31:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:38:53.78 ID:vBuyWfgt0
「俺はお前に、ずっと嘘をついていた。お前をお前自身の夢へ導くかのように騙った。お前の理想の大人であるように偽った。……飛鳥、俺はな。お前に俺のような大人になって欲しくないんだ」
「それは、どういう……」
「少し、昔話をしようか」
32:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:40:14.44 ID:vBuyWfgt0
昔々あるところに、夢に燃える少年がいた。
別にそう高望みをしていた訳じゃなかった。それでも、自分には特別な力があるんだと、何かを成し遂げることが出来るんだと信じて、色々なことに挑戦していた。器用貧乏な自分でも誰かに認めて貰いたくて、懸命に懸命に努力した。
でも、ダメだった。
よく「努力は裏切らない」って言うだろう?
33:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:40:43.10 ID:vBuyWfgt0
俺は、諦めた。
諦めたんだ。
誰かにお前は頑張ったと言われたかった。だからもうやらなくていいんだと言われたかった。そう自分に言い聞かせたかった。立ち止まってしまいたかった。
そしていつしか立ち止まった。
破れたイフの欠片を未練がましく持ちながら、何をするでもなく口だけは達者で。
34:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:41:33.57 ID:vBuyWfgt0
「……でも」
長い永い独白の後、彼は何かを振り払うように続けた。
「俺はここで、希望に出会った」
35:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:42:19.03 ID:vBuyWfgt0
「飛鳥。お前は、俺の理想なんだ。俺はお前に、かつて喪った夢を見た。青臭くて、痛々しくて、捻くれて、それでも尚、世界へ叛逆しようと抗う若い力を見た。自分の考えに固執しすぎることも、他人に全てを委ねてただ流されるようなこともない、立ち止まることを知らない一筋の月明りを見た。……俺はお前に、救われたんだ」
その言葉が、ボクにはとても信じられなかった。
プロデューサーはいつもボクを導いてくれた。壁を乗り越えるための翼をくれた。解を見つけ出すための材料をくれた。彼はいつだってボクの前に立つ、強い大人だと思っていた。
36:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:43:00.39 ID:vBuyWfgt0
「ボクが……キミの、理想……?」
理解しかねるといったボクの顔を見て、プロデューサーは刹那瞳を伏せた。
「『双翼の独奏歌』の時だって、本当は俺も怖かった。お前たち二人の関係を一度土台から壊してしまうのが、逃げ出してしまいたいほど怖かった。誰よりも現状に甘えていたかったのは俺だった。……それでも俺は、お前達に俺の二の舞になって欲しくなかった」
37:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:43:35.55 ID:vBuyWfgt0
「……そして何よりも、このことを告げるのが怖かった。俺の下らない贖罪(ゆめ)を、お前に背負わせたくなかった。お前の夢を俺のエゴイズムに利用していることを、お前に、知られたくなかった」
「……それが、キミの仮面の理由だったのかい」
「あぁ」
38:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:44:16.20 ID:vBuyWfgt0
少し落ち着こう、とプロデューサーに促されるままに、ボクはソファへと戻った。給湯室からは珈琲豆を挽く音が聞こえる。しばらくすると、彼は芳ばしい香りの立つ二人分のマグカップを持ち、ボクの向かい側へと座った。
差し出された珈琲は、一見すると単なるカフェ・オ・レのようで、恐る恐る口に含むと、苦味の中に仄かな甘味が広がるのを感じた。
「……美味しい」
39:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:45:02.68 ID:vBuyWfgt0
「そういえば結局、悩み事ってなんだったんだ?」
つい先程まであれほど空虚な目をしていたことが嘘だったかのように、穏やかな表情で彼は問うた。
「……今思えば、そう大したものではないさ。ただ少しだけ、世界の重みに膝を付きそうになっただけだよ」
40:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:45:55.95 ID:vBuyWfgt0
「……でも、全くの無関係という訳ではないかな。ボクたちは否応無しに大人になることを強いられているのだと、実感してしまっている。『二十歳過ぎればただの人』と言うけれど、これほどまでに実体を持つ感覚だとは思っていなかったよ」
「と、いうと?」
「今までは、疑うことなく進むことが出来た。ボクは特別な存在足り得るのだと。ヒトという枠すら超えた《偶像》にさえ、キミと共にボクはボク自身を昇華することが出来た……だが、時の流れというものは非情で、非常だ。ボクにはもう、『14歳』という特権は無い。生憎とボクは異星人ではないから、永遠に14歳で在り続けることなんてできない」
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