31: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:40:50.18 ID:fLR/Lwcb0
一転して、静かな声だった。
肌に朱が差した彼女が、水面に布を敷くように慎重に尋ねてきた。
暫くお互いに、見つめあう形になる。
彼女は至って真剣な表情だった。
32: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:41:57.45 ID:fLR/Lwcb0
暫くの間、おれと彼女は静かに酒を飲み、静かにナッツを齧った。
いつものように意味のない話題を投げかけて、沈黙を埋めることもしなかった。
今そうして有耶無耶にしてしまったら、この先ずっと後悔してしまうような気がした。
33: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:42:34.54 ID:fLR/Lwcb0
聞き逃してしまいそうなほど微かな咳払いが聞こえた。
「うち、好いとう人がおるんよ」
34: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:43:40.06 ID:fLR/Lwcb0
「優しくて、話が面白くて、一緒にいると安心できて」
「なんとか気持ちを伝えられたらって、思っとうと」
35: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:44:22.40 ID:fLR/Lwcb0
こんな時に、自分に豊富な語彙が備わっていればと思う。
伝えたいことを、なに一つの意味の損失もなく伝えることができないことが、もどかしかった。
だからおれは、思ったことを言うことしかできない。
36: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:46:41.57 ID:fLR/Lwcb0
言い切ってから、身悶えするほど恥ずかしくなった。
「……えっと、あくまでも、おれの意見なんですが」
37: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:47:28.89 ID:fLR/Lwcb0
たとえ突っぱねられたとしても、伝えるなら今しかないと思った。
「先輩」
心臓が早鐘を打っている。
38: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:48:09.07 ID:fLR/Lwcb0
「先輩、じゃなくて、千夏って、呼んでほしかよ」
歌うような言葉だった。
頷くこともせず、おれは彼女の目だけを見つめる。
39: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:49:02.47 ID:fLR/Lwcb0
それから、もう何杯か飲んだ後のことだった。
40: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:50:05.33 ID:fLR/Lwcb0
「夏目君、きみ全然酔ってなくない?」
彼女が訝しげな表情を浮かべて、おれの様子を窺っていた。
41: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/08/24(木) 22:52:03.33 ID:fLR/Lwcb0
どこか拗ねたような横顔。その顔がおれに向き直り、こちらに身を乗り出して、そのまま右の耳元に近付いてきた。
おれはというと、突然の事態についていけなくて身体が動かなかった。
「言うときに照れんくなるばい」
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