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【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】
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247 :
BGMは途中からBeliever&
◆N9PMw4jTrbzo
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:42:48.88 ID:qaiAYrzso
第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜
―1―
7月13日、金曜日、正午頃。
第七フロート第三層、第十九街区跡地――
今日も空達を含む政府側戦力とテロリスト達との激戦が繰り広げられていた。
だが、その戦闘の様相はテロリストと開戦した五日前とも、
作戦の始まった四日前ともかなり違っているようだ。
兵站拠点を築くため、軍の工作部隊のギガンティックが結界魔法を施術された
分厚い装甲板で防衛しているのは同じだが、決して防戦一方では無くなっていた。
レオン『紗樹! 右から二機来てるぞ!』
紗樹『了解です!』
結界魔法の施術された遮蔽物の陰から大型のスナイパーライフルを覗かせたレオンの言葉に、
大型シールドとミニガン型魔導機関砲を構えた紗樹の機体がそちらに向き直ると、一斉に魔力弾を放つ。
ミニガン型魔導機関砲から放たれた無数の魔力弾が、
レオン達の右方向から近寄って来るギガンティックに向けて殺到する。
相手は401・ダインスレフ。
最新鋭の高性能機とは言え、通常のギガンティックに過ぎないアメノハバキリでは相手にならない。
避ける隙間も無いほどに放たれた魔力弾は、401の結界装甲に阻まれて霧散する……筈であった。
本来なら避ける必要も無かった筈の魔力弾は401の結界装甲を徐々に侵食し、
遂には401の全身に無数の穴を穿つ。
全身を蜂の巣にされた二機の401は失速し、瓦礫の中に倒れ込んで爆散した。
紗樹『二丁上がりっ!』
敵機の撃墜を確認した紗樹は得意げに言うと、次なる敵に備えて正面へと向き直る。
レオン『大分使い慣れて来たんじゃないか?』
レオンも感心したように言いながら、遠距離からの攻撃を仕掛けようとする401の頭部と両腕を、
長大なスナイパーライフルで撃ち抜いた。
結界装甲を貫いた銃の威力もさることながら、
遠距離の標的に対して正確に三点を射抜いたレオンの狙撃技術も大した物である。
ともあれ、大した改修をされたようにも見えないアメノハバキリが、
何故、こうも容易く結界装甲を貫く事が出来るのか?
それはつい先日、合流した風華と共に届けられた、瑠璃華の新開発装備による物だった。
特殊なコネクタを用いて各種武装とオリジナルギガンティックの装備を接続し、
結界装甲を武装に延伸させる装備、その名もズバリ、フィールドエクステンダーである。
このフィールドエクステンダーを搭載した装備を、
レオンと紗樹はクライノートのゲルプヴォルケと接続していた。
威力はオリジナルギガンティックの六割減と些か心許ない物だったが、
それでも低出力の結界装甲しか持たないダインスレフを撃墜するにはそれで十分。
特にブラッドラインの露出していない――結界装甲の薄い――部位を狙えば、
結界装甲の貫通確率はほぼ十割……先日までとは比較にならないほどの戦力アップだ。
数で言えば彼我の戦力差はまだ大きくテロリスト側に傾いてはいたが、
敵が総力戦でも仕掛けて来ない限り、一気にコチラ側の体勢を崩されるような心配も無い。
それによって、テロリスト達の本拠である旧山路技研への侵攻作戦も三面作戦へと転換していた。
ギガンティック機関とロイヤルガードの連合直衛部隊を三班に分け、
主力部隊に先行して左右から敵を迎撃しつつ、簡易拠点を築いて行く作戦だ。
主力部隊防衛には高い機動性と新型故の性能の高さを活かしてレミィとヴィクセンが残り、
風華を中心として瑠璃華と遼の攻撃一班、そして、空とレオンと紗樹の三人による攻撃二班と言う構成である。
248 :
酉まで化けるorz
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:44:06.40 ID:qaiAYrzso
そして、この攻撃二班の主戦力であり小隊長でもある空はと言えば、
レオンと紗樹が形成した防衛戦からかなり突出した位置で戦闘していた。
ゲルプヴォルケを接続し、左右に分割したオレンジヴァンドを両肩に、
ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルを両手に装備し、上空の敵機に対して対空戦を繰り広げている。
敵は白亜の躯体に薄桃色の輝きを宿したオリジナルギガンティック……そう、エールだ。
上空のエールが、周囲に浮遊しているプティエトワールとグランリュヌから連続砲撃を放つと、
空は両肩のオレンジヴァンドから魔力障壁を発生させてこれを防ぐ。
高火力のフル装備エールを相手に、頭上を取られると言う不利な戦況だったが、
空は魔力障壁で何とかこれを凌ぎきっていた。
クライノート『空、今です!』
空「了解っ!」
そして、攻撃のタイミングを見定めていたクライノートの合図で、
空は既に起動済みのヴァイオレットネーベルから牽制の拡散魔導弾を発射する。
対するエール……ドライバーのミッドナイト1も、
プティエトワールの何機かを正面に集めて簡易魔力障壁を展開した。
拡散魔導弾程度の威力の低い攻撃ならば、刹那に展開できる簡易な魔力障壁でも十分だ。
しかし、いくら拡散攻撃と簡易障壁とは言え、ギガンティック級の出力である。
両者が接触した瞬間に凄まじい干渉波が発生し、エールの簡易障壁を消し去った。
空「ここっ!」
その直後、空はフルチャージのブラウレーゲンから魔力砲を放つ。
だが、直撃弾ではなく、敢えてエールの機体周辺を掠める至近弾だ。
結界装甲の影響を受けたクライノートの大威力砲撃と、
エールの機体周囲の結界装甲本体が干渉し合って、エール側の結界装甲に一気に負荷がかかる。
M1「………ッ!?」
それまでは無言のまま淡々と戦闘を続けていたミッドナイト1も、
表示されたエーテルブラッドのコンディションに思わず目を見開く。
だが、それでもミッドナイト1は冷静だった。
M1(一撃掠めただけでブラッドが二割以上削られた……。
残り三割……あと一撃受けたら危ない……)
そして、レーダーを一瞬だけ確認し、寮機の生存状況を確認する。
401が四機、365が七機、自分を加えて十二機が出撃したが、
401は全機撃墜、365も半数以上の五機が撃墜、或いは戦闘不能に陥っているようだった。
残る二機の365も腕や頭部を失っており、撃破されるのも時間の問題だ。
そして、戦況を確認してからの判断は早かった。
M1(寮機は残り二機……401は全て撃墜されている。長居は無用……)
ミッドナイト1はそう結論を出すと、機体を反転させ、その場を脱した。
空「あっ!? ま、待って!?」
対して、空は思わず構えを解き、外部スピーカーまで使って呼び止めてしまう。
が、その要求は当然のように呑まれる事などなく、
エールは背面に結集させたプティエトワールとグランリュヌで加速し、第一街区方面へと飛び去って行った。
そして、部隊の最大戦力を失ったためか、残った365は早々に武装解除を始めた。
最早、ここ数日はお決まりとなった光景である。
249 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:45:45.63 ID:qaiAYrzso
空「…………」
だが、空はそんな光景には目もくれず、
エールの飛び去って行った方角に、いつまでも哀しげな視線を向け続けていた。
クライノート『空、戦闘状況終了です。後退して下さい』
そんな主を、クライノートが淡々と促す。
今も愛機を奪われたままの空の気持ちも分からないでもないが、ここはまだ敵の勢力圏だ。
次なる敵襲に備えて補給や整備もしなければならない。
空「……うん、分かったよ……」
空もその事は十分に承知しているため、
後ろ髪を引かれる思いで兵站拠点予定地の奥に停車しているハンガーへと向かった。
軍の工作部隊所属のギガンティックが武装解除した365や、401の残骸などの回収を始めた頃、
ハンガーにクライノートの固定を終えた空はハンガー脇の仮設テントへと入って行く。
レオン「よう、お疲れ」
空「レオンさん、お疲れ様です」
後から追い付いて来たレオンに声をかけられ、空は笑みを浮かべて応える。
だが、幾つもの心配事を抱えたままの、張り付いたような弱々しい笑みは、
逆にレオンを心配させてしまったようだ。
レオン「まあ……、色々と心配な事もあらぁな」
レオンは軽く肩を竦めて短い溜息を吐いた後、どこか笑い飛ばすようにそう言うと
“溜め込み過ぎんなよ”と付け加え、テントの奥へと入って行った。
退っ引きならない所まで追い詰められている、と言うワケでもない空は、
それがレオンなりの不器用な気遣いだとすぐ気付く。
レオンも幼い頃から付き合いのある茜が囚われの身なのだ。
事、茜の身を憂う気持ちの比重で言えば、自分とレオンのそれとでは比べようも無いだろう。
空(仮にも小隊長を任せられているんだから、もっとしっかりしないと……)
空はそう思い直すと、両の頬を軽く叩いて気を引き締める。
そして、テント内に設けられたパーテーションで区切られた二畳ほどの個人スペースへと入って行く。
以前は無かった物だが、任務が長期になった事と、ともすれば指揮車輌にある私室まで戻っている余裕も無かろうと、
真実の父であり、軍の現場責任者である瀧川が気を回して準備してくれた物だった。
パーテーションは薄かったが、しっかりと防音処理と強度強化の結界が施術されている事もあって、
隣の部屋の気配は感じられないので、身体を休めるだけならば十分な設備だ。
空は室内に準備してあったジャケットを羽織ると、座面と背もたれにクッションの付いた椅子に座り込む。
空<……今回は良い線行っていたと思ったけど……クライノートはどう思う?>
前述の通り防音処理の施されているパーテーションだが、
万が一の事を考え、空は思念通話でクライノートに問いかけた。
クライノート<………結界装甲に過負荷をかけてブラッドの摩耗と魔力切れを狙うと言う作戦は、
可能な限り無傷でエールを奪還するのには妙案と言えましたが、
ああも撤退判断が早いとなると最善策とは言えないかもしれません>
ややあってから答えたクライノートは、さらに続ける。
クライノート<接近戦でエールを確保し、機動力を奪ってから魔力切れで行動不能に追い込む事が、
最も成功確率の高い方法であると提案します>
空<接近戦、か……>
クライノートからの提案に、空は困惑の入り交じった声音で返した。
250 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:46:44.48 ID:qaiAYrzso
クライノート<しかし、そのためには地上に引きずり下ろす必要があります。
空中での機動性はエールが全面的に上である以上、
先ずはエールの空中での機動力を奪うのが先決でしょう>
クライノートはさらにそう言うと、空の視界に一つの図面を提示する。
それはフル装備となったエールを、ワイヤーフレームで描いた精巧な三次元モデルだ。
クライノート<現状、エールの飛行はプティエトワールとグランリュヌで行われています。
これは背面部のウイング状スラスターが展開していない事からも明白です>
クライノートが説明を始めると、該当する部位が見易い位置取りに変更される。
空(これ……翼だったんだ……)
クライノートの説明を聞きながら、空は初めて聞かされた情報に僅かに戸惑う。
エールの肩には、付け根から斜め下方に向けて突き出たパーツが存在する。
オプションブースターやフレキシブルブースターとは干渉しない構造で、
非常時に慣性姿勢制御を行うためのスタビライザーだと聞かされていた。
そのスタビライザーにしても、必要な場面ではより信頼性の高いフレキシブルブースターや
シールドスタビライザーに頼っていたので、使う機会には遭遇していない。
まさか、それが翼……彼の名を顕す物だとは思いも寄らなかった。
と言うよりも、そもそも翼は外付けのオプションの類で、
エール自身のトラウマを起因として接続不可能になっていた物だと思い込んでいた節すらある。
エールはオリジナルドライバーである結の死により声と飛ぶ力を失い、
新たな主を設けずに長い年月を過ごす内にテロ騒動で武器を失い、
元からあった多数のオプション装備を取っ替え引っ替えで騙し騙し動かし、
ヴィクセンやアルバトロス完成後は合体状態で特化運用していたのが、つい数日前までの実状だった。
だが、エールは本来、オプション無しでも空戦と砲戦を両立可能な“完成された”機体だったのだ。
であるなら、空戦の象徴……翼は、外付けのオプションなどではなく、
機体そのものに備わっていると考えた方が自然だろう。
ともあれ、クライノートの説明は続く。
クライノート<ですので、プティエトワールとグランリュヌを魔力切れによる停止に追い込み、
陸戦を余儀なくする方法が、接近戦に持ち込む最適解と思われます>
どこか自信ありげに言い切ったクライノートに、空も納得したように頷いた。
彼女が最適解と言った事に空が異論を出さないのは、エールの空戦能力を奪うだけでなく、
あくまで魔力切れによる装備の機能停止が前提だったからだ。
空<けれど、魔力切れ狙いなら今回もやったよね? 今回の方法とは違うの?>
しかし、それでも疑問に思う所はあるのか、空は怪訝そうに尋ねた。
クライノート<無論です。今回はあくまで結界装甲を削り、エーテルブラッドを損耗させる事を主眼としましたが、
次に狙うのは、二つの装備の魔力切れです>
クライノートが淡々と答えると、それに合わせて図面に描かれた全てのフローティング装備にバツ印が重なる。
エーテルブラッドの損耗と装備の魔力切れは、似ているようで異なる物。
と言うのも、基本的に“装備の魔力切れ”と言うのは、
プティエトワールやグランリュヌのようなフローティング装備に限られるからだ。
クライノートの場合はゲルプヴォルケや投擲後のグリューンゲヴィッターにも言える事だが、
母機から切り離された装備は本体の魔力コンデンサ――要はバッテリーだ――内に溜め込まれた魔力で稼働している。
如何に内部をエーテルブラッドが循環していても、魔力が無ければ操作は不可能になってしまう。
ちなみに、バッテリーの魔力は母機との接続で回復する事も可能だ。
だが、それだけに――
空<でも、十六個もあるのに、そんなに都合良く魔力切れに追い込めるのかな?>
――空の疑問も納得だった。
251 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:14.69 ID:qaiAYrzso
クライノート<あなたならば可能です>
だが、即答したクライノートの言葉は淡々としながらも、その声は強い自身と信頼に満ちていた。
そうまで信用してくれるのは有り難くも照れ臭くもあり、
空は思わず照れたような苦笑いを浮かべて“あ、ありがとう”と躊躇いがちに呟いたが、すぐに頭を振って気を取り直す。
空<確かに、私の魔力は無制限だけど、対人戦ならともかく、
魔力の増幅や出力に限界のあるギガンティック同士じゃあまり意味が無いよ……>
気を取り直した空は恐縮半分、残念半分と行った風に返した。
まさかハッチを開けて直接射撃するワケにもいくまいし、
ギガンティック同士の戦闘で十万そこそこの魔力砲撃は目立って強力な物ではない。
それでも、量産型ギガンティック相手に足止めくらいは出来るかもしれないが……。
クライノート<確かに、あなたの魔力量は驚嘆に値しますが、
私が言っているのは魔力の量ではなく、質の話です>
空「……質?」
クライノートの言葉に、空は思わずその疑問を口にしていた。
クライノート<今のあなたは魔力覚醒により閃光変換以外の属性変換が不可能となっているのは分かっていますね?>
空<う、うん……>
クライノートの問いかけられて、空は困惑しながらも頷く。
クライノート<マギアリヒトを媒介に回復できる魔力と、閃光変換のみの属性変換……
あなたは既に、アルク・アン・シエルを使える条件を満たしています>
空<アルク・アン……シエル!?>
そして、彼女から告げられた言葉を、空は驚愕の思いを込めて反芻した。
アルク・アン・シエル。
歴史上でただ一人、結・フィッツジェラルド・譲羽だけが用いた伝説の極大砲撃魔法。
無限の魔力を用いた魔導師ならば、他にグンナー・フォーゲルクロウもいた。
だが、彼は晩年に手に入れたその強大な魔力を、純粋に攻撃力や推進力としてだけ用いたため、
結のような魔力特性を十全に活かした魔法は編み出さなかったのだ。
そして、このアルク・アン・シエルの最大の特徴は“防御不可”である点に尽きる。
乱反射による威力の減退、屈折による射軸の偏向、高機動による回避と行った次善の策は存在するが、
五秒間の砲撃直後に僅かな硬直が生じる弱点がある物の、ほぼ無制限に乱射可能な閃光魔力砲撃は、
その波長を絶えず変える事で閃光変換された魔力の最大の天敵である反射障壁や反射結界を、
反射された魔力と後発の魔力の干渉波によって削り崩す、言葉通りの“防御不可魔法”なのだ。
アルフの元で戦闘訓練を受けていた際、
座学で“撃たれたらどう対処すべきか”と言うテーマの論文を書かされた事もある。
それに、最近読むようになった高等魔法戦訓練の手引き書でも、
代表的な対処の難しい魔法として取り上げられていた。
要は“教科書に載る魔法”と言う事だが、それを使える条件を自分が満たしているとなると、
その他の感想よりも驚きが大きく勝る。
クライノート<おそらく、明日美の考えていた訓練の第四段階もアルク・アン・シエルに関する事でしょう>
クライノートは淡々と言ってから“あなたに期待している、あの子らしい考えです”と付け加えた。
252 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:55.79 ID:qaiAYrzso
空「………」
対して空は、“期待している”と言う言葉を聞かされて思わず押し黙ってしまう。
明日美の自分に対する気遣いと言うか、強い期待感には気付いていた。
だが、まさか亡き母親だけが使えた大魔法まで、自分に授けようとしていたとは思わなかった。
生ける伝説であり、いつも自分の事を気に掛けてくれている明日美に期待されるのは嬉しい、
それに加えて、畏れ多いと言うか、恐縮する気持ちもある。
だが、ここまで大きな期待を掛けられているとなると、
嬉しいとか、恐縮とか、そう言う域を通り越してただただ困惑するばかりだ。
空(私……結局、どこの誰だかも分からないのに……)
空は押し黙ったまま、不意にそんな事を思う。
自分は朝霧空で、自分の姉は朝霧海晴で、自分と姉は本当の姉妹だと胸を張って言える。
だが、それと自分の出自が不明なのは別の問題だ。
空自身、高名な人間や家柄に対して、庶民感覚で言える程度にはミーハーである事は自覚している。
それだけに、自身の不明な出自がある種のコンプレックスとなっていた。
繰り言のようだが、自分を拾って育ててくれた姉への恩義や親愛と自分の出自に対する悩みとは別の問題だ。
しかし、空の沈黙から彼女の想いを察したのか、クライノートが口を開く。
クライノート<何にせよ、それだけ明日美はあなたを買っていると言う事です>
空<………うん…>
空はクライノートの言葉に、どこかまだ釈然としない様子で頷いた。
クライノートにもそれは分かったようで、彼女は押し黙ったように暫く考え込むと、ややあってから再び口を開く。
クライノート<では、もっと短期的に考えてみるのはどうでしょう?>
空<短期的、に?>
自分の提案に空が困惑気味に返すと、クライノートはさらに続ける。
クライノート<明日美は、貴女ならエールを必ず取り戻せる。そう信じてくれている、と>
空<私なら……エールを?>
空は困惑とも驚きとも取れる声音でその言葉を反芻した。
クライノート<はい……。
私のような扱いづらいギガンティックがこのように言うのも憚られますが、
貴女は結を失ったエールが、新たな主として相応しいと選んだ最初の方です>
空「エールが……私を選んだ」
クライノートの言葉を聞きながら、その事実を口にすると、不意に一年三ヶ月前の記憶が甦る。
イマジンに姉を殺され、激昂し、力を求めた時、エールは応えてくれた。
それが“主として相応しいと選んだ”と言う事なのだろうか?
いや、それ以前に“主として相応しいと選んだ”からこそ、力を求めた時に応えてくれたのだろうか?
当人の居ない場では、その問答に応えてくれる者はいない。
だが、どちらにせよ選んでくれた事には変わりない。
253 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:48:28.58 ID:qaiAYrzso
クライノート<今はただ、結と同じ魔力を扱う者が現れ、迷っているだけでしょう>
淡々と語るクライノートだが、微かに熱を帯びたような声音には、エールに対する言外の信頼が感じられた。
そして、さらに続ける。
クライノート<あなたと結の魔力は極めて近い波長を持っていますが、厳密に言えば似て非なる物です。
それでもエールがあなたを主に選んだのは、魔力を通してあなたに感じ入る物……
共感する物があったからでしょう>
空<共感する物?>
空が怪訝そうに聞き返すと、クライノートは頷くように“はい”と言って、さらに付け加えた。
クライノート<私は……そこまで拘る性分では無いと自認しているのですが、
それでも言われるほど“誰でもいい”と感じているワケではありません。
イマジンや今回のテロリストのように、人に害なす存在と戦う意志があり、
戦うに足るだけの大きな魔力の持ち主ならば主として認めます。
ですが、逆を言えばその二つの条件が揃わない人物には力を貸す事は出来ません。
加えて……いえ、あまり自分の事ばかり語るのもいけませんね……>
朗々と説明を続けていたクライノートは、そう言って咳払いをする。
口ぶりや抑えられた抑揚から、空は彼女を淡泊な性格だと思っていたが、意外にそうでない部分もあるようだ。
そして、クライノートは“ともあれ”と気を取り直して続ける。
クライノート<エールとは長く言葉を交わしていませんし、彼が主に望むものが何であるかも分かりません。
ですが、あなたはエールが望むものを持っているのではないでしょうか?>
空<エールが望むもの……>
クライノートから聞かされた言葉を繰り返し、空は記憶を手繰った。
思い当たるような節と言えば……。
空「……あ」
ごく最近……と言うには少し古いかもしれないが、半年前の事を思い出して、空は思わず声を漏らした。
イマジンの連続出現事件の最終決戦から五日後、部隊に復帰した時の事だ。
それまで一度たりとも動かなかったエール型ドローンが……
ギア本体を介してギガンティック達のAIが動かす事の出来る瑠璃華謹製のドローンが、
初めて動き、自分の傍らに座ってくれた。
あの頃の自分と、それよりも以前の自分とで変わった事と言えば……。
空(……誰かの力になりたい)
確信を込めて、心の中でそれを反芻する。
何度でも繰り返す、自分の信念。
空<愛する人を守ろうとする、誰かの思いを守る盾……。
愛する人のために戦おうとする、思う誰かの思いを貫く矛……。
愛する人を守りたい、誰かの願いを叶えるギガンティックのドライバー……>
改めて、決意表明でもするように、その言葉を思念通話で口にする。
それは亡き姉が注いでくれた愛を返して行く方法の一つだったが、今では空の胸に根付いた戦う決意の一つだ。
でなければ、フェイを殺したテロの行いに対して憎悪以外の感情……義憤など湧きようがない。
クライノート<……仮の主、と言う贔屓目を除いても、高潔で良い信条だと感じます>
クライノートは満足げに返す。
空は彼女の声音から、満足そうに幾度となく頷いている様子を思い浮かべる。
クライノート<エールが主に望む物も、恐らくソレでしょうね……>
そして、クライノートがそう付け加えると、空は再びあの日の事を思い返す。
254 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:07.20 ID:qaiAYrzso
気がつけば、いつの間にか傍にいたエール。
それからと言うもの、彼は気がつけば傍にいてくれた。
真実達と会う約束をしていた事を告げると、寂しそうな――少なくとも空自身はそう感じた――雰囲気を漂わせ、
夜には帰って来ると言い聞かせて額を触れ合わせると、恥ずかしそうに走り出しもした。
エールにドライバーとして選ばれ……その事実を知ってから一年と三ヶ月。
エールが動くようになり触れ合えた時間はその内の七ヶ月間ほどだったが、
彼にも心があるのだと感じられるには十分な時間だったと思う。
だからこそ、彼があの少女に連れ去られた事……自分とのリンクが途切れた事がショックだったのだ。
クライノート<……何にせよ、エールとの魔力リンクを取り戻す事が出来れば、
戦闘する事なく彼を救う事は出来るかもしれません>
空<エールとの、魔力リンクを?>
思案げに呟いたクライノートの言葉を、空は困惑気味に反芻した。
クライノート<魔力リンクを失えばオリジナルギガンティックは動作不能になる……。
相手がこちらにして来た事と同じです>
クライノートはそう答えると、さらに続ける。
クライノート<適格者以外ではコントロールスフィアに搭乗しても動かす事は不可能です。
現状、私も空の魔力とリンクしていますので、
空以外のドライバーが搭乗しても動かす事は不可能となっています>
クライノートの解説に、空は五日前の戦いを思い出して成る程と頷いた。
クライノート<しかし、成功すれば殆ど無傷でエールを救い出す事が出来る手段ではありますが、
空からエールのリンクを奪った相手が搭乗している以上、確実に成功すると言うワケでもありません。
現状、先ほど提案させていただいた戦法を突き詰めるのが最良かと思います>
空<……そうだね>
クライノートからの提案に、空は僅かな間を置いてから頷いて応える。
相手のドライバーが結の魔力と一致するあの少女である以上、
エールとの魔力リンクを取り戻す事は殆ど不可能と言っていい。
エールの本来のドライバーとして悔しい限りだが、クライノートの言う通り、
エール本体を取り戻す事を目的に動いた方がいいだろう。
だが、それはエールを……仲間を物扱いしている事にならないだろうか?
そんな疑問と共に、ある思いが胸を過ぎる。
空(でも、それって本当にエールを助けた事に……ううん、エールが“戻って来てくれた”事になるのかな……?)
エールの意志を無視して奪い返すような手段だが、これしか確実な方法が無いのも事実だ。
空は頭を振ってその疑問を胸の奥に押し込めると、今はただ、
エールを取り戻すための作戦を詰めるべく、クライノートとの作戦会議に集中する事にした。
255 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:39.97 ID:qaiAYrzso
―2―
戦闘終了から一時間後。
旧山路技研、ユエの研究室――
ユエ「ふむ……」
椅子の上で足を組んだユエは、ミッドナイト1が持ち帰ったデータを確認しながら、
あまり感情の篭もらない表情で小さく頷いた。
ユエ「思ったほどいいデータは取れていないな……」
M1「申し訳ありません、マスター」
口ぶりだけ残念そうに呟いたユエに、ミッドナイト1は淡々としながらも気落ちした様子で返す。
ユエの言葉を自身の不甲斐なさと取ったのだろう。
だが、ユエは別段、ミッドナイト1を責めるつもりはなかった。
しかし、それと同時に彼女をフォローするつもりも無いので、敢えてその言葉を訂正する事もない。
M1「…………」
ミッドナイト1は目を伏せ、哀しそうな表情を浮かべる。
自身の存在価値を道具として見出している少女にとって、ユエの無言は叱責に等しい物だった。
だが、決して不平不満の表情は浮かべず、嘆きの吐息すら漏らす事なく、微動だにしない。
やっと巡って来た“生きる意味”なのだ。
物心つくずっと以前から、エールとリンクするためだけに育てられて来た。
時が来ればエールのドライバーから魔力リンクを奪い、エールをその手中にする事。
そして、手に入れたエールで主の望むままのデータを手に入れる事。
主の目的のためだけに動く道具。
それがミッドナイト1の存在理由であり、彼女に許された生存理由だった。
しかし、それが十全に果たされていないのは、ユエの言葉や態度からも明らかだ。
一方、自身の被造物が抱えた不安など気にした様子もなく、ユエはデータの確認を続ける。
ユエ(各部駆動系は以前に比べれば良い数字を出しているが、
カタログスペック……いや改修前の001よりも低いまま、か……)
ユエは列挙されたデータを一つ一つ確認しながら、僅かな呆れの入り交じった表情を浮かべた。
ミッドナイト1自身の魔力は、オリジナルドライバーである結・フィッツジェラルド・譲羽とは差違がある。
あくまで、旧技研で所有していたコンデンサ内にサンプルとして残されていた多量の魔力を、
ミッドナイト1に同調させて使わせているに過ぎない。
ギガンティック機関側で喩えるなら、マリアとクァンの関係に近かった。
カーネルとプレリーに選ばれたマリアだが、その魔力量は低く、エンジンの起動魔力係数には及ばない。
そこで、大容量の魔力を持つクァンがマリアと完全同調する事でその問題を解決しているのだ。
要はミッドナイト1の場合は結の魔力に同調する事で、
結自身が魔力を振るっているようにエールに誤認させているのである。
その誤認と言うのが起動の鍵であると同時に厄介なようで、
誤認している事に気付いた直後からエールの駆動効率は目に見えて落ち込んでいた。
256 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:15.40 ID:qaiAYrzso
ユエ(さすがに朝霧空の使っていた頃に比べれば上だが、徐々にその数値に近付きつつあるな……)
エールの駆動系の重さは、エールが沈黙している事が最大の原因だ。
ドライバーとギガンティックで相互コミュニケーションが取れないため、
間に別のギアを噛ませて通訳のような役割を持たせる必要がある。
その通訳に生じるタイムラグが、そのまま駆動の重さとなってしまうのだ。
誤認させた事でそのタイムラグは大幅に縮まっていた筈なのだが、
戦闘を重ねるにつれて再び元の数値に向けてタイムラグが広がり始めていた。
ユエ(やはり、結・フィッツジェラルド・譲羽以外の人間にはフルスペックでの稼働は不可能、と言う事か……。
まあ、それでも七割程度の性能のデータは取れたから良しとすべきか……)
ユエは不承不承と言いたそうな気怠げな雰囲気で溜息を洩らす。
すると、傍らでミッドナイト1がビクリ、と身体を竦ませた。
ユエ「まだそこにいたのか?」
M1「……はい」
ユエが棒立ちのまま居竦むミッドナイト1を横目で一瞥し、微かな呆れを含ませた口調で呟くと、
ミッドナイト1も僅かな間を置いて応える。
その“間”は、彼女なりに恐怖や不安を振り払うための時間であった。
造物主からの呆れの言葉は、それだけ彼女に大きな負担を強いる物だったのだ。
にも関わらず、ユエは再び彼女を横目で一瞥すると、簡潔に“下がれ”とだけ言い捨てる。
ミッドナイト1は今度こそ目に見えて分かるほど大きく身体を震わせると、無言のまま一礼し、その場を辞した。
ユエはミッドナイト1が奥の部屋へと立ち去って行く姿を横目で見届けると、再びデータに集中する。
ユエ(GXI−002と003の操作が出来るように調整したとは言え、
オリジナルと魔力同調できるだけのミッドナイト1では性能を引き出す事は出来ないか……)
表示されていたデータの各数値を確認し終えたユエは、そんな事を考えながら深いため息を漏らす。
落ち始めた稼働効率。
発揮されない本来の性能。
観測を続けるだけ無駄と判断するにも、そろそろ早計とも言い難い。
ユエ(可能なら203の稼働データも手に入れたかったが、
三十九号が結界装甲の対策を立てた以上、この低い稼働効率のままでは奪取は難しいな。
……201と202の稼働データ、それに203の観測データが手に入っただけでも良しとしよう……)
ユエはモニターから視線を外すと、離れた場所にあるモニターに目を遣る。
それはホンの私室にある監視映像に映される、ギアで作り出した欺瞞映像だ。
この研究室の片隅に置かれた調整カプセルの中に茜が押し込められ、
精神操作を受けて苦悶の表情を浮かべ続けている、と言った内容である。
だが、実際には茜は隣室の一角で今も軟禁状態だ。
無論、調整カプセルの中にも人などいない。
ユエの研究室に出入り出来るのはユエ本人以外では、
ミッドナイト1と事情を深く知っている数人の研究者、それにホンだけだ。
この中で唯一事情を知らないホンは、生来の臆病さでシェルターから出て来ず、この部屋の実状を知る事はない。
と、不意に小さな電子音と共に、音声のみの通信端末が開かれる。
女性『博士、陛下がお呼びです、至急、謁見の間までお越し下さい』
女性の声が通信端末から響き、早口で用件だけを伝えるなり、一方的に回線が切られた。
通信ログを確認すると、件のシェルターからの通信だったようだ。
女性もホンの世話役の一人だろう。
妙に慌てた様子だったので、おそらくはホンから急かされているに違いない。
257 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:50.17 ID:qaiAYrzso
ユエ「……やれやれ、また催促か……」
この五日間……いや、三日間で三度目となる呼び出しに、ユエは嘆息混じりに呟いて立ち上がる。
そして、端末をロックすると、やれやれと言いたげに肩を竦めながら研究室の外に出た。
ユエ(時間稼ぎもそろそろ潮時だな……。
政府側の勢力がここに押し寄せるまで長く見積もってあと四日……。
残る401はあと四十足らず。
ここの防衛に最低でも二十は割くとしたら、出撃できる回数はあと三度と言った所か)
ユエは謁見の間に向けて歩きながら、現状と今後の予測を絡めて思案する。
最新鋭の量産型すら圧倒する結界装甲を備えたダインスレフだが、
要の結界装甲と言うハンデを失えばそこそこ高性能の急造量産機でしかない。
それでも370シリーズを上回る性能を持っていると自負できるが、
如何せん、整備は機械任せの部分が多く、整備士は一部を除いて寄せ集めだ。
十五年と言う蓄積はあれど、それでも整備のイロハを一から学び、
現場で鍛え上げた政府側に比べれば水準は著しく下がる感は否めない。
ドライバーも同様だ。
正規の訓練を受けたドライバーと民兵では大きな差が出る。
所詮、“ホンの不興を買えば殺される”と言う恐怖で縛り付けられた烏合の衆だ。
現体制の革命を目指しながらも、自分達の体制を革命する気概の無い者達の集まりに、
その恐怖支配から脱する手立ては無い。
元より、この組織は人材も物資も追い詰められ過ぎて、内乱ともなれば自然消滅を免れないので、
革命を起こさない分は知恵があるとも言えるが……。
ユエ(まあ、革命そのものに興味の無い人間が批評するのは烏滸がましいがな……)
そこまで考えた所で、ユエは内心で自嘲気味に独りごちた。
そして、さらに思案を続ける。
話を戻すが、如何に高性能の機体でも、扱う者達が二流以下ではその総合的な戦力はお察し、と言う所だ。
緒戦こそは未知の性能を活かして敵を圧倒できたかもしれないが、
敵に対策を取られてしまえば一挙に戦線が瓦解するのも予想できていた。
強いて予測不可能だった物と言えば、瑠璃華の立てた対策がダインスレフにとって覿面だった事だろうか?
正直、結界装甲を延伸させる発想はユエには無かった。
逆に嬉しい誤算は、可能ならばと予定していたエールかクレーストの鹵獲がどちらとも成功し、
加えてヴィクセンとアルバトロスを大破、或いは撃破に追い遣った事だ。
ただ、そのお陰でクライノートと言う隠し球を引っ張り出される結果となったが、
データだけを欲しているユエに取って見ればこれも嬉しい誤算だったが、前線の兵士にとってはそうではない。
想定もしていなかった――誰もヴァッフェントレーガーを短期間で使いこなせるようになるとは思っていなかった――
クライノートとの戦闘を強いられるのだから、たまったものではないだろう。
加えてオリジナルハートビートエンジンを搭載した新型ヴィクセンの投入だ。
嬉しい誤算も多かったが、マイナス要素の大きな誤算も多い。
ユエ(まあ、それでも最長の予想で十日……保った方だと考えるべきか。
だが401のデータは十分に取れた、402も最後まで十分な働きをした。
あとは403と404のデータを取れさえすれば十分だ)
取り敢えずの結論を出したユエは、口元に不敵な笑みを浮かべる。
彼にとって重要なのはそれだけだ。
ユエ(………とりあえず、今はアレを納得させる口上でも考えておくか)
そして、謁見の間まで続く僅かな道のりの暇つぶしをしながら、ユエはゆっくりと歩を進め続けた。
258 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:51:30.39 ID:qaiAYrzso
一方、研究室奥の部屋では――
ユエに冷たくあしらわれたミッドナイト1は、気落ちした様子で佇んでいた。
主人から“下がれ”と言われたから下がったが、
だからと言って何かするべき事は無いし、したいと思う事も無い。
ただただ、時間が過ぎるのに任せて立ち尽くすだけだ。
だが――
?「落ち込んでいるようだが、大丈夫か?」
不意に声をかけられ、ミッドナイト1はそちらに振り向く。
茜だ。
どうやら軽い鍛錬をしていたようで、肌にうっすらと浮かんだ汗を支給されたタオルで拭っている。
茜は二日前の時点で、使用許可の出ていた端末で調べられる情報は全て調べ終えてしまったのだ。
そのため、今はいつまで続くか分からない軟禁生活で身体が鈍らないように、
狭い室内でも出来るストレッチや筋力トレーニングなどを中心に鍛錬を始めていた。
M1「………」
そして、茜に声をかけられたミッドナイト1は、どう応えて良いか分からず黙り込んでしまう。
茜も件の端末で出撃があったのは知っていたし、
ミッドナイト1の様子からすれば良い戦果を上げられなかったのは明白だ。
M1「………落ち込んでいません。
……メンタルの低下は戦闘時のコンディションに大きく影響しますから」
だが、ミッドナイト1はすぐにいつも通りの無表情で、淡々と機械的に語った。
茜「むぅ……」
どこか強情な様子のミッドナイト1に、茜は小さく唸る。
茜は、ミッドナイト1が道具扱いされている事を不憫に思っていたが、
彼女にしてみれば道具としての矜持があるようだ。
下手な慰めは逆効果になる。
かと言って“頑張れ”とは言い難い。
彼女が戦っているのは自分の仲間達なのだ。
幸いにも、緒戦以降は目立った被害は無いようだが、ここで彼女に奮起されても困ってしまう。
だが、フォローはしたい。
茜がこうも彼女に入れ込むのは、彼女の境遇を思ってもあったが、既に情が移ってしまっているからだろう。
茜(あまり褒められた状態ではないな……)
茜は内心で苦笑いを浮かべながらも、軽く息を吐いて気持ちを整えると、意を決して口を開いた。
茜「昼食がまだなら、一緒に食べるか?」
M1「…………ご要望でしたら」
茜の昼食の誘いに、ミッドナイト1は僅かに逡巡してから応える。
茜もそれに“ああ、一緒に食べたいんだ”と笑顔で返す。
すると、ミッドナイト1は会釈程度に一礼してその場を辞すと、
ややあってから二人分の昼食を載せたトレーを持って来た。
そして、二人は普段からそうしているように、ベッドに並んで腰を降ろし少し遅めの昼食を摂る事となった。
どうやら今日の昼食はロールパンが二つとドライカレー、それに牛乳の取り合わせのようだ。
茜(やはりプラントで賄える範囲の食事だな)
259 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:27.58 ID:qaiAYrzso
茜はロールパンを食べやすいサイズに千切ると、ドライカレーを付けて食べる。
隣ではミッドナイト1も同様にしてロールパンとドライカレーを食べており、
一口食べるごとに牛乳を一口と言う、やはりほぼいつも通りの食べ方をしていた。
だが、パンに付けるカレーの量が少ないように感じる。
茜(カレーは嫌いなのか?)
茜がそんな疑問を浮かべていると、
パンを食べ終えたミッドナイト1は最後に残ったカレーだけを食べ始めた。
スプーンを口元に運ぶ様には一切の淀みはなく、決して嫌いな食べ物と言うワケでもないようだ。
茜(……逆だったか)
普段通りに“バランス良く食べながらも好物は最後に残す”ミッドナイト1の、
おそらくは無意識の癖を見ながら思わず微笑ましそうに笑みを浮かべた。
M1「………何か御用ですか?」
と、不意に茜の視線に気付いたミッドナイト1は、食べる手を止めて茜に向き直る。
茜「あ、いや、すまない。
今日はいつになく美味しそうに食べていたからな」
M1「美味しそう……ですか?」
茜が笑み混じりに返すと、ミッドナイト1はあまり表情を崩さぬまま怪訝そうに首を傾げた。
そして、視線をドライカレーに移す。
M1「………この食べ物の味は……好ましいです」
茜「そうか、ドライカレー……いや、カレーが好きなのか?」
抑揚は少ないがどこか感慨深く呟いたミッドナイト1に、茜は不意に尋ね返す。
食事中の会話としては何気ない質問の一つ。
だが、ミッドナイト1から返って来た言葉は驚くべき物だった。
M1「カレー……と言うのですか? この食べ物は」
260 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:56.39 ID:qaiAYrzso
茜「ッ!?」
ミッドナイト1から発せられた信じられない言葉に、
茜は思わず息を飲んだものの、だがすぐに納得する。
そう、この幼い少女はギガンティックのドライバーとしてだけ育てられた。
今の自分のような食事中に会話をする相手もいなければ、
戦闘や最低限の生活方法以外の事を教えてくれる人間もいなかったのだ。
このような暖かい食事を与えられているだけでも奇跡だったのかもしれない。
そして、彼女を助けたいと思いながらも、
その事実に行き当たる今の今まで気付いていなかった自分を、茜は恥じた。
茜「………ああ、そうだ、これはカレーと言ってな、
その中でもドライカレーと言う種類の食べ物……料理なんだ」
茜は僅かに押し黙ると、すぐに気を取り直し笑顔で応える。
M1「これは……ドライカレー」
茜「他にも何か名前の気になる料理は無いのか?」
ドライカレーの器をまじまじと見ながら呟くミッドナイト1に、茜は質問を促す。
M1「……四日前の朝に食べた、液体状の黄色い食べ物は何ですか?」
茜「四日前……?
ああ、あれはコーンスープだな」
やや戸惑ったもののそれでも気になったのか、尋ねて来たミッドナイト1に茜は思い出すようにして答えた。
今まで知らなかった物を教えてやると、少女はやはり抑揚は少なかったものの、
だがそれでも感慨深くそれらの名前を反芻する。
その様子を見ながら、茜は思う。
茜(……そうだ、この子は道具なんかじゃない……。
疑問だって持てば、限られた生活の中で好む物だって生まれる普通の子供だ。
いつまでこうしていられるか分からないが、
少しでもこの子が人間らしくあれるようにしなければ……)
茜は以前にも思った決意を、さらに新たに、そして強くしていた。
そこにはもう、彼女を抱き込もうなどと言う打算は微塵にもなく、
ただただ、彼女を普通の人間として扱いたいと願う、慈しみと義憤だけがあった。
その日の午後、茜はミッドナイト1の質問や疑問に答える事に時間を費やしたのだった。
261 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:25.84 ID:qaiAYrzso
―3―
翌日、早朝。
第七フロート第三層、十九街区――
簡易兵站拠点の設営と周辺の構内リニアの遮断を終えた空達は、
昨夜の内に次なる目的地である第十三街区に向けて出発する準備を整え、今は出発の時を待つ身だ。
設営の終わった兵站拠点と、次の予定地までの道のりの間、
空を含めた全てのギガンティックのドライバーはコックピットで待機するのが常となっており、
空もまたクライノートのコントロールスフィア内で待機しつつ、何処かと通信を行っていた。
空は早朝のブリーフィングが終わるなり、ギガンティック機関本部の明日美とコンタクトを取っていたのだ。
空「………と、言う事なんですが。試してみてもいいでしょうか?」
明日美『ふむ……』
昨夜までに考えたエール救出プランの一通りを伝えた空がその内容の是非に関して問うと、
明日美は考え込むように唸る。
明日美『……いいでしょう』
そして、数秒だけ考えた明日美は、異論無しと言いたげな声で許可を出した。
あまりにアッサリと許可が出た事に、空は逆に驚いた様な表情を浮かべる。
空「あの……本当にいいんでしょうか? リスクもかなり高くなりますし」
明日美『そのリスクを承知の上で……いえ、リスクを冒してでも実行すべき価値を見出した上の案でしょう。
ドライバーとギガンティックの関係に関しては、私や上層部の判断よりもあなた達の直感を信じます』
戸惑い気味に尋ねた空に、明日美は動じた様子もなく返した。
自分達――おそらくはレミィや風華達も含むのだろう――の直感を信じるだけでなく、
明日美自身の判断としても実行すべし、と言う事なのだろう。
空(ほ、本当にいいのかな?)
自分の考えたプランに不備が無いか不安でもあった空は、思わず黙り込んでしまった。
だが――
明日美『自分の直感を……あなたがエールのためにと思った、その思いを信じなさい』
直後の明日美の言葉が、空の不安を僅かに拭う。
不安を拭った最たる物は、小さな疑問だった。
空「エールのために……」
疑問となった、その言葉を反芻する。
エールのためにと思った、その思い。
その思いの源泉……感情は何なのだろうか?
ただエールを物のように取り戻すだけでいけない、そう思ったのは確かだ。
だが、だからと言って、その思いに名前を付けられるほど、空にも自覚がある思いではなかった。
明日美『……そろそろこちらもブリーフィングの時間なので切ります』
空「あっ、はい! 朝早くからすいませんでした!」
明日美の声ではたと我に返った空は、慌てた様子で返し、頭を下げる。
まあ、音声のみの回線なので相手の表情や仕草など分からないのだが……。
空は頭を下げてからその事実に気付き、顔を真っ赤にしてしまう。
明日美『あなたの思いがあの子に届く事を願っているわ……』
だが、回線の切り際に明日美が投げ掛けた言葉に、空は思わず顔を上げた。
262 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:54.23 ID:qaiAYrzso
クライノート『回線、切れました』
茫然としている空に、クライノートがそう告げ、さらに続ける。
クライノート『特別に、格別に……と言うワケでも無いようですが、
やはり空は明日美から期待されているようですね』
空「……そう、みたいだね」
クライノートから投げ掛けられた言葉に、空は茫然としたまま頷く。
クライノート『もっと気を強く持って下さい』
しかし、その様子に思う所があるのか、クライノートはどこか叱るような声音で口を開いた。
空「く、クライノート?」
思わず驚きの声を上げる空。
だが、クライノートはさらに続ける。
クライノート『期待されていると言う事は、貴女にはそれだけの能力があると言う事です。
貴女の乗機となってまだ日は浅いですが、確かに貴女には高い能力があります。
それに昨日伺ったような素晴らしい志もある。
ですが、貴女には決定的に強い自信が欠けています』
空「自信が欠けている……?」
褒めているのか叱っているのか分からない言葉に唖然とする空に、クライノートは立て続けに口を開く。
クライノート『謙虚である事は欠くべからざる徳かもしれません。
ですが、貴女のそれは謙虚を通り越して自分自身への不信とさえ取れる事もあります。
それは貴女を信じ、期待している人々にしてみれば、その厚意に対する……裏切りでもあるのですよ』
空「ッ!?」
僅かに躊躇いはあったものの、ハッキリと言い切ったクライノートの言葉に、
空は思わず目を見開き、息を飲み、肩を震わせた。
クライノート『……多少、言葉は過ぎましたが、傍目にはそう捉える事も出来ると言う事です』
クライノートは少しだけ申し訳なさそうに言って、一旦、言葉を切ってからさらに続ける。
クライノート『もし、貴女が自分を信じ、期待してくれている人々を裏切りたくないと思うなら、
その人達のためにも先ずは自分自身を信じて下さい』
空「私を信じてくれるみんなのために、私自身を信じる……」
クライノート『失礼ですが、貴女にはその方が腑に落ちると思いました』
空がその言葉を反芻すると、クライノートはそう言って口を噤んだ。
言い得て妙。
空はそう思った。
確かに、誰かのために力になる、そんな自分の信条・信念とも合致する言葉だ。
自分を信じてくれた人のために、その人達の信頼を裏切らないために、自分を信じる。
言葉にしてしまうと、どこか受動的にも感じる言葉にも聞こえるが、
空にとっては“仲間のため”と言う明確な理由があった方が気合――意気込みと言い換えても良い――が違う。
そして、クライノートは“先ずは”とも付け加えていた。
これを自分を信じる最初の一歩にしろ、と言う事なのだろう。
263 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:26.51 ID:qaiAYrzso
空「……ありがとう、クライノート。
少しだけ、気持ちが楽に……ううん、なんだかいつも以上にやる気が湧いて来たよ」
クライノート『……』
安堵にも似た微笑みを浮かべた空の言葉に、クライノートは無言で返す。
だが、何となくだか、照れ臭そうな思いが伝わって来た。
ギアでもこうして照れ臭くなったりする。
仲間達とその愛器のやり取りや、エールの素振りを見て分かっていたつもりだったが、
自分自身がギアを通じてこうして“感じる”のとではやはり違うものだ。
空は噴き出しそうな笑みを浮かべ、コントロールスフィアの内壁に背を預ける。
これからエール救出に向けた最大の作戦を展開しようと言うのに、今は気負いよりも安堵と闘志の方が大きい。
これが自分を信じる……自信と言う物なのだろうか?
何となくだが、半年前にエール型イマジンと戦った直前の事を思い出す。
迷いも恐れも振り払って戦場へと向かった。
あの時とは状況も意気込みも違うが、あの時の気の持ちようと似た物を感じる。
空(……エール……今度こそ、あなたを……あなたの全てを助けてみせる……)
空がそんな思いを胸に、瞑想するように目を瞑ろうとしたその瞬間だった。
甲高いブレーキ音が響き、空は微かな振動を感じる。
さすが人間を乗せたまま超音速で駆動するリニアキャリアだけあって、
急制動をかけても微かにしか衝撃を感じない。
空「状況を教えて下さい!」
空は跳ね起きるようにして背を預けていた内壁から離れると、
クライノートの起動準備に入りながら、指揮車輌に通信を送った。
彩花『敵ギガンティック部隊接近中、距離は三〇〇〇、速度は毎秒一〇〇。
既にかなり接近されています!』
応えたのは彩花だ。
つまり、あと三十秒足らずの距離にまで敵が接近しているらしい。
空(今まではこっちが兵站拠点予定地に到着してからの襲撃だったけど、移動中だなんて……!)
空は驚愕しながらも、幾つかの手順を省いてクライノートを緊急起動する。
ハンガーが立ち上がるのを待たずに自らクライノートを立ち上がらせ、
03ハンガー車輌から切り離されたヴァッフェントレーガーの甲板に跳び乗った。
それに続いて、後部車輌でレオンと紗樹のアメノハバキリが立ち上がる。
彩花『各リニアキャリアは後方へ移動させます。
朝霧副隊長以下は敵機の迎撃を!』
空「了解! ヴァッフェントレーガー、行って!」
彩花からの指示を受け、空はヴァッフェントレーガーを走らせた。
そして、即座にゲルプヴォルケを四機分離させ、
レオンと紗樹の機体が携行している武装……そのフィールドエクステンダーのコネクタに接続させる。
空「レオンさんと紗樹さんはリニアキャリアが戦闘区域外に出るまで護衛しつつ、
撃ち漏らしと両翼に抜けようとする敵機の迎撃をお願いします! 前衛には私が出ます!」
レオン『おうよっ!』
紗樹『了解よ!』
264 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:56.36 ID:qaiAYrzso
空は二人に指示を出すとヴァッフェントレーガーをさらに前進させ、
グリューンゲヴィッターとヴァイオレットネーベルを構え、両肩にオレンジヴァンドを装着すると甲板から跳んだ。
シミュレーターによる長時間に及ぶ訓練の成果もあるが、
ここ数日の連戦でヴァッフェントレーガーの扱いにもかなり慣れていた。
五日前にも同時一斉起動は見せたが、今ではそれを指示を出す片手間に出来る程だ。
後方モニターの映像でリニアキャリアと共に二人のアメノハバキリが下がって行くのを確認した空は、
即座に前方に意識を集中する。
既に肉眼で捉えられる距離に八機編隊の敵ギガンティックが見えた。
クライノート『機体照合……401四機、372三機の混成部隊の後方に201……エールを確認しました』
本部からのクラッキングで既に何割か取り戻した第三層内の監視カメラ映像と、
自身の観測データを照合したクライノートが淡々と、だが僅かな興奮を込めて報告する。
空(来た!)
空は一瞬だけ身を震わせながらも、すぐに緊張を解きほぐす。
いつも通りだ。
敵に何かの狙いがあるのか、エールは必ずと言って良いほどコチラにぶつけて来いた。
エールがコチラ側に現れなかったのは部隊を分けた直後の戦闘だけで、
後は狙いすましたかのようにコチラ……自分にぶつけて来ている。
敵にどんな思惑があるのかは分からないが、空にとっては好都合だ。
エールと接触する機会が多ければ、それだけ救い出す機会も増えるのだから。
おそらく、いつも通り、コチラが拡散魔導弾を撃てばそれによって敵は散会、
エールと接触するまでに可能な限りの敵を墜として戦力を削ぎ、残敵をレオンと紗樹に任せて自分はエールに集中する。
そう、いつも通りだ。
だが――
クライノート『エールに高密度魔力反応! 遠距離砲撃、来ます!』
クライノートが警告の叫びを上げるのとほぼ同時に、後方に控えていたエールが突出し、
分離した浮遊砲台と合わせて十一発の砲撃が放たれた。
空「広域砲撃!?」
空は愕然と叫ぶ。
いつも通りではない。
だが、空は慌てながらも、ほぼ無意識に最善の一手を打っていた。
ヴァイオレットネーベルを最大拡散・最大出力で放ち、エールから放たれた魔力砲撃を僅かに無力化させる。
空とエールのドライバー――ミッドナイト1の魔力量ではおそらく空の圧勝だが、
クライノートとエールの広範囲砲撃の密度と威力ではエールに軍配が上がる。
相殺しきれなかった砲撃が、さらに後方へと向かう。
空もそれは想定済みで、ヴァイオレットネーベルを後方に放ってゲルプヴォルケに預け、
砲撃の射線上へと躍り出るように跳び上がっていた。
空「クライノートッ! どれを防げばいい!?」
クライノート『直撃コースとその直近三本の合計四本! 範囲限定で広域防御します!』
クライノートが空の問い掛けに簡潔に応えると、オレンジヴァンドから高密度の魔力障壁が展開し、
彼女の指定した四つの砲撃を防ぐ。
空「っぐ…ッ!?」
ある程度は相殺できていたとは言え、やはり砲撃力に勝るエールの一撃は重い。
それを広域防御で四発ともなれば、空に掛かる負担は決して軽い物では無かった。
265 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:55:36.01 ID:qaiAYrzso
そして、空中で砲撃を受け止めたクライノートの脇を、五機のギガンティックがすり抜けて行く。
どうやら相殺のために放った超広域砲撃の巻き添えで372を二機墜とせたようだが、
肝心の401は四機とも無傷のようだ。
空「すいません! 五機、撃ち漏らしました!」
レオン『こっちは俺と紗樹がいれば大丈夫だ! 気にすんな!』
紗樹『空ちゃんはいつも通り、エールを取り返す事に集中して!』
空が半ば悲鳴じみた声でレオンと紗樹に謝罪の言葉を放つと、通信機越しに二人の檄が飛ぶ。
撤退を支援しながら五機の敵を相手取るのは至難の業だ。
にも関わらず、二人は快く空に自分の役目に集中しろと言ってくれた。
空「ッ……はいっ!」
空はそんな二人の心意気に胸を打たれながらも、ようやく砲撃のショックから立ち直り、前を見据える。
先んじて寮機を先行させたエールが、真っ直ぐにこちらに飛んで来た。
空(接近戦!? いきなり!?)
これも普段の定石とは違う行動に、流石に空も戸惑いを隠せない。
ゲルプヴォルケに預けたヴァイオレットネーベルのブラッドリチャージは完了しているが、
さすがに回収している余裕は無かった。
空は真っ向から突っ込んで来るエールが振り下ろすブライトソレイユと、
既に構えていたグリューンゲヴィッターで切り結ぶ。
互いの武器に纏わせた魔力同士が干渉し合い、甲高い衝撃音を幾度もかき鳴らす。
空「ぅぅっ!?」
空中戦は得意ではないクライノートでは、さすがに近接空戦を続けるのは難しく、
空は苦悶の声を上げながらも切り結んだ衝撃を利用して地上に降りた。
だが、エールはさらにそこを追撃して来る。
プティエトワールを総動員しての上空からの十三門一斉砲撃だ。
空「早い!?」
間髪を入れぬ攻撃に、空は驚愕の叫びを上げながらも、
両肩のオレンジヴァンドを最大出力で魔力障壁を張り巡らせ、何とかその一撃を凌ぐ。
戦い方が今までとは違う。
比較的安全なロングレンジでの消極的な砲撃戦だけではなく、
近接戦を織り交ぜた積極的な戦術は、先日までとは明らかに別物だった。
だが、ドライバーは昨日までと同じ、例のあの少女の筈だ。
そうでなくてはエールを動かす事は出来ない。
だとすれば、あの少女が戦い方を変えて来た事になる。
空(今までと違う……何か、昨日までとは違う、熱みたいな物を感じる……!)
互いの魔力を接触させた空は、直感的にそう悟っていた。
266 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:14.97 ID:qaiAYrzso
そして、空の直感は決して間違ってはいなかった。
M1「防がれた……次……!」
エールのコントロールスフィア内では、ミッドナイト1が淡々としながらもどこか熱の籠もった声を漏らす。
その瞳にも、それまでの彼女にはない強い意志が込められていた。
さながら人形が意志を持ったばかりのような、そんな無表情だが決して無表情ではない独特の表情を見せている。
それが、彼女の戦い方が変わった理由だ。
ならば原因はと言えば、些細だが、茜の善意が引き起こした物だった。
ミッドナイト1を一人の人間として扱おうとした茜の努力が、遂に小さな一つの実を結んだ。
それまで希薄な自我しかなく、物の好き嫌いの自覚すら判然としていなかった少女に、
自我の自覚に通じる一筋の道を茜は示してしまったのである。
だが、決して茜だけの責任ではない。
ユエ達からの道具同然の酷い扱い、
そして、道具としての矜持の片隅にあったであろう人間として生きたいと言う衝動。
それらによって鬱積として閉ざされていたミッドナイト1の心に、茜はようやく微かな穴を穿つ事が出来たのだ。
そして、ミッドナイト1に一つの、ささやかな望みが生まれた。
M1(また帰ろう……本條茜の元に……。今度は、勝って帰ろう)
道具としての矜持、人間として生きたいと言う欲求。
そして、茜との対話によって知る、未知の……知る必要も無いと切り捨てられていた数々の事。
それをもっと知りたい。
様々な思いが、人形然とした十年を生きて来た少女に、まだ無自覚な自我を目覚めさせたのだ。
空にとっては不幸にも、ミッドナイト1のその無自覚な自我はエールと彼女のリンクを僅かに強めていた。
クライノート『緩やかに落ち始めていたエールのポテンシャルが、最初に戦った時と同レベルにまで回復しつつあるようです』
そして、その事実に気付き始めていたクライノートが漏らす。
空「何となく分かっていたけど、やっぱり強い……!」
空もクライノートの言葉で自身の感覚に間違いは無かったと確信し、悔しさと苦しさの入り交じった表情で呟く。
現状、野戦整備しか行えないクライノートの性能は僅かずつではあったが落ち始めていた。
エールも万全の整備体制では無かった事もあって、平時と比べた機体コンディションはほぼ互角。
それでも、エールのポテンシャルが徐々に落ち始めていた事が、今までは少なくとも空とクライノートに分があった。
だが、ミッドナイト1とエールの魔力リンクが強くなった事で、それも互角の所までひっくり返されてしまったのだ。
隙を突いての急接近からの連続斬撃、仕切り直して距離を取ろうとすれば砲撃と、
ミッドナイト1の単純だがゴリ押しの戦術は、困惑する空を相手に綺麗に嵌っていた。
空(とてもじゃないけど、足を止めて大威力砲撃なんて撃っていられない!?)
幾度も接近戦と砲撃戦を切り替えて肉迫して来るエールに、空は胸中で愕然と独りごちる。
エールを地上に引きずり下ろし、地上で組み合うためにアルク・アン・シエルを撃つ作戦だったが、
こうも激しくレンジを切り替えられては、如何に多様な武装を持つクライノートとは言え対処できない。
クライノート『空……どうやら、貴女の選択は間違ってはいなかったようです』
苦戦しながらも何とか攻撃を凌ぎきっていた空の耳に、どこか悔しそうにも聞こえるクライノートの声が響く。
空「く、クライノート……ッ?」
連続砲撃をオレンジヴァンドで防御しながら、空は驚いたように返す。
267 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:44.73 ID:qaiAYrzso
クライノート『この場はアルク・アン・シエルを撃つタイミングを見定めるよりも、
先ほど、貴女が明日美に伝えた提案を優先すべきと判断します』
クライノートはいつになく抑揚なく、淡々と呟いた。
空「も、もしかして怒ってる……って言うか、悔しがってる?」
クライノート『………』
当惑する空の問い掛けに、クライノートは無言で応える。
どうやら肯定のようだ。
それもそうだろう。
自ら立てた作戦は実行不能、他種の武装と言う強みを活かせずに防戦一方。
決してクライノートだけの問題ではなかったが、それらを彼女は自らの至らなさと捉えているようだ。
そして、それはクライノートと言うギガンティックウィザードの、ソフトとハード両面での敗北を意味していた。
悔しくなかろう筈が無い。
空「クライノート……」
しかし、そんな彼女の心情を思うと、空も申し訳ない思いがこみ上げた。
だが、すぐに頭を振って気を取り直す。
空「絶対、すぐに名誉挽回のチャンスがあるから! 私が作って見せるから!」
クライノート『空……ありがとうございます。
……それでは、機動制御はこちらで行います。
貴女は自身のするべき事に集中して下さい』
励ますような空の言葉に、クライノートは思わず感極まったような声を上げたが、
すぐに普段通りの淡々とした口調に戻って言った。
そして――
クライノート『御武運……いえ、幸運を』
そう付け加えた。
空は無言で頷くと、二枚のオレンジヴァンドを連結し、手持ち型のシールドに変形させると左手で構え、
タイミング良く突撃して来たエールの斬撃をシールドで受け止める。
もう砲撃の機会は狙って距離を取れるようにはせず、腰を落として重心を低く保って受け止めると、
僅かに足が廃墟の瓦礫の中にめり込んだものの、完璧に受けきる事が出来た。
エール『………』
空「ッ!」
エールは無言のまま再度、長杖を振り下ろし、
空も交差させたグリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドでそれを受け止める。
クライノートとエールは真っ向からそれぞれの武器で切り結び、鍔迫り合いのような体勢で向かい合う。
業を煮やし、砲撃距離まで下がろうとするエールに、空はクライノートを追い縋らせ、再び鍔迫り合いに持ち込む。
空(大丈夫……足回りが遅いのはクライノートもエールも一緒。
浮遊魔法で動ける分、長距離の移動はエールの方が早いけど、出足で遅れなければ十分追い付ける!)
幾度かの鍔迫り合いを続けた空は、その事に確信を得た。
確かに移動能力では今のエールが勝っているが、瞬発力勝負で負けなければ離される心配も無い。
加えて、相手が積極的な近接戦も行うようになってくれたのは嬉しい誤算だ。
268 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:13.20 ID:qaiAYrzso
これならば、自分の考えを実行に移す事が出来る。
空はそう意を決すると、短く息を吐いてから口を開いた。
空「……エール、お願い、聞いて!」
外部スピーカーを通し、空は静かに……だが力強い声でエールに語りかける。
エール『……』
対して、エールは無言のまま。
M1「……?」
そして、エールの中で佇むミッドナイト1は、何事かと怪訝そうな表情を浮かべていた。
クライノートが調整してくれたスラスターに任せ、
距離を取ろうとするエールに追い縋りながら、空はさらに続ける。
空「返事は……出来ないならしなくてもいいの!
ただ、聞いてくれるだけで……私の声を聞いてくれるなら、それだけでいいから!」
空は訴えかけるように言いながらも、鍔迫り合いを続けた。
空「私も大切な人を……お姉ちゃんをイマジンに殺されて、この間はフェイさんも……。
だからエールの気持ちは少しぐらいは分かるつもりだよ……!」
バックステップで距離を取られそうになると、言葉を紡ぎながらもそれを追随する。
しかし、決して自分からは攻撃を打ち込まない。
エールが振り下ろす一撃を、前進防御で受け止める。
数日前から既に幾度も矛を交えながら、何を今更、と思われるかもしれない。
だが、空は言葉を尽くす事を決めた。
エールが自らの思いで離れる事を選んだのなら、その思いをコチラに引き戻す。
そのためには誠意を以て、真摯に、本音の言葉だけで彼に訴える。
空「お姉ちゃんが死んだ時は、イマジンが怖くて、憎くて、頭の中が真っ白になって、
イマジンを殺したくて殺したくて、ずっとその気持ちが消えなくて……。
お姉ちゃんがいなくなって空っぽになっちゃった部分を全部、それだけが埋めちゃって……」
空は目の端に溢れそうなほどの涙を溜めながら、あの日の事を思い出して吐き出すように呟く。
あの日の事を思い出すと、今でも気が狂いそうな程の憎しみや怒り、恐れが噴き出す。
269 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:42.50 ID:qaiAYrzso
空「でも…っ!」
だが、空は負の感情を気合でねじ伏せ、次の言葉を紡ぐ。
空「……でもね、エールが私に力をくれた……私を選んでくれていた。
私を守ろうとしてくれていたお姉ちゃんにも、力を貸してくれていた……」
そう、エールは姉と共に戦っていた時期があった。
それも空自身よりもずっと長い期間を、だ。
空「私が怖くなって逃げ出した後……それでもエールは力を貸してくれた。
誰かのために戦いたいって私の思いに応えてくれた……!
嬉しかったの!
エールが……それまで応えてくれなかったエールが応えてくれた事が、すごく……すごく!」
振り下ろされた長杖をシールドで受け止めながら、空はついに堪えきれずに涙を溢れさせた。
正直な気持ちだった。
物言わぬエールのドローンが、いつの間にか傍らにいた時の嬉しさ。
あの時は、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しかったのだ。
空「だから……お願い……! もう一度……また応えて!
大切な誰かを守りたいと思う人達の盾になろう?
大切な誰かのために戦いたいと思う人達の矛になろう?
ドライバーとギガンティックで……私とあなたで、力のない誰かのために戦おう?
……エール! お願い! 私の思いに応えてえぇっ!!」
空は思いの迸るままに魔力を高め、盾ごとエールを押しやってしまう。
空「え、エール!?」
思わず入ってしまった力に、空は狼狽する。
エールは僅かによろけ、そして、動きを止めた。
よろけた状態で右脚を後ろに出して踏ん張った体勢のまま、微動だにしない。
今日の今までの戦闘の傾向からして、ミッドナイト1ならばこれ幸いと距離を取り、
砲撃から再度の接近戦へと雪崩れ込んでいただろう。
空「……!?」
クライノート『動きが……止まった?』
突然の異常事態に空は言葉を失い、クライノートも愕然と漏らす。
270 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:09.95 ID:qaiAYrzso
そして、それはミッドナイト1も同様だった。
M1「機体異常……!? 魔力リンクが切断されて行く……!?」
ミッドナイト1は慌てた様子でコントロールスフィア内を見渡し、自身の体を動かすが、
それに追随する筈のエールは一寸たりとも動かない。
それどころか全身の魔力リンクが次々に切断され、
機体の感覚にリンクしている筈の身体の感覚が次第に自らの物に戻されて行く。
薄桃色に輝いていたブラッドラインも次第にその輝きを失い、足首や手首辺りは既に鈍色に戻りつつある。
M1「バッテリー内の魔力残量はまだ五割以上……。
まだ稼働限界時間じゃない……どうして……?」
ミッドナイト1はエールとは別のギアを起動し、状況を確認するが、理解不能の事態である事に変わりない。
そして――
???『ゆ……い………』
右手の指先……そこに付けられていたギアから、掠れた声が響く。
エールの声だ。
六日前に奪った際に、微かにだけ喋ったエールが、再びその口を開いた。
一語一語を苦しそうに絞り出すような声。
停止したギガンティックの躯体、起動したエールのAI、切断された魔力リンク。
それらの事から、六日前に自分が作り出した状況に酷似している事にミッドナイト1が気付くまでに、
そう時間はかからなかった。
恐らく、エールの側から魔力リンクが切断されたのだ。
こうなってはエール本体を動かす事はミッドナイト1には出来ない。
M1(201と401……優先すべきは……!)
その事実に思い至ったミッドナイト1の判断は速かった。
たった一機しかないオリジナルギガンティックと、数は少なくなったとは言え量産型のギガンティック。
優先すべきがどちらかなど火を見るより明らかだ。
M1「GXI−002、003、独立起動。
機体を懸架し、支援砲撃を行いつつ後退開始……!」
ミッドナイト1はギアを介し、背面のプティエトワールとグランリュヌに指示を飛ばす。
本来はエールが起動制御を行う筈の二器の補助魔導ギアを巨大化させた浮遊砲台だが、
ミッドナイト1はそれらをエール本体とは別に自身の力で操作していた。
加えて先日、空達を急襲した際も378改のシステムではなく、自身の力で操作していたのだ。
今も十二器のプティエトワールで援護砲撃を放ちながら、
四器のグランリュヌで微動だにしない機体を浮かび上がらせ、拠点である旧技研へと向けて移動を開始する。
271 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:39.05 ID:qaiAYrzso
クライノート『空、今がアルク・アン・シエルを放つ最大のチャンスです!』
クライノートもその事に気付いたのか、思い至ったように叫び、さらに続けた。
クライノート『今ならば、プティエトワールとグランリュヌを停止させる事でエールの機動力を奪えます』
空「そうか! ありがとう、クライノート!」
クライノートの言葉でその事実に気付かされた空は、後方に控えさせていた
ヴァッフェントレーガーからブラウレーゲンを起動させ、クライノートの指定した砲撃地点へと急ぐ。
先ほどの状態で砲撃すれば、万が一回避された場合にはテロリスト達の拠点に大打撃を与える事が出来るが、
囚われの身の茜とクレーストが技研の何処にいるか分からない以上、それは得策ではない。
砲撃地点を調整し、技研と周辺への被害を避け、フロート内壁にも被害を与えぬように十分な砲撃可能範囲を作るのである。
そして、空はプティエトワールからの援護砲撃をくぐり抜け、その地点へと辿り着くと、ブラウレーゲンを構えた。
空(撃ち方は教えて貰った……。炎熱変換と流水変換を交互に、高速で繰り返す!)
空はブラウレーゲンの銃口に魔力を集中する。
すると、空色の魔力が銃口に集約し、赤と青の輝きを繰り返す。
これが無限の魔力の弊害である、閃光変換への固定化だ。
どうやっても閃光以外性質へと魔力を変換する事が出来なくなる。
だが、そのデメリットと引き換えに、閃光変換の波長を大きく変質させる事が可能となる僅かなメリットが存在した。
高速で炎熱と流水の波長へと変換を繰り返す魔力は、本来、閃光変換の天敵である反射結界や反射障壁の目前で、
反射された魔力とぶつかり合いながらそれらを消し去る絶大な破壊力を生み出す。
齢九つを迎えたばかりの幼い少女と、起動から十日足らずのギアが生み出した伝説級の砲撃魔法。
それが――
空「アルクッ! アンッ! シエェルッ!!」
――虹の名を持つ、七色の輝きを放つ極大砲撃魔法である。
空の一声と同時に極大の輝きが放たれ、エールへと殺到した。
M1「しゅ、集中防御を!?」
ミッドナイト1は愕然と叫ぶようにプティエトワールとグランリュヌへと指示を出す。
エールを移動させていたグランリュヌも切り離し、眼前に反射障壁を幾重にも張り巡らせた。
だが、それらの反射結界は一瞬にして次々と破壊され、
蓄積された魔力を失ったプティエトワールとグランリュヌが次第に瓦礫の中へと落下して行く。
M1(防げない!? ただの閃光変換魔力砲が!?)
ミッドナイト1は自らの知る常識が覆って行く様に愕然とした。
そして、遂に最後の反射障壁が砕かれる。
空「お願い……応えて……エェェルゥッ!!」
その瞬間、空は限界まで手を伸ばし、思いを込めて叫んだ。
また共に戦いたい。
もう一度、応えて欲しい。
そんな、思いの全てをかけて。
だが、エールに砲撃が触れようとした瞬間、照射限界の五秒が経過した。
コンマ一秒にも満たない時間だけ、アルク・アン・シエルの輝きがエールに触れたものの、
僅かばかりの魔力がその正面装甲を微かに焦がしただけに留まる。
だが、その直後。
既に全身の輝きが鈍色へと戻ろうとしていたエールのブラッドラインに、うっすらと空色の輝きが灯る。
空「ッ!?」
その様を確認した瞬間、空は意識が強く引っ張られるような感覚に襲われると同時に、
真っ暗な暗闇の中へと落ちて行った。
272 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:29.58 ID:qaiAYrzso
―4―
気がつくと、空は暗闇の中を漂っていた。
立つ事の出来る足場はなく、落ちて行く感覚すらないソレは、正に漂っていると形容する以外無い。
だが、ただ漂っているワケではなかった。
空(凄い……風と雨……!?)
視界ゼロの真っ暗闇の中、
四方八方から滝のようなスコールと身を引きちぎられそうな突風が空に吹き付けていたのだ。
この雨に打たれていると言い知れない不安感や空虚感に苛まれ、
身を引きちぎるような突風は、身体よりもむしろ心を引き裂くような痛みを伴った。
不可解な雨と風の現象だが、これらが引き起こす感覚に空は覚えがある。
それは、つい数分前にも思い返した、大切な人達との別離の感覚だ。
心に穴を穿たれるような痛みと虚しさ。
そして、その穿たれた穴を埋め尽くす、深い哀しみ。
一人きりでは耐えられない、そんな苦しみに満ちた空間が、今、空がいる場所の本質だった。
???<……ぅ……っ>
目も口も開く事もままならず、雨と風の音で耳を塞がれ、五感の殆どを奪われた中、
だが、空の脳裏に不意に呻き声のような声が響く。
それが思念通話のような、魔力を介した声だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。
空<……誰?>
口を開く事もままならないまま、空は思念通話でその呻き声の主に問い掛ける。
???<ぅ……ひっく……ぅぅ……>
対して、呻き声の主は応えず、だが、空が呻き声だと思っていたのは呻き声ではなく、
啜り泣く声だと言う事が分かっただけだった。
おそらくは幼い少年と思しき啜り泣き。
その啜り泣きを聞いていると、雨と風が引き起こす別離の感覚がより強くなったように感じる。
空<誰? 何処にいるの?>
空は雨と風に心身を煽られながらも漂い続け、次第に啜り泣く声が大きくなって行くのを感じた。
そこで気付く。
自分は暗闇の中を漂っているのではなく、激しい雨風の吹き荒ぶ暗闇の中を、真っ直ぐ下へと潜っていたのだ。
そして、自分は雨風に激しく煽られているのではなく、ただ晒されているだけで、
潜って行く方角には何ら影響を与えていない。
その事に気付いた瞬間、空の潜行速度は加速度的に増して行った。
そして、その先、微かに開けられるようになった目で、小さな点らしき物を見付ける。
下へ下へと潜るにつれて、その点が徐々に輪郭を持って行き、最後には蹲る人影だと分かった。
加速度的に増していた潜行速度は次第に収まり、ゆっくりと停止する頃には、空はその人影の傍らに立っていた。
足場があるワケではないが、確かに空はその場で静止していたのだ。
止まる事が出来たとは言え、まだ目を開き続ける事も難しい雨風は吹き荒び続けている。
だが、空は必死に目を開き、人影を見据えた。
それは、翼のような腕を持った、幼い一人の少年だった。
273 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:56.19 ID:qaiAYrzso
???<う、ぅぅ……ひっく……ぅぇ……>
少年は蹲ったまま啜り泣き続けている。
激しいスコールでずぶ濡れになり、突風で翼を激しく煽られながらも、だ。
空<ねぇ……どうしたの? 何で、泣いているの……?>
空は少年の前に跪き、少しでも少年の不安を取り除こうと、思念通話で優しく語りかける。
???<……いない、んだ……ヒッ…ク………何処にも……
もう、何処にも結が、ぅぅ、……いないんだ……>
少年は時折しゃくり上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
空<!? ……あなた、エール……なの?>
少年の言葉に、空は驚きながらも直感する。
そう、目の前にいる翼の少年は、エールだ。
そう感じた瞬間、空はその直感が間違いないとも感じた。
あの重厚な甲冑のような装甲を身に纏ったエールとは似ても似つかない、目の前で啜り泣くか弱い姿の少年。
それがエールの本質だったのだ。
エール<僕が……僕があの時……守れなかったから……結が……いなくなって……>
顔を上げた少年……エールは、目から大粒の涙を溢れさせ、途切れ途切れに呟く。
空<………>
その痛々しい自責の言葉に空は押し黙り、そして、思う。
きっと、エールも自分と同じようなやり場のない怒りや哀しみ、無力感に苛まれていたのだろう。
無敵を誇ったギガンティックウィザード。
主を守る巨大な肉体を得て、より強さを増した筈のギア達。
それは誇りだっただろう。
だが、その誇りはイマジンの出現によって地に堕ちた。
仲間すら守れずに大敗の謗りを逃れられぬ屈辱に塗れ、その後も負け戦同然の戦いを強いられ続けたのだ。
そして、ようやく巡って来た反攻の機会。
ハートビートエンジンとエーテルブラッドを得て、第二世代ギガンティックへの改修を受ける。
だが、その最中にエールは、最愛の主を……結を喪った。
その無力感たるや、その虚無感たるや、想像するに難くなく、共感するにも筆舌に尽くしがたい物だっただろう。
この雨と風は、彼自身の無力への自責と、主を失った心の痛み……エールの心象そのものだったのだ。
エール<苦しい……哀しい……悔しい……寂しい……>
エールは啜り泣きながら、自らの心情を吐露し続ける。
胸を締め付ける苦しさ。
主を喪ってしまった哀しさ。
主を守れなかった悔しさ。
そして、独りぼっちの寂しさ。
それらがごちゃ混ぜになった辛さ。
その辛さを、空も少しは理解できるつもりだ。
目の前で姉とフェイ、大切な人を二人も喪ったのだから。
こうして、彼が取り返しのつかない哀しみにくれるのも分かる。
274 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:25.87 ID:qaiAYrzso
空<……そう、だよね……大切な人を喪うのは……守れないのは、辛いよね……?>
空も涙が滲むような声音で応え、エールに手を伸ばす。
そして、その頭を優しく撫でる。
エール<……ぅっく……?>
エールは啜り泣きながら、怪訝そうに顔を上げた。
微かに、雨と風の勢いが緩み、お互いの顔が確認できるようになる。
そして、空はエールの目をしっかりと見つめながら続けた。
空<大切な人を喪うとね……胸にぽっかりと穴が空くの……。
大切な人ほど……大きくて、深くて……どうしても埋められないような、大きな穴が……>
空は語りかけながら、幾度も幾度も、雨や風で乱れたエールの髪と翼を撫でつけて整える。
空<その穴の中に、苦しい気持ちや哀しい気持ちがどんどん溜まっていって……、
それでもっと苦しくて、哀しい気持ちになっちゃうんだ……>
転がり落ちて行くような哀しみや苦しさ。
それを埋めるための気持ちに、空は一度、憎悪と怨嗟を選んでしまった。
その結果、恐怖がそれらを上回った瞬間、空の心は音を立てて折れたのだ。
だが、完璧には折れていなかった。
姉から注がれた愛を思い出し、空は再び立ち上がる事が出来たのだから。
空<だからね……その穴は、もっと強くて、優しい物で埋めなきゃいけないんだ……>
心を砕く冷たい哀しみでも、心を蝕む灼けるような憎しみでもない。
心を暖かく包み込んでくれるような、強くて優しい思いで埋める事。
それは空が、姉を喪い、恐怖に挫け、立ち上がって信念を得て、茜と言葉や気持ちをぶつけ合った、
この一年以上の経験を経て辿り着いた、一つの真理だった。
空<私じゃ……結さんの代わりにはなれない……大切な人の代わりなんて、誰もいない……>
エール<ぅぁ………>
そして、レミィが教えてくれた事を告げると、エールはいつの間にか止まり掛けた涙を、再び溢れさせる。
だが――
空<だけど……結さんがいなくなって空いた穴を、少しでも埋める事は出来るよ……>
空は優しい声音で言って、エールを抱き寄せた。
少しでも暖かな温もりを与えられるように、しっかりと、その腕の中で抱き締める。
空<私が……エールがまた翼を広げられるような……空になってあげる……>
エール<そ……ら……?>
空の言葉に、エールは一語一語、確認するかのように呟いた。
空<そうだよ……空だよ……>
エール<そら……空……>
エールを抱き締めたまま空が頷くと、エールはその名を繰り返す。
すると、一陣の風が二人を薙いだ。
空「ッ!?」
空は思わず息を飲み、エールを強く抱き締めてその風に耐える。
275 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:54.49 ID:qaiAYrzso
風は一瞬で止み、そして、滝のような雨と斬り付けるような冷たい突風と、
そして空間を埋め尽くすようだった暗闇すらも、その一瞬で薙ぎ払っていった。
代わって二人の回りに広がったのは、まだ僅かに雲を残しながらも、青く澄んだ空の色だった。
空「わぁ………」
突如として広がった青空に、空は感嘆の声を漏らす。
あの一瞬の風のお陰か、びしょ濡れだった筈の服も髪もすっかりと乾いてしまっていた。
心象世界だからこその不可思議な現象だったが、空は自然と“そう言うものだ”と、それを受け入れる。
そして、腕の中で安らぐエールに再び視線を落とす。
空「……すぐには無理かもしれないけれど……
結さんの事を思い出して哀しくて辛くなるだけじゃなくなる日が、きっと来るよ……」
空は自分自身に言い聞かせるように呟く。
亡くなったばかりのフェイの事、そして、もう一年以上も前に亡くなった姉の事ですら、
思い出すだけで、今も胸が痛む。
だが、決してそれだけではない。
哀しく、寂しい気持ちも強いが、優しい二人との忘れ難い記憶に思いを馳せれば、
懐かしい思いと共に、心が温まる事もある。
決して胸が痛むばかりではないのだ。
その思いは、こうして肌を合わせているエールには伝わっているのだろうか?
エールは身を捩るようにして空から離れると、翼で涙を拭う。
そして――
エール「………うん」
少し寂しげな笑みを浮かべて、抑揚に頷く。
空も頷いて返し、そっと手を差し出した。
空「改めて自己紹介しないとね………。
朝霧空だよ。これからもよろしくね、エール」
エール「……空……僕の飛ぶ……空」
微笑みを浮かべた空に、エールも翼を差し出す。
そして、二人が触れ合った瞬間、空は急速に意識を引き上げられる感覚に襲われた。
276 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:22.39 ID:qaiAYrzso
次の瞬間――
クライノート『空! ……空! 意識をしっかりと持って下さい!』
空「ッ!?」
クライノートの叫び声で、空の意識は現実へと引き戻される。
途端に感じる、急激な浮遊感。
それは、自分が落下している事を否応なく意識させた。
先ほど、心象空間で味わった感覚とは別種の感覚だ。
上を見上げれば大きく穴を穿たれたフロートの天蓋が見え、下には見渡す限りの工業地帯や広い幹線道路が広がっていた。
空(まさか、床が抜けた!?)
空がその事に気付くのは早かった。
そう、ただでさえメンテ不良で痛んだ廃墟だらけの第三層の床は、
アルク・アン・シエルの大威力の影響に耐えられず、マギアリヒトの結合崩壊を起こしたのだ。
天蓋に穿たれた穴の形は丁度、アルク・アン・シエルの砲撃が及んだ範囲とその周辺に限定されている。
今、空達は第七フロート第四層にある工業地帯へと、瓦礫もろとも落下している最中だった。
空が気を失っていた――エールと共に心象空間にいた――のは、現実にすればほんの数秒程度の事だったのだ。
クライノート『逆噴射で軟着陸します! 最大まで魔力を込めて下さい!』
クライノートは珍しく慌てた様子で叫ぶ。
クライノートは基本的に陸戦用のギガンティックであり、高い飛行能力は持たない。
高所からの落下となれば逆噴射でその勢いを相殺するしかないのだ。
だが、空の耳にクライノートの声が届くよりも早く、彼女の視界にその光景が飛び込んで来た。
空「え、エール!?」
そう、クライノートが落下したのと同様に、エールもまた落下していたのだ。
既にブラッドラインから薄桃色の輝きは消え去り、結界装甲はその機能を停止していた。
このまま落下すればその衝撃で地上の施設は崩壊し、結界装甲で守られていないエールもただでは済まないだろう。
空「エール……エェェルゥッ!?」
空は手を伸ばしながら、悲鳴じみた声を上げた。
クライノート『空! 今は一刻も早く逆噴射を!』
クライノートは怒鳴っているようにも聞こえる声音で空に檄を入れる。
エールが引き起こす被害も凄まじいだろうが、結界装甲を纏ったままの自分が落下すれば、
地上施設に与える被害は甚大となり、さらに第四層の床を貫き第五層まで壊滅的な被害を与えかねないのだ。
そして、既に被害を最小限に抑えられる逆噴射限界点は過ぎていた。
もう、手遅れだ。
だが――
277 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:51.28 ID:qaiAYrzso
空「飛んでぇっ、エェェルゥゥッ!!」
空は喉が裂けんばかりの声で、その言葉を……奇しくも、
結・フィッツジェラルド・譲羽が愛器を起動する瞬間に選んだ言葉を叫んでいた。
その瞬間、鈍色だった筈のエールのブラッドラインに、蒼く澄み渡る空色の輝きが宿った。
信じられない光景に、空は息を飲む。
だが、変化はそれだけに留まらない。
エールの背面に折り畳まれていたスタビライザーが展開し、そこから空色の魔力が溢れ出す。
それは空色の翼となって、大きく翻り、今まで微動だにしなかったエールが軽やかに天を舞った。
空色の翼が巻き起こす魔力の奔流は、同時に落下していたプティエトワールやグランリュヌにも影響を及ぼし、
本体からの魔力供給を受けたソレらは彼の周辺を旋回し、その背面に集結して光背を象る。
空「エェェルゥッ!!」
エール『……そら……空ぁぁっ!!』
伸ばされた空の……クライノートの腕を、エールが掴む。
さらに、エールは光背状になった十六門の砲門からの砲撃で落下を続ける瓦礫を消し去り、
クライノートと共に工業地帯にある広大な駐車場へと悠然と降り立つ。
まだ早朝と言う事もあって車も少なく、二機のギガンティックが降り立つには十二分な余裕があった。
クライノート『被害状況確認……腕を掴まれた時の衝撃で、やや肩関節にダメージがありますが、
それ以外は落下による損傷はありません』
軟着陸を果たすなり、クライノートは淡々と被害状況を伝えて来る。
肩関節へのダメージは、直前までの戦闘で幾度もエールの攻撃を受け続けていた事も原因だろう。
だが、両肩の付け根に違和感のような痛みを感じる他は、これと言ったダメージは空も感じない。
空「……ごめん、クライノート……。無視するみたいな形になって……」
クライノート『いえ、結果だけならば、これが最良の選択でした』
申し訳なさそうに呟いた空に、クライノートは淡々と返す。
しかし、その声音は、“どこか釈然としない”とでも言いたげな雰囲気である。
だが、彼女はすぐに気を取り直し、口を開く。
クライノート『……ともあれ、今はエールの主導権を取り返すのが先決です。
早くエールのコントロールスフィアに移って下さい』
空「え? ……クライノートは、どうするの?」
クライノートの言葉に空は戸惑う。
クライノート『私なら大丈夫です。
可能な限りの魔力を残していただければ、そのまま自律起動を続けられますので、
アルベルト機と東雲機で使っているフィールドエクステンダーも維持可能です』
クライノートはそう言うと“起動状態ならば奪われる心配もありません”と付け加えた。
心配せずに早く行け、と言う事だろう。
空「クライノート………うん、ありがとう。クライノートのお陰でエールを助け出せた」
クライノート『……それは違います。
こうしてエールにあの色の輝きが戻ったのは、
あなたの成果である事は疑いようもありません。
もっと胸を張って下さい』
感謝の言葉を述べる空に、クライノートは穏やかな声で返す。
そうは言いながらも、やはり感謝されて悪い気分ではないのだろう。
空「じゃあ行って来るね!」
空は出来るうる限りの魔力をクライノートに預け、ハッチを開くと、
差し出された腕を伝ってエールのコントロールスフィアへと向かった。
278 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:18.38 ID:qaiAYrzso
ハッチが開かれ、空がそこに足を踏み入れると、そこにはへたり込んだ一人の少女がいた。
見間違う筈もない。
六日前にエールを連れ去った少女……ミッドナイト1だ。
M1「マスター……私は……私はどうすれば……!?」
少女は震える声で、手首に嵌められた自らのギアに語りかけている。
どうやら本拠地にいるユエと通信を取り合い、状況を説明した後のようだ。
彼女も空に気付き、へたり込んだまま後ずさる。
二人は視線を絡め合い、睨み合う。
だが――
ユエ『少々名残惜しいが、201の戦闘データは十分に取れた。
機体は放棄する。
ミッドナイト1……お前も用済みだ』
直後、ギアから鳴り響いた声にミッドナイト1は目を見開き、ワナワナと震える。
ユエ『投降するも自害するも良し、戻って来る必要はない』
M1「ま、マスター……!? ……そんな………マスター!? 待って下さい!?」
酷薄な物言いに、ミッドナイト1は激しく狼狽し、震える声で縋り付くように叫ぶ。
道具として育てられ、道具としての矜持だけを支えにしていた少女にとって、それは死刑宣告のような物だった。
詳しい事情は分からずとも、少女が捨て駒のように扱われた事だけは理解し、空も顔を顰めた。
そして、僅かな間と共に、紫電のような魔力を撒き散らして、ミッドナイト1のギアが崩壊する。
どうやら、通信先からの操作で自壊させられたようだ。
M1「ッ……………あ、あぁぁ………っ」
自我を得たばかりの少女は、その光景に、自分が不要と……その存在意義の全てを否定された事を悟り、
押し殺した悲鳴のような声と共にその場に崩れ落ちた。
慈悲どろこか、人間らしいやり取りすら感じられない、痛ましい光景だった。
空「………ごめんね、エールのギアを返して貰うね……」
だが、空は戸惑う余裕など無いと分かり切っていた事もあり、
ゆっくりと少女の傍らに膝を下ろし、その右手に嵌められたエールのギア本体に触れる。
すると、ミッドナイト1の指に嵌められていたエールのギア本体が空色の輝きと共に分解され、空の指へと収まった。
エール『空……』
手放しで喜べない状況を悟り、エールも押し殺したような声で新たな主の名を呟く。
空「エール……行こう、みんなが待ってる!」
エール『……了解、空!』
迷いを振り切るような空の声に応え、エールは再び空色の翼を広げた。
空は愛機と共に舞い上がり、天蓋に空いた大穴を抜けて再び第三層へと舞い戻る。
そして、リニアキャリアと共に後退中のレオン達を助けるべく飛翔した。
リニアキャリアはすぐに視認距離に入ったが、目の当たりにした戦況は決して優勢ではない。
結界を施術できていないリニアキャリアの防備は完全に結界装甲を扱えるアメノハバキリ任せとなっており、
敵もソレを見越してヒットアンドアウェイの波状攻撃で玩んでいた。
戦闘開始から早くも十五分。
目立った被害が見受けられないのは奇跡と言うべきだろう。
279 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:47.95 ID:qaiAYrzso
エール『空、ブラッド損耗率は約八割!
全開戦闘の場合、限界稼働時間は十分足らずだ!』
空「それだけあれば十分だよ! 私と……エールなら!」
機体状況を告げるエールに、空は力強く応えた。
身体が軽い。
モードSやモードD、モードHとも違う、自分自身の身体が軽くなったような感覚。
動きは寸分無く機体に伝わり、機体の感覚も自らに返って来る。
理想的な魔力リンクが、空とエールの間には形成されていた。
先ほどまでの戦闘や完璧とは言えないメンテナンスのせいで万全のコンディションとは言えなかったが、
それでも、五機の量産型ギガンティックを相手取るには十二分だ。
空「プティエトワール、グランリュヌ……テイクオフッ!」
空の声に応え、光背状だった十六基の浮遊砲台が分離し、敵と味方の間に躍り出た。
十分な魔力を分け与えられた浮遊砲台達はリニアキャリアと寮機を囲み、そこに巨大な結界装甲の障壁を作り出す。
空「ブライトソレイユ、エッジモード! マキシマイズッ!」
エール『了解! ブラッド及び魔力流入量調整……
ブライトソレイユ、エッジモード、マキシマイズ!』
空の指示でエールが長杖にブラッドと魔力を集中すると、そのエッジから長く鋭い魔力の刃が伸びた。
テロリストA『な、何で201がコチラの邪魔を!?』
突然の新手の……それもつい先ほどまで味方だった機体の乱入に、テロリスト達は狼狽の声を上げている。
そんなテロリスト達の駆る401の二機を、空はすれ違い様に切り裂いた。
手足を切り裂かれた機体がその場に崩れ落ちる。
空「ブライトソレイユ、カノンモード! ハーフマキシマイズッ!」
エール『了解! カノンモード変形開始と同時に魔力チャージ!
………いいよ、空! 撃って!』
空は振り向き様に砲撃形態へと変形した長杖を構え、即座に発射した。
テロリストB『そ、そん……!?』
砲撃は愕然とするテロリストの悲鳴を掻き消し、
大魔力で機体を黒こげにされた401が、また一機、膝から崩れ落ちる。
僅か二十秒足らずで、空は敵機の半数以上を行動不能に追い遣っていた。
レオン『す、すげぇ……』
紗樹『これ……前より何倍も強くなってない!?』
レオンと紗樹が、その光景に驚嘆と驚愕の声を上げる。
今までは空が自身の判断と手動操作で変形させていたブライトソレイユを、
回復したエールが主の指示で高速自動変形を行う。
ただそれだけで戦闘の手間はグッとスムーズになっていた。
しかし、AIの覚醒したエールの性能向上はそれだけに収まらない。
さらに甦った翼で自由に飛び回り、攻防一体の武装を取り戻したエールの戦闘能力は、
奪われる以前に比べて飛躍的に跳ね上がっているのだ。
280 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/01/31(土) 22:03:23.05 ID:qaiAYrzso
空「エール! 大技行くよ!」
エール『了解……空!』
空の声と共にエールは大きく翼を広げ、全身に虹色の輝きを纏って飛翔する。
エール・ハイペリオンでその形だけを再現した、閃光の譲羽が得意とした超高速の突撃――
空「リュミエール………リコルヌシャルジュゥッ!!」
――“輝く一角獣の突撃”の名を持つ、無敵の近接砲撃魔法!
虹の輝きを纏って飛翔するエールが、残る最後の401と372の間を駆け抜けると、
その余波が二機の半身を砕き、片側の手足を失った二機はその場でバランスを失って倒れた。
消えゆく虹の輝きの中から飛び出したエールは、廃墟に長い溝を穿ちながら
直撃でも掠めてもいない一撃が及ぼす影響だけでもこの破壊力だ。
鎧袖一触……とは正にこの事だろう。
そして、これでテロリスト達は知る事になる。
自分達が奪った事がキッカケで、GWF201X−エールは朝霧空と言う新たな主を改めて得て、
四十年以上の沈黙を破り、今ここに完全復活したと言う事を。
それはつまり、踏んでならぬ虎の尾の一本を自ら踏み付けた、と言う事だ。
空はまだ僅かに長杖の切っ先に残る虹色の輝きを振り払い、油断無くそれを構え直した。
エール『周囲センサー有効範囲内に敵影無し。
戦闘状況終了だよ、空』
空「うん……」
淡々とした声音で告げたエールに、空は複雑な表情で頷く。
そして、安堵の溜息と共に構えを解いた。
あの取り返しのつかない大きな敗北を経て、また一つ、自分達は大きな勝利を刻んだ。
空(あとは茜さんとクレーストを助け出せば……)
残すは決戦だけ。
それでテロリスト達との戦いは終わる。
そう言い聞かせるように胸中で独りごち、一度だけ技研のある方角を睨め付けた空は、
振り返るようにして傍らに視線を落とす。
M1「…………」
そこには、放心して項垂れるミッドナイト1。
敗北し、存在意義を否定され、空っぽになった少女。
エールと心を通わせ、彼を救い出した空だが、
彼女の憔悴した姿を見ると、決して晴れやかな気分だけではいられなかった。
第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜・了
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