1:名無しNIPPER[saga]
2021/10/05(火) 23:21:26.72 ID:Uccravqu0
ある日、勇者が俺たちの村に来た。
勇者は、【特に用事はないのだけれど、君たちの顔が見たくて来た】という。
村の奴らは、なにが心に響いたのか手を叩いて勇者の下で拝んだ。
だが、勇者の言葉はうそだ。俺にはわかる。
勇者は嘘をつくとき、必ず眉をひそめて小声になるのだ。
勇者が村のやつらと会話するたびに、眉間に寄せられた皺が深くなっていくのが分かる。
まあ、勇者には、どうでもいい話だろうな
しばらくして勇者はすっと背を伸ばして見まわした後、輪から外れてその様子を眺めていた俺と目が合った。
【いたのなら、早く声を掛けてくれないか。わたしはこの人たちに用事はないんだ】
眼から脳内へ響くそのメッセージは非難の色があるように思える。
【君がこないのなら、こいつらを殺す】
俺は唇を噛み締めて、手を振った。
「よう、相変わらずみたいだな」
勇者はひょいと村の輪から抜け出し、俺の前に立つ。
勇者は口元を暗色の布で隠し、狡猾そうな眼は獲物を眇めている、
漆黒のマントで体全体をすっぽり覆い隠し、勇者がどのような体型であるかを判断するかも困難だ。
だが、こんな格好でも勇者は勇者だ。
なぜかって?こいつは、先代の魔王を殺したからだ。
ゆえに勇者だ。人類の敵を殺せば、勇者だ。
だが、この勇者の気性は昔と変わらず、冷酷で優越感にまみれていて
【君こそ、昔と変わらず剣の練習は怠っていないみたいだね】
勇者は俺を嘲る。
【でも、弱いなぁ。不意打ちしたってわたしにすら勝てない】
「そりゃ、そうだ。魔王を殺した化け物と戦う方が間違っている」
【あはは。そうだねえ。魔王を討ち取った勇者にそんなことはしないよね】
すっと懐へ入った勇者は俺の胸板を小突くように見えた、刹那、鉄の砲丸が胸を突き破るような痛みが走った。
声にならない悲鳴を上げる。もうすでに喉は万力のような勇者の手によって、文字通り、閉じられている。
【わたしのお願いを叶えるなら、手を放す。もし、断ったり、次にわたしを馬鹿にしたら殺す】
こいつはまったく容赦がない。
なんとか頷くことで、呼吸が可能になった俺はしばらく咳が止まらなかった。
【わたしの願いは、わたしについてくること。わたしを怒らせないこと。わたしのために動くこと。以上】
本当に嫌だった。特に勇者相手は。
「他の奴に頼めよ」
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2:名無しNIPPER[saga]
2021/10/05(火) 23:25:04.71 ID:Uccravqu0
【君が一番、もう一人のわたしを分かっているから、選んだんだ】
「…まさか勇者が二つ目の人格であることは、まだ秘密なのか?」
【あはは。魔王を殺してからもうほとんどわたしが出ずっぱりだからさ。気づかないんだ。むしろ、こちらが一番目だよ?】
3:名無しNIPPER[saga]
2021/10/10(日) 23:10:46.73 ID:RkVNGFJ20
【出発の時間だ】
勇者は背中越しに、俺とその両親を一瞥した。
「勇者様、うちのバカ息子をよろしくお願いいたします」
4:名無しNIPPER[saga]
2021/10/10(日) 23:31:44.72 ID:RkVNGFJ20
「勇者の目的は、その自分を取り戻すことで合ってるのか?」
【そう、その道中で魔王を殺したり、世界を征服したりするつもりだよ】
世界征服いたっては、マッチポンプと呼んでも差し支えないのではと思ったが、頭を割られそうなので口をつぐんだ。
5:名無しNIPPER[saga]
2021/10/18(月) 22:26:56.52 ID:8Gnm1Jub0
【火よ、罪過を雪ぐために、我が身を焦がさん】
6:名無しNIPPER[saga]
2021/10/18(月) 23:00:22.87 ID:8Gnm1Jub0
勇者はそう唱えると、地面に落ちていた太めに木の枝を掴んで右手を空へと掲げる。
空から一条の虹色の光が射し、その手に直撃する。
手はみるみる焼き焦げて、黒く、肉の焼ける異臭を放つ。同時に枝に火がつく。
7:名無しNIPPER[saga]
2021/10/20(水) 00:27:41.15 ID:XxYmIC1x0
「魔物は、出てこないな。勇者というのが分かるものなのか?」
【高位の魔物ならいざ知らず、この森に棲みついている魔物なら気づかないと思うね。だから、わたしたちに魔物が寄り付かないのは
8:名無しNIPPER[saga]
2021/10/20(水) 00:45:36.19 ID:XxYmIC1x0
火に照らされた勇者の横顔は、悪鬼のようだ。
【この森の魔物たちにとって、恐ろしいことが起きたのさ。それも人によるものだ】
「なんだか、楽しそうだな」
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