38: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:00:19.35 ID:neaYQz3o0
一つ目の巨人の大きな瞳が、天上に達した月を映し出している。
魔物の急所が、人間と同じとは限らないが人の形をしているのだ、潰れぬ目があるはずもない。
しかし、巨人の背丈は建屋の屋根程もある。
明らかな弱点ではあるが、あの大きな目玉に僕の棍棒は届かない。
39: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:00:55.57 ID:neaYQz3o0
♦
剣の扱いは、父上にならった。
農閑期、日がな一日木刀を振り続け手の豆を潰す日もあった。
父上は、暮らしの助けとなるとは思えない知識や技術を僕に厳しく仕込んだ。
40: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:01:24.47 ID:neaYQz3o0
それらは、麦を刈り森と共に生きる一介の農民には不要なものだ。
僕と父の関係も、農家の親子というよりは師と弟子に近いものだった。
それもあってか僕の家は、村の中でもかなり浮いた存在だったように思う。
父上は、他の家と交わることを避けていたし、それどころか父上の村人との接し方はどこか尊大に見えることすらあった。
41: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:02:04.53 ID:neaYQz3o0
母はしばらくためらったが、遂に白状した。
曰く、父はアコレードを受けるほどの名家の出自であった。
だが、その後どういう経緯で、この村にたどり着いたかまでは終ぞ教えてくれなかった。
42: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:02:47.40 ID:neaYQz3o0
夕食時、家のドアがドンと大きく叩かれた。
戸口にたった母が、ドアを開ける。立っていたのは、灰色の肌で猪の頭を持った悪魔。
僕は、それが何者なのかを知っていた。父の蔵書、古き英雄誌に出てくるカインの末裔オークだ。
43: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:03:27.87 ID:neaYQz3o0
ベットの下で、僕は必至に息を殺し震えた。
母が、人が、いとも簡単に、想像を超えた最期を迎えるのを目にして。
湧き上がったのは怒りでも、悲しさでもなく初めて見る魔物への恐怖であった。
44: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:04:04.15 ID:neaYQz3o0
ふと、肩に何かが当たっていることに気付き、僕は薄暗がりに目を凝らす。
それは、僕らの質素な暮らしには不相応に立派な剣だった。
鞘には銀であしらった鷲が、鍔にはアザミの紋章が刻まれている。
45: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:04:34.99 ID:neaYQz3o0
そして、父上は、僕を農家の子としてではなく騎士の子として育てようとしていたに違いない。
父上が口を酸っぱくして僕に説き聞かせた、「正しい」生き様とは「騎士道」のことなのだ。
ドスンと、大きなものが倒れる音を全身で感じた。
46: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:05:20.69 ID:neaYQz3o0
父上の口が、微かに動いた。
だが出てくるのは、赤い泡ばかりで声になっていない。
いや、父上は声にならずとも僕に何か伝えようとしているのだ。
僕は、父上の口の動きに意識を尖らせた。
47: ◆CItYBDS.l2[saga]
2024/04/16(火) 21:05:47.18 ID:neaYQz3o0
思い浮かぶのは、父上との厳しい鍛錬の日々であった。
雨の日も、風の日も、嵐の日もたゆまず続けられた父上の指導。
幼い頃より、繰り返し言い聞かされた「正しい生き様」。
そう「騎士道」だ。
84Res/42.31 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20