【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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27:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:49:15.66 ID:I2AyKHWk0
 温泉街をしばらく散策して、部屋に戻り。
 びっくりするくらい豪華だった夕食を部屋で済ませ、ふたりは温泉へ向かった。

 少しずつ少しずつだけど、ふたりの間に言葉数が増えていく。
 必要に応じてする会話だけではない、雑談などが増えていく。
 ちょっとずつちょっとずつ、ふたりの「昔の雰囲気」を取り戻していく。

 露天風呂に出ると、もう月が顔を出していて。
 ふたりで月を見ながらまったりと湯につかり、今のお互いのクラスメイトの話などを、ぽつぽつと語り合った。
 会話の内容は本当にとりとめもないものだったが、その言葉のひとつひとつには、お互いの気持ちが乗っていた。
 この半年の間に募っていた想い。ずっとお互いを意識しないように気を付けながら、その中でどうしようもなく生まれていた想い。
 その気持ちを言葉に乗せて交換し合ううちに、お互いの距離が少しずつ少しずつ戻っていくような気がして。
 やっぱり、来てよかったのかもしれないと、櫻子も思い始めていた。

 のぼせないうちに風呂から上がり、浴衣に着替えて部屋に戻る。
 櫻子はまた勉強を始め、向日葵は自分の定位置と化した窓際のソファに腰を下ろした。
 もう、ふたりの間に静寂があってもあまり気にならない。
 だから櫻子は、自分の中の気持ちに向き合いながら、向日葵にかける言葉をゆっくりと探した。

「ひ、向日葵」
「はい?」
「……ごめんね、ほんと」
「なにがですの?」
「あのとき……0点とって」
「!」

 去年の冬休み前……すべてが始まったあの日の出来事。
 櫻子は、あの日からずっと、心の中で悔やみ続けていた。

『あなたが自分で勉強しない道を選んで、あなたが自分で0点をとって……それでなんで私に謝るんですの』

 あのときの向日葵の言葉は、今も胸に刺さったまま、抜けていない。
 その棘を、一生背負っていかなければいけない咎として見つめ、もう二度と同じ過ちを繰り返すまいという決意に変えて、櫻子はここまで頑張り続けていた。

 あのときの向日葵の泣き顔。あのときの向日葵の悲し気な声。それを思い出すたびに怖くなる。
 あの日のことを本当に許してもらうには……実際の受験で一緒に合格するしかない。
 そのときまで、自分には向日葵と仲良く話す資格なんかないんだと、そう思い込んでいた。

 だから本当は、今のこの謝罪の言葉にも意味はない。
 今いくら言葉を重ねて謝ったところで、実際の本番で落ちてしまえば、何の意味もないのだから。
 それどころか、また向日葵を期待させてしまって、また向日葵を裏切ってしまうことに繋がってしまうかもしれない。
 それでも櫻子は……やっぱりどうしても、向日葵にこのことを謝りたかった。

 弱々しい声で謝ってきた櫻子の視線を感じながら、向日葵は目を閉じて、湯呑に小さく口をつける。
 そして、温泉街の夜景を見下ろしつつ、優しく言った。

「そんなの……」
「……」
「そんな昔のこと、もう忘れましたわ」
「……ええっ!?」

 櫻子が素っ頓狂な声を上げて膝立ちになる。向日葵はその反応に思わず微笑みながら、また湯呑を傾けて表情を隠した。

「忘れたって……そんなのアリなの!?」
「だって忘れちゃったんですもの。もう半年も前のことじゃない」
「でも、向日葵すごい怒ってたじゃん! あんなに泣いてたじゃん!」
「いいんですのよ、過去のことは」
「え……」
「今のあなたなら、もうあんな点数は二度と取らないでしょう。それだけで十分なんですわ」

 呆然としている櫻子に微笑みかける向日葵。
 向日葵もまた、自分を傷つけるほど必死に頑張っている櫻子に対し、ずっと伝えたい気持ちがあった。

 櫻子が不安を抱えながら頑張っていることは、ずっとずっとわかっていた。
 それでも、今は櫻子の負担になってはいけないと思い、あえて距離を取り続けた。
 けれど、櫻子の不安を取り除いてあげたい、櫻子の罪悪感を取り払ってあげたいという気持ちもずっと抱えていて。
 今日一日櫻子が勉強している姿をそばで見続けて、その気持ちが何なのかに、ゆっくり向き合うことができた。

 それは……櫻子のことを、応援したいという気持ち。

 少しずつ、少しずつ努力を重ねて、険しい道を一歩ずつ歩み続けてきた櫻子。
 自分のために本気になって、ここまで成績を上げてきた櫻子。
 その様子を、今日こうして改めて目の当たりにしてみて……何もしないわけにはいかないという気持ちが、向日葵の中にふつふつと湧いてきていた。

 本当はいつだって、櫻子のためにできることなら何でもしてあげたいというのが、向日葵の純粋な気持ちだった。
 頑張っている櫻子を見るのが、本当は心の底から嬉しくて、愛しかった。

 ずっと抱えていた謝罪の気持ちを「忘れた」の一言ですかされてしまった櫻子は、脱力感に苛まれ、ぐでんと畳の上に倒れる。
 すっかり身体に力が入らなくなってしまったようで、向日葵はくすくすと笑いながら、「今日はもう寝ましょうか」と就寝準備にとりかかった。


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