【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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167 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:51:44.01 ID:08Zn517zo
第18話〜それは、甦る『輝ける牙』〜

―1―

 午後7時も半ばを回った頃。
 第七フロート第三層、旧山路技研跡――


 その中にある広大な格納庫の奥、壁際に据え付けられた旧式ハンガーに雁字搦めに固定された
 クレーストのコントロールスフィアの中で、茜は消沈した様子で座り込んでいた。

クレースト『茜様、コンディションチェックが終了しました。
      ブラッド損耗率98.8%、魔力は千五百程度まで回復しています』

茜「………さすがに無茶があるな」

 クレーストの言葉に、茜は嘆息混じりに呟く。

 敵に捕まった地点からこの格納庫に移動し、ハンガーに固定されるまでの一時間足らず、
 動かずに魔力の回復に集中していたが、思ったほど回復はしていない。

 緊急モードで再起動すれば数十秒から一分程度は動けるかもしれないが、それではこの格納庫を出る前に停止してしまう。

 それでは意味が無いどころか、下手をすれば死が待っている。

茜(それだけは絶対に避けるべきだ……)

 茜は自身の意思を確認するように、そう胸の中で独りごちた。

 屈辱の虜囚の身だが、逃げ出す機会が巡ってくる可能性が万が一にもあるなら、その屈辱に耐えるべきだ。

 死んでは元も子もないし、命に賭け時と言う物があるなら、無駄死にするだけの今は“その時”ではない。

 茜は目を瞑ると小さく深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。

 肝は据わった。

 ならば、後は流れに身を任せるしかない。

 そんな思いと共に目を閉じると、小さな電子音と共にハッチがゆっくりと開いて行く。

 どうやら、外からのアクセスで機体側のハッチが開けられたらしい。

茜<クレースト、しばらくお別れだ!>

クレースト<はい、茜様。御武運をお祈りします>

 直後、茜は咄嗟に首にかけていたギア本体を手に取り、クレーストと思念通話で言葉少なに挨拶を交わすと、
 スフィア内壁にある収納を開き、その中にギア本体を押し込み、物理錠でロックし、その鍵を束ねた髪の中に押し込んだ。

 最初から想定して準備していた手順だったが、やってみれば五秒と掛からずに完遂できた。

茜(機体の移動が終わってから十分でロック解除か……。
  機体を完全に固定してからロックの解除作業を始めたとすれば二分足らず……。
  最初からパスワードを知っていたと思った方がいいな……)

 茜はそんな思案をしながら、ようやく開かれたハッチの先を見遣った。

 現れたのは三十代程度の男性だ。

 加えて、両隣には魔導装甲を纏った若い兵士が二人。

 魔力を探ってみると、三人だけでない事はすぐに分かった。

 ハッチの影にまだ二人、こちらも魔導装甲を展開しているようだ。

茜(抵抗しなくて正解だったか……)

 たった千五百程度の魔力では、魔導装甲を展開できても一対多の戦闘には耐えられないだろう。

 何より、この場に鬼百合が無いのも痛い。
168 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:52:48.44 ID:08Zn517zo
男「本條茜だな。出ろ」

 茜は観念したように項垂れ、立ち上がり、コントロールスフィアの外に出た。

 すると、両手を掴まれ、その手首に二つの腕輪が取り付けられる

茜(魔力錠式の魔力抑制装置が二つか……念の入った事だな)

 茜は胸中で溜息を漏らしながら、そんな事を思う。

 この腕輪は腕輪型のギアで、強制的に魔力を放出し続けながら、魔力循環を鈍らせて魔力の回復を阻害するのだ。

 その上、魔力を流し込まねば外れぬ魔力錠で固定されては、自力で外す手段など無い。

 総魔力量五万を超える全快状態の茜なら放出され切ってしまう前に腕輪を破壊する事も出来たが、
 そこまで魔力が回復していれば大人しく虜囚の身になる選択肢など元より無かった。

茜(何にしても、これでは抵抗もままならないか……)

 魔力を抜かれ、徐々に虚脱感に襲われながら、茜は悔しそうに歯噛みする。

兵士A「歩け!」

茜「っ!?」

 そして、魔導装甲を纏った男の一人に背中を押され、茜は驚いてよろけながらも歩き出した。

 四方を魔導装甲を纏った兵士に囲まれ、その先を行く彼らの上官らしい三十代の男に連れられて行く。

 その途中、隣のハンガーの足もとのやり取りが目に入った。

 旧式のドライバー用インナースーツを纏った幼い少女を壁際に押しやり、
 パイロットスーツに身を包んだ二人の男が囲んでいる。

ドライバーA「このクソガキ、よくも俺らの手柄を横取りしやがったな!」

ドライバーB「テメェなんかの力なんて借りなくてもな、俺らだけでアレは手に入れられたんだよ!」

 一人の男が少女の胸ぐらを掴み、もう一人がクレーストを指差して怒鳴りつけた。

茜「まさか、あんな幼い子が空からエールを奪ったのか……!?」

 その様子に察しをつけた茜は、信じられないと言った様子で、思わず漏らしていた。

 ドライバー用インナースーツを着ているのはあの幼い少女だけで、他にそれらしい人間はいない。

 そして口ぶりからして、あの少女を恫喝している男二人は、
 あの戦闘で最後まで残っていたギガンティックのドライバーだろう。

少女「任務を、果たしただけ……」

 少女は怯えた様子もなく、か細い声でそれだけ呟いた。

ドライバーA「何が任務だ! 余計な事をするな、って言ってんだよ!」

少女「必要以上にダインスレフを失うワケにはいかない……これは、マスターがいつも言っている」

 尚も怒鳴り散らす男に、少女は感情など何も無いかのように呟く。

 淡々と、と言うのも憚れるほどに抑揚は無く、正に機械然とした口調だ。

 しかし、それが余計に男達の不興を買った。

ドライバーB「ッ……テメェ、博士のお気に入りだからってスカしやがって!」

ドライバーA「この人造人間風情がよぉっ!」

 怒りで激昂し、少女の胸ぐらを掴んでいた男が、彼女の横っ面目掛けて拳を振り下ろした。

 少女は堅く目を瞑り、そこで初めて萎縮したように身を強張らせる。

 直後に男の拳は少女を捉え、幼く小さな身体は棒きれのように弾き飛ばされ、床の上に転がった。
169 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:53:36.26 ID:08Zn517zo
茜「!? 貴様ら、小さな子供に何をしているんだ!?」

 その光景に茜は立ち止まり、思わず声を上げていた。

 敵の内輪揉めとは言え、さすがに大の大人が幼い子供に手を上げる様を看過するワケにはいかない。

兵士B「早く歩け!」

 だが、すぐに自分を囲む兵士に取り押さえられ、無理矢理に歩かされてしまう。

 少女に手を上げた男達も驚いたように茜を見遣ったが、すぐに気を取り直し、
 床の上に転がる少女の元に歩み寄り、今度は足蹴にし始めたではないか。

茜「や、やめろ!? お前ら! その子供はお前らの仲間だろう!?」

 あまりに異常な光景に、虜囚の身になってすら冷静でいられた茜も、必死でそれを止めようと叫ぶ。

 相手はテロリストの仲間かもしれないが、こんな明らかに異常な事態を見過ごせるほど、
 茜も人でなしにはなれなかった。

 何より――


――自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!――


 ――空の投げ掛けてくれた言葉が、茜を突き動かしていた。

茜(そうだ……見過ごせるか!)

 茜はそんな決意を胸に、兵士達の静止を振り切り、少女の元へと駆け寄ろうとする。

兵士C「抵抗するなっ!」

茜「うぁっ!?」

 だが、兵士の持つ長杖で背中を強かに打たれ、茜はその場に倒れ伏してしまう。

 しかし、その騒ぎを聞きつけたのか、科学者風の男達がその場に駆け付ける。

科学者A「おい! 人質を手荒に扱うな!
     そいつに何かあれば、せっかく手に入れたクレーストも動かせなくなるぞ!」

科学者B「ミッドナイト1にもだ!
     貴様ら一般ドライバーと違って代えが利かないんだからな!」

 科学者風の男達は、兵士やドライバー達を怒鳴りつけ、暴行を加えられるばかりの少女を救い出した。

 少女は少し乱暴に起こされたようだが、素早くその場から連れ出されて行く。

 少女はコチラを振り返った様子だが、もうかなり遠ざかってしまっており、その表情までは読み取れなかった。

 ともあれ、その光景に、茜はようやく内心で胸を撫で下ろした。

 自分の事に関しても、強打された背中は鈍く痛むが、
 防護服であるインナースーツが衝撃を吸収してくれた事もあって、大きな怪我はしていないようだ。

兵士D「くそっ、早く立て!」

 手荒に扱うなと言われたからか、兵士は茜を引き起こすと、長杖で四方を取り囲んで動きを制限する。

 これなばらおいそれとは動けない。

 とは言え、あの少女の事はまだまだ気がかりではあったが、もう茜に目立って抵抗しようとする意志は無かった。
170 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:54:29.15 ID:08Zn517zo
 兵士達も茜が抵抗しないのを悟ってか、“歩け”と命令してからは、
 目立って何かの指示を出す様子も手を出して来る様子も無い。

茜(目隠しはしないのか……意外とザルと言うか、ここまですれば逃げ出せないと言う自信があるのか。
  それとも、手荒に扱うなと言われて言葉通りにしているのか……何にしてもチャンスだな)

 少女が連れ出され、一応は助かった事で冷静さを取り戻した茜は、視線だけで辺りを見渡す。

 エーテルブラッドを使っているギガンティックの姿が何機も見える。

 自分のいる位置から見える数は三、四十ほどだろうか?

 クレーストから降ろされる時に見渡した格納庫の広さは、今見える範囲の倍以上。

 多く見積もれば百機はいるだろう。

 300シリーズのギガンティックもあったが、それらの数は少ないように見える。

 解体して、それらのマギアリヒトやフレームの一部を新型の製造に回したのだろう。

 技研をそのまま占拠している事だけはある、と言う事だ。

 兵士達よりも科学者の立場が上と言うもの、恐らくはその辺りの事情が深く関係していると見て間違いない。

 ともあれ、茜は想像以上に多い新型ギガンティックの数に戦慄する。

茜(アレが本当に百機近くあるとなると……)

 茜は先ほど戦ってみた感覚を踏まえて、その想像に身震いした。

 最新鋭のアメノハバキリ、それもロイヤルガードでも屈指の第二十六小隊が手も足も出ない戦力差だ。

 数日前にイマジンの卵嚢の件でも思ったが、
 ギガンティック機関側の戦力を全て揃えても、数で押し切られる可能性が高い。

茜(攻勢が始まる前に勝負を着けなければ危険だな……)

 そんな事を思いながらも、兵士達に誘導され、格納庫の奥にある倉庫区画に入る。

茜(随分と入り組んでいるな……目隠しされなかったのは不幸中の幸いだな……)

 上下左右に入り組んだ通路を歩かされながら、茜は小さく肩を竦めた。

 目隠しされた場合は、歩数と曲がった回数で距離と方向を確認するつもりだったが、
 あまりに入り組んだ構造のため、そろそろ距離感も方向感覚も怪しい。

 最初は道順を覚えるつもりだった茜も、観念して目印になる物だけを覚える事に専念している。

 そして、この区画に入って十分ほど経った頃になって、ようやく一枚の隔壁を越えた。

茜「まだ先があるのか……」

 ここが終点かと思っていた茜は、さらに続く通路に思わずそんな言葉を呟く。

 それは兵士達にとっても同じなのか、何人かが嘆息めいた溜息を漏らしていた。

 入り組んだ通路を抜け、さらに三枚の隔壁を越え、ようやく最重要区画へと足を踏み入れる。

 この区画も入り組んだ構造だが、それまでよりは距離も無く、あっさりとその最奥にある巨大倉庫へと辿り着いた。
171 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:55:16.01 ID:08Zn517zo
 内部に入ると、先ず驚いたのは倉庫の巨大さだ。

 さすがに先程までいた格納庫ほどの広さではないが、
 十機以上のギガンティックを余裕で格納できそうな広さだった。

 そして、その中央にピラミッドの如く聳える天井まで届く六段積みのコンテナの山と、
 その四方を守る新型ギガンティックの姿。

 禍々しい神殿を思わせる配置に、流石の茜も身を竦ませていた。

茜(警備用のギガンティックが四機……。それに結界を施術されたコンテナか……)

 積み上げられたコンテナに据え付けられた階段を登らされながら、茜は周辺の状況を確認する。

 てっきり人質として牢屋か、それに準じた施設に放り込まれると思っていたが、
 どうやら誰かに会わせるつもりのようだ。

 兵士達に誘導されるままコンテナを登り詰めた茜は、
 最上段に設置されたコンテナの奥へと招き入れられた。

 兵士が色々と操作を行っていたようだが、個人を認証するための手段だったと分かると、
 茜もそれ以上の確認はしなかった。

 しかし、あれだけの面倒な手順を経て会わせるのだから、
 それなりの地位にある人物だと言う事は容易に想像できた。

茜(いきなりボス……ホン・チョンスに会わせるつもりか?)

 茜は訝しげな表情を浮かべる。

 茜もこのテロリスト達の首魁が誰なのかは知っていた。

 父や多くの人々を死に至らしめる指示を下した憎き仇、先代の首魁であるホン・チャンスの一人息子だ。

 先代の死に関しては病死らしいと言う不確かな情報しか知らないが、
 五年前に代替わりが起きたのは確かな情報筋から入手している。

 しかし、首魁に会わせると言うのに、こんな適当な拘束でいいのだろうか?

 魔力抑制装置に加え、さきほど手錠を付けられたが、
 茜の素の身体能力は手錠程度で抑えられるレベルではない。

 並の鍛え方しかしていないなら成人男性でも足だけで制圧する自信があった。

 だが――

茜「ぅぐ……ッ!?」

 不意に全身に重みを感じ、茜は苦悶の声を漏らす。

 どうやらこの手錠も単なる手錠ではなく、
 対物操作で装着者に負荷を掛ける単一仕様端末……いわゆる呪具の一種のようだ。

 身体強化が可能ならば簡単に振り払える程度の負荷だったが、魔力を回復できない現状では不可能である。

茜「意外と、過剰に警戒してくれるじゃないか……」

 茜は全身に掛かる激しい負荷に内心で焦りながら、強がりを言うように、そんな言葉を吐き出した。

男「いいから、黙って中に入れ」

 最上部のコンテナの扉が開くなり、茜はそのまま奥に押し込められる。

 すると、入って来た扉はすぐに閉まってしまい、茜はコンテナの中に閉じ込められてしまう。

 中には下に向かう階段があり、入口を閉められた今は、その階段を下る他ないようだ。

茜「……この負荷で、階段を下るのは、少し…キツいな……」

 茜は苦しげに呟くと、一段一段、ゆっくりとその階段を下る。
172 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:56:08.85 ID:08Zn517zo
 そして階段を下りきると、すぐに開けた場所へと出た。

 コンテナを利用したらしい広く高い空間は、金刺繍を施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁には凝った紋様の天幕がかけられている。

 茜が未だ知らぬその部屋の名は、謁見の間。

 そう、ホン・チョンスの使う謁見の間だ。

 そして、この広間の中央奥、一段高くなった位置に置かれた座椅子のような玉座で、
 尊大にふんぞり返る男こそが、ホン・チョンスであった。

 豪奢で悪趣味な装飾の服に身を包み、露出度の高い布だけを纏った年若い女性を何十人と侍らせるその様に、
 茜は憎しみ以上に激しい嫌悪感を抱いた。

茜「………貴様がホン・チョンスか……?」

 茜は身体にかかる負荷に耐えながら、吐き出すように尋ねる。

ホン「如何にも……我こそがホン王朝第四代皇帝、ホン・チョンスである」

 質問に応えたホンの名乗りに、茜は嫌悪感の中に呆れを浮かべた。

 彼ら……と言うか、ホン親子の主張は知っていたが、あまりに頓狂な内容で、思い出すだけで眩暈を禁じ得ない。

茜(高々数百人のテロリストの親玉が、皇帝気取りか……)

 茜は内心で大きな溜息を吐くが、身体にかけられた負荷で実際に溜息を漏らす余裕など無い。

ホン「貴様が偽王どもに仕えるオリジナルギガンティックのドライバーか。
   若いとは知っていたが……なるほど」

 ホンは立ち上がると、茜の元へと歩み寄りながら、舌なめずりするように呟いた。

茜「ッ!?」

 ホンの視線に、身体をピッチリと覆うインナースーツ越しに裸体を覗かれるような厭らしさが加わり、
 茜は思わず悲鳴じみた声を漏らしかけたもの、息を飲んでそれに耐える。

ホン「我がコレクションに加えるのもいい……。
   いや、どうせだ、俺の子を孕んでみるか?」

 それまで自身を“我”と呼んでいたホンの呼称が、唐突に“俺”に変わった。

 どうやら、本性と言うか、本音が出ているようだ。

 それも下卑た類の……。

 茜は全身を駆け抜けるゾワリとした嫌悪感で、身体を震わせた。

ホン「俺の妃になれば、贅沢な暮らしをさせてやろう。
   唯一皇帝の妻として何不自由の無い暮らしを約束するぞ」

茜「……ッ!」

 茜は息を飲み、押し黙る。

 返事を迷ったワケではない。

 著しい嫌悪感と身体の負荷で、口を開く事すらままならないだけだ。

 そして、周囲の女性達に視線を走らせると、数人が眉を顰めているのが分かった。

 どうやら、この中の女性達の何人かは望んでこの場にいるのでは無いようだ。

 当然だろう。

 贅沢な暮らしと引き換え程度で、人間の尊厳は捨てられない。

 ついでに言えば、こんな不快で下卑た男の元にいるだけで不自由の極みだ。

 差し引きゼロか、ともすればマイナスの条件で人間の尊厳を奪われたら、それは家畜以下に成り下がったような物である。

 それを受け入れている他の女性達は、諦めたか、壊れているかのどちらかだろう。

茜「……お断りだ……下郎!」

 茜はホンを睨め付けると、精一杯の声を吐き出した。

 さすがに人の尊厳は捨てられない。
173 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:57:02.06 ID:08Zn517zo
ホン「ッ!? 女風情がぁっ!」

 ホンは途端に激昂すると、怒り狂った形相で茜の頬に向けて裏拳を飛ばす。

茜「っぐっ!?」

 怒り任せの渾身の一撃だったようだが、茜は弾き飛ばされずにその場で踏み留まった。

 さすがに多少よろけたが、負荷をかけられている程度で、
 まるで鍛えてもいない人間の裏拳に屈する程、ヤワな鍛え方はしていない。

 だが、それが余計にホンの気に障ったようだ。

ホン「俺が下手に出ていれば舐めやがってぇっ!」

茜「ッ!?」

 腹への膝蹴りを受け、さすがに女達も悲鳴を上げたが、これは見た目ほどダメージは無い。

 防護服になるインナースーツが完全にダメージを防いでくれていた。

 だが、さすがにバランスまでは取れず、その場に仰向けに倒れてしまう。

 すると今度は手錠によってかけられている負荷のお陰で立ち上がる事もままならない。

茜(しまった……!?)

 茜は悪化した状況に舌打ちするが、さすがにすぐ起き上がる事は出来なかった。

 それをホンは何を勘違いしたのか、茜が倒れて動かなくなったと思ったらしい。

ホン「この場で俺に逆らえばどうなるか、身体に教えてやる!」

 ホンは悪趣味な服の胸元をはだけさせると、その場で茜に覆い被さった。

茜「〜〜〜ッ!」

 あまりの生理的嫌悪感に、茜は声ならぬ悲鳴を上げてしまう。

 それがホンの嗜虐心に火をつけたのか、彼は厭らしくニヤけたような笑みを浮かべた。

ホン「抵抗しても無駄だ。
   すぐに快楽で堕としてやる……!
   俺に逆らった事を泣きながら謝り、俺の物を求めさせてやるぞ!」

 ホンはそう言いながら、茜の身体に手を這わせる。

茜「や、ヤメロ! この破廉恥漢が!」

 茜は藻掻いてその場を脱しようとするが、手錠による負荷は凄まじく、
 頬に腫れすら作れないほどひ弱な男の拘束を振り解く事が出来ない。

 だが――

ホン「な、何だこの服は……引き裂けないぞ!?」

 ホンは驚いたような叫びを上げる。

 インナースーツを裾から引き裂こうとしているようだが、摘むどころか指を入れる事すら出来ないようだ。

茜(こ、コイツ……まさか、殆ど魔力が無いのか……?)

 その様を見ながら、茜は途端に冷静になってそんな推測を浮かべた。

 いや、間違いない。

 ドライバー用のインナースーツはあくまで衝撃吸収に優れた防護服であって、
 万が一にも怪我をしたら応急処置のために患部付近の布は魔力を込めた刃物で容易に切る事が出来る。

 生身でもそれなりの……Cランク程度の魔力があれば、身体強化で引き裂く事は出来る筈だ。

 魔力総量百足らずの魔力が、この男には備わっていないどころか、
 今の時代、子供でも出来る身体強化魔法を、この男は使えないのだ。

 ホンに素肌を触られている嫌悪感や不快感は和らぐ事はない。

 だがあまりの非力さを見ていると、途端に憐れに感じてしまう。
174 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:57:59.86 ID:08Zn517zo
ホン「どうなっているんだ!? くそぉっ!」

 ホンは悔しそうに叫んで立ち上がった。

 その時だった。

??「陛下、お戯れが過ぎます」

 入口の方からそんな冷めた声が聞こえて、茜とホンはそちらに向き直った。

 するとそこには、白衣を纏った男がいた。

 年の頃は四十代ほどだろう。

ホン「ユエか?
   この女に俺の偉大さを思い知らせてやろうとしていた所だ! お前も手を貸せ!」

 闖入者の男――ユエ――に、ホンは苛立ったように命令する。

 だが、ユエは小さく首を横に振ると、その場に恭しく傅き、頭を垂れた。

ユエ「申し訳ありません陛下。その指示には従えません」

ホン「何故だ!? この俺の命令が聞けんと言うのか!?」

 淡々と命令を拒否したユエに、ホンはいきり立って叫ぶ。

ユエ「そうではありません」

 しかし、ユエは顔を上げ、努めて冷静に応えると、さらに続ける。

ホン「オリジナルギガンティックは魔力の波長に合う者にしか操れません。

   しかし、女性の適格者が別人の遺伝子情報を取り込むと、
   時に魔力波長が変わって資格を失う事が御座います。

   お世継ぎに資格者を望まれる陛下のご意向も尤もでありますが、
   陛下が世界を統べ太平の世となってからでも遅くは無いかと存じます」

 ユエの説明は、後半の彼の真意はともかく、前半は紛れもなく事実であった。

 現に茜の母・明日華も、兄・臣一郎を身ごもってからは魔力波長に変化が生じ、
 クレーストの適格者としての資質を失ったと聞いている。

ユエ「この者に精神操作を施せば、陛下の手足として動くドライバーが、
   ミッドナイト1に加えて二人となりましょう」

ホン「……そ、そうか」

 恭しく進言したユエの言葉に、ホンは引き下がる。

ユエ「では、この者、私にお預け下さい。
   少々時間はかかりますが、陛下の忠実な駒に仕立て上げてご覧に入れます」

 ユエはそう言うと、茜を支えて立ち上がらせようとする。

 負荷がかかっているのは茜自身であり、他人にはその影響は及ばない事もあって、
 ユエの補助で難なく茜は立ち上がる事が出来た。

 紳士的に振る舞っているが、この後で精神操作を行うと断言した男に、茜は警戒感を抱く。

ユエ「では、陛下。十分後に行う宣戦布告のため、
   放送機材を持ったヒューマノイドウィザードギアを寄越す準備もありますので、
   私はこの者と共に下がらせていただきます」

 ユエはそう言ってホンに深々と頭を垂れると、茜を連れてその場を辞した。
175 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:58:28.89 ID:08Zn517zo
 身体に負荷をかけている手錠はコンテナの外に出るなりユエの手によって直々に外され、
 警備のために留まっていた男達もユエの指示で下げられると、茜はようやく楽になった開放感で深く溜息を漏らした。

茜「はぁぁ……」

 溜息は漏らしたものの、気は抜けない。

 このままでは精神操作を受ける事になる。

 要は魔法を用いた強力な催眠術の類だ。

 心を強く保ち、魔力も高ければ跳ね返す事も出来るが、抑制装置を付けられた今の自分では抗う事は難しい。

茜(私を連行して来た連中もいない……。逃げるなら、この倉庫から出た後か?)

 茜は周囲に視線を走らせながら、そんな事を考える。

 このユエと言う科学者らしき男が相手ならば、何とか一対一で制圧できる。

 だが、さすがに生身で倉庫四隅のギガンティックと渡り合うのは難しいので、タイミングは見計らうべきだ。

 あとは逃走経路だ。

 この男を人質にすれば、この抑制装置を外す事も可能な筈。

 あれだけ怒り狂っていたホンを落ち着かせ、進言までして見せたこの男の人質的価値は高いと見て間違いない。

 上手くすれば敵のギガンティックを奪い、ここから逃げ出す事も出来るだろう。

 だが――

ユエ「ああ、その抑制装置がある状態で私と一戦交えようなどとは思わない事だ。
   研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね」

 男はどこか大仰な口ぶりでそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべると、さらに続ける。

ユエ「それに、この入り組んだ区画を人質を抱えたまま逃げ切れるとは思わない方が良い。
   万が一に君に負けても、私は君の抑制装置を外すつもりは無いし、
   無理強いしようにもたちまち警備用ドローンに囲まれてアウト、だ」

茜「……」

 ユエの言葉を聞きながら、茜は押し黙ってしまう。

 考えが浅かった、と言う後悔もあるが、
 こちらの思考を完全に読まれている不気味さが、茜に口を噤ませていた。

 確かに、数で圧されれば人質を奪還されてしまう可能性も高いだろう。

 しかし、多少のリスクを冒してでも逃げ出さなければならない。

茜(どうする……この男を一瞬で昏倒させれば行けるか?)

 茜は思案する。

 身体強化が間に合わないほど素早く当て身で昏倒させる手段なら、勝てる可能性も高い。

 だが、その程度の作戦は読まれているだろう。

 茜は男に連れられるまま階段を下りながら、必死に考えを巡らせる。

 そして、二人は倉庫の外に出た。

 直後――
176 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:59:01.85 ID:08Zn517zo
ユエ「安心したまえ。
   君に精神操作を……いや危害を加えようなどとは微塵にも思っていないよ。

   全てはホンを欺く方便だ」

 倉庫の扉が閉じられると共に、ユエは茜の方を振り返ってそう言った。

茜「なっ!?」

 思わぬユエの言葉に、茜は目を見開いて驚きの声を上げてしまう。

ユエ「詳しい話は私の研究室でしよう。
   なぁに、客人に無礼を働くほど、私も不作法では無いよ。

   尤も、先程も言った通りソレは外すワケにはいかんがね」

 ユエはどこか芝居がかったような物言いで言って、
 茜の手首に嵌められた抑制装置を指差してから、踵を返した。

 どうやら言葉通り、研究室に案内するつもりらしい。

茜(……ここは着いて行くべきなのか……?)

 茜は逡巡する。

 この得体の知れない男に着いて行くべきか、否か。

 仮にこの場に留まれば、恐らくは警備用ドローンに引っ捕らえられ、最低でも牢獄行きは免れない。

 それに、ユエが嘘をついていないとも限らない。

 ノコノコと着いて行った所で、いきなり昏倒させられて精神操作、なんて展開は十分に想像できた。

 だが――

茜(元からある程度は覚悟していたんだ……。
  ここで逃げ出して投獄されれば確実に精神操作を受ける。
  それなら多少でも受けない可能性に賭けた方が多少でも建設的だ)

 茜はそう考えると、既に数歩先を行っているユエを追って歩き出す。

 すると、ユエは僅かばかり振り返り、視線だけを茜に向けると口を開く。

ユエ「そうおっかなビックリ着いて来なくてもいいさ。
   騙し討ちや欺瞞で精神操作、などと言う事はするつもりは毛頭無い。
   多少の不自由はあろうが、客人として丁重に扱おう」

 ユエはそれだけ言うと視線を戻し、先程よりも少し歩調を落として歩き始めた。

茜「………」

 また考えを読まれた事に不気味さを感じながらも、茜はユエの少し後ろに着いて歩き出す。

 そして、最奥の倉庫からものの数分だけ歩くと、
 最後に抜けた隔壁よりも手前にある部屋に辿り着いた。

 茜はユエに促されるままその部屋に入る。

 背後でシャッター式の扉が閉まる音に茜は慌てて振り向くが、
 ユエは何も気にした風もなく扉を閉じただけだった。
177 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:00:04.71 ID:08Zn517zo
ユエ「適当な椅子に座りたまえ。
   必要なら隣にある寝室から一人がけのソファを持ち出して来ても構わない」

 ユエはそれだけ言うと、手近な椅子に座り、備え付けの端末に向き直って作業を始める。

ユエ「ふむ……これが蓄積された201の稼働データか。
   どちらのドライバーも素晴らしい数値を叩き出しているな……」

 端末のモニターの映し出された数値を眺めながら、ユエは感嘆混じりに呟いた。

 背を向けたその姿は隙だらけだ。

茜(このまま殴れば気絶させられるんじゃないだろうか……?)

 その姿に、茜は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 しかし――

ユエ「ああ、別に攻撃してくれて構わないよ。全て無駄に終わるからね」

 やはりその思考を完全に読んでいたと言わんばかりのユエの言葉に、茜はゾクリとした悪寒を感じた。

茜「……さっきからコチラの考えはお見通しと言わんばかりだな」

ユエ「ああ……これでも自他共に認める天才で通らせて貰っているからね。

   亡くなった君の母方の祖父や、君のよく知る現技術主任ほどではないが、
   想定できる事態には大概の対策を立てている」

 訝しげな茜の言葉に、ユエはさも当然と言いたげに返し、さらに続ける。

ユエ「ここのセキュリティを構築したのも、手を加えたのも私だ。

   ……多芸が過ぎて器用貧乏などと言われた事もあるが、それだけは訂正したい。
   私は器用貧乏ではなく万能型だ、とね」

 モニターから目を離す事なく仰々しく芝居がかった口調で語るユエは、
 最後の部分を強調するよう、背中越しに人差し指で茜を指差した。

ユエ「ホンの部屋からは全てのエリアの監視カメラが観察できるが、
   私の部屋には、私がこのギアで大まかな指示を出した合成映像がリアルタイムで投影されている。

   そこの端にある小さなモニターに映っているのがソレだ」

 そして、突き出した人差し指を、片隅にある小さなモニターに向ける。

 そこには調整用カプセルへ無理矢理に押し込められ、抵抗し続ける茜の姿があった。

 おそらく、精神操作を行わんとしている映像だろう。

 本物と見紛うほどリアリティのある映像だが、事実を知っている側からすれば、合成映像なのは一目瞭然だ。
178 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:00:56.91 ID:08Zn517zo
茜「自分の主人を騙しているのか?」

ユエ「主人か、面白い事を言ってくれるねぇ。
   君も実際に彼に会って感じただろう……アレは多少動かし辛いだけの操り人形だよ」

 茜が投げ掛ける質問の声音に僅かな険が混ざった事を感じながらも、ユエは芝居がかった口調を止めなかった。

 操り人形。

 その言葉に、茜は胸中で納得していた。

 ああ、あの不快感と嫌悪感を抱いた男に感じた憐れみは、ソレだったのか、と。

ユエ「尤も、基本的に私に必要な時だけ操ればいいので、普段は誰も手綱は握らないがね。
   なけなしの虚栄心を満足させるために普段は自由にさせている。

   彼が親の代から続けている圧政も女遊びも、全て彼の望み通りの事だし、
   私が属している集団の出している声明も、全て彼個人の意見だ」

 そして、続くユエの言葉に呆れと共に、ある疑問を抱く。

茜「……じゃあ、さっきのアレを止めたのは、お前の意志と取っていいのか?」

 茜は“どうせこの考えも読まれているのだろう”と、思い切ってその疑問を口にした。

 しかし、不意にユエの動きが止まる。

 時間にして一秒に満たない時間だっただろう。

 だが――

ユエ「……ノーコメントだ」

 その僅かな時間を置いてユエの口から出た言葉は、どこか機械的な響きを伴っていた。

 それまでの芝居がかった口調は、どこか他人を見下している様がありありと感じ取れた。

 だが、先ほどのユエの声には、ありとあらゆる感情が込められていない。

 それだけに、その短い言葉にはある種の本音のような物が込められていると、茜は直感していた。

 何らかの意図があって、彼はホンの暴走から自分を庇ってくれていたのだ。

 そして、恐らくは自分が今、ユエの研究室に匿われているのも彼の意図……真意が介在しているのだろう。

 しかし、その真意と、そこに至るであろう彼の根源を量りかね、茜は口を噤んだ。

茜「………」

 茜は無言のまま手近にあった椅子を引き寄せ、腰を降ろした。

 二人が無言になると、ユエの研究室は彼の操作している端末から小さな電子音と、
 キーボードを叩く静かな雑音だけが辺りを支配する。
179 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:01:37.47 ID:08Zn517zo
 と、そんな沈黙が数分も続いた頃、不意に扉がノックされる音が響いた。

??「マスター、ただいま戻りました」

 聞こえて来たのは、くぐもった、幼い少女の声。

ユエ「ミッドナイト1か……入りたまえ」

 ユエは一息つくと、そう言って手元の端末を操作してシャッター式の扉を開く。

 すると、研究室に先ほどの少女が入って来た。

 どうやら怪我の治療と着替えを済ませて来たようで、頬や肘に治癒促進用のパッドを貼り付け、
 病衣のような前ボタンの白いワンピースを纏っている。

 ミッドナイト1……そう呼ばれた少女は研究室に入ると、ユエの前で深々と頭を垂れた。

ユエ「紹介しよう。
   私が作った魔導クローンの最高傑作、ミッドナイト1だ。

   ……ミッドナイト1、挨拶しろ」

 ユエは椅子から立ち上がると茜へと振り返り、そう言ってミッドナイト1に指示を下した。

ミッドナイト1(以下、M1)「魔導クローン製造ナンバー四拾号。
               コードネーム、ミッドナイト1です」

 ミッドナイト1はユエの指示通り、茜に向き直るとそう名乗って深々とお辞儀した。

 その仕草は、年相応の少女からはほど遠く、機械的にさえ見える。

茜「魔導クローン……」

 茜はその言葉を反芻しながら、つい数十分前のやり取りを思い出す。

 彼女に暴力を振るっていたドライバー達は彼女の事を人造人間と言っていたので、
 ある程度予想はしていたが、改めて聞かされるとショックは大きい。

ユエ「彼女に使用した遺伝子はそれまでの物と違って特殊でね。
   この技研で研究用に残されていた結・フィッツジェラルド・譲羽と奏・ユーリエフ、
   それにクリスティーナ・ユーリエフ、三人の遺伝子データを元に構築した特殊なDNAを使っている」

茜「ッ!? ………なるほど、エールが動作不良を起こしたのはそう言う事か……」

 ユエの言葉に、茜は驚いて目を見開くと、目だけは彼を睨み付けて思案げに呟く。

 命を玩ぶような生命創造に激しい嫌悪を抱きながらも、心のどこかで理に適っているとも感じていた。

 結、奏、クリス。

 古代魔法文明クローンの血を引く混血と、古代魔法文明の第二世代クローン、
 そして、古代魔法文明の第一世代クローン。

 全て結・フィッツジェラルド・譲羽の近親者のような遺伝子だ。

 エールだけでなく、クレーストにも高い適合性を見せるだろう。

 あの場でエールが奪われたのは、心を閉ざしていたエールが、
 彼女に結に近しい物を感じて呼び起こされた結果、と言う事だ。

ユエ「まあ最高傑作と言っても……結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力に同調するのが精一杯で、
   理想型にはややほど遠かったのだがね。

   それでも失敗作の参拾九号に比べれば遥かにマシと言えるだろう」

M1「………申し訳ありません、マスター」

 やや残念そうに語るユエに、ミッドナイト1は申し訳なさそうな声音で呟いた。

 しかし、その表情は暗くなるでも明るくなるでもなく、一切無表情のままだ。

 それだけに、その頬に貼られた治癒促進用のパッドが、より痛々しい物に見える。
180 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:02:19.38 ID:08Zn517zo
茜「……貴様、彼女が部下達からどんな仕打ちを受けているか知っているのか……?」

ユエ「仕打ち?
   ……ああ、傷の事か? 構わんよ。

   基本的に201に同調させ、データを取るための道具に過ぎないのだから、
   最悪、ココとココだけ無事なら手足が無くともデータは取れる」

 苛ついたような茜の質問に、ユエは怪訝そうに首を傾げた後、
 さも当然と言いたげに答え、ミッドナイト1の側頭部と胸を指差した。

 恐らく、脳と心臓を指差しているのだろう。

ユエ「そうだろう? ミッドナイト1」

M1「…………はい。私は201のデータ収集専用の生体端末です」

 同意を求めるようなユエの言葉に、ミッドナイト1は頷いて淡々と答えた。

茜「………ッ」

 その光景の痛々しさ、残酷さに、茜は悔しそうに歯噛みする。

 オリジナルギガンティックを動かせるだけの技量を持った少女と、
 自分の抵抗を無駄だと言い切った男。

 この二人を相手に、魔力を抑制されている今の自分が何も出来ない事は分かり切っていた。

 だが、最低限の抵抗を見せるために、茜は口を開く。

茜「……君は、ソイツに利用されているんだぞ? それでいいのか?」

M1「……言葉の意味が分かりません。私はマスターに作られた魔導クローンです」

 茜の質問に、ミッドナイト1は怪訝そうな声音で返した。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 彼女の声は言外にそう語っていた。

 生まれた時よりそれが当然で、それ以外の役目は存在しないし、
 それ以外の存在理由も必要としない。

 茜は直感的にその事実を悟り、悲しそうに項垂れる。

茜「………やはりお前らテロリストは狂っている……。
  お飾りのホンも、ホンを操っている貴様も……理解しがたい怪物だ!」

 数秒して顔を上げた茜は、憤怒と憎悪に満ちた目でユエを睨め付けた。

 しかし、ユエは気にした風もなく踵を返し、再び端末と向き合う。

ユエ「そう罵るならそれでも一向に構わないよ。私は自分の研究が成就する事だけが望みだ」

 ユエはそれだけ言うと、再び無言で作業を再開した。

 ミッドナイト1も奥にある調整槽へと入ると、その中で眠ってしまう。

 再び訪れた無言の空間で、電子音とキーボードを叩く音をBGMに、
 茜はずっとユエの背中だけを睨め付けていた。
181 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:03:00.31 ID:08Zn517zo
―2―

 それからおおよそ三時間後。
 ギガンティック機関本部、ドライバー待機エリアにあるシミュレータールーム――


 そこでは、隣り合うシミュレーターで空と明日美が訓練を行っている最中だった。

 そして、空気が抜けるような音と共に保護用のキャノピーが開き、途端に空が飛び起きた。

空「ぅぉぇぇ……」

 飛び起きた空はすぐさま、近くに置いてあるバケツに駆け寄り、口から胃液を吐き出す。

 シミュレーターの安全装置を解除して、仮想空間での体感時間を五百倍に加速する機能は便利だった。

 だが、五百倍に加速されていた体感時間が一気に通常に戻る瞬間は、あまりにも強烈な負荷を強いた。

 引き延ばされていた感覚を、身体の中に無理矢理に押し込められてシェイクされている感覚、
 とでも言えばいいだろうか?

 一時間以上、実際の身体が動かせなかった事に対する窮屈さなど、それこそ毛ほどにも感じない強烈な眩暈だ。

 訓練を始めてから二度目の体験だが、やはり慣れない。

??????『大丈夫ですか、空?』

空「う、うん……大丈夫だよ、クライノート………ぉぇ……」

 心配そうに声を掛けて来た声に、空はフラフラになりながら応えた。

 口を開けば、それだけで嘔吐がこみ上げ、空は再びバケツに顔を突っ込んだ。

 そう、二度目の体験。

 空は既に訓練の第二段階を終えていた。

 彼女……クライノートのギア本体を預かったのは、今から一時間半前。

 一度目の訓練を終えて、まだフラフラになっている最中だった。

明日美「中々様になったわね……第二段階もこれで終了でいいでしょう」

 空が使っていた隣のシミュレーターで身体を起こした明日美が、軽く肩を解しながら呟く。

 空は振り返って明日美を見上げる。

 顔色は多少悪いように見えるが、自分のように嘔吐するような事は無い。

空(さすが司令………)

 空は再びバケツに顔を突っ込みながら、そんな事を思った。

 第一段階の終盤から、彼女との組み手じみた訓練も始まったが、
 空は合格こそ貰えど、未だに明日美から一本も取れていない。

 何せ、全盛期の明日美を再現した二十歳前の若い身体に、
 その後も研鑽を続けた六十四歳の経験が合わさっているのだ。

 正に、生ける英雄そのものである。

 まだ十五歳にもなっていない空に勝てる筈も無かった。
182 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:03:43.20 ID:08Zn517zo
明日美「落ち着いたら医療部に顔を出して検診を受けて来なさい」

 明日美はそう言って立ち上がると、何事もなかったかのようにシュミレータールームを去った。

空「司令……凄いな……ぅぇ……」

 空は思わずそんな言葉を呟いてしまい、また嘔吐感に襲われる。

クライノート<数十年ぶりに彼女の戦いぶりを見ましたが。
       確かに、以前よりも強くなっているようですね>

 空の体調を慮ってか、クライノートは会話を思念通話に切り替えて呟く。

空<そっか……クライノートの最初のマスターは、司令のお師匠さんなんだよね……>

 一方、空は思念通話でもまだフラフラとする意識で、何とか返す。

 クライノートが治癒促進をかけてくれているお陰で、一回目に比べて急速に気分は良くなっているのだが、
 車酔いで卒倒しそうな中でジェットコースターとフリーフォールを連続で味わされたような感覚は、
 早々回復してはくれない。

 ともあれ、クライノートは修業時代の明日美の事をよく知っている、と言う事だ。

空<後で詳しく聞きたいかも……>

 空はそんな事を漏らす。

 それが今では無いのは――

クライノート<今はヴァッフェントレーガーの制御に集中、と言う事ですか>

 空の思惑を察したのか、クライノートは一人納得したように返した。

 空も思念通話で“うん”とだけ返す。

 折角使わせて貰える事になったクライノートも、
 肝心要のヴァッフェントレーガーを使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

 そんなやり取りをしている間に、何とか意識もハッキリして来た。

空「うん……そろそろ医療部に行こうか。
  念のために検査して貰った後、酔い止めも貰って来ないと」

 空はそう言って立ち上がると、まだフラフラとする足取りで医療部へと向かう。

 ついでと言うワケではないが、一時間前にはまだ目を覚ましていなかったレミィも、
 そろそろ目を覚ましているかもしれない。

 休憩の間に彼女の見舞いにも行くべきだろう。

 空は一時間の休憩の間に何をすべきか指折り数えながら、医療部へと向かった。
183 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:04:31.13 ID:08Zn517zo
 同じ頃、明日美は休憩のために戻った執務室で、閉じたばかりの扉に寄りかかっていた。

 空の前では平然とした様子を見せていた明日美だが、酷い顔色で浅く短い呼吸を繰り返している。

明日美「っ、ごふっ……」

 そして、とうとう、咳き込んだ拍子に僅かに吐き出してしまう。

 だが、それは空のような嘔吐ではなく、ドロリとした赤黒い血だった。

 咄嗟に受け止めた掌に広がる血溜まりに目を落とし、明日美は呼吸を整える。

 ギアによる治癒促進でも間に合わないソレの要因の幾つかは、
 やはり安全装置を解除したシミュレーターによる反動だった。

?????<明日美、やはりこれ以上の使用は危険です。
      朝霧副隊長の訓練は別の者に引き継いで貰うか、最悪、明日華に代わってもらうべきです>

 思念通話で語りかけて来たのは、明日美が幼い頃から使っている彼女本来の愛器、WX182−ユニコルノだ。

 本来であるなら、GWF204Xとして登録されるべギアだったが、
 現在はギガンティックに改修される以前の第八世代魔導機人装甲ギアとなっている。

 誰に似たのか普段から無口な彼だが、主の危急とあっては見過ごせないのだろう。

明日美<久しぶりに声を聞いたわね……>

 努めて平静に、だが僅かに戯けた口調で言った明日美に、
 ユニコルノは怒ったように“茶化さないで下さい”と返し、さらに続ける。

ユニコルノ<朝霧副隊長の訓練を急ぐ理由も分かりますが、
      あなたがあの機能を使い続けるのはいくら何でも無理がある>

明日美「………」

 ユニコルノの言葉に、明日美は押し黙ってしまう。

 正論なので言い返す事が出来ない。

 体感時間を五百倍に加速させるどころか、仮想空間での肉体年齢までも操作する機能。

 そんな便利過ぎる機能が、たかだか眩暈程度のリスクで使える筈も無い。

 体感時間の圧縮はそれほど身体に負担を掛ける物では無い――
 それこそ、酷い眩暈程度だ――が、肉体年齢の操作が身体に強いる負担は著しい。

 二十代そこそこの人間が十代未満にまで若返るだけなら、
 本来の肉体の性能も相まってそこまで大きな負担にはならない。

 だが、六十代も半ばの当にピークを越えた肉体を、全盛期の二十歳前後にまで若返らせ、
 シミュレーター終了と同時に強制的に元の年齢までの老化を体験させられるのだ。

 その際に掛かる肉体への負荷は想像に難くない。

 肉体に掛かる負荷も、基本的にはプラシーボ……思い込みだ。

 しかし、高度に再現された感覚は、時に肉体の感覚を狂わせる。

 仮想空間での訓練の感覚すら本来の肉体へフィードバックさせる程のシミュレーターの、
 再現度の高さが招いた弊害だった。

 しかも、明日美はほんの三時間の間に、それを既に二度も行っていた。

 魔力を治癒促進にだけ集中し、明日美は動悸を整える。

明日美「あと少し……あとほんの二回で私が……
    いえ、あの子自身が望む段階にまであの子を連れて行ける……。
    それまで待って頂戴……」

 呼吸を整えた明日美は懇願するように言うと、流水変換した魔力で掌を拭い、魔力ごと血を消し飛ばした。

 正論には反論できない。

 だが、それでも明日美は押し通すつもりだった。

ユニコルノ<………>

 ユニコルノも正論だけで主の意志を変える事は難しいと悟ったのか、押し黙ってしまう。

 明日美は愛器の気遣いに感謝するように小さく頷くと、現状を確認するために執務机の端末を起動した。
184 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:05:13.38 ID:08Zn517zo
 明日美がそんな事になっているとは露知らず、ようやく調子の戻って来た空は、
 先ほどよりは軽い足取りで医療部へと赴いていた。

 一時間前まではまだあった動揺もようやく収まって来たのか、医療部の区画は落ち着きを取り戻している。

 軽い検査と酔い止めを処方して貰った空が、帰りがけに仲間達が使っていた病室を覗き込むと、
 もう治療も検査も終えたレオンと遼が、待機室に戻る支度をしている最中だった。

空「お二人とも、もう身体はいいんですか?」

レオン「ん? ああ……元から大した怪我じゃなかったからな」

 心配した様子で問い掛けた空にレオンが応える。

 数ヶ所の打ち身と軽い脳震盪程度だったので、大事を取って休まされていただけだったらしく、
 その説明を聞かされた空も胸を撫で下ろす。

 だが、そんな空の様子に何か思う所があるのか、レオンも遼も顔を見合わせた。

 そして、レオンが意を決して口を開く。

レオン「その……悪かったな、フェイの事……」

 レオンはそう言って、遼と共に深々と頭を下げた。

 十分な援護を出来ず、フェイを失う事になった件についての責任を彼らも感じているのだろう。

空「あ、いえ……そんな事を言ったら、茜さんがあの場に残ったのは私が動けなかったせいですし、
  フェイさんの事だって、お二人やみんなの責任なんかじゃありません」

 空も慌てた様子で、二人に頭を上げて貰えるようフォローする。

 二度のシミュレーター訓練を挟んで、都合一ヶ月以上、体感の上では過ぎているが、
 フェイを失ってからまだ半日も過ぎていないのだ。

 お陰で十分な心の整理をつけた空とは違い、仲間達の心痛はまだ計り知れないだろう。

空「フェイさんが身を呈して守ってくれた命ですから……。
  茜さんを救うためにも頑張りましょう」

 そんな二人の心痛を思ってか、空は気遣うようにそう言った。
185 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:05:40.46 ID:08Zn517zo
 茜は生きている。

 そんな確信があったのは、
 先の休憩時間の際に聞かされた件の電場ジャックの際の犯行声明の映像解析の結果だ。

 うっすらとだが茜色に輝いていたブラッドラインは、茜が生きている証拠だと言う。

 技術開発部の所見としても、ブラッドが活動限界まで損耗した状態で、
 茜が降ろされてから間もない程度の発光状態と言う結果だった。

 さらに解析の結果、映像は編集ではなくライブ映像だった可能性が高いと言う点から、
 おそらくは捕らわれて幽閉されていると言うのが解析班の見解だ。

 テロリスト側がオリジナルギガンティックを稼働状態で保持していると言う点は、
 政府側に対して大きなアドバンテージであり、茜の人質的価値が高い事も踏まえての予測に過ぎない。

 だが、茜が生きて捕らえられている可能性が高い以上、茜の事を諦める、と言う選択肢は無かった。

遼「強いですね、朝霧副隊長は」

 遼が驚いたような表情を浮かべて感慨深く呟く。

 とても六歳も年下の少女とは思えない。

空「そんな、強いだなんて……。単に色々とアドバイスをくれた司令のお陰です」

 空は恐縮気味に返し、恥ずかしそう顔を俯け頬を掻いた。

空「とにかく!
  体勢を立て直したら、一刻も早く茜さんや、エールとクレーストを救い出しましょう」

 空は気を取り直して顔を上げると、改めて決意を込めて言った。

レオン「ああ、そうだな。
    ……まあ、どこまで役に立てるか分からないが、そん時には全力でサポートさせて貰うぜ」

 レオンは努めていつも通り飄々と返したが、
 内心では空に任せきりにしてしまう事に対して、歯噛みするほどの悔しさがあっただろう。

遼「ご迷惑を掛ける事になると思いますが、頼みます」

 遼もレオンと同じ気持ちなのか、どこか神妙な様子で言って頭を下げる。

 空も気を引き締めて“はい”と頷くと、二人はまだ少し申し訳なさそうな表情を浮かべたまま去って行った。
186 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:06:33.30 ID:08Zn517zo
 そして、まだ眠ったままのレミィと、空だけが病室に残される。

 空は一番奥のベッドで寝かされているレミィの寝顔を覗き込んだ。

 レミィは両腕に付けられたギアにより倍加治癒促進を受けている事もあって、もう呼吸も心拍も安定していた。

 このまましばらくすれば目を覚ますだろうが、ずっとそれを待っているワケにもいかない。

空(レミィちゃんもまだ起きてないし、クライノートの整備の手伝いに行こうかな……)

 空がそんな事を思い、踵を返そうとした時だった。

レミィ「………待ってくれ……空」

 僅かに朦朧とする声音で呼ばれ、振り返りかけていた空は慌ててレミィに向き直る。

 すると、先ほどまで眠っていたレミィが、ゆっくりと身体を起こそうとしている所だった。

空「レミィちゃん!? 良かった……目が覚めたんだね。
  すぐ笹森主任を呼んで来るね!」

 空は驚きながらもそう言って、さっきも医療部員詰め所にいた雄嗣を呼びに走ろうとする。

 だが、レミィは小さく頭を振って、それを制した。

空「レミィちゃん……どうかしたの?」

 何かありげなレミィの様子に、空は怪訝そうに首を傾げ、彼女を促す。

 レミィは僅かに俯き、何事かを逡巡した様子だったが、すぐに顔を上げて口を開いた。

レミィ「………もう一人、どうしても助けたい人がいるんだ……」

空「もう、一人?」

 どこか思い詰めたような表情で呟いたレミィの言に、空は驚きと戸惑いの入り交じった声音で返す。

 それと同時に、レミィが自分達の会話を聞いていた事を気付いた。

 詳しくは話していないが、フェイの事もレミィは察しているだろう。

 それだけに言い出し難さもあるのかもしれない。

レミィ「フェイの事は……何となく、遠くで話している声を聞いたから、分かってる……。
    私があの時、もっと早く駆け付けられたら……」

 レミィは悔しそうに声を吐き出し、シーツを握り締め、肩を震わせる。

 もしもあの時、オオカミ型ギガンティックを無視して援護に回っていれば、フェイの命を救えたかもしれない。

 過ぎてしまった事の可能性を語るのは無意味だが、それでもレミィの後悔は早々に拭える物では無かった。

 しかし、そんな後悔の中にあっても、レミィには助けたい者がいた。

レミィ「……だけど、見付けたんだ……!
    妹を……弐拾参号を見付けたんだ!」

空「妹さん!?」

 悔しさの中に僅かに歓喜を交えたレミィの言葉に、空は驚きの声を上げる。

 レミィの妹。

 話には聞かされていた。

 投薬などの過酷な実験や、不安定な異種混合クローンと言う生まれの不幸から、
 次々に死に別れる事となった二十五人の姉妹達。

 その一人。

空「レミィちゃんのお姉さんや妹さんって、みんな死んだハズじゃ……!?」

レミィ「私にもどうしてあの子が生きていたかなんて、本当の所は分からない……。
    けど、私とヴィクセンが戦った敵の中に、多分、魔力の動力源代わりに囚われてる……」

 愕然とする空に、レミィは悔しそうに語る。
187 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:07:15.85 ID:08Zn517zo
 死に別れたとばかり思っていた妹が実は生きていて、
 自分が味わった孤独など生易しいほどの辛い境遇にいた事を、自分は知らず過ごしていた。

 その事が……その罪悪感が、レミィの胸を激しく締め付ける。

レミィ「……こんなのは我が儘だって分かってる……。けど、助けたいんだ……!」

 レミィは瞳の端に涙を浮かべながら、懇願するように漏らす。

 フェイの死、奪われたエールとクレースト、囚われの茜、結界装甲を持つテロリストのギガンティック。

 死に別れた妹との再会を喜んでいる場合でも無ければ、彼女を助け出す余裕も無い。

 だが、それでも助けたいのだ。

 オリジナルギガンティックのドライバーとしての責任感と、姉として妹を思う気持ち。

 その二つのせめぎ合いに、レミィは押し潰されそうになっていた。

 そんなレミィを慮ってか、空は僅かに腰を落とし、
 レミィと視線の高さを合わせ、彼女の目を真っ直ぐに覗き込む。

空「……レミィちゃん、水くさい事言わないでよ」

レミィ「空……?」

 優しく語りかける空に、レミィも呆然と返す。

 ようやく震えの止まったレミィに、空はさらに続けた。

空「みんな助けよう……勿論、レミィちゃんの妹さんも、絶対に!」

レミィ「………ッ、ありがとう……空」

 力強く、だが優しく語りかける空に、レミィは一瞬息を飲んで、
 目に溜めていた涙をボロボロと零しながら応える。

レミィ「ヴィクセン……お前も酷い目に合わせたな……。だけど、今度こそ……」

 レミィは涙を拭うと、手首に嵌められたヴィクセンのギア本体に向けて語りかけた。

 だが、その言葉も不意に途切れてしまう。

レミィ「ヴィクセン……?」

 レミィが茫然とした様子で語りかける。

 空は、ヴィクセンがレミィを慮る余り思念通話で苦言でも呈していたのかと思ったが、何やら様子がおかしい。

空「ど、どうしたの、レミィちゃん?」

レミィ「ヴィクセンが……ヴィクセンが返事をしない……」

 慌てて尋ねた空に、レミィは困惑気味に返事をする。

 おかしい。

 確かに、ヴィクセンは先の戦闘で大破し、変色ブラッドに侵食された部分を瑠璃華達の手によって、
 辛うじて無事だったエンジンから切り離されている最中だった。

 シミュレーターでの訓練中に明日美に聞かされたのだから間違いない。

 機体がどれだけ損傷していてもエンジンが無事ならば、ギアを通してヴィクセンと対話する事は可能なハズだ。

 と言う事は、エンジン本体に何かが起こったと見て間違いない。

レミィ「ヴィクセン……! ッ……!?」

 慌ててベッドから降りようとしたレミィは、まだ満足に動けない身体で急に動いたせいか、
 ベッドの縁から転げ落ちそうになってしまう。

空「レミィちゃん!?」

 空は慌ててレミィの身体を受け止め、支えるようにして立ち上がらせる。

レミィ「……すまない……」

空「気にしないで。今はとにかくハンガーに急ごう!」

 申し訳なさそうなレミィの身体を支え、二人は格納庫に向けて歩き出した。
188 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:07:55.23 ID:08Zn517zo
 二人がハンガーに辿り着くと、集中的な作業の行われていたヴィクセンの周辺では、
 つい数時間前よりも緊迫した空気が満ちていた。

 全体が剥き出しになったエンジンを見る限り、
 既に周辺部位の解体作業は終わっているようだが、慌ただしさは先ほど以上だ。

 今はクレーンでエンジンを吊り上げ、作業台である大型フレームの上に移動させている最中だった。

瑠璃華『エンジンの懸架と固定急げ! 固定終了次第、ベントを全解放!』

 チェーロに乗ったままの瑠璃華も殆ど怒鳴るような声で指示を飛ばしている。

レミィ「何が……あったんだ……!?」

 心臓部だけになってしまった愛機を見下ろしながら、レミィは声を震わせる。

 格納庫までの道すがら、変色ブラッドの存在は空から聞かされていたが、
 この惨状を目の当たりにした衝撃は軽くは無かった。

空「下まで行こう、レミィちゃん!」

 空は愕然とするレミィを促し、格納庫の最下層まで降りて行く。

 そこでは慌てた様子の整備班達がかけずり回り、洗浄機と思しき装置をそこら中から持ち寄っていた。

雪菜「サイズはどんな物でもいいから早く準備して! B班は小型カッターやヤスリをかき集めて!」

 その作業の陣頭指揮を執っていたのは、アルコバレーノの修理作業の陣頭指揮を執っていたハズの雪菜だった。

空「雪菜さん、何があったんですか!?」

 レミィを肩で支えたままの空が、雪菜に駆け寄りながら声を掛ける。

 雪菜は驚いたように振り返った後、どこか苦しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。

雪菜「………ごめんなさい、レミィちゃん。
   レミィちゃんが敵に受けた例の紫色のブラッドが、僅かにエンジン内部に残留していたようなの……」

レミィ「ッ!?」

 悔しさと申し訳なさを漂わせる雪菜の言葉に、レミィは驚きで目を見開く。

 エンジンはギガンティックの心臓部であり、AI本体が搭載されている。

 エンジンを侵食された事で、ヴィクセンのAIはギアとのリンクが完全に途切れてしまったのだ。

整備員A「ベント解放!」

 エンジンの固定が完了したのか、遠くから整備員の怒号じみた合図が聞こえた。

 すると、先ほどまで閉じられていたハートビートエンジンの各部にある
 ブラッドラインと接続されるパイプの弁が開かれ、エンジン内部に残留していた多量のエーテルブラッドが流れ出す。

 大量の鈍色のブラッドに混ざって、微かに濃紫色に染まったブラッドが溢れた。

 おそらく、ヴィクセンによる弁の閉鎖が間に合わず、内部に残留してしまったのだ。

 エンジン内部と言う事でより強いレミィの魔力の影響下にあった事で侵食が遅れ、
 それが発見を遅らせていたのだろう。

整備員A「ベント周辺の内壁、紫色に変色しています!」

瑠璃華『即時洗浄開始!
    洗浄終了後、炎熱変換した魔力を使って慎重に削り出せ! 急げ!』

 整備員の報告を聞いた瑠璃華が慌てて指示を出す。

 どうやら、かなり深刻な状態で間違いないようだ。

 一方、瑠璃華は最早チェーロで可能な作業が無いのか、
 近場に準備されていた07ハンガーに機体を固定すると、機体から降りた。
189 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:08:37.58 ID:08Zn517zo
 そこへ空とレミィが歩み寄る。

レミィ「瑠璃華、ヴィクセンは!?」

 空に支えられて歩いていたレミィは、もどかしそうに空から離れると、
 転げそうになりながら瑠璃華に駆け寄った。

瑠璃華「レミィ……すまん。
    私の危機感の無さが招いた失敗だ……本当に、すまん……」

 問いかけられた瑠璃華は、項垂れて弱々しく返す。

 声は悔しさと哀しみで震え、今にも押し潰されてしまいそうな雰囲気が二人にも伝わって来る。

 瑠璃華の見立てでは、ヴィクセンのハートビートエンジンはもう手遅れだった。

 ブラッドラインと接続されるパイプ内部が侵食されていると言う事は、
 恐らくは内部も相当の侵食が進んでいる。

 侵食された部位を削らせてはいるが、エンジンを分解できない以上、内部の侵食は止めようが無い。

 今行っている作業も、単なる延命処置でしかないのだ。

 瑠璃華自身、こうなるかもしれない覚悟はしていたし、明日美にもその事を言っていた瑠璃華だったが、
 いざ手遅れだったとなると悔しさと苦しみが募る。

 瑠璃華の様子からレミィもその事を察したのか、その場に崩れ落ちるように膝を突いてしまう。

レミィ「そ、そんな……ヴィクセン……」

 声を震わせ、手首のギアとハートビートエンジンを交互に見遣る。

レミィ「私が……私があの時……もっとしっかりしていれば……!」

 レミィは自責の念で声を震わせた。

 奪われたエールと囚われの妹で迷った一瞬の隙が、あの敗北を招いたのだ。

 仲間を失い、今、相棒すら失おうとしている。

 そして、こんな状態では妹すら救えない。

レミィ「ッ、くそぉ……!」

 レミィは両手をつき、吐き出すように叫ぶ。

 声と共に涙が溢れ、床に小さな水たまりを点々と作って行く。

 と、その時である。

明日美「天童主任、破損したエンジンからヴィクセンのAIを引き上げる事は可能?」

 明日美の声が背後から響き、空が振り返ると、そこにはクララを伴った明日美がいた。

 どうやらクララから現状の説明を受けたようだ。

瑠璃華「……理論上、エンジンからギアのコアストーンにAIを移す事は可能だ。
    ……けど、単なる魔導機人装甲じゃレプリギガンティックにも劣るぞ」

 瑠璃華は消沈した様子で明日美の質問に返す。

 実際、明日美のユニコルノは第一世代ギガンティックのエンジンから、魔導機人装甲ギアにAIを移植している。

 仕様不明な点の多いハートビートエンジンだが、後付けのAIであるヴィクセンならシステム上は可能だ。

瑠璃華「だが、それにはあの状態のエンジンにレミィとリンクして貰う必要がある。

    けど、内部侵食がどの程度進んでいるかなんてスキャンだけじゃ分からない部分も多い。
    ハッキリ言って分が悪すぎる危険な賭けだ」

 瑠璃華はそう言って視線でハートビートエンジンを指し示した。

瑠璃華「確かにヴィクセンは仲間だし、
    私にとっては初めて作ったギガンティックだ……失うのは辛い」

 瑠璃華は項垂れながら呟き、苦しそうに声を震わせる。

 自分で設計、製造、整備に携わって来た特別な機体だ。

 フェイとアルバトロスが失われた今、ここでヴィクセンまで失うとなれば瑠璃華も断腸の思いだろう。
190 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:09:20.95 ID:08Zn517zo
瑠璃華「だが、代わりのエンジンが無い現状、レミィにそんな危険な賭けをさせるワケにはいかない!」

 瑠璃華は声を震わせながらも、ハッキリと言い切った。

 仲間を天秤に掛けるようだが、これは当然の選択だ。

 侵食状態の機体と短時間リンクした後ですら、レミィは五時間以上の昏睡状態だったのだ。

 次にリンクして無事でいられる保障は無い。

 しかも、AIの移植にはそれなりの時間を要する。

 戦力ダウンしか選択肢の残されていない現状で、そんな危険な事を仲間にさせるのは瑠璃華にも憚られた。

 だが――

明日美「エンジンなら……ハートビートエンジンなら、あるわ」

瑠璃華「なっ!?」

 明日美の発した言葉に、瑠璃華は愕然と叫び、空達も驚きで目を見開く。

明日美「緊急時の予備として秘匿していたエンジンの使用許可が、先ほど政府から下りました」

 明日美はそう言って、自分の端末の画面を瑠璃華に見せた。

 そこには“ハートビートエンジン5号使用許可”と、確かに明記されていた。

 ハートビートエンジン5号……即ち、GWF204X−ユニコルノに使われるハズだったエンジンだ。

明日美「ヴィクセンに使われていた試作一号エンジンのテスターは私……。
    私専用に作られた5号エンジンも、私の魔力と同調できたレミィなら十二分に使えるでしょう」

 明日美は淡々と言ってから、ようやく顔を上げたレミィに向き直った。

 レミィは涙も拭わずに顔を上げ、明日美の顔を覗き込む。

明日美「レミット……もしもあなたにその覚悟があるなら、ヴィクセンのAI移植作業を開始します」

レミィ「司令………」

 ともすれば突き放すように覚悟を問う明日美の言葉に、レミィは逡巡する。

 だが、すぐに涙を拭って立ち上がった。

レミィ「瑠璃華、頼む! ヴィクセンを助けたい!」

 そして、瑠璃華に向き直り、懇願するように言った。

 ヴィクセンはあの時、弐拾参号を救おうとした自分の背中を押してくれた。

 彼女がああなった責任は自分にもある。

 だからこそ、相棒を助けたいと。

瑠璃華「レミィ…………分かった。

    クララ、誰かに医療部まで行って笹森主任に来て貰うよう伝えて来い。
    それと廃棄前のタンクと新しいブラッドを出来るだけ多めに準備しろ」

 瑠璃華は戸惑いながらも頷くと、明日美の背後にいるクララに指示を出した。

クララ「りょ、了解です、主任!」

 指示を出されたクララは慌てた様子で駆け出す。
191 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:02.23 ID:08Zn517zo
瑠璃華「よし……っ!」

 クララを見送った瑠璃華は気合を入れるように頷くと、端末を取り出した。

 やると決めた以上、最早一分一秒が惜しい。

 侵食がエンジンのコアにまで到達したら、AIを移植するどころの話ではなくなってしまうからだ。

瑠璃華「雪菜、ヴィクセンのエンジンに予備のコントロールスフィアを接続する!
    壊れた接続部ごと交換だから準備急げ!」

 端末を通して雪菜に指示を出すと、瑠璃華は再びレミィに向き直る。

瑠璃華「レミィ、作業開始までまだ少し時間がある。
    近くのベンチで横になって少しでも体力を回復させておけ」

レミィ「……分かった。頼んだぞ、瑠璃華」

 レミィは瑠璃華の指示に頷くと、空に支えられてその場を辞した。

 瑠璃華は二人の後ろ姿を見送ると、明日美に向き直る。

 そして、僅かな戸惑いを見せた後、口を開く。

瑠璃華「ばーちゃん……何で今まで、隠してたんだ?」

明日美「……有ると分かったら、それを利用しようとする人間が多いのよ……。
    設計が私専用とは言え、使用者登録がされていない現状なら誰でも同調できるわ」

 瑠璃華の質問に、明日美は肩を竦めて応えた。

 確かに、使用者が限定される現在でさえ、軍部は自分達に縁の深い家柄のクァンや風華を引き込もうとしている。

 そこには軍部の影響力を拡大しようとする意志が見え隠れしていた。

 ロイヤルガードに二機のオリジナルギガンティックがあったのは、クルセイダーが皇居前から動かせない現状と、
 ロイヤルガードに縁の深い茜と同調したクレーストを、緊急時の予備戦力として温存する必要があったからだ。

 その件で軍部からのやっかみがあるのはやむを得ない物があった。

 オリジナルギガンティックの件に関して、それを持ち得ない軍部にやや盲目的な部分が多いのは致し方ない。

 何せ、イマジンから民間人を救う最前線に真っ先に立つのは軍部なのだから。

 それによってエンジンを過度に運用される事と軍部の増長を避けるため、
 また、最大戦力としてギガンティック機関に危急が訪れる時を予期し、
 政府は使用者無しの状態のエンジンを秘匿したのだ。

明日美「もう一つ……6号エンジンは研究用として旧技研に地下区画に秘匿されていたのだけれど……、
    アレが出て来た所を見ると、どうやら見付かってしまっていたようね」

 明日美は項垂れ気味にそう言うと、小さく溜息を漏らした。

 アレ、とはテロリストの使うギガンティック、ダインスレフの事だ。

 あの機体に結界装甲が使われている以上、解析のために6号エンジンが使われたのは間違いない。

 でなければ、一からハートビートエンジンを作り上げた事になってしまう。
192 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:30.53 ID:08Zn517zo
明日美「……今は推測も後悔も愚痴も漏らしている場合ではないわね」

 明日美は短い溜息の後、そう言って頭を振る。

瑠璃華「……難しい大人の事情ってヤツか。
    正直、未登録エンジンがあるなら現物を見て研究したかったぞ……」

 瑠璃華は、そんな明日美に向けて愚痴っぽく言うと、
 格納庫の片隅に置かれた縦横高さ十メートルの巨大コンテナを見遣った。

 それは、明日美に格納庫まで持って来るように言われていた第五一六コンテナだ。

 書類上の中身はオリジナルギガンティックのジャンクパーツとなっているが、
 エンジンの件で覚悟を決めろと言った後に準備させたのだから、あの中に5号エンジンがあるのだろう。

 耐圧パイプとブラッド貯蔵用タンクの一つがパワーローダーによって運び込まれ、
 エンジンへの接続作業の準備が始まっている。

 あとはコントロールスフィアの準備が出来れば、いつでもヴィクセンのAI移植が可能だ。

瑠璃華「まあ、そんな悠長な事も言っていられないな。
    後でもっと詳しい話を聞かせて貰うぞ、ばーちゃん」

 瑠璃華はそう言うと、明日美の返事も聞かずに駆け出した。

 明日美はそんな瑠璃華の後ろ姿を見送りながら、また小さな溜息を漏らす。

ユニコルノ<明日美。
      朝霧副隊長の訓練にまだ付き合うなら、そろそろ戻って休まないと身体に障りますよ……>

明日美<今日は珍しくお喋りね……>

 不意に思念通話でユニコルノから声をかけられた明日美は、口元に微かな笑みを浮かべて応えた。

 だが、すぐに目を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

明日美<結局、あなたをエンジンに載せてあげる事が出来なかったわね……>

ユニコルノ<お気になさらず……>

 申し訳なさそうに漏らした明日美に、ユニコルノはどこか達観した様子で淡々と返す。

 明日美は愛器の返事に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた後、だがすぐに気を取り直し、執務室に足を向けた。
193 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:10.75 ID:08Zn517zo
―3―

 それから三十分後。
 シミュレーター、仮想空間内――


 いつも通り、体感時間を五百倍に加速された空間で、空はコントロールスフィアの中にいた。

 使い慣れたエールではなく、今回は新たな乗機となったクライノートだ。

空(うん……少し重いけど、エールほどじゃない……)

 空は手足を動かしながら、操作感覚を確認する。

 エールの鈍重さは手足に枷を嵌められたような感覚だったが、
 クライノートの重さは純粋な機体の重さだ。

 使われているフレームはエールタイプとカーネル、プレリータイプの中間……
 全高は大体三一メートルくらいだろうか?

 手足は太めで、それが重量感を増している原因らしい。

 エールより二メートル近く低いが、その代わり重心も低くなって安定性も高まっており、
 どっしりと構えれば並大抵の攻撃ではビクともしないだろう。

明日美『乗り心地はどうかしら?』

 操作感覚を確認している空の元に、通信機越しの明日美の声が聞こえた。

 通算三度目となる訓練も、明日美はやはり若返っている。

 だが、今回はそれだけでは無い。

 クライノートを駆る空から二百メートルほど離れた位置に、
 白と青紫を基調とした躯体に藤色の輝きを宿したオリジナルギガンティックの姿があった。

 それは二十七年前、イマジン襲撃の際にエンジン破損によって失われたオリジナルギガンティック、
 GWF200X−ヴェステージだ。

 本体は現在、外観だけが復元され山路重工に保管されており、
 空の目の前にいるのはデータだけで復元されたコピーに過ぎない。

 しかし、データだけのコピーに過ぎないと言っても、それだけにメンテナンス状態は最高値をキープしている。

 要は訓練時代に使っていた“動かし易いエール”と同じ条件だ。

 そして、そのヴェステージを駆るのは勿論、若返った明日美である。

空「はい、少し重たい感じがしますが、凄く安定していて安心します」

 そんな明日美に、空は感じたままの素直な感想を返した。

明日美『よろしい……。

    では、ヴァッフェントレーガーを使う前に、先ずは軽い復習と行きましょう。
    第二段階の最終段階で行った訓練を、今度はギガンティックの状態でやってみましょう』

 明日美は満足そうな声音でそう言うと、愛機の周辺に無数の閃光変換した魔力弾を浮かべた。

 通常の魔力弾よりも鈍く輝くソレは、訓練で使う標的だ。

 数は五十を超える。
194 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:42.86 ID:08Zn517zo
 明日美が標的を浮かべた事を確認した空は、自身も訓練の準備に入る。

空(先ず……リングを七つ……)

 空は脳裏にイメージのリングを浮かべた。

 自身の周囲を旋回する、それぞれが干渉しない軌道のリングを七つ。

空(一……二……三……四……五……)

 そして、そのリングに引っかけるように、次々と魔力弾を浮かべて行く。

 すると空……クライノートの周辺に三十を超す魔力弾が一斉に浮かんだ。

 これが特訓の第一段階で空が修得した、多量の魔力弾を自身の周囲にキープする方法だった。

 ギアの補助無しでも一つの円に最大五つの魔力弾を設置する事が可能で、
 それぞれの円毎に浮かべた順に数字をイメージしている。

 こうすれば、脳内のイメージでは“身体の周辺に浮かぶ、数字の引っかけられたリング”となって、
 イメージの単純化……即ちイメージし易くなったのだ。

 浮かべたリングが七つなのは、
 空自身が思考のコンフリクトを無しに個別発生させられる魔力弾の限界数である。

 空のイメージでは魔力弾をコブのように付けたリングが七つ、
 自分を中心軸として浮かんでいる事になるのだが、実際には存在していない。

 そして、この方法が明日美が魔力弾を浮かべた方法に近い物だった。

 因みに、明日美は自身の周囲にジェットコースターのレールのような物をイメージし、
 そこに大量の魔力弾を走らせるイメージだ。

 どちらも多量の魔力弾を自身の周囲にキープするために突き詰めた、個人毎の最適解である。

空「準備出来ました、司令!」

明日美『ええ……では、始めるわよ!』

 明日美は空に応えると、すっ、と手を上げて合図を出した。

 直後、明日美の浮かべた魔力弾の幾つかが眩く発光を始める。

 発光パターンの代わった魔力弾が、狙うべき標的だ。

空「行けぇっ!」

 空は片手を突き出す動作をトリガー代わりにして、標的となる魔力弾と同数の魔力弾を発射した。

明日美『行きなさいっ!』

 対して、明日美もその魔力弾を迎撃する魔力弾を発射する。

 残った魔力弾も、標的となる魔力弾を守る軌道を描く。

空「援護と防御……この割合で!」

 空は両腕を左右に振り払うようにして、残った魔力弾の半数を高速で射出し、
 さらに残りの魔力弾を高速旋回させて防壁代わりにする。

 空の放った高速魔力弾は、明日美の迎撃と防衛の魔力弾の内、
 先に放たれた魔力弾を妨害する物だけを相殺した。

 さらに、その内の撃ち漏らしの魔力弾も、空の周囲を旋回する魔力弾と相殺されて消える。

 そして、無事、迎撃と防衛の魔力弾をくぐり抜けた魔力弾が、標的を撃ち抜いた。
195 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:20.52 ID:08Zn517zo
明日美『よし……ギガンティック搭乗時でも問題なくコントロール出来るようね』

 明日美は自身の元に一つの魔力弾も残っていない事を確認しながら、満足げに呟く。

 対する空の元には、まだ数個の魔力弾が円軌道を描いて浮かんでいた。

 おそらく、最初から防壁代わりにする魔力弾は魔力を多く使って作っていたのだろう。

 明日美の魔力弾全てを相殺しながらも、幾つかは残す事が出来たのだ。

 多数の魔力弾のコントロールに加えて、さらに魔力弾毎の魔力の微調整までこなすとは、
 明日美から見ても空の上達振りは中々の物だった。

 射出後の魔力弾のコントロールは、頭にしっかりと軌道をイメージ出来ているかが重要だ。

 その点は既に十分な訓練を積んでいた空だが、今回の訓練を経てその技量もさらに研ぎ澄まされた事だろう。

空「………」

 だが、対する空はどことなく浮かない様子だ。

明日美『空? ………朝霧副隊長!』

 反応の薄い空に、明日美は少し語調を強めて呼ぶ。

空「は、はいっ!?」

 普段の明日美とは違った声の強さに、空は思わず姿勢を正し、慌てた様子で返事をする。

 そして、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、顔を俯けた。

 機体越しとは言え、空の様子を察したのか、明日美は小さく溜息を漏らす。

明日美『レミィとヴィクセンの事が心配なのは分かるけれど、訓練に身が入っていないようでは駄目よ』

空「はい……すいませんでした、司令」

 溜息がちな明日美の言葉に、空は申し訳なさそうに返した。

 この訓練開始と時を同じくして、ヴィクセンのAIを引き上げる作業が開始される予定だ。

 作業にかかる時間は、大体十分程度を想定しているらしい。

 この五百倍に加速された空間では、結果が出るのはおおよそ三日と半日が過ぎた頃である。

 結果が出てから始めれば良かったのかもしれないが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 それに加えて、どれだけ短い時間のシミュレーションでも解除後の眩暈や負荷は変わらないとなれば、
 始めて数分で解除、と言うワケにもいかないのだ。

 特に、明日美の身体にかかる負担は無視できないレベルである。
196 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:56.58 ID:08Zn517zo
明日美『仲間の安否が普段以上に気がかりなのは仕方ないでしょう……。

    体感で一ヶ月以上経過していると言っても、
    フェイを失ってからまだ半日も経っていないのだし……』

 明日美は悲しげな声音でそう呟くと、短い溜息を一つ吐いて気持ちを切り替え、さらに続けた。

明日美『でも、だからこそ今は訓練に集中しなさい。
    今の自分が仲間のために出来る事を間違えないように』

空「………」

 明日美の言葉に、空は次第に身の引き締まる思いで聞き入っていた。

 確かに、明日美の言う通りだ。

 門外漢の自分が、などと自虐的な事を言うつもりは無い。

 だが、そんな自分が出来る事は、レミィとヴィクセンが戦列に復帰する事を……
 レミィと瑠璃華を信じて、明日美と共に訓練を続ける事だ。

 空は両手で頬を強く叩き、大きく息を吐き出す。

 乾いた音と吐き出す呼吸と共に、気が引き締まる。

空「……はいっ!」

 気を引き締め直した空は、力強い声で応えた。

 仲間を案じる気持ちは変わらないが、つい数分前よりはずっと訓練に集中できている。

明日美『……今度こそ、準備はいいようね。
    なら、早速ヴァッフェントレーガーの訓練に入りましょうか』

 明日美も空の心持ちの変化を感じたのか、少しだけ優しい声音で言った。

空「はい、お願いします、司令!」

 空は大きく頷くと、後方に下げてあったヴァッフェントレーガーに視線を向ける。

空(レミィちゃん、瑠璃華ちゃん、それにヴィクセンも……みんな、頑張って。
  私も、絶対にヴァッフェントレーガーを使いこなせるようになるから!)

 空は祈るような気持ちで仲間達の事を思い、
 そして、強い意志で決意を新たにすると、ギアを嵌めた右腕を掲げた。

空「行くよ……ヴァッフェントレーガーッ!」

 そして、新たな乗機のOSSの名を高らかに叫んだ。
197 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:13:40.90 ID:08Zn517zo
 同じ頃、ギガンティック機関、格納庫――

 11ハンガー前では、ヴィクセンのAI回収作業の準備も最終段階へと移り、
 エンジン内部に入り込んで作業していた整備員達も退避済みだ。

 レミィもコントロールスフィアの内壁に寄りかかり、作業開始の瞬間を待っていた。

雄嗣『ヴォルピ君、聞こえるかい?』

レミィ「……はい、よく聞こえます、笹森チーフ」

 不意に通信機越しに響いた雄嗣の声に、レミィは静かに応える。

 雄嗣はレミィの返事に“うむ”と頷くような息遣いの後、説明を始めた。

雄嗣『起動していたエンジンから全てのパーツが取り外された関係上、
   魔力リンクを行った瞬間に全身に激痛が走るだろうが、
   リンク開始と同時に不要なリンクは全て切断する』

レミィ「はい」

 雄嗣の説明に頷き、レミィは少し前に瑠璃華から聞かされた事を思い出す。

 ヴィクセンは変色ブラッドによる侵食を受けた時点の状態でシステムがフリーズしている可能性が高く、
 それはつまり、エンジンだけとなった現在でもシステムは
 オオカミ型ギガンティックに敗北した時点の状態で停止しているとの事らしい。

 要は四肢をもがれ、頭部を半砕された状態のまま、と言う事だ。

 そして、魔力リンクを開始し、システムを再起動した瞬間に、
 ヴィクセンはエンジン以外の全てを吹き飛ばされたようなダメージを誤認してしまうのである。

 これはリンクして直接アクセスせねば本当の所は分からないのだが、
 万が一にもそうであった場合、最初から魔力リンクを切断した状態でアクセスするのは、
 情報の齟齬を是正できるだけの処理能力の余裕がヴィクセン側に残されていなかった場合、
 再度システムがフリーズしてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 そうなれば、エンジンを動かすために注入したブラッドにより変色ブラッドの侵食は劇的に早まり、
 再度の作業は不可能となってしまうだろう。

 ソレを避けるため、瑠璃華の説明を受けたレミィが自ら進言した方法でもあった。

雄嗣『多少のタイムラグはあるかもしれないが痛みは一瞬で抑えてみせる。

   問題は、その一瞬のダメージからどれだけ早く復帰できるかが、
   天童主任曰く、作業を成功に導く最大のポイント……だそうだ』

瑠璃華『その通りだぞ』

 雄嗣の説明に相槌を打って、瑠璃華が説明を引き継ぐ。

瑠璃華『レミィ、お前はヴィクセンとリンク開始後、
    すぐにヴィクセンのAI本体のデータだけを、
    お前の持っているギア本体に引き上げる作業を始めて貰う。

    こちらでも作業をサポートさせて貰うが、お前の感覚だけが頼りだぞ』

レミィ「ああ。ヴィクセンを掴んで引き上げる感覚、だったな」

 先ほども説明して貰った事を再度説明してくれた瑠璃華に、レミィは頷きながらそう返した。

 第一世代ギガンティックのコアを流用したハートビートエンジンのコアは、
 ギアのコアストーンと基本的な原理は近い。

 魔力的に構築された人口知能は、意志を持った魔力と置き換える事も出来る。

 AIの引き上げとはつまり、その意志を持った魔力だけをエンジンのコアから引き上げ、
 ギアに移し替える作業の事なのだ。

 ヴィクセンの場合、その生みの親はレミィ自身。

 これ以上、引き上げに適した人材もいないだろう。
198 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:10.58 ID:08Zn517zo
瑠璃華『よし……最終準備が整ったみたいだ。すぐに始めるがいいな?』

レミィ「……ああ、始めてくれ」

 瑠璃華の問いかけに頷くと、レミィは背を預けていた内壁から離れ、
 コントロールスフィアの中央に立った。

 コントロールスフィアの内壁に周囲の状況が映し出され、
 外部のディスプレイがカウントダウンを始めている。

 残り四秒で作業開始だ。

レミィ(ヴィクセン……)

 レミィは心中で、相棒の名を呼ぶ。

 自分の我が儘に付き合わせ、自分の油断から傷付く事となった相棒。

レミィ(すぐに、助けてやるからな!)

 決意も新たに、来るであろう痛みの衝撃に身構える。

整備員A『ベント解放! エーテルブラッド、強制注入開始!』

整備員B『コントロールスフィア各システム良好、魔力リンク、強制再接続します!』

 整備員を含む技術開発部のスタッフが次々に作業を進め、遂にその時が来た。

雄嗣『システム、リンク確認!』

 恐らく雄嗣と思われる男性の声と共に、レミィの全身を痛みが駆け抜けた。

レミィ「ッァァァァ!?」

 目を見開き、口を悲鳴の形に広げて、声ならぬ声を吐き出す。

 心臓だ。

 心臓だけを抜き取られ、それだけになってしまったような、
 はたまた心臓以外の全身を粉々に粉砕されたような激痛。

 そんな、先に説明されていた通りの激痛が全身を駈け巡る。

 覚悟はしていたつもりだった。

 だが、現実に受ける激痛は、覚悟程度で乗り切れるほど生易しくは無かった。

 正常な思考がままならない。

 リンク開始から何秒が過ぎた?

 いや、何十秒? 何分? 何時間?

 瞬きさえも許されないほどの苦痛が、僅かな時を遥か長時間にまで拡張して行く。

 そして――

雄嗣『各部身体リンク切断完了!』

レミィ「っ……がはっ!?」

 ようやく全身の痛みが引き、レミィはその場で膝を突く。

 カウンターは作業開始から二秒と経過していない。

 本当に一瞬の事だったようだが、それでも全身に残る痛みの感覚の残滓は凄まじい。

 だが、休んでもいられない。

 全身から引き剥がされた痛みに喘ぐ間も無く、レミィは意識をギアに集中する。

 ギアからエンジン、そのAIへ、意識を潜らせた。
199 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:50.86 ID:08Zn517zo
レミィ「っぐ!?」

 直後、胸の痛みに気付く。

 やはり、この痛みも心臓に由来するものだ。

 おそらく、変色ブラッドによって蝕まれたハートビートエンジンの痛みとリンクしているのだろう。

 その痛みが、心臓全体へとジワジワと広がって行くような感触がある。

 本来ならばこのリンクも切断すべきなのだが、
 エンジン本体とのリンクを切断すればヴィクセンを助け出す事は出来ない。

瑠璃華『侵食率が想定値よりも高い!? レミィ、急げ!』

 瑠璃華が悲鳴じみた声を上げた。

 レミィは視線だけを動かし、ハートビートエンジンに接続されたパイプを見遣る。

 半透明の耐圧パイプを流れる若草色に輝くエーテルブラッドに、
 濃紫色の暗い輝きが混ざり始めているのが見えた。

 ヴィクセンの防衛能力が満足に機能していないため、
 エーテルブラッドを媒介に恐ろしいほどの速度で侵食が進んでいるようだ。

レミィ<ヴィクセンッ!>

 レミィは思念通話で愛機に呼び掛ける。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ>

 すると、即座に思念通話が返って来た。

 途切れ途切れの音をつなぎ合わせたような、酷いノイズ混じりの声だ。

 そのノイズのような声を聞いた瞬間、
 レミィはドロリとした粘液で満たされた暗い海の中に放り出された感覚に襲われた。

 どうやら、ヴィクセンのAIと自分の意識が普段以上に密接に繋がり、
 変色ブラッドに侵食されたエンジンの影響を受けているのだろう。

 おかしな話かもしれないが、
 これがハートビートエンジン試作一号機……ヴィクセンの深層意識なのだ。

レミィ<悪かった……ヴィクセン。
    私の我が儘に付き合わせたばかりか、あの時、油断したせいで……お前を……!>

 レミィは呼び掛けを続けながら、意識の奥底へと潜るように進む。

 粘液の抵抗か、それとも深層意識に潜って行く故の心象なのか、
 身に纏っているインナースーツが少しずつ溶けて無くなって行く。

 すぐに全てのインナースーツは溶けてなくなり、
 全裸になってしまったレミィだが、不思議と羞恥は感じない。

 それどころではないと言う話ではあったが、
 それ以上に肌を晒すごとにヴィクセンと一体になって行くように感じられたのだ。

 レミィは生まれたままの姿になって、深層意識の奥底に向けて必死に手を伸ばす。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、深層意識の海の奥底から、ヴィクセンの声が響く。

 ノイズ混じりの中でも、その声がどこか怒っているようにレミィは感じた。

レミィ<ごめん……ヴィクセン……! でも……>

 レミィは泣きそうな声で漏らし、思わず引っ込めかけた手を、再び必死に伸ばす。

 すると――

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、ヴィクセンの声が聞こえた。

 今度は怒りの中に、僅かな慈しみさえ感じられる。
200 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:15:35.86 ID:08Zn517zo
 変色ブラッドの侵食から自らのコアを守るため、
 “レ・ミ・ィ”と主の名だけを紡ぐので精一杯のヴィクセン。

 だが、その僅か三文字の音に乗せられた思いは、
 意識の奥底に近付くにつれてハッキリを感じられるようになって行く。

 僅かな怒り、深い慈しみ、強く熱い友愛の情。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び聞こえた声は、怒りと言うよりも小さな子供を叱りつける年上の家族のような、
 そんな暖かな物に満ちていた。

レミィ<ああ……そう、だった……な>

 レミィはしゃくり上げるように、ヴィクセンのその思いに応える。

 そして遂に、レミィはヴィクセンの深層意識の奥底へと辿り着く。

 深層意識の奥底は草原のような光景が広がっていた。

 ドロリとした粘液の海底に広がる草原。

 おそらくはこの草原こそがヴィクセンの深層意識の本体なのだろう。

 粘液の海底は変色ブラッドの影響だと言う直感にも似た推測は当たっていたのだ。

 レミィは伸ばしていた手を引っ込め、
 両の足で“草原”に足をつくと、その足もとに柔らかな若草色の輝きが灯った。

 その輝きの中で横たわる、金色の毛並みの子ギツネの姿。

 これがヴィクセンの深層意識の核……ヴィクセンのAIの心象体。

 つまり、意識を持った魔力そのものだ。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 子ギツネの姿をしたヴィクセンは弱々しく顔をもたげ、また声を漏らす。

 それはどこか申し訳なさそうな響きを伴っていた。

 だが、それに対してレミィは小さく頭を振って、彼女を抱き上げる。

 たった三つの音でも、彼女が何を言わんとしているか、レミィには理解できた。

レミィ<バカだな……お前が言ったんだろう……あの時だって、今だって……>

 レミィは涙混じりの声でそう言って、抱き上げたヴィクセンに頬を寄せ、精一杯微笑んだ。


――あんまり遠慮するんじゃないわよ!――


 そう、力強く語りかけてくれた相棒の言葉を、レミィは思い出す。

 ヴィクセンを抱き上げたレミィの身体は、一気に海面へと向けて上昇を始めた。

 どれだけの時間が経ったのか、それとも僅か一瞬の出来事だったのか、
 海面の膜を突き破るような感触と共に、レミィの意識は現実へと引き戻される。
201 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:16:30.45 ID:08Zn517zo
レミィ「ッ、ぷはっ!? ……はぁぁ……ふぅぅ……」

 どうやら深層意識に潜っている間は無意識の内に呼吸を止めていたらしく、
 レミィは大きく息を吐き出し、また吸い込む。

 新鮮な酸素を取り込み肺に満たすと、急速に身体が落ち着いて行く。

 胸の痛みも消えており、ハートビートエンジンとのリンクが切れた事が分かった。

 ヴィクセンのAI本体をギアに移動させた事でリンクも切れ、
 エンジンがただのマギアリヒトの塊になってしまった証拠だ。

 外部のディスプレイを見遣ると、作業開始から一分と経過していない。

 どうやら、深層意識の体感時間は現実のソレとは著しく異なるようだ。

レミィ「ふぅ……」

 レミィは深いため息と共に自らの身体を見下ろすと、全身余すところなく濡れていた。

 深層意識の海に潜ったため……と言うワケではなく、どうやら単に汗をかいただけのようだ。

 心臓以外を粉砕されるような激痛に、心臓に走る痛み、
 体感時間を濃密に圧縮された深層意識へのダイブと、慌ただしく体験した事による物だろうか?

 髪の先まで濡らす汗に苦笑いを浮かべたレミィは、尻餅をつくようにその場に座ると、右手首を見遣る。

 そこにはシンプルな腕輪だったギアが変化した、
 キツネの紋様と爪を摸した若草色のクリスタルがはめ込まれた新たな腕輪状のギアの姿があった。

 それまでのヴィクセンのギア本体は、あくまでハートビートエンジンのコアとレミィ本人を橋渡しをする仮の物だったが、
 AI本体を取り込んだ事でレミィのイメージを取り込んで相応しい形に姿を変えたのだ。

レミィ「……ヴィクセン、気分はどうだ……?」

ヴィクセン『ええ……中々、かしら。
      一時的とは言え、ただのギアになるって言うのも案外、乙な物ね』

 疲れ切ったように問いかけるレミィに、ヴィクセンは共有回線を開いて、戯けた調子で応える。

 どうやら、引き上げは成功したようだ。

雄嗣『脳波と脈拍にまだ僅かな乱れはあるが、許容範囲内だ』

瑠璃華『システムチェック……AIも無事に引き上げられたようだな』

 雄嗣と瑠璃華の声が、無事の作業終了を告げる。

レミィ「よかった……」

 二人の言葉を聞き、レミィは安堵と共に胸を撫で下ろし、その場で仰向けに倒れた。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ、大丈夫!?』

レミィ「ん、ああ……大丈夫だ……ちょっと疲れただけだ……」

 慌てふためくヴィクセンに、レミィは疲れ切った様子で返す。

 何とかやりきったが、これで終わりではない。

 戦いはまだ終わってはいないし、助けなければならない仲間達もいる。

 レミィは力を振り絞り、ヴィクセンの嵌められた右腕を高く掲げた。

ヴィクセン『今度こそ……絶対に助けましょうね。……あなたの妹を』

レミィ「……ああ、今度こそ、絶対だ」

 高く掲げた右腕から聞こえる声に、
 レミィは万感の想いと、以前よりもさらに強くなった決意を込めて応えた。


第18話〜それは、甦る『輝ける牙』〜・了
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