勇者になれなかった君へ
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3:名無しNIPPER[saga]
2021/10/10(日) 23:10:46.73 ID:RkVNGFJ20
【出発の時間だ】

勇者は背中越しに、俺とその両親を一瞥した。

「勇者様、うちのバカ息子をよろしくお願いいたします」

何度も頭を下げる親は、勇者の正体を知らない。あるいは、勘違いをしている。

「もういいから、じゃあ、元気で」

俺は無理やり、両親の背中を押して遠ざけた。

「あんたは一か月おきには手紙を出しなさいよ」

「分かった。余裕があれば」

背中の鞄には小型ナイフと、清潔な布きれを数枚と、水、食料を入れている。

そして、なにやら厳かに渡された家宝の首飾りをさげる。一応こいつは売却用だ。

農民の俺に旅になにが必要かわからないし、魔王退治にもなればなにがあっても足りないだろう。

その辺を勇者に期待することにして、俺は必要最低限のものに限ることにした。

親に軽く手を振ってから、森の中へと続く道に入り、今まで暮らしていた親とその故郷は見えなくなった。

「なんというか、不思議と寂しいもんだな」

独り言をつぶやくと、耳ざとく勇者が答える。

【あはは、いつかは経験することだ。わたしは生まれた時にはいなかったよ】

勇者は上機嫌で森をするすると蛇のようにたやすく移動する。

【寂しいという感情すらなかった。この点、わたしは生涯の経験を逃した、残念だ】

彼女は確かに孤児だった。

どこからともなく、ふらりと現れて、光に怯えながら生きていた。

「そういえば、親の話は聞かなかったな」

【確かにあたしは、その話題が嫌いだったよ。もう得られないものを欲しがるほど哀れなことはないんだってね】

【勇者になったからには、死者くらいは蘇らせられるんだけど】

俺は努めて動揺が顔にでないようにした。

「死者は蘇らせても、人格は無理なのか?」

【死者蘇生は死者側は抵抗しない。でもあたしは、あたしのすることを拒絶している】

【あはは。そんなあたしも嫌いではない、というか好き】

勇者は常に神風が自分に吹いてる系女子である。

自己肯定でいえば、他にひけをとらない。


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