1: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:52:58.09 ID:acYUvXZS0
千年の間、空席であった玉座。
冷え切ったであろうその黒檀に、再び熱が宿る。
名のある長どもを、その力をもってしてねじ伏せ。
彼は、魔物の頂き「魔王」の座にたどり着いた。
逞しき体躯からは、オーラが黒き靄のように立ち上り。その輪郭を霞ませる。
しかし、その圧倒的存在感に。彼がいま、そこにおわすことを誰一人として疑うことはない。
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2: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:56:28.32 ID:acYUvXZS0
ほどなく、人類にも彼の即位が伝わるであろう。
彼の生ある限り、魔族たちの悲願である滅びと嘆きにあふれる世界が必ずや実現されるのだ。
ふと、自身の手が震えていることに気づく。
3: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:56:56.10 ID:acYUvXZS0
彼と、剣を交えれば私は確実に死ぬ。
いや、死すらを超える恐怖をこの身に刻まれるであろう。
剣を抜くことができない。彼と戦う意思が湧かない。いますぐ、裸足で逃げ出したい。
御伽噺でしか知らぬ、伝説がいま私の目の前にあるのだ。
4: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:57:24.11 ID:acYUvXZS0
「それで、貴様は誰だ」
「我らは、魔王の座を見守ることを宿命づけられた一族でございます」
5: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:57:52.40 ID:acYUvXZS0
まずは、語らねばならぬ。
一族に伝わる、先の世の魔王と勇者の戦いを。
「私は、一番槍にして語り部。先代魔王の最期を、お伝えするべく御前におわす」
6: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:58:20.52 ID:acYUvXZS0
「勇者に生なし、勇者に死なし。
先王、幾たびも勇者の首を撥ね、胴を螺旋きり、頭顱を擂り潰し。
その眼を飲み、皮を剥ぎ、腸を喰らった。
7: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:58:47.99 ID:acYUvXZS0
魔王の喉が、低く鈍く唸った。
「我が一族に伝わる、魔王の最期にございます。口伝故、委細わかりませぬが、かつての勇者は蘇生魔法が使えたものと我らは解しております」
8: ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 18:59:16.34 ID:acYUvXZS0
「勇者は、女神の加護を受けていたと聞きます。神の力をもってしても、蘇生は不可能でしょうか?」
「ふむ、神もまた理外の存在。ならばあるいは―――相分かった。
いや、判らぬことが多いが人間が先の王を討ち取ったという事実を知れたのみで充分」
9:今日はここまでです ◆CItYBDS.l2
2021/02/02(火) 19:00:30.71 ID:acYUvXZS0
「我は魔王。全てを擂り砕き、打毀し、滅尽せし存在。光を闇に、希望を絶望に。罪を賞に、生を死に。ハライソを地獄に。悉くを覆し、万物を翻せ。王の名のもとに命ずる、フィンブルヴェト大いなる冬の使徒として、その先駆けと成れ」
その豪然たる声明に、私の拳は震えを止めた。
魔王の御手と、淀みなき眼が指し示す敵は人類。
10:名無しNIPPER[sage]
2021/02/03(水) 10:45:49.02 ID:9e96Rs/yO
おつおつ
11: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:31:21.58 ID:MC1F9erq0
魔王を討ち果たした男。果たしてこれは虚言ではないのか。
そう疑わせるほどに、男の表情は柔和で人懐こいものであった。
加えて、そのししむらの果敢無げさよ。
12: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:31:59.33 ID:MC1F9erq0
「いえ、仰りたいことはわかります。ただまあ、我らは勇者の血筋でありますれば」
私の心中を慮ったその言葉に、ひとまずの安堵の息がこぼれる。
やはり、印象に違わぬ配慮をもった青年だ。
13: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:32:37.43 ID:MC1F9erq0
「ははは、まあご先祖の働き以降は特に活躍なく辺境にて暇を持て余していました故。
ご存じなくとも仕方ありますまい」
「しかし、今ここに我らは魔王を打ち倒した新たな英雄を迎えているのだ。
14: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:33:04.38 ID:MC1F9erq0
「およそ500年程前の話にございます。
我らが先祖は、僅かな仲間と共に破壊の権化である魔王を打ち倒し。
その、働きから当時の王より『勇者』の号を賜りました。
15: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:33:41.06 ID:MC1F9erq0
首をひねる。それは実に妙な話であった。
戦場に身を置く男衆にしてみれば、剣を抜くなど息をするのに等しき行い。
たかが、剣を抜くことをもってして勇気ある者と称するとは実に奇異ではないか。
16: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:34:11.37 ID:MC1F9erq0
「あの、大変失礼いたしました。なにぶん、礼儀を知らぬ田舎者ゆえ……」
「すまぬ。少しばかりからかっただけだ。続けてくれ」
17: ◆CItYBDS.l2
2021/02/03(水) 22:34:39.91 ID:MC1F9erq0
初めて聞く話であった。それに、魔王が倒れた今確かめようのない事実でもある。
しかし、魔王の下に送り込んだ戦士たちが勇者一党を除いて誰も戻らなかったことを思えば、その恐ろしさは真実なのであろう。
「そして、その子孫である貴殿もまたその栄華に授かったわけだ。
18: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/03(水) 22:35:20.36 ID:MC1F9erq0
「失礼。我が一門の話でした……。
―――そう。我らが先祖は、勇を示したからこそ『勇者』と称されたわけでございます。
それゆえに、その息子である二代目は自身が《勇者さま》と呼ばれること厭ったそうです。
19: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/03(水) 22:35:48.39 ID:MC1F9erq0
何ともまあ、優しく、生真面目な一族であろうか。
開祖の偉業を盾に、民を従えさせるのは至極自然なことであり。
事実、我が王家もまたそのようにして成り立ってきたというのに。
20: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/03(水) 22:36:20.47 ID:MC1F9erq0
なんと、あの血煙が舞い鼻をつく据えた匂いが漂う悍ましき戦場に女を出すとは。
勇者一門にとって、『勇者』の号はそれほどに重いものであったのか。これは、もはや執着。否、妄執といって過言ではない。
21:今日はここまでです ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/03(水) 22:36:48.43 ID:MC1F9erq0
「まさか。各々、自身の意思によるものにありますれば、誰一人として強いられてはおりませぬ。それに、当時の筆頭は私ではなく大叔父でありました」
肺腑より息が漏れる。なんとも、恐ろしい武の家であろうか。
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