24:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:46:34.60 ID:I2AyKHWk0
向日葵に事情を説明され、妹たちとLINEでメッセージを交わし、さすがの櫻子にもようやく事態が飲み込めてきた。
――自分と向日葵を、ふたりきりで温泉旅行に行かせる。
そのために花子と撫子、そしてちなつとあかりが、グルになって動いていたのだ。
乗り換え予定の駅でひとまず降りたふたりは、所在なさげにホームに立ち尽くす。
櫻子は、ここ最近の花子の様子がどこかおかしかったことに思いを馳せていた。
向日葵との関係を「元に戻そう」としたがるような妹の雰囲気は、どことなく感じていた。
向日葵の話を持ち出す頻度が昔より明らかに増え、「今ごろひま姉どうしてるかな」などと、こちらに意識させるように話すことが確かに多かった。
なんならもう、ソファでごろごろしながら「やっぱりひま姉に勉強見てもらいなよ」などと言ってきていた。
同じようなことは向日葵にも思い当たるフシがあった。ちなつとあかりとは今も同じクラスなので、当然話をする機会は毎日のようにあるのだが、櫻子の話を持ち出すことが急に多くなっていた。
まさかここまでの強硬手段に打ってくるとは、さすがに思わなかったが。
「……どうしますの、櫻子」
「え……」
「今ならまだ、戻ろうと思えば戻れますけど」
「……」
向日葵の隣に立ち、ホームでぱたぱたと生暖かい風を受ける櫻子。
突然こんなことに巻き込まれて、了解もなくこんなことをされて、少し腹が立っていたのは事実だった。
けれど、ここ最近ずっと、向日葵のことが気になっている自分もいた。
学校にいる間はお互いの姿くらいは確認できる。「今も元気そうにしている」ということくらいは、廊下から遠目に見るだけでも確認できる。
けれど夏休みに入って会う回数が一切なくなると、途端に自分の中で向日葵の顔が思い浮かぶ頻度が増えていた。
花子の言葉を受けて、「確かに今頃なにしてるんだろう」と気になって、ぼーっとベッドに寝転がってしまう時間が増えていた。
その向日葵が、今は隣にいる。
自分も背が大きくなったと周囲から言われることが増えていたけど、久しぶりに間近で見る向日葵も昔より大きくなっているような気がした。
背だけじゃない。雰囲気もどこか大人っぽくなっているような気がして、「今の向日葵ってこんな感じなんだ」と思う感覚が、むずがゆくも嬉しかった。
「あなたは……あんまり行きたくないんじゃない?」
「え……」
「ほら、本当は忙しいんでしょうし……そのバッグも、勉強道具とか入ってるみたいですし」
宿泊券の入った封筒をもじもじと手でいじりながら、ぽつりとつぶやく向日葵。
親しい人物に騙されたという境遇は同じだったが、向日葵の行動原理が変わることはない。
櫻子のしたいようにさせてあげる。ただそれだけだった。
櫻子が帰りたいなら、一緒に帰る。無茶な計画を立てた友人たちを少しだけ怒って、そしてまたいつも通りの日常に戻る。
でももし、櫻子がこのまま旅行に行きたいと言うのなら、一緒にそれに付き合う。
根をつめて頑張っている櫻子が気分転換できるまで……櫻子が満足するまで、一緒にいてあげる。ただそれだけ。
選択権は、櫻子にある。
けれど、 “自分自身の本心” というものは、意志とは関係なしに……言葉の端々や所作にどうしようもなく滲み出てしまっていて。
櫻子もそれに気づかないほど、もう子どもではなかった。
(向日葵は、一緒に行きたいんだ……)
「……」
(私と……一緒に)
ふっと一息ついてから、足元に置いた荷物を背負い直して、櫻子はわざとらしく大きな伸びをした。
向日葵が顔をあげ、その様子を見つめる。
「次、何番線のればいいの?」
「えっ?」
「せっかくここまで来たんだしさ。行こうよ、温泉」
そう言われた向日葵の瞳が嬉しそうにぱあっと煌めいたのを、櫻子は確かに見てしまった。
ずっと昔から……幼稚園に通っていたころから、向日葵が嬉しそうにするときの目は変わらない。
「私、ねーちゃんと花子に任せっきりだったから、旅館の場所とかもわかんないよ。だから向日葵教えて」
「ええ、大丈夫ですわ」
違う路線へと乗り換えるため、荷物を持って歩き出す櫻子。
向日葵はやや小走り気味に、その隣を着いていった。
こうやって並んで歩くのは、本当に半年以上ぶりのことで。
その歩幅も、風に乗ってわずかに香る髪の匂いも、何もかもが懐かしくて、そして嬉しかった。
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