26: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:23:46.81 ID:p8Id/7Jt0
――事務所内通路
泰葉(戻ってくるの遅くなっちゃったな。外、もう暗い)テクテク
27: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:25:13.31 ID:p8Id/7Jt0
*****
ヨーコさんたちを見送った私に、三人組の女性が話しかけてきた。
三人はそれぞれ、ショーコ・ワカバ・ホタルと名乗った。オートマトンではない、だけど、人間ともなにかが違う。
28: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:25:56.51 ID:p8Id/7Jt0
それからワカバさんは、自分たちは戦時中に開発された人工生命体だと言った。
人間と、ワカバさんとホタルさんは毒性のある植物、ショーコさんは毒キノコを掛け合わせた、触れるだけで人の命を奪うことができる生物兵器だと。
ある施設で研究が進められていたが、実用化される前に戦争が激化し、施設ごと打ち捨てられた。気が付けば地上は焦土と化し、人間たちは地下に逃れていた。
施設を抜け出した彼女たちは有害物質に耐性があり、地上でも生き延びることができて、ずっと、あてもなくさまよっていたらしい。
29: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:26:54.59 ID:p8Id/7Jt0
ここの土壌は汚染が強すぎて、植物の生育は難しいだろう。種の数には限りがあるから、まずは少しでも汚染の少ない土地を探さなければならない。
「汚染レベルは以前より下がっているんですね?」
ワカバさんが言った。
30: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:27:36.34 ID:p8Id/7Jt0
開墾のための道具と雨水を貯める容器を作り、土を耕して種を植える。それを繰り返して日々を送る。
オートマトンの私とは違い、彼女たちにはかなりの重労働だろうに、三人とも献身的と言っていいぐらい熱心に手伝ってくれた。
「どうして、私を手伝ってくれるんですか?」
31: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:28:17.33 ID:p8Id/7Jt0
あるとき、ヘレンと名乗る女性が通りがかった。私やヨーコさんたちに続いて、地下から地上にやってきたらしい。
彼女は私たちが作業する様子を興味深げに眺めていた。
部分的な機械化もされていない、完全な生身の人間だ。長いことここにいたら、病にかかってしまうだろう。
「地下に戻ってください」と私は言った。
32: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:28:50.08 ID:p8Id/7Jt0
それから何日か経ったが、植えられた種は一向に発芽する気配がなかった。やはり、これでもまだ汚染が強すぎるのかもしれない。
「……なかなか、うまくいきませんね」ワカバさんがつぶやく。「ショーコちゃん、ここはひとつ」
「フヒ……わ、わかった」
33: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:29:45.13 ID:p8Id/7Jt0
だけど、地上の汚染には耐えられても、彼女たちは生物だ。私と違って、寿命がある。
長い時が流れ、ひとり、またひとりと、この世を去っていった。そして最後のひとりも。
「最後まで、手伝ってあげられなくて、ごめんね」
34: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:30:30.51 ID:p8Id/7Jt0
そして私はひとりになった。長い年月、ひとりで種をまき続けた。
地下に戻ったみんなも、もう生きてはいないだろう。
だけど、私は孤独じゃない。 私には記憶がある。だいじなだいじな、みんなとの、ヨーコさんとの思い出が。
壊れていた私を起こしてくれたこと。“ヤスハ”という名前をくれたこと。いっしょに地上を目指したこと。その頬に触れて、あたたかいと思ったこと。何度も何度も、名前を呼んでくれたこと。
35: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:31:10.56 ID:p8Id/7Jt0
ある時期から、気が付けば時間だけが経過していることがあった。
なにか回路に異常が発生しているのだろう。構造は把握していても、自分ではあまり本格的なメンテナンスはできない。むしろ、よくここまでもったものだと思う。
片方の腕が取れてしまった。
どれだけ注意を払っていても、ボディは少しずつ痛んでゆく。腕でよかった。脚を失うよりは、いくらか不便が少ない。
36: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2019/01/03(木) 19:32:04.22 ID:p8Id/7Jt0
その日の空は晴れ渡っていた。
以前のような、赤い砂塵に曇った空ではなく、透き通るような一面の青空だ。
私は大きな木に背中を預けて座り込んでいた。
意識が途切れる頻度は日を追うごとに高くなり、目覚めるまでの時間も長くなっていった。
今となっては、意識を保っている時間のほうが遥かに少ない。
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