【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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188 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:07:55.23 ID:08Zn517zo
 二人がハンガーに辿り着くと、集中的な作業の行われていたヴィクセンの周辺では、
 つい数時間前よりも緊迫した空気が満ちていた。

 全体が剥き出しになったエンジンを見る限り、
 既に周辺部位の解体作業は終わっているようだが、慌ただしさは先ほど以上だ。

 今はクレーンでエンジンを吊り上げ、作業台である大型フレームの上に移動させている最中だった。

瑠璃華『エンジンの懸架と固定急げ! 固定終了次第、ベントを全解放!』

 チェーロに乗ったままの瑠璃華も殆ど怒鳴るような声で指示を飛ばしている。

レミィ「何が……あったんだ……!?」

 心臓部だけになってしまった愛機を見下ろしながら、レミィは声を震わせる。

 格納庫までの道すがら、変色ブラッドの存在は空から聞かされていたが、
 この惨状を目の当たりにした衝撃は軽くは無かった。

空「下まで行こう、レミィちゃん!」

 空は愕然とするレミィを促し、格納庫の最下層まで降りて行く。

 そこでは慌てた様子の整備班達がかけずり回り、洗浄機と思しき装置をそこら中から持ち寄っていた。

雪菜「サイズはどんな物でもいいから早く準備して! B班は小型カッターやヤスリをかき集めて!」

 その作業の陣頭指揮を執っていたのは、アルコバレーノの修理作業の陣頭指揮を執っていたハズの雪菜だった。

空「雪菜さん、何があったんですか!?」

 レミィを肩で支えたままの空が、雪菜に駆け寄りながら声を掛ける。

 雪菜は驚いたように振り返った後、どこか苦しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。

雪菜「………ごめんなさい、レミィちゃん。
   レミィちゃんが敵に受けた例の紫色のブラッドが、僅かにエンジン内部に残留していたようなの……」

レミィ「ッ!?」

 悔しさと申し訳なさを漂わせる雪菜の言葉に、レミィは驚きで目を見開く。

 エンジンはギガンティックの心臓部であり、AI本体が搭載されている。

 エンジンを侵食された事で、ヴィクセンのAIはギアとのリンクが完全に途切れてしまったのだ。

整備員A「ベント解放!」

 エンジンの固定が完了したのか、遠くから整備員の怒号じみた合図が聞こえた。

 すると、先ほどまで閉じられていたハートビートエンジンの各部にある
 ブラッドラインと接続されるパイプの弁が開かれ、エンジン内部に残留していた多量のエーテルブラッドが流れ出す。

 大量の鈍色のブラッドに混ざって、微かに濃紫色に染まったブラッドが溢れた。

 おそらく、ヴィクセンによる弁の閉鎖が間に合わず、内部に残留してしまったのだ。

 エンジン内部と言う事でより強いレミィの魔力の影響下にあった事で侵食が遅れ、
 それが発見を遅らせていたのだろう。

整備員A「ベント周辺の内壁、紫色に変色しています!」

瑠璃華『即時洗浄開始!
    洗浄終了後、炎熱変換した魔力を使って慎重に削り出せ! 急げ!』

 整備員の報告を聞いた瑠璃華が慌てて指示を出す。

 どうやら、かなり深刻な状態で間違いないようだ。

 一方、瑠璃華は最早チェーロで可能な作業が無いのか、
 近場に準備されていた07ハンガーに機体を固定すると、機体から降りた。
189 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:08:37.58 ID:08Zn517zo
 そこへ空とレミィが歩み寄る。

レミィ「瑠璃華、ヴィクセンは!?」

 空に支えられて歩いていたレミィは、もどかしそうに空から離れると、
 転げそうになりながら瑠璃華に駆け寄った。

瑠璃華「レミィ……すまん。
    私の危機感の無さが招いた失敗だ……本当に、すまん……」

 問いかけられた瑠璃華は、項垂れて弱々しく返す。

 声は悔しさと哀しみで震え、今にも押し潰されてしまいそうな雰囲気が二人にも伝わって来る。

 瑠璃華の見立てでは、ヴィクセンのハートビートエンジンはもう手遅れだった。

 ブラッドラインと接続されるパイプ内部が侵食されていると言う事は、
 恐らくは内部も相当の侵食が進んでいる。

 侵食された部位を削らせてはいるが、エンジンを分解できない以上、内部の侵食は止めようが無い。

 今行っている作業も、単なる延命処置でしかないのだ。

 瑠璃華自身、こうなるかもしれない覚悟はしていたし、明日美にもその事を言っていた瑠璃華だったが、
 いざ手遅れだったとなると悔しさと苦しみが募る。

 瑠璃華の様子からレミィもその事を察したのか、その場に崩れ落ちるように膝を突いてしまう。

レミィ「そ、そんな……ヴィクセン……」

 声を震わせ、手首のギアとハートビートエンジンを交互に見遣る。

レミィ「私が……私があの時……もっとしっかりしていれば……!」

 レミィは自責の念で声を震わせた。

 奪われたエールと囚われの妹で迷った一瞬の隙が、あの敗北を招いたのだ。

 仲間を失い、今、相棒すら失おうとしている。

 そして、こんな状態では妹すら救えない。

レミィ「ッ、くそぉ……!」

 レミィは両手をつき、吐き出すように叫ぶ。

 声と共に涙が溢れ、床に小さな水たまりを点々と作って行く。

 と、その時である。

明日美「天童主任、破損したエンジンからヴィクセンのAIを引き上げる事は可能?」

 明日美の声が背後から響き、空が振り返ると、そこにはクララを伴った明日美がいた。

 どうやらクララから現状の説明を受けたようだ。

瑠璃華「……理論上、エンジンからギアのコアストーンにAIを移す事は可能だ。
    ……けど、単なる魔導機人装甲じゃレプリギガンティックにも劣るぞ」

 瑠璃華は消沈した様子で明日美の質問に返す。

 実際、明日美のユニコルノは第一世代ギガンティックのエンジンから、魔導機人装甲ギアにAIを移植している。

 仕様不明な点の多いハートビートエンジンだが、後付けのAIであるヴィクセンならシステム上は可能だ。

瑠璃華「だが、それにはあの状態のエンジンにレミィとリンクして貰う必要がある。

    けど、内部侵食がどの程度進んでいるかなんてスキャンだけじゃ分からない部分も多い。
    ハッキリ言って分が悪すぎる危険な賭けだ」

 瑠璃華はそう言って視線でハートビートエンジンを指し示した。

瑠璃華「確かにヴィクセンは仲間だし、
    私にとっては初めて作ったギガンティックだ……失うのは辛い」

 瑠璃華は項垂れながら呟き、苦しそうに声を震わせる。

 自分で設計、製造、整備に携わって来た特別な機体だ。

 フェイとアルバトロスが失われた今、ここでヴィクセンまで失うとなれば瑠璃華も断腸の思いだろう。
190 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:09:20.95 ID:08Zn517zo
瑠璃華「だが、代わりのエンジンが無い現状、レミィにそんな危険な賭けをさせるワケにはいかない!」

 瑠璃華は声を震わせながらも、ハッキリと言い切った。

 仲間を天秤に掛けるようだが、これは当然の選択だ。

 侵食状態の機体と短時間リンクした後ですら、レミィは五時間以上の昏睡状態だったのだ。

 次にリンクして無事でいられる保障は無い。

 しかも、AIの移植にはそれなりの時間を要する。

 戦力ダウンしか選択肢の残されていない現状で、そんな危険な事を仲間にさせるのは瑠璃華にも憚られた。

 だが――

明日美「エンジンなら……ハートビートエンジンなら、あるわ」

瑠璃華「なっ!?」

 明日美の発した言葉に、瑠璃華は愕然と叫び、空達も驚きで目を見開く。

明日美「緊急時の予備として秘匿していたエンジンの使用許可が、先ほど政府から下りました」

 明日美はそう言って、自分の端末の画面を瑠璃華に見せた。

 そこには“ハートビートエンジン5号使用許可”と、確かに明記されていた。

 ハートビートエンジン5号……即ち、GWF204X−ユニコルノに使われるハズだったエンジンだ。

明日美「ヴィクセンに使われていた試作一号エンジンのテスターは私……。
    私専用に作られた5号エンジンも、私の魔力と同調できたレミィなら十二分に使えるでしょう」

 明日美は淡々と言ってから、ようやく顔を上げたレミィに向き直った。

 レミィは涙も拭わずに顔を上げ、明日美の顔を覗き込む。

明日美「レミット……もしもあなたにその覚悟があるなら、ヴィクセンのAI移植作業を開始します」

レミィ「司令………」

 ともすれば突き放すように覚悟を問う明日美の言葉に、レミィは逡巡する。

 だが、すぐに涙を拭って立ち上がった。

レミィ「瑠璃華、頼む! ヴィクセンを助けたい!」

 そして、瑠璃華に向き直り、懇願するように言った。

 ヴィクセンはあの時、弐拾参号を救おうとした自分の背中を押してくれた。

 彼女がああなった責任は自分にもある。

 だからこそ、相棒を助けたいと。

瑠璃華「レミィ…………分かった。

    クララ、誰かに医療部まで行って笹森主任に来て貰うよう伝えて来い。
    それと廃棄前のタンクと新しいブラッドを出来るだけ多めに準備しろ」

 瑠璃華は戸惑いながらも頷くと、明日美の背後にいるクララに指示を出した。

クララ「りょ、了解です、主任!」

 指示を出されたクララは慌てた様子で駆け出す。
191 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:02.23 ID:08Zn517zo
瑠璃華「よし……っ!」

 クララを見送った瑠璃華は気合を入れるように頷くと、端末を取り出した。

 やると決めた以上、最早一分一秒が惜しい。

 侵食がエンジンのコアにまで到達したら、AIを移植するどころの話ではなくなってしまうからだ。

瑠璃華「雪菜、ヴィクセンのエンジンに予備のコントロールスフィアを接続する!
    壊れた接続部ごと交換だから準備急げ!」

 端末を通して雪菜に指示を出すと、瑠璃華は再びレミィに向き直る。

瑠璃華「レミィ、作業開始までまだ少し時間がある。
    近くのベンチで横になって少しでも体力を回復させておけ」

レミィ「……分かった。頼んだぞ、瑠璃華」

 レミィは瑠璃華の指示に頷くと、空に支えられてその場を辞した。

 瑠璃華は二人の後ろ姿を見送ると、明日美に向き直る。

 そして、僅かな戸惑いを見せた後、口を開く。

瑠璃華「ばーちゃん……何で今まで、隠してたんだ?」

明日美「……有ると分かったら、それを利用しようとする人間が多いのよ……。
    設計が私専用とは言え、使用者登録がされていない現状なら誰でも同調できるわ」

 瑠璃華の質問に、明日美は肩を竦めて応えた。

 確かに、使用者が限定される現在でさえ、軍部は自分達に縁の深い家柄のクァンや風華を引き込もうとしている。

 そこには軍部の影響力を拡大しようとする意志が見え隠れしていた。

 ロイヤルガードに二機のオリジナルギガンティックがあったのは、クルセイダーが皇居前から動かせない現状と、
 ロイヤルガードに縁の深い茜と同調したクレーストを、緊急時の予備戦力として温存する必要があったからだ。

 その件で軍部からのやっかみがあるのはやむを得ない物があった。

 オリジナルギガンティックの件に関して、それを持ち得ない軍部にやや盲目的な部分が多いのは致し方ない。

 何せ、イマジンから民間人を救う最前線に真っ先に立つのは軍部なのだから。

 それによってエンジンを過度に運用される事と軍部の増長を避けるため、
 また、最大戦力としてギガンティック機関に危急が訪れる時を予期し、
 政府は使用者無しの状態のエンジンを秘匿したのだ。

明日美「もう一つ……6号エンジンは研究用として旧技研に地下区画に秘匿されていたのだけれど……、
    アレが出て来た所を見ると、どうやら見付かってしまっていたようね」

 明日美は項垂れ気味にそう言うと、小さく溜息を漏らした。

 アレ、とはテロリストの使うギガンティック、ダインスレフの事だ。

 あの機体に結界装甲が使われている以上、解析のために6号エンジンが使われたのは間違いない。

 でなければ、一からハートビートエンジンを作り上げた事になってしまう。
192 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:30.53 ID:08Zn517zo
明日美「……今は推測も後悔も愚痴も漏らしている場合ではないわね」

 明日美は短い溜息の後、そう言って頭を振る。

瑠璃華「……難しい大人の事情ってヤツか。
    正直、未登録エンジンがあるなら現物を見て研究したかったぞ……」

 瑠璃華は、そんな明日美に向けて愚痴っぽく言うと、
 格納庫の片隅に置かれた縦横高さ十メートルの巨大コンテナを見遣った。

 それは、明日美に格納庫まで持って来るように言われていた第五一六コンテナだ。

 書類上の中身はオリジナルギガンティックのジャンクパーツとなっているが、
 エンジンの件で覚悟を決めろと言った後に準備させたのだから、あの中に5号エンジンがあるのだろう。

 耐圧パイプとブラッド貯蔵用タンクの一つがパワーローダーによって運び込まれ、
 エンジンへの接続作業の準備が始まっている。

 あとはコントロールスフィアの準備が出来れば、いつでもヴィクセンのAI移植が可能だ。

瑠璃華「まあ、そんな悠長な事も言っていられないな。
    後でもっと詳しい話を聞かせて貰うぞ、ばーちゃん」

 瑠璃華はそう言うと、明日美の返事も聞かずに駆け出した。

 明日美はそんな瑠璃華の後ろ姿を見送りながら、また小さな溜息を漏らす。

ユニコルノ<明日美。
      朝霧副隊長の訓練にまだ付き合うなら、そろそろ戻って休まないと身体に障りますよ……>

明日美<今日は珍しくお喋りね……>

 不意に思念通話でユニコルノから声をかけられた明日美は、口元に微かな笑みを浮かべて応えた。

 だが、すぐに目を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

明日美<結局、あなたをエンジンに載せてあげる事が出来なかったわね……>

ユニコルノ<お気になさらず……>

 申し訳なさそうに漏らした明日美に、ユニコルノはどこか達観した様子で淡々と返す。

 明日美は愛器の返事に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた後、だがすぐに気を取り直し、執務室に足を向けた。
193 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:10.75 ID:08Zn517zo
―3―

 それから三十分後。
 シミュレーター、仮想空間内――


 いつも通り、体感時間を五百倍に加速された空間で、空はコントロールスフィアの中にいた。

 使い慣れたエールではなく、今回は新たな乗機となったクライノートだ。

空(うん……少し重いけど、エールほどじゃない……)

 空は手足を動かしながら、操作感覚を確認する。

 エールの鈍重さは手足に枷を嵌められたような感覚だったが、
 クライノートの重さは純粋な機体の重さだ。

 使われているフレームはエールタイプとカーネル、プレリータイプの中間……
 全高は大体三一メートルくらいだろうか?

 手足は太めで、それが重量感を増している原因らしい。

 エールより二メートル近く低いが、その代わり重心も低くなって安定性も高まっており、
 どっしりと構えれば並大抵の攻撃ではビクともしないだろう。

明日美『乗り心地はどうかしら?』

 操作感覚を確認している空の元に、通信機越しの明日美の声が聞こえた。

 通算三度目となる訓練も、明日美はやはり若返っている。

 だが、今回はそれだけでは無い。

 クライノートを駆る空から二百メートルほど離れた位置に、
 白と青紫を基調とした躯体に藤色の輝きを宿したオリジナルギガンティックの姿があった。

 それは二十七年前、イマジン襲撃の際にエンジン破損によって失われたオリジナルギガンティック、
 GWF200X−ヴェステージだ。

 本体は現在、外観だけが復元され山路重工に保管されており、
 空の目の前にいるのはデータだけで復元されたコピーに過ぎない。

 しかし、データだけのコピーに過ぎないと言っても、それだけにメンテナンス状態は最高値をキープしている。

 要は訓練時代に使っていた“動かし易いエール”と同じ条件だ。

 そして、そのヴェステージを駆るのは勿論、若返った明日美である。

空「はい、少し重たい感じがしますが、凄く安定していて安心します」

 そんな明日美に、空は感じたままの素直な感想を返した。

明日美『よろしい……。

    では、ヴァッフェントレーガーを使う前に、先ずは軽い復習と行きましょう。
    第二段階の最終段階で行った訓練を、今度はギガンティックの状態でやってみましょう』

 明日美は満足そうな声音でそう言うと、愛機の周辺に無数の閃光変換した魔力弾を浮かべた。

 通常の魔力弾よりも鈍く輝くソレは、訓練で使う標的だ。

 数は五十を超える。
194 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:42.86 ID:08Zn517zo
 明日美が標的を浮かべた事を確認した空は、自身も訓練の準備に入る。

空(先ず……リングを七つ……)

 空は脳裏にイメージのリングを浮かべた。

 自身の周囲を旋回する、それぞれが干渉しない軌道のリングを七つ。

空(一……二……三……四……五……)

 そして、そのリングに引っかけるように、次々と魔力弾を浮かべて行く。

 すると空……クライノートの周辺に三十を超す魔力弾が一斉に浮かんだ。

 これが特訓の第一段階で空が修得した、多量の魔力弾を自身の周囲にキープする方法だった。

 ギアの補助無しでも一つの円に最大五つの魔力弾を設置する事が可能で、
 それぞれの円毎に浮かべた順に数字をイメージしている。

 こうすれば、脳内のイメージでは“身体の周辺に浮かぶ、数字の引っかけられたリング”となって、
 イメージの単純化……即ちイメージし易くなったのだ。

 浮かべたリングが七つなのは、
 空自身が思考のコンフリクトを無しに個別発生させられる魔力弾の限界数である。

 空のイメージでは魔力弾をコブのように付けたリングが七つ、
 自分を中心軸として浮かんでいる事になるのだが、実際には存在していない。

 そして、この方法が明日美が魔力弾を浮かべた方法に近い物だった。

 因みに、明日美は自身の周囲にジェットコースターのレールのような物をイメージし、
 そこに大量の魔力弾を走らせるイメージだ。

 どちらも多量の魔力弾を自身の周囲にキープするために突き詰めた、個人毎の最適解である。

空「準備出来ました、司令!」

明日美『ええ……では、始めるわよ!』

 明日美は空に応えると、すっ、と手を上げて合図を出した。

 直後、明日美の浮かべた魔力弾の幾つかが眩く発光を始める。

 発光パターンの代わった魔力弾が、狙うべき標的だ。

空「行けぇっ!」

 空は片手を突き出す動作をトリガー代わりにして、標的となる魔力弾と同数の魔力弾を発射した。

明日美『行きなさいっ!』

 対して、明日美もその魔力弾を迎撃する魔力弾を発射する。

 残った魔力弾も、標的となる魔力弾を守る軌道を描く。

空「援護と防御……この割合で!」

 空は両腕を左右に振り払うようにして、残った魔力弾の半数を高速で射出し、
 さらに残りの魔力弾を高速旋回させて防壁代わりにする。

 空の放った高速魔力弾は、明日美の迎撃と防衛の魔力弾の内、
 先に放たれた魔力弾を妨害する物だけを相殺した。

 さらに、その内の撃ち漏らしの魔力弾も、空の周囲を旋回する魔力弾と相殺されて消える。

 そして、無事、迎撃と防衛の魔力弾をくぐり抜けた魔力弾が、標的を撃ち抜いた。
195 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:20.52 ID:08Zn517zo
明日美『よし……ギガンティック搭乗時でも問題なくコントロール出来るようね』

 明日美は自身の元に一つの魔力弾も残っていない事を確認しながら、満足げに呟く。

 対する空の元には、まだ数個の魔力弾が円軌道を描いて浮かんでいた。

 おそらく、最初から防壁代わりにする魔力弾は魔力を多く使って作っていたのだろう。

 明日美の魔力弾全てを相殺しながらも、幾つかは残す事が出来たのだ。

 多数の魔力弾のコントロールに加えて、さらに魔力弾毎の魔力の微調整までこなすとは、
 明日美から見ても空の上達振りは中々の物だった。

 射出後の魔力弾のコントロールは、頭にしっかりと軌道をイメージ出来ているかが重要だ。

 その点は既に十分な訓練を積んでいた空だが、今回の訓練を経てその技量もさらに研ぎ澄まされた事だろう。

空「………」

 だが、対する空はどことなく浮かない様子だ。

明日美『空? ………朝霧副隊長!』

 反応の薄い空に、明日美は少し語調を強めて呼ぶ。

空「は、はいっ!?」

 普段の明日美とは違った声の強さに、空は思わず姿勢を正し、慌てた様子で返事をする。

 そして、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、顔を俯けた。

 機体越しとは言え、空の様子を察したのか、明日美は小さく溜息を漏らす。

明日美『レミィとヴィクセンの事が心配なのは分かるけれど、訓練に身が入っていないようでは駄目よ』

空「はい……すいませんでした、司令」

 溜息がちな明日美の言葉に、空は申し訳なさそうに返した。

 この訓練開始と時を同じくして、ヴィクセンのAIを引き上げる作業が開始される予定だ。

 作業にかかる時間は、大体十分程度を想定しているらしい。

 この五百倍に加速された空間では、結果が出るのはおおよそ三日と半日が過ぎた頃である。

 結果が出てから始めれば良かったのかもしれないが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 それに加えて、どれだけ短い時間のシミュレーションでも解除後の眩暈や負荷は変わらないとなれば、
 始めて数分で解除、と言うワケにもいかないのだ。

 特に、明日美の身体にかかる負担は無視できないレベルである。
196 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:56.58 ID:08Zn517zo
明日美『仲間の安否が普段以上に気がかりなのは仕方ないでしょう……。

    体感で一ヶ月以上経過していると言っても、
    フェイを失ってからまだ半日も経っていないのだし……』

 明日美は悲しげな声音でそう呟くと、短い溜息を一つ吐いて気持ちを切り替え、さらに続けた。

明日美『でも、だからこそ今は訓練に集中しなさい。
    今の自分が仲間のために出来る事を間違えないように』

空「………」

 明日美の言葉に、空は次第に身の引き締まる思いで聞き入っていた。

 確かに、明日美の言う通りだ。

 門外漢の自分が、などと自虐的な事を言うつもりは無い。

 だが、そんな自分が出来る事は、レミィとヴィクセンが戦列に復帰する事を……
 レミィと瑠璃華を信じて、明日美と共に訓練を続ける事だ。

 空は両手で頬を強く叩き、大きく息を吐き出す。

 乾いた音と吐き出す呼吸と共に、気が引き締まる。

空「……はいっ!」

 気を引き締め直した空は、力強い声で応えた。

 仲間を案じる気持ちは変わらないが、つい数分前よりはずっと訓練に集中できている。

明日美『……今度こそ、準備はいいようね。
    なら、早速ヴァッフェントレーガーの訓練に入りましょうか』

 明日美も空の心持ちの変化を感じたのか、少しだけ優しい声音で言った。

空「はい、お願いします、司令!」

 空は大きく頷くと、後方に下げてあったヴァッフェントレーガーに視線を向ける。

空(レミィちゃん、瑠璃華ちゃん、それにヴィクセンも……みんな、頑張って。
  私も、絶対にヴァッフェントレーガーを使いこなせるようになるから!)

 空は祈るような気持ちで仲間達の事を思い、
 そして、強い意志で決意を新たにすると、ギアを嵌めた右腕を掲げた。

空「行くよ……ヴァッフェントレーガーッ!」

 そして、新たな乗機のOSSの名を高らかに叫んだ。
197 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:13:40.90 ID:08Zn517zo
 同じ頃、ギガンティック機関、格納庫――

 11ハンガー前では、ヴィクセンのAI回収作業の準備も最終段階へと移り、
 エンジン内部に入り込んで作業していた整備員達も退避済みだ。

 レミィもコントロールスフィアの内壁に寄りかかり、作業開始の瞬間を待っていた。

雄嗣『ヴォルピ君、聞こえるかい?』

レミィ「……はい、よく聞こえます、笹森チーフ」

 不意に通信機越しに響いた雄嗣の声に、レミィは静かに応える。

 雄嗣はレミィの返事に“うむ”と頷くような息遣いの後、説明を始めた。

雄嗣『起動していたエンジンから全てのパーツが取り外された関係上、
   魔力リンクを行った瞬間に全身に激痛が走るだろうが、
   リンク開始と同時に不要なリンクは全て切断する』

レミィ「はい」

 雄嗣の説明に頷き、レミィは少し前に瑠璃華から聞かされた事を思い出す。

 ヴィクセンは変色ブラッドによる侵食を受けた時点の状態でシステムがフリーズしている可能性が高く、
 それはつまり、エンジンだけとなった現在でもシステムは
 オオカミ型ギガンティックに敗北した時点の状態で停止しているとの事らしい。

 要は四肢をもがれ、頭部を半砕された状態のまま、と言う事だ。

 そして、魔力リンクを開始し、システムを再起動した瞬間に、
 ヴィクセンはエンジン以外の全てを吹き飛ばされたようなダメージを誤認してしまうのである。

 これはリンクして直接アクセスせねば本当の所は分からないのだが、
 万が一にもそうであった場合、最初から魔力リンクを切断した状態でアクセスするのは、
 情報の齟齬を是正できるだけの処理能力の余裕がヴィクセン側に残されていなかった場合、
 再度システムがフリーズしてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 そうなれば、エンジンを動かすために注入したブラッドにより変色ブラッドの侵食は劇的に早まり、
 再度の作業は不可能となってしまうだろう。

 ソレを避けるため、瑠璃華の説明を受けたレミィが自ら進言した方法でもあった。

雄嗣『多少のタイムラグはあるかもしれないが痛みは一瞬で抑えてみせる。

   問題は、その一瞬のダメージからどれだけ早く復帰できるかが、
   天童主任曰く、作業を成功に導く最大のポイント……だそうだ』

瑠璃華『その通りだぞ』

 雄嗣の説明に相槌を打って、瑠璃華が説明を引き継ぐ。

瑠璃華『レミィ、お前はヴィクセンとリンク開始後、
    すぐにヴィクセンのAI本体のデータだけを、
    お前の持っているギア本体に引き上げる作業を始めて貰う。

    こちらでも作業をサポートさせて貰うが、お前の感覚だけが頼りだぞ』

レミィ「ああ。ヴィクセンを掴んで引き上げる感覚、だったな」

 先ほども説明して貰った事を再度説明してくれた瑠璃華に、レミィは頷きながらそう返した。

 第一世代ギガンティックのコアを流用したハートビートエンジンのコアは、
 ギアのコアストーンと基本的な原理は近い。

 魔力的に構築された人口知能は、意志を持った魔力と置き換える事も出来る。

 AIの引き上げとはつまり、その意志を持った魔力だけをエンジンのコアから引き上げ、
 ギアに移し替える作業の事なのだ。

 ヴィクセンの場合、その生みの親はレミィ自身。

 これ以上、引き上げに適した人材もいないだろう。
198 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:10.58 ID:08Zn517zo
瑠璃華『よし……最終準備が整ったみたいだ。すぐに始めるがいいな?』

レミィ「……ああ、始めてくれ」

 瑠璃華の問いかけに頷くと、レミィは背を預けていた内壁から離れ、
 コントロールスフィアの中央に立った。

 コントロールスフィアの内壁に周囲の状況が映し出され、
 外部のディスプレイがカウントダウンを始めている。

 残り四秒で作業開始だ。

レミィ(ヴィクセン……)

 レミィは心中で、相棒の名を呼ぶ。

 自分の我が儘に付き合わせ、自分の油断から傷付く事となった相棒。

レミィ(すぐに、助けてやるからな!)

 決意も新たに、来るであろう痛みの衝撃に身構える。

整備員A『ベント解放! エーテルブラッド、強制注入開始!』

整備員B『コントロールスフィア各システム良好、魔力リンク、強制再接続します!』

 整備員を含む技術開発部のスタッフが次々に作業を進め、遂にその時が来た。

雄嗣『システム、リンク確認!』

 恐らく雄嗣と思われる男性の声と共に、レミィの全身を痛みが駆け抜けた。

レミィ「ッァァァァ!?」

 目を見開き、口を悲鳴の形に広げて、声ならぬ声を吐き出す。

 心臓だ。

 心臓だけを抜き取られ、それだけになってしまったような、
 はたまた心臓以外の全身を粉々に粉砕されたような激痛。

 そんな、先に説明されていた通りの激痛が全身を駈け巡る。

 覚悟はしていたつもりだった。

 だが、現実に受ける激痛は、覚悟程度で乗り切れるほど生易しくは無かった。

 正常な思考がままならない。

 リンク開始から何秒が過ぎた?

 いや、何十秒? 何分? 何時間?

 瞬きさえも許されないほどの苦痛が、僅かな時を遥か長時間にまで拡張して行く。

 そして――

雄嗣『各部身体リンク切断完了!』

レミィ「っ……がはっ!?」

 ようやく全身の痛みが引き、レミィはその場で膝を突く。

 カウンターは作業開始から二秒と経過していない。

 本当に一瞬の事だったようだが、それでも全身に残る痛みの感覚の残滓は凄まじい。

 だが、休んでもいられない。

 全身から引き剥がされた痛みに喘ぐ間も無く、レミィは意識をギアに集中する。

 ギアからエンジン、そのAIへ、意識を潜らせた。
199 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:50.86 ID:08Zn517zo
レミィ「っぐ!?」

 直後、胸の痛みに気付く。

 やはり、この痛みも心臓に由来するものだ。

 おそらく、変色ブラッドによって蝕まれたハートビートエンジンの痛みとリンクしているのだろう。

 その痛みが、心臓全体へとジワジワと広がって行くような感触がある。

 本来ならばこのリンクも切断すべきなのだが、
 エンジン本体とのリンクを切断すればヴィクセンを助け出す事は出来ない。

瑠璃華『侵食率が想定値よりも高い!? レミィ、急げ!』

 瑠璃華が悲鳴じみた声を上げた。

 レミィは視線だけを動かし、ハートビートエンジンに接続されたパイプを見遣る。

 半透明の耐圧パイプを流れる若草色に輝くエーテルブラッドに、
 濃紫色の暗い輝きが混ざり始めているのが見えた。

 ヴィクセンの防衛能力が満足に機能していないため、
 エーテルブラッドを媒介に恐ろしいほどの速度で侵食が進んでいるようだ。

レミィ<ヴィクセンッ!>

 レミィは思念通話で愛機に呼び掛ける。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ>

 すると、即座に思念通話が返って来た。

 途切れ途切れの音をつなぎ合わせたような、酷いノイズ混じりの声だ。

 そのノイズのような声を聞いた瞬間、
 レミィはドロリとした粘液で満たされた暗い海の中に放り出された感覚に襲われた。

 どうやら、ヴィクセンのAIと自分の意識が普段以上に密接に繋がり、
 変色ブラッドに侵食されたエンジンの影響を受けているのだろう。

 おかしな話かもしれないが、
 これがハートビートエンジン試作一号機……ヴィクセンの深層意識なのだ。

レミィ<悪かった……ヴィクセン。
    私の我が儘に付き合わせたばかりか、あの時、油断したせいで……お前を……!>

 レミィは呼び掛けを続けながら、意識の奥底へと潜るように進む。

 粘液の抵抗か、それとも深層意識に潜って行く故の心象なのか、
 身に纏っているインナースーツが少しずつ溶けて無くなって行く。

 すぐに全てのインナースーツは溶けてなくなり、
 全裸になってしまったレミィだが、不思議と羞恥は感じない。

 それどころではないと言う話ではあったが、
 それ以上に肌を晒すごとにヴィクセンと一体になって行くように感じられたのだ。

 レミィは生まれたままの姿になって、深層意識の奥底に向けて必死に手を伸ばす。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、深層意識の海の奥底から、ヴィクセンの声が響く。

 ノイズ混じりの中でも、その声がどこか怒っているようにレミィは感じた。

レミィ<ごめん……ヴィクセン……! でも……>

 レミィは泣きそうな声で漏らし、思わず引っ込めかけた手を、再び必死に伸ばす。

 すると――

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、ヴィクセンの声が聞こえた。

 今度は怒りの中に、僅かな慈しみさえ感じられる。
200 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:15:35.86 ID:08Zn517zo
 変色ブラッドの侵食から自らのコアを守るため、
 “レ・ミ・ィ”と主の名だけを紡ぐので精一杯のヴィクセン。

 だが、その僅か三文字の音に乗せられた思いは、
 意識の奥底に近付くにつれてハッキリを感じられるようになって行く。

 僅かな怒り、深い慈しみ、強く熱い友愛の情。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び聞こえた声は、怒りと言うよりも小さな子供を叱りつける年上の家族のような、
 そんな暖かな物に満ちていた。

レミィ<ああ……そう、だった……な>

 レミィはしゃくり上げるように、ヴィクセンのその思いに応える。

 そして遂に、レミィはヴィクセンの深層意識の奥底へと辿り着く。

 深層意識の奥底は草原のような光景が広がっていた。

 ドロリとした粘液の海底に広がる草原。

 おそらくはこの草原こそがヴィクセンの深層意識の本体なのだろう。

 粘液の海底は変色ブラッドの影響だと言う直感にも似た推測は当たっていたのだ。

 レミィは伸ばしていた手を引っ込め、
 両の足で“草原”に足をつくと、その足もとに柔らかな若草色の輝きが灯った。

 その輝きの中で横たわる、金色の毛並みの子ギツネの姿。

 これがヴィクセンの深層意識の核……ヴィクセンのAIの心象体。

 つまり、意識を持った魔力そのものだ。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 子ギツネの姿をしたヴィクセンは弱々しく顔をもたげ、また声を漏らす。

 それはどこか申し訳なさそうな響きを伴っていた。

 だが、それに対してレミィは小さく頭を振って、彼女を抱き上げる。

 たった三つの音でも、彼女が何を言わんとしているか、レミィには理解できた。

レミィ<バカだな……お前が言ったんだろう……あの時だって、今だって……>

 レミィは涙混じりの声でそう言って、抱き上げたヴィクセンに頬を寄せ、精一杯微笑んだ。


――あんまり遠慮するんじゃないわよ!――


 そう、力強く語りかけてくれた相棒の言葉を、レミィは思い出す。

 ヴィクセンを抱き上げたレミィの身体は、一気に海面へと向けて上昇を始めた。

 どれだけの時間が経ったのか、それとも僅か一瞬の出来事だったのか、
 海面の膜を突き破るような感触と共に、レミィの意識は現実へと引き戻される。
201 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:16:30.45 ID:08Zn517zo
レミィ「ッ、ぷはっ!? ……はぁぁ……ふぅぅ……」

 どうやら深層意識に潜っている間は無意識の内に呼吸を止めていたらしく、
 レミィは大きく息を吐き出し、また吸い込む。

 新鮮な酸素を取り込み肺に満たすと、急速に身体が落ち着いて行く。

 胸の痛みも消えており、ハートビートエンジンとのリンクが切れた事が分かった。

 ヴィクセンのAI本体をギアに移動させた事でリンクも切れ、
 エンジンがただのマギアリヒトの塊になってしまった証拠だ。

 外部のディスプレイを見遣ると、作業開始から一分と経過していない。

 どうやら、深層意識の体感時間は現実のソレとは著しく異なるようだ。

レミィ「ふぅ……」

 レミィは深いため息と共に自らの身体を見下ろすと、全身余すところなく濡れていた。

 深層意識の海に潜ったため……と言うワケではなく、どうやら単に汗をかいただけのようだ。

 心臓以外を粉砕されるような激痛に、心臓に走る痛み、
 体感時間を濃密に圧縮された深層意識へのダイブと、慌ただしく体験した事による物だろうか?

 髪の先まで濡らす汗に苦笑いを浮かべたレミィは、尻餅をつくようにその場に座ると、右手首を見遣る。

 そこにはシンプルな腕輪だったギアが変化した、
 キツネの紋様と爪を摸した若草色のクリスタルがはめ込まれた新たな腕輪状のギアの姿があった。

 それまでのヴィクセンのギア本体は、あくまでハートビートエンジンのコアとレミィ本人を橋渡しをする仮の物だったが、
 AI本体を取り込んだ事でレミィのイメージを取り込んで相応しい形に姿を変えたのだ。

レミィ「……ヴィクセン、気分はどうだ……?」

ヴィクセン『ええ……中々、かしら。
      一時的とは言え、ただのギアになるって言うのも案外、乙な物ね』

 疲れ切ったように問いかけるレミィに、ヴィクセンは共有回線を開いて、戯けた調子で応える。

 どうやら、引き上げは成功したようだ。

雄嗣『脳波と脈拍にまだ僅かな乱れはあるが、許容範囲内だ』

瑠璃華『システムチェック……AIも無事に引き上げられたようだな』

 雄嗣と瑠璃華の声が、無事の作業終了を告げる。

レミィ「よかった……」

 二人の言葉を聞き、レミィは安堵と共に胸を撫で下ろし、その場で仰向けに倒れた。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ、大丈夫!?』

レミィ「ん、ああ……大丈夫だ……ちょっと疲れただけだ……」

 慌てふためくヴィクセンに、レミィは疲れ切った様子で返す。

 何とかやりきったが、これで終わりではない。

 戦いはまだ終わってはいないし、助けなければならない仲間達もいる。

 レミィは力を振り絞り、ヴィクセンの嵌められた右腕を高く掲げた。

ヴィクセン『今度こそ……絶対に助けましょうね。……あなたの妹を』

レミィ「……ああ、今度こそ、絶対だ」

 高く掲げた右腕から聞こえる声に、
 レミィは万感の想いと、以前よりもさらに強くなった決意を込めて応えた。


第18話〜それは、甦る『輝ける牙』〜・了
202 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/11/16(日) 22:22:49.50 ID:08Zn517zo
今回はここまでとなります。
空の称号に漏れインに続きゲロインが追加されました………僕はこの子をどうしたいんでしょうか?w

久しぶりに安価置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/11/17(月) 22:50:35.11 ID:oukw9DMU0
寒さも徐々に深まる中、乙ですた!
アッカネーン……にならなかった事にホっとしたのも束の間、ホンぇ……えー、王に本物も偽もありませんけど、王を名乗る以上その双肩にかかる責任は理解して欲しいものであります。
ンが、その後のユエからの話しを聞く限り、それは無理な話のようですね。テロお纏める手段としての”王朝”なのは理解出来ますが、第三者がそう理解できることほど渦中の、
中心にいる人物には理解し難いというのはいつの世も変わらぬものですね。
そしてユエの”はぐらかし”……それまでの饒舌との対比で、どうも実は不器用な人物なのでは?という印象を受けましたが、はてさて。
そして空……ええ、Gと振動って辛いんですよ……子供の頃、車酔いが酷かったのでよ〜く解りますww
反面、ダメージを受けている明日美……コーチが吐血するのは、特訓にはお約束ですね!翻って、ユニコルヌとの会話に何とも言えぬ温かさを感じます。
さて、空の訓練も順調に進み、レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と整ってきましたが、どうなる事か。
続きを楽しみにさせて頂きます!
204 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/18(火) 20:42:27.32 ID:myL0Y+Ygo
お読み下さり、ありがとうございます。

>ホンの立場
正直な話、彼は御輿ですらないんですよね。
御輿なら回りが担ぎ上げますけど、彼の場合は彼自身が臆病な事もあって、
望む物さえ与えておけば、大人しくシェルター代わりのコンテナに引きこもってくれているので、
何かにつけて担ぐ必要が無いので、操り人形としては理想的な担ぎやすさです。
そして、外部に顔を見せる必要がある時だけ使う……こう言う部分は操り人形と言うより、むしろ隠れ蓑ですね。
ただ、単なる隠れ蓑と言うには少々、我が強いので、ユエの側にも多少の不自由さ(11話のような事)も有ります。

>ユエの“はぐらかし”
この辺りはミスリードも含めて色々と想像の余地があるようになっています。
ですが、基本的に自分の書く技術屋は不器用な人が多いので、彼の本性と言うか、本質の顕れみたいな所はあると思います。

>Gと振動って辛い
立体駐車場の上り下りすらGを体感できますからねぇ。
今回はシミュレーター停止から意識が身体に戻るまでの一瞬で、
長距離・大高低差・急カーブコースのジェットコースターを味わったような感覚となっております。

空のバランスの良さは、既に何度か出しているように平衡感覚以上に体幹の良さなので、
自発的だったり突発的な物を立て直そうとしたりする能動性の高い揺れには強いですが、
今回のように自分で何も出来ない状態、対処できない状態にされての受動性の高い揺れには人並みに弱いです。
早い話がバランスが崩されそうになったら力業で耐え、崩されたら力業で立て直すバランス脳筋ですw

>車酔い
自分も、学校の遠足や旅行でバスに乗る時は前の方であってもタイヤの上はアウトな人種でしたw
今でも他人の運転する車に30分以上乗っていると、ほぼ九割から十割に近い確率で酔います(車酔いあるある

>明日美@コーチが吐血する
吐血するコーチと言うと、個人的にトップのオオタコーチが思い浮かびます。
と、同時にスパ厨なので、第一次αで原作五話終了まで進んでいた割に第三次αでも終盤までピンピンしていたのを思い出します。

そして、ユニコルノはアレです。
基本的に起動者の深層意識の現れなので、両親を反映してエールをややお堅くした感じとなっています。
……クライノートと大差が無いのは秘密です(白目

>レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と
暗い展開が続いた中で、ようやく一筋の光明が、と言う感じですね。

次回は遂に新型のヴィクセンMk−Uがお披露目です。
クライノートとヴァッフェントレーガーのお披露目も含むので、偏らないように頑張ります。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/12/11(木) 23:11:22.18 ID:Am0AOydw0
捕手
206 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/12/14(日) 19:57:02.69 ID:c4YXF2eHo
保守ありがとうございます。
ちょいと私事でゴタついておりますので、投下は年末頃になるかもしれません。
207 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/12/31(水) 22:15:41.25 ID:GHB5lTWGo
何とか年末に間に合ったので、最新話を投下させていただきます。
208 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:16:34.75 ID:GHB5lTWGo
第19話〜それは、響き渡る『涙の声』〜

―1―

 7月9日、午前六時過ぎ。
 第七フロート第三層中央、旧山路技研、通称“城”。

 その最奥区画にあるユエの研究室――


 囚われの身となって十一時間が経過した頃、茜は目を覚ました。

茜(睡眠時間は四時間程度か……敵の膝元で眠れるとは思わなかったな)

 茜はそんな事を考えながら、自嘲の嘆息を漏らす。

 睡眠時間はやや短く、気怠さも感じるが、
 早起きが習慣ついているせいか、普段よりは遅かったもののすんなりと目が覚めた。

 ここはユエの研究室と扉一枚隔てた寝室だ。

 元々、研究者用の宿直室だった場所を改装しただけの簡素な作りだったが、
 物置代わりに使われている棚で仕切られているお陰でそれなりにプライベートな空間は確保されていた。

 如何せん狭いと言う難点はあったが、身の安全が保障されているだけマシである。

 そう、信じられない事に、茜は囚われの身でありがなら、身の安全が保障されているのだ。

茜(いくら何でも、おかしいだろう)

 茜は自身の手首を見遣ると、そこには昨夜と変わらず魔力抑制装置が取り付けられていた。

 だが、この研究室に入って以来、それ以外で何かをされたと言う事は無い。

 むしろ、この研究室の主……ユエ・ハクチャによって客人としての扱いを受けていたのだ。

 この研究室の外には出られない軟禁状態ではあったものの、洗脳や拷問を受ける事はなかった。

 むしろ、特定の端末以外に触れて情報収集する事すら許可されており、
 以前は知り得なかったテロリスト達の情報や、現状を把握する事も出来ていた。

 テロリスト達の構成員や、別のテログループとの横の繋がりを証明する情報、
 さらには政府側に入り込んでいる内通者の情報に至るまで、手に入れる事が出来た物はどれも重要な情報ばかりだ。

 400シリーズと呼ばれるテロリスト達のギガンティックも、名前やカタログスペックは入手できた。

 しかし、ユエにとってはその程度の情報は機密にも当たらないのだろう。

 逆に彼が隠したいのは、今も彼が開発中のギガンティックに関する情報のようで、
 そちらは専用の権限が無ければ閲覧できない端末に保存されていた。

茜(レミィ……フェイ……)

 様々な情報を入手できた茜だったが、端末を通して知り得た仲間達の現状に、
 むしろ彼女は心を痛める事となった。

 自分と一緒に連れて来られなかった時点である程度、予想はしていたが、
 空は辛うじて虜囚の身になる事は避けられたらしい。

 だが、レミィはオオカミ型ギガンティック……402・スコヴヌングとの戦闘でヴィクセンを大破させられ、
 フェイはダインスレフの攻撃によって機体ごと爆散してしまったと記録されていた。

 空やレオン達部下の事は細かく記録されていないが、残りは“逃げられた”との報告を受けているようだ。

 無事……とは限らないが生きているのは間違いない。

 レミィに関しても、確証は無いが生きている可能性はまだある。

 昨夜はその結論に至るまで寝付く事が出来ずにいた。

 だが、その結論に至ったお陰でするべき事は決まった。
209 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:10.89 ID:GHB5lTWGo
茜(先ずは――)

 茜が昨夜の内に決めた事を指折り数えようとした、その時だ。

??「食事、持って来ました」

 茜用のプライベートスペースの隅で抑揚の少ない幼い少女の声が聞こえた。

 茜がそちらに目を向けると、声そのままと言った風体の少女……ミッドナイト1がいた。

 ミッドナイト1は食事の盛り付けられた食器の載った大きなトレーを抱えており、
 身じろぎもせずに茜の返事を待っている。

茜「ああ、君か……そこに置いて……いや、一緒に食事を摂ろうか」

 茜はベッドの端を指差してから思い直したように頭を振ると、ミッドナイト1を手招きした。

 手招きされたミッドナイト1は、キョトンとした様子で立ち尽くしていたが、
 昨夜の内にユエから“幾つかの事柄を除いて、彼女の言う事を聞くように”と申しつけられていた事を思い出し、
 “失礼します”とだけ言って茜の横に腰を降ろす。

 説明するまでも無いが、ユエの言った“彼女”とは茜の事だ。

 ミッドナイト1は自分と茜の間にトレーを置くと、自分の分の食器を取り、
 チーズを囓ってはパンを、パンを頬張っては牛乳を、牛乳を飲んではチーズを、
 と三角食べの見本のような食事を始めた。

 しかし、コーンポタージュには手を出していない。

茜「残している物は、嫌いなのか?」

M1「……いいえ」

 怪訝そうに尋ねた茜に、ミッドナイト1は食事の手を止めて僅かな思案の後に返す。

茜「……なるほど、好物は楽しみに取っておく方か……」

 茜は微かに微笑ましそうな笑みを浮かべそう言うと、納得したように頷いた。

M1「………?」

 ミッドナイト1はワケも分からず首を傾げたものの、すぐに食事に戻る。

 ミッドナイト1のその様子と、自分の食事を交互に見遣りながら、茜も食事を始めた。

茜(ロールパン二つにチーズ二つ、コップ一杯の牛乳にスープ。
  全て合成食品だがプラントで賄える食事だな……。

  味に異常もない……つまり、毒は入れられていない、と言う事か)

 茜は全て一口よりも少ない量だけを味見しつつ、そんな事を考える。

 食事の量は申し分無いし、味も合成食品なりに悪い物ではないようだ。

 量と味はともかく、毒や自白剤の類が入れられている様子も無い。

茜(この子も扱いや立場は悪いが、恒常的に暴力を振るわれたり、
  常に不当な立場にいるワケではないのか……)

 茜は傍らのミッドナイト1をつま先から頭の天辺まで、じっくりと観察する。

 一晩明けて治療は終わったのか、治癒促進用のパッドも、傷痕も無い。

 ユエや研究者の対応を見る限り、暴力を振るうのはテロリストの中でも兵力として数えられる側の人間の仕業だろう。

 だが、彼女を丁重に扱うユエ達も、彼女をエールに同調するための生体部品としか見ていない。

 彼女自身は無自覚なようだが、彼女も被害者だ。
210 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:49.71 ID:GHB5lTWGo
 茜は食事を続けながら、先ほどやろうとしてた“やるべき事”を改めて考える。

茜(先ずは可能な限りの情報の入手……これは端末から収集できるだろう)

 少々……いや、甚だ疑問ではあるが、先に述べた通り情報収集の自由は確保されていた。

茜(二つ目は、コレの解除だな……)

 茜は視線だけを手首の魔力抑制装置に目を落とす。

 魔力錠であるため、外そうと思って魔力を流し込めば簡単に解除できる。

 だが、茜の魔力はこの抑制装置によって自然放出されてしまうため、解除する事が出来ない。

 コレはユエの研究室に他の研究者が入ってくれば、その人物を素手で制圧すれば解決できる可能性がある。

 或いは、別のもう二つの手段だ。

茜(……三つ目は脱走経路の確認と確保)

 正直、これが一番難しいだろう。

 端末で入手できた情報は、この技研が今のような構造に改造される以前の見取り図だ。

 以前はもう少し風通しの良い構造だったようだが、昨晩歩かされた通路とは明らかに構造が異なっている。

 おそらく、最奥にあるホンの居室やユエの研究室を守るため、
 通路だけでなく壁や階段を追加して迷路のように複雑化させたのだろう。

 昨日、覚えた一本道を使った場合、何処で警備兵や警備用ドローンに見付かるか分かった物では無い。

 抑制装置を外せても、十分に戦闘可能になるまで魔力を回復するには、相応の時間がかかる。

 出来るだけ短い移動で気取られずに抜けられる新たな脱出経路を見付けるべきだろう。

 しかも、これは時と場合によっては時間制限がある。

 ユエ以外の研究者がいつ現れるか分からないからだ。

 ずっと現れないかもしれないし、すぐにでも現れるかもしれない。

 加えて、この脱出経路の確保はクレーストとエールの奪還も含まれる。

 状況次第だが、クレーストでエールを抱えて脱出する事も念頭に置かなければならない。

 それが“一番難しい”理由である。

茜(そして、四つ目……)

 茜は物憂げな視線をミッドナイト1に向ける。

 先ほども考えた事だが、彼女はどちらかと言えば被害者の側だ。

 出来る事なら、こんな場所からは連れ出してやりたい。

 そして、それが叶うなら彼女に抑制装置を取り外して貰う事も出来るだろう。

 多少の打算は入るが、それでもミッドナイト1を助けたいと言う思いは本物だ。

 ともあれ、ミッドナイト1に外して貰う、と言うのが考えた非常手段の一つ。

 もう一つは、両手首の切断だ。

 予め止血準備を整えた後で手首を切断、装置を取り外し、回復した魔力でさらに止血する方法だが、
 これは本当の非常手段として最後の最後まで温存して使わずに終わりたい物である。

茜(いざとなれば、甘えた事は言っていられないだろうがな……)

 茜は心中で溜息を漏らすと、改めて食事に集中する事にした。
211 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:18:16.12 ID:GHB5lTWGo
 昨晩は食事もままならなかった事もあって、落ち着いて食べると空きっ腹に染み渡るようだ。

 空腹が満たされ、人心地ついた茜は両手を合わせる。

茜「ごちそうさま、ありがとう」

 茜は傍らで食器の片付けを始めたミッドナイト1に向け、穏やかな表情でお礼を言った。

M1「……マスターの言いつけに従っているだけです」

 対する、ミッドナイト1は努めて淡々と返すばかりだ。

 だが平静でいようとしている様子は、何となく察する事が出来た。

 おそらく誰かにお礼を言われた事など無く、始めての事に戸惑っているのだろう。

茜「それでも、この部屋から外に出られない私のために、この食事を持って来てくれたのは君だ。
  お礼を言わせてくれ」

 茜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 他の誰も、彼女を一人の人間として扱わないなら、自分だけでも彼女を人間的に扱うべき。

 茜はそんな使命感にも似た考えで彼女に相対していた。

 そこに彼女を絆そうとする打算的な物が欠片も無かった、とは言い切れない。

 だが、紛れもない本心である事は、自信を持って言い切れる。

 そんな彼女を見て、やはり結・フィッツジェラルド・譲羽と言う人物を知る者は口を揃えて言うだろう、
 “ああ、間違いなく、あの猪突猛進な正義感の塊の孫だ”と。

 そして、奏・ユーリエフを知る者はこうも言うかもしれない、
 “ああ、クレーストが彼女を選んだのは、血縁だけが理由ではない”と。

 ともあれ、真摯な態度の茜に、ミッドナイト1はさらに動揺を隠せないようで、
 いそいそと食器を片付けると無言でその場から立ち去った。

茜(……慣れていないだけ、なんだろうな)

 そんなミッドナイト1を見送った茜は、胸中で寂しそうな溜息を漏らした。

 一つの人格として見て貰えない。

 生まれた時からそのようにしか扱われていないとは言え、彼女とて人間だ。

 それがどれだけ幼い子供の心に傷を穿つかは、想像を絶するが、それだけに想像に難くない。

 彼女はそんな扱いをされる事を、どこかで諦めているのだろう。

 だからこそ、ユエからの扱いも受け入れられてしまう。

 だがあの反応を見る限り、本心では人間として扱われる事を望み、もがき苦しんでもいる。

茜(………あの子はテロリストの仲間だ。
  だけど、それ以上にテロリストの被害者だ)

 繰り言のような事実を、茜は改めて心の中で反芻した。

 自身の中にある決意を確認した茜は、早速、プライベートスペースに置かれた据え置き型の端末に向き直る。

 彼女……ミッドナイト1の事も重要だが、情報収集も重要だ。
212 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:03.67 ID:GHB5lTWGo
 茜は端末を起動すると、内部のネットワークにアクセスする。

 使うIDとパスワードはミッドナイト1用に発行されている、組織内の重要度で言えば中の上ほどの物らしい。

 前述の通り、重要データにはアクセス出来ないが、必要なデータの幾つかは簡単に入手できたので、これで十分と言える。

茜(ユエ・ハクチャ……か)

 今日、確認したいのはユエの事だ。

 組織の首魁であるホン・チョンスを裏から操る、おそらくはテロリストの本当の首魁。

 彼に関する情報を、せめてその手がかりとなる物だけでも探さなくてはいけない。

茜(漢字で書けば月・博士……偽名だろうな、さすがに)

 創作ならば学者肌の人間にそれらしい名前がついている事はあり得るが、現実でそんな名前を付ける事はごく稀だ。

 しかも、ストレートに“博士”と来たら、偽名を疑わないワケにもいかない。

 加えて、彼は“ここのセキュリティを作ったのも手を加えたのも自分”とまで言っていた。

 彼の正体に関しては、旧技研の研究者か関係者辺りを疑った方が良い。

茜(見た目の年齢は四十代半ばから五十歳前後……60年事件の頃は三十歳代と見ていいか)

 茜は先ず、技研の研究者名簿にアクセスする。

 この辺りのデータが削除されていないのは有用性があるからだろう。

 尤も、更新はされていないので十五年前時点のデータばかりだが……。

茜(セキュリティの製作までしていたとなると、プロジェクトの主任クラスが一番怪しいか……)

 茜は思案げな表情を浮かべ、データベースに幾つかの検索条件を入力した。

 合致した人間は五名。

 オリジナルギガンティックのドライバーを務めているせいか、見知った名前も三人いる。

 彼らは技研占拠の折、辛くも脱出に成功し、その後もメインフロートの新技研で働いている事は茜も知っていた。

 そして、残りの二人と言えば、ユエとは似ても似つかない顔だ。

 しかも、一方は黒人系でもう一方は女性だ。

茜(性転換もあり得るだろうが、さすがに発想が飛躍し過ぎだな。
  精々、整形が関の山か)

 茜は小さく溜息を漏らし、沈思黙考する。

 違法な整形手段を使えば、骨格をマギアリヒト製の人工骨格と入れ替える方法もある。

 が、これもさすがに無茶があるだろう。

 顔のパーツを全て整形したとしても、個性を削ぎ落とすようなカタログ整形をしない限り特徴的な部分は残る物だし、
 それはそれで人工物のような不自然さを醸し出す筈だ。

 昨夜もユエの顔を観察してみたが、仮に整形しているとしてもそこまで不自然になる整形をしているようには見えなかった。

茜(セキュリティを構築した人間にだけ絞って再検索だな。
  そこから少しずつ怪しい人物を絞り込んでみるか……)

 茜はそう考え、今度は単純な検索条件を入力し直す。

 そうして合致したのは二十三名。

 年齢別に並べ替え、先ほどの五名を除外すると、上から順に照合を始める。

 と、すぐに茜は驚きの表情を浮かべた。

茜「一人目が、コイツか……」

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべて、そんな言葉を漏らしてしまう。

 月島勇悟。

 少々、予感めいた物を感じていたが、
 改めてその名前を目にすると、前述のような表情を浮かべるのも無理からぬ、と行った所だ。
213 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:35.13 ID:GHB5lTWGo
 年齢は六十五歳と表記されているが、古いデータベースが十五年も更新されないまま放置されている結果だろう。

 しかも、技研の副所長当時のデータのようで、旧魔法倫理研究院側のデータも併記されている。

 旧魔法倫理研究院の組織としての性格上の問題なのか、研究エージェントとして登録もされていた。

 不安定な戦後下で動き出したプロジェクトと言う事もあって、
 エージェントのランクが記載されているのは護身術代わりに魔導戦の指導でもしていたのだろう。

 母方の亡き祖父・アレクセイも、全盛期はAランク相当のエージェントだった事を、
 大叔母の藤枝明風から幾度となく聞かされていた。

茜「Bランクのエージェント、か……。
  そこそこの手練れだった、と言う事か」

 茜は何の気無しに目に入ったデータを、ぽつり、と呟くように読み上げた。

 要は手練れの警官や軍人程度の魔導戦が出来る腕前だったと言う事だ。

 と、不意に何かの引っかかりを感じる。

 Bランクのエージェント。

 その聞き慣れない筈の古い言葉に、茜は聞き覚えがある事を思い出した。


――研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね――


 そう、確かにユエはそう言った筈だ。

 だからと言って、“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”などと言う三文推理小説じみたこじつけは出来ない。

 六年前、月島勇悟は確かに自殺しているのだ。

 死体から検出されたマギアリヒト、DNA、歯の治療痕など、全ての情報が月島勇悟本人の死を立証している。

 百パーセント同じDNAから純粋培養した魔導クローンでも、魔力が一致する事は稀だ。

 現代魔導クローン技術の母とも言われる祈・ユーリエフですら、純粋培養したクローンである奏の魔力を、
 自身と完全同一波長にするには頭髪の色と瞳の色が変化するほどの調整を要した。

 統合労働力生産計画に携わり、魔導クローンに対する造詣を深めた月島勇悟が、
 天文学的確率で完全一致の純粋培養魔導クローンが完成させ、それを身代わりに自殺させる。

 なるほど、筋は通るかもしれないが、過程における仮説があまりにも雑過ぎる。

茜(そんな物は計画じゃない……ただのギャンブルもどきだ)

 茜は至極当然、その結論に達した。

 ギャンブルもどきと言い切ったのは、それがギャンブルと呼べるかすら怪しい行為だからだ。

 自分の命を掛け金に、“万が一捕まりそうになった時”に備え、
 “完全一致の純粋培養魔導クローンを作っておく”などと、誰が考えよう。

 そこに至るまでの失敗回数は?
 かかる費用と魔力、そして、時間は?

 60年事件よりも以前から準備を始めたとしても、結局、金と魔力が動く事には変わりない。

 大金と大魔力の動きは企みを進めるために必要だが、同時に企みを気取られ易くする最大の欠点だ。

 月島とテロの繋がりに関しての捜査は行われたが、そんな大金と魔力が極秘裏に動いていた記録は存在しない。

 “発見されていない”ではなく、“存在しない”なのは、既にありとあらゆる資金経路が真っ先に調べ尽くされた後だからだ。

 ドローン数体や小型パワーローダー程度の物を作る金と魔力なら誤魔化せるかもしれないが……。

 ともあれ、天文学的数値で低い成功率でしかない類の魔導クローンを、
 金と魔力の動きを気取られない範囲で完成させ、自分の身代わりにする。

 その掛け金は自分の命。

 自分が助かる可能性が僅かに増えて、気取られる可能性が多いに増える。

 リスクと出目の悪さが目に見えるほど大き過ぎて、賭けとしては不成立だ。

 ギャンブラー……いや、ギャンブル依存症なら賭けるかもしれないが、
 仮に月島の座右の銘が“失敗は成功の母”であっても、そんなあからさまに不利な賭けはしないだろう。
214 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:04.39 ID:GHB5lTWGo
茜(死んだのは月島勇悟本人だ……クローンであるワケがない)

 幾つかの確証に繋がる証拠を思い起こしながら、茜はその結論を反芻した。

 分かり易く“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”ではあり得ない事を立証しろと言うなら、
 状況証拠ではあるが確実性が高い物がある。

 先ず、ユエは月島よりも若い。

 仮にユエが月島のクローンであるならそれで良いワケだが、
 そうなるとクローンが生き残って月島が自殺した事になる。

 これでは本末転倒……茜がユエと月島をイコールで結ばないのも納得だ。

茜(Bランクどうこうは単なるブラフと見た方がいいか……。
  となると、やはりこのリストの中から、だな)

 茜はリストから月島を除外すると、残る十七名のリストを確認する。

 年齢は現在三十代の末から七十代までマチマチだが、
 やはりすっぽりとユエの年齢に合致しそうな年齢が除外されてしまっている。

茜(まさか、奴が言った情報の全てブラフなのか?)

 茜は怪訝そうな表情を浮かべ、肩を竦めて溜息を漏らす。

 だとしたら、どこまでがブラフなのだろうか?

 疑いだしたらキリが無い話だが、こちらの思考を見透かしたような言動もブラフと考え出すと、
 もう何が本当で何が嘘かなのすら分からなくなってしまう。

 茜は思考を一旦区切るため、片手で頭を掻きむしる。

 元から信頼も信用できない相手だったのだ。

 しかし、何の気まぐれかは知らないが、こうして身の安全だけを保障してくれている。

 だが、それだけだ。

 身の安全を保障された事で、どこか気が緩んでいたのかもしれない。

 相手は父を始め、多くの人々を死に追い遣ったテロリストの黒幕……少なくともその一人なのだ。

茜(別の角度から探りを入れてみるか。
  例えば……格納庫にいた二人の研究者から……)

 茜はデータベースの画面を切り替え、研究者のリストの顔が映ったフォトデータだけを呼び出し、
 それを一つ一つチェックして行く。

 二人の顔は一瞬見ただけだが、状況が状況だけに印象も強く、顔はしっかりと覚えている。

 地道な作業だが、ユエの正体に至る手がかりはもう殆ど残されていない。

茜(これが、最後の手がかりにならなければいいが……)

 茜は微かな不安を抱きながらも、記憶と画像の照合を続けた。
215 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:38.96 ID:GHB5lTWGo
―2―

 同じ頃、第七フロート第三層外郭区画――

 瓦礫だらけの殺伐とした区画に、無数のリニアキャリアが鎮座していた。

 軍用、警察用に混ざって、ギガンティック機関のリニアキャリアも並ぶその光景は、
 正に人類の戦力を一つ所に集めた壮観さがあった。


 その一角、ギガンティック機関のリニアキャリアの停車している場所に据え付けられた仮設テントで、
 空は作戦概要の記されたデータに目を通している最中だった。

空「ふぅ……」

 いや、もう作戦概要を読み終えたのか端末から目を離し、顔を上げると、
 軍の工作部隊によって設置された無数の投光器が照らし出す瓦礫の光景に目を向ける。

 昨夜とは打って変わって明るい光は、逆にこの惨憺たる光景を否応なく浮き彫りにしていた。

 空は寂しさと哀しさ、そして、怒りの籠もった複雑な表情を浮かべ、肩を竦める。

 現在は軍の工作部隊によって一部の瓦礫が撤去、マギアリヒトへと再利用され、
 急造の砦……中継基地が築き上げられている最中だった。

 加えて、空自身は今回の作戦概要に関しては既に報されており、先ほどまでは内容を確認していただけに過ぎない。

空(一気に決着、って言うワケにも行かないもの……一戦一戦、確実に勝って行かないと)

 空は今朝方、こちらに来る前に行ったブリーフィングの内容を思い出しながら、心中で独りごちた。



 時は遡り、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 深夜に特訓の第三段階を終えた空は、四時間足らずの短い睡眠を終えてブリーフィングルームへと出頭していた。

 明日美とアーネストを始め、各部門のチーフオペレーターのみならずデイシフトの全員が顔を揃えており、
 ドライバーも空と瑠璃華に加え、第二十六小隊の面々が揃っている。

 ブリーフィングに出頭するべき面子の中でこの場にいないのは、
 昨夜、変色ブラッドに冒されたエンジンと再度同調し、今も大事を取って休養しているレミィだけだ。

明日美「全員、揃ったようね……。
    では、マクフィールドチーフ代理、説明を」

 明日美に促されて立ち上がったサクラは、
 目の下にハッキリと分かるクマを作りながらも気丈な様子で周囲を見渡す。

サクラ「先日の戦闘に於ける敵ギガンティック、通称・ダインスレフと
    オオカミ型ギガンティックの急速かつ流動的な展開力に関して、
    解析映像を行政庁や山路重工など関係各所に問い合わせた結果、
    ダインスレフやオオカミ型ギガンティックの出現した地点付近の地下に、
    旧技研から直通の構内リニアの駅、或いは車輌基地がある事が判明しました」

 サクラの説明に合わせ、ブリーフィングルーム奥にある大型ディスプレイに先日の戦闘状況と、
 旧いフロートの見取り図が現れる。

空「これ……もの凄い密度ですね」

 フロートの見取り図に描かれた構内リニアの路線図に、空は驚愕の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 他と仕様の異なる第七フロート……特に山路重工のお膝元であった第三層だけあって、
 大型リニアキャリア用の路線が所狭しと敷き詰められていた。

 正に網の目、正にクモの巣と言う密集ぶりで、駅も各街区に三つ以上が確認できる。

 確かに、これならギガンティックの走行よりも素早く移動し、見計らったかのように戦力を展開可能だ。

 それでも、あれだけ素早く展開するには、それ相応の準備は必要になるだろうが……。

 ともあれ、このまま放置しておくのは厄介だ。

サクラ「既に第七フロート第三層と繋がる各路線は封鎖、及び、レールの撤去が行われています」

紗樹「……最低でもリニアによる侵攻だけは無くなったワケね」

 サクラの説明を聞いていた紗樹が、ぽつりと呟いた。
216 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:10.48 ID:GHB5lTWGo
 サクラの説明はさらに続く。

サクラ「また、メインフロートと第七フロートの連絡通路には四重のバリケードを
    メインフロート側と第七フロート側の両方に、今朝までに設置済みです。

    以上が昨夜の戦闘における戦況解析の結果と実行済みの対策となります」

 再び画面が切り替わり、メインフロート側の連絡通路の出入り口が映し出された。

 どうやら軍部の工作部隊が作業している記録映像らしく、
 分厚い壁のような両開きの扉が設置されている様子が映し出されていた。

 結界施術も同時に行われているらしく、結界装甲を使う敵に対する防壁として、
 短時間で準備できる物の中では最善の選択だろう。

ほのか「では、次いで作戦概要の説明に移ります」

 そう言って立ち上がったのはほのかだ。

 彼女もサクラ同様、目の下に大きなクマを作っている。

 どうやら戦術解析部は技術開発部と同様、総出で徹夜だったようだ。

ほのか「先ず作戦の第一段階として第七フロート側の連絡通路出入り口に兵站拠点となる前線基地を築き、
    そこから第二段階へ移行、第一街区……テロリスト達の本拠地になっている旧技研跡に向けて、
    新たな兵站拠点を築きつつ徐々に進軍します」

 ほのかが説明を始めると、ディスプレイに表示される図面が地図へと切り替わり、
 彼女の言葉通り、第一街区へと向けて前線基地を現す凸字のマークが移動して行く。

ほのか「この際、敵からの襲撃の危険性を減らすため、周辺地域の構内リニアの路線の封鎖、
    或いは破壊を行いつつ、こちらの活動領域を広げつつ、敵の活動領域を削って行く事になります」

 ほのかの説明に合わせて、路線図に×印が付いて行き、
 そこから繋がる路線が黒から赤に変わり、徐々に敵の活動範囲が削られて行く事が分かった。

 放射状に広がる構内リニアの路線は、フロート深部に進むにつれて一ヶ所の封鎖の影響が大きくなり、
 扇形の安全地帯が加速度的に増えて行く。

 敵も側面からの強襲を掛ける事は出来るかもしれないが、リニアキャリアによる戦力の高速展開が不可能となれば、
 必然的に遠距離からの移動が主立った侵攻手段となる。

 そうなれば対応策も増え、また自陣への進軍が続けば防備を固めなければならない以上、
 そう言った強襲の頻度や規模も減少せざるを得ない。

 要はテロリストの侵攻手段を削りながら敵本拠地へと肉迫可能な、一石二鳥の作戦と言うワケだ。

ほのか「そして、第二街区外縁まで到達した時点で第三段階へ移行、
    第二から第五街区の路線を閉鎖し、テロリストを旧技研に封じ込めます」

 ほのかがそこまで説明を終えると、空は不思議そうに首を傾げてしまう。

空「あの、本当にここまでトントン拍子に作戦が展開できる物なんでしょうか?」

 空は首を傾げたまま挙手すると、そんな疑問を口にした。

 尤もな疑問だ。

 だが、その回答はほのかではなく、空の隣に座っていたレオンからもたらされた。
217 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:38.08 ID:GHB5lTWGo
レオン「テロリストの一番の強みってのは寡兵敏速……
    少なくて機動力のある兵力と単純な指令系統を活かした電撃作戦って奴だ。

    それが一番効力を発揮したのは今朝まで。

    構内リニアって侵攻手段を封じられた今、連中は基本的に籠城して防戦一方になるしか無いのさ」

 レオンはそう言うと、右手の人差し指の先に左掌で壁を作るようなジェスチャーを見せる。

 おそらく、敵の侵攻手段を塞いだ事を表しているのだろう。

 確かに、レオンの言う通りだ。

 ギガンティック機関とロイヤルガードのエース部隊による混成チームを相手に、
 奇襲とは言えあれだけの戦果を上げた戦力を持っているのだ。

 その奇襲を最大限に活かせたのも、構内リニアの路線が十全に使えた今朝方までの事。

 結界を施術された防壁により、ダインスレフ最大の売りである結界装甲による攻撃を半無力化され、
 一夜の内にテロリスト達は戦力を第七フロート第三層内に封じ込められてしまったのだ。

 封じ込めた、と言うには些か広い範囲かもしれないが、それでも行動範囲の制限……その第一段階は完遂できたと言える。

レオン「で、連中が初手をしくじった時点で、あとはこっちが物量に言わせて作戦を強行して行く、って事だな」

 レオンは説明を終えると“分かるかい?”と付け加え、尋ねて来た。

 さすがはテロ対策のプロ、皇居護衛警察の一員と言った所だ。

 テロの戦術やその対処法は心得ているのだろう。

 だが、それでも数頼りの危険な作戦であるには変わりない。

空「でも……相手は結界装甲を使えるじゃないですか?」

 空は躊躇いがちに疑問を投げ掛ける。

 彼我の戦力数はともかく、戦力の質が圧倒的に異なるのだ。

 如何に練度の低いドライバーが操るギガンティックでも、結界装甲を持つダインスレフが相手である。

 一手の指し間違えで一気に戦線が瓦解しかねない。

 用兵に疎い空でもそれくらいは分かっていた。

 だからこその質問だったのだ。

レオン「まあ、そこを突かれると痛いわな……」

 レオンは苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 事実、昨晩の戦闘では最新鋭のアメノハバキリ……それもエース用のカスタム機を駆りながら、
 動けなくなったエールを抱えて逃げ回る他無かったのだ。

ほのか「なので対策方法は一つ。
    戦闘に於いては軍と警察の混成ギガンティック部隊は防戦に徹しつつ、
    朝霧副隊長に各個撃破で迎撃して貰う形になります」

 ほのかの口から漏れた、これまた行き当たりばったりの極致とも言うべき対策に、
 空は呆れと驚きと戦慄の入り交じった、何とも微妙な表情を浮かべた。

 要は“味方は守りに徹するから、戦える人だけで何とかして敵の数を減らしてくれ”と言う事だ。

 クライノートは一対多に特化した防衛戦向きの機体だが、“無茶を簡単に言ってくれる”と愚痴を漏らしたい気分である。

 だが、現状、人類側――と言うには些か語弊があるが――に残された手はそれしかない。
218 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:11.64 ID:GHB5lTWGo
リズ「第三フロートでの卵嚢群の除去は、予定より少し遅れて明日正午に終わる、との試算が届いています」

瑠璃華「戻り次第、徹底的にオーバーホールしてから戦線に復帰させる事になるな。
    しばらくはイマジンの卵探索はお預けだぞ」

 リズの読み上げた報告に続き、瑠璃華が当面の予定を口にし、さらに続ける。

瑠璃華「山路に発注していたヴィクセンMk−Uのパーツが届き次第、5号エンジンに合わせて改装する必要もあるから、
    今すぐに、と言うワケにはいかないが、敵の結界装甲対策は幾つか案がある。

    レミィとヴィクセンを送り出し次第、チェーロのオーバーホールと併行して幾つか試してみる予定だ」

 瑠璃華は思案げにそう言った後、ニヤリと不敵さと自信を窺わせる笑みを見せた。

 どうやら観察可能な未登録のエンジンのお陰で、思った以上にハートビートエンジンの構造解析が進んだらしい。

遼「戦略的には単なるごり押しですが、そうなって来ると最大の問題は、
  ヴィクセンを大破にまで追い込んだオオカミ型ギガンティックと変色ブラッドの存在ですね……」

 遼が肩を竦めて呟く。

雪菜「そちらに関しては、流石に対策は難しいわね……。
   解析も十分に進んでいるとは言えないし……」

 雪菜も無念そうな声と共に、小さな溜息を漏らす。

 エーテルブラッドを侵食し、マギアリヒトの構造体を侵食する変色エーテルブラッドの存在は厄介だった。

 瑠璃華達の見立てでは“マギアリヒトの情報を書き換える液体状のウィルス”と言う所なのだが、
 正直な話、その全容はまだ解析できていない。

 ただ、結界装甲相手でも驚異的な速さで侵食するため、
 今の所、接触部位を切り離して炎熱変換した魔力で焼き払う以外、対処方法は無かった。

 そして、厄介なのはその機動力と突進力だ。

 虚を突けばヴィクセンですら回避不可能な速度で肉迫し、
 ヴィクセンを咥えたまま廃墟のビル群を薙ぎ払って突進するパワーは脅威である。

 遠距離戦で対応できれば問題無いのだが、四つ足型と言う事で体勢が低く、
 ヴィクセンと戦えるだけの俊敏さに加え、周囲は身を潜められる廃墟も多い。

 こちらの遠距離攻撃の命中精度は推して知るべし、だ。

サクラ「該当する機体のスペックが回復したヴィクセンから獲得できた情報通りの場合、
    力比べならクライノートに分がありますが、機動性となると不安が残りますね」

 サクラは手元の端末の資料を確認し、嘆息混じりに呟く。

 軍、警察、行政庁との折衝や戦闘データの確認など、諸々で徹夜した事と
 慣れないチーフ代行と言うポジションもあってか、彼女の疲労もピークのようだ。

 加えて、このテロ騒ぎである。

 疲れるのも当然だ。

 だが、サクラは気を取り直して続ける。

サクラ「また、これも未確認……いえ未確定情報なのですが、オオカミ型ギガンティックと接敵したヴォルピ隊員によると、
    死亡したとされている統合労働力生産計画甲壱号第三ロット後期型の弐拾参号が、
    同機体の魔力源として組み込まれている可能性が高いそうです」

 サクラの言葉に、その事を知らされていた空を除く全員がざわめく。

瑠璃華「第三ロット……となると、オオカミか……」

 動揺から立ち直った瑠璃華が呟く。

 統合労働力生産計画甲壱号はご存知の通り、レミィのような人間と他の動物の特性を合わせて作られた魔導クローンだ。

 一から三のロットを前期と後期に分けて、一年毎に六度に分けて生産された。

 第一ロットはイヌ、第二ロットはキツネ、第三ロットはオオカミ。

 因みに拾弐号であったレミィは第二ロット前期に含まれる。

 瑠璃華自身も統合労働力生産計画乙壱号計画で生まれたデザイナーズチャイルドであるため、
 茜も目を通した件の月島レポートや計画の骨子は自身でも調べて熟知していた。
219 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:53.25 ID:GHB5lTWGo
レオン「こりゃまぁ……ゲスいゲスいとは思っていたが、ゲスな手段を重ねて来るなぁ」

 レオンは呆れたように漏らしているが、その目には明らかな怒りの色が籠もっている。

 紗樹や遼も無言で憤りを募らせているようで、オペレーター達の中には露骨な嫌悪感を顔に浮かべている者もいた。

 それは明日美も同様で、眉間に皺を寄せ、どことなく険が浮かんでいる。

 傍らのアーネストは努めて無表情を保っているが、堅く瞑った目の奥にはやはり怒りの色が浮かんでいるのだろうか?

空「……司令」

 空は挙手し、明日美に促される前に椅子から立ち上がる。

明日美「朝霧副隊長、何か意見があるのかしら?」

空「はい……難しいかもしれませんが、
  オオカミ型ギガンティックの魔力源となっているかもしれない被害者を助けさせて下さい」

 明日美の問いかけに、空は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐにその戸惑いを振り切り、ハッキリとそう言い切った。

 そして、空の言葉に、空以外の全員がやはり一様に驚きの表情を浮かべる。

 それもそうだろう。

 ただでさえ危機的状況で敢行される決死作戦だと言うのに、その矢面に立たせられる空が言うような台詞ではない。

 いや、空以外の者が言えば、それはそれで“一番前にいない者が勝手な事を言うな”と言う話になるが……。

 ともあれ、相手はオリジナルギガンティックと同等のスペックに加え、
 変色ブラッドと言う恐ろしい兵器を併せ持ったオオカミ型ギガンティックなのだ。

 ただでさえ前線でまともに戦える者が空しかいない状況で囚われの身の人間を救い出すなど、
 空にかかる負担を思えば許可できない。

 アーネストもそう考えたのか、困惑気味に口を開く。

アーネスト「朝霧副隊長、さすがにこの作戦中にそんな許可は……」

 だが――

明日美「朝霧副隊長」

 言いかけたアーネストの言葉は、凜とした明日美の声で遮られた。

 明日美はアーネストに視線で謝罪の意を示すと、改めて空に向き直る。

 空は姿勢を正し、明日美の視線を受け止めた。

明日美「……朝霧副隊長、救出を提案した理由を述べなさい」

 明日美は落ち着いた様子で空に問いかける。

 理由……と言うよりも、尤もらしい言い訳は幾つか考えていた。

空「敵のギガンティックを捕まえれば、天童主任のエンジンの構造解析や、
  ドライバーから敵の情報を聞き出す事が出来ると思ったからです」

 空はそんな言い訳の中から、理由として相応しい物を選んで答える。

 確かに、メリットは大きい。

 敵ギガンティックの結界装甲のカラクリや、敵の内情を知るのは重要な事だ。
220 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:24.75 ID:GHB5lTWGo
 だが、その答えを聞いた明日美は、僅かばかりの苦笑いを浮かべた。

明日美「……そう言った政府向けの耳障りの良い言い訳を考えるのは、私と副司令の仕事です。
    あなた自身が救出を考えた理由を言いなさい」

 明日美はすぐに気を取り直すと、努めて落ち着いた様子で空に語りかける。

空「私の、理由……ですか?」

 一方、空は面食らった様子で漏らす。

 流石に、それをこの場で口にするのは身勝手過ぎでは無かろうか?

 空が戸惑いながら視線を向けて来る仲間達を見渡し、再び明日美に向き直った時、ふと彼女の浮かべていた表情に気付く。

 明日美の目は、何かを待っているように見えた。

 そして、明日美はその“待っている”ものを受け止めようとする……言ってみれば寛大さにも似た雰囲気を漂わせている。

 何を待っているのか、などと問うまでも無い。

 自分が助けたいと願った理由……その答えだ。

 その事に気付いた空は、驚きで大きく目を見開いた後、何かを沈思するように目を瞑る。

 そして、目を開くのと同時に、意を決して口を開く。

空「正直、レミィちゃんの妹さんとは会った事が無いので、
  私自身がどうこう、って言うのは、正直、よく分かりません」

 空はどこか申し訳なさを漂わせながら漏らす。

 会った事も無い相手を助けたい。

 それは他人から見ればある種の偽善だろうし、それだけを聞けば“正義感に酔った勘違い”と称される事もあろう。

空「ただ、テロリストのやっている事は絶対に許せません!
  人間を魔力の電池みたいに使う事は間違っています……!」

 だが、空にはそこに駆り立てられるだけの怒りが……義憤があった。

空「レミィちゃんが助けたい、って言っていました……」

 そう、レミィは助けたいと言って泣いていた。

 空にとっては、それだけで十分だ。

 それが自分が斯くあるべきとした在り方なのだから。

空「だから私も、レミィちゃんの妹さんを助けたいです」

 義憤のため、仲間のため、斯くあるべきと決めた信念のため。

 色々と理由はあるが、空の言葉には強い決意が込められていた。

明日美「そう……」

 空から聞きたかった答えを聞き、明日美は満足げに頷く。

明日美「天童主任、確認したい事があるのだけど……。
    件の弐拾参号はオリジナルギガンティックと同調できると思う?」

瑠璃華「実際に波長を見てみないと何とも言えないが、
    少なくともあのギガンティックのブラッドラインはレミィと同じ若草色だったな。

    可能性は高いと思うぞ」

 自分に向き直った明日美からの質問に、瑠璃華は淡々と答える。

 どこか用意してあったように聞こえるその回答は、
 おそらくは空が救出作戦を言い出した頃から考えていてくれたのだろう。

 彼女も技術開発部主任として、司令や副司令の考えるべき言い訳の資料を準備していたのだ。

明日美「では、決まりね……」

 明日美はそう言って、アーネストに目配せする。
221 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:55.33 ID:GHB5lTWGo
 アーネストは一度だけ肩を竦めたものの、すぐに気を取り直して立ち上がった。

アーネスト「これよりギガンティック機関は軍、警察との合同で対テロリスト及び第七フロート第三層奪還任務に就く!

      なお、当機関はこれらの任務と併行し、敵ギガンティックに囚われていると思しき
      統合労働力生産計画甲壱号被験体弐拾参号の奪還を行う事とする!」

 そして、今後の行動についての概略を簡潔に説明する。

 弐拾参号救出作戦は、正式にギガンティック機関の作戦方針として認められたようだ。

 ただ、傍目には、空と明日美の我が儘をアーネストが不承不承に承認しているようにも見えるが……。

アーネスト「これより一時間後、本日〇八〇〇に作戦区域に向けて出立。

      メンバーは朝霧空、エミーリア・ランフランキ、セリーヌ・笹森、クララ・サイラス。
      加えてロイヤルガードよりレオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、加賀彩花の八名とする。

      また現地到着後は司令部よりの指揮を行うが、状況によっては現場判断を優先する事。

      以上!」

 ともあれ、アーネストは最終連絡事項を口にすると、質問や異議が無いか部下達の顔を見渡す。

 空達は頷くなどの納得したような素振りを見せる者しかなく、どうやら質問や異論は無いようだ。

 それを確かめたアーネストに目配せされ、明日美が立ち上がった。

明日美「……我々は緒戦で手痛い……取り返しのつかない敗北を喫しました。
    結果、三人の仲間が囚われ、二人の仲間を喪いました……」

 明日美は神妙な様子で朗々と語る。

 彼女は敢えて、オリジナルギガンティック達の事も“一人、二人”と数えていた。

 茜と共に囚われたエールとクレースト、そして、フェイと共に散っていったアルバトロスも、
 自分達と何ら変わる事のない仲間である、として。

 明日美の語りはさらに続く。

明日美「喪った仲間は戻っては来ません……。
    ですが、囚われた仲間は救い出す事が出来ます」

 伏せるように薄く閉じていた目を見開き、明日美は力強く言い放つ。

 明日美の言葉はブリーフィングルームに強い波を起こすかのように響き、空も身を引き締めた。

明日美「もう敗北は許されません。
    ここからは一戦一戦、確実に勝利し、
    囚われた仲間を救出すると共に与えられた務めを果たしましょう」

 力強く言葉を締めた明日美に、空達は頷き、拳を握り締め、目を閉じて意識を集中し、
 各々が各々の方法で決意を固める。

アーネスト「では解散!」

 そして、アーネストの号令でブリーフィングは終わり、
 出向を命じられた空達は取り急ぎ、出発の準備を整えるため寮に向かった。
222 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:25.79 ID:GHB5lTWGo
 再び、現在――


 明日美に言われた通りだ。

 一戦一戦、確実に勝たなければならない。

 こちらに来る途中も考えた事だが、そうやって追い詰めて行けば敵もエールを使う機会が増える筈だ。

 エールを駆ったテロリスト……あの少女との会敵の機会が増えれば、
 それだけエールを助け出すチャンスも増えるだろう。

 そして、それは例のオオカミ型ギガンティックにも言える。

空(レミィちゃんの妹さんも、茜さんとクレーストも、そして、エールも……!
  みんな……みんな絶対に助け出して見せる……!)

 決意を新たに拳を握り締めた空は、端末をジャケットの内ポケットに仕舞い込むと、再び顔を上げた。

 すると、不意に視界の端に見知った顔がある事に気付いた。

空「あれ……?」

 空は思わず声を上げて立ち上がる。

 視線の先には四十路半ばくらいの中年男性がいた。

??「三番機、作業遅れているぞ! 瓦礫の撤去が終了した区画は作業をフェイズ2へ移行!
   駅から五十メートル離れた地下道に防壁の設置だ!」

 動きやすいアーミーグリーンの作業着にヘルメットと言う作業部隊らしい動きやすい格好をした男性は、
 周囲に檄を飛ばすように叫んでいる。

 どうやら軍の工兵部隊の現場指揮官のようだ。

 そして、その声で確信に変わる。

空「えっと確か一佐だったよね……? 瀧川一佐!」

 空はその人物の階級を名を思い出すと、仮設テントから出てその名を呼ぶ。

 瀧川一佐と呼ばれた男性は、振り返るなり驚いたような表情を浮かべた。

瀧川「ああ、君は……真実の友人の」

 そして、思い出すように言ってからさらに続ける。

瀧川「そうか、ギガンティック機関に友人がいると言っていたが、君の事だったのか……」

 瀧川氏はそう言うと、納得したように頷いた。

 もうお気付きだろう。

 瀧川一佐とは、空の親友である瀧川真実の父親である。

空「はい、その節はお世話になりました」

瀧川「ああ、いや……こちらこそ、真実だけでなく歩実とも親しくしてくれているようだし、
   去年の末には二人の命まで救ってくれたそうで……本当にありがとう」

 空が以前……訓練時代の里帰りの際、瀧川家に宿泊させてくれた事で改めて礼を言うと、
 瀧川も連続出現事件の最後、アミューズメントパークで観覧車に取り残された真実達を救ってくれた事で礼を言う。

空「いえ……あの時は、たまたま真実ちゃ……真実さんと歩実さん、それに友達が取り残されていただけで……。
  私は私の仕事をしただけですから」

 すると、空は慌てたように恐縮し、思わず半歩後ずさってしまう。

 友人達と会う度に感謝され、半月ほど前――空の体感ではそろそろ二ヶ月以上前になるが――にも、
 歩実から最大限の感謝をされたばかりだ。

 その上、親友姉妹の父親からも改まって礼を言われては、空としては恐縮しきりである。

 百歩譲って、これが意図して彼女達だけを助けたならお礼を言われるのも満更ではないが、本当に偶然なのだ。

 むしろ、退っ引きならない所まで追い詰められていたとは言え、アミューズメントパークで遊ぶ約束をすっぽかした分、
 空は自分には非があると考えていたため、何とも言えない居たたまれなさを感じてしまう。

 無論、感謝そのものは非常に有り難いのだが、
 有り難いと思う気持ちと空自身の性格と信条の問題で恐縮してしまうのは別の問題である。
223 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:52.97 ID:GHB5lTWGo
空「っと、こちらの指揮は瀧川一佐がなさっているんですね」

 空はやや強引に話題をすり替える。

クライノート<空、少々強引過ぎます>

 一時だけの仮の主とは言え、空の強引な話題転換には、
 無口なクライノートもさすがに言葉を挟まずにはいられなかったようだ。

 だが、思念通話に止めてくれた事もあって、瀧川の耳には届いていない。

瀧川「あ? ああ……。この部隊は私の預かっている部隊でね。
   本当は第三フロートで作業中の例の件で交代要員として赴く筈だったんだが、
   昨日のあの騒ぎでこちらに配備される事になったんだ」

 瀧川は一瞬だけ訝しがったようだが、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。

 軍務である以上、本来は部外秘なのだろうが、
 相手が娘の友人であり恩人でもあるオリジナルギガンティックのドライバーと言う事もあって、
 言い淀む様子も隠し事をしているような様子も無い。

 むしろ、娘と同い年の少女とは言え、相手が特一級、自分が正一級の立場上、
 返答を求められれば断れないのが宮仕えの実状だ。

 勿論、空は返答を求めたワケではないので、後から言い訳が利く事も見込んで親切心で話してくれたのだろう。

 そして、“昨日の騒ぎ”と言う自らの言葉に引っかかりを感じたのか、瀧川は申し訳無さそうな顔をする。

瀧川「……すまない、昨日は大変だったのに思い出させるような事を……」

空「あ、いえ……気にしないで下さい」

 申し訳なさそうに謝罪する瀧川に、空は寂しそうな笑みを浮かべて返す。

 おそらく、フェイの事だろう。

 状況が切迫しているためと、戦死したフェイが統合労働力生産計画で作られたヒューマノイドウィザードギアと言う事もあって、
 不安や混乱を助長しないため民間の報道では未だに伝えられていない事ではあったが、
 軍人と言う立場上、瀧川も空の仲間の死は聞かされていた。

 対して、空は時間の上ではまだ二十時間も経っていないが、体感では既に一ヶ月半以上が過ぎている。

 気持ちの整理は出来ているつもりだ。

空「フェイさんが……大切な仲間が命がけで守ってくれた命ですから、
  今度は私が皆さんを守るために全力で戦います!」

 空は拳を強く握り締め、力強く言った。

 それは嘘偽りの無い本心だ。

 守るために全力で戦う、と言った以上、進んで命を捨てようと言っているのではない。

 自分が死ねば悲しむ人がいるのは知っている。

 その人達に、自分がフェイや海晴を失った時のような哀しみを味あわせるワケにはいかない。

 仲間達を守り、自らも生き残る。

 これは空の決意表明のような物だ。

瀧川「……無理をしてはいけないよ」

 瀧川もそれを察してくれたのか、戸惑いながらもそう言った。

 繰り言だが、空は娘の友人であり、その娘と同い年で今日十五歳になったばかりの少女である。

 いくら敵の結界装甲に対する対処法が一つしか無いとは言え、大の大人……
 それも民間人を守るべき軍人が、そんな年端もいかぬ少女を矢面に立たせて戦わせなければならないのだ。

 心中察して余りあると言うものだろう。

瀧川「我々の装備では相手の気を散らす程度の援護射撃しか出来ないが、
   それでも可能な限りの援護を約束させてくれ」

空「はい、ありがとうございます!」

 半ば祈るような思いを込めて言った瀧川に、空は深々と頭を下げた。

 その後、二言三言と言葉を交わし、現場指揮の任務に戻って行った瀧川と別れ、空はテントへと戻る。
224 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:25:30.54 ID:GHB5lTWGo
 すると、テントに戻るなり驚いた様子の紗樹に声をかけられた。

紗樹「空ちゃん、軍の一佐と知り合いなんて凄いわね」

空「あ、いえ、学生時代からの友達のお父さんですよ」

 目を丸くして呟く紗樹に、空は苦笑いを浮かべ恐縮した様子で返す。

レオン「謙遜するなって。
    いくらダチの親父さんだからって、一佐が知り合いってのは十分なコネになるんだからよ」

 そんな空に、レオンが口の端に笑みを浮かべて言った。

 加えて“俺なんて巡査部長だから下から数えて三つ目だしな”と言って笑う。

 ロイヤルガード……皇居護衛警察は旧日本の皇宮警察の流れを組むため、
 階級的には上から七番目の皇宮巡査部長と言う事だろう。

紗樹「そんな事言ったら、私と徳倉君なんて名誉階級扱いの巡査長ですよ」

 紗樹は上司をジト目で見遣りながらボヤき、その傍らでは遼が無言で何度も頷いている。

 余談だが、皇宮警察の巡査長とは紗樹の言う通り、巡査長皇宮巡査と言う名の名誉階級だ。

 法的には職位として認められてはいるが、
 正式な階級では一番下の皇宮巡査と同じ扱いであり、それは皇居護衛警察となった今も変わらない

 無論、給料や手当に相応の色はつくが……。

 ともあれ、同じ正一級や準一級であっても、階級社会の関係上、
 レオン達に言わせてみれば一佐……大佐の瀧川は“お偉いさん”と言う事だ。

 皇居護衛のための特権は幾つも与えられているが、それはそれ、これはこれである。

 ちなみに、この場にいない茜は十七歳と言う若さだが第二十六小隊の隊長であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーでもある関係で、
 兄の臣一郎と同じく上から三番目の皇宮警視正の階級を与えられていた。

 加えて、空達ギガンティック機関所属のドライバー達は、
 現場での軍や警察との指揮権上の面倒を回避するため“将補相当”と言う不思議な階級が与えられている。

 ちなみに将補とは、旧世界の日本以外の軍隊で言う所の准将に相当する階級だ。

 閑話休題。

紗樹「それはそうと、空ちゃんの口から“学生時代からの友達”なんて言葉が飛び出すと、
   思わずドキッとしちゃうわね」

 紗樹は苦笑いを浮かべて戯けたように漏らす。

遼「学校に通っていた頃の友人と言う事は、大概は小中一貫だから……幼馴染みか何かですか?」

 遼も気になった様子で、そんな質問を投げ掛けて来る。

 レオンは部下二人の様子を見遣って笑みを浮かべていた。

 やや緊張感に欠ける気もするが、彼らなりに気を紛らわせているのだろう。

 普段から飄々として巫山戯ている印象のあるレオンだが、
 任務の最中、真面目に締めなければならない所は締める責任感も持ち合わせている。

 そんな彼が二人を放置しているのだから、レオンなりに不安に思う所が多いのだ。

 空も三人の雰囲気に合わせているが、彼らの不安感も同時に感じ取っていた。

 そして、遂にその時が来る。

『VWooooooo――ッ!』

 警報のサイレンが辺りに響き渡った。

オペレーター『哨戒中のセンサードローンより移動中の敵機確認!
       十時方向、距離八〇〇〇、速度毎秒一〇〇! 数は十!』

 軍のオペレーターの放送が辺りに響き渡る。

 つまり、正面よりやや左方向、最終防衛ラインから八キロ離れた場所から
 毎秒百メートルの速度で十機のギガンティックが接近中との事らしい。

 最終防衛ライン到達まで残り八十秒足らずだ。
225 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:26:08.02 ID:GHB5lTWGo
空「皆さん、急いで機体に搭乗して下さい!」

 空はレオン達に指示を出すと、自らも新たな乗機へと向かって駆け出した。

 仮設テントのすぐ真横に横付けされているリニアキャリアに駆け上がり、
 ハンガーの通路を上ってクライノートのコントロールスフィアへと乗り込む。

空「クライノート、お願い!」

クライノート『了解です、空。一部起動シークエンスを省略し、緊急起動します』

 空の呼び掛けに応え、クライノートが自分自身を起動させた。

 それと同時にハンガーが起き上がって行く。

 立ち上がっている最中、すぐに視界が開け、軍の工作部隊の動きが目に入る。

 作業中のパワーローダー達は指揮車輌と共に後方にある連絡通路の防壁の奥へと入り、
 ギガンティック部隊が牽制の遠距離射撃を行いながら、
 構築中だった兵站拠点を守るように結界の施術された大型シールドを構えてぐるりと取り囲む。

彩花『朝霧副隊長、OSS203−ヴァッフェントレーガー、起動しました』

 クライノートが完全に立ち上がると同時に、
 ギガンティック機関の指揮車輌との通信回線が開き、彩花の報告が聞こえた。

空「了解! ギガンティック機関03、朝霧空です!
  GWF203X、及びOSS203、前衛に出ます!」

 空は手短に応えると外部スピーカーで軍のギガンティック部隊に呼び掛けつつ、
 乗機と共にそのOSSを伴って前衛へと躍り出る。

 全身を空色に輝かせる白亜にエメラルドグリーンが映える装甲を持ったオリジナルギガンティックと、
 リニアキャリアほどもある巨大トレーラーの進む様は壮観だった。

空「ヴァッフェントレーガー、コントロールリンケージ……」

 自動操縦で母機の一定範囲を追随するOSSの指揮権を、空は自身に移す。

 一瞬、突っ掛かりのような挙動の悪さを感じたが、自分とヴァッフェントレーガーが繋がった証拠だ。

クライノート『敵機、視界内に捉えました。
       敵主力401が六機、カスタム機と思しき随伴の366が四機です』

 クライノートが視覚センサーで捉えた敵機の情報を読み上げる。

空「六機、それに四機……ッ!?」

 空は驚いたような声と共に息を飲む。

 クライノートと共に臨む初の実戦。

 昨日とは違う混成部隊とは言え、数は多い方だ。

彩花『03は401撃破に集中して下さい!
   262、263、264は随伴機に攻撃を集中して下さい!』

空「了解しました!」

 彩花の指示に応え、空はさらに進み出る。
226 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:26:34.97 ID:GHB5lTWGo
空「コール、06、07! アクティベイト!」

 そして、ヴァッフェントレーガーに指示を出す。

 すると、巨大トレーラーの一部……橙色と紫色のラインの入ったパーツが分離する。

 空は分離したパーツを魔力で掴むと、その二つをクライノートの元に引き寄せた。

 それらは橙色のラインの入ったシールドと、紫色のラインの入った多連装砲だ。

 シールドを左手で保持し、多連装砲を肩に掛けるようにして右手で構える。

クライノート『06オレンジブリッツ、07ヴァイオレットネーベル、ブラッドライン接続確認』

空「06、07、イグニションッ!」

 それらの武装と完全に接続した事をクライノートが確認すると、空は武装を起動する。

 すると、武装のブラッドラインに空色の輝きが宿った。

 そう、これこそがヴァッフェントレーガーの真骨頂。

 七種の特化武装を運搬し、クライノートを支援するOSSの真の姿の一端だ。

 そして、七種の特化武装は、かつて二代目・閃虹と謳われたクリスティーナ・ユーリエフの二つ目の愛器、
 機人魔導兵シュネーが制御した七つの装備に由来する。

 彼の弟妹達の名を冠する、対テロ特務部隊の精鋭達と互角の勝負を繰り広げた武装だ。

 かつてはクライノートの本体を彼女自身が、ヴァッフェントレーガーをシュネーが制御する事で活躍したGWF203Xだったが、
 シュネーがクリスと共に宇宙に旅立って以来、ヴァッフェントレーガーを扱いながら戦闘できた者は皆無だった。

 戦闘しながらのOSSの制御に集中するには針の穴を通すような相応の技量を要求されるか、
 でなければ大魔力の力業でしか運用できない。

 空は特に後者の条件を満たす事で、クライノートを駆る資格を得たのだ。

空「拡散攻撃で敵隊列を崩します!」

 敵が有効射程範囲に入った事を確認すると、空はヴァイオレットネーベルから拡散魔導弾を放った。

 無数の魔力砲弾が敵の一団に殺到する。

 既に部隊の両翼に展開していた366改は弾道を回避したが、中央で固まっていた401は砲弾の雨に晒される。

 しかし、そこは敵も結界装甲に守られたギガンティックだ。

 有効射程範囲とは言え撹乱や牽制程度の拡散魔導弾では、シールドに遮られ、目立ったダメージは与えられない。

 だが、敵の足並みを崩し、隊列を崩壊させるにはそれで十分だった。

空「コール、04! アクティベイト!」

 敵の足並みが崩れた瞬間を見計らい、空はヴァイオレットネーベルを空中に浮かべて保持すると、
 今度は緑色のラインの走る巨大ブーメランを構えさせた。

クライノート『04グリューンゲヴィッター、ブラッドライン接続確認!』

空「イグニションッ!」

 空は巨大ブーメラン……グリューンゲヴィッターを起動するなり、大きく振りかぶって敵に向けて投げ放つ。

 すると、突如としてその姿が掻き消える。

テロリストA『な、何だ!?』

 真正面の401のパイロットは困惑したように叫び、その場で立ち止まってしまう。

空「行っ……けぇぇぇっ! グリューンゲヴィッターッ!!」

 空は裂帛の気合を込めて叫び、投擲した右手の人差し指と中指を突き出し虚空に線を描くように指先を走らせた。

 すると、金属同士が擦れ合うけたたましく耳障りな金切り音と共に、停止した401の手足と頭部を切り裂く。

 手足と頭部を失った401がその場に崩れ落ちると、
 ようやく姿を見せたグリューンゲヴィッターがヴァッフェントレーガーの元へと戻って行く。

 魔力による光学屈折迷彩を活かした見えない刃、それがグリューンゲヴィッターの正体だ。

 高速旋回し、ドライバーの意志で自在に動かす事の出来る見えない刃など、避けられる筈がない。
227 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:27:00.97 ID:GHB5lTWGo
テロリストB『な、何が起きてるんだ!?』

テロリストC『こんな攻撃、情報に無かったぞ!?』

 寮機の惨状にもう二機の401の動きが鈍る。

 そして、寮機に振り返りかけた背後で――

クライノート『02ロートシェーネス、ブラッドライン接続確認』

空『イグニションッ!!』

 ――執行を告げる声が響いた。

 慌てて向き直らせようとした機体の側面に、
 通常よりも二回りは大きい……それこそカーネル・デストラクター以上に巨大な拳が激突する。

 赤いラインに空色の輝きを纏った巨大な両腕……ロートシェーネスを接続したクライノートの突進だ。

空『エクスプロジオンッ!!』

 直後、拳から近距離魔力砲撃が放たれた。

 本来ならば炎熱変換を活かした爆発を放つ武装だが、空の魔力特性の関係上砲撃しか放つ事が出来ないのだ。

 だが、空の大魔力から放たれる砲撃は近接でこそ、その威力を遺憾なく発揮する。

 拳から放たれた空色の輝きに包まれ、二機の401は大きく吹き飛ばされて行く。

空「ごめんなさい……実戦で使うのは初めてで、加減なんて出来ないから!」

 空はそう警告のように叫ぶと同時にヴァッフェントレーガーの元に戻り、
 寮機が撃破される間に体勢を整え、咄嗟の判断で後方へと距離を取った三機の401へと向き直る。

空「コール、01、03、05、アクティベイト!」

 空は残る三つの武装を一斉に起動した。

 藍色のラインの走る二連装巨大魔導砲を背負い、青色のラインの走るスナイパーライフル型魔導砲を構える。

 そして、黄色いラインの走る六つの浮遊随伴機の内、四つにそれまで使った武装を装着させた。

クライノート『01ドゥンケルブラウナハト、03ブラウレーゲン、06ゲルプヴォルケ、ブラッドライン接続確認』

空「イグニションッ!
  06、ブラッドリチャージ、02、04、07!」

 遂に全ての武装のブラッドラインに空色の輝きが宿る。

 既に使った武装の消耗したブラッドの補充をゲルプヴォルケに任せ、
 空は背負った巨大魔導砲を腰の横に回すようにして展開させ、さらにスナイパーライフルを構えた。

空「ドゥンケルブラウナハト、ブラウレーゲン、ファイヤッ!」

 そして、その三門の魔導砲から一斉に魔力砲撃を放つ。

 しかし、さすがに距離があるせいか上手くは当たらない。

 だが、牽制が目的ならそれで十分だ。

 この連続砲撃が相手では、敵もおいそれとは近寄れないだろう。

 空は三つの標的に狙いを絞りながら牽制の砲撃を続ける。
228 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:27:41.80 ID:GHB5lTWGo
レオン『ヒュゥ……コイツはスゲェな』

 そして、その様を見ながらレオンは感嘆の声と共に舌を巻く。

遼『正に武蔵坊弁慶……』

 遼も思わずそんな呟きを漏らす。

紗樹『二人とも見とれてないで! また来るわよ!?』

 紗樹はミニガンのような形状の大型魔導機関砲を腰だめに構え、
 左手方向から近付いて来ようとする二機の366を弾幕で牽制する。

レオン『はいよはいよ! 遼、援護任せるぜ!』

遼『了解です、副隊長!』

 レオンは口ぶりでは不承不承と言った風だが気合十分の声で遼に指示を出し、遼も力強く応えた。

 遼の放った牽制の弾丸を避けた敵機を、レオンのスナイパーライフルが正確に撃ち抜いて行く。

 ともあれ、クライノートががっしりとした足腰で大地を掴み、
 七種の特化武装を切り替えながら戦う様は、確かに七つ道具を使いこなす武蔵坊弁慶を思わせた。

 だが、伝承によれば、武蔵坊弁慶は五条大橋で腕試しの刀狩りをしている中、
 後の源義経……牛若丸の軽快な戦術の前に敢えなく敗れ去ったと言う。

 言霊とは厄介な物で、一度口にしてしまえばそのように“引っ張られて”しまう物だ。

 空とクライノートが弁慶だと言うならば、天敵の牛若丸に相当する者も、また存在するのである。

彩花『十一時方向、距離四八〇〇! 急速接近して来る反応有り!?』

 通信機から彩花の悲鳴じみた声が響き、空は一瞬、眉根を震わせて身を硬くした。

空(来た!?)

 そして、視線だけを十一時方向……やや左に向ける。

 濛々と土煙を上げ、こちらに突進して来る“何か”が見えた。

空(地上走行……速度からしてオオカミ型!
  レミィちゃんはまだ間に合ってない……私一人でやるしかない!)

 空は意を決しドゥンケルブラウナハトでの砲撃を続けながらブラウレーゲンをゲルプヴォルケに預け、
 グリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドを構え、接近戦の準備に入る。

クライノート『空、敵機のコックピットは胴体下部、腹部辺りに存在します。
       攻撃の際にはコックピットを避け、手足に集中して下さい。
       加えて、変色ブラッドの注入口は口部に存在するため、特に噛み付きに注意するように』

 身構えた空に、クライノートが一気にアドバイスを送った。

 彼女の淡々とした性格上、非効率な奪還作戦などは嫌うと思っていたが、そうではないようだ。

空「こう言う作戦でも理解があるんだね、クライノートって」

クライノート『これでも二代目・閃虹の愛器ですので』

 驚いたように漏らした空に、クライノートは淡々としながらも誇らしげに答えた。

 対して、空も“そっか……そうだね!”と納得したように頷いて笑みを見せる。

 彼女の主であるクリスティーナ・ユーリエフの二つ名……“閃虹”とはそもそも、そう言う人間が冠してきた物だ。

 異論は無い……いや、むしろ望むところと言う物だろう。
229 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:28:15.79 ID:GHB5lTWGo
空「……見えた!」

 そして、オオカミ型の機体を視認したと思った直後、一気に間合いを詰められた。

狼型G『Grrrrrrッ!!』

空「ッ!?」

 唸り声を上げて突進して来るオオカミ型に、空は息を飲みながらも咄嗟にオレンジヴァンドを突き出し、
 出力全開でその突進を押し留める。

 本来ならオオカミ型と接触していたであろうオレンジヴァンドの表面には結界装甲の分厚い膜が張り、
 オオカミ型はその牙で虚空を噛み砕かんとするような体勢で止まっていた。

狼型G『Grr……GAAAAAッ!!』

 オオカミ型は怒ったように唸ると、さらに躙り寄ろうと全身各部のブースターを噴かす。

空「ッ、うわあぁぁぁっ!」

 だが、空も砲声を上げてそれを押し返し、力比べが始まる。

 サクラの解析通り、力比べなら自分達に分があるようだが、いつまでもこんな状態は続けられない。

空(接近戦用にグリューンゲヴィッターは構えたけど、押し留めるのが精一杯だ……)

 空は内心で舌を巻く。

 目論見では、オオカミ型の攻撃を受け止め次第、頭か手足を切り飛ばして行動不能に追い遣るつもりだった。

 だが、今は防御に出力を持っていかれ過ぎて、グリューンゲヴィッターに十分な切れ味を持たせる事が出来ない。

 切れ味の悪い刃物は余計な痛みを伴う事になる。

空(オリジナルギガンティックと同じで痛覚を共有してるみたいだし、
  一気に行動不能に追い込めないなら使えない……!)

 空は焦ったように思考を続けながら、激突して来たオオカミ型ギガンティックを見遣る。

 黒い躯体に、仲間と同じ若草色の輝きの宿るブラッドライン。

 事情を知ってからその姿を改めて見ると、痛々しい物と怒りを感じざるを得ない。

 レミィの妹は誰かに利用されている。

空(絶対に助けなきゃ………!)

 空はその決意を反芻する。

 だが――

クライノート『空! 01の出力が落ちています!』

 直後のクライノートの悲鳴じみた声が、空の意識を引き戻す。

 そう、オレンジヴァンドに出力を集中していた事で、ドゥンケルブラウナハトの出力が落ちていた。

 牽制の砲撃は散発的になり、先ほどまで手を拱いていた筈の三機の401が一気に距離を詰めて来ているではないか。

空「しまった!?」

 空は愕然とする。

 思考がレミィの妹の事に向いた事で、武装の操作から意識が外れてしまっていたのだ。

 ヴァッフェントレーガーの扱いが難しいのは分かっていた筈だった。

 思考並列処理しなければならない以上、意識は常に幾つもの作業を同時に思考しなければならない。

 空はその大原則を怠ってしまったのだ。

 そのために三段階に及ぶ特訓も行って来たのに……。

 しかし、後悔しても遅い。

 三機の401はフォーメーションを組み、魔導ライフルを構えて自分達の有効射程内に入る瞬間を待っている。

 後部カメラでレオン達の状況を見るが、やはり四対三の防衛戦では分が悪いのか、こちらのフォローには入れそうにない。

 万事休す、だ。
230 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:28:44.06 ID:GHB5lTWGo
 だが――

???『空っ! ブーメランで雑魚を狙えっ!』

 背後から声が響いた。

 この戦場で、誰よりも信頼できる友の声。

空「了解っ!」

 空はその声に従い、オレンジヴァンドの出力を僅かに下げ、
 グリューンゲヴィッターに魔力を流し込むと、迫り来る401目掛けて投擲する。

 部隊を横薙ぎにするような軌道を描くグリューンゲヴィッターに、401達は隊列を崩され、
 再度の後退を余儀なくされた。

狼型G『Grrr……GAAAAAッ!!』

 一方、出力の落ちたオレンジヴァンドの結界装甲を食い破り、
 肉迫せんとするオオカミ型ギガンティックが吠える。

 だがしかし、その咆哮を掻き消すように、クライノートの傍らを一陣の疾風が駆け抜けた。

 駆け抜けた疾風は、濃紫色の変色ブラッドが滴る牙を突き立てんとするオオカミ型の横っ面に激突し、
 オオカミ型を大きく弾き飛ばした。

狼型G『Grrr…ッ!?』

 オオカミ型ギガンティックは体勢を崩しながらも何とか着地し、すぐに空達へと向き直る。

 それと同時に、クライノートの傍らを駆け抜け、
 オオカミ型を弾き飛ばした一陣の疾風がクライノートとオオカミ型の間に降り立つ。

 それは明るめのグリーンを基調とし、全身に白のアクセントが眩しい鋼の肉体を持った、
 巨大なキツネ型ギガンティックだった。

 明々と輝く若草色のブラッドラインは、それが仲間の……レミィの乗機である事を示していた。

 そう、これこそが新たなレミィの愛機、GWF211X改−ヴィクセンMk−U改め、
 GWF204X−ヴィクセンMk−Uである。

レミィ『待たせたな……空!』

 外部スピーカーを通したレミィの声は、どうやらジャミングを考慮しての物らしい。

 事実、クライノートの通信システムもジャミングによっていつの間にかダウンしており、
 後方との連絡が取れなくなっていた。

 どうやらオオカミ型ギガンティックそのものが、強力な通信妨害装置を兼ねているようだ。

 レミィはバイク状のシートの上に跨ったまま上体を起こし、
 眼前で唸り声を上げ続けるオオカミ型ギガンティックを睨め付ける。

 睨め付けた瞳に宿るのは、敵意と憐愍の色。

レミィ「空……私がコイツと戦っている間、雑魚の相手を頼む!」

空『レミィちゃん……了解、陽動は任せて!』

 静かな、だが力強い声で言ったレミィに、空は僅かな戸惑いの後、こちらも力強い声で応えた。

 空はクライノートにヴァイオレットネーベルを再装備させると、
 隊列を整えようとする敵機に向けて拡散魔導砲を放つ。

狼型G『Grrrッ!』

 野獣のように戦っているようにしか見えないオオカミ型も、寮機を援護しようと言う意志はあるのか、
 威嚇するような唸り声を上げた後、クライノートに向かって飛び掛かろうとする。
231 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:29:11.75 ID:GHB5lTWGo
 だが――

レミィ「お前の相手は私達だっ!」

 レミィは新たな愛機を走らせ、今まさに飛び掛からんとするオオカミ型の前に躍り出た。

 既に一度、弾き飛ばされた事でヴィクセンを警戒しているのか、
 オオカミ型は各部のブースターを点火してその場から跳び退く。

狼型G『Grrrr………』

 そして、距離を測りながらゆっくりと横に移動しつつも、視線だけはヴィクセンを睨め付ける。

 どうやら、目の前の新型が昨夜倒したばかりのキツネ型と同質の存在と言う事には気付いているようだ。

 それと同時に、自身が倒すべき敵としても認識したのか、空達にはもう視線すらも向けない。

 レミィにとって、それは好都合だった。

レミィ「空! 私はこのままコイツをこの場から引き離す!」

 レミィは外部スピーカー越しに叫ぶと、愛機を戦場から離すように走らせた。

 オオカミ型ギガンティックもその後を追って走り出す。

 すぐに外部スピーカーが通じる距離を過ぎ、仲間達からも十分な距離を取れた事を確認すると、
 レミィは愛機を反転させ、わざとオオカミ型に追い抜かせて戦場との間に割って入った。

 これでもう、オオカミ型は近場の仲間の元へと逃げる事は出来ない。

 だが、逆にレミィとヴィクセンも一対一の戦いを強いられる事になのだが……。

弐拾参号?<暗いのは嫌だよぉ……怖いよぉ……>

 しかし、そんな不利への焦燥は、愛する妹の啜り泣く声の前には意味の無い物だった。

 空には聞こえていなかった弐拾参号の思念通話。

 接近されただけで強力な通信妨害圏を展開するオオカミ型の、その思念通話が届く筈もない。

 恐らくは彼女と波長の合うレミィと、レミィの管理下にあるヴィクセンにしか聞こえない声なのだろう。

 幻聴ではなく、それだけ強い、助けを求める声だ。

レミィ「弐拾参号……今度こそ、お姉ちゃんがお前を助けるからな!」

 レミィは決意の表情で叫ぶと、愛機を跳躍させた。

レミィ「ヴィクセン! クアドラプルブースター、オンッ!」

ヴィクセン『了解ッ! 文字通り、飛ばすわよっ!』

 そして、愛機に指示を送ると、その背面から四本の柱状のブースターがせり上がり、
 ヴィクセンの言葉通り、巨大な躯体をさらに天高くまで飛び上がらせる。

狼型G『G……GAAAッ!?』

 獲物を追い掛けようとしたオオカミ型ギガンティックも、
 自らの推力を超える高さまで跳躍したヴィクセンを追い切れず、落下して行く。

 瑠璃華謹製の独立可動型四連ブースター……
 クアドラプルブースターは、それ単体の推力はフレキシブルブースターに劣る。

 だが、四つが揃った際の推力はフレキシブルブースターの倍以上に匹敵する大推力だ。

 以前よりも躯体が一回り大型化したとは言え、無理矢理に垂直上昇させるくらいの推力は十二分に確保出来た。
232 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:29:39.23 ID:GHB5lTWGo
レミィ「このままヴァーティカルモードにチェンジッ!」

ヴィクセン『了解! モードチェンジ開始!』

 天高く飛び上がったヴィクセンは、そのまま空中で変形を開始した。

 後ろ足を折り畳んだ後半身が引き延ばされて脚となり、前足は巨大な爪を備えた腕となり、
 キツネの頭が胸へと移動すると同時に頭部がせり上がる。

 胸にキツネの頭部と、背面に巨大なキツネの尾、
 そして、両肩に左右二対の大型ブースターを備えた人型ギガンティックだ。

 そう、これこそがヴィクセンMk−Uの近接戦形態。

 以前と同様の獣型の形態を高機動・高速移動用とした対極の形態である。

狼型G『Grrr………GAAAAッ!!』

 新たな姿を見せた獲物に、オオカミ型は威嚇の砲声を張り上げた。

 レミィはヴィクセンをオオカミ型から離れた廃墟の中に着地させる。

ヴィクセン『こっちの形態だと戦闘能力は上がるけど、機動力は落ちるわよ。……いいの?』

レミィ「ああ、組み合わなきゃコントロールスフィアをえぐり出すのは無理があるからな……」

 心配そうに尋ねるヴィクセンに、レミィはバイク状のシートから降りながら応えると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、バイク状のシートがコントロールスフィアの床に格納されて行くと、
 オオカミ型ギガンティックを迎え撃つべく身構えた。

狼型G『GAAAAッ!!』

 それを開戦の合図として、オオカミ型ギガンティックは唸り声と共に一気呵成に飛び掛かる。

 後方のブースターから魔力を噴射しての、直進的な突進だ。

レミィ「デカくなって機動力は落ちていても、そんな大振りな攻撃ならっ!」

 レミィはサイドステップでその突撃を交わす。

 だが、しかし――

狼型G『Grrrrッ!』

 オオカミ型は即座にブースターの推進方向を切り替え、回避したヴィクセンの横っ腹に向けて体当たりを行う。

 昨晩と同じ戦法だ。

 だが、レミィも馬鹿正直に回避したワケではなかった。

レミィ「ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『分かってるわよ!』

 ヴィクセンはレミィの呼び掛けに力強く応え、両肩のクアドラプルブースターを下方に向けて魔力を放出する。

 ヴィクセンは一気に上昇し、急加速したオオカミ型は突進を空振りし、
 不安定な体勢のまま地面や廃墟群に打ち付けられる結果となってしまった。

狼型G『GAAAAッ!?』

 オオカミ型は悲鳴じみた唸り声を上げ、幾度も地面に叩き付けられ、
 幾つもの廃墟を破壊しながらも何とか体勢を整え直し、上空へと逃げ延びたヴィクセンを睨め付ける。

 四つ足で跳ね回る時ほどの機動性は損なわれているかもしれないが、
 クアドラプルブースターによる爆発的な瞬発力は人型・獣型のどちらでも変わらない。

レミィ「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ………」

 しかし、昨晩の敗北を決定づけた時と同じ攻撃を回避しながらも、レミィの顔は晴れやかではなかった。

 それは重苦しい声音にも現れている。

 何故なら――

弐拾参号?<痛い……痛いよぉ……お姉ちゃん……痛いよぉ……>

 ――啜り泣く声は、恐怖よりも痛みを訴える物に変わったからだ。
233 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:30:06.67 ID:GHB5lTWGo
 繰り言になってしまうが、国際救難チャンネルすら含む全周波数が通信妨害されている現状、
 絶対に聞こえる筈のない思念通話。

 それを鑑みれば、この声がレミィの戦意を削ぐための奸計だと言い切る事は難しい。

 だが、この声は確実にレミィの気勢を削ぐ。

 攻撃を戸惑わせ、構えた拳を下げさせ、高揚した戦意をジワジワと削り落とす。

 黒幕とも言える敵に……そして、本当にあの敵機の中にレミィの妹がいたとして、
 どちらにもその意図が無いにせよ、だ。

レミィ(どうする……どうすればいい!?)

 痛みを与える隙もなく、腹にあると推測されるコントロールスフィアだけを綺麗に抉り出す。

 四足歩行動物型の視界に映らない腹にある物を抉り出すのは困難を窮める。

 最初から無茶は承知していたが、改めて対峙してみればそれが如何に困難かを思い知らされた。

 人型になった事で“抉り出す”と言う動作自体は困難ではなくなったが、
 “腹にある物”を抉り出す難易度は何ら変わっていない。

レミィ(敵の下に潜り込むか? 前のようにジャンプを誘った方が確実か?)

 レミィは焦るように黙考を続ける。

 その瞬間、レミィは思わず長いまばたきを……いや、目を瞑ってしまった。

 不可能とも思える目的への焦燥、嗚咽によりジワジワと削られる戦意、
 相棒を死の淵にまで追い込んだ敗北への自責、そして、囚われの妹の身を憂う気持ち。

 新型に乗り換えて尚も油断したと言えばそれまでの、
 だが、レミィの気持ちを慮れば止むに止まれぬ精神状態だろう。

 だが、僅かでも下がった構えと長時間の静止は、オオカミ型にしてみれば絶好の隙に他ならない。

ヴィクセン『レミィ! 構えて!』

 ヴィクセンがそう叫ぶまで、レミィは自身の油断に気付けなかった。

レミィ「ッ…!?」

狼型G『GRRRAAAAAッ!!』

 目を見開いて驚きに息を飲んだのと、オオカミ型が咆哮と共に突進して来たのは、ほぼ同時。

 レミィに出来たのは、突き出された両の前脚を掴む事だけだった。

レミィ「ッぐぅ!?」

 格闘能力が高くとも機動性重視のヴィクセンではオオカミ型の巨体を完全に押さえ込む事は出来ず、
 勢いのままに押し倒されてしまう。

 崩落しかけの背後のビルがクッション代わりとなってくれたお陰で、
 見た目ほどのダメージは負わなかったが、不利な体勢に追い込まれた事には変わらない。

狼型G『GAAAAッ!!』

 オオカミ型はさらなる追い討ちをかけるべく内側の牙を剥き出し、
 ヴィクセンののど元に向けて食らいついて来た。

レミィ「ッ、うぉぉっ!」

 レミィは咄嗟に瓦礫の塊をオオカミ型の口の中に突っ込む。

 巨大な瓦礫は変色ブラッドの侵食を受け、一瞬にして濃紫色に染まって砕け散ったが、
 レミィは間一髪で致命の一撃を回避する事に成功した。

 クアドラプルブースターを噴かし、オオカミ型を振り切るようにしてその場から抜け出す。
234 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:30:33.43 ID:GHB5lTWGo
レミィ「………すまん、ヴィクセン……」

 オオカミ型と十分な距離を取ってから愛機を着地させたレミィは、再び構えながら相棒に詫びを入れる。

 もう少しで、昨晩の二の舞になる所だった。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

 後悔するレミィの脳裏に、絶えず響き続ける妹の啜り泣き。

ヴィクセン『レミィ……』

 主の思いと少女の啜り泣きが聞こえるからこそ、強く言い出す事の出来ないヴィクセン。

狼型G『Grrrrr……ッ!』

 そして、そんな二人……いや三人を嘲笑うかのように、挑発的な唸り声を上げるオオカミ型ギガンティック。

レミィ「ッ! ………すぅぅ…………」

 不意にレミィは目を大きく見開き、大きく息を吸う。

 そして――

レミィ「にじゅうさんごおおぉぉぉぉぉっ!!」

 喉が裂けるのではないかと思うほどの大音声を放つ。

 外部スピーカーと思念通話、その両方で叫ぶ。

 妹に声が聞こえているかは分からない。

レミィ「弐拾参号っ! 私だっ! 拾弐号だっ!」

弐拾参号?<暗いよ……怖いよ……痛いよ……助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 呼び掛ける声に応えるのは、やはり啜り泣きだけ。

 声が届いていないのは明白だ。

 だが、それでもレミィは続けた。

レミィ「………お姉ちゃんは……いつもお前や伍号お姉ちゃんに助けて貰ったな……。
    泣き虫だった私の横で、お前はいつも笑ってくれていた……」

 続く声は、決して大きな声ではない。

 だが、心の底から語りかける。

 構えも解かず、オオカミ型ギガンティックを全力で警戒、牽制する事も怠らない。

レミィ「お前は強い子だ……泣き虫で臆病な私なんかより、ずっと……ずっと強くて、優しい子だ……!」

ヴィクセン『レミィ……あなた、まさか!?』

 弐拾参号へ語りかけ続けるレミィの真意を察し、ヴィクセンは愕然と漏らす。

レミィ「少し……いや、凄く痛いかもしれない……いくらでもお姉ちゃんを恨んでくれていい……、
    だけど、絶対に助けるっ!」

 レミィはそう叫び、四肢を大きく広げて大の字を描く。

レミィ「ヴィクセン、スラッシュセイバー、マキシマイズッ!!」

ヴィクセン『………了解ッ!』

 僅かな躊躇いの後、ヴィクセンは主の声に応え、両手足の先端に魔力とブラッドを集中した。

 すると、爪から長大な魔力の刃が伸びる。

 これぞスラッシュクローに代わるヴィクセンMk−Uの主兵装、両手両足に装着されたスラッシュセイバーだ。
235 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:31:05.89 ID:GHB5lTWGo
狼型G『Grrrr……ッ!』

 しかし、対するオオカミ型ギガンティックは、
 獲物が見せた新たな武器に然したる脅威は抱いていないようだった。

 警戒した様子もなく、一歩一歩、獲物を値踏みするように歩み寄って来る。

 これまでの戦闘や先ほどまでの様子で、レミィから積極的に攻撃して来る事がないと確信しているのだろう。

 だが――

レミィ「うわああぁぁっ!」

 悲鳴にも似たレミィの裂帛の怒号と共に振り抜かれた右腕の一撃が、
 オオカミ型ギガンティックの左前脚を根本から斬り飛ばした。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 痛みを感じてでもいるのか、それとも驚いただけなのか、
 オオカミ型ギガンティックは悲鳴じみた唸り声と共に大きく後方へと飛んだ。

弐拾参号?<ぁぁぁあああぁぁぁっ!?>

 それと同時に、弐拾参号も絶叫する。

弐拾参号?<痛い……痛い! 痛いよぉぉ……!?>

 痛みでのたうち回る様が見えて来るほどの悲痛な声を上げ、弐拾参号は泣きじゃくった。

レミィ「ぅぅっ!」

 レミィは全身をワナワナと震わせ、押し寄せてくる後悔と怒りで顔をしかめる。

 耐えろ、とは言えない。

 妹を傷つけているのは自分だ。

 そんな無責任な事は言えよう筈がない。

 だが――

レミィ「絶対だ……絶対に助けるから!」

 レミィは訴えかけるように叫ぶ。

 彼女の決意を汲み、敢えて悪し様に言おう。

 レミィは諦めた。

 オオカミ型ギガンティックにダメージを与える事なく、コントロールスフィアだけを抉り出す事を、だ。

 その無茶を通せば、再び相棒を死の淵へと追い遣り、
 フェイの時のような取り返しの付かない悲劇が起こらないとも限らない。

 ならば、罪を背負う。

 仲間達を危険に晒さず、妹を助けるために。

 妹を傷つけてでも、絶対に妹を救い出す。

 それがオリジナルギガンティックのドライバーであり、弐拾参号の姉でもある自分の務めだ。

レミィ「お姉ちゃんを許してくれとは言わない……!
    もう、二度と私の隣で笑ってくれなくてもいい……!

    だけど、絶対……絶対に助けるから! 痛いのは……今だけだから……!」

 レミィは堪えきれないほどの涙を溢れさせながら、再び構える。
236 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:31:50.54 ID:GHB5lTWGo
狼型G『Grrr……GAAAAAAAAッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは三本の足で器用に飛ぶと、
 大きく口を開けて必殺の毒の牙を剥き出しにして突っ込んで来る。

レミィ「うわああああっ!」

 レミィは泣き叫びながら、両腕のスラッシュセイバーをX字に薙ぐ。

 真っ向から飛び込んで来たオオカミ型ギガンティックは頭部を切り刻まれ、瓦礫の中に没した。

弐拾参号?<ッ………ァァァァァァァッ!?>

 弐拾参号の悲鳴は、最早、声になっていない。

レミィ「弐拾参号……弐拾参号……にじゅう、さんごぉ……っ!」

 レミィは後悔の涙を流しながら、譫言のように妹の名を呼び続ける。

狼型G『………』

 そして、オオカミ型ギガンティックは無言で立ち上がった。

 オオカミに似せて作られたとは言え、所詮は機械。

 唸り声を発するための装置が破損しては吠える事も出来ないのだろうが、
 それでも平然と立ち上がる様は単なる機械の怪物でしかない。

 その様が、余計にレミィの怒りに火を付ける。

弐拾参号?<………ぁぁ……ぁ……>

 妹は満足に悲鳴すら上げられないほど苦しんでいるのに、
 目の前の敵はその痛みを僅かにも背負おうとしていない。

 必殺の毒の牙すら失い、もう存分な機動力も発揮できない身でありながら、
 それすら判断が出来ずに立ち上がって来るのは、おそらく自動操縦なのだろう。

 そして、ダメージによってシステムの一部が異常を来し、最早、撤退すら判断できなくなっているのだ。

レミィ「そのバケモノからすぐに助け出す……だから、もう少しだけ待っていてくれ……!
    弐拾参号ぉっ!」

 レミィは涙を拭って叫び、オオカミ型ギガンティックに向かって跳んだ。

 空中で体勢を入れ替え、つま先から伸びたスラッシュセイバーを用い、
 クアドラプルブースターで加速してドロップキックのような跳び蹴りを放つ。

 そして、その一撃がぶつかる瞬間。

弐拾参号?<じゅ、う……に……ごう、おねえ……ちゃん>

レミィ「ッ!?」

 蹴りが命中する寸前の声に、レミィは息を飲む。

 直後、大音響と共にオオカミ型ギガンティックの左半身がひしゃげ、弾き飛ばされた機体が廃墟の中に転がる。

レミィ<弐拾参号!?>

 レミィは思念通話で妹の声に応えた。

弐拾参号<おねぇ……ちゃん……拾弐号……お姉ちゃん……>

 間違いなかった。

 先ほどまで漫然としか“お姉ちゃん”としか呼んでいなかった弐拾参号は、
 今は確実にレミィの事を最後に残された姉妹の一人……“拾弐号”として認識している。
237 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:32:33.57 ID:GHB5lTWGo
弐拾参号<痛いよ……お姉ちゃん……凄く……痛いよぉ……>

レミィ<ごめん……ごめんな、弐拾参号……こうするしか、もうお前を助けられないんだ……!>

 弱々しく泣く弐拾参号に、レミィは苦悶の声で返す。

 痛みを強いる事でしか、お前を助けられない。

 許される筈がない。

 それでも助けたい。

 こうでもしなけば、全部を救えないほど、自分は弱い。

 全部、全部……我が儘だ。

 そんな後悔だけが募る声。

 だが――

弐拾参号<泣かない……で、お姉ちゃん……>

 弐拾参号は痛みに声を震わせがら、そう呟く。

 ――その声に込められた心は、妹にも伝わっていた。

レミィ<……に、弐拾参号!?>

 レミィは愕然と叫ぶ。

弐拾参号<頑張る……から……お姉ちゃんが、助けてくれるから……わたし……がんばる、よ……>

 だが、弐拾参号は気丈にも声を絞り出し、そう続けた。

レミィ<………ッ! あと一回だ! あと一回で、絶対にお前を助け出す!>

 そして、レミィもそれに応える。

 涙に震えながらも、力強い声で。

 そう、あと一回だ。

 既に両の前脚は奪い、片方の後ろ脚も奪い、左側面のブースターも全て潰した。

 右脚と残る後方と右側面のブースターだけで身体を支えられる筈もない。

 あと一回……腹にあるコントロールスフィアを抉り出す痛みだけだ。

弐拾参号<拾弐号……お姉ちゃぁんっ!>

 弐拾参号はそれだけ叫ぶと、ぎゅっ、と身を強張らせたようだとレミィは感じた。

狼型G『………』

 対して、オオカミ型ギガンティックは何とかして体勢を立て直そうと、
 右後ろ足とブースターを調整しながら何とか浮かび上がろうとする。

 幸か不幸か、ある一瞬だけバランスの取れたオオカミ型ギガンティックの胴体は、
 大きく、天蓋へ向けて飛び上がった。

ヴィクセン『レミィ、今っ!』

レミィ「………おうっ!」

 ヴィクセンの呼び掛けと同時に、レミィはオオカミ型ギガンティックに向け、
 クアドラプルブースターを噴かせて愛機を跳躍させた。

 狙うは一点、オオカミ型ギガンティックの腹部周辺。
238 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:32:59.27 ID:GHB5lTWGo
レミィ(分かる……分かるぞ! 弐拾参号がいる場所が!)

 目に見える情報ではなく、魔力で感じる妹の居場所。

 今、四肢の三つと頭を失ったオオカミ型ギガンティックは、
 レミィ達に腹を向け、天蓋に向けて垂直上昇しているような状態である。

 ハッチが見えているのはその丁度ど真ん中。

 だが、妹の反応はそこから少し上……人間で言うなら胸と臍の中間辺りだった。

 もしも気付かずに抉り出そうとすれば、確実に切り刻んでいた位置。

 強力な通信障害の影響で正確なスキャンも出来ずにいた。

 レミィと弐拾参号が思念通話を行い、居所までも掴めた理由は、姉妹故に魔力の感応度が高かった故だろう。

 レミィが妹を思ってかけ続けた言葉が、弐拾参号が姉に助けを求め続けた言葉が、
 強い感応により結びついた結果だ。

 それは奇跡でも何でもなく、お互いを愛して求め合った姉妹がたぐり寄せた必然だった。

 そして、それを可能としたのは――

レミィ『スラッシュセイバー……マキシマイズッ!』

 ヴィクセンMk−Uの四肢で輝く魔力の刃が、彼女自身の声と共にさらに長大な刃と化す。

 ――主と主の妹を救いたいと願った、一器のギアが紡いだ一つの道程に他ならない。

レミィ「でやぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を放ち、レミィは突き出したスラッシュセイバーでコントロールスフィア周辺を抉り斬り、
 そこからコントロールスフィアを抜き出した。

 成功だ。

 コントロールスフィア本体には、僅かな傷一つ無い。

 そして――

レミィ「これで、終わりだぁぁぁっ!」

 レミィは右手でしっかりとコントロールスフィアを抱え込むと、
 両足と空いている左腕のスラッシュセイバーで、オオカミ型ギガンティックを幾度となく切り刻む。

 コントロールスフィアを失って暴走を始めていたオオカミ型のエンジンは、
 スラッシュセイバーで切り刻まれると同時に、エーテルブラッドを燃料にして大爆発を起こした。

 その大爆発の爆炎を突っ切り、ヴィクセンMk−Uが大地へと降り立つ。

 ――勝利だ。
239 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:33:28.72 ID:GHB5lTWGo
エミリー『……ィ!? レミィ!? 聞こえてる!?』

 だが、その勝利の余韻に浸る間もなく、通信機から慌てたような声が響いて来る。

 連絡通路内の指揮車輌にいるエミリーの声だ。

 どうやら、オオカミ型がいなくなった事で通信障害が無くなったのだろう。

 多少のノイズはあるが、それでもクリアに聞こえる。

レミィ「……聞こえてるよ、エミリー」

エミリー『良かった! 繋がった!』

 安堵混じりに返すレミィに、エミリーが歓声を上げた。

 ふと、視線を連絡通路方面に向けると、あちらの戦闘も片付いたようで、静かになっていた。

 エミリーが慌てていたのは通信が繋がらない事に関してで、戦況が悪化したとか、そう言う事ではないようだ。

レミィ「戦闘は?」

彩花『敵機は全機撃墜、後続の反応はありません。戦闘状況終了です』

 レミィの質問に応えたのは彩花だ。

 どうやら、本当に戦闘が終わったらしい。

 一番厄介なオオカミ型が戦列に加わるまでは、物量差を物ともしない程に優勢だったのだ。

 当然と言えば当然だろう。

彩花『回収部隊が向かうまでその場で待機していて下さい』

レミィ「了解……」

 レミィは続く彩花の指示に応えると、回線が切断されたのを確認してから大きく溜息を漏らした。

ヴィクセン『お疲れ様、レミィ』

レミィ「ああ……お前もお疲れ、ヴィクセン……お前のお陰で妹を助けられたよ」

 声をかけてくれた相棒に、レミィは感慨深く返す。

ヴィクセン『お礼だったら瑠璃華達や空にしなさいよ。
      私の新しい身体を作ってくれたのは瑠璃華達だし、
      こうして一対一になるのを許してくれたのは空でしょ』

 ヴィクセンは照れ臭そうに返すと
 “ブリーフィングで助けよう、って言ってくれたのも空らしいじゃない”と付け加えた。

レミィ「……ああ、そうだな」

 珍しく照れた様子の相棒に、レミィは噴き出しそうになりながら応える。

 殆ど病み上がりのような状態での全力戦闘は疲労感が半端では無いが、まだ終わってはいない。
240 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:34:00.88 ID:GHB5lTWGo
レミィ「ヴィクセン、コントロールスフィアに変色ブラッドの反応は?」

ヴィクセン『……無いわね。
      内部の魔力も今は安定しているけど、切り離された時のショックが酷くて気絶しているみたい』

 レミィに尋ねられたヴィクセンは、ややあってからスキャン結果を伝える。

 先ほどの言葉通り内部にいる人間が気絶している事は分かるが、生体反応は問題ない。

 魔力もレミィのものとよく似ており、他の魔力が検知できない今、他人が乗っている可能性は無い。

 他にも爆発物のような反応も無かったが、敢えて報告するべき物でも無かったので、ヴィクセンはその事は告げなかった。

 さすがに主が妹との再会を果たす時に、余計な水入りがあってはならない。

 戦闘が終わったとは言え、ヴィクセンは主とその妹のために、未だ慎重に慎重を期した警戒を続けていた。

 結果、問題は無いと言う判断に至る。

 レミィがコックピットハッチ付近にオオカミ型から抉り取ったコントロールスフィアを移動させると、
 ヴィクセンは気を利かせてすぐにハッチを開けた。

 レミィは興奮を隠しきれない様子で一足飛びに外に飛び出すと、コントロールスフィアの外壁に取り付く。

 愛機が強化された事で変化した新たな魔導装甲を展開し、コントロールスフィアのハッチ部分らしき部位を探り当て、
 継ぎ目にかぎ爪の刃を浅く差し込んで切り裂いた。

 ハッチは簡単に切り離され、レミィはそれを愛機の足もとへとうち捨てる。

 そして、意を決して内部を覗き込む。

 するとそこにあったのは、透明な素材で出来た一つのカプセルだった。

 レミィは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、目を見開く。

 おそらく何らかの生命維持のためと思われる液体の中に浮かぶ妹の、その凄惨な姿に……。

レミィ「に、弐拾……参号……!?」

 レミィは愕然と漏らしながら、カプセルに縋り付く。

 弐拾参号はかつての溌剌とした様など見る影もなく切り刻まれていた。

 手足は切断されてチューブでカプセルと……さらにそこから伸びたコントロールスフィア内の機械と繋がれ、
 口元には呼吸用のマスクが取り付けられ、片眼を覆うようなヘッドギアが接続されている。

 絶えず魔力を供給し、痛みの程度による判断で機体を保護するための、魔力電池を兼ねた危険判断装置。

 それが弐拾参号が辿った過酷な運命だった。

レミィ「っ、ぅぁ……ぁぁぁ……!」

 レミィはイヤイヤをするように頭を振り、いつの間にか止まっていた涙を再び滂沱の如く溢れさせ、
 妹の浮かんでいるカプセルに縋り付いた。

ヴィクセン『レミィ! 気をしっかり持って!』

 主の目を通して、助け出した少女の凄惨な姿を目の当たりにしたヴィクセンは、自らの動揺を押し殺して主に呼び掛ける。

 コントロールスフィアは殆どの機械が停止していたが、
 おそらくは彼女自身から取り出した魔力供給で生命維持が為されているのか、心臓は問題なく動いていた。

 長時間の戦闘で魔力切れが起きていたらと思うと、それだけで背筋が凍る。

 魔力切れによる機能停止ではなく、手足を切り落として戦闘続行不能に追い込んだレミィ判断は、
 決して間違ってはいなかったのだ。
241 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:34:40.99 ID:GHB5lTWGo
 だが、だからと言って平静でいられるような状態ではなかった。

 よく見れば、弐拾参号の成長はあの日、最後に会った時のまま止まっていた。

 おそらく、手足を切断され、今のような状態にされたのは、
 彼女と姉が死んだと伝えられた日から、そう経過していない頃だったのだろう。

レミィ「ごめん……ごめんな……こんなにされているの……知らなくて……!」

 レミィは泣きじゃくりながら懺悔の思いを吐露する。

 最後の姉妹を失ったと思って自分が生を諦めていた頃、
 最愛の妹は手足を奪われ、まるで実験標本のような扱いを受けていたのだ。

 自分は、何て愚かだったのだろう。

 自分達を実験台としてしか見ていなかった連中の言葉を……信じたくないと思っていた姉妹の死を信じ切っていた。

 妹がこんな残酷な目に合わされていたのに、自分だけが優しい仲間達に囲まれていた。

 そして、いつしか、姉妹の存在を胸の奥底に封じ込め、省みる機会すら次第に減らしていた。

 湧き上がるのは、そんな後悔のような懺悔の思いばかり……。

 だが――

????<お姉……ちゃん……>

レミィ「!?」

 ――不意に脳裏に響いた声に、レミィは息を飲んだ。

 それは、もう間違える事も疑い事も無い、弐拾参号からの思念通話だった。

 レミィが涙ながらに顔を上げると、いつの間に気がついたのか、妹と目が合う。

 一方を塞がれた片方だけの瞳で、泣きじゃくる自分を不思議そうに見つめて来る。

レミィ「あ……ああ……」

 レミィは何を言っていいかも分からず、茫然の形に口を開けたまま、ただ僅かに音だけを漏らす。

 しかし、その戸惑いもすぐに氷塊する。

弐拾参号<助けてくれてありがとう……お姉ちゃん>

 それは、とても純粋で、短い言葉だった。

 奪われた手足の哀しみを嘆くでなく、先ほどまでの痛みを嘆くでなく、
 ただただ、助けてくれた姉への感謝に再会の感動が重なった、心からの喜びの声。

 それを聞いた瞬間、レミィはまた涙を溢れさせた。

 嗚呼……救われた。

 この言葉だけで……妹の“ありがとう”の言葉だけで、自分は救われたのだ。

レミィ「待たせて…っく…ごめん……な……うぅっ……」

 レミィはしゃくり上げながら、何とか言葉を絞り出した。

 それで限界だった。

 声を上げて、レミィは泣いた。

 廃墟だらけの真っ暗な世界で、若草色の柔らかな光に照らし出される中、レミィの嗚咽は響き続ける。

 嗚咽は、迎えの回収部隊の到着に気付くまで続いた。

 それはさながら、緒戦の大敗を洗い流し、勝利を祝う恵みの甘雨のようであった。


第19話〜それは、響き渡る『涙の声』〜・了
242 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/12/31(水) 22:36:00.56 ID:GHB5lTWGo
今回はここまでとなります。
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/03(土) 23:12:51.36 ID:v6clZYyk0
新年、明けまして乙ですた!
実家から帰ってすぐ読み始め、一気に読み終えました。
いやもぉ、クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ、そしてレミイ本懐成る!!と、畳み掛ける展開に圧倒された次第です。
そして茜の状況…ばら撒かれた情報は未だバラバラで、何処に真実が隠されているかは不明ですが、それでもM1という拠り所を見出せたのは一歩前進ですね。
ここからは正に”負けられない戦い”の連続になりますが、空達も、茜も、意志を曲げることなく突き進んで欲しいものです。
今年も彼女たちに、円環の女神と愛の悪魔、白い魔王と金色の雷神と夜天の主のご加護のあらん事を!
244 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/04(日) 16:27:28.17 ID:5+8MWQ1ho
あけましておめでとうございます。
お読み下さり、ありがとうございます。

>クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ
主役が駆る2号ロボの初登場と言う事もあり、雑魚相手ではありましたが無双させてみました。
ヴァッフェントレーガーはまんま「武器トレーラー」の独語で、クリスの使っていた頃のシュネー君部分に相当します。
今回は足を止めての防衛戦でしたので地上に降りて戦っていましたが、
高速移動時にはクライノートを上に載せて走る事も可能となっております。

>レミィ本懐成る!!
キツい展開が続いたので、さすがにここで“脳だけでしたー”とかはアウトかなぁと思いまして。
……いえ、最初は二人の姉妹の脳で右脳と左脳、助けた途端に過負荷で脳が崩れ、と考えていたのですが、
フェイが退場してキツいこの状況で、さすがにR○TYPEはやったらアカン、と今回のような運びに……。

>何処に真実が隠されているかは不明
推理物、と言うワケではないので今回までで出したヒントでお気付き頂けるかもしれません。
………本当に推理物だった場合、種明かしの直後、画面の向こうから石を投げつけられる可能性がある類のトリックですw
さらなるヒントを出すとなると“結果ではなく前提が間違っている”と言う感じですね。

>M1と言う拠り所
あの子がいないと基本的に狭い部屋に一人きりの軟禁状態ですからね。
喋る相手がいる、と言うのは大きな要素だと思います。

>“負けられない戦い”の連続
今後に控えた大きな節目としてはエール救出、茜&クレースト救出、さらにテロ撃滅ですからね。
加えて伍号やもう一つのハートビートエンジン、ユエの正体、月島の思惑などもありますので、
次回からもてんこ盛り気味に行きたいと思います。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/24(土) 20:23:51.58 ID:gFA5K0BX0
HOーSYU
246 :BGMは途中からBeliever& ◆N9PMw4jTrbzo [saga]:2015/01/31(土) 21:41:03.18 ID:qaiAYrzso
保守ありがとうございます。
最新話を投下します。
247 :BGMは途中からBeliever& ◆N9PMw4jTrbzo [saga sage]:2015/01/31(土) 21:42:48.88 ID:qaiAYrzso
第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜

―1―

 7月13日、金曜日、正午頃。
 第七フロート第三層、第十九街区跡地――


 今日も空達を含む政府側戦力とテロリスト達との激戦が繰り広げられていた。

 だが、その戦闘の様相はテロリストと開戦した五日前とも、
 作戦の始まった四日前ともかなり違っているようだ。

 兵站拠点を築くため、軍の工作部隊のギガンティックが結界魔法を施術された
 分厚い装甲板で防衛しているのは同じだが、決して防戦一方では無くなっていた。

レオン『紗樹! 右から二機来てるぞ!』

紗樹『了解です!』

 結界魔法の施術された遮蔽物の陰から大型のスナイパーライフルを覗かせたレオンの言葉に、
 大型シールドとミニガン型魔導機関砲を構えた紗樹の機体がそちらに向き直ると、一斉に魔力弾を放つ。

 ミニガン型魔導機関砲から放たれた無数の魔力弾が、
 レオン達の右方向から近寄って来るギガンティックに向けて殺到する。

 相手は401・ダインスレフ。

 最新鋭の高性能機とは言え、通常のギガンティックに過ぎないアメノハバキリでは相手にならない。

 避ける隙間も無いほどに放たれた魔力弾は、401の結界装甲に阻まれて霧散する……筈であった。

 本来なら避ける必要も無かった筈の魔力弾は401の結界装甲を徐々に侵食し、
 遂には401の全身に無数の穴を穿つ。

 全身を蜂の巣にされた二機の401は失速し、瓦礫の中に倒れ込んで爆散した。

紗樹『二丁上がりっ!』

 敵機の撃墜を確認した紗樹は得意げに言うと、次なる敵に備えて正面へと向き直る。

レオン『大分使い慣れて来たんじゃないか?』

 レオンも感心したように言いながら、遠距離からの攻撃を仕掛けようとする401の頭部と両腕を、
 長大なスナイパーライフルで撃ち抜いた。

 結界装甲を貫いた銃の威力もさることながら、
 遠距離の標的に対して正確に三点を射抜いたレオンの狙撃技術も大した物である。

 ともあれ、大した改修をされたようにも見えないアメノハバキリが、
 何故、こうも容易く結界装甲を貫く事が出来るのか?

 それはつい先日、合流した風華と共に届けられた、瑠璃華の新開発装備による物だった。

 特殊なコネクタを用いて各種武装とオリジナルギガンティックの装備を接続し、
 結界装甲を武装に延伸させる装備、その名もズバリ、フィールドエクステンダーである。

 このフィールドエクステンダーを搭載した装備を、
 レオンと紗樹はクライノートのゲルプヴォルケと接続していた。

 威力はオリジナルギガンティックの六割減と些か心許ない物だったが、
 それでも低出力の結界装甲しか持たないダインスレフを撃墜するにはそれで十分。

 特にブラッドラインの露出していない――結界装甲の薄い――部位を狙えば、
 結界装甲の貫通確率はほぼ十割……先日までとは比較にならないほどの戦力アップだ。

 数で言えば彼我の戦力差はまだ大きくテロリスト側に傾いてはいたが、
 敵が総力戦でも仕掛けて来ない限り、一気にコチラ側の体勢を崩されるような心配も無い。

 それによって、テロリスト達の本拠である旧山路技研への侵攻作戦も三面作戦へと転換していた。

 ギガンティック機関とロイヤルガードの連合直衛部隊を三班に分け、
 主力部隊に先行して左右から敵を迎撃しつつ、簡易拠点を築いて行く作戦だ。

 主力部隊防衛には高い機動性と新型故の性能の高さを活かしてレミィとヴィクセンが残り、
 風華を中心として瑠璃華と遼の攻撃一班、そして、空とレオンと紗樹の三人による攻撃二班と言う構成である。
248 :酉まで化けるorz  ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:44:06.40 ID:qaiAYrzso
 そして、この攻撃二班の主戦力であり小隊長でもある空はと言えば、
 レオンと紗樹が形成した防衛戦からかなり突出した位置で戦闘していた。

 ゲルプヴォルケを接続し、左右に分割したオレンジヴァンドを両肩に、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルを両手に装備し、上空の敵機に対して対空戦を繰り広げている。

 敵は白亜の躯体に薄桃色の輝きを宿したオリジナルギガンティック……そう、エールだ。

 上空のエールが、周囲に浮遊しているプティエトワールとグランリュヌから連続砲撃を放つと、
 空は両肩のオレンジヴァンドから魔力障壁を発生させてこれを防ぐ。

 高火力のフル装備エールを相手に、頭上を取られると言う不利な戦況だったが、
 空は魔力障壁で何とかこれを凌ぎきっていた。

クライノート『空、今です!』

空「了解っ!」

 そして、攻撃のタイミングを見定めていたクライノートの合図で、
 空は既に起動済みのヴァイオレットネーベルから牽制の拡散魔導弾を発射する。

 対するエール……ドライバーのミッドナイト1も、
 プティエトワールの何機かを正面に集めて簡易魔力障壁を展開した。

 拡散魔導弾程度の威力の低い攻撃ならば、刹那に展開できる簡易な魔力障壁でも十分だ。

 しかし、いくら拡散攻撃と簡易障壁とは言え、ギガンティック級の出力である。

 両者が接触した瞬間に凄まじい干渉波が発生し、エールの簡易障壁を消し去った。

空「ここっ!」

 その直後、空はフルチャージのブラウレーゲンから魔力砲を放つ。

 だが、直撃弾ではなく、敢えてエールの機体周辺を掠める至近弾だ。

 結界装甲の影響を受けたクライノートの大威力砲撃と、
 エールの機体周囲の結界装甲本体が干渉し合って、エール側の結界装甲に一気に負荷がかかる。

M1「………ッ!?」

 それまでは無言のまま淡々と戦闘を続けていたミッドナイト1も、
 表示されたエーテルブラッドのコンディションに思わず目を見開く。

 だが、それでもミッドナイト1は冷静だった。

M1(一撃掠めただけでブラッドが二割以上削られた……。
   残り三割……あと一撃受けたら危ない……)

 そして、レーダーを一瞬だけ確認し、寮機の生存状況を確認する。

 401が四機、365が七機、自分を加えて十二機が出撃したが、
 401は全機撃墜、365も半数以上の五機が撃墜、或いは戦闘不能に陥っているようだった。

 残る二機の365も腕や頭部を失っており、撃破されるのも時間の問題だ。

 そして、戦況を確認してからの判断は早かった。

M1(寮機は残り二機……401は全て撃墜されている。長居は無用……)

 ミッドナイト1はそう結論を出すと、機体を反転させ、その場を脱した。

空「あっ!? ま、待って!?」

 対して、空は思わず構えを解き、外部スピーカーまで使って呼び止めてしまう。

 が、その要求は当然のように呑まれる事などなく、
 エールは背面に結集させたプティエトワールとグランリュヌで加速し、第一街区方面へと飛び去って行った。

 そして、部隊の最大戦力を失ったためか、残った365は早々に武装解除を始めた。

 最早、ここ数日はお決まりとなった光景である。
249 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:45:45.63 ID:qaiAYrzso
空「…………」

 だが、空はそんな光景には目もくれず、
 エールの飛び去って行った方角に、いつまでも哀しげな視線を向け続けていた。

クライノート『空、戦闘状況終了です。後退して下さい』

 そんな主を、クライノートが淡々と促す。

 今も愛機を奪われたままの空の気持ちも分からないでもないが、ここはまだ敵の勢力圏だ。

 次なる敵襲に備えて補給や整備もしなければならない。

空「……うん、分かったよ……」

 空もその事は十分に承知しているため、
 後ろ髪を引かれる思いで兵站拠点予定地の奥に停車しているハンガーへと向かった。


 軍の工作部隊所属のギガンティックが武装解除した365や、401の残骸などの回収を始めた頃、
 ハンガーにクライノートの固定を終えた空はハンガー脇の仮設テントへと入って行く。

レオン「よう、お疲れ」

空「レオンさん、お疲れ様です」

 後から追い付いて来たレオンに声をかけられ、空は笑みを浮かべて応える。

 だが、幾つもの心配事を抱えたままの、張り付いたような弱々しい笑みは、
 逆にレオンを心配させてしまったようだ。

レオン「まあ……、色々と心配な事もあらぁな」

 レオンは軽く肩を竦めて短い溜息を吐いた後、どこか笑い飛ばすようにそう言うと
 “溜め込み過ぎんなよ”と付け加え、テントの奥へと入って行った。

 退っ引きならない所まで追い詰められている、と言うワケでもない空は、
 それがレオンなりの不器用な気遣いだとすぐ気付く。

 レオンも幼い頃から付き合いのある茜が囚われの身なのだ。

 事、茜の身を憂う気持ちの比重で言えば、自分とレオンのそれとでは比べようも無いだろう。

空(仮にも小隊長を任せられているんだから、もっとしっかりしないと……)

 空はそう思い直すと、両の頬を軽く叩いて気を引き締める。

 そして、テント内に設けられたパーテーションで区切られた二畳ほどの個人スペースへと入って行く。

 以前は無かった物だが、任務が長期になった事と、ともすれば指揮車輌にある私室まで戻っている余裕も無かろうと、
 真実の父であり、軍の現場責任者である瀧川が気を回して準備してくれた物だった。

 パーテーションは薄かったが、しっかりと防音処理と強度強化の結界が施術されている事もあって、
 隣の部屋の気配は感じられないので、身体を休めるだけならば十分な設備だ。

 空は室内に準備してあったジャケットを羽織ると、座面と背もたれにクッションの付いた椅子に座り込む。

空<……今回は良い線行っていたと思ったけど……クライノートはどう思う?>

 前述の通り防音処理の施されているパーテーションだが、
 万が一の事を考え、空は思念通話でクライノートに問いかけた。

クライノート<………結界装甲に過負荷をかけてブラッドの摩耗と魔力切れを狙うと言う作戦は、
       可能な限り無傷でエールを奪還するのには妙案と言えましたが、
       ああも撤退判断が早いとなると最善策とは言えないかもしれません>

 ややあってから答えたクライノートは、さらに続ける。

クライノート<接近戦でエールを確保し、機動力を奪ってから魔力切れで行動不能に追い込む事が、
       最も成功確率の高い方法であると提案します>

空<接近戦、か……>

 クライノートからの提案に、空は困惑の入り交じった声音で返した。
250 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:46:44.48 ID:qaiAYrzso
クライノート<しかし、そのためには地上に引きずり下ろす必要があります。

       空中での機動性はエールが全面的に上である以上、
       先ずはエールの空中での機動力を奪うのが先決でしょう>

 クライノートはさらにそう言うと、空の視界に一つの図面を提示する。

 それはフル装備となったエールを、ワイヤーフレームで描いた精巧な三次元モデルだ。

クライノート<現状、エールの飛行はプティエトワールとグランリュヌで行われています。
       これは背面部のウイング状スラスターが展開していない事からも明白です>

 クライノートが説明を始めると、該当する部位が見易い位置取りに変更される。

空(これ……翼だったんだ……)

 クライノートの説明を聞きながら、空は初めて聞かされた情報に僅かに戸惑う。

 エールの肩には、付け根から斜め下方に向けて突き出たパーツが存在する。

 オプションブースターやフレキシブルブースターとは干渉しない構造で、
 非常時に慣性姿勢制御を行うためのスタビライザーだと聞かされていた。

 そのスタビライザーにしても、必要な場面ではより信頼性の高いフレキシブルブースターや
 シールドスタビライザーに頼っていたので、使う機会には遭遇していない。

 まさか、それが翼……彼の名を顕す物だとは思いも寄らなかった。

 と言うよりも、そもそも翼は外付けのオプションの類で、
 エール自身のトラウマを起因として接続不可能になっていた物だと思い込んでいた節すらある。

 エールはオリジナルドライバーである結の死により声と飛ぶ力を失い、
 新たな主を設けずに長い年月を過ごす内にテロ騒動で武器を失い、
 元からあった多数のオプション装備を取っ替え引っ替えで騙し騙し動かし、
 ヴィクセンやアルバトロス完成後は合体状態で特化運用していたのが、つい数日前までの実状だった。

 だが、エールは本来、オプション無しでも空戦と砲戦を両立可能な“完成された”機体だったのだ。

 であるなら、空戦の象徴……翼は、外付けのオプションなどではなく、
 機体そのものに備わっていると考えた方が自然だろう。

 ともあれ、クライノートの説明は続く。

クライノート<ですので、プティエトワールとグランリュヌを魔力切れによる停止に追い込み、
       陸戦を余儀なくする方法が、接近戦に持ち込む最適解と思われます>

 どこか自信ありげに言い切ったクライノートに、空も納得したように頷いた。

 彼女が最適解と言った事に空が異論を出さないのは、エールの空戦能力を奪うだけでなく、
 あくまで魔力切れによる装備の機能停止が前提だったからだ。

空<けれど、魔力切れ狙いなら今回もやったよね? 今回の方法とは違うの?>

 しかし、それでも疑問に思う所はあるのか、空は怪訝そうに尋ねた。

クライノート<無論です。今回はあくまで結界装甲を削り、エーテルブラッドを損耗させる事を主眼としましたが、
       次に狙うのは、二つの装備の魔力切れです>

 クライノートが淡々と答えると、それに合わせて図面に描かれた全てのフローティング装備にバツ印が重なる。

 エーテルブラッドの損耗と装備の魔力切れは、似ているようで異なる物。

 と言うのも、基本的に“装備の魔力切れ”と言うのは、
 プティエトワールやグランリュヌのようなフローティング装備に限られるからだ。

 クライノートの場合はゲルプヴォルケや投擲後のグリューンゲヴィッターにも言える事だが、
 母機から切り離された装備は本体の魔力コンデンサ――要はバッテリーだ――内に溜め込まれた魔力で稼働している。

 如何に内部をエーテルブラッドが循環していても、魔力が無ければ操作は不可能になってしまう。

 ちなみに、バッテリーの魔力は母機との接続で回復する事も可能だ。

 だが、それだけに――

空<でも、十六個もあるのに、そんなに都合良く魔力切れに追い込めるのかな?>

 ――空の疑問も納得だった。
251 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:14.69 ID:qaiAYrzso
クライノート<あなたならば可能です>

 だが、即答したクライノートの言葉は淡々としながらも、その声は強い自身と信頼に満ちていた。

 そうまで信用してくれるのは有り難くも照れ臭くもあり、
 空は思わず照れたような苦笑いを浮かべて“あ、ありがとう”と躊躇いがちに呟いたが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空<確かに、私の魔力は無制限だけど、対人戦ならともかく、
  魔力の増幅や出力に限界のあるギガンティック同士じゃあまり意味が無いよ……>

 気を取り直した空は恐縮半分、残念半分と行った風に返した。

 まさかハッチを開けて直接射撃するワケにもいくまいし、
 ギガンティック同士の戦闘で十万そこそこの魔力砲撃は目立って強力な物ではない。

 それでも、量産型ギガンティック相手に足止めくらいは出来るかもしれないが……。

クライノート<確かに、あなたの魔力量は驚嘆に値しますが、
       私が言っているのは魔力の量ではなく、質の話です>

空「……質?」

 クライノートの言葉に、空は思わずその疑問を口にしていた。

クライノート<今のあなたは魔力覚醒により閃光変換以外の属性変換が不可能となっているのは分かっていますね?>

空<う、うん……>

 クライノートの問いかけられて、空は困惑しながらも頷く。

クライノート<マギアリヒトを媒介に回復できる魔力と、閃光変換のみの属性変換……
       あなたは既に、アルク・アン・シエルを使える条件を満たしています>

空<アルク・アン……シエル!?>

 そして、彼女から告げられた言葉を、空は驚愕の思いを込めて反芻した。

 アルク・アン・シエル。

 歴史上でただ一人、結・フィッツジェラルド・譲羽だけが用いた伝説の極大砲撃魔法。

 無限の魔力を用いた魔導師ならば、他にグンナー・フォーゲルクロウもいた。

 だが、彼は晩年に手に入れたその強大な魔力を、純粋に攻撃力や推進力としてだけ用いたため、
 結のような魔力特性を十全に活かした魔法は編み出さなかったのだ。

 そして、このアルク・アン・シエルの最大の特徴は“防御不可”である点に尽きる。

 乱反射による威力の減退、屈折による射軸の偏向、高機動による回避と行った次善の策は存在するが、
 五秒間の砲撃直後に僅かな硬直が生じる弱点がある物の、ほぼ無制限に乱射可能な閃光魔力砲撃は、
 その波長を絶えず変える事で閃光変換された魔力の最大の天敵である反射障壁や反射結界を、
 反射された魔力と後発の魔力の干渉波によって削り崩す、言葉通りの“防御不可魔法”なのだ。

 アルフの元で戦闘訓練を受けていた際、
 座学で“撃たれたらどう対処すべきか”と言うテーマの論文を書かされた事もある。

 それに、最近読むようになった高等魔法戦訓練の手引き書でも、
 代表的な対処の難しい魔法として取り上げられていた。

 要は“教科書に載る魔法”と言う事だが、それを使える条件を自分が満たしているとなると、
 その他の感想よりも驚きが大きく勝る。

クライノート<おそらく、明日美の考えていた訓練の第四段階もアルク・アン・シエルに関する事でしょう>

 クライノートは淡々と言ってから“あなたに期待している、あの子らしい考えです”と付け加えた。
252 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:55.79 ID:qaiAYrzso
空「………」

 対して空は、“期待している”と言う言葉を聞かされて思わず押し黙ってしまう。

 明日美の自分に対する気遣いと言うか、強い期待感には気付いていた。

 だが、まさか亡き母親だけが使えた大魔法まで、自分に授けようとしていたとは思わなかった。

 生ける伝説であり、いつも自分の事を気に掛けてくれている明日美に期待されるのは嬉しい、
 それに加えて、畏れ多いと言うか、恐縮する気持ちもある。

 だが、ここまで大きな期待を掛けられているとなると、
 嬉しいとか、恐縮とか、そう言う域を通り越してただただ困惑するばかりだ。

空(私……結局、どこの誰だかも分からないのに……)

 空は押し黙ったまま、不意にそんな事を思う。

 自分は朝霧空で、自分の姉は朝霧海晴で、自分と姉は本当の姉妹だと胸を張って言える。

 だが、それと自分の出自が不明なのは別の問題だ。

 空自身、高名な人間や家柄に対して、庶民感覚で言える程度にはミーハーである事は自覚している。

 それだけに、自身の不明な出自がある種のコンプレックスとなっていた。

 繰り言のようだが、自分を拾って育ててくれた姉への恩義や親愛と自分の出自に対する悩みとは別の問題だ。

 しかし、空の沈黙から彼女の想いを察したのか、クライノートが口を開く。

クライノート<何にせよ、それだけ明日美はあなたを買っていると言う事です>

空<………うん…>

 空はクライノートの言葉に、どこかまだ釈然としない様子で頷いた。

 クライノートにもそれは分かったようで、彼女は押し黙ったように暫く考え込むと、ややあってから再び口を開く。

クライノート<では、もっと短期的に考えてみるのはどうでしょう?>

空<短期的、に?>

 自分の提案に空が困惑気味に返すと、クライノートはさらに続ける。

クライノート<明日美は、貴女ならエールを必ず取り戻せる。そう信じてくれている、と>

空<私なら……エールを?>

 空は困惑とも驚きとも取れる声音でその言葉を反芻した。

クライノート<はい……。
       私のような扱いづらいギガンティックがこのように言うのも憚られますが、
       貴女は結を失ったエールが、新たな主として相応しいと選んだ最初の方です>

空「エールが……私を選んだ」

 クライノートの言葉を聞きながら、その事実を口にすると、不意に一年三ヶ月前の記憶が甦る。

 イマジンに姉を殺され、激昂し、力を求めた時、エールは応えてくれた。

 それが“主として相応しいと選んだ”と言う事なのだろうか?

 いや、それ以前に“主として相応しいと選んだ”からこそ、力を求めた時に応えてくれたのだろうか?

 当人の居ない場では、その問答に応えてくれる者はいない。

 だが、どちらにせよ選んでくれた事には変わりない。
253 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:48:28.58 ID:qaiAYrzso
クライノート<今はただ、結と同じ魔力を扱う者が現れ、迷っているだけでしょう>

 淡々と語るクライノートだが、微かに熱を帯びたような声音には、エールに対する言外の信頼が感じられた。

 そして、さらに続ける。

クライノート<あなたと結の魔力は極めて近い波長を持っていますが、厳密に言えば似て非なる物です。

       それでもエールがあなたを主に選んだのは、魔力を通してあなたに感じ入る物……
       共感する物があったからでしょう>

空<共感する物?>

 空が怪訝そうに聞き返すと、クライノートは頷くように“はい”と言って、さらに付け加えた。

クライノート<私は……そこまで拘る性分では無いと自認しているのですが、
       それでも言われるほど“誰でもいい”と感じているワケではありません。

       イマジンや今回のテロリストのように、人に害なす存在と戦う意志があり、
       戦うに足るだけの大きな魔力の持ち主ならば主として認めます。

       ですが、逆を言えばその二つの条件が揃わない人物には力を貸す事は出来ません。
       加えて……いえ、あまり自分の事ばかり語るのもいけませんね……>

 朗々と説明を続けていたクライノートは、そう言って咳払いをする。

 口ぶりや抑えられた抑揚から、空は彼女を淡泊な性格だと思っていたが、意外にそうでない部分もあるようだ。

 そして、クライノートは“ともあれ”と気を取り直して続ける。

クライノート<エールとは長く言葉を交わしていませんし、彼が主に望むものが何であるかも分かりません。
       ですが、あなたはエールが望むものを持っているのではないでしょうか?>

空<エールが望むもの……>

 クライノートから聞かされた言葉を繰り返し、空は記憶を手繰った。

 思い当たるような節と言えば……。

空「……あ」

 ごく最近……と言うには少し古いかもしれないが、半年前の事を思い出して、空は思わず声を漏らした。

 イマジンの連続出現事件の最終決戦から五日後、部隊に復帰した時の事だ。

 それまで一度たりとも動かなかったエール型ドローンが……
 ギア本体を介してギガンティック達のAIが動かす事の出来る瑠璃華謹製のドローンが、
 初めて動き、自分の傍らに座ってくれた。

 あの頃の自分と、それよりも以前の自分とで変わった事と言えば……。

空(……誰かの力になりたい)

 確信を込めて、心の中でそれを反芻する。

 何度でも繰り返す、自分の信念。

空<愛する人を守ろうとする、誰かの思いを守る盾……。
  愛する人のために戦おうとする、思う誰かの思いを貫く矛……。
  愛する人を守りたい、誰かの願いを叶えるギガンティックのドライバー……>

 改めて、決意表明でもするように、その言葉を思念通話で口にする。

 それは亡き姉が注いでくれた愛を返して行く方法の一つだったが、今では空の胸に根付いた戦う決意の一つだ。

 でなければ、フェイを殺したテロの行いに対して憎悪以外の感情……義憤など湧きようがない。

クライノート<……仮の主、と言う贔屓目を除いても、高潔で良い信条だと感じます>

 クライノートは満足げに返す。

 空は彼女の声音から、満足そうに幾度となく頷いている様子を思い浮かべる。

クライノート<エールが主に望む物も、恐らくソレでしょうね……>

 そして、クライノートがそう付け加えると、空は再びあの日の事を思い返す。
254 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:07.20 ID:qaiAYrzso
 気がつけば、いつの間にか傍にいたエール。

 それからと言うもの、彼は気がつけば傍にいてくれた。

 真実達と会う約束をしていた事を告げると、寂しそうな――少なくとも空自身はそう感じた――雰囲気を漂わせ、
 夜には帰って来ると言い聞かせて額を触れ合わせると、恥ずかしそうに走り出しもした。

 エールにドライバーとして選ばれ……その事実を知ってから一年と三ヶ月。

 エールが動くようになり触れ合えた時間はその内の七ヶ月間ほどだったが、
 彼にも心があるのだと感じられるには十分な時間だったと思う。

 だからこそ、彼があの少女に連れ去られた事……自分とのリンクが途切れた事がショックだったのだ。

クライノート<……何にせよ、エールとの魔力リンクを取り戻す事が出来れば、
       戦闘する事なく彼を救う事は出来るかもしれません>

空<エールとの、魔力リンクを?>

 思案げに呟いたクライノートの言葉を、空は困惑気味に反芻した。

クライノート<魔力リンクを失えばオリジナルギガンティックは動作不能になる……。
       相手がこちらにして来た事と同じです>

 クライノートはそう答えると、さらに続ける。

クライノート<適格者以外ではコントロールスフィアに搭乗しても動かす事は不可能です。

       現状、私も空の魔力とリンクしていますので、
       空以外のドライバーが搭乗しても動かす事は不可能となっています>

 クライノートの解説に、空は五日前の戦いを思い出して成る程と頷いた。

クライノート<しかし、成功すれば殆ど無傷でエールを救い出す事が出来る手段ではありますが、
       空からエールのリンクを奪った相手が搭乗している以上、確実に成功すると言うワケでもありません。

       現状、先ほど提案させていただいた戦法を突き詰めるのが最良かと思います>

空<……そうだね>

 クライノートからの提案に、空は僅かな間を置いてから頷いて応える。

 相手のドライバーが結の魔力と一致するあの少女である以上、
 エールとの魔力リンクを取り戻す事は殆ど不可能と言っていい。

 エールの本来のドライバーとして悔しい限りだが、クライノートの言う通り、
 エール本体を取り戻す事を目的に動いた方がいいだろう。

 だが、それはエールを……仲間を物扱いしている事にならないだろうか?

 そんな疑問と共に、ある思いが胸を過ぎる。

空(でも、それって本当にエールを助けた事に……ううん、エールが“戻って来てくれた”事になるのかな……?)

 エールの意志を無視して奪い返すような手段だが、これしか確実な方法が無いのも事実だ。

 空は頭を振ってその疑問を胸の奥に押し込めると、今はただ、
 エールを取り戻すための作戦を詰めるべく、クライノートとの作戦会議に集中する事にした。
255 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:39.97 ID:qaiAYrzso
―2―

 戦闘終了から一時間後。
 旧山路技研、ユエの研究室――


ユエ「ふむ……」

 椅子の上で足を組んだユエは、ミッドナイト1が持ち帰ったデータを確認しながら、
 あまり感情の篭もらない表情で小さく頷いた。

ユエ「思ったほどいいデータは取れていないな……」

M1「申し訳ありません、マスター」

 口ぶりだけ残念そうに呟いたユエに、ミッドナイト1は淡々としながらも気落ちした様子で返す。

 ユエの言葉を自身の不甲斐なさと取ったのだろう。

 だが、ユエは別段、ミッドナイト1を責めるつもりはなかった。

 しかし、それと同時に彼女をフォローするつもりも無いので、敢えてその言葉を訂正する事もない。

M1「…………」

 ミッドナイト1は目を伏せ、哀しそうな表情を浮かべる。

 自身の存在価値を道具として見出している少女にとって、ユエの無言は叱責に等しい物だった。

 だが、決して不平不満の表情は浮かべず、嘆きの吐息すら漏らす事なく、微動だにしない。

 やっと巡って来た“生きる意味”なのだ。

 物心つくずっと以前から、エールとリンクするためだけに育てられて来た。

 時が来ればエールのドライバーから魔力リンクを奪い、エールをその手中にする事。

 そして、手に入れたエールで主の望むままのデータを手に入れる事。

 主の目的のためだけに動く道具。

 それがミッドナイト1の存在理由であり、彼女に許された生存理由だった。

 しかし、それが十全に果たされていないのは、ユエの言葉や態度からも明らかだ。

 一方、自身の被造物が抱えた不安など気にした様子もなく、ユエはデータの確認を続ける。

ユエ(各部駆動系は以前に比べれば良い数字を出しているが、
   カタログスペック……いや改修前の001よりも低いまま、か……)

 ユエは列挙されたデータを一つ一つ確認しながら、僅かな呆れの入り交じった表情を浮かべた。

 ミッドナイト1自身の魔力は、オリジナルドライバーである結・フィッツジェラルド・譲羽とは差違がある。

 あくまで、旧技研で所有していたコンデンサ内にサンプルとして残されていた多量の魔力を、
 ミッドナイト1に同調させて使わせているに過ぎない。

 ギガンティック機関側で喩えるなら、マリアとクァンの関係に近かった。

 カーネルとプレリーに選ばれたマリアだが、その魔力量は低く、エンジンの起動魔力係数には及ばない。

 そこで、大容量の魔力を持つクァンがマリアと完全同調する事でその問題を解決しているのだ。

 要はミッドナイト1の場合は結の魔力に同調する事で、
 結自身が魔力を振るっているようにエールに誤認させているのである。

 その誤認と言うのが起動の鍵であると同時に厄介なようで、
 誤認している事に気付いた直後からエールの駆動効率は目に見えて落ち込んでいた。
256 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:15.40 ID:qaiAYrzso
ユエ(さすがに朝霧空の使っていた頃に比べれば上だが、徐々にその数値に近付きつつあるな……)

 エールの駆動系の重さは、エールが沈黙している事が最大の原因だ。

 ドライバーとギガンティックで相互コミュニケーションが取れないため、
 間に別のギアを噛ませて通訳のような役割を持たせる必要がある。

 その通訳に生じるタイムラグが、そのまま駆動の重さとなってしまうのだ。

 誤認させた事でそのタイムラグは大幅に縮まっていた筈なのだが、
 戦闘を重ねるにつれて再び元の数値に向けてタイムラグが広がり始めていた。

ユエ(やはり、結・フィッツジェラルド・譲羽以外の人間にはフルスペックでの稼働は不可能、と言う事か……。
   まあ、それでも七割程度の性能のデータは取れたから良しとすべきか……)

 ユエは不承不承と言いたそうな気怠げな雰囲気で溜息を洩らす。

 すると、傍らでミッドナイト1がビクリ、と身体を竦ませた。

ユエ「まだそこにいたのか?」

M1「……はい」

 ユエが棒立ちのまま居竦むミッドナイト1を横目で一瞥し、微かな呆れを含ませた口調で呟くと、
 ミッドナイト1も僅かな間を置いて応える。

 その“間”は、彼女なりに恐怖や不安を振り払うための時間であった。

 造物主からの呆れの言葉は、それだけ彼女に大きな負担を強いる物だったのだ。

 にも関わらず、ユエは再び彼女を横目で一瞥すると、簡潔に“下がれ”とだけ言い捨てる。

 ミッドナイト1は今度こそ目に見えて分かるほど大きく身体を震わせると、無言のまま一礼し、その場を辞した。

 ユエはミッドナイト1が奥の部屋へと立ち去って行く姿を横目で見届けると、再びデータに集中する。

ユエ(GXI−002と003の操作が出来るように調整したとは言え、
   オリジナルと魔力同調できるだけのミッドナイト1では性能を引き出す事は出来ないか……)

 表示されていたデータの各数値を確認し終えたユエは、そんな事を考えながら深いため息を漏らす。

 落ち始めた稼働効率。

 発揮されない本来の性能。

 観測を続けるだけ無駄と判断するにも、そろそろ早計とも言い難い。

ユエ(可能なら203の稼働データも手に入れたかったが、
   三十九号が結界装甲の対策を立てた以上、この低い稼働効率のままでは奪取は難しいな。

   ……201と202の稼働データ、それに203の観測データが手に入っただけでも良しとしよう……)

 ユエはモニターから視線を外すと、離れた場所にあるモニターに目を遣る。

 それはホンの私室にある監視映像に映される、ギアで作り出した欺瞞映像だ。

 この研究室の片隅に置かれた調整カプセルの中に茜が押し込められ、
 精神操作を受けて苦悶の表情を浮かべ続けている、と言った内容である。

 だが、実際には茜は隣室の一角で今も軟禁状態だ。

 無論、調整カプセルの中にも人などいない。

 ユエの研究室に出入り出来るのはユエ本人以外では、
 ミッドナイト1と事情を深く知っている数人の研究者、それにホンだけだ。

 この中で唯一事情を知らないホンは、生来の臆病さでシェルターから出て来ず、この部屋の実状を知る事はない。

 と、不意に小さな電子音と共に、音声のみの通信端末が開かれる。

女性『博士、陛下がお呼びです、至急、謁見の間までお越し下さい』

 女性の声が通信端末から響き、早口で用件だけを伝えるなり、一方的に回線が切られた。

 通信ログを確認すると、件のシェルターからの通信だったようだ。

 女性もホンの世話役の一人だろう。

 妙に慌てた様子だったので、おそらくはホンから急かされているに違いない。
257 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:50.17 ID:qaiAYrzso
ユエ「……やれやれ、また催促か……」

 この五日間……いや、三日間で三度目となる呼び出しに、ユエは嘆息混じりに呟いて立ち上がる。

 そして、端末をロックすると、やれやれと言いたげに肩を竦めながら研究室の外に出た。

ユエ(時間稼ぎもそろそろ潮時だな……。
   政府側の勢力がここに押し寄せるまで長く見積もってあと四日……。

   残る401はあと四十足らず。
   ここの防衛に最低でも二十は割くとしたら、出撃できる回数はあと三度と言った所か)

 ユエは謁見の間に向けて歩きながら、現状と今後の予測を絡めて思案する。

 最新鋭の量産型すら圧倒する結界装甲を備えたダインスレフだが、
 要の結界装甲と言うハンデを失えばそこそこ高性能の急造量産機でしかない。

 それでも370シリーズを上回る性能を持っていると自負できるが、
 如何せん、整備は機械任せの部分が多く、整備士は一部を除いて寄せ集めだ。

 十五年と言う蓄積はあれど、それでも整備のイロハを一から学び、
 現場で鍛え上げた政府側に比べれば水準は著しく下がる感は否めない。

 ドライバーも同様だ。

 正規の訓練を受けたドライバーと民兵では大きな差が出る。

 所詮、“ホンの不興を買えば殺される”と言う恐怖で縛り付けられた烏合の衆だ。

 現体制の革命を目指しながらも、自分達の体制を革命する気概の無い者達の集まりに、
 その恐怖支配から脱する手立ては無い。

 元より、この組織は人材も物資も追い詰められ過ぎて、内乱ともなれば自然消滅を免れないので、
 革命を起こさない分は知恵があるとも言えるが……。

ユエ(まあ、革命そのものに興味の無い人間が批評するのは烏滸がましいがな……)

 そこまで考えた所で、ユエは内心で自嘲気味に独りごちた。

 そして、さらに思案を続ける。

 話を戻すが、如何に高性能の機体でも、扱う者達が二流以下ではその総合的な戦力はお察し、と言う所だ。

 緒戦こそは未知の性能を活かして敵を圧倒できたかもしれないが、
 敵に対策を取られてしまえば一挙に戦線が瓦解するのも予想できていた。

 強いて予測不可能だった物と言えば、瑠璃華の立てた対策がダインスレフにとって覿面だった事だろうか?

 正直、結界装甲を延伸させる発想はユエには無かった。

 逆に嬉しい誤算は、可能ならばと予定していたエールかクレーストの鹵獲がどちらとも成功し、
 加えてヴィクセンとアルバトロスを大破、或いは撃破に追い遣った事だ。

 ただ、そのお陰でクライノートと言う隠し球を引っ張り出される結果となったが、
 データだけを欲しているユエに取って見ればこれも嬉しい誤算だったが、前線の兵士にとってはそうではない。

 想定もしていなかった――誰もヴァッフェントレーガーを短期間で使いこなせるようになるとは思っていなかった――
 クライノートとの戦闘を強いられるのだから、たまったものではないだろう。

 加えてオリジナルハートビートエンジンを搭載した新型ヴィクセンの投入だ。

 嬉しい誤算も多かったが、マイナス要素の大きな誤算も多い。

ユエ(まあ、それでも最長の予想で十日……保った方だと考えるべきか。

   だが401のデータは十分に取れた、402も最後まで十分な働きをした。
   あとは403と404のデータを取れさえすれば十分だ)

 取り敢えずの結論を出したユエは、口元に不敵な笑みを浮かべる。

 彼にとって重要なのはそれだけだ。

ユエ(………とりあえず、今はアレを納得させる口上でも考えておくか)

 そして、謁見の間まで続く僅かな道のりの暇つぶしをしながら、ユエはゆっくりと歩を進め続けた。
258 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:51:30.39 ID:qaiAYrzso
 一方、研究室奥の部屋では――


 ユエに冷たくあしらわれたミッドナイト1は、気落ちした様子で佇んでいた。

 主人から“下がれ”と言われたから下がったが、
 だからと言って何かするべき事は無いし、したいと思う事も無い。

 ただただ、時間が過ぎるのに任せて立ち尽くすだけだ。

 だが――

?「落ち込んでいるようだが、大丈夫か?」

 不意に声をかけられ、ミッドナイト1はそちらに振り向く。

 茜だ。

 どうやら軽い鍛錬をしていたようで、肌にうっすらと浮かんだ汗を支給されたタオルで拭っている。

 茜は二日前の時点で、使用許可の出ていた端末で調べられる情報は全て調べ終えてしまったのだ。

 そのため、今はいつまで続くか分からない軟禁生活で身体が鈍らないように、
 狭い室内でも出来るストレッチや筋力トレーニングなどを中心に鍛錬を始めていた。

M1「………」

 そして、茜に声をかけられたミッドナイト1は、どう応えて良いか分からず黙り込んでしまう。

 茜も件の端末で出撃があったのは知っていたし、
 ミッドナイト1の様子からすれば良い戦果を上げられなかったのは明白だ。

M1「………落ち込んでいません。
   ……メンタルの低下は戦闘時のコンディションに大きく影響しますから」

 だが、ミッドナイト1はすぐにいつも通りの無表情で、淡々と機械的に語った。

茜「むぅ……」

 どこか強情な様子のミッドナイト1に、茜は小さく唸る。

 茜は、ミッドナイト1が道具扱いされている事を不憫に思っていたが、
 彼女にしてみれば道具としての矜持があるようだ。

 下手な慰めは逆効果になる。

 かと言って“頑張れ”とは言い難い。

 彼女が戦っているのは自分の仲間達なのだ。

 幸いにも、緒戦以降は目立った被害は無いようだが、ここで彼女に奮起されても困ってしまう。

 だが、フォローはしたい。

 茜がこうも彼女に入れ込むのは、彼女の境遇を思ってもあったが、既に情が移ってしまっているからだろう。

茜(あまり褒められた状態ではないな……)

 茜は内心で苦笑いを浮かべながらも、軽く息を吐いて気持ちを整えると、意を決して口を開いた。

茜「昼食がまだなら、一緒に食べるか?」

M1「…………ご要望でしたら」

 茜の昼食の誘いに、ミッドナイト1は僅かに逡巡してから応える。

 茜もそれに“ああ、一緒に食べたいんだ”と笑顔で返す。

 すると、ミッドナイト1は会釈程度に一礼してその場を辞すと、
 ややあってから二人分の昼食を載せたトレーを持って来た。

 そして、二人は普段からそうしているように、ベッドに並んで腰を降ろし少し遅めの昼食を摂る事となった。

 どうやら今日の昼食はロールパンが二つとドライカレー、それに牛乳の取り合わせのようだ。

茜(やはりプラントで賄える範囲の食事だな)
259 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:27.58 ID:qaiAYrzso
 茜はロールパンを食べやすいサイズに千切ると、ドライカレーを付けて食べる。

 隣ではミッドナイト1も同様にしてロールパンとドライカレーを食べており、
 一口食べるごとに牛乳を一口と言う、やはりほぼいつも通りの食べ方をしていた。

 だが、パンに付けるカレーの量が少ないように感じる。

茜(カレーは嫌いなのか?)

 茜がそんな疑問を浮かべていると、
 パンを食べ終えたミッドナイト1は最後に残ったカレーだけを食べ始めた。

 スプーンを口元に運ぶ様には一切の淀みはなく、決して嫌いな食べ物と言うワケでもないようだ。

茜(……逆だったか)

 普段通りに“バランス良く食べながらも好物は最後に残す”ミッドナイト1の、
 おそらくは無意識の癖を見ながら思わず微笑ましそうに笑みを浮かべた。

M1「………何か御用ですか?」

 と、不意に茜の視線に気付いたミッドナイト1は、食べる手を止めて茜に向き直る。

茜「あ、いや、すまない。
  今日はいつになく美味しそうに食べていたからな」

M1「美味しそう……ですか?」

 茜が笑み混じりに返すと、ミッドナイト1はあまり表情を崩さぬまま怪訝そうに首を傾げた。

 そして、視線をドライカレーに移す。

M1「………この食べ物の味は……好ましいです」

茜「そうか、ドライカレー……いや、カレーが好きなのか?」

 抑揚は少ないがどこか感慨深く呟いたミッドナイト1に、茜は不意に尋ね返す。

 食事中の会話としては何気ない質問の一つ。

 だが、ミッドナイト1から返って来た言葉は驚くべき物だった。

M1「カレー……と言うのですか? この食べ物は」
260 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:56.39 ID:qaiAYrzso
茜「ッ!?」

 ミッドナイト1から発せられた信じられない言葉に、
 茜は思わず息を飲んだものの、だがすぐに納得する。

 そう、この幼い少女はギガンティックのドライバーとしてだけ育てられた。

 今の自分のような食事中に会話をする相手もいなければ、
 戦闘や最低限の生活方法以外の事を教えてくれる人間もいなかったのだ。

 このような暖かい食事を与えられているだけでも奇跡だったのかもしれない。

 そして、彼女を助けたいと思いながらも、
 その事実に行き当たる今の今まで気付いていなかった自分を、茜は恥じた。

茜「………ああ、そうだ、これはカレーと言ってな、
  その中でもドライカレーと言う種類の食べ物……料理なんだ」

 茜は僅かに押し黙ると、すぐに気を取り直し笑顔で応える。

M1「これは……ドライカレー」

茜「他にも何か名前の気になる料理は無いのか?」

 ドライカレーの器をまじまじと見ながら呟くミッドナイト1に、茜は質問を促す。

M1「……四日前の朝に食べた、液体状の黄色い食べ物は何ですか?」

茜「四日前……?
  ああ、あれはコーンスープだな」

 やや戸惑ったもののそれでも気になったのか、尋ねて来たミッドナイト1に茜は思い出すようにして答えた。

 今まで知らなかった物を教えてやると、少女はやはり抑揚は少なかったものの、
 だがそれでも感慨深くそれらの名前を反芻する。

 その様子を見ながら、茜は思う。

茜(……そうだ、この子は道具なんかじゃない……。
  疑問だって持てば、限られた生活の中で好む物だって生まれる普通の子供だ。

  いつまでこうしていられるか分からないが、
  少しでもこの子が人間らしくあれるようにしなければ……)

 茜は以前にも思った決意を、さらに新たに、そして強くしていた。

 そこにはもう、彼女を抱き込もうなどと言う打算は微塵にもなく、
 ただただ、彼女を普通の人間として扱いたいと願う、慈しみと義憤だけがあった。


 その日の午後、茜はミッドナイト1の質問や疑問に答える事に時間を費やしたのだった。
261 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:25.84 ID:qaiAYrzso
―3―

 翌日、早朝。
 第七フロート第三層、十九街区――


 簡易兵站拠点の設営と周辺の構内リニアの遮断を終えた空達は、
 昨夜の内に次なる目的地である第十三街区に向けて出発する準備を整え、今は出発の時を待つ身だ。

 設営の終わった兵站拠点と、次の予定地までの道のりの間、
 空を含めた全てのギガンティックのドライバーはコックピットで待機するのが常となっており、
 空もまたクライノートのコントロールスフィア内で待機しつつ、何処かと通信を行っていた。

 空は早朝のブリーフィングが終わるなり、ギガンティック機関本部の明日美とコンタクトを取っていたのだ。

空「………と、言う事なんですが。試してみてもいいでしょうか?」

明日美『ふむ……』

 昨夜までに考えたエール救出プランの一通りを伝えた空がその内容の是非に関して問うと、
 明日美は考え込むように唸る。

明日美『……いいでしょう』

 そして、数秒だけ考えた明日美は、異論無しと言いたげな声で許可を出した。

 あまりにアッサリと許可が出た事に、空は逆に驚いた様な表情を浮かべる。

空「あの……本当にいいんでしょうか? リスクもかなり高くなりますし」

明日美『そのリスクを承知の上で……いえ、リスクを冒してでも実行すべき価値を見出した上の案でしょう。
    ドライバーとギガンティックの関係に関しては、私や上層部の判断よりもあなた達の直感を信じます』

 戸惑い気味に尋ねた空に、明日美は動じた様子もなく返した。

 自分達――おそらくはレミィや風華達も含むのだろう――の直感を信じるだけでなく、
 明日美自身の判断としても実行すべし、と言う事なのだろう。

空(ほ、本当にいいのかな?)

 自分の考えたプランに不備が無いか不安でもあった空は、思わず黙り込んでしまった。

 だが――

明日美『自分の直感を……あなたがエールのためにと思った、その思いを信じなさい』

 直後の明日美の言葉が、空の不安を僅かに拭う。

 不安を拭った最たる物は、小さな疑問だった。

空「エールのために……」

 疑問となった、その言葉を反芻する。

 エールのためにと思った、その思い。

 その思いの源泉……感情は何なのだろうか?

 ただエールを物のように取り戻すだけでいけない、そう思ったのは確かだ。

 だが、だからと言って、その思いに名前を付けられるほど、空にも自覚がある思いではなかった。

明日美『……そろそろこちらもブリーフィングの時間なので切ります』

空「あっ、はい! 朝早くからすいませんでした!」

 明日美の声ではたと我に返った空は、慌てた様子で返し、頭を下げる。

 まあ、音声のみの回線なので相手の表情や仕草など分からないのだが……。

 空は頭を下げてからその事実に気付き、顔を真っ赤にしてしまう。

明日美『あなたの思いがあの子に届く事を願っているわ……』

 だが、回線の切り際に明日美が投げ掛けた言葉に、空は思わず顔を上げた。
262 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:54.23 ID:qaiAYrzso
クライノート『回線、切れました』

 茫然としている空に、クライノートがそう告げ、さらに続ける。

クライノート『特別に、格別に……と言うワケでも無いようですが、
       やはり空は明日美から期待されているようですね』

空「……そう、みたいだね」

 クライノートから投げ掛けられた言葉に、空は茫然としたまま頷く。

クライノート『もっと気を強く持って下さい』

 しかし、その様子に思う所があるのか、クライノートはどこか叱るような声音で口を開いた。

空「く、クライノート?」

 思わず驚きの声を上げる空。

 だが、クライノートはさらに続ける。

クライノート『期待されていると言う事は、貴女にはそれだけの能力があると言う事です。
       貴女の乗機となってまだ日は浅いですが、確かに貴女には高い能力があります。
       それに昨日伺ったような素晴らしい志もある。

       ですが、貴女には決定的に強い自信が欠けています』

空「自信が欠けている……?」

 褒めているのか叱っているのか分からない言葉に唖然とする空に、クライノートは立て続けに口を開く。

クライノート『謙虚である事は欠くべからざる徳かもしれません。

       ですが、貴女のそれは謙虚を通り越して自分自身への不信とさえ取れる事もあります。
       それは貴女を信じ、期待している人々にしてみれば、その厚意に対する……裏切りでもあるのですよ』

空「ッ!?」

 僅かに躊躇いはあったものの、ハッキリと言い切ったクライノートの言葉に、
 空は思わず目を見開き、息を飲み、肩を震わせた。

クライノート『……多少、言葉は過ぎましたが、傍目にはそう捉える事も出来ると言う事です』

 クライノートは少しだけ申し訳なさそうに言って、一旦、言葉を切ってからさらに続ける。

クライノート『もし、貴女が自分を信じ、期待してくれている人々を裏切りたくないと思うなら、
       その人達のためにも先ずは自分自身を信じて下さい』

空「私を信じてくれるみんなのために、私自身を信じる……」

クライノート『失礼ですが、貴女にはその方が腑に落ちると思いました』

 空がその言葉を反芻すると、クライノートはそう言って口を噤んだ。

 言い得て妙。

 空はそう思った。

 確かに、誰かのために力になる、そんな自分の信条・信念とも合致する言葉だ。

 自分を信じてくれた人のために、その人達の信頼を裏切らないために、自分を信じる。

 言葉にしてしまうと、どこか受動的にも感じる言葉にも聞こえるが、
 空にとっては“仲間のため”と言う明確な理由があった方が気合――意気込みと言い換えても良い――が違う。

 そして、クライノートは“先ずは”とも付け加えていた。

 これを自分を信じる最初の一歩にしろ、と言う事なのだろう。
263 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:26.51 ID:qaiAYrzso
空「……ありがとう、クライノート。
  少しだけ、気持ちが楽に……ううん、なんだかいつも以上にやる気が湧いて来たよ」

クライノート『……』

 安堵にも似た微笑みを浮かべた空の言葉に、クライノートは無言で返す。

 だが、何となくだか、照れ臭そうな思いが伝わって来た。

 ギアでもこうして照れ臭くなったりする。

 仲間達とその愛器のやり取りや、エールの素振りを見て分かっていたつもりだったが、
 自分自身がギアを通じてこうして“感じる”のとではやはり違うものだ。

 空は噴き出しそうな笑みを浮かべ、コントロールスフィアの内壁に背を預ける。

 これからエール救出に向けた最大の作戦を展開しようと言うのに、今は気負いよりも安堵と闘志の方が大きい。

 これが自分を信じる……自信と言う物なのだろうか?

 何となくだが、半年前にエール型イマジンと戦った直前の事を思い出す。

 迷いも恐れも振り払って戦場へと向かった。

 あの時とは状況も意気込みも違うが、あの時の気の持ちようと似た物を感じる。

空(……エール……今度こそ、あなたを……あなたの全てを助けてみせる……)

 空がそんな思いを胸に、瞑想するように目を瞑ろうとしたその瞬間だった。

 甲高いブレーキ音が響き、空は微かな振動を感じる。

 さすが人間を乗せたまま超音速で駆動するリニアキャリアだけあって、
 急制動をかけても微かにしか衝撃を感じない。

空「状況を教えて下さい!」

 空は跳ね起きるようにして背を預けていた内壁から離れると、
 クライノートの起動準備に入りながら、指揮車輌に通信を送った。

彩花『敵ギガンティック部隊接近中、距離は三〇〇〇、速度は毎秒一〇〇。
   既にかなり接近されています!』

 応えたのは彩花だ。

 つまり、あと三十秒足らずの距離にまで敵が接近しているらしい。

空(今まではこっちが兵站拠点予定地に到着してからの襲撃だったけど、移動中だなんて……!)

 空は驚愕しながらも、幾つかの手順を省いてクライノートを緊急起動する。

 ハンガーが立ち上がるのを待たずに自らクライノートを立ち上がらせ、
 03ハンガー車輌から切り離されたヴァッフェントレーガーの甲板に跳び乗った。

 それに続いて、後部車輌でレオンと紗樹のアメノハバキリが立ち上がる。

彩花『各リニアキャリアは後方へ移動させます。
   朝霧副隊長以下は敵機の迎撃を!』

空「了解! ヴァッフェントレーガー、行って!」

 彩花からの指示を受け、空はヴァッフェントレーガーを走らせた。

 そして、即座にゲルプヴォルケを四機分離させ、
 レオンと紗樹の機体が携行している武装……そのフィールドエクステンダーのコネクタに接続させる。

空「レオンさんと紗樹さんはリニアキャリアが戦闘区域外に出るまで護衛しつつ、
  撃ち漏らしと両翼に抜けようとする敵機の迎撃をお願いします! 前衛には私が出ます!」

レオン『おうよっ!』

紗樹『了解よ!』
264 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:56.36 ID:qaiAYrzso
 空は二人に指示を出すとヴァッフェントレーガーをさらに前進させ、
 グリューンゲヴィッターとヴァイオレットネーベルを構え、両肩にオレンジヴァンドを装着すると甲板から跳んだ。

 シミュレーターによる長時間に及ぶ訓練の成果もあるが、
 ここ数日の連戦でヴァッフェントレーガーの扱いにもかなり慣れていた。

 五日前にも同時一斉起動は見せたが、今ではそれを指示を出す片手間に出来る程だ。

 後方モニターの映像でリニアキャリアと共に二人のアメノハバキリが下がって行くのを確認した空は、
 即座に前方に意識を集中する。

 既に肉眼で捉えられる距離に八機編隊の敵ギガンティックが見えた。

クライノート『機体照合……401四機、372三機の混成部隊の後方に201……エールを確認しました』

 本部からのクラッキングで既に何割か取り戻した第三層内の監視カメラ映像と、
 自身の観測データを照合したクライノートが淡々と、だが僅かな興奮を込めて報告する。

空(来た!)

 空は一瞬だけ身を震わせながらも、すぐに緊張を解きほぐす。

 いつも通りだ。

 敵に何かの狙いがあるのか、エールは必ずと言って良いほどコチラにぶつけて来いた。

 エールがコチラ側に現れなかったのは部隊を分けた直後の戦闘だけで、
 後は狙いすましたかのようにコチラ……自分にぶつけて来ている。

 敵にどんな思惑があるのかは分からないが、空にとっては好都合だ。

 エールと接触する機会が多ければ、それだけ救い出す機会も増えるのだから。

 おそらく、いつも通り、コチラが拡散魔導弾を撃てばそれによって敵は散会、
 エールと接触するまでに可能な限りの敵を墜として戦力を削ぎ、残敵をレオンと紗樹に任せて自分はエールに集中する。

 そう、いつも通りだ。

 だが――

クライノート『エールに高密度魔力反応! 遠距離砲撃、来ます!』

 クライノートが警告の叫びを上げるのとほぼ同時に、後方に控えていたエールが突出し、
 分離した浮遊砲台と合わせて十一発の砲撃が放たれた。

空「広域砲撃!?」

 空は愕然と叫ぶ。

 いつも通りではない。

 だが、空は慌てながらも、ほぼ無意識に最善の一手を打っていた。

 ヴァイオレットネーベルを最大拡散・最大出力で放ち、エールから放たれた魔力砲撃を僅かに無力化させる。

 空とエールのドライバー――ミッドナイト1の魔力量ではおそらく空の圧勝だが、
 クライノートとエールの広範囲砲撃の密度と威力ではエールに軍配が上がる。

 相殺しきれなかった砲撃が、さらに後方へと向かう。

 空もそれは想定済みで、ヴァイオレットネーベルを後方に放ってゲルプヴォルケに預け、
 砲撃の射線上へと躍り出るように跳び上がっていた。

空「クライノートッ! どれを防げばいい!?」

クライノート『直撃コースとその直近三本の合計四本! 範囲限定で広域防御します!』

 クライノートが空の問い掛けに簡潔に応えると、オレンジヴァンドから高密度の魔力障壁が展開し、
 彼女の指定した四つの砲撃を防ぐ。

空「っぐ…ッ!?」

 ある程度は相殺できていたとは言え、やはり砲撃力に勝るエールの一撃は重い。

 それを広域防御で四発ともなれば、空に掛かる負担は決して軽い物では無かった。
265 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:55:36.01 ID:qaiAYrzso
 そして、空中で砲撃を受け止めたクライノートの脇を、五機のギガンティックがすり抜けて行く。

 どうやら相殺のために放った超広域砲撃の巻き添えで372を二機墜とせたようだが、
 肝心の401は四機とも無傷のようだ。

空「すいません! 五機、撃ち漏らしました!」

レオン『こっちは俺と紗樹がいれば大丈夫だ! 気にすんな!』

紗樹『空ちゃんはいつも通り、エールを取り返す事に集中して!』

 空が半ば悲鳴じみた声でレオンと紗樹に謝罪の言葉を放つと、通信機越しに二人の檄が飛ぶ。

 撤退を支援しながら五機の敵を相手取るのは至難の業だ。

 にも関わらず、二人は快く空に自分の役目に集中しろと言ってくれた。

空「ッ……はいっ!」

 空はそんな二人の心意気に胸を打たれながらも、ようやく砲撃のショックから立ち直り、前を見据える。

 先んじて寮機を先行させたエールが、真っ直ぐにこちらに飛んで来た。

空(接近戦!? いきなり!?)

 これも普段の定石とは違う行動に、流石に空も戸惑いを隠せない。

 ゲルプヴォルケに預けたヴァイオレットネーベルのブラッドリチャージは完了しているが、
 さすがに回収している余裕は無かった。

 空は真っ向から突っ込んで来るエールが振り下ろすブライトソレイユと、
 既に構えていたグリューンゲヴィッターで切り結ぶ。

 互いの武器に纏わせた魔力同士が干渉し合い、甲高い衝撃音を幾度もかき鳴らす。

空「ぅぅっ!?」

 空中戦は得意ではないクライノートでは、さすがに近接空戦を続けるのは難しく、
 空は苦悶の声を上げながらも切り結んだ衝撃を利用して地上に降りた。

 だが、エールはさらにそこを追撃して来る。

 プティエトワールを総動員しての上空からの十三門一斉砲撃だ。

空「早い!?」

 間髪を入れぬ攻撃に、空は驚愕の叫びを上げながらも、
 両肩のオレンジヴァンドを最大出力で魔力障壁を張り巡らせ、何とかその一撃を凌ぐ。

 戦い方が今までとは違う。

 比較的安全なロングレンジでの消極的な砲撃戦だけではなく、
 近接戦を織り交ぜた積極的な戦術は、先日までとは明らかに別物だった。

 だが、ドライバーは昨日までと同じ、例のあの少女の筈だ。

 そうでなくてはエールを動かす事は出来ない。

 だとすれば、あの少女が戦い方を変えて来た事になる。

空(今までと違う……何か、昨日までとは違う、熱みたいな物を感じる……!)

 互いの魔力を接触させた空は、直感的にそう悟っていた。
266 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:14.97 ID:qaiAYrzso
 そして、空の直感は決して間違ってはいなかった。

M1「防がれた……次……!」

 エールのコントロールスフィア内では、ミッドナイト1が淡々としながらもどこか熱の籠もった声を漏らす。

 その瞳にも、それまでの彼女にはない強い意志が込められていた。

 さながら人形が意志を持ったばかりのような、そんな無表情だが決して無表情ではない独特の表情を見せている。

 それが、彼女の戦い方が変わった理由だ。

 ならば原因はと言えば、些細だが、茜の善意が引き起こした物だった。

 ミッドナイト1を一人の人間として扱おうとした茜の努力が、遂に小さな一つの実を結んだ。

 それまで希薄な自我しかなく、物の好き嫌いの自覚すら判然としていなかった少女に、
 自我の自覚に通じる一筋の道を茜は示してしまったのである。

 だが、決して茜だけの責任ではない。

 ユエ達からの道具同然の酷い扱い、
 そして、道具としての矜持の片隅にあったであろう人間として生きたいと言う衝動。

 それらによって鬱積として閉ざされていたミッドナイト1の心に、茜はようやく微かな穴を穿つ事が出来たのだ。

 そして、ミッドナイト1に一つの、ささやかな望みが生まれた。

M1(また帰ろう……本條茜の元に……。今度は、勝って帰ろう)

 道具としての矜持、人間として生きたいと言う欲求。

 そして、茜との対話によって知る、未知の……知る必要も無いと切り捨てられていた数々の事。

 それをもっと知りたい。

 様々な思いが、人形然とした十年を生きて来た少女に、まだ無自覚な自我を目覚めさせたのだ。

 空にとっては不幸にも、ミッドナイト1のその無自覚な自我はエールと彼女のリンクを僅かに強めていた。

クライノート『緩やかに落ち始めていたエールのポテンシャルが、最初に戦った時と同レベルにまで回復しつつあるようです』

 そして、その事実に気付き始めていたクライノートが漏らす。

空「何となく分かっていたけど、やっぱり強い……!」

 空もクライノートの言葉で自身の感覚に間違いは無かったと確信し、悔しさと苦しさの入り交じった表情で呟く。

 現状、野戦整備しか行えないクライノートの性能は僅かずつではあったが落ち始めていた。

 エールも万全の整備体制では無かった事もあって、平時と比べた機体コンディションはほぼ互角。

 それでも、エールのポテンシャルが徐々に落ち始めていた事が、今までは少なくとも空とクライノートに分があった。

 だが、ミッドナイト1とエールの魔力リンクが強くなった事で、それも互角の所までひっくり返されてしまったのだ。

 隙を突いての急接近からの連続斬撃、仕切り直して距離を取ろうとすれば砲撃と、
 ミッドナイト1の単純だがゴリ押しの戦術は、困惑する空を相手に綺麗に嵌っていた。

空(とてもじゃないけど、足を止めて大威力砲撃なんて撃っていられない!?)

 幾度も接近戦と砲撃戦を切り替えて肉迫して来るエールに、空は胸中で愕然と独りごちる。

 エールを地上に引きずり下ろし、地上で組み合うためにアルク・アン・シエルを撃つ作戦だったが、
 こうも激しくレンジを切り替えられては、如何に多様な武装を持つクライノートとは言え対処できない。

クライノート『空……どうやら、貴女の選択は間違ってはいなかったようです』

 苦戦しながらも何とか攻撃を凌ぎきっていた空の耳に、どこか悔しそうにも聞こえるクライノートの声が響く。

空「く、クライノート……ッ?」

 連続砲撃をオレンジヴァンドで防御しながら、空は驚いたように返す。
267 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:44.73 ID:qaiAYrzso
クライノート『この場はアルク・アン・シエルを撃つタイミングを見定めるよりも、
       先ほど、貴女が明日美に伝えた提案を優先すべきと判断します』

 クライノートはいつになく抑揚なく、淡々と呟いた。

空「も、もしかして怒ってる……って言うか、悔しがってる?」

クライノート『………』

 当惑する空の問い掛けに、クライノートは無言で応える。

 どうやら肯定のようだ。

 それもそうだろう。

 自ら立てた作戦は実行不能、他種の武装と言う強みを活かせずに防戦一方。

 決してクライノートだけの問題ではなかったが、それらを彼女は自らの至らなさと捉えているようだ。

 そして、それはクライノートと言うギガンティックウィザードの、ソフトとハード両面での敗北を意味していた。

 悔しくなかろう筈が無い。

空「クライノート……」

 しかし、そんな彼女の心情を思うと、空も申し訳ない思いがこみ上げた。

 だが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空「絶対、すぐに名誉挽回のチャンスがあるから! 私が作って見せるから!」

クライノート『空……ありがとうございます。

       ……それでは、機動制御はこちらで行います。
       貴女は自身のするべき事に集中して下さい』

 励ますような空の言葉に、クライノートは思わず感極まったような声を上げたが、
 すぐに普段通りの淡々とした口調に戻って言った。

 そして――

クライノート『御武運……いえ、幸運を』

 そう付け加えた。

 空は無言で頷くと、二枚のオレンジヴァンドを連結し、手持ち型のシールドに変形させると左手で構え、
 タイミング良く突撃して来たエールの斬撃をシールドで受け止める。

 もう砲撃の機会は狙って距離を取れるようにはせず、腰を落として重心を低く保って受け止めると、
 僅かに足が廃墟の瓦礫の中にめり込んだものの、完璧に受けきる事が出来た。

エール『………』

空「ッ!」

 エールは無言のまま再度、長杖を振り下ろし、
 空も交差させたグリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドでそれを受け止める。

 クライノートとエールは真っ向からそれぞれの武器で切り結び、鍔迫り合いのような体勢で向かい合う。

 業を煮やし、砲撃距離まで下がろうとするエールに、空はクライノートを追い縋らせ、再び鍔迫り合いに持ち込む。

空(大丈夫……足回りが遅いのはクライノートもエールも一緒。
  浮遊魔法で動ける分、長距離の移動はエールの方が早いけど、出足で遅れなければ十分追い付ける!)

 幾度かの鍔迫り合いを続けた空は、その事に確信を得た。

 確かに移動能力では今のエールが勝っているが、瞬発力勝負で負けなければ離される心配も無い。

 加えて、相手が積極的な近接戦も行うようになってくれたのは嬉しい誤算だ。
268 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:13.20 ID:qaiAYrzso
 これならば、自分の考えを実行に移す事が出来る。

 空はそう意を決すると、短く息を吐いてから口を開いた。

空「……エール、お願い、聞いて!」

 外部スピーカーを通し、空は静かに……だが力強い声でエールに語りかける。

エール『……』

 対して、エールは無言のまま。

M1「……?」

 そして、エールの中で佇むミッドナイト1は、何事かと怪訝そうな表情を浮かべていた。

 クライノートが調整してくれたスラスターに任せ、
 距離を取ろうとするエールに追い縋りながら、空はさらに続ける。

空「返事は……出来ないならしなくてもいいの!
  ただ、聞いてくれるだけで……私の声を聞いてくれるなら、それだけでいいから!」

 空は訴えかけるように言いながらも、鍔迫り合いを続けた。

空「私も大切な人を……お姉ちゃんをイマジンに殺されて、この間はフェイさんも……。
  だからエールの気持ちは少しぐらいは分かるつもりだよ……!」

 バックステップで距離を取られそうになると、言葉を紡ぎながらもそれを追随する。

 しかし、決して自分からは攻撃を打ち込まない。

 エールが振り下ろす一撃を、前進防御で受け止める。

 数日前から既に幾度も矛を交えながら、何を今更、と思われるかもしれない。

 だが、空は言葉を尽くす事を決めた。

 エールが自らの思いで離れる事を選んだのなら、その思いをコチラに引き戻す。

 そのためには誠意を以て、真摯に、本音の言葉だけで彼に訴える。

空「お姉ちゃんが死んだ時は、イマジンが怖くて、憎くて、頭の中が真っ白になって、
  イマジンを殺したくて殺したくて、ずっとその気持ちが消えなくて……。

  お姉ちゃんがいなくなって空っぽになっちゃった部分を全部、それだけが埋めちゃって……」

 空は目の端に溢れそうなほどの涙を溜めながら、あの日の事を思い出して吐き出すように呟く。

 あの日の事を思い出すと、今でも気が狂いそうな程の憎しみや怒り、恐れが噴き出す。
269 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:42.50 ID:qaiAYrzso
空「でも…っ!」

 だが、空は負の感情を気合でねじ伏せ、次の言葉を紡ぐ。

空「……でもね、エールが私に力をくれた……私を選んでくれていた。
  私を守ろうとしてくれていたお姉ちゃんにも、力を貸してくれていた……」

 そう、エールは姉と共に戦っていた時期があった。

 それも空自身よりもずっと長い期間を、だ。

空「私が怖くなって逃げ出した後……それでもエールは力を貸してくれた。
  誰かのために戦いたいって私の思いに応えてくれた……!

  嬉しかったの!
  エールが……それまで応えてくれなかったエールが応えてくれた事が、すごく……すごく!」

 振り下ろされた長杖をシールドで受け止めながら、空はついに堪えきれずに涙を溢れさせた。

 正直な気持ちだった。

 物言わぬエールのドローンが、いつの間にか傍らにいた時の嬉しさ。

 あの時は、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しかったのだ。

空「だから……お願い……! もう一度……また応えて!

  大切な誰かを守りたいと思う人達の盾になろう?
  大切な誰かのために戦いたいと思う人達の矛になろう?
  ドライバーとギガンティックで……私とあなたで、力のない誰かのために戦おう?

  ……エール! お願い! 私の思いに応えてえぇっ!!」

 空は思いの迸るままに魔力を高め、盾ごとエールを押しやってしまう。

空「え、エール!?」

 思わず入ってしまった力に、空は狼狽する。

 エールは僅かによろけ、そして、動きを止めた。

 よろけた状態で右脚を後ろに出して踏ん張った体勢のまま、微動だにしない。

 今日の今までの戦闘の傾向からして、ミッドナイト1ならばこれ幸いと距離を取り、
 砲撃から再度の接近戦へと雪崩れ込んでいただろう。

空「……!?」

クライノート『動きが……止まった?』

 突然の異常事態に空は言葉を失い、クライノートも愕然と漏らす。
270 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:09.95 ID:qaiAYrzso
 そして、それはミッドナイト1も同様だった。

M1「機体異常……!? 魔力リンクが切断されて行く……!?」

 ミッドナイト1は慌てた様子でコントロールスフィア内を見渡し、自身の体を動かすが、
 それに追随する筈のエールは一寸たりとも動かない。

 それどころか全身の魔力リンクが次々に切断され、
 機体の感覚にリンクしている筈の身体の感覚が次第に自らの物に戻されて行く。

 薄桃色に輝いていたブラッドラインも次第にその輝きを失い、足首や手首辺りは既に鈍色に戻りつつある。

M1「バッテリー内の魔力残量はまだ五割以上……。
   まだ稼働限界時間じゃない……どうして……?」

 ミッドナイト1はエールとは別のギアを起動し、状況を確認するが、理解不能の事態である事に変わりない。

 そして――

???『ゆ……い………』

 右手の指先……そこに付けられていたギアから、掠れた声が響く。

 エールの声だ。

 六日前に奪った際に、微かにだけ喋ったエールが、再びその口を開いた。

 一語一語を苦しそうに絞り出すような声。

 停止したギガンティックの躯体、起動したエールのAI、切断された魔力リンク。

 それらの事から、六日前に自分が作り出した状況に酷似している事にミッドナイト1が気付くまでに、
 そう時間はかからなかった。

 恐らく、エールの側から魔力リンクが切断されたのだ。

 こうなってはエール本体を動かす事はミッドナイト1には出来ない。

M1(201と401……優先すべきは……!)

 その事実に思い至ったミッドナイト1の判断は速かった。

 たった一機しかないオリジナルギガンティックと、数は少なくなったとは言え量産型のギガンティック。

 優先すべきがどちらかなど火を見るより明らかだ。

M1「GXI−002、003、独立起動。
   機体を懸架し、支援砲撃を行いつつ後退開始……!」

 ミッドナイト1はギアを介し、背面のプティエトワールとグランリュヌに指示を飛ばす。

 本来はエールが起動制御を行う筈の二器の補助魔導ギアを巨大化させた浮遊砲台だが、
 ミッドナイト1はそれらをエール本体とは別に自身の力で操作していた。

 加えて先日、空達を急襲した際も378改のシステムではなく、自身の力で操作していたのだ。

 今も十二器のプティエトワールで援護砲撃を放ちながら、
 四器のグランリュヌで微動だにしない機体を浮かび上がらせ、拠点である旧技研へと向けて移動を開始する。
271 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:39.05 ID:qaiAYrzso
クライノート『空、今がアルク・アン・シエルを放つ最大のチャンスです!』

 クライノートもその事に気付いたのか、思い至ったように叫び、さらに続けた。

クライノート『今ならば、プティエトワールとグランリュヌを停止させる事でエールの機動力を奪えます』

空「そうか! ありがとう、クライノート!」

 クライノートの言葉でその事実に気付かされた空は、後方に控えさせていた
 ヴァッフェントレーガーからブラウレーゲンを起動させ、クライノートの指定した砲撃地点へと急ぐ。

 先ほどの状態で砲撃すれば、万が一回避された場合にはテロリスト達の拠点に大打撃を与える事が出来るが、
 囚われの身の茜とクレーストが技研の何処にいるか分からない以上、それは得策ではない。

 砲撃地点を調整し、技研と周辺への被害を避け、フロート内壁にも被害を与えぬように十分な砲撃可能範囲を作るのである。

 そして、空はプティエトワールからの援護砲撃をくぐり抜け、その地点へと辿り着くと、ブラウレーゲンを構えた。

空(撃ち方は教えて貰った……。炎熱変換と流水変換を交互に、高速で繰り返す!)

 空はブラウレーゲンの銃口に魔力を集中する。

 すると、空色の魔力が銃口に集約し、赤と青の輝きを繰り返す。

 これが無限の魔力の弊害である、閃光変換への固定化だ。

 どうやっても閃光以外性質へと魔力を変換する事が出来なくなる。

 だが、そのデメリットと引き換えに、閃光変換の波長を大きく変質させる事が可能となる僅かなメリットが存在した。

 高速で炎熱と流水の波長へと変換を繰り返す魔力は、本来、閃光変換の天敵である反射結界や反射障壁の目前で、
 反射された魔力とぶつかり合いながらそれらを消し去る絶大な破壊力を生み出す。

 齢九つを迎えたばかりの幼い少女と、起動から十日足らずのギアが生み出した伝説級の砲撃魔法。

 それが――

空「アルクッ! アンッ! シエェルッ!!」

 ――虹の名を持つ、七色の輝きを放つ極大砲撃魔法である。

 空の一声と同時に極大の輝きが放たれ、エールへと殺到した。

M1「しゅ、集中防御を!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫ぶようにプティエトワールとグランリュヌへと指示を出す。

 エールを移動させていたグランリュヌも切り離し、眼前に反射障壁を幾重にも張り巡らせた。

 だが、それらの反射結界は一瞬にして次々と破壊され、
 蓄積された魔力を失ったプティエトワールとグランリュヌが次第に瓦礫の中へと落下して行く。

M1(防げない!? ただの閃光変換魔力砲が!?)

 ミッドナイト1は自らの知る常識が覆って行く様に愕然とした。

 そして、遂に最後の反射障壁が砕かれる。

空「お願い……応えて……エェェルゥッ!!」

 その瞬間、空は限界まで手を伸ばし、思いを込めて叫んだ。

 また共に戦いたい。
 もう一度、応えて欲しい。

 そんな、思いの全てをかけて。

 だが、エールに砲撃が触れようとした瞬間、照射限界の五秒が経過した。

 コンマ一秒にも満たない時間だけ、アルク・アン・シエルの輝きがエールに触れたものの、
 僅かばかりの魔力がその正面装甲を微かに焦がしただけに留まる。

 だが、その直後。

 既に全身の輝きが鈍色へと戻ろうとしていたエールのブラッドラインに、うっすらと空色の輝きが灯る。

空「ッ!?」

 その様を確認した瞬間、空は意識が強く引っ張られるような感覚に襲われると同時に、
 真っ暗な暗闇の中へと落ちて行った。
272 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:29.58 ID:qaiAYrzso
―4―

 気がつくと、空は暗闇の中を漂っていた。

 立つ事の出来る足場はなく、落ちて行く感覚すらないソレは、正に漂っていると形容する以外無い。

 だが、ただ漂っているワケではなかった。

空(凄い……風と雨……!?)

 視界ゼロの真っ暗闇の中、
 四方八方から滝のようなスコールと身を引きちぎられそうな突風が空に吹き付けていたのだ。

 この雨に打たれていると言い知れない不安感や空虚感に苛まれ、
 身を引きちぎるような突風は、身体よりもむしろ心を引き裂くような痛みを伴った。

 不可解な雨と風の現象だが、これらが引き起こす感覚に空は覚えがある。

 それは、つい数分前にも思い返した、大切な人達との別離の感覚だ。

 心に穴を穿たれるような痛みと虚しさ。

 そして、その穿たれた穴を埋め尽くす、深い哀しみ。

 一人きりでは耐えられない、そんな苦しみに満ちた空間が、今、空がいる場所の本質だった。

???<……ぅ……っ>

 目も口も開く事もままならず、雨と風の音で耳を塞がれ、五感の殆どを奪われた中、
 だが、空の脳裏に不意に呻き声のような声が響く。

 それが思念通話のような、魔力を介した声だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。

空<……誰?>

 口を開く事もままならないまま、空は思念通話でその呻き声の主に問い掛ける。

???<ぅ……ひっく……ぅぅ……>

 対して、呻き声の主は応えず、だが、空が呻き声だと思っていたのは呻き声ではなく、
 啜り泣く声だと言う事が分かっただけだった。

 おそらくは幼い少年と思しき啜り泣き。

 その啜り泣きを聞いていると、雨と風が引き起こす別離の感覚がより強くなったように感じる。

空<誰? 何処にいるの?>

 空は雨と風に心身を煽られながらも漂い続け、次第に啜り泣く声が大きくなって行くのを感じた。

 そこで気付く。

 自分は暗闇の中を漂っているのではなく、激しい雨風の吹き荒ぶ暗闇の中を、真っ直ぐ下へと潜っていたのだ。

 そして、自分は雨風に激しく煽られているのではなく、ただ晒されているだけで、
 潜って行く方角には何ら影響を与えていない。

 その事に気付いた瞬間、空の潜行速度は加速度的に増して行った。

 そして、その先、微かに開けられるようになった目で、小さな点らしき物を見付ける。

 下へ下へと潜るにつれて、その点が徐々に輪郭を持って行き、最後には蹲る人影だと分かった。

 加速度的に増していた潜行速度は次第に収まり、ゆっくりと停止する頃には、空はその人影の傍らに立っていた。

 足場があるワケではないが、確かに空はその場で静止していたのだ。

 止まる事が出来たとは言え、まだ目を開き続ける事も難しい雨風は吹き荒び続けている。

 だが、空は必死に目を開き、人影を見据えた。

 それは、翼のような腕を持った、幼い一人の少年だった。
273 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:56.19 ID:qaiAYrzso
???<う、ぅぅ……ひっく……ぅぇ……>

 少年は蹲ったまま啜り泣き続けている。

 激しいスコールでずぶ濡れになり、突風で翼を激しく煽られながらも、だ。

空<ねぇ……どうしたの? 何で、泣いているの……?>

 空は少年の前に跪き、少しでも少年の不安を取り除こうと、思念通話で優しく語りかける。

???<……いない、んだ……ヒッ…ク………何処にも……
    もう、何処にも結が、ぅぅ、……いないんだ……>

 少年は時折しゃくり上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

空<!? ……あなた、エール……なの?>

 少年の言葉に、空は驚きながらも直感する。

 そう、目の前にいる翼の少年は、エールだ。

 そう感じた瞬間、空はその直感が間違いないとも感じた。

 あの重厚な甲冑のような装甲を身に纏ったエールとは似ても似つかない、目の前で啜り泣くか弱い姿の少年。

 それがエールの本質だったのだ。

エール<僕が……僕があの時……守れなかったから……結が……いなくなって……>

 顔を上げた少年……エールは、目から大粒の涙を溢れさせ、途切れ途切れに呟く。

空<………>

 その痛々しい自責の言葉に空は押し黙り、そして、思う。

 きっと、エールも自分と同じようなやり場のない怒りや哀しみ、無力感に苛まれていたのだろう。

 無敵を誇ったギガンティックウィザード。

 主を守る巨大な肉体を得て、より強さを増した筈のギア達。

 それは誇りだっただろう。

 だが、その誇りはイマジンの出現によって地に堕ちた。

 仲間すら守れずに大敗の謗りを逃れられぬ屈辱に塗れ、その後も負け戦同然の戦いを強いられ続けたのだ。

 そして、ようやく巡って来た反攻の機会。

 ハートビートエンジンとエーテルブラッドを得て、第二世代ギガンティックへの改修を受ける。

 だが、その最中にエールは、最愛の主を……結を喪った。

 その無力感たるや、その虚無感たるや、想像するに難くなく、共感するにも筆舌に尽くしがたい物だっただろう。

 この雨と風は、彼自身の無力への自責と、主を失った心の痛み……エールの心象そのものだったのだ。

エール<苦しい……哀しい……悔しい……寂しい……>

 エールは啜り泣きながら、自らの心情を吐露し続ける。

 胸を締め付ける苦しさ。

 主を喪ってしまった哀しさ。

 主を守れなかった悔しさ。

 そして、独りぼっちの寂しさ。

 それらがごちゃ混ぜになった辛さ。

 その辛さを、空も少しは理解できるつもりだ。

 目の前で姉とフェイ、大切な人を二人も喪ったのだから。

 こうして、彼が取り返しのつかない哀しみにくれるのも分かる。
274 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:25.87 ID:qaiAYrzso
空<……そう、だよね……大切な人を喪うのは……守れないのは、辛いよね……?>

 空も涙が滲むような声音で応え、エールに手を伸ばす。

 そして、その頭を優しく撫でる。

エール<……ぅっく……?>

 エールは啜り泣きながら、怪訝そうに顔を上げた。

 微かに、雨と風の勢いが緩み、お互いの顔が確認できるようになる。

 そして、空はエールの目をしっかりと見つめながら続けた。

空<大切な人を喪うとね……胸にぽっかりと穴が空くの……。
  大切な人ほど……大きくて、深くて……どうしても埋められないような、大きな穴が……>

 空は語りかけながら、幾度も幾度も、雨や風で乱れたエールの髪と翼を撫でつけて整える。

空<その穴の中に、苦しい気持ちや哀しい気持ちがどんどん溜まっていって……、
  それでもっと苦しくて、哀しい気持ちになっちゃうんだ……>

 転がり落ちて行くような哀しみや苦しさ。

 それを埋めるための気持ちに、空は一度、憎悪と怨嗟を選んでしまった。

 その結果、恐怖がそれらを上回った瞬間、空の心は音を立てて折れたのだ。

 だが、完璧には折れていなかった。

 姉から注がれた愛を思い出し、空は再び立ち上がる事が出来たのだから。

空<だからね……その穴は、もっと強くて、優しい物で埋めなきゃいけないんだ……>

 心を砕く冷たい哀しみでも、心を蝕む灼けるような憎しみでもない。

 心を暖かく包み込んでくれるような、強くて優しい思いで埋める事。

 それは空が、姉を喪い、恐怖に挫け、立ち上がって信念を得て、茜と言葉や気持ちをぶつけ合った、
 この一年以上の経験を経て辿り着いた、一つの真理だった。

空<私じゃ……結さんの代わりにはなれない……大切な人の代わりなんて、誰もいない……>

エール<ぅぁ………>

 そして、レミィが教えてくれた事を告げると、エールはいつの間にか止まり掛けた涙を、再び溢れさせる。

 だが――

空<だけど……結さんがいなくなって空いた穴を、少しでも埋める事は出来るよ……>

 空は優しい声音で言って、エールを抱き寄せた。

 少しでも暖かな温もりを与えられるように、しっかりと、その腕の中で抱き締める。

空<私が……エールがまた翼を広げられるような……空になってあげる……>

エール<そ……ら……?>

 空の言葉に、エールは一語一語、確認するかのように呟いた。

空<そうだよ……空だよ……>

エール<そら……空……>

 エールを抱き締めたまま空が頷くと、エールはその名を繰り返す。

 すると、一陣の風が二人を薙いだ。

空「ッ!?」

 空は思わず息を飲み、エールを強く抱き締めてその風に耐える。
275 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:54.49 ID:qaiAYrzso
 風は一瞬で止み、そして、滝のような雨と斬り付けるような冷たい突風と、
 そして空間を埋め尽くすようだった暗闇すらも、その一瞬で薙ぎ払っていった。

 代わって二人の回りに広がったのは、まだ僅かに雲を残しながらも、青く澄んだ空の色だった。

空「わぁ………」

 突如として広がった青空に、空は感嘆の声を漏らす。

 あの一瞬の風のお陰か、びしょ濡れだった筈の服も髪もすっかりと乾いてしまっていた。

 心象世界だからこその不可思議な現象だったが、空は自然と“そう言うものだ”と、それを受け入れる。

 そして、腕の中で安らぐエールに再び視線を落とす。

空「……すぐには無理かもしれないけれど……
  結さんの事を思い出して哀しくて辛くなるだけじゃなくなる日が、きっと来るよ……」

 空は自分自身に言い聞かせるように呟く。

 亡くなったばかりのフェイの事、そして、もう一年以上も前に亡くなった姉の事ですら、
 思い出すだけで、今も胸が痛む。

 だが、決してそれだけではない。

 哀しく、寂しい気持ちも強いが、優しい二人との忘れ難い記憶に思いを馳せれば、
 懐かしい思いと共に、心が温まる事もある。

 決して胸が痛むばかりではないのだ。

 その思いは、こうして肌を合わせているエールには伝わっているのだろうか?

 エールは身を捩るようにして空から離れると、翼で涙を拭う。

 そして――

エール「………うん」

 少し寂しげな笑みを浮かべて、抑揚に頷く。

 空も頷いて返し、そっと手を差し出した。

空「改めて自己紹介しないとね………。

  朝霧空だよ。これからもよろしくね、エール」

エール「……空……僕の飛ぶ……空」

 微笑みを浮かべた空に、エールも翼を差し出す。

 そして、二人が触れ合った瞬間、空は急速に意識を引き上げられる感覚に襲われた。
276 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:22.39 ID:qaiAYrzso
 次の瞬間――

クライノート『空! ……空! 意識をしっかりと持って下さい!』

空「ッ!?」

 クライノートの叫び声で、空の意識は現実へと引き戻される。

 途端に感じる、急激な浮遊感。

 それは、自分が落下している事を否応なく意識させた。

 先ほど、心象空間で味わった感覚とは別種の感覚だ。

 上を見上げれば大きく穴を穿たれたフロートの天蓋が見え、下には見渡す限りの工業地帯や広い幹線道路が広がっていた。

空(まさか、床が抜けた!?)

 空がその事に気付くのは早かった。

 そう、ただでさえメンテ不良で痛んだ廃墟だらけの第三層の床は、
 アルク・アン・シエルの大威力の影響に耐えられず、マギアリヒトの結合崩壊を起こしたのだ。

 天蓋に穿たれた穴の形は丁度、アルク・アン・シエルの砲撃が及んだ範囲とその周辺に限定されている。

 今、空達は第七フロート第四層にある工業地帯へと、瓦礫もろとも落下している最中だった。

 空が気を失っていた――エールと共に心象空間にいた――のは、現実にすればほんの数秒程度の事だったのだ。

クライノート『逆噴射で軟着陸します! 最大まで魔力を込めて下さい!』

 クライノートは珍しく慌てた様子で叫ぶ。

 クライノートは基本的に陸戦用のギガンティックであり、高い飛行能力は持たない。

 高所からの落下となれば逆噴射でその勢いを相殺するしかないのだ。

 だが、空の耳にクライノートの声が届くよりも早く、彼女の視界にその光景が飛び込んで来た。

空「え、エール!?」

 そう、クライノートが落下したのと同様に、エールもまた落下していたのだ。

 既にブラッドラインから薄桃色の輝きは消え去り、結界装甲はその機能を停止していた。

 このまま落下すればその衝撃で地上の施設は崩壊し、結界装甲で守られていないエールもただでは済まないだろう。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は手を伸ばしながら、悲鳴じみた声を上げた。

クライノート『空! 今は一刻も早く逆噴射を!』

 クライノートは怒鳴っているようにも聞こえる声音で空に檄を入れる。

 エールが引き起こす被害も凄まじいだろうが、結界装甲を纏ったままの自分が落下すれば、
 地上施設に与える被害は甚大となり、さらに第四層の床を貫き第五層まで壊滅的な被害を与えかねないのだ。

 そして、既に被害を最小限に抑えられる逆噴射限界点は過ぎていた。

 もう、手遅れだ。

 だが――
277 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:51.28 ID:qaiAYrzso
空「飛んでぇっ、エェェルゥゥッ!!」

 空は喉が裂けんばかりの声で、その言葉を……奇しくも、
 結・フィッツジェラルド・譲羽が愛器を起動する瞬間に選んだ言葉を叫んでいた。

 その瞬間、鈍色だった筈のエールのブラッドラインに、蒼く澄み渡る空色の輝きが宿った。

 信じられない光景に、空は息を飲む。

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 エールの背面に折り畳まれていたスタビライザーが展開し、そこから空色の魔力が溢れ出す。

 それは空色の翼となって、大きく翻り、今まで微動だにしなかったエールが軽やかに天を舞った。

 空色の翼が巻き起こす魔力の奔流は、同時に落下していたプティエトワールやグランリュヌにも影響を及ぼし、
 本体からの魔力供給を受けたソレらは彼の周辺を旋回し、その背面に集結して光背を象る。

空「エェェルゥッ!!」

エール『……そら……空ぁぁっ!!』

 伸ばされた空の……クライノートの腕を、エールが掴む。

 さらに、エールは光背状になった十六門の砲門からの砲撃で落下を続ける瓦礫を消し去り、
 クライノートと共に工業地帯にある広大な駐車場へと悠然と降り立つ。

 まだ早朝と言う事もあって車も少なく、二機のギガンティックが降り立つには十二分な余裕があった。

クライノート『被害状況確認……腕を掴まれた時の衝撃で、やや肩関節にダメージがありますが、
       それ以外は落下による損傷はありません』

 軟着陸を果たすなり、クライノートは淡々と被害状況を伝えて来る。

 肩関節へのダメージは、直前までの戦闘で幾度もエールの攻撃を受け続けていた事も原因だろう。

 だが、両肩の付け根に違和感のような痛みを感じる他は、これと言ったダメージは空も感じない。

空「……ごめん、クライノート……。無視するみたいな形になって……」

クライノート『いえ、結果だけならば、これが最良の選択でした』

 申し訳なさそうに呟いた空に、クライノートは淡々と返す。

 しかし、その声音は、“どこか釈然としない”とでも言いたげな雰囲気である。

 だが、彼女はすぐに気を取り直し、口を開く。

クライノート『……ともあれ、今はエールの主導権を取り返すのが先決です。
       早くエールのコントロールスフィアに移って下さい』

空「え? ……クライノートは、どうするの?」

 クライノートの言葉に空は戸惑う。

クライノート『私なら大丈夫です。
       可能な限りの魔力を残していただければ、そのまま自律起動を続けられますので、
       アルベルト機と東雲機で使っているフィールドエクステンダーも維持可能です』

 クライノートはそう言うと“起動状態ならば奪われる心配もありません”と付け加えた。

 心配せずに早く行け、と言う事だろう。

空「クライノート………うん、ありがとう。クライノートのお陰でエールを助け出せた」

クライノート『……それは違います。
       こうしてエールにあの色の輝きが戻ったのは、
       あなたの成果である事は疑いようもありません。

       もっと胸を張って下さい』

 感謝の言葉を述べる空に、クライノートは穏やかな声で返す。

 そうは言いながらも、やはり感謝されて悪い気分ではないのだろう。

空「じゃあ行って来るね!」

 空は出来るうる限りの魔力をクライノートに預け、ハッチを開くと、
 差し出された腕を伝ってエールのコントロールスフィアへと向かった。
278 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:18.38 ID:qaiAYrzso
 ハッチが開かれ、空がそこに足を踏み入れると、そこにはへたり込んだ一人の少女がいた。

 見間違う筈もない。

 六日前にエールを連れ去った少女……ミッドナイト1だ。

M1「マスター……私は……私はどうすれば……!?」

 少女は震える声で、手首に嵌められた自らのギアに語りかけている。

 どうやら本拠地にいるユエと通信を取り合い、状況を説明した後のようだ。

 彼女も空に気付き、へたり込んだまま後ずさる。

 二人は視線を絡め合い、睨み合う。

 だが――

ユエ『少々名残惜しいが、201の戦闘データは十分に取れた。
   機体は放棄する。

   ミッドナイト1……お前も用済みだ』

 直後、ギアから鳴り響いた声にミッドナイト1は目を見開き、ワナワナと震える。

ユエ『投降するも自害するも良し、戻って来る必要はない』

M1「ま、マスター……!? ……そんな………マスター!? 待って下さい!?」

 酷薄な物言いに、ミッドナイト1は激しく狼狽し、震える声で縋り付くように叫ぶ。

 道具として育てられ、道具としての矜持だけを支えにしていた少女にとって、それは死刑宣告のような物だった。

 詳しい事情は分からずとも、少女が捨て駒のように扱われた事だけは理解し、空も顔を顰めた。

 そして、僅かな間と共に、紫電のような魔力を撒き散らして、ミッドナイト1のギアが崩壊する。

 どうやら、通信先からの操作で自壊させられたようだ。

M1「ッ……………あ、あぁぁ………っ」

 自我を得たばかりの少女は、その光景に、自分が不要と……その存在意義の全てを否定された事を悟り、
 押し殺した悲鳴のような声と共にその場に崩れ落ちた。

 慈悲どろこか、人間らしいやり取りすら感じられない、痛ましい光景だった。

空「………ごめんね、エールのギアを返して貰うね……」

 だが、空は戸惑う余裕など無いと分かり切っていた事もあり、
 ゆっくりと少女の傍らに膝を下ろし、その右手に嵌められたエールのギア本体に触れる。

 すると、ミッドナイト1の指に嵌められていたエールのギア本体が空色の輝きと共に分解され、空の指へと収まった。

エール『空……』

 手放しで喜べない状況を悟り、エールも押し殺したような声で新たな主の名を呟く。

空「エール……行こう、みんなが待ってる!」

エール『……了解、空!』

 迷いを振り切るような空の声に応え、エールは再び空色の翼を広げた。

 空は愛機と共に舞い上がり、天蓋に空いた大穴を抜けて再び第三層へと舞い戻る。

 そして、リニアキャリアと共に後退中のレオン達を助けるべく飛翔した。

 リニアキャリアはすぐに視認距離に入ったが、目の当たりにした戦況は決して優勢ではない。

 結界を施術できていないリニアキャリアの防備は完全に結界装甲を扱えるアメノハバキリ任せとなっており、
 敵もソレを見越してヒットアンドアウェイの波状攻撃で玩んでいた。

 戦闘開始から早くも十五分。

 目立った被害が見受けられないのは奇跡と言うべきだろう。
279 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:47.95 ID:qaiAYrzso
エール『空、ブラッド損耗率は約八割!
    全開戦闘の場合、限界稼働時間は十分足らずだ!』

空「それだけあれば十分だよ! 私と……エールなら!」

 機体状況を告げるエールに、空は力強く応えた。

 身体が軽い。

 モードSやモードD、モードHとも違う、自分自身の身体が軽くなったような感覚。

 動きは寸分無く機体に伝わり、機体の感覚も自らに返って来る。

 理想的な魔力リンクが、空とエールの間には形成されていた。

 先ほどまでの戦闘や完璧とは言えないメンテナンスのせいで万全のコンディションとは言えなかったが、
 それでも、五機の量産型ギガンティックを相手取るには十二分だ。

空「プティエトワール、グランリュヌ……テイクオフッ!」

 空の声に応え、光背状だった十六基の浮遊砲台が分離し、敵と味方の間に躍り出た。

 十分な魔力を分け与えられた浮遊砲台達はリニアキャリアと寮機を囲み、そこに巨大な結界装甲の障壁を作り出す。

空「ブライトソレイユ、エッジモード! マキシマイズッ!」

エール『了解! ブラッド及び魔力流入量調整……
    ブライトソレイユ、エッジモード、マキシマイズ!』

 空の指示でエールが長杖にブラッドと魔力を集中すると、そのエッジから長く鋭い魔力の刃が伸びた。

テロリストA『な、何で201がコチラの邪魔を!?』

 突然の新手の……それもつい先ほどまで味方だった機体の乱入に、テロリスト達は狼狽の声を上げている。

 そんなテロリスト達の駆る401の二機を、空はすれ違い様に切り裂いた。

 手足を切り裂かれた機体がその場に崩れ落ちる。

空「ブライトソレイユ、カノンモード! ハーフマキシマイズッ!」

エール『了解! カノンモード変形開始と同時に魔力チャージ!
    ………いいよ、空! 撃って!』

 空は振り向き様に砲撃形態へと変形した長杖を構え、即座に発射した。

テロリストB『そ、そん……!?』

 砲撃は愕然とするテロリストの悲鳴を掻き消し、
 大魔力で機体を黒こげにされた401が、また一機、膝から崩れ落ちる。

 僅か二十秒足らずで、空は敵機の半数以上を行動不能に追い遣っていた。

レオン『す、すげぇ……』

紗樹『これ……前より何倍も強くなってない!?』

 レオンと紗樹が、その光景に驚嘆と驚愕の声を上げる。

 今までは空が自身の判断と手動操作で変形させていたブライトソレイユを、
 回復したエールが主の指示で高速自動変形を行う。

 ただそれだけで戦闘の手間はグッとスムーズになっていた。

 しかし、AIの覚醒したエールの性能向上はそれだけに収まらない。

 さらに甦った翼で自由に飛び回り、攻防一体の武装を取り戻したエールの戦闘能力は、
 奪われる以前に比べて飛躍的に跳ね上がっているのだ。
280 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:03:23.05 ID:qaiAYrzso
空「エール! 大技行くよ!」

エール『了解……空!』

 空の声と共にエールは大きく翼を広げ、全身に虹色の輝きを纏って飛翔する。

 エール・ハイペリオンでその形だけを再現した、閃光の譲羽が得意とした超高速の突撃――

空「リュミエール………リコルヌシャルジュゥッ!!」

 ――“輝く一角獣の突撃”の名を持つ、無敵の近接砲撃魔法!

 虹の輝きを纏って飛翔するエールが、残る最後の401と372の間を駆け抜けると、
 その余波が二機の半身を砕き、片側の手足を失った二機はその場でバランスを失って倒れた。

 消えゆく虹の輝きの中から飛び出したエールは、廃墟に長い溝を穿ちながら

 直撃でも掠めてもいない一撃が及ぼす影響だけでもこの破壊力だ。

 鎧袖一触……とは正にこの事だろう。

 そして、これでテロリスト達は知る事になる。

 自分達が奪った事がキッカケで、GWF201X−エールは朝霧空と言う新たな主を改めて得て、
 四十年以上の沈黙を破り、今ここに完全復活したと言う事を。

 それはつまり、踏んでならぬ虎の尾の一本を自ら踏み付けた、と言う事だ。

 空はまだ僅かに長杖の切っ先に残る虹色の輝きを振り払い、油断無くそれを構え直した。

エール『周囲センサー有効範囲内に敵影無し。 
    戦闘状況終了だよ、空』

空「うん……」

 淡々とした声音で告げたエールに、空は複雑な表情で頷く。

 そして、安堵の溜息と共に構えを解いた。

 あの取り返しのつかない大きな敗北を経て、また一つ、自分達は大きな勝利を刻んだ。

空(あとは茜さんとクレーストを助け出せば……)

 残すは決戦だけ。

 それでテロリスト達との戦いは終わる。

 そう言い聞かせるように胸中で独りごち、一度だけ技研のある方角を睨め付けた空は、
 振り返るようにして傍らに視線を落とす。

M1「…………」

 そこには、放心して項垂れるミッドナイト1。

 敗北し、存在意義を否定され、空っぽになった少女。

 エールと心を通わせ、彼を救い出した空だが、
 彼女の憔悴した姿を見ると、決して晴れやかな気分だけではいられなかった。


第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜・了
281 : ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2015/01/31(土) 22:07:09.88 ID:qaiAYrzso
今回はここまでとなります。
やっとエールが普通に喋りましたw

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Sage]:2015/02/01(日) 00:30:04.22 ID:pTthX2170
お疲れ様ですー!更新待ってました!
283 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/02/01(日) 06:45:44.98 ID:qZBmNsdno
お読み下さり、ありがとうございます。
最短月一と言う亀更新ですが、今後ともよろしくお願いします。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/02(月) 23:02:13.26 ID:jxRgoSZv0
乙でしたー!お帰り、エールゥゥゥウウウ!!
待ちに待ったこの瞬間。
そこへ到るまでの積み重ね、空とM1の違いと、底から生まれる力以外での差……堪能させて頂きました。
結を失った事にうずくまるエールもそうですが、今回心底思ったのは、クライノート、エエ子や……。
そして傷心のM1.
今は自分を支えてきたものを失っても、茜との間に生まれたものは、きっと彼女を立ち直らせてくれるでしょう。
その茜の救出を心待ちにしつつ、次回も楽しみにさせ地タダ着ます!
285 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/02/03(火) 06:30:40.88 ID:u/DmsTRLo
お読み下さり、ありがとうございます。

>待ちに待ったこの瞬間
このためだけに2話から少しずつ積み上げて来ましたからねぇ……
書いてる側としてもやっと構想開始段階から想定していた話が書けました。
ただ、まさか折り返し予定地点を過ぎた20話までかかるとは思っても見ませんでしたがww

>力以外での差
火力、飛行能力と以前の状態よりも強化されている部分も多いのですが、一番はやはりタイムラグ0秒ですね。
相互コミュニケーションが取れ、それによって機体側でも柔軟な判断が可能な事が
オリジナルギガンティック最大の利点ですから。
ともあれ、来たるべき最終決戦に向けて、空とエールはさらに強くなって行きますのでご期待下さい。

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ

>傷心のM1
彼女の話はテロ事件が粗方片付いてからなので、もう少し後になりそうですね。
と言うワケで、次回から対テロ決戦編となります。

>茜の救出
伏線は既に張ってあります。
ええ、ありますとも…………納得できるかどうかは別として(目逸らし
286 :>>285抜けがあるので訂正orz  ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/03(火) 20:40:06.31 ID:u/DmsTRLo
>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ冷静な部類で、
その上、初起動時期のクリスの精神状態もあってやや自罰的な傾向もありまして、
自分にとって最良でなくても、主にとって最良であるなら受け入れる性分でもあります。
…………案外、一番カウンセリングが必要なギガンティックかもしれません。
287 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:38:28.32 ID:PD5MJK4no
最新話を投下させていただきます。
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