勇者になれなかった君へ
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6:名無しNIPPER[saga]
2021/10/18(月) 23:00:22.87 ID:8Gnm1Jub0
勇者はそう唱えると、地面に落ちていた太めに木の枝を掴んで右手を空へと掲げる。

空から一条の虹色の光が射し、その手に直撃する。

手はみるみる焼き焦げて、黒く、肉の焼ける異臭を放つ。同時に枝に火がつく。

【ちょうどいい具合だね】

「なに、やってんだよ…」

俺は、目の前の光景が信じられない。

勇者が魔法を使える、ことではない。勇者が魔法を使えるというのは、風の噂で知っている。

魔法で十の城と、一つの王国を滅ぼしたとか。

地平線が見えないほどに埋め尽くされた魔王軍を、灼熱の火砲で薙ぎ払ったとか。

だけど、こんなデタラメな方法は、知らない。

呆然とした俺の方を一瞥して、勇者はせせら嗤う。

【なにって、火をつけたんだけど、なんだその顔は。初めて見たのか?】

「当たり前だ。もっと他に方法があるだろ」

【これが一番楽さ。こんな傷は治癒の魔法で数秒で治せる。枝には火がついて夜道を進める、目的は達成されたんだ。

それとも、これまで棒を振るくらいしか能のない君が他の方法を知っているとでも?】

勇者は、木の枝に継ぎ火をして、俺に手渡した。

受け取りながら俺は、深く後悔した。

勇者には勇者の常識があり、俺には俺の常識がある。

常識は人それぞれであり、そこを勝手に一緒だと思った俺は馬鹿野郎だ。

「今回で、それは終わりだ。次の町で、火付け道具くらい買う」

【勝手にするといい、でも無駄だと思うけどね。だってこちらの方が便利だろう】

【傷よ、罪過を薄める苦痛は救いである、故に我が身を癒せ】

勇者の手は瞬時に正常な状態へ戻る。勇者は、それを残念そうに見ていた。


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