3: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:35:51.01 ID:NLnJB+H60
全開にした窓からばたばたと風がうるさい。それに負けじと漣が声を張るものだから、二重奏でさらにうるさい。このあいだ酒が飲めるようになったくせして、言動は出会ったころからまるで変化がないのだから、人間というものは実に難儀である。
とはいえ、ならばお前はと訊かれたときに、胸を張って堂々とできるやつがどれだけいるものか。俺も嘗てと今を見比べてみて、十二分に満足な大人になったとは言い難い。
そもそも論として大人になるということ自体に価値を見出すのが間違っている。事実、俺はいま、漣の稚気に随分と癒されているのだから。
4: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:36:36.76 ID:NLnJB+H60
山間を抜けた先、特筆すべきこともない港町――とは漣の弁である。泊地を発ってJR、JR、私鉄と乗り継ぎ、そろそろ六時間が経過しようとしていた。長旅というほど長旅ではないにせよ、小旅行というにはあまりに遠い。
漣からこの話を持ち掛けられたのは二週間ほど前のことだった。二週間。それは、単なる約束事なら十分すぎる猶予期間だけれど、故郷を訪ねるには聊か急すぎる。
どうして漣が俺を誘ったのか、俺はその理由を知らない。ついぞ聞けずじまいに終わってしまった。
5: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:38:19.32 ID:NLnJB+H60
「山道とかも詳しいのか」
「このあたり、昔はよく遊んでましたよ。桑の実とか、山葡萄とか、お腹が空いたら食べてましたねぇ。カブトムシが山ほど集まる木もあったんですけど、忘れちゃいました」
6: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:39:15.04 ID:NLnJB+H60
「……どうすんだ」
「降ります。歩きましょう」
7: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:39:44.91 ID:NLnJB+H60
「土砂崩れでも、あったのかね」
自ら信じてもいないことを口走ってみる。もしもフェンスがあそこまで経年劣化しておらず、あるいはパイロンとバーだけならば、そう思えたかもしれないが。
8: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:40:11.45 ID:NLnJB+H60
ひとまず遭難という最大の懸念は払拭されたものの、だからどうしたという程度の問題でしかないのもまた事実。漣は俺を自らの生まれ故郷へと誘った。もしやこのまま歩いていくと言うのか?
わからない。漣の行動がというわけではない。わからないのは彼女の確固たる意志についてだ。
引き返せばいい。別の道から行けばいい。なんなら日を改めたってかまわない。そう提案しても聴きやしないだろうが、それだけの何かがこの行程には、きっと、ある。
9: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:41:59.15 ID:NLnJB+H60
「ご主人様」
地面の硬さを確認しつつ、漣は張り出した木の枝を掴んだ。それを支えにしながら、傾斜を登って行く。
10: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:42:25.04 ID:NLnJB+H60
海があって、なるほど、漣が車中でした説明のように、山はそのまま崖となって、真っ直ぐに落ち込んでいる。
俯瞰すればアルファベットの「C」か「U」のようなかたちの入江だった。それがいくつも連なっていて、それぞれが海に落ち込む崖で分断されているように見えた。巨人が陸にかぶりついたあとの歯型――そんな表現は婉曲的にすぎるかもしれないけれど。
そして漣の故郷がそこにある。
11: ◆yufVJNsZ3s
2020/08/12(水) 23:42:57.21 ID:NLnJB+H60
――――――――――――――
リハビリ
明日で終わらせます。
12:名無しNIPPER[sage]
2020/08/13(木) 02:45:04.36 ID:5qYLZP/Co
おつ
きたい
13:名無しNIPPER[sage]
2020/08/13(木) 12:08:09.03 ID:SPq3+wS4O
おつ。
山城のも待ってるよ〜
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