白雪千夜「アリババと四十人の盗賊?」
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53:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:40:01.11 ID:6NLLeJ5C0
「はい」
 文香は首を傾げ、その為に大きな瞳が露わになった。《そう≠「えば》とは、どう≠ィっしゃったのでしたっけ――というような表情だ。

「ん…… 《ところで》と言うべきでした」言葉の女神に釈明してから、「読書のお邪魔をしましたね。すみませんでした」
「いえ…… 只今のこうした機会にこそ、代え難いものは、ありますから。読書ならば、また時間を作ればよいのです」
以下略 AAS



54:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:40:31.48 ID:6NLLeJ5C0
 千夜自身の事ながら、心からの親切を提案出来たものだ。そうして貰わないとこちらが気を遣うのでね、とまでは言い添えなかったが。
「はい、ありがとうございます」
 文香は言ったが、不安そうに自分のトートバッグと、車内上方のモニターを交互に見比べた。バッグには『神田古本まつり』のプリントがされ、モニターには次に止まる駅が――『渋谷』と大きく――表示されている。

 彼女は再び口を開いた。
以下略 AAS



55:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:41:12.78 ID:6NLLeJ5C0
「……えっと……」
 困惑した声色に、千夜はまたぞろ内省を余儀無くされた。どうも近頃、かっとなるようだ。
「いえ…… 美しいものには美しいものの、灰色には灰色の世界があるものですよ」

 聞いて、帽子を触っていた文香は顔を傾け、こちらをじっと覗き込んだ。影が、かえって探るような瞳を印象付けた。千夜の表情や所作ではなく、ここにない紅を追っているのだと分かった。
以下略 AAS



56:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:42:37.47 ID:6NLLeJ5C0
 やたら真に迫った声がおかしかった。見れば、頬など染めている。まさか、文香にとってこれが重大かつ恥ずべき悪徳だったのだろうか。千夜は笑いを堪えた。
「それくらいのことなら、」
 私が教えますよ、と言おうとして、先の中庭で、文香の読書が妨害された際のいきさつを思い出した。彼女はちとせが耳元に接近するまで、全く気付かなかったのではないか。
「少々、没頭してしまう方で……」
「成る程」
以下略 AAS



57:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:43:12.05 ID:6NLLeJ5C0
「一度など、あまりに熱中しすぎて、ご苦労をお掛けしたプロデューサーさんに、怒られてしまいました…… 《男がいる時は何も読むなよ》と」
「では、今こそ言いつけを守らなくてはいけませんね」
「はい…… それで、私は、聞いたのです。《男性というのでは、では、プロデューサーさんは?》」
「聞いていませんが」
「いえ、確かに聞きました。プロデューサーさんは…… 《じゃ、僕が守ってやれる時だけな》と」
以下略 AAS



58:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:45:30.16 ID:6NLLeJ5C0
 嬉しそうな文香には悪くとも、千夜は話題を変えなければならなかった。≪プロデューサー≫という単語はいかにも、窓の外を過ぎ去っていくビックカメラやマクドナルドの看板よりも余程、乗客の注意を引くようだ。
「あー、その、……そう」とっておきの言葉に飛びついた。「『アリババと四十人の盗賊』」


59:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:46:15.43 ID:6NLLeJ5C0
 渋谷だ。電車が止まり、ドアが開く。人が降り、乗る。

「先日、お話しましたね」
 文香が微笑んだ。ドアが閉じる、電車が動く。


60:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:46:54.10 ID:6NLLeJ5C0
「はい、それなのですが。……例えばの話、決まった解釈、というのは無いのですよね」
「解釈、というと、幅がありますね…… 文化的背景に基づく考察、ということでしたら」
「ん…… そう大袈裟なものでもないような」
 千夜は訥々と、現状を語った。初っ端の読み合わせに躓き、モルジアナについての解釈、最後の台詞の創作を求められた事、稽古が始まって三週間だが、まったく雲を掴むような心地である事、あまり時間が残されていない事。



61:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:47:24.34 ID:6NLLeJ5C0
「そう、ですね……」
 文香は聞き終えると、暫く考え込む様子を見せてから、遠慮為い為い口を開いた。
「あらゆる物語に共通することではありますが…… 決まった解釈というのは、やはり難しいですね。作者個人についての研究をもって、生い立ちや交友、思想や信条を知ったうえで、ひとつの文章に思いを馳せようというのなら、それはよい試みだと思いますが……

 ご存知のように、千夜一夜物語は、一人の作者の手になるものでは、ありません。古くから多くの語り手によって、脈々と受け継がれてきた物語の、集合体なのです。『千夜一夜』としての原型の成立は、九世紀頃とされます。
以下略 AAS



62:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:48:01.27 ID:6NLLeJ5C0
 文香は滔々と語る。千夜は頷いた。
「『アリババ』の物語や『アラジン』は、千夜一夜物語の中でも特に有名で、ガラン版にも収録されているものなのですが…… これらは、ガランが底本とした写本には存在しないのです」
「存在しない? 原典には書かれていない物語なのですか?」
「はい。千夜一夜物語は、語り手シェヘラザードが、王に様々な物語を聞かせるという構成で、一夜一夜の区切りがあります。一夜に一つの話、ではなく、三十夜を費やして語られるような物語もあるのですが、こういった構成から、ガランは、物語が『千夜一夜』の文字通り千と一夜の分、存在するものだと考えたのです。しかし、ガランの持つ写本には、二百八十三夜の分しか、ありませんでした。

以下略 AAS



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