91:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:10:37.42 ID:tRJaplXx0
「そうですか? サインか何かのような……」
台詞を返しながら、少々気圧される。というより、調子を乱される――その立ち位置、舞台が狭くならないか。
「そしてこの眼帯! いいえ、これは邪悪な精霊の似顔絵! 悪魔降臨の儀式です!」
――離れ過ぎ。どこの政治家の演説だ。
92:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:11:11.96 ID:tRJaplXx0
「ふむ、儀式とやらはともかく、これは盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」
千夜なりに立ち位置を考えながら、見せ方を調整する。それを安斎都はしっちゃかめっちゃかに乱す。付いていっては豆鉄砲を食って、の繰り返し。奔放なアリババは千夜を振り回しながら、その苦労など意にも介さず笑った。
「盗賊? あっはっは、そんな筈はありません。そこはモルジアナがしっかり対処してくれたでしょう」
「アリババ様…… いえ、ともかく、綺麗に消している暇があるかどうか。それより、これと同じサインを近所の家々に付けておきましょう」
「待った! この悪魔を増やすですと⁉︎」
93:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:11:37.90 ID:tRJaplXx0
言いようのない疲労感を抱え、今度は盗賊たちの場を観る側に回る。先に来た一人が仲間たちを引き連れるも、モルジアナの機転によって、盗賊の印は意味を失っていた。彼らは目的の家を見失い、案内役は仲間たちに無駄足を踏ませた責任を取らされる。
コメディ調にアレンジされたシーンを眺めながら、都と頼子が小さく反省しているのを聞いた。
「なんだか冴えなかったと思うんです」
「え、なぜ? 都ちゃん、とっても良かったじゃないですか」
94:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:12:07.71 ID:tRJaplXx0
――ふうん。まさか、考えがあったのだとは。
「成る程。でも、元気たっぷりにやればきっと大丈夫ですね」
「ええ! 他はバッチリですから!」
「いいえ。あんな出来では、また抜き稽古になりますよ」
つい、口を挟む。
95:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:12:52.55 ID:tRJaplXx0
段々、追い詰められているような気持ちがした。眼前の少女の手綱をとろうとして、その明るさの為に、余計にボロボロになっていく。心が狭くなったのか? 自分が悪いのか?
「次はもっと元気に動き回ってみますね。そしたらきっとポーズも……」
「冗談じゃない」
しまった、まただ。息苦しい。耐えられない。最近すぐ、かっとなる――
96:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:13:22.31 ID:tRJaplXx0
「千夜さん……」
頼子が止めようとしてるのが分かった。構わず都に詰め寄る。
「自分の好きに動くのも結構ですが、それで割りを食うのはこちらだ」
きょとん、とした顔がまだ憎い。もっと恐がれ――
97:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:13:49.74 ID:tRJaplXx0
「はっきり言って迷――」
「白雪さん」
――
98:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:14:19.54 ID:tRJaplXx0
演出家の一言が、千夜を止めた。そうさせるだけの、静かで優しく、厳しい声だった。
先生はそのまま、千夜の顔を覗き込む。朗らかさは忘れず、しかし眼で笑うこともせず、問う。
「白雪さんはさ、誰に怒りたいのかな?」
答えられず、沈黙したままになる。見つめ返すのが精一杯だった。
99:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:15:18.38 ID:tRJaplXx0
建物を囲む打ちっぱなしの塀を隔てて、都会の喧騒を耳にしていた。車が行き交い、忙しない足音が響いたり止まったり、察するに今、信号が赤になったところだ。風が街路樹を揺らす。時々鳥の声もする。自販機で買ったミルクティーは、開ける気にならずジャージのポケットだ。
稽古は上手くいかない。考えるべきことも手につかない。現実は理想とやらと乖離して、問題ばかりが山積みらしい。それでもちょっと頭を冷やしたら、また戻っていかなければならない。
歩いていても、コンクリートは代わり映えがしない。ヒビとかシミとか、もっと面白い形になってくれればいいのに、と思う。ぼうっと頭を動かしていると、土の色。煉瓦に囲まれたそこに、名前は知らないがピンクの花と、黄緑の大きい葉。
100:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:15:48.32 ID:tRJaplXx0
これに驚いて、熱中症でもやって倒れたか、と反射的に駆け寄った、……のが大きな間違いだった。しなやかな体躯に、ピンクを混ぜたような紫の髪、鼻孔をくすぐる甘くて辛い、刺々しくも茫洋な香り――
一ノ瀬志希は、千夜に気付いたらしく「ん」と発し、顔も向けず続けた。
「そこでな〜にをしてるのかにゃ〜?」
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