男「大将! 油マシマシのアチアチラーメン一丁」
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3:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:00:35.50 ID:sGoLw9kr0

 店主は、天を仰ぎ呟く。その様は、まるで神に祈る信仰者のようだ。否、現実に店主は神に祈っていた。その胸に抱く神は、「ラーメン神」。(八百万もいるのだから、そのような神が一柱がいてもおかしくなかろう)「今日も最高のラーメンが出来ていますように」と、心の底から神に祈るのだ。

 「ごちそうさまでした」

以下略 AAS



4:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:01:03.14 ID:sGoLw9kr0
??

 とある日のこと。その日の店主は、いつにもまして上機嫌であった。なぜなら、つい昨晩、雷来軒の「こってりラーメン」は大幅なアップデートを果たしたからだ。旨味は増し、より複雑に絡み合った食材はそれぞれの宿した味を十二分に発揮している。完成したばかりのスープは、どこか神々しくすら思えるほどだ。

 だが、どんなに浮足立った一日であろうと店主がルーティーンを怠ることはない。今日も店主は、完成したレシピをもとに朝九時の一杯目のラーメン作りにとりかかっていた。ご機嫌な鼻歌と共にスープを煮立たせる。さあ、時間を無駄にしてはいられない同時進行でトッピングの準備だ。ネギの土を落とし薄く細く切っていく。トントントンと包丁の音が店内に心地よく響く。その音はまるで、拍子木を打ち鳴らしたもののようであった。しかし、拍子木だけではちと寂しい。店主が、「これに鼓でも合わさったら更に良いのだが」なんてしょうもないことを考えていると、ふと一人の常連客のことが脳裏をよぎるのであった。
以下略 AAS



5:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:01:31.00 ID:sGoLw9kr0

 大タヌキは、雷来軒の常連中の常連、その来店する頻度と言ったら店主についで多いほどの猛者である。あだ名の由来からもわかるように、かなりの巨漢でそのプヨプヨとしたお腹を手のひらで打てば、それこそ鼓顔負けで「ポンッ」と良い音が鳴るであろう。大タヌキのタヌキっぷりは、それだけにとどまらない。日にコンガリとやけた肌はタヌキの毛色によく似たものであるし、落ちくぼんだ目に影ができているその愛らしい様はまさにタヌキそのものだ。

 大タヌキは、店に来ると必ず「こってりラーメン」を大盛りで頼んだ。通常のどんぶりの倍はある大盛りの、そのカロリー量は厚生労働省が提唱する成人男性の一日の摂取カロリーをゆうに超す。そのうえ、大タヌキは替え玉までも頼むのだから驚きだ。かつてタヌキと称された徳川家康は、タイの天婦羅にあたって死んだとされるが、きっとこの大タヌキもラーメンにあたって死んでしまうのではないかと店主が気に病むほどの大食らいであった。

以下略 AAS



6:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:01:58.28 ID:sGoLw9kr0
??

 店主は、あまりのことに握った包丁を落としそうになった。あの大タヌキが、雷来軒に三月も来ていないなんて。いや、そうではない。そんなことは問題の一部に過ぎない。それ以上に、店の最常連である大タヌキの不在に今まで気づきもしなかった自分自身にこそ店主は驚愕したのだ。

 店主はヨロヨロの力ない足取りで、カウンター席に辿り着くと、どうにか腰を下ろした。大タヌキの身を案じるほどに不安に苛まわれ全身から力が抜けてしまっていた。しかし何故だ。何故、俺は大タヌキの不在に気づかなかったのだ。自問自答を繰り返す中で、店主は必死に記憶を遡ろうと試みる。しかし、大タヌキを最後に見た日のことを思い出そうとするも、どうにも記憶に霞がかっておりうまくいかない。
以下略 AAS



7:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:02:25.24 ID:sGoLw9kr0

 まさに、ラーメンに命を懸けたと言って過言ではない月日であった。そう。店主はラーメンに打ち込むばかり、大タヌキの不在に気を留めることすらできなかったのだ。そこまで、思い至ったところで、店主の記憶の霞に一筋の光明が差した。光は、急速に霞全体へと広がっていき記憶の全てを鮮明としていく。

 そうして店主は全て明らかとなった記憶から、一つの結論を導き出した。大タヌキが最後に姿を見せた正にあの日、彼はラーメン熱に取り憑かれるに至ったのだ。そして、それらは全て雷来軒常連四天王の一人である『あの男』の仕業に違いないと。

以下略 AAS



8:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:03:09.11 ID:sGoLw9kr0
??

 店主の記憶は今や、全て明らかとなった。
 あの日も、大タヌキは店に来るなり「こってりラーメン」大盛りを声高らかに注文した。その提供は実に迅速だ。あっという間にできあがったラーメンが、大タヌキの前へと店主自身の手によって運ばれてくる。店主からしてみれば、大タヌキが店に入ってくるなり通常の二倍の麺をゆで始め、注文が入るころには麺のあがりを待ち構えているのだから当然といえば当然の早さであろう。あとは、大タヌキの食の進みに従って、注文されるであろう替え玉の投入時期を見極めるばかりなのである。「ナナフシ」が来店したのは、そんなタイミングであった。

以下略 AAS



9:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:03:42.00 ID:sGoLw9kr0
 
 思い返せば、あの日は、そんな二人が店内に居合わせる初めての日であった。二人とも雷来軒の常連であるものの、来る時間帯が僅かにズレていることもあって、これまで二人が顔を合わすことがなかったのだ。それが何の因果か、今日は普段よりも少し早い時間にナナフシがやってきた。

 店主は、大タヌキを一瞥する。どうやら、食べ終わるにはまだ時間がかかりそうだ。店主の意識は、自然とナナフシへと移っていく。ナナフシは、店主へと軽い会釈を送って店内を見回した。手頃の席を物色しているのであろう。「さて、どこに座るのかな」と店主がその様子を伺っていると、ナナフシは突然ギョッと身体をひくつかせ、目をまん丸と開き呆けてしまった。その見開かれた眼には大タヌキの巨大な背中が映っていた。まあしかし、これは無理のないことだろう。見慣れてしまった店主ならともかく、初めて見るものにとっては大タヌキの体はあまりにも大きすぎた。

以下略 AAS



10:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:04:35.62 ID:sGoLw9kr0

 「ごちそうさまでした」

 大タヌキの声に、店主は思わず「えっ!?」と驚きの声をあげてしまった。大タヌキの食の進み具合を見定め、注文こそ受けていない者の既に替え玉をゆで始めてしまっていたからだ。それを察してか、大タヌキも申し訳なさそうな表情でカウンターに金を置き、そそくさと店を出て行ってしまった。あの大タヌキが、替え玉を頼みもしないなんてことは、いまだかつてなかった。いやしかし、ナナフシの異様な挙動がなければこんなことはなかったであろう。店主は、茹で上がった替え玉をしばし恨めしく見つめ、その責任を問うかのように視線をナナフシへと移した。

以下略 AAS



11:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:05:02.52 ID:sGoLw9kr0
??
 
 記憶を取り戻した店主は、ひどく戸惑っていた。ラーメンを残されただけで、自身がこれほどまでに正気を失ってしまうとは思いもしなかったのだ。店主は、人知れず自らの未成熟さを恥じ、落ち着いて思考をまわしはじめる。冷静に考えれば、あの日のラーメンに何ら非はなく、全てがナナフシに起因していることは明らかだ。ナナフシと大タヌキの間に、何が起こったのかはわからない。店主が知るのは、あくまで店内での出来事のみなのだ。ならば、どうするか。答えは一つしかあるまい。あの日以降も、この店に通い続けているナナフシに問いただせばよいのだ。

 突然、店のガラス戸が強く叩かれた。店主は、慌てて壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は、朝九時をわずかに過ぎたばかり。営業開始には、程遠い時刻だ。扉の向こうには、妙な青い色をした服を着た人の影が見える。店内側にしまってある暖簾のせいで、その表情は伺えない。人影は、「開けてくれ」と荒い声をあげながら扉を叩き続けている。かすれてくぐもってはいるが、明らかに男の声だった。店主は、用心に越したことはないと麺棒を片手に扉へと近づき暖簾の隙間から外を覗いた。


12:名無しNIPPER[saga]
2020/07/05(日) 09:05:29.22 ID:sGoLw9kr0

 そこには、息を切らした背の高い男が一人。青く生地の薄い一枚布の妙な服だ。店主は、それが医療ドラマなどでよく見る手術衣であることに気づいた。短い袖に、短い裾。そこから伸びた細長い手足は常連のナナフシを思い起こされるが、対照的にポッコリと突き出た腹が別人であることを物語っている。しかしまあ、何というアンバランスな体形だろうか。仮に店主が名付けるとしたら、まんまるとした体に刺されているかのような手足、「リンゴ飴」であろう。しかし、りんご飴と呼ぶには肌は酷く黒ずんでいて如何にもまずそうだ。目の周りに至っては、その黒さはまるで墨を塗っているかのようであった。

 店主は、謎の来訪者の顔を見て驚いた。

以下略 AAS



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