23:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:45:44.52 ID:I2AyKHWk0
「ねー、どこにいるの!?」
『今飲み物買ってるから。すぐ行くよ』
「早くしなよ、もう電車来るよ!?」
『大丈夫だって。っていうか櫻子こそ、ホームの位置間違えてないよね』
「間違えてないし、もうとっくについてるんだけど!」
数日が経ち、旅行の日がやってきた。
大きな駅で電車に乗って、目的の温泉街へ。久しぶりの、姉妹だけのお出かけ。
勉強道具と着替えだけをバッグに用意してきた櫻子は、駅のホームで撫子に電話をかけていた。まもなく電車が来るというアナウンスが鳴ったのに、飲み物を買いに行ったらしい花子と撫子が戻ってこないことに焦っている。
「わー、電車来ちゃったよ! どうすんの!?」
『乗って乗って。私たちも近いところから乗るから』
「ほんとに!? 乗っていいの!?」
『乗って。後ろの方の車両にいるからさ、こっちきて合流しよ』
「も〜!」
出発からいきなりトラブルになりかけていることにハラハラしながら通話をきり、電車に乗る櫻子。
花子と撫子はその様子を、少し離れた階段の陰からこっそり見守っていた。
「……よし、櫻子乗ったよ。花子、向こうの様子はどう?」
「大丈夫、向こうも乗ったって」
「OK、うまくいきそうだね」
〜
「まったくもう、ねーちゃんと花子はしょうがないんだから……!」
ごとごと揺れる電車内を気を付けながら歩き、先頭から後方の車両を目指す櫻子。
旅行のプランやスケジュールに関することはすべて姉と妹に任せたものの、出だしからこんなことで今回の旅行は大丈夫なのかと不安になる。
つり革や手すりを経由しながら、少しずつ少しずつ後ろの方へ。
そして、後方の車両へと繋がるドアを開けたとき、ちょうど向こうにも同じように、ドアに手をかけていた人がいた。
「きゃっ」
「あ、すみま…………」
「えっ」
「え」
それは両者にとって、まったく予想だにしていなかった人物。
こんなところで出会うはずがない。こんな日にこんなところで、偶然に会うなんて。
「さ、櫻子!?」
「向日葵……っ!?」
大室櫻子、古谷向日葵、中学三年の夏。
涼しげな格好に身を包み、旅行の荷物を持ったふたりは、お互いの顔を見つめ合ったまま、電車の連結部分にしばらく立ち尽くしていた。
ふたりとも、お互いの顔を見るのは終業式以来だった。
その日だって、べつに直接話をしたわけじゃなくて、お互いに遠くからその姿を確認しただけのことで。
こうして身近な距離で見つめ合うのは、一体どれくらいぶりのことだろうか。
「な、なんでこんなとこにいるんですの……?」
「そ、そっちこそ!」
「え……ま、まさかっ」
何かがおかしいと先に気づいたのは、向日葵の方。
周囲の視線を気にしてとりあえずドアを閉じ、櫻子を傍らに待機させたまま大慌てでスマホを取り出す。
どういうことなのかと問い詰めるLINEをふたりの友人に送ると……一瞬で既読がついた。
返信が返ってくるまでもなく、はめられたことに気付く。
「櫻子……あなた、どこか行く予定?」
「どこって……ねーちゃんと花子と一緒に、温泉に……」
「や、やっぱり!」
「え、なに……?」
向日葵は何かを思い出し、ふたりのクラスメイトにあらかじめ渡されていた可愛らしい封筒を取り出す。
封を開けると、そこにはこれから向かう温泉旅館の宿泊券が、 “2枚だけ” 入っていた。
「あーっ、ここ! ここ行くって言ってた、花子たち!」
「……」
「え、なんで向日葵もこの券持ってるの……? 向日葵も行くの……?」
「私たち……だけですわよ」
「は?」
向日葵の持っていた封筒から、小さな紙がひらりと舞い落ちる。
櫻子はそれを拾い上げると、そこに書かれている文章の突飛さに、思わず声をあげそうになった。
[ふたりで久しぶりにゆっくり過ごしてネ♪ ちなつ]
[ひま姉、櫻子をよろしくお願いします 花子]
「な、なにこれ!? なんで花子とちなつちゃんが!?」
「やられましたわ……」
動揺するふたりを乗せた電車は、ごとごとと進んでいく。
ふたりきりの温泉旅行が、始まる。
33Res/102.43 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20