【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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45 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:22:48.57 ID:ibyFM1MOo
第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜

―1―

 第七フロート第三層、旧山路技研……通称“城”――

 反皇族を掲げるテロリスト達によって占拠され、
 彼らの根拠地となった高台で市街地と区分けされた工業施設は、
 微かな灯りだけがぽつぽつとだけ点在する麓の市街地に比べ、
 眩いほどに煌々と照らし出された、正に不夜城の如き様を見せていた。


 そして、その城の中枢……元々は研究室や開発室の集中していた一角、
 その外縁にある倉庫区画の廊下を歩く痩躯の中年男性が一人。

 以前、臣一郎とクルセイダーを観察していた男――ユエ――だ。

ユエ「………」

 ユエは僅かに気怠そうな視線を行く先に向けながら、無言のまま歩を進めていた。

 侵入者対策に広狭の道が交差して曲がりくねり、
 長短様々な階段で上下を繰り返させられる通路を、ユエは迷う事なく歩く。

 占拠後に改築を行ったワケではなく、以前からこの構造である。

 ギガンティック、パワーローダーからドローンのような小型の工作・作業機械まで、
 現在の種々の基幹的重工系産業を牛耳る山路重工の技術開発研究所は、
 侵入者対策と構造の複合化で迷路然とした構造になってしまったのだ。

 そして、ユエは数枚の防護隔壁を越え、最重要区画に足を踏み入れる。

 二十年ほど前までは、試作型ハートビートエンジンも置かれていたが、
 今はユエの研究室と彼の開発した物が置かれている区画だ。

 そのさらに最奥。

 行き止まりに作られた両開きの扉を、ユエはゆっくりと押し開いた。

 そこは重要資材用倉庫で、広大な倉庫に積み上げられた無数のコンテナと、
 そのコンテナ群の左右を守るように片膝を付いて鎮座する四機の大型ギガンティック。

 高く積み上げられたコンテナには長い長い階段が据え付けられ、上に登る事が出来た。

 ユエは僅かに肩を竦めて小さな溜息を漏らすと、
 楽にしていた姿勢も気怠そうにしていた視線も正し、その階段を登って行く。

ユエ(五日見なかった間に、また一段、コンテナを高く積んだか……)

 階段を登りながら、ユエは心中で深く長い溜息を漏らす。

 この数年、五、六ヶ月に一度、以前よりも高く積み上げられるコンテナは、
 この部屋の主の性質そのものだと、ユエは感じていた。

 どんなに高く積み上げても、分厚い天井に遮られ、彼のいる場所は決して天には届きはしない。
46 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:23:47.22 ID:ibyFM1MOo
 そんな内心の呆れを隠しながら一番上のコンテナまで上り詰めると、
 そこには反射素材で作られた他よりも一回り小さなコンテナがあった。

 反射素材は所謂マジックミラーのようになっており、
 外部からは鏡にしか見えないが、内部からは外部の様子が窺えるようになっている。

 内部は探り難く、外部は窺い易く。

 それだけでも実に慎重だが、それだけではない。

 反射素材は防弾防魔力仕様になっており、
 さらに周囲には反射術式と属性変換無効化術式の多重結界が張り巡らされ、
 並の魔力砲ではビクともしない防備で固められている。

 さらに四方のギガンティックは高性能のGWF378・エクスカリバー改で、
 コックピットブロックを完全に排除した無人のリモートコントロール仕様。

 何かあれば、この内部からの操作で襲撃者を撃退可能である。

 主の臆病さを顕在化したかのような防備を誇るこの倉庫。

 この場……いや、このコンテナの内部が、ユエの呼び出された謁見の間であった。

 因みに、この倉庫内の防備を設えたのはユエだ。

 無論、謁見の間の主の要望に添った物ではあったが……。

 ともあれ、百段近くはあろう階段を上り詰めたユエは、
 しかし、息一つ乱した様子も無く、反射素材で出来たコンテナに手を触れる。

 すると、触れた部分が開かれ、壁面から迫り出すように認証用の端末が現れた。

 ユエがその端末に自身の魔力を読み込ませると、コンテナ外壁の一角がスライドし、内部への道が開く。

 彼がコンテナ内部に入り込むと、即座にコンテナの外壁は再びスライドし、固く閉ざされる。

 最早、ここまで来ると過剰を通り越して異常とも言える程の臆病ぶりだ。

 しかも、傍目には魔力認証だけにしか見えなかった端末は、
 網膜認証と指紋認証に加えて、内部では手動認証も行っている。

 マジックミラー構造を活かした、この四段階もの認証は実に効果的だ。

 仮に魔力、指紋、網膜の三種全てを用意できても、内側にいる人間が許可を出さなければ入れないのである。

 そして、仮にそうして侵入しようとした者は、四方から378改の斉射を受ける事となるのだ。

 襲撃の対策は万全と言えた。

ユエ(注文通りに作ったとは言え、毎回毎回やるとなると驚きの面倒臭さだな……)

 ユエは内心で深いため息を漏らす。

 このコンテナの設計者、結界の施術者はユエ本人だ。

 どれもギガンティックのセキュリティやマンマシンインターフェース――操縦系統――技術の応用で、
 別段、難しい機構や新開発のシステムを搭載しているワケではない。

ユエ(まあ、こんな無駄な物に労力をかけるつもりはなかったが……)

 ユエはそんな考えと共に気を取り直すと、
 目の前にある階段を使って階下――コンテナ内に埋め込まれている――に向かった。
47 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:24:38.43 ID:ibyFM1MOo
 階段を降りると、奥から噎せ返るような体臭……
 いや、性臭と言い換えた方が良いような匂いが漂って来る。

ユエ(また、か……)

 ユエは心中で呟きながら、
 “この部屋の主は、たった一度の謁見が始まるまでに、何度呆れさせてくれれば気が済むのか”
 と言いたげに肩を竦めた。

 そして、コンテナの最奥……謁見の間へと足を踏み入れる。

 巨大コンテナを活かした広く高い謁見の間は、金刺繍の施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁にも洒落た紋様の描かれた天幕が下げられており、飾られた豪華な調度品の数々は、
 成る程、謁見の間と呼ぶのに相応しい内装だ。

 そして、その最奥に、座椅子を何十倍も豪華にしたような玉座と、
 そこにふんぞり返る二十代そこそこの、半裸の若い男がいた。

 彼の周囲には十代から三十代ほどの見目麗しい女性達が傅き、
 その内の数人が彼にしなだれかかるようにして、彼の肌に浮いた汗を拭っている。

 女性達の服装は裸同然で、局部を布で纏って隠すだけと言う、実に淫靡な格好だった。

 彼女達は、この若い男の身の回りの世話――
 それこそ、家事全般から性欲の処理に至るまで――を行う世話係だ。

ユエ「皇帝陛下。
   ユエ・ハクチャ、お呼びにより参上仕りました」

 謁見の間の中ほどまで進み出たユエは、恭しく跪いて深く頭を垂れた。

 ユエ・ハクチャ。

 それがユエのフルネームのようだ。

??「そう畏まるな、ユエ。
   俺とお前の仲だ、もっと楽にしていいぞ」

 一方、ユエに皇帝陛下と呼ばれた男は、
 自分の汗を拭っている女性を少し気怠げに押しやってから、ニヤリとほくそ笑む。

 そう、この男こそがこのコンテナの主。

 反皇族派のテロリストを纏める首魁であった。

 名をホン・チョンスと言う。

 しかし、60年事件のテロリストの首魁にしては若い。

 事件当時の年齢はまだローティーンにも届かないのではないかと言う程の若さだ。

 それもその筈、彼は若くして逝去した先代の首魁である父の跡を継いだ、謂わば二代目だった。

 ともあれ、ユエはホンに言われた通りに楽にすべく、その場に腰を下ろして胡座をかく。

ユエ「………少々、着くのが早かったようですね?」

 ユエは傅く女性達を見渡して呟く。

 ほぼ全員が肌を紅潮させ、数人は乱れた息を整えようと必死だ。

 それは、ほんの少し前まで情事が……それも、
 酒池肉林とでも言うような爛れた行為が行われていた事を示していた。

ホン「いや、呼んだのは俺の方だ、気にする事はない」

 一人、既に十分に休んだと言いたげな様子でホンは言い切ると、さらに続ける。
48 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:25:32.30 ID:ibyFM1MOo
ホン「で、例の物の進捗はどうなっている?」

ユエ「400シリーズは滞りなく……。
   現在は戦闘運用に向けた最終テストの段階です」

 ホンの質問にユエは淡々と返す。

ホン「半月以内に仕上がるか?」

ユエ「十分に……。
   ただ、陛下の404に関しては今暫くの時間を戴きたく……」

 ユエはホンの質問に答えてから、
 どことなく申し訳なさを漂わせる声音で言って再度、深々と頭を垂れた。

 他人から見れば慇懃に見えるその態度も、彼の内心の呆れ様や、
 京都での物言いを知っていれば、そこに欠片の忠誠心も無い事は明白だ。

ホン「ああ、構わんぞ。
   404は俺の乗機……俺専用のギガンティックだ、
   下手に完成を急いで不完全な物を作らせる気は無い。

   資材と時間、そして、お前の才能を存分に使い、世界最強の究極のギガンティックを作れ」

ユエ「仰せのままに」

 期待の籠もった視線と声音で言ったホンに、ユエは姿勢を正して深々と頭を垂れる。

ホン「それと……謁見の間の護衛に使っている無人ギガンティックだが、
   アレは401か402に交換できんのか?」

 ホンはそう言いながら手元の端末を操作し、壁面の天幕を上げさせた。

 すると、四方の壁面に外の光景――反射素材のコンテナから見える光景が映し出される。

 GW378は、エクスカリバーシリーズでは三機種目となる大型ギガンティックの中でも、
 特に高性能でコストのかかるハイエンドモデルだ。

 以前、ユエ達がクルセイダーの当て馬に使った377よりも僅かに高性能の機体である。

 本来ならば、こんな場所の護衛に四機もの数を割くのは愚の骨頂と言えた。

 それに400シリーズ……もう隠し立てする理由も無かろう、
 ユエが中心となって開発中の新型ギガンティックも、この一角だけを護衛するには過剰すぎる戦力だ。

ユエ「申し訳ありません。
   現状のエナジーブラッドエンジンは有人が前提ですので、
   陛下の望まれるような無人機としては使い難く……。

   お望みならば、ヒューマノイドウィザードギアの人格層を停止させた物を乗せて使う事は可能です」

 ユエが顔を上げて説明すると、ホンは満足そうに頷き、口を開く。

ホン「ならそれで構わん。
   人形の操作は全て俺の端末にリンクするように設計しろ」

ユエ「畏まりました」

 ホンの指示にユエは三度、深々と頭を垂れる。

 技術の結晶とも言えるヒューマノイドウィザードギアを人形呼ばわりされるのは、
 さすがに技術屋としての彼のプライドに障るのか、ホンからは見えないユエの顔は、
 どこか冷め切った……能面のような無表情に変わっていた。
49 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:26:20.44 ID:ibyFM1MOo
 しかし、ユエはすぐに温厚そうな表情を浮かべると、顔を上げる。

ユエ「それでは、402と403、それにミッドナイト1用の378改の最終調整が残っていますので、
   私はこれで失礼させていただきます」

ホン「む、そうか……?
   まあ、貴様のお陰で我が国の戦力拡充が進んでいるのだからな……。

   良ければ一人、貴様にくれてやろうか?
   欲しいなら、好みのを選ぶといい」

 退室の旨を告げて立ち上がったユエに、ホンはそう言って、傅く女性達を見渡した。

 その瞬間、傅く女性達に緊張が走る。

 しかし、緊張の内容は人それぞれだ。

 世話係とは名ばかりの性の奴隷とも言える、この環境から解放されるかもしれないと言う希望。

 性欲の処理にさえ目を瞑れば、衣食住の不安を抱かずに済む場所から引き離されるかもしれないと言う絶望。

 しかし、彼女達は瞬間、ピクリと肩を震わせる程度以外の変化を生まない。

 主の不興を買った仲間が、どのような目に合わされるかは知っている。

 今は自分が選ばれる事、或いは選ばれない事だけを必死に願い、
 ホンの思い付きで始まったこの嵐のような運命のルーレットが止まるのを待つ。

 一方、そんな女性達の気持ちを知ってか知らずか、ユエは傅く彼女達を見渡す。

 彼女達にとって、ユエの視線は正に前述の運命のルーレットの針だった。

 そして――

ユエ「……慎んで辞退させていただきます」

 ユエは僅かな溜息と共に、そう漏らす。

 ――ルーレットの針は、誰を選ぶ事も無く折れた。

ホン「つまらんな……まあいい」

 ホンは残念そうに言って肩を竦める。

 女性達の間に失意と安堵の気配が漂うが、ホンはそれに気付いた様子は無いようだ。

 だからこそ、このように女性の尊厳を無視した享楽に講じていられるのだろうが……。

ユエ「陛下のお心遣いを無碍にしてしまい、申し訳ありません。
   ですが、何故、技術屋な物でして……今は陛下のための駒を完成させる事を優先したく思います」

ホン「そうか……クククッ、親父の代から世話になっていたお前だ。
   親父もきっと、お前のそう言う欲の無い所を気に入って重用していたのだろうな」

 慇懃に謝意と謝罪を告げるユエに、ホンは思い出すように言って笑う。

 そのホンの表情には、誰の目に見ても明らかな嘲りが浮かんでいる。

 事実、彼は内心でユエを“自分の欲すらさらけ出せない臆病者”と嘲笑っていた。

 自らは、完全防備のシェルターで肉欲を貪るだけの、怠惰な臆病者である事を棚に上げて……。

 いや、或いは自身が臆病者と言う自覚すら無いのかもしれない。

ユエ「では、私はこれで失礼します」

ホン「ああ、404の完成を待っているぞ」

 ユエは立ち上がって四度、深々と頭を垂れると、ホンの返事を聞いてから踵を返した。
50 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:24.10 ID:ibyFM1MOo
 再び面倒な手順を踏んでシェルター然とした倉庫から外に出ると、ユエは溜息混じりに肩を竦める。

 が、すぐに気を引き締め直し、姿勢を正した。

ユエ(意外なほど、400シリーズにご執心だな……。
   カタログスペックとは言え、211や212に匹敵し、390型を上回るからか……)

 ユエは研究室に向けて歩きながら、そんな事を考えていた。

 実を言えば、一年半前までのホンは400シリーズの開発に、それほど乗り気では無かった。

 新型機など作らなくとも、数を揃えれば戦争には勝てる。

 物量に頼るのは、戦争の真理だ。

 何せ、地続きのメガフロートの話、十対十よりも百対十や千対十の方が戦争をする上では有利になる。

 ユエは一部のエース用の機体として400シリーズの開発を続けていたが、
 試作機が完成した頃になってホンの態度も大きく変化を迎えた。

 それは、ユエの開発していたGWF400Xの性能が、
 当時の最新鋭機であったGWF387・フルンティングを大きく上回ったのだ。

 豊富な研究資料、市民から搾り取った潤沢な魔力、誰に制限される事も無い研究環境、
 そして、ユエ・ハクチャと言う希代の天才がいて完成を見た400シリーズは、
 確かに傑作機と言って良い名機だった。

 そう、憚る事なく言えば、ユエは自身が天才であると自負していた。

 おそらく、今、世界で最もハートビートエンジンの秘密を解き明かし、
 その構造の究明に辿り着こうとしているのが誰あろう、このユエなのだ。

ユエ(参拾九号……今は天道瑠璃華か。
   アレがギガンティックの開発だけに注力していれば、こうはならなかっただろうが……。
   アレを機関に押し込めてくれた無能共に感謝だな)

 ユエは内心でほくそ笑みながら、また同時に冷や汗を流していた。

 放置されていた試作型エンジンと、幾らかのオプションを寄せ集めて
 驚異的性能の支援機を作り上げるだけの技術を持っている天才、瑠璃華。

 彼女がギガンティック機関に閉じこもってハートビートエンジンの構造究明と、
 オリジナルギガンティックの整備にかかり切りになっていなければ、
 おそらくは最新鋭の390・アメノハバキリシリーズももっと高性能な物になっていただろう。

 行政府としてはギガンティックの平均的な強化よりも、対イマジンに比重を置くべきと判断したのだろうが、
 テロリスト相手とは言え戦時下にその判断は誤りだったと言う他ない。

 お陰で、今年になって山路重工が満を持して発表した最新ギガンティックですら、
 ユエの作り出した400シリーズの敵では無いのだから。
51 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:56.24 ID:ibyFM1MOo
 そして、それがだめ押しになった。

 従来機では相手にすらならないオリジナルギガンティックに加え、物量でも圧倒的に勝る軍と警察。

 勝つためには、質で勝る機体を数多く生産する事。

 そんな事情に合致したのが、ユエの開発していた400シリーズだったのだ。

ユエ「……まあ、都合良く事態が進行している事は、望ましいがね」

 ユエは消え入りそうな声で呟いて、謁見の間のある倉庫と同区画に存在する、自身の研究室の前に立つ。

 スライド式シャッターを開き室内に入ると、そこは整然と整えられた空間だった。

 必要な物が最適な距離に集められた、研究者の城。

 ユエは椅子に腰を下ろすと、据え付けられた端末の電源を入れた。

 すると、研究室内の全てのディスプレイに様々な図面や数値が映し出される。

 ユエはその中の一つ、自身の正面にあるディスプレイに一つの図面を映し出した。

ユエ「………美しい機体だ……」

 それは一つの図面だ。

 GWF001XXXと銘打たれた、大型ギガンティックの内部図面。

 その図面を見ながら、溜息がちに漏らすユエの言葉には、ある種の情念めいた物が宿っていた。

 そして、ディスプレイに手を触れ、指を滑らせると別の内部図面が顔を出す。

 折り重なる二つの図面。

 部分々々ではかなり異なるようだが、そのフレームの全体像はどことなく同じ物を感じさせる。

 その様を見て、ユエの目に狂気じみた執念が宿って行く。

ユエ「もっとだ……もっと強いギガンティックを……。
   トリプルエックスを超える、最強のギガンティックを……」

 ユエは冷静さも、普段の芝居がかった雰囲気すらかなぐり捨てて、どこか熱に魘されたような声音で呟いた。
52 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:28:50.17 ID:ibyFM1MOo
―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。
53 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:29:31.72 ID:ibyFM1MOo
茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。
54 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:06.20 ID:ibyFM1MOo
茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。
55 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:46.27 ID:ibyFM1MOo
 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。
56 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:32:30.07 ID:ibyFM1MOo
 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。
57 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:33:07.21 ID:ibyFM1MOo
茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。
58 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:09.39 ID:ibyFM1MOo
―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。
59 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:58.02 ID:ibyFM1MOo
 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え〜……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ〜、しっぽぉ〜」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う〜ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。
60 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:35:49.13 ID:ibyFM1MOo
茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。
61 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:36:36.36 ID:ibyFM1MOo
茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。
62 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:22.03 ID:ibyFM1MOo
空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。
63 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:59.87 ID:ibyFM1MOo
茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん〜……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。
64 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:38:47.07 ID:ibyFM1MOo
 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ〜」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ〜」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。
65 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:39:25.72 ID:ibyFM1MOo
フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。
66 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:20.59 ID:ibyFM1MOo
 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。
67 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:51.13 ID:ibyFM1MOo
 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。
68 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:41:29.47 ID:ibyFM1MOo
 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。
69 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:11.92 ID:ibyFM1MOo
茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。
70 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:57.01 ID:ibyFM1MOo
空(……不謹慎過ぎるかな……)

 空は高鳴る胸の鼓動を押し留めるように、脳裏にそんな考えを巡らせる。

 まあ、議論の余地も無く不謹慎だろう。

 しかし、空は自責から必要以上に落ち込まぬようにと、前を見据えて走る速度を上げた。

 通路の終端に置かれたロッカーに脱いだ制服を放り込み、各々の愛機に向かって走る。

 先にハンガーにいたレオン達も早々にパイロットスーツに着替え、
 それぞれの乗機に乗り込もうとしている最中だ。

 そんな光景を横目に、空もエールに乗り込む。

サクラ『01、11、12、261、262、263、264。各機搭乗確認。
    戦況確認に入りますが宜しいですか、朝霧副隊長?』

 空がコントロールスフィアに入った途端、そんな風に堅苦しい口調で聞いて来たのは、
 ほのかがオペレーターチーフを務める中、代役でタクティカルオペレーターチーフを務める事となったサクラだ。

 先日の出撃の際には、緊急でそのままほのかがチーフだったので、今回が初のチーフ業務と言う事になる。

 訓練はしていたが、初のチーフ業務で緊張しているのと、彼女らしい生真面目さ故だろう。

空「お願いします、マクフィールドオペレーター」

 空も彼女に習って返すと、サクラは一呼吸置いてから説明を始めた。

サクラ『確認されたイマジンはクモ型……虫の方のクモね。
    前に現れたアルマジロ型とは丁度反対側に当たる外郭自然エリアと
    居住区の間にある運河で巣を展開しつつ、軍のギガンティック部隊と交戦中よ』

 一呼吸置いた事で緊張が解れたのか、サクラは普段通りの口調で戦況を説明する。

空「巣、ですか?」

??『はい、クモの巣です。

   戦闘フィールドを形成しているのか、それとも本来のクモと同様、餌を捕獲するためのネットなのかは、
   ライブラリに照合して似たような行動を取ったイマジンがいないか検索中です』

 怪訝そうに尋ねた空に、サクラの補佐で司令室入りしたタクティカルオペレーターの加賀彩花【かが あやか】が、
 少しだけ強張った声で返した。

 ロイヤルガードからの出向組である彩花は、サクラ以上に緊張しているようだ。

 そうこうしている間に、リニアキャリアは戦場に向けて走り出していた。
71 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:43:37.83 ID:ibyFM1MOo
―4―

 メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 軍のギガンティック部隊が展開している干渉地帯の後方に到着した機関のリニアキャリアから、
 空達は愛機を発進させた。

サクラ『01、12はモードDに合体後、上空からイマジンへ攻撃を。
    11は地上で撹乱、及び01の支援を』

空「了解です。フェイさん!」

 サクラの指示を受けた空はフェイに合図を送る。

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

 フェイの返答と共にシステムを切り替えてモードDへと合体すると、運河を見渡せる高度まで上昇した。

 軍のギガンティック部隊は、外郭自然エリアと運河を半円を描くような陣形で取り囲んでいるようだ。

 その半円の中心には、サクラから説明を受けたクモの巣が見える。

 どうやらクモ型イマジンは今も巣を拡大中らしい。

 軍のギガンティック部隊も威嚇射撃を続けているが、
 低火力の魔力弾による射撃は脅威でも無いと言いたげに、クモ型イマジンは悠然と巣作りに集中していた。

 しかし、それ以上に空の目を引いたのは、イマジンのサイズだ。

空「かなり、大きいですね……」

フェイ「以前に戦闘したバッタ型と同等のサイズでしょうか」

 愕然と漏らした空に、フェイが淡々と応える。

 市民街区と外郭自然エリアを隔てる運河は、決して狭くはない。

 大型の貨物船が最大で三隻まで余裕を持ってすれ違えるように、三百メートルの広さがある。

 イマジンの全長は目測でも運河の幅の二割強……七十メートルはあるようだ。

空「こんな大型イマジンにここまで侵入されるまで気付かないなんて……」

 空はそんな当然の疑問を口にする。

 これだけ大型のイマジンだ。

 メガフロート内に侵入できるルートはかなり少ない。

 四十年以上前に閉ざされたままの空港の大型隔壁か、
 こちらも閉ざされたままになっている外部の港湾施設の隔壁を破壊しなければならないだろう。

 だが、そんな情報は入って来ていない。

フェイ「排水口や排気口から出入り出来るサイズではありませんね。
    以前の軟体生物型のように隠密性の高いイマジンか、或いは……」

空「それって……」

 どこか思案気味な様子で漏らしたフェイに、空も思い当たる節があるのか何かに気付いたように口を開く。

 だが、その瞬間――

レミィ『イマジンが動くぞ!』

 地上で河岸に達しようとしていたレミィが、その気配を察して叫んだ。

空「ッ!?」

 空は息を飲んで驚きながらも長杖を構え、両腰の魔導ランチャーを展開する。
72 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:44:21.76 ID:ibyFM1MOo
 それとほぼ同時に、巨大なクモ型イマジンの頭部が飛んだ。

 胴体と泣き別れになった頭部は、そのまま溶けるように変態して十五メートルほどのクモ型となる。

空「分離した!? それならっ!」

 しかし、空はそれに一瞬だけ驚きながらも、すぐに立て直し、長杖から魔力砲を放つ。

 狙ったのは分離した頭部ではなく、そのまま残っていた胴体……中でも一際大きな腹だ。

 空の魔力砲は呆気なくイマジンの腹を貫通し、川面に当たって乱拡散して巣を一気に散り散りにした。

フェイ「初弾命中確認」

 フェイが冷静に状況を伝えるが、その声音には僅かな歓喜すらない。

 まだ状況が好転していない事を、彼女は察知していたのだ。

 その証拠に、腹に巨大な貫通痕を穿たれたクモ型イマジンは、
 僅かに貫通痕の周辺が霧散を始めたものの、残る部位は健在だ。

 だが、すぐに変化が訪れる。

 残った身体の部位が細かく千切れ飛び、
 頭よりも小さな十メートル程度のクモ型となって外郭自然エリアへと散って行く。

空「やっぱり! 該当イマジンは集合型です!」

 空は予感的中と言わんばかりに、通信機越しに司令室に向けて叫んだ。

 集合型イマジン。

 ごく稀に出現するイマジンで、その構造は見ての通り、
 無数の同型イマジンの群が寄り集まって出来た大型イマジンだ。

 司令塔となるイマジンが頭部や心臓部などに位置し、
 身体を形成した群の他個体を先導する形で行動する。

 個体としては弱いが集合体となった場合は、
 個体全ての魔力が積算されるため相応に強力なイマジンとなるのが特徴だ。

 集合型がこのような行動を取るのは、自分達がより大型のイマジンに捕食されないためとも、
 小型イマジンへの威嚇行動とも言われているが、本当の理由は定かではない。

 今回の場合、一回り大きな頭部が司令塔で、それ意外が群と言う事だろう。

 集合型ならば、分離してしまえば排水口や小さな隔壁を破って侵入する事も可能だ。

 膨大な魔力を放つオリジナルギガンティックの接近を察知して、
 いち早く司令塔が分離した事と、的が大き過ぎた事もあって大した被害は与えられていない。

 だが、それなりの数を減らす事が出来た。

 また、司令塔が残っているためか、群の統率も失われていないようだ。

 そのお陰で、てんでバラバラに動かれて包囲網を突破される事も無くなった。
73 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:14.72 ID:ibyFM1MOo
 そして、その戦況は司令室にも伝わっていた。

彩花「集合型イマジン、全体総数の約八十パーセントまで減少。
   魔力平均十二万。最大は司令塔と思われる個体の四十五万です!」

 リズ達からの観測情報を受けた彩花が、まくし立てるように情報を読み上げる。

 その報告を受けて、明日美は僅かに考え込んでから口を開く。

明日美「第二十六小隊は現場に急行。

    朝霧班は第二十六小隊到着までイマジンを牽制、再集合を防ぎなさい。
    増援が到着次第、司令塔を撃破してから各個撃破へ!」

ほのか「司令、副司令。
    01用に追加の大推力ブースターと予備のシールドスタビライザーの使用を進言します」

 明日美の指示で各オペレーターが動き出す中、
 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかがそんな案を持ち掛ける。

 その提案にに応えたのはアーネストだった。

アーネスト「許可する。

      柊チーフ代行、整備班に指示を。
      リニアキャリアは予備の四号を使いたまえ」

雪菜「了解です。
   リニアキャリア四号に整備用パワーローダー、
   及び、01用高機動空戦コンテナを積載開始。
   積載完了次第、発進体勢へ!」

 アーネストの指示を受けて、雪菜が整備班に通達を行う。

 その状況を見ながら、明日美は深く息を吐く。

明日美「ハァ……まさか、この状況で九年ぶりの集合型とは……」

アーネスト「例の軟体生物型の時ほど危急ではありませんが、あまり歓迎したくは無い状況ですね……」

 溜息混じりの明日美の言に、アーネストも小声で応えてから肩を竦めた。

 ドライバー達には十分にシミュレーターで訓練させているが、
 現在のドライバーの中で集合型イマジンとの実戦を行った者はいない。

 加えて、件の卵嚢騒ぎで頭数も少ないと言う苦境である。

明日美「これ以上の面同事は………あ、いえ、言うべきでは無いわね」

アーネスト「噂をすると、ですからね」

 言いかけて口を噤んだ明日美に、アーネストも微かな苦笑いを浮かべて呟く。

 そうこうしている間に、リニアキャリアへの積載が完了したようだ。

クララ「第二十六小隊専用リニアキャリア発進に続けて、四号発進どうぞ!」

 クララが指示を出すと、司令室側面のモニターに二編成のリニアキャリアが発進して行く様が見えた。
74 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:54.02 ID:ibyFM1MOo
 リニアキャリア発進から五分ほど経過した頃。
 再び、メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 空達は三機が分離状態で三方向から魔力弾を放ちつつ、
 集合型イマジンを一つ所に留まらせないように牽制を続けていた。

 隙を見せればまた合体されるので、それを避けるためだ。

レミィ『まったく……ちょこまかと跳ね回るな!』

 レミィが苛ついたように叫び、ヴィクセンの口腔部から魔力弾を放つ。

 胴体に魔力弾を掠めた兵隊クモは、のたうち回りながら霧散して行く。

イマジン『KaTiッ! KaTiKaTiッ!!』

 だが、司令塔イマジンは牙を鳴らして部下達に指示を送り、すぐに隊列を整えさせる。

 その指示の下、兵隊クモ達は仲間を失った事に動揺する素振りも見せず、
 整然と機械のように動き続けるのだ。

 空達が隙を窺いつつ兵隊の数を減らしても、正に“焼け石に水”と言うレベルだった。

茜『待たせたな!』

 背後から茜の声が響き、長杖を構えて砲撃を続けるエール……空の隣に、クレーストが降り立つ。

 さらに、レミィの元にはレオン、フェイの元には紗樹と遼の機体が後方支援に付いている。

空「茜さん! レオンさん達も!」

 予想以上に素早い仲間達の到着に空は驚きの声を上げつつ、
 不謹慎とは思ったものの、早くも叶ってしまった茜との共闘に、内心で歓喜する。

茜『空、君は後方に下がって装備の換装を!』

空「ハイッ!」

 空は声を弾ませ、茜の言葉通りに後方に下がる。

 止まって砲台になっている分にはあまり不便を感じる事は無いが、
 こうやって動くと相変わらず挙動が重い機体だ。

 空は十分な距離を取ってから機体を反転させると、
 ブースターを噴かしてリニアキャリアとの合流地点へと向かう。

 空が合流地点へとたどり着いた時には換装準備は既に始まっており、
 リニアキャリアから発進した三台の大型作業用パワーローダーが、
 展開したコンテナから装備を取り出している途中だった。

 整備班も気付いたのか、誘導灯を装備した小型パワーローダーが
 空の到着に合わせて着地地点へと誘導を開始する。

 空が誘導通りに広い交差点へと降り立つと、
 背後と左右から装備を保持したパワーローダーが滑り込むように進み出た。

空「お願いします!」

整備班1『あいよ、副隊長さん! 超特急で済ませまさぁ!』

 空の声に景気よく応えたパワーローダーのドライバーは、
 手早く背面の小型ブースターを取り外し、大型の大推力ブースターへと換装させる。

 左右のパワーローダーも、既に取り外されている肩のドッキングコネクターに合わせ、
 シールドスタビライザーを装着させた。

空「システムリンク確認……簡易OSS接続……完了!
  換装作業、ありがとうございます!」

 空はディスプレイを見ながら換装が完了した事を確認すると、感謝の言葉を残して飛び立つ。

整備班2『どう致しまして!』

整備班3『大暴れしておいでよ!』

 先程とは別の整備班達の言葉に背を押されるようにして、空は戦場へと舞い戻る。
75 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:46:42.50 ID:ibyFM1MOo
空(ブースターの推力もさっきよりは高いし、
  シールドスタビライザーの浮遊魔法のお陰で機体も軽い……。

  シミュレーション通りモードDほどじゃないけど、
  これなら合体しなくても、いつもぐらいには戦える!)

 空がそんな感想を抱いた頃には、彼女は戦闘空域に到達していた。

空「お待たせしました!」

 空は上空で静止すると、長杖をカノンモードに切り替えて牽制弾を敵のただ中へと向けて放つ。

イマジン『Kaッ! TiTiTiTiTiッ!』

 対する司令塔イマジンは兵隊クモに指示を飛ばし、十数体で防壁を作り上げた。

 砲撃の射線上に合わせてみっちりと敷き詰められたタイルのようになったイマジン達は、
 空の放った砲撃を相殺するのと引き換えに霧散して消えて行く。

 これで二割方の兵隊を消し飛ばしたが、まだ司令塔は無傷だ。

 最初に兵隊から自身を切り離して逃げる算段を立てたり、
 今のように防壁を作り出したりと、かなり慎重な動きを見せる司令塔だった。

 だが――

?『そこぉっ!』

 空の砲撃が掻き消され、防壁となった兵隊イマジンが消え去ろうとする瞬間、
 濃霧のようなマギアリヒトの空間を切り裂いて、茜色の魔力を纏った黒騎士が突進する。

 茜とクレーストだ。

 右手に構えた大太刀に、身に纏う魔力と同じ茜色をした電撃が走る。

茜『天ノ型が参・改! 破天・雷刃ッ!!』

 雷電変換された魔力を纏った、全体重をかけた超高速の突き。

 本来ならば左の小太刀による陣舞と合わせた、高速二段突きの天舞・破陣がその真骨頂だが、
 敵の防御を突き崩す陣舞の役割は空の砲撃が果たしてくれた。

 部下の犠牲で自身の身を守れたと思い、次なる指示のために動き出そうとしていた司令塔イマジンは、
 目隠しのマギアリヒトの霧の向こうから突進して来るクレーストの姿に驚愕する。

イマジン『Kaッ――』

 慌てて指示を出そうと顎を鳴らした瞬間には、クレーストの突きは口から腹までを正確に刺し貫いていた。

茜『空、止めだっ!』

 茜は振り返る事なく、太刀の切っ先を後方上空に振り払うようにして放り投げる。

 一方、空も油断無く次弾を放つ手筈を整えていた事もあり、驚きながらも茜とのコンビネーションに応える事が出来た。

空「了解ッ! 出力ハーフマキシマム……ファイヤッ!!」

 カノンモードのままの長杖から、巨大な魔力砲弾が放たれる。

 フルチャージでは無いが、魔力の弱い個体相手ならばこれで十二分だ。

 空の放った一撃は、上空高くで藻掻く司令塔イマジンを瞬く間に消し飛ばした。

レオン『おっ、急拵えの割にいい感じに合わせて来るな』

 後方で間断なく牽制射撃を続けていたレオンが、その様子に歓声を上げる。

 シミュレーターや組み手で少しはお互いの呼吸を掴んではいたが、
 レオンの言葉通り、急造とは思えないほど整ったコンビネーションだ。
76 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:47:36.25 ID:ibyFM1MOo
空(凄い……レミィちゃんやフェイさんとのコンビネーションとも違う……。
  身体に馴染むような、不思議な感覚だ……!)

 急造コンビネーションの成功には、空自身も驚いていた。

 打ち合わせなど一切無く、茜が自分に合わせ、その茜に自分が合わせると言う、
 実に行き当たりばったりのコンビネーションだったにも拘わらず、この結果だ。

 オリジナルドライバー同士が幼馴染みであり親友同士でもあり、連携能力も高かったが故に、
 二機に選ばれた現在のドライバー同士でも通じ合う部分があるのだろう。

 阿吽の呼吸と言っても過言では無い能力だ。

空(これで……エールが完全だったら……)

 空は昂奮と同時に、そんな思いを抱く。

 もしも、エールが完璧な状態だったら……。

 せめて、AIが完全に起動していたら……。

 自分と茜は、どこまでのコンビネーションを見せる事が出来るのだろうか?

 そんな思いを抱かずにはいられなかった。

フェイ『隊列の瓦解を確認。各個撃破に移行します』

 だが、そんな空の思考の翳りを、フェイの冷静な声が振り払う。

空(戦闘中に何を考えてるんだろう、私……!)

 空は慌てて頭を振ると、副隊長としての任を果たすべく、仲間達に向けて回線を開く。

空「レミィちゃん、フェイさん!
  二十六小隊の皆さんと連携して一体一体、確実に倒して下さい!
  前衛は私と本條小隊長が務めます!」

サクラ『朝霧副隊長の現場判断に任せます。

    敵を残したら、その個体が司令塔になって増殖する危険があるわ。
    一体でも逃がさないように十分注意して!』

 空が指示を出すと、司令室のサクラからも注意の声が飛ぶ。

 集合型イマジンの一番厄介な所は、サクラの注意の通りである。

 一体でも残しておくと、周囲のマギアリヒトを吸収して司令塔と化し、新たな兵隊を作り出す。

 これまたサクラの言葉通り、一体残らず倒さなければならないのだ。

 そして、サクラの言葉を皮切りに、空の指示で全員が一斉に動き出す。
77 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:48:14.18 ID:ibyFM1MOo
茜『アルベルト、私と01の援護に着け!
  東雲、徳倉はそれぞれ12、11の後方支援だ!』

レオン『ウィっす、お嬢!』

紗樹『……東雲、了解しました』

遼『徳倉、了解』

 茜が指示を出すと、第二十六小隊の面々は返答と共にそれぞれの配置に回った。

 紗樹の返答が僅かに鈍かったのは、おそらくレミィの援護に付けなかったためだろう。

 そんな部下の様子に、茜は情けないやら微笑ましいやらで複雑な表情を浮かべて肩を竦めた。

 一方、イマジンにも動きがあった。

 いや、それは“動き”などと言える整然とした物ではなかった。

 司令塔を失ってバラバラに逃げ惑う、正に潰走だ。

 空達はそれらを追い掛け、一体一体、確実に処理して行く。

 中には錯乱して向かって来る者もいたが、それらも慌てずに撃破する。

 こうなってしまえば、後は作業だ。

 逃げ惑う兵隊イマジン達を追い掛けて、徐々に戦域も拡大しつつあるが、
 軍のギガンティック部隊が作る防衛ラインからの牽制射撃で追い返される。

空「何て言うか……こうなって来ると害虫駆除みたいだね……」

レミィ『相手も蜘蛛だしな……っと、少し離れた場所に動いたヤツがいる。
    私は徳倉さんとそっちを叩きに行く』

 苦笑い気味に漏らした空の言葉に応えたレミィは、そう言って戦列を離れて行く。

 空は横目でレミィのヴィクセンを見送りながら、
 正面から向かって来た兵隊イマジンを長杖のエッジで大上段から叩き斬る。

 確かに、戦況は空の言葉通り、害虫駆除の様相を呈していた。

空(嫌なタイミングで出現されたけれど、これなら何とかなりそう……)

 戦闘を続けながら、空は胸を撫で下ろす。

 この調子ならば、あと数分で全てのカタが付くだろう。
78 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:49:06.73 ID:ibyFM1MOo
 そんな戦場の雰囲気は司令室にも伝わっていた。

ほのか「今回は無事に終わりそうですね……。
    発見が早かった事と、イマジンが巣作りに注力していたお陰で、
    現状、人的被害も伝えられていませんし……」

 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかは、
 ディスプレイに次々と映し出されるデータを確認しながら呟いた。

明日美「ええ……。
    朝霧副隊長と本條小隊長の連携の練度も確認できたし、戦果としても十分ね」

 明日美も頷いてから、感慨深げに返す。

 実際、明日美の目から見ても空と茜の連携は見事だった。

明日美(流石に母さんと奏さん程ではないけれど……、
    それでもここまでの連携を見せてくれるとは思わなかったわ……)

 砲撃直後の突撃、ほぼ間隔を開けず上空への投擲に砲撃を合わせる。

 急造でここまでのコンビネーションを見せられたら、納得せざるを得ない。

明日美(派遣期間が終わってロイヤルガードに返すのが惜しいくらいね……)

 明日美は不意にそんな事を思う。

 あの二人を同じチームに所属させる事が出来たら……。

明日美(………出来れば、クライノートの適格者がいてくれたら、
    さらに良かったのだけれど……。まあ、無理ね……どちらも)

 と、そこまで考えて、明日美は溜息と共にその考えを否定した。

 これでも一組織の長だ。

 無茶を承知で通さなければならない事もあるが、コレはさすがに無茶をしてまで通すべき事ではない。

 ロイヤルガード上層部が納得し、軍部が黙認しようとも、茜自身が異動に納得しないだろう。

 彼女の目的は、あくまで警察の構成員としてオリジナルギガンティックのドライバーを務める事だ。

 ギガンティック機関に所属していてもテロと戦う事は出来るが、優先度は低くなってしまう。

 それは彼女にとって都合の良い事ではない。

明日美(あの子の頑なさは、どう考えても母さん譲りね……隔世遺伝かしら?)

 明日美がそんな事を考えていると、不意に傍らのアーネストが口を開く。

アーネスト「何かお悩みですか?」

明日美「ええ……あの子達の連携を見ていて、ふと、ね」

 小声で話しかけて来たアーネストに、明日美はどこか自嘲気味に呟く。

アーネスト「ああ……それは確かに」

 明日美の口調から察したのか、アーネストも納得したように頷き、さらに続ける。

アーネスト「……茜君が、納得しないでしょうね」

明日美「ええ……」

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて、明日美は溜息混じりに頷いた。

 どうやら、彼の考えも行き着く先は同じようだ。

明日美「それに、仮に逆の場合は朝霧君も……。理由は茜君とは正反対でしょうが」

明日美「ああ……そう言うパターンもあり得るのね」

 アーネストの意見に、明日美は思い出したように漏らす。

 空がロイヤルガードに出向すると言う選択肢も、有るには有った。

 空は副隊長として部隊に欠かす事の出来ない人材になりつつあるので、
 無意識の内にその選択肢を除外していたようだ。
79 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:50:01.46 ID:ibyFM1MOo
明日美「まあ、しばらくはこの編成でしょうし、束の間の夢みたいな物よ……」

 明日美は小さく頷いてから、感慨深く漏らす。

明日美「………」

 無言のまま軽く握った拳を、胸元に翳す。

 四十四年前、人類がイマジンに敗北し、
 地球外に脱出した人々の護衛として師や師の母達が去って行ったその日以来、
 あの二機が連携して戦う様を再び見られるようになるとは明日美自身も思っていなかった。

 ほんの数ヶ月の間とは言え、甦ったその姿は、
 明日美にとっては正に束の間の夢のような光景なのだろう。

 若かりし日に、その背を追って強くなろうと邁進し続けた、
 瞼の裏に焼き付いた残光のような記憶が、目を見開いた先で繰り広げられている。

 これ程、嬉しい事は無い。

アーネスト「明日美さん?」

 一方、黙り込んでしまった明日美を心配してか、アーネストが不安げに呼ぶ。

明日美「ん、ああ……ごめんなさい。
    年甲斐も無くドキドキしてしまったわ……」

 明日美は照れ隠しに笑みを浮かべて、しっかりとメインスクリーンを見据えた。

 戦闘も佳境で、残りの兵隊イマジンも十数体と言った所だ。

 しかし、その時である。

リズ「? ……戦闘区域のセンサーが魔力異常増大を察知!
   該当識別コードありません!」

 不意に入って来た情報に、リズが驚いたような声で報告する。

ほのか「サクラ、リズと連携して状況確認、戦況マップ構築急いで!
    加賀さんはそれを各ドライバーに逐次転送!」

 ほのかは慌てた様子で指示を出し、背後の明日美とアーネストに視線で確認を取る。

アーネスト「コンタクトペレーター各員、魔力の異常増大が起きているポイントの特定を急げ」

 アーネストは足りない部分の指示を出し、明日美と目を合わせる。

アーネスト「状況は、また芳しいとは言い切れなくなって来ましたね……」

明日美「ええ……。ただ、第三フロートと正反対だったのが不幸中の幸いかしら……」

 苦々しげなアーネストの言に、明日美は思案気味に呟く。

 第三フロートにはまだ四十個近い卵嚢が未処理のまま残っている。

 魔力の異常増大のような刺激が卵嚢群の付近で起きたとしたら、それこそ大惨事に直結しかねない。

 そして、こちらは丁度、正反対の第七フロート側だ。

 状況の確認は未だ正確ではないが、現時点では不幸中の幸いであった。

 そう、“現時点”では。
80 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:51:15.99 ID:ibyFM1MOo
エミリー「メイン・第七フロート連絡通路隔壁が異常を検知しました!
     周辺カメラの映像から大量の魔力による爆発と思われます!」

ルーシィ「兵隊イマジン、魔力反応に向けて移動開始!」

 エミリーとルーシィの報告を聞きながら、明日美は沈思する。

 イマジンが引き寄せられていると言う事は、純粋な魔力による爆発の可能性が高い。

明日美(つまり……魔導弾のような魔力爆弾による爆発?
    イマジンでは無いと言う事……第七フロートとの連絡通路で?

    …………まさか!?)

 頭の中で情報を整理しながら、明日美はある推測に行き当たり、驚きで目を見開いた。

明日美「至急、隔壁付近の映像をメインスクリーンに!」

 明日美が慌てた様子で指示を出すと、すぐにメインスクリーンに現場の映像が映る。

 どうやら、情報収集の間に準備がされていたようだ。

 確かに、エミリーの報告通りに魔力爆発が起きたようで、隔壁周辺が円形に消し飛んでいる。

 砕け散ったマギアリヒトが粉塵のように舞って輝いている様は、通常の爆発や火災とは違う事を現していた。

 しかし、事態はそれだけでは終わらない。

 マギアリヒトの粉塵の向こうから、巨大な影が幾つも姿を現す。

 ギガンティックだ。

ほのか「機種と所属の特定急いで! 警察庁と行政庁に緊急通達!」

 ほのかは愕然としながらも仲間達に指示を飛ばす。

 機種はともかく、状況証拠だけでも所属は一目瞭然だ。

 そう、第七フロートから現れる所属不明の機体など、60年事件の実行犯達以外にあり得ない。

アーネスト「………こんなタイミングで、連中が動くとは」

 アーネストは自分たちの見通しが甘かった事を思い知らされ、歯噛みするように呟く。

明日美「っ………!」

 明日美も両手を額の前で組み、顔を俯けさせて苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、いつまでも俯いていられない。

 同じ戦闘区域にイマジンとテロリストが現れるなど、前代未聞の状況だ。

 早急に対処出来る者が、これに対処しなければならない。

明日美「各機に伝達! これよりイマジン、テロリストの両面殲滅作戦に移行します!」

 明日美は決断と共に顔を上げ、そう宣言する。

 明日美からの指示に、司令室にかつてない緊張が走った。


 西暦2075年7月8日。
 十五年前に閉ざされた第七フロート第三層と繋がる扉の一つが、今、再び開かれたのだった。


第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜・了
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