かっていく。

秋月(距離が離れているから黒色に見えると思っていたけれど……どうやら違うみたいですね。
この夜の中でもはっきり“黒”だと認識できるぐらい黒い色をしている)

提督「深く考えるな、雑念を捨てろ。ただ言われた通りに対処しろ。余計なことを考えるな」

秋月の思考を遮るように、強い言い切りの口調で命令する提督。
794 :【51/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:17:04.51 ID:51r/hk3y0
提督「秋月、見失うなと言ったが……あれらの見張りは私がやる。秋月はただここから離れることだけを考えるようにしてくれ」

秋月「これ以上先へ進むと深海棲艦と接触する恐れがありますが……」

提督「構いやしない。あれにやられるぐらいなら、まだ深海棲艦に襲われて命を落とす方が幾らかマシだ。
あれは……そう、とにかく忌避すべきものだ。囲まれるな、触れるな、認識するな……」

・・・・

提督「五時五十分……日の出は間もなくだ。このまま振り切るぞ」

秋月「!! レーダーに敵艦隊四隻! 前方です! このままじゃまずい……まともな装備もないのに……。どうしよう、どうしよう……」

提督「たかが深海棲艦ごときでうろたえるな。このまま突き進むぞ」

秋月「司令!? 冷静にお考えください! 装備も不十分、練度もなく、おまけに燃料も消耗している駆逐艦一隻が敵の艦隊に突っ込めばどうなるか……」

これまで提督の無茶ぶりに付き従っていた秋月だったが、この時ばかりは反論する。

提督「分かっている、が……敵が砲撃をしてこないということは先に気づいたのはこちらの方。気づかれる前に通過してやり過ごす」

秋月「でも、通り過ぎた後に背後を追われる形になりますよ。そうなれば……」

提督「その点は問題ないだろう。奴らが私たちの変わりに“あいつ”の餌食になってくれさえすればな」

秋月「……っ。未だに不安は残りますが……策があるということですね。信じますよ、司令っ!」

ギュッと握り拳を固めて歯を食いしばり、最大出力で駆け抜ける秋月。

・・・・

秋月「……敵艦隊、反転して迫ってきます! こっちには機銃ぐらいしかありませんよ!? どうしましょう、司令!」

提督「沈んだ時は私を恨め。君の業まで背負ってやろう」

秋月「答えになってませんって! うわあ! 砲弾が飛んできました!」

秋月には、提督がこの緊急事態でなぜにやけ顔を浮かべているのか理解できなかった。

提督「戦場だからな。……この際いちいち動じていても仕方がないだろう。運命を受け入れろ。
やられたのならそれまでだったということ、私も君もな。死のうは一定。遅いか早いかの違いだ」

秋月(うぅ……やっぱりまともじゃないですこの人……)

一分ほどして、砲音が鳴り止んだ。なおも振り返ることなく突き進んでいた秋月だったが、提督の言葉を聞いて立ち止まる。

提督「もういい、ご苦労。後は帰るだけだ……日が昇りつつある」

うっすらと空の端が白んでいく。太陽の頂点が水平線から顔を出す。

秋月「夜が明けたんですね。綺麗……」

払暁を告げる強い煌めきを前に、思わず言葉を漏らす秋月。

秋月「ハッ! 敵艦隊は!? あの黒い追手は? ……いない!」

秋月が後方を振り返ると、深海棲艦の姿も黒い人影の姿も消えていた。

提督「……終わったのだ。鎮守府に帰るぞ」

・・・・

昼前の執務室。提督は相変わらず吹雪と他愛もない世間話をしていた。

吹雪「司令官……? なんか今日寝不足じゃないですか? いつもより目つきが悪いですよ」

提督「クマが出来ている、というのなら推論として成り立つが……。目つきの悪さは生まれつきだ」

吹雪「えへへ、すみません。けど、なんだかいつもよりオーラがありますよね。危険っていうか、アウトローっていうか……」

提督(勘づかれたか? 軍務が終わった後のことだぞ……? 私か秋月の後をつけていない限りは外出したことさえ把握できないはずだが)

吹雪「いつもよりカッコいいですよね……! なんかこう、『やってやる!』って気概を感じます!」

提督(なるほど杞憂だ……)

吹雪「……よし! 司令官の顔を見ていたら私も気合が入ってきました! 今日も一日頑張りましょう。手始めに……」

吹雪が退室した後、部屋の奥に設置されているロッカーに向かって声をかける提督。

提督「出てきていいぞ」

秋月(早速バレた……!? 完璧に身を隠せていると思ったのに……)

秋月は数時間の仮眠を取った後、提督と吹雪が部屋から離れた隙を狙って室内に潜入していたのだが、あえなく気づかれてしまう。
795 :【52/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:19:16.06 ID:51r/hk3y0
提督「そこに隠れて何がしたかったんだ? 軍学校への休学願なら受理されているだろうに。日中は夜に備えて寝ておくべきだと思うが」

秋月「うぅ……ごめんなさい。こそこそ隠れるような真似をしてすみませんでした。
司令の素行を調べようと思って……あっ、いえ! (お寿司の)ご恩があるので、悪い人だと疑っているわけではないんですが!」

提督(たかが一度夕飯を奢られたぐらいで疑念を払拭してしまうのは不用心すぎるのではないだろうか……)

秋月「司令についての謎が多すぎて……この先も昨日のように二人で夜を過明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと思いまして。
そうすれば、昨日よりももっと司令の理想とする動きに近づけるのかなって……」

秋月(本当は忽然と消えた深海棲艦の行方や黒い人影の話も聞きたいですが、答えてくれるか分かりませんし……。
けれど、そういう部分を抜きに……私は司令から学ばなければいけない部分がある。司令は変わった人ではあるけれど……とにかく肝が据わっている。覚悟が違う)

提督「……お互いのこと、か。自分語りはあまり好きではないが、私と君の関係は少々特別なものだしな。構わんが……」

秋月(司令が昨日仰っていた通り、戦場に赴く度にあんなおっかなびっくりの立ち回りをしているようではいけません……。
実戦で活躍するためには、窮地に立たされても彼並みの度胸や冷静さが発揮できなければいけない……司令から学べる部分は吸収したい)

提督「時間を割くことが難しいな。夜、(鎮守府の敷地から)外で話すのは誰が聞いているか分からないから避けたい。
とはいえ執務中に休めるのは昼の休憩時間のみ……。これも先客がいるんでな、どうしたものか」

舞風「呼ばれて飛び出て……じゃじゃーん! 舞風参上でぇーす!」

扉を開けて入ってきたのは舞風であった。彼女も吹雪と同様、涼金提督の管轄する艦隊に所属する艦娘の一人である。

秋月(あっ、無表情だった司令が露骨に渋い顔をしている。『心底めんどうなやつが来た』って表情ですね……)

提督「君……盗み聞きしていただろう。先客というのは彼女のことだ。昼食を誘われているのだよ」

舞風「一人よりも二人! 二人よりもたくさん! 数は多ければ多い方がいい! これが戦の基本です。
そんなわけでっ。一緒にランチ、どうです? 提督だって一遍に相手した方が手間がなくて良くないですか? 良くなくなくなくなく……あれっ?」

ジェスチャー交じりに提案する舞風。ダメ押しと言わんばかりにビシッと指を突き出して、ニヤリと笑みを浮かべる。

舞風「それにぃ〜〜〜〜……『昨日のように二人で夜を明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと』とか。
『私と君の関係は少々特別なものだしな』とかとか! こ・れ・は〜? 是非ともお話伺いたいですねぇ〜」

秋月からの引用を高い声で、提督からの引用をわざとらしい低い声で表現する舞風。舞風たちの艦隊では、涼金提督の声真似をするのがプチブームらしい。
アとウを足して二で割ってから濁音をつけたような苦悶の唸り声をあげた後、提督は承諾した。

・・・・

ピークの時間を過ぎていたのか、食堂はかなり空いていた。

秋月(鎮守府の食堂でご飯を食べるのは初めてですね……普段の給食と違ってちょっと量が多いかも)

舞風「あーあ、遅い時間に来ちゃったからCランチしか残ってなかったよ〜。また秋刀魚の塩焼きか……美味しいけどちょっと飽き気味だな〜」

提督「旬の時期に旬の物を食べる。それが食の最適解だ、この鎮守府にはその理を解する者が少ないようだな」

舞風「そうでしょうけどぉ。日替わりランチなのに毎日秋刀魚定食が出されるんですよ〜。
これじゃ日替わらずランチですってー! 今日の舞風の気分はカツレツなんです〜!」

提督(いくつかの漁場は、深海棲艦による深刻な被害を受けていると聞く。秋刀魚をこうやって日常的に頂けるのも、この先数年限りになるかもしれないな……)

提督「贅沢を言うんじゃない、目の前の命に感謝しろ。そうやって文句と唾を垂らしていると味が落ちるぞ」

舞風「ツバなんか垂らしてまーせーんー! 提督ったらデリカシーないんだからぁ」

秋月「お二人って、仲が良いんですか?」

提督「仲が良いというわけではないが……軽薄そうに見えて弁えるべきところは弁えてるからな。信用はしている」

舞風「そこは仲良しって言って欲しかったな……。司令はご飯のことになると結構喋るよ。そんなに量食べないくせに、やれ味がどうだ食感がどうだうるさいんだな〜」

提督「昔はよく食べてたんだよ。胃下垂でな……大食いしても痩せない体質だったもんだからなんでもバカ食いしてたんだが。
食い過ぎて病院の世話になったことがあってな……以降満腹まで食べることが少々トラウマになってしまった」

秋月(敵に背を向けた状態で笑みを浮かべていられるような人にもトラウマってあるんですね……)

舞風「おっ、意外なエピソード。そうそう、司令はガードが堅いように見えて喋り出すと案外ボロが出るタイプだからじゃんじゃん話しかけるといいよ」

秋月「なるほど……」

提督「なるほどではない(だからあまり人と話したくないのだ)」

舞風「けど、秋月も結構司令と似てるね。考えてから話すタイプでしょ? 司令みたいな人には何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといいよ」

提督「考えなしに話しかけないでくれ」

舞風「こんな風にツッコミを入れてくれるからね! これが舞風流の提督攻略法です」

秋月「なるほど……」

提督「なるほどではない(この場を設けたことの失敗を痛感させられるな……)」
796 :【53/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:30:55.38 ID:51r/hk3y0
秋月「……あの。一つ気になってたことがあるんですけど。司令っておいくつですか? 髪は真っ白……ですけど、皺がほとんどないですよね」

提督「28だ。白髪は過去にあった出来事が原因だが……このことについては話すことが出来ない」

舞風「タブーの話ってやつですね。才能がない子には教えてくれないんだってさ、ちぇーっ。
秋月もそのことで夜な夜な呼ばれてるんでしょ? それとも……ホントのホントにお楽しみ的な……?」

秋月(やっぱり……司令が意味もなく誰かと昼食の約束をするとは思っていませんでした。舞風さんも司令と何らかの協力関係にあるようですね)

提督「舞風……秋月に探りをかけるな。それに、そう卑下をすることもない……君は君で私の役に立ってくれている」

提督「……才能というやつは、なまじ持ち合わせてしまうとかえってその力に苦しめられることになる。
己の才気を過信して身を滅ぼす者の方が、無能さゆえに身を滅ぼす者よりも多いのだ」

舞風「ううーん。って言われてもなあ〜。羨ましいよなぁ〜……才能人はさぁ〜……ラララ〜」

突然立ち上がると、歌いながら踊り始める舞風。くるんと体を回転させ、トレーを片手で運びつつ厨房へ向かう。
やるせない口調で歌詞を口ずさんでいるわりにはキレのいい動作をしている。

秋月(司令の言っていることも、舞風さんの気持ちも……どっちも分かる気がする。
私が司令に呼ばれた理由は、私が視える人だったからで。でも、そうであるがゆえに昨日、すごく怖い思いをして……)

秋月(同じ目に遭っていたはずなのに、司令は全然平気だった。私にはない勇敢さや大胆さがある。
……戦場で怯えたりパニックになるのは、私が弱いからだ。もっと精神的に強くならなくては)

昼食が終わると、舞風は二言三言提督に耳打ちしてどこかへ行ってしまった。秋月も夜に備えて再び床に就いた。

提督(そうか、かなりギリギリになるな……だがあれが無ければ勝負にもならない)

・・・・

秋月が涼金提督と出会ってから数十日。再び満月の夜が訪れる。二人はいつも通り夕食を済ませた後、海の上で日付が変わるのを待っていた。
秋月は直立で、提督は秋月の艤装の上に立て膝で座りながら、背中合わせに月を眺めている。
提督曰く、この日は地球から見た月の円盤が最も大きく見える夜だそうだ。

提督「今日で最後か。ふと思い出したんだが……何日か前に私に憧れていると言ったな。どうしてだ?」

秋月「はい。最初の夜、敵艦隊に遭遇したじゃないですか。……司令が居てくれたからあの時は動けましたが。
私一人だったら深海棲艦を前に竦んでしまって何も出来なかったな、って後から思うんです」

秋月「幸いにしてあれから深海棲艦との接触はありませんが……今もちょっと怖いです」

提督「深海棲艦がか? 確かにあの時も危なかったが……数日前の方が危険度で言えば高かっただろう。本当に間一髪だった」

提督「それに、私が居たから上手くいった……ではない。よしんば君が一人で深海棲艦と相対した時に手も足も出なかったとしよう。
しかし、単艦で敵の群れへと艦娘を送り出す提督がこの世のどこにいる? あの状況は私のせいで起こったのだ。本来の戦闘では起こりえない。
君は私に一方的に利用され、窮地に陥った。そして見事切り抜けた。むしろ誇るべきことなのだよ」

秋月「……。違うんです。違う……。私……なんて言ったらいいんだろう……」

提督「いつだったか舞風が言っていたな。私のようなやつには『何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといい』と。
最終日だしな、わだかまりがあるなら全て受け止めるぞ? 恨み言でも呪詛でもいくらでも買い取ろう」

秋月「……司令が悪いんじゃないんです。ただ、司令と会ってから今日までずっと……思うようにいかなくて。
司令に、守ってくれって頼まれているのに……危険な目にばかり遭わせてしまっていて、申し訳ないんです」

提督「……? 私が一度でも君を叱責したことがあったか? 十二分に上手くやっていたと思うぞ。
確かに君は不測の事態に陥るとパニックになってしまう傾向はあったが……それを気にしているのか? 些細なことだろう」

提督「こうして二人でここにいるという結果が君の働きの全てを物語っている。……私は君が憧れるほど立派な人間ではないさ」

提督(無垢な君とは違う。私は罪業に汚れきっているのだからな)

秋月(司令は……秋月のことを、どう思っているのでしょうか……。秋月……司令と離れたくないんです。なんて無茶、言えないもんなぁ……)

この時、提督はこれまでの過去のことを、秋月はこの先の未来のことを思い描いていた。
同じ宵闇の空を見つめる二人の姿が、月明りに照らされた水面に揺れている。

秋月「司令……今日が終わったら、もうこうして会うことはないんですよね……」

提督「そうなるな。……今日を無事越せればの話だが」

提督(不安にさせるだろうから言わないでおくが……これまで“あいつ”に関わった人間は全員、その対処に失敗してきている。
二十年前のあの日……八歳だった私は――私以外の全てを犠牲にして生き残った。そうするしかなかった。だが……)

提督(先人や過去の私と同じ轍は踏まん。今日で因縁に決着をつける)

秋月(ここで私が怯えていたら、本当に司令と離れ離れになってしまう……)

秋月(……今日で決着をつけなきゃ、ダメですよね)

秋月「じゃあ……少しだけ聞いて欲しいんです。秋月の話」

提督「構わんさ、話してみるといい」
797 :【54/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:36:27.62 ID:51r/hk3y0
秋月「秋月は……軍学校ではみんなに持て囃されて、期待されていて……。
今まではそれに応え続けてきて。褒められるのが嬉しくてずっと頑張ってきたつもりでした……」

秋月「でも……最近はその期待に応えるのが辛くて……なんでもこなすのが当たり前になっていて。
失敗したら失望されてしまうんじゃないか、笑い者にされてしまうんじゃないかって不安だったんです」

秋月「だから、司令みたいに、強い人にならなきゃいけないって思ったんです。私も、敵を恐れない強い精神力が欲しい。
時折昼間に司令に会いに行ったりしたのも……勇気が欲しかったんです」

提督「……私が勇敢に見えるのか? 違う、破れかぶれになっているだけだ。憧れを抱くならもっと真っ当な奴にするんだな」

提督(“あいつ”に復讐する……それだけが私の人生の目的だ。それ以外にない)

提督「そういえば……軍学校の教師が、君のことをとても評価していた。成績ではなく人格をな。
人間関係でのトラブルもなく、自分の力量に驕ることもなく、ストイックに訓練を続けていると」

提督「勇気や知性は、後からでも手に入る。才能がなくとも、努力次第で人並みにはなれる。
だが心は……壊れてしまったらもう元には戻らない。戻せない……。君はその清い心を失うな、私のようにはなるな」

秋月「いいえ……勇気なんてどうだっていい。どうだってよくないけど、どうだっていいんです……建前で。
私に必要なのは……司令なんです。司令がいれば、どれだけ臆病な気持ちになっても、どれだけ怖くても、超えていけそうな気がするから」

秋月「ずっと、秋月の傍にいて欲しいんです。他の誰かじゃダメなんです……。
本当は臆病で、見栄っ張りで、弱い私を許してくれるのは……そんな秋月に勇気をくれるのは、司令だけだから」

提督「私はこれまで……口に出したことは曲げずに生きてきた。かつて君を含めた幾人かの艦娘の話題になったことがあってな……。
他提督の前で『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』と公言している。能力面もそうだが、何より精神的に未熟だからだ」

提督「君のその感情は……雛鳥が生まれて最初に見たものを親だと錯覚するようなものだ。
ガラス玉のように曇りのない美しい感情だが、そうであるがゆえに分別がついていない」

秋月「確かに秋月は司令の言う通りかもしれません。……だから、まだ出会って一ヶ月しか経っていないような相手に、自分の全てを曝け出してしまう。
自分の内側に閉じ込めておきたかった弱さも、認めたくない不完全さも……あなたの前ではいとも容易く口から零れてしまう」

秋月の口から漏れ出る言葉が、涙声で揺れる。それでも提督は聞き逃さないように耳を澄ませていた。

秋月「あなたのことを考えると……胸が張り裂けそうになるほど苦しくなってしまうんです。こんな感情になったのは、初めてなんです。
壊れた心が元に戻らないのなら……私は……。私は、あなたを喪った時に壊れてしまう」

提督「……生まれて初めて、ポリシーを曲げてもいいと思ったよ。軽薄な男だな、私は」

秋月「え……?」

提督「バカなやつだ、君は本当に。そして私も」

提督「……この夜が明けたら、君を傍に置いてやる。私の言う“あいつ”のことも、私の過去のことも、全て打ち明けてやろう。
……分別がついていないのは私の方だな。情に絆されるなど愚かしい……愚かしいことなのだがな」

提督が自嘲の意を込めた高笑いをすると、秋月もなんだかおかしくなってつられて笑い出してしまう。笑い声は重なって水の上の波紋に変わる。

提督「さあ。日付が変わる……これが最後の夜だ」

・・・・

黒い人影が遠く離れた陸地から無数に追いかけてくる。

秋月「最初の頃とは比べ物にならないほど多い……!」

提督「月が満ちれば満ちるほどに増えていく傾向があったが……今宵はさながら百鬼夜行だ」

歌が聞こえてくる。歌詞を口ずさむ幼子の声。提督にとっては聞き慣れた歌だった。秋月にとっては聞こえないはずの歌だった。

秋月「籠の中の鳥はー……」

提督「秋月……まさか、聴こえているのか? 視えてしまっているのか?」

秋月「やっと司令と同じところまで来ました。はっきりと聞き取れる。はっきりと視える……!」

提督「まずいことになった……あいつらの数の多さにも合点がいった。秋月。あれらに囲まれたのなら、私を海に放り出して逃げろ。
そうすれば君だけは助かるかもしれない。艤装の力で海を走れる君なら、まだ生き残れる可能性はある」

秋月「大丈夫です。司令……数日前に何度か実証済みです。攻略法を編み出してきましたから」

これまで提督が共に過ごしてきたような、どこか頼りない様子とは異なる自信に満ち溢れた返事。

秋月「的が小さいだけ……! 接近して撃ち落とせば退けられる。一昨日、あの黒い影と肉薄したのは仮説を試すため……!
司令の言葉がヒントになりました。私に知覚させないよう、ぼかすために言った『幻覚のようなもの』……つまり」

秋月「あれを“認識”してしまうといけないのなら……襲い来る全てを、私の“妄想”に置き換えてしまえばいい……。
視覚に入ってくるものは妄想上の幻覚であり、実体は機銃で撃ち落とせる蚊トンボに近い存在だと……そう思考を欺きました」

秋月「“認識”したものを追ってくるのなら……その“認識”自体を欺けば『視ている』が『見てはいない』状況が成り立つ。
『聴こえる』歌は全てが妄想……私の五感は今、一切この場に存在していない。秋月の世界には、司令しか存在していない……!」

提督(賭けに出たか。しかし……)
798 :【55/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:41:52.16 ID:51r/hk3y0
舞風は本当に良い仕事をしてくれた。欲を言えば、もう少し早くこの歯車を寄越してくれれば昨日以前の夜も楽に過ごせたんだがな。
それから……吹雪にはまた迷惑をかけてしまうな。きっとあいつにとっての面倒が起きるに違いない。

秋月は目を見開いたまま硬直している。……無我の境地に到達し、認識による浸食を防ぐか。私には不可能な芸当だな。
惜しむらくは攻撃手段を武器に設定してしまったことだろうか。念力の類ならば夜明けまで退けることが出来たかもしれないのだが……。
その場合は精神力が尽きた時に同じ結末を辿るか。結局のところ、もう対抗手段はない。弾は尽き、囲まれつつある。

秋月の“攻略法”は、夜を超え朝を迎えるには至らなかった。だが……私の復讐には大きく貢献してくれた。
これだけ多くの“バグ”を引き寄せることが出来たのだ。あの時の数倍以上の量……恐らく、ほぼ全てがここに集結しつつある。
よくぞここまで膨れ上がったものだ……私の攻略法がなければ、未来にこの国は地図から消えているかもしれないな。

さて……感傷に浸るのもこれまでだ。残るミッションは二つ。
艦娘の記憶を消す薬か……。恐ろしい代物だが、これも需要があるから生み出されたものなのだろう。
恐らくこれで君は生き延びるだろうが……救えなかったのならばすまない。さようなら、秋月。

さあ。最後だ。忍び草には何をしよぞ……、もはや出来ることなど残されてはいないが。
復讐に生きた私の末路には相応しい。時は再び刻み始める。

・・・・

秋月は、毎年ドラフトで指名され続けたものの「なんとなく卒業までは学校に残りたい」と拒否を続けた。
涼金提督と出会ってから五年後に軍学校を卒業し、ようやく舞鶴鎮守府に着任。
期待通りの活躍ぶりで名を轟かせていたものの、秋月はそうした評価にはほとんど関心を示さなかった。

地位や名誉といったものに執着が薄れたようである。
「自分にとって大切なものが他にあるはずだ」という彼女なりの心境の変化があったらしい。
代わりに、他者との交流を積極的に取るようになり、いくつかの趣味を持つようになった。

十年間舞鶴鎮守府に務めた後、柱島泊地に異動を言い渡される。
十年も過ごしただけあって別れを名残惜しむ者が多かったが、秋月はこの異動をポジティブに捉えていた。
この時の彼女には、どんな環境に移ろうとも上手くやっていけるという自信とそれを裏打ちするだけの能力があったからである。

事実、柱島泊地に着任してから一年が経過しているが、彼女に対し好感を抱いていないものなどいなかった。
公明正大にして冷静沈着。どんな危機にも動じない判断力や決断力を持つ、私人としても武人としても優秀な人材に成長していたのだった。

・・・・

任務を終え、施設内の戸締りをしていた秋月は瑞鳳に呼び止められる。

瑞鳳「あら秋月。ここに居たのね。これ、郵送で届いてたの。舞鶴鎮守府からだって。
……柱島泊地の秋月さんに〜、って書いてあるのは良いんだけれど、差出人の名前がないのよね」

秋月(舞鶴からの小包ですか……。ここに異動になる前はずっとあちらに在籍していたから、不自然というわけではないけれど……誰からでしょう)

小さなダンボール箱を秋月に手渡す瑞鳳。箱の中に何が入っているのかは分からなかったが、それなりに重みがあるように秋月は感じた。

瑞鳳「一応検査は通っているから危ない物ではないみたいだけど。説明書きも無いし、何かワケありな物が入っているのかしら……?」

秋月「うーん……私にも何か検討つかないですね。ここで開けて中身を確かめてみましょうか?」

箱を開けると、入っていたのはダイヤル式の黒電話だった。

瑞鳳「このご時世に黒電話……? こんなものを送りつけてきて何がしたいのかしら」

秋月「ダイヤル部分が壊れていて全然回りませんね……。なんでしょう、これは」

瑞鳳「イタズラ? 嫌がらせ? どっちにしてもなんだか不気味よね。壊れていて使えないみたいだし、要らなかったらこっちで処分しとくわよ?」

秋月「いえ……無意味にガラクタを送りつけてくるような知り合いはいないと思うので、少し自宅で調べてみます」

・・・・

弦月が浮かんでいる。夜霧が立ち込めていて、窓から見える星の光は滲んでいた。

秋月「結局……なんなんでしょうかこれは。ケーブルとその変換器があれば受信だけは出来るかもしれませんが……そんなものはありませんし」

瑞鳳から渡された例の黒電話は、分解して中身を確かめた結果内部に破損はなくダイヤル部分を直せばまだ電話として使えることが判明した。
……分かったことはそれだけで、意味深な紙切れが隠されていたり盗聴器が仕掛けられていたりということはなかった。

秋月「明日、乙川司令に言って差出人について調べてもらった方が良さそうですね。……」

秋月が床に就こうとした矢先、ジリリリ……と音が鳴り響く。秋月はすぐさま電気を点け、音がどこから鳴っているのか確認する。

秋月「……! これは、黒電話の呼び出しベルの音に違いありませんが……」

電力が供給されておらず、電話線も繋がっていない。
ベルは確かに内臓されていたが、ひとりでに音が鳴りだすような機構など当然なかった。

物理的に起こり得ない現象が生じている。このような心霊的な恐ろしさは彼女にとって未体験のことだった、はずなのだが……。

秋月(不思議……不思議なぐらい気持ちが落ち着いている……)

秋月(前にもこんなことがあったような……? いや、そんなはずはない……でも。
ずっとこういうことが起こるのを期待していたような……不思議な気持ちがします)

おそるおそる、受話器に手をかける秋月。
799 :【56/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:49:53.98 ID:51r/hk3y0
??「……初めまして、になるな」

朴訥さを感じさせる低めの男声。秋月にとって聞き覚えのないものだった。

秋月「あの……どちら様ですか? というより……どうやって話しかけてきているんですか?」

??「……電話に取り憑いた未練がましい悪霊さ。名前ももうない」

秋月「幽霊……ですか? 確かに、この現象はそうとしか説明がつかないけれど……」

秋月(悪霊と自称してるわりには、敵意や害意を全く感じませんね……。怖さを感じない、というより、むしろ話をしていて心が落ち着くような感覚が……)

??「一つだけ望みがある、協力願いたい。今や褒美を与えることさえ能わないゆえ、強制力を持たないただのお願いだが。
君にとって利のない依頼だ。嫌なら今すぐこの電話を海にでも投げ捨ててくれればいいが……」

秋月「良いですよ。お引き受けしましょう」

??「! まだ、内容も話もしていないのにな……。まあいい」

秋月(彼が本当に幽霊なのかどうか、真偽のほどはさておき……ポルターガイストじみた怪現象を起こしてでも叶えたいことがあるのでしょう?
見捨てるなんて出来るわけがない。わざわざ面識のない私に頼むのも、何か理由あってのことでしょう)

??「舞鶴湾のとある入り江に、私の遺体がある。君にそれを見つけて欲しい。舞鶴の鎮守府には窓位大将という提督がいる。見つけたなら彼に引き渡してくれ」

・・・・

翌朝の柱島泊地執務室。この泊地を統括している乙川提督とその秘書艦である瑞鳳は、秋月に関する話をしていた。

瑞鳳「提督。舞鎮から書状ですって。昨日秋月に届いてた荷物と関係があるのかしら……?」

乙川「ああ、昨日の夕飯で話してた壊れた黒電話ってやつか。どうだろう。ん〜、どれどれ……」

※乙川提督が作れる料理といえば、せいぜいカップラーメンかレトルトのカレーぐらいである。
 このため、彼は毎晩瑞鳳の家に通い自分の分の夕飯を作ってもらっている。
 また、最近は自分の家から瑞鳳の家に移動する手間さえ億劫になってきたためか同棲生活をしている。

乙川「うちの秘蔵っ子を舞鶴に貸して欲しいってさ〜……どうしましょうかねえ」

書面に目を通し、困り顔を浮かべる乙川提督。

瑞鳳「そんな嫌なことが書いてあったの? 秋月を舞鶴に引き抜きたい、みたいな話かしら?」

乙川「いや、悪い話ではないんだけどね……こんな感じ」

乙川提督が机の上に置いた書類を読む瑞鳳。

瑞鳳「なんだ、たった数日舞鶴に行かせるだけじゃない。依頼の内容も港に寄る漁船の護衛なんて簡単そうな内容だし……。
たったそれだけのことで貴重な改修用の資材なんかを提供してくれるって言うんだから、むしろ美味しい話じゃない?」

乙川「日付が宮ごもりと被っちゃうんだよ。せっかく秋月の分の浴衣まで用意したのにさ……経費で」

※乙川提督や瑞鳳たちが暮らす柱島は、ここ柱島泊地から6kmほど離れた位置に浮かぶ島である。
 柱島泊地在籍の海軍関係者からは本島と呼ばれるこの島では、毎年この時期に『宮ごもり』という名の秋祭りが行われている。
 かつて艦娘含む軍人と島民との間に交流は無く、祭りも限界集落で行われる町内会程度の規模であったが、
 乙川提督が着任して以来これを大々的に祝うようになった。

瑞鳳「けいひ……今なんて? 最後の方にボソッと呟いた言葉がちょっとよく聞こえなかったんだけど〜?」

乙川提督に笑顔で詰め寄る瑞鳳。こめかみには青筋を浮かべている。

・・・・

舞鶴湾は、氷河期後の海面上昇によって山や谷が海に沈み込んだ結果生じたリアス海岸である。
湾の四方が山に囲まれていることから強風や荒天を避けることができるため、港を設置するには最適な場所だ。

秋月(今日で遺体を見つけることが出来れば宮ごもりの前日には柱島に帰れるはず……日没までにサクッと終わらせたいところですが)

秋月「こんな港の近くにある遺体なんて、私が探すまでもなく引き上げられているはずでは……?
沖に流されたのならそれはそれで見つからなさそうですし……」

受話器片手に質問する秋月。

??「今も残ってるさ、必ず。……そして見つけられるのは蓋し君だけだ」

秋月「? それってどういう……あっ!? これが……」

白い髪をした男の遺体が浮かんでいる。右手は手の平を広げた状態で空へ向けていて、左手は銃を握ったまま半分ほど海に浸けている。
こめかみに穴が開いていることから察するに、自殺したのだろう。にも関わらずに遺体はにやけた笑みを浮かべている。

??「私には視覚がないから判別つかないが……恐らく君の見ているそれが生前の私だよ。……さあ、回収してくれ」

秋月(……? この遺体、まるで石膏像のように堅い。指の関節ですら全く折れ曲がらない……死後硬直にしてもこれはありえません。
気になることが多いですね……後で訊いてみましょうか。協力しているのだからそのぐらいの権利はあるはずでしょう)
800 :【57/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:54:34.84 ID:51r/hk3y0
舞鶴鎮守府に着くと、秋月の知己である阿武隈という艦娘に案内され、第四執務室という部屋に招かれる。

阿武隈「窓位提督〜? この木炭みたいに黒い、人の形をした物体はなんですか? 推理モノの犯人みたいに黒づくめですけど……」

窓位「人間の遺体、らしいよ。ボクにもそうは見えないけどね」

阿武隈「ええっ!? なんてものを運ばせてきてるんですか!? 怖……」

秋月(私が今背負っているものは、どうにも他の人には遺体に見えていないらしい……。奇妙な話ですが)

窓位「おっと……そっちのけで話しちゃってごめんね。初めまして、窓位です。ここの鎮守府の提督の一人だよ」

背は秋月よりも少し低い、少年のような見た目をしている男性。彼が窓位大将らしい。

秋月「秋月です、初めまして。その……この遺体のどこが黒いんですか? 血色も失われていないし……死後間もないように見えますが」

窓位「なんだか変な黒電話が届いただろう? おかしなことばかり言うもんだから最初は悪戯か何かだと思ったんだけどね……。
彼の言うことが正しいとするならば、その遺体が遺体に視えるのは君だけのはずなんだよ。ボクらには人の形をした真っ黒な物体にしか見えないんだ」

秋月「なんですって……?」

窓位「十六年前に自殺した涼金凛斗という人間の遺体らしい。当時ここ舞鶴鎮守府の提督だったそうだから、調べてみたんだけど……。
何一つ手がかりがないんだ。ボクが着任する何年も前に資料室で小火騒ぎがあったようで、彼の名前が載っていたであろう書類だけが焼失」

窓位「ネット上のデータベースにアクセスして十六年前の情報を探っても、彼が指揮していた艦隊に関する情報は出てくるのに、肝心の彼の名前がない。
涼金提督に該当するであろう情報を調べようとすると全部エラー扱いだ。当時舞鶴の提督だった他の人に話を聞いても覚えがないとのことでね」

窓位「君以外にはその遺体をそもそも遺体だと認識することさえ出来ないようだし。これはやっぱり……」

秋月「……この世界から強制的に抹消された、というぐらいに不自然な消失の仕方ですよね」

窓位「直接そう説明されたわけじゃないから推測だけど、ボクもそういうことだと思う。
彼は十六年前に自殺し……何らかの強制力によってこの世界にいた痕跡ごと失われた。たぶん、人為的な力ではないと思う」

秋月「私が軍学校に在籍していた頃の話ですね……十六年前」

刹那、水面に揺れる満月の映像が秋月の脳裏を掠める。

秋月(私ともう一人……背中合わせで月を見上げている光景。私の後ろにいる人は誰? ……思い出せない。十六年前、何があった?)

窓位「彼の要望は、君の持ってきたその遺体を富士山頂に埋葬して欲しいんだって。理由を明かしてはくれなかったけど……。
すごく深刻そうな口ぶりだったから、そうしない限りは成仏出来ないんだろうね。……どうかした?」

秋月「あっ、いえ! 大丈夫です。十六年前に何があったかなって、記憶を想起しようとしていました」

窓位「君は彼と過去に面識があるんじゃないかな。ほら……お金や名誉はあの世に持って行けないだろう?
記憶もまた同じなんだ。お金と違って完全に引き継げないわけじゃないけど……よほどの思い入れがない限り薄れやすい」

窓位「十何年も現世に残っているって時点で相当な未練があるのは間違いないんだけど……。
ただの後悔や憎しみの感情だけなら、彼のように明確に記憶を保っていられるとも思えないんだよね」

阿武隈「窓位提督って……そんな霊能者みたいなこと言う人でしたっけ? よく死後の世界のことなんて知ってますね」

窓位「いやいや……死後の世界のことは分からないし、霊視もできないよ。ただ、大昔……この人工樹脂で出来た肉体に移し替えるための手術を受けた時にね。
その時にボクは女神と……神様と会ったんだ。臨死体験ってやつになるかな。……漠然とだけどその時された話を今も覚えてるんだ」

秋月(この方も結構ワケありみたいですね……)

窓位「あー……二人ともポカンとしてるね。この話はやめようか。なんていうかそうだなあ……彼は、とても孤独だと思うんだ。
ボクが電話に気づくまでは誰に知られることもなく、ずっと電話の中でこういう時が来るのを待ち続けていたみたいでさ……」

思案するように黙り込んだ後、決心したのか目をぱっちりと見開いて秋月に言葉を向ける窓位提督。

窓位「ボクは、彼に言われた通り遺体を山頂に埋めようと思う。どうして彼がそれを望むのか理由は分からないけど……。
もう亡くなってしまった彼のためにボクがしてあげられることはそれぐらいしかないだろうから……そうするつもりだ」

窓位「けど、君なら彼のことを救ってあげられるのかなって、不意にそんなことを思ったんだ。
一人ぼっちの暗闇の中で十年以上過ごしていても君の名前を忘れなかったってことは、君は彼にとってそれだけ大切な人なんだろうから」

・・・・

舞鶴鎮守府の寮内にある空き部屋。秋月はここで一晩過ごすことになった。柱島へ戻るための支度を終え、パジャマ姿で布団を敷く秋月。
窓位提督に遺体を渡して以降、秋月は涼金に何一つ話を聞くことが出来ないままであった。黒電話のベルが一度も鳴らなかったからである。

秋月「向こうから呼び出すことは出来ても、こっちから発信することは出来ないんですよね。この電話……」

秋月(でも……窓位司令に存在を気づかれるまで前もずっとこの電話の中に魂を宿し続けていたようだから……。
つまり、ベルが鳴っていない状態だろうと彼はこの電話に憑依しているってことですよね。きっと今も……)

秋月「あっ! 閃きました。こういうのはどうでしょうか」

毛布と布団の間に潜り込み、背を曲げて丸まる秋月。懐にギュッと黒電話を抱え、耳元に受話器を寄せる。

秋月「そちらに話をする気がないというのなら、実力行使しかありませんね。
私の体温がプラスチック越しに貴方へ届くまで、私の声が受話器の向こうの貴方に届くまでずっと話しかけ続けますから」
801 :【58/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:01:20.25 ID:OEF6BDPZ0
秋月「……秋月、十六年前のこと思い出そうとしているんです。軍学校時代のこと。きっと、その時秋月は貴方と一緒に居たんですよね」

秋月「波のない静かな海の上をクラゲのように漂って……私と貴方で、背中合わせに満ちた月を見上げている。
二人の影を、月明かりが照らしていたんです。そんな光景を……記憶にはないはずなのに、思い出してしまうんです」

秋月「……素敵な思い出のはずなのに。思い出そうとすると不思議と涙が出そうになるんです。
悲しいのか、切ないのか、自分でも分からないんですけど……どうしてなのかな……」

秋月が黙ると部屋は静寂に包まれる。普段の寝室よりもずっと広い、何もない部屋。

秋月「……なにかお話してくださいよ。さびしいじゃないですか……司令」

秋月(あれ……私、どうして『司令』って……? 十六年前はまだどこの艦隊にも所属していなかったはずなのに。
それなのに、すごく自然に言葉が出てくる……想いを伝えたいって気持ちが、とめどなく溢れてくる)

提督「……私のことなど忘れたままでいれば良かったのにな。もう私が君にしてやれることはないんだ。思い出したところで、何の意味もない」

秋月「それでも……私は嬉しいです。もう一度司令と話がしたかったから」

受話器越しに弾む声で喜びを伝える秋月。

秋月「残念ながら、未だに全部は思い出せないんです。でも、少しずつ思い出してきた。司令の声を聴いて、また一つ思い出しました。
私は、秋月は……司令のことをお慕いしていたんだってことを。そして今も……」

秋月「ずっと忘れていたのに、十六年も経って今更好きだなんて虫がよすぎますよね。ごめんなさい。でも、今の秋月の本心です」

秋月「司令と普通に出会って、普通に別れていたらこうはならなかったはずなんです。私の中から強制的に司令が失われたから……。
喪われたことにすら今まで気づけなかったから……悲しくて、やるせなくて……。でもこうしてまた会えたから、たまらなく嬉しくて、愛しくて」

提督「分かっていた。君が私のことを思い出して喜ぶことも、悲しむことも……だから隠していたかった。黙っていたかった」

秋月「司令が生きていたのなら……抱き締めて、ありったけの好きだって気持ちを伝えたかったのに……! どうして司令は……」

彼のかつての器であった肉体は既にその機能を停止していて、魂が再び宿ることは永遠にない。

・・・・

提督「あの後の経緯を話そうか。最後の夜、無数の黒い影のようなものに追われていただろう。覚えているか?」

提督「私は個人的にあれらを“バグ”と呼んでいる。先人は“認識の小人”なんて呼んでいたが……今回は便宜上バグと呼ぶ、その性質は五つ」

第一:バグは満月が最も地球に接近する日から約三十日前に出現・活性化する(おおよそ二十年に一度の周期)。
   活性化していない状態では無害であり、月の接近期間内でも日中は活性化しない。
第二:バグに能動的に触れた者をこの世に居た痕跡ごと消失させる。
第三:バグは他のバグを引き寄せる。バグは他のバグの集まる場所へと向かう。
第四:バグが疎らに存在している場合は、その存在を認知している生物を優先的に対象として狙いに来る。
第五:複数のバグが対象を取り囲んだ際、囲まれた範囲内に存在する全てのものを消失させる(生物・無生物問わず)。

提督「尤も、これらは先人と私で発見した法則のようなものだ。君が攻略法を編み出せたように、対策もあるのかもしれない」

秋月(黒い小人……? 覚えているような、覚えていないような)

提督「……最終日、私と君はバグに囲まれつつあった。もはやあの状況を切り抜けることが不可能だと当時の私は判断した。
そこで、“時の歯車”という道具を使った。簡単に言うと時間を停止させることができる道具だ」

秋月「時間を止める……? じゃあ、秋月は司令と一緒に海上にいたはずなのに、次に意識を取り戻した時鎮守府に居たのは……」

提督「そう、時間を止めて君を鎮守府まで引き戻した。そして私と過ごした約一ヶ月間の記憶を消す注射を打った」

秋月「そんなものがあったなら、司令もその場から逃げ出せば助かったのでは……?」

提督「……あの時のような大群に追われていては、海の上のどこに逃げようと振り切ることが出来ない。
まして陸地に逃げればその被害たるや計り知れない。それに……あの時は」

提督「あの時はもう、死んでしまっても良かったんだ。私はバグを無効化させることが出来ればそれで良かった。当時の私はな」

提督「止まった時間の中では自ら許可しない限りバグに触れようとも消失することはない。
一方で、自分の肉体と銃だけは通常通り動けるように許可すれば、止まった時間の中でも自殺は可能だ。
私が死んだ瞬間に時は再び動き出し、しかし私の遺体の時間だけは止まり続けるよう、時限設定をした」

提督「私の遺体は永遠にバグを集め続けるだろうが、時間が止まっているからバグが活性化しようと消失することはない。
その後肉体から抜け出した私の魂はこの黒電話を器として選んだ。これがあの夜の後のいきさつだ」

・・・・

秋月「司令はあの夜……ずっと一緒に居てくれると言ってませんでしたか? 秋月のことをずっと傍に置いてくれるって」

提督「約束、果たせなかったな。……すまなかった」

秋月「いいえ、お詫びの言葉なんていいんです。謝って欲しくなんかないんです。過ぎてしまった時間は取り戻せないから。
でも、この先の時間なら変えられるはず。……十六年の空白さえも埋め尽くしてしまうぐらい、二人で未来を彩っていけばいい」

秋月「だから……今度こそ。私と一緒に居てくれませんか? 私と一緒に未来を歩みませんか」

提督「突き放しても、記憶を消しても、君はどこまでも追いかけてくるんだな……」
802 :【59/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:04:06.91 ID:OEF6BDPZ0
秋月「当たり前じゃないですか。それだけ大切な人なんですもの」

提督「死人が生者を縛るようなことは言うべきではないんだろうが……君がそう言ってくれるのは、実のところ嬉しい」

秋月「良かった……司令も、秋月と同じ気持ちだったんですね」

秋月の背中が温もりでいっぱいなのは、毛布の暖かさだけではなかった。込み上げる感情が彼女の体温をゆっくりと高めていく。

提督「……もう、寝た方がいい。明日は柱島に帰るのだろう? ゆっくりとお休み」

秋月「はい。ふふ……また明日。明日も、いっぱいお話しましょうね。もっと司令のことを思い出させてください。おやすみなさい」

触れることも出来ず見つめることも出来ないからこそ、その声に、その言葉に、秋月はありったけの愛情を込める。
それが苦しいほど伝わってくるからこそ、提督は何も言えず押し黙っていた。

・・・・

ススキが風に揺れている。鈴虫の音が遠くから聞こえてくる。朝焼けの光が差して茜色に染まる原野。
煙のように白い髪の子供が岩の上に腰掛けていた。もの憂げな瞳は、焼け焦げた跡だけが残る何もない地面を映している。
秋月も彼の横に座り、同じ目線で同じ景色を眺める。空間ごと切り取られたかのように何もない、土が露出したまっさらな地面が広がっている。

提督「この姿は、八歳の頃の私だ。三十六年前の思い出さ。地図にも載っていないような山間の隠れ里で私は生まれ育った。
外界から隔離されていたこの場所にも、人の営みがあったんだ。私の家族もここで暮らしていた」

提督「この集落には、仏教や基督教のような宗教らしい信仰体系があったわけではないが……。
無生物の中にも精霊が宿っているという伝承を信じていたんだ。命を持たない物にも思念や意志が宿るのだと」

提督「だから……壊れてしまった道具や家具を弔う風習があったんだ。壊れた家財道具をわざわざ富士の山まで運んで、死者と同じように弔っていた。
あの山のなるべく高い場所に埋めることで、御霊が早く天へと昇れるようにと祈っていたんだ。今の時代に同じことをすれば不法投棄で捕まるのだろうが」

提督が遠方の景色を指し示す。藍色と茜色が混じり合う東雲の空に、いわし雲がたなびいている。
空の色にも雲の色にも染まらない、紅色の輝き。燃えるように赤く染まった富士の山が聳えていた。

提督「ここを離れる時、最後に見た景色だ」

秋月「綺麗な赤富士……こんな鮮やかな赤い色は初めて見ました。……」

提督「消失した故郷のことを覚えているのは、当時生き残った私しかいない。そしてその私も今やこの有様。だが……ここには命があった。
この先も続いていくはずのささやかな未来があった。これまで人が積み重ねてきた過去の証があった。あったはずなんだ」

提督「生まれ故郷があったことを、そのことをこの世に残したい。無かったことにしたくないんだ。これが私の今の願いだよ。
私の遺体をあの山に埋めれば弔いになる。今や私の肉体だけが故郷がこの世界にあったことの証明なのだから……」

秋月「司令がこうして夢に出てきたのは、秋月にさよならを言うためにですか? ……やはり、別れなければなりませんか」

提督「ああ。死んだ後まで君を巻き込んでしまってすまないな。十六年も経って昔のことを蒸し返す形になってしまった。
しかし……復讐を果たした後もなお成仏できないぐらいには想い入れがあるんだ。君のおかげで、ようやく私は役を終えることができる」

提督「本当は何も言わずに消えてしまうつもりだった。こうして感情を分かち合えば分かち合うほど別れの痛みは増すのだろうから。
だが、君のひたむきさに惹かれてしまったんだ。君の抱いてくれた想いを踏みにじりたくない……だからこうして直接別れを告げに来た」

隣に座る提督の右手を両手で握り、訴えかけるような上目づかいで彼を見つめる秋月。
秋月の方へ振り向いて、喜びとも悲しみともつかない複雑な表情をする提督。

秋月「どんな理由であれ……司令とまた会えて、心の底から良かったと思っています。たとえそれが夢の中であっても」

秋月「……もし。今まで、未練があって成仏出来なかったというのなら……それが理由でこの世界に留まり続けることが出来るというのなら。
これからは秋月がその理由になりませんか? 秋月は……司令にとっての未練にはなれませんか?」

提督「分かっているだろう。死んだ人間がいつまでもこの世界に干渉し続けてはいけない。死んだ人間のことを引きずり続けてはいけない。
私のように過去に囚われてはいけないんだ。私の時間はあの日から……この景色から止まったままなのだから」

秋月「秋月は過去に囚われてなどいません。ずっと司令との未来に臨んでいます、今だってそう。
あの赤富士も司令にとっては過去の心象風景でも、秋月にとっては初めて見る景色。司令はいつだって……秋月にないものを与えてくれる」

まばたきすることもなく、秋月の澄んだ墨色の瞳はただ目の前の提督だけを捉え続ける。

秋月「分かったんです。私が一人だけ司令の遺体を識別できた理由が。
確かに司令に関する記憶は失っていた……でも、司令はずっと秋月の心の中にいたんです」

秋月「仮に人間が太陽という天体の名前を忘れたところで、その光は変わらず天から地へと降り注ぐ。
司令の想いは、ずっと秋月に届いていたんです。秋月の司令への想いは、ずっと残っていたんです。記憶を失ってしまってもなお」

秋月「司令は……秋月にとっての太陽なんです。司令という光が秋月の道を照らしてくれる。だから、この先の未来も……!」

提督「君の望みは叶えられない。もう限界が来ているんだ。全ての命に終わりがあるのと同じ。
その霊魂にも現世に留まり続けていられるタイムリミットがある。私はもう時間を使い果たしつつある」

提督「私のような陰気な男に、太陽など似つかわしくないのだろうが。君がそう言ってくれるのなら……。
私にとって君は、夜の闇のように限りない孤独すらも優しく照らしてくれる、満ち足りた月なのだろう」

提督「この景色を見た時に、隣に君がいれば良かったと強く想う。君が傍に居たならこうはならなかったのだろうから。
それでも……最後に君に会えて良かった。私の中で止まっていた時計の針が、君のおかげで再び動き出したんだ。ありがとう」

提督が立ち上がると、陽光が彼の背中を包み込むように照りつける。富士山は穏やかな空色を取り戻していく。
803 :【60/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:19:19.58 ID:OEF6BDPZ0
朝、秋月が目を覚まして黒電話を確認すると、受話器と本体とを繋ぐケーブルが断線していた。
もう黒電話から提督の声がすることはない、その暗示なのだろうと秋月は解釈した。

秋月はそれから、予定通り柱島に帰ることにした。涼金提督の埋葬は数日後に行われるらしい。
深夜にヘリコプターで山頂上空を目指し、そこから複数名の艦娘が棺を持って飛び降り、秘密裡に地中へ埋めるのだそうだ。
十一月末の富士山といえば、豪雪荒れ狂う極めて危険な山である。常識で考えれば実現不可能な自殺行為に等しい。
……もっともそれは人間にとっての常識であり、艦娘にとっては深海棲艦との戦いに比べればお茶の子さいさいな様子だった。

秋月(乙川司令に頼めば、涼金司令の遺体を埋める作業に同行するのを許してくれるかもしれませんが……他の艦娘もいますし。
あの人も多分、秋月に別れを引きずって欲しくはないんでしょうから……涼金司令のご遺体の安息と、彼の冥福をここから祈りましょう)

秋月「秋月、ただいま戻りました」

執務室の扉を開け、乙川提督に舞鶴で果たした任務の報告を済ませる秋月。

乙川「ふむ。やはり秋月にとっては簡単な依頼だったようだね。これで明日の宮ごもりも誰一人欠けることなく祝える。良きかな良きかな。
……って秋月? ちょっと元気なさげだね。舞鶴で何かあったかい? 言いたくないようであればすごく回りくどい形で聞いていくけど」

瑞鳳「気遣うような口ぶりしておいて、結局何があったか聞こうとするのはやめないのね……。
ま、辛いことは一人で抱え込んじゃいけないわ。私たちいつも秋月に助けてもらってばかりだからね、たまには頼ってくれてもいいのよ?」

瑞鳳「いつも元気に前向きでいられたら良いけれど、そういうものでもないじゃない? 無理して明るく振舞ってもしょうがないしね。
それに、人って色んな一面を持って生きてるから。いつもと違う表情を見せたぐらいで秋月のことを嫌いになる私たちじゃないわ」

普段は痴話喧嘩にも似た漫談を繰り返している二人が、この時はいつになく頼もしく見えた。

秋月(私……やっぱり恵まれてるんだな。こうして気にかけてくれる人たちが居るんですもの)

秋月「あ……いえ、言いたくないわけじゃないんですけど……。昔を思い出す、懐かしいことがありまして。
ちょっぴり切ないんですけど、素敵な、大切な思い出なんです。私自身整理がついてないから、何をどう説明したらいいか……」

乙川「ん〜、そうだねえ。じゃ、前夜祭と洒落込もうか。瑞鳳の家に美味しいお酒がたくさんあるんだよ。
なんでかっていうとせっかく僕が通販で買ったお酒を全部瑞鳳が没収しちゃったからなんだけど……」

瑞鳳「お酒を飲みながら仕事しようとするのが悪いのよ、もう。でも……みんなで集まって飲む分には構わないわよ。
楽しく嗜むならお酒もいいじゃない? じゃあ……今日の仕事ももう終わりだし、宴会の準備をしなきゃね」

・・・・

乙川提督と瑞鳳、秋月のほか、たまたま場に居合わせた照月の四人が卓を囲んで話し合っている。

秋月にとって舞鶴であったことや十六年前の出来事をそのまま説明することは難しかったため、
「軍学校時代に好きだった人と再会して、投合したがやむを得ない理由でまた離れ離れになってしまった」と話した。

瑞鳳「なるほどね……初恋の人との十六年ぶりの再会かぁ〜。ロマンチックねえ」

照月「秋月姉ぇ、軍学校時代にそんな人が居たんだ……浮いた話とか全然聞かなかったからビックリしちゃった」

乙川「十六年も経ったらだいぶお互い変わってそうな気がするけどねえ。それでもやっぱり惹かれ合うものがあったんだね」

秋月(まあ……艦娘である私は老いることがありませんし、涼金司令も十六年前に亡くなった時のままですからね……)

秋月「ええ。もうこの先会えることはないだろうから、ちょっぴり寂しいですけど……でも。
お互い伝えたいことは伝えられたし、それでも別れざるを得ないなら仕方ないのかなって思うんです」

乙川「ふぅむ……相手方の事情はよく分からないけど、こんな一途で純情な子を悲しませるなんて紳士のやることじゃないな」

瑞鳳「自分のこと棚に上げて何言ってるんだか。提督だって大概じゃない」

乙川「いや、そんなことは……あるけども。ま、僕だって何のリスクも冒さずにここの提督になったわけじゃないんですよ」

乙川「正味な話……惚れた女の子を泣かせるぐらいなら、奇跡の一つや二つ起こしてでも傍に居てやるべきだって僕は思うけどね」

秋月(そういえば……乙川司令が柱島を離れた後、瑞鳳さんに再会するために『一生分の勤勉さを使い果たすぐらい頑張った』って言ってましたもんね。
瑞鳳さんには『偉い人相手にハッタリで誤魔化しおおせた』なんて話してるからバラさないで欲しいって言われましたが……)

秋月「奇跡、か……」

・・・・

翌朝になり他の面々は鎮守府へ向かったが、秋月はこの日非番だった。
自宅に帰って遅い朝飯を済ませた後、早く出しすぎたコタツに入って窓越しに空を眺めていた。
このところ冬の始まりを感じさせるような寒い日が続いていたが、今日は気温も暖かく秋晴れの空に太陽が輝いていた。

秋月(司令は……そっちから見てくれていますか? 秋月もいつか、そちらへ向かいます……その時まで待っていてくれますか?)

秋月「……なんて。やっぱり思えないんですよね!! 諦めきれませんもの、司令のことを」

秋月(乙川司令だって、本当は瑞鳳さんと離れ離れになるはずだったところを無理矢理手繰り寄せたんだもの。
太陽と月ぐらい離れていようと、此岸と彼岸で隔たれていようと……いつか必ず)

秋月「必ず、会えるはず……! だって、奇跡を起こしてでもまた会いたい人なんですもの」

無意識のうちに秋月はコタツを抜け出して家の外を歩いていた。
とにかく行動を起こしたいという気持ちが思考に先行して彼女の体を突き動かしていたのだった。
804 :【61/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:23:06.85 ID:OEF6BDPZ0
秋月(……試せることは全部試しておきたいんですよね)

秋月は全くの考えなしに家を飛び出したわけではなかった。
愛車に乗り込んでアクセルを踏みしめ、テンポの速い音楽をスピーカーから流す。向かった先は鎮守府だった。
駐車場に車を停めて鎮守府内の工廠に入ると、前掛けをかけて半田ごての電源を入れる。

秋月(壊れているなら、直せばいい。断線した部分は半田ごてで溶接して、あとはガワに付いたダイヤル部分を回るようにしてあげればいい。
そんなことをしたってまた司令と話せるかどうかは分からない、声が聞けたところで何を話したらいいかは分からないけど……)

・・・・

秋月「修理完了です! ……で、案の定何も起きませんね。でも、これで普通に電話としては使えるようにはなったみたいですし、自宅に置いてみましょうか。
電話線などを取り寄せる必要はありますが……ん、長10cm砲ちゃん。どうしたの? 今日の出撃はないですよ」

円柱状のボディに直方体の頭部、触覚のように伸びた二本の円筒。秋月の脛程度の体長。
この生き物ともロボットともつかない銀色の奇妙な物体は、秋月に『長10cm砲ちゃん』と呼ばれていた。
秋月の装備の一種でありながら彼女の動きをサポートするように自律稼働するという、変わった立ち位置の兵装である。
積載する必要のない武装であるから艦娘の負荷にはならないものの、コストが高いためごく一部の艦娘にしか与えられていない装備であった。

秋月(そういえば……長10cm砲ちゃんを私に与えてくれたのは涼金司令だったのかも……? 長10cm砲ちゃんと最初に会ったのも、たしか十六年前だった。
そう、突然何の説明もなく鎮守府からハイエンドな装備を渡されてビックリしたのを覚えてます)

秋月「長10cm砲ちゃん! 何か覚えていない!? 涼金司令のことっ」

秋月が長10cm砲ちゃんに問いかけると、頷いてウインクする。

秋月(長10cm砲ちゃんは装備の一つではあるけど、どちらかといえば扱いは艤装に近い。いうなれば自律意志を持った艤装……私の半身ともいえる。
私が涼金司令のことを思い出したのに呼応して、長10cm砲ちゃんも何かを思い出したというの……?)

ガション! ガション! ガション! 突然その場に飛び跳ねる長10cm砲ちゃん。

秋月「長10cm砲ちゃん!? 急にどうしたの? あんまり暴れないでぇ! 」

その身体から強い光を放ち、秋月の視界を眩ませる。再び瞼を開けると、秋月の眼の前に黄色い歯車がふよふよと浮遊していた。

秋月「これは、司令の言っていた時の歯車……? 時間を止めることが出来るそうですが……」

長10cm砲ちゃんは首を振った。どうやらこれは時間を操ることの出来る道具ではないらしい。

秋月「黒電話に使ってみて……ですか? 使うって、どうやって……」

歯車を黒電話に近づけると、物理法則を無視してそのままめり込んでいってしまう。
長10cm砲ちゃんの時と同じように光を放った後、歯車は電話から抜け出して秋月の手元へ戻ってくる。

秋月(物から物へと入り込むんですかね……? えっ、次は秋月の手に……何がどうなってるんでしょう)

今度は秋月の手の中に溶けていくように潜り込んでいく。秋月の脳内に、光が駆け巡っていくイメージが浮かび上がる。

秋月「……司令が、長10cm砲ちゃんにこれを持たせていた理由が分かりました。
この歯車は、空間――ひいてはその空間上に存在する物体や概念を再生させるための物」

秋月「ぼやけていた十六年前の記憶を……涼金司令との記憶を、今完全に思い出しました!
奇妙な映像のことも、一緒に見た夕焼け空が赤かったことも、美味しいお寿司を奢ってもらったことも……」

秋月(司令と昨日電話や夢の中で話していた時に思い出したのは、司令に対する思慕の感情と、その感情から連想された記憶だけだったんですね。
『愛していた』という想念そのものの記憶と、その感情から描き出された風景の記憶。……月が照らす美しい海原の思い出)

再び自分の前に浮かび上がった歯車を掴んでポケットにしまい、黒電話の受話器を手に取る。

秋月「司令! 秋月です。聴こえてますか? 全部思い出したんです。全部思い出せたんです! ……」

秋月(返事がない……当たり前といえば当たり前なのですが。でも、あの歯車は黒電話にも作用していたはずなのに、司令が居る“気配”を感じない。
司令の放つ気のようなものを感じない……ここに司令はいないというのでしょうか。……)

秋月「失った記憶は蘇ったとしても、遠くに離れてしまった魂は戻らない、か。……でも、腑に落ちないですね」

秋月が疑問に思ったのは、期間の短さである。涼金凛斗に別れを告げられたのは一昨日の晩だ。
そして彼の遺体は恐らくまだ舞鶴鎮守府に残っている。彼は目的を果たせていないのである。

秋月(十六年間もその時が来るのをじっと待ち続けたというのに、望みの顛末を確認出来ないまま成仏など出来るのでしょうか。
確かに現世に留まり続けていられるタイムリミットがあり、その限界が来ているとは言ってましたが……)

秋月(思い違いかもしれませんが……この歯車には死んだ人間すらも生き返らせてしまうほどの力があるような気がする。
司令の遺体に内臓されているのが“時の歯車”だとするのならば……これはまさしく“空間の歯車”)

秋月(時間を支配できる道具に比肩するほどの、物事の道理すらも捻じ曲げてしまうほどの強いエネルギーをその身で体感しました)

秋月「司令がこれを託していたこと……きっと意味があるはず。奇跡だって起こせるはず」

・・・・

工廠内で様々な調査を繰り返した結果、秋月の直感通り、この黄色の歯車には壊れたものや失ったものを再生する力があるようだ。
物質に限らず、コンピュータ上で削除したデータや破棄した紙に書かれていた情報までも復元できることが判明した。
(動物の蘇生まで出来るかどうかは分からないが、)完全に枯れてしまった植物に力を与えたところ再び活力を取り戻していった。
実験を繰り返しているうちにいつの間にか日が沈んでいたため、秋月は秋祭りに参加すべく鎮守府から本島へ帰ることにした。
805 :【62/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:30:39.80 ID:OEF6BDPZ0
自宅に戻り、浴衣に着替えている秋月。

秋月(それにしても……とんでもないものを入手してしまった。艤装の損傷を修復材なしで完全回復できる。
消耗した燃料や弾薬をノーコストで補填できる。失われた情報媒体や消されたデータまで全て復元できる。
枯れた植物すらも蘇らせてしまう……こんなものの存在が世に知れ渡ったらとんでもないことになっちゃいますよね)

秋月(ただ、あくまで用途はその場にあったものの再生であって、一つのものを二つに増やすようなことは出来ないみたいですね。
壊れたり失われたりしていないもの相手には何の効力も発揮しない、この世のどこにあるものでも無尽蔵に直せるわけではない、と……)

秋月(にしたって危なすぎますよね……私利私欲で気安く使っていいような代物じゃない。けど……)

別室のコタツの上に置いていた、黒電話のベルの音が鳴り響く。着替え途中ではあったが、中断して躊躇うことなく秋月は受話器を手に取る。

??「……よく、……たな。これで……きと、……」

異常に音質が悪い。内容が全く聞き取れない。それでも秋月は再び声が聞けたことに興奮している。

秋月「司令! 司令? 聴こえていますか、秋月の声が。ん……?」

黒電話の本体をよく見ると、本来は電話線のケーブルを挿し込むための部分と思しき箇所から赤い毛糸が伸びている。
試しに糸を引き寄せてみると、隣の部屋のクローゼットから物音がする。ゴン、と何かがぶつかった音だ。

秋月「司令! ……十六年ぶりですね」

クローゼットの中に入っていたのは、夢で会った時と同じ、八歳の頃の姿をした涼金凛斗だった。
手に持った紙コップから赤い糸が伸びている。ニヤリと笑みを浮かべ、白い髪をかき上げる。

提督「一昨日ぶりだな。こうなったら良いと思っていたよ。こうなることを願っていた。……」

ひしと抱き締めて、その確かな体温を感じ取る秋月。されるがまま秋月を受け入れる涼金。

提督「分の悪すぎる賭けだった。仮説と希望的観測の積み重ね、期待もできないような薄い望み。
それでも……たとえ報われなかったとしても。救いがなかったとしても。私は秋月のことを諦めきれなかった」

提督「……情に絆されるのも、悪くはない。最後の最後、もう終わるかというところで……奇跡は起きた」

提督(なぜこの姿で蘇ったのかだけは分からないが……。ま、もう一度やり直してみろという天の思し召しなのかもしれないな)

・・・・

二人以外には誰もいない砂浜の上。浴衣の秋月に手を引かれて歩く涼金。
傍から見れば子供が仲睦まじくじゃれ合っているような光景。
しかし、その繋いだ手から伝わるお互いの温もりは、十六年間分の熱量を含んでいた。

秋月「ここ、すごく夜空が綺麗に見えるんです。ほら、手を伸ばせばお月様に届きそう」

防波堤に腰かけて夜空を見上げる二人。満月にはあと三日ほど足りないであろう、少し歪な形をした月が二つ。空と海原の上に浮かんでいる。

秋月「夜中に一人で砂浜を出歩く理由なんて無いから、普段は訪れないんですけど……ここから見た夜景はすごく好きなんです。
夢の世界でも時折ここの景色が出てくるんです。月が昇って、沈んで、日が昇って、沈んで、また月が出て……そんな繰り返しの夢」

秋月「でも……司令が隣に居るのは夢じゃないんだなあって。なんだか現実と夢がごっちゃになったみたいで不思議な気分です」

提督「ふ、私はもう提督じゃあないだろう。そうだな……凛斗と、名前で呼んでくれたら嬉しい。親からしかそう呼ばれたことはないから」

提督「私は昔、あの黄色い歯車で両親を蘇らせようとしたんだ。だが……この世から消失してしまった、存在していないものは再生させようがない。
秋月には私のように孤独に打ちひしがれて欲しくなかったから……あの黄色い歯車は、君がいつか愛した人を亡くした時に使って欲しいと思って託したんだ」

提督「……それがまさか、本当にこうなるとは願えども予想はしていなかった。私の本来の遺体は、今もまだ時間が止まったままのはずだ。
だからこうして私がここにいられる理由は分からない。あの黒電話に憑依していたからなのか、バグに侵されていようと一応遺体は存在しているからなのか、何なのか……」

提督「ま……理由なんて今はどうでもいいんだ。今度は背中合わせじゃない。向かい合わせでこうして隣にいる。ここに私と君がいる」

小さく笑みを浮かべて秋月の方へ振り返る涼金。秋月は彼の肩に体重を預けてもたれかかる。

秋月「凛斗さん……何度も言っていますが、改めて言わせてください。凛斗さんのことが大好きです。大好きで、大好きで……どうしようもないぐらい好きなんです。
秋月の未来を、あなたと。あなたの未来を、秋月と……そうやって二人で、この先の人生を分かち合いたいんです。ううん、もう首を横に振られたって添い遂げますから」

秋月「だから……末永くよろしくお願いします……ん」

甘えるようなうっとりとした声で誘い、鼻と鼻とがぶつかってしまいそうなぐらいに顔を近づけて、瞼を閉じる。

提督(一生添うとは男の習い、なんて諺があるが……これじゃあまるで立場が逆だ。秋月には敵わないな)

提督「君のおかげなんだ。私が人を信じられるようになったのは。未来を信じられるようになったのは。
君と出会えて良かった……私にも生きる理由が出来たんだ。ありがとう」

涼金が秋月の要望を満たしてやると、秋月は彼の背中に手を這わせて蕩けるように身を寄せる。

・・・・

その後二人は、秋祭りの縁日を楽しんだ。神社の前には屋台が立ち並んでいて活気があった。
居合わせた乙川提督と瑞鳳に、隣にいる男性との関係を尋ねられる秋月。
なんと答えていいか分からず赤面している様子から察して、彼らは二人を祝福するように微笑んで去ってしまった。
月が満ち欠けを繰り返すように、太陽が黎明と落日を続けるように、これからも涼金と秋月の未来は続いていくのだろう。
806 :【62/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:52:00.72 ID:OEF6BDPZ0
もはや延期し過ぎててスレを追っている人もそう居ないのかもしれませんが……。
次回の安価募集は11/23(木)21時頃を予定しています。
推したい艦娘がいる場合はそこら辺のタイミングを見計らってこのスレをチェックすると吉です。



////後書き的な////
“実るほど頭を垂れる稲穂かな”なんて言葉がありますが、稲穂が実らずに頭を抱えたようなここ数ヶ月間でした。
っていうか現在進行形でわりと厳しい感じの状況に晒されているんですが。私は果たして無事2017年を迎えられるのだろうか……。
さておき。例によって今回投下した内容についてのお話をします。

・キャラクターについて
秋月は(作中で)過去に登場していた人物だったので、その過去を掘り下げていく形でスタートしようと考えました。
ゲーム内での彼女の性能も性格も、(他の駆逐艦の艦娘と比べれば)どちらも優等生と言って差し支えないでしょう。
癖がなく、前向きで利発。リアルでは誰からも好かれるようなタイプのキャラクターだと解釈しています。
ただ、人格に欠点がないというのは創作上ではむしろ描き辛くなってしまう罠があるのです。

そんなわけで、彼女の傍らに歪な人間を一人用意しておきました。
それも、篤実で困っている人を放っておけないような性格の彼女を事あるごとに刺激するダメ男です。
一人で全てを抱え込むことしか出来ないような不器用な人間ですね。そうなった経緯に関しては作中で描写していますが。

実際問題、現実での十六年という歳月は非常に長いので、見かけ上老いることのない秋月や
享年28歳(精神年齢8歳?)のままで止まっている彼だからこそこのお話は成り立ったのでしょう。

柱島の人たちも窓位提督もわりと相変わらずな感じでしたね。
安価で名前が挙がってたのに五月雨を登場させらなくてすみませんでした。

ついでに小ネタを書いとくと、秋月は作中ラストのあれがファーストキスです。



・設定について
前の章ではわりとオーソドックスな艦これ観に回帰しようとしたのですが、
一方で過去の章も引っ張り出してきて部全体としての構成もまとめようとしました。
結果としてあんま上手く行ってなかったので今回の章では後者に特化させました。
敵であるはずの深海棲艦がチョイ役ってどういうことだよみたいな話ですが。

作中に登場する黒いやつはもちろんモデルがありまして。「no data 艦これ」とかで調べたら出てくるやつです。
“バグ”とか呼ばれてますけど……元ネタ的にはダミーデータなだけなんですよね。
そのダミーデータが表に見えることがあったらまあそれもそれでバグっちゃバグとは言えるんですけど。

さてこのバグの存在や時の歯車、そして新たに登場した空間の歯車がこの先の展開を動かしていくキーアイテムになるのか!?
と思いきやですよ。作者視点だとぶっちゃけどうでもいいです(後述)。ネタの再利用をしたってだけですね……。
まあ〜……絶対世界にあるだけでヤバイ道具なので、なんか悶着が起こりはそうな気はしますけど。



・ストーリーについて
今回もごちゃっとしてますねー。何遍別れと再会を繰り返すんだって話ですが。
まあ別れのカタルシスってなかなか大きいですからね。安易に頼ってはいけないと思いつつも毎回そんな感じですね……。
遥か昔にタロットカードの番号かなんかでこっそりお話の雰囲気を決めているという話をしたと思いましたが、
今回は「塔」のカードでした。このカードは、一般的にはバベルの塔のような人間の積み重ねてきたものが崩壊する解釈がなされます。
そんなわけで、最初から最後までわりと一貫して「見込みのないことに賭け続ける」感じのお話でした。
最後の最後はご都合主義ですけどね。いんだよこれで!(ぇ

秋月と提督の二人を隔てる障壁の役は深海棲艦でも良かったのですが、
轟沈よりもより救いの可能性が低いものを用意したいと思いこうなりました。
(あとは……轟沈はわりと扱いの難しいセンシティブな領域なので……。艦娘が酷い目に遭うよりオリキャラが酷い目に遭った方がいいでしょうしね)

提督が過去しか見ていないのに対して秋月は常に未来を見据えているのが対象的ですね。
太陽と月も象徴的な存在としてよく出てきますね。あれは……メタファーっていうかなんていうか。
元始女性は太陽であった的なそういうアレではないです。どちらかといえば性差ではなく立場の違いでしょうか。
提督という存在は一人であり、艦娘を導いていかなければならない。欠けることは許されず、常に平等に光を放ち続ける必要がある。
月の明かりというのは、太陽と違って植物の成長など生命に影響を与えるほどの大きな恵みはありません(たぶん……)。
ですが、その月の美しさに感動して人間は「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」なんて詠ったりするのです。
これは人間が月に価値を見出しているからなんですね。涼金提督は、秋月の存在が自分の孤独を満たしてくれるのだと“見出したのです”。
数ある艦娘の中から一人を選ぶのは、そういうことだと思います(何
807 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/22(木) 00:54:46.98 ID:DumQKvWrO
おつおつ
808 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/12/22(木) 01:07:29.21 ID:OEF6BDPZ0
あっ、手が滑って途中で送信を……名前欄にレス数が入っちゃってますが今回の投下はこれで終わりです。


////後書き続き////
(後述)って書いたのに述べてなかったのでそこだけ補足します。後書きという本旨からは逸れますが。

創作者、とくに物書きは「表現したいテーマがあってそれを表現するために物語を書く」と思われがちじゃないですか。
いや実際普通はそうなんでしょうしそうあるべきなんでしょうけど。自分の場合は特にないんですねー。
極論、艦娘カワイイヤッターな話が書ければそれでいいぐらいにしか考えてなくて。
だからその……いくら設定とかをゴリゴリに練ってみたり、ハイドラマっぽいテーマを提示したりしようとも、
それが書きたくて書いてるってわけでもないんですよね。副次的に、面白くなるならとりあえず書いとけみたいな(笑)。
死生観とかそういう哲学っぽい部分も出てきたりしますが、それそのものを表現するために書いてるわけではないのです。
作者の意図! とか作者の思想! みたいなのはないです。全部成り行きでやってます。
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/22(木) 01:17:24.52 ID:xnnpykItO
810 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/23(金) 21:00:57.00 ID:PqNbvdXI0
うえっ!? 11月23日とか書いてますがウソです。しかも木曜ですらないし。打ち間違えなんで信じないでください。
今日です今日。イブイブの日ですね。

/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:>>669->>671

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
811 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 21:03:24.25 ID:FR7hCtKFO
五月雨
812 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 21:03:46.83 ID:PJN0JFstO
春雨
813 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 21:04:06.26 ID:OJp2VW4OO
神風

記憶喪失もの
814 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 21:04:33.32 ID:Pp3g+8y6O
ビスマルク
815 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 21:06:52.37 ID:mQj7wO2dO
衣笠
816 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/12/23(金) 21:33:06.62 ID:dR9LfwQQO
(出先からなので)IDたぶん変わってると思いますが本人です。

>>812より春雨が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:25(ヘタレ)
知性:83(秀才)
魅力:26(低め)
仁徳:32(人並み以下)
幸運:37(やや不運)

お題を回収して記憶に関するネタはやるつもりです。喪失するかは分かりませんが。

前の章は62レスで終わってますが、途中からペースが狂ってちゃってますね。あ、内容の話ではなくレス数の割り当ての話です。
確かだいたい16レスぐらいで終わるようにしてたつもりなんですけど……数え間違えか配分間違えか。
たぶん後者ですねー。書いてるうちに残りがどのぐらいか段々よく分かんなくなってくるんですよね。
残りのレス数は38なので、今回安価でキャラを募集した章とその次の章は19レスのお話にする予定です。
次回は早くても多分1月頃の投稿になっちゃうと思うんで、来年もよろしくお願いします。
817 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 23:44:22.22 ID:sx+jzqqAO
おつ
期待
818 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/29(木) 22:10:59.53 ID:81ery2qEO

亀レスだけどお寿司食べる秋月ちゃん可愛かった
それと>>795の大食いしても痩せないの部分は太らないの間違えだよね多分
819 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/02/04(土) 18:08:15.71 ID:Uj6y5esK0
>>818 ご指摘いただいた通り表記ミスです。ゴメンナサイ

明けまして……はもう遅いですね。書き終えるまではお付き合いよろしくお願いします。
進捗芳しくないためまだかかりそうですね。今月末から来月頭ぐらいに投下できたらと考えています。
(どんどん執筆速度が遅くなっててすみません……)



////いつもの小話////
次の章までの間に合わせってことでまたにょろっと解説などします。
サクサク書けりゃあ苦労はないんですが、環境的要因もあって難しいですね。
なんて弱音はさておき。前回の章を絡めた次回の話を少しだけ書きます。



2章(朝潮の話)で出したチートアイテムである時の歯車ですが、
正直手に負えないなと思って3章(山城の話)ではあえてスルーする方向で話を進めてました。
が、4章(秋月の話)ではまた引っ張り出してきてあれやこれやしています。
原作に登場しないようなものをこれ以上掘り下げたところで……という抵抗の念があったのですが、
その一方で一度出してしまった以上無かったことにして進めるのも不自然だと考えたためです。
よって次回もこれにまつわる話が出てきます。
となると時間やら空間やらの概念的な話が出てくるため複雑な内容になりそうですが、
読み手の負担にならないよう説明がましい描写はなるべく抑えたいと思っています。



次回のタロットカードは教皇ですね。
法王とも呼ばれたり。ジョジョやペルソナではそっちの呼び名ですね。
正位置:慈悲・協調・包容・親切
逆位置:保守・躊躇・束縛・怠惰
倫理や道徳的な意味合いを持つカードらしいですね。
皇帝のカードが物質世界の王だとするなら、法王は精神世界での王とでも言うべきでしょうか。
物語の裏テーマにするには扱いづらいカードなので次の提督のキャラクター像になりそうかな?
仁徳32の教皇ってどうなんだって話ですが。
(今回の部ではパラメーターとかあんま意識してませんが)



とか書いといておいてアレなんですが。前の章までの話とか仕込みのネタがどうこうとかよりも、
春雨のキャラ的には甘々にイチャつく話の方がいいのかなあ……とか思ったりもします。
今んとこ微妙にそういう流れになりそうにないんですけど……19レスもあるしなんとかなるか。
820 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/04(土) 23:04:05.86 ID:IJffyySZO
了解です
821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 11:12:40.15 ID:M+9lVk6GO
822 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/03/06(月) 21:18:04.10 ID:UTmhKolP0
冬イベお疲れ様でしたー。
ゲーム内の提督が勝利チョコを貰っていたり(足柄のバレンタインデーボイス)、
チョコのお返しをしたら感謝の気持ちを一生忘れないと言われていたり(朝潮のホワイトデーボイス)、
そんな様子を見て「ああ、去年も一昨年もこうやってSSを書いてたんだなあ……」などと感慨に浸ってしまいました。
つまりそれだけ私の執筆速度がノロマってことなんであんまり良いことではないのですが……まあ今年も懲りずに書いてます。
筆の速い人が同じことやったら1年で300レス分ぐらい余裕? なのかなあ。

前置きはさておき。えー、2月末または3月初頭と言っていましたが……正直厳しいです。
投下するための時間が確保出来なさそうでして。年度末って忙しいもんじゃないですか。
プレミアムなフライデーとか言ってられないじゃないですか。毎日が13日の金曜日ばりにサバイバルじゃないですか(?)
例によって言い訳なんですけども。すみません。
ええと……3月31日の23時59分59秒までにはなんとか投下できるように頑張ります。
期待に応えられるものを用意したいと思っているのでもう少々お待ちください……。
823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/06(月) 22:18:39.30 ID:zKkuVD6nO
了解
824 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/24(金) 23:42:07.90 ID:A4Hp/NUWO
825 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/04/01(土) 00:00:13.34 ID:gUbg9WFV0
ここらでバックナンバーを貼っておきます。
一章(瑞鳳の話) >>681-700
二章(朝潮の話) >>721-738
三章(山城の話) >>754-776
四章(秋月の話) >>790-805
五章(春雨の話) お待ちを…

大昔に書いたやつはこれです。
>>16-331(電とかの話),>>360-665(足柄とかの話)

で、肝心の投下予定だったはずの五章なんですが……。
結論から書きますと……まだかかり、ます……すみません。



////ここからいつもの言い訳タイムです////
言い訳の前に、本当にすみません。これだけ待たせておいてなんたる体たらく……。
ええと、リアルが忙しかったっていうのがまずありまして……ただ、その話はしても意味がないので置いときます。
なんていうか……書けない、というよりは、書いても全く納得がいかないものしか出来上がらない状態でした。

このように伸び伸びになってしまったのも全て自分のせいであり、他の何かを理由にしても結局言い訳にしかなりません。
ただ、早く提供したいと思っていようが出来ないものは出来ないので、それを挽回しようと質を高めることに拘泥していました。
結果として……ここ数ヶ月間の創作活動は、書いては消してを繰り返す実りのないものでした。
そんなことを繰り返してばかりいると、どうにも気が滅入るというか、情熱も次第に薄れていくというか……。

で。まあそこからウジウジとした葛藤も色々したわけですが、それを文章化すると暗くて重い話になるのでやめます!
もうこの時点でけっこう辛気臭いですしね。んな作者の内面の話なんかどうでもいいっちゅうことで。
えーっと、気負うのはやめます。あれこれ頑張ろうとしても私のヘボスペックではどうにもならんと諦めました。
期待に応えよう応えようと自分なりに必死でしたが、やめます。……あ、書くことはやめません。

自分の脳内で膨れ上がったプレッシャーという名の被害妄想に勝てないので、もう好きなものを好き勝手書くことにします!
今までも結局そうでしたね。なんか偉そうに気取ったこと書いててもなんだかんだ最終的にはわりと手癖でゴリ押しですし。
そんなわけで……期待しないでお待ちください。読み手のことを顧みない身勝手な作品になるかもですが、楽しんでもらえたら幸いです。
楽しんでもらえなかったら……他の楽しいことを見つけてください。そんな感じでよろしくお願いします!



(エイプリル何某に合わせてスゲー出鱈目を書きましたが、まだかかりますマジすんませんって事とエターナらないって事だけは確かです)
826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 00:04:20.30 ID:/LxTLYEAO
了解
827 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/20(木) 23:20:12.11 ID:PkEwPz+2O
828 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 14:38:53.17 ID:+dbdroivO
829 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/05/28(日) 23:15:34.60 ID:TDxJX8BA0
保守感謝です、めっちゃありがたいです。あと春イベお疲れ様でした。
確かそろそろ自分で書き込まないと消えちゃうみたいなのがあったので思うので(うろ覚えですが)、セルフ保守。

2月〜4月あたり私生活で色々あって、無茶が祟ったのか病院のお世話になったりしてました。
(鳩尾に鈍痛が走ったり下血起こしたりして焦ったんですが、胆石ではないようだったので一安心)
ひとまず治ったんで、進みは遅いですがこの期に及んで未だ懲りずに(?)書き続けています。

半年も何もなしってどういう了見だって話ですが、こちらとしても本当は桜が咲くシーズンには投下してるつもりだったんすよねえ……
なんでこんなことになってしまったのか。ま、ま、まあお金もらって書いてるわけじゃないんで勘弁してくださいと言い訳しておきます(開き直るな)。
えと、毎回こんなこと書いてるような気はしますが、待たせてる分気持ちとか情熱とかもろもろ込めて書いてはいます。
アテにならないですけど、7月頃にはいけるんじゃないかな〜……って感じです。
現時点で相当待たせてるんでもうちょい早めたい気持ちはありますが、なかなか厳しいっすね〜……。
830 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/28(日) 23:21:55.46 ID:CzGiN+TfO
了解です
これから暑くなってくるのでお体にお気を付けくださいね
831 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/01(木) 18:02:01.28 ID:kSt4mGYuo
832 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 12:39:14.92 ID:xBoZ8Ku+O
833 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 07:59:20.66 ID:fglj/xByO
834 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/22(土) 22:57:57.60 ID:zAVeHhD0O
835 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/07/28(金) 21:49:11.80 ID:2aD4tH0c0
お待たせしました。7月頃って言ってたのに7月中音沙汰なしかって話ですが、やっとこさ、どうにかこうにかという具合です……。
ほんと頭が上がらないですね。未だに愛想尽かさず(尽きたかもしれませんが)待ってもらってて申し訳なさと感謝しかないです。保守もありがとうございます。
早速……と言いたいところですが、今週は時間を取れそうにないので来週に投下しようと思います(結局8月になってるし……)。

8月5日(土)午後:投下
8月6日(日)21時:次の安価

というスケジュールでいこうと思います。
時間かかった分、まあ〜……どうだろうなあ(なんで弱気なんだ)、万感の思いで書いたつもりです。頑張った、頑張ったと自分では思います。
作品と向き合った時間は間違いなく今までで一番長いです。ええと……とにかく、積もる話は投稿が終わってからにしましょうか(そんなに話すこともないですけど)。
ではまた来週……(´∀`)ノシ
836 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/29(土) 14:01:35.90 ID:RZjpuDW7O
期待
837 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/08/05(土) 22:53:36.15 ID:XlQ6oFdJ0
外食したりウダウダやってたらこんな時間に……。
変なタイミングで寝落ちしてるかもですが投下いきます。
838 :【63/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/05(土) 23:05:38.67 ID:XlQ6oFdJ0
陽が沈んでも鳴り止まない歓声。この日は記念すべき歴史的な一日だった。
人類と艦娘は深海棲艦の脅威に打ち勝ち、ついに世界に平和を取り戻したのだ。
青年と少女は、執務室の窓から夜の帳に浮かぶ花火を眺めていた。

春雨「とうとう成し遂げたんですよね。誰もが諦めていたのに。こんな日が本当に訪れるなんて……そう驚いているのに。
それでも……司令官はずっとこうなる未来を思い描いていたんですよね。春雨も……司令官なら、司令官とならきっと出来ると思っていました」

紅いペンネント(鉢巻)が巻かれた白い水兵帽を被る、桃色の髪をした少女。
名は春雨という。かつてありふれた艦娘の一人に過ぎなかった彼女も、今やその名を知らぬ者はいない。
少女の隣に立つ銀縁眼鏡の青年は、うねった前髪の癖毛を掻きあげて小さく微笑む。

提督「ふっ、そうですね。忌憚なく言えば……揺るがない自信がありました。本来なら別の誰かが担う役目だったのでしょうが。
皆まごついていたものですから、小生が奪ってしまいました。他の方でも出来るようなことしかしていないつもりなのですが……」

春雨(他の方に蒔絵司令官と同等の働きを期待するのは無理があると思いますよ……)

青年の名前は蒔絵 現(マキエ ウツツ)。ここ横須賀鎮守府の元帥である。
妙計奇策を巡らせ数多の作戦を成功に導いた経歴を持ち、今回の熾烈極まる最終作戦に於いても最たる功労者だった。
人々からは神算鬼謀の名将と称えられ、艦娘たちからも他に代わりなどいない理想的な指導者として認められていた。

提督「なんにせよ……疲れました。少し本気を出してしまいましたから。ですので……」

身を屈めて春雨の胸元に顔を埋める青年改め蒔絵提督。スリスリと頭を動かして縋りつく。

提督「春雨に甘えるとします」

彼のこうしたプライベートな一面を知っているのは、公私共に最も彼に近い立場にある春雨だけだった。

春雨「え……またこれですか」

やんわりと拒否する素振りを見せながらも満更でもない表情の春雨。軍帽の上から提督の頭を慈しむように撫でている。

提督「クンクン……仄かにいい香りがします。香水ですかね。紅茶……そう、ジャスミンの茶葉に近い。
柑橘系の成分も混ざっているのでしょうか。かぐわしいですね……癖になる」

春雨「あの〜……そんなに嗅がれると恥ずかしいですよぅ(でも、やっぱり司令官はなんでも気づいちゃうんですね。春雨のこと)」

提督「普段の春雨の汗のにおいも嫌いではありませんが……こういうのも悪くありません」

春雨「へっ、ヘンタイです! 日頃からそんなことを考えていたんですかっ」

胸元から提督の頭を無理矢理引き離す春雨。しかし全く動じない提督は春雨の両腕を押さえて窓際までそっと追い詰める。
眼鏡越しに映る春雨の真紅の瞳をまじまじと見つめて、吐息がかかりそうになるぐらい顔を近づけて囁く。

提督「もちろん。いつも春雨のことを考えていますよ。春雨の全てを肯定していますから。小生がここまで来れたのも春雨のお陰です。
……それだけ春雨は小生にとってかけがえのない、大きな存在なんです」

伏し目がちに頬を赤く染める春雨。生唾を飲み干して深呼吸すると、提督の目を見つめ返し、照れくさそうに笑みを浮かべる。

春雨「春雨も……。司令官のこと、……です。世界で一番……愛してます」

春雨を強く抱き締める提督。心臓の鼓動が皮膚越しに伝わってくるほどに短い距離。

春雨「司令官……すき、です。大好き」

お互いの肩の力が抜けて緊張が安らぎに変わっていく。溶けるように絡み合い、そうして時を過ごす。
何本もの花火が二人を色とりどりの明かりで照らしては消えていく。

提督「これまで……本当に長かった。本当に……っ、すみません。気が緩んでしまいました」

春雨を離すと眼鏡のつる(耳にかける部分)を左手で抑えながら俯き、右手の掌で目元を覆い隠す提督。

提督「男のくせに情けないですね。……人生でこんなにも報われたことはなかったもので、感極まってしまって」

春雨「情けないなんて、そんなことないですよ。涙が零れてしまうぐらいに春雨のことを想ってくれているんですよね。嬉しいです。
顔を上げて下さい。……春雨も、その。司令官のどんな表情も、どんな一面も愛していますから」

人々に“氷の視線”と評される提督の眼は、空に打ち上がる花火の熱に溶かされてしまったかのように潤んだ温かみを帯びていた。
その有様に、不意に震えがこみ上げてくるほど胸が疼いてしまい、今度は春雨の方から提督を抱擁する。

春雨「前からずっと……司令官のことが好きでした。でも……今が一番司令官を好きなんです。
今までの好きを飛び越えて、今が一番好き。きっと、これからももっと司令官のことを好きになっていくんだろうな……」

春雨「そうやって、好きって気持ちが大きくなり続けたら、終いにはどうにかなってしまいそうですね。なぁんて♪」

頬に手を這わせて涙の輪郭をなぞる春雨。提督は朗らかに微笑んで春雨を見つめた。

春雨「司令官……春雨がお傍にいます。これからもずっと」

視線を重ね、肌を重ね、唇を重ね、三十六度の熱を分かち合う二人。
空に浮かぶ大輪の花もいつの間にか咲き終わり、その煌めきの軌跡にも似た星屑が空を埋め尽くしていた。

提督「今度こそ……全てが終わったのだと願いたいですね。これ以上続いたのなら、擦り切れてしまうかもしれない。小生の精神も、春雨の記憶も……。
神でも仏でも、悪魔でもなんでもいい。次が来ないことを祈ります。……何も起こらない、平穏な明日が訪れることを」
839 :【64/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/05(土) 23:21:59.30 ID:XlQ6oFdJ0
カコン。露天風呂に設置された添水(そうず)の軽やかな音色が浴場中に響き渡る。
一般に「鹿威し(ししおどし)」と呼ばれることが多いこの装置は、呼び名の通り鹿や猪といった田畑を荒らす鳥獣を避けるために生まれたものだ。
後にその音が風流として楽しまれるようになり、日本庭園などの装飾として利用されるようになった。

春雨(ハッ! ……? 今の光景は一体……? 夢というには妙に鮮明な感覚で、でも、現実ではなくて……。幻覚? まさか)

横須賀の海を一望できる、鎮守府敷地内に建てられた大浴場。春雨は頭上に置いたタオルがずり落ちないようにその位置を調整する。
彼女の浸かる湯は地下の源泉からくみ上げた天然温泉で、塩化ナトリウムが含まれているため舐めるとやや塩辛い味がする。
筋肉痛や神経痛、冷え性などに効能がある(と、壁面に設置された看板には書かれている)。

??「春雨。貴方、少し逆上せたんじゃないの? さっきまで上の空だったわよ」

バスタオルに身をくるんだ、白金色に輝くストレートロングヘアの女性が春雨の隣にやってきた。
彼女の名はビスマルク。春雨と同じ第二艦隊のメンバーの一人であり、その旗艦だ。

春雨(あっ、ビスマルクさん。帽子がないから一瞬誰かと思っちゃった……)

春雨「逆上せてた……そうかもしれません。そろそろ上がりましょうか……」

カコーン。カコン。
竹製の筒に水が流れ込み、満杯まで溜まると重みで筒(の水の流入部となる側)が倒れて内部の水が零れる。空になると再び元の状態に戻り、同様の動作を繰り返す。
水が流れ出て軽くなった竹筒が元に戻る過程で、竹筒の底部が(鹿威しから流れ出る水を受け止めるための)台を軽く叩く。
この時にコーンと弾むような音が鳴り渡るのである。これが鹿威しの原理だ。

春雨「?」

カコン。カコン。コン。コン。――気のせいではない。音の鳴る感覚が不自然に短い。
どうやら露天風呂の方からではなく、高い壁で仕切られた隣の浴場、つまり男湯から音がしているらしい。
しばらくして爆竹が鳴るような破裂音が浴場内に響く。

??「フッ、どうですか。……思い知ったでしょう? 『スーパー鹿おどしマシーン 鹿おどし君2号』の力を」

男声の、自慢げな笑い声が聞こえてくる。

??「変形して空を飛ぶのは卑怯? これも勝つための戦術ですよ。ルール違反ではないでしょう?」

ビス「また何かバカなことをやってるみたいね……マキエ!! 提督ともあろう者がみっともないわ、静かになさい!」

提督「やや……その声はビスマルク! 仕方ありません。再戦の機会を与えてあげましょう。また日と場を改めて鹿四駆(ししよんく)の王者を決めようでは……」

ビス「アトミラールッ! 後で話があるわ!!」

提督「ややっ! うぅ……この場は潔く黙っているとしましょう」

立ち上がって叫び、“マキエ”を黙らせると、深く溜息をついて再び湯船に浸かるビスマルク。

ビス「やれやれ……呆れたわ。あれでよくこの横須賀鎮守府の大将になれたものね」

春雨「あはは……(さっきの幻覚で見た蒔絵司令官は、現実に存在する蒔絵司令官とでは人格も雰囲気もどこか違うんですよね……。
私の振る舞いもなんだか私らしくないというか……そもそも、出会って間もない蒔絵司令官に対してそんな恋愛的な感情を抱きようがありませんし)」

春雨(というか……。アリかナシかで言えば……あの人は、うーん。クセが強すぎるというか……司令官としてはとても優秀な方なんですけどね)

ビス「そういえば……この大浴場を作ったのもマキエなのよね。春雨は知っていたかしら?」

春雨「えっ、そうなんですか。初耳です」

ビス「着任した時に案内されたとは思うけど、艦娘の損傷を修復するためのドックは浴場とは別に鎮守府内にあるでしょう?
湯治なんて言葉も確かにあるけれど、私たち艦娘にとってはお湯よりも修復剤の方がよっぽど効き目が強いじゃない」

春雨「言われてみれば……。だから有料なんですかね」

ビス「ええ。娯楽施設のようなものだし、国費でこんなものを建てるわけにはいかないでしょう。
建設時は反対の声も多かったようだけど、最終的には猫も杓子も味方につけて実現しちゃうんだから驚きよね。
結果論で言えば、今はみんな満足しているみたいだし……本当に食えない人よ」

春雨「(ビスマルクさんの口から“猫も杓子も”なんてフレーズが出るのはちょっと面白いですね)……そういえば。
ここって埋立地ですよね。そんなところに温泉作って大丈夫なんでしょうか……?」

ビス「鎮守府が海没しかけたわ」

春雨(ものすごくダメじゃないですか)

ビス「ま、それも計算づくだったそうね。もちろん首が飛びかけるほどの大目玉を食らったそうだけれど。
各施設に大損害を及ぼしたけれど、そうした被害を逆手に取ってスクラップアンドビルドを推し進め、施設の増補や改修を推し進めたわ。
これが功を奏して、旧式の機材や設備で不便だった鎮守府が生まれ変わり、最新鋭の整備が行き届いた最上級の堅牢さを誇る鎮守府となったの」

ビス「破天荒な行いが目立つわりには、最終的にいつも美味しいところを頂いていく……さっきも言ったけれど食えない御仁よ。
指輪を貰ってなお、私は彼の器を測りあぐねているわ。時代に名を刻む傑物か……はたまたとんでもないペテン師のどちらかね」

目を細めて笑うビスマルクを不思議そうな顔で見つめる春雨。

春雨(指輪……練度が最大まで高まった艦娘が、限界を超えた力を手にするための道具。
これを受け渡す儀式を“ケッコンカッコカリ”、と呼ぶ……んですけれど。実際どうなんでしょうね、この呼び名は。
私にも、いつか素敵な旦那様と結婚したいという願望はありますが……。それは戦いとは無縁の、愛情による結びつきでありたいなと思いますね)
840 :【65/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/05(土) 23:41:08.82 ID:XlQ6oFdJ0
薪のくべられた暖炉は勢いよく燃え盛り、パチパチと音を立てている。暖炉の上にはZ旗と日本刀が飾られていた。
窓の外は大荒れの雪模様で、到底出撃などできるような天候ではない。こんな日に限って書類仕事も片付いてしまっていて会議もない。
多忙な蒔絵提督だが、このように年に数回は何もすることのない一日が訪れることがある。そんな日に彼がすることは決まって一つだった。

衣笠「時たま提督はこんな風に執務室でバーを開いているのよ。同じ艦隊のよしみで教えてあげようと思ってね」

春雨「執務室がこんなに様変わりするなんて……随分と大胆に模様替えしましたね。なんだか本格的です」

昨日まで置かれていた執務机はいつの間にか片づけられ、代わりにカウンターバーが設置されていた。カウンター前の椅子に座る春雨と衣笠。

提督「明日にはまた元の執務室に戻っていますからご安心を。春雨は確かここに来る前は柱島泊地に在籍していたと聞いています。
その時の出来事で質問があるのですが……その前に、注文を聞きましょうかね」

衣笠「衣笠さんはこないだのアレがいいな! ハンディー・カム……だっけ?」

提督「言葉の響きはほぼ正解なんですが……恐らくそれはシャンディ・ガフでしょう。承知仕りました」

春雨「あの……私お酒とか全然飲めなくて……」

衣笠「あらら。ゴメンゴメン、誘っちゃって悪かったわね。ノンアルコールのカクテル……なんてないか。オレンジジュースを一つ」

提督「いえ、用意できますよ。もし良ければどうです? あ、お金は取らないので心配しなくて良いですよ。あくまで退屈凌ぎですから」

春雨「じゃあそれでお願いします。けど……司令官にこんな一面があったなんて驚きました」

シェイカー(カクテルを作るための器材。水筒に似た形状をしている)に液体と氷を入れ、それをシャカシャカとテンポよく振っている提督。

衣笠「そういえば私も気になっていたわ。エリート街道まっしぐらのキャリアを歩んできた蒔絵提督がどこでこんな特技を身につけたのか……興味深いわね」

提督「エリート、ですか……はは。傍から見ればそうかもしれませんね、なんといっても天才ですから。
ただ……そんな天才にも悩みを抱えていた時期がありましてね。自分の才能が本当に自分のものなのか疑わしくなったのです」

春雨「……?」

提督「本当は軍人ではなく絵描きになりたかったんです。それで、何をトチ狂ったか軍学校を卒業した後に親の反対を押し切って都会へ飛び出した。
石の上にも三年なんて言葉がありますが、二年と持ちませんでしたよ。成績優秀でもしょせんはボンボン育ち……金銭感覚など皆無、貧乏まっしぐらですよ」

提督「相当な社会不適合者だったようで、バイトをやってもまるで役立たず。でくの坊扱いされて初日でクビになることがほとんどでした。
唯一バーテンダーだけはまともにこなせた業種でしてね……プロのライセンスこそ持っていませんが自信があるんです」

春雨(ハンドスピナーに熱中してその日の仕事が手につかなくなる子供っぽい一面があるかと思えば、会議や作戦指揮では人が変わったように理知的で雄弁になる。
そして今はそのどちらとも違う表情を見せている。ビスマルクさんが言っていたのもなんだか頷けるような気がする……掴みどころのない、不思議な人ですね)

提督「当時は辛くても後から振り返ればこうして笑い話の一つになるんだから人生面白いですよね。さて、どうぞ」

ゴクゴクと喉を鳴らしてジョッキに注がれた液体を飲む衣笠。その横で恐る恐るカクテルグラスに口づける春雨。

衣笠「んふふ、美味しい。衣笠さんこれ気に入っちゃったな〜、普通にビールを飲むよりも好きかも。青葉にも教えてあげたいな」

提督「ジンジャーエールとビールを1:1で割るだけのお手軽レシピなので、自分で作ってみるのもいいでしょう」

春雨「……! これ、甘くて美味しいです」

提督「シンデレラという名前で、オレンジジュース・パイナップルジュース・レモンジュースをそれぞれ1:1でシェイクしたカクテルです。
ああ、そういえばさっきしようとしていた質問ですが……。柱島泊地に妙な歯車を持った人はいませんでしたか? こういう物なんですけど」

ポケットから赤色の歯車を取り出すと、穴に手を突っ込んで人差し指でクルクルと回してみせる。

春雨「いえ……特には。その歯車がどうかしたんですか? 見たところ赤いだけの何の変哲もない歯車のようですが」

提督「そうでしたか。窓位くんから柱島は面白い鎮守府だと伺っていたので、ひょっとしたらと思っていたのですが……やはり無関係でしたか。
実はこれ、アンティキティラ島の機械も裸足で逃げ出すレベルのオーパーツなのですが」

衣笠「? なになに? その含みのある言い方は」

提督「調べたところ、どうにも奇怪な力を持つ道具なようでして。エキゾチックマターの結晶体……とでも言うべきでしょう」

衣笠「エキゾチックバターの結晶? 何それ……って、え?」

衣笠と春雨の前に何の前触れもなく突然じゃがバター(熱したジャガイモにバターを添えた料理)が用意されていた。

提督「かいつまんで言うなれば、現代科学では未解明のエネルギーを持っているということです。詳しいことは謎ですね。
ですが、この力を使えば、衣笠の“バター”という単語を聞いた瞬間にこうして作りたてのじゃがバターを用意することが出来てしまうのです」

提督「この歯車には時間の速さを制御する能力があります。それも任意に、使用者の望むままに時間を支配できてしまうようで。
その力を使った、仕掛けなしのタネあり手品になりますかね。まあとりあえずお食べ」

衣笠「ほぇ〜……美味しそう! いただきまーす」

春雨(だいぶ突拍子もないことを言っている気がしますが……衣笠さんがサラッと聞き流してる様子を見るに、あまりこの鎮守府では驚くようなことじゃないのでしょうか?
柱島も結構独特の雰囲気でしたけど、ここもここでなんだか変わってますね……。それぞれの司令官のキャラクターが鎮守府内の雰囲気にも影響してるんでしょうか)

提督「そうそう、二人のうちどちらか一方で構わないのですが……来週末にちょっと鎮守府の外に出る用事がありまして。
衣笠は別艦隊との合同演習がありましたし……春雨、同行お願いできますか? この国で一番有名なイタリアンレストランに連れて行ってあげましょう」
841 :【66/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 00:04:12.56 ID:ft0X4ers0
冬晴れの日の昼過ぎ。春雨は提督と共にファミリーレストランに来ていた。
卓上には(店側がミラノ風と自称する)ターメリックライスのドリアや茸の乗ったピザ、ペペロンチーノが並んでいた。

春雨(ここが有名なイタリアンレストラン……! って、ファミレスじゃないですか!)

イタリア料理を提供する、低価格メニューが特長のファミリーレストラン。二人が座る座席から近い壁にはルネッサンス期に描かれた絵画のレプリカが飾られている。

提督「だいぶこちらでの生活も慣れてきた様子ですね。ビスマルクや衣笠が愚痴一つ言わず真面目にやっていると褒めていましたよ」

春雨「いえ、褒められるようなことはしていませんよ……戦闘は苦手ですし」

提督「そう謙遜することもありませんよ。輸送作戦においては敵を撃滅するよりも生き残ることの方が重要ですからね。
人それぞれ得意不得意はありますし、そういった個々の能力を加味して配置を行うのが我々提督の仕事です。殴り合いはビス子にでも任せておけばよいのです」

春雨「ビス子って……怒られますよ。あ、でも、ケッコンなされてたんでしたっけ。じゃあいいのかな……。
司令官はどうしてビスマルクさんとケッコンしたんですか? 馴れ初めを聞いてみたいです」

提督「いや、ビス子って本人の前で言うと普通に怒られますよ。馴れ初め、って〜……ケッコンと言ってもカッコカリですからね。
というか……名前が名前なだけで要は能力上昇アイテムですし。個人的な感情を込めて渡したものではありませんし、向こうもそのつもりで受け取っていますよ」

春雨「えぇ!? そんな……(柱島の乙川司令官と瑞鳳さんはあれだけ熱々だったのに……)」

フォークで麺を絡めながら目を丸くしている春雨。提督はドリアを口に運んだものの、まだ熱かったのか一口目でスプーンを置いてピザを切り分ける。

提督「そんなに露骨にガッカリした反応することありますかね。彼女の働きは素晴らしい、更なる活躍を期待したい。それだけの理由ですよ。
小生に見事と言わしめるほどの戦果を上げれば、春雨にだってそのチャンスがありますよ。まあ、その前にもっと練度を高める必要があるでしょうが……」

春雨「随分ビジネスライクな感じなんですね……」

提督「はい。恋愛的感情と仕事での評価は切って分けるべきでしょう。指輪を渡したからといって婚約者の真似事なんてしたりはしませんよ。
うちの鎮守府は自由恋愛ですからね。彼女も彼女で、良い男性を見つけたらその方と付き合うのが良いと思います」

春雨「じゃあ……司令官は艦娘とのお付き合いは考えてないんですね。結構他の鎮守府だと多いみたいですけど」

提督「艦娘〜……は、そうですねえ。上司と部下という関係を抜きにしてもちょっと無いかなあって感じがしますね。
皆良い子なんですけどね。なんというか……良い子過ぎるんですよ。であるがゆえに、手を出す気にはあまりなれないんですよね」

提督「うーん、好みを言うなれば……人妻とか? 恋愛というのはインモラルな関係ぐらいが丁度いい塩梅だと思うんです。どうせならスリルを味わいたいじゃないですか」

春雨(うわ、最っ低ですね……。人として見損ないました……)

提督「あ! そんな軽蔑の眼差しを向けないでくださいってば。実際に手を出したわけじゃないんですから。あくまで嗜好の話ですよ。
しかし、純真無垢な駆逐艦の子の前でこんな話をするのは失敗の巻でしたね……話題を変えましょう」

提督「こうして執務をサボってまで外に出ているのは、もちろん理由がありましてね。お、そろそろでしょうか……」

レストラン前の駐車場に一台のリムジンが停まる。店のグレードと不釣り合いな来客に店内が少しざわつく。
提督はお構いなしの様子でピザを平らげると、ドリアを食べ進めている。

春雨(私一切れもピザ食べてないのに……)

店内に入ってくるなり二人の隣に座ってきたのは、芯玄元帥と朝潮だった。

提督「ご足労頂きどうも。食事はお先に頂いております」

芯玄「(何もこんなところに呼び出す必要はねえだろうに……)待たせてすまなかったな。オレは……って自己紹介する必要はないか。
ご存知、呉の芯玄とその秘書艦朝潮だ。んで……話を聞きに来たぜ。アンタの考えはどうだ」

春雨(!? 呉の元帥と昼食? そんな重要な話し合いをするつもりだったんですか!? よりにもよってここで?)

提督「春雨に説明しましょう。彼の記憶には、事実との矛盾があるんですよ。小生にとって彼と会うのは二回目なのですが彼にとってはそうではないようです」

芯玄「それだけじゃない。アンタはオレの着任前にラバウル基地で指揮を執っていたはずだ。数回、直接会ったりもしている。
近海の情報を記したノートなんかも渡されてるしな。……というのが、“オレと朝潮の記憶”」

提督「ところがどっこい、小生が横須賀に着任する前は、舞鶴の鎮守府に在籍していました。これは記憶の話ではなく事実です。
……ですが、二人揃ってまことしやかに事実と食い違う話をするものですから、これは妙だと思いましてね」

春雨「あるはずのない記憶……、ですか」

提督「で……これは小生の見解ですが。どちらか一方が間違っているのではなく(というか、小生の言っていることは紛れもない真実なのですが)、
二つの事実が存在しているのではないかと考えています。というのもですね……」

提督「お二方がご結婚なされた日の前後に差出人不明の荷物が届きましてね……それがまあ不思議なもので。見かけの上では歯車の形をした赤色の鉄器なんですが〜」

歯車という単語が出た瞬間、芯玄元帥と朝潮はピクリと反応を示す。

提督「調べてみたところ、どうにも隕石に似た性質をしているのです。この地球上では生成されたとは思えない奇妙な成分が含まれていましてね。
まあ物質としての特徴はそんなもので大したことはなかったんですが……」

芯玄「時間を加速させる能力がある……だろう?」

提督「おや、ご存知でしたか。加速というよりは時間の流れを制御するという方が正しいのですが」

春雨(大事な話をしているのは理解できますが、どうにも蚊帳の外って感じが……。なんで春雨はここにいるんでしょう……)
842 :【67/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 00:24:11.66 ID:ft0X4ers0
提督「話を戻しますが……どうにもその歯車というのはこの時代に作られたとは考えられないのですよ。
そもそも本当にこの地球で生まれたものなのかさえ疑わしい。別の世界から持ち込まれた、と考える方が自然なぐらいのマジックアイテムでして」

提督「そう! 失礼ながら……貴方がたお二人も、何かの拍子で元々いた世界からこの世界にやってきてしまったのではないかと推測しています。
確たる証拠は提示出来ませんが……芯玄元帥、特に貴方からは妙な違和感を覚えるのですよ。貴方の経歴を少し調べさせてもらいましたが……」

提督「貴方が提督になった後のことはある程度調べがついたのですが……それより前の、提督になる前のことは全く情報が得られませんでした。
その不自然さに、急ごしらえの後付けで経歴が用意されたような違和感があったのです。とはいえ論拠になるほどのことではないですが」

芯玄「多分アンタの読みで正しい。信じられんだろうが、オレと朝潮はかつて異世界を旅する羽目になったんだ。歯車のことを知ったのもそこでの出来事がきっかけだ。
紆余曲折あってどうにか元の世界に戻ってこれたつもりでいたんだが……そうじゃねえ可能性もある。元の世界によく似た世界……並行世界ってやつかもな」

朝潮(元の世界には異世界へと通じるブルーホールがあって、この世界にはそれがない……だから五月雨や陽炎にブルーホールにまつわる噂のことを聞いても知らなかった。
確かに、戻ってきてからのこの世界で起こる出来事は、私たち二人にとって都合が良すぎると感じることはありました。司令官は元帥に昇進し、私は司令官と結ばれ……)

提督「なんと……なるほど、興味深いですね。その時の話を詳しく聞かせてもらえないでしょうか」

・・・・

しばらくの間会話が続いていた。春雨は自分に関係ないと思いながらも、時折相槌を打ちながら話を聞いていた。

春雨(ご飯を食べた後って眠くなっちゃいますよね……なんだか欠伸が出そうです)

掌で口元を覆って小さく口を開ける春雨。眠気からか瞼が降りてきてしまう。

春雨(はっ……いけない。場所が場所とはいえ、司令官同士の会合で居眠りなんてしちゃだめですよね)

ハッとして瞼を開く。いつの間にか会話の声は途絶えていた。というより、三者の動きが止まっていた。目を開けたまま何秒も静止している。
春雨は奇妙に思い店内を見回す。椅子から立ち上がる姿勢のままの客、トレーを持ったまま棒立ちする店員。みな凍りついたようにその場から動こうとしない。

春雨「時間が、止まっている……? そんなことって……」

それは、普段なら気にも留めないような小さな足音だった。
だがそれが無音の世界で唯一の音となると、注意を払わずにはいられない。
足音の主は店の入口方面から近づいてきているらしい。

??「おや……まさかこんな所に来ていたなんて。驚きましたよ」

春雨「蒔絵司令官が……二人……?」

こちらに向かって歩いてくる男性は、春雨と向かい合うようにして座っている蒔絵提督の姿に瓜二つだった。

提督?「ええ、春雨に逢いに来たんです。ふむ……この世界の自分を見るのは初めてですね。まあ次に会うことはないでしょうが」

春雨の知る蒔絵提督のものと同じ声質であるにも関わらず、どこか穏やかで感情の籠った声。

春雨「(一体何がどうなって……?)貴方は何者なんですか?」

提督?「今はまだ不審に思われても仕方がありません。小生は此処とは異なる世界の蒔絵現……自己紹介するならば、それが相応しいでしょうか。
そして春雨も本来この世界の住人ではないのです。“この世界の”春雨は、海の底で喪われてしまったのですから」

春雨(私が、この世界に生まれていない? 本来の春雨は轟沈してしまっている?)

並行世界の蒔絵と名乗る男は、いつの間にか左手に青色の歯車を持っていた。春雨に近づくと右手を差し伸べる。

提督?「今……春雨が元々いた世界とこちらの世界とで、正史が二つ存在している状態になっています。そして……世界はどちらか一方しか残らない。
今から春雨をもう一方の世界に連れて行きます。かつての記憶も取り戻せることでしょう。その上で選んでもらいます。どちらを残すかは貴方に委ねます」

春雨「え……どういうことですか……」

男は左手で青色の歯車をポケットにしまい、水色の歯車を取り出す。混乱しながらも促されるまま男の手を取る春雨。
歯車が光り出した刹那、彼の左手首めがけてフォークが浅く突き刺さる。水色の歯車は男の手から離れて宙に舞い、床に落ちる。

提督「喧嘩はからっきしですが……ダーツは得意でしてね!」

ソファから飛び上がって春雨の手を男から無理矢理引き離すと、地面に落ちた歯車を拾う“止まっていたはずの”蒔絵提督。二人は間もなくしてその場から消失してしまう。

・・・・

提督「ふ〜……自分と同じ姿をした人間に会うというのはなんだか気味が悪い感じがしますね。で、ここはどこでしょうかね」

辺り一面に雪原が広がっている。粉雪がはらはらと舞い降りる、低気圧の昼下がり。

春雨「さぁ……ぜんぜん検討がつきません。並行世界? の蒔絵司令官の話を信じるなら、私が元々いた世界……らしいですけど。
ところで、どうして時間が止まっていたのに動けたんですか? 赤い歯車の力を使ったんでしょうか」

提督「ええ。あまり考えたくはないですが……芯玄元帥と歯車を巡って争いになる可能性も考えていました。
だから歯車の能力で、自分自身に“いかなる干渉も受けず正常に時間が流れ続ける”ようにしていたのです。芯玄元帥や朝潮さんと一緒に止まっているように見えたのは演技でした」

提督「場所を人目の多いファミレスに指定したり、春雨に同行を頼んだのもそういう理由でしたが……まさか異世界の自分と対峙することになるとは思いませんでした。
『世界はどちらか一方しか残らない』――彼の言葉から察するに、小生は近いうちに彼に始末されるのでしょう。まあ、そう易々とやられるつもりもありませんがね」

春雨(自分と同じ姿をしている相手なのに……。今からでも仲良くは出来ないんでしょうか)

提督「お、良い所に人が。そこの少年少女諸君! ちょっと良いかな?」子供の群れに向かって提督が手を振ると、それに気づいた子供たちが駆け寄ってくる
843 :【68/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 00:45:25.40 ID:ft0X4ers0
少女A「お姉ちゃんと……メガネのおじさん? どうしたの?」

提督「(おじ……まあいいでしょう)ここからどこへ向かえば街へ行けるか教えてくれませんか? 道に迷ってしまいまして」

少年A「一緒に雪合戦で遊んでくれるならいいよ。どう? お姉ちゃん。と……おじさんもやる?」

提督「いや、おじさんは見ているだけにしましょう。春雨、遊んであげてくれますか?」

春雨「(そんなことしている場合じゃないはずなんですけど……。でも、キラキラした目で見つめられると断りづらい……)わ、分かりました」

雪玉をぶつけ合う子供たちの様子を顎に手を当てながら見守る提督。子供たちは雪まみれになって全力で楽しんでいる様子だったが、春雨は終始困り顔でいた。
また、春雨の着るピンクのカーディガンにはせいぜい降り積もる粉雪が少し付着している程度で、全く雪をぶつけられた形跡が見られなかった。

春雨「ひゃん! ええっ!? 今のどこから……」

春雨の首筋に突然襲い掛かる冷気。服の内側に入り込む、より相手に寒さを感じさせるよう計算された角度からの一撃であった。
艦娘の動体視力と察知能力の高さであれば子供が投げる雪玉など当たりようもない。一体誰がどこから……? 視界の外からの攻撃に驚く春雨。

提督「春雨、一つ提案があります。これでは見ていて何も面白くありません。ですから……勝ち負けのある競技にしましょう。
これは横須賀の艦娘たちと実際に雪合戦をやる際に行うルールなのですが……少し改変を加えまして」

遠方から春雨に向けられる声。いつの間にか雪面に線が引かれていて、コートとなる長方形のフィールドが用意されていた。
両陣に玉を避ける防壁となる雪山(これをシェルターと呼ぶ)が二つ、センターライン上にもシェルターが一基設置されている。
センターラインから最も離れた位置にあるシェルターの脇には太い木の枝が刺さっている。

提督「今回は旗が用意できないので、あの枝をフラッグとみなしましょう。敵陣に配置されたフラッグを奪い取るか、相手チーム全員に雪玉を当てれば勝利。
雪玉を当てられた選手は失格となり退場……これが基本ルールです。ドッチボールとビーチフラッグを混ぜたようなものと思ってもらえればいいでしょうか」

提督「本当は他にも色々あるんですが……春雨個人の戦力が強大すぎるので、今回はシンプルに春雨対子供たち7人での勝負とします。
それに伴い、春雨は7回雪玉を当てられるかフラッグを取られたら敗北という条件に設定しましょう。あ、小生は子供チームの監督をしますのでよろしく」

※補足(日本雪合戦連盟で定められた国際ルールより)
3セット勝負で2セット先取したチームが勝利(1セットにつき3分の制限時間あり)・
1セットに使用できる雪玉の数は予め用意された90個まで(その場で雪を丸めて相手にぶつけるのは不可)
などのルールが競技における雪合戦には存在しているが、今回は変則的な非公式戦のためそういったルールは設けられていない。

・・・・

ラーメンを啜る妖精。たまたま提督の着ている外套のポケットに潜り込んでいた彼女(?)が審判となり、試合は始まった。

春雨(7回まで当たっても平気なら……多少の被弾は覚悟の上で敵サイドに突撃すればいいのでは?)

第二シェルター(後方のシェルター)から雪玉片手に飛び出し、颯爽とセンターシェルター(コート中央に設置されたシェルター)背面まで走り抜ける春雨。

春雨「このまま一気に距離を詰め……なっ! いけない……えいっ!」

春雨の動きと同時に、相手サイドの第一シェルター(前方のシェルター)に隠れていた子供がセンターシェルターを二分するように駆け出してくる。
雪玉を当てて片方の子供を退けたものの、もう一方の子供には回避されてしまう。自陣(春雨の方)の第一シェルターを盾にして雪から身を守っている。

春雨(このままだとフラッグを取られてしまう……まず私の後ろにいるあの子から先に処理しないと……)

センターシェルター上での戦線を放棄し、後方の子供を討ち取ろうと自陣の第一シェルター背面へ回り込もうとする春雨。
またしても春雨の移動に合わせてシェルターに隠れていた子供は動き出し、フラッグへ向かっていく。

春雨「させませんッ! てやっ!」

フラッグへ走る子供に雪玉を命中させる春雨。ほっと息を撫で下ろすが安堵もつかの間、提督の次の一手が襲いかかる。

提督「頃合いでしょう、今です」 手を正面に掲げ、宣誓するように指示する

提督の合図とともにセンターラインを超えて四人の子供たちが突き進んでくる。春雨はこれに応戦して雪玉を当てて二人撃墜したものの、多勢に無勢。
総攻撃によって五発の雪玉を被弾してしまった。これ以上の被弾は危険と判断し、自陣の第二シェルター背面にまで引き下がる。
フラッグを狙いに来た子供を迎撃して返り討ちにするという戦法に切り替えたためだ。じっとフラッグとその周囲を見張る春雨。

春雨(敵は残り三人。あと二回雪玉に当たれば負けとはいえ、ここなら被弾の心配はありません……確固撃破して決着をつけます)

しばらく膠着状態が続いていた戦場だったが、相手サイドの第一シェルター背面に隠れていた一人の子供が姿を現した。
子供は春雨のいるシェルター正面に疾走するが、どういうわけかフラッグのある側と逆方向に近寄ってくる。

春雨(あの子、一体何を……? っ、ここからではシェルターがかえって邪魔になって当てられません……!)

壁越しの子供を仕留めるべく、フラッグ側から身を乗り出して雪玉を当てる春雨。
しかし、春雨もまたこの至近距離では身をかわすことが出来ず、相手の放った雪玉を一発食らってしまい相打ちとなる。
間髪入れずに春雨側の第一シェルターに潜伏していた二人の子供が駆け寄ってくる。一方は今の子供と同じようにフラッグの逆側へ、もう一方の子供はフラッグ側へ。

春雨「挟み撃ちですか、いいでしょう!(意識を集中させれば、逆側の子供の攻撃はかわせるはず。フラッグ側の子供から処理すれば勝つ……!)」

春雨はフラッグ側に走り込んできた子供がフラッグを狙い、逆側の子供はそこに意識を向けた春雨を攻撃しようとしているのだろうと考えた。
しかし結果は予想とは異なった。フラッグ傍まで寄ってきた子供の投げた玉をスレスレで避ける。敵の先制攻撃に動揺しつつも、フラッグ寄りの子供に雪玉を当て反撃。
続けざまに逆側の子供が取った行動は、春雨の背中に雪玉を当てることではなく……。

春雨「(!! 狙いは背後からの奇襲ではなく、フラッグの方……!)……」

春雨の足元からヘッドスライディングしてフラッグを掴もうとする子供。フラッグに触れる寸前、春雨の放った雪玉が子供の手に当たる。
844 :【69/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 00:58:16.39 ID:ft0X4ers0
子供たちと別れ、最寄りのホテルに泊まった提督と春雨。夜になると雪は溶けて雨に変わっていた。
雪合戦のせいでぐしょ濡れになってしまった春雨はバスルームでシャワーを浴びている。

提督(いや〜……昼間はいいものを見せてもらいましたねぇ、思いの外白熱した試合になって満足です。負けるつもりはなかったんですが……流石は艦娘。
本気を出した時の瞬発力は人間のそれとは比べ物にはならないほど高い、ということですか)

ソファに寝そべりながら本を読む提督。シャワーの音が止むと、しばらくして寝巻姿の春雨がバスルームから出てくる。

提督「髪を下ろしているせいでしょうか。少し大人びた雰囲気がしますね」また本へと視線を戻す

春雨「……司令官は、こんな状況でも全然平気なんですね」

提督「はい、思い悩んでいても仕方ないでしょう。物事はポジティブに考えるのが吉です。異世界への旅なんてそうそう出来るものではありませんから」

能天気な提督の返しに、うんざりしたように首を横に振って深く溜息を吐く春雨。

春雨「司令官は自分勝手です。わけも分からないまま付き合わされて、巻き込まれて……。春雨……なんだか、ちょっと疲れちゃいました」

相当不満が溜まっていたのか、春雨らしからぬストレートな心情の吐露に慌てる提督。ソファから立ち上がると身振りを交えて、自らの見解を早口で伝える。

提督「気に障ったのならすみません。ええと……並行世界の小生から奪った水色の歯車で、元の世界に戻ることは出来るようです。
昼の間に色々実験して分かったことで、雪合戦のコート設営も歯車の能力を試したものだったんです。というわけで、とにかく帰るための算段は立っています。
ただ、向こうの世界の蒔絵現は春雨にこの世界を見せたがっていましたから、元の世界に戻るのはその理由を知ってからでもいいと考えています」

春雨「そういうことじゃないんです。理屈の話なんて、今はどうでもよくて……」

そこまで言いかけて口をつぐむ春雨。提督は沈黙を読み解くべく思考する。

提督(巻き込まれた春雨の立場からすれば言い分はもっともです。しかし、彼女が不満を口にすることなんて滅多にないはずなんですよね……。
そこまで嫌われるようなことしましたっけ。思い当たる節が……)

想起する。ファミレスに連れてきた時のがっかりとした表情を。人妻が好みだと答えた時、この上ない軽蔑の視線を向けられたことを。
芯玄元帥との会話中に終始退屈そうにしていたことを。雪合戦で寄ってたかって雪玉をぶつけられていたためか半泣きになっていたことを。

提督(ありすぎますね……今日一日でこれだけ不興を買っていたとなると、それ以前の恨みも積もり積もって……というわけですか)

提督「春雨が小生のことを嫌いになっても、それは仕方ないと思います。気づかぬうちに春雨を傷つけていたことは謝ります。
元の世界に帰りたいというのであれば、春雨だけ元の世界に戻してあげましょう。小生の顔も見たくないというのなら、別艦隊に転属するよう都合しましょう」

春雨「そんなつもりじゃ……そこまでは言ってないです」

提督「春雨に不満があるというのなら、その意に沿うのもまた上官の役目ですから。よりストレスのない環境に……」

春雨「司令官はどうしてすぐに1か0かで割り切ろうとするんですか。そりゃ……不満は、正直言ってありますよ。
司令官はいつも自分の理屈で動いていて、何も説明してくれなくて、おまけに倫理観もちょっと欠けてるところがありますけど……」

春雨「でも、だからって、顔も見たくないなんて言ってないじゃないですか。好きとか嫌いとかの話はしていないんです。
勝手に決めつけないでください……私の言葉を聞いて欲しかっただけです」

提督「そうでしたか。……」

提督は返すべき言葉が見つからず、それ以上は何も答えることが出来なかった。

・・・・

夕食を済ませた後、提督もシャワーを浴びてパジャマに着替える。その間二人は会話らしい会話をせず、やり取りは一言二言交わす程度の淡白なものだった。
提督が照明のスイッチを切ると、二人はそれぞれのベッドに寝転んだ。並んで置かれた二人のベッドの間には窓があり、雪明かりの仄かな光が差し込んでいる。

提督「今から話すのは、独り言です。眠れないから喋っているだけなので軽く聞き流してください。迷惑だったら黙りますから、言ってください」

春雨から背を向けるようにして布団に包まっている提督。

提督「……本当は、小生は提督にはなりたくなかったんです。前も話したように、絵描きを志していて。
百年後の未来に残るような、人の心を揺さぶる作品を残したかった。今になってみれば青臭い夢です」

提督「結局のところ、挫折して絵筆を折ってしまいましたがね。四角四面の、お手本通りの空虚な作品にしかならなくて……。
貧しくて続けられなかったのもありますが、それ以上に、無価値な自分の作品と向き合うのが辛くて耐えられませんでした」

提督「それでも後悔はしていないんです。挫折して絵筆を折りはしました。さりとて……キャンバスを用意することはできる。
人と人とが紡ぐ色とりどりの輝きをこの目で見ていたい。それが今の小生の望みなんです」

雪溶けの雨が降り止んだのか、提督の言葉が止むと穏やかな夜の静謐で満ちる。窓の外では俄かに冬空の星が輝いていた。

提督「……提督という立場は、人のことがよく見えるんです。人が何に悲しみ、何に怒り、何に喜ぶか。
そしてそうした感情をどのように表現するか。小生の立場からはそれがよく見えるのです」

提督「人の数だけ感情があり、人の数だけ思考があり、人の数だけ表現があるのだと、常々思い知らされます。今もそう。
小生一人で生きていては、見ることの出来ない視点を与えてくれる。それが小生にとっての学びであり、生きる糧でもあるんです」

提督「春雨が正直に思っていることを伝えてくれたのは、参考になりました。春雨の言葉を解釈して、自分なりに思ったことを口にしてみたんですが……。
なんというか……うまく伝えられたのかは分かりません。理屈じゃない話は不慣れで難しくて……不器用ですみません」

提督「って……もう寝てますか。まあいいでしょう、独り言ですし……」

春雨「起きてますよ。……ねえ、司令官」
845 :【70/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 01:17:47.89 ID:ft0X4ers0
春雨「今から話すのは、独り言です。だから、寝たふりをして聞いていてください」

ふふ、と悪戯っぽく笑って、提督の方を向くように寝返りを打つ春雨。

春雨「司令官の気持ち、とってもよく伝わりました。春雨が欲しかったのは、説明でも説得でもなかったんです。
司令官の感情の乗った言葉が……春雨の胸にきちんと届きました。春雨に心を開いてくれているんですよね……」

春雨「さっきは司令官に自分勝手だなんて言いましたけど、春雨の方も、不安で少し気が立っていました。ごめんなさい。
今も、これからどうなるのかは何も分からないままですけど……それでも、少し気持ちが落ち着きました」

春雨「春雨は……起こる全てのことには意味があると信じてます。今の自分がやっていることが無駄だなんて思いたくないんです。
だから……こうして別の世界にいることも、そこに司令官と一緒にいることも……意味はあるんです」

言い切る春雨。背を向いていた提督だったが、仰向けになって天井を見つめながら呟く。

提督「意味、ですか。……そうですね」

眠気からか思考が鈍り、ふわふわした具体性のない言葉のやり取りが続く。時に饒舌に、時に寡黙に、とっ散らかった考えと想いをぶつける。
意識が遠退いて夢心地から深い眠りに落ちるまでの間、二人は取り留めのない独り言――もとい、ふたりごとを交わして過ごした。

・・・・

朝がおぼろに明けると、朝食をコンビニのサンドイッチで済ませてホテルを出る二人。

春雨「ここがこの世界のラバウル基地ですか。えっと、とにかく暑いですね……」

水色の歯車には、物質を瞬時に転送する能力がある。昨日雪合戦の合間に行っていた実験で提督が導き出した結論だった。
二人は水色の歯車の力を使ってテレポートし、赤道付近に位置するラバウル基地までやってきたのだった。

提督「瞬間移動でやってきたのは良いとして、この格好で来たのは間違いでしたねぇ……」

熱々のホットコーヒーが入った紙コップを片手に外套を着込んでいる提督と、手袋にマフラーの春雨。
東の空に浮かぶ太陽は熱を帯びた光を放っている。二人は汗を流しながら基地領内の施設を訪れた。

提督「建物の中は涼しいですね。しかし、この設備の充実具合は横須賀に匹敵するのでは……」

施設の分析を交えながら廊下を歩く二人。執務室の前で鮮やかな水色をした長髪の少女と鉢合わせする。

五月雨「蒔絵提督! 遠路遥々ご苦労様。ご無沙汰してます、五月雨です。あっ、春雨! 久しぶり!」

ぎゅむと春雨に抱きつく五月雨。春雨に耳打ちする提督。

提督「春雨、知り合いですか?」

提督にだけ伝わるように首を横に振る春雨。

五月雨「お二人とも、どうしてそんなに暑そうな格好しているんですか? 我慢大会の練習ですか?」

春雨「そ、そんなところです……」

提督「それより芯玄心紅という人物を知っていますか? 彼についての話を聞きたいのですが」

注意を逸らすように話に割り込む提督。芯玄という名前が出た途端、五月雨は少し気落ちしたような態度を見せる。

五月雨「芯玄少将……ですか。以前この鎮守府を管轄していた提督で、とても尊敬していました。
二年前……近海調査の際に行方不明になられて、それっきりです。居なくなる直前に、陽炎や不知火たちと会っていたそうなんですが……」

提督「(昨日芯玄提督と話した内容と合致している。やはり……ここは芯玄元帥が本来居た世界でしょう)そうですか。
では、蒔絵現が現在管轄している鎮守府はどこだか分かりますか? あ、申し遅れました。小生の名は蒔絵 空(マキエ ソラ)。彼の双子の弟なのです」

双子の弟というのは口から出まかせのハッタリだったが、五月雨はこれを信じた。

五月雨「へぇ〜! そうだったんですか。とってもよく似てるから全然気づきませんでした! 現さんは横須賀鎮守府のトップとして活躍しているそうですよ」

提督「そうですか、ありがとうございます。ではお礼に……」

提督「芯玄提督は生きていますよ」 五月雨の耳元で囁く

驚き目を丸くしている五月雨をよそに、春雨を連れて足早に立ち去ろうとする提督。しかし邪魔が入り、呼び止められる。

??「フン……蒔絵元帥か……。此処で出くわすとは驚いた。久しいナ」

執務室の扉を内側から開ける真っ白な腕。不健康という言葉が似つかわしい、尋常でない白さだ。
提督と春雨の二人は少し違和感を覚えながらも、五月雨とともに招き入れられて部屋の中に入る。

??「ドウシタァ……? 集積のやつみたいな恰好をして。マァゆっくりしていくといい。茶でも出そうカ」

執務机に座る白いパーカーに黒いインナーを着た女性。プラスチック容器に入ったアイスコーヒー……と呼ぶには黒すぎる液体をストローから啜っている。
これだけなら(鬼のような黒色の角が生えている点を除けば)艦娘と大差ないが、腹部から飛び出している異形はどう足掻いても言い訳ができない。
白色の蛇のようにうねる口のついたグロテスクな怪物。春雨ぐらいなら一息で呑み込んでしまいそうなほどの大きさだ。間違いなく彼女は深海棲艦だった。

提督(……何度か戦ったことがある。彼女は重巡棲姫。数ある深海棲艦の中でも上位クラスの脅威……のはずなのですが、何故ここに?)

二人の様子を不思議そうにじーっと見つめる重巡棲姫。視線に恐怖したのか、春雨は無意識のうちに蒔絵提督の手をかたく握る。
蒔絵提督はポーカーフェイスを貫いていたが、滝のように流れる冷や汗を止めることは出来なかった。戦慄、いわゆる蛇に睨まれた蛙だ。
846 :【71/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 01:35:53.73 ID:ft0X4ers0
五月雨「あっ。じゃあ私お茶汲みますね。それと、彼は蒔絵元帥じゃなくて、その双子の弟だそうです」

手早く室内に置かれたミニ冷蔵庫から2リットルサイズのポットを取り出し、コップに注いで提督と春雨に手渡す五月雨。
汗で流れた水を補うために勢いよく飲み干した提督だが、どうにも様子がおかしい。春雨が見たことのない、カエルのようなギョッとした表情をしている。

提督「めんつゆじゃないかー! ……ゴホン、失敬。あまりにも、その、麦茶にしては独創的な味をしていたもので」

重巡姫「五月雨……こないだ流しそうめんをやっただろう。アレの残りダナ。容器に移しておけとは言ったものの……」

五月雨「ああっ!? ごめんなさい!! 麦茶はこっちでした!」 提督と春雨に再度麦茶を注いだ別のコップを渡す

春雨(さっきの飲まなくてよかった……じゃなくて! 艦娘と深海棲艦がこんな親しげにやり取りをしてるなんて……。どういうことでしょう?)

重巡姫「そういえば、蒔絵元帥の弟……だそうだガ。何用だ? わざわざここに来る理由があったのだろう」

提督「……ええ。芯玄提督という人物について尋ねようと思っていたのです。以前ここに在籍していたそうなので」喉を鳴らして麦茶を飲む

重巡姫「名前は聞いた覚えがある。……二年前に行方不明になった提督だったカ。彼には悪いことをしてしまったな……謝るつもりはないが。
あの時の我らにとっては、正しい行いだった。人艦全てを滅ぼすことが、あの時の我々にとっては正義だったのだからナ」

提督(……? 少なくとも二年前は深海棲艦と対立していたが、その後は交友関係を築けるようになった……ということでしょうか。
あくまでこの世界では、の話ですが……。しかし、どういうカラクリでこうなったのかを知れば、元の世界に戻った時も役立つかもしれません)

重巡姫「しかしダ、あれだけ近海で深海棲艦に襲われることはそうないはず……どうにも不可解な点が残る失踪だったとは思うガ」

五月雨「……」少し考えるような素振りを見せるものの、黙っている

提督「軍の仕事に就いてからまだ日が浅いものでして……、貴方がた深海棲艦と和解に至った経緯を教えてもらっていいでしょうか」

重巡姫「まだ一年程度しか経っていないしなァ……事情を知らぬ者が居ても不思議ではないカ。確かに、深海棲艦は艦娘――ひいては人類と敵対していた。
人間の精神を構成するのは知性・意志・感情の三要素……かつての深海棲艦には、それらの要素が部分的に欠落していたためだ」

重巡姫「艦娘らに痛撃を与えるための知識はあっても、艦娘と人類を滅ぼした後の世界で何かを築こうという先見性を持った知恵はない。
救いを求める者、破壊を望む者、復讐を果たそうとする者……それぞれ、妄執のような動機には突き動かされているものの、それは自由意志とは言えない。
苦しみはあれど喜びはなく、焦燥はあれど安堵はなく、憎しみはあれど愛はない……深海棲艦は、その精神性において人類に劣っていた」

提督「随分はっきりと言い切りましたね……」

重巡姫「だが今は違う。呪いが解けた、とでも言うべきか。いつそうなったのか、なぜそうなったのか、原因は分からないガ……深海棲艦は進歩したのダ。
人間らしい比喩表現を用いるなら、蓮が泥の中から花を咲かせた、というところカ。……闘争に虚しさを覚える者が現れた。
復讐や破壊よりも価値のあるものを見つけた者が現れた。人間と友好を築こうという者が現れた」

提督(しかし何がきっかけかは分からない、というわけですか……残念ですね)

重巡姫「……無論、深海棲艦と人類との間には未だ因縁が存在するがナ。“自らの意志で”人類に相対する深海棲艦も少数ながらいる。
私のように人類に従うフリをして取って代わる機会を伺っている者もいる。一方艦娘や人間の側も、こちらのことを快く思っていない者はいるだろう」

提督「人類に従うフリって……そんなこと話してしまって良いんですか? だいぶフレンドリーにあれこれ教えてくれていますが」

重巡姫「そうダナ。蒔絵元帥には恩がある。仮に深海棲艦の時代が来たとして、少なくとも彼と彼に縁のある人間が苦しむような真似はしない。
それに……侵略というのも建前だ、今は案外この暮らしも気に入っている。受け入れてくれたここの連中には報いてやりたいと考えていてナ」

春雨(この世界の蒔絵司令官は、艦娘や人間と深海棲艦との関係改善に努めていたのでしょうか。そうだとするなら……案外話が通じる人なのかもしれません)

提督「報いる……とは? 人類と迎合せず戦い続ける道を選んだ深海棲艦の数は少ないのでしょう。技術提供などでしょうか?」

重巡姫「我々深海棲艦の目覚めとともに、新たなる敵が現れた。美談を抜きにして語るなら……深海棲艦が人の側に与しているのはそのためだ。
艦娘や人間よりも脅威となる存在が現れた。三つ巴で殴り合っていては奴らが独り勝ちしてしまう。だから手を貸している、敵の敵は味方というわけダナ」

重巡姫「名称は正式には決まっていないが……軍内では“反存在”などと呼ばれている。可視ながら非実体の、人の形をした悪意を持った何かだ。
奴らは人や艦娘、深海棲艦が“存在していたという事実ごと”消失させてしまう。忌まわしき存在ダ……」

重巡姫「奴らには砲雷撃や空爆といった従来の攻撃が通用しない。もちろん肉弾戦もだ。ただし……精神的な念を込めた攻撃に限っては効果がある。
裏を返せば、奴らに存在を打ち消されないほどの強い想念さえあれば、堅牢な装甲を貫く巨砲も、空を埋めつくすほどの艦載機も必要ないのだがナ……」

提督(実に興味深い……詳しく話を聞いておきましょうか。……深海棲艦を凌ぐ敵、か)

・・・・

長い間照りつけていた太陽もようやく沈み、提督は浜辺で夕涼みをしていた。膝を抱えて座り、波の揺らぎを眺めていた。
春雨が近づいてきたことに気づくと、少し疲れたような声で話しかける。着替えを誰かから借りたのか、春雨はTシャツ姿だった。

提督「また春雨を置いてけぼりにして話し込んでいましたね……申し訳ない」

春雨「あれは仕方ないですよ。それより、混ざらなくて良いんですか?」

火をつける前の手持ち花火を両手に握る春雨。少し離れた場所から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

提督「ええ、小生は遠慮しておきます。楽しんでいらっしゃい」

春雨が離れていくのを確認し、提督は深く溜息を吐く。

提督(艦娘と深海棲艦との調和が成された世界、ですか。……あくまで“この世界での”事象とはいえ、そんな未来が起こり得るなんて予想もしていなかった。
だが、それ以上に驚いたのは……その深海棲艦をも超える敵が居るということ。……)
847 :【72/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 01:56:56.34 ID:ft0X4ers0
提督(あの“反存在”というのは……結局のところ深海棲艦と代わりない。それが艦娘および艦の念ではなく、万物普遍の念に代わったというだけのこと。
黒色無地の小人のような形態が一般的なようですが……深海棲艦でいうところの重巡棲姫のような、いわゆる“ネームド”の存在はより個性を持った姿をしている)

提督(それらは、生物や静物……ひいては概念が擬人化されたものだった。戦車や戦闘機のような兵器を模した個体、剣などの武器を模した個体、獣を模した個体……。
果てには信仰を失い忘れ去られたかつての神を思わせるものや、草木や風雨といった自然そのものを体現しているような個体まで……)

提督(人が生み出した万物に魂が宿るというのなら。人が認識したもの全てに何某かの念が宿るというのならば……。
そしてそれらが、怨念となって人に仇なすというのなら……畢竟、人が滅び文明が潰えるまで戦いは終わらないのではないでしょうか)

遠くで聞こえる声も、波の音も気にならなくなるぐらいに深く思考する。考えていたのは、もう一人の自分についてだった。

提督(この世界の蒔絵現の目的とは? 小生のいた世界にちょっかいをかけに来た理由が分からない。『春雨に逢いに来た』、そう言っていましたか。
……春雨が何かしら特異点的な役割をしているのでしょうか? 芯玄元帥と朝潮さんから欠けた青色の歯車を奪っていたのをみるに、歯車の回収も理由の一つでしょうか)

提督(自分と同じ姿をしていようと、どうにか出し抜いて利用してやるつもりでいましたが……重巡棲姫から話を聞いて、それが難しいことを思い知らされましたね。
彼の根城であるこの世界の横須賀鎮守府まで行って調べるまでもない。戦略や指揮の的確さにおいて……彼は小生の数十手先を行っている。智謀においても、恐らく)

提督(勝てない相手に挑んだところで意味がない。彼の要望に沿う形で“オリる”のが正しいのかもしれません。
……歯車と春雨を差し出せば、どうあれ命乞いぐらいにはなるでしょうか。しかし……そこまでして生に執着して何の意味がある?)

提督(絵描きの夢を諦めた時点で、既に死んだも同然の人生だった。それが、たまたま提督になれて少し豊かな暮らしを出来ていただけのこと。
……今更命を惜しむ理由もないでしょう。優先すべきなのは納得の行く答えだ。彼が正しいのなら、道を譲ればいい。そうでなければ、退けるだけ)

ちょんちょん、と提督の背中をつつく小さな指。振り返ると春雨がいた。

春雨「小さく震えていたから、泣いていたのかと思っちゃいました」

提督「泣いていた……? 悲しくないのに涙なんて出ませんよ。これは……そう、武者震いですよ」

春雨「そうですか……。重巡棲姫さんと話をしている間、最初の方は興味津々な様子だったのに、終わりの方では時折悩ましげな表情を浮かべていたので……。
ちょっと司令官のことが心配だったんです。でも、そんな気配りは不要でしたね……杞憂で良かったです」

提督「ええ。それと、そのことなんですが……。これから先、元の世界に戻って一段落着くまでは、空(ソラ)と呼んでもらっていいですか。
蒔絵空……そう呼んでくれませんか。その、あちらの世界に居るであろうの蒔絵現と紛らわしいので、差別化の意味でね」

提督「空というのはかつての雅号だったんです。画家として大成したわけでもないのに雅号なんて、見栄っ張りも良いところですけどね」

アハハと乾いた笑いを浮かべた後、ズボンについた砂を払い、海原を背にして立ち上がり春雨の方を振り返る提督。
昇りゆく白い月は仄暗い水面を照らし、空を藍色に染めていた。

提督「小生は、現よりも空と名乗りたい。一度は捨てた名前でしたが……それでも、蒔絵空でありたい。蒔絵空として生きていたい。
そう思ったから、震えていたんですよ。……って、春雨に話しても何のことだか分からないでしょうがね」

春雨「そう呼んで欲しいならそうしますけど……春雨の司令官は、司令官だけですから。それに変わりはありませんよ」

提督に火のついていない手持ち花火を差し出す春雨。

春雨「『人と人とが紡ぐ色とりどりの輝きをこの目で見ていたい』でしたっけ。司令官のその言葉が、ずっと胸に残っていて。
私たちのいた世界とは違えど、この世界の中でも……春雨はその輝きを見ました。艦娘と深海棲艦の間に、新しい可能性を見出しました」

春雨「だから、司令官にもそれを見て欲しいなって思いました。その……」

差し出された花火を受け取る提督。フフ、とにやけ交じりの笑みを浮かべて、眼鏡越しに春雨を見つめる。澄んだ瞳をしていた。

提督「なぜ、春雨が特別な存在なのでしょうね……。分かるような、分からないような……不思議な感じがします」

春雨「えっ、それはどういう……?」

提督「ああいや。そうだと決まったわけではないんですがね。せっかくの春雨の誘いを無碍にするわけにも行きませんし、では混ざるとしましょう」

戸惑った表情を浮かべる春雨を置き去りに、花火をしている集団の方へ歩いていく提督。

・・・・

翌日。提督と春雨はこの世界の蒔絵現の意図を探るべく、横須賀鎮守府に潜入していた。

提督「真冬の雪原から常夏の島へ、そしてまた氷点下の港へ……体調を崩してしまいそうですね。
時差ボケするほど離れた場所でなかったのは幸いですが。今日で元の世界に戻りますよ、大体情報は出揃いましたからね」

春雨「時間にすると2泊3日、ですか……。長かったようで短かったですね」

提督「まあ鎮守府では失踪騒ぎで大変なことになってると思いますけどね。芯玄元帥にも迷惑をかけているでしょうし。
ただ、小生一人が欠けて機能しなくなるほど横須賀はヤワではありません……またメチャクチャ叱られた後に平謝りの連発で済むでしょう」

春雨「今回は仕方ないとはいえ……相変わらず悪びれない態度ですね。そういう所も嫌いじゃありませんが」

提督「おや……春雨に褒められるとは、なんだか新鮮な感じがしますね。ありがとうございます」

春雨「ち、ちがっ……。そのふてぶてしさが、一周回って逞しいなと思っただけです。……」

褒めるつもりが無かったのに無意識のうちに出た言葉に、気恥ずかしさを覚える春雨。

提督「さてと……春雨? 春雨……?」

提督の呼びかけに応じず、その場に棒立ちする春雨。彼女の澄んだ瞳の中に、小さな映像のようなものが高速で駆け巡っている。
848 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 02:03:15.38 ID:ft0X4ers0
(あとまだ10レスあるんですけども……さすがに眠気がきつくなってきたので寝ます。昼頃には復活してると思います……)
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 08:38:38.00 ID:8c7bjoetO
一旦乙
850 :【73/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 12:59:44.52 ID:ft0X4ers0
提督「一体、彼女の身に何が……? 声をかけても揺さぶっても反応がない……」

??「お疲れ様でーす。噂の春雨さんを連れて来たとなると、万事片付いたということでしょうかね」

提督(……どう答えるべきでしょうか? この世界の蒔絵現に近しい立場の人物ではあるようですが……)

背後からの呼びかけに対し、振り返らずに名前を尋ねる提督。

??「やだなあ。声で分かりませんでした? 窓位ですよ。窓位聖人ですってば」

提督(窓位くん……? 確か舞鶴に配属されたそうですが。この世界ではそうならず横須賀に着任した、ということでしょうか)

名前を聞いて反転する蒔絵提督。綿飴を咥えた、長身痩躯で栗色の髪をした美男子が立っていた。隣にはこれまた背の高い黒髪の艦娘が立っている。

窓位「ん? どうかしました? きょとんとしちゃってらしくないですね。ひょっとして……実はボクの知ってる蒔絵元帥じゃなくて、向こう側の蒔絵提督だったり?」

提督「……そうだと言ったらどうなりますかね? 命ぐらいは見逃してくれますか」

春雨と手を繋いでポケットの中にある水色の歯車に手をかけ、いつでも逃げ出せるよう備える蒔絵提督。

窓位「命? ハハ、まさか。歓迎しますよ! こっそり赤い歯車を渡した甲斐がありました。ここに来るまでにどんな物語があったのか……お話を聞きたいです」

提督(赤い歯車を小生に渡したのは、この世界の窓位提督だったのでしょうか? ということは……敵ではない、と解釈していいのでしょうかね)

・・・・

鱗雲が遠くに浮かぶ秋の空。潤った地面に乾いた風が吹き抜ける。色づいた落葉樹が頭上を鮮やかに彩る。黄色と赤の世界。
紅が濃くなった落ち葉から順に、はらはらと地へ落ちていく。あと二週間もすれば冬が訪れるのだろう、そう感じさせる秋の終わりの景色だった。

五月雨「綺麗ですね……。ラバウルに行く前に良いものが見れました、ありがとうございます。素敵な思い出になりそうです」

鎮守府敷地内の森。普段は誰も訪れないようなこの場所が、今日は艦娘で賑わっている。
レジャーシートを複数枚敷いて、いくつかの集まりに分かれて談笑していた。

提督「お礼なら春雨に言ってください。彼女の提案なんですから」

春雨「お花見とはまた違った雰囲気でいいですね。なんだか気持ちが落ち着きます」

提督「心が穏やかな気持ちになるでしょう。気のせいではありません。あ、木のせいではあるんですが」

由良「提督さんがダジャレを言うなんて……珍しいこともあるんですね」 ステンレス製の水筒を持って紙コップに緑茶を注ぐ

提督「ダジャレを言ったつもりはないのですが……樹木が発する化学物質をフィトンチッドと呼び、これは人間に安らぎを与える効果があると考えられているのです。
有害な微生物や害虫から身を守るために発する自己防衛の物質だそうですが……不思議なもので、人間にとっては森の香りとして心地よく感じられるのです」

提督「マイナスイオンと一緒で、きな臭い部分もありますがね。ビジネスが絡むと途端に話に尾ひれがついてしまうものです」

由良から紙コップを受け取って茶を啜る提督。うっすら見える白い湯気が東雲へと昇っていく。

五月雨「でも……やっぱり落ち着くのは木のせいだけじゃないですよ。こんなに穏やかな表情の提督は初めて見ました」

由良「ですね。普段のクールな態度も頼もしくてカッコいいですけど……オフの日はこんな感じなんですね。なんだか意外です」

提督「小生とて常に気を張り詰めているわけではありません。ただ、鎮守府にいるとどうしても義務や責任と向き合わなければなりませんからね」

春雨「司令官は……自分を曝け出そうとしないだけで、本当はとっても心の優しい人なんです。今日ピクニックを提案したのは、それを皆に伝えたかったのもあるんです」

五月雨「春雨は提督といつもつきっきりでしたもんね! 蒔絵提督のことを一番よく知ってるんじゃないですか」

提督「そうかもしれませんね。春雨はとても優秀ですよ。小生の隣は彼女にしか勤まりませんから」

無意識のうちに立ち上がる春雨。耳の先を紅葉のように赤く染めている。

春雨「そ、そんな……褒め過ぎですよ。本当はいつも不安で……司令官のお役に立てているかずっと不安だったんです。
春雨が司令官に相応しい艦娘なのか、ずっと不安だったんです。……他にも良い人がいるんじゃないかって」

提督もまた立ち上がり、春雨の小さな体を包み込むように抱擁する。身を寄せる春雨。

提督「春雨の代わりはいませんよ。小生にとって特別な存在なのですからね」

色とりどりの落ち葉が風に舞って夕空に浮かぶ。暖かな幻想の景色。縋りつくように提督を抱き返す春雨。

提督「と……ここで伝えるには少々大胆過ぎましたね。みんな驚いた顔しちゃってますし」

提督の言うように、周囲の艦娘らは皆ぽかんと口を開けていた。
浮ついた話の一切ない淡泊な蒔絵提督と、鎮守府内ではこれといって名が知れているわけではない春雨との組み合わせであるから無理もない。
春雨は提督を抱き締めていた腕を解き、頬を染めて俯いている。

由良「なんというか……バッチリ見せつけられちゃいましたね。日頃とのギャップがすごいですが……まあ、良いんじゃないでしょうか。こういうのも」

五月雨「うんっ、たしかにお似合いだと思いますよ」

妙な祝福ムードのまま観楓会(かんぷうかい:楓など紅葉を鑑賞する集まりのこと)兼宴会は続いたが、やがて、一人また一人と人が離れていく。
片付けが終わった後の夜更けに、春雨は提督を先ほどの森へと呼び出していた。とうに虫のさざめきも途絶えた秋の暮れ。
ライトアップされていた紅葉も、明かりが消えてしまえば宵闇に紛れて何色か分からなくなる。春雨は一人、森の中で提督のことを待っていた。
851 :【74/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 13:27:41.31 ID:ft0X4ers0
森閑を自らの足音で掻き消すような急ぎ足で春雨に駆け寄る提督。

提督「もう夜も遅いじゃないですか。どうしました? 宴なら終わったでしょう。じきに雨が降る……」

天を仰ぎ見る。月を覆う銀の雲が薄墨の空を駆ける。風の流れは速く、長雨の気配が漂いだす。

春雨「さっきの言葉に……偽りはありませんか。春雨が特別だって言ってくれましたよね」

提督「嘘偽りのない本心の言葉ですよ。それでも、まだ不安ですか?」

春雨「司令官が春雨を特別だって言ってくれて、嬉しかったです。本当に嬉しかった……抱き締められた時、とても幸せな気持ちになりました。でも……」

ぽつり、ぽつり、と楓が零す涙のように滴る露の音。音に気づいた提督は持っていた番傘を開いて春雨を招き入れる。
傘の中で向かい合う二人。背筋を伸ばして顔を上げ、提督を潤んだ瞳で見つめる春雨。

春雨「司令官が春雨のことを想ってくれているのは、前から分かっていたんです。これだけ長い間二人で一緒に居るんですもの……伝わりますよ。
でも……司令官が見ているのは、本当に春雨のことなのかな、って怖くなってしまうんです……。こんなに司令官に愛してもらっているのに、それでも……」

春雨「春雨が、春雨じゃなかったら、司令官はどう思うんだろうって……あはは。ヘン、ですよね……どうしてこんなことを考えてしまうんでしょう」

黒いシルクの手袋で目元の雫を拭う春雨。怯えるように小さく震えていた。

春雨「司令官はいつも、春雨のことを大事に想ってくれるはずなのに……時折、春雨の向こうにあるものを見ているような目をしていて……。
それは、春雨だけど、春雨じゃないんです。私のことじゃない……そんな風に思ってしまう時があるんです……」

提督「……。ごめんなさい……春雨」

持っていた傘を放して、泥に塗れることすら厭わずに膝を折り、春雨と背の高さを合わせるようにして両腕で力強く抱き締める。肘が冷たい雨に濡れる。

春雨「嬉しいんです。とても嬉しくて、胸が暖かい気持ちで溢れて、想いでいっぱいになるんです……だから、いいんです。これは春雨のわがままなんです。
永遠なんてないですから……。いつかは司令官と別れてしまう……そのことが恐ろしくて、離れたくなくて。だからせめて、今の春雨を見て欲しいんです」

提督「永遠さえも……この手に掴んでみせましょう。春雨と、共に在るためなら……」

春雨「……?」

提督「春雨と共に在り続けるための、“永遠の王国”を創ってみせましょう。……そこで共に生きましょう」

・・・・

執務室に案内された蒔絵提督。棒立ちのまま動かなくなった春雨は隣の仮眠室で横になっている。

窓位「……蒔絵元帥の目的は“永遠の王国”を創ること。誰もが王となる世界――そこでは、万人が各々の望みを叶えられる……理想が世界に先んじて現実化する世界。
簡単に言うと意志が具現化する世界の創造……ってところかな? それがあの人の最終目的。全てはそのための行動」

提督「先刻経緯を説明した通り、小生は君の言うあの人ではありません。蒔絵現であって蒔絵現ではない……だからこその蒔絵空。
“永遠の王国”なんてもの、生まれてこの方思いついたこともありませんでしたよ。で、質問なのですが。なぜ小生にこの話を?」

提督「いいえ……理由なんてものはこの際どうでもいいでしょう。その“永遠の王国”とやらのために、蒔絵現は何をしようとしているんですか?」

窓位「キミがこの世界に来る時に使った水色の歯車や……今は向こうの世界にあるであろう青色の歯車。ボクが今持っている紫色の歯車。
これらの“理(ことわり)の歯車”を集めて、全ての世界から“反存在”を消し去ること。これがあの人の計画の第一弾ってところだね」

窓位「歯車にはそれぞれ世界を揺るがしかねないほどの大きな力が備わっている。だけどそれは一つの世界に限定された話なんだ。
使用者が現存する世界にのみ影響する。だから、強力な道具ではあるけれど、異世界からやってくる反存在に立ち向かうには不十分なものなんだよね」

窓位「でも……全ての歯車を集めることが出来れば、どんな世界の時空も制御できる。反存在を消し去ることだって可能になる。
だから芯玄提督を異世界に飛ばして赤と青の歯車を集めさせた。ここで事件が起こったんだけど……その前に。まずはこれを見て」 机の引き出しからノートを取り出す

≪時間を司る歯車≫
【赤色の歯車】制御:対象の時間の流れる速さを制御する(加速や減速)
【緑色の歯車】停止:対象の時間を停止させる
【青色の歯車】遡行:対象の時間を巻き戻す
≪空間を司る歯車≫
【水色の歯車】転移:対象を任意の場所へ瞬時に移動させる
【紫色の歯車】改変:対象となる事実や情報を書き換える
【黄色の歯車】修復:対象から失われたものを復元させる・状態を再生する

提督(小生が持っているのは赤と水色の歯車。蒔絵現が持っているのは青と緑。紫は目の前の彼が持っていて、黄色は不明……ですか)

窓位「これが理の歯車の一覧。いずれにしても使用者の意志に応じて任意の働きをする、とっても都合のいい道具だね。
ま、当然使い方を誤ると大変なことが起こるわけで……」 ページをめくる

【時の終点】
時間を司る歯車の能力で世界を著しく改変すると発生(本来起こるはずだった歴史的事象を改竄するなど)。
時間の流れなくなった世界であり、空間およびその中の物質が不可視無形のエネルギーとなった状態で存在している。
やがて異なる時間軸を迎え入れて、新たな運命の用意された世界が生成される。

【空間の終点】
空間を司る歯車の能力で世界を著しく改変すると発生(社会や文明が機能不全になるほどの物理的破壊をもたらすなど)。
物質の存在しない虚無の世界であり、存在を保ったままここに辿り着くことは出来ないため、あくまで仮想のものである。
反存在はここから生じていると考えられる。

窓位「あの人――この世界の蒔絵元帥は、芯玄提督を水色の歯車の力で赤・青の歯車がある別の世界へ飛ばした。
で、芯玄提督は時の終点を経由して、その二つの歯車を手にすることに見事成功した。そのままこっちの世界へと戻すはずだったんだけど……」
852 :【75/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 13:58:30.70 ID:ft0X4ers0
窓位「突然だけど……赤色の絵の具と青色の絵の具を混ぜたらどうなるでしょうか?」

提督「“紫”ですね。芯玄提督が手に入れた歯車は“赤”と“青”。……!」

窓位「ご明察。芯玄提督と彼に同行していた朝潮、この二人の願望に呼応した歯車は、あちらの世界を彼らにとって理想となる世界に作り変えてしまった。
この世界を模してはいるものの、根本的には彼ら二人のために生まれた世界……それがキミの生まれた世界になるってことだね。
それでどうして二人の手から赤い歯車が離れたのかは分からないけど……まあ彼と朝潮には必要ないものだったからかもしれないね」

窓位「で……彼らにとって理想の世界とは言ったけれど、紫色の歯車と同様に、自分たちから離れれば離れるほどに影響力は弱まる。
直接自分に関係しない出来事に干渉したりするのは難しいんだ。だから、この世界でも争いや奪い合いは起こってしまうんだ。
ボクが紫色の歯車を持っていたとしてもね。……大体の説明は終わり。扶桑! あれを」

扶桑が持ってきたのは、黒い漆塗りの小箱だった。

窓位「元の世界に帰るまで、これを決して開けてはいけないよ。……っていうのはウソウソ! まあこの世界で使うのは極力辞めて欲しいけどね。
入れ物が入れ物なだけに家具コインが入ってそうだけど、中身は紫の歯車だよ。これであの人にも対抗できるはずだ」

提督「なぜこれを……? 『赤い歯車を渡した』とも言っていましたが、君は小生に何を望んでいるのですか? 随分手助けをしてくれているようですが」

窓位「キミに何かを望んでいるわけじゃないよ。あの人の理想には、賛同できる部分もある。だから協力していたし、今もしている。
けれど……あの人はこの世界で生まれた人じゃない。便宜上“この世界の蒔絵元帥”と言っていたけど、更に異なる世界からやってきた人なんだ」

窓位「そこであの人が何を見てきたか、何を経験してきたかは想像でしか窺い知ることは出来ない。
小の虫を殺して大の虫を助けるという言葉もあるし、あの人にとってキミはやむを得ない犠牲の一つなのかもしれない。でもボクはそうは思わない」

窓位「世界から消え去ってしまっていいものなんて何一つ無いはずなのさ。ボクはそう信じてる。
だから、あの人に手を貸す一方で、隙を見てキミを助けたりもする。これがボクなりのスタンスだ」

提督「ありがとう。君がいなければ、小生は何も知らずに消えていくところでした。お礼がしたいのですが」

窓位「そうだなあ。じゃあ、向こうの世界の窓位聖人が喜びそうなことをしてもらおうかな。
キミに託したその紫の歯車のおかげで、ボクはこれまで十分幸せで居られたからね」

提督「分かりました。必ず果たしましょう(しかし……窓位くんがもし成長したのなら、こんな容貌になっていたのでしょうかね。
妬けるぐらいに美男子でしたね……。中身はそっくりそのまま向こうの窓位くんと同じだった、というのがまた面白いところですが)」

・・・・

ベッドから身を起こす春雨。時計の針の進み具合と外の景色から、自分は半日ほど眠っていたのだと推測する。
窓の外の銀世界は、斜陽に照らされて枯れた菊の花のように昏い黄色に染まっていた。

提督「目を覚ましましたね。お待たせしました。早速元の世界へ戻りましょう」

春雨「司令官……じゃない、ええっと。……私の司令官、って……?」

提督「何やら混乱気味な様子ですね。まだ調子が優れませんか?」

窓位提督から貰った飴玉を口に放ると、ベッド脇の椅子に座る提督。顎に手を当てて不思議そうな様子で春雨を見つめる。

春雨「夢……じゃない、あれはきっと。幻覚でもなくて……。記憶が戻ったんです。今までの記憶が……映像のように流れてきて。
この世界での出来事も。それよりずっと前の世界のことも……。あぁ……えっと、春雨は。私は」

胸に手を当てて、自分の中での思考を整理するようにゆっくりと話す春雨。
ふと床に視線を落とすと、彼女は自分の黒い影法師がとても長く伸びていることに気づいた。

春雨「この世界で“私”は生まれ育ちました。でも、記憶はもっと前の世界の“春雨”から引き継いだものだったんです。
この世界での記憶やそれより前の世界での記憶は、あちらの世界に行った時に喪失してしまいましたが……今、全てを思い出しました」

提督(蒔絵現が春雨に対して執着のあるような口ぶりだったのは、記憶を継ぎ接ぎしながらも自身の傍に居続けたから、というところでしょうか。
それほど彼にとって重要な存在である春雨が、なぜこの世界のコピーであるあちら側の世界に居たのかが疑問ですね)

春雨「春雨は、最初は一人の春雨だったんです。人格と記憶で、二つに分かれて……私はその記憶の方で。司令官……あ、いえ。現さんでしたね」

提督「変に気を遣わなくていいですよ。記憶の戻った春雨からしてみれば、彼が本当の意味での“司令官”ということなのでしょう。
(少し寂しいような気はしますけど、ね)……それより、その先の話を聞きたいですね」

春雨「時系列を追って説明します。この世界に春雨が生まれました。でも、それはまだ“私”と呼ぶには不完全で。
司令官と一緒に過ごしながら、少しずつこの世界に生まれる前の記憶を呼び覚ましていったんです」

春雨「ですが……こちらの世界の“私”の記憶が不完全なまま私のコピーが生まれた結果、“私のコピー”の方が記憶を取り戻していくようになったんです。
一方で、“私”の記憶は不完全な状態のままで回復が止まってしまいました。私は、司令官の知る“春雨”になり損ねてしまったんです……」

提督(蒔絵現の表現を借りるなら……あちらの世界の春雨が基本となる『正史の』春雨に成り代わってしまった、ということでしょうか)

春雨「私の記憶が戻らなくなったことを、司令官に知られたくありませんでした。もしそのことで司令官から見放されたら、きっと私は壊れてしまうから。
向こうの世界の春雨が“春雨”でなくなれば、また“私”に記憶が戻るようになると考えた私は……」

春雨「司令官の目を盗んで向こうの世界の春雨に手をかけました。“春雨”を沈めたのは、私自身だったんです」

提督は、彼女の真っ直ぐな瞳が綺麗だと常々思っていた。何者にも染まらない薔薇色の煌めきが美しいと感じていた。
彼を視界に捉えながらも彼を映してはくれないその紅玉に気高さを感じていた。提督は今になってようやく理解した。
彼女の持つ曇りの無さすぎる澄み切った光の正体は、純粋すぎるが故の狂気そのものだったのだと。

春雨「そして、思惑通り全ての記憶を取り戻しました。幻滅しましたか? ……でも、真実です。これが“春雨”になりきれなかった“私”の本性なんです」
853 :【76/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 14:20:07.04 ID:ft0X4ers0
春雨「そう……“私”は記憶を手に入れても、“春雨”にはなれませんでした。だって、私が本物の“春雨”だったら……そんなことはしなかったでしょうから。
事が終わってから、我に返って気づいたことです。“私”は、司令官の愛情を失うことを怖かっただけの、ただの艦娘に過ぎなかった……」

春雨「私は司令官に全てを打ち明けました。それから、あちら側の世界で過ごすことにしたんです。全ての記憶を消して、“春雨”としての人格を獲得するために……。
私から“私”を消して自分を“春雨”で塗り潰せば……私は“春雨”になれる。そう考えたんです」

春雨「でも、染みついた“私”は消えなかった。記憶が戻った今、それをようやく悟りました」

この時になって、それまで顔色一つ変えずに淡々と喋っていた春雨の表情が変わった。悲愴と諦めの混ざった沈鬱な面持ちだった。
しかし、提督はこれをただ悲しみに沈んでいるだけの表情だとは思わなかった。悔しさを押し殺しているようにも見えたからだ。

提督「小生は貴方のやったことを否定も肯定もしません。ですが……あちらの世界の春雨を犠牲にしてでも、貴方は“春雨”に成り代わろうとしたのでしょう?」
経緯がどうであれ、貴方は“春雨”として生きることを背負ったんです。そうすることを選んだのは“貴方”でしょう。
今更になって自己憐憫などくだらない。それで“貴方”のために犠牲になったあちらの春雨が浮かばれるのですかね」

春雨の感情を焚きつけるように冷ややかな言葉を投げかける提督。彼女の心を傷つけてしまう自覚はあったが、それも承知の上だった。
彼らしからぬ、苛立ちを露わにした態度で春雨を詰る。

提督「自分という人格を打ち消してでも蒔絵現という人間に愛されたかった、その愛を失うことが怖かった、さしずめそんなところでしょうが。
……くだらない。自分で矛盾に気づいていたではありませんか。『春雨だったらそんなことはしなかった』って。貴方は“貴方”でしかない」

提督「蒔絵現の記憶の中にいたかつての“春雨”と、この世界で生まれた“貴方”とで、違いが生まれるのは当たり前の話。時代や環境で人は変わるものです。
そうであったとしても……貴方が“春雨”であろうとなかろうと、蒔絵現を愛していることに変わりなんてないのでしょう?」

提督「蒔絵現が、貴方を“貴方”として見ているか“春雨”として見ているかは知りません。貴方が“春雨”と違うと知るやいなや、失望するかもしれません。
ですが……本当に彼を愛しているというのなら、それでも貴方自身の愛情が揺らぐことはないはずです。貴方は“貴方”として自分の愛を貫けばいい」

沈黙。言葉を何も返そうとしない春雨。泣いているわけではないようだったが、その表情は見るからに苦悶しているようだった。
提督は深呼吸をした後に小さくのびをして、椅子から立ち上がる。春雨に背を向けると、ハンガーにかけていた黒い外套を羽織って、軍帽を深めに被る。

提督「らしくないですね。いつになく熱くなってしまいました。ま、これは自分自身に投げかけている節もあります。ブーメランなんですよ、吐いた言葉は自分に帰ってくる。
小生は今、自分が一度捨てた名前である“蒔絵空”と向き合っているんです。あのまま絵描きとしての人生を真っ当して野垂れ死にしていた方が良かったんじゃないか、とね」

提督「ただ……『起こる全てのことに意味がある』でしたか。小生も今はそう信じたいと思います。あの時の貴方の言葉から、少し勇気を貰えたんです」

夕陽が沈みかけ、部屋は薄暗くなっていた。提督は春雨の方を向くことなく、水色の歯車を作動させた。

提督「では、これでお別れです。言いたいことも言えましたし。もう次に逢うことはないでしょう」

春雨「え……どうして、ですか……?」 俯いていた顔を上げて訊ねる

提督「蒔絵現は問いかけるはずです。この世界と、あちらの世界と、……貴方ならどちらを選ぶか。聞くまでもないですよね。
春雨にとってこの世界には彼との思い出があるわけですから。なら、貴方はこの世界に残っているべきです」

歯車が光り出し、空間に歪みが走る。

提督「たとい小生の生まれた世界が貴方や彼にとってはこの世界の模造品だったとしても、小生にはあの世界を守る使命があります。
だから……決着をつけに行くんです。貴方と一緒に居られて楽しかったですよ。さようなら」

振り返って春雨の方を向き、笑顔で手を振る提督。

・・・・

数日前に訪れたファミレス前。尻餅をついている提督。

提督「あたた……。とりあえず戻れましたが……なんで着いてきちゃったんですか」

提督が消えていく刹那、春雨は彼に飛びついたのだった。春雨が離れると、身を起こして服に着いた雪を払う提督。

春雨「自分でも分かりません……」

うぅーん、と困ったように小さく唸ったが、それ以上は訊ねようとしない提督。ポケットから紫色の歯車を取り出し、水色の歯車とともに再度強く握りしめる。
二つの歯車が呼応して光を放つ。振っていた粉雪が逆流するように天へと昇っていく。雲の切れ間に隠れていた太陽は天頂から顔を覗かせると東の空へ沈んでいった。

提督(やはり……ですか。赤色と青色の絵の具が交われば、紫色になる。これが窓位提督から教わったこと。
一方で……“水色”の光と“紫色”の光が重なれば、“青色”の光となる……!)

提督(赤と水色のような、時間の歯車と空間の歯車との組み合わせでは何も起こらないようですが……。
赤・緑・青色の時の歯車が二つあれば、対応する空間の歯車の能力を。
水色・紫・黄色の空間の歯車が二つあれば、対応する時間の歯車の能力を補うことが可能……)

提督(春雨が着いて来てしまったのは予想外でしたが……時間を巻き戻して、この場所を訪れる蒔絵現と対峙します。
時間を遡行することで、恐らくこの水色の歯車は蒔絵現の下に戻ってしまうでしょうが……それでも問題ない)

晴れた冬の日。冷たく乾いた風が吹き抜ける。雪に埋もれた枯草が小さく揺れている。
建物の陰に隠れてもう一人の自分がここに来るのをじっと待つ。

・・・・

止まった時間の中で蒔絵現と邂逅を果たすと、正面から歩み寄る空。

現「ふむ……この世界の自分を見るのは初めてですね。まあ次に会うことはないでしょうが」

空「フフ……“前”もそう言っていましたけどね。おっと、貴方と争うつもりはありません。交渉をしに来たのです」
854 :【77/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 14:53:20.71 ID:ft0X4ers0
現「止まった時間の中で動けるということは何かしら歯車を持っているということ。
真っ向からやり合えば、こちらにもリスクはあるか……話は聞いてあげましょう。どうするかはその上で判断します」

空「この世界と、貴方や春雨の居る世界……二つは似すぎている。であるがゆえに今、正史が二つ存在している状態になっている。
だから、歯車を揃えて全ての時空から反存在を消し去っても……もう片方の世界ではそれが行われなかったことになってしまう。
反存在を消失させても“失敗した側の”正史を経由して反存在が残存してしまう、ということでよろしかったでしょうか」

空「彼我の世界、どちらかが邪魔になる。だから春雨に残す方を選ばせる……これが貴方の考え、ですよね」

現「……何も知らないと思っていたのですが、流石は小生の映し鏡。並行世界のコピーと侮っていましたが……よくそこまで辿り着けましたね。
では話が早い。貴方がそこまで知っているということは……春雨も記憶を取り戻したのでしょう? この場で春雨から答えを聞くことが出来そうですね」

春雨は黙ったままで、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。

空「いいえ、その必要はありません。どちらの世界も滅びずに済む方法があります。全ての理の歯車が必要になることは変わりませんが……」

空「反存在が存在を打ち消そうとする働きを持つなら……反存在を打ち消そうとする意志を持った概念が生まれればいいのです。
小生が全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になります。どうでしょうか? そちらにとっても不利益のない提案だと思うのですが」

現「ふむ……確実性に欠けるという問題はありますが、提案自体は悪くありません。貴方にそれだけの強い意志があるというのが前提条件ですが。
口先だけならどうとでも言える。小生を欺こうとしている可能性もある……貴方の言葉が本物かどうかを試させてください」

・・・・

現が水色の歯車を掲げると、空間の裂け目に吸い込まれて二人はその場から消えてしまった。
その場に取り残された春雨は、ファミレス前にリムジンが停車していることに気づき、芯玄元帥と朝潮の二人が店に入る前に呼び止めた。

芯玄「……艦娘のようだが、一体どうした? 蒔絵提督の配下なんだろう。奴はどこにいる?」

春雨「……その、蒔絵司令官なんですが、今はどこかに行ってしまっていて。戻ってくると、思います……」

春雨(二人がどこかに消えてしまいました……。空さんは司令官と争う意志が無くても、司令官はそうではないかもしれない。お互い無事だといいのですが)

芯玄「なんだ? どうにも不明瞭だな。まあいい……店の中に居ないということは分かった。ここで待つとしよう」

道路沿いに設置されたベンチで座る朝潮と春雨。芯玄提督はベンチから少し離れた位置で腕組みしながら直立し、周囲の様子を気にかけていた。

春雨(空さんが言っていた『全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になる』って、つまり……世界を守るために自分が犠牲になるってことですよね。
空さんという存在は失われて、私の記憶からもこの世界からも永遠に居なくなってしまうってことですよね……。そんなの、嫌です……)

朝潮「どうしましたか? 怯えているような表情をしていましたが」

春雨「怯えている? 私が、ですか……?」

朝潮「貴方の背景も、蒔絵大将についても何も知りませんが……佇まいでなんとなくそう思ったんです。違うようでしたらすみません。
ただ……私はかつて、自分が自分でなくなってしまうような錯覚を感じるほどの、強い不安に駆られたことがあるんです」

朝潮「……今の貴方もまた、そういう不安の中にあるのかもしれない、なんて思ったんです。ただの勘ですが」

朝潮の直感どおり、春雨の胸中には様々な不安が渦巻いていた。どうすればいいか分からない、という途方に暮れた気持ちを抱えていたのだった。

春雨「失うことが怖い気持ちを……どうやって乗り越えましたか? どうすれば乗り越えられますか?」

朝潮「幸いなことに、朝潮には司令官が居てくれました。司令官の存在が励みとなって勇気を貰えたんです。
私も自分一人の力で乗り越えられたわけではありませんから、アドバイスが難しいのですが……」

朝潮「貴方に何か大事な心の拠り所があるのなら、それを強く想い、信じ抜けばいいと思います。
自分の中にある想いを信じることが出来れば、自分自身だって信じられるはずです。恐れすらも超えていける……そう思います」 照れくさそうに微笑する

春雨(……今、この瞬間、一番強く想うことは)

春雨(たとえそれがこの世界を守るためだったとしても……空さんには居なくなって欲しくない。犠牲になんてなって欲しくない……!)

パン! と思い切り自分の頬を叩く春雨。隣にいる朝潮が驚いて心配するほどの勢いだった。

春雨「私が……全部守ります。空さんのことも、この世界も、私たちの世界も……。何一つ犠牲になんてさせませんから」

・・・・

現と空がいる場所は、反存在に立ち向かうための訓練場のようだった。ここでは、精神のエネルギーがそのまま実体となって出力される。
空の肩や腕からは真っ赤な血が噴き出していた。ただし、実際に空の肉体が損傷したわけではなく、この血は彼が負った精神的消耗が可視化されたものだった。
意志と意志がぶつかり合えば、その分互いの精神は磨耗する。この空間で戦っている間は、精神の苦痛がそのまま肉体の痛みに変換されるのだ。

現「貴方が反存在を食い止めるための人柱になる……という話も、貴方があちらの世界に生まれた自分自身でなければ信用できたのですが。
小生が逆の立場であったなら、自己犠牲などという選択は取りません。命あっての物種、物語は生きてこそ続く……死ねばそれまで」

手の中から剣を生成し、空に斬りかかる現。跳び退って距離を置き、空もまた生成した数本のナイフを投擲して牽制する。

空「フ、それが貴方の哲学ですか。そうだったとしても……小生は蒔絵現であって蒔絵現ではない。貴方とは違う」

現は迫りくるナイフを次々に弾き飛ばしながら接近し、剣を振り下ろした。
空はこれをナイフで防ぎ鍔迫り合いに持ち込んだ。刃がじりじりと空の身に近づいてくる。

現「もう終わりですか? この程度でへばっているようでは、反存在に一人で立ち向かうことも難しいと思いますが」
855 :【78/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 15:22:22.96 ID:ft0X4ers0
現「止まった時間の中で動けるということは何かしら歯車を持っているということ。
真っ向からやり合えば、こちらにもリスクはあるか……話は聞いてあげましょう。どうするかはその上で判断します」

空「この世界と、貴方や春雨の居る世界……二つは似すぎている。であるがゆえに今、正史が二つ存在している状態になっている。
だから、歯車を揃えて全ての時空から反存在を消し去っても……もう片方の世界ではそれが行われなかったことになってしまう。
反存在を消失させても“失敗した側の”正史を経由して反存在が残存してしまう、ということでよろしかったでしょうか」

空「彼我の世界、どちらかが邪魔になる。だから春雨に残す方を選ばせる……これが貴方の考え、ですよね」

現「……何も知らないと思っていたのですが、流石は小生の映し鏡。並行世界のコピーと侮っていましたが……よくそこまで辿り着けましたね。
では話が早い。貴方がそこまで知っているということは……春雨も記憶を取り戻したのでしょう? この場で春雨から答えを聞くことが出来そうですね」

春雨は黙ったままで、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。

空「いいえ、その必要はありません。どちらの世界も滅びずに済む方法があります。全ての理の歯車が必要になることは変わりませんが……」

空「反存在が存在を打ち消そうとする働きを持つなら……反存在を打ち消そうとする意志を持った概念が生まれればいいのです。
小生が全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になります。どうでしょうか? そちらにとっても不利益のない提案だと思うのですが」

現「ふむ……確実性に欠けるという問題はありますが、提案自体は悪くありません。貴方にそれだけの強い意志があるというのが前提条件ですが。
口先だけならどうとでも言える。小生を欺こうとしている可能性もある……貴方の言葉が本物かどうかを試させてください」

・・・・

現が水色の歯車を掲げると、空間の裂け目に吸い込まれて二人はその場から消えてしまった。
その場に取り残された春雨は、ファミレス前にリムジンが停車していることに気づき、芯玄元帥と朝潮の二人が店に入る前に呼び止めた。

芯玄「……艦娘のようだが、一体どうした? 蒔絵提督の配下なんだろう。奴はどこにいる?」

春雨「……その、蒔絵司令官なんですが、今はどこかに行ってしまっていて。戻ってくると、思います……」

春雨(二人がどこかに消えてしまいました……。空さんは司令官と争う意志が無くても、司令官はそうではないかもしれない。お互い無事だといいのですが)

芯玄「なんだ? どうにも不明瞭だな。まあいい……店の中に居ないということは分かった。ここで待つとしよう」

道路沿いに設置されたベンチで座る朝潮と春雨。芯玄提督はベンチから少し離れた位置で腕組みしながら直立し、周囲の様子を気にかけていた。

春雨(空さんが言っていた『全ての時空で反存在を抑止し続ける思念体になる』って、つまり……世界を守るために自分が犠牲になるってことですよね。
空さんという存在は失われて、私の記憶からもこの世界からも永遠に居なくなってしまうってことですよね……。そんなの、嫌です……)

朝潮「どうしましたか? 怯えているような表情をしていましたが」

春雨「怯えている? 私が、ですか……?」

朝潮「貴方の背景も、蒔絵大将についても何も知りませんが……佇まいでなんとなくそう思ったんです。違うようでしたらすみません。
ただ……私はかつて、自分が自分でなくなってしまうような錯覚を感じるほどの、強い不安に駆られたことがあるんです」

朝潮「……今の貴方もまた、そういう不安の中にあるのかもしれない、なんて思ったんです。ただの勘ですが」

朝潮の直感どおり、春雨の胸中には様々な不安が渦巻いていた。どうすればいいか分からない、という途方に暮れた気持ちを抱えていたのだった。

春雨「失うことが怖い気持ちを……どうやって乗り越えましたか? どうすれば乗り越えられますか?」

朝潮「幸いなことに、朝潮には司令官が居てくれました。司令官の存在が励みとなって勇気を貰えたんです。
私も自分一人の力で乗り越えられたわけではありませんから、アドバイスが難しいのですが……」

朝潮「貴方に何か大事な心の拠り所があるのなら、それを強く想い、信じ抜けばいいと思います。
自分の中にある想いを信じることが出来れば、自分自身だって信じられるはずです。恐れすらも超えていける……そう思います」 照れくさそうに微笑する

春雨(……今、この瞬間、一番強く想うことは)

春雨(たとえそれがこの世界を守るためだったとしても……空さんには居なくなって欲しくない。犠牲になんてなって欲しくない……!)

パン! と思い切り自分の頬を叩く春雨。隣にいる朝潮が驚いて心配するほどの勢いだった。

春雨「私が……全部守ります。空さんのことも、この世界も、私たちの世界も……。何一つ犠牲になんてさせませんから」

・・・・

現と空がいる場所は、反存在に立ち向かうための訓練場のようだった。ここでは、精神のエネルギーがそのまま実体となって出力される。
空の肩や腕からは真っ赤な血が噴き出していた。ただし、実際に空の肉体が損傷したわけではなく、この血は彼が負った精神的消耗が可視化されたものだった。
意志と意志がぶつかり合えば、その分互いの精神は磨耗する。この空間で戦っている間は、精神の苦痛がそのまま肉体の痛みに変換されるのだ。

現「貴方が反存在を食い止めるための人柱になる……という話も、貴方があちらの世界に生まれた自分自身でなければ信用できたのですが。
小生が逆の立場であったなら、自己犠牲などという選択は取りません。命あっての物種、物語は生きてこそ続く……死ねばそれまで」

手の中から剣を生成し、空に斬りかかる現。跳び退って距離を置き、空もまた生成した数本のナイフを投擲して牽制する。

空「フ、それが貴方の哲学ですか。そうだったとしても……小生は蒔絵現であって蒔絵現ではない。貴方とは違う」

現は迫りくるナイフを次々に弾き飛ばしながら接近し、剣を振り下ろした。
空はこれをナイフで防ぎ鍔迫り合いに持ち込んだ。刃がじりじりと空の身に近づいてくる。

現「もう終わりですか? この程度でへばっているようでは、反存在に一人で立ち向かうことも難しいと思いますが」
856 :【78/100】>>855はミスですすみません ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 15:28:57.19 ID:ft0X4ers0
ナイフを剣から離すと、剣は真っ直ぐ空に向けて振り下ろされる。しかし、その斬撃には怯まず現の腹にナイフを突き刺す。思わず一歩後方に退く現。
現実であれば双方ともに致命傷となりかねないほどの傷を負っていたが、ここではどちらかの精神が折れるまで戦いが終わらない。

空「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げましょう。この程度の威力しか出せない信念で、貴方の志す“永遠の王国”とやらに辿り着けるとでも?」

痛みを意に介さず場内を駆け回り、次々にナイフを生成しながら一定の距離を保ちつつ現を攻撃する空。

現「艦娘と人類の未来……そこに希望はないという結末を、小生はあらゆる世界で観測し続けてきました。
深海棲艦に敗れた結末、艦娘が排斥され人類と対立するようになった結末、艦娘が必要とされなくなり奴隷として扱われるようになっ結末……」

現「救いのある未来が続くであろう世界に辿り着いたと思っても……そんな世界の存在ごとなかったことにされてしまった。
それでも、理想の世界を小生は求め続ける。今度こそ全てを終わらせる……その一心で今も戦い続けている。ここで捨て鉢になっている貴方とは違う!」

現が剣を振り上げると、眼前にあった大量のナイフが一瞬で消し飛んだ。すさまじい速さで振り上げられた剣の衝撃が風を生み、全てを弾き飛ばしたのだ。
空がそのことに気づいた瞬間にはもう現の刃が自分の身体に刻まれていた。さすがに応えたのか、喀血しながらその場にへたり込む空。

空「ぐ……。ハァ……そうでしょうね。……勝てないことなど、分かっていましたよ。
貴方が小生より優秀で強い人間だということも……こうなる前から知っていたことです」

剣についた血を振り払う現。レンズの割れた眼鏡越しに現を見上げる空。

現「確かに、貴方が反存在を滅ぼす者に成り代わるという提案をしていなければ、小生はどちらかの世界を滅ぼすつもりでした。
そして……場合によっては貴方のことも始末していたでしょう。貴方が小生に提案したこと自体は間違いではなかった、むしろ賢明だと評価しています」

現「ですが、反存在を抑止するための人柱……何もわざわざ自らそれになる必要はなかったのではありませんか?
その役目は別の誰かでも良かったはずです。貴方の智謀であれば他の誰かを犠牲にして生き残ることが出来たでしょうし、小生であればそうしています」

血の混じった唾、というよりは唾の混じった血を吐き捨てて、脇腹の傷を抑える空。

空「貴方とは違う……そう言ったでしょう? 小生は蒔絵、空……。今この瞬間に生の充足を感じられている。その実感さえあればいい。
小生にはもはや、失うものなど何もない。捨て鉢になっていると言われれば、その通りかもしれませんが……でも、これでいいんです。
こうなるために生まれてきたのだ……そう考えれば納得できるのですよ。死ぬには十分過ぎるほど生きた、とね……。これは損得や理屈の話ではないのです」

現「分かりました……貴方の覚悟と信念を認めましょう。ならば、貴方が世界を救う存在となるべきなのでしょう……」

・・・・

芯玄「おい、誰かがこっちに向かってきてる。……何者かは分からんが、明確な意志を持ってこっちに向かってるようだ。偶然ではねえ」

朝潮と春雨の座るベンチに戻ってきて状況を報告する芯玄元帥。二人は立ち上がって武装を展開したが、すぐに解除することになった。

涼金「何度か時間が止まったような感覚を察知したが……“まだ”何も起こっていないようだな。なんとか間に合ったというわけか。おや……?」

秋月「蒔絵元帥、護衛に推参致しました! 秋月です! ……って、春雨がなんでここに!?」

春雨「え? どうして秋月さんと涼金さんが……?(『なんでここに!?』はこっちの台詞なんですが……)」

秋月と、涼金さんと呼ばれる白髪の少年――二人は春雨にとって見覚えのある人物だった。

春雨(秋月さんは、柱島時代に私がとてもお世話になった人で……戦場では何度も助けられました。涼金さんはあまり素性は分からないけれど……秋月さんの恋人だそうで。
見た目は少年のようですが、とても物知りで大人びている方だったと記憶しています。なぜ柱島から二人がここに……?)

秋月「……こういう、色のついている歯車に心当たりはありますか?」

秋月が黄色い歯車を見せつけると、反応を示す一同。

涼金「聞くまでもないような態度だな。経緯は省くが……数日前、時間を止める能力を持つ緑色の歯車が奪われたことを察知した。
そして、その時間を止める能力を持った者はこの近くにいる。目的は分からないが恐らく元帥を狙っているのだろう。まずはこの場から一刻も早く離れ……」

涼金を静止するジェスチャーをし、春雨の方を見遣る芯玄元帥。

春雨「待ってください、春雨が全てを説明します。信じられないかもしれませんが……聞いてください」

春雨「この世界とよく似た並行世界があるんです。私はそこで生まれました。
その世界では今、深海棲艦ではなく“反存在”という敵が脅威となっています。
この“反存在”というのは、この世界に存在していたという事実ごと抹消してしまう、恐ろしいものです」

秋月「まさか……! いえ、……とにかく話を続けてください。詳しく聞きたいです」 涼金と顔を見合わせる

春雨「この“反存在”に対抗する手段は、意志や信念といった強い念の籠った攻撃で退けることが出来ますが……根絶やしにすることが出来ません。
なぜなら、反存在はこの世界や並行世界とも別の異世界からやってくるものだからです。……最悪の場合、並行世界は反存在に呑まれて消えてしまうでしょう。
そしてそれはこちらの世界にとっても無縁ではない話。この世界での反存在の被害はまだ少ないようですが……それは並行世界が被害を受けているからです」

春雨「ですが……それももう猶予はありません。この世界にも、もうすぐ本格的に反存在が侵攻してくるようになることでしょう」

涼金「一つ聞きたい。それだけ知っているのなら……なぜ柱島に居た間、誰かにそのことを伝えなかった?」

春雨「ごめんなさい。事情があって並行世界からこの世界に移り住んでいたのですが……その間は並行世界での記憶を失っていたんです。
この世界が反存在に侵されるようになるまでのタイムリミットが来たら元の記憶を取り戻すよう、艤装の情報に設定されていたんです」

春雨「でも……反存在を消し去る方法もあります。秋月さんや朝潮さんの持っている歯車のことを“理の歯車”というのですが。
単体では自分の居る世界にしか変化を及ぼすことが出来ませんが……複数あれば影響力は強まります。
六つある歯車を揃えたなら……全ての世界から反存在を消滅させることが出来るでしょう」
857 :【79/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 15:54:40.69 ID:ft0X4ers0
ナイフを剣から離すと、剣は真っ直ぐ空に向けて振り下ろされる。しかし、その斬撃には怯まず現の腹にナイフを突き刺す。思わず一歩後方に退く現。
現実であれば双方ともに致命傷となりかねないほどの傷を負っていたが、ここではどちらかの精神が折れるまで戦いが終わらない。

空「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げましょう。この程度の威力しか出せない信念で、貴方の志す“永遠の王国”とやらに辿り着けるとでも?」

痛みを意に介さず場内を駆け回り、次々にナイフを生成しながら一定の距離を保ちつつ現を攻撃する空。

現「艦娘と人類の未来……そこに希望はないという結末を、小生はあらゆる世界で観測し続けてきました。
深海棲艦に敗れた結末、艦娘が排斥され人類と対立するようになった結末、艦娘が必要とされなくなり奴隷として扱われるようになっ結末……」

現「救いのある未来が続くであろう世界に辿り着いたと思っても……そんな世界の存在ごとなかったことにされてしまった。
それでも、理想の世界を小生は求め続ける。今度こそ全てを終わらせる……その一心で今も戦い続けている。ここで捨て鉢になっている貴方とは違う!」

現が剣を振り上げると、眼前にあった大量のナイフが一瞬で消し飛んだ。すさまじい速さで振り上げられた剣の衝撃が風を生み、全てを弾き飛ばしたのだ。
空がそのことに気づいた瞬間にはもう現の刃が自分の身体に刻まれていた。さすがに応えたのか、喀血しながらその場にへたり込む空。

空「ぐ……。ハァ……そうでしょうね。……勝てないことなど、分かっていましたよ。
貴方が小生より優秀で強い人間だということも……こうなる前から知っていたことです」

剣についた血を振り払う現。レンズの割れた眼鏡越しに現を見上げる空。

現「確かに、貴方が反存在を滅ぼす者に成り代わるという提案をしていなければ、小生はどちらかの世界を滅ぼすつもりでした。
そして……場合によっては貴方のことも始末していたでしょう。貴方が小生に提案したこと自体は間違いではなかった、むしろ賢明だと評価しています」

現「ですが、反存在を抑止するための人柱……何もわざわざ自らそれになる必要はなかったのではありませんか?
その役目は別の誰かでも良かったはずです。貴方の智謀であれば他の誰かを犠牲にして生き残ることが出来たでしょうし、小生であればそうしています」

血の混じった唾、というよりは唾の混じった血を吐き捨てて、脇腹の傷を抑える空。

空「貴方とは違う……そう言ったでしょう? 小生は蒔絵、空……。今この瞬間に生の充足を感じられている。その実感さえあればいい。
小生にはもはや、失うものなど何もない。捨て鉢になっていると言われれば、その通りかもしれませんが……でも、これでいいんです。
こうなるために生まれてきたのだ……そう考えれば納得できるのですよ。死ぬには十分過ぎるほど生きた、とね……。これは損得や理屈の話ではないのです」

現「分かりました……貴方の覚悟と信念を認めましょう。ならば、貴方が世界を救う存在となるべきなのでしょう……」

・・・・

芯玄「おい、誰かがこっちに向かってきてる。……何者かは分からんが、明確な意志を持ってこっちに向かってるようだ。偶然ではねえ」

朝潮と春雨の座るベンチに戻ってきて状況を報告する芯玄元帥。二人は立ち上がって武装を展開したが、すぐに解除することになった。

涼金「何度か時間が止まったような感覚を察知したが……“まだ”何も起こっていないようだな。なんとか間に合ったというわけか。おや……?」

秋月「蒔絵元帥、護衛に推参致しました! 秋月です! ……って、春雨がなんでここに!?」

春雨「え? どうして秋月さんと涼金さんが……?(『なんでここに!?』はこっちの台詞なんですが……)」

秋月と、涼金さんと呼ばれる白髪の少年――二人は春雨にとって見覚えのある人物だった。

春雨(秋月さんは、柱島時代に私がとてもお世話になった人で……戦場では何度も助けられました。涼金さんはあまり素性は分からないけれど……秋月さんの恋人だそうで。
見た目は少年のようですが、とても物知りで大人びている方だったと記憶しています。なぜ柱島から二人がここに……?)

秋月「……こういう、色のついている歯車に心当たりはありますか?」

秋月が黄色い歯車を見せつけると、反応を示す一同。

涼金「聞くまでもないような態度だな。経緯は省くが……数日前、時間を止める能力を持つ緑色の歯車が奪われたことを察知した。
そして、その時間を止める能力を持った者はこの近くにいる。目的は分からないが恐らく元帥を狙っているのだろう。まずはこの場から一刻も早く離れ……」

涼金を静止するジェスチャーをし、春雨の方を見遣る芯玄元帥。

春雨「待ってください、春雨が全てを説明します。信じられないかもしれませんが……聞いてください」

春雨「この世界とよく似た並行世界があるんです。私はそこで生まれました。
その世界では今、深海棲艦ではなく“反存在”という敵が脅威となっています。
この“反存在”というのは、この世界に存在していたという事実ごと抹消してしまう、恐ろしいものです」

秋月「まさか……! いえ、……とにかく話を続けてください。詳しく聞きたいです」 涼金と顔を見合わせる

春雨「この“反存在”に対抗する手段は、意志や信念といった強い念の籠った攻撃で退けることが出来ますが……根絶やしにすることが出来ません。
なぜなら、反存在はこの世界や並行世界とも別の異世界からやってくるものだからです。……最悪の場合、並行世界は反存在に呑まれて消えてしまうでしょう。
そしてそれはこちらの世界にとっても無縁ではない話。この世界での反存在の被害はまだ少ないようですが……それは並行世界が被害を受けているからです」

春雨「ですが……それももう猶予はありません。この世界にも、もうすぐ本格的に反存在が侵攻してくるようになることでしょう」

涼金「一つ聞きたい。それだけ知っているのなら……なぜ柱島に居た間、誰かにそのことを伝えなかった?」

春雨「ごめんなさい。事情があって並行世界からこの世界に移り住んでいたのですが……その間は並行世界での記憶を失っていたんです。
この世界が反存在に侵されるようになるまでのタイムリミットが来たら元の記憶を取り戻すよう、艤装の情報に設定されていたんです」

春雨「でも……反存在を消し去る方法もあります。秋月さんや朝潮さんの持っている歯車のことを“理の歯車”というのですが。
単体では自分の居る世界にしか変化を及ぼすことが出来ませんが……複数あれば影響力は強まります。
六つある歯車を揃えたなら……全ての世界から反存在を消滅させることが出来るでしょう」
858 :【79/100】 >>857も同様のミスです本当ごめんなさい ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 15:55:44.64 ID:ft0X4ers0
芯玄「つまり……その反存在とやらに対抗するために、全ての歯車を集める協力をして欲しいということか?」

春雨「はい。そうなんですが……そう簡単に解決する話でもないんです。この世界と並行世界は、あまりにも似すぎているんです。
一つの世界が二つ存在していると言ってもいいぐらいに……。だから、この世界での結末と並行世界での結末が異なっていてはいけないんです」

春雨「こちらの世界で歯車を集めて反存在を消し去ったとしても、並行世界ではそれが行われなかった。
そうなると……“行われなかった”という並行世界側の真実を介して、反存在は結局無くならないんです」

朝潮「では、どちらかの世界を滅ぼさなければならない……ということでしょうか?」

春雨「そうです。あるいは、自分自身が反存在を滅ぼし続ける意志を持った概念となって、歯車の力で全ての世界に拡散されるか、……。
こっちの世界には居た人が並行世界には居ない、という差異はありますから、この方法ならどちらの世界も失わず反存在を食い止めることができます」

春雨「ですが……これも結局最低一人の犠牲が必要となってしまいます。それで……ここからは春雨のお願いです」

深く息を吸ってから吐き、真っ直ぐな目で一同に語りかける春雨。雲の切れ間から太陽が差し込む。

春雨「この世界も並行世界も滅びることなく、かつ、誰一人として犠牲にならない方法を実現するために……春雨に協力してくれませんか?」

・・・・

提督「……う。蒔絵現との戦いの後、気を失っていたようですね。ええと、小生の持っている赤・紫の歯車。
蒔絵現の持っている水色・緑色の歯車。芯玄元帥の持つ青色の歯車。黄色の歯車はどこにあるか不明、と……」

横須賀鎮守府の、自室のベッドで目を覚ます提督。室内のデジタル時計には21:35と表示されていた。

提督「とにかく……黄色の歯車がどこにあるかを調べねばなりませんね。ああ、芯玄元帥にも謝罪しないと……うぅーむ」

精神的に打ちのめされた後の起床だけあって倦怠感が強かったが、そうも言っていられないので無理矢理身体を叩き起こす空。
執務室ではエプロン姿の春雨がソファに座っていた。提督の頭上に?が浮かぶ。

提督「こんな時間に一体何をしているんです? それも、そんな恰好で……」

春雨「もうちょっと早く起きていたら、出来立てのを食べさせてあげられたんですけどね。今お夕飯をレンジで温めてきますから、ちょっと待ってて下さいね」

春雨はソファ傍のテーブルの上に食器の乗ったトレーを配んできた。
味噌汁と白飯、青椒肉絲(チンジャオロース)に麻婆春雨がテーブルに置かれる。

春雨「お腹空きましたよね? めしあがれ」

提督「? 確かに空腹ではありますが……。とりあえず、いただきます」 当惑しつつも春雨から箸を受け取る

春雨「どうですか。お口に合うと良いんですけど……」

提督「! この麻婆春雨……美味しいですね。かなり好みの味です」

春雨「ふふ、喜んでもらえて良かったです。胡麻油と五香粉が秘伝なんです」

春雨がなぜ突然手料理を振る舞ってくれたのかは提督にとって疑問だったが、とにかく料理の出来栄えは素晴らしかった。
舌が求めるままに勢いよく食べ進め、気がついたら完食していた。

・・・・

提督が料理を食べ終えると、春雨が今度は杏仁豆腐の入ったボウルを持ってきた。小皿に分けて提督に渡す春雨。

提督「ありがとう。……これも美味しいですね! 食べながらの質問で悪いんですが……蒔絵現はどこに?」

春雨「元の世界に戻って行きました。……司令官もまた、自分の世界で“反存在”と戦わなきゃですから」

提督「(彼がなぜそんなにすんなりと引き下がったのでしょう……?)全ての歯車を集めなくてはならないのでは……?」

春雨「はい。全部ここにありますよ」

ポケットから六色の歯車を取り出す春雨。提督は驚いて不思議がる。

提督「ややや……!? 小生が眠っている間に何が起こっていたというのですか?」

春雨「春雨は……空さんに犠牲になって欲しくなかったんです。だから考えました。誰も犠牲にならない方法を。
って……方法を思いついたのは、春雨じゃなくて涼金さんという方なんですけどね」

提督(誰です……?)

春雨「“反存在”というのは、人間の認識を餌に襲ってくる敵です。現(うつつ)司令官が言っていた、正史が二つあると都合が悪いというのはそういうこと。
でも……こちらの世界とあちらの世界とで、それぞれ独立したものとして扱われるようになったなら、反存在が解釈によって存在状態が変わるということは起こらない」

春雨「だから……反存在を直接滅ぼそうとするのではなく、反存在が世界と世界の間を移動できないようにしてしまえばいいんです。
歯車の力で、全ての世界を分断します。こうすることでそれぞれの世界に反存在は残留しますが、それでも……異世界から無限に出現し続けることは無くなります」

春雨「……あ! ちょうど映像通信が届きました。衣笠さーん!」

室内の大画面モニターに艦娘たちの姿が映し出される。満ちた月に照らされる彼女たちの姿は、提督の胸を揺さぶるほどに凛々しく美しかった。

提督「なんと壮麗な……ではなく! 貴方たち、勝手に出撃などしてどうしたというのです?」
859 :全治全能の未来を予言するイケメン金髪須賀京太郎様に純潔を捧げる [sage saga]:2017/08/06(日) 16:05:23.05 ID:nxoMlVsA0
イケメン金髪王子須賀京太郎に処女膜捧げる不細工と三次元BBAとホモと在日は全員刑務所か牢獄で死亡
860 :【80/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 16:12:01.38 ID:ft0X4ers0
衣笠「おっ! 提督。おそようございまーす! 今日はカッコいいところばっちり見せちゃうから、期待しててよね?
青葉にも見せてあげたいところだけど……そういうわけにもいかないからなぁ」

画面越しにピースサインを送る衣笠。ビデオカメラのような装置から映像を送っているようで、提督の配下である第二艦隊メンバーを映して回っていく。

神風「ふふ……夜の戦いは怖いけれど、今日はなんだかいつもより漲るわね。
司令官が見てくれているし……それに、スペック抜きでの気持ちの勝負なら負ける道理なんてないわ」

ビス「なっ! 私は撮らなくていいわよ。いつも通りの活躍を期待してくれていたら、それでいいんだから。
戦う相手が何者であれ……私は戦艦ビスマルク! アトミラールの期待に応えるだけよ」

提督「なぜ、第二艦隊の皆が勝手に海へ……?」

説明を求めるような視線を春雨に向ける提督。

春雨「春雨が皆にお願いしたんです。夜が明けて戦いが終わったら、歯車の力でそれぞれの世界を分断させますが……。
どのみち、今夜までに顕現した“反存在”はこの世界に残留してしまうんです。今からそれを一網打尽にやっつけるんです」

春雨「その……春雨はあんまり戦闘に自信がないから、ここで空さんと一緒に応援しているんですが……。
麻婆春雨は、これからあそこで戦うみんなのために作ったんです。得意料理だったので!」

提督(小生が寝ている僅かな間にそこまで考え、皆を説得し、行動に移させたというのですか……)

映像には横須賀鎮守府に所属していない艦娘の姿も少数ながら混ざっていた。
艤装の上に乗る白髪の少年を乗せた艦娘が、彼に語りかける。

秋月「まさか……“また”戦うことになるとは思いませんでしたね。けれど……あの時とは違いますね」

涼金「違いない。幾度となく手を焼いてきたが……今度こそ本当に決着だ。リベンジマッチといこう」

海の風に吹かれて長い黒髪を揺らす少女は、自分用の発信機越しに誰かと会話していた。

朝潮「ええ、大丈夫です。……司令官と朝潮の世界を蝕む者は、誰であろうと容赦はしません」

・・・・

暗夜の海原に眩い光が昇る。黎明が戦いに終わりを告げた瞬間だった。
戦い抜いて役目を果たした艦娘たちは疲れ切った様子だったが、どこか晴れがましい満足気な表情をしていた。

涼金「これで安心して柱島に帰れるな。……」

秋月「ですね。……後のことは春雨に任せましょう」

通信が途絶えると、提督は安堵の溜息を漏らす。
春雨もまた、倒れるようにしてソファにもたれかかる。緊張の糸が切れたのだろう。

春雨「一人の犠牲も出なくて良かったです。……本当に良かった」

提督「指揮を出すような戦術的なぶつかり合いのない、なんとも大味な殴り合いでしたが……。それ故にかえってハラハラさせられましたね」

それから、二人は母港の岸辺で帰投した艦娘たちを待っていた。冬が終わる寒さの中で吐いた息は白い色に染められる。
朝方の薄暗さを払うかのように、昇り行く太陽の光芒が水平線上をあまねく照らしていた。

提督「ありがとうございます。……結局、全部春雨に頼りっきりで全てが終わってしまいましたね」

春雨「……私だって色んな人に頼っただけですよ。自分では何もしていませんから、お礼なら皆に言ってあげてください」

提督「昨日……というより、こっちの世界に戻ってくる前に、貴方にだいぶ酷いことを言ってしまいましたよね。
貴方の存在意義や人格を疑うような、冷淡な態度を取りました。本心から言ったことなので、謝りはしませんが……。
完全に嫌われたと思っていましたよ。……だから、こっちの世界に着いて来てくれたことも、ここまでの働きをしてくれたことも、驚きでした」

春雨「傷ついたのは事実です。空さんの言葉は……今まで生きてきて、一番心に刺さりました。
悲しいとか、苦しいとかを通り越して……どうしていいのかも分からなくなりました」

提督の両手を、包み込むように優しく握る春雨。僅かに赤面する提督。

春雨「けれど……空さんの言葉があったから、春雨は自分自身と向き合えたんです。
空さんは……私のことを初めて本当に見つめてくれた人で……だから、その……、消えて欲しくなかったんです」

素直な気持ちを伝えるのが照れくさくて恥ずかしいのか、少しドギマギした様子の春雨。

提督「小生は……。この先も隣に春雨が居てくれたら……なんて思うのですが」

春雨「ごめんなさい、それは出来ないんです。春雨は……皆のお迎えが終わったら、元の世界に戻ります」

一瞬、提督の表情が面食らったような顔つきになったが、すぐさま冷静さと落ち着きを取り戻す。

提督「そうか……そうですよね。世界を分断するということは、もう世界を行き来することも出来なくなるってことですからね。
じゃあ、選ぶのはやっぱりあちらですよね……ハハ」

残念そうな顔で首を横に振る春雨を見て、思わずアイロニカルな笑いを浮かべる提督。

提督「淡い妄想を少し描いていたのですが……ま、花に嵐のたとえもありますか。ここでお別れするからこそ美しい思い出になるのかもしれません」

それから二人は、帰ってきた艦娘たちと共に盛大な祝勝会を開いた。会が終わると、春雨は歯車を持って元の世界へ戻っていた。
861 :【81/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 16:24:59.44 ID:ft0X4ers0
春。長かった冬が終わると、俄かに麗らかな陽気が訪れる。桜の花もちらほら咲き始めていた。

衣笠「おーい。まだ時間かかりそうなの? もうお花見の集合時間になっちゃうよ? フラれて傷心気味なのは分かるけどさ〜。
あんまり根詰め過ぎても毒だって。パーッと騒ぐのも案外悪くないもんだよ」

提督「ハハ、振られたとか言うんじゃないですよ。事実ですけども。でも……ちょっと今日は創作意欲がノってるんですよねー」

執務室の入口前で提督を急かす、普段着の衣笠と神風。提督はキャンバスの前から動こうとしない。

神風「それにしても綺麗な絵ね……。これ、冬の間に描き始めた絵で、実際には桜を見ながら描いたわけじゃないんでしょう?
頭の中での想像だけでこんなに色彩豊かで鮮やかな絵が描けるなんて……凄いわね」

春雨が元の世界に帰った後、提督は執務の合間に絵を描くようになった。
誰かに見せて評価されるためでもなく、売れるためでもなく、ただの自己満足だった。

提督「春雨と見たかった景色を形にしたかったんです。あ! ……とかいうと、本当に傷心してるみたいですが。
喪失とか、別れの淋しさとか、そういうネガティブな意味合いじゃないんです。人と人とが出会えば、別れが訪れるのは仕方ないことですから」

提督「そうではなくて、純粋に……前向きな幻想なんです。悪く言えば妄想かもしれませんけど」

彼の絵画は、売りに出しても恐らく二束三文の価値がつかないだろう。
それは、彼の技巧や能力が劣っているというわけではなく、目新しさのないありふれた風景画だったからだ。
表現としては優れていても、商品価値のない作品だった。……それでも彼は、色とりどりの景色を夢中で描き続けた。

衣笠「他の艦隊の提督も居るんだから、遅れると本当は良くないんだけどなあ……。うーん……しょうがない!
設営とかもやらなきゃいけないから、私と神風と先に待ってるわね。遅刻するって説明はしておくから好きなだけ描いていていいけれど……。
でも、ちゃんと後で来てよね! 皆待ってるんだから」

提督「恩に着るよ。ビス子にも怒らないように言っておいてもらえるかい?」

神風「一応伝えてはおくけれど……それは無理だと思うわ」

笑いながら部屋を去っていった衣笠と神風。一人、部屋に取り残された提督。
提督は、絵を描きながら春雨と過ごした日々のことを思い出していた。
キャンバスの中に自らの空想や理想を映し出す。春雨との幻想の日々を思い浮かべる。
それが叶うことはなくとも、不思議と虚しさは感じなかった。

・・・・

提督「さて……ようやく完成です。図らずも大作になってしまいましたね。出来が、というよりは、かかった時間が……という意味でですが」

皮肉っぽく制作にかかった時間を自嘲していたが、彼にとってはここ最近の中では一番満足の行く出来栄えだった。
その作品は、風に吹かれた桜の花が茜色の空に舞う絵だった。遠景にはどこか春雨を思わせる少女のシルエットが小さく描かれている。
画材を片づけながら花見に出かける支度をする提督。外の景色は夕焼けの穏やかなオレンジに包まれていた。

提督「熱中していたから、外のことなんて気づきませんでしたが……奇しくも今描いた絵と同じような景色をしていますね。
けれど、現実と同じような景色を描くのなら、写真や動画でも同じことなのかもしれません。はは……」 自嘲が部屋に木霊する

提督「まあ。意味なんてなくたっていいでしょう。小生の絵は、自己表現でも芸術でもなんでもない……ただの理想の原風景なのだから」

独り言を呟きながら片づけの作業を進めていると、提督はどこか懐かしいような香りに気づく。
紅茶のような、香り高い匂いだった。不思議と落ち着く匂いだった。

春雨「お久しぶりです。少し時間がかかってしまいましたが……戻ってきました」

目を疑うように何度も瞬きする提督。満面の笑みを浮かべる春雨。

提督「あちらの世界に行ったきり、戻ってこれないという話ではありませんでしたか? なぜここに……?」

春雨「現(うつつ)司令官が……、こちらの世界の春雨だった駆逐棲姫を、あちらの世界で保護していたことを知って。
二人が仲睦まじそうにしていたのを見たんです。ショックだったわけでも、現さんに失望したわけでもないんですが……。
ただ、二人の方が相応しいように見えたんです。それで……春雨の司令官は、空さんなんだなって思ったんです」

春雨「司令官は……いつでも春雨と真正面から向き合ってくれて。司令官の言葉には、良くも悪くも心が揺さぶられてしまうんです。
春雨の心が傷つくような厳しい言葉でも……その厳しさの中に愛情があって。愛されてるって分かるから、司令官のことを嫌いになれないんです」

真っ直ぐな紅色の瞳で提督を捉える春雨。彼女の澄んだ瞳に映っているのは、もちろん提督の姿だった。

春雨「だから、片道切符になっちゃいましたけど……全ての歯車の力を使ってここに来たんです。
司令官に逢いたいなって思って、逢いに来たんです。ダメ……でしたか?」

提督「ダメではありませんけど、ね……なんというか、奇妙なものです」

春雨が部屋に入ると、キャンバスに描かれた桜並木の絵に気づく。春雨は思わず、綺麗……、と呟いた。
その絵は、彼が春雨と共に見たいと思って描いた絵だったが、春雨にとっても同じ気持ちを引き起こさせる絵だった。

提督「……他にも色々な絵を描いたんです。春雨と一緒に見たいと思った、幻想の景色を。
春の木漏れ日も、夏の霖雨も、秋の渓谷も、冬の雪原も……春雨と共に分かち合いと思って、描いていたんです。
でもこれからは。空想じゃなく、二人で共に過ごした日常の風景を描いていきたいですね」

春雨「春雨も……司令官と過ごすこれからの未来が楽しみで仕方ないんです。
いつか別れる日が来ても、今はもう怖くありません。司令官が春雨を想って絵に気持ちを託していたように。
離れ離れになったとしても、寂しくなったとしても……私の心の中には、いつでも空さんがいてくれるから」

二人は、花吹雪に包まれながら夕晴れの並木道を歩き出した。桜の花が風に舞って、二人の頭上に降り注いでいた。
862 :【81/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 16:26:38.55 ID:ft0X4ers0
ってな感じで5章終わりです。

うげえー。投稿作業グダってすみませんでした。
本日21:00に次の安価を行うのでよろしくお願いします。



////チラシ////
やっとこさ5章も終わって次の章で今度こそこのスレも終わりです。まあ心境的には今回でラストの気持ちぐらいで書きましたが……。
なんかこう、1〜4章までに雪だるま式に積もってったゴチャゴチャと全部向き合った結果こんなになりました。
箱に入ってたレゴブロックを全部取り出した片っ端からくっつけていったらよくわからないけど巨大な何かが出来ました……的な。
まあ裏話みたいなのは……あんまないというか、盛り込んだ要素も没になった要素も多すぎてすごいのでなんかもう作者でもよく把握しきれてないです。
次の安価が決まった後にでも適当に書こうと思いますが。ってなわけでまた21時頃にお会いしましょう。
863 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 17:24:46.14 ID:zonvGwfUO
864 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2017/08/06(日) 21:00:49.29 ID:ft0X4ers0
10日からイベっすね〜。久しぶりの大規模作戦なんでどのぐらいの難しさになるか気になるところですね。
ここ最近だとレベルキャップが165になったのが艦これプレイヤー的には一番でかいニュースです。



/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:>>669->>671

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:00:59.05 ID:yn2YdcLmo
五月雨
866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:01:10.16 ID:OJh3YxKYo
五月雨
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:01:28.46 ID:e7IgxUnvO
夕張
868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:01:59.99 ID:bu0KhEgRO
イムヤ
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:02:11.11 ID:R6G9XzvhO
弥生
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:02:49.57 ID:4PBQkPuPo
大淀
871 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:03:39.08 ID:yJ6UQG72O
天津風 ホラー
872 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:07:19.82 ID:yn2YdcLmo
人徳が99とかこれは聖人提督ですね間違いない
873 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 21:13:01.15 ID:ft0X4ers0
>>868より伊168が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:05(無)
知性:16(お察し)
魅力:46(人並み)
仁徳:99(!?)
幸運:11(かなり不運)

決まるの早かったですね。瞬きしたら終わっていました。
かなり尖ったステータス配分になってますが……。スペックは例によって適当なんであんまり気にするもんじゃないです。


////今作についてあれこれ////
所感として……今回はあんまり狙いに来てない感じのお話になったと思います。
「半年待たせてこんなもんか!」って思った人もいるかもしれませんが、まあ頑張って書いたつもりです。半年ないと書けないよこれは……。
別にハイドラマめいた内容を書くつもりなんてなかったし、書きたいわけでもなかったんですけどね……いつだって娯楽作品のつもりで書いてるんですが。
今回は禅問答に衣をつけて揚げた天ぷらみたいな話になってしまいました。カロリー高いっすねー。え? 言い訳はいい? そうですか。

<ストーリー周りの話>
「えぇ〜……もうこれ以上何書く!?」みたいな状態から始まりまして。で、ある種の禁じ手みたいな書き出しから始まることになりました。
イチャラブに向かってカタルシスを溜めていくのが常道ですし、今まではそうやって来たんですけど……まさかの1レス目からぶん投げてみるっていう。
結果として、これまでと違う作品にはなったんかなあと思います。ただ、それが良かったのか悪かったのかは……。まあ、あれです、意欲作というやつです。

なんというか……これまでは艱難辛苦を越えた末に結ばれてゴールだったわけですが。
それを真っ向からぶっ壊していく今回のカオスな流れに、どれだけの読み手がついていけるのか正直分かりません。
「愛とはなんぞや」とか「どこまでが自分でどこからが自分じゃないのか」とか。やたら哲学的な領域に踏み込んでしまったので、人によって見え方も違うと思います。
“この作品ではこうなった”というだけで、何が正しいか/何が良いか/何が本物なのかなんてのは決めるつもりで書いてません。



それと、歯車のくだりや“反存在”(4章で言うところの“バグ”)みたいなとこは全回収して締めようと思っていました。
その……拾うことによって作品のテンポが悪くなるんで、あんま要らんっちゃ要らんのですけども(作者の脳内でさえ賛否両論)。
それはそれで1章から4章の続きである必要もなくなってしまうので。続いてる話なら拾わないと腑に落ちないな、と。
最終的には「これまで話を続けてきたからこそ書ける」っていう内容に落ち着いたので、まあ意味があったかなと。
学園スタートじゃないから厳密な定義からは外れますが、ま〜相当すさまじいセカイ系になってしまったなあと思っています。

完全にバニラな気持ちで、新しい作品と向き合うような感じでやってもよかったんですけど……。
それは次の章でやろうと思ってたんで、今回はこんな感じです。



<キャラクター周りの話>
春雨について:
なんか……難しかったです。いえ、決して。決して! 春雨というキャラクターには魅力がないという話ではありません。
というか艦これに魅力的でないキャラクターなんて居ませんよ! そんなことを言う人はお仕置きです。
そうではなく! 彼女をメインで出すなら、絶対に甘々な話をやるのが向いているんですよ。ただ、別にそれはこのスレじゃなくても読める話なんすよ。
というわけで……メインストリームと真っ向から反するようなキャラ付けになりました。

※脱線※
そもそも、艦これ世界の話でNL恋愛モノをやるならば、基本的には提督対艦娘が一対一のクローズドなイチャラブを展開していくのが良いんですよ。
数ある艦娘の中からなんかしら特別でなくてはならない理由付けをしてやって、後は二人の世界でよろしくやっていくのが王道中の王道で。
艦娘にとって恋愛的感情を抱く対象が二人もいちゃ本当はダメなんですよ! まして春雨なんて純情なキャラでそれをやりやがって……という。
※脱線ここまで※

……まさかヤンデレ的な要素もちょっと混ざるとは、って感じですけど(まあ相手も自分なのでヤンデレともまた違うような……)。
純粋であるがゆえに不安や思考に流されやすく、だからこそ危ういというか。彼女の世界には蒔絵現しか居なかったから彼を愛していたのでしょうね。
そっから蒔絵空と出会って、少しずつ価値観が変わっていくのが見所かな〜と。
最終的には、少女から確固たる人格を持った一人の人間に成長したんだと思いますけど(あくまで作者がそう思うだけですけど)。



提督(蒔絵空)について:
こっちに関してはむしろもっと尖らせてもいいかなぐらいに思ってたんですけど、最終的にはまあ普段通りな感じに落ち着いたかなと。
あの、作中でもあるように艦娘ってみんな良い子すぎると思うんですよ。
(ただし「作中の提督こと蒔絵現がそう思う」と「作品内とは直接関係のない作者がそう思う」は切って分けて考えてください)
だから……あんまり極端にダメ人間には出来ないんすよね。ある程度艦娘から愛される資格のある人格でないとダメで。

一人称が“小生”なのがヘンに思ったかもしれませんが、わりと世間の感覚とはズレた環境で育ったから、という設定です。
まあ……というのは建前で、これまでの章に登場した提督との差別化のためです。
変な一人称とか語尾でキャラ付けするのって、物書き的にはすごい悪手なんですけどね。
ステレオタイプなイメージを与えるのには役立つんですけど、逆に言えばそれに縛られてしまうんで、主要キャラで使っちゃダメなんです。
というわけでホントに“小生”でいいのかは結構悩んだんですけど……。
最終的には「なんかコイツは自分をそう名乗っててもおかしくないかな」ってなったんでそのようになりました。
実際書き終わってから見返したらむしろ「もう小生以外ありえんな」と。



他はまああれこれありますが……書くと長くなるのでこんなところで。本当もっとこの章ゴチャゴチャする予定だったんですけどね。
アニミズムとか、唯識とか、ミーム汚染とか、観測者問題とか、記憶の遺伝とか、エクトプラズムとか……。
危うく脳味噌が沸騰しかけたのでそこまで盛り込みませんでしたが(本当に全部ぶっ込んだら尺が足りないですし)。

この半年間は現実生活が結構荒んでたのも相まって、執筆作業はかなり大変でした。
次の章も19レスと長いんで、2〜3ヶ月かかっちゃうかもしれませんけど、今回よりは早く仕上げます。で、今回よりは単純明快な話にするつもりです。
874 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:18:58.25 ID:OJh3YxKYo
>>670で名前が多く挙がった艦娘がヒロインって書いてあるけど今回の場合は五月雨じゃない?
875 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2017/08/06(日) 21:41:47.07 ID:ft0X4ers0
>>874
指摘ありがとうございます。

自分で設けたルールも忘れてるようではいけませんね。
>>868さんごめんなさい!)改めまして……。



>>865,>>866より五月雨が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:05(無)
知性:16(お察し)
魅力:46(人並み)
仁徳:99(!?)
幸運:11(かなり不運)



とりあえず次が最後の章になるので、これで安価もおしまいになります。
(次スレ? いやいや流石にもう無理ですわ……)
これまで手を変え品を変えで安価を投げ続けてきたましたが、それもこれで最後になります。
大変ではありましたが、人のオーダーを聞いて文章を書くというのは、やりがいのあるものでした。
今まで本当にご協力ありがとうございました。では、また数ヶ月後にお会いしましょう。
876 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 21:43:47.82 ID:dwrgPoe0O
877 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/24(木) 22:31:42.99 ID:CGuuRRv7O
878 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/14(木) 11:07:40.13 ID:JNI+PSYTO
879 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/10/03(火) 00:26:24.37 ID:8w2k1I+J0
夏イベが終わってまた秋刀魚漁のシーズンですね。北方任務が捗っていいですね。
え?今年は海防艦掘りに3-5と6-1を周回するんですって?ガチ勢こわ・・・。

茶番はこんなもんでお久しぶりです。
2ヶ月経ったわけですが、進捗なのですが。進捗なのですが…………。
……年内には!年内には完結させますんでどうかお待ちください。

つまりそのぐらいにヘボなペースでしか進んでいないということですね。
その〜……あんまリアルがそれどころじゃなかったんですよね。すいませェん。



////チラシの裏////
まだ時間かかりますという話だけでは味気ないので、なんかまたダラダラ書くことにします。
例によっておまけみたいなもんなんで暇すぎる方だけお読みください。



んー、とはいえもう自分の書いた話について語ることもないというか。
もはやこれ以上自分は何を描けばいいのだろうとさえ思ったり思わなかったりしています。
いや好きに書いたらいいんでしょうし結局は好きなようにやらせてもらいますけど……。
出来の良し悪しや巧拙はさておき、どうにもやり尽くしちゃったな〜という感じがありまして。

とか言うとやる気を失くしたみたいに捉えられそうですが、そういう訳でもなく。
次はどういう感じで行くべきか攻めあぐねているといった具合ですね。
当初はオムニバス形式で完全に独立した形でやるつもりだったはずが、こんな感じで結局一つにまとめてしまったってのも一因ですかね。
正味な話、焼き増しに次ぐ焼き増しを続けてきたので雪だるま式に執筆難易度が上がっているという……しかしそれもこれで最後!
それはそれで意味があるというか、次の最終章でなんだかんだこれで良かったなと思わせる感じに持って行きたい、ですね(願望かい)。
終わりよければ全てよしってことで、上手くまとめられればな〜とゆるい感じに考えています。



そんな前置きもしつつ、次の章についての話。
これまでは投稿前にあんまネタを明かさないようにしてきたのですが、今回はもう手の内を明かしてしまおうかなと。
ドラマやアニメの最終回スペシャルみたいな感じで、それぞれの鎮守府の艦娘・提督たちのその後をクローズアップしようと思ってます。
そればっかりに尺も割けないので、五月雨と次の章の提督も絡めつつってな感じになると思いますが。
どうなんでしょうね?「そういうの本当に需要あんのか?」とか内心不安なんすけども。
前の章とかも結構反省点多いしさぁ……とかネガティブな振り返りはさておき、まあそういう感じで行こうと思っています。

うーんと、内容についてはまだまだブレてるところがあり、最終的にどういう形になるかは分からんのですが。
全体的にファンタジーな雰囲気になると思います。いや、剣とか魔法は出てきませんが。
これまでの章みたく時空や世界がどうこうみたいなスゴイことも起きませんが。
ファンタジーという言葉を使うと誤解が生じるので、幻想とでも表現しておきましょうか(意味同じなんすけどね)。
そんな大仰なもんじゃないです。なんていうかその……郷愁とかそういう感じの安直にエモいテーマで行こうかなーと。
子供の頃に見たなんてことはない風景とか、大人になって思い返すとやけに美化されてるアレです。

もうね……あの、身の上話を深くは書くつもりはないですけど、もう色々人生疲れたっす。
そんなわけで、現実逃避に妄想ぐらいは夢みたいな話を描こうかなと。
キラキラしたものが書きたい欲が高まりつつあるのでそうしたムーブメントが生じています(?)。
五月雨のキャラを考慮してもそういう話が似合いそうですしね。
一章(瑞鳳のやつ)に近いテイストになるかもしれませんね。
あんまりイチャラブする予定はないですけど。ふわっとした感じで。



やべえ……あんまりまとまりがない文章になってしまった。えー、あれです。
次はもっと頭がちゃんとしてる時に書きます。ゆる〜く頑張りますんで、温かい目でお願いします。
880 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/03(火) 00:41:52.99 ID:V6vVeLFTO
了解です
881 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/23(月) 06:01:50.48 ID:8lXJg5YuO
882 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 11:23:23.39 ID:r3jBpKN7O
883 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 01:25:27.89 ID:kqk35mLNO
884 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/12/03(日) 16:54:54.71 ID:6gC2S1p30
イベですね〜。甲で完走した人はボーキやバケツがやべ〜ことになったのではないでしょうか。
ギミックに次ぐギミック、三本ゲージからのまたギミックと、ボスが比較的有情(最終海域除く)な代わりにかなりややこしい感じでした。
E4はボスよりZ6マスS勝利の方が沼ったかもしれません……。あと期間限定ボイスの山城がメッチャ勇ましくて良いですね。

と前置きはさておき。次回の投稿の件なんですが、……んん。
クリスマス以降新年以内のどこかで行きたいと思います(時間が取れそうだったらもうちょっと前倒ししますが)。
その辺のタイミングだとリアルの諸々も片付いてそうなんで……というわけで今月末にはやっちまいたいと思ってます。
もうこれ以上伸びることは流石にない、はず。だいぶグダグダになってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございました。
……ぶっちゃけますとまだ完成してはないんですけどね。まあ、多分、恐らく、きっと、大丈夫です!
ではまた何週間後かにお会いしましょう。
885 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 11:58:31.41 ID:TnX6IVAEO
了解
886 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/23(土) 11:29:06.16 ID:dP8OFZ1Mo
 /  .\\ ./  / ∧ ∧   \ \  \       |     / 
 \   \\ ./ .(´・ω・)  / \ \  \      |    / 
   \   \\  ∪   ノ '.      \ \  \    |   /|     / 
  o .\    \\ ⊂ノ/         \ \  \  |  / |   ./ 
     "⌒ヽ .  \\ /             \ \  \| /  |   / 
    i     i    \\   ○        _\ \/|/    |  ./ 
  ○ ヽ _.ノ .\   \\      _,. - ''",, -  ̄     _.| / 
           \    \\_,. - ''",. - ''   o     ̄   |/ 
            \   \\ ''  ̄ヘ _ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
      ○      \   \\//。 \ 今年ももう終わりだな 
    ゚   o   。   .\   \/     |  
   。              ̄ ̄ ̄      \______________
887 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2017/12/30(土) 18:38:24.01 ID:qtlQSSFG0
>>886 すまぬ……



そろそろいい加減にしろと張り倒されそうですが、年内の投稿は無理そうです……。
次回の投稿は1/6(土)にします。これはさすがにマジのマジです。マジ、マジです。
ほんっとにすみません。心底申し訳ない……。

自分としても年内にケリつけたかったんですけどね……。
(自業自得ですが、)自分にとっては負い目を感じる一年となってしまいました。
その、6000バイトの字数制限があるゆえ、はみ出た文字数分削ったりしなければならんのですが、
それを19レス分やっている時間はどうにも年末年始なさそうな状況でして……。

とはいえ、もはや何を言っても言い訳にしかならないですね……弁解の余地なしです。
1/6(土)の夜になるでしょうか。長い付き合いでしたが待たせるのはこれが最後です。
よいお年を。そして来年もどうか一週間だけお付き合いよろしくお願いします。
その後はもう全て忘却の彼方に消し去ってもらって構いませんので(?)。
888 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 13:39:11.59 ID:D9/VnkQwO
了解です
最後だしレス削らなくて超過してもいいのよ
100レスぐらい余る計算だし
889 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2018/01/06(土) 22:20:29.70 ID:Xe5A72i70
ぼちぼちやっていきます
890 :【82/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/06(土) 22:35:19.13 ID:Xe5A72i70
パプアニューギニアはビスマルク諸島北部、その洋上に浮かぶ軍事拠点が私たちのラバウル基地です。
赤道付近に位置するだけあって気候は高温多湿です。一年の間に最高気温が30度を下回る月はまずありません。
毎日Tシャツと半ズボンで過ごせるので、お洋服に悩まなくていいかもしれませんね。
暑そうで嫌だなあって思いませんでしたか? 心配はご無用です!
ここラバウルには、大きく分けて雨季・乾季と呼ばれる二つの季節があるんですが……。

五月雨「えっと……なんでしたっけ。原稿どこに置いたっけな……」

陽炎「ちょっと……もう録画始まってるんだからしっかりしてよね」 見かねて画面外から五月雨にこっそり台本を渡す

五月雨「どこまで話しましたっけ……あ、そうそう」

どうしてこうした二つの季節があるのかというと、それは風が関係してるんです。
乾季には南東から吹く貿易風(赤道付近に向かって恒常的に吹く風のこと)が乾いた空気を運んできて、
雨季には北西から吹くモンスーン(夏は海から陸へ、冬はその逆向きに吹く風のこと)の影響で湿った空気が流れ込みます。
つまり! 一年を通じて爽やかな涼しい風が吹いているので、実は結構快適に過ごせるんですよ。

五月雨「12月から4月は雨季で、5月から11月は乾季です。乾季はダイビングに訪れた観光客を見かけることもあって……くすっ、ふふふふ」

陽炎「? 急に笑い出してどうしたの。っ……ふふ。ちょっとぉ!」

五月雨の前に画用紙を持った舞風が割り込んでくる。
紙面にはでかでかと『雨季にウキウキ、乾季に歓喜!』と書かれている。

陽炎「アンタねえ……。録ってるって言ってるでしょ」

パコン、とメガホンで舞風の頭を小突く陽炎。

舞風「ぶーぶー。真面目に紹介してもつまんないじゃん。ユーモアが足りないよユーモアが」

分かってないなあと言いたげな表情で、人差し指を立てて左右に振る舞風。

陽炎「ユーモアって……あっ! こんなの撮らなくていいのよ! なんでカメラこっち向けてるのっ」

肩にビデオカメラを担いでいる如月は、いつの間にか五月雨の方ではなく陽炎と舞風の方を向いていた。

・・・・

如月「撮影データは夕張さんに渡しておいたから、ひとまず私たちの作業は終わりね。お疲れ様」

五月雨「『新しく着任する提督のために紹介映像を作りたい』、なんて無茶振りに付き合ってもらって……どうもありがとうございます」

座ったままぺこりとお辞儀をする五月雨。ここは基地領内の小さな食堂。
昼時を過ぎているためか、座っているのは五月雨たちだけだった。

陽炎「やれやれ……本当にあんなんで良かったのかしら。最後の方なんてだいぶ内輪ネタみたいな感じになっちゃってたけど……」

舞風「取り繕って無難な紹介映像流しても面白くないって。せっかくの自主制作なんだから、後から見返して自分たちで笑える内容じゃないと」

五月雨「はい。ああいうゆるい感じの方がむしろ良いんじゃないかなって。うちの鎮守府らしくて」

陽炎「ま、言い出しっぺがそう言うんなら間違いはない、か。次に来る司令官がお堅い人じゃないといいんだけど」

如月「そういえば……話は変わるんだけど、最近あの夢はどうなってるのかしら。五月雨ちゃん」

ランチプレートの上に盛りつけられたチキン南蛮を口に運び、よく噛んでから飲み込む如月。

陽炎「あの夢……? あの夢って、どの夢? 寝てる時見る方?」

舞風「そっかー。かげろっちゃんは別の遠征隊だからこの話聞いたことないんだっけか」

陽炎「かげろっちゃん、て……」

コップに注がれたサイダーをストローで飲み干してから、自ら思い返すように喋りだす五月雨。

五月雨「去年の夏ぐらいからなんですけど……似たような内容の夢を定期的に見るんです。
一週間に一度ぐらいの頻度かな。最初は偶然かなと思ったんですけど、今もずっと続いていて」

如月「ちょっと周りとズレてる感じの、変わり者の男の子が毎回出てくるのよね。
一人の男の子が成長していく過程を描いた夢を見続けるだなんて、なんだか運命的じゃない? 憧れちゃうわ〜」

五月雨「あはは、そんなにロマンチックな感じじゃないんですけどね。その男の子の……あ、もう男の子って歳じゃないんですけど。
彼の日常のワンシーンを切り取ったような夢を見るんですよね。楽しい出来事とか、悲しい出来事とか、その時々で違うんですけど」

五月雨「でも最近は……。特に、彼が大人になってから見る夢は……どうにも味気ない内容ばかりなんですよね。
ずっと昔のことを思い返してばかりいるっていうか、なんか黄昏ちゃってて元気がないんですよ」

舞風「そっか〜……まあ、誰しもそういう時ってあると思うんだよね。スランプ、っていうのかな」

首を捻って少し考え込むような素振りを見せた後、ポンと手を叩いて提案する舞風。

舞風「じゃあさ、夢を通じてその人に干渉することは出来ないのかな? 『クヨクヨすんな〜! 私がついてるぞっ』って言ってあげたらいいんじゃない?」

五月雨「ああ〜っ! それっ、いいアイデアですね! 今度試してみようっと!」
891 :【83/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/06(土) 22:55:04.74 ID:Xe5A72i70
失業保険が尽きて三ヶ月が経つ。外に出るのは最小限、食事は一日一食。それ以外は寝て過ごす。
この暮らしなら後一年ぐらいは生きていけそうだ。……その後どうなるのかは自分には分からないが。
仕事を辞めてから一度も切っていない髪は伸びに伸びて、北欧のメタルバンドみたいになってしまっている。
もちろん、いつか切るさ。仕事にもいつかは就く。今はその時じゃないってだけだ。

台所の棚から割箸とカップラーメンを取り出して、電気ケトルに水を入れる。これが今日の食事になるだろう。
……雨戸を締めきっていて外の様子が分からないから、昼食になるのか夕食になるのかは分からないけれど。

「みゃおう」「みゃああ」

……野良猫の喧嘩だろうか。ということは今は夜らしい。
猫の鳴き声は夜の街によく響くからな。

猫、か。

そういえば子供の頃は家で猫を飼っていた。毛並みが綺麗な黒猫だった。
ユーゼンという名前で、その名の通り物怖じしない落ち着いた性格だった(今になってみれば、メスにつける名前ではないなと思うが……)。
田舎の一軒家にしては珍しく、うちの実家には地下室があって、そこでよく遊んでたんだ。
溺愛していたわけではなく、むしろつかず離れずな距離感ではあったが、魔法使いとその相棒みたいでそれがかえって良かったように思える。
……ユーゼンは、俺が中学生になってすぐに死んでしまった。一緒に過ごした実家も売っ払われてしまって今は更地だ。

「ピャォ、……ハゥ」

……? いや、気のせいか。にしては似すぎているような気もするが……。
ユーゼンは決して「にゃーお」とか「みゃーう」と鳴くことがなかった。
生まれつき鳴くのが下手だったようで、そもそも鳴くこと自体が稀だった。ちょうどこんな声だった。

「ヘァ……ヒャゥ」

鳴き声は自分のすぐ近くから聞こえるようだ。不思議に思ったので後ろを振り返ることにする。

・・・・

五月雨「ピ……初めまして、天道(タカミチ)さん」

神乃 天道(カンノ タカミチ)、それが男の名前だった。
五月雨の声に驚いた男は腰を抜かして尻餅をつく。
手に持っていたカップラーメンは宙に舞い、男の頭上に落下する。

神乃「!? ユーゼン!? ユーゼンの霊、なのか……? うわああっちゃ、熱ッ!」

五月雨「熱っ……。あの、大丈夫ですか?」

ケトルから注いだばかりの熱湯を浴びる二人。もろに被ったのは男の方で、髪の上にナルトが乗っている。
五月雨は咄嗟にその場にあったタオルを拾って渡し、男を気遣った。

神乃「ああ、ありがとう。……。やっぱり、幽霊なのか……?」

タオルを受け取って、スープの汁を拭いながら問いかける。男には五月雨の姿が視えておらず、タオルだけが宙に浮いているように見えていた。
(恐らく五月雨の体があるであろう)タオルのあった方向に男が手を伸ばしても触れることは出来ず、ただ空を掴むだけだった。

五月雨「いいえ、幽霊じゃないんです。わたし、五月雨って言います。わたし! えっと……あなたのことをずっと夢で見守っていたんですけど……。
ああっ、もう時間が! えっと……早く伝えなきゃ! その……」

五月雨の背後に扉が現れ、徐々に開いていく。

五月雨「ううっ……いざ気づいてもらえたものはいいものの、咄嗟に言葉が出てこない……えいっ!」

焦った五月雨は男の腕を掴んで引きずり込み、扉の中に入っていった。

・・・・

五月雨の寝室。窓から朝日が差し込むベッドの上。
なぜか彼女の隣で横になっていた神乃はガバッと起き上がると、ぐるりと首を回して困惑している。
伸びをしてふわぁ〜と大きな欠伸を一つすると、ベッドから降りてぺこりと挨拶する五月雨。

五月雨「い、勢いで連れてきちゃったのはいいものの……どうしよう。あ! 一応、おはようございます。えっと、説明しなきゃですよね……」

暖簾のように眼前まで垂れ下がった髪をかき上げて五月雨を視界に捉える神乃。
五月雨の姿を確認すると、珍獣でも見たかのように目を丸くしている。

五月雨「はい。天道さんが物心ついてから今に至るまでの様子を、ずっと夢に見ていたんです。ただ、最近はなんだか塞ぎ込んでいるように見えて……。
その……うまく言えないんですけど、もっと自分の思うがままに生きてもいいと思うんです。それを一言伝えたかったんです」

神乃「えっと……そう、だね。まあ、確かに……。俺自身、自分のあり方に迷っていたところではある」

神乃「経緯こそぶっ飛んでるけれど、俺はこんな風に何かが起こることを無意識のうちに望んでいたのかもしれない。
だから、考えるきっかけを与えてくれた君には礼を言いたい。まあこの歳になって自分探しってのも青臭くてカッコ悪い話だけどさ。無職だし。引き籠もりだし」

ノックの音とほぼ同時にドアが開く。

大淀「提督! こんなところに居たんですか? 初日から遅刻なんて示しがつかないですよ。
あら、五月雨さん……でしたよね。初めまして、大淀です。少し提督を借りていきますね」

大淀は神乃の手を引いてそのまま退室してしまう。
892 :【84/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/06(土) 23:25:46.27 ID:Xe5A72i70
それから何時間か経って、ようやく神乃は五月雨と再会を果たした。
服は新品の制服に変わっていて、帽子もピカピカだ。ボサボサだった髪は整えられて前髪の部分はピンで留められていた。
彼の見違えた姿を前に、五月雨は少し不思議な胸の高鳴りを覚えたが、それを口にすることはなく尋ねた。

五月雨「あの……ひょっとして、この鎮守府の新しい提督に?」

神乃改め提督「そういうことみたいだね。……話を少し整理しようか」

執務机から立ち上がり、応接用に置かれた簡素なソファに座る提督。五月雨も向かい合うようにして座る。

提督「俺の人生を夢で見ていた、だったっけか。実を言うと……俺も君のことは会う前から知っていたんだ。大淀のこともそうだし、他の艦娘のこともね」

五月雨「ええっ!? それって、どういうことですか? どうして私たちのことを知っていたんですか?」 ガコンッ

驚きのあまり起立し、膝をローテーブルにぶつけてしまう。

提督「大丈夫? えっと。……そう、君たちはあるゲームの中に登場していたキャラクターだったんだ。俺のいる世界ではね。
俺がちょうど大学に通っていた時分に流行ったゲームで……もうサービス終了しちゃったから、今では忘れたなんて人もいるのかもしれないけど」

提督「五月雨からすれば俺は夢の中で生きてる人間で、俺からすれば五月雨はゲームの中のキャラクター……ということになるか。
まあそれこそ文字通り夢みたいな突拍子もない話だが……これはどうにも現実みたいだからね。さて、どうしたものか」

五月雨(そういえば……朝潮と芯玄元帥が呉鎮守府に栄転する直前に、『世界線の違いがどうこう』……みたいな話をしていたような。
私が天道さんの夢を見るようになったのも、ちょうどその少し後だったし……)

五月雨「ええと……それって、元いた世界から天道さんを私が連れ出しちゃったってことですよね。ごめんなさい」

提督「今朝も言ったけど、詫びるようなことじゃない。君の行動に俺は感謝してるよ、こんなに不思議な体験が出来ているわけだからね」

提督「それと、世界ってのは俺の解釈では微妙に異なるかな。パラレルワールドとかじゃなくて、同一世界の別次元だと解釈している。
次元の壁で隔たれた別の世界という意味では異世界なんだけれども」

頭上にクエスチョンマークを浮かべる五月雨。

提督「あー、なんというか。俺の目からしたら君が、君の目からしたら俺が、互いにそれぞれ異なる次元で生きるドラマの一演者に過ぎなかったはずで。
それが今、第四の壁を越えてどういうわけかこうして相対している……というのが、元厨二病患者の見立てさ」

小学校高学年の頃から高校時代の半ばあたりまで、彼は世間一般で言うところの中二病であった。
神話や伝承、錬金術に黒魔術、都市伝説・陰謀論といった題材のオカルティズムに傾倒していて、しばしば周囲の人間を惑わせる言動をするようなことがあった。
五月雨ももちろんそれは知っていて、当時彼が言っていた内容こそ理解できなかったものの、彼の闊達に語るさまを見て愉快に思っていた。

提督「なんて言っても難しいか。あはは、人前でこんな子供みたいな与太話をするのも久しぶりで、つい興奮してしまったよ。
で……気になることは。どうやったら俺が元の次元に戻れるかってことと、なんでこうして提督になっているのかってことなんだけども……」

五月雨「うーん……ごめんなさい。どっちも分かんないです……」

提督「だよねえ……。ま、家賃とかは全部口座から自動引き落としだし、空き巣にでも入られない限りは半年ぐらい留守にしていても問題ないか。
折角だしね。この面白体験を楽しむことにするよ。ゲームと現実は違うとはいえ、なんとなく勝手は理解できた。つまるところ盆栽のようなものだろう」

五月雨(盆栽……?)

・・・・

深夜2時の執務室。提督と五月雨・天津風・弥生の艦娘三人でソファに腰かけてテレビを眺めていた。
机の上には人数分の紙コップと2リットルサイズのペットボトル、食べかけのピザとポップコーンが置かれている。
提督と五月雨はパジャマ姿で、普段以上に気の抜けた様子だった。

提督(五月雨の夢がきっかけでこの次元にやって来れたなら、夢を通じて元の時空に戻れると考えていたが……何夜過ごせど兆しは見えず。
こうして俺と直接出会ってしまったことで、俺にとっての現実であった世界にリンクする術が無くなってしまったんだろうか)

五月雨「流石に眠いですね。……意図的に夜更かしするっていうのも案外難しいのかもしれませんね」

提督「やはり、無意味なのかもしれないね……もう寝てもいいよ」

本来とっくに寝ているはずの時間であるにも関わらず五月雨が起きているのは、提督が元の時空に戻るための方法を調べるためだった。
(天津風と弥生は西方への遠征によって体内時計が乱れ、時差ボケして眠れないため付き合っていた)

五月雨「いえ。せっかく公然と夜更かしできるチャンスなのに寝てしまうのは勿体ないですから! そうだ、トランプでもしませんか? 七並べとか!」

雑誌やブルーレイディスクボックスなどが乱雑に詰め込まれた、テレビ脇の収納ケースを物色する五月雨。

弥生「いいですね……新しい司令官とお話出来るいい機会だし……」

冷蔵庫からワインボトルを取り出し、紙コップに注いで提督に渡す弥生。

提督「冷蔵庫になぜそんなものが……。風情もへったくれもないけど、まあそっちの方がいいか。
与えられた地位や名誉に応じて諂ったり見下したり、そんなのにはうんざりしてたんだ」

五月雨「相当疲れてたんですね。……」

提督「まあ過ぎたことさ。理想と現実のバランスが噛み合ってなかっただけ。期待しなければ上手くやれてたのに、しくじったのは俺の方だよ。
……って、景気の悪い話ばっかりしてちゃいけないな。暗い思い出のバランスは、刹那的な陽気さで補うもんだね。さ、勝負に興じようか」

グイッとワインを飲み干す提督。
893 :【85/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/06(土) 23:50:26.53 ID:Xe5A72i70
天津風「うぅ〜……あそこで五月雨がずっとハートの8で止めてなければ……」

五月雨(自分の手札にハートのKがあったことに気づかなかっただけなのに、運良く勝っちゃいました)

自分の苦手なものや嫌いなものを明かし、敢えてそれに挑戦するというのが罰ゲームの内容だった。

天津風「仕方ない、負けは負けね。じゃあ、私の苦手なものは……ホラー映画よ。怖いのとか、残酷な話とか、嫌いなのよ」

提督「じゃあ今から見ようか。幸い、そういう作品のDVDもあるみたいだ」 収納ケースを漁りながら

五月雨「ええっ!? 辞めときましょうよ……」

弥生「司令官……弥生もそういうの、良くないと思う」

提督「あらら、みんなダメなのかい? ホラー映画って、一番元気を貰えると思うんだけどね。だってアレ見た後って絶対『死にたくない』って思うでしょ?
どんな自殺志願者でも、あれを見た後は何がなんでも生きていたいって思えるわけ。非日常の恐怖が代わり映えのない日常を刺激で彩ってくれるのさ」

突然やや早口になる提督に対し、少し引き気味の一同。

天津風「あなた……結構病んでるのね。勝負に負けた以上はあんまり強く言えないけど、私はそんなの見たくないわ。
情けない話だけど……本当に怖くて夜寝れなくなっちゃうのよ。って、まあ今も時差ボケで寝れないから起きてるんだけど……」

五月雨「天津風もこう言ってることですし辞めましょうよ。それよりほら! ラブコメなんてどうですか?」

弥生「弥生もそれがいい、です……。ハッピーエンドで終わる話がいい……」

提督「さっきの勝負の意味は……、まあいいや。わかったわかった、みんな反対なら仕方ない。じゃあそれを見ようか」

・・・・

映画の途中で五月雨と弥生は眠ってしまい、天津風も映画を見終えると眠る弥生を連れて寮へ戻っていった。
提督は五月雨を背中に負ぶって彼女の部屋へ向かった。ベッドの上に彼女の身をそっと置くと、小さく溜息を吐いて部屋を出ようとする。

提督「……俺は、何のためにこの虚構の世界に呼ばれたのだろう。ここは現実じゃない。少なくとも俺にとっては」

自問するように独り言を吐く。ドアノブに手をかけた刹那、背後に異質な気配を感じて振り返る。
扉が出現していた。それは、五月雨に手を引かれてこの架空の世界にやって来た時にくぐった扉と同じものだった。
提督は扉に手をかける。

提督(押せば開きそうな気がするな……これで現実に戻れるのかもしれない。この機会を逃したら、次はいつ戻れるようになるかは分からないしな……)

・・・・

扉を押そうとした瞬間に、記憶がフラッシュバックする。それはまだ彼が働いていた時期のものだった。
居酒屋の喧噪は騒々しく、酔った客が暴れているのか隣の個室からは怒号も聞こえる。

「――神乃。それでさ、お前、大学の時にあのゲームやってたよな。なんだっけ。そう、これこれ」

同期の見せるスマートフォン画面に映っていたのは、艦艇を擬人化したゲームのキャラクターだった。
吹雪、大井、最上、伊勢、赤城……サービス終了した今でも彼女たちの名前を彼は覚えていた。

「一時期はすごい人気だったのに、バブルが弾けたらあっという間だったな。でも、オワコンオワコン言われてたわりには長く持った方か。
後続のゲーム……なんだっけ、名前は忘れたけど似たようなゲームがあってさ。あっちの方がまだ面白かったわ。あれも飽きて辞めたけど」

茶化して、その場にいる上司や後輩への笑い者にするような口ぶり。こうした嘲笑を受けるのは、彼のいる環境ではさして珍しいことではない。

「結局のとこさあ、ああいうのってキャバクラだよな。時間と金を費やさせて、徐々に深みにハマらせていくんだろ?
うまいビジネスだよ、ハハハ。で、いい“上客”だったお前はなんであんなのずっと続けてたの? そんなんだからノルマも未達なんじゃねえのかなあ」

出世のために“誰が上で誰が下か”を白黒はっきりさせようとする、そのためなら旧友を蹴落とすことすら厭わない。
世間的には好待遇の優良企業の一つとして知られているこの会社は、高給ではあるもののとにかく競争の激しい社内環境だった。

神乃「言っても理解できないかもしれないが……盆栽のようなものだよ。それか、筋トレか。日課があると精神が安定するんだ」

罵声も批判も彼は慣れ切っていた。しかし、彼なりに思う所があったのか、普段だったら流していたであろう挑発に対してこの時は受け答えしてしまう。

「誤魔化してんじゃねえよ。なあ、俺はお前のためを思って言ってやってるんだぜ? お前には才能があるよ。その片鱗がある。
だが、その甘さが全てを台無しにしちまってるんだ。お前はもっと非情になるべきなんだ」

「俺たちの売った商材で客が困ろうと、それは俺たちの人生には関係ない。他人を騙せなきゃこうしてお前自身が袋叩きに遭う。
これは戦争だ、やるしかないんだよ。奪い、踏み躙らなければ生き残れない。お前は戦いの中で敵に情けをかける甘ったれだっつってんだ」

同期の手は震えていた。それは自分自身への訓戒でもあるようだった。

「俺は、俺に残された数少ない良心でお前に言ってるんだぞ。悪魔に魂を捧げろ。全ては搾取されないためだ。
こんなことは言いたくないが、俺もギリギリの所で戦っている。お前まで居なくなったら、俺は……」

言いかけて、隣の上司の表情が険しくなるのを見て同期は口を噤んだ。神乃はこのやり取りの後、すぐに会社を辞めた。

・・・・

提督は、扉から手を放すと踵を返して部屋を後にした。

提督(……まだ、その時ではないのだろう)
894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/07(日) 00:14:27.98 ID:C8XSSjcQO
待ってた
895 :【86/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 00:15:43.62 ID:EGTLO2bo0
大淀「提督! お昼時で眠いのは分かりますけど、寝ちゃだめですよ」

執務机に突っ伏して眠る提督を軽く揺さぶって起こす大淀。

提督「ん……ああ。ごめん、寝てたか。昨日徹夜したのがまずかったかな」

大淀「それで、以前お伝えしていた視察の件ですが……同行させる艦娘は如何なさいましょうか」

提督「? そんな話してたっけ……ごめん、覚えてない」

大淀「海域攻略作戦が一時収束した今こそ、各鎮守府から情報を集めてノウハウを得るべき……って、前回の会議で提案しませんでしたっけ。
その時に承認してくださったはずですし、もう他の鎮守府の提督方からも許諾済みのはずですよね?」 じとっとした目で提督を見つめる

提督「ギクッ……ああ! それね、大丈夫です忘れてないです。そっか……十二月に二週間ぐらい弾丸ツアーするんだよね。
そうだなあ……誰でもいいんだけど、行きたいっていう意志のある艦娘がいいかな。嫌がってるのに無理矢理連れて行くのもよくないしね」

大淀「では、鎮守府内の各艦娘にアンケートを取っておきますね」

提督「ああ、助かるよ。それでさ……大淀、全然関係ないヘンなこと聞くんだけどさ。大淀は出世したい?」

大淀「? ……質問の意図が分かりかねますけど、したいしたくないで言えばしたいですね」

提督「いや、大淀っていつも積極的だなって思ってね。いつもしっかりしてるし、仕事が好きなんだなって思ったのさ」

えへへ、と屈託のない笑顔を見せる大淀。

大淀「そうですね。戦場に出て直接戦うより、こうして鎮守府内の環境を整えたり戦略を考えたりする方が好きなんです。
戦いに勝つことも大事ですが、他の艦娘や鎮守府内の作業員さんに『大淀で良かった』って褒められるのが嬉しくて」

提督「……そっか。妙な質問して悪かった。俺も大淀のような艦娘がいて良かったと思うよ」

退室する大淀の姿を見て、提督は頬杖を付きながら考え込む。

舞風「偉大なる将軍様〜! 栄光ある我らの精鋭艦隊が無事母港に戻り果せましたぞ〜!」

提督「ははっ……帰投するたびに面白い口上言うのやめてよ。笑っちゃうじゃない」

舞風「提督がなんだかアンニュイな顔してるから、舞風なりに気遣ってるんですよ? スマイル、スマイル〜♪」

提督「そっか……ありがとね。心配かけたかな」

舞風「なーんて! 髪と帽子で隠れてて全然表情分かんないのに適当に言ってみただけですけど。
でもさ、分かるよ。分からないけど、分かる、みたいな……。もう十数年前の話だけど、私も……ってそんな話しに来たんじゃなーい!」

舞風「出撃結果の報告でした。こちらの書類をどうぞ。作戦は大成功、首尾通りです。
あと、五月雨が大破してて、如月がドックまで連れてってまーす。半日もすれば治ると思うけど」

提督「了解。今日はもう出撃しないからゆっくりしてていいよ。補給だけ忘れないようにね」

舞風「はーい」

提督(しかし……そうだよな。ゲームとは違うもんな。近海での簡単な任務とはいえ、さっきの作戦で俺が判断を誤っていたら……。
五月雨が轟沈していた可能性もあったんだ。にもかかわらず、自分は安全な場所で昼寝だなんて最低だな。意識が甘かった。……『甘ったれ』、か)

提督(まあ、過度に自分を責めても仕方ないか。舞風が言っていたように……不安や恐れは艦娘たちに伝わる。
けれど……俺のような取るに足らない人間の感情の機微まで推し量ってくれるような人と、どれだけ出会えただろうか。これまでの人生の中で……)

提督(これから先の未来に何が起こるのかは分からないが……ここでの出会いは大切にしたいもんだな)

提督「舞風。改めてありがとう。少し前向きな気持ちになった」

舞風「ふふっ。どーいたしまして♪」

・・・・

昼の仕事が終わると船渠に向かった提督。しかし五月雨の姿は見つからず、波止場にて傷の癒えた彼女と鉢合わせする。

五月雨「あっ、天道さ……じゃない、提督。お疲れ様です」

提督「ああ。傷は治ったかい」

五月雨「はいっ。ちょっと不覚を取っちゃいましたけど、今はもう大丈夫です。予定より治りが早くて」

自分の顔が隠れないように前髪をかき上げてから帽子を被り直して、少し屈んで五月雨と目線を合わせる提督。

提督「それは良かった。いやその、謝りに来たんだよね……。もう本当顔向けできないぐらい酷い話なんだけど、君が出撃してる間に昼寝しちゃっててさ。
成り行きでこうなったとはいえ、俺は君の命に対して責任がある。だから……許してくれとは言わないが、謝りに来たんだ。すまない」

提督から帽子を取り上げて、頭を撫でる五月雨。提督は困惑する。

五月雨「許さないなんて言うわけないじゃないですか。昨日は夜遅くまで起きていたんだし、仕方ないですよ」

夕焼けの光が水面に反射してキラキラと輝く。黄玉(トパーズ)のように、赤みがかった黄色い光だった。
ワシャワシャと頭を撫で続ける五月雨に対し、説明を求めるような視線を向ける提督。
896 :【87/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 00:41:33.33 ID:EGTLO2bo0
五月雨「これからは……『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』でいっぱいの人生になるといいですね。ううん……そうなるようにしましょう」

『ありがとう、なんて誰かに言えるような人生じゃない。俺が言えるのは、生まれてきてごめんなさいってぐらいだな』
五月雨の言葉は、高校時代に彼が言い放った台詞を改変したものだった。当時の彼はニヒリズムに傾倒していて、全ての物事に希望を見出せなくなっていた。
虚無感から脱して、稚拙で偏狭な自分の考えに囚われていただけに過ぎなかったのだ、と反省できるようになるまでには数年の歳月を要した。

提督「〜〜〜〜っ。うっ、まあ、うん。そうだね」

何にせよ、大人になった今の彼にとっては、当時の自分を思い出させてくれるおぞましい呪文であった。
屈んでいた姿勢を戻して五月雨から離れると、耳を赤くして照れくさそうに帽子を深く被る。

提督「そっか……いや〜、過去が見られてるっていうのは恐ろしい話だね。非情にイタいね」

五月雨「天道さんが高校生の頃は、突然選民思想みたいなのに凝り固まるようになったり、かと思えば急に自分は無力だって落ち込んだり……。
あの時は今とは別の方向で心配してたんですけど、友人やご両親が居ましたからね」

提督「いやー……まあその節は色んな人に迷惑かけたけどね。……今になって振り返ってみると、未だにその心境から脱せてないのかもなあ。
人に対してもうちょっと素直にはなれたけどね。なんというかこう、いつまでも経っても大人になりきれないなあと思うよ」

五月雨「大人になんてならなくていいんじゃないですか? 責任とか義務とか……それももちろん大事ですけど。
そういう重圧だけを背中に背負って生きるのって、息苦しいし窮屈ですよ」

海へと吹き抜ける風とともに、群れを成して夕焼け空を飛ぶカモメが頭上を通り過ぎる。

提督「そう、そうなんだよね。だけどやっぱり子供のままでは居られないんだ。これは言うなれば業のようなもので。
……そう。ここの世界観や設定のことは分からないが、深海棲艦と君たち艦娘との戦いもそういうもんなんだろうと思う」

提督「これはカルマだ。前時代の負債は、若い世代の負担によって支払われる。憎しみや悪意は、弱者から更に弱い者に対して向けられる。
自分以外の誰かに苦しみをおっ被せて逃げ回っていればそりゃ自分は楽なんだろうけど……それが人の在り方だと俺は思いたくない」

強い潮風の流れに身を任せるように、海に沈む太陽を見つめる五月雨。

五月雨「……そうですね。この戦いが何で始まってどうすれば終わるのかは分からないですけど。ひょっとしたら終わることなんて無いのかもしれませんけど。
それでも、今戦ってる私たちが投げ出したりしちゃいけないですもんね。なんか……大事なことを気づかされちゃいましたね」

提督「五月雨の言っていることも一つの真理だとは思うよ。童心とか好奇心とか、そういう純粋な感情を失くしたら人は機械のようになるしかなくなる。
働いていた頃の俺の姿を見ていたからこそ、そう言いたかったんだろう? 気遣ってくれてありがとう。嬉しいよ」

提督「ここの人たちは誰も彼もみんな、優しくて温かい心を持っているんだね。五月雨が俺をここに連れて来た理由が分かった気がするよ。良い所だ」

夕陽から背を向けて施設に戻ろうと歩き出す提督。その動きにつられるように五月雨も並んで歩く。

五月雨「そうですね、私もこの鎮守府が大好きです。あ……そういえば、鎮守府の紹介動画は見てもらえました?
うちの鎮守府の個性がギュッと詰まった、PVっていうのかな……。でもプロモーションってわけじゃないから違うか」

提督「おや? そんなのがあるんだね。知らなかった」

五月雨「あらら……作っただけで満足しちゃって見せるのを忘れてました。今度お見せしますね! 絶対面白いと思うので、期待しておいてください」

ふふんと鼻を鳴らして得意げな五月雨。

提督「へ〜、それは楽しみだな。どんな内容か気になるね」

・・・・

五月雨「お天道様がカンカン照りですね〜。雲一つない青空!」

麦わら帽子を被る五月雨に、普段通りアロハシャツ姿の提督。
数ヶ月前との違いは、一時は腰のあたりまで届くほど伸びていた彼の長髪が無くなっていたことだった。
顔を覆い隠すように伸びていた前髪も今では整えられてさっぱりとしている。

提督「本当だねー。しかし、鎮守府の近くにこんなプライベートビーチがあったなんて」

五月雨「出撃や遠征のない日はここで過ごすことも少なくないですね。来週から視察で鎮守府を離れちゃうじゃないですか。
やり残したことがないように、折角だから遊び抜いておこうかなって思いまして」

提督「なるほど、そいつは殊勝な心がけだ。存分に遊んでくるといい」

ビーチパラソルの下で陣取る提督に対して、不満げな五月雨。

五月雨「え? 提督も一緒に、でしょう?」

提督「いやほら俺はあれだ。保護者っていうかライフセーバーっていうか……五月雨が沖に流されないように見ていないと」

露骨に嫌そうな反応をする提督に疑問を覚えた五月雨だったが、提督が泳げないことを思い出してすぐに納得する。
提督の臆病にはお構いなしで無理矢理手を引いて歩く。

五月雨「私、艦娘ですよ? 沖に流されるって……いくら私がドジでも、自分ちの庭で迷子になる人はいないでしょう?
泳げなくても大丈夫です。近くに物置小屋があって、そこに浮き輪もありますし……提督の分の水着もばっちり用意してますから!」

提督「強引だなあ……何から何まで用意されてたってわけか。まあ、五月雨となら悪くないんだけどさ」

五月雨「お仕事以外で提督と遊べる機会って、中々ないですから。楽しみにしてたんですよ?」
897 :【88/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 01:09:54.72 ID:EGTLO2bo0
提督「最後に水着を着たのももう10年以上前だなあ……。俺さ、実は泳げなくはないんだよね。得意ではないけど、完全なカナヅチではないんだ」

浮き輪に乗ってプカプカと波間を漂う提督と五月雨。

五月雨「え〜っ、そうだったんですね。泳いでる所を見たことがないから知らなかったです」

提督「学生時代は自分の体にコンプレックスを持ってたんだよ。ほら、俺さ。試験官の培養液の中で生まれたような貧相な肉体をしてるじゃない。
当時は自分の体を人に見られるのが嫌だったんだよ。今もまあ……好きではないけど。さすがにこの歳になると羞恥心も鳴りを潜めるようになるもんだ」

彼の腕や脚はかなり細く、シルエットだけなら女性のそれと区別がつかないほどだった。

五月雨「だから中学時代に怪我してないのに包帯を巻いてたりしてたんですね! 納得しました」

提督「俺から言い出しておいてアレだけど、昔の話はやめようか。その、中々古傷がね……」 苦笑いする提督

陽炎「危なっ……ごめん避けれない! ぶつかるわ、そっちでかわして!!」

押し寄せる波とともに提督たちの方へ突っ込んできたのは、陽炎だった。
陽炎はビート板のようなものに腹這いになる形で乗っていて、板越しに提督と激突してしまう。
顔面を手の平で叩かれるような衝撃とともに浮き輪から転覆する提督。

陽炎「ビーチの近くに人が居るなんて思ってなくて……司令、ごめんね?」

提督「うげ……鼻血は出てないようで良かった。いいよいいよ、吃驚しただけだ。
しかし……何をしていたの? サーフィンとも違うみたいだけど」

五月雨「ボディボードですよ。専用のボードを使って、波の上を滑るように乗るんです」

陽炎「そそ。発祥はハワイ島で、サーフィンよりもカジュアルに楽しめるのが特徴ね。
ほら、重くてでかいサーフボードを持ち運ばなくていいじゃない。あっちにサーフィンをやってるのもいるけどね」

陽炎が指さす先には、波の上で跳ねる人影があった。髪の色や体型から、恐らく黒潮だろうと推測できる。

提督「黒潮にあんな一面があったなんて意外だな、様になってて結構カッコいいじゃないか。ところで、あれは……?」

絶叫とともにセイルボード(帆のついたボード。ボードの形状はサーフボードに近い)に乗った金髪の少女が上空に打ち上げられている。

陽炎「ウィンドサーフィン、もとい、凧揚げかな……」

舞風「ごめんってば〜!! 許してぬいぬい〜〜!」

・・・・

長袖の冬服の上にダウンコートを着込んだ五月雨と、毛皮の帽子(ロシア帽)を被った提督が、桟橋から船内の艦娘たちを先導する。
提督に続いて舞風・如月・夕張と列を成して船を降りていく。

提督「あの後ボディボードもサーフィンもやっちゃったせいで筋肉痛が今も治らないよ。楽しかったから後悔はしてないけどさ。
おや、出迎えてくれるなんてありがたい。初めまして、視察に来た神乃です。ラバウルの」

瑞鳳は神乃提督たちがここに来るのを待っていたようだった。神乃提督がお辞儀をすると、瑞鳳もお辞儀で返す。

瑞鳳「初めまして、瑞鳳です。柱島泊地へようこそ。今提督を呼んできますね」

乙川「その必要はないさ。あ、敬礼とか形式ばったのはいいからね。いらっしゃい、遠洋遥々よく来たね」

物陰からニュッと姿を現したのは和服姿の男で、彼がこの柱島泊地を取り仕切る乙川中将だった。
提督の毛皮帽子や冬服の上にモコモコのコートを着こんだ艦娘たちを物珍しそうにジロジロと眺めている。

乙川「で……みんな、アレかな。幌筵泊地とかから来たんだっけ?」

普段Tシャツと半ズボンで過ごせるラバウルでは、作戦のために用意された寒冷地仕様の防寒具はあれど、冬用の普段着の類はほぼ無いに等しかった。
このため、提督たちの衣装は本土やその周辺地域に住む人間からしてみれば過剰な恰好に見えるのだった。

提督「暑い地域から来たもんで、寒さに弱いんですよ」

乙川「なるほどなるほど。ま、ウチの鎮守府なんか見てもあんま意味ない感は強いと思うんだけどね」

瑞鳳「もう、そういうこと言わないの。折角の後輩なんだから、ちゃんと面倒見てあげないと」

・・・・

瑞鳳の家で乙川中将と瑞鳳が話している。瑞鳳はエプロン姿で台所に立っている。

瑞鳳「もうすっかりこの家で過ごすの当たり前になっちゃったわね」

乙川「そりゃあ……料理が出来て器量もよくて世界一可愛いお嫁さんがいる家なんだから、当たり前でしょ。……なんてノロけてみたり」

瑞鳳「もう、調子いいんだから。一応、来る前に掃除しておいたけど大丈夫かしら」

神乃提督一行は、柱島にいる期間中は乙川の家を借りることになっていた。

乙川「修学旅行生みたいで微笑ましかったね。鎮守府を案内してる間も、妙にソワソワしたりして楽しそうだったよ。
なんでもないようなことに驚いたりしてさ。自分が着任したての頃を思い出しちゃったよ。まあ僕はもっと不真面目だったけど」

瑞鳳「最初の頃はほんとに世話焼いたわよね……。あ、お皿用意してもらえる?」
898 :【89/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 01:47:44.51 ID:EGTLO2bo0
席に着いて向かい合い、「いただきます」と両手を合わせる二人。

瑞鳳「今日はちょっと挑戦しちゃいました! フラメンカ・エッグ・ドリアです!」

乙川「? フラメンカ……?」

瑞鳳「パプリカや玉ねぎ、ベーコンを炒めてからトマトソースで味付けして半熟卵を乗せた料理みたいね。
今回はドリアにしたからお米も入ってるけど。“フラメンカ”って名前から察しがつくように、スペインの郷土料理らしいわ」

乙川「ナスとか入れても合いそうな感じだね。美味しいよ」

瑞鳳「それで、今までさ……色んなことあったよね。もう三年近くになるのかな」

乙川「うん。僕の記憶が正しければ一昨年の春にはここに着任して、去年のバレンタインデーで一旦舞鶴に飛ばされて……。
それからはずっと一緒じゃないかな。来年の春に三年目ってとこか。逆に言うと、時間に直すとそのぐらいなんだね」

瑞鳳「そうね。なんだか何十年もずっと昔から一緒に過ごして来たんだって錯覚しちゃうわ」

乙川「何十……まではいかないかな、さすがに。とはいえ、おかげさまで濃い一日を過ごさせてもらってるよ。
すっかりこの仕事も板についたもんだ」

徳利に入った熱燗をお猪口に注ぎ、口に運んでほっと一息つく乙川。

瑞鳳「あら、手酌は出世しないって知ってるかしら?」

乙川「じゃあ瑞鳳に僕の分まで働いてもらおうかな。目指せヒモ暮らし」

そう言って瑞鳳にも熱燗の入ったお猪口を渡す乙川。

瑞鳳「ばかなこと言わないでよ、もう。私を酔わせてどうする気?」 口ではそう言いながらもぐいっと飲み干してしまう

乙川「ご想像にお任せするよ。……それはそれとして、さ。瑞鳳はやっぱり、僕に偉くなって欲しい? 必要なのはお金かな? 地位? 安定?
瑞鳳が望むのなら、多少は頑張ってみようかなー……とも思わなくはないんだけど。三年もやってると自信もついてくるっていうか」

瑞鳳「ううん。……本当はね。提督にいつもちゃんとしなさいとか、立派になって欲しいとか言ってるけどね。
それも本心なんだけど……その一方で、提督がどこか遠い所へ行ってしまうんじゃないかって怖いの。そのぐらい、今の提督は優秀だから」

瑞鳳「今はこんな風に幸せに過ごせているけど、提督が……私とお話できる時間が段々なくなっていったりしたらどうしようって思うの。
他にもほら、提督って顔が良いから他の可愛い子に言い寄られたらちゃんと断ってくれるかな……とか」

突然椅子から立ち上がって瑞鳳の唇を塞ぐ乙川。

乙川「……ふう、ごちそうさま。洗い物は後で僕がやっておくからさ、星でも見に行かないかい。ううん、行こう。
……こんなにキザったらしい一面を見せるのは瑞鳳にだけ、ってことを嫌というほど教えてあげるからさ」

乙川「自分でも歯の浮くような甘ったるい台詞でも、瑞鳳相手になら言えるからさ。照れくさいけどね」

乙川の手を取って立ち上がる瑞鳳。

・・・・

柱島の船着き場。桟橋の前で乙川中将ら柱島の面々に別れを告げる神乃提督一行。

提督「お世話になりました。ゆるい雰囲気の中でも不思議な一体感のある、良い組織ですね。
上司と部下の関係を越えた、家族のような繋がりを感じさせるというか。
鎮守府の内に留まらず、本島の住民とまで親交があるなんて驚きました」

乙川「無駄足だったと言われなくて良かったよ。で、次はどこの鎮守府に行くんだい?」

提督「呉に行って、舞鶴、横須賀……の順で巡りますね。何か意図があるわけじゃなく、たまたま予定が取れた鎮守府がそこだったってだけなんですけど」

乙川「なるほど。大きい鎮守府だと結構客人が来てももてなす余裕がありそうだもんね。ウチは単に暇なだけだけども。
舞鶴に行く用事があるなら、秋月と涼金くんによろしく言っておいてくれないかな。あ、秋月っていう艦娘と、涼金凛斗っていう学生なんだけど。
ああそうだ、横須賀の春雨っていう艦娘にも挨拶しておいてくれたら嬉しいかな。柱島は相変わらずだって」

そう言って酒瓶や菓子類といった土産物をあれやこれや渡す乙川中将。
渡された荷物を両腕で抱えながら船に戻って行く神乃提督。

五月雨「お持ちしましょうか? 重くないですか」

提督「いや……気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ」

夕張「まあ、前科があるもんね……昨日だって突然提督を海に巴投げしてたじゃない」

五月雨「違いますよぉ……。砂浜に男女の幽霊がいてですね……急に隣から提督に話しかけられてビックリしちゃっただけなんです」

如月「きっと情死した男女の霊なのね。島を隔てた身分違いの恋、結ばれざる浮世への未練。ああ、運命とはなんて残酷なのでしょう」

提督「いや、確かに人の少ない島ではあるけど、幽霊と決めつけるのは早計なんじゃないかな……」

船に入っていくラバウルの艦娘たちを、苦笑を浮かべながら見送る乙川中将。瑞鳳も少し頬を赤く染めている。

瑞鶴「? どうしたの」 不思議そうな様子で乙川を見つめる

乙川「いやその……心当たりのある話をしているなと思って(お外でイチャつくのも考え物だねぇ……)」
899 :【90/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 02:15:13.62 ID:EGTLO2bo0
呉鎮守府総司令室。神乃提督らが訪れる頃にはもう夜の帳が下りていた。

芯玄「……と、ここの説明はこんなもんだな。あとは演習とかで直接見てもらった方が分かりやすいかもしれん。技術の説明とかも長くなるから後日だな。
で……本来こんな話は直々にするもんじゃないんだ、オレも一応暇ではないしな。が、ラバウルの面々とその提督ってなると話は別だ」

五月雨「お久しぶりです。芯玄元帥!」

提督(推測するに、俺が着任する前のラバウル基地の提督だったのか?)

芯玄「元気そうで何よりだ。まああの頃はちっとまだ未熟だったが、オレもようやく丸くなったかな。
根っこの部分は変わっちゃいないが……前よりはぶっきらぼうじゃなくなっただろ? これでも大人になったつもりだぜ」

如月「そうね。でも、昔のギラついたような目で何かに飢えていた芯玄司令官も嫌いじゃなかったわよ」

夕張「にしても、呉の兵装データがタダで貰えるなんて願ってもないことだわ。あんなことやこんなことに、うふふふ……」

朝潮「なんというか……皆さん相変わらずですね。元気そうで何よりです」

・・・・

夜も遅いため他の艦娘は各々用意された部屋に向かったが、神乃提督だけは執務室に残っていた。

芯玄「残ってもらって悪ぃが。スケジュール的に直接話が出来そうなのも今日ぐらいしかないもんでな」

提督(元帥というだけあって多忙なんだろう)

芯玄「本題なんだが……お前は、本当にこの世界で生まれ育った人間なのか?」

提督「! ……それは、その。どういう意味でしょうか(なんと答えたらいいものか……)」

芯玄「ああいや、突拍子もないことを言って悪いな、お前のことを勘繰ったりしてるわけじゃねえ。
あいつらの懐きようを見てれば信用に足る奴だってのは解ってんだ。あいつらは皆お人よしで抜けてるところもあるが、人のことはしっかりと見てるからな」

芯玄「オレと朝潮はパラレルワールドで生まれたんだ。こことよく似た別の世界でな。だから……実を言うと“この世界の”五月雨や如月とはほとんど面識がない。
オレらがこの世界に居たという物的な証拠はないのに、他人の記憶や認識上ではオレ達が居ることがさも当たり前のようになっているんだ。都合良く、な」

芯玄「で、全く見覚えのない名前だったもんだから、つい気になってお前のことを調べてみたんだが……どうにもオレらと似たパターンらしいんでな。
出自不明、経歴も謎、どこかの軍学校を卒業してつい最近着任してきたってことらしいが、どこの卒業生名簿にもデータなしときた」

提督「お察しの通り、俺もここの人間ではありません。……ただ『別の世界から来た』というのも違うかもしれないと思っていて。
あの……これは話半分で聞いてもらって構いません。専門の知識もない半可通が考えた仮説ですから」

靴紐を解いて見せびらかす神乃提督。

提督「この紐の繊維が一つ一つがそれぞれの三次元空間。全てに時間が存在していて、過去から未来へ一方向に進んでいく。
この紐の繊維どれか一つに俺が生まれ育った場所があり、他方我々がいるこの場所も存在していると考えていただきたいのですが……」

提督「こうした紐繊維が束ねられて一本の紐が形成されています。これが世界の一単位。
ところで、もう一本の紐を用意しました。こちらを貴方がたが本来いた世界としましょう。
こちらとさっきの紐とで、一本一本の繊維の性質も、その束である紐としての性質も同じと言って差し支えないでしょう」

提督「紐であることは同じでも、限りなく似ているだけで同一の存在ではありませんね。さて。この紐の先端をつまみ上げて、水で濡らしてしまいます。
すると紐の下部までじょじょに水が浸透していくのですが……この説明は今は省きます。で、実際には靴の紐というのはこのようになっているのであって……」

革靴に乾いた紐と濡れた紐の二本を通す神乃提督。微妙にもたついている。

提督「えーっと、段取りが悪くてすみません。……このように、結び目で紐と紐とが接触しているでしょう。
すると、濡れた紐から乾いた紐の方にも水分が伝わっていき、湿ります。この、紐から紐へと移った水分子が貴方がただったのではないか?
……などという妄想です。根拠はありませんが」

提督「で、俺がここに来たのは、ある紐繊維から別の紐繊維への移動だったのかなと。その原理とかも謎ですけどね。
これならとりあえず辻褄は合うのかなと。紐というのは物の例えで、実際は前後左右上下に広がるセル郡とセル郡、って考えてますけども」

芯玄「ほう? 面白い解釈だな。真実がどうかはさておき、お前さんのいきさつはなんとなく理解できた。
どうにも別経由ってことらしいな。んじゃ、オレらの話も少ししようかな。オレと朝潮がこの世界にやってくるまでの話。……」

・・・・

提督「こんなところに居たんだ。もうすぐ昼餉だから探していたんだよ」

五月雨「ああ、ごめんなさい。なんだか不思議な景色で……ずっと眺めていたんです」

五月雨の視線の先には、枯れた向日葵が辺り一面に広がっていた。
呉鎮守府内のはずれにあるこの場所は、何にも使われていない土地を花畑として再利用したものだった。
見栄えのしない殺風景な眺めだったが、提督はその光景にどこか懐かしさを覚えていた。

提督「夏は燦燦と降り注ぐ太陽の日差しを浴びて咲き乱れていたのだろうが、今じゃ見る影もないね。
焼け焦げたように黒ずんで、俯いたままもう空を見上げることはない。……季節が過ぎれば詮無きことで」

五月雨「子供の頃のことを思い出していたんですか? まだユーゼンちゃんも居た頃の」

提督「うん。通学路の途中にあった向日葵畑がふと頭を過ぎったんだ。背の高い向日葵の花畑は、学校をサボった俺が隠れるのに最適でさ。
携帯ゲーム機を持って行って電池が切れるまで遊んでさ、その後は川や森に探検に出かけたり。……褒められたものじゃないけれど」

提督「楽しかったんだ、すごく。……それだけ」
900 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2018/01/07(日) 02:15:59.51 ID:EGTLO2bo0
一旦ねます・・・
901 :【91/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 14:54:56.82 ID:EGTLO2bo0
五月雨「いつか……元の場所に戻らないといけなかったとしても」

提督「?」

胸に両手を当てて上目遣いで提督を見つめる五月雨。

五月雨「ここに居る間は、いっぱい楽しい思い出を残しましょうね」

済んだ冬晴れの青空と太陽の温もりを背に、無邪気にほほ笑む五月雨の姿が妙に印象に残ってしまって、言葉に詰まる提督。
そうだね、とだけ素っ気なく返して、五月雨を連れて施設に戻ろうとする。

提督(ここにずっと居るのも悪くないのかも、なんて……。それでもいいと思えてしまうなんて、どうかしてるな)

五月雨「本当は、ずっと一緒にここに居てくれたら良いんですけどね。……なんて♪ これは私のわがままです」

・・・・

朝潮「あら? 五月雨、どうしましたか。元帥に用件があるなら、お伝えしておきますが」

呉鎮守府にやって来て数日が経ったある日の夕方、五月雨は一人で総司令室を訪れた。
部屋では朝潮が椅子に座って書類の整理をしていた。

五月雨「いいえ。お夕飯までにちょっと暇な時間が出来ちゃったから、お話ししようと思って。邪魔でしたか?」

朝潮「そう。私も今日の仕事は済んでいるから、いいわ。紅茶でいいかしら?」

頷く五月雨。朝潮は給湯室へ向かうと、すぐに戻ってきてお盆を客人用テーブルの上に置く。
カステラの乗った皿と紅茶の入ったティーカップが二人分用意されていた。

五月雨「どうもこっちに来てからは暖かい飲み物が恋しくなりますね〜」

カップに口づけし、しみじみと安堵する五月雨。

朝潮「ラバウルから来たんじゃ無理もないわ。まだ冬の初めのはずなんだけど、寒い日が続くわね」

五月雨「実は朝潮には前から聞きそびれてたことがあったんですよね。芯玄元帥とどうやって親密になったのか、気になってまして。
提督と秘書艦って関係だし接点の多さで考えれば不思議というほどではないんですけど……。何の前触れもなく電撃結婚だったんで、すごいなあって」

朝潮「結婚したらすぐラバウルを離れちゃったから、確かにあまり話す機会は無かったわね。なんて説明したらいいのかしら……」

五月雨「元帥とのご結婚が決まった時、『突如現れたブルーホールに、異世界への入口が!』……みたいな話をしてませんでしたっけ。
ひょっとしてそれが関係しているのでしょうか。あの時は噂話だと思ってたんですけど、今になってみると本当にそういうのもあるかもって思えてきたんです」

五月雨の問いかけに少し驚いて、持ち上げかけたティーカップをソーサーに戻す朝潮。

朝潮「あれが夢だったのか、現実だったのか……今はもう本当のところは分かりませんが。そう。
あまり混乱させるようなこと言いたくはないんですが、私と司令官は別の世界を彷徨っていたんです」

五月雨「それは……なんだか素敵ですね。違う世界にトリップして、そこで二人だけの時間を過ごしたんですね」

朝潮「一言で説明するなら、運命? というものなんでしょうか……」

自分で言って恥ずかしくなったのか赤くなった顔を手で覆う朝潮。
覆い隠す左手の薬指には銀の指輪が煌めいていた。

五月雨「お似合いだと思いますよ。すごく。……運命、かあ」

五月雨は宙を見つめてぼんやりと呟いた。

五月雨「なんだか重たい言葉だなあ……って。私もロマンスとか好きで、運命や奇跡を信じたいって思うんです。
でもその一方で、幸せになれる人とそうはなれない人がいて……。そういうのが全部運命で決まっていたら嫌だなあとも思うんです」

窓から見える夕焼けの空を眺める朝潮。

朝潮「五月雨は……自分の幸せ、ひいては自分にとって大切な人たちの幸せのために、それ以外の人間を犠牲に出来ますか? 例えば、そうね。
自分や自分の周りの人たちだけは救われて幸せになるけれど、そうでない人たちは不幸になるとしたら……五月雨はそれでも幸せになりたいと思いますか?」

五月雨「……そういう幸せの在り方って、間違っていませんか。人から奪った幸せなんてきっと虚しいと思うもの。
少なくとも私は、誰かが悲しむ方法で自分の望みを叶えようとは思わないですね」

朝潮「五月雨ならそう言うと思いましたよ。そうでしょうね……。証明する術がないので信じてくれなくても構いませんが。
私、不老不死だったことがあるんです。以前の話で、今はもうその力を失ったんですけど。
自分と……あの人が永遠の命を持ち続ける代償として、他の全ては消え去ってしまう。そんな選択を迫られたことがありまして」

朝潮「私は……手放したくありませんでした。私にとっては、他の全てに勝って司令官が一番大切な存在ですから。
だけど。司令官は五月雨と同じ考えでした。その時に司令官が言ってくれた言葉が、私の胸の中にずっと残ってるんです」

『永遠に二人で時を過ごすことが出来れば、確かに幸せかもしれない。ここでこいつらの言う通りにすれば、オレはやがて老いさらばえて死ぬ。
だけど、それでもいいんだ。不幸も、いつか来る別れも、全部受け止めた上で、それでもオレは朝潮と一緒に居たい』

朝潮「人は幸せだけを追い求めてしまいがちだけれど、きっとそれだけじゃ心は満たされなくて。
不幸せにも意味があるのかなって……今はそう感じます。痛みを通じて糧になるなら、きっとそれも大事な経験だと思うんです」

朝潮「これが私なりの運命に対する解釈です。確かに重みのある言葉かもしれませんけど、恐れることはないんです。
それがプラスのものだったにせよ、マイナスだったにせよ、振り返って価値のあるものになるならそれでいいんだと思います」
902 :【92/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 15:15:03.94 ID:EGTLO2bo0
大型ワゴン車に乗って舞鶴へと向かう神乃提督たち。「到着までに今から5時間弱かかる」と提督が告げると、みな観念したようにすぐ眠りに落ちてしまった。

提督「運転手を用意してもらうべきだったなぁ……。最後にハンドル握ってから何ヶ月ぶりになるだろう」

助手席の五月雨が、提督のこぼした独り言に反応する。

五月雨「代わってあげられたらいいんですけど、あいにく車の運転は苦手で……。こないだなんて海に突っ込んじゃったんですよ!
艦娘じゃなかったら危なかったなあ……。車はもうダメそうだったので、泣く泣く廃車しました。とほほ……」

提督「サラッととんでもないエピソードが飛び出してきたね……」

片手で缶コーヒー(微糖)をグイッと飲み干して、そのままハンドルに手を戻す提督。

提督「そういえば、五月雨は眠くないの? 他の皆は寝てるみたいだけど」

五月雨「到着するのが朝方だから、寝ておいた方がいいのは分かってるんですけど……なんだか眠れなくて。
そうだ、目を閉じて羊を数えてみましょうか。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、……羊が二十五匹、羊が二十六匹」

提督「ところで今、何時だっけ。確認してもらえるかな」

目を開けて車のナビに表示された時刻を確認する五月雨。

五月雨「えっと、ちょうど午前四時ですね。うぅーん……羊が四匹、羊が五匹……あれっ」

ふっふっふ、とほくそ笑む提督。

五月雨「もうっ、撹乱しないでくださいよ。……あの、提督?」

提督「なんだい?」

五月雨「提督にとっては、あんまり思い出したくないことだと思うんですけど……。働いてた時期は、今から振り返ってみてどう思いますか?」

提督「ンー、ヤな思い出ではあるね。憧れの会社だったんだけど、実際入ってみたらあんまり良い所ではなかったし。
でも、それも含めて自業自得だったかなって思うよ。あんまり内情知らないまま入社しちゃったのは俺の方だしね。
お金が稼げればなんでもいいやって投げやりな気持ちでエントリーしたらそのまま通っちゃって」

提督「まあ、働く環境が大事だってのは一つの大きな学びだね。俺には自分の人間性を切り売りする生き方は向いてないんだなあって思ったよ。
そういう意味では勉強になることも多かったし、全部が全部失敗だったってわけでもないかな。二度とやりたくはないけど」

五月雨「……本当に、ここにずっと残るつもりはありませんか?」

提督「ないね。第一に、俺に人の命は背負えない。戦争のことは歴史の授業で習ったよ。俺のひい爺ちゃんは戦争で死んだって話も聞かされた。
けど、それを踏まえても俺にとっちゃ実感がないんだ。だから背負えない。ここはゲームの中の世界で、俺にとっての現実じゃない」

提督「戦争の惨禍も、俺にとっては現実感のないファンタジーと一緒で、三国志のような遠い昔の出来事に感じるんだ。そんな奴は人の上に立つべきじゃない。
今は真似事のごっこ遊びをしているだけで……それがたまたま上手くいっているだけで、その重みに耐え切れなくなったらきっと逃げ出すさ」

小雨が降り始める。フロントガラス越しに届く街灯の明かりは水滴で滲んでふやけていく。

五月雨「ううん。……提督は、他人の痛みが分かる人です。人の辛さや苦しみが分かるからこそ、そうやって葛藤するんでしょう?
でも、それがきっと一番大切な資質だと思うんです。私は……いいえ、他の皆もそう。優秀な人の下に就きたいんじゃなくて、思い遣ってくれる人のために戦いたいんです」

五月雨「命を預けても後悔しない人が良いんです。私が沈んでしまっても、私の命は無駄じゃなかったって言ってくれる人と運命を共にしたいんです。
私との思い出を、大切にしてくれる人と一緒に居たいんです。……なんて言ったら、困りますか?」

提督はこの時、自分が人生の岐路に立たされていることを直感する。ハンドルを握る手に無意識のうちに力が入る。

提督(普段はまるで子供のようだが……やはり艦娘なんだな。兵器である以上、戦いの運命からは逃げられない。
だからこそ……自分の存在を肯定してくれる人間を求めるのか。使い捨ての道具としてではなく、生きた実存として認めてくれる人間を)

提督(だとしても……俺には荷が重過ぎる)

五月雨「なんだか急に暗い話になっちゃってごめんなさい。重い、ですよね……。私も普段は、もし自分が沈んだらなんて考えないようにしてるんですけど……。
運命とか、因果とか、よく分からないですけど……。そういう人には抗えない力があるとするなら、私は後悔しないように自分の気持ちを伝えたいって思うんです」

五月雨「天道さんがどういう道を選んでも、自分の意思で決めたのならそれが正しいんです。だから、私にはあまりとやかく言えないんですけど……。
でも、私は……天道さんには資格があるって感じるんです。私たちを導いていく、その資格が」

五月雨の耳に聞こえないように、提督はぼそりと呟いた。

提督「買いかぶりだよ」

・・・・

舞鶴鎮守府第四執務室。山城の肩に跨ってクリスマスツリーの飾りつけをしている窓位大将。

窓位「クッーリスマスがフフンフホニャラホホ〜♪」

山城「なんですかそのボヤけた歌詞は……」

窓位「いや、権利ある関係各所への配慮のためにね。……っていうわけじゃなくてうろ覚えなだけなんだけど」

山城「なに訳の分からないことを言ってるんですか」

扶桑「提督、山城。お客様がお見えになりました。いかがしましょう」 扉を開けて部屋に入る扶桑
903 :【93/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 15:52:23.81 ID:EGTLO2bo0
山城「ねえさま〜!!」

扶桑の声を聞くやいなや目を輝かせて勢いよく反転する山城。

窓位「あっ! ちょっと、急に振り向くと……」

窓位大将の静止は山城の耳に入らず、山城の艤装がツリーの幹部分にぶつかる。ツリーはバランスを崩してそのまま二人めがけて倒れてしまう。

窓位「むぎゃっ!! いたたた……でも、この感じさえもはや懐かしいよ。都合してくれた蒔絵大将には感謝しないと」

扶桑「あら……なんてこと。今ツリーを退かしますから、少し辛抱していてくださいね。……って、ああっ!?」

扶桑がツリーを持ち上げようと力を入れると、ツリーの先端部分が蛍光灯に当たって割れてしまい、驚いてまたツリーを二人の上に落としてしまう。

窓位「ぐえー」

扶桑「ああっ、ごめんなさい! ええっと……暗くてよく見えないわね」

提督「なんかすごい音がしてたけど……失礼しまーす」

神乃提督がおそるおそる扉を開けると、そこには暗い部屋の中でツリーに押し潰されている二人と扶桑の姿があった。

提督「これは……謀反でも起きたんですかね」

・・・・

窓位「あたた……すまないね。いきなりこんな情けない姿を見せてしまうとは。ボクは窓位。さっき倒れてたのが山城で、こっちが扶桑。よろしくね」

提督「神乃です。お世話になります(子供の提督? そういうのもあるのか)」

背伸びしてツリーの天辺に腕を伸ばす扶桑。手には星型の飾りが握られている。

扶桑「ううん……もうちょっとで届きそうなんだけど」

山城「姉さま! 頑張って。あと少しです!」

窓位「……挨拶したばかりで済まないんだけど、ちょっと作戦会議に出なきゃいけなくてね。悪いんだけど、部屋で過ごしていてもらえると助かるな。
えっと……今非番なのは吹雪がいるか。あっ、ちょうど良い所に。おーい。お客さんに部屋の案内を頼みたいんだけど、いいかな」

開いたままの扉から偶然吹雪が通りかかるのを見かけた窓位大将は、彼女に声をかけて呼び止めた。

吹雪「はい。お任せください……って、舞風?」

舞風「んにゃ。おおっ! ブッキー、久しぶりじゃーん」

提督「知り合い? 随分仲良さそうだけど」

舞風「ノンノン! そんなドライな関係じゃなくて、マブのダチですよ。えーっと、十四年? 十五? そのぐらい前に私もここ舞鶴鎮守府に所属してまして。
なんでかあの頃のことを思い出そうとすると、何かを忘れてるような感じがするんだけどね〜……。物忘れなんて滅多にしないはずなんだけどなあ」

提督「大丈夫だよ。俺も小学校の頃の担任の名前とか覚えてないしね」

五月雨(それはロクに通ってなかったから覚えてないだけなのでは……)

吹雪「こんな形で会うなんて、奇遇ですね! 元気にしてましたか? って、あ……そうだ。部屋の案内を頼まれていたんでした。えっと、場所は一階なんですけど……」

吹雪は神乃提督たちを連れて執務室を出ていった。

窓位「さて! ボクたちもそろそろ行こうか? ……って、一体全体どうしたの?」

ツリーにモールで括りつけられている山城。直立のまま両手を広げていて磔にされているようだった。

山城「うう……どうして……? 私はただツリーを飾りつけしようとしただけなのに……」

窓位「今解くから、ちょっと待って。あ、いや、動かないで。そう、そう、落ち着いて……腕をゆっくり! ゆっくり降ろして……。
艤装があるからね、注意して。そう、いいよ。それでいい……」

獰猛な獣を宥めるように、ジェスチャー混じりに少しずつ山城を誘導する窓位大将。

窓位「ほらっ! よく出来ました。行こっ」

山城「手なんて握らなくても、自分で歩けますから。……もう」

口ではそう言いながらも、差し出された手を拒まずに優しく握る山城。
山城の頬がうっすらと赤く染まっている様子を見て、扶桑は静かに微笑んでいた。

・・・・

吹雪からの案内を受けてそれぞれの部屋に荷物を置いた後、客間で寛ぎながら談笑する一同。

五月雨「クリスマスかあ……。ラバウルに帰ったら、私たちもツリーを飾ってみましょうか」

如月「いいわね〜。ケーキをお腹いっぱい食べて、キャンドルを灯して、まだ見ぬ素敵なダーリンと夜が明けるまでお話して、手を繋いで一緒に眠るの……」

夕張「いやいや、皆で過ごす話だからこれ。妄想し過ぎだから」
904 :【94/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 16:21:23.85 ID:EGTLO2bo0
五月雨「そういえば、さっき扶桑さんと山城さんが取りつけてた、ツリーのてっぺんにあるお星さまってなんて名前なんでしょうね」

提督「一般的に星のあれとして知られてるやつは、特にこれといった名前はないんだけど……強いて言うなら星型の飾りかな。
ただ、元ネタはあってね。“ベツレヘムの星”って言うんだけど。クリスマスがキリストの誕生を祝う日、っていうのは知ってるよね?」

問いかけに対し意外と反応が悪いことに困惑する提督を、夕張がフォローする。

夕張「私は知ってるけど……(漫画から得た知識)、他の子は知らないかもね」

提督「うーん、そうだな。お釈迦様みたいな? ……とか、本当は簡単な言葉で説明すべきでもないんだけどな、ん〜。
いやでも、クリスマスって本来キリスト教の祭りだからなあ。原義を知らずに祝うのも間違っているのではないだろうか。
そうなると……一から教えることになってしまうが、俺も信仰しているわけではないからなあ。どうしたもんか」

夕張「まあ、アレよね。すっごく昔に生まれた偉い人、みたいな」

提督「ものすご〜くざっくり説明するとそうなるね。偉いっていうより……まあここでは省くけど、興味があったら今度教えるよ。
クリスマスってのは本来、そのキリストさんが生まれたことをお祝いする日なんだよ。で、ツリーの星についての話に戻るんだけど」

提督「キリストさんが誕生した直後、西の空に誰も見たことないようなお星様が輝いていたんだってさ。
それを見た“東方の三賢者”なんていう大層な肩書きの三人組は、お星様に導かれてキリストさんの所まで辿り着き、生まれたことを祝福したんだって。
で、その生まれ故郷の名前がベツレヘム。ツリーの頂上に飾る星はこれに因んだものなんだよ」

紙芝居を読み聞かせるような調子で説明する提督。

夕張「へぇ〜……。提督、あなた妙なところで博識なのね」

提督「ふっふ。趣味さ」

・・・・

その日の打ち合わせが全て終わってしまい、暇を潰すべく散歩していた提督。
朝は比較的太陽が照っていたが、昼を過ぎる頃には曇り空に変わっていて、乾いた風が吹いている。
提督は両手をコートのポケットに突っ込んだまま歩き、五月雨はそれを見て行儀が悪いと思いながらも指摘はせずに並んで歩く。

提督「なんだ……ここは」

五月雨「一見すると公園、のようですが……」

仮にも軍の私有地にも関わらずブランコやシーソー、雲梯や砂場のある公園を二人は発見する。

提督「なるほど。敷地が広いとこういう使い方もありなんだな。ちょっと遊んでいこうか」

五月雨「いいですね。私、公園で遊ぶのって初めてなんです! どれから遊ぼうかな〜……あ、この遊具ってなんですか?」

提督「これは回転式のジャングルジムだね。登ったりぶら下がったりして遊ぶんだ。ほら、掴んで登ってごらん」

スイスイと金属のパイプを掴んでよじ登り、すぐに頂上まで辿り着く五月雨。

五月雨「おぉ〜……言われてみれば、そこはかとなくジャングルな感じがします」

提督「で、こんな風に回して遊ぶ」

五月雨「へっ? ……きゃ〜!」

五月雨が悲鳴のような声を上げているが、これはどちらかと言えば歓喜の興奮によるものだった。
ジャングルジムはグルングルンと勢いよく回転し、動きが止まれば「もう一回! もう一回!」と五月雨が提督にせがむ。

提督「もういいかな……回すの疲れちゃった」

五月雨「え〜! そんなぁ……。じゃあ、今度は私が提督のことを回してあげますね♪」

提督「(経験上なんとなく嫌な予感がするな……)う〜ん、遠慮しておこうかな」 音を立てず後ずさりする

五月雨「まあまあそう言わず。ほら、入って入って。行きますよ〜……」

半ば強引に提督をジャングルジムに押し込めると、五月雨は金属パイプが千切れんばかりの怪力で高速回転を起こす。

提督「うおおおおっ!? 予想してたけどぉぉぉおおお!!」

回転が止まった後、提督は床を這うようにしてジャングルジムから脱出し、そのまま土の上で仰向けに倒れてしまう。

五月雨「楽しかったですか? 思いっきり回してみたんですけど」

提督「死……死……しぬ……」

陸の上に打ち上げられた小魚のように小さく震えている提督。どうにも失神一歩手前だったらしい。

・・・・

五月雨「さっきは本っ当にごめんなさい! 初めての体験ではしゃいじゃって……」

提督「いや、いいよ。楽しんでもらえたなら何よりだ」

二人はベンチに座っていた。遊具で遊んでいた時は体が温まっていたから平気だったものの、この日は風が強く冷え込む日だった。
急に寒さを感じた二人は身を寄せ合ってなるべく熱が逃げないようにしている。
905 :【95/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 16:52:59.17 ID:EGTLO2bo0
提督「そろそろ帰ろうか。寒いしね」

ふと五月雨が空を見上げると、白く柔らかな雪が降り始める。

五月雨「あ……雪、ですね。もうちょっとだけこうしていて良いですか?」

提督「いいよ。雪を生で見たのも初めてなんだろう」

五月雨「はい。あの……寒いでしょう? これ、一緒に巻いたらあったかいですよ」

自分が巻いているベージュのマフラーを、二人で巻けるように提督の首に回す。

提督「なんだか照れくさいなあ。でも、ありがとう。温かいよ」

風の勢いが少し弱まって、はらはらと落ちていく粉雪。二人の白い吐息がふわふわと空を漂う。

五月雨「なんとなく皆には内緒にしておこうと思ったんですけど……。前に提督が言ってた、ベツレヘムの星を……見たことがあるかもしれないんです」

ぽつりと前触れもなく五月雨がこぼす。知的好奇心をそそられたのか、興味ありげな様子の提督。

提督「へぇ〜! 諸説あるみたいで、星の正体が何かは今でも分かってないそうだけど……どんな星を見たの?」

五月雨「その日はたまたま一人で過ごしていたんですけど……夜なのに虹が出ていて、とっても素敵な景色だったんです。
こんな偶然滅多にないからってずっと眺めていたら、西の空に昇ったお月様の傍を、かするようにして流れ星が通り過ぎるのを見たんです」

五月雨「私、お願い事をすることすら忘れちゃって、見惚れていたんです」

珍しくおずおずとした喋り口調の五月雨に違和感を覚えながらも質問する提督。

提督「その流れ星は、白い尾を引いていたものではなかったのかい? それか、火の玉のように明るいものだった? 他に特徴はあるかな」

五月雨「彗星ではなかったです。火の玉ってほどじゃなかったですけど……月の次ぐらいに明るかったですね。形も不思議で。バッテンと十字を重ねたみたいな……」

提督「おお……それ、ひょっとすると本物かもしれないね。ベツレヘムの星っていうのは八芒星なんだ。
普通は星がそんな見え方をすることはないはずなんだけどね。それに、そんなに明るい流れ星があったらニュースにもなってそうだけど……」

五月雨「夜に虹を見たなんて話も、米印の流れ星を見たっていう話も、誰からも聞いたことないんですよね。現地のニュースにもなっていなかったと思います。
……この星を見た後に、私は提督のことを夢で見るようになったんです。だから、私はこれを予兆だったんだなって思って」

提督「予兆?」

五月雨の方を見つめて不思議そうに尋ねる提督。五月雨は提督の方に振り向くことはなく、ただ雪の降る空をじっと見ていた。

五月雨「夢の中で提督をずっと見ていて……ダメな所とかカッコ悪い所もあるけれど、それを踏まえても尊敬できる人だなって感じたんです。
宗教の話とかはよく分かんないですけど……。前も言ったみたいに、提督みたいな人にだったら……自分の運命を委ねてもいいと思えたんです」

空を切るような歯擦音混じりの溜息を吐き、湿っていく地面を見下ろす提督。吐いた息は雪に紛れるようにすぐに消えてしまった。

提督「自分の運命なんて大事なものを他人に委ねるもんじゃないさ。……それじゃあまるで、俺は悪魔みたいな存在じゃないか。
いいかい。俺は俺で、君は君だ。俺は……例えそれが人間社会の正しいあり方だったとしても、人から何かを奪う人間にはなりたくないんだ」

寒さのせいなのか本心の言葉だったからなのか、声が震える理由は提督自身にも分からなかった。
ただ、意図せず五月雨のことを突き放すような言葉が口から零れたことに、心臓が冷たくなるような感覚がした。

五月雨「ううん、提督は悪魔なんかじゃないですよ。だって……」

凍りついたように冷たくなった提督の手を取って、包み込むように自分の両手で温める五月雨。

五月雨「提督といると……胸の内が熱くなって、こんなに体がぽかぽかするんですもの」

赤ら顔で微笑みを向ける五月雨を見つめ返そうとした提督だが、数秒と持たず俯いてしまう。
表情を五月雨の側からは伺うことは出来なかったが、頬が薄い紅色に変わっていくのが分かった。

五月雨「おかしいですよね。最初は憧れや興味だけで会ってみたいって気持ちだけだったのに……。
いざこうして一緒に時間を過ごしていたら、それ以外の気持ちで心がいっぱいになっちゃったんです」

提督「五月雨、俺は……。……ずっとここには残れないよ」

五月雨「ええ。無理矢理連れ出した私に『行かないで』なんて言えませんから。提督がどういう選択を取ってもいいんです。
その時が来たら、お別れでも……。残念ですけど、仕方ないって納得できます。ただ、私はそれでも伝えたかったんです」

それは、五月雨自身この時になるまで自覚していなかった感情だった。
心臓の鼓動が高まって、息が詰まりそうになる。
寒さなんて気にならなくなるほどに、身体中から熱を感じる。

五月雨「提督のことが……大好きです、って」

不思議と熱は収まらず、それどころか更に高まっていくような錯覚を覚える。
ただ、緊張から解放されたのか胸の鼓動は少しだけ落ち着いていく。
安らぎと高揚が入り混じった不思議な心境だったが、それすらも五月雨には心地よいものに感じられた。

五月雨「えへへ……ついに、言っちゃいました。伝えられてよかったです。部屋に帰りましょうか。もし良かったら……手を繋いで」

ベンチから立ち上がった五月雨は、提督に向かって手を差し伸べる。
提督はその手を取り並んで歩き出した。
906 :【96/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 17:20:40.36 ID:EGTLO2bo0
舞鶴鎮守府を発つ日が間近に迫ったある日、提督は荷支度をしていたが、ある問題に直面していた。

提督「荷物が多すぎるんだよねこれ……。設計図とか資料とかだけ予め鎮守府に送っちゃいたいんだよなあ。
俺が居ない間に執務をやってもらってる大淀の助けにもなるだろうし……」

五月雨「そうですね……。役に立ちそうなものをなんでもかんでも貰って回ってたら収集つかなくなっちゃいましたね」

二人が顔を見合わせてどうしようかと考え込んでいると、バタンと扉が開く音とともに、とてとてと裸足の艦娘たちが乱入してくる。

伊401「段ボールだらけですね〜……これは確かに窓位提督の言っていた通りかも」

伊168「これからラバウル方面に出撃するの。ついでだから運んでいっちゃおうと思って。
あ、私たちは潜水艦なんだけど……荷物まではびしょ濡れにならないから安心してね」

伊14「よぉーし。じゃんじゃん持って行っちゃお? あ、他に持っていって欲しい資料とかあったら今のうちに用意しちゃいなよ?
資料室には結構参考になる本とかあると思うし、見てきたら? それも一緒に持ってってあげるから」

ドタドタと部屋を歩き回る潜水艦たちに追い出される形で提督は資料室を訪れた。

提督(資料といっても辞典や図鑑よりも分厚いからね。持って行ってくれるのは助かるんだけど……なんていうかその。
スク水を着た少女が部屋を歩き回ってるってのはなかなか異様な光景になるんだなあ)

部屋のどこからか話し声がするようだ。

??「私が思うに……“後ろの正面”とは、自分自身を指しているのだろう。ここも解釈が複数取れる箇所ではあるが……。
自身の肉体から離脱した魂は、己という存在と真に同一なのか……と。まあこれも今となっては真実を知る術はないんだろうが」

若い少年の声だった。ただ、窓位提督のものとも声質が微妙に違っていた。

??「我々が世界と思い込んでいるものは、人間の認識によって成り立っている。だが、実際は異なる。
人間の認識の上では、不可視非実体だったとしても……完全な無であるとは言い切れない」

??「月は人を狂わせる……その俗説を信じるならば。
己の存在を自分自身で認識できなくなり、消滅するという災厄を告げているのかもしれないな。
あの歌と例の一件との相関は、こんなところだと思っている」

??「色は空、空は色……畢竟個々人の認識次第で世界は形を変えるのだろう。……おや、初めまして」

神乃提督の気配に気づくと、少年はパタンと本を閉じて立ち上がり、恭しく敬礼する。
見た目は十歳以下といったところだが、白煙のような髪の色と落ち着き払った態度はとても子供のものとは思えなかった。
彼の隣の席には秋月という艦娘が座っていた。

涼金「私の名は涼金凛斗。窓位提督と違って見た目通りの年齢だ。少しわけありで鎮守府内をうろついているが、あまり気にせんでくれ」

提督(気にしないでくれって言われても、厨二センサーにビンビン引っかかる話題だったからすごい気になるんだよな〜……)

涼金という名前を聞いて、思い出したように口を開く提督。

提督「涼金……そうだ。柱島泊地の乙川中将って方から言伝をもらっていて。
『便りのないのはよい便りと言うけれど、たまには遊びに帰っておいで』だそうで。あ、俺の名前は神乃っていうんだけど」

秋月「乙川中将が? わざわざ伝えてくれてありがとうございます。
凛斗さん。冬休みはいつぐらいから始まるんでしたっけ。年末年始は柱島に帰って過ごしませんか?」

涼金「うろ覚えだが、遅くとも二十三だか四だかには。そうだな。半年ほど過ごして感じたが、あそこはとても居心地がいい」

秋月「秋月にとって、あそこは故郷のようなものですから。ここも過ごしやすくはあるんですけどね」

涼金「にしても……便宜上それが必要なのは理解しているが、この歳で小学校に通うというのはどうにも不服だな。
……っと、話し込んでしまって済まない。他に何か用件か?」

提督「さっき話してたことが気にな……」

舞風「おーい、て〜とくぅ! 明日の出発について聞きたいんだけど〜……って、おろ」

部屋に入ってきた舞風の声で提督の発言は掻き消されてしまう。

舞風「お? 秋月発見! これまた懐かしい顔に会ったねえ〜……どう? 元気してた?」

秋月「はい! お久しぶりですね。また会えて嬉しいです」

少年と目が合って不思議そうな顔をする舞風。

涼金(まさか吹雪だけでなく舞風にも会えるとはな……。秋月のことは覚えていても私のことは忘れたようだが、元気そうで良かったな)

舞風「んにゃ。そこの少年……さてはどっかで会ったことある? なわけないか。けど、その見た目で白髪なんてどうしたの?
意外と苦労人さんなのかな〜? どれ、お姉さんがナデナデしてしんぜよう」

強引に少年の頭を撫でる舞風。

涼金「う〜……鬱陶しい、やめないか。秋月もニコニコ笑っていないで止めたらどうだ」

提督(うーん、さっきの話が気になるんだけどなあ……)

結局、神乃提督は涼金少年から話を聞き出すことが出来ないまま横須賀へ向かうこととなった。
907 :【97/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 17:48:59.49 ID:EGTLO2bo0
神乃提督たちが横須賀に着いた日は、大気が激しく冷え込んだ大雪の日だった。
外に出ることはおろか廊下を出歩くことさえ憚られるほど寒い気温の中、一行は第二執務室に案内された。

蒔絵「ようこそ。こんなに寒い日に働くなんて馬鹿げていますからね。今日の仕事はお休みです。
代わりと言ってはなんですが……一杯どうでしょう? お代は貰いませんからご安心を。趣味の一環です」

提督、五月雨、夕張、舞風、如月の順でバーカウンター前の椅子に横並びで座っている。
暖炉からパチパチと薪の燃える音がする。壁面には絵画がいくつか飾られていた。
どれも写実的ながらどこか幻想的な雰囲気を醸し出している風景画で、神乃提督たちの目を惹いた。

提督「人数が人数なんで、お任せで。飲めない人は居ないからその点は大丈夫です」

蒔絵「畏まりました。随分遠くから来たそうですね。ラバウルから来て、柱島・呉・舞鶴……で、ここと。長旅で疲れたでしょう」

舞風「正直ここが最後でほっとしたよね……。これ以上はもう回れそうもないかも……」

蒔絵「もしよかったら、温泉で旅の疲れを取ると良いでしょう。岩盤をぶち抜いて無理矢理作った大浴場がありましてね」

夕張「随分物騒なやり方なのね……。壁に掛かっている絵は誰が描いたものなのかしら? どれもすごく綺麗だけど」

五月雨「私はあの絵が好きですね。夕焼け空に桜の花が舞っているあの絵です」 絵を指さす

蒔絵「ああ……全部自分が描いたものです。現実の景色でありながら、どこか現実離れした感覚にさせられる……。
そんな虚実皮膜の色彩や情景を描くのが好きでして。これも趣味の一つなんですけど」

如月「趣味にしておくのは勿体ないぐらい良い絵だと思うんですけどね……。個展とかは開かれないんですか?」

蒔絵「今のところはないですね。鎮守府の内輪ノリでちょこちょこやってはいますが……まあ、気になるようでしたらアトリエの部屋も明日紹介しましょうか」

提督「是非お願いしたいですね。視察そっちのけになっちゃいそうですが」

蒔絵「ははは。……さて、春雨。用意を」

蒔絵大将が呼びかけると、メイド服を着た春雨がトレイに乗ったカクテルを配って回る。

・・・・

提督「うーん、俺以外みんな寝落ちしてしまうとは……。俺ももう一杯貰ったら寝よう。ボヘミアン・ドリームを」

カウンター前には提督と五月雨だけが座っていて、五月雨はくぅくぅと寝息を立てている。

蒔絵「随分飲まれますね。お酒は得意な方で?」

提督「ああいや……そうでもないんだけど、ちょっと悩み事があって。……って、いけない。上官相手にタメ口を……」

蒔絵「いいですよ。今は気にしないでください。それより、悩みとは?」

提督「森鴎外の『舞姫』はご存知ですか? まあ……概ねあれと同じです。一時の感情と、現実との狭間で揺れていまして。
元のあるべき場所へ帰るか、あるいは……といったところで。自分でも情けない男だと思いますよ、俺は」

提督「親父の保険金で経済的には困ってないんだろうが……お袋は脚が不自由で買い物にも難儀してるんだ。
いずれはボケて入院もするかもしれない。そう考えたら、ここに残るのは無責任なのかもな……って。
向こうに居た時はろくすっぽ相手にしていなかったのにな。人でなしが今更何を……とは自分でも思うが」

蒔絵大将は、敢えて口を挟まずにどこまで吐き出すか経過を観察していることにした。

提督「あの……酔っ払いの戯言だと思ってもらって構わないんですけど。
ここは俺にとって、すごく居心地がよくて、何不自由なく生きていける場所なんです。でも……ここはあくまで幻想の中。
俺にとっての現実は……外で吹雪いている大雪よりも寒く、孤独で、息苦しい」

提督「誰一人として、本当の心で人間と向き合うことが出来ない。前提に疑念があって……それを持たない人間は騙される。
建前・虚飾・お為ごかし……そんなことばかりだ。耳触りの良い言葉は全部嘘で、口汚い罵声や憎悪の中で生まれる言葉だけが真実。
何のためかも分からずに金を稼いで、何も成せずに時が過ぎる……地獄の底だ。それでも俺は……あちら側の人間だ」

神乃提督の目は既に虚ろで、視点が定まっていなかった。だが、その眼にはどことなく力が宿っているようにも見られた。
普段の声のトーンよりも低めの、少し擦れたハスキーな声で語る神乃提督。

提督「普通に考えればここに残った方がいい。そんなことは分かっているんだ。ただ……。
俺の生まれた側に、隣にいる五月雨のような人間が生まれていたら……きっと踏み躙られていたんだろうと思うよ。
その事を考えると無性に腹が立って許せなくなる。だからせめて……」

提督「少しでも……少しでも良い世の中にしたい。未来に生まれてきた世代に、業を背負わせないように。
もうこれ以上醜いものと対峙しなくても済むように。だから帰るんだ。俺に何が出来るのかは分からないが……それでも」

それからしばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、突っ伏して眠りに落ちてしまう。

蒔絵「……抱えている闇が深いようですねぇ。他人事だからどうとも言えませんが。後で二人を寝室に運んであげましょう。今日は店じまいですね」

二人にブランケットをかける蒔絵大将。

春雨「私は……自分の心に正直になった方が良いと思うんですけどね。理想や使命感で押し固めても、結局のところ本心には勝てませんから。
……にしても、不思議な感じがしますね。向こうの世界の五月雨とは面識があるのに、こっちの世界の五月雨とは面識がないから」

蒔絵「春雨は……いいえ、聞くのは野暮ですね。選んだ結果、ここに居るんでしょうから」
908 :【98/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 18:12:04.32 ID:EGTLO2bo0
春雨「どっちが真実で、どっちが嘘かなんて関係なくて……自分の心が信じる道を進めばいいと思うんです。
それが後から振り返って間違っていたとしても、自分の決めた選択なら後悔はしないと思うんです」

春雨「春雨にとっては……最終的に、司令官の居る場所が正解だったんです。間違いだらけの道だったかもしれないですけど……。
最後に辿り着いたのが、司令官の隣だったんだと思います。迷ったり間違ったりしたからこそ、今の幸せがあるのかな、って」

蒔絵「振った自分が悪いとは思いますが、重たい話はやめましょうか。辛気臭いですからねぇ。
いや〜……それにしても春雨のメイド衣装は似合ってますねぇ。眼福ですよ。お酒のつまみにちょうどいい」

神乃提督が飲み残したボヘミアン・ドリームを一気飲みすると、春雨が自分の方を観察するように見ていたことに気づく蒔絵大将。

蒔絵「ん? どうしたんでしょう」

春雨「他の子には内緒にしておいて欲しいんですけど……。実は私、喉仏フェチなんですよね。出っ張ってるのがイイ、っていうか……」

蒔絵「んー……それはちょっと分かんないな。まあ気に入ってもらえてるようなら良いんですけども」

喋りながら片づけを進める二人。阿吽の呼吸で作業は進んでいき、十分もすると洗い物や掃除も終わってしまった。

・・・・

明朝。辺り一面雪まみれで、鎮守府内のどこに向かおうとしても雪に足を取られてしまう。

提督「昨日は酔った勢いで管を巻いてしまって……申し訳ありません。どうにも少し度が過ぎたなと……」

蒔絵「いえいえ、全然平気ですって。それより、雪かきを手伝ってもらえませんか?
工廠やドッグへの道が雪で埋もれてしまいまして、案内しようにも出来ないのですよ」

提督「あ、はい。もちろん」

蒔絵「じゃあ、我々はこっちの方をやるので……夕張さん、如月さん、舞風さんのお三方にはあちらを。
神乃提督と五月雨さんにはあの辺をやってもらいましょうか。お願いしますね」

・・・・

提督「いや〜……本当に寒いね。夜になったら温泉があるって考えたら頑張る気になれるけど。
ハハ……たった二週間弱の出来事で、もうすぐ慣れ親しんだラバウルに帰れるはずなのにさ。なんだかすごく長い間旅をしていた気分だよ」

提督「帰ったらすぐにクリスマスかな。灼熱の太陽の下でクリスマスなんて全然想像つかないけど。皆とお祝い出来たら楽しいだろうなあって思うよ」

和やかな提督の語調に対して、少し陰りのある顔つきの五月雨。

五月雨「提督……あの。……もうすぐ、タイムリミットだって言ったらどうしますか?」

提督「え……? それってどういうことかな? 戻る方法はまだ見つかってないんじゃなかったっけ」

五月雨「提督は一度、帰れるチャンスがあったはずですよね? でも……そうはしなかった。それだけ現実の世界に戻るのが嫌だったんですよね」

提督「黙っていたけど……そうだよ。あの時はそうだ」

五月雨「あの晩の後も、何度か扉は用意されていたんです。扉の現れる晩の兆しは、なんとなく事前に感じるんです。
これまでは帰って欲しくないから言わなかったんですけど。けれど……そういうわけにも行かなくなってしまいました」

五月雨「五日後です。ちょうどラバウルに戻って一日目の夜になるでしょうか。……それが最後のチャンスです。
それを逃したらもう戻ることは出来ないし、戻ったら最後、もうここには来れなくなってしまうでしょう」

提督「そう……。……本当に、選ぶしかないんだね」

五月雨「やっぱり、提督を連れてきたのは無理があったみたいで……二つに一つ、しかないんです」

スコップをその場に突き刺すと、退かした雪山の上に座ってうなだれる提督。

提督「そっか……そうだよな。気づかないフリをしていただけで、俺自身そんな予感がしていたよ。
いつまでもこうしちゃいられないってな。楽しい夢も、いつかは醒める……」

提督「分かっていたよ。分かっていた……」

深く、深く、大きな溜息を一度吐いてから、意を決したように姿勢よく腰を上げて、五月雨と向かい合う。

提督「五月雨が……現実から連れ出してくれて、本当に良かった。こんなに楽しい数ヶ月間は今まで無かった。
五月雨と出会えて良かった。……ラバウルの皆や、他の鎮守府の人たちと会えて良かった。ありがとう……。本当に、ありがとう」

提督「それでも……やっぱり俺は戻るよ。ここよりは綺麗な世界じゃないかもしれないけれど。
人の心は汚れているかもしれないけれど。……それでも、何もかも悪いことばかりじゃないからさ」

提督「ここで過ごした思い出があれば、頑張れそうな気がするから。少しずつ心に種を撒くんだ……それが実るように。
利益とか、評判とか、そういうもののためじゃなく……人の心を絶やさないために」

五月雨「そう、ですよね……。うん! 提督がそうなら、それでいいんです。
提督の気持ちが聞けて良かったです。五月雨も、応援してます。提督のこと……ずっと」

提督のことを真っすぐ見つめて、にこっと笑う五月雨。いつもと同じ明るい笑顔。
笑顔の裏で悲しんでいるんだろうとは思いながらも、提督はそれに気づかないフリをして「ありがとう」と言った。
909 :【99/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 18:38:07.36 ID:EGTLO2bo0
ラバウルに着いた提督は、旅の荷物の整理を終えると、自分が居なかった間の鎮守府の様子を大淀から聞いていた。
執務室はクリスマス支度の最中なようで、壁や置物にところどころ布が被されていた。

提督「そっか。問題なさそうで良かったよ」

大淀「ええ。敵の強襲なども特になく、穏当に過ごすことが出来ました」

提督(帰って早々、今夜でお別れなんだよな〜……) やや落ち着かない様子で聞いている

大淀「で、報告は終わりなのですが……」

大淀がパッと布を引っ張ると、豪華な飾りつけのツリーや料理の乗ったテーブルが露わになった。
扉の前で待機していた艦娘たちが執務室に入ってきた。

天津風「お帰りなさい。少し早いけど、退職祝いってとこかしら。五月雨から話は聞いてるわ」

クラッカーの音とともに紙吹雪が部屋中に舞い散った。

如月「クリスマスを一緒に過ごせないのは残念だけど……ここでまとめてお祝いしてしまえばいいわよね? ってね」

弥生「五月雨から話を聞いて……提督に感謝の気持ちを伝えたい、って私たちに何が出来るか考えてみたんです」

提督「ありがとう。あー……ちょっと、嬉しすぎて泣きそう。ところで、五月雨は?」

廊下を駆ける音がする。五月雨の足音のようだった。

五月雨「お待たせしましたぁ〜! なんとか間に合ったみたいで良かったです」

息を切らせているエプロン姿の五月雨。エプロンにはクリームや果汁の跡がついていて、ついさっきまで格闘していたことが伺える。
彼女が両手に持っているトレイの上には、ホールのショートケーキが乗っていた。

夕張「まさか当日に即席で用意することになるとは思わなかったけど……。横須賀で間宮さんから借りたレシピが役立ったわね。
スポンジのふわふわ感からクリームの甘味に至るまで、何から何まで計算ずくのショートケーキよ」

五月雨「五月雨、頑張って作りました。ふにゃっ!?」

提督にケーキを見せようと近づいた拍子に、足元に置かれたプレゼント箱につまづいてしまう五月雨。
当然の物理法則かのようにケーキは宙を舞い、提督の顔面に直撃する。
咄嗟の出来事に驚いた提督だったが、「美味しい」の意を込めて親指を立てた。

・・・・

酒を呑み、食事を楽しみ、語らい、……どんちゃん騒ぎの夜を終えて。提督は五月雨の寝室を訪れた。
提督の後に続いて五月雨が部屋に入る。五月雨は思い出したかのようにケースに入ったDVDを提督に手渡した。

五月雨「まさかお別れの日にこれを渡すことになるとは思いませんでしたけど……帰ったら観てください」

五月雨はベッドの上で横になると布団を被った。提督はベッドに座ると外から見える夜空を眺めていた。

提督「ああ、ありがとう。それにしても……すごい恰好になってしまったな」

提督の恰好はスポーツキャップにサングラス、ネックレスに指輪と奇抜なものになっていた。
これらは「かさばる物や食べ物は持っていくのに難儀するだろうから」という艦娘たちの配慮によってプレゼントされたものだった。

五月雨「提督。……提督と一緒に過ごせて、楽しかったですよ」

提督「俺もだ」

五月雨「五月雨は……提督のこと。大好きですよ」

長旅の疲れが溜まっている中、ラバウルに着いたら朝からケーキ作りをし、そこから夜までパーティーを楽しんでいた五月雨。
出来るだけ長く提督とこの時間を一緒に過ごしたいとは思うものの、睡魔には抗えず五分と持たず眠りに落ちてしまう。

提督(『俺もだよ』……なんて、言うわけにもいかないしなあ)

提督「さようなら。ありがとう」

提督は、眠る五月雨の頬にそっとキスをすると、現れた扉を押し開けて中に消えて行った。

・・・・

神乃「はぁ〜あ。帰ってきてしまったな」

侘びしさの漂う静かな部屋。一人暮らし用の、執務室よりもはるかに狭い部屋であるにも関わらず、神乃にはひどく広い空間に感じられた。
スマートフォンを充電して日付を確認すると、五月雨たちと過ごしていた数ヶ月分の時間が経過していたらしかった。
その間に着信があった履歴はなく、メールの類も届いていないようだ。

神乃「とりあえず掃除だな。それから、お袋に会いに行って、親父の墓参り。他のことはそれから考えよう」

五月雨と最初に会った時にこぼしたカップラーメンはそのまま放置されていて、乾いた麺のカスやスープのシミは床と一体化しているようだった。

神乃(こりゃ引っ越したら敷金は帰ってこないな……)

雑巾を濡らして床拭きをする。
引き籠もっている時はそんなことは微塵も思わなかったはずなのに、埃っぽい部屋だなあと神乃は感じていた。
910 :【100/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2018/01/07(日) 18:56:54.44 ID:EGTLO2bo0
上着をハンガーにかけて、ソファに腰かける神乃。就職面接の帰りだった。
電気ケトルのスイッチを入れ、コンビニで買ってきたカップラーメンを袋から取り出す。

神乃「まさかその場で採用されるなんてなぁ。ま……実際にこの目で見ても良いと環境だとは思った。ツイてる、と考えていいのかな」

神乃が受けた企業はコンシューマーゲームを作っている会社で、前職に比べれば給料は雀の涙に等しかった。
曰く「大コケしてソーシャルから撤退した」だそうで、ゲーム事業の規模は年々縮小していっているようだ。

神乃「思えば子供の頃からゲームっ子だったもんなあ。これも何かの因果というもんなのか」

面接では「田園風景や山村よりもむしろ16色のドット絵に懐かしさを感じる」「義務教育よりもゲームや漫画から学んだことの方が多い」
「ゲームに限らず遊びというのは現実逃避のための手段ではなく、こんなご時世でも希望や理想を描く意志を育むための救い」
と、常人からすれば社会不適合者の烙印を押されかねない問題発言を連発していた神乃であったが、それが逆に響いたのかその場で採用と相成った。

神乃「はあ。お袋も案外元気そうだったし……ようやくこっちでもなんとかやっていけそうだな」

カップラーメンを啜りながら、五月雨から渡されたDVDケースを手に取る神乃。観ようと思えばいつでも観れたのだが、なんとなく放置したまま一ヶ月が経過していた。

神乃「これ見たら絶対色々思い出すよな〜……。未練がましいけど、そう簡単に割り切れるもんでもないんだよなあ」

カップラーメンを置いて、アルコール度数の高い缶チューハイを冷蔵庫から取り出す。それをグビッと一口飲んでから、ディスクを再生機器に挿入した。

・・・・

観た。

映像の内容は、五月雨たちが鎮守府について自ら説明するというものだった。
ところどころ内輪ネタと思しき箇所があったり、原稿を読み上げながら自分で笑ってしまったりと、映像作品としては失格の出来なのだろう。
だが……それが愉快で面白くもあり、懐かしくもある。そして、もう決して手の届かない場所なのだと思うと、涙を堪えずにはいられなかった。

自分の選択に後悔はない。覚悟の上だった。しかし……もう一度彼女たちに会えたのなら、どれだけ心が満たされるだろう。
分かっていても、再会を願わずには居られなかった。それが何への祈りなのかは自分でも分からないが、祈らずには居られなかった。

・・・・

神乃が働き始めてから何ヶ月が経つ。途中参加ではあったものの、懸命に働いてプロジェクトに貢献していった。
人間関係も前職よりは円滑で、神乃自身、働き甲斐を感じていたようだった。

神乃「デバッグして欲しい? もうバグはあまり残ってないって言ってませんでしたっけ」

プログラマーの報告を聞きながらメモを取る神乃。

神乃「ふんふん。プログラム上設定していない位置に、存在しないはずの扉が見つかったと。で、その扉は決して開かず意図が分からない。
デバッガーからの報告を聞いてもあったり無かったりまちまちで出現条件が分からない……か。なるほど、演出周りの設定が何か悪さしてるんですかね」

神乃「なんにせよ、本当にそんなバグがあるのかどうかさえ疑問ですね。ちょっとオカルトめいてるし。分かった、調べてみます」

VRヘッドマウントディスプレイを装着して、開発中ソフトのデバッグを始める神乃。
このゲームは、異なる時代・舞台で展開するシナリオをそれぞれのキャラクターでロールプレイするという(どこかで聞いたことのある)内容のもので、
作中のアイデアは少なからず神乃が発案したものも含まれていた。

神乃「これは……」

見覚えのある扉だった。神乃が近づくと、扉が開いてそのまま中に吸い込まれてしまう。

・・・・

それは夢にまで見た景色だった。暑い太陽の熱気が身を包んで、それを和らげるように涼しい風が吹き抜けていく。
常夏の青い空に伸びる白い入道雲。ダイヤモンドのようにキラキラと光る海。澄んだ空気。そして……何より記憶に残っているのはこの執務室だった。

五月雨「提督! お帰りなさい……」

駆け寄って強く提督を抱き締める五月雨。戸惑いながら、その感触を確かめるように身を寄せる提督。
五月雨の、陽だまりのようなぽかぽかした温もりが伝わってくる。触れ合える。確かな実感がそこにあった。

五月雨「色んな人に協力してもらって……やっと完成したんです。提督が、私たちと会うための……。
そして私が、提督に会いにいくための扉です。次元の壁を超えるんです」

提督がやってきた扉は、消えることなく室内に残っていた。

提督「ずっと、望み続けてはいたけれど。まさか本当に会える日が来るなんて……。嬉しいよ、すごく」

五月雨「これからは、ずっと一緒にいられるんですよ。大丈夫です。まだ提督としての籍は残ってますから」

壁にかかっていた制帽を提督に渡す五月雨。提督はそれを受け取って被った。

提督「そっか。ああ、じゃあ……俺の気持ちを言ったことがなかったね」

五月雨は緊張とともに唾を飲み込んだ。なんだかいつになく真面目な表情をして提督をじっと見つめている。

提督「……もう躊躇わない。好きだよ、五月雨。ありがとう」

小さな体を抱き締める。五月雨の安堵した笑い声が聞こえる。何気ない、しかしそれでいてかけがえのない日々の記憶が蘇る。
現実も架空も関係なく、今まで五月雨と過ごしてきた日常は、自分の中で紛れもない真実だった。
提督は、この時になってようやくそれを悟ったのだった。
911 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2018/01/07(日) 18:58:02.24 ID:EGTLO2bo0
以上でございます。お付き合いありがとうございました。
最後なんで頑張ったつもりです。楽しんでもらえたなら幸いです。
めっちゃ時間がかかってしまってすみませんが、なんとか完結させることが出来てよかったです。

例によって下のやつはおまけです。



////チラシの裏////
あんまりイチャイチャしねえっすとかほざいてましたがウソになりましたすんません。
まあ最後だしこのぐらいはね……(?)

あえてタロットの話を書いてなかったんで最初にそれから入りますか。おまけ要素なんですけどね。
正位置:才能・可能性・創造性・スタート
逆位置:無気力・スランプ・非現実的・無計画
そんな意味合いを持つ魔術師のカードなのでした。
バックボーンとしては頷ける感じの話になりましたね。



【キャラなど】
・五月雨
五月雨提督って……偏見なんすけど、愛が深すぎるやばい人みたいなの多いじゃないですか
(馬鹿にしているのではなくリスペクトの意味で「やばい」と表記しています)。
そのお眼鏡にかなう出来のものが描けるのかな〜……みたいな不安があったんすけれども。

キャラ像的に、あんまり恋愛的な方向にグイグイ行く感じじゃないんでどうしようかとは思ったんですけど。
ただ、提督の手を引っ張って楽しそうな方向へあっちゃこっちゃ行くイメージは強かったので結構アグレッシブな感じになっています。
思ったことをストレートに伝えられる、子供の無邪気さみたいなとこが根幹にありますね。

・提督
尖ってますね。いろいろな厨二病患者をモデルにして生まれたキメラ的存在です。
単体だとこれまでで一番どうかしてるやつなんですけど、五月雨やラバウルの面々によって中和されている感じですね。
なんちゅうかこう……難儀な性格してますね。気難しい厨二病小僧が大人になるとこんなんなるんかなーみたいなイメージで書きました。

・ほか
ラバウルの艦娘たちはいい感じに南国に適応したような大らかなキャラにしています。アローラの姿……じゃないか。
舞風だけ過去のあるキャラなのでちょっと掘り下げましたがまだ尺が足りてないですね。
他の鎮守府のキャラはあっさり目に書きましたが、これも終盤は単に尺が足りなくなってるだけすね。
まあ尺があったとしても、やっぱり五月雨と提督がメインの話なんでこんなもんでいいかなーと。配分はもうちょい平等に割り振るべきでしたが。



【ストーリーなど】
一つ言っておきたいのですが、筆者は営業職でもなければゲーム業界のゲの字もない業界・業種で働いてますからね。
あと別にリアルもそこまで荒んでないです。そこら辺はあくまでフィクションの表現なのであしからず。

架空と現実を対比するみたいな描写が多いですけど、まあこれは現実は現実でも“作中での”現実なんで、あれです。
そんなに世の中めちゃくちゃなサバイバル世界なわけじゃないですからね。そりゃ二次元の方がハッピーかもしれんけども。
ただ、ラバウルの面々とか他の鎮守府の人たちとか、全体を通じて人間の中にある陽の一面をメインに描いているので、
作中での現実ではそこから離れた人間の……んー、形容しがたい何某かの負の部分をやってみました。

あとは、敵とか出てこない話にしようと思ってたのでこのようになりました。それはそれで不安だったんですけど、まあなんとかなりましたかね。
その……なんか軍記物っぽくゴリゴリした感じで頑張って動かすのはそれ用の世界観が必要っていうか。
増設に次ぐ増設を遂げた今になってバトルをメインにやるとかも展開的にしんどいのでこんな運びです。
お題にホラーって来てたけど同様の理由で難しそうだったのでやめときました。

それから、今作は結構ノリで書きました。ノリでっていうと適当かよみたいに思うかもしんないですけど、そうではなく。
「このキャラだったらこう言うかな」「このキャラがこう言うならこうだな」みたいな連想を無限に繋げてって、
切った貼ったして出来上がった感じですかね。カタい言葉で表現するなら蓋然性のある流れを心がけた、ってとこでしょうか。
ラストはご都合エンドなんですけども、……逆に聞くけど最後の最後で後味悪いの読みたい? 嫌じゃない?



毎回書いてることではありますが艦これ要素ゼロでしたね。
でもこういうの書く人がいてもいいんじゃないかな、二次創作だし。
ってことで4年間ありがとうござ……4年間!? 正気か??
そんなに書いてたんですねー……(厳密には3年と半年程度)。

こんだけ長く続いてると追っかけるのも一苦労だったと思います。
本当にお付き合い頂きありがとうございました!
912 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/08(月) 00:19:47.23 ID:B5K4HNgKO
乙です
913 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/12(金) 18:01:42.87 ID:L5Qzu2qAO

長い間お疲れ様
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