276: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:02:59.71 ID:Bg3Eqo0s0
「でも、まだ……。今日の公演は、終わってません。……そうですよね?」
彼は、言葉を飲み込んで、溢れる気持ちを抑えるようにして、そう続けた。
彼は涙を拭きながら、このみにあるものを差し出した。
277: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:03:57.76 ID:Bg3Eqo0s0
「あれあれ?誰かひとり、足りませんなあ?」
「お。もう、準備もできてるみたいだな。じゃあ、せーので呼んでみようぜ!」
278: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:06:00.84 ID:Bg3Eqo0s0
「皆さん、準備はいいですよね?みんなでいきますよー!」
客席のみんなを指さして、未来が大きな声で言う。
歓声が上がって、サイリウムが揺れた。
279: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:07:06.01 ID:Bg3Eqo0s0
このみは、大勢の仲間たちとともににステージの真ん中に立っていた。
このみがちらりと後ろを見れば、そこにはまつりや莉緒が居て、二人と目が合った。
そして、両隣を見れば歩と星梨花たちが居て、ステージの上のアイドルたちみんなが、マイクを持つこのみを見つめていた。
このみは目の前の客席に居る人たちを見て、胸が音を鳴らすのを感じながら、それからそっと口を開いた。
280: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:07:47.32 ID:Bg3Eqo0s0
「事前に知ってくれていた人もいるけれど、さっき聞いてもらった『dear...』の演出は、
私が出演する舞台の物語を表現したものなの。
凍える雪の中で『鶴』が青年と出会って、そして『鶴』が人間として過ごした日々……。
それを、感じてもらえたのなら、本当にうれしいわ。」
281: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:08:25.33 ID:Bg3Eqo0s0
このみは、自分の中の気持ちを切り替えるように、深く息を吸い込んだ。
息を吐いて、ゆっくり目を開けた。
「……私、この舞台のお話を貰ったとき、色々なことを考えたの。
282: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:09:21.18 ID:Bg3Eqo0s0
「……私がしばらくの間アイドル活動をお休みすることは、もう、みんな聞いてるのよね。」
その問いには、客席の誰も答えられなかった。
最終ブロックが終わった今、これが最後のときなんだと、誰もが気づいていた。
283: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:12:17.17 ID:Bg3Eqo0s0
『そんな私が今まで出逢ってきた全てを表現したい』
今回の公演は、それを胸に臨んだ公演だった。
だから、今この場所で伝えたい言葉はもう、決まっていた。
ずっと胸の中にひそめていた、一番大切な、かけがえのない出逢い。
284: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:12:59.54 ID:Bg3Eqo0s0
「だから、今は……。」
このみは、目線が下がったのが、自分でも分かった。
このみの胸の中は、溢れる出逢いの愛しさと、それでも少しずつにじり寄ってくる別れの切なさとが、ない交ぜになったようだった。
285: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/12(金) 01:13:31.17 ID:Bg3Eqo0s0
この気持ちを口にする事は、少しだけ怖かった。
今までだったら、きっとこんな言葉を言えなかった。
言葉にする事で、この先本当にずっと会えなくなってしまうような気がして、ずっと飲み込んでいたんだと思う。
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