280: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:07:47.32 ID:Bg3Eqo0s0
「事前に知ってくれていた人もいるけれど、さっき聞いてもらった『dear...』の演出は、
私が出演する舞台の物語を表現したものなの。
凍える雪の中で『鶴』が青年と出会って、そして『鶴』が人間として過ごした日々……。
それを、感じてもらえたのなら、本当にうれしいわ。」
281: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:08:25.33 ID:Bg3Eqo0s0
このみは、自分の中の気持ちを切り替えるように、深く息を吸い込んだ。
息を吐いて、ゆっくり目を開けた。
「……私、この舞台のお話を貰ったとき、色々なことを考えたの。
282: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:09:21.18 ID:Bg3Eqo0s0
「……私がしばらくの間アイドル活動をお休みすることは、もう、みんな聞いてるのよね。」
その問いには、客席の誰も答えられなかった。
最終ブロックが終わった今、これが最後のときなんだと、誰もが気づいていた。
283: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:12:17.17 ID:Bg3Eqo0s0
『そんな私が今まで出逢ってきた全てを表現したい』
今回の公演は、それを胸に臨んだ公演だった。
だから、今この場所で伝えたい言葉はもう、決まっていた。
ずっと胸の中にひそめていた、一番大切な、かけがえのない出逢い。
284: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:12:59.54 ID:Bg3Eqo0s0
「だから、今は……。」
このみは、目線が下がったのが、自分でも分かった。
このみの胸の中は、溢れる出逢いの愛しさと、それでも少しずつにじり寄ってくる別れの切なさとが、ない交ぜになったようだった。
285: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:13:31.17 ID:Bg3Eqo0s0
この気持ちを口にする事は、少しだけ怖かった。
今までだったら、きっとこんな言葉を言えなかった。
言葉にする事で、この先本当にずっと会えなくなってしまうような気がして、ずっと飲み込んでいたんだと思う。
286: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:13:59.56 ID:Bg3Eqo0s0
「今日よりもっとステキになった私で、いつだってこのステージに戻ってくる。」
桃色の光越しに、大切な人の顔が見える。
貴方の声は、私に届いてるよ。
287: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:14:45.17 ID:Bg3Eqo0s0
直後、劇場全体が揺れてしまいそうなほど、大きな歓声がこのみの耳に飛び込んできた。
桃色の光が大きく揺れて、ぱあっと目の前が明るくなった。
声が、届いた気がした。
288: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:15:12.39 ID:Bg3Eqo0s0
また涙が零れそうになるのをこらえて、このみは笑ってみせた。
最後だからこそ、みんなで、笑って。
このみはステージの上で並び立つ、仲間たちを見た。
仲間たちと目が合って、準備はできているよと、みんなうなづいて返してくれた。
289: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:16:18.65 ID:Bg3Eqo0s0
***
公演を終えたアイドルたちはいま、劇場の控え室に集まっていた。
このみは一番前に立って、他のアイドルたちと向き合っていた。
今のこのみの手の中にはグラスがあって、その中には白い泡の立ったビールがなみなみと注がれていた。
290: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:16:51.58 ID:Bg3Eqo0s0
机には簡単な食事や飲み物、菓子類が並んでいる。
定期公演の後の打ち上げは毎回恒例になっていて、今日も控え室にはこうして公演に参加した大勢のアイドルたちが集まっていた。
毎回のことではあるが、人数が人数だけに今日も控え室は満杯で、移動ですれ違うのも一苦労なほどだった。
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