8: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:40:11.45 ID:NLnJB+H60
ひとまず遭難という最大の懸念は払拭されたものの、だからどうしたという程度の問題でしかないのもまた事実。漣は俺を自らの生まれ故郷へと誘った。もしやこのまま歩いていくと言うのか?
わからない。漣の行動がというわけではない。わからないのは彼女の確固たる意志についてだ。
引き返せばいい。別の道から行けばいい。なんなら日を改めたってかまわない。そう提案しても聴きやしないだろうが、それだけの何かがこの行程には、きっと、ある。
9: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:41:59.15 ID:NLnJB+H60
「ご主人様」
地面の硬さを確認しつつ、漣は張り出した木の枝を掴んだ。それを支えにしながら、傾斜を登って行く。
10: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:42:25.04 ID:NLnJB+H60
海があって、なるほど、漣が車中でした説明のように、山はそのまま崖となって、真っ直ぐに落ち込んでいる。
俯瞰すればアルファベットの「C」か「U」のようなかたちの入江だった。それがいくつも連なっていて、それぞれが海に落ち込む崖で分断されているように見えた。巨人が陸にかぶりついたあとの歯型――そんな表現は婉曲的にすぎるかもしれないけれど。
そして漣の故郷がそこにある。
11: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:42:57.21 ID:NLnJB+H60
――――――――――――――
リハビリ
明日で終わらせます。
12:名無しNIPPER[sage]
2020/08/13(木) 02:45:04.36 ID:5qYLZP/Co
おつ
きたい
13:名無しNIPPER[sage]
2020/08/13(木) 12:08:09.03 ID:SPq3+wS4O
おつ。
山城のも待ってるよ〜
14: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/14(金) 08:31:33.66 ID:QdYqO6ws0
俺はその町の名前を知っていた。日本で最初に深海棲艦からの直接被害を受けたその町は、摩訶不思議な存在の脅威を浮き上がらせるには十分だった。
当時、その未確認生命体は名前も付けられておらず、漁船や貨物船の映像に僅かに映っている姿が密やかに語られるだけ。当然艦娘なんてものはこの世におらず、俺も一介の防衛大生で。
一望できるその地は、十年ほどの時を経て、瓦礫は撤去され、僅かに嘗ての区画のあとが残る程度にしか面影はない。アスファルトの舗装も剥がれかけ、海風の強い地にだってしぶとく雑草は根を生やす。
15: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/14(金) 08:32:01.40 ID:QdYqO6ws0
「……」
漣は口を開かなかった。しかしその表情は冷静そのもので、廃れた故郷への悲しみや深海棲艦への怒りがあるようにも見えない。
ただ、俺のシャツの裾を掴んできたので、知らないふりをする。
16: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/14(金) 08:32:27.78 ID:QdYqO6ws0
「あそこにバス停がありました。小学校までは遠かったから、市営のバスが出てたんです。二十分くらいかな? 毎日、毎日……。
で、そのちょうど真向かいに駄菓子屋があったんです。駄菓子屋って言うか、雑貨屋? いろんなもの売ってました。夏はよくアイス買って、あと氷砂糖とか。懐かしいなぁ」
「あとで買ってやるぞ」
17: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/14(金) 08:32:57.14 ID:QdYqO6ws0
「テレビゲームとかは全然なくって、そもそも町におもちゃ屋がなくって。家で遊んでることはあんまりなかったですね。今? 今は、ほら、反動ですよ。
トンネルが多いんですよ。ほら、海岸のとこ。山を抜いて作った、ああいうのがいくつもあるんです。お化けが出るとかいう噂もあったなぁ。夏が来るたびに肝試ししよう、しようって話してたんですけど、結局一度もやらずじまいでした。
あそこに神社があって、境内で夏と秋にお祭りするんです。御神輿も出ました。わたしは御神輿の上で笛を吹く役目で、それって凄いことなんですよ? このあたりじゃ一番うまかったんですから」
18: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/14(金) 08:34:24.84 ID:QdYqO6ws0
そこでようやく俺の方を向いた。目が合う――視線が、壮絶な過去と、それに裏付けられた強さを伴って、俺の胸を打つ。
漣の話は言ってしまえば田舎によくある、日本中どこにでも見られる話にすぎない。だからといって価値がない、どうでもいいということになるはずもなく。
「どうですか? 海岸線を走る鉄路。駅。街中。品種改良センターと農業機械の工場。水田。畑。畦道。ぼろっちい国道。サイロ。森。山。海。この景色。町の跡。わたしの故郷はこれだけです。有りふれた、大したことのない、ちゃちな風景。歴史。それがわたしの故郷なんです」
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